« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月

下手な胎教より自分で歌を歌え ~赤ちゃんの脳の発達に母親は絶対に欠かせない~

●胎教は立証されざる仮説

 妊婦の中には、自分のお腹の赤ちゃんを、将来、天才にさせようと、胎教に励んでいる女性たちもいるかもしれない。毎日せっせとクラシック音楽を聴かせて、自分の赤ちゃんを天才にしようとしていることだろう。しかし、この胎教は、実は「立証されざる仮説」なのだ。胎教を唱える学者は、赤ちゃんは天才だといいながら、未だに天才を排出したことがないのだ。そもそも胎教を唱えてくる学者は、天才ではないのである。自分が天才ではないからこそ、天才を育てようと躍起になっているのである。

 天才は胎教や育児や教育で育てられるものではないのだ。天才は或る日突然に生まれてくるものなのだ。天才と後世の人々から称えられるような人物は、子供の頃は決して頭のいい子供ではなかったのだ。ニュートンもアインシュタインも落ちこぼれだったのだ。ニュートンは小学生の頃の成績は下から2番目の成績であり、アインシュタインは碌に物が喋れず、イジメにあって登校拒否を起こして、学校を辞めてしまった人物なのだ。しかも、ニュートンは大人になって人づきあいが悪く、友達が非常に少なかったし、アインシュタインに至っては結婚してから妻に暴力を振るうような人物だったのだ。

 天才はそれこそ天才的な優れた業績を納めてくるのだが、その反面、人格的にどこか問題のある人物なのである。天才は自然発生的に登場してくる以上、人間たちが人為的に無理矢理育てようとする必要性などないのだ。自然の流れに任していればいいのだ。天才を育てることより、優秀な頭脳を持ち、人格的に優れた秀才を育てていくべきなのである。天才を育てることはできなくても、秀才なら人工的に育てられるからだ。百年に一度出るか出ないかの天才的な人物を育てるより、より多くの子供たちをコンスタントに優秀な人物に育てていった方が、現実的且つ効果的であり、その子供たちのためにもなり、国家のためにも役立つ筈である。

 よく教育論で、アインシュタインが何をしたということがやたらと出てくるのだが、教育とは平凡な子供たちに教育を施して、その子供たちが大人になって、社会で活躍できるような人物にさせてあげるものであって、相対性理論を発見したぐらいで有名になった人物の育ち方など参考にはならないのである。教育は何かを発見するものではなくて、その子供を一流のレベルまで引き上げてあげるからこそ、存在意義があるのである。「科学の研究」と「子供への教育」は根本的に違うものなのである。

 胎教の類は、その母親が中卒や高卒では引っ掛かりはしないけど、母親が大学卒だとか大学院卒だと異常に高い確率で引っ掛かり易いのだ。大学や大学院には進学したけど、本格的な科学的研究に従事していないから、教育の延長線上で研究というものを見てしまい、研究と教育は同じ物だと思い込んでいるのだ。こういう母親たちに、研究と教育の決定的な違いを教えてあげると、研究はその分野でトップレベルにある知能の高い人物たちにしかできないけれど、教育は平凡な母親でもできるものなのである。その母親がどんなに頭が悪かろうが、子供を産んでしまえば、子供を教育していくことはできるのである。教育にニュートンやアインシュタインの育ち方が出てくる場所はないのである。

●音楽を聞く

 胎教ではクラシックが使用され、特にモーツァルトがいいという。なぜなら、モーツァルトはα波を出すからだという。しかし、モーツァルトの曲を聴いて、α波が出るということは、なんら科学的には立証されていないのである。モーツァルトの曲を聴いてα波が出るのではなく、モーツァルトの曲の好きな人がリラックスした状態でα波が出た状態で、モーツァルトの曲を聴かせると、α波が多少増加する程度なのである。モーツァルトの曲自体に効果があるのではなくて、モーツァルトの曲が好きだからこそ、α波が出て来るのである。

 解り易くいえば、α波を出すためには、モーツァルトの曲でもなくていいし、クラシックの局でなくてもいいのだ。まずは妊婦本人がリラックスし、更にその上で自分が好きな音楽を聞くと、α波がより出て来るということなのだ。α波が出て来れば、いいアイデアが生まれやすいし、自分の行動にリズム感が出てきて、スピディーに行うことができるようになるのだ。

 胎教で根本的に間違えているのは、ここなのである。赤ちゃんのためにいいからといって、音楽を聴くのではなく、妊婦が気持よくなるために音楽を聴かなければならないのである。妊婦が音楽を聴いて気持よければ、お腹の中の赤ちゃんも気持ちいいのである。しかし、お腹の中の赤ちゃんに音楽を聴かせても、その妊婦が苦痛を感じているようでは、α波は出て来ないのである。

 これこそが「胎教のトリック」なのである。今まで多くの妊婦たちが胎教に取り組んできながら、成果らしい成果を出せなかったのは、胎教のトリックに騙され続けたからなのである。赤ちゃんが主ではなく、お母さんが主なのである。この大事なことを忘れてしまうと、妊娠や出産や育児のすべてが本末転倒になっていってしまうのである。胎教論にしても、育児論にしても、教育論にしても、その論者が精神的に独立していないと、子供中心の理論を展開してくるので要注意なのである。そういう理論は机上ではどんなに素晴らしくとも、実際にやってみると確実に失敗してしまうのである。

 妊娠中はお腹の中の赤ちゃんのためではなく、自分が好きな曲を聴いていればいいのだ。自分がリラックスして、α波が出て来れば、それは当然にお腹の中の赤ちゃんにもいい影響を与えるのである。しかし、それは胎教をしたからそうなったのではなく、自分がリラックスして、好きな曲を聴いていたからこそ、そうなったのである。

●妊娠しているからこそ歌を歌う

 音楽を聴いているだけでなく、自分がリラックスした状態で、好きな歌を歌えば、当然により多くのα波が出て来るのである。しかも、歌は気分を高揚させるのだ。だから、妊娠中は歌を歌えばいいのだ。家事をしている時に、鼻歌を歌っても、ちゃんとα波が出て来るのだ。

 妊婦の中でノイローゼになってしまう女性は、必ずといっていいほど、歌を歌っていない。歌を歌いながら、憂鬱になっているというのは、想像し難いであろう。歌を歌わないからこそ、憂鬱になっていくのだ。カラオケで歌うのだっていいし、鼻歌を歌うのだっていいし、コーラスグループに入って歌うのもいいのだ。

 日本を始めとする先進国の妊婦たちは、妊娠中に歌を歌わなさすぎるのだ。人類は歌を歌いながら、家事を営み、妊娠を行い、育児を行ってきたのだ。発展途上国の女性たしを見てみればいい。ちゃんと歌を歌っているのだ。自分たちは経済的に豊かで、彼女たちは経済的に貧しいから、「おお可哀想に!」と思っても、自分たちは豊かなのに歌を歌っていないのだ。妊婦が歌を歌わなければ、遅かれ早かれ妊婦生活は苦しみに満ちてくる筈である。

 結婚生活に歌は付き物なのだ。結婚しているのに歌を歌わなければ、不幸がやってくるだけだ。妊娠しているのに歌を歌わなければ、悲劇がやってくるだけだ。既婚女性が歌を歌っていれば、不幸は霞の如く消えていくことだろう。妊婦が歌を歌っていれば、妊娠の悲劇は春の淡雪の如くに消えていくことだろう。

 妊娠しているからこそ、歌を歌わなくちゃ。既存の歌だけでなく、即興で自分の喜びを歌にしてみればいいのだ。「お腹の中の赤ちゃんが動いた」とか、「今日、いい買い物をした」とか、「今日は美味しい料理を作れた」とか、そういうのを夫の前で歌ってみればいいのだ。家の中が滅茶苦茶明るくなって、賑やかになることだろう。

●幸せな家庭であれば、優秀な子供が育ってくる

 赤ちゃんは妊娠4ヵ月から生後6ヵ月までの間、脳細胞が急速に増加していく時期を迎えているのだ。この期間に赤ちゃんに対して適切な刺激を与えないと、その後の脳の健全な発達がほとんど行われなくなってしまうのだ。胎教はこの赤ちゃんの成長を踏まえて、考えだされたものだが、かといって赤ちゃんのために脳を刺激したって、赤ちゃんの脳は発達しないのだ。お母さんが楽しんでいるからこそ、赤ちゃんの脳は発達していくことができるのである。

 音楽が流れ、妊婦が歌を歌っているような家庭は、その妊婦自体が妊婦生活を楽しみ、幸せになっているのである。幸せな妊婦であるならば、赤ちゃんも幸せになっていくのだ。そういう母親のもとだからこそ、赤ちゃんも健全に脳を発達させていくことができるのだ。出産後は、自分の母親が、幸せな母親であるならば、赤ちゃんを幸せにしていくことができ、そうであるからこそ、赤ちゃんも健全に脳を発達させることができるのだ。

 逆に、妊婦が妊婦生活を楽しんでなかったら、赤ちゃんだって脳を健全に発達させることができないのだ。母親が自分を不幸だと思っていたら、その母親が産んだ赤ちゃんは、脳を健全に発達させることができず、碌でもない人間に育つことであろう。要は、子供の成長は母親次第なのだ。

 胎教など心配せずとも、幸せな家庭であるならば、優秀な子供が育ってくるのだ。大事なことは、妊婦が妊婦生活を楽しむことなのである。新たなる命が自分の体内に宿っている喜びを噛み締めることなのである。ただ一つ言えることは、幸せな家庭は、音楽が流れ、歌声が聴こえてくるものなのである。

 赤ちゃんの脳の発達に、母親の存在は絶対に欠かせないのだ。その肝心な母親を無視して、赤ちゃんだけを引っ張り出しても、うまくいくわけがないのだ。自分の赤ちゃんを天才に育てようと無茶な考えなど持たないことだ。こういう考えを持つ女性は、天才ではないのだから。自分の知能のレベルに合わして、地道に妊娠や出産や育児をしていった方が、生まれてくる子供ためになるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

妊娠中に、土いじりをすると、免疫力が高まる

●文明化は実は疫病との戦いなのである。

 人類は文明化される前は、地面にじかに寝起きしていた。そのため人間の体は、地面の硬さや温度に適した形になってしまい、今でも地面にじかに寝っ転がると気持ちいと感じてしまうのだ。だが、地面にじかに寝るということは、冬場の寒さでは体温を奪ってしまい、文明以前の人類の寿命は平均30歳代と恐ろしいまでに短命だったのだ。

 そのため、どこの民族でも地面にじかに寝起きする生活を捨て、板の上で生活することが文明の始まりとなったのである。日本では神代に出雲王国の大王であった素戔鳴男尊が、西日本において穴居抜けを行い、人々に住宅に住むようにさせ、これが日本の文明化の始まりとなった。そのため素戔鳴男尊は「神祖」の称号を得、今でも日本全国の神社で祀られる存在となっているのである。日本の歴史ではその後、九州から勃興してきた天孫族が日本の支配階級になり、記紀を編纂して、日本の神話を整えたために、素戔鳴男尊が悪役になってしまっているが、素戔鳴男尊は日本で初めて古代国家らしい国家を建国し、日本民族を文明化させた英雄であったのだ。

 素戔鳴男尊が登場する以前、それまでは地面の上で寝起きしていた日本民族は、文明化されたことによって、冬の寒さを撃退できたことは、多くの者たちを短命から救い出したことであろう。その後、弥生時代の後期に現われてくる邪馬台国の女王であった卑弥呼は、長寿で80歳を超えていたといのだから、約3倍近く寿命が延びたのである。寿命が3倍も延びれば、人間の活動時間も3倍に増えるのだから、文明は飛躍的に発展していった筈だ。

 しかし、歴史書を紐解いてみると、人類が住宅に住むようになって寿命が延びたが、それとともに「疫病」の流行を幾度も受けることになったのである。崇神天皇の御世では、国民が絶滅してしまうくらいの疫病が発生したし、奈良時代でも平安時代でも疫病が京から発生している。江戸時代にはコレラやハシカが大流行し、大正年間にはスペイン風邪という、インフルエンザが大流行し、大量の死者を出しているのだ。

 明らかに疫病は都市部から発生してきているのだ。ということは、都市部では免疫力が落ちているのだ。人間は文明以前は地面の上で寝起きしていたために、自然と地面から出てくる細菌を吸ってしまうことになり、それによって体内の免疫力が細菌を撃退しようとして活性化し、結果的に免疫力の強い人間になってしまったのである。しかし、文明化し、住宅に住むようになって、その一連の作業が行われなくなったために、人間の免疫力が低下してしまったのである。

●免疫力の強化

 妊婦も都市部に住んでいれば、免疫力が下がってしまい、妊娠中に病気をしてしまうこともあるだろうし、生まれてきた赤ちゃんも非常に免疫力の弱い赤ちゃんになってしまう可能性があるのだ。なぜなら、都市部に住んでいる人々は、地面の上には寝ないし、土いじりもしないからなのである。

 農村では住宅で寝起きしても、農耕で土いじりをしているので、土の細菌が人間の免疫力を活性化させるのだ。そのために、妊婦も赤ちゃんも免疫力が強く、病気とは無縁でいられるのだ。疫病だけでなく、難病や奇病が発生してくるのは、いつも都市部からである。妊婦が出産中に大量出血したり、生まれてきた赤ちゃんが聞いたこともないような病気に罹ってしまうのは、いつも都市部に住んている人たちなのだ。

 だから、都市部に住んでいる妊婦たちは、妊娠中に土じりをするべきなのだ。妊娠中に土いじりをすると、母子ともに免疫力を高めることができ、疫病や難病や奇病などに罹らなくなるのだ。都市部に住んで、オシャレに暮らして、ブランド品に囲まれて、美食にうつつを抜かし、土とまったく無縁の暮らしをしていると、免疫力が急激に低下し、出産時や出産後に悲惨極まりない目に遭ってしまうのだ。

 人間はいくら文明化されても、人間は決して土から離れて生きることができない動物なのだ。ユダヤ教やキリスト教のように、自然は人間たちが征服するために存在していると考えていると、逆に自然から復讐を受け、絶滅していってしまうのだ。自然は人間たちが征服するものではないのだ。人類は大自然の中で生存しているのだ。人類がいくら文明化しても、その文明の中に、うまく自然を持ち込んで、自然の力を生かし続けることこそが大事なのである。

 ユダヤ教徒やキリスト教徒が多く生息している地域では、いつも難病や奇病が多く発生しているが、これは大自然の報復措置なのである。まるで神様が「お前たちの宗教は間違っているよ」と言っているかのように。日本でもいくら都市部に住み、豊かな暮らしをしても、大自然に対しては謙虚になり、決して土から離れないようにすることだ。そうやって自分の免疫力を高めていくことだ。

●プランターや庭や畑を持つ

 いままで土いじりをしたことのない妊婦が、免疫力を高めるには、「プランター」でも買ってきて、そこで腐葉土を敷き、種を蒔き、花や野菜を育ててみよう。プランターなら、大きな庭がなくても、ベランダでもできるのだ。毎日、水をやり、土に触ったりしていれば、これで充分に免疫力が高まるのだ。但し、プランターの場合、花を咲かせたり、野菜を収穫した後には、必ず肥料が必要になる。肥料を与えないと、次回からは実らなくなってしまうのだ。

 庭のある家に住んでいるなら、庭の土を掘り返し、そこに種を蒔き、花や野菜を育てていこう。1日に1度は、庭に出て、花や野菜を眺めているだけで、リラックスできるし、免疫力も上がっていくのだ。妊娠中に種を蒔いておけば、赤ちゃんが生まれる頃には、花も咲いているし、野菜も取れていることであろう。

 もっと土いじりをしたいのであるならば、「畑」を借りたり、買ってしまうのも、一計である。畑があると、本格的に野菜作りができるし、安全で新鮮な野菜を手に入れることができるのだ。また、赤ちゃんが生まれて、母親が畑仕事をしているのを見て育てば、好き嫌いをいう子供には決してならない筈だ。野菜作りの大変さを目の前で見て育つと、自然と野菜を大切にし、ちゃんと食べるような子供になるのだ。

 都市部に住んでいて、近くに畑が手に入らないという夫婦は、いっそのこと、田舎に「畑つきの別荘」を買ってしまうのもいいだろう。平日は都市部で暮らし、休日は田舎で暮らすのだ。こうすれば生活にメリハリが出てくるし、何よりも健康的に暮らせるようになるのだ。田舎での新鮮で奇麗な空気は、都会に住んでいれば、決して買えないものなのだ。

 妊婦が土いじりをするのは、とにかく毎日、土いじりをしておくことである。毎日、土をいじっていれば、日々、土の細菌を吸い込むことで、体内の免疫力が活性化され、非常に強い免疫力を手にすることができるようになるのだ。土の香りを嗅ぎ分けられるようになったら、無病息災の身でいられるようになることだろう。

●赤ちゃんが生まれた土いじりをさせる

 人間の基本的な免疫力は生後2年で決まってしまうのだ。勿論、その後の養生で免疫力を少しは上昇させることはできるが、基本的な免疫力は生後2年で決まってしまうのだ。だから、赤ちゃんが生まれたら、土じりをさせて、免疫力をアップさせることだ。特に都市部に住んでいる母親は、意識的に赤ちゃんの土じりを促した方がいい。

 芝生の上をハイハイさせるだけでも、赤ちゃんの免疫力は高まるのだ。赤ちゃんは放っておくと、土のついた手を口に入れ、土を舐めてしまうのだが、これを大抵の母親は、「ばっちいいから、駄目!」といって、やめさせるのだが、実はこれは赤ちゃんにとっては非常に必要な行為で、赤ちゃんは土を舐めることで、自分の免疫力を上げているのだ。人間の子供は言葉を話すようになる前までは、ちゃんと必要な行為を自ら取ってくるのだ。

 子供たちが公園で砂遊びをするのも、自分の免疫力を上げるためなのである。子供たちは遊びを通して、自分の免疫力を上げて行っているのだ。但し、公園の砂場は、猫の糞とかで非常に危険な汚さを持っているので、赤ちゃんには不適切な場所なのだ。それゆえ、赤ちゃんを産む前から、赤ちゃんが安全に土じりをできる場所を確保しておくべきだろう。

 日本全国を見渡しても、都会の子供ほど病弱で、田舎の子供ほど健康である。これは土いじりをするチャンスがあるかないかの差なのである。人間は幼少の頃は、土いじりに始まり、川遊びや野山を駆け回ったりする時期が、どうしても必要なのである。都市部に住んでいる夫婦には、どうにかして自分の子供たちに、そういう環境を確保していってあげることが求められているのである。

 どんなに文明化され、最先端の物を追い求めたとしても、人間は決して土から離れて生きていくことはできないということを忘れないことだ。妊娠中は特に土から離れて生きてはいけないということが、非常に重要になってくるのである。妊婦が土から離れてしまえば、妊婦の免疫力が下がってしまうのだ。その結果が、出産時や出産後の悲劇なのである。自分の免疫力が低いばっかりに、出産時に死亡してしまったり、生まれてきた赤ちゃんが難病や奇病に侵されていては、折角のお目出度も悲惨極まりないものになってしまうのだ。土じりなど、すぐさまできることである。母子ともに、健康な体で出産や育児を迎えたいのであるならば、地道に土をいじっていくことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

妊娠しているからこそ、自宅をイヤシロチにする

●イヤシロチとは何か?

 既婚女性が折角、家の中を掃除をしたのに、折角、整理整頓したのに、なんとなく家の中がどんよりしていたら、その家は「ケガレチ」になっているのだ。「ケガレチ」とは、奇麗な気が不足し、汚れた気が充満している状態の空間である。ケガレチにいると、いくら健康に気を使っても、病気になってしまうのだ。妊婦だったら、流産や早産や難産になってしまうる可能性が高くなのだ。

 妊娠したら、家の中を「イヤシロチ」にしてしまおう。「イヤシロチ」は「ケガレチ」の正反対で、奇麗な気が充満しており、汚れた気を除去できる状態の空間である。イヤシロチにいると、自然と健康になっていくので、その上で妊娠にいい食材やスポーツをしていくと、益々健康になっていくのだ。妊婦の中には同じことをやっているのに、一方の妊婦だけが健康になってしまい、もう一方の妊婦はどうも体が疲れきってしまうことがあるが、これはイヤシロチに住んでいるか、ケガレチに住んでいるかの差なのだ。

 現在の我々の生活はどうしても電化された便利な生活を送っている。しかし、その家電製品から電磁波が出てきて、自宅を汚染してしまうのだ。テレビを見ていても、パソコンをしていても、冷蔵庫からも、電磁波が出てきて、自宅を汚染してしまうのだ。それゆえに、現代の便利な生活をしていると、どんなに豪華な家に住んでいても、自宅がケガレチになってしまうのだ。

 ケガレチに住んでいると、気分が落ち込んでしまい、何もやる気がなくなってしまうのだ。妊娠というお目出度を迎えているのに、憂鬱になって、外出すらしたくなくなてってしまうのだ。ケガレチに住んでいれば、どんなに素晴らしい夫がいても、どんなに高額の所得があっても、どんなに高級な住宅に住んでいても、それをブッ壊したくなるのだ。ケガレチは住んでいる者に、碌でもないアイデアしか浮かんでこないのだ。

 イヤシチロに住んでいると、気分は晴れやかになり、何かとやる気が出てきて、いいアイデアが出まくるのだ。どんなに貧乏であったとしても、それを耐え忍び、その中で楽しみを見つけて、家運を上昇気流に乗せていき、「夫婦円満」「家族平穏」「子孫繁栄」を行っていくことができるのだ。

●木炭と水晶があればイヤシロチを作れる

 現代の住宅はほとんどがケガレチだと考えていい。やはり電化され、電磁波が出ていることがその最大の原因なのだ。勿論、家電製品を使わなければ生活していけないが、使わない家電製品があれば、それをコンセントから抜いておくことぐらいはしておいた方がいい。これだけも随分と汚れ具合が減少するのだ。

 イヤシロチにするのは、木炭と水晶があれば簡単に作れる。木炭は「備長炭」を買ってきて、それを各部屋に置けばいいのだ。特にリビングと寝室は多目に置いて置いた方がいい。奇麗な気を夫婦双方がその場所で吸ってしまうからだ。木炭は季節の変わり目に水洗いして、天日干しすればいい。これで効力が回復する筈である。

 水晶は奇麗な気を生み出すよりは、奇麗な気を増幅させるものだと思った方がいい。水晶が自宅にあると、思考がクリアになるのだ。水晶は「水晶玉」よりも「水晶原石」の方がいい。普通の家庭で使うには、水晶玉では効力が大きすぎるからだ。水晶原石をリビングに一つ置いておけば充分である。但し、夫が書斎で仕事をするような人であるならば、書斎に水晶玉を置いておいてもいい。仕事で成果が上がる筈だ。

 但し、気をつけておかなければならないのは、水晶は汚れた気をも増幅させる効果があるので、必ず木炭とセットで置いておくことだ。水晶だけだと、自分の運気が悪くなったら、一気に悪くなっていくのだ。中世のヨーロッパで魔術師たちが魔術を駆使しながら、不幸を呼び寄せてしまい不幸になってしまったのは、水晶だけを使ったからなのである。

 水晶はたまに空拭きして、埃を取ってあげる程度でいい。水晶を買う際は、値段や形に惑わされることなく、とにかく自分の直感を信じて、自分が「ピンッ!」と来たものを買うことだ。巨大な幸運を手に入れた人は、大抵、偶然で水晶を手に入れているのだ。夫婦でぶらりと買い物に行って、その際、自分たちが「これいいッ!」と思えたものを買えばいいのだ。自分たち夫婦に本当に必要なものは、決して値段を高いと感じないし、かといって安いとも感じないのだ。値段のことは超越して、その物自体を欲しいと思うものなのだ。だから、そういう思いが湧き起こってこない限り、絶対に水晶を買わないことだ。自分たち夫婦に水晶が必要だなと思っていれば、自分たち夫婦に本当に必要な水晶は、必ず出会えるものなのだ。

●花は幸運を呼び込む

 イヤシロチの効果をより高めたいのであるならば、家の中に花を生けることだ。花瓶で花を生けるのも、鉢植えで花をめでるのも、自分が好きなようにすればいいのだ。大事なことは、自分が好きな花を家の中で生けるということだ。1日に1度は、花を見て、生活に余裕を持つことが肝心なのだ。

 幸福な夫婦というものは、共通項があって、その家にも、家の中に花があるのだ。その反対に、家の中に花がない夫婦は、必ずといっていいほど、トラブルを抱え、夫婦関係を悪化させているのだ。花は我々が考えている以上に、夫婦に幸福をもたらしてくれるのである。幸福には花が付き物なのだ。

 家の中だけでなく、自宅の庭やベランダにも花を咲かせるようにしよう。窓越しに花を見るということが、どれだけ夫婦に幸福をもたらしてくれるかは、自分たちがやってみればいいのだ。庭やベランダに花が咲いているとないとでは、まるで違った雰囲気の夫婦にしてしまうのだ。

 できれば、お米やパン屑を撒いて、鳥が来るようにしてあげよう。鳥が来るような家庭には、幸運が訪れてくるものなのだ。花が咲いている庭に、鳥が囀りをしている。幸せな光景というものは、こういう光景をいうのであろう。古今東西の画家たちは、こういう風景を描写し、名画を描き上げてきたのだ。幸福な光景は、昔だろうが今だろうが、なんら変わらないのだ。

 有難いことに、花なんて非常に安い値段で売られている。花の種に至っては、もはやタダに近い値段で売られているのだ。幸福を求めて大金を出すよりは、こういう僅かなお金を使って、地道に自分たち夫婦に幸せを招き寄せていくことだ。妊娠中に花を見ながら過ごすということが、どれほど胎児にいい影響を与えるかは、計り知れないのだ。

●朝起きたら、窓を開け、換気をする

 どんなに自宅をイヤシロチにしたとしても、睡眠中には気が汚れるのである。だから、朝起きた時は、すぐさま窓を開けて、換気をすることだ。家の中の汚い空気を追い出し、朝一番の奇麗な空気を入れてしまうことだ。そうすれば、一日中、爽やかに過ごせる筈である。

 人間にとって第一印象が重要なように、その家も朝の第一印象が大事なのだ。眠たいからといって、朝っぱらからダラダラしていれば、一日中ダラダラしてしまうのだ。妊娠して、体が重たいといって、ベッドの中でゴソゴソしていれば、一日中ゴキブリのようにゴソゴソした生活を送ってしまうのだ。失ったお金は戻ってくることはあっても、失った時間は二度と戻ってこないのだ。惰眠を貪る勿れ。時間を無駄にすること勿れ。だらければだらけるほど、煩悩の炎は燃えあがってくるのだ。

 朝早く起きて、朝の爽やかな空気を家の中に呼び込んでいれば、一日中、元気で爽やかで幸せに過ごせることだろう。気分が高揚していれば、夫婦の関係だって高揚してきて、夫婦が協力して、様々な幸福を創り上げていくことができるのだ。朝っぱらから、爽やかだからこそ、他の人々よりも、多くの幸福を手にすることができるのである。

 この世には結婚しているのに、不幸になっていく夫婦は、いくらでもいるのだ。夫の悪口を散々述べておきながら、自分はグータラ妻と化しているのだ。しかし、お金がないといいつつ、預金通帳にはお金がちゃんとあるのだ。時間がないといいつつ、テレビを見る時間はたっぷりとあるのだ。物価高騰に嘆きながら、なぜか冷蔵庫の中には腐った野菜で溢れ返っているのだ。

 神様は与えに与え尽くしてくれているのだ。マスコミがいくら食料不足を報道しようと、大地には穀物も野菜も充分にあるのだ。海や川に行けば、魚が泳いでいるのだ。牧場にいけば、家畜がちゃんと草を食べているのだ。マスコミがいくら不況を伝えようとも、日本経済はお金が充分すぎるほどに流通しているのだ。

 いかなる夫婦もお金も食料も充分すぎるほどにあるのだ。それなのに不幸になっていくのは、ケガレチに住んでいるからなのだ。ケガレチに住んでいるから、憂鬱になってしまい、碌でもない考えしか浮かばず、自分が不幸になるような行動を取ってしまうのだ。幸せになる条件は揃っているのに、自らが不幸を招き寄せているだけなのだ。

 だから、自宅をイヤシロチに変えて、自分たちに夫婦に幸福を招き寄せて行けばいいのだ。自宅をイヤシロチに変えていけば、いくらでも幸福を創り出せることができるのだ。自宅がイヤシロチであるならば、妊娠中も幸せいられ、より幸せになるために出産を迎え、更に幸せになるために育児ができるようになるのだ。幸せは単独では存在しないのだ。幸せは更なる幸せを創り出すのだ。人間は結婚すれば、幸せになれるものではないのだ。結婚しても幸せな夫婦は益々幸せになり、不幸な夫婦は益々幸せになっていくだけなのだ。妊娠も同じように、幸せな妊婦は益々幸せになり、不幸な妊婦は益々不幸になっていくのだ。だからこそ、自宅をイヤシロチに変えて、幸せな夫婦になれる努力をすべきなのである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

妊婦にたくさんの幸福をもたらす「幸運のテーブル」

●散らかっているテーブルは夫婦関係も散らかっている

 妊娠中はいつ何が起こるか解らないのだから、家の中が整理整頓されていた方がいい。家の中が散らかっていれば、「いざ!」という時に、不必要なトラブルまで発生さてしまうからだ。そのため、家の中が散らかっている夫婦は、いつもトラブル続きで、夫婦関係まで散らかってしまうのだ。

 家の中が散らかり始めるには、或る一つの決定的なポイントがある。それは「リビングのテーブル」である。リビングのテーブルに物が置いてあると、それを引き金に次から次へと物が置かれ始め、家中が物で散らかり始めるのだ。物が散らかり始めれば、物がいったいどこにあるか解らなくなるので、それを探し出すために、テンヤワンヤになって、家中の物をひっくり返していくことになるのだ。

 家の中が散らかっている夫婦は、なぜかトラブルを呼び込んでしまうし、些細なことでなぜか夫婦喧嘩してしまうし、夫は仕事がうまくいかず、年収も上がらないのだ。「この男性は才能があるのにな~」と思える男性が、なぜかいつまでもうだつが上がらないかといえば、そういう男性は必ずといって家の中が散らかっているのだ。リビングのテーブルにどっさりと物が置いてあるのだ。

 妊婦にとっては、これから赤ちゃんを迎える立場にいる以上、家の中を整理整頓しておくというのは、もはや妊婦にとっての義務である。家の中が散らかっていれば、赤ちゃんの置場などないし、そもそも埃だらけだから、赤ちゃんがその埃を吸いこんで、病気になってしまうのは目に見えているのだ。

 「リビングのテーブルに物を置いたっていいじゃない」と思う妊婦はいると思う。しかし、何事にもツボというものがあるのだ。そのツボを外せばいつまでもうまくいかないし、そのツボを押してしまえば、すべてのものがうまく行き出すのだ。家の中を整理整頓していくツボは、リビングのテーブルなのだ。このテーブルが奇麗であるならば、すべての物が奇麗に成り始めるのだ。

●汚いテーブルは自分の心の姿

 汚いテーブルは、実は自分の心の姿なのだ。テーブルに物があるということは、心を開いて会話したくないという意思表示なのだ。だから、リビングのテーブルの上に物が置いてある夫婦は、会話がうまく成立しないのだ。夫婦双方が心を開いていない状態で会話をしようとするから、いつもすっきりとせず、自分が言いたいこともいえないし、自分をちゃんと理解してくれないのだ。

 リビングのテーブルの上に「テレビのリモコン」が置いてあれば、「私はあなたとの会話よりもテレビを優先します」と言っていることと同じなのだ。リビングのテーブルの上に「調味料」が置いてあれば、 「私はあなたとの会話よりも料理に心残りがあります」と言っていることと同じなのだ。リビングのテーブルの上に「新聞」が置いてあれば、「私はあなたよりも世間体を気にしてします」と言っていることと同じなのだ。もしも、夫がリビングのテーブルの上に仕事の書類を置いていたら、「俺は夫婦の関係よりも、仕事を重視している」と言っていることと同じなのだ。

 自分の心の中に何かつっかえることがあれば、リビングのテーブルの上に物を置き出すのである。リビングのテーブルの上に物を置いてあるからこそ、自分の心に悩み事が出来てしまうのである。双方は同時因果関係にあるのだ。自分に悩み事があるかあら、リビングのテーブルの上に物を置き出すし、物を置けば悩み事が発生してくるのだ。

 妊婦にとって、妊娠に関する様々なことで、悩み事を持つのは当然である。しかし、それらはすべて解決できるものであり、その悩み事を悪化かさせていくことはないのだ。しかも、妊娠の悩み事のために、夫婦の関係まで悪化させることはないのだ。妊娠の悩み事は、それが発生したら、一つずつ解決していけばいいのだ。他の分野に派生させないことである。

 結婚においても、妊婦生活においても、夫婦の会話をうまく行い、夫婦の関係を良好に保っていくということは、幸せの必須条件である。夫婦でうまく会話をしきれなければ、夫婦の関係は悪化し、様々な不幸を発生させてしまうし、夫婦でうまく会話できれば、夫婦の関係は良好になり、多くの幸運を招きいれることいなるだろう。

●幸運のテーブルの作り方

 だから、自宅のリビングのテーブルを奇麗にし、「幸運のテーブル」に変えてしまうことだ。汚いテーブルは「不幸のテーブル」なのだ。不幸のテーブルでは、幸せになれないのだ。「幸運のテーブル」さえあれば、家の中は整理整頓され始め、夫婦の関係が良好になり、多くの幸運が訪れてくるようになるのだ。

 「幸運のテーブル」の作り方は、まず物を置かないことだ。今、テーブルの上に置いてある物をすべてどける。テーブルの上を奇麗さっぱりにする。そして、台拭きでテーブルを拭く。たったこれだけで、自宅のテーブルが「幸運のテーブル」に変身するのだ。幸運のテーブルが出来上がると、これを引き金に自宅を整理整頓され始めるのだ。

 テレビのリモコンは、テレビの近く置いておけばいいのだ。調味料の類は、食事のたびに出せばいいのだ。新聞は読み終わったら、仕舞っておくことだ。仕事の種類などは、テーブルの上に置きっぱなしにしないことだ。夫婦双方が、テーブルの上に物を置きっぱなしにしないように心掛け、使う時だけ物を置けばいいのだ。そして使い終わったら、物を仕舞えばいいのだ。

 幸運のテーブルは、いつもはそのままでいいが、休日にはテーブルクロスをかけるとかして、メリハリをつけてあげることだ。それだけでリビングの雰囲気が変わり、夫婦双方が休日をくつろげ、楽しめるようになるのだ。平日は平日モードで楽しみ、休日は休日モードで楽しめばいいのだ。

 テーブルの上が綺麗さっぱりだと、夫婦の会話がスムーズに行え、悩み事も早い時間で解決されていくのだ。更にいいアイデアが夫婦の会話の中から生まれ、幸運が次から次へと起こり始めるのだ。そして、幸運は更なる幸運を招き始め、その夫婦はツキまくりの人生を送り始めることになるのである。

●幸運が吸い込まれてくる

 マスコミはいつも「不況だ」「株価暴落だ」「円安だ」「円高だ」「社会格差だ」「ワーキングプアだ」と騒ぎ立て、現在の日本人の生活が貧乏であるかのようなイメージを植え続けている。しかし、今の日本人の生活は、昔の日本人の生活よりも遥かに豊かなのだ。お金のことで、自分の時間のすべてを使うこと勿れ。神様は生きていけるだけのお金は、ちゃんと与えてくれているのだ。

 昔の家族は、貧乏であっても、夫婦円満だったのである。それは卓袱台の上に物を置かなかったからである。いつも卓袱台の上は奇麗さっぱりにしていたからこそ、その夫婦には幸運が訪れ続けたのである。それなのに、今の日本人がいくらお金を持っていても、テーブルの上が汚ければ、夫婦で様々なトラブルを抱え込んでしまうのだ。

 夫婦は四六時中いつも一緒にいるわけではないのだ。結婚していても、夫婦が一緒にいる時間は限られているのだ。だから、夫婦が一緒にいる時は、会話が弾むようにする努力をしておくことなのだ。そうすれば、夫婦で会話が弾むし、夫婦で楽しいことがいくらでも起こり始めるのだ。

 そのためには、なんといっても「幸運のテーブル」である。リビングのテーブルこそ、家の中の整理整頓の鍵を握り、夫婦の会話が弾む引き金になっているのだ。テーブルの上に置いてある物をどけ、台拭きで拭き、いつも奇麗にしておくことだ。こんなこと、どんな貧乏な夫婦でもできることだ。テーブルを奇麗にしておけば、いくらでもお金は湧いてくるのだ。

 幸運のテーブルさえあれば、そこに幸運が吸い込まれてくるのだ。いかなる妊婦だって幸せな家の中で妊婦生活を送りたいし、出産したいし、育児をしたい筈だ。だったら、自分の家のリビングのテーブルを奇麗にすればいいのだ。どんなに身重でもできる行為である。赤ちゃんも幸せに溢れた家で生まれたがっているのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

妊娠したら、便所掃除は毎日行え ~便所掃除と安産の不思議な関係~

●便所掃除と妊娠の関係

 便所と妊娠はとっても深い関係がある。既婚女性が便所掃除をすると、妊娠しやすくなり、妊婦が便所掃除をすること、安産になりやすくなるのだ。便所と妊娠は切っても切れぬ間柄なのだ。便所掃除は結構、体を使うので、妊婦の体には良いというのは解る。しかし、どうして便所掃除は、妊娠や安産と深い繋がりがあるのだろうか?

 一つには、妊娠中は便秘をしやすくなるので、便所が臭いと、排便排尿が不快になり、便秘を悪化させてしまうから、そこで便所掃除をすれば、便所の臭さが消え、排便排尿がしやすくなるのだ。便秘をしているのに、便所が臭ければ、より便秘は悪化する筈だ。だからこそ、便所掃除をして、便所から悪臭を取り除き、排便排尿をしやすくしてあげるのだ。

 更に、もっとも汚い物を扱える人には。もっとも美しい物が手に入るという、バランスのj法則が働くからだ。家の中でもっとも汚い場所は、便所である。その便所すら掃除できない人に、最も美しい物、即ち、赤ちゃんを手に入れることはできないからだ。もっとも汚い物を処理していれば、バランスの法則が働き、もっとも美しい物を手にすることができるようになるのだ。

 そして、便所掃除自体が、運動量が多く、特に足腰を使うので、便所掃除は妊娠に物凄くいい運動なのだ。便所は狭い部屋なのに、掃除をしてみると、汗をかくぐらいの運動量を必要とするのだ。家庭内の掃除の中で、これほど労力を使う仕事は、そう他にないのだ。

 妊婦になると、お腹が出てきたから、「重い」だの、「疲れる」だの、「大変だ」といって、便所掃除をしない妊婦たちが出てくる。しかし、こういう妊婦たちは、出産時に難産という悲惨な目にあってしまう。それどころか、出産後、すべての分野でトラブル続きになってしまうのである。だから、妊娠したら便所掃除をすべきなのだ。妊婦が便所掃除をきちんとこなしていると、安産が約束され、出産後の幸せも可能になるのだ。

●日々の小掃除と月に1度の大掃除

 人間は朝から正午までが排泄の時間帯なので、便所掃除をするなら、この時間帯を避けよう。この時間帯で便所掃除をしても汚されるは解っているのだ。便所掃除をするのがベストな時間帯は、夕方か夜間であろう。外出先から帰ってきたら、チョコットやってしまえばいいのだ。勿論、午前中にやってしまうのも構わない。午前中の忙しい時間帯にやってしまえば、すぐに終わってしまう筈だ。

 毎日行う便所掃除は、5分以内でいいのだ。便器の中をブラシで洗い、それ以外の所は、雑巾がけをしていけばいいのだ。便所掃除は考えている以上に難儀な作業ではないのだ。ただ、やらないだけなのだ。やらないから、その作業がどのようなものかが解らないだけなのだ。

 但し、便所掃除は、月に1度は大掛かりな掃除を行い、便所を徹底的に奇麗にしてしまおう。月に1度の大掛かりの掃除をすると、便所が凄まじいほどまでに奇麗になっていくのだ。しかも、月に1度の大掛かりな掃除をしたお蔭で、毎日の便所掃除も楽になってくるのだ。そのため、それ以降、便所が余り汚れなくなるのだ。

 排便排尿は毎日行う以上、便所の臭いは結構沁みつくものなのだ。それなのに、夫婦二人で暮らしているために、その臭さが本人たちには解りにくくなっているのだ。他人の家に上がって、便所で用をした時、その家の便所の臭さが気になるが、それと同様のことが、自宅でも起こっているのだ。

 自分たちが悪臭とは思っていなくても、他人が嗅げば悪臭なのだ。だから、自分の家の便所が臭いなと思う頃は、相当にひどい悪臭が放たれているのだ。それゆえに、毎日の便所掃除を欠かさないことだ。毎日、便所掃除をしていれば、自宅の便所から悪臭はしなくなる筈だ。

●便所を明るい部屋にしておく

 身重になってくれば、便秘になることが予想されるのだから、妊娠の早い時期に、便所の模様替えをしておくことだ。模様替えをせずに、いつも同じ便所で用を足していると、段々自分の感覚が鈍ってきて、便秘がちになってしまうのだ。だから、妊婦が自らの力で便所の模様替えをすればいいのだ。

 どのような便所にするかは、妊婦の好みでいいのだ。あくまでも「妊娠による便秘」への対抗策だからだ。夫の意見よりも、自分がしやすいように変えていけばいいのだ。便所はなるべく明るい部屋にするようにすることだ。暗い部屋だと、出る物も出なくなってしまうのだ。明るい部屋なら、心地よく排便排尿ができるようになるのだ。

 便所の模様替えをするのは、今が「最後のチャンス」だと思っておいた方がいい。赤ちゃんが生まれたら、当分の間、赤ちゃんに付きっ切りになってしまうので、便所の部屋の模様替えをしているどころではないのだ。妊娠中だからこそ、便所の模様替えをする時間があるのだ。

 夫婦の中には、時たま、殺風景な便所を見かけるけど、こういう殺風景な便所で、毎日、排便排尿をしていれば、便秘がちになってしまうし、している本人も気分が良くはならない筈だ。そのため、ウンコを溜め込んで出産に臨んでしまい、出産中にウンコを漏らしてしまうわ、難産になってしまうわと、悲惨な出産をせざれるをえなくなってしまうのだ。

 結婚している以上、妻は責任をもって、便所を管理しておくことだ。妻が忙しい時に、夫に手伝ってもらえばいいのであって、通常はやはり妻が便所を管理しておくべきだろう。夫には「排尿の際、便所を汚すな」ということだけを言っていればいいのだ。それと「用が終わったら便座を下ろし、便器の蓋を閉めておいて」と言っていればいいのだ。

●便所掃除をすると美人が生まれる

 昔から、「便所掃除をすると美人が生まれる」と言われてきた。そういって、昔の人たちは妊婦に便所掃除をやらせてきたのだろう。昔の便所は。今よりも遥かに臭いし、寒いし、汚なかったので、そこで便所掃除をせざるをえなかった妊婦たちの苦労が痛いほどに解る。しかし、そうやって妊婦に便所掃除をさせることで、安産をもやらそとして来たのでだろう。

 便所掃除をしていると、出産のための筋肉がしっかりとつくので、出産時には大いに役に立ったは筈である。しかも、妊娠中に便所掃除をし続けたということは、赤ちゃんのウンチを見ても驚かず、きちんと処理することができりようになった筈である。便所掃除をしていなかったら、赤ちゃんのオシメすら替えるのが、困難になってしまう筈だ。

 妻だろうが、夫だろうが、赤ちゃんだろうが、ウンコをするのである。きちんと排便排尿があるということは「生きているという証拠」なのだ。ウンコは確かに汚いものである。しかし、それが出てこなかったら、病気になっているか、死んでいるかの、2つに1つなのだ。ウンコが出ているということは、健康の証であり、生きている証拠なのだ。

 人間は美しいものだけを見ていても、その美しさを理解することはできないのだ。美しさの裏側にある汚いものを真剣になって見た時、その美しさの本当の意味が解ってくるのである。もっとも汚い物を処理できる人は、もっとも美しい物を生み出せる人でもあるのだ。汚いものを押しのけていればいいというものではないのだ。

 昨今は、余りにも清潔感を求めすぎて、汚いものがあるからこそ、美しいものがあるということを忘れてしまっているのだ。出産してみれば解ることだが、赤ちゃんはこの世でもっとも可愛いものであると同時、この世でもっともだらしなく排便排尿をしまくる生命体なのである。そういう両面があるからこそ、赤ちゃんは生きていられるのである。出産前に美しいものしか見てこなかった妊婦や、便所掃除をしてこなかった妊婦は、赤ちゃんの本当の姿を見て、ビックリすることだろう。しかし、それは自分が精神的に成長していなかったということなのだ。出産してから、赤ちゃんに対してトラブルを起こすより、妊娠中に地道に便所掃除を行って、精神的に成長していった方が、自分のためなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

妊娠中だからこそ、家事をテキパキと行うこと

●妊娠における家事の絶対的重要性

 人類は太古の昔、男たちは狩猟に行って獲物を捕えてきて、女たちは集落の周りにある木の実や山菜を取り、家事にせっせと精を出していたのだ。その期間が四百万年も続いたために、狩猟採集経済が終わり、農業や工業や商業が発達した今でも、男たちは外に働きに行き、女たちは買い物や家事に精を出しているのだ。形は変えているけど、本質的なことは何も変化していないのだ。

 だから、男性が外に働きに行かないで、主夫をやっていても、それがいくら本人の望むものであっても、決して一人前の男とは看做されない。女性が買い物や家事を放棄して、いくら頑張って外で働いていても、決して一人前の女とは看做されない。なぜなら、それらは人間の本質に反した行動だからだ。株式投資や通貨取引のように狩猟性の強い仕事は、今でも男性の独占に近い仕事になっている。それに対して、買い物のような女性の本能を満たすものは、デパートでもスーパーでも女性が買いやすいようにできているのだ。不景気だというのに、ブティックや宝石店は繁盛しまくっているのだ。

 幸せな人生を送りたいのであるならば、人間の本質に合致した生き方をすべきなのである。結婚して幸せになりたかったら、妻は家事をきちんとこなしていくことだ。妊娠中なら尚更のことだ。なぜなら、家事は妊娠の中の運動で、もっとも妊娠に効果のある運動だからだ。家事のように、チョコマカ動く動作は、女性の体にもっとも優しく、少ない運動量の癖にエネルギーを消費してくれるのだ。

 妊娠して、身重になってくると、家事を行うことがつらくなってしまい、そのために家事の手抜きをしたり、家事を放棄してしまったりする妊婦がいるが、これは非常に危険な行為なのだ。女性の体は家事のような動きに対して、もっとも動くように出来ており、妊婦が家事をしなくなると、運動不足が決定的なものとなり、非常に高い確率で難産になってしまうのだ。

 妊娠しても、家事の重要性は決して変わらないのだ。寧ろ、家事の重要性は増すぐらいなのだ。だから、妊娠中は家事をちゃんと行う。できれば家事をテキパキとこなしていこう。赤ちゃんが生まれる前に、家事をテキパキとこなせなかったら、赤ちゃんが生まれてからは、テンヤワンヤの大騒ぎになってしまうのだ。

●料理

 料理は家事の中で基本中の基本の家事である。家族の者たちが毎日食べるゆえに、家族の者たちの健康に直結してくるのだ。料理をしなくなった妻は、もはや妻ではないのだ。歴史書を紐解いて見てみればいい。王侯貴族の妻たちは料理をしなくなるが、しかし、その代償として、夫婦仲を悪化させ、我が子を難病にさせ、夭折させてしまっているのだ。 兵站を絶たれた軍隊は戦わずに降伏してしまうように、妻が料理を作らない家庭は、何もせずに崩壊していくのだ。

 妊娠中は特に料理をすることが大事になってくる。お腹の中の赤ちゃんに、ちゃんとした栄養を補給するためにも、自分が料理を作っていかなければならないからだ。しかも、妊婦自身が妊娠中に体力がつくような食事をしていないと、出産時にちゃんとして体力を発揮することができず、難産になってしまうのだ。

 料理をする際は、まずは食材選びからである。食材は料理を決めてから、食材を買うことだ。お店に行く前に、買うべき食材をリストアップしていくと、無駄遣いが圧倒的に少なくなるのだ。食材は安いという理由で買うのではなく、安全な物を買うように心掛けよう。安全な商品を、安い時にまとめ買いすれば、食費を節約することができるのだ。

 料理をしようと台所に立って、すぐさま火をつけるのではなく、まずは下準備である。きちんと下準備をするからこそ、きちんとした料理ができるのである。下準備がしっかりとできていれば、火を使って料理をするのを、うまく行えるようになるものなのだ。碌に下準備をしないで、火をつけるからこそ、料理が滅茶苦茶になってしまうのだ。

 料理の時間は余り長い時間をかけないことだ。平日の夕食の料理の時間は、1時間以上かけない。できれば、30分以内で終わらせることだ。短時間で料理してしまった方が、料理は美味しくできるのだ。勿論、休日などでは、料理に時間をかけてもいい。これは豪華な料理を作るためであって、平日は質素な料理で充分なのだ。

 台所は女の城にして、家族の健康の源なのである。台所を奇麗にしておくのは当然だし、妻が使いやすいように、常に工夫し続けるのは、当然なことなのだ。妊娠中は、冷えが天敵になってくるので、台所は足元を温かくしておくことだ。例えば、カーペットを二重に敷けば、台所は結構温かくなるのだ。

●掃除

 妊娠中、掃除はしっかりとしておいた方がいい。家庭の中を掃除をしないでいると、埃が溜まってしまい、その埃が妊婦に風邪をひかせたり、生まれてきた我が子をアトピー性皮膚炎にさせてしまうのだ。アトピー性皮膚炎は、ダニに刺されない限り、発症しない病気なので、母親が掃除を怠っていると、赤ちゃんをアトピー性皮膚炎にさせてしまうのだ。

 妊娠中は毎日掃除をしておくことだ。掃除機をかけ、濡れた雑巾で水拭きをしていくことだ。また、妊娠中には、一度、大掃除をしておくことだ。休日を利用して、夫婦で徹底的に家の中を掃除しておくことだ。埃を徹底的に吐き出し、ダニが存在しないようにすることだ。これをするだけで、アトピー性皮膚炎を最小限にまで食い止めることができるようになるのだ。

 掃除をする際、とにかく要らない物を捨てていくことだ。人間はなんでも溜めこむ性質をもっているので、その性質に従っていたら、どんなに大きな豪邸に住んでいようとも、ガラクタで家中が溢れかえってしまうのだ。人間の行動力は、家の中に要らない物が少なければ少ないほど、行動力が増してくるのだ。

 既婚女性は自分が妊娠しやすいように家の中を変えていくし、自分が育児をしやすいように家の中を変えていくものなのだ。だから、家の中をどうするかは、妻の意見を優先させるべきなのだ。大体、夫は自宅にいる時間が、妻よりも少ないのだ。自宅の滞在時間が多い人の意見を優先させた方が、家の中は効率的に使えるようになるのだ。

 妊娠中に特にやっていた方がいいという掃除は、「窓掃除」である。窓掃除はもっとも足腰を使うので、妊娠に特に効果があるのだ。しかも、窓が奇麗になるので、家の中が非常に明るくなるのだ。出産してから、赤ちゃんの育児に慣れるまで、窓掃除などできる状態ではなくなるので、妊娠中に窓掃除をしておくことだ。

●洗濯

 洗濯は今やすべて電化されているし、しかも、乾燥機も持っている夫婦もいるので、洗濯はそれほど苦労するものではない。洗濯で重要なのは、いかにうまく干すかであり、いかにうまく畳むかなのである。洗濯物を干す際は、ランダムに洗濯物を干すのではなく、タオルを一纏めにして干すとか、下着類を一纏めにして干すとかして、洗濯物が乾いた後に、素早く取り込めるように工夫しておくことだ。

 洗濯物を畳むのも、夫婦で畳み方のマニュアルを作って、夫婦のどちらが畳んでも、同じような畳み方になるようにしておくことだ。そして何をどこにしまうかを、夫婦でちゃんと情報を共有しておくことだ。というのは、出産時に、夫に洗濯を行ってもらった場合、滅茶苦茶に畳まれたり、既定の場所にしまってないと、これほど迷惑なものはないからだ。特に、パンティーの畳み方などは、夫に教えておいた方がいい。男である夫が、パンティーの畳み方など絶対に知らないから。

 妊娠との関係で考えておかないといけないのは、「ハンカチ」である。ハンカチは洗って乾かしても、アイロンがけせざるをえなくなので、さすがに出産時にはアイロンがけをすることはできない。夫がアイロンがけをしてくれればいいが、出産時のようにドタバタしている時には、したくでもできないものである。だから、妊娠の或る時期を超えてからは、夫にハンカチではなく、「ハンドトタオル」を使ってもらうようにすることだ。これだけでもハンカチのアイロンがけという作業が消滅するのだ。

 洗濯は、昔は力仕事だったけど、今では頭を使う仕事なのだ。汚れ物は毎日出る以上、これをいかにうまく処理していくかなのだ。妊娠中に自分たち夫婦の選択の仕方を築き上げておいた方がいい。出産前に洗濯をきちんとできていないと、赤ちゃんの産着すらまともに洗えなくなるのだ。

 それから、洗濯洗剤は、決して合成洗剤を使わないことだ。赤ちゃんの肌は敏感なので、合成洗剤を使っていると、かぶれたり、皮膚炎になったりしてしまうのだ。赤ちゃんの肌のことを考えたら、なんといっても天然石鹸である。自然に優しい天然石鹸は、赤ちゃんの肌にも優しいのだ。

●家事こそ安産のための最高の活動である

 家事は時給に換算することはできないし、そもそも家事は消費行動である。既婚女性がいかに家事をうまくこなしてくるかで、その夫婦の豊かさが決定してしまうのだ。経済学者のジョン・メイナード・ケインズが指摘するがごとく、人間の経済的な豊かさは、所得によって決定されるのではなく、消費によって決定されるのである。

 だから、夫婦の所得がいくら高額であったとしても、妻がちゃんと家事を切り盛りしてくれなければ、一向に豊かにならないのである。年収が1億円を超え、高級住宅街に住んでいるのに、妻が家事をしないばっかりに、貧しい家庭生活を味わっている家族はいくらでもいるのである。どんなに所得が低くても、妻が家事をきちんとこなしていれば、その家族は豊かな家庭生活を営んでいるのだ。お金の多寡に惑わされると、いつまで経っても豊かさを獲得できないのだ。

 既婚女性にとって、家事を立派に行うことができれば、人生万事に応用ができるのだ。家事をきちんとできない既婚女性は、何をやらしても中途半端なのだ。「女性の社会進出!」が年柄年中叫ばれているのに、いい仕事ができる女性が少ないのは、家事を馬鹿にしているからである。家事は女性の脳と体を最高レベルで活動させるものだから、家事をしなければ、女性が持っている能力を発揮できなくなってしまうのだ。

 既婚女性が憂鬱になったり、精神病になってしまうのは、家事をしないことに、その大きな原因があるのだ。妊婦も妊娠して、体がきついからといって、家事を放棄していると、自分の精神が病んでくるものなのだ。人間は何かをしていれば、悩まなくなるのだ。妊婦もあれこれ悩む前に、家事をきちんとこなしていれば、悩み事を抱え込んだりしないものなのだ。

 家事こそ夫婦円満の最高の活動であり、家事こそ安産のための最高の活動なのである。いくら妻が愛を叫んでも、家事をしなかったら、夫婦の仲はうまくいかなくなるものなのだ。安産をもたらす食材やスポーツはいくらでもあるけど、家事ほどに安産をもたらしてくれるものはないのだ。世界で最高の愛をいくら捜し求めても、実は家事をしなければ見つけられないのだ。世界で最高の幸せな妊婦生活を送ろうとしても、実は家事をこなしていけば実現できてしまうのだ。結局、この世でもっとも素晴らしいものは、我々の日常の中にあるということなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

妊婦にとっての「三種の神器」

●妊婦にとっての三種の神器とは?

 天皇が即位するのに「三種の神器」が必要なように、妊婦が妊婦として安全に暮らしていけるためにも、「妊婦の三種の神器」というものがある。それは、「黄金のネックレス」と「ルビーの指輪」と「白い服」である。原始人であるならば、こんなものは必要ないであろう。しかし、文明国の国民として生きている以上、この妊婦の三種の神器が必要になってくるのだ。

 人類は穀物を栽培するようになってから、知能が急激に上昇していった。これは妊婦が穀物を食べると、胎児の知能が増加し、そのために、生まれながらにして知能が上昇した形で生まれてくるのだ。これは人間の知能だけでなく、人間の霊能力まで上げることになったのだ。前世療法を行うと、どこの国民も世界最古の文明であるシュメール文明の時代までしか遡れないのだ。文明以前は人間は霊能力が発達していたと主張する人々がいるが、この前世療法の事実から見ても、人間は穀物を食べることによって、知能を上げただけでなく、霊能力も上げたのだ。

 この文明を創り出すだけの能力を持った人類を守るためには、原始生活のままで駄目なのだ。どうしても、文明国の国民らしい妊娠の仕方が必要となってくるのだ。そのキーワードは「魔除け」である。知能や霊能力が高いために、どうしても人間たちに魔が差してくるのだ。そのため、折角、妊娠できたのに流産してしまったり、身体障害者を産んでしまったり、健康に育ったのに社会でトラブルを起こしたり、家庭内で殺人事件を起こしてみたりと、まるで悪魔に操られたかのような人生を歩んでしまうのだ。

 これらは魔除けをしなかったからなのだ。人間は知能も霊能力も高い以上、どうしてもそういう魔が差してくるのを避けられないのだ。だから、人類は「魔除けグッズ」を大量に開発してきたといってもいいのだ。魔除けを迷信だといって、否定してはならない。人類は魔除けが必要だからこそ、魔除けグッズを開発してきたのだ。

 特にキリスト教徒や無神論者たちは、この魔除けを馬鹿にしている所があるので、そのために、非常に高い確率で、流産を引き起こしたり、身体障害者の子供を産んだり、家庭内で殺人事件を発生させたりしている。自分がどのような宗教やイデオロギーを持とうとも、魔除けの重要性にはなんら変わらないのだ。魔除けを持つということは、高度な知能や霊能力を有する人類にとって、必要不可欠な行為なのだ。

●黄金のネックレス

 黄金は、アメリカ合衆国によって金本位制が廃止されるまで、人類にとって身近な通貨であるとともに、身近な魔除けでもあった。冶金の技術を有するようになってから、どこの民族も黄金を欲しがったのだ。それほど強力な魔除けの効果を持っていたということでもあるのだ。

 妊婦は「黄金のネックレス」をつければいい。黄金のネックレスには、微量のマイナス電子が出ており、このマイナス電子が妊婦の体を伝わると、妊婦の体が健康になっていくのだ。そのために妊婦が持っているオーラの量が増加し、それによって魔除けの効果を発揮するのだ。

 黄金のネックレスは、毎日つけていると、黄金のネックレス自体が疲れてしまうので、最低でも3つは持っておいた方がいい。それらをローテーションで使っていけばいいのだ。黄金のネックレスを外す時は、「ありがとう」と感謝の言葉を捧げておくことだ。この感謝の言葉を捧げておくと、次回からも効果を発揮してくれるのだ。

 黄金の指輪でも効果はあるが、黄金の指輪は、黄金の指輪をつけている側にだけ効果が発してしまうのだ。例えば、左手に黄金の指輪をつけていると、体の左側だけに効いてしまい、そのために体のバランスを崩し、腰痛や膝の痛みに襲われてしまうのだ。だから、黄金の指輪をつける時は、両手に黄金の指輪をつけることだ。

 黄金のネックレスは、自分で買うよりも、夫から買ってもらった方が効果があるのだ。夫から貰うと、夫に守られているという魔除けの効果も増大してくるのだ。下手な無駄遣いをするよりは、浪費を抑えて、夫に黄金のネックレスを買ってもらった方がいい。黄金のネックレスを買う時は、最初つける際には、必ず「黄金のネックレス」を夫からかけてもらうようにすることだ。この最初の儀式が肝心なのだ。

●ルビーの指輪

 黄金は妊婦だけでなく、すべての人にも魔除けの効果を発揮するのだが、ルビーの指輪は、既婚女性にとって、特に妊婦にとって、強力に魔除けの効果を発揮するのだ。ルビーから、結婚を幸福にするエネルギーや、安産をもたらすエネルギーが発せられているからだ。

 現在、結婚する女性たちは、結婚する際には、結婚指輪として、ダイヤモンドの指輪を購入しているが、これはユダヤ商人が広めたものなのだ。ヨーロッパではルビーが取れなかったために、ヨーロッパ人たちの無知につけこんだ悪どい商売を行っただけなのだ。結婚する際には、ルビーの指輪だというのが、文明国の常識なのだ。ユダヤ商人の商業宣伝には騙されないことだ。ダイヤの指輪は、障害を克服するという効果もあるが、魔を呼び込んでしまうという副作用もあるのだ。大きなダイヤの指輪をつけている女性に限って、不幸な事件に見舞われるのは、このダイヤの副作用が原因なのだ。

 ルビーはミャンマー産の物が最高級品である。次いでタイ産の物と来ている。タイ産のルビーは黒みがかっているのが特徴で、ミャンマー産のようには鮮やかな色はないが、タイの方がルビーの加工技術が世界最高レベルなのである。ルビーを値段で選ぶか、デザインで選ぶかは、その人の好みなので、自分で正しいと思う物を選べばいい。

 ルビーの指輪は指につけるだけでなく、ルビーの原石をリビングに置いておくだけでも効果はある。ルビーの原石を置いておくと、思わぬ幸運が訪れてくるので、試しに置いてみればいい。ルビーの原石だと、非常に安い値段で売られているのだ。自宅に置く置物としては、これほど効果のあるものは、他にないであろう。

 黄金のネックレスも、ルビーの指輪も、日本では仏教の影響を受けて、妊婦たちがまったくつけていないのだ。そのために、流産や早産や異常出産になってしまっているのだ。日本では仏教が伝来する以前には、ちゃんと黄金やルビーの宝石が使われていたのだ。仏教が黄金やルビーを所有することは煩悩だと言い始めたために、これらの物が使われなくなってしまっただけなのだ。そのために、妊婦たちが妊娠や出産で苦しむことになったのだ。妊婦たちが妊娠や出産で苦しめば、妊婦たちは出産後、仏教の教義である「一切皆苦」を受け入れやすくなり、そうすることで信者たちを増やしていったのだ。

●白い服

 黄金のネックレスやルビーの指輪は使われなくなったが、古来より「白い服」は使われ続けている。これは神道のお蔭であろう。神道は安産祈願として、妊婦たちに白い腹帯を渡して続けてきたからだ。腹帯は、妊婦が五ヵ月目から締めるサラシの帯である。神代において、古代の日本民族の妊婦たちが身につけていたものであろう。日本列島のように、シベリア寒気団が南下してきて、冬は結構な寒さになるという地域では、どうしても腹帯が必要になってくるのだ。

 神社では、戌の日に腹帯を配っているが、これは縁起担ぎなので、行ってもいいし、行かなくてもいいのだ。大事なことは妊娠五ヵ月になったら、腹帯を締めるということである。最初は腹帯のつけ方も知らないだろうが、こういうのは母親や義母に聞けばいいのだ。教えを請えば、ちゃんと教えてくれる筈だ。

 妊娠五ヵ月以前は、「白いTシャツ」や「白いワンピース」でも着ていればいいのだ。これでも充分に魔除けになるのだ。勿論、白いパンティーや白いブラジャーも魔除けの効果があるのだ。白い服を身につけていると、結界が作り出されるので、魔が差し込まなくなるのだ。

 出産時には、汗を拭くために、「白いタオル」を持っていった方がいい。白いタオルを持って出産に臨むと、安産になる確率が高まるのだ。これもやはり白の色が結界を作り出すからであろう。「まさか!?」と思うだろうけど、妊婦に白いタオルを持たせると、なぜか安産になる確率が高まるのだ。

 妊婦にとって、「黄金のネックレス」や「ルビーの指輪」や「白い服」はどうしても必要なのである。これら三種の神器を備えないからこそ、難産で苦しむことになるのだ。仏教やユダヤ商人に騙されないで、自分の妊娠を安産に持ち込むために、妊婦の三種の神器を備えておくべきだろう。なぜなら、進化して、知能と霊能力を発達させてしまった人類の宿命だからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

初めての妊娠なんだから、マタニティードレスをケチらない

●妊婦だからこそ着れるマタニティードレス

 妊娠しているからこそ、マタニティードレスが着れる。マタニティードレスなど、妊娠しなければ着ない服である。たまに、妊娠していなくともマタニティードレスのような服を着ている女性もいるが、これは肥満で腹が出ているだけである。デブでもない通常の女性が、妊娠してマタニティードレスを着ると、妊婦である自覚が高まってくる筈だ。

 人間は着ている服どおりの人間になるという。軍服を着ていれば、軍人になっていくし、消防士の格好をしていれば、消防士になってしまうのだ。それと同じように、マタニティードレスを着てれば、妊婦になっていくのだ。妊婦になったのに、マタニティードレスを着ないということは、身も心も妊婦になりきっていないということなのだ。

 マタニティードレスを着ることはなんら恥ずかしいことではない。妊婦はマタニティードレスを着ることで、妊婦になった実感を味わい、妊婦らしい行動を取っていくことだろう。マタニティードレスは、妊婦にとって制服のようなものなのだ。妊婦はマタニテx-ドレスを着ることによって、妊婦らしい妊婦になっていくのだ。

 マタニティードレスを着ることは、「妊婦特権」を表示することでもあるのだ。マタニティードレスを着ていれば、席を譲ってくれる 値引きをしてくれる 多目に料理を出してくれるのだ。生活していく上で、様々な優遇措置を得られるのだ。妊娠しているのに、マタニティードレスを着ないと、こういう特権を得られないのだ。

 妊娠しているのに、いつもと変わらないような格好をしていると、周囲はなんの優遇を与えないものなのだ。様々な用事を言いつけられて、それを処理していかなくてはならなくなるのだ。これでは折角の妊娠も台無しである。だから、「自分は妊娠してます」「自分は妊婦です」と表示するために、マタニティードレスを着るのだ。そうすれば、周囲は妊婦として優遇してくれるのだ。

●マタニティードレスを地味にしない

 いくらマタニティードレスが必要であるからといって、適当な服を着てはいけない。初めての妊婦ほど、地味なマテニティードレスを選んでしまう傾向にあるのだ。「紺」や「茶色」や「グレー」といった色を好んで選び、中には「黒色」のマタニティードレスを選んでしまうのだ。これではまるで喪服である。

 初めての妊婦ほど、妊娠や出産に対する不安が大きいので、マタニティードレスに「不安の現れ」が出てきてしまうのだ。暗い色の服を着ていれば、自分の気分も落ち込んでくるものである。そしてその落ち込んだ気分のまま出産に臨んでしまい、凄まじい難産を経験してしまうのである。

 初めての妊娠した女性は、敢えて明るい色を選ぶことだ。マタニティードレスを買う時は、できれば夫と一緒に買いにいくことだ。自分一人では暗い色を選んでしまう傾向があるからだ。マタニティードレスは自分だけが着るものではなく、夫が良く見る服でもあるので、夫の気に入らない服を選ぶのではなく、夫にも差し障りのない服を選んだ方がいいだおう。

 マタニティードレスも、少子化の影響を受けて、小さな市場になっているので、いいデザインのファッションが少ないのだ。それゆえ、マタニティードレスを買う時は、衝動買いなどせずに、じっくりと選んで買うことだ。「デザイン性」や「機能性」や「耐久性」をよく吟味して買うことだ。

 マタニティードレスでもいい品はやはり値段が少し高くなっている。通常のファッション業界とは違うので、値引き合戦がしょっちゅう起こるものではないのだ。だから、マタニティードレスを買う時は、決してケチらないことだ。「いい品は、それなりの値段はする」ということを肝に銘じて、マタニティードレスを購入するようにしよう。この気持でいれば、「安物買いの銭失い」を経験しなくても済むようになるのだ。

●自分で作ってしまうのもいい

 市販されているマタニティードレスで、いい柄のものがないのであるならば、自分でマタニティードレスを作ってしまうというのも、一つの手だ。マタニティードレスは構造が簡単なので、裁縫が多少できる女性であるならば、簡単に作れてしまう服なのだ。昔の女性たちは、自分で作っていたのだから、今の女性でも作れないわけがないのだ。

 自分でマタニティードレスを作る際は、生地に拘ろう。素人の女性だと、裁縫ができるのに、どうしても生地選びで失敗してしまうのだ。生地選びに関しては、お店の人によく聞いてから買うことだ。肌触りとか、耐久性とか、拘らなければならない個所はたくさんあるからだ。

 自分でマタニティードレスを作ると、柄に関しては、完全に満足のいく服にすることはできるのだ。後は自分が最高に気に入るように縫いあげていけばいいのだ。縫いあげていく時の注意点は、とにかく明るく派手にしていくことだ、初めて妊娠の場合、どうしても不安が現われてくるので、明るさや派手さがなくなってしまうのだ。

 自分で作れば、いくらでも修正が効くので、夫に見せながら、「これでいいかな?」と聞きながら、作っていけばいい。但し、最初からうまくいくとは思わないことだ。2着、3着と作ってい過程で、自分の技術も上昇して、自分が納得のいく服を作れるようになるのだ。試行錯誤しながら、作ることに喜びを見出すことだ。

 妊娠中はどうしても体の動きが不自由になっていくので、自分ではできないものが増えていってしまう。そのために、自分が自信を失っていってしまうのだ。だが、裁縫のように、妊娠してもできるものをやって、マタニティードレスを作り上げてしまうと、達成感を感じて、自信を回復していくことができるようになるのだ。この自信こそが、妊婦生活や出産時に非常に役立つのだ。

●マタニティードレスは出産後も使える

 マタニティードレスは、家の中で着ると、非常にリラックスできるのだ。大き目に作られているので、自分を縛りつけないから、体が非常に楽になれるのだ。マタニティードレスは、妊娠中だけでなく、出産後も自宅で着れる服なのだ。だから、マタニティードレスを買う時は、後々のことまで考えて買うことだ。何も妊娠中だけに着るものではないのだ。

 マタニティードレスを買ってきたり、自分で作り上げたら、自分が着てみて、写真を撮っておこう。多くの妊婦は、出産後に赤ちゃんの写真を撮りまくるのだが、妊娠中の写真は撮らない女性が非常に多いのだ。妊娠中の写真を撮っておくと、我が子に「ママはこうやって、あなたを孕んでいたのよ」と主張しえるからだ。こういうことをしておくと、子供は母親には逆らわなくなるからだ。特に自分の子供が反抗期になって、子供が暴れさせてしまうような母親は、こういう切り札を子供に対して持っていないから、反抗期を最悪にさせてしまうのだ。

 女性がウェディングドレスに拘るくらい、マタニティードレスに拘っていいのだ。初めての妊娠の女性にとっては、ウェディングドレスが独身最後の服になると同じように、マタニティードレスは未出産最後の服になるからだ。出産後は、生涯続く親子関係を形成してしまうのだ。

 花嫁がウェディングドレスを着て、結婚式を楽しむように、妊婦がマタニティードレスを着て、妊婦生活を楽しんだっていいのだ。妊婦生活の「現状の不満」や「嫉妬」や「怒り」を呈するのではなく、いかに妊婦生活を楽しめる工夫をするかなのだ。自分で楽しい物をみつけようとすれば、楽しくなれることはいくらでもあるのだ。

 妊婦の精神レベルが低いと、妊婦生活で妊婦らしく扱われることに、不快感を持ってしまう妊婦がいるものである。人間は新たな生命を生み出そうとする女性を保護し、丁重に扱うものなのだ。これは人間に備わっている「本能」なのだ。マタニティードレスを着て、誰かにサービスを受けたら、それをちゃんと受け取り、感謝をしよう。世間は「お互い様だ」といことなのだ。どんなに孤独を感じている人でも、そうやって人の優しさを受けながら、生まれてきたのだ。人間は決して一人で生きているのではないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

安産をしたいのであるならば、妊娠中は温かい格好をする

●温かい格好と安産の比例関係

 妊婦が安産になる確率と、その妊婦が厚着であるということは、正比例の関係にある。即ち、妊婦が妊娠中に厚着であるならば、出産時に安産になり、妊婦が妊娠中に薄着であるならば、出産時には難産になってしまうのだ。妊娠や出産は、高体温でこそ、安全性を確保できるので、妊婦は妊娠中、いかに温かい格好をし続けるかが、幸福と不幸の分かれ目になってくるのだ。

 現代の女性たちは、とにかく薄着に慣れてしまっている。現代では暖房設備が整ってしまったために、厚着をする必要性が少なくなってしまったし、しかも、ファッション誌や芸能人は薄着をしているので、それに影響を受けて、どうしても薄着のファッションが格好いいと思ってしまいがちだ。しかし、どんなに暖房設備が整おうとも、アフリカ大陸に発生した人類が、日本列島までに展開してきて、この地で住む以上、厚着の重要性にはまったく変化がないのだ。日本列島では、縄文時代であろうが、弥生時代であろうが、それ以降の時代であろうが、薄着であった時代はまったくないのだ。厚着せざるをえないのは、日本列島に住む以上、宿命のようなものなのだ。

 日本民族は今まで厚着をしてきたために、日本民族の肌や体自体が、厚着に慣れてしまっており、アフリカ人のように頑丈な肌をしているのではないのだ。アフリカ人はほとんど裸に近い姿で生息してきたために、その分だけ肌が鍛えられてきたのだ。ところが、アフリカ大陸より、遥かに寒い日本列島で暮らしてきた日本民族は、厚着をせざるをえず、その分だけ肌が弱ってしまったのだ。だから、厚着をしなければ、体が充分に機能してくれないのだ。

 妊娠中は特に、お腹の中の赤ちゃんが成長をしていくので、そのため、常に36.5℃~36.8℃に間に体温を保っておかないと、赤ちゃんは無事に成長できなくなってしまうのだ。出産時においても、この間の体温であればこそ、安産に出産を行えるようにできているのだ。もしも、この間の体温よりも低くくなってしまえば、子宮も正常に作動せず、難産になっていくのは確実なのだ。

 特に日本には四季があるので、夏は猛暑が続くし、冬は厳冬になる可能性もあるのだ。そのため、夏は薄着で過ごしてしまい、それゆえに薄着に慣れてしまっているので、冬でも薄着で過ごす女性たちがでてきてしまうのだ。寒い冬だけ温かい格好をすればいいのではなく、春でも夏でも秋でも冬でも、妊娠中は温かい格好をしておくべきなのだ。常に温かい格好をしていれば、常に体が温かく、安産をすることができるようになるのだ。

●普段着はいつでも長袖長ズボン

 妊娠中の普段着は、常に「長袖長ズボン」でいることだ。半袖と長袖では、温かさがまるで違うのだ。家事をする際に長袖が邪魔だというのなら、腕を捲ればいいのだ。妊娠中は、妊娠していると雖も、結構動くので、スカートを穿いていると、結構邪魔になるのだ。動きやすい長ズボンした方が賢明である。

 夏でも長袖長ズボンを貫いてしまうことだ。女性の場合、体の冷えは、実は夏を寒く過ごしてしまったことが原因になっているのだ。寒い冬が原因ではないのだ。夏を薄着で過ごしてしまったからこそ、冬になって体が冷え切ってしまうのである。だから、夏はどんなに暑かろうが、長袖長ズボンを貫いてしまい、暑い夏のうちに、体を温めておくことだ。

 寒い冬も、本格的な寒さがやってくるまえに、防寒装備に切り替えてしまうことだ。こうすることで、冬の寒さに慣れてしまうことだ。防寒着をきていれば、結構温かいので、冬でも汗を流せることができるのだ。マフラーや手袋は、雪が降らなくても、しておくことだ。こういうアイテムは非常に体を温めてくれるのだ。

 自宅に居る時でも、涼しい格好はしないことだ。自宅でいくらリラックスできるからといって、涼しい格好をしていると、低体温が身についてしまうのだ。自宅では余り動かないために、体温が上昇していかないのだ。だから、自宅でも長袖長ズボンの服を着て、体を温めておくことだ。

 結婚していると、夫は男性であるために涼しい格好をしがちである。これは男性の方が、女性より筋肉の量が多いために、体が結構、熱いのだ。その夫の涼しい格好に引き摺られて、妻も涼しい格好をしないことだ。男の体と女の体は違うのだ。女性は女性としてもっともベストな格好をしていればいいのだ。

●室内シューズか足袋を履く

 日本の住宅では、住宅内では靴を脱ぐので、どうしても足元が冷えてしまうのだ。靴を脱ぐことによって、自宅内を清潔に保てるが、その反面、足元が冷えてしまうのだ。妊娠中はどうしても足元からの冷えを嫌うために、できればフロ-リングの多い家であるならば、「室内シューズ」を履いてしまえばいいし、畳の多い家であるならば、「足袋」を穿いてしまえばいいのだ。

 室内シューズや足袋を履くと、足元の冷えがなくなるので、膝の痛みや、腰痛や、肩こりや、頭痛がなくなるのだ。妊娠中は特に腰痛や肩こりを起こす妊婦が出てくるのだが、こういう妊婦は足元が冷えているために、血液の通り道である腰や肩が凝ってしまい、痛みを発生させているのだ。日本で肥満が多くないのに、腰痛の患者が多いのは、家の中で靴を脱ぐ習慣があるからなのだ。

 日本では家の中で靴を履く習慣がないために、家の中で室内シューズを履く時は、必ず夫に断りをいれておこう。いきなり履いたらビックリしてしまうからだ。室内シューズを履く時は、できれば運動靴にし、床の上を歩いても、音が出にくい靴を履くようにしよう。同じ室内シューズを毎日履くのではなく、3足ほど持っておいて、それらをローテーションしながら履いて行けば、靴が臭くならなくて済むのだ。

 足袋を穿く時は、「厚手の足袋」を穿くようにしよう。薄手の足袋だと、汚れが目立ったり、破れやすく、それほど温かくならないからだ。厚手の足袋だと、汚れにくいし、壊れにくし、体が温かくなるのだ。畳の多い家は、通気性もいいので、その分、冬では家の中が寒いのだ。その点、厚手の足袋を穿いていると、その寒さを防げるのだ。

 スリッパを履いても結構寒いのだ。スリッパを履くくらいなら、室内シューズを履いてしまった方がいい。靴下を穿いても、靴下は所詮、靴を履いてナンボの物としてできているために、足袋の足元にも及ばないのだ。足袋自体は、それ単独で使えるようにできているので、足袋の効力は靴下の効力を圧倒しているのだ。

●パジャマも長袖長ズボン+マフラー

 寝る時も、温かい格好をして寝ることだ。人間の体の修復は睡眠時に行われるし、お腹の中の赤ちゃんへの栄養も、睡眠時にもっとも多く行くようにできているのだ。そのため、涼しい格好をしていたら、体温が下がってしまい、それらの作業に支障をきたしてしまうのだ。だから、寝る時も温かい格好をして寝て、体が自動的にやってくれる作業の手助けをしてあげることだ。

 パジャマは当然に長袖長ズボンのパジャマだ。少し厚手にし、寝汗をかく程度のパジャマにすればいい。パジャマの色を、赤とか、ピンクとかの色にしておくと、その色の効果で自然と体が温かくなっていくので、パジャマは明るい色を選ぶことだ。人間の体は睡眠時に500ml以上の汗をかくので、朝起きたら、パジャマは洗濯籠の中に入れることだ。汚れていないからといって、今日の夜も着ようとはしないことだ。

 日本の家屋は通気性がいいので、冬になると結構寒いのだ。冬に冷え性に悩まされたり、風邪をひく女性たちが多いのは、この家の構造にあるのだ。だから、そういう時は、マフラーをつけて寝ることだ。マフラーをして寝ると、首回りが温められるので、全身に温かい血液が行き渡るのだ。マフラーは何も新しいものを買うのではなく、お古のマフラーで充分である。

 人間は習慣性のある動物なので、それが古き良き習慣であるならば、その習慣は今を生きる我々にも効果があるのだが、しかし、それが悪い習慣であるならば、その習慣は今を生きる我々にとんでもない損害を与えてくるのだ。しかも、習慣であるがゆえに、その習慣の危険性を見破りにくいのだ。

 妊娠に温かい格好が必要だというのを知っていても、周りの人々が薄着でいれば、自分も薄着にしてしまおうというのが、通常の人々の行動パターンだ。だから、自分を強く持って、たとえ周囲の人々が同じ行動を取っていても、それが妊娠や出産にとって悪いものであるならば、勇気を振るって排除していくことだ。妊婦にとって温かい格好をすることこそが、妊娠にも出産にもいいと解っている以上、悪習を排除して、温かい格好をし続けることが、自分や自分の赤ちゃんの幸せに繋がっていくのである。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

妊婦だからこそ必要な「タワシ」と「糠袋」と「天然石鹸」

●合成洗剤は胎児を直撃する

 人間は成長期まではさすがに汚れるか、成長期を終わってからは、余り体は汚れにくくなる。細胞分裂が活発にならないので、古い皮膚が剥がれにくくなっていくのだ。そのため、成長期を終えたら、水洗いが基本で充分なのだ。どうしても汚れている所だけを天然石鹸で洗っていけばいいのだ。

 それなのに、多くの大人の女性たちは、石鹸を狂ったように使い、そのために肌を傷めてしまい、肌の荒れや、シミやシワやタルミに悩まされているのだ。しかも、使っている石鹸が、天然石鹸ではなく、合成洗剤である。合成洗剤は、凄まじいほどの肌を荒れを引き起こし、体内にも侵入して、腎臓障害や肝臓障害を引き起こすし、カルシウム不足だって引き越してくるのだ。

 妊娠中は徹底して合成洗剤を排除していった方がいい。最近、流産が増えたり、早産や異常出産が増えたり、身体障害者の赤ちゃんが生まれるのが多くなっているのは、合成洗剤の使用が原因である。特に流産すると、その妊婦の羊水は合成洗剤の臭いがするというのだ。合成洗剤を使用していると、羊水まで侵入してくるのだ。合成洗剤は、汚い汚れを落とすどころか、自分の赤ちゃんの命まで落としてしまったのだ。

 合成洗剤は胎児を直撃してくるのだ。胎児は自分の母親が健康にいてくれれば、健康に育つものなのだ。それなのに、自分の母親が不健康なことをやっていると、自分自身に直撃してくるのだ。母親が、天然石鹸ではなく、合成洗剤を使用していたら、その被害はお腹の中の赤ちゃんにま及んでくるのだ。

 テレビCMを流しているような会社の石鹸は、すべて合成洗剤だと思った方がいい。テレビCMを流すために莫大な広告料を取られてしまい、そのためにまともな金額を制作費に回してこないなから、どうしても石油を使って、人体に危険な石鹸を作ってしまうのだ。いくら消費者団体が、合成洗剤を「悪い」「悪い」といっても、テレビ局はテレビCMを貰う側なので、絶対に合成洗剤の危険性を報道したりはしないのだ。だから、妊婦は合成洗剤に対して要注意しておくことだ。テレビCMに騙されて合成洗剤を買っていると、妊娠の悲劇を見るのは、自分自身になってしまうのだ。

●タワシと糠袋

 まず、妊娠中に体を洗う時は、余り石鹸を使わないことだ。妊娠中はそう汚れたりしないから、石鹸を使わず、体にお湯を流した上で、「亀の子タワシ」や「ヘチマのタワシ」でゴシゴシ洗っていれば充分なのだ。「亀の子タワシ」や「ヘチマのタワシ」なら、洗っているうちに、石鹸を使わずとも、汚れが落ちていくのだ。しかも、タワシで皮膚が刺激されるから、皮膚が活性化していくのだ。

 合成石鹸の使用に慣らされ、自分の体を泡立てて洗っている女性は、まさかそんなことで汚れが落ちるのかと思うだろうけど、これで充分なのだ。タワシで体を洗えば、汚れが落ちるだけでなく、皮膚まで活性化されていくから、皮膚がツヤツヤになっていくのだ。合成洗剤ではありえない現象が体に起こってくるのだ。

 タワシで体を洗ったなら、その上で、「糠袋」をお湯に濡らして、それを体に擦りつけていけばいい。糠の成分が、お肌に浸透して、肌がヒピカピカになっていくのだ。糠の成分が体内までに入ってくるから、糠の成分がそのまま自分の健康を増進させ、お腹の中の赤ちゃんにまで届いていくのだ。

 妊婦が糠袋で体をツヤツヤにしていくのは、古来からの日本民族の知恵だったのだ。これをやっていたからこそ、妊婦の肌はツヤツヤで、健康な体のまま、出産を迎えることができたのだ。糠はスーパーで袋詰めにされたものを買うよりは、お米屋さんで買うと、糠は異様に安い値段で売っている。

 糠袋の糠は、3日間使用するのが限度である。糠が発酵して臭くなってしまうのだ。そのため、糠袋の中の糠は、3日以内に取り換えることだ。使った糠はゴミとして捨てないで、肥料として使えるので、畑やプランターに肥料として蒔けばいいのだ。糠を変える時は、糠袋を手洗いして、太陽の光に当てて、乾かしておくことだ。こうすれば殺菌されるのだ。

●天然石鹸

 「股間」や「脇の下」や「足の裏」は、どうしても汚れているから、石鹸を使わざるをえない。そういう時にだけ、天然石鹸を使用すればいいのだ。天然石鹸がいくら安全だからといって、無闇に多く使わないことだ。タワシと糠袋で洗える所は、タワシと糠袋で洗っていけばいいのだ。

 天然石鹸は、合成洗剤よりも、洗浄力がいいのだ。天然石鹸は、合成洗剤みたいに人体に有害で、肌を荒しはしない。しかし、天然石鹸は、タワシや糠袋みたいに、肌を活性化させたり、人体の健康を増進させるわけではないのだ。あくまでも、安全に汚れを落とすためのものなのだ。

 天然石鹸を売っている会社は、「太陽油脂」「ミヨシ石鹸」「玉の肌石鹸」「菜の花石けん」などである。この中で、太陽油脂の製品が、天然石鹸業界では最高品質である。太陽油脂は、石鹸も、ボディーソープも、シャンプーもすべて揃っている。ミヨシ石鹸は、安さの点では、非常に消費者に良心的な企業である。石鹸は消耗品なので、いくら安全だからといって、高くしすぎてはこまるものなのだ。

 天然石鹸を製造販売している企業は良心的だから、すべていいのだが、敢えて妊婦にこの企業がお勧めというなら、「太陽油脂」だろう。商品の品質が断然にいいので、妊娠中という慎重を期する期間には、太陽油脂の製品を選んでおいた方が無難であろう。他の企業も決して悪くないので、自分が自分の意志で選んで買えばいい。

 天然石鹸を使う時は、これだけを注意しておいた方がいい。人間の体が汚れていなければ、石鹸は泡立たないということだ、石鹸は人間の体が汚れていれば、泡立つようになっているのだ。そのために、妊婦が天然石鹸を使っても、余り泡立たないのだ。ちなみに、合成洗剤を使うと、なぜあれほど泡立つかといえば、それは発泡剤が含まれているからだ。発泡剤は勿論、人体に有害な物質である。

●妊娠したら、髪の毛は余り洗わない

 昔から、「妊娠したら、髪の毛を洗うな」と言われてきた。頭皮には脂分でコーティングされているので、それを洗髪で洗い流してしまうと、頭皮が痛み、髪の毛が弱ってしまうので、どうしても頭部が不健康になってしまい、妊婦特有の精神の不安定に何かしらの影響があると見たのだろう。現在では、合成洗剤のシャンプーを使うと、子宮までに合成洗剤の害毒が及んでくるので、それこそ、妊婦に妊娠中には髪の毛を洗うなと言いたくなる。

 妊娠中は、母性ホルモンが出始めているので、そう臭くはならないのだ。それどころか、母性ホルモンの影響を受けて、妊婦の頭からはいい香りがし始めるのだ。それゆえ、滅多なことでは洗髪をしないことだ。ただ、勿論、臭くなれば洗わざるを得ない。自分の頭が臭くなったら、洗えばいいのだ。但し、妊娠中に、毎日、洗髪することは、絶対に必要がないのだ。

 特に、美容院で髪を洗う時は、自分で天然石鹸のシャンプーやリンスを持っていくくらいの気持ちを持った方がいい。できれば、妊娠中は髪を切ってもらうだけでいいのだ。美容院で使用しているシャンプーやリンスは、全部が合成洗剤である。妊婦にとっては非常に危険なのだ。

 妊娠中は合成洗剤の排除を徹底的にやった方がいい。台所の食器洗剤も合成洗剤は使わないこと。洗濯洗剤も合成洗剤を使用しないことだ。歯磨き粉も合成洗剤の入っているものは使わないことだ。妊娠の悲劇を引き起こしたくないのであるならば、徹底してやった方がいい。合成洗剤を排除していくと、体が物凄く健康的になっていくのだ。

 赤ちゃんに優しいものは、人にも優しい。人に優しいものは、自然にも優しいのだ。自分たちが使っているものが、巡り巡って、自然を破壊してしまい、そして人間の生存そのものを破壊してしまうのだ。自然にとって、人間にとって、「花王」も「ライオン」も「P&G」もいらないのだ。これらの悪徳企業が、テレビCMを出し、テレビ局は低俗番組を作っているのだから、悪徳企業というののは、経済的にも、文化的にも、妊婦にとっても有害であり、そして必要のない企業なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

妊婦の水分過剰を解消させる「サウナ」

●妊婦とサウナ

 妊娠中は食事の量が増えていくので、どうしても必要以上に水分を摂取してしまう。その水分が妊婦にとって健康のいい水であればいいのだが、多くの妊婦たちは妊婦にとって不必要で且つ不健康な水を大量に摂取してしまうのだ。そのため妊娠しているからといって、体が引き締まらず、体がブヨブヨの体になってしまうのだ。典型的な水分過剰の症状が現われているのだ。

 妊娠中に水分過剰になってしまうと、お腹の中の赤ちゃんへ赤ちゃんが必要とする水分を届けられず、水分過剰のために母親の体が重いので、そのためにエネルギーを浪費してしまい、効果的に栄養を行き渡らせることができなくなってしまうのだ。しかも、水分過剰の身だと、常に流産の危険性が高まるし、早産や異常出産だって引き起こしかねないのだ。妊婦にとって水分過剰は、見えざる天敵なのだ。

 妊婦が水分過剰を効果的に解消できるものに、「サウナ」がある。サウナに入ると、汗が大量に噴き出てくるし、体温が高くなるので、サウナから出た後でも、小便や発汗で水分過剰を解消していくことができるのだ。妊婦にとっては、いくら身重になっても、体をほとんど動かすことなく、水分過剰を解消していくことができるのだ。

 日本では妊婦にサウナに入らせることがポピュラーではないが、フィンランドやロシアでは、妊婦にはサウナに入らせることが習慣になっている。そのため、流産や早産や異常出産の確率が、アメリカやヨーロッパ諸国に比べ、圧倒的に低い数値になっているのだ。特に帝王切開に関しては、アメリカではすぐに帝王切開手術に踏み切るのに、ロシアで帝王切開手術の必要性が非常に低いのだ。ロシアでは妊婦にサウナに入らせ、水分過剰を解消させているから、安産になっていく確率が高くなってしまっているのだ。

 サウナには毎日入る必要性などないのだ。自分の体がどうも重いなと思ったら入ればいいのだ。その時はもう自分の体が水分過剰の身になるのだ。そういう時は、サウナに日って、汗を大量に流して、水分過剰を解消さていけばいいのだ。サウナに入れば気分は総会になるし、そういう体はお腹の中の赤ちゃんにとっても健康にいいのだ。

●サウナは汗が出き切るまで入る

 サウナに入る時は、汗が出き切るまで入ることだ。汗が出なくなったら、水分過剰は解消されたということなのだ。勿論、サウナに長時間入り続けることなのどできない。サウナに入って体が熱くなれば、サウナから出て、冷水を浴びるなり、お風呂に入るなり、外気に晒すなりして、体の火照りを冷まして、その後、再びサウナに入っていけばいいのだ。サウナで水分過剰を解消するのに、1時間もかからない。汗が出き切ったなと思ったら、サウナから出ればいいのだ。

 サウナに入る時は、サウナで汗を流すことによって、皮膚は自然に奇麗になっていくので、別に体を石鹸で洗わなくていいのだ。陰部とか脇の下とか足の裏はさすがに洗わざるをえないが、それら以外は洗わなくていいのだ。汗で皮膚の表面の汚れが流れ落ちているのに、その上、更に石鹸で皮膚を洗ってしまうと、皮膚が傷んでしまい、免疫力が落ちてしまうのだ。

 サウナではリラックスできるので、一人で行くのもいいが、女友達同士でいくと会話が弾んで楽しくなる。健康ランドとかでは、サウナの中にテレビがあるものもあるが、あれは不粋である。あれではサウナでリラックスができなくなってしまし、会話だってできなくなってしまうのだ。サウナはシンプルなものでいいのだ。サウナの中でだからこそできる会話だってあるのだ。

 サウナに行く回数の目安としては、1ヵ月1回程度でいいのだ。1ヶ月間、妊婦生活をしていれば、余分な水分は自分の体に溜まっていくものなのだ。サウナに本格的に入らずとも、スポーツジムとかではスポーツをし終わった後に、シャワーで汗を流した後、軽く汗を流す程度でサウナに入るとかしてもいいのだ。

 サウナではないが、岩盤浴もサウナと同じ効果が得られるものである。サウナほどには汗を大量にかかないが、やはりそれなりの汗は流せるものである。それだけ余分な水分が溜まっていることなのだ。岩盤浴なら、そこで寝ることもできるし、運動することもできるので、サウナとはまた違った楽しみを味わうことができる。

●サウナ後の水分補給

 サウナから出て、いくら喉が渇いているからといって、水をガブ飲みしていては、サウナに入った意味がなくなってしまう。サウナから出たら、水分補給は「フルーツ」ですることだ。フルーツの水分こそ、妊婦がもっとも必要とし、妊娠に必要不可欠な水分なのだ。だから、サウナから出た後は、フルーツを食べる。特に水分が豊富なフルーツを食べるようにする。秋や冬なら、「ミカン」でいいし、春なら「イチゴ」でしいし、夏なら「スイカ」や「梨」でしい。ミキサーがあるなら、「フルーツジュース」や「野菜ジュース」を作って飲んでしまえばいいのだ。

 人間は発刊すると、「ビタミンC」と「塩分」と「亜鉛」を失ってしまうので、フルーツや野菜だけでは足りないのだ。サウナから出た後は、「天日塩」を少し舐めればいい。フルーツジュースや野菜ジュースを作ったのなら、ジュースの中に天日塩を入れてしまえばいいのだ。酵素水分を補給しても、天日塩を補給しないと、健康な羊水を作ることができないし、お腹の中の赤ちゃんに安全な水分を供給できなくなってしまうのだ。

 亜鉛は酵素システムが正常に作動するためには必要だし、血液の安定的な供給にも必要だし、脳の機能が正常に作動するためにも必要になってくる。亜鉛は妊娠中には妊娠のために使用されてしまうので、妊婦本人の分が不足しまいがちなのだ。その上でサウナで汗を大量にかくわけだから、亜鉛は決定的に不足してしまう。

 亜鉛が入っている食品は、「牡蠣」「アワビ」「蟹」「牛のレバー」「スルメ」「パルメザンチーズ」「ゴマ」「抹茶」「ピュアココア」などである。亜鉛は牡蠣がもっとも多くの亜鉛を含んでいる。サウナで汗をかいたら、夕食は牡蠣鍋や牡蠣フライにでもして、牡蠣を大量に食べまくればいいのだ。サウナで汗がひいて、落ち着いたら、抹茶やピュアココアでも飲んで一服すればいいのだ。

 サウナで大量に汗をかき、何も水分補給をしないと、非常に危険な状態になるので、サウナで汗をかいた時は、必ず水分補給をするべきである。いくら妊娠に水分過剰が危険だからといって、何も水分補給をしなければ、その方がもっと危険になってしまうのだ。水分補給をダラダラと行うのではなく、喉が渇いたら、妊娠のために健康にいい水分を補給していくことなのだ。

●身重になったら、必ずサウナに入っておく

 妊娠6ヵ月以降、段々と身重になっていくのだが、妊娠6か月以降の水分調整が安産か難産の分かれ目になるのだ。特にお腹が大きくなってくると、大きくなった胎児が腎臓を圧迫してくるので、頻尿になってしまい、そのために大量に水分を補給してしまい、水分過剰の状態で出産に臨んでしまうのだ。水分過剰である以上、体が正常に作動してくれず、難産になってしまうのだ。

 身重になったら、必ずサウナに入って、水分過剰を解消しておくことだ。サウナで水分過剰を解消し、妊娠に必要な酵素水分を補給しておくことだ。こうしておくと、安産になる確率が飛躍的に高まるのだ。水分過剰か否かが、自分の体が重いなと思ったら、もう水分過剰の身になっているのだ。

 特に臨月になったら、週1回のペースでサウナに行っておいた方がいい。サウナで水分過剰を解消し、しかも、その後、酵素水分を補給しておけば、それだけ安産になる確率は高まるのだ。更にサウナで体は軽くなり、体が温まっているので、出産時に最大限の体力を使うことができ、そのために楽々とした形で出産できるのだ。

 出産は温かければ温かいほど、楽に出産できるのだ。日本では南国の沖縄や、冬季における北海道や東北地方では、出産が楽なのだ。なぜなら、温かければ体温が高くなるので、体力がきちんと出てくるのだ。北国は寒いといっても、建物は頑丈で、暖房が効いているので、家の中にいる限り、暖かいのだ。問題なのは、太平洋ベルト地帯のように、沖縄のように常夏ではないし、かといって冬は北海道や東北地方のようには寒くはない地帯なのだ。こういう地帯では、体を温めることの重要性を忘れてしまいがちなのだ。寒い冬に、ミニスカートを穿いて、ロングブーツを履くというファッションは、北海道や東北地方の女性たちには考えもつかないファッションなのだ。こういうファッションを考えつき、実際にそういうファッションをしているのだから、いかに冬の寒さを舐めているかが解る。しかし、その代償は、冷え性であり、難産であり、癌なのだ。体が冷えているから、体が異常を発してくるのだ。

 体が冷えれば体温が下がってくるから、どうしても代謝が悪くなり、余分な水分を体の中に溜め込んでいってしまうのだ。妊婦の場合は、更に頻尿による喉の渇きが出てくるから、そこで大量の水をのんでしまうのだ。こうなると、明らかに水分過剰だから、体の各機関がうまく作動してくれないのだ。低体温で水分過剰ならば、いかに体力のある妊婦といえども、難産になってしまうのだ。だから、難産になりたくないのであるならば、サウナで水分過剰を解消し、体を温めていくことだ。そうすれば、安産で健康な赤ちゃんを産むことができるようになるのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

妊婦ならではのお風呂の入り方

●夜に41℃以下のお風呂に入る

 妊娠中はとにかく体を冷やさないことだ。体温が高くなれば安産になる確率が増加し、体温が低くなれば難産になる確率が増加するのだ。日本民族は北方モンゴロイドと南方モンゴロイドの混血なので、平均体温が「36.5℃」~「36.8」台で推移しているのだ。日本人でも北部に住む人々は平均体温が高くなる傾向があるので、自分が少し暑いと思うくらいで丁度いいのだ。南部に住む日本人は、いくら気温が暑いからといって、体を冷やしていては駄目だ。お腹の赤ちゃんは、平均体温の範囲内でこそ、正常な細胞分裂を繰り返すことができるのだ。

 人間の体温は午前4時から上昇し始め、午後2時にはピークに達する。その後、下降していってしまう。そのため、夜になれば体が冷えてしまうのだ。だから、昔の人々は夕食を食べおれば、とっと寝た。午後8時か9時頃には、もう床に入っていたのだ。現代では電化されているので、どうしても就寝時間が遅れてしまっている。そのために寒い夜の空気に触れねばならず、体温を低下させてしまうのだ。妊婦が夜遅くまで起きていては、難産する確率も高まってくるし、流産にだってなりかねないのだ。

 だから、妊娠中は夜に「41℃以下の風呂」に入って、体を温めていくべきだろう。41℃以下のお風呂にゆっくりと浸かり、20分以上間入っていれば、体が芯から温まり、体温を上昇させていくのだ。この夜にお風呂に入るか入らないかで、安産と難産の分かれ目になっていくほど、夜のお風呂は重要なのだ。それだけ、夜の空気は、妊婦の体を冷やしてしまうのだ。

 41℃以下のお風呂に入ると、自律神経が副交感神経にシフトするので、体がリラックスし始め、活性酸素を除去してくれるのだ。妊娠中はどうしても気を使ってしまうので、緊張状態が長く続いてしまうのだ。そのため、お風呂に入ることで、リラックスさせないと、その緊張状態が続いてしまうのだ。緊張状態が続けば、活性酸素が大量に出て来るので、副交感神経にシフトさせることで、これを除去していくのだ。

 妊娠中は疲れているからといって、そのままベッドに入ってしまうのではなく、疲れているからこそ、その日の終わりにお風呂に入って体を温める必要性があるのだ。体温が高くなれば、疲労物質を除去しやすくなり、睡眠中に疲労物質を除去してくれるのだ。入浴することで、自動的に疲労物質を除去してくれるのだから、疲れているからこそ、入浴すべきなのだ。

●疲労が取れて熟睡できる

 妊娠中でも後期になってくると、身重になってくるので、そのために大きくなった胎児の分だけ体重がかかるのであるから、どうしても睡眠が浅くなってしまい、寝ていられるどころではなくなってしまう。そのために、身重になるとい、睡眠不足になってしまい、常時、疲労困憊している状態になってしまうのだ。

 そういう時は、必ず夜にお風呂に入って、体を温めてから睡眠に入ることだ。夜、41℃のお風呂に入ってから寝ると、疲労が取れて熟睡できるようになるのだ。身重による睡眠不足に悩まされている妊婦は、是非とも夜にお風呂に入ってから就寝するようにすべきである。まるで魔法のように熟睡できるようになるのだ。

 人間は睡眠時に、疲労物質を除去したり、日中に傷んだ体の個所を修復しているので、熟睡できると、浅い睡眠とでは、その作業に大きな影響を与えてしまうのだ。睡眠が浅ければ、その作業がまともに行われないので、体の内部に疲労物質を溜め込んでしまい、疲労が抜けなくなり、体の修復がされていないので、傷んだ状態で、また明日を生き続けなければならなくなるのだ。

 熟睡できれば、この作業が大いに捗るから、疲労物質が除去されて、体に疲れが残らなくなり、体が軽くなっていくのだ。しかも、修復作業がしっかりと行われているから、元気いっぱいで行動できるようになるのだ。夜にお風呂に入ってから、寝ると寝ないとでは、決定的といえるほどに大きな差ができてしまうのだ。

 妊娠中は自分自身だけでなく お腹の中の赤ちゃんも、疲労物質を発生させ、修復作業だって必要になるのだ。だから、お風呂に入るということは、自分とともに、お腹の中の赤ちゃんも一緒に入っていることであり、一緒に熟睡できているということでもあるのだ。決して自分だけが熟睡しているわけではないのだ。

●禁断の朝風呂

 平日は夜にお風呂に入っていればいいが、休日には禁断の朝風呂をやるのもいい。人間の体は、朝の時間帯は排泄の時間帯で、小便や大便をして体外に老廃物や毒素を出していくのだ。だから、朝の時間帯にお風呂に入れば、大量に発汗でき、汗によって余分な水分を排出していくことができるのだ。

 しかし、平日に朝風呂に入っていると、日常の業務に支障を来たすので、休日になったら、朝風呂に入ればいい。朝風呂の場合は、お湯の温度を「41℃以上」にして、より強力に発汗ができるようなお風呂にすることだ。41℃以上のお風呂に入ると、人間の体は強烈に発汗し始め、汗を大量に流すことができるのだ。

 特に身重になった時の水分調整として使用すればいい。身重になると頻尿が始まり、出産に備えて余分な水分を排出しようとする。そのため、妊婦の中には日に便所に行きっぱなしの妊婦も出て来るのだ。だから、身重になったら、朝風呂に入って余分な水分を排出してしまうことだ。

 朝風呂に入ると、考えられないくらい、体がすっきりとし、体が軽くなっていくのだ。それだけ余分な水分を溜め込んでいたのだ。これだけ気分爽快になれば、その日の休日を思いっきりエンジョイできる筈だ。朝風呂に入ると妊婦生活が華やいでいくのだ。体が温かくなっているのだから、精神は高揚しているのだ。

 妊娠中はお腹の中の赤ちゃんを気遣う余りに、単調な日々を過ごしてしまいがちだ。だから、どうにかして単調な日々に変化を起こして、メイリハリをつけていかないと、自分の精神が落ち込んで行ってしまうのだ。変化をつけるために、お金をかけて何かをするのもいいれど、休日の朝に朝風呂に入るだけで、単調な妊婦生活に変化が起こり、メリハリが付き始めるのだ。

●出る時は冷水を浴びせる

 夜のお風呂にしても、朝風呂にしても、お風呂から出る時は、冷水を浴びせてから出ることだ。お風呂に入って、そのままで出てしまうと、湯冷めが起こってしまい、体を冷やしてしまうことになるのだ。この湯冷めを防止するには、お風呂から出る時に、冷水を浴びせればいいのだ。お風呂で温まった状態で、そこに冷水を浴びせると、丁度、冷水で温かくなった体がコーティングされるのだ。

 冷水は高体温を維持できるだけでなく、冷水は皮膚をも鍛えるのだ。妊娠中はどうしても厚着をせざるをえないので、そのために体を温かくすることはできても、皮膚が弱ってきてしまうのだ。妊婦の中には、妊娠のために皮膚にハリやツヤをなくしてしまっている妊婦すらいるのだ。そういう時は、お風呂から出た後に冷水を浴びせると、皮膚が活性化し、皮膚はハリとツヤを取り戻すのだ。

 このお風呂から出た後の冷水は、皮膚を鍛えるだけでなく、副腎をも鍛えるのだ。副腎は、皮膚病を撃退するホルモンを分泌してくるので、副腎が鍛えられると、母子ともに皮膚病に罹らなく済むようになるのだ。我が子をアトピー性皮膚炎にしてしまうような母親は、妊娠中に冷水を浴びて副腎を鍛えなかったから、我が子をアトピー性皮膚炎で苦しませているのだ。

 お風呂から出た後は、バスタオルで体を拭いたら、30分ほど全裸でいることだ。勿論、冬場などでは全裸にはなれないけど、冬季でなければ、全裸でいても寒くはならない筈だ。全裸でいることによって、皮膚に皮膚呼吸をさせてあげるのだ。皮膚呼吸をさせてあげると、お腹の中の赤ちゃんに充分な酸素を供給できるようになるのだ。皮膚呼吸をさせて、充分な酸素をしてあげると、未熟児で生まれたり、身体障害者で生まれたりすることが皆無になってしまうのだ。

 妊婦にとってお風呂は非常に重要な場所なのだ。だから、浴室は少し拘った方がいい。内装をオシャレにするとか、お風呂用の浄水器をつけるとか、シャワーの水圧を高くして勢いよく水が出るようにするとか、自分で自分なりに工夫していけばいい。それとお風呂は毎日使う以上、お風呂掃除は絶対に欠かさないことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

休日に夫婦で外出するなら、「自然の気」にあたる

●妊娠したらハイキングに行くべし

 妊娠したら、「自然の気」に当たった方がいい。「自然の気」に触れていると、体は健康的になり、活力が充満してくるから、妊婦生活がスムーズにいくのだ。この「自然の気」は、都会で暮らしていると、どうしても不足してしまう。都会は人間が出した汚い気で溢れているから、妊婦が都会の中で暮らしていると、どうしてもその汚い気を吸ってしまい、不健康になり、自分の精神がネガティブになっていくのだ。

 もしも、妊娠中の休日に何も予定がないのであるならば、夫婦でハイキングに行った方がいい。本格的な登山ではなく、なるべく低い山でいいし、自然公園でもいいのだ。とにかく自然が豊富な場所に夫婦二人で行って、自然の気に当たってくるのだ。自然の中にいれば、疲労が消え去り、活力が漲ってくるのだ。

 ハイキングに行けば、いい運動になるし、汗をかき、体温も上昇してくるし、血行だってよくなって、お腹の中の赤ちゃんにも絶大な効果があるのだ。ハイキングに行って病的になっている妊婦なんかいないし、それどころかいい汗を流し、気分爽快になっている妊婦たちばかりである。

 都会の中でいくら妊娠のためにいいことをやっても、それらは或る程度までしか効果を発揮できないのだ。自然の中に身を置き、自然の気に囲まれながら、体を動かすことにはかなわないのだ。人間はその進化が始まった時には、アフリカのジャングルの中で暮らしていたから、どうしても森林の中にいる時に、自分の体の中から最大のエネルギーが湧き出してくるのだ。

 これは森林地帯で暮らす妊婦と、森林のない都会で暮らす妊婦とでは、その妊娠や出産に異常なまでの違いがあるデータでも明らかなことになっている。都会で暮らす妊婦に対して、森林地帯で暮らす妊婦は、圧倒的に安産の確率が異様に高いのだ。かつて、日本の山岳地帯で暮らしていたサンカの女性たちには、陣痛すらなかったといわれている。

●「フィトンチッド」と「グリーンブリード」

 これは森林が出す「フィトンチッド」と「グリーンブリード」という化学物質が大いに関係している。「フィトンチッド」とは、大気の細菌を殺菌し、空気を正常にさせ、人間の体内に入ると体を活性化させるのだ。自然の中に行くと、空気が美味しかったり、体が元気になったりするのは、この化学物質が原因なのだ。

 「グリーンブリード」とは、ありとあらゆる生物の成長を促進させる化学物質で、妊婦がこれを吸い込むと、当然に胎児の成長が促され、産みの苦しみを最小限に抑えていくのだ。都会に暮らしている妊婦に限って、流産したり、早産したり、未熟児を産んだり、身体障害者を産んでしまうのだ。都会で暮らしているために、森林が少なく、そのためにグリーンブリードを体内の中に取り込んでいないからなのだ。

 フィトンチッドとグリーンブリードは明け方から正午辺りまでにもっとも多く出してくるので、森林地帯に暮らしていれば、当然にこれらをたっぷりと吸収することになり、それによって妊婦が健康になり、妊娠が促進され、安産で、しかも、健康な赤ちゃんを産めることなっていくのだ。

 これだけでなく、自然の中にいれば、朝焼けだって奇麗に見えるし、夕焼けを見て感動することもあろう。都会に暮らしていて、朝焼けや夕焼けに感動することなんてほとんどない筈だ。都会に暮らしていれば、自動車の騒音は気になっても、鳥の囀りを気になるということは少なくなってしまう。都会に暮らしていれば、野生動物の美しさに涙を流すことよりも、人間の醜い生態に怒りまくる方が多くなるのだ。

 人間はもともとジャングル出身の動物だから、いくら文明が発達して人口が増えたからといって、森林抜きで暮らしていけるものではないのだ。だから、どの都市文明も、都市の中に森林を植え、自然の気を可能な限り出させて、その自然の気とともに生存しているのだ。どんなに文明が発達しようとも、人間は自然の気なくして生きていけないのである。

●自然の気は赤ちゃんにも優しい

 お腹の中の赤ちゃんは自然の気を求めているのだ。お腹の中の赤ちゃんは自然の気がたくさんある場所であるならば、自然と無理なく成長していくことができるからだ。自然の気が少なければ、母親の体に何か異常を起こして、その自然の気の不足を教えるのである。臨月なのに、妊娠中毒症を発症するような妊婦は、明らかに自然の気の不足なのである。森林地帯に暮らす妊婦に、妊娠中毒症など発症しないからだ。妊娠中毒症は都会に暮らす妊婦たちが起こす病気なのだ。

 自然の気が妊娠にはとっても効果があるのだから、妊娠中はハイキングに行くだけでなく、自然がたくさんある所で宿泊するものいい。山里にあるようなホテルや旅館で宿泊すれば、自然の気をたっぷりと吸収できる筈だ。妊娠していなくても、こういうホテルや旅館に泊まると元気が出てくるのだから、妊婦が宿泊すれば、より元気が出て来ることだろう。

 もっと長期間宿泊したければ、バンガローに泊まるのもいいし、自分たちがテントを持っていって、宿泊してしまえばいいのだ。自然の気が溢れている中で、自分たちが料理をすれば、どんな料理を作っても美味しく感じられる筈だ。都会の生活でセコセコと暮らし、テレビ漬けになっているよりも、遥かに充実し、健康的な暮しができるのだ。

 助産院の中には、敢えて森林の中に助産院を作り、そこで妊婦たちに共同を生活をさせ、妊婦を健康にさせた上で、出産させようとする助産院もあるのだ。夫と離れて暮らすのは寂しいけれども、このような助産院での生活も妊娠には効果が絶大なのだ。それだけ自然の中で暮らし、そこで体を動かすということが、妊婦の体に最大の効果を与えていくのだ。

 もしも、自然の多い田舎の出身の妊婦であるならば、里帰り出産というのも、素晴らしい選択肢なのだ。都会のように自然の気の少ない場所で出産を行うよりは、自然の多い田舎で出産する方が、出産は非常に楽になるのだ。しかも、実家ということで、両親に出産を手伝ってもらえるので、いらぬ心配をせずに出産できるのだ。

●野性を取り戻せ

 人間は文明の中で暮らしているからといって、自然を排除した形で生存していくことは、決してできないのだ。自然の気が少なくなればなるほど病気になっていき、自然の気が多くなればなるほど健康になっていくのだ。いくら文明を発達させたからといって、その文明が自然と取り込んでいかない限り、その文明を維持することはできないのだ。文明の滅亡と森林の衰退は一致しているのだ。

 都市生活は確かに便利である。食料も豊富にあるし、経済的にも豊かである。しかし、妊婦がその都会生活の中にどっぷりと浸かってしまうと、なぜか妊娠が困難になっていき、難産になっていくのだ。妊婦の体から自然の気が不足してしまえば、妊婦の健康はおかしくなっていくのだ。人間は自然の気なくして、まともな妊娠や出産ができないのだ。人間は森林なくして、生存していくことはできないのだ。

 いくら豪華な病院を建て、最新の医療器具を備えて、医学部を卒業いした医者たちを揃えても、妊婦の出産はうまくいかないのだ。自然の気が不足した状態であるならば、妊婦は難産になるし、病的な赤ちゃんを産んでしまうし、下手をすれば病院で殺されることだってあるのだ。

 妊婦たちよ、野性を取り戻せ! 太古の昔に、ジャングルの中で駆けずり回っていた頃のように、自分自身の体の中にある野性を取り戻せ。文明の中で、その野性を失ってはならないのだ。その野性こそが、幸せな妊婦生活を送ることができ、安産をもたらしてくれるのだ。大自然こそ最高の名医なのだ。

 妊婦たちよ、ハイキングに行こう! 臨月には必ずハイキングに行くべし。自然の中で、汗を流し、思いっきり自然の気を吸って、体内を自然の気で充満させれば、安産に持ち込むことができ、健康な赤ちゃんを産むことができることだろう。妊娠というのは、決して自分の身の中だけで起こっているのではないのだ。この地球上に自分が生存しているからこそ、妊娠でき、出産できるのだ。自分の妊娠は決して自己完結しているのではないのだ。地球の息吹と自分自身が繋がっているからこそ、健康な赤ちゃんを産むことができるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

妊娠の必殺技! 「安産スッポン運動」

●逆子封じの「安産スッポン運動」

 妊娠したら、これだけは絶対に肝に銘じておいた方がいいものに、お腹の中の赤ちゃんを「絶対に逆子にさせない」ということだ。人間の赤ちゃんは、出産時において、頭から出てくるようにできているのであって、足から出てくれば危険な出産になっていくのだ。勿論、助産婦なら、逆子であっても、安全に取り出せる技術を持っている助産婦もいるが、産婦人科医に係ろうものなら、確実に帝王切開の餌食されてしまうのだ。だから、絶対に逆子にさせないことは、妊婦が常に覚えておくべきことなのだ。

 お腹の中の赤ちゃんは常に定位置にいるわけではない。お腹の中の赤ちゃんは、結構、子宮の中を動き回っているのだ。だが、赤ちゃんは必ず頭を下に向けて寝るようにしている。これは赤ちゃんの頭が大きく、足が小さいために、どうしても重力の関係で頭が下に向けることになるのである。では、なぜ逆子になるのか?

 それは大きく二つの原因が考えられる。第一の原因は「低体温」だ妊婦の体が低体温になってしまうと、足から心臓に向かう血液が非常に冷たくなってしまい、そのためにその通過点にあるお腹でも、非常に冷たくなってしまい、そのために胎児は自分の脳を守るために心臓に近い方へと向けるのである。第二の原因は「運動不足」である。妊婦が妊娠中に体を動かさないばっかりに、子宮が固くなってしまい、特に子宮が狭められてしまうのだ。子宮が下部の方が狭く、上部の方が広がっているので、胎児は広い上部へと頭の位置を変えてしまうのだ。そのまま下部の所に頭を置いていては、頭が締め付けられて、脳が危険になってしまうからだ。逆子を出産する妊婦は、大抵、難産になってしまうが、低体温と運動不足の状態であるならば、難産になって当然なのだ。

 だから、絶対に逆子にさせない。特に身重になったら、自分の手をお腹を触ってみて、自分の赤ちゃんがどういう状況にいるかを確かめ、逆子になっていたら、すぐさま逆子状態を解消させることだ。その逆子状態解消させ、逆子封じのために生まれたのが、「安産スッポン運動」だ。妊娠中は、特に身重になったら、安産スッポン運動を毎日行って、自分の赤ちゃんが逆子になることを防ぐことだ。

 安産スッポン運動は、今まで多くの妊婦たちを、安産に導き、逆子を封じてきたのだ。妊娠中に毎日行えば、逆子を封じ、安産で出産を行えることだろう。安産スッポン運動を行えば、陣痛促進剤も、帝王切開も、不要となるのだ。逆子を解消させることは、何か難しいように思われているが、逆子を封じる方法なんて簡単なのだ。ただ、妊婦の多くがこの運動を知らないだけなのだ。

●安産スッポン運動の遣り方

 安産スッポン運動は2種類ある。「仰臥型の安産スッポン運動」と、「立身型の安産スッポン運動」だ。まず、仰臥型の安産スッポン運動であるが、妊婦が仰向けに寝て、そこで平泳ぎをするように、手と足を動かしていくのだ。手と足を伸ばした場合、伸ばしきることだ。それから手を前方に持っていく時は、必ず合掌して状態で持っていくことだ。合掌することで、気がうまく流れるようになるのだ。

 立身型の安産スッポン運動は、仰臥型の安産スッポン運動を立った状態で行うだけである。要は中腰スクワットをしながら、平泳ぎをする格好になる。安産スッポン運動は、妊娠で体が重いから、仰臥型の安産スッポン運動だけだったのだが、或る妊婦から仰臥型の安産スッポン運動だと、大きくなったお腹が邪魔になると言われて、立身型で安産スッポン運動を遣り始めたのが、その始まりとなった。

 「仰臥型の安産スッポン運動」も、「立身型の安産スッポン運動」も、やってみると結構な運動になるのである。そのくせ、どの安産スッポン運動も手軽に行え、自宅でテレビを見ながらできるものなのだ。但し、夫には安産スッポン運動のことを伝えておくことだ。いきなりやったら、ビックリしてしまうことだろう。

 安産スッポン運動は、逆子が治るまで行えばいい。ただ目安として、1日1000回はやった方がいい。1000回もやれば確実に逆子が治るし、しかも、足腰にしっかりと筋肉がつくからだ。特に身重になればなるほど、足腰の筋肉がしっかりと強化されるので、安産に導くことができるのだ。

 安産スッポン運動も、一つだけを選ぶのではなく、「仰臥型の安産スッポン運動」と「立身型の安産スッポン運動」を交互に行えばいい。やる気が出ている時は、立身型の安産スッポン運動を行い、やる気のない時は、仰臥型の安産スッポン運動を行えばいい。大事なことは、妊娠後期には毎日行うことだ。

●安産スッポン運動はなんで凄まじい効果を発揮するのか?

 どこの助産院でも病院でも、逆子には手を焼いている。一部の助産院ではどうにかして逆子になる確率を下げられるが、病院ではお手上げ状態である。では、なぜ、安産スッポン運動はそれほど凄まじい効果を発揮するのか? それはこの安産スッポン運動が、妊婦にとってもっとも適した運動だからだ。

 安産スッポン運動をやってみれば解るが、安産スッポン運動は結構、足腰を鍛えることがでるのだ。そのため、足腰にしっかり筋肉がつき、体温が上昇していくのだ。特に足の付け根の部分にしっかりと筋肉がつき、温かい血液のままで、子宮の辺りを通過することができるようになり、子宮内部が温まってくるのだ。

 安産スッポン運動をやればやるほど、股間を鍛えることになるので、股間や腰の部分が広がり、安定した形になっていくのだ。それによって子宮も広がり、きたえられるのだ。そのため胎児は子宮の下部に頭を添えることができるようになるのだ。股間を鍛えていなかったから、子宮が狭まってしまい、そのために赤ちゃんは逆子になっていただけなのだ。

 それともうひとつ、安産スッポン運動は、妊婦の気の流れを良くするので、逆子を封じるだけでなく、母子ともに健康になってしまうのだ。安産スッポン運動をする時は、必ず合掌した状態で手を挙げていき、そして手と足の動きが、無限大を現す「∞」の形になるので、この形こそが、気の流れを良くして、母子ともに健康にさせてしまうのだ。

 安産スッポン運動は、要は平泳ぎを地上でやっているにすぎない。人間は進化の過程で、湖に生息していた時期があり、恐らくそこでは平泳ぎをやって、泳いでいたのではないかと思う。水泳でも妊婦に平泳ぎをやらせると、未熟児が生まれないという現象が起こることからしても、この平泳ぎの形こそが、太古の昔、妊婦が湖で取っていた泳法なのだろう。だから、その平泳ぎを地上でやってしまえば、今度は浮力がなく、重力がかかった状態で行いので、その重力の分だけ重いので、そのために筋力がついてしまい、それが逆子封じに繋がっていくのだ。

●妊娠6ヵ月を過ぎたら、毎日行え

 安産スッポン運動はあくまでも逆子封じのために行うので、お腹が出てこない限り行う必要性はない。しかし、お腹が出てきたら、徐々に行うようにしていこう。そして、妊娠6ヵ月以降は毎日行うことだ。安産スッポン運動を毎日行えば、逆子を封じることができるし、しっかりと筋肉がつくので、安産を行える筋肉がついてくるのだ。

 陣痛が来たら、立身型の安産スッポン運動をしまくることだ。陣痛から出産まで時間があるので、痛みを抱えながらも、安産スッポン運動を行うと、股間が刺激され、子宮が広がるので、赤ちゃんが出やすくなるのだ。しかも、安産スッポン運動のお蔭で、筋肉が温まっているので、力を入れやすくなり、赤ちゃんを押し出す力をフルに使えることになるのだ。

 病気は患者自らが招く災いなのだ。逆子も、難産も、実は妊婦が作り出したものなのだ。妊娠から出産まで、たっぷりと時間があったにも拘わらず、然るべき手を打たなかったために、胎児を逆子にしてしまい、出産を行えるだけの筋肉をつけていなかったのだ。勉強せずに試験に臨めば、試験では低い点数しかとれないし、不合格になってしまう。それとまったく同じことが出産で起こっただけなのだ。

 出産時に陣痛促進剤を使われてしまったがために、我が子を「先天性の脳性麻痺」にしてしまったとか、帝王切開の手術の際に大量に出血して産婦が死亡してしまったとか、産婦が出産中に脳内出血を起こして死んでしまったとか、出産時には様々な事件や事故が起こるものである。しかし、それらの原因はすべて妊婦たちが妊娠中を無為無策で過ごしたために、そういう結果が出てきたにすぎないのだ。勿論、こういう状況下におかれて、この災いは妊婦自身が起こしたと思うことは、非常につらいことである。しかし、妊婦が妊娠中にやった結果が、出産時にきちんと現われてくるのだ。

 だからこそ、自然的マテニティーライフが、最初に「出産のテクニック」を教えたのではなく、「妊婦の心構え」を説いていったのだ。妊婦が妊娠の責任は、すべて自分自身が取ると覚悟を決めてしまえば、妊婦生活を充実して過ごせ、安産を行うことができ、健康な赤ちゃんを手にすることができるのだ。逆子であるか否かは、出産する前に解っていることである、それなのに、何も手を打たないで、出産に臨むことなどないのだ。逆子を封じる手などいくらでもあるのだ。妊婦の心構えさえ、しっかりとできていれば、安産スッポン運動を見つけ出し、それを地道にやっていくことができるのだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

妊娠したら、泳ぎまくれ! ~人間の進化の歴史を知ると、妊婦は安産のために泳ぎたくなる~

●妊婦と水泳

 人類は進化の過程で、湖で暮らしていた時期があり、そこで二足歩行ができるように進化できたのだ。それゆえ、人類がいかなる地域に展開しようとも、人間が水浴びするなり、水泳することは、もっとも健康に寄与するのだ。このことは、妊婦であったとしても変わらないのだ。妊婦だからこそ、水に浸かって、体を動かすことが、もっとも妊娠の健康に寄与するのだ。

 水泳はそれまでの地上でのスポーツとは違い、水泳は全身運動なのである。そのため、体のすべての部分が動かされ、血行が非常によくなり、体温が上昇し、お腹の中の赤ちゃんへちゃんと栄養を届けることができるようにのだ。妊娠中のスポーツで、水泳以上に全身運動ができるスポーツはないのだ。

 水泳は全身運動をする以上、水泳をすることによって呼吸が深くなっていくのだ。出産の際は、呼吸の回数を多くして、酸素を大量に取り込み、それによって出産するためのエネルギーを作り出すのだが、呼吸の浅い妊婦だと、どうしても酸素不足にになってしまうのだ。その点、水泳は呼吸を深くして、肺を鍛えてくれるので、充分な酸素を供給することができるようになるのだ。

 水泳は水の中で泳ぐので、妊婦が水泳をすることは、妊婦の皮膚を鍛えてくれるのだ。暖衣飽食の世の中にあると、いつも暖かい格好をしているがために、皮膚の機能が低下してしまい、それによって免疫力が下がってきてしまうのだ。それだけでなく、皮膚が弱ってくると、副腎まで弱ってきてしまい、そのためにアトピー性皮膚炎を防止するホルモンを分泌できなくなり、そのために、その妊婦から生まれた赤ちゃんが、生まれた直後からアトピー性皮膚炎に罹ってしまうのだ。

 妊婦にとって水泳をすることの効果は絶大である。妊娠したら、必ず水泳をするようにしよう。水泳をすると、母子ともに健康になれるのだ。妊婦に水泳を指導している人に言わせると、妊婦が水泳をすると未熟児を生むケースがなくなるという。水泳によって全身運動をし、呼吸が深くなり、皮膚も鍛えられるので、未熟児を産みようがないのだ。

●妊婦の泳法は「平泳ぎ」

 妊婦にとっての泳法は、「平泳ぎ」である。平泳ぎこそ妊婦向けの泳法なのだ。妊婦が平泳ぎをすると、無理なく泳げ、「腕」「肩」「腰」「足」と、妊婦にとって重要な機関を動かし続けるので、これほど妊婦の健康に寄与するものはないのだ。とにかく、平泳ぎは無理なく泳げる泳法なので、身重になっても、泳ぎ続けることができるのだ。

 妊娠中はお腹が出て来るので、さすがに水の抵抗が大きくなり、速度は落ちるが、妊婦の水泳は、タイムを競うものではないのだ。妊婦が気楽に泳ぎ続け、全身運動をすることが求められているのだ。プールに入って、自分の気の赴くまま、泳ぎ続ければいいのだ。泳いでいれば、地上での嫌なことなどすべて忘れてしまうのだ。

 スポーツはに日常生活の延長で体を動かしているのではなく、日常生活から離れ、体を動かしていくのである。だから、日常生活を引き摺りながら、スポーツをしても全然効果がなくなってしまうのだ。その点、水泳はプールに行くことによって、日常生活を切り離されるし、一生懸命泳ぎ続ければ、日常生活のことなど奇麗さっぱり忘れてしまうのだ。日常生活でストレスを抱えているような妊婦は、とにかくプールに行って、泳ぎまくることだ。泳げば、ストレスなど吹き飛んでしまうのだ。

 勿論、泳法は平泳ぎに限定されるのではなく、「クロール」だって「背泳ぎ」「バタフライ」だっていい。自分が好きな泳法で泳いで行けばいいのだ。さすがにバタフライなどはきついが、クロールはスピードを上げて泳ぐことができる。プールに入ったら、いろんな泳法を試して、体の各機関を満遍なく動かしていこう。

 プールに入る際の注意点としては、妊婦の中にはプールの中に入っているにも拘わらず、泳がずにプールサイドで水に浸かっているだけの妊婦がいるが、これは健康に非常に良くないのだ。体を動かさないで水の中に浸かっていると、体が冷えてしまい、お腹の中の赤ちゃんへ悪影響を及ぼすのだ。泳がなかったら、プールから上がり、地上で体を休めていればいいのだ。

●水中エアロビクス

 妊婦にお勧めなのが、「水中エアロビクス」である。水中エアロビクスとは、水中でアアロビクスをするものである。水中エアロビクスが、妊婦にとって嬉しいのは、妊娠のために体重が増加しているのに、その体重増加を感じさせないで、エアロビクスができることなのである。体重増加のために膝を痛めなくて済むのだ。

 水中エアロビクスは、妊婦が考えている以上に、運動量が多いので、体全体が鍛えられるのだ。そのため、妊娠中に水中エアロビクスをすると、難産はほぼなくなってしまうのだ。それだけ水中エアロビクスで体が鍛えられたのだ。妊婦が健康を害さずに、ここまで激しく動けるスポーツは他にないので、水中エアロビクスをやっているプールがあるなら、是非とも、そこで水中エアロビクスにチャレンジしてみよう。

 妊娠中に腰痛になり、「腰が痛い!」と騒いでいる妊婦は、水中エアロビクスをすることをお勧めする。体を動かさず、足腰に筋肉がついていないからこそ、腰痛になっているのである。水中エアロビクスでもして、体を動かしていけば、腰痛など吹き飛んでしまうのだ。腰痛だからといって、湿布をいくら貼った所で、腰痛は治らないのだ。妊婦が罹る腰痛は、運動不足が原因なのである。

 水中エアロビクスは考えている以上に、激しいスポーツなので、妊婦の中には最初戸惑う妊婦も出て来るが、駄目でもいいから、インストラクターの指導についていこう。最初から完璧を目指すな。最初は出来なくて当たり前なのだ。何事も何度も繰り返していけば、出来るようになっていくのだ。

 水中エアロビクスは、非常に汗をかくので、水中エアロビクスを終わった後は、喉が渇いてしまうが、水分補給は汗が引いてからにすることだ。というのは、水中エアロビクスの場合、体を動かす過程で、多少の水を飲みこんでおり、緊急に水分補給を必要とするのではないのだ。水分補給をする際は、体をバスタオルで拭いて、ひと段落ついてからすることだ。

●身重になっても泳ぐ

 水泳も、水中エアロビクスも、水には浮力があるので、身重になっても泳げるのだ。妊娠中はとにかく泳ぎまくることだ。水中エアロビクスをしまくることだ。水泳をすればするほど、水中エアロビクスをすればするほど、難産を駆逐し、安産に近づいていくのだ。身重になっても、水泳や水中エアロビクスをし続けた者が、安産をすることができるのだ。

 水泳や水中エアロビクスをすれば、気分は爽快になっていくから、マタニティーブルーなど無縁でいられるのだ。こういうことがどれだけ妊婦生活に貢献し、夫婦の関係を良好に保てるかは、自分が実際にやってみれば解ることだ。妊婦は体を動かさなければ、気分が落ち込んでいくし、体を動かしていれば、気分は上々になっていくのだ。

 臨月になって、さすがに体がきつくなったら、水中歩行でも良い。水中歩行でも、充分に体を鍛えていくことができるのだ。水の抵抗は結構あるので、水中歩行を行うと、足腰が鍛えられ、安産を行えるだけの筋肉がしっかりとつくのだ。臨月で体が重いからといって、何もせずにいると、出産時に痛い目に遭うのだ。

 妊娠発覚から出産当日まで、水泳や水中エアロビクスや水中歩行を遣り続けた妊婦は、体を万遍なく動かして、しっかりと筋肉がついているので、非常に楽な形で、出産を迎えることができ、そして安産をすることができるのだ。しかも、妊娠中に体を鍛えたお蔭で、育児をする際も、それをこなすだけの充分な体力がついているから、育児を非常に楽に行えるのだ。

 人間は進化の最高段階に達したのではなく、まだまだ進化の途上にある動物なのだ。それゆえ、人間は万物の霊長だと思って、人間の二足歩行を可能にさせた湖での生活を忘れてしまうと、出産時にありえない激痛を味わうことになるのだ。お腹の中の赤ちゃんが、お腹の中で進化の歴史を辿りながら成長しているように、妊婦も人間の進化の歴史を辿りながら妊婦生活を過ごしていけば、安産を行うことができるようになるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自転車は妊婦を鍛える ~自転車を漕げば漕ぐほど安産に近づいていく~

●自転車漕ぎは、歩いてはつかない筋肉を鍛える

 「妊娠したら危険だから、自転車を乗るのをよそう」と医者から指導されでも、決して鵜呑みにしてはならない。自転車漕ぎをすると、歩いたり、走ったりしても、決してつかない筋肉を鍛えてくれるのだ。しかも、その筋肉は出産時にはとっても重要になる筋肉であって、この筋肉が鍛えられていると、安産に持ち込むことができるようになるのだ。

 自転車漕ぎは、脹脛や太股を鍛えてくれるので、血流が良くなり、足へに行った血液が順調に帰ってくることにより、体温が上昇していくのだ。自転車に乗っている女性に冷え性が少ないのは、そのためなのだ。体温が高いと、お腹の中の赤ちゃんも順調に育っていくので、自転車漕ぎは欠かせないのだ。

 身重になってくると、どうしても体重が重くなってくるので、歩くのが面倒になってきてしまうのだ。それゆえ、歩行量が減少してしまい、足腰の筋肉が少ない状態で、出産に臨んでしまうのだ。足腰の筋肉の量が少なければ、確実に難産になってしまうのだ。その点、自転車漕ぎは、体重が増えても、座って漕げるので、足に負担のない状態で、自転車を漕げることができるのだ。

 妊婦といえども、自転車には臨月あたりまでなら乗れるのだ。妊娠中に自転車に乗っていた妊婦と、妊娠中に自転車に乗らなかった妊婦とでは、圧倒的に自転車に乗っていた妊婦の方が、安産になる確率が高いのだ。それは身重になっても、自転車を漕ぐことによって、足腰を鍛え続けたので、足腰にしっかりと筋肉がついているからだ。

 足腰に筋肉がしっかりとつくと、出産時には踏ん張りが効き、赤ちゃんを産み出す力がしっかりと出て来るのだ。自転車を漕いでいると、体に負担がかからない状態で漕ぐことができるので、自然と足腰に筋肉がついてくれるのだ。だから、自転車漕ぎを日常生活の中に組み込んでしまえば、自然と無理なく、足腰に筋肉がつくようになるのだ。

●買い物には自転車で行く

 買い物に行く時は、必ず自転車で行こう。間違っても自動車で行ってはならない。自動車に乗っても、筋肉はつかないからだ。自転車に乗っていれば、自然と筋肉がついてくれるのだ。しかも、自転車はガソリン代がかからないので、非常に経済的である。「環境保護」だの「エコ」だの年柄年中騒いでいながら、自動車に乗って排気ガスを放出していたら、本末転倒である。

 自転車で買い物に行くと、搭載量が限られてくるから、必要以上の物を買わなくなるので、冷蔵庫の中で食料品が腐るということもなくなるのだ。自分たち夫婦が食べる物をだけを買ってきて、それを料理して、食べる。この当たり前の習慣をなくし、ディスカウントだの、便利さだを追求するからこそ、自分の体が不自然になり、病気になっていくのである。

 自動車で行って、一気に大量に買うよりも、自転車で行って、チョコマカ買う方が、健康的になれるのだ。ドカ買いするよりも、チョコマカ買っていれば、買い物を理由に外出でき、その際にも自転車を漕いで行けば、足腰の筋肉は自然と鍛えられていくのだ。大事なことは、なるべく毎日、自転車に乗り続けることである。

 買い物に行くだけでなく、チョコット出かける時も、自転車を使って出かけよう。そうすれば、わざわざスポーツをしようとして自転車に乗るよりも、日常生活の中で足腰を鍛えていけるのだ。そうすれば、疲労感が発生することなく、足腰を鍛えていくことができるのだ。いかに日常生活の中で無理なく足腰を鍛えていく工夫をすることなのだ。

 妊娠中は、なるべく低速で運転しよう。低速で運転した方が、しっかりと筋肉がついてくれるのだ。低速で走れば、必然と漕ぐ回数も増えるので、血行も良くなり、体温も上昇していくのだ。自転車はママチャリで充分である。ママチャリを漕ぐのは、結構重いので、足腰がきちんと鍛えられていくのだ。

●夫婦でサイクリングに出かけよう!

 休日に何もすることがなかったら、夫婦でサイクリングに出かけるのもいい。折角の休日をダラダラと過ごすより、サイクリングに出かけて、気分をリフレッシュして、足腰の筋肉を鍛えていく方が、よっぽどいい。夫婦でサイクリングに出かければ、会話も弾むものなのだ。

 また、どこかの観光地に行って、レンタサイクルをするのもいい。観光地を自転車で回ると、結構得したことが多々起こるのだ。妊婦ということが、お店の人に知られると、値引きしてくれたり、タダで何かをプレゼントしてくれたりしてくれるのだ。妊娠している以上、「妊婦特権」は大いに活用することだ。

 妊娠中は、どうしても行動範囲が狭まると思っておいた方がいい。そのため、どうしても運動量が不足し、気分も滅入ってしまうのだ。だから、自転車をうまく生かして、遠くへ出かけることだ。人間は遠くへ行くと、脳が活性化するので、気が滅入るということなどなくなってしまうのだ。

 特に妊娠中にマタニティーブルーを引き起こしている妊婦は、自転車に乗って、遠くに出掛けることをするべきだろう。運動不足で、気分が滅入っているのだ。自転車であるならば、筋肉が衰えていても、乗れる筈だ。そして、自転車を漕げば漕ぐほど、足腰に筋肉がついてくるのだ。

 自宅の中で淀んだ空気を吸っているよりは、サイクリングに出かけて、どこか遠くの新鮮な空気を吸っている方が、健康になれるのは、必然であろう。自分の妊婦生活がどうもマンネリ化していると思ったら、自転車に乗って、出かけよう。サイクリングをしている間に、マンネリは吹き飛んでいくのだ。

●自動車を捨て、自転車に乗ろう!

 「農家の女性たちの出生率がなぜ激減したのか?」といえば、それは農家の女性たちは自動車に乗ってるからなのである。自動車ばかり乗るから、足腰に筋肉がついていないのだ。都会でも自動車に乗る回数の多い女性の出生率は低い筈である。足腰に筋肉がついていないから、出産するだけの筋肉がないのだ。

 妊婦にとって自動車は便利ではあるけれども、それは有難迷惑なものなのだ。自動車に乗っているばっかりに、出産は難産になってしまうのだ。だから、妊娠中は、「自動車を捨て、自転車に乗ろう!」をスローガンとして掲げよう。自転車は妊婦の味方なのだ。自転車を漕げば漕ぐほど、安産に近づいていくのだ。

 自動車に乗っていると、どうしても歩いていける距離ですら、自動車で行ってしまい、足腰の筋肉を弱らせていってしまうのだ。妊娠中にそういうことをしていれば、結果的に難産で苦しめられてしまうのだ。出産時に、妊娠中一体何をしていたかの結果がきちんと出てくるのだ。

 だから、スポーツをしていくことは勿論のこと、いかに日常の生活の中に、足腰を鍛えられるものを組み込んでおくかなのである。スポーツをするために自転車に乗るのは難儀でも、日常生活のために自転車に乗るのは楽チンである。しかも、その楽チンなのに、勝手に足腰の筋肉はついてくれるのだ。

 安産と難産を分けるものは、その妊婦が行う、ちょっとした工夫であるのだ。しかし、そのちょっとした工夫を10ヵ月間も行えば、安産と難産とを分けてしまうほどの大きさになっていくのだ。だから、継続が大事なのだ。毎日コツコツ遣る続けることが、妊婦の能力を確実に上げていくのだ。そして、その結果が、明確に出産当日に現われてくるのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

妊婦御用達の筋肉トレーニングとストレッチ

●妊婦のための筋肉トレーニング

 出産する際には、「足」「腰」「腹筋」を使って出産するのだが、これらの筋肉がしっかりとついていれば、簡単に安産に持ち込めるのだ。しかし、これらの筋肉は、通常の生活でついたものでは、足りないのだ。出産するためには、自分の筋肉にに対して筋肉トレーニングをして、増強する必要性かあある。

 まず、「足首」。足首の筋肉は、膣や子宮に繋がっており。足首の筋肉がしっかりとついている妊婦は、膣や子宮をうまく動かしやすい女性であるということだ。安産に持ち込むほどの足首の筋肉は、通常の生活をしていたのでは、絶対につかない。足首を鍛えるためには、「足首スクワット」をすることだ。足首スクワットは、踵を上げ、背伸びをすることを何度も繰り返す動作をいう。足首スクワットは、いつでもできるので、暇を見つけては、毎日行うことだ。

 次は、「腰」である。腰の筋肉は、出産する際にスタミナがあるかないかに直結してくる。腰の筋肉がしっかりとついている妊婦は、スタミナがついているので、陣痛が始まってから出産まで、タフな状態のままで過ごすことができるのだ。腰の筋肉がついていないと、出産の際、疲労困憊になってしまうのだ。腰の筋肉を鍛えるためには、「中腰スクワット」である。「中腰スクワット」は、膝を屈伸することを繰り返すスクワットである。中腰スクワットを毎日きちんと行っていくと、腰にしっかり筋肉がついてくるのだ。

 第三番目が、「腹筋」である。腹筋は、お腹の中の赤ちゃんを押し出すためには、絶対に必要なきんにくである。「力んで」と言われて、力めるか否かは、腹筋がちゃんとついているか否かで決まってしまうのだ。腹筋がしっかりとついていれば、ちゃんと力めるので、陣痛から出産まで、短時間で済ますことができるのだ。腹筋を鍛えるためには、「腹筋スクワット」である。腹筋スクワットは、仰向けになって寝て、膝を立て、そして何度も上半身を起こしていく動作を繰り返す動作をいう。腹筋スクワットは、妊娠中、特に何度も行うことだ。

 筋肉トレーニングの目安としては、「足首スクワット」と「中腰スクワット」は、1000回ずつ、「腹筋スクワット」は、300回程度であいいだろう。最初からこの回数をやると、筋肉痛になってしまうので、最初は自分ができる回数でいいのだ。まずは100回でいいのだ。そして次の日には200回と増やしていき、1000回まで持っていけばいいのだ。但し、1000回まで達したら、それ以降はいかなることがあっても、この回数を行い続けることだ。途中でやめると、自分の精神力がぷっつりと切れて、その後、やらなくなってしまうからだ。

●階段の駆け上り

 もっとも簡単に足腰腹筋の筋肉がつくのが、「階段の駆け上り」だ。階段を上るということは、重力に逆らって上っていくので、もっとも足腰腹筋に筋肉がつきやすいのだ。マンション暮らしの妊婦なら、自分が住んでいるマンションの階段の駆け上りを繰り返すことだ。10階建て以上のマンションなら、この階段を駆け上るだけで、汗がびっしょりになるくらい、汗をかけるのだ。それだけ足腰腹筋の筋肉がついたということだ。

 マンション暮らしでない妊婦は、階段がある場所を見つけて、そこで階段の駆け上りを繰り返すことだ。階段を上るということは、自分が感がえる以上に、足腰腹筋を鍛えるのだ。階段の昇り降りを何度も繰り返していけば、汗が噴き出るくらいに、汗を大量に流すことができるのだ。

 近くに階段がないような平地に住んでいる妊婦は、休日になったら、夫婦でハイキングにでも行き、山にある階段を踏みしめながら、上っていくことだ。平地に暮らしているような女性は、重力に逆らうことをしたことがないので、僅かな階段でも汗をびっしょりとかけるのだ。それだけ、足腰腹筋に筋肉がついたということなのだ。

 デパートに買い物に行った時や、電車に乗る時など、できる限りエスカレーターやエレベーターを使わないことだ。日常の生活の中で、階段の上り下りをすることを入れておくと、自分が無理をせずに、自然のうちに、足腰腹筋の筋肉をつけていくことになるのだ。エスカレーターやエレベーターは、勿論、生活には便利であるけれど、その反面、足腰腹筋の筋肉を衰えさせてしまい、難産にさせてしまうのだ。

 鯉は瀧登りをすると龍になるが、妊婦は階段登りをすると安産になるのだ。昔の女性たちは、農業や漁業や林業で体を鍛えていたから、ちゃんと足腰腹筋に筋肉がついていたが、現代の女性はそういう過酷な労働に従事したことがないので、足腰腹筋に筋肉がついえていないのだ。そのために難産になってしまうのだ。だから、階段の駆け上りを行って、足腰腹筋を鍛えていくのだ。

●妊婦のためのストレッチ

 女性の体は柔らかいが、柔らかいがゆえに、膣を大きくして、赤ちゃんを生み出すことだができるのだ。体の柔らかさと、出産時の痛みの少なさは、比例しているのだ。だから、体が固ければ、出産時には激痛が走ることになる。それゆえ、毎日ストレッチを行い、体を柔らかくしておくことだ。

 ストレッチに関しては、とやかく言うよりも、自分でメニューを考えて、毎日行っていけばいい。自分で考えたメニューこそが、毎日ストレッチできる秘訣なのだ。妊婦向けには「妊産婦体操」というのがあるので、これをやってみるのもいいし、スポーツ選手がやっているのを見て、それを取り入れるのもいい。

 但し、絶対に入れてほしいストレッチが、股間の筋肉を伸ばすストレッチである。これは「四股を踏む」動作で行えるのだ。四股を踏んだ際に、腰を落として、股間の筋肉を伸ばすのである。そして、その際に上半身を左右に捻れば、背筋も伸ばすことができるのだ。股間の筋肉が柔軟であるならば、膣や子宮が動きやすくなるのだ。

 朝起きたら、「ラジオ体操」をするというのも、体を柔軟にさせるものになる。NHKでは、教育テレビで、朝の6時30分から10分間、ラジオ体操の番組をやっているので、この番組を見ながら、ラジオ体操をしてしまえばいい。ラジオ体操は、スポーツ科学の観点から、もっとも体に効果があるように作られているので、妊婦といえども、これを見逃す手はないのだ。

 ストレッチも、とにかく出産するまで毎日行うことである。1日でも休むと、自分の精神力がぷっつりと切れてしまうのだ。だから、平日は本格的なストレッチを行い、土日は手軽なストレッチで済ますというふうにしていけばいい。ラジオ体操が優れているのは、僅か5分でできるからなのだ。いくら健康にいいかrといって、長すぎるストレッチのメニューは、挫折の原因になるので、必要なメニューだけを行っていくことだ。

●夕食後に行うと熟睡できる

 朝起きたら、軽くストレッチを行って、体を目覚めさせ、体を柔らかくしておくべきだろう。こういう習慣をつけておけば、臨月の際、いつ陣痛が来ても、体が柔らかいままで出産に臨めるのだ。妊娠中に体が重いとか言い出す妊婦は、このストレッチを行わないからこそ、体が硬くなってしまい、体が重く感じられてしまうのだ。愚痴を垂れる暇があったあら、ストレッチをすることだ。

 筋肉トレーニングは、日中に行うのではなく、夕食後に行うと、効果的に筋肉がつくのだ。夕食後、後片付けが終わったら、テレビを見てダラダラと過ごすのではなく、筋肉トレーニングを行っていくことだ。テレビは筋肉トレ-ニングをしながらでも見れるのだ。夕食後に筋肉トレ-ニングを行うと、筋肉がしっかりとついてくるので、自分の筋肉が増えていく喜びを感じなら、続けていこう。

 夕食後の筋肉トレーニングを行うと、熟睡できるようになるのだ。身重になってくると、どうしても睡眠が浅くなってくるのだ。だから、そういう時は、夕食後に筋肉トレーニングを行うのだ。睡眠前に筋肉トレーニングをやって、ちゃんと体を動かしておくと、その反動で、一気に熟睡が行えるように体ができているのだ。

 睡眠する前には、軽いストレッチを行って、体の疲れを取ることを忘れないことだ。この僅かな作業が、その日の疲れを取ってくれるのだ。毎日、「疲れた」「疲れた」と言っている女性は、必ず睡眠前に軽いストレッチを行うことだ。軽いストレッチを行えば、疲労は取れていくのだ。

 妊娠中は、どうしてもお腹の中の赤ちゃんを大事に思うあまり、多少は緊張状態が持続してしまっているのだ。そのため、大したことをしていないにも拘わらず、体が疲れてしまうことがあるのだ。これは精神的な疲労であるので、こういう時は体を動かして、お風呂に入って、体をほぐしていくことだ。体をほぐしていけば、精神的な疲労は取れてしまうのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

妊娠したからこそ、ウォーキングをする

●ウォーキングこそ妊婦の基本

 人間は二足歩行を開始したからこそ、進化への道のりを歩み始めたのであって、人間は歩くことをやめてしまえば、たちどころに病気になってしまう。妊娠しても、歩くことの重要性は変わることなく、妊婦は歩けば健康になるし、妊婦が歩かなくなれば病気になる。ウォーキングこそ、妊婦の基本なのだ。

 妊婦がウォーキングをすると、まず、「血行促進」が促され、血の巡りが良くなって、お腹の中の赤ちゃんに豊富な栄養を届けることができるし、不要となった老廃物や毒素を素早く回収できるようになるのだ。妊婦が血行の良い状態でいると、赤ちゃんは健康に育ち、安産に持ち込めるのだ。

 妊婦がウォーキングをする第二の利点は、ウォーキングをすると、「体温上昇」が引き起こされるということだ。ウォーキングは人間のもっとも基本的な動作なので、歩けば自然と体温が上昇し、1日中、体を温かくさせてくれるのだ。体温が上昇すれば、免疫力が上がるので、妊娠中に病気しなくなるし、赤ちゃんも病気に罹らなくなるのだ。

 ウォーキングをする第三の利点は、ウォーキングをすると、「気分爽快」になるということである。妊娠中はとかく妊婦の精神が乱れがちなので、妊婦が歩かずに、家の中に閉じ籠っていると、憂鬱になっていってしまうのだ。だから、自宅で静かにしているのではなく、自宅から出て、ウォーキングをしっかりすることだ。そうすれば気分は爽快になり、精神的に落ち込むことがなくなるのだ。

 これらウォーキングの効用を見てみると、ウォーキングは妊婦の基本中の基本であり、妊婦は妊娠した当初から、陣痛が来るその日まで歩き続ければ、幸せな妊婦生活を送れ、安産を迎えることができるのだ。妊娠したら、毎日せっせと歩き続け、足腰をしっかりと鍛えていくことだ。

●足腰の強さこそ安産を保障する

 安産を左右するのは、実は足腰の丈夫さにあるのだ。足腰にしっかりと筋肉がついているなら、安産をすることができるし、足腰に筋肉がついていなければ、難産になってしまうのだ。女性は、年齢が若ければ安産をしやすい傾向にあるが、それは若ければ筋肉が多いから、安産に持ち込みやすいのだ。しかし、歳を取って、老化していくと、筋肉がどうしても落ちてくるので、難産になってしまうのだ。

 足腰の筋肉は、歩けば鍛えられるのだ。歩きすぎて、足腰の筋肉が減ったということなど聞かないのだ。歩けば歩くほど、筋肉がつくのだ。逆に歩かなければ歩かなくなるほど、筋肉は衰えていく。特に自動車を持っている妊婦は、要注意である。自動車に乗っていると、どうしても自動車を足代わりに使ってしまい、足腰の筋肉が衰えてしまうのだ。

 歩けば、足腰が鍛えられるだけではなく、歩くだけで子宮も鍛えられるのだ。歩くと子宮が鍛えられるので、出産の時にうまく子宮口が開き、赤ちゃんが膣を通過する際も、スムーズに行くのだ。しかし、妊婦が歩かずに子宮を鍛えていないと、いざ出産という時に、うまく子宮口が開いてくれず、赤ちゃんも膣を通過する際に、スムーズに行かず、難産になってしまうのだ。

 人間は歩くことこそが、その動作の基本だから、妊婦がたとえ妊産婦体操をしっかりとやった所で、歩かなければ、足腰の筋肉が衰え、子宮は鍛えられず、難産になってしまうのだ。安産をしたければ、とにもかくにも歩けである。妊婦がウォーキングをしっかりとこなしていれば、安産に持ち込むことができるのだ。

 妊娠したら、安産をした母親たちを見てみればいい。すべて足腰にしっかりと筋肉のついた女性ばかりである。逆に足腰に筋肉のついていない女性は、難産になっているのだ。通常では出産できないから、陣痛促進剤を使ったり、帝王切開をする羽目になってしまうのだ。

●ウォーキングは1時間程度いい

 妊婦は家事とかで歩いてはいるのが、それではまったく必要な徒歩の量を満たしていない。それゆえ、ウォーキングは1時間以上歩いた方がいい。1日1時間以上歩けば、1万歩以上は歩くことになるので、充分に必要量を満たす筈だ。とにかく出産する日まで、毎日歩き続けることが肝心なのだ。

 ウォーキングをする際は、なるべく厚手の服を着ていくことだ。そうすると、汗を大量にかけるので、体内の余分な水分を排除することができるのだ。1時間以上歩けば、汗でびっしょりとなるので、家に帰ったら、シャワーでも浴びればいい。気分は爽快になる筈である。

 ウィーキング中は、尿意を催したら、すぐに便所に行き、小便をすることだ。そのため、ウォーキングコースには、必ず便所のある場所を組み入れておこう。歩くと血行が良くなるので、どうしても尿意を感じてしまい、小便によって老廃物や毒素を排出しようとするのだ。

 雨の日でも小雨程度の雨だったら、傘を持って外に出ればいい。さすがに大雨の日は外に出るのは無理になるけど、そういう時は、家の中で歩き回っていればいいのだ。もしも、マンション暮らしの女性だったら、マンションの建物内部を歩きまわればいいのだ。マンション内であるなら、雨の日でも歩くことができるのだ。

 また、ショッピングに行った時は、自分が買いたい物を買い終えたら、すぐさま帰ってしまうのではなく、少しを歩いて、ウインドウショッピングを楽しんでみよう。この僅かな手間が、足腰や子宮を鍛えていくのだ。何もウォ-キングをする時だけウォーキングをするのではなく、日常の中でもウォーキングをすることはできるのだ。

●ウォーキングシューズを履いて出かけよう

 ウォーキングの効果をより高めたいなら、「ウォーキングシューズ」を買うことだ。妊娠中にウォーキングの回数を増やしていくと、通常の靴では壊れてしまうのだ。そこでウォーキング専用の靴を買っておくと、靴が壊れなくて済み、非常に経済的なのだ。しかも、ウォーキングシューズは、ウォーキング専用に作られているので、いくら長時間ウォーキングをしても、疲れないのだ。身重になってくると、歩くだけで大変になってくるので、そういう時のためにウォーキングシューズを買っておくと、非常に楽に歩けるようになるのだ。

 また、ウォーキングをする際は、「五指ソックス」を買ってきて、穿いてしまおう。五指ソックスを穿くと、足の指のすべてに力が入るので、しっかりと地面を蹴るように歩くことが可能になり、足腰の筋肉がつきやすくなり、しかも、長時間歩いても疲れなくなるのだ。五指ソックスを穿いてウォーキングをしていると、出産時に踏ん張りが効き、きちんと力が入るようになるので、陣痛から出産までの時間を短縮できるのだ。

 ウォーキングが終わったら、足裏のマサージを忘れないことだ。足の裏をちゃんとマッサージしておくと、血行が良くなり、血の巡りが非常に良くなるのだ。しかも、足の裏には反射区といって、ツボがあり、そのツボを刺激することで、より健康になっていくのだ。足の裏をマッサージしておけば、疲労は取れ、明日も疲労が残らない状態でウォーキングに出かけることができるのだ。

 休日にもしもどこにも行く予定がなかった場合、家の中でゴロゴロしているのではなく、夫婦でウォーキングをしてみよう。夫婦でウォーキングをすれば、家の中ではできなかった会話をすることができるし、夫婦ともども気分が爽快になっていくのだ。そうすれば、夫婦の関係もリフレッシュすることができるのだ。

 ウォーキングは、妊娠の基本中の基本なので、妊娠したら、とにかく歩き続けることだ。歩けば歩くほど、安産になる確率は高まっていくのだ。安産ができた女性は、何もたまたまラッキ-だったからなのではなく、妊娠中に歩きまくって、足腰や子宮を鍛えたからこそ、安産を迎えることができたのである。

 妊娠したら、お腹の中の赤ちゃんが大事だからといって、安静にしていると、身重になれば、体が重たくなってくるのだから、ほとんど動かなくなる筈だ。そして、足腰に筋肉がついていない状態で、出産に臨むのである。だから、確実に難産になってしまうのだ。だから、妊娠したら歩け! 歩きまくって足腰を鍛えよ! 歩くことで子宮を鍛えよ! そうすれば、安産に持ち込むことができるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

妊娠してもお料理会には出席しよう

●お料理会

 お料理会とは、みんなで集まって料理を作り、その後、会食するパーティーをいう。妊娠してしまうと、お料理会に出席するのが、億劫になってしまう。赤ちゃんを優先しようとすると、どうしても、お料理会での食事は栄養バランスを欠いているからだ。しかし、自分だけが料理を作っていると、料理は単調になってきて、味も素っ気ないものになってしまうのだ。だから、妊娠してもお料理会に出席することは大事なのだ。

 お料理会は、女性同士が集まり、料理しあいながら、ペチャクチャと喋りまくり、情報を交換し合うので、こういう場に出席していないと、どうしても情報不足になってしまうのだ。中には、お料理会でしか作らない料理もあるので、こういう場だからこそ、その料理を作れるということもあるのだ。

 妊婦にとって気がかりな栄養バランスの乱れには、多少目を瞑るべきだろう。お料理会で栄養バランスの崩れた食事を食べても、それでお腹の中の赤ちゃんが大損害を食らうということは、ほとんどないからだ。勿論、食材における食品添加物の使用は最小限にとどめるべきだけれど、そんなに神経質にならなくていいのだ。

 妊娠すると、どうしても行動は制限されてしまう。もしも、こういうお料理会に出席しないと、人間関係は夫だけということになってしまうので、それでは窒息してしまうのだ。人間は群生動物なので、みんなとワイワイガヤガヤしながら、何かをしていないと、人生を楽しめいないのだ。

 お料理会のように、みんなで集まり、料理をし、喋りまくり、そしてみんなで食事をするのは、精神的な健康に非常に貢献するのだ。いつもは平凡な日常生活を送り、たまにはパーッとするからこそ、自分の精神は健康を維持できるのだ。妊娠したとしても、このメリハリはきちんと持っておくべきだろう。

●友達同士で

 友達同士でのお料理会は、気軽に行えることができるだろう。友達同士でなら、みんながいいといことを言い合えるのが、最大の利点であろう。友達の中に、妊娠している女性や、既に出産した女性がいれば、そういう女性から妊娠や出産や育児に関する情報を仕入れていくのは、絶対に重要な行為になる。

 妊娠してしまうと、それまでの友人関係が変わってくるのだ。要は、妊娠したか、未妊なのか、出産したのか、未出産なのか、どうしても、自分の話の関心が、妊娠や出産や育児に変わっていくので、妊娠も出産もしていない友達とは、段々距離が出来始めてしまうのだ。妊娠したら、この変化は必然的に出て来るのだ。だが、この変化を露骨に見せないことだ、それまで仲の良かった友達と、いらぬトラブルを起こしてしまうからだ。

 友達同士でのお料理会なら、いかにも現代的な料理を作ることだろう。若いから、どうしても手抜き料理に走りがちだが、料理の手順にとやかくいうのではなく、とにかく、美味しく食べられる料理であることに注目しよう。自分が今まで知らなかった料理に出会える確率は非常に高いのだ。

 お料理会の最大の利点は、料理を作りながら、喋ることによって、会話が非常に弾む点だ。女性同士がただ単にレストランに行って会話をするよりも、お料理会での会話の方が深い内容の会話を行うことができるのだ。女性が料理を作るということは、脳がフル活動しているので、それに釣られて会話も活発になってしまうのだ。

 女性同士の友情を温めるなら、お茶をしたり、食事をするよりも、お料理会をした方が、深い友情を育めるのだ。女性はお喋りが得意なので、ただ喋っているだけでは、口先だけの付き合いになってしまうのだ。人間は口からなら、いくらでも出任せが言えるのだ、喋ることは楽しくても、その危険性をちゃんと把握しておくべきだろう。

●義母や親戚

 夫の実家に行って、義母と一緒に食事を作るのも、ある意味、お料理会である。自分の結婚を幸せなものにしたいなら、姑との関係を良好に保っておくのは、絶対条件である。嫁と姑の争いほど、馬鹿らしいものはないからだ。嫁が姑とトラブルを起こしてしまうのは、嫁がその家の料理を覚えないからだといっていい。

 どの一族にも自分たちが伝えてきた伝統の味というものがある。新たに入ってきた嫁が、その伝統の味を習得してくれないと、自分たちの一員とは決して看做さないのだ。嫁がその家の料理を覚えるのは、「お前を一族の一員として認める」か審査されていることでもあるのだ。しかも、その審査員長は、姑であるのだ。

 夫の実家に行った時は、とにかく謙虚になって、姑の意見に従うことである。姑は嫁にどんなにきついことを言っても、自分の意見に従う嫁には決して手荒なマネはしないからだ。姑が嫁につらく当たるのは、我が一族の伝統の味を伝えてあげたいからなのである。姑の言葉じりを掴んで、そのことに激怒しないことだ。嫁と姑の争いのほとんどは、姑が何を言ったかを発端とする争いなのだ。

 姑と仲良くなってしまえば、自然と舅と仲良くなれ、一族の一員として認めてくれるのだ。姑と一緒に料理を作ることは、実は単なるお料理会ではなく、実は嫁への認定試験だったのだ。嫁がこの試練を乗り越えない限り、姑は決して嫁を自分たちの一族の一員とは認めないから、この試練は我慢してきちんと乗り越えるべきだ。この試練を乗り越えずに、出産しても、育児で姑とトラブルを起こすことが必定なのだ。だから、出産する前に、きちんと試練を乗り越えておこう。

 姑との関係がうまくいってしまえば、夫方の親戚の集まりとでも、親戚たちと仲良くできるのだ。親戚の集まりでも、自分がお客様でいるのではなく、せっせと動いて、準備する側に回ろう。妊娠しているからといって、役割が免除されるものではないのだ。親戚同士では、死ぬまで年功序列のようなものなので、年若い妊婦といえども、下働きに回るのは当然なのだ。

 親戚と集まり、話しても、それほど楽しい会話がなされるわけではない。しかし、親戚と仲良くしておくことは、今後の結婚生活に関して、非常に重要なことなのだ。親戚たちは自分が出産すれば、すぐさま出産祝い金を寄越してくれるし、妊娠や出産や育児の仕方もちゃんと教えてくれるのだ。人間が結婚で経験することは、ほとんど似たようなものなので、ベテランたちから教わってしまえば、失敗が少なくなり、成功しやすくなるのだ。

●お祭り

 純粋なお料理会ではないが、お祭りも、ある意味、お料理会である。お祭りなどには積極的に参加しよう。最近は、自分が勝手気儘に生活する風潮が持て囃されているが、地元の威力を忘れるない方がいい。地元との協力関係は、地元の繁栄に貢献するだけでなく、自分たち家族の幸せにも直結してくるのだ。

 お祭りになれば、日常では会話すらすることのできない年配の女性と気楽に話ができるし、思わぬ情報だって得られるのだ。妊娠しているなら、尚のこと、大切にしてくれる筈だ。お祭りに参加していれば、日常のストレスも吹き飛ぶし、翌日からはリフレッシュした状態で、日常生活を爽やかに始めることができるのだ。しかも、お祭りで構築した、新たなる人間関係が、自分たちの生活を豊かにしてくれるのだ。

 お祭りのような大人数の料理を作る作業に従事すると、自宅で作る料理など非常に簡単になっていくのだ。料理は大量に作ることを覚えると、少量の料理など非常に楽な手間でできてしまうのだ。「料理を作るのが大変だ」と騒いでいる主婦たちは、お祭りに参加して、料理を作らないから、家族の料理を作るのが大変になっていくのだ。これは自業自得なのである。

 結婚すれば、妻は自分一人で料理を作らなければならない。しかし、自分一人だけ料理を作っていても、料理の腕では余り上達しないのだ。たまには、みんなで集まって、料理を作るからこそ、自分の能力を上げることができ、料理の腕が上達していくのである。結局、人間は何事をするにしても、自分一人の力では限界があるのだ。

 妊娠すると、お腹の中の赤ちゃんのために、自分が食べる食事を必要以上に気にしてしまうのだが、だからといってお料理会のような場に出席しないというは、それはそれで問題なのだ。自分一人で作っていたら、どうしても自分の料理の能力は落ちていくのだ。自分がどんなに気を使って努力をしても、大して進歩していないのだ。人間は決して自分一人では生きてはいないのだ。多くの人々に支えられた生きているのだ。このことは妊娠しても決して変わらないのだ。毎日、安全な食事を作るとともに、たまにはお料理会で食事を作り、自分を向上させていくことの重要性は、妊娠期間中も変わりはしないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

妊娠中における外食での注意点

●毎日、料理を作っていたら、妻だって疲れます

 妊娠中にいくら栄養が大切だからといって、毎日自宅で料理を作っていたら疲労してしまう。どんなに料理好きな女性であったとしても、毎日料理をするのはしんどいのだ。たまには外食をするからこそ、自宅で料理をする喜びも沸いてくるのだ。逆にいえば、毎日料理をしているからこそ、外食をした時に外食する有難さが解るのだ。

 妊娠してしまうと、どうしても外食をしたくなくなってしまう。外食はどうしても栄養バランスが崩れているからだ。かといって、外食をまったくしないと、世間から取り残されてしまった感じになってしまうから、今度は夫婦での会話がどうしても弾まなくなってしまうのだ。夫婦で最近どうもマンネリ化していると思ったら、たまには外食にでも行って、夫婦の気分をリフレッシュすることは絶対に必要である。

 妊娠中は夫婦で外食する際は、妻を優先にして決めるべきだろう。妊娠しているために、妊娠にとって危険な料理を出してくるお店は決して行けないからだ。夫婦でどこの店に行くかは、妻が自分で探して決めておくことだろう。夫に任しておくと、どうしても肉料理の店に行くことになってしまうのだ。

 夫は仕事で外食の回数が多いと思っても、それは仕事で外食をする場合なのである。男女が静かに食事できる場所を知っているわけではないのだ。夫が気を利かして、「今度、どこか食事にでも行こうか」と言ってきたら、「どこでもいい」とは決して答えては駄目だ。こういう妻の答えが一番困るのだ。夫はすべてを知っているわけではないのだ。こういう時は、妻がお店をちゃんと指定してくれれば、夫は妻を無料で連れていってくれるのだ。無料でいけるのだから、「どこでもいい」と言うべきではないのだ。

 妊婦にとって、これだけは覚えていた方がいいのは、夫婦水入らずの外食をするのは、恐らく妊娠期間中までだということである。出産してしまえば、どうしても子供のことでいっぱいになってしまうのだ。だから、妊娠期間中の外食は、夫婦二人っきりで食事をするのは、最後だと思って食事をした方がいい。こういう気持で食事をすると、気分が充実して、満足いく食事ができるのだ。

●妊娠中に行ってはいけないお店

 妊娠中は、お腹の中の赤ちゃんの安全を守るべく、妊婦が絶対に行ってはいけないお店というものがある。

①ファストフード

 さすがに夫婦でファストフード店には行かないと思うが、敢えて言っておく。ファストフードは食品添加物が大量に入っており、妊娠には非常に有害なのだ。妊娠中はどうしても体が敏感になっているので、ファストフード店で食事をすると、気持ち悪くなってくるのだ。妊娠中はファストフードを食べるのは、絶対に禁止である。

②ファミレス

 ファミレスも食品添加物がテンコ盛りである。ファミレスは便利ではあるけれど、夫婦が久々の外食で利用すべき場所ではないのだ。レストランを選ぶ時は、チェーン店として展開をしている店を選ぶのではなく、料理人がオーナーであり、丹精込めて作っているお店を選ぶべきである。それゆえ、妊娠中にファミレスで食事をするのは、絶対に禁止である。

③中華料理店

 中華料理店は、食品添加物の中でも化学調味料を大量に使ってくるのだ。そのため、中華料理を食べると、舌が麻痺し、肩が異様に凝ってしまうのだ。中には激痛が走る妊婦だって出てくるのだ。化学調味料は食べると、脳に侵入し、染色体異常を引き起こして流産をさせたり、たとえ生まれたとしても、「脱脳症」「無眼症」「骨格の異常」を引き起こしてくる非常に危険な化学物質なのだ。中華料理を食べたいなら、自宅で作って食べることだ。妊娠中に中華料理店で食事をするのは、絶対に禁止である。

 妊娠中は、どこのお店で食事をすればいいかを考えるより、どこの店で食べるのが、妊娠にとって危険なのかを考えていくことだ。危険な店が解っていれば、その店に行かないし、危険な店を知ることによって、妊婦にとって安全なお店が解ってくるのだ。妊娠期間中は無知ほど恐ろしいものはないので、我が子を守るためにも、何が危険なのかを知っておくべきである。

 夫婦の外食は回数が少ないのだから、「値段が安い」という理由で決して選ばないことだ。値段が安いということは、その店がインチキをしているということなのだ。折角、夫婦で外食をするのだから、ちゃんとした料理を出してくれるお店を選んで食べに行こう。妊娠中に夫婦で外食するのは、数えるほどしかないのである。

●本物のレストランの見分け方

 では、本物の料理を出してくれるレストランをの見分け方を提示しておこう。

①値段は少し高めである

 食材に拘っている店は、決して値引き合戦をしてこない。本物の食材を使っていれば、値段は少し高いものなのである。かといって、値段が高すぎるということもないのだ。「吉兆」のようなお店は論外である。本物の料理を出してくるお店は、値段を上げすぎないのだ。自分が高いなと思ったら、その店には行かないことだ。

②お店の雰囲気が物凄くいい

 本物の料理を出してくるお店は、お店の雰囲気が物凄くいいのだ。これを感知するには、女の第六感を働かして、自分で判断していけばいい。食品添加物を使っている店はなんとなくチープな感じがするし、栄養が偏っている店は、お店の雰囲気もまた偏っているのだ。

③オーナーが金儲けに走っていない

 レストランを経営していれば、最低限でも食いっぱくれない程度には儲かるものなのである。そのレストランのオーナーが金儲けに走れば、いくらでも金儲けのアイデアは浮かんでくるものなのだ。しかし、そういうアイデアは、どれも碌でもないアイデアばかりで、そのアイデアを実行すれば、良心的なお客が消え去っていくものなのだ。オーナーが金遣いが荒かったり、オーナーの妻が派手な生活を送っているようであるならば、絶対にその店には行かないことだ。

 本物のレストランで食事をしていると、日常の生活でも本物を見分けられるようになるのだ。外食をする際、ただ単にその店の料理を食べているのではなく、その店の「気」も食べているのだ。料理の味など、どんなに頑張っても2割程度なのである。残りの8割は実はお店に漂っている気によって、自分は美味しいと感じているだけなのだ。

 本物の料理人が、お客様に美味しい料理を食べてもらいたいと思って、本物の食材を使って料理していけば、本物の料理が出来上がってくるのだ。そういう料理は本当に美味しいし、また来ようと思うものだ。自分が素直になって、そういうお店を見極めていくことである。

●夫婦で外食をするということは、実はデートなのだ

 男性は結婚すると、余程のことがないと、夫婦と一緒に外食をしたがらない。やはり、家庭で妻の手料理を食べたいのだ。これは男の習性のようなものなのだ。だから、毎日、妻が美味しい料理を作っておかないと、夫は元気が出てこないし、たまには夫婦で外食しようという気持ちが湧き上がってこないのだ。

 それゆえ、毎日、美味しい料理を作る努力をするとともに、夫婦で外食をする時は、妊娠を忘れてデート気分を味わうことだ。夫が妻を外食に連れ出すのは、いつも料理を作ってくれていることへのご褒美だと思った方がいい。男性は言葉数が少ないが、男は自分の気持ちを行動で現してくるのだ。妻はその気持ちを察してあげた方がいい。

 夫婦で外食をするということが解ってくれば、その外食を大切にすることができる筈だ。若い時はお金がないのだから、高級なレストランには行けないだろう。しかし、自分たちが行ける範囲のレストランを探し出して、デートを満喫すれば、高級レストランで食事をするよりも、贅沢で思い出深い食事をすることができるのだ。こういうことが、どれだけ妊婦生活に有益なことは、実際にやってみれば解ることだ。

 妊婦になってしまうと、どうしてもお腹の中の赤ちゃんのことばかり考えてしまいがちだけど、たまにはそれを忘れて、夫婦でデートを満喫しよう。いつも妊娠のことばかり考えていたら、自分の心がガチガチに固くなってしまって、自分の目の前にいる人の愛すら感じられなくなってしまうのだ。何事もメイハリが必要なのだ。

 不思議なもので、自分の夫や、お腹の中の赤ちゃんを大切に思っている女性は、本物のレストランを見つけ出すことができるのである。しかし、自分の夫を蔑ろにし、お腹の中の赤ちゃんだけが大事と思っている女性は、インチキ極まりないレストランに行ってしまうのだ。妊娠中に、ちゃんと「いい気」を出しているかは、こういう時に解るのである。「いい気」を出していけば、夫も、お腹の中の赤ちゃんも幸せになっていくのである。「悪い気」をだいしていけば、夫も、お腹の中の赤ちゃんも不幸になっていくのである。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

第十七節 妊婦が作る「レシピの威力」

●なぜ、レシピは必要か?

 妻は結婚してから料理を作っていかなければならなくなるのだが、その場しのぎで料理を作っていったら、いつの日にか料理のネタはなくなり、料理は単調になっていく。そして、作っている自分自身も料理をする面白みが消え、料理をすることが苦痛になっていってしまう。更に妊娠というもっとも大事な時期に、自分が食べるべき料理を何も考えずに、適当に作っていったら、これほど不健康なことはないのだ。

 人間の記憶力はそれほど優れているものではないのだ。なんの記録もつけずに、自分が覚えていられる料理など、ごく僅かなのだ。もし、料理のレパートリ-を増やし、栄養に気遣った料理を作りたいのであるならば、「レシピ」を作ることだ。レシピを作れば、自然と料理のネタが増えていき、栄養バランスを気遣う料理を作ることができるようになるのだ。

 レシピは最初から本格的に作ることはない。自分が気に入った料理があったら、その作り方をメモする程度でいいのだ。それがある程度溜まってきたら、それを清書して、本格的なレシピ集を作って行けばいいのだ。レシピ集に関しては、最初から本格的な物を作っていくと挫折する可能性があるので、最初は地道にメモを集めていくだけでいいのだ。

 レシピを集めていかないと、いつまで経っても本格的な料理が作れないのだ。いつも場あたり的な作業しかできなくなってしまうのだ。レシピを書いていき、それを集めていくと、「料理の核」というものが出来上がっていくのだ。この「料理の核」さえ出来てしまえば、後はいかなる料理も作れるようになり、料理をすることが突然に面白くなってくるのだ。

 「料理の核」ができなければ、いくら料理をした所でアマチュアなのである。アマチュアだったら、いくら料理しても、美味しい料理を作ることができないのだ。料理がまずければ、夫婦の会話だって弾まないし、それよりも健康に悪いのだ。妊娠しているなら、お腹の中の赤ちゃんに悪い影響を与えるのは必然なのだ。だからこそ、レシピを作り、レシピ集を作っていくことだ。レシピ集さえあれば、健康な料理を作ることができ、夫婦の会話も弾み、お腹の中の赤ちゃんにもちゃんとした栄養を届けることができるようになるのだ。

●レシピ集の制作の仕方

 レシピ集には、「カード式」「ノート式」「電脳式」の三つがある。

①カード式

 カード式は、レシピをカードに書いていき、それをボックスに溜めこんでいく方式をいう。このカード式は、恐らくドイツが発祥の地であるらしく、それがドイツの影響力の及んだ国々に伝播していった。ドイツ人女性が、料理がうまいのは、このカード式のレシピ集にあるといっていい。カード式だと非常に便利で、台所に置いておけるし、使用頻度の多いレシピとそうでないレシピを分けることができるのだ。

②ノート式

 ノート式は、レシピをノートに書き込んでいく方式をいう。このノート式は料理人たちが行っていたものが始まりだと思う。ノート式は、思いついたら、いつでも書き込めることができ、溜まっていくと充実感が出て来るのが特徴だ。しかし、使用頻度によって順番を変えることができない欠点がある。但し、ノートでなく、ルーズリーフを使えば、この欠点を解消することができる。

③電脳式

 電脳式は、パソコンにレシピをファイルしていく方式をいう。パソコンだと、文章だけでなく、写真も添付できるのがいい。料理をより視覚的に把握することができるようになるのだ。しかも、パソコンなので、いくらでもレシピを増やしていくことができるのだ。欠点としては、台所ですぐさま見れないという物理的な欠点がある。

 これら「カード式」「ノート式」「電脳式」の三つの中から、自分が気に入ったものを選べばいいだろう。一番使い勝手がいいのは、やはりカード式だろう。これは実際に使ってみると、これほど便秘なものはないからだ。几帳面な性格だったら、ノート式がお勧めである。ノート式を使っている女性には、几帳面な女性が多いからだ。電脳式は手軽に出来るので、パソコンが得意の女性はこちらを選ぶといいだろう。

 レシピ集を作る際は、自分だけが読めるような文字を書くのではなく、他人が読んでも読める字を書いておこう。字が汚いと、段々読む気がしなくなってくるからだ。また、将来、自分の娘がレシピ集を見て料理が得意になっていくこともあるので、レシピには奇麗な字を書いておいた方がいい。

●情報収集

 料理のネタは、自分の記憶力だけでは限界がある。そういう時は、料理本を買って読めばいいのだ。懇切丁寧に料理の作り方が載っているのだ。料理本から料理のネタを取る時は、料理本の料理の作り方を実際にやってみても、自分が思っていた料理はできないことを知っておくべきだ。料理本を書くような人は、本格的な調理器具を持っていたり、その人の味の癖もあるし、料理本独特の文章の言い回しがあって、レシピ通りに作っても、ちゃんと作れないのだ。だから、レシピ通りに作るのではなく、ちゃんと自分が頭を使って工夫していくことだ。

 お料理番組を見る時も、ボケーッと見ているのでなく、お料理番組の中で自分が気に入った料理があれば、それをメモしておくことだ。レシピを見逃しても、番組のホームページにアクセスすればレシピが載っているし、テレビのデジタル化が進めば、ボタン一つでレシピが出て来るようになることだろう。

 自分の母親や義母に料理を教えて貰うのも、貴重な情報源である。母親や義母からは伝統料理を教えて貰うことができ、そして何よりも家庭料理のベテランなので、料理の仕方が実戦的なのだ。自分が謙虚になって、義母に料理の仕方を教えて貰えば、「嫁と姑の争い」などなくなる筈だ。

 友達から料理を教えて貰うのも、貴重な情報源になる。自分が料理を作っていると、どうしても自分の好みが強く出てきてしまい、偏食傾向になっていってしまうからだ。その点、いろんな友達から料理を教えて貰えば、そういう偏食傾向に歯止めがかかり、バリエーション豊富な料理を作ることができるようになるのだ。

 外食した際も、ただ漠然と食べるのではなく、気に入った料理があれば、それを記憶しておき、それを自宅で再現してみることだ。これをやると飛躍的に料理がうまくなるし、何よりも本物の料理人と出鱈目な料理人を見極めることができ、今後、外食する際は、本物のレストランを選ぶことができるようになれるのだ。

●レシピは100枚溜まると、凄まじい威力を発揮する

 レシピ集作りは、余程料理が好きな人でもない限り、最初は意外と億劫である。ただ、レシピが100枚溜まってくると、ある日突然に凄まじい威力を発揮してくるのだ。それまでは料理がうまくなかったのに、ある日突然に料理がうまくなり、自由自在に料理を作れるようになるのだ。これは本当に不思議な現象としかいいようのないことが、我が身に起こってくるのだ。

 妊娠したら、妊娠のために栄養のある料理を作ればいいと、妊婦向けの料理本を買ってきたりしてしまうが、いくらそういうことをした所で、その女性の料理がうまくなるわけではないのだ。それどころか、料理をすることに、喜びを見い出せないのだ。そういう気持ちは、必ず他人に伝わってくるので、いくら自分が努力して料理を作っても、夫は喜んでくれないし、味だって美味しくないのだ。そして、いずれ夫が夕食を外食で済ますようになってしまうのだ。

 妊娠中はまだ子供がいないのだから、こういう時にこそ、レシピ集を作り、料理の腕をあげ、料理をする喜びを身につけておこう。料理の下手な女性が、子供を産めば、育児でテンヤワンヤになってしまい、料理を始め、家事のすべてが駄目で、家庭内は荒れ放題になってしまうのだ。

 食事は毎日するものである。だから、料理を作った人の気持ちは、料理を通じて伝わってしまうのだ。レシピ集を持っていなかったら、料理をすることに喜びを見い出せないのだから、その料理を食べている夫や子供も、喜びを見い出せなくなってしまうのだ。「夫を愛している」といなら、「子供を愛している」というなら、その愛を料理を通じて表現していくべきだろう。自分が愛すべき人に、「まずい料理」を出していたら、その愛はたかが知れた愛なのだ。

 妊娠のために、こういう栄養素が必要だから、その栄養素の入った食品を使って、料理をしていけばいいというものではないのだ。その食材をうまく使いこなすテクニックだって必要なのだ。そして何より、料理を作っていく心だって必要なのだ。料理も心技体の三つが揃わない限り、まともな料理など作れるわけがないのだ。お腹の中の赤ちゃんに必要な栄養を与えたいと思うなら、レシピ集を作り、料理の腕を上げて、料理をすることに喜びを見い出そう。そういう母親が作ってくれた料理こそ、お腹の中の赤ちゃんがもっとも喜ぶ料理なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

第十六節 「流産」の防止の方法

●妊娠の唯一の成功法則は、無事安産で産むことである

 妊娠期間中はダラダラと過ごしてしまうのではなく、妊娠期間中にやるべきことをすべてやって、出産時に安産で出産するのである。妊娠の唯一の成功法則は、無事安産で産むことなのである。安産で産めなければ、その妊娠期間中にやったことは、すべて間違っていたということなのだ。逆に、安産で産んだのなら、その妊娠期間中にやったことは、ほとんど正しかったことなのだ。

 妊娠情報でその真否を見極める基準は、「安産」以外にないのだ。いかなる妊娠情報に接しても、それが安産に繋がるか否かで考えればいいのだ。「これをやって安産に繋がるだろうか?」という基準を持ちながら、妊娠情報を分別していけば、正しい情報に接することができるし、そういう正しい情報を集めていけば、自然と安産への大きな道筋が出来始めるのだ。

 裏を返していえば、妊娠期間中は流産を絶対に阻止することなのである。妊娠を成功させたければ、正しいことばかりやっていくのではなく、致命的な失敗策を絶対に取らないことなのである。妊娠はミスが少なければ流産することがないし、それが致命的な失敗に繋がってしまうということが解っていれば、敢えて危険なことをしなくて済むのだ。

 いくら妊娠しても、流産をしてしまえば、すべてはパーになってしまうのだ。いかなる手段を用いても、流産は絶対に阻止すれば、妊娠期間中はそれほどひどい過ちを犯さないのだ。大事なことは、妊娠を失敗させることをしなければ、自然と妊娠を成功する方へと勝手に進んでいくのだ。

 妊娠や出産は自然な状態であるなら、ほとんどの妊婦たちが無事に出産できるのである。しかし、我々は文明の中で便利な生活をしてしまい、そのために自然の力が衰えてしまい、どうしても難産になりがちだし、流産にだってなってしまうのだ。文明の生活を享受する以上、文明のもたらす弊害をきちんと知っておくことなのだ。

●流産の原因は「酵素水分」「天日塩」「葉酸」不足

 流産の原因は、「酵素水分」と「天日塩」と「葉酸」の不足なのである。これらがなければ、羊水を作れないし、お腹の中の赤ちゃんが細胞分裂できなくなるから、染色体異常を引き起こして、子宮が流産を決定してしまうのである。流産を繰り返す女性たちは、酵素水分や天日塩や葉酸を摂取していないからこそ、流産を繰り返してしまうのである。

 人間は「果実食動物」である以上、酵素水分が体内に大量にあるという前提で、妊娠ができるようにプログラムされているのだ。それにも拘わらず、フルーツや野菜を摂取しないで、酵素水分が不足した状態になってしまうと、たとえ妊娠できたとしても、流産を繰り返してしまうのだ。

 羊水は海水とほぼ同じ成分でできているのである。だったら、海水から作られた「天日塩」を使用すればいいのだ。それなのに、塩化ナトリウム99.9%以上でできている「化学塩」を使うからこそ、羊水を作り出せなくなってしまい、そのために流産になってしまうのだ。人間は純粋物を処理できないのだ。いくら塩に塩化ナトリウムが含まれているからといって、それだけを抽出しても、それは本物の塩ではないのだ。

 葉酸はフルーツや野菜に含まれているものである。人間は葉酸を使って、遺伝子の複製を行っていくのだ。果実食動物である以上、肉食を繰り返していけば、体内は決定的な葉酸不足に陥ってしまうのだ。人間は肉食を行えたとしても、肉食だけでは生きていけないのだ。やはりフルーツや野菜を充分に摂取していかなければ生きていけないのだ。

 酵素水分や天日塩や葉酸をしっかりと摂取しいけば、自然と体が軽くなり、動きやすくなってくるのだ。流産を引き起こしてしまう女性は、人間が本来食べるべきものを食べていないから、どうしても体が重くなり、動かなくなり、そして体が冷えてしまうのだ。体が冷えれば、お腹の中の赤ちゃんは細胞分裂ができなくなり、流産させられてしまうのだ。

●流産を防止する栄養素「ビタミンE」

 直接的に流産を防ぐ栄養素は、「ビタミンE」である。ビタミンEは、体内の酸化を防ぎ、酸素を供給するのに役立つ。そのため、ビタミンEが不足すると、体が酸化してしまい、酸素不足に陥り、お腹の中の赤ちゃんは細胞分裂ができなくなってしまう。ビタミンEが不足すると、どうしても子宮は流産を決定してしまう。ビタミンE不足では、お腹の中の赤ちゃんを育てられないからである。

 しょっちゅう欠伸をしている女性や、疲労が抜けない女性や、顔のシミやソバカスやシワの多い女性は、ビタミンE不足に陥っているとみて間違いがない。ビタミンEを多く含んでいる食品は、「ピーナッツ」「アーモンド」「オリーブ油」「サツマイモ」「カボチャ」「ニラ」「ホウレンソウ」「芽キャベツ」などである。ピーナッツやアーモンドは、常備しておき、お腹がすいたら食べればいい。サツマイモとかカボチャなどは、女性が好んでたべるが、これは体がビタミンEを欲しがっているからなのである。

 ビタミンEは「脂溶性」なので、植物油と一緒に摂取しないと、体が吸収できない。ピーナッツやアーモンドには、脂肪が含まれているから吸収できるが、それ以外は、植物油を使って料理しないと、ビタミンEを吸収できないのだ。和食は極端に植物油を使わない料理になっているので、たまにはイタリア料理やフランス料理を食べて、ビタミンCEを吸収できるようにさせてあげるべきだ。

 ビタミンEは体内で長時間貯蔵できないので、ちょこまかとビタミンEを含んだ食品を食べていくかことが重要になる。妊娠初期はそれこそ毎日食べるのが望ましい。流産は妊娠初期に集中して起こるからである。妊娠初期以外では、流産をする場合、事前に警告が出てくるのだ。大抵、体の疲労が抜けなかったり、足が攣ったりするので、そういう時はビタミンE不足だと感じて、ビタミンEをせっせと補給していくことだ。

 ちなにみ、出産直前にビタミンEを含んだ食品を大量に食べておくと、出産での疲労がすぐに回復するのだ。陣痛が始まったら、ピーナッツやアーモンドを食べて、出産に備えるべきだろう。体内にビタミンEが豊富にあれば、疲労することなく、楽に出産をすることができるのだ。

●「ビタミンE」の破壊

 なぜ、近年、流産が増加しているのかといえば、水道水がビタミンEを破壊してしまうからなのである。水道水に含まれている塩素が、ビタミンEを破壊してしまうのだ。塩素は水道水を腐らせない効果があると同時に、その副作用としてビタミンEを破壊してしまうのだ。そのため、妊婦が水道水を飲んでいると、ビタミンEを破壊してしまい、流産になってしまうのだ。

 妊娠すると外食をしたがらなくなるものだが、それは外食では水道水が使用されているからなのだ。自宅でいくら浄水器をつけて塩素を除去しても、外食で水道水を使った料理を食べていたら、ビタミンEは破壊されまくってしまうのだ。レストランの中には、ちゃんと浄水器をつけている店もあるので、外食する時は、その店が浄水器を使って入るか確かめた上で、食事をするようにしよう。

 それから肉食の多い食事を繰り返していると、体が酸化してしまい、コレステロールも上がってくるので、これらを防止するために、多くのビタミンEが使用されてしまうのだ。肉食の多い食事をする女性に限って流産をするのは、このためだ。肉を食べても、疲労するようだたら、もう肉が過剰になっているのである。

 白砂糖の入ったお菓子も、体を酸化させるので、どうしても大量のビタミンEを浪費してしまう。甘い物が大好きな女性は要注意である。甘い物を欲しがる女性は、フルーツとイモ類と無精白の穀物をしっかりと食べていないから、白砂糖を異常な形で食べてしまうのだ。甘い物がほしくなったら、フルーツを食べ、サツマイモを食べるようにすればいい。そして三度の食事でしっかりと、黒パンや玄米を食べていればいいのだ。

 文明の中で暮らしていれば水道水を使わざるをえないのだ。裕福になれば肉食だって増えてくるのだ。どこか高級なレストランにいけば、白砂糖をたっぷりと使ったお菓子だって出てくるのだ。しかし、だからといって、その文明生活にどっぷりと浸かっていると、体内の自然の力が弱まってしまい、流産という悲劇を味わってしまうのだ。文明は人間が本来持っている自然の力を弱めてしまうのだ。自然の力が弱まれば、人間の体も頭も異常になっていくだけなのだ。我々は文明の恩恵を受けつつも、きちんと自然の力を保っていかなければならないのだ。文明は決して万能ではないと解った時、自然と幸せの道は開けてくるのだ。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

第十五節 発酵食品で妊娠の邪魔者を撃退せよ

●妊娠の邪魔者、それは「活性酸素」

 妊娠中は、お腹の中の赤ちゃんが何度も細胞分裂を繰り返すし、妊婦も食事の量がどうしても増えてしまう。しかも、妊婦は妊娠しているということで、かなりの緊張状態を持続することなになる。そうなると、大量に発生してくるのが、「活性酸素」である。この活性酸素こそが、妊娠の邪魔者なのである。

 活性酸素は、細胞を損傷させ、遺伝子を傷つける。下手をすれば、赤ちゃんを身体障害者化させることだってあるし、流産を引き起こすことだってあるのだ。しかも、活性酸素が多ければ体が老化していくので、妊婦の中には出産後、急速に老ける女性たちも出てくるのだ。1人の育児で疲労困憊してしまう母親たちは、体内に大量の活性酸素を抱え込んでいるとみていいのだ。

 人間は年齢が上がると、どうしても活性酸素が増えてくるので、高齢出産をする女性は、どうしても活性酸素を除去する措置が必要になってくる。過去に過度のスポーツを行っていた女性や、甘い物が大好きな女性や、肉中心の食生活を送っていた女性も、大量の活性酸素を抱え込んでいるので、健康な赤ちゃんを産みたければ、活性酸素対策は絶対に必要である。

 お腹の中の赤ちゃんのためと思って、食事の量を増やし、必要な栄養素を多く取っていっても、それで万全になるというのではない。それだけ多くの食事を取っていれば、消化吸収の過程で活性酸素を大量に出してしまうのだ。妊婦の中には、食事の量を増やしたために、疲れきっている妊婦たちがいるが、これは食べ過ぎによって、活性酸素を大量に発生させてしまったからなのである。

 10代後半だとか、20代前半である、健康的な女性たちには、活性酸素対策は必要ではない。こういう女性たちは、まだ体が若いので、自然な形で活性酸素を除去できる能力を持っているのだ。だが、女性も26歳を過ぎれば、この活性酸素を自動的に除去できる能力が落ちてくるので、どうしても活性酸素対策が必要になってくるのだ。

●発酵食品

 活性酸素を除去したいなら、朝食時に「フルーツ」をたくさん食べ、三度の食事には必ず「野菜」の料理を出すことである。フルーツや野菜には、酵素水分が大量に含まれているので、この酵素水分が活性酸素を除去してくれるのだ。フルーツジュースや野菜ジュースにすると、消化にエネルギーを消耗することが少なくなるので、効果的に酵素水分を吸収でき、活性酸素を除去することに向かわせることができるのだ。

 フルーツや野菜以外で、活性酸素を効果的に除去したいのなら、発酵食品が最適である。発酵食品の中でも、もっとも食べてほしいのが、「糠漬け」である。糠漬けは、野菜の酵素を倍以上に増やし、ビタミンやミネラルも増加させ、冷野菜を温野菜に変える優れ物なのだ。しかも、妊婦が毎日、糠床に手を突っ込んで、糠を掻き回していると、免疫力が増加し、赤ちゃんがアトピー性皮膚炎に絶対にならなくなるのだ。近年、アトピー性皮膚炎の赤ちゃんが急増しているが、それは妊婦が妊娠中に糠漬けを食べなかったからなのである。

 糠漬けは、プラスチック製の器を使うのではなく、必ず陶器にすることだ。陶器だと自然に温度調節をしてくれて、糠漬けに最適の温度を提供してくれるのだ。今は夫婦二人暮らしなので、陶器も小さ目な物を買ってしまいがちだが、将来、増えるであろう子供たちのことを考えて、できれば「甕」のような大きな物を買っておいた方がいい。糠床が大きければ、大量に野菜を漬けることができるのだ。糠床はガラスや陶器の蓋をするのではなく、ザルを上に被せれば、通気性が良くなり、糠床が腐るということはなくなる。

 それから発酵食品といえば、なんといっても「納豆」である。納豆は活性酸素を除去するだけでなく、妊娠中に乱れがちな女性ホルモンを整えてくれるし、骨を固める作用があるので、骨太の赤ちゃんを産むことができるようになるのだ。しかも、母親の産後の骨粗鬆症状態に陥ることを防ぐことができるのだ。納豆は朝食時よりも、夕食時に食べた方が効果的である。

 味噌も発酵食品である。味噌汁は、できれば妊娠中は毎日飲むことである。お代りを何度したっていい。味噌汁は活性酸素を除去してくれるだけでなく、ご飯と連動して知能を高めてくれるし、しかも体を温めてくれるので、お腹の中の赤ちゃんの成長をスムーズにいかしてくれるのだ。味噌は市販の物を買うのもいいが、できれば手前味噌にすることだ。知り合いの女性たちを集めて、みんなで味噌作りをすると、非常に楽な形で味噌を作ることができる。

 梅干しも忘れてはならない発酵食品である。但し、梅干しは酸性食品であって、これが体内に入ってくると、それに対抗して体内をアルカリ性にしてくれるという食品である。そのため、決して大量に食べていいわけではないのだ。1日1個で充分な食品である。梅干しは減塩運動の煽りを受けて、塩を減らし、その代わり防腐剤の入っているものが大量に出回っているので、梅干しを買う時は、必ず成分表示の欄を見ることだ。梅干しは100g単位で買うよりは、1kgいくらというような「樽」で買った方が断然にお得である。

 妊娠中、食事の量を増やしてしまったために、どうしても食欲が湧かない時がある。そういう時は、「キムチ」を食べるといい。キムチも発酵食品である。だが、市販されているキムチには、食品添加物が入っているので、できれば自宅でキムチを作ってしまおう。キムチは意外と簡単に作れる。

 まず、昆布と煮干しでダシを取り、そこに白玉粉と蜂蜜を入れ、更に粉唐辛子を入れる。一方、「ニンニク」「生姜」「玉ネギ」「リンゴ」をミキサーにかけ、「アキアミの塩辛」と混ぜ合わせる。これを先程の液体と混ぜ合わせ、そこに「天日塩」を入れ、「ゴマ」を擦り下ろす。これを野菜の上にかけ、掻き回せれば、即席のキムチのできあがりだ。アキアミの塩辛は韓国料理専門の食材店で売っている。

●酵素を消耗しないこと

 酵素は取っていけば、いいというものではない。酵素を取った上で、酵素を消耗しない工夫をすることだ。妊娠中は活性酸素が大量にで出て来るということは解っているのだから、その活性酸素を除去するために使うことだ。酵素をせっせと摂取しているのに、酵素を消耗していたら、一体なんのために摂取しているか解らなくなってしまう。

 酵素をもっとも激しく消耗させるのは、「タバコ」と「アルコール」である。妊婦がタバコを吸うのは言語道断だが、夫の喫煙も許される行為ではない。タバコは本人が喫煙するよりも、副流煙による受動喫煙の被害の方が、何十倍も大きいのだ。タバコの煙は、体内で猛烈な活性酸素を出してくるので、妊婦の健康を害してしまうのだ。

 自宅だけでなく、外出した際は、タバコを吸っている人たちには、絶対に近付かないことだ。喫茶店でもレストランでも、禁煙の店を探して入ることだ。自分の友人にタバコを吸っている人がいたら、妊娠中はその友人と絶交しておくことだ。タバコに関しては、用心しすぎるということは、絶対にないのだ。我が子を健康な姿で産みたいと思うなら、タバコを徹底的に駆逐していくことだ。

 アルコールは目くじらを立てて怒るほどのものではないが、やはり危険である。妊娠中はアルコールを禁止している妊婦も多いかが、たまに少量を飲酒するなら、安全圏なのである。但し、アルコールを飲む際は、必ずオツマミを食べることだ。オツマミによってアルコールの害を最小限に食い止めることができるのだ。アルコールを飲んだとしても、ビールならコップ3杯、ワインならグラス1杯が限度である。蒸留酒は絶対に禁止である。

 便秘も酵素を消耗してしまう。便秘はそれだけ腸内に老廃物や毒素を抱え込んでいるのだから、その維持のために大量の酵素が失われてしまうのだ。便秘をする女性に限って疲れているのは、このためなのだ。妊娠中はとにかく便秘をしないことだ。便秘をすればするほど、酵素が失われて、活性酸素が活躍し始めるのだ。

●夜のお風呂と熟睡

 酵素を入れても、活性酸素を除去するのは、実は夜間なのである。人間の自律神経は、日中は交感神経にシフトして、夜間は副交感神経にシフトする。交換神経では人間を活発に活動させて、活性酸素を出していくが、副交感神経では、人間を休息モードにさせて、リラックスさせ、活性酸素を除去していくのだ。、

 そのため、酵素は夜間に活性酸素を除去することになるので、できれば援護射撃をして、活性酸素をより多く除去させてあげることだ。まずは、リビングを奇麗し、夕食を豪華にして、夫婦の会話を弾ませることだ。夜間はリラックスすれば、副交感神経がより強力に作動してくれるのだ。リビングは徹底的に掃除し、余計なものは置かないことだ。夕食も腕を振るって作り、夕食の時間を長くしていくことだ。その夕食の際に、今日あった出来事だとかを夫婦で話していけばいいのだ。決して夕食を早食いで済ましてはならない。

 食後は後片付けが終わったら、夫婦で筋肉トレーニングをするとか、ストレッチをするとかして、夫婦の親密さを深めていくことだ。人間は話し合っていても、それほど深いリラックスにはならないのだ。夫婦一緒に体を動かすからこそ、深いリラックスを得られるのだ。そういう意味では夫婦のメイクラブも、深いリラックスを得られるものなのだ。

 体を動かし終わったら、41℃以下のお風呂に入って体を温めることだ。41℃以下のお風呂に入ると、副交感神経が完全に作動し、活性酸素を除去していくことになるのだ。お風呂は30分間ぐらいは入っててほしい。こうすると、体が芯まで温まり、疲れが除去されていくのだ。

 風呂からあがったら、体を拭いて、暖かい格好をして、そして睡眠する。風呂に入った後に寝ると、熟睡できるのだ。この熟睡の最中に副交感神経は、活性酸素を除去してくれるのだ。だから、妊婦が、風呂に入らずに寝てしまったり、夜更かしをするというのは、活性酸素を溜め込んでいくということになってしまうのだ。妊娠中は可能な限りお風呂に入り、早寝早起きを心がけることだ。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

第十四節 妊娠のためにスタミナをつける

●妊娠にとって「スタミナ」はとっても大事

妊娠は妊娠期間が10ヵ月にも及ぶので、「スタミナ」がないともたない。妊娠にとって「スタミナ」はとっても大事なのだ。スタミナをつけていけば、妊娠を楽に過ごせるし、スタミナがなければ、妊娠で様々なトラブルを抱えてしまうのだ。妊娠期間中にヘトヘトになっている妊婦は、スタミナがないのだ。

 妊娠だけでなく、出産もスタミナ勝負である。出産にかかる時間は、約6時間かかるとみていい。それだけ長丁場になるのだから、スタミナ不足で出産に臨んだら、体力的に限界を超えた状態で出産しなくてはならなくなるのだ。出産という、初めての赤ちゃんに出会える時間を、瀕死の形相で赤ちゃんを迎えたら、赤ちゃんの方だって楽しくはない筈だ。

 出産を終えて、育児が始まれば、初期は赤ちゃんに付きっ切りである。そのため、スタミナがなければ、育児で疲労困憊になってしまう。「育児が大変だ」と泣き言をあげる母親たちや、必要性もないのにベビーシッターを雇って育児から逃れようとする母親たちは、スタミナがないのだ。スタミナを地道につけていくということをまったくしていないから、疲れきってしまうのだ。

 我々がスポーツを見て感動するのは、それがスタミナ勝負だからである。スタミナの限界まで戦い抜くからこそ、見ている人たちが感動するのである。だが、マラソンなら約2時間程度なのである。サッカーだって約90分で試合が終了するのだ。妊娠は10ヵ月間かかるし、出産は約6時間はかかるし、育児は子供が成人するまで続くのだ。マラソンやサッカーで感動できるなら、妊娠や出産や育児は欣喜雀躍するくらい感動できる筈なのだ。

 では、なぜ、妊娠で大変がる妊婦ができてくるかといえば、スタミナがないのだ。なぜ、出産で死ぬ目に遭う産婦が出てくるかといえば、スタミナがないのだ。なぜ、育児の喜びを見いだせない母親が出現してくるかといえば、スタミナがないからなのだ。スタミナがあれば、妊娠も出産も育児も楽しめるのだ。だから、まずは、スタミナを地道につけていこう。

●スタミナをつけるなら「肉」よりも「穀物」

 スタミナをつけるには、肉を食べればスタミナがつくと思っている人たちは多いが、肉は短期的なパワーしか出てこないのだ。寧ろ、肉は脳を活性化させると考えた方がいいのだ。人間は肉を食べると、体内が酸化してしまうので、体が急激にアルカリ性に戻そうとしだすのだ。そのために、体にスタミナがついたと思いがちだが、これはあくまでも短期的なパワーにしかならないのだ。肉食を多く続けると、どうしても体が酸化してしまうので、疲労しきってしまうのだ。肉食の多い人に限って疲労しているのは、このためなのだ。

 スタミナをつけるなら、「肉」よりも「穀物」なのだ。穀物を食べると、これがまずはインスリンでエネルギーになるし、血糖値が下がってくると、肝臓からグリコーゲンが放出されるのだ。このために、穀物を食べると、持続的なパワーが出てくるのだ。グリコーゲンは肝臓に蓄えられた炭水化物なのだ。だから、スタミナをつける基本は、肝臓のグリコーゲン貯蔵量を増やすということなのだ。

 穀物は精製された穀物よりも、無精白の穀物の方がいいのだ。「玄ソバ」「黒パン」「玄米」などを地道に食べることが、スタミナにつながっていくのだ。「更科ソバ」「白パン」「白米」だと、血糖値を急激に上げ、そのために膵臓からインスリンが大量に放出され、膵臓がヘトヘトになってしまい、体が疲労した状態になってしまうのだ。

 穀物を食べる際は、特に夕食時には「黒酢」「梅干し」「レモン」を食べるようにしよう。これらの物を食べると血糖値を下げてくれて、膵臓を休ませることができるのだ。血糖値が下がれば、炭水化物だけでなく、脂肪も、蛋白質も燃焼し始めるので、3倍のエネルギーを使うことができるようになるのだ。しかも、これらの物に含まれている「クエン酸」が肝臓のグリコーゲンの貯蔵量を増加してくれるのだ。

 エネルギーを効率よく使うためには、筋肉を鍛えておくことは欠かせない。筋肉量の多さがスタミナを最終的に決定するものだと考えた方がいい。いくら食事でスタミナがつく料理を食べていても、体を鍛えていなかったら、そのスタミナを効率悪く使ってしまい、折角のスタミナを浪費するだけだからだ。

●根菜類こそ最高のスタミナ食品である

 人間の筋肉の大半は下半身にあるので、下半身の筋肉を鍛えていくことは非常に重要になる。下半身を鍛えたければ、地道に下半身の筋肉トレーニングをするだけでなく、根菜類を食べた上で筋肉トレーニングを行うことだ。根菜類は下半身の筋肉をつけてくれる食材なのだ。

 下半身に効く食材は、「ゴボウ」「人参」「山芋」「里芋」「サツマイモ」「ジャガイモ」「玉ネギ」などである。これらを毎日の食事で食べ、筋肉トレーニングを行い、スタミナをつけていくのだ。この組み合わせがどれほど効果があるかは、自分がやってみれば解る。足や腰にしっかりと筋肉が付き始めるのだ。根菜類こそ、最高のスタミナ食品なのだ。

 根菜類のうち、「ニンニク」と「生姜」は体を温め、免疫力を向上させることで、エネルギーを活発にさせることができる。ニンニクや生姜を食べるとスタミナはつくと思うのは、これらの現象が起こるからである。妊婦にとっては、ニンニクや生姜は絶対に欠かせない。免疫力が上がるので、妊娠中に病気に罹らなくなるのだ。

 ニンニクは炒め物に使うだけでなく、擦り下ろしたニンニクを味噌汁に入れて、「ニンニク味噌汁」にすると、スタミナが強烈につくことになる。ニンニクを醤油に漬けて、「ニンニクの醤油漬け」を作って食べると、ニンニクを加熱せずに食べられるし、その醤油を料理に使うと、ニンニク風味がついて、食欲がそそられるのだ。

 生姜はなんといっても、「生姜の酢漬け」である。寿司屋で出てくる「ガリ」もいいけど、生姜を薄く切り下ろして、それを黒酢に漬ければ、出来上がりだ。これなら、生姜を加熱せずに食べられるし、しかも、生姜の酢漬けを毎日食べられるし、なくなれば足していけばいいのだ。

●医者が青くなるものはスタミナ食品である

 昔から、医者の天敵は、すべてスタミナ食品と見做した方がいい。昔から、「リンゴを食べれば医者いらず」「ミカンが黄色くなると医者が青くなる」「トマトが赤くなると、医者が青くなる」と言われるが、リンゴにしろ、ミカンにしろ、トマトにしろ、スタミナがつく食品なのだ。リンゴやミカンには、良質な果糖と、豊富なビタミンやミネラルが含まれているし、トマトには強力な抗酸化物質が含まれているから、食べればスタミナがつくのだ。

 妊娠中はリンゴやミカンやトマトを積極的に食べていこう。妊娠中に病気をする妊婦は、リンゴやミカンやトマトを食べない女性たちなのだ。医者を青くさせないと、自分が青くなる運命になってしまうのだ。有難いことに、日本ではリンゴもミカンもトマトも安い値段で手に入る食材である。治療費よりも遥かに安上がりである。

 そして、妊娠を成功させたいなら、スタミナをつけるだけでなく、無闇にスタミナを消耗しないことだ。妊娠している最中は、妊婦生活を無事に過ごし、安産に持ち込むことが、妊娠の成功なのである。だから、自分がやれるべきことに集中する。自分がやるべきでないことには手を出さないことだ

 妊娠中はついついあれこれと考えてしまうが、自分ができることは限られているのだ。自分には無限の可能性があると思い込むのではなく、自分ができることを地道に行っていくことだ。いくら初めての妊娠だからといって、ハリキリすぎてしまうと、大失敗してしまうのだ。

 そういった意味で、スタミナをつける最大の秘訣は、自分がすべきでないことをしないということなのだ。成功したいなら、成功のことだけを考えるのではなく、明らかな過ちを犯さないことなのだ。過ちを犯さなけtれば、スタミナを消耗せず、スタミナがたっぷりある状態で、妊娠を幸福にもたらすものに、エネルギーを投入することができるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

第十三節 妊婦だからこそ必要な「腎臓の強化」

●腎臓の重要な役割

 妊娠中は肝臓と同様に、腎臓も重要な役割を果たすことになる、腎臓は大腸から水分を引っ張ってきて、それを濾過して奇麗な水分を全身に回していくのである。それと腎臓は余分な水分を尿に変えて、体外に排出していくのである。人間の体の70%は水分で作られているために、腎臓の機能が低下すると深刻な影響が出てくるのだ。

 腎臓が弱った状態が「妊娠中毒症」なのである。不要な汚い水分を体外に排出できないからこそ、妊娠中毒症という症状がでてくるのだ。腎臓が弱っていれば、出産時に難産が確実になってくる。出産時には大量の水分が必要になってくるのに、腎臓が供給してくれないからだ。

 腎臓が機能していれば、お腹の中の赤ちゃんに奇麗な水分を供給でき、赤ちゃんは正常に成長していくことができるのだ。腎臓が機能していれば、お腹の中の赤ちゃんが排出した不要な水分を体外に排出することができるのだ。腎臓が弱ってしまった場合、赤ちゃんは奇麗な水分が供給されず、汚い水分で遣り繰りをしなければならず、そこで何らかの障害が発生させてしまうのだ。

 腎臓は肝臓と同様に、10代の頃にスポーツをやっていた女性の腎臓は鍛えれている。逆にスポーツをしてこなかった女性の腎臓は鍛えられていない。アルコールと清涼飲料水は腎臓を痛めるので、可能な限り摂取するべきではない。アイスクリームは腎臓に深刻なダメージを与えるので、妊娠中は絶対に摂取すべきではない。

 腎臓を鍛えたかったら、妊娠中といえどもスポーツをすることである。スポーツをしていれば、血行が良くなり、体温が上昇していき、腎臓が鍛えられていくのだ。体を動かせば、余分な水分を尿として排出できるのだ。妊娠しているからといって、体を動かさないと、腎臓の機能は低下していくのだ。医者たちは妊婦に安静指導を行うのだけれども、この安静指導こそが難産を作り出しているのだ。

●腎臓に効く食品

 腎臓に効く食品には、「シジミ」がある。シジミは味噌汁にして飲む。妊娠したら、飽きない範囲でシジミの味噌汁を食事に出していくべきだろう。昔は、妊娠したら、シジミの味噌汁を頻繁に飲ませたものである。シジミの成分が。疲労した腎臓に効き、腎臓の機能を活発にさせてくれるのだ。

 それから、腎臓に効く食品は、「腎臓」そのものである。腎臓に限っては、「牛の腎臓」がもっとも効果がある。牛は大量の小便をするから腎臓が鍛えられているのだ。日本では余り腎臓を食べないが、沖縄県では腎臓をちゃんと食べている。豚でも、羊でも、腎臓をちゃんと食べているのだ。そのため、沖縄県は飲酒量が多いのに、腎臓病になる人々が非常に少ないのだ。このため、沖縄県の妊婦は、腎臓が手に入るので、非常にラッキーだろう。

 根菜類も腎臓に効く食品である。特に「ゴボウ」「人参」「山芋」が効く。妊娠中は「金平ゴボウ」を作るなり、「山芋の煮物」を作るなりして、腎臓を鍛えていこう。この他にも、「サツマイモ」「ジャガイモ」「玉ネギ」も腎臓に効くので、これらの食材を地道に料理に使っていくことだ。

 冬場になると、どうしても体温が下がってしまうので、腎臓の機能も低下しがちである。そういう時は、「鍋物」にして、内臓を温めていくようにしていくことだ。冬になると鍋物は定番のようなものだが、寒い冬を過ごさざるを得ない日本民族にとっては、欠かせいない料理なのだ。

 料理をする際は、必ず「天日塩」を使用することだ。この天日塩があると、腎臓は活発に活動することができ、機能を回復してくるのだ。化学塩を使っていると、腎臓はこの塩を使って腎臓を動かすことに、非常に苦労してしまい、腎臓が疲労していくのだ。腎臓病患者が腎臓病に陥るのは、化学塩を使用しているからなのである。妊娠中は腎臓が倍の働きをするので、絶対に天日塩は欠かせないのだ。

●排便排尿の重要な役割

 腎臓は大腸から水分を持ってきて、それを濾過して奇麗な水分を全身に回しているので、便秘になってしまうと、大腸から汚い水分を持ってきて濾過しなければならなくなるので、腎臓が非常に疲労しきってしまうのだ。便秘の女性の体臭が臭くなるのは、このためなのだ。妊娠中は便秘になりやすいので、きちんと排便をしておくことだ。便秘であると、腎臓の機能が低下し、汚い水分を全身に回していかなければならなくなるのだ。

 そのため、妊娠中は排便が重要な仕事になってくるのだ。排便は習慣性があるので、便秘になったら、絶対に便秘を放置しておかないことだ。便秘になったら、即座に対策を打つことだ。夕食に食物繊維たっぷりの食事を出すとか、翌朝に根昆布湯をたっぷりと飲むとか、便秘が解消できることを、なんでもいいからぶつけていくことだ。そうすれば便秘は解消されていくのだ。

 体内の余分な水分を排出していかないと、腎臓の機能は弱っていってしまうので、尿意を感じたら、とにかく排尿することだ。女性の場合、小便を我慢する傾向があるので、小便は決して我慢しないことだ。余分な水分を抱え込んで、腎臓の機能を低下させていけば、その悲惨な代償を支払うのは、自分自身なのだ。

 排便も排尿も体温が低下していけば、排便も排尿も困難になってくるのだから、とにかく体温をさげないことだ。スポーツをする、家事をテキパキとこなす、風呂に入る、体を動かしていれば、血行は良くなり、体温は上昇していくのだ。体を動かさない妊婦に限って、体温が低下しているので、妊婦になったら、体を動かすということを決して忘れないことだ。

 排便排尿をスムーズにいかせたいのなら、便所掃除は絶対に欠かせない。便所が汚く臭ければ、いざ排便排尿する時に、出るものが出なくなるからだ。妊娠中は毎日、便所掃除をすることだ。そして便所を女らしく模様変えを行ってしまうことだ。便所を自分がしやすいように環境を変えていくべきなのである。

●頻尿になった時の腎臓対策

 身重になってくると、大きくなった胎児が内臓を圧迫して、頻尿になっていく。そういう時は、腎臓を酷使していることでもあるので、頻尿になったら、腎臓に効く食品を多目に取ることだ。腹帯をし、暖かい格好をして、体温を下げさせないことだ。いくら身重になっても、体を動かすことを心がけることだ。

 頻尿になると、喉が渇くのだが、そういう時は、水をガブ飲みしないことだ。水は腎臓を冷やしてしまい、腎臓の機能を低下させてしまうからだ。喉が乾いたら、「ローズヒップティー」をたくさん飲むことだ。ローズヒプティーは疲れ切った腎臓にビタミンCをもたらすことで、腎臓の機能を回復させるのだ。

 また、頻尿になった時は、どうしても水分摂取量が増えていくので、塩分もきちんと摂取しておくことだ。水分ばかり摂取していたら、水分と塩分のバランスが崩れてしまうからだ。塩分補給には「イカの塩辛」がもっともベストである。イカの塩辛は市販されているものを買うより、生のイカを買ってきて、自宅でイカの塩辛を買う方が絶対に安全だし、お得である。市販のイカの塩辛は、食品添加物が大量に入っているので、妊婦には非常に危険なのだ。イカの塩辛は自分で作ってみると、非常に簡単なので、自分で作ってみることだ。出来たイカの塩辛にユズを添えると、季節感が出て、非常に楽しめるのだ。

 頻尿になるということは、胎児が内臓を圧迫することで、母親の体内の水分調整を行っているのだ。ここで無暗に水分を摂取していくと、折角の水分調整も無駄になり、大量の余分な水分を抱え、腎臓が疲労しきった状態で、出産に臨まなければならなくなってしまう。喉が渇いたから、なんでも飲んでいいわけではないのだ。「ビタミンCの入っている水分を取ってください」という、お腹の中の赤ちゃんのメッセージなのだ。

 腎臓を鍛えた状態で、出産に臨むと、出産が非常に楽になるのだ。出産時はそれほど腎臓を使うということだ。出産後、腎臓が機能がよければ、出産後の体調回復も早くなるし、母乳の出もよくなるのだ。妊娠してから出産までたっぷりと時間があるのだ。その間、いくらでも腎臓を鍛える時間はるのだ。決してこの大切な時間を無駄にしないことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

第十ニ節 妊婦だからこそ必要な「肝臓の強化」

●肝臓の重要な役割

 妊娠中は肝臓がフル稼働することになる。肝臓は小腸から必要な栄養素を取り挙げ、エネルギーに変える機関である。妊娠中は、本人だけでなく、お腹の中の赤ちゃんにもエネルギーを供給しなければならなくなるので、二重に負担がかかってくるのだ。肝臓の機能が弱まれば、供給されるエネルギーは少なくなるし、肝臓の機能が強まれば、供給されるエネルギーは多くなるのだ。

 肝臓はこれだけでなく、ビタミンの貯蔵場所としても機能し、三度の食事で必要な栄養素がなくても、肝臓に必要なビタミンが貯蔵されれば、その貯蔵したビタミンを供給するようになるのだ。そのため、三度の食事を毎回大量に食べていると、貯蔵されたビタミンが放出されなくなってしまうので、肝臓の機能が衰えてしまうのだ。大食いの人ほど早死にするのは、肝臓の機能を低下させてしまうからなのである。三度の食事を毎回豪勢に食べるのではなく、メリハリをつけて食べるべきなのだ。

 また肝臓は解毒機関であって、体内の有毒な毒素を解毒するという重要な機能を果たす。肝臓の解毒機能が正常に作動してくれないと、毒素が赤ちゃんを直撃してしまい、妊娠の悲劇を引き起こしてしまうのだ。だから、肝臓の機能を活性化させ、体内の毒素は早めに体外に排出していくべきなのだ。

 10代の時にスポーツをやっていた女性は、肝臓の機能が強い傾向にある。しかし、10代の時にスポーツをしていなかった女性は、肝臓の機能が弱い傾向にある。肝臓はいくら強くても、タバコを吸ったり、お酒を飲んでいると、肝臓の機能に非常に強いダメージを与えてしまうのだ。喫煙歴や飲酒歴のある女性は要注意だ。

 肝臓は人間が運動すると強化されるので、妊娠中といえども、スポーツをすることを欠かさないことだ。スポーツをして、血行をよくし、体温を上げていくと、肝臓は活発に活動してくれるようになるのだ。そして、血糖値が落ちてくると、グルコーゲンを放出して、人体のそれまでの3倍のエネルギーを付与してくれるのだ。だから、妊娠中も体を動かし、空腹を感じるというのは、非常に重要なことなのだ。空腹を感じるということは、肝臓が活発に機能しているということなのだ。

●肝臓を強化できる食品

 肝臓を強化できる食品は、なんといっても「レバー」である。「肝臓には肝臓を」である。レバーの中では「鶏のレバー」がもっとも効果が高い。鶏は常に動きまわっているので、肝臓の機能が発達し、質の高いレバーを供給できるのだ。次は「牛のレバー」である。牛も意外と行動範囲が広いのだ。

 いくらレバーが健康にいいからといって、毎回料理するのは面倒である。そういう時は、スーパーに行った時に、焼き鳥を出している出店があれば、そこでレバ-を頼んで食べてしまうことだ。それ以外にも、夫婦で焼き肉屋に行った時は、必ずレバ-を頼んで食べてしまうことだ。こういうちょっとした工夫をすると、料理の負担が大幅に軽減するのだ。

 更に肝臓を強化できる食品を上げるとすると、それは「黒ゴマ」だ。ゴマとゴマ擦り器を買ってきて、ご飯を食べる時に、擦りコマをかけ、そこに天日塩を少々かけ、ゴマ塩で食べればいいのだ。昔から、ご飯に黒ゴマが、なぜ一緒の組み合わせかというと、こうすると、肝臓が強化できるからなのだ。ちなみに、ゴマ擦り器でお勧めなのが、京セラのゴマ擦り器である、値段は少し張るが、使ってみると性能の凄さに驚く逸品である。京セラがセラミックの分野で世界一に立つ理由が解る逸品である。

 「空豆」も肝臓を強化する食品である。空豆は少しずつ買ってくるのではなく、どっさりと多目に買ってしまい、それを小分けにして保存して、料理で使っていこう。この方が安上がりなのだ。空豆は茹でて、そのまま食べられるし、スープでも、炒め物でもなんでも重宝するのだ。

 肝臓に直接効くのではないが、「黒酢」は間接的に肝臓に効果がある。黒酢は血糖値を上げる効果があるので、肝臓からグリコーゲンを排出させやすくなるのだ。肝臓はグリコーゲンを排出すると、今度はそれを蓄積するために、活発に機能するようになるのだ。特に夕食時には必ず黒酢を使った料理を食べて、血糖値を下げるようにさせよう。

●コリンは肝臓を救う

 妊娠中は食事の量は増えるし、胎児も活発に細胞分裂を行うので、どうしても毒素の量は増えてしまう。毒素が多くなれば、肝臓の機能が低下していき、疲労困憊になってしまう。そういう時は、「コリン」という栄養素を補給することだ。コリンは肝臓の解毒機能に手助けをし、毒素を体外に排出させてくれるのだ。

 コリンが入っている代表的な食品は、「酵母」である。コーカノイドたちがなぜあれほどまでに肉を食べることができたかといえば、パンが主食だったからだ。肉を食べると大量の毒素が出てくるのだが、酵母が入っているパンを食べているからこそ、その毒素を排出できたのだ。和食のように、肉と一緒にお米を食べていたら、とてもではないけど肝臓の解毒機能が追い付いていかないのだ。日本で肝臓の病気が急速で増えているのは、このことを知らないからなのだ。

 日本人だからといって、毎回、お米を食べなくたっていいのだ。たまには「黒パン」を食べよう。できれば、自宅でパンを作ってみよう。パン作りって、やってみると非常に面白いのだ。しかも、出来たてのパンは非常に美味しいのだ。この美味しさはパン屋さんでは買えないのだ。ちなみに、パン焼き機は、日立のパン焼き機がもっとも性能がいい。

 他にコリンが入っている食品は、「心臓」「卵黄」「大豆」などである。心臓も鶏の心臓がもっとも上等である。やはり活動量が多いから、心臓にコリンがたくさん入っているのだ。スポーツ選手が玉子をたくさん食べるのは、肝臓の解毒機能を助けるためなのだ。日本人が大豆を伝統食としてきたのは、大豆に解毒機能が含まれているからであろう。

 肝臓の解毒機能を高めておかないと、お腹の赤ちゃんが病気を持って生まれてくることになるのだ。母親の肝臓の解毒機能が低下していたばっかりに、そのツケをなんの罪もない赤ちゃんが支払うことになるのだ。有難いことに、酵母も心臓も卵黄も大豆も安い値段で購入できる代物である。 

●鉄分の補給

 妊娠中に疲労を感じたら、それは肝臓の機能が低下しているということなのである。肝臓の機能が低下しているからこそ、老廃物や毒素を体外に排出できなくなってしまっているのである、そのために体が重く、疲労を感じてしまうのだ。妊娠中に疲労を感じて、ソファやベッドで横になっているのではなく、意図的に肝臓を強化する食品を食べるようにすれば、疲労しなくなっていくのだ。

 肝臓が解毒しているということは、そこで血液が奇麗になっているということである。肝臓の機能が低下してしまえば、汚い血液が全身を巡り、老廃物や毒素が赤ちゃんのもとに行くということなのである。だから、疲労を感じたら、すぐさま肝臓を強化していくようにしよう。

 痩せている女性や、貧血気味の女性や、スポーツをしてこなかった女性は、どうしても血液の量が少なく、そのため血流が悪く、そのために肝臓が疲労してしまうということがある。そういう女性は、「鉄分」を補給するべきだ。鉄分がなければ血が作れないので、鉄分を補給することで、骨髄で血液を作り易くさせてあげるのだ。

 鉄分は「鉄瓶」や「鉄製のフライパン」や「鉄製の鍋」を使って補給していくことだ。お茶を沸かす時は、必ず鉄瓶でお湯を沸かすことだ。そうすれば、お茶と一緒に鉄分が補給できるのだ。鉄製のフライパンが家に一つあると、いかなる料理にも使え、非常に便利なのだ。鍋物をする時は、鉄製の鍋を使えば、冬の冷え性は一瞬で吹き飛ぶのだ。

 日本の冬は意外と寒いので、昔はどこの家でも鉄製の鍋を使って、料理をしていた。寒い冬を過ごさざるをえない日本民族の知恵だったのだ。それがステレンス製のフライパンや鍋に取って代わられてしまうと、貧血になったり、冷え性になったりする女性たちが続出するようになったのだ。

 妊婦も鉄分が少なければ、血液は少なくなるのだから、どうしても少ない血液を回していかなければならなくなる。そういうことがどれだけ肝臓にダメージを与えるかは、疲労困憊になっている妊婦たちを見れば、すぐに想像がつく。妊婦の血液が少なければ、妊娠の悲劇の確率だって高まっていくのだ。妊娠の悲劇に遭いたくなければ、ちゃんと鉄分を補給し、肝臓を強化する食品を取っていくことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

第十一節 お腹の中の赤ちゃんの骨を強くしたければ、カルシウムとマグネシウムのコンビを忘れないことだ

●日本人はなぜカシウム不足になるのか?

 日本人はカルシウムの必要摂取量を満たしたことがない。当然、妊婦たちもカルシウムの必要摂取量を満たしていないのだから、そのため生まれてくる赤ちゃんもカルシム不足の状態で生まれてきてしまう。それどころか、出産を終えた母親が、骨粗鬆状態に陥ってしまい、二人目を妊娠することが困難になってしまうのだ。

 なぜ、日本人がカルシウム不足になるかといえば、日本列島が主に火山灰質であるために、土壌に含まれているカルシウム分が少なく、それゆえに、そこで取れる農作物にカルシウムが少なく、どうしても、カルシム不足に陥ってしまうのだ。農作物は地球上どこでも同じだろうと思っている人は、火山のあるイタリアの農作物と、火山のないドイツの農作物を食べ比べてみればいい。火山があるとないとでは、農作物の成分量がまるっきり変わってしまうのだ。

 日本人のカルシウム不足を救ったのは、明治維新後から飲まれるようになった牛乳なのだが、この牛乳を分解できる酵素は誰でも12歳までしかなく、しかも、牛乳を飲んでこなかった日本人には、この酵素がない人たちが大勢いるのだ。それゆえ、カルシウム不足だからといって、誰に対しても牛乳を飲ますのではなく、酵素のある人は、牛乳は12歳まで、それ以降はヨーグルトに切り替えなければならないのだ。酵素のない人には、牛乳を飲まさなくてもいいのだ。12歳をすぎても牛乳を飲ましていると、それを処理できないために、体が血中にカルシウムがありすぎると錯覚して、カルシウムを強制的に体外に排出してしまうのだ。牛乳を飲んでいる人に限って骨折するのは、このためなのだ。

 妊娠したらといって牛乳を飲んでも、必ずしもカルシウムを増やすことに貢献しないのだ。カルシウムには天敵が存在していて、それが「体脂肪」だ。体に脂肪が多目にあると、カルシウムは吸収されなくなってしまうのだ。女性はただでさえ脂肪が多いし、その上に脂肪を大量に含んでいる牛乳を飲んでしまえば、カルシウムは吸収されなくなってしまうのだ。

 それともう一つ、日本人がカルシウム不足になる原因に、「リン」の多い食事をしているということがあげられる。カルシウムはリンと共同して骨を形成していくのだが、このカルシウムとリンの割合は、2:1にならなければならないのだが、リンを多目に摂取してしまうと、リンに対してカルシウムが不足するという事態になってしまうのだ。通常の食事をしていれば、リンは足りているのだ。しかし、コンビニの弁当だとか、清涼飲料水だとか、スナック菓子とか、ファストフードやファミリーレストランの食事には、保存料としてリンが使用されているために、これらの食べ物を食べると、リンが過剰になり、リンとカアルシウムのバランスが崩れ、カルシウム不足に陥ってしまうのだ。

●カルシウムを多く含んでいる食品

 だから、妊婦はカルシウムが必要だからといって牛乳を飲むべきではないし、リンを含んでいる外食を可能な限り避けることだ。もしも、牛乳でカルシウムを補給したいなら、自宅で牛乳をヨーグルトに変えればいいのだ。そのほんのちょっとの手間で牛乳の持つ危険性を防げるのだ。妊娠中は可能な限り手作りの食事に拘って食べていくことだ。食べ物というのは、すぐに腐り始めるものであり、なかなか腐らないということは、誰かがインチキをしているということなのだ。

 カルシウムを大量に含んでいる食品は何も牛乳だけではないのだ。カルシウムを多く含んでいる食品は、「エンドウ豆」「ゴマ」「ヒジキ」「油揚げ」「高野豆腐」「切干大根」「メザシ」「シラス」「桜エビ」「ワカサギ」などである。日本に昔からある食品であり、これでちゃんとカルシムを摂取できるのだ。なぜ、和食ではご飯に「擦りゴマ」をかけるのか、なぜ味噌汁に油揚げを使うのか、なぜ豆腐や大根を干したりするのか、これらはすべてカルシウム分の少ない土壌で暮らす日本人の知恵だったのだ。

 魚料理を食べる時も、魚の骨を可能な限り食べてしまうことだ。味噌汁を作る時は煮干しを多目に入れて、そして食事の際に、その煮干しを食べてしまうことだ。サンマの骨は柔らかいから、サンマを焼いたら、ちゃんと食べられるのだ。シャケも鍋で煮込んだら、骨まで食べられる柔らかさになるのだ。それ以外にも、魚を下ろした時は、その余った骨を捨てないで、油で揚げてしまい、その魚の骨をオヤツ代わりにして食べればいいのだ。

 スープを作る際も、骨つきの肉を買ってきて、それをニンニクと生姜と長ネギを入れて煮込んで、カルシウムが濃厚に入っているスープを作るべきだろう。これだけイタリア料理やフランス料理が日本人の家庭に普及したというのに、スープの作り方をちゃんとマスターしていないのだ。骨つきの肉からスープを作るというのは、スープ作りの基本中の基本なのだ。

 妊娠中に背中の痛みや、腰痛になるような女性は、カルシウム不足が原因である。体内のカルシウムが不足しているために、背中や腰に痛みを発生させて、本人に知らせているのだ。背中の痛みも、腰痛も、湿布をした所で、決して治らないのだ。地道にカルシウムの入った食事をしていくことだ。

●マグネシウムを多く含んでいる食品

 カルシウムはリンと共同して赤ちゃんの骨を作っていくのだが、これにマグネシウムがないと骨を形成してくれないのだ。マグネシウムは、カルシウムの天敵である脂肪を燃焼させ、骨の中のカルシウムが正常に維持されるために効果を発揮するのだ。いくらカルシウムを大量に摂取しても、ちゃんとマグネシウムを摂取していないと、カルシウムが血管内に付着してしまい、心筋梗塞を起こしてしまうのだ。カルシウムを大量に摂取している妊婦に不整脈の女性が多いのは、マグネシウム不足になっているからである。

 マグネシウムを多く含んでいる食品は、「いちじく」「アーモンド」「ナッツ」「バナナ」「大豆」「ゴマ」「昆布」「海苔」「ヒジキ」「ワカメ」「桜エビ」などである。「いちじく」には大量にマグネシウムを含まれおり、安産の守護神である鬼子母神の好物が「いちじく」というのには、ちゃんとした理由があるのだ。「リンゴ人参ジュース」にバナナを含ませているのは、便秘を解消するだけでなく、マグネシウムを補給するためでもあるのだ。

 妊娠中にマタニティーブルーになったりするが、これはマグネシウムが不足したからなのである。マグネシウムは鬱病を予防する効果があるので、マグネシウムが不足すると、鬱状態になってしまうのだ。妊娠中は赤ちゃんのためにマグネシムが大量に使用されてしまうので、体内にマグネシウムの少ない女性は、どうしてもマグネシウム不足に陥ってしまうのだ。

 マグネシウムの天敵は「アルコール」で、妊娠前に飲酒歴のある女性は、マグネシウム不足に陥っていると思っていた方がいい。こういう女性は料理を作る際は、可能な限り料理酒を使用しないことだ。マグネシウム不足をこれ以上進行させない努力をしておくべきだろう。料理酒を使用しなくても、ちゃんと美味しい料理は作れるのだ。

 赤ちゃんの骨を作るためにカルシウムのことには気にしても、なかなかマグネシムのことは気にしない傾向がある。カルシウムはマグネシウムがあるからこそ、骨を維持できるのである。いくらカルシウムを大量に取っても、マグネシウムが不足すると、出産後に虫歯で悩まされることになるのだ。子供を産んだ母親に、虫歯になったりする女性が多いが、これはマグネシウム不足によるものである。マグネシウムが不足すると、歯の中のカルシウムが溶けだして、虫歯になってしまうのだ。

●隠れキャラ「ボロン」

 赤ちゃんの骨を丈夫にするためには、「カルシウム」がありさえすればいいのではないのだ。「カルシウム」と「リン」のバランスが取れていなければならないし、骨の維持のためには「マグネシウム」だって必要なのだ。そして骨を成長させ、維持するには、「ビタミンD」だって必要なのだ。ただ、通常の食事でリンの必要量は満たしているし、ビタミンDは日光に当たれば自分の体内で作り出すことができるから、問題にならないだけなのだ。だから、カルシウムばかりに目を囚われて、マグネシウムに目を向けないと、丈夫な骨を作り出せないのだ。

 赤ちゃんに丈夫な骨を作ってあげたいなら、もう一つ「ボロン」という栄養素に着目しよう。ボロンという栄養素は、妊婦の骨からカルシウムが流出するのを防いでくれるのだ。特に高齢出産の女性には必要不可欠で、このボロンがないと、自分の骨からカルシウムが流出してしまい、出産後に骨粗鬆症になってしまうのだ。若くても細身の女性は、もともとがカルシウムが少ないので、どうしても赤ちゃんは母親の骨からカルシウムを引っ張ってこようとしてしまうのだ。そのためボロンがなければ、骨折しやすい体になってしまうのだ。

 妊娠になって骨粗鬆症になったり、骨折したくないないなら、きちんとボロンという栄養素を摂取しよう。ボロンが入っている食品には、「リンゴ」「ブドウ」「レーズン」などがる。これらはすべて北方で取れる食品で、北方に住む女性たちに骨の太い女性が多数いるのはこのためである。また、高齢出産の率が多いのも、やはり北方に住む女性たちである。ボロンのお蔭で、高齢になっても妊娠や出産が可能になるのだ。

 健康や医学を考える時、何か一つのものを取り出して、それによって健康に効果があるというわけにはいかないのだ。人間の体は複雑にできており、様々なものが共同して、人間の健康を形成しているのだ。ココアが健康にいいとか、納豆が健康にいいとか、バナナが健康にいいとか、それによってブームが起こるのだが、確かにそれらは健康に良くても、それはある程度までなのだ。それだけ健康を維持できるわけがないのだ。人間の体はそんな単純には作られていないのだ。

 いくら牛乳が赤ちゃんに丈夫な骨を作るためにいいからといって、牛乳ばかり飲んでいたら、今度は牛乳の持つ弊害が現われてくるのだ。それどころか、カルシウムばかり摂取しても、骨は形成されないのだ。人間の健康は、その人がバランスをとっているからこそ、健康を維持できるのである。だから、何か一つだけを取ってを取っていたら、そのバランスを崩してしまうのだ。自分のお腹の中の赤ちゃんに、丈夫な骨を作ってあげたいなら、まず自分が健康のバランスに気づき、うまくバランスを取っていくことなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第十節 妊娠に不可欠な栄養素「葉酸」

●葉酸の非常に重要な役割

 妊娠中に大量に必要となる栄養素に「葉酸」がある。葉酸は「遺伝子の複製」や「細胞分裂」に欠かせない栄養素で、葉酸がなければ、赤ちゃんは染色体異常を引き起こして、流産してしまう。たとえ、生まれたとしても、障害者としての人生を送らなければならなくなる。夫婦の双方の親戚に身体障害者がいないにも拘わらず、我が子が身体障害者になってしまったら、その母親が妊娠中に葉酸の補給を怠っていたからである。

 葉酸はそれ以外にも、赤血球を作るのに不可欠で、妊娠中に起こりがちな貧血は、実は葉酸の不足からくるものなのである。貧血が続くと、出産予定日よりも早くに出産してしまうことになり、しかも、異常な出産をしてしまうのだ。出産時に大量出血してしまい、大量に出血することによって、赤血球の不足した血液を異常に戻そうとするのだ。薬害C型肝炎になった女性たちは、葉酸不足で出産に臨んでしまったために、汚染された血液製剤を使用されてしまったのである。

 葉酸は糖分とアミノ酸を使う際にも必要で、葉酸がなければ、糖分やアミノ酸をエネルギーに転換することができなくなる。妊婦の中には、妊娠中に糖尿病になってしまう女性がいるのだが、これは葉酸不足によって糖分をエネルギーに転換できなくなってしまったからであって、本格的な糖尿病ではないのだ。葉酸を補給してあげれば、いとも簡単に治ってしまう仮性の糖尿病である。

 妊娠にとって葉酸は非常に重要な栄養素で、これなくして安全な出産をすることができない。葉酸は成人女性で1日200mg必要となるが、妊娠中はその倍の400mg必要となる。妊娠中は葉酸だけは意識して多目に摂取していかなければならない。妊婦が高齢になってくると、身体障害者の赤ちゃんを産む確率が高くなってくるが、それは女性自体が老化のために葉酸が使用されてしまうからである。

 たとえ若くても、妊娠前にお酒を大量に飲んできた女性は、体内で深刻な葉酸不足に陥っている可能性がある。妊娠してから慌てて禁酒しても、葉酸不足を解消しておかないと、妊娠は悲劇的なものになってしまう。妊娠する前から貧血気味の女性も、恒常的に葉酸不足に陥っている証拠である。極端に葉酸が不足した場合は、無能児を出産してしまうことになる。

●葉酸の入っている食品

 葉酸の入っている植物性食品は、「アンズ」「アボガド」「カボチャ」「豆類」「人参」「アスパラ」「オクラ」「ブロッコリー」「枝豆」「あさつき」「ホウレンソウ」「小松菜」などである。「アンズ」などは多目に買っておき、オヤツとして食べればいいし、「アボガド」は朝食に食べれば尚更に効果がある。女性には「カボチャ」が好きな女性が多いが、これはやはり体が葉酸を求めているからであろう。

 葉酸の入っている動物性食品は、「鰻の肝」「ウニ」「牛のレバー」「鶏のレバー」「玉子」などである。鰻などは妊娠中にやはり食べておくべきものであって、たまには夫婦で鰻屋に行って鰻料理を食べるのもいいだろう。「牛のレバー」と「鶏のレバー」は定期的に自宅で料理し、食べるようにすればいいだろう。

 葉酸は酸化に弱いので、葉酸の入っている新鮮なフルーツや野菜を早く食べるべきであろう。朝食には必ずフルーツを食べ、三度の食事では必ず野菜を食べていくことを決して忘れないことだ。葉酸の入っている動物性食品も、料理した後に時間が経ってしまうと、葉酸は破壊されていく。そのため、料理が出来たら、すぐに食べるようにしよう。

 葉酸は妊娠中だけに必要になるのではなく、出産後も必要になってくる。母乳の出を良くしたければ、葉酸をきちんと食べておくべきだろう。葉酸は母乳の出を良くさせるからだ。母乳の出が悪いと嘆いている母親は、葉酸が不足しているのだ。妊娠中や出産時に葉酸を大量に消費してしまうために、出産後に葉酸が不足してしまうのだ。

 また、出産後に顔にシミが出来てしまったということを良く聞くが、これも出産による葉酸不足によるものである。出産後にシミができたら、葉酸不足と思った方がいい。シミは葉酸をきちんと摂取していけば消えてしまう。もしも、出産する前から、妊娠中に顔にシミができたら、葉酸不足に陥っていると思った方がいい。

●葉酸の天敵

 葉酸の天敵は、なんといっても「水」である。水は葉酸を破壊してしまうのだ。水を飲むことは健康にいいと言っている医者たちは、この事実を一体どのようにして受け止めるのだろうか? 人間は水を飲めない動物なのだ。人間が水を飲むのは、朝一杯の水だけである。排便を促すために、下剤として用いているだけなのだ。水を飲むより、フルーツや野菜を食べるべきなのだ。これらの中には葉酸が含まれているのだ。

 それ以外には、「アルコール」と「タバコ」も葉酸を破壊してしまう。アルコールの場合は、まだ飲酒中にオツマミとして葉酸が入っているものを食べるからいいが、タバコの場合、喫煙で葉酸を破壊しても、新たに葉酸を摂取しないので、深刻な葉酸不足に陥ってしまうのだ。妊婦が喫煙するなど言語道断だし、夫の喫煙もやめさせるべきであろう。喫煙は本人が喫煙するより、周りにいる人が副流煙で吸ってしまう方が、健康被害が大きいのだ。

 妊娠前に「ピル」を飲んでいた女性は、深刻な葉酸不足に陥っている可能性がある。ピルはもっとも激しく葉酸を奪ってしまうので、ピルを使用していると、貧血からくる精神異常を引き起こしてしまう。ピルは使用を中止しても、ピルの残留物が体内に長く残って、薬害を引き起こしてしまうのだ。妊娠前にピルを服用していた女性は、ドクダミ茶を煮詰めて、濃いドクダミ茶を飲むと、ピルの残留物を体外に排出することができる。

 妊娠前に「睡眠薬」を飲んでいた女性も、葉酸が不足した状態になっている。睡眠薬は葉酸を破壊してしまうからだ。頭脳作業が続き、頭ばかり使っていると、どうしても頭が冴えて眠れなくなってしまうのだ。睡眠障害になったら、とにかくスポーツをして体を動かすことだ。体を動かせば、自然と睡魔がやってくるのだ。

 それから葉酸の天敵ではないが、敢えて付け加えておくが、肉料理とケーキの組み合わせは葉酸を大量に浪費してしまう。この組み合わせの料理を食べるヨーロッパやアメリカで、障害児が多いのは、これが原因なのである。それゆえ、肉料理を食べる時は、食後のケーキを食べないようにしよう。たったこれだけのことで、障害児を産まなくて済むようになるのだ。

●ツワリと貧血は葉酸不足のサイン

 妊娠時に葉酸不足がどのようにして解るかといえば、それは「ツワリ」と「貧血」である。妊娠初期にはお腹の中の赤ちゃんにとって非常に重要な細胞分裂を繰り返すので、この時期には大量の葉酸を必要とするのである。母親の体内に葉酸が不足していると、お腹の中の赤ちゃんが、「葉酸をくれ!」とツワリを引き起こすことで、母親に知らせるのである。

 妊娠後期になると、胎児も大きくなってくるので、この時期には大量の血液が必要となる。しかし、母親の体内に葉酸が不足していれば、新たなる血液を作り出せないので、貧血になってしまうのだ。葉酸はビタミンB12と共同して、造血作用を行うので、妊婦が貧血になるということは、葉酸とビタミンB12が不足しているということなのだ。

 だから、貧血になったら、葉酸とビタミンB12を大量に摂取していけばいい。ビタミンB12は基本的に動物性食品からしか摂取できない。「魚」「牛肉」「鶏肉」「レバー」「玉子」「ヨーグルト」などである。それゆえ、妊娠中は菜食主義になるのは絶対に禁止である。明治維新以前、仏教の影響が強かった頃、仏教戒律によって肉食が禁止されていたが、そのために多くの妊婦たちが貧血に悩まされ、血液不足のまま出産に突入してしまい、出産時の大量出血や産褥熱で死亡してしまったのだ。仏教の戒律のために、今まで多くの女性たちが出産時に死亡していったのである。今でも仏教の影響を受けて、肉食の禁止を唱える輩がいるので、妊婦たちは要注意すべきである。

 ツワリも貧血もちゃんと意味があるのだ。お腹の中の赤ちゃんはちゃんと教えてくれているのだ。妊娠すれば、ツワリや貧血が起こるのは当たり前と思っている女性たちがいるが、実は妊婦の30%以上はツワリをまったくしないし、食事に気を使っている妊婦は貧血などしないのだ。

 妊娠中に何か体に異常が起こったら、その症状をそのままにしておくのではなく、自分に何か問題があるのだと謙虚に受け止め、その原因が一体なんなのか自分で調べてみればいいのだ。ツワリがひどいから、貧血がひどいからといって、ベッドに寝たきりになってしまっては、お腹の中の赤ちゃんの声を無視していると同じことなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

第九節 お腹の赤ちゃんにとっての賢脳食

●子供の頭の良し悪しは母親の食事で決まる

 人間が他の動物に対して唯一優位に立てるのが、「知能の高さ」である。人類はその進化の過程で脳の容積量を大きくし、知能を高めていったがゆえに、自然界の頂点に君臨できているのである。人間は戦えば虎やライオンよりも弱く、走れば馬や鹿よりも遅い。羽がないので鳥のように空を飛ぶことはできないし、泳いだ所で魚のようには早くないのだ。すべての面で劣っているのに、知能が高いがゆえに、他の動物たちを押しのけ、文明を築いているのである。

 人間の知能の高さは必ずしも遺伝しないが、母親の食事と子供の食事は確実に遺伝してくる。そして、母親が妊娠した頃から賢脳食を食べていれば、胎児の知能も高くなり、その結果、生まれた赤ちゃんは最初の段階から、知能の高い赤ちゃんとして、脳を発達させていくことができるのだ。それゆえ、子供の良し悪しは、母親の食事で決まってしまうのだ。

 妊婦が無精白の穀物ばかりを食べていると、赤ちゃんの知能は非常に低くなってしまうのだ。江戸時代、幕臣たちは白米を食べていたが、幕臣たちに知能の高い武士たちはほとんどいなかった。これに対し、長州藩の武士たちは、白米を食べず、麦飯を食べていたので、そのために明治維新を引き起こす人材を無数に排出することができたのだ。

 結論から言ってしまえば、知能を上げる穀物は、「玄ソバ」「全粒小麦」「玄米」である。「玄ソバ」はもっとも知能を上げる効果があり、ソバを食べる民族では、時折、天才を排出している。日本民族はソバを食べるが、日本民族だけでなく、中国人もロシア人も、東欧諸国の人々も、ソバを食べる。東欧諸国やロシアで、時折、天才が出てくるのは、ソバを食べているからであろう。

 世界で初めて文明を築いたシュメール人たちは、「全粒小麦」を食べていた。しかし、文明が発達すると、全粒小麦を食べなくなり、精白小麦を食べるようになり、知能を低下させてしまう。気をつけなければならないのは、日本で売られているパンには、無精白小麦だけでなく、白砂糖や脱脂粉乳が使われており、血糖値を異常に上げてしまうということだ。

 だから、妊娠中は白パンを食べずに、「黒パン」を食べることだ。黒パンを作っているパン屋さんは拘りを持って作っているので、味もいい筈だ。パスタを食べる時は、「全粒小麦のパスタ」を食べるようにすることだ。全粒小麦のパスタは茶色なので、見た目は悪いが、赤ちゃんの知能を高めてくれるのだ。うどんを食べるなら、「玄うどん」を食べるようにする。

 それから、白米をやめて、玄米を食べるようにする。できれば、「押麦入り玄米食」にすることだ。押麦と玄米を半々で入れて炊くと、もっとも消化が良くなり、知能を上げる効果が高くなるのだ。更に「雑穀食」にしてみるのもいい。「玄米」「押麦」「大豆」「粟」「稗」を入れて炊けば、非常に健康的なご飯になるのだ。

●炭水化物を補完するもの「ビタミンB1」

 「玄ソバ」「全粒小麦」「玄米」だけを食べていても、知能は高くならない。穀物は「ビタミンB1」がないと、脳へ栄養を運んでくれないからだ。ビタミンB1は炭水化物の消化を助け、脳に栄養を運び、精神状態を正常に保ってくれるのだ。妊娠中はこの「ビタミンB1」を特に多く必要とする。ビタミンB1を自分にだけ使うのではなく、お腹の赤ちゃんにも使用するからだ。妊娠中は妊婦の精神状態が乱れる時があるが、これはビタミンB1不足に陥ったからである。

 ビタミンB1を多く含んでいる食品は、「大豆」「玉子」「豚肉」「うなぎ」「ピーナッツ」「ヨーグルト」である。和食ではご飯に必ず味噌汁が付くが、あれは最高の組み合わせなのだ。朝食時に玉子料理を食べる人は多いが、あれは朝食時にビタミンB1を補給してしまうと、1日中、頭脳を活発に活動させることができるからなのだ。

 妊娠中は、ピーナッツを常備しておき、何か食べたくなったら、ピーナッツを食べればいい。そうすればビタミンB1不足には決してならない筈だ。妊娠中はお腹の中の赤ちゃんを守らなければならないという意識を常に持ち続けてしまうので、どうしても大量にビタミンB1を大量に消費してしまうのだ。そのためにビタミンB1不足に陥り、どうしても精神が乱れてしまうのだ。

 ビタミンB1は過剰に摂取しても、余分なビタミンB1は体内に貯蔵されず、すべて体外に排出されてしまうのである。そのため、毎日、摂取し続ける必要性があるのだ。また、白砂糖を摂取すると、ビタミンB1が大量に消費されてしまうので、妊娠中は白砂糖を摂取しないことだ。白砂糖を摂取する人にキレやすい人が多いが、これは白砂糖によるビタミンB1不足が原因なのである。

 女性はお喋りが大好きで、いつもペチャクチャと喋っているのだが、この喋るという行為にも、ビタミンB1は消費されていくのだ。喋るということは、脳を使っているからである。そのため、女性は慢性的にビタミンB1不足の傾向があり、ビタミンB1が不足すると、脳は糖分がやってこなくなるので、「甘い物が欲しい!」という誤った指令を出してしまうのだ。このために女性は甘い物を大量に摂取してしまうのだ。だから、甘い物を食べたくなったら、ピーナッツを食べればいいのだ。こうすれば深刻なビタミンB1不足には陥らない筈だ。

●脳は脂肪でできている

 脂肪は女性たちから目の仇にされているが、脳は脂肪でできているのだ。赤ちゃんの脳を大きくしたいのなら、脂肪を摂取していくことだ。脂肪を多く含んだ食品には、「クルミ」がる。クルミはその形が脳の形に似ているので、昔から脳に効果がある食品として食べられてきたのだ。 

 和食は極端に「植物油」を使っていない食事なっているので、料理を作る際は、意図的に植物油を使用していくことだ。太るからといって、植物油の使用を嫌がる女性がいるが、女性が太るのは、主に精製された穀物と白砂糖を食べるからであって、植物油を摂取したからではないのだ。植物油の摂取は赤ちゃんの脳を大きくさせる効果があるのだ。

 動物性脂肪も脳を大きくさせる効果があるのだ。動物性脂肪は大量に摂取すれば危険だが、栄養バランスが取れている状態で摂取するなら、健康に非常に貢献するのだ。動物性脂肪でも、魚の脂を摂取しても、なんら人体に害はないのだ。魚の脂に関しては、人体はちゃんと適応できているのだ。

 家畜の脂も、ある程度までなら、きちんと処理できるのだ。焼肉を食べれると脳が活性化するという現象は、誰もが経験している筈だ。肉の摂取で問題になるのは、肉中心の食生活を送ってしまうからなのである。ちゃんと栄養バランスを取った上でなら、肉中心の食生活にはならないのである。

 妊娠中はいかに母親がきちんと脂肪を取ったかで、赤ちゃんの脳の大きさは決定されてしまうのだ。妊婦が脂肪を極端に減らした食事を取り続けていれば、お腹の中の赤ちゃんは脳を大きくさせることができないのだ。母親がちゃんと脂肪を摂取し続けてくれるからこそ、赤ちゃんは脳を大きくさせることができるのだ。

●妊娠中といえども頭をちゃんと使うこと

 「妊娠中はまったく頭が働かなかった」という母親たちが多いが、それは無精白の穀物とビタミンB1の摂取が足りないからなのである。妊娠中に無精白の穀物とビタミンB1の摂取が少ないと、頭がまったく動かなくなるのだ。妊娠中は、糖分とビタミンB1を胎児に優先されるため、無精白の穀物とビタミンB1の摂取が少なければ、母親の脳へ行く量は少なくなってしまうのである。

 妊娠中といえども、仕事や家事で頭を使っていくことだ。母親が頭を使うということは、お腹の中の赤ちゃんも一緒になって頭を使っていることになるのだ。脳は使えば使うほど活性化するので、知能の高い赤ちゃんが生まれやすくなるのだ。妊娠しているかrといって、無為の日々を過ごしていたら、脳の機能は低下していく一方なのだ。

 暇があるなら、読書をしたり、雑誌を読んだりして頭を使っていくことだ。文章を読めば、読解力がついてくるのだ。日記をつけたり、手紙を書いたりしていくことだ。文章を書いていくと、脳が論理的思考能力を身につけていくことができるのだ。毎日、文章を読んだり書いたりしていないと、夫婦の会話のレベルが上がらなくなってしまうのだ。

 雑学は脳をクールダウンさせるので、自分が知らないことを知ることに喜びを覚えよう。雑学を知っていれば、会話をした時に非常に会話が弾むのだ。テレビを見るなら、クイズ番組を見てクイズを答えていく。これをやると、脳の疲労が溶けていくのだ。クロスワードなんかも、脳の疲労を取る効果があるのだ。

 そして、何より夫との会話が盛り上がるように工夫しよう。夫が自宅に滞在して時間は、それほど長くないのだ。しかも、男性は無口な人が多いから、自分が意識して喋っていかないと、夫婦の会話がなくなってしまうのだ。既婚女性にとっては、夫との会話がもっとも頭を使う箇所なのだ。夫婦の会話が弾むように工夫すれば、脳は飛躍的に活性化することができるのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

第八節 妊娠中における栄養バランスの取り方

●人類の食事の歴史

 妊娠すれば、「ちゃんと栄養バランスの取れた食事をしなさい」と指導される。しかし、「栄養バランスって一体何?」とちゃんと教えてくれる人はほとんどいない。一体どうすれば、栄養バランスを取れるのかも解らずに、ただ「栄養バランス」なる専門用語が飛び交っているにすぎないのだ。

 人間にとって栄養バランスの取れた食事とは、人類の進化の歴史を辿って行けば解ることなのだ。鬱蒼としたジャングルに住んでいた太古の人間たちは、「果実食動物」であり、「フルーツ」や「野菜」を主に食べていた。その人間たちが、ジャングルを出て、アフリカ大陸のどこかの湖に住むようになり、「魚」を食べるようになった。魚の蛋白質は脳を活性化させ、人間は湖の浮力を使って二足歩行を開始するようになった。

 その後、人類は草原に出て、「根菜類」を食べることにより、筋肉量を増やしていった。筋肉量の増えた人間たちは、猛獣たちが食べ残した骨を取り、骨を割って「骨髄」を食べるようになった。人類はこの骨髄を食べることによって、飛躍的に脳を巨大化させることになった。骨を取って食べていた痕跡は今でも残っていて、現在の人間の手自体が、骨を掴みやすいような形になっているのだ。

 脳を発達させた人類は、道具を使って、狩りをするようになり、動物の「肉」を食べるようになった。肉食は体を温めるので、寒い地域への進出が可能になり、人類は動物の肉を追い求めて、世界各地へと広がっていったのである。狩猟をしつくしてしまった人類は、今度は動物を飼うことによって動物を増やし、肉を安定的に供給できるようにしたのである。

 そうやって人口が増えてくると、食料不足によって飢饉がたびたび起こるようになり、そのため人類は、野菜の種に品種改良を加えて、「穀物」を作り出したのである。穀物が生産させるようになると、飢饉から免れ、しかも、妊婦が穀物を食べると胎児の脳が大きくなるので、その胎児たちが生まれると、今までよりも知能が高くなったのだ。そして人類あh遂に文明を誕生させることができたのだ。

 妊婦が栄養バランスの取れた食事をするということは、この人類の食事の歴史を辿ることでもあるのだ。人類の進化に貢献した物を食べていけば、栄養バランスがきちんと取れるし、この中で何か一つでも欠ければ、栄養バランスが崩れ、病気になっていってしまうのである。

●栄養バランス

 栄養バランスを数値的に示せば、「炭水化物:脂肪:タンパク質」の割合が「4:3:3」になる食事なのである。この割合は人類が文明を誕生させた当時の栄養バランスとピタリと一致し、この割合から離れていくと病気になっていってしまうのだ。

 炭水化物は、フルーツと根菜類と穀物を取って行けば、40%に達するようになる。日本人の食事の場合、脂肪が不足しており、和食は極端に脂肪を嫌っている食事になっているのだ。脂肪を取ると肥満になるのではないかと思っている女性がいるが、栄養バランスに気をつけ、植物性脂肪を摂取した上で、動物性脂肪を摂取するなら、なんら問題がないのだ。栄養バランスを崩し、植物性脂肪を取らずに、動物性脂肪を摂取しまくるからこそ、肥満になるのである。

 蛋白質も「肉」ばかり食べていたら、栄養バランスを崩してしまうが、栄養バランスを気にしながら、「木の実」を食べ、「魚」を食べ、「骨髄」を食べ、その上で「肉」を食べるなら、なんら問題がないのだ。日本は仏教の影響によって、極端に肉を食べなかったので、廃仏毀釈後、極端な反動の仕方で、肉だけを大量に食べる食生活になってしまったので、この危険性だけは考慮しておいた方がいい。

 骨髄に関しては、食べない人が多いので、「鶏ガラ」を買ってきて、それをニンニクと生姜と長ネギと一緒に煮込んで、スープのダシを取ってしまえばいい。それを味噌汁に使ってもいいし、スープに使ってもいいし、鍋物に使ってもいい。鶏ガラは食料品店で驚くほどの安さで売られているので、経済的な負担はほとんどかからない。

 魚に関しては遠海魚ではなく、魚は近海魚をなるべく食べた方がいい。「マグロ」や「鯨」を食べるよりも、「アジ」「イワシ」「サンマ」などで充分なのだ。大きくても「シャケ」あたりまでで充分なのだ。できれば、シシャモやシラスみたいに、まるごと食べられる魚の方が、栄養的には優れているのだ。

 肉は「鶏肉」と「牛肉」をメインにした方がいい。 「鴨」や「馬」や「鹿」の肉もいい。要は毛が生えている家畜だ。毛が生えている動物は、寒さに強く、食べれば体を温めてくれるのだ。日本列島の冬は意外と寒いので、肉は体を温めるために食べることを決して忘れないことだ。豚肉はなるべく控えた方がいい。豚肉は体をそれほど温めないからだ。但し、冬でも暖かい沖縄県と鹿児島県は別である。もしも、豚肉を食べたければ、猪の肉を食べればいい。猪の肉は豚肉と違い体を温めてくれるのだ。 

●問題は「肉の食べ過ぎ」「穀物の食べ過ぎ」

 人間の進化は、骨髄を食べる所までは体が対応できているのだが、肉以降は体が未だに対応できていないのだ。人類は未だに進化の途上にあるのだ。魚を食べすぎて癌になる人間はいないが、肉を食べすぎて癌になる人間はいくらでもいるのだ。フルーツを食べて膵臓病になる人間はいないが、穀物を食べすぎて膵臓病になる人間はいくらでもいるのだ。人間の体は、未だに肉と穀物に適応中なのである。

 しかも、妊婦が肉ばかり食べていると、お腹の赤ちゃんの脳が委縮してしまうのだ。人間は妊婦が穀物を食べることによって、赤ちゃんの脳を大きくしていったのである。だが、妊婦が穀物ばかり食べていると、赤ちゃんの脳が拡大するが、免疫力の弱い赤ちゃんが生まれてしまうのだ。いかに栄養バランスが大事かが解ることだろう。

 だから、肉ばかり食べていないで、「木の実」「魚」「骨髄」を食べた上で、「肉」を食べるようにすることだ。しかも、肉はビタミンとミネラルがないと消化吸収できないので、肉を食べる時は大量の野菜を食べるべきなのである。野菜を大量に食べていれば、肉をきちんと処理することができるのだ。

 穀物に関しては、朝食時にちゃんとフルーツを食べ、昼食や夕食には根菜類を可能な限り出していくことだ。フルーツや根菜類をしっかりと食べていると、穀物を食べる量は自然な所で落ち着くからだ。フルーツや根菜類を食べないと、どうしても穀物が多くなり、食事以外で甘いお菓子を食べたくなってしまうのだ。

 外食は肉と穀物を中心に出してくるので、どうしても栄養バランスが崩れてしまうのだ。外食に慣れてしまった妊婦は、特に気をつけておいた方がいい。こういう女性は、自分が自炊すると、どうしても肉と穀物を中心にした食事を作ってしまうからだ。外食を長く続けてきたために、自分の味覚が狂ってしまっているのだ。

●血糖値を落とせば、三つのエネルギーが燃焼する

 人間は本来「果実食動物」なので、まずは炭水化物の処理を優先させる。そのため、日中は活動のために炭水化物を使うのでいいのが、夕食になると炭水化物を余り必要としないのだ。かといって、お腹の中の赤ちゃんには、炭水化物が必要なので、そこで、「酢漬け」や「酢の物」や「梅干し」を食べて、血糖値を落とせばいいのだ。

 「酢漬け」も「酢の物」も「梅干し」も、血糖値を下げる効果があるので、炭水化物を大量に取っても、糖尿病にはならないのだ。妊娠の際は、「玉ネギの酢漬け」「生姜の酢漬け」「ニンニクの酢漬け」がお勧めである。玉ネギの酢漬けは、玉ネギをスライスして、それを黒酢に漬ければ出来上がり。生姜の酢漬けも、生姜をスライスして、それを黒酢に漬ければ出来上がり。ニンニクの酢漬けは、ニンニクの皮を剥いて、それを黒酢に1ヶ月ほど漬けると出来上がりだ。

 食後に血糖値さえ落ちてくれれば、「炭水化物」「脂肪」「蛋白質」の三つが燃焼し始め、3倍ものエネルギーが得られるようになるのだ。これは甘い物ばかりを食べている妊婦が疲れきってしまい、三度の食事をきちんと食べ、夕食時に「酢漬け」や「酢の物」や「梅干し」を食べている妊婦が元気溌剌になっているのは、うまく血糖値を制御しているからなのだ。

 妊娠にはエネルギーが必要だし、出産時には更にエネルギーを必要とする。それなのに、炭水化物だけをエネルギー源としていては、疲労困憊になってしまう。「炭水化物」「脂肪」「蛋白質」の三つを燃焼させれば、大量のエネルギーを確保した状態で、妊娠や出産を行えることができるのだ。

 意外なことかもしれないけど、人類の進化の歴史を教えた上で、自炊させると、大抵の妊婦が栄養バランスの取れた料理を作ることができるようになるのだ。ということは、人類の進化の歴史を知らないことが、自分の食事を狂わしてしまうのである。自分が偏食に走り、自分が好き勝手な物ばかり食べていたら、妊娠の悲劇は確実に発生してくるのである。自分や赤ちゃんが悲惨な目に遭わないためにも、栄養バランスはしっかりと取るべきである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

第七節 妊娠に必要な食事の量

●妊娠時には食事の量が増える

 妊娠したら、すぐさま食事の量が増えていくわけではないが、お腹が大きく成り始めると、やはり食事の量は増えていく。目安として、食事の量は1.5倍から2倍に増えると思っていい。妊娠中は食事の量を意図的に増やしていった方がいい。食事の量を多く取れば、お腹の中の赤ちゃんに充分な栄養を行き渡らせることができ、健康な赤ちゃんを産むことが可能になるからだ。

 妊娠中も労働に従事していれば、自然とお腹がすき、食事の量は自然と増えていくのだが、仕事をしていなかったり、仕事をしていたとしても、頭脳労働だと、自然とお腹がすいてくれないので、妊娠しているにも拘わらず、食事の量が増えていかないということもありえるのだ。妊娠の悲劇に見舞われる妊婦たちは、体を動かさず、食事の量を増やしていかなかった女性たちが、圧倒的に多いのだ。

 だから、肉体労働に従事していなかったら、家事を多目にこなすとか、スポーツをすることによって、お腹をすかせる努力が絶対に必要になる。妊娠というと、妊娠のために必要な食事をついつい考えてしまいがちだが、お腹がすいていないにも拘わらず食事の量を増やしても、それはお腹の中の赤ちゃんに貢献するどころか、逆に妊娠が危険なものになっていくことだろう。

 昔は、妊娠しても農業や漁業に従事させたのだ。そのため、当時の妊婦たちは憤慨したものだが、しかし、それが結局、安産に繋がっていったのである。一方、妊娠中に労働を免除された公家や武家の妊婦たちは、非常に高い確率で妊娠の悲劇に見舞われたのだ。妊娠中に体を動かさないで、食事の量を増やしていくことは、非常に危険ということが、これで解る。

 健康な赤ちゃんを産みたかったら、まずは体を動かして、お腹をすかせるようにすることだ。お腹がすけば、どんな食事でも美味しくなり、消化吸収率も高くなっていくのだ。お腹はすけば、妊娠にとって必要な栄養素が、自然と解ってくるのだ。これは健康にいいからといって無理矢理食べても、消化吸収率が悪ければ、大した効果を上げられないのだ。

●食事の配分バランス

 妊娠したからといって、三度の食事の量を増やしていけばいいというのではない。三度の食事の量をすべて増やしていけば、逆に内臓が疲労してしまうのだ。食事は夕食を重点的に増やして食べるようにするのだ。なぜ、夕食の量を増やすかといえば、夕食時にとった栄養が、もっともお腹の中の赤ちゃんに行きやすいのだ。朝食や昼食の量を増やしても、日中の活動のために消費されてしまうので、お腹の中の赤ちゃんに余り行かないのだ。

 夕食をそれこそ2倍くらいに増やして、2時間くらいかけて、ゆっくりと食べるようにすればいい。食事のスピードが速い人は、どうしても早くに満腹感が来てしまうので、食事を多く食べられなくなってしまうのだ。食事をする際は、ゆっくりと食べ、夫婦の会話をたくさんして、食事を盛り上げていくべきだろう。

 夕食が多くなってしまうと、朝になっても余り食欲がなくなってしまうので、朝食を軽く取り、その後、昼食をやや重く取ればいい。しかし、肉体労働に従事している妊婦とか、習慣的に朝食の量を多く取ってきた妊婦は、朝食が少ないとパワーが出てこないので、それなら、朝食をやや多目に取り、昼食を通常どおりにしていけばいいだろう。

 夕食の量を多くし、朝食を少なくするという食事のパターンは、妊娠にもっとも適した食事のスタイルだけど、ただ唯一欠点がある。それは下手をすれば太り易いということだ。人間自体は夕食時に大量の食事を必要としないために、多く取った栄養がうまくお腹の中の赤ちゃんに行かなければ、その余分の栄養は自分の贅肉になってしまうのだ。

 そのため、少し太ってきたなと思ったら、昼食を重点的に食べるようにし、朝食と夕食を通常どおりにすればいい。こうすれば肥満にブレーキがかかる筈だ。妊娠中は体重が増えていくが、体重が増えても、決してそれは肥満ではないのだ。自分が健康的に体重を増やしていっているか、それとも肥満になっているのかは、スポーツをしてみると一番よく解る。体が軽いと感じたら健康で、体が重いと思ったら肥満なのだ。

●体重制限は設けない

 産婦人科医たちは、妊婦に対して体重制限を設けて、「体重増加が10kg以上は駄目だ」という。しかし、妊婦にとって体重制限とは、非常に重い精神的な負担なのだ。そのために食欲が進まなくなってしまうのだ。だから、体重増加は10kgまでという体重制限は決して設けないことだ。それよりも、体を動かさせ、お腹がすいた上で、食べさせるようにすれば、決して肥満にはらないのだ。

 元から体重の重い妊婦は、結構、体重が増えるものである。しかし、元から体重がある妊婦は、体力も充分になるので、難産に持ち込むことは余りないのだ。難産になってしまう妊婦は、肥満になっている妊婦ではなく、寧ろ筋肉量の少ない女性たちなのだ。大事なポイントは筋肉量であって、肥満かどうかではないのだ。

 体重制限を設けてしまうと、どうしても食事の量が減ってしまい、そのために便秘になってしまうのだ。妊娠中はただでさえ便秘になりやすいので、食事の量を減らされたら、非常に高い確率で便秘になってしまうのだ。便秘になるということは、老廃物や毒素を体の中に溜めこんでいるということである。それがどんなに危険なことになるかは、出産時に痛い思いをしながら知ることになるであろう。

 便秘にならないためにも、夕食の量を増やしていくべきなのだ。夕食の量が多ければ、自然と朝になれば便意を催すのだ。妊娠中は肥満のことを気にするよりも、いかにうまく排便を行うかの方に気を配るべきだろう。体重制限は一見正しいように見える指導であっても、実際には根本的に間違っている指導なのだ。

 体重制限を設けるより、体を動かして筋肉量を増やし、お腹がすくようにさせてあげる。その上でたっぷりと食事を食べさせればいいのだ。妊娠してようがしてまいが、人間にとって食事をすることは、最大の楽しみなのである。それを奪ってしまったら、妊婦生活は暗いものになってしまうことだろう。そうなるより、食事を美味しく食べられる工夫をしてあげることだ。

●オヤツには「木の実」や「ドライフルーツ」を食べる

 妊婦の中には、三度の食事では足りないという女性もいることだろう。そういう時は、オヤツとして「木の実」や「ドライフルーツ」を食べることだ。「木の実」や「ドライフルーツ」は、妊娠にとってもっとも必要な栄養素が含まれているのだ。いくらオヤツを食べたくなったからといって、スナック菓子を食べれば、お腹の中の赤ちゃんにダメージを与えてしまうのだ。

 自宅に「木の実」や「ドライフルーツ」を常備しておくと、非常に便利なのだ。「何か食べたいな」と思った時に、「木の実」や「ドライフルーツ」を食べると、満足感が出てくるのだ。ポテトチップスみたいにダラダラと食べてしまうというのがないのだ。「木の実」や「ドライフルーツ」は食料品店で買うと高いが、問屋や市場で買うと非常に安く売られているので、是非、問屋や市場の所まで足を延ばして、買ってもらいたい。

 オヤツだけで足りないという妊婦は、1食を余計に増やせばいいのだ。1食を増やすなら、日中にすることだ。日中であるならば、日中の活動で消費されるので、肥満にはならないのだ。夜食は食べると肥満の原因になるので、夜食は食べないようにすることだ。夜になってお腹がすかないようにするためにも、きちんと夕食を大量に食べておくことだ。

 内臓は食事を消化吸収するのに大変な働きをするのだ。そのため、いつも動かしっぱなしというわけにはいかないのだ。内臓だって休ませてあげなければいけないのだ。お腹がすき、お腹が「グー」と鳴る時があるが、あれは十二指腸の中の食べ物がなくなり、十二指腸の内部を掃除をしているのだ。これがないと、十二指腸は疲労し始め、いくら食べても体の疲労が取れず、それどころか食べれば食べるほど疲労してしまうのだ。

 だから、妊娠に栄養が必要だからといって、ダラダラと食べないことだ。食事の量を増やすのであるならば、まずは体を動かすことだ。仕事でもスポーツでも家事でも、体を動かせることはいくらでもある筈だ。しかも体を動かせば健康になっていくし、気分だって高揚していく。そしてお腹がすいていく。そうなった上で食事を取ればいいのだ。「空腹こそ最高の美食なり」であるということを決して忘れないことだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

第六節 水分と塩分の関係 ~妊婦中の無闇な減塩は、妊娠の悲劇を引き起こす~

●水分と塩分のバランスが妊娠の幸不幸を左右する

 人類は進化の過程で、人間の行動範囲を増やしていった。肉食を覚えると、どうしても獲物を求めて、長距離を移動しなくてはならなくなったため、大量に発汗するようになった。そのために、人類は塩分不足に陥り、塩分の摂取が緊急の課題となった。人間は塩を食べ始め、その後、人類は世界各地に広がっていった。人類は塩を摂取したからこそ、世界各地に広がることができたのだ。

 妊婦にとっては、塩分の摂取が非常に重要な作業になる。羊水は海水とほぼ同じ成分でできているし、お腹の赤ちゃんに栄養を補給するにも塩分が必要だし、赤ちゃんの成長にも塩分は欠かせない。妊婦の塩分濃度が低ければ、妊娠は危険な状態になっていき、妊婦の塩分濃度が高いほど、妊娠はスムーズにいくのだ。

 ところが、西洋医学では減塩の方向に向かってしまい、日本でも医者たちは妊婦に対して減塩指導を盛んに行っているのだ。西洋料理は肉を大量に食べるので、肉の中には塩分が大量に含まれているのだ。しかも、使っているいる塩が岩塩である。だから、岩塩は塩化ナトリム99%以上の危険な塩であるので、そのために減塩の方向に向うのだ。

 だが、日本人はヨーロッパ人やアメリカ人よりも、肉を食べないので、どうしても塩分不足に陥ってしまい、そのために和食は随分と塩分の濃い料理になっているのだ。それゆえ、肉を余り食べない日本人女性に対して減塩指導を行ってしまうと、決定的な塩分不足に陥り、難産を引き起こしてしまうのだ。

 妊婦にとっては、水分と塩分のバランスが、妊娠の幸福と不幸を左右してしまうのだ。塩分が不足すれば羊水は作れなくなるし、貧血にだってなるし、赤ちゃんには栄養がいかなくなるし、赤ちゃんだって成長することが不可能になってしまう。妊娠の悲劇を引き起こしたくなければ、医者の意見に惑わされずに、せっせと塩分を取っていくべきなのだ。

●化学塩と岩塩と天日塩の決定的な違い

 塩と言っても、闇雲に取っていいわけではない。塩には主に3種類あって、「化学塩」と「岩塩」と「天日塩」がある。「化学塩」は人間が人工的に塩から塩化ナトリムだけを抽出したもので、塩化ナトリウムの割合が99.9%以上という非常に危険な塩なのである。人間の体は純粋物を処理できないので、化学塩を摂取してしまうと、腎臓も肝臓も疲労しきってしまうのだ。

 「岩塩」は自然にできた塩の純粋物で、これもまた99%以上が塩化ナトリムでできているのだ。岩塩は世界の至る所で取れるので、人類はこれをついつい使ってしまい、自分の命を縮めてきたのだ。自然にできたものでも、人間の体は純粋物を処理することはできない体なのだ。

 「天日塩」は海水を蒸発させて作った塩で、これこそが人間が食べられる唯一の塩なのだ。天日塩こそ日本人が古来から食べてきた塩であって、縄文人も天日塩を使っていたことは、発掘された土器から解っているのだ。天日塩には塩化ナトリウムの他に、豊富なミネラル分が含まれており、これらが揃うことによって、初めて健康に良いものになり、妊娠に物凄く効果があるのだ。

 だがしかし、昭和憲法体制下では、1971年に「塩業近代化促進臨時措置法」という法律が制定だれ、化学塩が専売化され、天日塩は駆逐されていったのだ。1971年を境に、妊婦の流産や早産や異常出産や死産が急増し、身体障害者の出産確率も増えていったのだ。天日塩を摂取できなくなったことが明らかな原因と思われる現象が続出し始めたのだ。

 妊婦生活を幸せにしたかったら、まずは家庭内の「化学塩」を駆逐して、「天日塩」を使用していこう。天日塩は「海の精」が最高レベルの品質を誇っている。本物の天日塩は、塩の味がすると同時に、奥深い甘味があり、まろやかなのだ。本物の天日塩は確かに少し値段が高いが、本物の天日塩を使用すると、逆に塩の使用量は減っていくのだ。人間にとって相応しいだけの量にちゃんと落ち着くのだ。

●天日塩であるならば、過剰な塩分は排出される

 日本では半世紀近く減塩運動が行われてきたために、それゆえに天日塩を摂取すれば、塩分過剰になるのではないかと思う女性たちが出てくるのだが、人間にとって過剰な塩分は自然と排出されるのだ。小便や大便や汗で過剰な塩分は排出されていくのだ。しかも、天日塩ならこれがスムーズにいくのだ。化学塩だと、これがスムーズにいかなくなるから、腎臓や肝臓が痛んでしまうのである。

 妊娠中は天日塩が多目に必要となってくるから、天日塩を少し多目に摂取していこう。天日塩を摂取していくと、腎臓の機能が活発になるので、小便の勢いも強くなるのだ。女性は男性よりも塩分を控えがちなので、どうしても小便の出が悪いし、小便の勢いも悪くなってしまうのだ。そうすると、自分の体内に老廃物と毒素が溜まり、不要な水分も溜めこんでしまい、それがお腹の中の赤ちゃんの所へ行ってしまうのである。これがいかに危険かが解るだろう。

 ただ、気をつけなければならないのは、いくら天日塩を取っているからといって、加工食品で添加されている食塩は、すべて化学塩だということである。健康のためにいくら天日塩を摂取していても、加工食品に含まれる化学塩を摂取していては、意味がなくなるのだ。できるだけ、化学塩を使っている加工食品は控え、自分で料理するようにしよう。

 味噌や醤油といったように、毎日使う調味料は可能な限り、天日塩を使用した味噌や醤油を使っていこう。天日塩を使用している味噌や醤油は、勿論、少し割高だが、これも天日塩を使用している味噌や醤油は、消費量が減っていくのだ。自分が欲しい量の味噌や醤油しか欲しくなくなるのだ。

 身重になって腰痛になるような妊婦は、天日塩不足を疑った方がいい。腰痛になるということは、腹筋や足腰の筋肉がついていないということもあるが、天日塩が不足しているために、足に行った血液が帰ってくるのが遅くなってしまい。どうしても血流が悪くなり、腰のあたりで血液が淀んでしまうのだ。そのために、腰痛になってしまうのだ。

●食事以外で水分補給を頻繁にしない

 妊婦の塩分濃度は、いくら濃くなっても、天日塩を使っている限り、ちゃんと過剰な塩分は排出されるので、適正な塩分濃度に保たれるのだ。だから、食事以外の水分補給を頻繁にしないことだ。食事以外で水分補給を頻繁にしていれば、塩分濃度が薄まってしまうのだ。妊婦の体内における「水分」と「塩分」のバランスが保たれているからこそ、妊婦生活が健康に過ごせるのであって、このバランスが崩れたら病気になっていくのだ。

 水分補給をしたければ、食事の際に充分に水分を補給しておくことだ。食事の際は、味噌汁をたっぷりと飲んで、食後のお茶もきちんと飲んでおけば、水分不足に悩まされることなどないのだ。何か激しい運動や仕事をしたなら喉が渇くだろうが、通常の生活ではそれほど喉が乾かない筈だ。

 食事と食事の間は、喉が乾かない限り、水分を補給しないことだ。午前中は排泄の時間帯なので、午前中に水分補給するのはまだいいが、昼食と夕食の間には水分を摂取しないことだ。食いしん坊の女性は、どうしても夕方頃になると、お菓子やジュースを飲みたくなってしまうのだが、喉が乾かない限り、水分補給はしないことだ。昼食と夕食の間に水分補給を矢鱈目っ鱈にしていると、水分過剰になり、塩分濃度が低下してしまうのだ。

 塩こそ生命の源なのだ。塩が不足すれば、体のどこかで異常が発生してくるのだ。妊娠してから、寝起きが悪くなったら、それは天日塩不足なのだ。妊娠で大量に天日塩を使用しているからこそ、天日塩が不足して、朝起きれなくなってしまったのだ。妊娠中毒症は、天日塩を使わずに、化学塩を使うからこそ、発症してくる病気である。妊娠中毒症を発症している妊婦に、化学塩の使用をやめさせ、天日塩を使用させれば、妊娠中毒症など一発で治ってしまうのだ。

 減塩指導なんかに騙されないことだ。医者たちが言う通りに、減塩が健康に貢献するなら、なぜこれほどまでに病人が増えてしまったのだ。病院は繁盛して、医者たちは儲かりまくっている。減塩運動を開始した時点から、国民健康保険の支出が激増し、今や国家財政は破産状態に陥っているのだ。

 医者の意見を鵜呑みにするのも結構だけど、「なぜ、出産時に大量の血液製剤を使用しなければならない出産をしなければならないのか?」「なぜ、早産になってしまい、小さな赤ちゃんがチューブに繋がれて、小さな保育器の中にいなければならないのか?」と、少しは考えてみたっていいだろう。減塩運動の中で、誰かが大儲けをし、誰かが大損しているのだ。

 人間は神の摂理から離れていったら、報復を受けるだけなのだ。人間が何を食べればいいか、何を食べていけないかは、歴史を振り返ってみれば解ることなのだ。我々の先祖が守ってきた伝統を、近代化の名のもとに捨ててしまうからこそ、悲惨な目に遭ってしまうのである。幸せな妊婦生活を送りたいなら、ちゃんと先祖の知恵を継承していこう。それがどんなに古臭いものであっても、我々はそうやって生まれてきたのだから。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

第五節 妊娠にとって危険な水分 ~妊婦が絶対に飲んでいけない水分は何か?~

●妊娠にとって危険な水分は、実は水である

 人間は本来「果実食動物」である。フルーツや野菜で充分に水分を補給しているがゆえに、「水」そのものを必要としなかった動物なのである。人類は今まで起床後の一杯の水以外、水そのものを決して口にしてこなかったのだ。起床後に一杯の水を飲むと、排便が促されるから、要は、下剤として水を使用してきたのだ。それ以外では水を飲もうとはしなかったのだ。

 人間の体は水をうまく処理できるようにはできていないのだ。水は体を冷やしてしまい、人間に必要なビタミンやミネラルを壊してしまい、水は細胞内をうまく流れず、腎臓を疲労させるのだ。人間は水を飲めないのだ。これは果実食動物たる人間の宿命なのだ。しかし、人間は地上に存在する水をどうにかして飲みたかったから、野菜を溶かして「スープ」にし、茶葉からエキスを出して「お茶」にし、そうやって安全な飲み物に変えて、飲んできたのだ。

 妊娠したのなら、まず妊婦にとって危険な水分は、実は「水」そのものであると、肝に銘じるべきである。水は妊娠を悲劇的なものに変えてしまうのだ。水は妊娠とって必要な栄養素を破壊してしまうのだ。水は「ビタミンB1」「ビタミンB2」「ビタミンB3」「ビタミンB6」「ビタミンB12」「ビタミンB15」「ビチオン」「コリン」「葉酸」「イノシトール」「パラアミノ安息香酸」「ビタミンC」「ビタミンP」を破壊してしまうのだ。いかに妊婦が水そのものを飲めないかが解るであろう。

 確かに妊婦はお腹が膨らんでくるのだから、その分の水分は必要となってくる。しかし、その場合に必要とされるのは、「酵素水分」であって、それ以外の水分ではないのだ。フルーツや野菜をたっぷりと取っていけば、充分に足りる水分なのだ。妊娠したら、酵素水分をきちんと取っていけば、無事に安産に持ち込めるが、酵素水分を摂取してこなかったら、妊娠は悲劇の連続になってしまうのだ。

 特に、妊娠も6ヵ月を過ぎて、身重になってくると、大きくなった胎児が、腎臓を圧迫して、妊婦を頻尿にさせてしまう。これは妊婦の体内から余分な水分を排出させて、安産に持ち込もとする、体の自然な作用なのだが、それを知らないで、頻尿になると喉が渇くので、水をガブガブと飲んでしまう妊婦が後を絶たないのだ。そのために難産になってしまうのだ。

●浄水器を常備するのはもはや義務である

 安産にしたかったら、水を飲まないことである。フルーツや野菜や味噌汁やお茶で、必要な水分を補給していけばいいのだ。水それ自体は、料理をする際や、お茶を入れる際には、使用することになるので、その際は、水の安全性を徹底的に確保していくべきである。

 水道水には、腐敗防止のために「塩素」が含まれているので、水を使用する際は、浄水器を使って塩素を必ず抜いておこう。浄水器を常備するのは、水道水を使用せざる生活を送っている人間にとっては。、もはや義務である。塩素は、妊娠に必要な「ビタミンC」と「ビタミンE」を大量に破壊してしまうのだ。

 「ビタミンC」は、胎児が細胞分裂する際には欠かせないビタミンで、これがないと細胞分裂ができなくなってしまうのだ。また、ビタミンCは、出産時に特に必要となるビタミンで、ビタミンCが多いと、出産がスムーズに行き、しかも、出産時の出血を最小限に食い止めてくれるのだ。

 「ビタミンE」は、これが不足すると生殖機能に障害が起こり、流産や早産を引き起こしてしまうのだ。水道水に塩素が投入されるようになって、流産や早産の発生率が非常に増えてたのだが、これは塩素がビタミンEを破壊してしまったからなのである。妊婦が水道水の怖さを知っておかないと、自分の赤ちゃんを流産させてしまったり、早産で障害を負わしてしまうのだ。

 また、塩素は腸内細菌を破壊してしまうので、妊娠したら毎日、糠漬けを食べて腸内細菌を正常に戻してあげることだ。腸内細菌さえ正常であれば、何かしらの栄養素が不足しても、原子転換という方法で作ってくれるからだ。自分の腸内の環境がどうなっているかを知るには、オナラや排便の後の臭いをちゃんと嗅いでおこう。臭ければ、腸内環境が悪化しているということだ。

●体を冷やす水分

 水道水が危険なんだから、「ミネラルウォーター」だって危険なのだ。ミネラルウォーターの商業宣伝には絶対騙されないことだ。もしも、ミネラルウォーターを飲みたいのであるならば、起床後の一杯の水で飲めばいいのだ。勿論、常温で飲まなくては駄目だ。

 妊娠中もっとも危険なのが、「清涼飲料水」である。白砂糖や果糖ブドウ糖液が入っているので、人間が飲む水分の中ではもっとも重く、血糖値を上げすぎてしまうのだ。重ければなかなか体外に排出されなくなってしまうし、血糖値を上げすぎてしまうと、糖尿病になってしまうのだ。妊娠中は、清涼飲料水は絶対に禁止である。

 妊娠中に栄養があるからといって、医者から「牛乳」を勧められるのだが、牛乳は人間が飲む水分の中でもっとも体温を下げてしまうのだ。しかも、人類のほとんどは牛乳を分解する酵素を12歳までに失ってしまうのである。そのため、牛乳を飲むと、腸内環境が最悪の状態になってしまうのだ。

 牛乳は健康にいいと思っている妊婦は、この事実だけは知っておいた方がいい。アングロサクソン諸国では医者の勧めで、妊婦に牛乳を飲ませるのだが、そのために、流産や早産や異常出産の発生率が非常に高いのだ。そのために、アメリカ合衆国などは、産婦人科医が非常に発達したのだ。

 これに対し、ロシアでは牛乳をそのまま飲むということはなく、ヨーグルトにして食べているのだ。牛乳をビフィズス菌で乳糖を分解させ、人間にとって安全な食べ物に変えて、その上で妊婦に食べさせているのだ。ロシアは、アングロサクソン諸国に比べると、圧倒的に流産や早産や異常出産の発生率が低くなっているのだ。

 牛乳は妊婦にとって非常に危険な飲み物なのである。もしも、牛乳を飲みたいのであるならば、低温殺菌牛乳を買ってきて、自宅でヨーグルトを作り、それを常温で食べればいいのだ。医者の勧めに従って牛乳を飲んでいると、妊娠の悲劇を見るのは、医者ではなく、妊婦の方なのだ。

●カフェイン入り飲料の取扱

 カフェイン入りの飲料には、大幅に制限を加えて方がいい。カフェインは、「ビタミンB1」「パントテン酸」「ビタミンC」「鉄分」「亜鉛」「カリウム」を破壊し、DNAの複製を妨げてしまうのだ。しかも、カフェインには中毒性があるので、カフェインを飲み続けてしまうと、どうしても中毒になってしまい、大量に飲んでしまうようになるのだ。

 特に「珈琲」は禁止した方がいい。珈琲はカフェイン入りの飲料の中で、もっとも体を冷やすからだ。しかも、珈琲は神経を過敏にさせるので、妊婦の精神を乱す可能性があるのだ。妊娠中は妊婦だけでなく、夫の珈琲摂取も禁止して、穏やかな夫婦生活を営むべきだろう。

 緑茶や紅茶もカフェインが入っているので、制限を加えて方がいい。ただ、緑茶にはビタミンCが大量に入っているし、カテキンが免疫力を高めてくれるし、脾臓の機能を高め、アトピー性皮膚炎を防止してくれるのだ。だが、緑茶は体を冷やしてしまうので、緑茶を飲む際は、お茶請けの和菓子を食べて、体を冷やさないようにするべきだろう。飲む量も1日3杯以上は決して飲むべきではない。

 紅茶は珈琲や緑茶と違い、体を温めてくれる効果がるのだが、鉄分の摂取を妨害してしまうのだ。そのため、紅茶を飲む際は、必ず鉄瓶でお湯を沸かし、お湯の中に大量の鉄分を溶け込ましておくことだ。但し、貧血になっている女性は、絶対に紅茶を飲んでは駄目だ。紅茶を飲んでいいといっても、1日3杯以上は飲むべきではない。

 妊婦や胎児のことを考えれば、カフェイン入り飲料は全面的に禁止にした方がいい。しかし、妊婦にだって人との付き合いがある。お茶が出されても、葛根湯が出てくることなどないのだ。出てくるのは、珈琲か、緑茶か、紅茶だろう。その中でどれを選ぶかとすれば、緑茶と紅茶しかないだろう。妊娠のことを考えて、「あれも禁止」「これも禁止」では、妊婦だって息が詰まってしまうので、そこは常識的な判断を下して、日常生活を円滑にするべきであろう。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

第四節 妊娠に必要な水分 ~妊婦にとって必要な水分は何か?~

●妊娠にとって必要な水分は2種類

 妊娠すればお腹が膨らんでくるのだから、それに応じて大量の水分が必要になってくる。だからといってなんでも飲んでいいわけではない。妊娠に必要な水分だけを摂取していかなければならないのだ。妊娠に必要な水分でなければ、お腹の赤ちゃんは育ってくれないからだ。

 妊娠にとって必要な水分は2種類しかない。まずは「酵素水分」である。酵素水分は、「羊水」を作るのにも必要だし、胎児の細胞分裂をする際には必要不可欠な水分である。酵素水分の量こそ、安産と難産の分かれ目になっていくのだ。人間は本来「果実食動物」なので、酵素をたっぷりと含んだ水分を大量に補給してきたのだ。そのため、体内に酵素水分が大量にあれば、妊娠をスムーズに行えるようになるのだ。

 もう一つ必要なのが、「利尿作用があり、体を温める水分」である。人類はアフリカ大陸で発生したが、今から6万年前にアフリカ大陸を出て、世界の各地に広がっていった。そのため亜熱帯で育った人類が、温暖な気候な地域や寒冷な気候の地域に進出していったために、フルーツという酵素水分だけでは、体の体温を維持できなくなったのだ。

 それゆえに、フルーツ以外の水分で、利尿作用があり、体を温める水分を仕方なく摂取するようになったのだ。利尿作用がなぜ必要かといえば、人間は本来はフルーツや野菜に含まれている、水の分子の細かい水しか飲めないので、通常の水では処理しきれないのだ。そこで通常の水を飲む際は、利尿作用を引き起こす物質を入れて、すぐに体外に排出できるようにしたのだ。そして体を温める成分だけを吸収していくようにしたのだ。

 体を温める成分があれば、妊婦の体温が上昇して、胎児の成長をしやすくさせることができるのだ。こういうことは、アフリカ大陸以外の場所で出産せざるを得ない民族にとっては、宿命的な作業なのだ。体を温める水分をいかにうまく補給していくことが、亜熱帯の地域以外で出産する妊婦にとって、安産を決定づけることになるのだ。

●酵素水分

 酵素水分でもっとも取ってほしいのが、「フルーツジュース」である。フルーツをミキサーにかけて、それを飲めばいい。フルーツジュースの中でも、もっともお勧めなのが、「リンゴ人参ジュース」である。リンゴ人参ジュースは、もっとも良質な酵素水分を摂取できるだけでなく、妊娠に必要な栄養素を全部補給できる優れ物なのだ。

 リンゴ人参ジュースの作り方は、リンゴと人参とバナナをぶつ切りにし、それらをミキサーに入れ、水を入れ、掻き回せば出来上がりだ。リンゴ人参ジュースに、天日塩少々と、pリーブオイルを入れれば、なお宜しい。ビタミンの中には油溶性のものもあるので、オリーブオイルが入ると吸収しやすくなるのだ。

 フルーツジュース以外では、「野菜ジュース」も酵素水分が大量に含まれているジュースである。野菜ジュースの中でもっともお勧めなのが、「小松菜ジュース」である。小松菜はカルシウムが大量に含まれているので、カルシウムの不足がちな妊婦にとっては有難い飲み物になるのだ。小松菜ジュースの作り方は、小松菜とトマトをぶつ切りにし、水を入れてミキサーにかえけ、そこにパセリを入れて、もう一度掻き回せば出来上がりだ。天日塩少々とオリーブオイルを入れれば、まろやかになり、飲みやすくなる。

 酵素水分で忘れてはならないのは、「味噌汁」である。味噌汁にはたっぷりと酵素がふくまれているし、体を温める効果もあるのだ。妊娠したら、味噌汁は大量に飲んでいたほうがいい。日本の冬はシベリア寒気団が南下してくるので、結構寒いのだ。この寒い日本列島で出産しようとすれば、味噌汁を飲んで体を温めていくしかないのだ。

 これら「リンゴ人参ジュース」と「小松菜ジュース」と「味噌汁」は、是非とも朝食ごとに飲んでほしい。この3点セットがあれば、酵素水分をたっぷりと補給できるし、体も温めることができ、妊娠には殊の外、効果があるのだ。

●体を温める水分

 利尿作用があり、体を温める水分には、「ローズヒップティー」がある。ローズヒップティーは、利尿作用があり、しかも体を温めてくれるのだ。ヨーロッパで長らく妊婦たちに愛飲され続けた理由も解るというものだ。ローズヒップティーには、レモンの30倍ものビタミンCが含まれているので、胎児の細胞分裂をスムーズにいかしてくれる超優れ物なのだ。

 妊娠初期には精神的に不安定になるので、そういう時は「葛根湯」が欠かせない。葛根湯は、体を温めるだけでなく、脳を活性化させるので、精神的に不安定に陥ることがなくなるのだ。自分が落ち込んでしまったり、夫にきつく当たってしまったりしたと時は、葛根湯を飲んで自分の精神を和らげるようにしよう。

 妊娠中は食事の量が増えるのだが、肉料理を大量に食べた際は、「プーアール茶」を飲むことをお勧めする。プーアール茶は、脂肪を分解してくれる作用があり、血糖値を下げ、そのくせに血行を促進させ、免疫力を増強してくれるのだ。夕食後にプーアール茶を飲めば、翌日の朝には大量の小便が出てくることになるであろう。

 体を温める水分は、食後のお茶として、飲んでおこう。そうすると、消化吸収がしやすくなるのだ。ただ、毎回同じお茶を飲んでいると飽きてくるので、ローテーションを組んで、飽きがこないようにする配慮をした方がいい。

 体を温めるお茶には、利尿作用が含まれているので、お茶を飲んだ後に、尿意を催したら、すぐに便所に行って、小便をきちんとしておくことだ。身重になってくると、小便をするのも、難儀になってくるが、小便をきちんとすることが、お腹の中の赤ちゃんに必要な栄養素を行かすことになるし、安全にも繋がっていくのだ。

●妊娠と出産は酵素水分に左右される

 妊娠と出産にどうしても必要なのは、酵素水分なのだ。妊娠時には酵素水分を大量に使い続け、出産時には更に大量の酵素を必要とするのだ。人間は本来「果実食動物」だから、酵素水分が大量にあるという前提で、妊娠や出産ができるような体になっているのだ。それなのに、フルーツや野菜を食べなかったりすれば、酵素水分不足になってしまい、そのために、流産になってしまったり、難産になったり、病気を持った赤ちゃんを産んでしまうようになるのだ。

 妊娠と出産は酵素水分に左右されるということは、妊娠している以上、常に肝に銘じておいた方がいい。酵素だけを「万田酵素」で取るのもいいが、大事なのは、酵素水分なのだ。酵素が含まれている、水の分子が細かくなっている水分なのだ。それはフルーツや野菜にたっぷりと含まれているのだ。勿論、酵素が不足しているなら、万田酵素を摂取すればいい。万田酵素は無農薬の野菜を使って作られているので、妊婦には安全な商品である。

 人間が本来「果実食動物」であるということは、人間の体の内部には掃いて捨てるほどのビタミンCがあったということだ。だから、ビタミンCは体内に蓄積できず、摂取してから2時間から3時間後には排出されしまうのだ。そのくせ、胎児の細胞分裂にはビタミンCが必要になるし、出産時には更に大量のビタミンCが必要となってくるのだ。

 だから、「リンゴ人参ジュース」や「小松菜ジュース」や「ローズヒップティー」が必要になってくるのだ。ビタミンCを地道に取り続ければ、胎児も順調に育っていくことができるし、出産時には安産で出産を迎えることができるようになるのだ。

 そして日本という地で出産する以上、「味噌汁」や「葛根湯」や「プーアール茶」が必要となってくるのだ。いかに自分の体温を上げていくかが、妊婦生活を幸せに過ごせるかに直結してくるのだ。更に高体温こそが安産に直結してくるのだ。

 妊娠したから何を飲んでいいわけではないのだ。妊娠に必要な水分を地道に摂取していくと、健康な赤ちゃんを産むことができるが、その地道な作業をしていないと、妊娠の悲劇に見舞われてしまうのだ。妊娠の10ヵ月間、その妊婦が何をしていたかが、出産時にちゃんと現われてくるのだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

第三節 排便排尿をきちんと行うこと ~妊婦にとってもっとも大事なことは、毎日、排便排尿をすることである~

●排便排尿の大切さ

 朝起きた妊婦にとって最初の仕事は、排便排尿である。毎朝、きちんと排便排尿をすることが、幸せな妊婦生活の命運を左右するのだ。これらがきちんとできていれば安産へ一直線だし、これらがきちんとできていなければ、妊娠の悲劇はいくらでも起こりうるのだ。

 人間の体は、朝は老廃物と毒素で満杯になっているのだ。人間の体は睡眠中に、体の各部署の修復にあたるので、睡眠中に体を動かしていないといえども、その修復作業で生じた老廃物や毒素で満杯になっているのだ。だから、朝一番の小便はもっとも臭いし、ウンコだって出てくるのだ。口臭も臭いし、鼻水は出るし、目ヤニだって出てくる。

 人間の体は朝起きたら、そうやって老廃物や毒素を体外に排出しようとしているのだ。だから、朝起きたら排便排尿をきちんと行うことだ。排便排尿を行うことが、健康になるための最大の方策である。妊婦も排便排尿を行うことが、健康を維持するための、最大の方策なのだ。これを上回る方策は何もないのだ。

 というのは、毎朝きちんと排便排尿をしなかったら、その老廃物や毒素は体内に入ったままであり、それが胎児の所へも行くのだ。これがいかに危険なことになるか解ることだろう。朝一番の排便排尿を怠っていると、やっと産んだ我が子が、生まれながらにして病気を持って生まれてくることになってしまうのだ。

 それだけでなく、妊婦を苦しめる「ツワリ」や「妊娠中毒症」や「難産」も、きちんと排便排尿をしていないということが原因で発生してくるのだ。老廃物や毒素がきちんと排出されていないから、女性の体に異常を起こすことで、女性本人にその異常を知らせているのだ。排便排尿は、何よりも大事なのである。

●朝1杯の「水」と「根昆布湯」

 朝の排便排尿をうまくいかせたいなら、朝早く起きて、起きると同時に便所に行き、小便を済ましてしまうことだ。朝が早いと、小便は勢い良く出るものなのだ。人間の体は、午前4時から午前7時までは、もっとも排便排尿の機能が活発になる時間帯で、この時間帯に起きていると、老廃物や毒素を大量に出すことのできる小便や大便をしやすくなるのだ。どんなに遅くとも、午前6時までには起床しておこう。午前6時までに起きていれば、排便も排尿もスムーズにいくのだ。

 女性にとっては排便がうまくいかないことが多いので、朝の洗顔と歯磨きが終わったら、すぐさま500mlの「水」を飲むことだ。朝一杯の水は、排便を促す作用があるのだ。水を飲み終わったら、立ちながら、何かしらの作業でもいていればいい。そうすれば重力の力で自然と排便が促され、便意を催したら、すぐさまに便所にいけば、ちゃんと排便ができるだろう。

 妊婦は身重になってくると、大きくなった胎児が小腸や大腸を圧迫して便秘になりがちになるので、そういう時は、「根昆布湯」を飲むことをお勧めする。根昆布湯は、根昆布をポットに入れて、一晩以上漬けておく。その水を鉄製の鍋に入れて温める。そこに少々の天日塩を入れ、その根昆布湯を飲むのだ。根昆布湯にはミネラル成分がたっぷりと入っているので、ミネラルを不足した妊婦には非常にありがたいのだ。根昆布湯を飲んだら、確実に排便が起こるであろう。

 朝の排便は出ることには出るんだけど、どうもスッキリとしたウンコが出ないというのであるならば、朝食時に「バナナ」を、夕食時に「納豆」を食べることをお勧めする。朝のバナナと夜の納豆は、便量を増大させてくれるのだ。妊娠しているのだから、バナナを1本食べるのでなく3本ぐらい食べたっていいし、納豆も3パックぐらい食べたっていいのだ。

 1日1回排便が出るのが当たり前になっているが、本当は1日3回の排便が理想の排便なのである。特に妊婦は食事量が増えているので、排便の回数は増える筈なのである。朝の排便を行うだけでなく、便意を催したら、我慢せずに、すぐさま便所に行って、用を済ますことだ。そうやって、老廃物と毒素を出していけばいいのだ。

●午前中は排便排尿の時間帯

 朝食は朝の排便が終わるまでは、絶対に食べないことだ。排便する前に、朝食を食べてしまうと、朝食の消化と吸収にエネルギーが取られてしまい、排便が促されなくなってしまうのだ。だから、朝寝坊などせずに、早起きして、排便排尿機能がもっとも活発になる時間帯に起きておくべきなのだ。

 午前4時から午前7時までの間は、排便と排尿の機能がもっとも活発になるが、その後も正午までは排便や排尿しやすい時間帯なのである。だから、朝起きて正午まで、便意や尿意があれば、すぐにトイレにいくことだ。妊婦にとっては老廃物と毒素を排出するのが、お腹の中の赤ちゃんのためにもっとも必要な作業なのである。

 朝はのんびりしていないで、家事をテキパキとこなしていくことだ。体を動かしていれば、自然と便意や尿意が促されるのだ。午前中はワイドショウをのんびりと見ているということなどは絶対にしてはいけない。午前中は集中力が高くなっている時間帯なので、そういう無駄なことはすべきではないのだ。体を動かしていれば、体が温かくなり、そうなれば膀胱や大腸の活動も活発になり、小便も大便もちゃんと出るようになるのだ。

 午前中の間にウォーキングをしておくと、体温が上昇して、1日中ポカポカで過ごせるようになるのだ。午前中のウォーキングが、小便が出まくりのウォーキングになるのだ。尿意を催したら、すぐさま便所にいって用を済ませばいいのだ。ウォーキングが終われば、汗でじっしょりになってしまう。それだけ自分の体内に余分な水分があったということなのだ。

 朝風呂に入るのも効果的だ。朝風呂に入ることで、体を温めてしまうと、その後の排便排尿がしやすくなるのだ。便秘で苦しんでいる女性は、すべて低体温であるという事実を決して忘れるべきではない。高体温でなるならば、排便も排尿もスムーズにいくのだ。朝風呂で体を温めてしまえば、確実に排便や排尿がスムーズになっていくのだ。

●夕食時での食物繊維と食後の肛門筋トレ

 妊婦にとって、便秘や小便の少なさは、お腹の中の赤ちゃんにとって危険なのである。だから、日頃から食事に気を付けて、便秘にはならないようにしておくことだ。冷たいジュースは飲まないとか、白砂糖やアイスクリームといったを体を冷やすものは食べないとか、とにかく体の冷やす飲み物や食べ物は避けるべきだろう。

 そして、夕食時には穀物と食物繊維をしっかりと取っておくことだ結局、女性の便秘の原因は、穀物と食物繊維をしっかりと摂取していないことに尽きるのだ。夕食時には、少し多目に穀物を摂取しておこう。ただ、そうすると血糖値が上がってしまうので、「酢の物」や「酢漬け」を食べて、血糖値を下げるようにしておこう。

 食物繊維は、「寒天」「ゴボウ」「ワカメ」など大量に含まれているので、便秘気味になったら、すぐさま摂取するようにしよう。寒天は「トコロテン」にして食べればいいし、ゴボウは「キンピラゴボウ」にして食べればいいし、ワカメは「ワカメの味噌汁」にして飲めばいいのだ。

 それと、日頃から肛門を鍛えておくことだ、妊娠中は便秘をしたことのない女性であっても、身重になることによって、どうしても便秘気味になってしまうのだ。それゆえ、暇があれば、肛門の筋トレを行えばいい。肛門に力を入れ、肛門の開け閉め行い、肛門筋をつけていくのだ。肛門の筋肉が鍛えられると、排便が非常にスムーズにいくようになるのだ。

 肛門筋を鍛えると、思わぬ利益が入ってくる。それは出産時にウンコをお漏らししなくて済むようになるのだ。戦前はボットン便所が多かったので、自然と肛門筋が鍛えられたので、出産時にウンコをお漏らししてしまう産婦は少くなかったが、洋式トイレが普及するにつれて、肛門筋が弱り、出産時にウンコをお漏らししてしまうのが、当たり前の風景になってしまった。

 別にウンコをお漏らししても、赤ちゃんは生まれてくるのだから、大したことはないのだが、ただ、やはり人前でウンコをお漏らししてしまうというのは恥である。肛門筋を鍛えることは、暇な時に肛門の開け閉めを行っていれば、自然とついてくるのだ。たったこれだけをし続ければ、恥を晒すこともなくなるので、妊娠中にやっておくべきだろう。

| | コメント (1) | トラックバック (8)

第二節 妊娠日記の必要性 ~妊婦が妊娠日記をつけるからこそ、改善を行うことができる~

●妊婦のその日暮しは胎児に悪影響を及ぼす

 妊娠しているからといって、妊娠を理由に無為の日々を過ごしてはならないのだ。人間は妊娠しようがしてまいが、頭と体を使うことによって健康を維持しているのである。その日暮しでは、体がだるくなり、グータラ妊婦になっていき、起こさなくていい病気を発症してしまうのだ。まだ自分自身が病気になればいいけど、お腹の中の赤ちゃんにまで悪影響を及ぼし、出産直後から入院生活になってしまう危険性があるのだ。

 妊婦だって、体を動かさなければ、血流が悪くなるから、体は冷えるし、老廃物や毒素を体外に排出できなくなってしまうのだ。汚い血液で、しかも血流が悪ければ、お腹の中の赤ちゃんに充分な栄養は行かなくなってしまうのだ。母親からしか栄養を貰えない赤ちゃんにとっては、この状況は致命的な状況なのだ。

 その日暮しは、妊婦にの精神にだって悪影響を引き起こしてしまう。精神病の原因のほとんどは、その日暮しをするからこそ、自分の精神が異常を来たすのである。人間は自分の頭を使って何かを考えていないと、憂鬱になっていくのだ。憂鬱になれば、人間はいいことを考えることより、悪いことを考え出し、より自分の精神を暗くしていくのだ。

 その日暮しを防ぐためには、「予定を立てること」と、「妊娠日記をつけること」である。妊娠日記をつけていれば、自分が今日1日一体何をしたかを記録でき、1日1日を価値あるものにしていくことができるのだ。今日の自分の行いに評価かできるし、その評価によって自分の今後の行動を変えていけばいいのだ。

 1日の終わりに妊娠日記をつけるという作業は、5分以内で終わるものである。たったこの僅かな時間の作業をすることで、今日1日を有意義なものにできるのだったら、やっておくべきだろう。日記帳につけるのが面倒臭いというなら、自分の手帳を日記代わりにすればいいのだ。

●妊娠日記をつけるからこそ、改善点が見つかる

 妊娠日記をつけるからこそ、今日1日何をやったかを把握でき、ということは、妊婦生活の改善点が見つかるのだ。妊婦生活の改善点は、妊娠日記でもつけない限り、見つけ出せいないし、見つけ出しても改善しようとはしないだろう。妊婦生活に改善を施すということは、同じ過ちを二度と犯さなくなるのだ。妊婦生活を幸せにしたければ、明らかな過ちをしないことなのである。

 妊娠中は夫との関係を良好にしておかなくてはならない。もしも、妊娠中に夫婦喧嘩してしまったら、どうして喧嘩になったのかを突き止め、今後、夫婦喧嘩が起らないように何をすればいいのかを考えていけば、同じような夫婦喧嘩は二度と起きなくなるのだ。夫婦喧嘩が結婚のエネルギーを大いに消耗させるので、夫婦喧嘩さえなくなれば、夫婦からはいくらでもエネルギーが噴き出してくるのだ。

 料理の仕方で改善する所はないか、掃除の仕方で改善する所はないか、洗濯の仕方で改善する所はないか、自分が行っている家事をチェックしていけば、いくらでも改善点は見つかるものなのだ。改善すれば家事は合理化され、楽しみに満ちたものになっていくのだ。

 妊娠日記を毎日つけるということは、自分の思考を整理させ、自分がやりたいことを明確にしてくれるのだ。自分がやりたいことが明確になっていけば、それを実行すると、いとも簡単に成功できてしまうのだ。妊娠日記をつけなければ、自分がやりたいことが明確になってこないから、いつも自分の心の中がモヤモヤ状態になってしまい、理由の解らない不満を抱え込んでしまうのだ。

 初めての妊娠であるならば、妊娠のことなんて解らないことばかりである。だから、いくらでも改善点は見つかるものなのだ。しかし、妊娠日記をつけずに妊婦生活を送ってしまえば、改善点を何も見つけ出せることなく、出産を迎えてしまい、そのために、赤ちゃんが生まれても、赤ちゃんに振り回される生活を延々と送ってしまうようになるのだ。

●妊娠中の食事による危険性を防ぐことができる

 妊娠日記をつけるのが億劫な人は、せめて妊娠中に何を食べたかを記録していこう。何を食べたかを記していくと、妊娠にとって危険な物を食べなくなる。妊婦にとって安全なものしか食べなくなるのだ。しかも、料理を記録していくと、必要以上に太ることもなく、自然な形でお腹が膨らんでいくのだ。食事過剰による太りすぎを防げるのだ。

 妊婦になると、さすがに食事には気をつけるようになるが、だが、妊娠が10ヵ月にも及ぶものだから、ある日どこかでだらけてしまい、手抜きが始まるのだ。未来の赤ちゃんのために、妊娠中に何を食べたかを記録しておくのは、母親の最低限の義務である。昭和憲法体制下のもとでは、食品添加物が大量に使用されているし、ジャンクフードだって大量に出回っているのだ。

 自分が食べて料理を記録していけば、自然と妊娠にとって危険な料理を避けていくことができるようになるのだ。しかも、料理を一つずつ意識して食べるようになるので、栄養の吸収力がよくなり、お腹の赤ちゃんに充分な栄養がいくようになり、しかも、自分のお肌も艶々になっていくのだ。同じ物を食べても、自分が意識して食べるのと、自分が意識して食べないのとでは、天と地ほどの差が出てくるのだ。

 自分が食べてた食事を記録していくと、自分が作る料理も意識して作るようになり、料理の腕が格段にうまくなっていくのだ。そうなれば、夫も喜ぶし、自分も美味しい料理が食べられるようになるのだ。しかも、お腹の中の赤ちゃんにも充分な栄養を補給できようになるのだ。

 妊娠の悲劇の大半は、妊婦が食事を軽んじたことから始まるのだ。妊娠中に妊娠にとって危険な食事を食べていれば、その悪魔のツケは、なんの罪もない赤ちゃんが背負わなければならなくなるのだ。出産後に我が子の悲惨な姿を見て、いくら悲しみの涙を流しても、その赤子の悲劇が消え去るのではないのだ。

●予定表と日記で妊婦生活は合理化される

 予定表をつけることも、妊娠日記をつけることも、やってみればごく僅かな時間で済んでしまうものである。予定表と日記をつければ、その日暮しをやめて、妊婦生活が充実し、価値あるものになっていくのだ。そして健康な赤ちゃんを産むことができるようになるのだ。

 いかなるグータラ妻でも、予定表と妊娠日記さえあれば、グータラ妻の日々に終止符を打ち、テキパキと家事をこなし、幸せな妊婦生活を送ることができるようになるのだ。ほんの僅かなことをするだけで、自分の生活がガラリと変わっていくのだ。今まではその大事なものが見えなかっただけなのだ。

 予定表と妊娠日記の存在は、家事を徹底的に合理化させていくことになるのだ。多くの主婦たちが家事をやることに楽しみが出てこないのは、結婚以来、家事を合理化してこなかったからなのである。合理化しなければ、家事が無駄な作業の集まりになってしまい、誰がやっても苦労するだけである。

 家事が合理化されると、家事の楽しさが解り、妊婦に凄まじいエネルギーが噴出してくるのだ。家事をやるたびにエネルギーが噴出してくるなら、そのエネルギーを使って妊婦生活をより楽しくしていけばいいのだ。家庭内での楽しさは誰かに与えられるものではないのだ。自分で作り出していくものなのである。

 自然的マタニティーライフとは、「自然の力」を活かしつつ、合理化できるものは合理化してしまうのである。人間にとってその日暮しは、不自然なのである。人間は何かを遣り続けなければならない動物なのだ。妊娠したって何かを遣り続けることに変わりはないのだ。幸せな妊婦生活を送りたければ、予定表を作り、妊娠日記をつけていくことだ。この作業が妊婦生活に多大な幸福をもたらしてくれるのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

第二章 妊婦生活の基本 ~妊娠した時点から考えるのではなく、出産予定日から逆算して考える~

第一節 出産への計画を立てる

●妊娠のタイムリミット

 初めて妊娠した女性にとっては、「妊娠した」というのは、驚きの瞬間であろう。「妊娠している」ということは、女性の基本的な役目を果たしているということで、何か心が浮き浮きしている筈である。妊娠したことで、夫の対応も、周囲の対応も変わり始め、徐々にではあるが、赤ちゃんを産める体制へと変わっていくのだ。

 妊娠したら、無為無策の日々を過ごしてはいけない。妊娠してから10ヵ月後には、出産がやってくるのだ。妊娠にはタイムリミットがあるのであって、妊娠は永遠に続くものではないのだ。永遠と考えてしまうと、だらけてしまうものだ。妊娠には限りがあるのだ。そして、妊娠には限りがあるからこそ、妊婦生活が楽しめるのだ。

 妊娠したら、妊娠したその日から考えていくのではなく、出産予定日から逆算して考えていくのだ。逆算して物事を考えると、有意義な時間を過ごせるようになり、内容が濃厚になっていくのだ。幸せな妊婦と、不幸な妊婦を分ける決定的な場所は、まさにここにあるといっていい。逆算して考えれば、妊娠中に何をすればいいか解るから、それを一つずつやっていけばいいのだ。しかし、ダラダラと過ごしてしまうと、すべての物が後手に回り、疲労困憊のまま、出産に突入してしまうのだ。

 だから、妊娠したら、予定を立ててしまうことである。出産への計画を立てることによって、妊婦生活の間に一体何をすればいいのか、予め定めて行ってしまうのだ。予定を立てさえすれば、妊娠はスムーズにいくのである。予定を立てずに、日々どうすればいいのかと思い悩むからこそ、妊娠が難儀なものになってしまうのだ。

 手帳でも買ってきて、出産予定日はこの日、臨月に入るのはこの日から、と記入していけばいいのだ。助産院に行く日が決まれば、すぐさま予定を書きいれていく。そうやって、妊娠中のスケジュールを決めて行ってしまうと、妊婦生活が非常に充実したものになっていくのだ。できれば、手帳を女らしく花やかなものにして、出産予定日の欄には、赤ちゃんの絵でも描いたり、あちこちに花のシールで貼っていけば、予定をより視覚的に捉えることができるのだ。

●妊娠中に何が起こるか予め知っておく

 妊婦生活をダラダラと過ごすのではなく、出産予定日から逆算して妊婦生活を考えると、妊娠中に何をすべきか解ってくるのだ。妊娠中に起こるであろうことは予想できるので、妊娠中に何が起こるか、予め知っておくことだ。妊娠中に一体何が起こるかは、調べれば解ることだ。

 例えば、妊娠初期は妊娠してから15週目までで、生理は止まり、受精卵は子宮に着床して、猛スピードで細胞分裂を開始していく。着床から10週目で人間の形になり、この10週目までの間に流産が発生しやすいのだ。この期間は、ツワリが発生する。妊婦の見た目はほとんど変わらないが、精神的に不安定になってしまう時期で、自分が感情的になってしまったら、自制することだ。

 妊娠中期は、16週目から27週目までで、つわりも納まり、安定的な日々を過ごせるようになる。お腹が少しずつ膨らみ始め、胎児の胎動も感じられるようになるのだ。この時期はまだ身軽だし、流産も早産の危険性もないので、妊婦生活としてやるべきことはこの時期にやってしまうことだ。

 妊娠後期は、28週目以降で、この時期からはお腹が大きくなっていく。胎児が大きくなったぶん、血液も大量に消費されてしまうので、この時期には貧血が発生しやすくなる。だから、この時期にはレバーを食べたり、鉄製の鍋を使って鉄分を補給したりするのだ。鉄製の鍋も、妊娠後期に買うのではなく、妊娠後期には血液が不足すると解っていれば、妊娠が発覚した時点で買うべきだし、それ以上に、妊娠する以前から使用しておくべきだろう。

 そして、臨月になれば、身重になりすぎて、動きが自由にならなくなる。この時期までに、妊婦としてやるべきことは、すべてやっておくべきだ。この時期になって慌てて何かをやろうとすると、早産になってしまい、障害を持った赤ちゃんを産んでしまう可能性だってあるのだ。

 妊娠の期間中に何が起こってくるか、予め解っているなら、その対策を先に立てることができるのだ。そうすれば、すべての物事に対して、先手先手で攻めていくことができるようになるのだ。例えば、ツワリが起こって慌てくためくのではなく、妊娠初期にはツワリが起こることが解っていれば、ツワリの防止法を打てることができるのだ。妊娠中に起こるであろうことが解っていれば、すべてのことに対して、冷静に対処できるようになるのだ。

●予定を立てることの意義

 妊娠したからといって、予定が何もないと、朝が起きられなくなるし、今日1日何もすることがないというのは、非常につらいことなのだ。新婚生活を満喫していた新妻が、妊娠を境にグータラ妻化することだってありえるのだ。夫が仕事場に出かけるのに、妊婦がベッドの中にいるようでは、夫は妊娠中に何も手伝ってくれなくなるだろう。

 明日何をやるか定まっていれば、人間は堕落しないものなのだ。人間は予定を立てておくと、自然に脳がやるべきことの情報を集めてくれて、いざやる時に、勝手に体が動いてくれるのだ。予定を立てる人が、テキパキと物事をこなしていくのは、この脳のメカニズムを利用しているからなのだ。

 妊婦生活の基本パターンは、妊娠初期にできあがるものだ。この時期をダラダラと過ごしていると、妊婦生活はダラダラとしたものになり、慌てふためく形で、出産予定日に突入してしまうのだ。妊娠したら、妊娠初期に、自分の基本的なパターンを築いてしまうことだ。自分がこれからやるべきことを手帳に書き入れていき、自分が自然と動けるようにしていけばいいのだ。

 また、仕事をしている女性にとっては、産休をとってしまうと、妊娠中は物凄く暇になってしまうので、無為無策のまま出産に突入してしまう可能性があるのだ。仕事で頑張ってきた女性ほど、妊娠を軽視する傾向があるので、この危険な傾向には走らないことだ。妊娠をしたら、妊娠のための予定を立てて、妊婦生活を充実させていくのには、変わりがないのだ。

 予定を立ててしまえば、今現在やるべきことが解ってくるのだ。例えば、出産にお金がかかるのであれば、出産費用に備えるために、今から貯金をし、浪費をしなければいいのだ。予定を立てておけば、出産当日に出産費用が払えないという事態は絶対に発生しなことであろう。妊婦が予定を立てないからこそ、政府や地方自治体に、出産にかかる費用を負担してほしいと、わけのわからぬことを言い出すのだ。

●明日やるべきことを、紙に書いてから寝る

 予定を立てるということは、生活を合理化し、無駄な作業を省いてくれるのだ。予定表さえあれば、予定通りに進むのは、最高の生活の知恵であるのだ。妊娠したからといって、ダラダラしていいわけがないのだ。妊娠したとしても充実した日々を過ごすのは、人間としての最低限の義務である。

 だから、夜寝る時に、明日やるべきことを紙に書いてから寝るようにしよう。そうすると、睡眠中に脳が勝手に情報を集めてくれて、朝起きた瞬間に準備万端で動けるようになるのだ。こうなれば、すべての物事がスムーズに進んでいくのだ。たったこれだけのことをやるだけで、妊婦生活が充実していくのだ。

 朝起きて、やるべきことが決まっていると、非常にスムーズに1日を過ごせるようになるのだ。こうなれば、家事をやるのだって楽しくなり、夫と過ごす時間も今までとは違って、非常に楽しくなってくるのだ。予定を立て、妊婦生活を充実させていくのは、妊婦生活の基本中の基本なのだ。これがなければ、いかなる手段を用いても、妊婦生活を充実させることはできないのだ。

 予定を立てない既婚女性は、夫の些細な欠点探しを始めるものである。自分の生活が充実していないものだから、生活を充実させている夫のことが気に食わなくなってくるのだ。夫だって些細な欠点を指摘され続ければ、怒り出すのは当然なのである。夫婦喧嘩の大本は、妻が予定を立てずに、ダラダラとその日暮しをしていることにこそあるのだ。

 妊婦生活を充実させる秘訣は、予定を立ててしまうことにある。明日やるべきことが解っていれば、妊婦生活は自然と充実していくのだ。妊婦生活を充実させることができるのか、できないのかは、妊婦が予定を立てるか、立てないかにかかっているのだ。予定を立てるということは、ほんの僅かな作業である。しかし、このほんの僅かな作業をすることが、妊婦生活の幸福を決定さてしまうことになるのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

第十三節 行動しながら、「覚える」「考える」「閃く」 ~妊婦生活の仕方は行動していれば解るもの~

●妊娠中は困ったことは起こらない

 妊婦の中には、妊娠のことにあれこれ悩み、出産をどうしようと、育児をどうしようと、悩みこんでノイローゼになってしまう妊婦がいる。だが、その妊婦がいくら悩んでも、困りごとがどっと押し寄せてくるのだ。自分が困ったと思うからこそ、困ったことが起こり続けるのだ。

 困り癖のある妊婦は、育児本に頼り、妊娠や出産や育児をマニュアル通りにやろうとし始める。しかし、困り癖のある妊婦にとって育児本は、麻薬と同じ作用が出てくるのだ。自分が何かをやるたびに育児本を読み、それで益々ノイローゼになっていくのだ。更に、出産後、困り癖のある母親が育児本を読むと、麻薬中毒症状と同じ作用が出てくるのだ。自分の赤ちゃんが育児本通りに育ってくれないことに、深刻なノイローゼになってしまうのだ。

 妊娠や出産や育児は、いくら考えてもうまくいかないのだ。やってみなければ解らないのだ。妊娠も出産も育児も、これらのことを行える能力は、本来、女性の中に備わっているのであって、その能力に目覚めずに、育児本に頼ろうとするからこそ、自分の精神が異常になっていってしまうのである。

 妊娠にあれこれ悩むのではなく、「妊娠は目出度いことなのだから、困ったことは起こらない」と悟ってしまうことだ。そうすると、自分が困っている現象がパッと消えてしまうのだ。そう、自分が困っていたとおもったから、困った現象が発生していただけであって、それゆえ、自分が困ってないと思ってしまえば、困った現象は消滅してしまうのだ。

 これは妊婦生活を幸せに暮らしていくための最大の秘訣だといっていい。困り癖のある女性は、自分が困ってないと思っても、更に困ったことが発生してくるのだ。それに対しても困ってないと思うと、困ったことが消え、自分の精神レベルが上昇していくのだ。自分の精神レベルが低かったからこそ、困りごとを招いてしまったのだ。

●行動しながら、「覚える」「考える」「閃く」

 人間は立ち止まっていれば、トラブルがいくらでも発生してくるのだ。自分の精神レベルを上げていかなければ、いくらでも困りごとはやってくるのだ。だから、動く、走り出す、常に向上心を忘れないようにすることだ。妊娠中ということで、いくらお腹の中の赤ちゃんが大事だからといって、立ち止まり、向上していかなければ、いくらでもトラぶるが発生し、困りごとが押し寄せてくるのだ。

 妊娠したからといって家事が免除されるわけではないのだ。妊娠したからといって成長が免除されるわけではないのだ。妊婦に求められるのは、「苦悩」することではなく、「行動」することなのだ。妊婦が「行動の重要性」に気づけば、悩み事もトラブルも発生してこないのだ。だから、まずは自分が動くことだ。自分が動けば、妊娠中の楽しいことがいくらでもやってくるのだ。

 初めて妊娠した妊婦にとっては、妊娠中に何をしていいか解らないことだろう。だから、行動しながら「覚える」「考える」「閃く」ようにしていけばいいのだ。自分が行動していれば、妊婦として覚えるべきは覚えられるし、妊婦として考えなければならないことを考えるようになるし、妊婦として閃くものは自然と閃いてくるのだ。

 妊娠する前から妊婦生活の仕方を覚えるのではなく、妊娠してから、妊婦生活の仕方を覚えていけばいいのだ。妊婦が行動を起こしていれば、妊婦生活の仕方は自然に覚えていけることができるのだ。妊婦が行動もせずに、育児本を読んでいたら、いつまで経っても妊婦生活を覚えられないのだ。

 困りごとを抱えている妊婦は、みんな頭でっかちなのだ。高等教育を受けてしまったために、誰かに教えられれば、うまく行えるだろうと、いつまでも思っているのだ。誰かに教えてもらおうとしているからこそ、いつまで経っても妊娠や出産や育児がまくいかないのだ。知識よりも、女性が本来持っている能力に気づけ! その能力に気づき、その能力を発揮していけば、妊娠も出産も育児もうまく行うことができるのだ。

●結婚前に育児の方法を知っている花嫁はいない

 独身時代から妊婦生活の仕方を知っている女性はいない。結婚式を挙げている花嫁が、出産の仕方を知っていることなどない。結婚前に育児の方法を知っている花嫁などいないのだ。なぜなら、知らなくても、やれば解ることだからだ。人間は知らないからこそ、それを知る喜びがあるのだ。最初からすべてのことを知っていたら、新しいことを知っていく喜びがなくなってしまうのだ。

 初めて妊娠をした所で、妊婦生活の仕方のすべてを知れるわけがないのだ。初産をした所で出産のすべて知れるわけではないのだ。初めは誰だって初心者なのだ。初心者なら初心者らしく謙虚にしていればいいのだ。それなのに、いきなり「妊娠博士」「出産博士」「育児博士」になろうとするから、トラブルが続出してくるのだ。

 女性は3回出産しないと、出産を知ったうちに入らないのだ。言っちゃ悪いが、出産は、1回目は実験台、2回目は再チャレンジ、3回目でやっとまともにできるものなのだ。何事もそれを上手に行うためには、3回以上行わなければ、うまく行うことなどできないのだ。初めての出産で、すべてをうまくいくようにしようというのは、虫がよすぎるのだ。最初から完璧なものは作れないのだ。何度もトライして、改善していけば、ベストなものが作れるようになるのだ。

 初めての妊娠なら、妊婦生活は試行錯誤の連続である。初めて出産であるならば、出産は驚きの連続である。初めて育児であるならば。解らないことだらけである。しかし、だからこそ面白いのだ。自分が解らないことをやるからこそ、それに真剣に取り組み、楽しいことをいくらでも見つけられるのだ。

 赤ちゃんを出産した母親たちが、喜びに満ちているのは、新たなる命を産んだだけでなく、自分が未知なるものに取り組んでいるからこそ、喜びに満ちているのだ。女性は赤ちゃんを産まなければ、決してこの喜びを味わうことができないのだ。女性なら誰にでも味わえる喜びでは決してないのだ。

●動いていれば、アイデアは自然とやってくる

 だから、妊婦生活で悩むことなどないのだ。自分が行動を起こしていけば、自然と妊婦生活の仕方が解ってくるのだ。妊娠において困ったことは起こらないと腹をくくることである。困ったことが起こらないと思えば、困ったことは起こってこないのだ。今まで妊娠で「困った」「困った」という思いが、困ったことを引き寄せてきたのだから、今度は妊娠で「楽しい」「楽しい」思うようにすることだ。そうすれば、楽しいことが押し寄せてくるのだ。楽しいと思うからこそ、楽しいことがやってくるのだ。

 大事なことは、人生哲学をしっかりと持つことである。人生哲学がしっかりとしていれば、必要なアイデアは向こうからやってくるのだ。大事なことは、良好な人間関係を築いていくことである。人間関係が良好であれば、「妊娠の喜び」「出産の喜び」「育児の喜び」を分かち合うことができるからだ。自分に人生哲学がなく、良好な人間関係を築かない妊婦が、いくら育児本を読んだ所で、妊娠や出産や育児を喜びに満ちて行うことはできないのだ。

 あなたが不幸なままで、誰かを幸せにすることはできないのだ。自分が不幸だったら、せっかく産まれてきた赤ちゃんを不幸にすることしかできないのだ。あなたが幸せでないと、他人を幸せにすることができないのだ。自分が幸せであれば、きっと赤ちゃんを幸せにすることができるのだ。

 不幸な人々は、往々にして、自分を変えずにテクニックを変えれば、自分は幸せになれるだろうと思い込んでいる。しかし、自分を変えずにテクニックに走っても、幸福はやってこないのだ。自分が今現在、不幸だということは、自分が間違っているからこそ、不幸なのだ。それなのに、自分を変えずにテクニックを変えても、幸せになれるわけがないのだ。

 育児本に走る既婚女性たちが、妊娠や出産や育児で不幸になっていくのは、自分を変えずにテクニックに走るからなのである。いかなる者も、自分を変えずに幸せになることはできないのだ。妊娠したら、お腹が出てくる。出産すれば、赤ちゃんが生まれてくる。育児をすれな。赤ちゃんは日一日成長していく。自分も赤ちゃんも変わっていくのだ。人間は変わっていくからこそ、成長ができるし、幸せになっていくのだ。

 人は不幸になるために生まれてきたのではない。幸福になるために生まれてきたのだ。一刻も早く、神様が与えた使命に気づくべきだろう。自分が不幸だったら、他人を不幸にすることしかできないのだ。妊娠したのに、自分を変えずにいたら、不幸になっていくだけなのだ。だから、自分を変えていく。自分を変えていけば、幸せになっていくのだ。そして自分が幸せになれば、他人を幸せにしていくことができるのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

第十二節 単なる女性から、世界で唯一の母親になっていく ~妊娠しなければ解らないこと、妊娠したからこそ解ること~

●女性は出産によって劇的に変わっていく

 文化人類学は、世界中の民族の風習を調べ回ったが、通過儀礼というものは、男性に向けてしか作られていないということを発見した。勿論、女性向けにも通過儀礼はあるのだが、それは男性の通過儀礼に比べれば、重要視されていないものばかりだった。なぜなら、女性にとっては「結婚」こそが通過儀礼であって、女性は結婚することによって、両親から独立できるからだ。男性は結婚する前に、一家を養えるように、10代のうちに通過儀礼を経ることによって大人の仲間入りをし、一人前の男として育てられ、そうすることによって結婚した時に一家の主として振る舞うことができるようになるのだ。

 それゆえ、女性にとってみれば、一家の主として君臨できる男性を探し出すことは非常に重要な役目になるし、どこの民族でも女性は結婚相手を探すのに躍起になるのだ。女性にとって結婚は、夫次第でどうにでも変わっていってしまうからだ。これは若い女性向けに出版されている雑誌と、若い男性向けに出版されている雑誌を見比べれば一目瞭然である。女性雑誌には、結婚が常に話題になっているが、男性雑誌では結婚のことなんか出てこないのだ。

 これは男性と女性の宿命的な性差であるのだ。この宿命的な性差を認めれば、結婚をうまく行うことができるし、性差を否定して、男女平等を唱えていけば、結婚は破滅的なものになるし、それどころか結婚することすらできなくなるであろう。女性がなぜそこまで結婚に拘るかといえば、結婚しなければ、両親から独立できなくなってしまうからだ。自分が精神的に独立するためには、結婚することがどうしても必要になってくるのだ。

 そして結婚することによって妊娠をし出産することによって、新たなる命を生み出していく。女性は出産を境に、劇的に変化してしまうのだ。新たなる命を生み出すという「生命の神秘」の打たれた女性は、自分の精神レベルを飛躍的に上昇させていくからだ。出産するということは、神の見えざる力が我が身を通り抜けた瞬間でもあるのだ。

 だからこそ、独身時代には宗教にまったく関心のなかった女性が、赤ちゃんを出産すると宗教に関心を持ちだすのだ。どうにかして、あの「生命の神秘」を説明してほしいのだ。多くの宗教団体はこの母親たちの要求に答えようと頑張っているのだが、どうも的確な回答をだせないままでいる。なぜなら、「生命の神秘」は、経験した者にしか解らないからだ。

●単なる女性

 独身女性というのは、「単なる女性」でしかないのだ。「女性の社会進出!」というスローガンに騙されて、自分がいくら頑張って仕事をしたとしても、ほとんどの仕事には代わりがいるのだ。別にあなたがやらなくても、他にやってくっる人はたくさんいるのだ。わざわざ、男性と同じ肩を並べることはないのだ。男性はその仕事の虚しさを充分に解っているからこそ、仕事を全身全霊で行い、どうにかして、自分の功績を打ち立てようとしているのだ。

 フェミニストたちがいくら「男女平等」を唱えようとも、女性は男性が出してくるパワーに負けてしまうのだ。「男女平等」と思っている女性が、男性と同じ量の仕事を実際にしてみると、「男性のようには仕事はできない」と嘆くのだ。もしも、男性と同じパワーを出そうとするなら、結婚も妊娠も出産も否定して、ただひたすらに仕事をし続けなければならないという結果になってしまうのだ。

 なぜ、男性がそこまで強力なパワーを発揮してくるかといえば、男性は妊娠も出産もできないからである。それどころか、女性が妊娠したり、出産したり、育児をする際には、その費用を負担しなければならないからである。だからこそ、凄まじいエネルギーを発しながら働くのである。そういった男性たちに、女性が足並みを揃えようとしたら、バテてしまうのは、当然のことなのだ。

 男性と女性の間には絶対的な不平等が横たわっているのだ。いくら憲法に男女平等だと書かれていても、その憲法自体が間違っているのだ。男女の性差は、宗教やイデオロギーでもってしても、解消することはできないのだ。我々にできることは、その性差を素直に受け入れ、それをうまく利用して、より良い社会を作っていくことだけなのである。

 女性が独身時代にしておかねけばならないのは、仕事ではないのだ。「天使の翼をくれる男性」を見つけることなのだ。男性から「天使の翼」を貰えれば、自分の人生は劇的に変動していくのだ。「天使の翼」をくれる男性は、突如として現われてくるのだ。自己中心的に生きて、我儘放題であるならば、絶対に合うことはできないのだ。

●世界で唯一の母親

 結婚した女性にとってみれば、「天使の翼」をくれた男性が誰だかを知っている。それは自分の「夫」である。運命の相手は突然に現れてきて、自分の運命を劇的に変えてしまったのだ。結婚は、仕事ばかりしていたら、絶対に「天使の翼」をくれる男性には出会えないのだ。運命の相手ではない男性を、自分の理性の力で選んでしまうのだ。

 運命の出会いは突然にやってくるのだ。自分の思い通りには決して行かないのだ。そして「天使の翼」さえあれば、運命の出会いをうまくいかして、結婚にもっていくことができるし、妊娠したってうまく行うことができるのだ。妊娠した女性がついつい忘れてしまっているのは、自分は運命の出会いに巡り合え、「天使の翼」を貰えたということなのである。「天使の翼」があえれば、どこまでも飛んでいけるのだ。妊娠だって、出産だって、育児だって、簡単に行えることができるのだ。

 産婦人科医の書いた育児本は、結婚生活から「妊娠」と「出産」と「育児」だけを取り出してしまっているので、それはそれで有難いのだが、でもそれらだけをやっていても、決してうまくできないのだ。多くの母親たちが実際にやってみると、どうしても躓いてしまうのだ。なぜなら、そこには「天使の翼」の力が記されていないからだ。

 母親になるということは、その子供にとって、世界で唯一の母親になるということである。誰かに代わりをすることは決してできないのだ。女性は出産をすることによって、単なる女性から、世界で唯一の母親に変わっていくのである。それなのに、母親が子供と同じレベルに立ってしまっては、育児でトラブルが続出するだけである。

 「子育ては、母親育て」などと平然と言われてしまっているが、子供を育てている母親が、育児をすることによって、母親育てもしているのなら、いつまで経って母親失格なのである。育児の能力は、本来、女性に備わっているものなのだ。母親としても能力を誰かに教えてもらういわれはないのだ。子供は母親が自ら出してくれた能力によって育てられたから、母親を尊敬し、大人になれば親孝行をしようとするのだ。

●経験しなければ、絶対に解らないこと

 通過儀礼は「死と再生の儀式」なのだ。結婚も独身時代の自分を死なせ、結婚時代の自分を生み出す儀式なのだ。だから、花嫁衣裳に憧れるものであると同時に、花嫁の涙で染めなければならぬ服であり、花嫁は悲しくもあり、嬉しいのだ。結婚だけは実際に経験してみなければ、絶対に解らないのだ。

 それなのに、結婚したにも拘わらず、独身時代の自分を殺していないと、結婚生活ではトラブルが続出してしまうのだ。誰かの書いた育児本に頼り、医者の指導に無批判で従ってしまうのだ。そうなれば、妊娠も出産も育児も悲劇的なものになってしまうことだろう。いつまでも精神的に独立してこないから、誰かの支配下に入ってしまうのだ。

 妊娠は理屈を超越しているのだ。出産は理屈を超越しているのだ。育児は理屈を超越しているのだ。妊娠することも、出産することも、育児をすることも、女性には本来備わっている能力でできるのだ。だから、自分を信じて行っていけばいいのだ。自分が抱える問題の答えは、いつだって自分の心の中にあるのだ。育児本を読んでも、誰かのアドバイスを受けても、それは自分の答えを引き出してくれたにすぎないのだ。

 妊娠中は、まだ完全な形で母親になってはいない。しかし、この変化が徐々に妊婦の身に起こってくるのだ。解る者には解り、解らない者にはどんなに理屈を積み上げても、決して解らないのだ。出産した女性と、出産していない女性の間には、永遠に越えることのできない深い裂け目ができ、そして、その裂け目を永遠に埋めることはできなくなるのだ。

 後は、神様に選ばれた自覚をもって、新たに生まれた命を祝福していけばいいのだ。「天使の翼」があれば、どこまでも飛んでいけるのだ。女性は運命の出会いによって変わり、出産によって変わっていくのだ。自分が変わるからこそ、新しい世界が広がってくるのである。

 この世のもっとも素晴らしいものは、実は「不立文字」であるのだ。人間の真髄は理性を超越しているのだ。それは決して理屈で理解することはできないのだ。だから、あれこれ考えることなく、実際に自分が経験してみて、それを理解して、じかに自分の心を見つめていくしかないのだ。どんな難問を抱えようとも、答えは必ず見つかるようにできているのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

第十一節 自分の人生哲学+人間関係こそが、成功の基本である ~妊婦生活を幸せにするための基本的な心構え~

●人生哲学がなければ、良好な人間関係を築けない

 せっかく妊娠したというのに、「夫が手伝ってくれない」とか、「嫁と姑とのトラブル」を抱えてしまったり、医者の出鱈目な治療を受け体を壊してしまう妊婦は非常に多いのだ。なぜなら、こういう妊婦には人生哲学がないのだ。人生哲学がないゆえに、常に他人に振り回されてしまう人生を送っているので、妊娠という大事な時にも、他人に振り回されてしまっているのだ。

 その人にしっかりとした人生哲学がなければ、人とうまくやっていけないのだ。自分に人生哲学があるからこそ、道が開けてくるのだ。人生哲学は難しいものではないのだ。「明確な将来のビジョン」「物事に取り組む姿勢」「継続は力なり」「アマからプロへの転換」「常に成長していくこと」さえあればいいのだ。妊婦の中にこれらがないと、良好な人間関係を築けないのだ。妊娠は一人の力でできることではないのに、他人の協力を得られなくなってしまうのだ。

 人間関係はテクニックで作り出せるものではないのだ。どんなに気配りをした所で、いずれ人間関係は破綻してくるのだ。良好な人間関係を永続的に構築したいのであるならば、人生哲学を持って上で、「我欲→受容→仁愛→尊敬→奉仕」ということを行い、「類友→利害→行動→価値観→創造」という人間関係の密度の差をわきまえ、「他人に幸せを貰う側から幸せを与えていく側に転換しておく」ことが大事なのだ。

 この自分の「人生哲学」+「人間関係作り」の二つが揃ってこそ、良好な人間関係を築けるのだ。その妊婦に人生哲学がなければ他人に振り回されるだけだろうし、人生哲学があっても人間関係作りの遣り方が解っていなければ、人間関係はいずれ破綻していくのだ。世の中には友達の多さを自慢する輩が後を絶たないが、友達の多さは決して自慢にならないのだ。人生哲学と人間関係作りの基本がなければ、まともな友人がやってこず、悪友たちによって自分の人生が台無しにされてしまうのだ。

 妊娠中は人の手助けが必要だし、出産時にも人の手助けが必要だし、育児においても人の手助けが必要になってくるのだ。それなのに、他人と良好な人間関係を築けず、自分だけでやっていこうとすると、妊娠でも出産でも育児においてもトラブルが続出し始めるのだ。まるで神様が「そういう生き方では駄目なんだよ」と言っていが如くに、トラブルが次から次へと出てくるのだ。そしてトラブルが悪化すれば、流産してしまったり、出産時に医者から殺されてしまったり、せっかく産んだ我が子が難病に侵されてしまったりするのだ。

●結婚しているのに「孤独地獄」

 人間は決して一人では生きてはいけないのだ。他人と交わり、他人の手助けを受けることによって生きていくことができるのだ。これは群生動物たる人間の宿命なのだ特に妊娠や出産や育児といったように、自分の体が不自由になったり、幼ない子供がいれば、誰かの手助けがどうしても必要になってくるのだ。もっとも大事なのは、夫であり、次に両親であり、助産婦であり、友人たちであり、こういった人々の協力がどうしても必要になってくるのだ。

 それにも拘わらず、妊娠しているというのに、人間関係でトラブルを発生させる妊婦が後を絶たないのだ。夫と風喧嘩をしてみたり、義理の両親との間でトラブルを発生させてみたり、良友よりも悪友が多かったりと、とにかく人間関係で揉めるのだ。挙句の果てには、妊娠しているというのに、病院に行き、そして医者との間でトラブルを起こすのだ。

 こういう妊婦には人生哲学もないし、人間関係作りの基本も解っていないことだろう。こういう妊婦が結婚していても、「孤独地獄」に襲われていることだろう。自分が殻の中に閉じ籠っているからこそ、自分の考えと少しでも合わなければ、すぐに他人を攻撃してくるのだ。自己中心的に生きていこうとすると、至る所でトラブル続きになり、そして最終的には人間関係を切断していってしまい、孤独地獄に陥っていくのだ。

 妊婦のみならず、既婚女性で結婚についてトラブルを抱えている女性は多い。なぜ愛し合った筈の二人が、結婚後にトラブルを発生させてしまったかといば、自分がしっかりとした人生哲学を持たず、良好な夫婦関係を作るために、人間関係作りの基本を夫に対して施さなかったからなのである。

 夫婦のトラブルだというと、「夫がギャンブルで金を使い込んだ」とか、「夫が暴力を振るう」とか、「夫が浮気をした」だとか、妻の話を聞いている限り、夫が悪く、妻の方が正しいと思ってしまう。しかし、悲嘆の中には様々な類の偽りが存在するのである。妻の肩を持っても、夫婦の問題はなぜか解決しないのだ。寧ろ、悪化するのだ。なぜなら、夫をそこまで追い込んだのは、実は妻の方だらだ。妻が家庭内で夫婦関係を破壊していったからこそ、夫が悪事を働いているにすぎないのだ。

●結婚が持つ爆発的なエネルギー

 結婚はもっとも濃厚な人間関係である。生まれも育ちも違う男女が、同じ屋根の下に住み、生活を共にし、性生活を行い、妊娠や出産や育児をしていくのである。どんなに仲のいい親友であったとしても、どんなに優れた組織であったとしても、そこまではしないし、できるものではないのだ。人類の基本が、個人にではなく、結婚や家族に在るといわれるのは、これこそが神様から与えられた人間の基本的な使命を果たすことができるからだ。

 夫婦だからといって、同じ考えを持つことができるわけがないのだ。夫婦だからといって、自分が望む行動を夫が取ってくれるわけがないのだ。そうやって自己中心的に生きていくのではなく、自分の人生哲学をしっかりと持ち、相手の考えを受け入れ、相手に奉仕していけばいいのだ。相手の考えを受け入れれば、夫も妻の考えを受け入れるし、相手に奉仕していけば、夫も妻に奉仕してくれるようになるのだ。

 人間関係は「鏡の法則」で動いているのだ。自分が他人に過酷なことを行えば、他人も自分に過酷なことを行ってくるのだ。逆に自分が他人に幸せや豊かさをもたらせば、他人も自分に幸せや豊かさをもたらしてくれるのだ。だから、もしも人間関係でトラブルを抱えていたら、「あなたは他人に対して酷いことをやっていますよ」という現れなのだ。

 人間は自分1人では、絶対に大きな目標を達成できない。成功というと個人の力で達成するものという錯覚を多くの人が持っている。これは大変な誤解で、人間一人の能力などたかが知れているのだ。自分一人では絶対に大きな目標を達成できないのだ。成功していくためには、誰かの協力が必要になってくるのだ。

 ほとんどすべての成功者たちが結婚をしているのはそのためだ。いかなる男性も妻の愛なくしては成功できないし、いかなる女性も夫の愛がなければ幸福になれないのだ。成功した男性も、幸せになった女性も、結婚が持つ爆発的なエネルギーを使って、自分が持つ大きな目標を実現していったのだ。

●人間の幸福は自分の心構えと他人との関係で決まってしまう

 結婚は未婚女性の考えのままでは、決して行うことができない代物なのである。結婚してから、結婚に不満を述べたり、結婚生活でトラブルを抱えている女性が出てきたとしても、それは「あなたの考え方が間違っていますよ」という表示なのだ。結婚したにも拘わらず、精神的に成長しないからこそ、結婚生活で不幸が続出し始めるのである。

 女性は結婚によって、自分の運命を大きく変えていくのだ。ほとんどの女性にとって人生の転機は結婚にあるといっていいのだ。それなのに未婚女性のような考え方では、結婚生活をうまく行えるわけがないのだ。増してや、その幼稚な考え方で、妊娠や出産や育児を行ってしまえば、トラブルが続出してくるのは当然なのだ。

 人間の幸福は、自分の心構えと、他人との関係で決まってしまうのだ。この世は決して自分の思い通りには動いてはくれない。しかし、自分の心構えをしっかりと持ち、他人との関係を良好にしていけば、幸せや豊かさを手に入れることはできるのだ。自分が不幸で貧乏だと思うなら、自分の考え方や、他人との関係の築き方が間違っているのだ。だったら、それを治していけばいいだけのことなのだ。

 妊婦たちは、妊娠も出産も育児も一人ではできないのだという道理を、悟ってしまうことだ。母子手帳や育児本を見て、自分の赤ちゃんを生み育てようと思っても、ノイローゼになるのが落ちなのだ。人類の歴史の中で、母親だけの力で赤ちゃんを生み育てることができたことなど、1例もないのだ。妊婦にしろ、産婦にしろ、母親にしろ、必ず誰かの手助けを借りて、赤ちゃんを生み、育てていったのだ。

 先進国では出生率が低下し、女性は妊娠することに怯え、産婦は難産になり、母親たちは育児は大変だと騒いでいるが、それは自分一人の力で赤ちゃんを生み育てようとするからなのである。人間は万能ではないのだ。人間には無限の可能性があるのではないのだ。人間には限られた能力しかないし、限られた可能性しかないのだ。一刻も早くに自分に与えられた能力と可能性に気づくべきなのだ。自分がしっかりとした人生哲学を持ち、人間関係作りの基本を行使して、良好な人間関係を築いていくしかないのだ。それが妊婦生活を幸せなものにし、安産を行えるようにさせ、楽しい育児を行えるようになる王道なのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

第十節 幸せを貰う側から、幸せを与える側への転換 ~妊娠によって起こる不思議な現象~

●結婚による人生上もっとも大きな変化

 結婚による人生上もっとも大きな変化とは、「幸せを貰う側」から、「幸せを与える側」へと立場を転換することであろう。結婚する前までは、他人から幸せを貰う立場にいても構わない。というか、他人から幸せを貰うことで、人は成長て行く。しかし、結婚したら、他人から幸せを貰う立場に変わっていくのだ。

 人間は従属状態であるならば、他人を幸せにするどころか、幸せを貰いっぱなしで、「Take & Take」の遣り方を貫いてしまう。子供の頃は、他人から幸せにしてもらうことで、成長していくからだ。次に、思春期に入って、自立し始めたら、「Give & Take」になっていく。人間は貰いっぱなしというにはならず、他人に与えることによって、他人から得られるようになるのだ。

 そして、結婚することによって独立できたら、「Give & Give」になっていき、他人に幸せを与え続ける存在になっていくのだ。与えに与えていたら、こっちが損をするだけではないかと思う人もいるけど、この「Give & Give」の立場こそが、もっとも得る物が大きくなるのだ。このことは理屈でいくら教えても、まったく理解できないことなので、これだけは自分の夫に対して実践してみればいいのだ。与えて与え尽くすことが、実はもっとも多くの物を得られるというのは、実際にやってみれば解ることなのだ。

 結婚というのは、実は女性にとって最大の通過儀礼で、この結婚を経ることによって、女性は根本から変わっていくのだ。通過儀礼は死と再生の儀式であり、「花嫁衣裳」が実は「死に装束」だというのには、ちゃんとした理由があるのだ。結婚式を挙げなかったり、夫婦別姓を唱える女性たちは、役所に婚姻届を出したかもしれないけど、結婚による通過儀礼を果たしてしないのだ。だからいつまでも精神的に独立できず、人間関係でトラブルを抱え続けることになるのだ。

 結婚するといことは、独身時代の自分を殺すということなのである。だから、結婚しても、独身時代の精神レベルでいてはならないのだ。独身女性と既婚女性の決定的違いは、独身女性は他人から幸せにして貰おうと考えているが、既婚女性は他人に幸せを与えていこう考えているのだ。この違いこそが決定的な違いなのである。婚姻届を出したか、出さなかかったか、苗字が変わるか、変わらないかというのは、些細な事柄にすぎないのだ。

●幸せにして貰おうとするからこそ不幸になる

 他人に幸せを与えていこうとするからこそ、結婚生活はうまくいくし、妊娠も出産も育児も幸せに行うことができるようになるのだ。この自分の精神の大きな変化が心の中で起こらなければ、結婚は最悪なものになっていくし、妊娠も出産も育児も悲劇的なものなっていくことだろう。

 多くの人々が、昭和憲法に騙されているのは、憲法には「幸福追求権」が保障されているので、幸福というものは、自分が追い求めていけば得られるだろうと思ってしまっていることである。幸せを追い求めて、すべての人々が幸せになるのなら、憲法が施行されて以来、半世紀以上も経つというのに、この昭和憲法体制下で、幸福な人々が少なく、不幸な人々が多く、病人たちは国民健康保険に縋り、老人たちは国民年金に縋って、国家財政を破綻させている事態をみれば、幸福追求権という考え方が、いかにおかしいかということに気づくことであろう。

 幸せというものは、幸せを追い求めると不幸になるようにできているのだ。他人に幸せにしてもらおうとするからこそ、自分は不幸になっていくのである。なぜなら、いつまで経っても精神的に独立してこないから、自分にとってレベルの高い幸福に出会えず、そのために、低レベルの幸福を追い求め、自分の心の中で不満足になり、段々その小さな幸せにすら喜ぶことができず、そして不幸ばかりが目についてしまうようになってしまうのだ。

 結婚して、夫から幸せにして貰ってばかりいると、夫の優しさにまったく気づけなくなり、家族を守っている夫の苦労にも気づけなくなり、段々と夫の欠点ばかりに目がいってしまい、夫婦が一緒にいれば夫婦喧嘩になり、結婚式を挙げた頃とは、正反対の状態になってしまうのだ。妻が夫に幸せを与えていなければ、永遠の愛だって、永遠の憎しみに変わっていくのだ。

 妊娠というのは、自分だけが幸せになるというのではない。その幸せを夫や両親に与えていくものなのだ。そして、何より生まれてくる赤ちゃんに幸せを与えていくものなのだ。それなのに、妊娠して自分だけが幸せになっていこうとしたら、夫婦関係は揉めまくるし、両親との関係も悪化していくことだろう。

●「競争の原理」と「慈愛の原理」

 結婚してから夫婦喧嘩してしまう女性や、妊娠してから問題を発生させる女性や、出産してからトラブルが絶えない女性は、他人を幸せにしないからこそ、結婚生活が悲惨な生活になってしまうのである。こういう女性は、精神的に独立していないということだけでなく、若い頃に競争して、自分を鍛えていないという共通項があるのだ。

 若い時は、「競争の原理」に基づいて、他人と競争をしていけないいのだ。若い時は誰にも負けたくないという気持ちは誰もが持っているのだ。争い、戦い、競い合うことで、勝利を掴み取っていく。若い時は、物解りのいい人物になってはいけないのだ。他人に幸せを与えるよりも、奪い取っていく。そうやって、自分の幸せを積み重ねていくのだ。

 それゆえ、現在の平等教育のように、競争を否定し、平等化しようという教育のもとでは、誰もが競争することができず、自分を鍛え上げることができなくなるのだ。「脆弱な自分」「自立できない自分」「幼稚な自分」を抱え込んでしまい、自己修養することなく大人になって、自分に実力がないから他人を誹謗中傷して、他人さえ自分の思い通りに動いてさえしてくれれば、自分は幸せになれるという、妄想を抱き続けてしまうのだ。

 社会主義者たちは資本家たちに変わってほしいことを願い、フェミニストたちは男性たちに変わってほしいことを願う。しかし、資本家がいくら変わっても社会主義者たちは幸せにならないし、男性たちがいくら変わってもフェミニストたちは幸せになることはないだろう。他人に変わることをいくら願っても、自分が幸せになることはないのだ。

 幸せが欲しければ、自分が戦うことによって、自分で幸せを掴み取っていけばいいのだ。そして、幸せを積み重ねていくと、突如として、自分の心が臨界点を突破して、他人に幸せを与えていく人間に変わっていくのだ。その変わる時期が、丁度、結婚の時期にあたるのである。人間は結婚によって、「競争の原理」から、「慈愛の原理」へと変わっていくのである。

 幸せを掴み取っていく喜びよりも、他人に幸せを与えていく喜びに目覚めるのである。「自分が」「自分が」と言っていた人物が、ある日突然、謙虚になって、他人に奉仕し出すのである。「与えて与え尽くす。大きく与えていくと、大きく得られる」といのが解ってくるのだ。明らかに、結婚を境に根本的に変わっていったのだ。

●感謝こそが妊婦生活の最強のエネルギーになる

 妊娠したからといって、我が身が大事だとか、お腹の赤ちゃんが大事だと思っていると、妊婦生活はトラブル続きになってしまうのである。通常に暮らしていて、妊婦を殴ったり、蹴ったりするような事態に陥らないだろう。妊婦なら大事に扱われるし、産休だって取らしてもらえるのだ。

 しかし、だからといって、その状況に甘んじてしまい、他人に幸福を与えていかないと、妊婦生活で問題が噴出してくることだろう。他人に幸せを与えていかないと、出産後は悲劇に連続になることだろう。だから、妊娠したとしても、他人に幸せを与えていくということを決して忘れないことだ。

 妊婦生活を幸せにしたいなら、まずは「夫」を幸せにしてあげよう。夫が家に帰ってきて、夫に笑顔があれば、自分は夫に幸せを与えているという証なのだ。夫がしかめっ面だったたり、夫が怒り出すようなことがあれば、自分が幸せを与えていないと思った方がいい。なぜなら、自宅に居る時間が圧倒的に多いのは、妻の方なのだから。

 妊娠や出産や育児は、決して妻一人が行う行為ではないのだ。誰かの手助けがあってこそ、始めて行える行為なのである。妊娠中の生活費も、出産の費用も、育児にかかる養育費も、恐らくそのほとんどを夫が出すことになるであろう。それなのに、夫に文句をいい、夫の悪口をいい、夫婦喧嘩をしていたら、夫は踏んだり蹴ったりであろう。

 人間はいくら自分一人で生きようとも、決して一人では生きていけないのだ。人間は誰かを幸せにするためなら、生きていける理由を見つけ出せるし、獅子奮迅の働きをすることができるのだ。赤ちゃんを産んだ母親たちが、真っ先に夫に感謝の意を述べるのは、出産という大事業でも、夫のためにだからこそ頑張れたのである。

 感謝こそが、妊婦生活の最強のエネルギーになるのだ。人間は感謝をすると、心の中から爆発的なエネルギーが出てくるようにできているのだ。感謝という最強のエネルギーがあれば、妊婦生活など楽々で過ごせるのだ。出産や育児も感謝があれば簡単にできるのだ。

 母子手帳や多くの育児本が根本的に間違っているのは、まさにここなのである。妊婦にマニュアル通りにやらしても、難産になり、育児で揉めるのは必定なのである。なぜなら、夫に感謝がないからだ。誰かを幸せにしていこうという気持ちがまったくないからだ。結婚しているからといって、夫に感謝しなくていいわけがないのだ。結婚したのに、誰かを幸せにしなければ、その結婚は問題ばかりが発生してくるのだ。

 人間は平等ではないのだ。人間はみんな同じではないのだ。精神的な独立は、あくまでも精神の問題だから、目では見えにくいものである。しかし、精神的に独立し、他人に幸せを与えている既婚女性の周囲には、笑顔と幸せと豊かさが満ち溢れているはずである。妊婦生活を幸せに過ごしたいのであるならば、決して感謝の気持ちを忘れないことだ。夫を幸せにするという気持ちを忘れないことだ。これらこそ、妊婦生活を幸せに満ちたものにしていくのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

第九節 妊婦にとっての「人間関係の密度」 ~妊娠はもっとも濃厚な人間関係である~

●人間関係の密度

 妊娠したからといって、妊婦の思い通りには決して周囲は動いてくれない。妊婦生活を幸せに過ごしたいのであるならば、自分を中心に世界が動いているという天動説から早く抜け出すべきであろう。周囲を自分中心に動かそうとすると、トラブルの連続になってしまうからだ。自己中心的に生きるのではなく、自分が最適になれるように生きればいいのである。そのためには、人間関係の密度の違いを知っておくべきだろう。

 まず、第一段階は 「類友」である。なんとなく仲がいいというのは、人間関係の密度が濃くなっていく最初の段階なのだ。これ以前では、単なる知り合い程度に過ぎないのだ。子供の頃に友達作りを盛んにやるのは、人間関係の密度を濃くしていこうとするからだ。配偶者は決して友達とか親友の類ではないのであるが、夫婦の根底には相性がいいというのが横たわっているのだ。

 第二段階が、「利害」である。利害関係は、友人関係よりも人間関係が濃くなっていく。お金の動きというのは、万国共通だから、人間の欲望がモロに噴き出してくるのだ。利害を共にできる仲というのは、思った以上に強固な人間関係を作り出していくのだ。夫婦といえども、家計というものがあり、夫の収入が減っただとか、妻の浪費が激しいというのは、離婚の引き金になる可能性があるので、結婚しているからといって、利害を無視して結婚を運営していくべきではないだろう。

 第三段階が、「行動」である。人間は一緒に行動すると、人間関係がより深くなっていく。学校でも同じクラスの友人よりも、クラブ活動で一緒の友人の方が、人間関係は濃くなっていくのだ。人間は群生動物だから、一緒に同じ行動を取る人に対して、利害よりも深い人間関係を築いてしまうのだ。結婚も、結婚生活を一緒に行動しているということで、人間関係を深めていくのだ。但し、結婚しているといっても、夫婦は四六時中一緒に居るのではないので、夫婦が一緒にい居る時は、一緒に居られる時間を大切にした方がいい。

 第四段階が、「価値観」である。人間は脳を発達させてしまった動物であるがゆえに、自分と同じ価値観を共有する人間を非常に大切にするのだ。宗教団体でも政党でも、同じ宗教やイデオロギーを共有する仲では、「同志」と呼び合うほどの深い人間関係を構築するのだ。但し、同じ価値観を共有しているがゆえに、その価値観から外れた場合、凄まじい排他性を発揮するのだ。キリスト教は背教者や異教徒を大量虐殺していったし、社会主義は政権を奪取すると、どの社会主義政党も国民に向かって大量虐殺を展開している。夫婦も同じ価値観を共有し合っている仲なので、自分たちの価値観を明確にしておいた方がいい。離婚したカップルのほとんどの離婚原因が、価値観の違いなのだから。

 第五段階が、「創造」である。人間は新しく何かを創造した時に、もっとも深い快感を味わえるようにできているので、創造を一緒に行った相手に対して、もっとも深い人間関係を構築していくのだ。会社も商品を創造することによって社員の深い結束を誇っているし、軍隊も祖国防衛や領土拡大を行うことによって軍人同士の深い結束を誇っているのだ。結婚においては、妊娠や出産や育児が、創造行為に当たるのだ。そのため、夫婦は赤ちゃんを産むと、夫婦関係がより深くなっていくのだ。昔から「子は鎹」と言われたが、まさにその通りなのだ。

●人間関係の密度で対応は異なる

 妊娠や出産や育児は、人間にとって最高の創造行為である。だからこそ、もっとも深い感動を与えてくれるし、人類が毎年毎年休むことなく続けてきたのだ。妊娠や出産や育児は、人間をもっとも成長させ、その人間にもっとも深い人間関係を作り出すので、この作業をやれば、深く重みのある人間になれるし、この作業をやらなければ、もっとも深い人間関係を作り出せない人間になってしまうのだ。

 ヒっトラーには子供がいなかったが、それゆえに人類史上もっとも残虐な行為を働いてる。政治家のように、国民の安全を預かる任務を遂行するなら、その政治家が結婚して、子供がいるというのは、最低条件として要求されるべきであろう。独身の政治家や、結婚しても子供のいない政治家は、どんなに調子のいいことを言っていれも、最終的には国民に大損害を与える政治家になることであろう。こういうことも、その人間が妊娠や出産や育児を通して、もっとも深い人間関係を構築できたか否かで、まるで別物に変わってしまうからだ。

 妊婦の場合、妊娠したからといって、妊娠だけをやっていればいいのではないのだ。確かに赤ちゃんを孕むということは、最高の創造行為ではあるが、それをうまく成立させるためには、「類友」「利害」「行動」「価値観」といった、その土台となっている人間関係を夫に対して、きちんと構築していくことが肝心なのだ。これを無視すると、妊婦生活はうまくいかなくなるし、しかも、出産後に離婚という悲劇を引き起こしてしまうからだ。

 夫との相性を再確認しておくべきだし、家計簿をきちんとつけて、収入の範囲内で生活できるようにすべきだし、休日のように夫婦で一緒に居られる日は、可能な限り同じ行動を取るべきだし、夫婦の価値観を共有するために、夫婦で話し合う時間をちゃんと確保しておくべきだろう。こういう夫婦関係をきちんとそておくと、妊婦生活がスムーズにいくのだ。

 夫だけでなく、夫以外の人間関係も良好にしておくべきだろう。人間関係は、人間関係の密度で異なるので、その対応もきちんと変えておくべきだろう。例えば、舅や姑は、妊娠や出産や育児を手助けしてくれる人物である。そのため、よくありがちな「嫁と姑の争い」みたいな低レベルなトラブルは、絶対に起こさないことだ。特に出産時には、姑の存在は非常にありがたいものになるからだ。

 それから、助産婦とも妊娠や出産を手助けしてくれるので、この助産婦と良好な人間関係を築くのは非常に大事である。ただ、助産婦と言っても、所詮は赤の他人なので、自分と相性のいい助産婦を選び、自分と相性の悪い助産婦は決して選ばないことだ。妊娠したことに頭をいっぱいにしてしまわないで、冷静になって助産婦を良く見るべきだろう。

●他人を知ることの方が大事

 多くの人々は、自分が周囲から理解されないことに、深い憤りを発している。しかし、自分が周囲から理解されなくても、決して困ったことではないのだ。他人が自分を知らないことが困ったことではなく、自分が他人を知らないことこそが困ったことなのだ。人間関係でトラブルを起こす人は、必ずといっていいほど、自分が他人の価値を知らないのだ。

 人間関係は、人間関係の密度で、その対応が異なるから、自分にとってその人がどれほど重要な人物かは、自分とその相手との人間関係の密度で決まってしまうのだ。だからは、まずは自分にとって、相手がどの重要な位置にある人であるか把握しなければならないのだ。

 昔から、「すべての人々を友人とする者は、一人の親友を持たない」と言われる。友達を多く作って、親友を作らなければ、いつまで経っても深い友情を構築することはできないであろう。若い時は友達の多さを自慢しがちだが、友達を多く作ることはないのだ。親友を作り、その親友を大切にしていけばいいのだ。

 人間関係でもっとも揉めるのは、利害関係だ。「金の切れ目は縁の切れ目」といわれるくらい、金欠になったら人間関係は減少していく。そのため、決してお金の支払いができなくなような状況には持っていかないことだ。家計簿をきちんとつけ、浪費を抑えていくべきだろう。それと友人の間では決して金の貸し借りを遣るべきではないし、いくら頼まれても連帯保証人には決してならないことだ。

 人間は同じ場所に長く居ると腐ってしまう動物なので、行動を共にできる人物と仲良くしておくのは大事なのである。お料理会とか、お食事会とか、趣味を一緒に行う人とか、仕事仲間だとかは、大事なのだ。妊娠したからといって、自分の行動量を急激に減少させてしまうと、自分の人間関係が急激に減少してしまうことになってしまうのだ。

 同じ価値観を共有できる相手は、非常に大事な存在になる。地元の神社のお祭りなどには可能な限り参加すべきだし、自分の信条と同じくする者がいれば、その者を大事にしていけばいいのだ。友人を作る時も、ただ仲がいいことだけを選んでいくのではなく、「幸せになろう」「豊かになっていこう」という最低限の価値観だけは共有できるようにすべきだろう。社会の暗部ばかり見る人や、所得格差に憎悪を持つ人や、異性に対して憎悪を持っている人は、絶対に友人にはしないことだ。不幸や貧乏は、確実に伝染してくるのだ。

●夫の仕事、妻の妊娠

 女性にとって、妊娠や出産や育児は、人類にとって最高の行為なのだということを再確認しておこう。女性はこれらができるがゆえに、男性よりも圧倒的に優位に立つことができるのである。勿論、男性は女性が妊娠するために、メイクラブを行うし、女性が出産すれば費用を負担させられるし、育児だって参加できても、母親よりは子供と長くいられるわけではないのだ。

 男は妊娠できないがゆえに、男は出産できないがゆえに、男は育児をできないがゆえに、男は仕事で全力を投球してくるのである。これこそが、男と女の決定的な違いなのである。最近は、男性に「育児を手伝え」とか、「女性の社会進出」ばかりが強調されるが、そういうことをしているからこそ、女性としての人生を満喫できず、女性の人生から楽しさが消えて、出生率が低下していってしまうのである。

 男が全力で仕事をしなかったら、まともな仕事ができるわけがないのだ。まともな仕事ができなければ、給料だって低くなっていくのは当然なのだ。「社会の格差」や「ワーjキングプア」が問題になってくるのは、男性が全力を尽くして働けない環境を、フェミニストたちの妄説に唆されて、政府や学者やジャーナリストたちが、無理矢理に作っていったからなのである。

 男は仕事をしてこそ、存在価値が出てくるし、女性は妊娠や出産や育児をしてこそ、生存価値が出てくるのだ。男性がなぜそこまで一生懸命に仕事をするかは、それが男に課せられた宿命だからだ。女性がなぜそこまで妊娠や出産や育児に喜びを見出すかは、それが女に課せられた宿命だからだ。この神様が与えた宿命を、人間が「理性の力」で人為的に捻じ曲げてはいけないのだ。

 妻にとって、妊婦にとって、夫はもっとも深い人間関係を結ばなければならない相手である。その夫に対して、世間で出回っているような愚劣な意見を適用させないことだ。妊婦生活を幸せに送りたければ、まずは夫に仕事で頑張ってもらわなければならないのだ。夫は妻を物理的に守る存在であるが、妻は夫を精神的に守ってあげる存在なのだ。そのことを忘れなければ、妊婦生活は幸せになっていくし、そのことを忘れれば、高い代償を支払わされる羽目に陥っていくのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

第八節 人間関係作りの基本 ~妊娠中に人間関係をうまくいかせるには、どうすればいいのか?~

●人間は我欲の塊である

 女性は妊娠すると、「夫が妊娠のことを手伝ってくれない!」と、嘆く妊婦たちは多い。これが出産になれば、出産だというのに、夫は仕事を優先したり、育児になれば、妻が育児で子供に付きっ切りだというのに、夫は育児に無関心になってしまうのだ。なぜ、こんなことが起きるのだろうか? 妊娠や出産や育児は、妻だけでなく、夫にとっても重大事項である筈であるのに。

 まず、夫が妊娠や出産や育児に無関心になってしまうような妻は、人生哲学をしっかりと持っていないのだ。人生哲学を持っていないがゆえに、夫は妊娠や出産や育児だけでなく、妻そのものに対して無関心になってしまうのだ。だからこそ、妊娠するにあたって、人生哲学を必要になってくるのである。

 だが、妻に人生哲学があればいいというのではない。人間は自己完結するようにはできていないのだ。人間は人間関係があってこそ、この世に生存し続けられるのである。妊娠中は、人間関係を良好にして、妊娠を手伝ってもらわないと、身重になっている身としてはつらいし、妊娠中に手伝ってくれなければ、その後の出産や育児でも手伝ってくれることはないのだ。

 そのためには、まずは人生哲学をしっかりと持つことである。その上で、人間とは「我欲」の塊であるということを知ることだ。いかなる人間も心の中に、我欲というものを持っているのだ。誰もが自分のことが大事であり、そのためには他人を押し退けてでも、自分だけが幸せになろうとするのだ。

 我欲は決して美しいものではない。寧ろ、醜いものだ。しかし、いかなる人間も持っているのだ。聖人君子になろうと、預言者になろうと、救世主になろうと、仏陀になろうが、我欲を捨てきれるものではないのだ。我欲は今まで多くの人間たちから嫌われてきたし、多くの宗教家たちの批判の対象になったし、多くのイデオローグたちの批判の的になってきた。しかし、今まで我欲を捨てた人間など一人もいないのだ。我欲を否定する宗教やイデオロギーこそが、根本的に間違っているのだ。

 如何なる人間だって、我欲を持っているのだから、夫だって我欲を持っているのだ。夫だけでなく、あなたも我欲を持っているのだ。しかし、夫婦が我欲を剥き出しにしていけば、夫婦喧嘩どころか、ドメステイックバイオレンスが発生してくるし、離婚へと突き進んでいくことだろう。妊婦にとっては、夫に妊娠を手伝ってほしいと思っても、夫も自分の仕事で頭の中がいっぱいなのだ。

 だから、妊娠を手伝ってほしいなら、まずは夫の我欲を認めることだ。夫の我欲を受容してあげるのだ。我欲を受容すれば、夫の我欲は気にならないのだ。夫の我欲を否定しようとするからこそ、夫婦喧嘩が絶えなくなるのだ。夫に我欲があるなら、自分にだって我欲があるのだ。自分のことを棚に上げといて、夫の我欲を否定していいわけがないのだ。

 我欲を受容できたら、仁愛を施せばいい。仁愛とは、真心からの思いやりであり、相手を慈しんであげることである。要は、人に優しく接すれば良いのだ。暖かい気持ちを抱いて、人に近づけばいいのだ。この仁愛というのを、結婚してしてしまうと、この愛が見えなくなってしまうのだ。夫婦だからといって距離をあけることなく、べったりとしてしまうと、愛は狂気に変わっていくのだ。

 「愛こそすべて」とか、「愛=正義」になってしまうと、仁愛は消えていき、人に優しく接することができなくなるのだ。人間は愛さえあれば生きていけるのではないのだ。愛は確かに必要だが、愛は万能なのではないのだ。どんなに愛し合っていても、愛以外にやらなければならないことはたくさんあるのだ。愛の中でもっとも効果的で且つ永続的な愛は、仁愛である。夫婦の場合、濃厚な愛よりも、夫婦が仁愛を施しあう方がうまくいくのだ。

●愛には尊敬がないと憎しみ変わる

 多くの妊婦が、妊婦だけでななく、ほとんどの妻たちもであるが、夫婦関係を悪化させてしまうのは、我欲→受容→仁愛という過程を経ないからなのである。夫婦だからだといって、愛さえあれば充分だというのは、世間知らずの子供のようなごとき言動なのだ。愛だけでは人間は決して動いてくれないのだ。

 人間には必ず我欲がある。我欲とは、救いがたき自己愛のことである。仏教の教祖である「ゴータマ・シダルータ」は、人間が我欲を持っているのは怪しからんとして、仏教を開教した。しかし、いくらゴータマ・シッダルータが我欲の否定を唱えても、ゴータマ・シッダルータ自体が生涯働かないで、他人の布施によって生活し続けた執着まみれの人物なのだ。そんな教祖だからこそ、仏教を信仰している者たちは、我欲に取りつかれ、僧侶たちは我欲を剥き出しにして、金銭欲や性欲に取りつかれているのだ。

 我欲を否定する宗教やイデロギーは絶対に破綻するのだ。なぜなら、その考え方は。人間の本性に反した考え方だからだ。どんなに否定しようとも、人間は必ず持っているものなのだ。仏教徒たちがいくら我欲の否定を唱えても、仏教徒たち自身が我欲に取りつかれているのだ。社会主義者たちは、貧富の格差の是正を唱えながら、お金に執着しているのだ。フェミニスrトたちは性差の解消をとなえながら、性別に執着しているのだ。

 我欲は決して悪いものではないのだ。大事なことは、すべての人間たち我欲を持っていることを容認してあげることなのだ。他人に我欲があることを容認してしまえば、その我欲が気になることなどなくなるのだ。夫婦がいくら結婚しているとはいえ、妻が夫の我欲を否定してしまえば、夫婦喧嘩が絶えなくなるのだ。妊婦生活を幸せなものにしたければ、夫の我欲を容認してあげればいいのだ。そうすればすべてのことがうまく行き出すのだ。

 夫婦は愛し合うのが当然だと思うことは非常に危険な考え方なのである。愛は制御しながら出していけば、ちゃんと人を愛することができるが、愛を制御できなくなると、愛は一瞬にして憎しみに変わっていくのだ。キリスト教の教祖である「ナザレのイエス」が愛を唱えて以来、夫婦で憎しみ合うことが多くなったし、夫婦喧嘩やドメステックバイオレンスが絶えることなく、離婚率だって上昇の一途である。

 夫婦愛が廃れるからこそ、キリストの愛が叫ばれるのである。母親が自分の子供を愛さなくなるからこそ、難民への慈善が活発になるのである。夫婦が結婚の原理原則を忘れるからこそ、キリスト教への信仰にすがるのである。そして、心の中に愛がない人ほど、愛を叫ぶのだ。心の中に愛が満ち溢れている人であるならば、愛を叫ぶことなどないのだ。

 人間は子供の頃は両親に従属し、思春期になれば自立を開始し、結婚すれば独立していくのだ。人間は従属状態では「渇愛」を出さざるをえないし、自立状態であるならば「出愛」を出さるをえないし、独立状態では「創愛」を出さざるをえないのだ。渇愛とは、愛を貰い、愛されることに執着していく愛だ。出愛は、自分が子供の頃に愛された愛を吐き出していく愛だ。創愛とは、自分の心の中で愛を創り出し、それを他人に施していく愛だ。

 結婚しているというのに、妻が渇愛や出愛を出されても、夫は困るだけなのだ。結婚しているなら、自分の心の中で愛を創り出し、その自分のオリジナルの愛を施していかなければならないのだ。夫が欲しいのは、本物の愛であって、妻の心の中から発せられる唯一の愛でなければならないのだ。

 そのためには、自分が精神的に独立して、相手を愛し、相手を尊敬していくことだ。相手を尊敬した上で、愛を施していくと、愛は憎しみには変わらないのだ。夫への尊敬なくして、愛そうとするからこそ、愛は憎しみに変わっていってしまうのだ。本物の愛を出したいなら、夫を尊敬していくことだ。夫を尊敬していれば、自然と本物の愛が出てくるのだ。

●他人に貢献しなければ、人間関係は続かない

 人間は愛さえればうまくいくのではないのだ。相手を愛したいなら、尊敬が必要なのだ。人間関係を発展させたいのであるならば、その上に他人に貢献していけばいいのだ。人間は自分に貢献してくれた者だけを大切にする生き物なのだ。夫に妊婦生活を手伝ってもらいたいと思うなら、まずは夫に貢献していけばいいのだ。

 夫の下着を整えたり、スーツをクリーニングに出したり、革靴を磨いてあげるとか、夫の頼まれごとには素直に応じてあげるとか、夫に貢献しまくればいいのだ。こういうことは、妊娠していてもできることだ。妊娠しているのに、それでも妻が夫に貢献してくると、夫は自然と妻に貢献しようとし始めるのだ。

 妊娠しているからといって、何もしていないでいて、それでいて夫に妊婦生活を手伝ってもらおうとしても、夫は手伝ってくれなくなるのだ。無理矢理に手伝わしても、夫は嫌々で行い、赤ちゃんを出産すれば、何も手伝わなくなってしまうのだ。なぜなら、妻が自分に貢献してくれないからだ。

 だからこそ、夫の我欲の存在を認め、それを容認し、その上で仁愛を施し、常に相手を尊敬し、そして夫に貢献していくことが大事なのだ。この「我欲」→「容認」→「仁愛」→「尊敬」→「貢献」の過程を経ないと、夫婦関係が決してうまくいなかないのだ。妻はいくら妊娠して身重になろうが、「私はあなたに貢献していますheart01」ということを行動で示していかなければならないのだ。そうしなければ、結婚しているのに、結局、一人で出産しなければならなくなるのだ。

 すべての人を愛したり、すべての人に貢献したりするのではなく、自分が我欲を存在を認められる人だけを大事にし、その相手を受容し、その相手に仁愛を施し、その相手に尊敬の念を持ち続け、その相手に貢献していくことができる人にだけ、もっとも多くのエネルギーを注ぐべきなのだ。そのような人物は、妊娠している妊婦にとっては、この世にたった一人しかいないのだ。それは自分の「夫」だ。自分の夫以外にもっとも多くのエネルギーを注ぐべきではないのだ。

●夫婦愛よりも尊い愛はない

 歌手がどんなにラブソングを歌いあげようとも、夫婦愛に勝る愛はないのだ。小説やドラマや映画でどんなに素晴らしい愛を描きあげようとも、自分にとって夫婦愛よりも素晴らしいわけがないのだ。結婚したんだから、いい加減に「フィクションの迷宮」から抜け出すべきであろう。

 仏教がどんなに我欲を否定してかかろうとも、誰だって我欲をもっているのだ。そして夫婦だからこそ、その我欲を容認しあうことができるのだ。赤の他人の我欲など、我慢できるわけがないのだ。他人の我欲は許しがたくても、結婚した相手の我欲を容認してあげなければ、夫婦関係は決してうまくいかないのだ。

 キリストの愛は夫婦の愛に勝ることはないのだ。寧ろ、キリストの愛は、夫婦の愛を破壊してしまうのだ。夫婦愛よりも優れた愛があると言い出すからこそ、人類の悲劇が始まるのである。夫婦の愛に勝る愛など、この世には存在しないのだ。「夫婦愛よりも尊い愛はない」と悟れば、偽りの愛に騙されることはなくなるであろう。

 「仏教のインチキ」や「キリスト教のペテン」には決して騙されないことだ。我欲を否定する宗教は、すべて淫祠邪教である。なぜなら、人間性そのものを否定しているからだ。そのような宗教は、信仰によって得られる利益よりも、信仰によって発生する損害の方が比べ物にならないくらい、遥かに大きいのだ。

 自分たち夫婦が幸せな夫婦の関係を構築していくのに、仏典も聖書もいらないのだ。自分たち夫婦がどのような夫婦関係を築き上げていくかにあたって、2500年前の老人の意見や、2000年前のオッサンの意見など聞く必要性など、どこにもないのだ。いくら仏像を拝もうとも、いくら説教を聞いても、自分たち夫婦を幸せにするものは何もないのだ。

 答えは自分の「心」の中にこそあるのだ。誰かの言葉を信じるよりは、自分の心の中から聞こえてくる言葉を大切にしよう。結婚相手のありのままを認め、結婚相手を尊重し、貢献する人生が、いかに幸せで豊かで、実り多い人生になるかは、実際にやった人だけが解るのだ。妊娠や出産や育児で夫に手伝ってもらいたいなら、まずは自分が夫に貢献してあげることなのだ。幸せも豊かさも、まずは自分が動き出さなければ、決してやってこないのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

第七節 常に成長していくということ

●精神的成長と肉体的成長

 女性が妊娠するということは、その女性が肉体的に成長した証であるとともに、精神的にも成長した証である。ほとんどの動物は、肉体的に成長していく過程の中で妊娠していくが、人間は肉体的だけでなく、精神的にも成長してくれないと、妊娠しようとしない。女性にとって、精神的な成長を飛躍的に促すのが、恋愛や結婚だから、これらをまともに行わないと、女性はいつまで経っても妊娠しようとしないのだ。

 人間は進化の過程で脳を大きくしていったから、他の動物たちと同じように肉体的成長しさえすればいいというようにはできていないのだ。、人間には物質的に成長したいという欲望と、精神的に成長したいという欲望の二つがあるのだ。人間は脳が大きくなってしまったために、精神的に成長したいという欲望を持ってしまった動物なのだ。

 だから、常に自分のレベルアップを図り続けなければならないのだ。浪費を抑え、自分に投資し、レベルをそのままにいるのではなく、常にレベルアップを図っていかなければならないのだ。妊娠しようが、出産しようが、育児をしようが、自分のレベルアップを要求されることには変わらないのだ。

 女性にとって妊娠するということは、自分の精神レベルが急激に上昇する期間でもあるのだ。女性は出産したとしないでは、精神的に天と地ほどの開きができてしまうのだ。それほど、女性にとって出産は、自分の精神レベルを急上昇させていくものなのだ。女性は出産してみれば、自分がいかに精神レベルが上昇してしまったことが、否が応でも解ることであろう。

 女性は出産すると、未出産の女性たちと、話が通じなっていくのだ。それとは逆に、既に出産した母親たちの話が解ってくるようになるのだ。どんなに傲慢であった女性であったとしても、出産すれば少しは謙虚になっていくものである。そして、何より、「小さな命を産み、育んでいくことの大切さ」が、痛いほどの解るのだ。この女性にとってもっとも大切なことは、女性が仕事でいくら働いても、決して解るものではないのだ。

●人間は成長するように仕組まれてある

 人間はいつまでも同じ場所に居続けるようにはできていないのだ。人間は成長するように、神様から仕組まれてあるのだ。人間にはそれぞれに持って生まれた「人間性」があり、それを文明の中で、許す限り自然な形で成長させていくのだ。だから、自分の人間性は自分だけのものだし、他人と同じではないということに早く気づくべきなのだ。その人間性をできるだけ自然な形で成長させていかなければならないのだ。

 それなのに、人間の平等を主張してみたり、社会から切り離して個性だけを尊重してみたり、理想的な人間像を描いてみたり、悪しき所を矯正させようとすれば、それだけその人間の人間性は歪んでいくのだ。例えば、女性の妊娠の苦しみを男性にも解らせようと、男性にお腹に重りをつけさせて妊婦の格好をさせてみたり、妊婦の個性をやたらに尊重してみたり、果ては理想の妊婦像を描いて、それを妊婦に強制してみたり、その妊婦が持つ悪い部分を治そうとしていけば、その行為がどんなに善意に満ちたとしても、その妊婦の人間性は歪んでいってしまうのだ。

 女性にとって、妊娠も出産も育児も、本来備わっている能力である。それを他人からとやかく言われるのでなく、その秘められた能力に早くに気付かせてあげることこそが大事なのである。女性が妊娠するということは、「私は精神的に成長したい!」という現れなのだ。女性は精神的に成長しなけれな、妊娠しようとしないのだ。

 確かに妊娠や出産は、肉体的成長の延長線上にあっても、それだけでは妊娠や出産をしようとはなしいのだ。堕胎をする動物は、この地球上唯一人間だけであるという事実を決して忘れるべきではないのだ。肉体的に妊娠したとしても、精神的に成長しなければ、無事に出産することはできないのだ。

 人間の使命は、世の中を生成発展させることにある。女性が妊娠し、出産し、育児をするだけでも、それらの行為は、世の中を生成発展させる行為に直結するのだ。国家は人口が増えていけば、発展していくし、人口が減っていけば、衰退していくのである。女性が妊娠したということは、もうそのこと自体が、その女性が成長した証であり、世の中を生成発展させていることなのだ。

●停止すると、崩壊が始まる

 人生における停止は停止ではないのだ。崩壊なのである。人生の中で停止してしまうと、その瞬間から人生の崩壊が始まるのだ。もしも、仕事を持っている妊婦であるならば、妊娠中は仕事の量を減らしたり、産休を取らざるをえなくなる。しかし、それは人生における停止ではないのだ。自分の人生がいい方へ変わっていっているということなのだ。

 だから、妊娠中といえども、何もしない日々を過ごすのではなく、自分が日々成長していくことができるよう、常に自己投資を怠らないことだ。妊娠したことによって、体の自由が奪われたとしても、それで何もしないというようにしてはならないのだ。妊婦であったとしても、自分ができることはきちんとしていくのだ。

 人間はその精神が低レベルにあると、低レベルな問題が押し寄せてくるものなのだ。低レベルの問題は自分を感情的に怒らせることになるし、低レベルの問題はエネルギーを浪費させることになるのだ。低レベルの問題を解決したとしても、得る物は少ないのだ。何事をするにも、「うまくいかないことは、間違っていること」と肝に銘じることだ。逆に「うまくいっていることは、正しいこと」なのだ。

 人間は自分の精神が高レベルにあると、低レベルの問題には出くわさないのだ。高レベルの問題は自分を更に成長させてくれるし、高レベルの問題は解決すれば、エネルギーを増大できるのだ。妊娠したとしても、常に自分の心を高く持ち、低レベルの問題にでく泡ないようにし、高レベルの問題に取り組んでいくことだ。

 女性は成長し続けるからこそ、スケールの大きな女性になれるのだ。女性が成長する必要性は、妊娠していようが、出産しようが、育児をしようが変わらないのだ。成長していけば、スケールの大きな女性になり、大きな幸せがやってくるのだ。大きな幸せは、決してスケールの小さな女性のもとにはやってこないのだ。

●人生の幸福と不幸の秘訣

 妊娠している女性が決して忘れてはならないことは、夫は結婚してから妊娠するまでに、精神的に成長してしまっているということだ。そのため、女性が妊娠すると、その精神レベルの格差が歴然としてしまい、妊娠中はトラブル続出となり、出産後に離婚してしまうという事態にもなりかねないのだ。結婚はそれだけ夫を精神的に成長させていたのだ。妻も結婚したからといって、新婚生活に浮かれていると、精神的に成長していない可能性が多々あるのだ。そのために、多くの夫婦が妊娠発覚後に、夫婦の蜜月が終わってしまい、夫婦喧嘩が始まってしまうのだ。

 結婚における幸福と不幸の分かれ道は、まさに妊娠時になるのだ。妊娠した時に、妻も精神的に成長していけば、その夫婦は円満で、多大な幸福が訪れてくるようになるのだ。妊娠した時に、妻が精神的に成長しなければ、その夫婦はいがみあうことになり、様々な不幸が訪れてくることになるのだ。妊娠した時こそ、妻の精神レベルが露呈してしまい、それが後の夫婦関係を決定づけることになるのだ。

 世の人々は、さかんに幸福を論じ、幸福を追い求めるけど、幸福のメカニズムは至って簡単である。幸福な人々は精神的に成長していったからこそ、幸福な人生を歩むことができたのである。不幸な人々は精神的に成長しなかったからこそ、不幸な人生を歩んでしまったのである。人間は成人になれば肉体的な成長は止まるけど、後は精神的成長をしていかなければならないのだ。

 もしも、妊婦が精神的に成長していなければ、妊娠したことによって、体が不自由になったことを嘆いたりすることだろう。妊娠していなかったら、こんな目に遭わなかっただろうと、愚痴を垂れまくるのだ。妊娠時における欠点をいくら指摘しても、その妊婦生活を幸せにすることはできないのだ。寧ろ、妊娠中にしか味わえない妊婦生活を不幸なものにさせてしまうことだろう。

 欠点を見るのではなく、長所を見るのだ。妊娠時の長所を見ていくと、妊娠が楽しくなってくるし、幸せになっていくのだ。妊娠したからこそ、この楽しさを味わえ、この幸せをえることができたのだと、感謝をすることなのだ。こういうふうに長所を伸ばしていくと、欠点は消えていくのだ。言ってしまえば、幸福も不幸も実は自分の心次第なのだということである。このことが解ると、自分の精神レベルは、急激に上昇していくのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

第六節 アマからプロへの転換

●アマチュアは絶対にプロに負ける

 主婦とは「家事のプロ」だということである。結婚していながら、家事を専門的にこなせなかったら、その妻はいつまで経っても未熟だし、その結婚は不幸になってしまうことだろう。既婚女性が家事をプロ化せず、いつまでもアマチュアのままでいたら、家事は難儀なものになってしまうし、苦労に満ちたものになってしまうのだ。なぜなら、プロ化しなければ、家事に対して本当の喜びを見い出せないからだ。

 家事というのは、主に「料理」「掃除」「洗濯」しかない。しかも、料理は高級レストランの料理を作る必要性はなく、ジャンクフードよりもましで、大衆食堂レベルのものを作ればいのだ。掃除は清掃業者のような完璧な清掃を要求されるわけではなく、夫から苦情が来ない程度の掃除でいいのだ。洗濯はクリーニング屋のような完璧なクリーニングを要求されるのではなく、洗濯籠に洗い物が溜まらないようにしてくれればいいのだ。家事というのは、実は高レベルの仕事が要求されるのではなく、実は低レベルの仕事が要求されているだけなのだ。

 結婚したら、夫は仕事に関してプロであらねばならないし、妻は家事に関してプロであらねばならない。もしも、夫が一つの仕事に専念せず、転職を繰り返していたら、その夫婦は喧嘩が絶えないことであろう。それと同様に、もしも、妻が家事に専念せず、フラフラとしていたら、その夫婦は喧嘩が絶えなくなるのだ。夫婦はどんなに愛し合っていたとしても、夫が夫の仕事をしなければ、妻が妻の仕事をしなければ、喧嘩になってしまうのだ。結婚の歴史というのは、実は自分を愛してくれた人をもっとも傷つけてしまう歴史でもあるのだ。その悲劇の歴史を引き起こさないためには、自分が遣るべきことを、きちんと遣らねばならないのだ。

 既婚女性にとって、「料理」「掃除」「洗濯」の三つがきちんとできていないと、妊娠が発覚してからは、新たに「妊娠」も「出産」も「育児」も、自分の仕事に加わってくるのだ。だから、妊娠が発覚する前に、「料理」や「掃除」や「洗濯」をきちんとこなしていないと、「妊娠」や「出産」や「育児」をうまく行うことができなくなるのだ。妊娠や出産や育児でトラブルを抱える女性は、必ずといっていいほど、「料理」や「掃除」や「洗濯」がうまくないのだ。家事の基本を適当に遣り過ごしていたからこそ、妊娠や出産や育児で天罰を喰らってしまうのである。

 家事をする際に、いつまでもアマチュアでいてはならないのだ。アマチュアは絶対にプロに負けるのだ。ゴルフを例にとってみても、ゴルフのセミプロと称する者がプロに戦いを挑んでも、セミプロは絶対にプロに負けるのだ。なぜなら、アマチュアだからだ。アマチュアはどんなに頑張っても、確実にプロに負けてしまうのだ。なぜなら、それを本格的に遣っていないからだ。どんな物事でも、本格的に取り組まない限り、身につかないのだ。

 人間は自分がプロ化できないものに、多くのエネルギーを投入するべきでないのだ。人間は何もかもできるようにはできていないのだ。既婚女性はまずは家事にエネルギーを投入して、家事においてプロ化してしまえばいいのだ。家事のプロであるなら、妊娠も出産も育児もプロ化できるのだ。プロになってしまえば、妊娠も出産も育児もスムーズにこなせるようになるのだ。

 妊娠のアマチュアは、妊娠すれば疲れるものである。なぜなら、手際が悪いからである。出産のアマチュアは、出産すれば大変な目に遭ってしまう。なぜなら、手際が悪いからである。育児のアマチュアは、育児をすれば悲惨なものになってしまうだろう。なぜなら、手際が悪いからである。

 プロという者は、手際よく行えるので、疲労しないのだ。大変な目に遭わないのだ。悲惨なものにしないのだ。多くの妊娠や出産や育児のマニュアル本が根本的に間違っているのは、アマチュアの女性たちに、妊娠や出産や育児をうまく行わせようというテクニックを授けていることなのだ。はっきりいってしまえば、家事をうまくこなせない女性に、いくらテクニックを教えても、妊娠や出産や育児をうまく行えるわけがないのだ。

●プロになるということ

 プロになるということは、「自分ができることを明確化していること」である。家事において自分ができることをやっていけばいいのだ。家事には主に「料理」「掃除」「洗濯」の三つしかない。いきなりそのすべてをやってしまうのではなく、まずは自分が得意なものこなしていけばいいのだ。料理が得意な女性は、まずは料理に力を入れて作っていくのである。料理がうまくいけば、それ以外の掃除や洗濯もうまくこなせるようになるのだ。

 プロになるということは、「段取り8割、実行2割」を身につけることである。何事も下ごしらえを充分にやっておかないと、いざ実行に移してもうまくいかないのだ。例えば、料理をするなら、いきなり料理をするのではなく、まずは何を買うのか、そのためには家計簿をつけて、しかも買ってきたら、食料品を腐らせないように、早く使いきっていく工夫をしていく。しかも、すぐさまガスレンジに火をつけるのではなく、常に下ごしらえをしてから、最後に火を使って料理をするのだ。

 プロになるこということは、過去のマイナスをすべて捨てるということだ。家事のプロになるということに、過去は関係ないのだ。結婚する前は、低学歴だったとか、仕事でミスばかりしていたとか、フーゾクでの仕事をしてしまったとか、犯罪歴があるとか、そういうのは一切関係ないのだ。過去のマイナスを一切捨て去るからこそ、自分が今遣るべきことに専念できるのである。自分が専念していけば、過去のマイナスなど吹き飛んでしまうのだ。

 だから、家事をする際は、漠然と家事をこなしていくのではなく、日記を毎日書き、反省し改善点を見つけだすことで、プロ意識を育てていくのだ。日記の中に今日、自分が「できたこと」「できなかった」ことを記入していくのだ。そうすれば、「自分はこういうことがきちんとできるのだな」「自分が不得意なのはここで、これを治していけばいいんだな」というのが解るのだ。この日記をつける作業をしないと、自分はいつも同じをミスをしてしまうし、自分ができることも、自分ができないことも明確にできないのだ。

 家電製品が大量に出回り、生活が楽になった反面、家事というものが軽んぜられるようになってしまったのだ。どんなに便利な料理器具が開発されようと、料理を作るのは主婦の仕事なのに、どんなに便利な掃除機が開発されようと、掃除をするのは主婦の仕事なのに、どんなに便利な洗濯機が開発されようと、洗濯をするのは主婦の仕事なのに、便利な家電製品が出回ることによって、家事を手抜きする主婦たちが大量に現れたのだ。

 だから、昔の母親なら難なく行えたものが、現在の女性たちには困難に満ち溢れたものになってしまっているのだ。どんなに便利な家電製品が出回ろうと、既婚女性にとって家事の重要性はなんら変わらないのである。家事の基本ができていないからこそ、妊娠や出産や育児を行うと、すぐにマニュアルに走り、そのマニュアル通りにいかないと焦り出し、そしてトラブルを連発し出すのである。

●プロは本質を理解している人

 いかに妊娠や出産や育児をする前に、家事をきちんとこなしておくというのが、大事だというのが解る。家事を継続してやっていれば、自信がつくし、家事をプロ化していけば、自分はできるんだという確信がつくし、そして、家事を習得してしまえば、物事の本質を理解できるようになるのだ。この自信→確信→本質理解というのが、家事に限らず、物事を習得しようとする際に、必ず経る過程なのだ。この過程を経て、本質を理解できるようになった者だけが、一人前の人間になれるのである。

 家事をプロ化して、遣り続けていれば、物事の本質が解ってくるから、妊娠が発覚して、妊娠や出産を育児をやるようになっても、その本質が自然と解ってしまうのだ。本質が解っていれば、妊娠や出産や育児を自由自在に行えることができるのだ。それなのに、家事をいつまでもアマチュアのままで遣り過ごし、家事の本質を理解していないと、妊娠も出産も育児も、その本質を理解することは無理なのだ。妊娠や出産や育児の本質を理解していなければ、妊娠や出産や育児で現れてくる表面上の様々な現象に苦しまなくてはならなくなるのだ。

 こういう女性たちが妊娠や出産や育児で口にする言葉は、「妊娠は大変だ」「出産は大変だ」「育児は大変だ」と、「つらい」の「苦しい」の泣き言ばっかりなのである。夫や子供たちを理解するどころか、「誰も私のことを解ってくれない」と言い始めるのである。挙句の果てには政府まで動かそうとし、「政府は妊娠や出産や育児を支援してほしい」と言い出すのである。

 アマチュアのままで妊娠や出産や育児を行おうとするから、妊娠や出産や育児が苦しくなってしまうのである。家事の本質を理解していなければ、何をするのに大変なのである。苦しみばかりなのである。家事で手抜きばかりしている人は、妊娠や出産や育児でも手抜きをすることばかり考え、それらの中にある本当の楽しさに、遂に巡り合うことができなくなってしまうのである。

 結婚したなら、家事をしなければならないことは知っている。結婚したなら、いずれ妊娠や出産や育児が起こることであろうことは知っている。しかし、知っているだけでは何も始まらないのだ。多くの女性たちが、教育制度が整いすぎてしまい、知れはそれをできるだろうと、思いこんでしまっているのである。知った所で、それができるわけがないのだ。

 家事を「知る」より「好き」になる。好きになれば、自然と上手になっていくのだ。そして、家事を「好き」より「楽しむ」ようにする。自分が好きなものをやるだけでなく、自分が嫌いなものまできちんといやっていくと、段々と本当の楽しさが解ってくるのだ。この境地にまで辿りつけば、家事の本質もちゃ~んと解ってくるのだ。

 既婚女性は結婚したのだから、夫を愛しているということで結婚したのだろう。だったら、その愛を家事をすることなり、妊娠や出産や育児を楽しんで行うことで、表現しなくては。気持ちは行動で示し、結果を出してこそ、価値があるのだ。口では「愛しています」と言いながら、家事を手抜きばかりしていたら、その愛は偽りであることに間違いがないのだ。

●妊娠できた女性は、みんな恋愛や結婚のプロである

 結婚できた女性というのは、みんな恋愛や結婚もプロなのである。なぜなら、恋愛も結婚も「偶然の産物」だということが解っているからだ。未婚の女性たちは、自分の力で人為的に恋愛が結婚ができると思っているが、そういう出会いは、決してまともな恋愛や結婚にならないのである。

 「運命の出会い」は偶然で起きるものなのだ。運命の出会いだからこそ、本物の恋愛をできるし、本物の結婚ができるのだ。この大事なことが解らなければ、低レベルなことを何度も繰り返してしまうのだ。自分で「恋多き女性」といっている女性たちが、実は低レベルな男女の出会いを繰り返しているだけなのだ。

 女性にとって、恋愛や結婚は必ず通過しなくてはならないものである。だから、本物の恋愛をしなければ、本物の結婚をしなければ、いつまで経っても半人前で、いつまで経っても精神的に自立できないのだ。しかし、人生には限りがあり、いつまでも偽りの恋愛に耽っているわけにはいかないのだ。

 「白馬の王子様」だって、自分が招いてやってきたわけではないのだ。偶然の産物なのだ。運命の出会いは、偶然がなければ、運命の出会いにならないのだ。妊娠だって、偶然の産物なのだ。セックスすれば、妊娠できるだろうと思う女性は、大事なことが解っていない女性なのである。人為を尽くしたとしても、自分が思いのままにならないものは、たくさんあるのだ。アマにはその大事な偶然が見えていないのだ。必然的なことをいくらやっても、巨大な幸運は訪れてこないのだ。

 人間がプロになるということは、人為を尽くして、それゆえに偶然の大切さを知ることなのである。人間は小さな幸せを自分で作り出すことはできるが、巨大な幸運は自分では作り出せないのだ、必ず自分以外の所からやってくるのだ。昔の人々は、その巨大な幸運を与えてくれる人を、「神様」と捉えた。しかし、現代の人々は、神様の存在を軽んじたり、否定したりして、自分の理性の力で、幸福を得ようとしているから、小さな幸福しか得られないのだ。

 だからこそ、結婚したなら、家事をプロ化して、その偶然の大切さを知るべきなのだ。自分が遣るべきことをやって、偶然の大切さが解った時、その夫婦に巨大な幸運が訪れてくるのだ。それゆえに、妊娠したなら、妊娠のプロを目指せ、出産したなら、出産のプロを目指せ、育児をするなら、育児のプロを目指せ、そうやって、巨大な幸運を招き寄せるのである。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

第五節 継続は力なり

●遣り続けなければ、遣るべきことが解らない

 確固たる将来のビジョンを持ち、物事に取り組む姿勢が明確になったら、今度は「継続し続けることの大切さ」を備えなくてはならない。何事も、継続するからこそ、やるべきことが解ってくるのだ。遣り続けなければ、遣るべきことが解らないものだ。例えば、妊娠にとって栄養のあるものを食べ続けなければ、お腹の中の赤ちゃんに栄養がいかないのだ。

 家事というのは、どれを取っても継続性のあるものばかりだ。今日は調子が悪いからと言って食事を作らないわけにはいかないのだ。今日は雨が降っているからといって掃除をやめるわけにはいかないのだ。それと同様に妊娠しているからといって、家事を放棄するわけにはいかないのだ。妊娠したとしても、家事の重要性にはなんら変動がないのだ。

 一家の主婦が、家事をきちんとこなせば、夫婦は円満になり、家庭に平安が訪れてくるのは、自明の理である。妻が家事を怠れば、夫婦の関係は崩壊するし、母親が家事を放棄すれば、子供たちは不良少年や不良少女となって母親に復讐してくることであろう。家事は結婚をうまく進めていく上で、それほど重要なものなのに、家事はフェミニストたちから徹底的に罵倒され、それに同調した既婚女性たちが、まともに家事をやろうとしなくなっているのだ。愛情を込めて家事をこなそうとするのではなく、どうすれば手抜きができるか、どうすれば家事をやらなくて済むかだけを考えているのだ。

 「桃栗3年、柿8年、技術10年、学問30年」と言われる。桃や栗が実をつけるまでに3年かかるし、柿が実をつけるまえには8年もの歳月がかかるのだ。それと同じく人間が一つの技術を習得しようとすれば10年の歳月がかかるし、人間がひとつの道を究めようと思ったら30年の歳月がかかるものなのだ。技術が習得できまで、それだけ歳月が必要なのだ。人間が一つの道を究めようとすれば、それだけの歳月が必要になるのだ。

 家事だって技術の塊なのだから、それを習得するまでに、10年の歳月が必要なのだ。それなのに既婚女性が家事で手抜きばかりしていたら、いつまで経っても家事を習得できないことだろう。10年間、真面目に家事をこなしていれば、いかなる家事でも簡単にこなせるようになるのだ。家事だって継続して遣り続けなければ、身につかないのだ。

 妻のなんたるか、母親のなんたるかが解るのは、30年の歳月が必要になるのである。それなのに、妻としての役割や、母親としての役割を果たさないで済むようなことばかりやっていたら、いつまで経っても妻として悪妻であり、母親としては失格のままであろう。女性といえども、30年間結婚し続けていれば、妻のなんたるか、母親のなんたるかが解ってくるのだ。

 女性は結婚してしまうと、幸せな妻たちと、不幸な妻たちの二つに分かれてしまう。幸せな妻たちは、幸せな妻たち同士で集まり、不幸な妻たちは、不幸な妻たち同士で集まるものだ。なぜ、幸せな妻たちは、不幸な妻たちを排除しようとするのか? それは、家事を遣り続けないから、大事なことが解っていないのである。大事なことが解っていない人と、一緒にはいられないものなのだ。

●自信は継続から生まれる

 ありとあらゆるものは、継続し続けると、自信が生まれてくるのだ。物事は継続するからこそ、自信が生まれてくるのだ。「自分に自信を持て!」と言われても、なかなか自分には自信がつかないものである。しかし、人間はどんな者であったとしても、継続すれば自身がつき、日々繰り返すことで大きな自信を得るのだ。

 女性は結婚してから3年以内に90%以上の女性が妊娠するのだが、それまでに継続して真面目に家事をこなしていないと、自信がついていないので、妊娠という出来事に慌てふためいてしまうのだ。妊娠という目出度い出来事なのに、自信がないばっかりに、妊娠をきっかけに夫婦関係が悪化していくのだ。

 まさに「継続は力なり」なのだ。結婚してから妊娠するまで、きちんと家事を行ってきた既婚女性は、妊娠したとしても、自信をもって妊婦生活を過ごすことができることであろう。そして、自信をもって出産を行うことができるし、自信をもって育児を行うことができるのだ。

 多くの妊娠や出産や育児に関する書物が、根本的に間違っているのは、妊婦は妊娠のことだけを考えていればいい、産婦は出産のことだけを考えていればいい、母親は育児のことだけを考えていればいいと説いていることなのである。妊婦も産婦も母親も、結婚しているから、妊娠も出産も育児も楽に行えることができるのである。結婚しているのに、家事を放棄していては、妊娠も出産も育児もうまくいくわけがないのだ。

 男は仕事で鍛えられ、女は家事で鍛えられるのだ。男は仕事を継続して働くからこそ、男として鍛えられるのである。女は家事を継続して働くからこそ、女として鍛えられるのである。自分の心を強くするのは、毎日の生活習慣にこそあるのだ。人間は自分の心を鍛えるために、何も奥深い山に入って修行することもなし、滝に打たれることもないし、坐禅を組むことなんてないのだ。自分を鍛えたければ、今の自分に与えられた仕事を真面目にこなしていけばいいのだ。これを≪事上磨練≫というのだ

 たまに料理を作れば、それは単なる料理を作るという行為にしかならない。しかし、毎日、料理を作っていれば、それを自分の心を磨き上げる行為になっていくのだ。たまに掃除をすれば、それは単なる掃除をした行為にしかならない。しかし、毎日、掃除をしていれば、それは自分の心を清めていく行為になっていくのだ。

 特に自分の心を鍛えるなら、便所掃除は非常に有効性のあるものである。汚い所や臭い所は神様が嫌うのだ。そこを自分が率先して毎日行うなら、便所は奇麗になるし、自分の心も鍛え上げられていくのだ。昔の人々は、妊娠と便所に、目に見えざる深い繋がりを感じ、「妊婦が便所掃除をすると、美人が生まれる」と言い伝えてきたが、妊婦が日々便所掃除をすれば、妊婦の心が鍛え上げられ、そういう母親のもとには、将来、美人にある赤ちゃんが生まれてくるのだ。

●「型」を見つけ出せ

 妊娠や出産や育児をうまく行う秘訣は、実は家事をきちんとこなすことなのだ。家事をきちんとできる既婚女性なら、妊娠や出産や育児をうまくやっていけるのだ。なぜなら、妊娠や出産や育児は、家事がきちんとできてしまえば、非常に簡単なものだからだ。家事をすっ飛ばして、妊娠や出産や育児をうまくやろうとするから、難儀するのである。

 妊娠や出産や育児にトラブルを抱える母親たちは、常々、「家事は面倒臭い」と言い出すのだ。それは家事を漠然と行うからである。家事にはうまく行うコツというものがあり、それを早く自分で見つけ出せばいいのだ。だが、こういうグータラ妻に限って、家事をうまく行うコツを他人から聞き出そうとしているのだ。

 コツは他人から教えられるものではないのだ。コツは自分で探して見つけだすものなのだ。他人が「これがコツ」と言っているものが、自分に合うとは限らないのだ。コツというのは、あくまでも自分が家事を繰り返して行っていく、自然と自分で見つけられるものなのだ。そしてコツが解れば、自分のやっていることが、非常に楽になり、家事が楽しくなっていくのだ。

 このコツを集めていくと、今度は「型」が解ってくるのだ。「型」とは、家事がもっとも効率よく行える状態で、もっとも美しくなるバランスだと言っていい。家事の「型」が解ると、すべてのことが解ってくるようになるのだ。ベテランの主婦に限って、無駄な動きが一つもないのは、型が解っているからなのである。

 どんなジャンルでも、その道を究めるということは、そこに秘められた型を掴むことになるのだ。その型を掴んでしまうと、自由自在に行えるようになるのである。多くの人々が何をやらしても一流になれないのは、自分勝手に物事を進めていき、それを自由だと思い込んでいるからなのである。自由というのは、物事を極めた人だけが使いこなせるものなのだ。

 家事だって、ちゃんと型があるのだ。でも、それは家事を継続して行っているからこそ解るものなのだ。家事をやっているといっても、家事をチャランポランに行っていては、永遠に解らず、家事が苦労に満ちたものになってしまうのだ。結婚したら、家事をやるのは、当たり前なのだ。だったら、真剣になって、遣り続ければいいのだ。継続して遣り続ければ、必ず解るものなのだ。

●体全体から出てくるオーラ

 自分がどんなに大変だと思うものでも、1ヵ月間同じことを遣り続ければ、苦しみではなくなるのだ。そして、3ヵ月間同じことを遣り続ければ、必ず習慣化できるのだ。そして、習慣化できれば、オーラが体全体から滲み出てくるのだ。妻が家事を真剣にやっていれば、必ずオーラが出てくるのだ。そのオーラに夫が気づいて、「最近、変わったね」と言ってくれることだろう。

 そういうオーラが体から滲み出ているなら、妊娠や出産や育児をちゃんと行えるのだ。自分が何をすべきかは、自然と解ってくるものなのだ。妊娠したからといって、妊娠のことばかり考えていたら、妊娠は苦労に満ちたものになってしまうのだ。出産するからといって、出産のことばかり考えていたら、出産は悲劇的なものになってしまうのだ。育児をするからといって、育児のことばかり考えていたら、育児は破滅的なものになってしまうのだ。

 なぜなら、それらは結婚生活の上で部分的な事柄であって、全体的なものではないからだ。部分に最大限のエネルギーを投入して、部分を最適なものにしてしまうと、その部分が全体のバランスを崩してしまい、結局、その部分も、全体もうまくいかなくなってしまうのだ。妊娠に取り組みすぎる妊婦や、出産に取り組みすぎる産婦や、育児に取り組みすぎる母親が、結果的に妊娠や出産や育児を不幸なものにさせてしまい、それどころか結婚生活まで不幸にさせてしまうのは、これが原因なのだ。

 世の中には、結婚しているなら、夫婦の愛さえあればいいと思っている人たちが大勢いるのだが、そういう考え方は、根本的に間違っているのだ。愛さえあればうまくいくなど、やってみればうまくいかないのは、解り切ったことだ。もしも、夫が「お前を愛しているよ」と言って、仕事もせずに、家でブラブラしていたら、どんなに愛された所で、妻にとっては迷惑の極みだし、夫婦喧嘩は絶えなくなるだろうし、恐らく異常に高い確率で離婚へと突き進んでいくだろう。

 なぜ、愛し合っていた夫婦が離婚してしまったのだろうか? それは夫が働かないからである。どんなに愛された所で、夫が働かなければ、邪魔なだけなのだ。このことは、妻にとっても同様で、どんなに妻が夫を愛していようが、家事を放棄して何もしなければ、夫にとっては、邪魔なだけなのだ。

 結婚にとって確かに愛は大事である。しかし、愛は万能ではないのだ。結婚すれば、夫して、妻として、遣るべきことはたくさんあるのだ。夫婦はそれらのことを一つずつ遣り遂げていかなければ、幸せも豊かさもやってこないのだ。夫だったら、まずは仕事であり、妻だったら、まずは家事なのだ。この結婚において基盤となるものを崩してしまうからこそ、幸せも豊かさもやってこないのだ。「株価が変動した」「原油が高騰した」「食料品が値上げした」ぐらいで、すぐさま悲鳴を上げ、政府に頼るというのは、異常な行動である。結婚の基盤を構築していないからこそ、外部の影響を直撃してしまうのである。

 人間はオーラを発しながら生きている動物である。オーラとは、波長だといっていいし、その人が持っているリズムであるといっていいだろう。その人が他人を幸せにするオーラを発してくるなら、周囲の人々はみな幸せになっていくことだろう。その人が他人を豊かにするオーラを発してくるなら、周囲の人々はみな豊かになっていくことだろう。

 夫は仕事で自分を鍛えて、このオーラを発してくるようになるし、妻は家事で自分を鍛えて、このオーラを発してくるようになるのだ。他人を幸せにし、他人を豊かにできるオーラを発することができる既婚女性であるなら、妊娠も出産も育児も、幸せで、豊かなものにしていくことができるのだ。

 それなのに、妊娠だけをうまくやろう、出産だけをうまくやろう、育児だけをうまくやろうとすれば、自分の意図とは逆に、悲惨的な結果に終わってしまうのである。なぜなら、「幸せのオーラ」を発してこないからである。根本的な所で間違えている人を、幸せにするのは不可能なのだ。妊婦生活を送る際は、決して根本を間違えないことなのである。根本を間違えなければ、自然と成功していくのだ。

 有難いことに、家事を継続することによって、オーラを発するようになれるのは、無料でできることである。もしも、霊能者から指導を受けて、オーラを発するようになるまでは、莫大なお金と膨大な時間を要求されることであろう。それに比べれば、家事なんて簡単なものなのである。家事を一生懸命に継続して行い、オーラを発するようになれば、夫は喜んでくれるし、妊娠も出産も育児もうまくいくようになるし、子供たちも喜んでくれることだろう。幸せというものは、いつだって自分の心の中から発せられるのだ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

第四節 物事に取り組む姿勢

●一生懸命やってみる

 確固たる将来のビジョンを持てたら、その将来のビジョンを実現するために、一生懸命やってみることだ。幸せな妊婦たちは、将来の目標が定まっているがゆえに、やらなければならないことが無数に出てくるのだ。だから、今すぐに行動を開始し、今やれることを精一杯やってのけていくのだ。

 幸せな妊婦たちは、妊娠しているからといって、時間を無駄にはしないのだ。妊娠中といえども、将来のビジョンを実現させるためにはやるべきことがたくさんあるからだ。勿論、過度な運動や、過酷な労働には従事できないであろう。しかし、妊娠してもできることはたくさんあるのだ。

 妊娠しているからといって、何もしないでいると不幸を引き寄せてしまうのだ。いかなる哺乳動物でも、妊娠していても、何かしらの行動を取って、体を動かしている。それなのに、妊婦の中には妊娠しているからといって、何もしなくなる妊婦が多数出てくるのだ。そのために、体調を崩してしまい、不幸を引き寄せてしまうのだ。

 妊娠してようが、妊娠してまいが、いかなる時も、努力と誠実さは、幸運を引き寄せるのだ。幸運を引き寄せる法則は、決して妊娠に左右されないのだ。人間はなんの夢もないのに、努力し続けることは困難である。人間はなんの目標もないのに、誠実なままでいるのは困難である。人間は本人が思っているように高等な生物でないのだ。夢や目標がなければ、すぐに堕落していってしまう脆弱な動物なのだ。

 だからこそ、確固たる将来のビジョンが必要になってくるのである。自分たち夫婦が将来どのようになりたいか定まって入れば、妊婦といえども、自然と努力を行い、誠実さを発揮してくるのだ。努力しなければ、自分が望むべきものは手に入らないのだ。誠実さを示し続けなければ、自分が掴んだ幸せを維持できないものなのだ。

 幸せな妊婦たちは、自分のやるべき仕事をちゃんとやっているのだ。既婚女性の場合は、家事が常に仕事の筆頭である。妊娠しているといえども、その重要性はなんら変わらないのだ。だから、妊娠していても、きちんと家事をこなしてくるのだ。妻が家事をこなせば、夫婦の仲は円満になり、妻が家事を放棄すれば、夫婦の仲は最悪になっていくのだ。これほど単純明快なものは、他にないであろう。

●人間は成功し始めると、姿勢は同じようになる

 結婚すれば、すべての女性たちが幸せになれるのではないのだ。幸せになるべく努力し続けた女性だけが幸せになり、幸せになる努力を怠った女性たちは確実に不幸になっていくのだ。マスコミはいつも結婚にはネガティブに報道する傾向があるので、「夫婦のいざこざ」「夫婦喧嘩」「ドメスティックバイオレンス」「不倫」「離婚」と、結婚すればさぞかし不幸になってしまうかのような報道をしてくる。

 しかし、不幸になるような女性は、結婚しようがしまいが不幸になるものなのだ。なぜなら、彼女たちには将来のビジョンがまるでないからだ。常に他人に依存して、他人に何かをやってもらおうと気でいるからなのだ。だから、いつまで経っても自分が望むものが手に入らないのだ。幸せは自分が動き出さなければ、決して手に入らないのものなのだ。

 人間は勇気を出して、動き出し、成功し始めると、その姿勢は皆同じようなものになっていくのだ。まず、「明るくて元気で前向き」である。次に「素直で正直で謙虚」である。更に、「常に真面目に取り組む」のだ。こういう姿勢でいられたら、幸せを獲得できるだけでなく、向こうから幸せがやってくるようになるであろう。

 幸せな妊婦生活を送る上で、物事に取り組む姿勢というのは非常に大事なのだ。なぜなら、その妊婦が幸せに妊婦生活を送られるようになるだけではなく、お腹の赤ちゃんの性格も母親の行動の影響を受けて決まっていくからだ。妊娠中に堕落した生活を送っていた妊婦が、出産後に更生することなどありえないであろう。当然に育児に難儀をすることであろう。だが、妊娠中に聖化された生活を送っていた妊婦は、出産後もその優れた生活習慣を維持し、子育ても楽に行えるのだ。

 妊婦たちよ、自分の我儘を捨て、幸せな妊婦たちを見習おう。幸せな妊婦たちは、「人の悪口を言わない」ものだ、幸せな妊婦たちは、呼ばれたら「ハイ」というものだ。幸せな妊婦たちは、「礼儀の大切さ」を守り、人の居る所では礼儀を守り、他人への敬意を常に現すものだ。こういったことは、簡単にできてしまうものばかりなのだ。

●成功している人にオチャラケている人はいない

 世の中が行き詰まり、社会が腐敗してくると、努力や誠実さは馬鹿にされてしまう傾向があるのだ。自分が一生懸命努力するよりも、他人の力に頼り、政府の救済策に頼ろうとするのだ。自分が誠実さを発揮するよりも、オチャラケて、下らない冗談を言い、他人に誹謗中傷を浴びせているのだ。

 自分の幸せは自分で獲得するからこそ面白いのである。自分の豊かさは自分で実現していくからこそ楽しいのである。他人から幸せにされた所で、心の奥底から幸せにはなれないだろう。政府の援助を受けて豊かになっても、自分の生活を本当に豊かにすることはできないだろう。

 自分の生活すらままならない身体障害者に、手助けをすることは正しいかもしれない。しかし、五体満足で健康に暮らしている人が、自分で努力せず、他人の手助けを求めれば、それは乞食よりも劣るものである。内戦が勃発し、祖国を追われた難民に、政府が救いの手を差し伸べるのは正しいことかもしれない。しかし、平和な社会で暮らし、病気もせず、労働できる人が、政府の手助けを求めることは、それは奴隷よりも劣る行為である。

 誰かに頼っていれば乞食よりも劣り、政府に頼っていれば奴隷よりも劣ってしまうものなのだ。自分には足があるのだから、自分で立て! 自分には手があるんだから、その手を使って労働をせよ! 妊娠した所で、手も足も動かせるのだ。それなのに、どうして何もしないということを選択してしまうのだろうか?

 何でも茶化していると、大切なものを作り出せなくなるのだ。何事にもオチャラケていると、自分が望む未来を作り出せなくなるのだ。幸福を享受している人に茶化す人はいないし、成功している人にオチャラケている人はいなものだ。自分が何もしないで、テレビばかり見ていたら、時間はアッという間に過ぎ去っていくのだ。そして、過ぎ去った時間は、もう二度と取り戻せないのだ。

 幸せな妊婦生活を送りたければ、何事にも一生懸命取り組むべきなのだ。自分の努力と誠実さを発揮して、自分の力で幸せと豊かさを築き上げていくべきなのだ。時間はいつまでもあると思うな。妊娠は妊娠してから10ヵ月後には、出産の時期を迎えるのだ。妊婦生活は永遠に続くものではないのだ。必ず終りが来るのだ。だから、1日1日を大事にして、自分ができることを、一生懸命に行うべきなのだ。

●未知なるものに取り組む時は最初のスタートダッシュが肝心である

 初めて妊娠した妊婦にとっては、妊婦生活は知らないことばかりである。だからといって、無為無策の日々を過ごすことはないのだ。妊娠の経験者たちに話を聞けばいいのだ。話を聞けば、今、自分が何をしなければならないことが解ってくるのだ。妊娠が初めてだからといって、誰からも話をきかなければ、妊娠生活を無知のまま過ごし、最悪な形で出産に突入してしまうのだ。

 何事も最初が肝心である。最初から躓いている妊婦は最後まで躓くものだし、最初から出だしがいい妊婦は最後まで順調に行くものである。妊娠は妊娠が発覚してから、最初の3ヵ月で、妊婦生活の幸福と不幸がほとんど決定してしまうのだ。自分のお腹が大きくならないうちに、妊婦としてすべきことをやっておくからこそ、お腹が大きくなっても、自由に動けることができるのである。

 未知なるものに取り組む時は、最初のスタートダッシュが肝心なのである。妊娠したての時は、自分の気持ちも新鮮だし、エネルギーも満ち溢れているので、非常に爽やかな気持で、自分の生活を妊婦生活に切り換えることができるし、妊婦生活を順調良く進めていくのに、エネルギーを充分に使えるのだ。

 こういう切り替えができない妊婦は、過去や現実に囚われてしまう人たちなのだ。人間は過去や現実に囚われていると、未来を作り出せないのだ。確かに、過去においては妊娠していなかったかもしれない。確かに、現在においてはまだ妊婦らしい格好にはなっていない。しかし、妊娠が発覚したら、確実にお腹が大きくなってくるし、10ヵ月後には出産の日を迎えるのである。

 だからこそ、確固たる将来のビジョンが必要なのだ。確固たるビジョンがあれば、現実を相対化できるので、現実を冷静に見つめることができるのだ。自分の夢が明確になっていれば、自分がやるべきことに一生懸命取り組むことができるし、努力と誠実さを思う存分発揮できるのだ。

 人類が地球に誕生して以来、人類が妊娠しなかった年など、一度もないのだ。必ず、世界のどこかで妊娠し、出産が行われているのだ。どうすれば妊婦生活がうまくいくか、どうすれば出産がうまくいくか、その手の情報はいくらでも蓄積されているのだ。自分が初めての妊娠だからといって、増上慢にならずに、謙虚になって、どうすれば妊婦生活がうまくいくのかを調べていけばいいのだ。そして、自分に合ったものをやっていけばいいのだ。

●真剣に取り組んでいれば答えは必ず見つかる

 どんなに優れた教育制度を整えた所で、馬鹿は確実に存在しているものである。単なる馬鹿はまだ救いようはあるが、教育を受けた馬鹿は救いようがないのだ。妊婦の中には、「私は初めての妊娠なので、妊娠中に何をすればいいのか解りません」と言ってくる妊婦や、「私は子供を産んだことがないので、子育ての仕方が解りません」と言ってくる妊婦が、必ず存在してくるのだ。

 我が国で女性に大学を進学させなかった頃には、こんな馬鹿な女性はありえなかったのである。妊娠も出産も育児もやってみなければ、解らないことばかりなのである。いくら学校や大学で勉強した所で、実際に経験してみなければ解らないのだ。知識をいくら積み重ねても、妊娠はできないのだ。学校や大学でいくら成績が良くても、出産をうまく行うことはできないのだ。教科書をいくら読んだ所で、育児をうまく行うことはできないのだ。

 世の中には、「妊娠中に何をしたらいいか解りません」と言ってノイローゼになる妊婦や、「育児の仕方が解りません」と言ってノイローゼになる母親が後を絶たないのだ。学校や大学で勉強しすぎて、頭でっかちになるから、こういう馬鹿げたことになるのである。自分の体を動かさないで、知識を溜め込むからこそ、ノイローゼになってしまうのだ。

 自分が解らなかったら、誰か経験者に聞けばいいのである。出産を経験した母親たちは、無料でちゃんと教えてくれるのだ。なぜなら、女性にとって妊娠や出産や育児は、もっとも崇高な行為であり、もっとも重要な行為だからだ。妊娠や出産や育児を経験すれば、誰もが同じような悩みを抱くし、似たような難問にぶつかるものなのだ。それなのに、自分一人で抱え込み、自分一人で解決しようとするからこそ、ノイローゼになってしまうのである。

 初めて妊娠した女性にとっては、確かに妊娠は何も解らないことばかりである。だからこそ、新鮮味があるし、新しい発見があるし、面白いのだ。自分が解り切ったことを繰り返しても、楽しい筈がないのだ。解らないからこそ、遣り甲斐があるのだ。妊娠中にいかなる問題を抱え込もうとも、妊娠に真剣に取り組んでいるなら、必ず答えが見つかるものなのだ。妊婦に必要なのは、「真剣さの大切さ」なのである。

 真剣に生きているからこそ、妊婦生活が面白いのだ。真剣に生きているからこそ、自分の考えを変えてしまうような出来事も起こってくるのだ。真剣に生きているからこそ、ユーモアを言えるのだ。真剣に生きておらず、それを誤間化すためにいくら冗談を言っても、それは面白くないのだ。

 妊娠中は忙しくしていた方がいいのだ。忙しくしているからこそ、妊婦生活が充実し、そして忙しさの中に余裕を見つけることができるのだ。妊婦だからといって閑を持て余していると、生活は充実しないし、雑念や邪念が湧いてきてしまうものなのだ。

 幸せを獲得したければ、物事に取り組む姿勢を明確にすべきなのだ。物事に一生懸命に取り組み、幸せを獲得していくということは、万人に共通なのである。妊娠しているからといって、免除されるものではないのだ。幸せな妊婦たちは、物事に真剣に取り組んでいるからこそ、益々幸せになっていくのである。それを知らない妊婦たちは、妊娠中に無為の日々を過ごして、出産してから、悪魔のツケを払う羽目になるのである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

第三節 明確な未来のビジョン

●新婚当初は豪華なスタートを切るべきではない

 新婚当初は貧乏が当たり前である。新婚生活が豪邸と豪華な家具に囲まれて、食卓には贅沢な料理が並んでいると妄想を抱いてきた新婦にとっては、新婚生活の現実は厳しいものであろう。昔の人々は、新婚生活が貧乏なものだから、せめて結婚式や披露宴だけは贅沢にして挙げていたにすぎないのだ。

 新婚当初は豪華なスタートを切るべきではないのだ。お金持ちの子息や令嬢や、芸能人は、自分にお金があるものだから、往々にして豪華な新婚生活を送ってしまいがちだ。しかし、その代償が結婚生活の破綻なのだ。新婚生活を豪華に切った夫婦ほど、離婚や別居に至る確率が高くなっていくのだ。

 新婚当初の貧乏を嘆くこと勿れ。新婚の夫婦には、決してお金は重要でないのだ。夫婦の基礎固めを行うことの方が遥かに重要なのだ。結婚してから3年以内で、夫婦の在り方はほぼ決まってしまうのだ。夫婦が力を合わして、明確な未来のビジョンを築き上げることができたなら、貧乏など恐るるに足らずなのだ。

 現実の生活が、いくら貧乏でも「貧乏ごっこ」をしていると思えばいいのだ。妊娠が発覚した時ほど、「金欠」である。それなら「金欠ごっこ」をしていると思えばいいのだ。貧乏を恐れて離婚してしまう夫婦や、金欠を恐れて子供を作らない夫婦は、本末転倒なのである。お金に惑わされて、次の精神ステージに永遠に進めなくなってしまうのだ。

 貧乏だからこそ、金持ちに伸し上がっていくことができるのである。金欠だからこそ、お金を獲得する喜びが大きいのだ。しかも、夫婦でお金持ちになっていくからこそ、喜びも倍増していくのだ。夫婦で共同して働くからこそ、お金を得た喜びは非常に大きくなり、夫婦でその喜びを分かち合うことができるのだ。だから、貧乏や金欠に妊娠が左右されてはいけないのだ。

●人生の根本を間違えるな

 新婚の夫婦が気をつけなければならないことは、現在が貧乏であったとしても、人生を楽しむことである。貧乏の中で妊娠しても、それを祝福することができることである。今、この時を楽しめなかったら、いつまでも苦しみは続くことだろう。貧乏や金欠であったとしても、笑顔でいられない女性は、いつまでもしかめっ面でいることだろう。

 人生哲学は大きく二つに分けられるのだ。 人生を楽しみと考えるか、人生を苦しみと考えるかの2つしかないのだ。人生を一切皆苦と捉えれば、人生は苦しみだらけになり、妊娠も出産も育児も苦しみだらけのものになる。人生常楽と捉えれば、人生は楽しくてしょうがないものになり、妊娠も出産も育児も楽しくてしょうがないものになるのだ。

 新婚当初に問われているのは、貧乏であるかないかではないのだ。金欠であるかないかではないのだ。問われているのは、「あなたは新婚生活を楽しんでますか?」「あなたは妊娠を楽しんでますか?」なのだ。今この時を楽しんでいることこそが、人生の根本において人生常楽があるということなのだ。

 人生の根本を間違えるな。人生の根本において間違っていたら、その後、いかなる対策を講じても、修正は絶対に効かないのだ。一切皆苦と思っている人間の目に映るものは、すべて苦しみである。一切皆苦と思っている人間の耳に聞こえてくるものは、すべて苦しみである。一切皆苦と思っている人間の口から発せられる言葉は、すべて苦しみである。

 自分の人生を楽しいと思うからこそ、自分の人生が楽しくなってくるのである。苦しみから逃避し、刹那の快楽に走っても、その刹那の快楽はいずれ苦しみに変わっていくのだ。大事なことは、自分の人生の根本に、人生常楽を置き、自分の人生に現われてくる苦楽を楽しむことなのだ。人生常楽と思っていれば、楽を素直に楽しめるし、苦を楽しみに変えることもできるのだ。

 自分が人生を楽しいと思うからこそ、結婚生活も妊娠も楽しくなっていくのだ。自分が結婚生活や妊娠を楽しんでいれば、明確な将来のビジョンが生まれてくるのだ。自分が今この時を楽しんでいるからこそ、将来あれをやりたい、これをやりたいというのが浮かんでくるのだ。

●自分は将来一体何をしたいのか?

 幸せな妊娠生活を送りたければ、結果や方法でもたらされるものではないのだ。理念によってもたらされるものなのだ。その理念とは決して難しいものではなく、自分の将来のビジョンを明確にしていくということなのだ。妊娠中はこういうことがしたい、出産時にはこういうことをしたい、育児ではこういうことをしたいと、自分の将来を明確にしていけばいいのだ。

 まずは、それらのことを紙に書き出すのだ。考え込むことなく、思いつくままに書き出せばいい。紙の書くことによって、自分の遣りたいことが明確になっていくのだ。紙に書き出さず、自分が頭の中で考えていても、自分の遣りたいことが明確にならないのだ。いつまでも頭の中で靄がかかっている状態のままになってしまうのだ。

 紙に自分の遣りたいことを書き出すという作業は、10分程度で済むものである。この些細な作業こそが、幸せの妊婦と、不幸の妊婦に分けてしまうものなのだ。幸せの妊婦は、紙に自分の遣りたいことを書き出すことによって、自分の将来のビジョンを明確にしたのだ。それに対して不幸の妊婦はその作業を怠ったために、自分の将来のビジョンが明確になっていないのだ。そのため妊娠や出産や育児での現象に引き摺られてしまい、不幸になっていくのだ。

 貧乏や金欠に振り回されてしまう女性は、自分の将来のビジョンが明確になっていないから、お金を集めることを執着してしまうのだ。どんなにお金を掻き集めても、結婚も子供も幸せも豊かさもやってこないというのに、自分の人生の目標がなければ、金銭の奴隷としても人生を歩んでしまうのだ。

 貧乏や金欠に負けてはいけないのだ。貧乏だからこそ、夢を持てるチャンスなのだ。金欠だからこそ、やってやろうという意欲が湧いてくるのだ。妊娠した既婚女性は、結婚しているのだから、自分の夫とちゃんと話し合い、自分たちの夫婦の将来のビジョンを明確にしておくべきだろう。

 自分たち夫婦は、「億ションに住むのか、豪邸に住むのか?」「子供は何人ほしいのか?」「年収はいくら欲しいのか?」「海外旅行に行きたいのか?」「別荘を持ちたいのか?」「株券は欲しいのか?」「賃貸するための不動産を所有するのか?」と、夫婦二人で話し合って決めればいいのだ。

 自分たち夫婦は、自分たちが思い描いたような人生を送っていくのだ。結婚したにも拘わらず、夫婦で将来のことを話し合わないから、夫婦の目標が定まらず、そのために結婚で発生したエネルギーが行き場を失い、その夫婦を悲劇に陥れるために使われてしまうのである。目標が定まっている夫婦に悲劇が訪れることなく、目標のない夫婦に限って悲劇が訪れてくるのは、これが原因なのだ。

●ドリームマップこそが夢を可能にする

 夫婦で話し合って、自分たち夫婦の将来のビジョンが明確になったら、主なものを10個ほど書き出して、それをリビンングにでも貼っておこう。いつも見ることによって、益々自分たちの目標が明確になり、夫婦がそれに向かって進んでいくことになるのだ。

 そして、できれば「コルクボード」を買ってきて、自分たち夫婦の夢を視覚的に把握できるようにするのだ。まず、コルクボードの中心に夫婦の写真を貼り、その周りに豪邸の写真や、高級車の社員を貼ったり、自分が望む年収を数字で表示した紙を貼り、自分たち夫婦の将来のビジョンをより具体的にするのだ。

 これが「ドリームマップ」なのだ。紙に目標を書き出しても、左脳にしか訴えないが、ドリームマップにすると、右脳にも左脳にも訴えかけることになるので、より脳を活性化させ、夢を実現させやすくなるのだ。

 このドリームマップは、できれば妻が作るのが望ましい。夫が作ると殺伐としたドリームマップになってしまうので、ここは妻が女らしさを発揮して、華やかなドリームマップを作ってあげるべきであろう。華やかなドリームマップであるならば、自分たち夫婦の夢もよりっ実現させやすくなるのだ。

 このドリームマップがあるからこそ、妊娠中も充実した日々を過ごすことができるのである。人間は将来に目標が定まってしまうと、現在の状況を相対化してみることができ、現象に囚われなくなるのだ。寧ろ、自分が望む結果を生み出していくことができるようになるのである。

●目標が定まれば、人生は一直線で進んでいく

 幸せな妊婦生活を送りたければ、夫婦の夢を明確にせよ。幸せな出産をもたらしたいのであるならば、夫婦の目標を定めよ。幸せな育児を行いたいのであるならば、夫婦でドリームマップを作れ。夢があれば、妊娠も出産も育児も楽々と行えるようになるのだ。夫婦の共通の目標があれば、人生は一直線で進んでいくのだ。

 目標が定まると、現在のいかなる難問も切り抜けることができるのだ。現在が悲惨な状況でも、それに囚われるな。自分が夢を持つことに、現在の状況など関係ないのだ。夢にとって大事なことは、「自分たち夫婦が将来どのような家庭を築きたいか?」だけなのである。

 妊婦には妊娠してから出産まで10ヵ月ほど期間がある。厳密には、妊娠発覚が妊娠10週目とするなら、約7ヵ月間以上は、出産するまで、自由な時間があるのだ。この自由な時間があるなら、この時期にこそ、自分たち夫婦の夢を明確にしておくべきなのだ。

 妊娠というのは、その後、その夫婦にとって、幸不幸の分かれ道になってしまうのだ。流産をしてしまう妊婦や、出産しても児童虐待を働く母親や、自分の子供を殺してしまう母親たちに共通することは、夢がないのだ。せっかく、赤ちゃんを出産して、その後、夫婦仲が悪化してしまう夫婦や、別居や離婚をしてしまう夫婦に共通することは、夫婦の人生における目標がないのだ。

 ただ漠然と妊娠し、出産し、育児をしようとすれば、人間は不幸になっていくのだ。人間は家畜のように自然に発情して交尾して、妊娠して、出産し、育児をするようにはできていないのだ。人間は体だけでなく、頭も使ってそれらのことを行わないと、人間は不幸になっていってしまうのだ。万物の霊長たる人類の宿命なのだ。

 妊婦たちよ、その日暮しをやめよ! 現実に囚われるのではなく、未来が解っている上での妊娠にするのだ。女性にとって、妊娠や出産や育児は、大事業かもしれない。しかし、自分たち夫婦の夢が明確になっていれば、それらのことを楽々と行えるのだ。

 現在とは、すべて過去の結果なのだ。だから、自分の運命を変えたければ、今現在において、未来を作り出してしまことなのだ。未来を作り出してしまえば、自然とそれが現実のものとなって現われてくるのだ。結果というのは、突然出て来るのではなく、突然出てきたように見えるだけなのだ。

 妊婦に目標が定まってさえいれば、日々の生活で失敗しようが、ずっこけようが、その妊婦は失敗するたびに、ずっこけるたびに、母親としての能力は、実は着実に成長しているのだ。知らず知らずのうちに、幸せへの道を歩んでいるのだ。

 人生の価値は、何を考えたか、何をしたか、いくら稼いだかで決まるのではなく、どういう人間になったかで決まるのだ。自分がどのような人間になりたいかイメージし続けることは、日々の仕事やお金などよりも、遥かに重要なことなのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

第二節 妊婦には3種類しかいない

●妊婦は3種類に整然と分けれられる

 現在の世の中は、個性の時代だとか、多様性の時代だとか言われて、人々が千差万別だと思われている。そのため、自分が好き勝手なことをしてもいいと思う人たちが急増している。妊婦たちも、妊娠しても、勝手気儘に行動して、それが自由だと思い込んでいる。

 妊婦たちの悲劇は、自由に騙されることから始まる。妊娠は我々の先祖たちが百万年以上繰り返してきたのであって、妊娠における遣り方を先祖たちは蓄積してくれているのだ。その先祖の知恵を「自由」の名のもとに否定してしまっては、自分の妊娠や出産や育児が不幸になっていくのは、火を見るよりも明らかだ。

 確かに、女性であるなら、誰でも妊娠できるので、高卒であろうが、短大卒であろうが、大卒であろうが、誰だって妊娠できる。妊娠することに、貧乏人であろうが、金持ちであろうが関係ないであろう。庶民だろうが、貴族の末裔だろうが、皇族だろうが、身分を問うことなく妊娠できるのだ。

 だが、だからといって、妊婦は皆同じではないのだ。妊婦は平等では決してないのだ。妊婦は3種類に整然と分けられるのだ。妊婦には、「結果に囚われる妊婦」「方法に拘る妊婦」「理念を持つ妊婦」の3つのパターンしかいないのだ。いかなる妊婦といえども、この3パターンのどれかに入ってしまうのだ。

 物事というのは、「理念」→「方法」→「結果」という順序で進んでいく。妊娠も理念があり、方法があり、結果があるという順序で進んでいくのだ。この順序の中で、妊婦はどの地点に重点を置いてしまうかで、その後の妊婦生活の幸不幸が分かれててしまうのだ。

 結論から言ってしまえば、結論に囚われた妊婦は、妊婦生活を不幸なものにしてしまい、出産後、更なる不幸が訪れてくるのだ。方法に拘る妊婦は、妊婦生活を幸福と不幸が半々なものにしてしまい、理念を持った妊婦は妊婦生活を幸福なものにしてしまうのだ。

 どうして、こんなふうに分かれてしまうのか?

●妊娠という現象に囚われれば、妊娠は堕胎と同じ結果になる

 多くの妊婦たちは、妊娠という結果に囚われてしまう。結婚すれば、妊娠するであろうということは解っている筈だ。最近は「未婚の母」が増えたとはいえ、未婚の母など、数はたかが知れているものだ。妊娠すると解っているのに、多くの妊婦は何も対策を講じていなかったのだ。妊婦たちは、結婚してから妊娠発覚のその日まで、その日暮しをしてきたにすぎないのだ。

 妊娠という結果に囚われてしまう妊婦たちは、お目出度が発覚したのに、妊娠というすべてのものが不安になってしまう。それは当然だろう。なんら心の準備が何もできていないからだ。そのため、妊娠という現象に心がついていけず、すべてが後手後手になってしまうのだ。妊娠前はその日暮しの生活をしてきた女性は、妊娠後はその場しのぎの生活を送り始めるのだ。

 妊娠という結果に囚われた妊婦たちは、妊娠中はなにかと「大変だ」「大変だ」と言い続け、出産しようとすれば、「出産って結構お金がかかるな」と言い出し、いざ出産時には産みの苦しみで七転八倒し、育児が始まれば、「育児は大変だ」「育児は苦しい」「なんで女性ばかりがこんな目に遭わなければならないの」と言い出す始末なのである。

 妊娠という現象に囚われる妊婦たちは、楽しいはずの妊娠も、神秘的な体験といってもいい出産も、喜びに満ち溢れた育児も、一切合財「苦しみ」に満ちたものにしてしまうのである。妊娠という現象に囚われれば、赤ちゃんなど産むべきではなかったということになってしまうのだ。妊娠という現象に囚われれば、妊娠は堕胎と同じ結果になってしまうのだ。

 女子高校生が妊娠したらカンパでお金を掻き集めて堕胎しようとする。なぜなら、セックスをする心の準備はできていても、妊娠する心の準備ができていないから、妊娠という現象に囚われてしまい、苦しみに満ちたものになったからなのである。結果に囚われる妊婦たちは、女子高校生よりも高い学歴を持ち、社会人といして就職の経験もあり、結婚もしたのに、精神レベル的には、女子高校生となんら変わらないのだ。

 結婚しているにも拘わらず、女子高校生と同じ精神レベルだからこそ、妊娠という現象に苦しんでしまうのである。

●妊娠したらテクニックに走るな

 妊婦の中には、方法に拘る妊婦たちがいる。妊娠すれば早々に妊娠のマニュアル本や、育児のマニュアル本を買いこんでしまう女性たちだ。こういうマニュアル本は恐ろしいことに、妊娠や出産や育児に関する余計なことまで書かれており、しかも聖書と同じサイズで、非常に重たいのだ。

 『エポック博士の育児書』や、松田道雄の『育児の百科』などは、本当に妊婦や新米のママさんたちのためを思って書いたのかと、疑いたくなるほどの、ブ厚い書なのだ。妊娠の方法に拘る妊婦たちは、一生懸命にこういうマニュアル本を読んで、妊娠や出産や育児をうまく行おうとするのである。

 そのためにマニュアル本に書かれてあることを妊娠という現象に当てはめ、出産という現象に当てはめ、育児という現象に当てはめていこうとするのだ。こういう女性たちの妊娠や出産や育児の最大の特徴は、その女性たちに笑顔がないのだ。疲労しきっているのだ。そして、赤ちゃんは火がついたように泣き叫んでいるのだ。、

 方法に拘れば、一時的に成功できても、必ず失敗するのだ。テクニックに走るからこそ、疲労してしまい、挫折していくのである。妊娠や出産や育児は、そもそも女性の体の中に備わっているものである。それを誰かに教えてもらう必要性などないし、妊娠や出産や育児のマニュアル本どおりに行う必要性など、どこにもないのだ。

 人間が泳いだり、走ったりするのに、水泳のマニュアル本を読んでから水泳を始めることなどしないし、ランニングのマニュアル本を読んでからランニングを開始することないだろう。なぜなら、人間には生まれつき、泳いだり、走ったりする能力が備わっているからだ。マニュアル本が必要となるのは、船舶や飛行機といった人工的に作り出したものを操縦する時だけである。

 妊娠の仕方や、出産の仕方や、育児の仕方は、女性には本来的に解っているのである。自分が実際にやってみれば、できることなのだ。その自分の能力を否定して、マニュアル本に頼ろうとするからこそ、妊娠も出産も育児も苦しみ満ちたものになってしまうのである。

 マニュアル本を読んで妊娠や出産や育児を行った女性たちは、みな同様に「育児は苦しい」「育児は大変よ」「育児は疲れる」とボヤいている。それはテクニックに走るからである。テクニックに走れば、或る程度までならうまくいくのだ。しかし、或る一定のラインを越えたら、失敗していくのだ。なぜなら、その女性の心がついていけないからだ。

 今までの妊娠や出産や育児に関する書物はすべてテクニックを述べているものにすぎないのだ。だからこそ、母親たちが育児に苦しむという結果になってしまうのだ。こういうマニュアル本が売れている国ほど、母親たちが育児ノイローゼにかかり、児童虐待が多発し、若い女性たちが妊娠を拒否し、出生率が低下してしまっているのだ。

●人生哲学があると、妊娠生活がスムーズにいく

 では、妊娠したら、どうすればいいのか?

 それは妊娠に対して理念を持つことである。理念があるからこそ方法が生まれ、方法があるからこそ結果が出てくるのである。それなのに、理念をすっ飛ばして、方法に拘ったり、結果に囚われてしまっては、妊娠が不幸になっていくのは、当然なのだ。理念がないからこそ苦しむのである。

 理念というのは、それほど難しいものではない。理念とは、「自分がどうありたいのか?」ということである。妊娠や出産や育児という現象に囚われるのではなく、自分は妊娠中にどう在りたいのか、どういう出産をしたいのか、育児をどのように進めていきたいのかなのである。

 ここで問いているのは、妊娠や出産や育児のテクニックではなく、自分が望む「妊婦の在り方」「母親の在り方」なのだ。「妊婦としての在り方」「母親としての在り方」がしっかりとできているからこそ、妊娠や出産や育児をうまく行っていく方法が思いつき、自分が望む結果を手に入れることができるのである。

 すべての妊婦には、結婚してから妊娠発覚のその日まで、かなりの時間があった筈である。しかし、それだけ長く時間があったにも拘わらず、妊娠や出産や育児に対する理念が出来上がっていないのだ。なぜなら、確固たる人生哲学を持っていないからだ。自分が確固たる人生哲学を持ってない人は、理念の決定的な重要性などに気付かないのだ。

 女性は結婚することによって、自立の状態から、独立への状態へと引き上げられる。男女は結婚することによって、今まで他人から幸せを与えれる存在から、他人へ幸せを与えていく存在へと変わっていくのである。ところが、多くの新妻たちは、夫から幸せにしてもらおうとするからこそ、独立できず、不幸で、不満を抱え、確固たる人生哲学を持てずにいるのだ。

 確固たる人生哲学を持つのに難解な哲学書を読む必要性などないのだ。古代ギリシャの哲学をいくら勉強しようとも、イギリス経験論やドイツ観念論をいくら学んだ所で、哲学を知ることは出来ても、自分の哲学を持つことはできないのだ。確固たる人生哲学を持ちたければ、精神的に独立し、他人を幸せに、豊かにしていきたいと思えば、自然と確固たる人生哲学は出来上がっていくのだ。

 新妻だったら、一刻も早く精神的に独立し、自分の夫を幸せにしたい、自分の子供たちを幸せにしたいと思えば、自然と自分の人生哲学は出来上がっていくのだ。人生哲学があれば、妊婦生活も出産も育児生活も、すべてがスムーズにいくのだ。

●一切皆苦と人生常楽の分かれ目

 このように、結果や方法に囚われると、一切皆苦になってしまうのだ。なぜなら、「「妻としても在り方」も「妊婦としての在り方」がないからこそ、理念から導き出された方法がなく、他人が考えだした方法を使ってしまうから、自分が望む結果が得られないのだ。結果に囚われてしまえば、ただひたすらに結果に振り回されるだけである。

 だから、一切のことが苦しみになってしまうのだ。それゆえ、本来は目出度い筈の妊娠ですら苦しいことになってしまい、出産も苦しいことになってしまし、育児も苦しいことになってしまうのだ。母親が苦しみの人生を送っているのに、果たして、その子供は幸せになれることができるだろうか? できるはずがないのだ!

 人生を成功させようと思えば、自分が苦しみに満ちた人生を送るのではなく、自分自身が楽しくてしょうがない生き方をするべきなのだ。自分の人生を「一切皆苦」と捉えるか、それとも「人生常楽」と捉えるかによって、その後の人生はまるで別物のように変わっていくのだ。自分の人生を「一切皆苦」と捉えるか、「人生常楽」と捉えるかは、あくまでも自分の心が決めることなのだ。

 妊娠した時に、「妊娠って楽しい!」と思えるか、「妊娠って大変だ!」と思うかは、自分の心が決めることなのだ。妊娠という現象は、すべての妊婦にとって皆同じである。しかし、その妊婦の心次第で、妊娠が楽しみに満ちたものになるか、妊娠が苦しみに満ちたものに変わってしまうのだ。

 現象がどうのこうのではないのだ。結果がどうのこうのではないのだ。大切なのは自分の「心」なのだ。自分の「心の力」に気づくと、自分の人生は人生常楽になっていくのだ。自分が楽しいと思うからこそ、自分の人生は楽しくなっていくのである。確かに、今までは誰かに楽しくさせてもらってきたかもしれない。誰かに楽しくさせられるからこそ、自分の楽しめたかもしれない。

 しかし、結婚して独立してしまえば、もう他人の力によって楽しませてもらうことをやめ、自分が一人で楽しく生き、他人を楽しくさせていかねければならないのだ。いつまでも、他人から楽しくさせてもらおうとしているからこそ、自分の人生が楽しくなく、苦しみに満ちたものになってしまうのだ。

 一切皆苦と人生常楽の分かれ道は、実は「自分の心」にこそあったのだ。妊娠した時に、その妊婦が確固たる人生哲学を持ち、妊娠や出産や育児に対する理念をしっかりと思っていれば、それを遣り過ごす方法はきちんと見つかり、自分が望む結果を手に入れることができることだろう。妊娠も出産も育児も楽しくてしょうがないものとなり、幸せと豊かさをもたらしていくことだろう。

 だからし、この肝心な理念がなければ、いくら妊娠や出産や育児をうまく行う方法を採用しても、いずれ失敗していくのだ。確固たる人生哲学がなければ、妊娠も出産も育児も苦しみに満ちたものになり、不幸のどん底へと落ちていくのだ。

 妊娠を境に、幸福な人生を歩む既婚女性と、不幸な人生を送ってしまう既婚女性の真っ二つに分かれるのは、ここにこそ天王山があったのだ。妊娠という平凡の日常こそは、実は「運命の分岐点」であったのだ。運命の分かれ道にいることに気づいた妊婦だけが、幸福への片道切符を手にすることができるのである。

| | コメント (1) | トラックバック (3)

第一章 妊婦生活の哲学

第一節 妊娠は病気ではありません!

●妊娠は病気ではなく、自然の発露である。

 「妊娠は病気ではない」「出産は病気ではない」「育児は病気ではない」。俺はこれらのことが言いたくて、これから、『幸せ色の出産ラブストーリー』を書き続ける。

 妊娠は健康の証である。健康だからこそ妊娠できるのだ。

 出産は健康の証である。健康だからこそ出産できるのだ。

 育児は健康の証である。健康だからこそ育児ができるのだ。

 それなのに、なんで妊婦たちは病院に行くのだろうか? それなのに、なんで陣痛を起こした妊婦たちは病院に行くのだろうか? それなのに、なんで母親たちは病院に行くのだろうか? 妊婦たちも、陣痛を起こした妊婦たちも、母親たちも、行くべき場所を間違えているのである。

 健康な人が病院に行けば、確実に病人にさせられる。なぜなら、医者たちは「人間を見たら、病人だと思え」を信条としている動物だからである。「病人を見たら、薬を投与せよ」「薬を投与して薬害を起こさせよ」「薬害を起こして、病院へ来る患者を激増させよ」という「医者の三原則の誓い」にかかれば、健康な人間は確実に自分の健康を喪失する。

 医者たちは善人で、「ヒポクラテスの誓い」を守っているなどと、決して妄想を抱いてはならない。西洋医学は、キリスト教と医学部と製薬会社の三者によって、「奉仕の精神」に溢れた医学を、「「悪徳と悲劇と殺戮」に溢れた医学に変えたのである。

 現在、日本政府は伸び続ける医療費のために、事実上、国家財政が破産している状態である。では、それほどまでに、日本国民は病気だらけなのだろうか? 実は、本当の病気は1割程度なのである。残りの9割は、医者たちが健康な人たちを病人にさせただけなのである。

 はっきりと言えば、医者たちを皆殺しにすれば、病気の9割は消滅するのである。現在の日本は、食料事情も豊かになり、スポーツも充実して、本来は健康なはずなのである。それなのに、医者たちは日本国民を病気にさせようと躍起になっているのである。

 妊娠も出産も健康だからこそできるのである。妊娠も出産も自然の発露である。自然に任して行うのがベストなのである。自然に行えば、難産になることも、病気になることもないのだ。

 それなのに、妊娠や出産を病気だと思っていくから、健康な妊婦でも病人扱いされ、いらぬ薬を投与され、いらぬ手術を受けさせられるのである。それどころか、自分がお腹を痛めた我が子を病気にさせられ、出生直後から長らく入院生活を送らざるを得なくなるのである。運の悪い時は、病院で医者たちから殺されてしまうのである。

 時折、子供が犠牲者になる殺人事件が報道される。しかし、凶悪犯罪者の殺人事件は稀なのである。だが、病院では凶悪事件の発生率を遥かに上回る確率で、子供たちが殺されているのだ。しかも、犯人は目の前にいるのに、医者として白衣を着ているがゆえに、逮捕を免れることができるのである。

●病院で出産するな

 妊娠を病気だと思うからこそ、医者に殺されるのである。

 出産を病気だと思うからこそ、医者に殺されるのである。

 育児を病気だと思うからこそ、我が子を医者に殺されるのである。

 俺は妊婦たちに言う。「病院で出産するな 助産婦の所へ行け!」と。妊娠や出産を手伝うのは、助産婦の仕事である。医者の仕事ではないのだ。医者が自分の仕事ではないのに手を出すからトラブルが発生するのである。妊婦たちに対して殺人医療が展開されるのである。

 俺は妊婦たちに言う。「医者が妊娠や出産や育児の仕事に手を出さなければ、日本の赤ちゃんたちは健康に生まれ、出生率も上昇していくことであろう」と。赤ちゃんは病人扱いされるために生まれてくるのではないのだ。赤ちゃんは殺されるために生まれてくるのではないのだ。ほとんどの赤ちゃんとたちは健康な体をもって生まれてくるのである。その赤ちゃんたちを医者たちが病気にさせ、殺しているのである。

 俺は妊婦たちに言う。「俺は産婆復活論者である。産婆を復活させよ。古き良き日本の昔に戻れ!」と。「産婆」こそ、助産婦の最高の称号である。妊娠や出産や育児には、何事も経験が大事で、自らが妊娠や出産や育児を経験し、その上で、他人の妊娠や出産や育児を手伝うことができるのである。医者たちのように、医学部でちチョコチョコっと学び、それで妊娠や出産や育児を手伝えるようにしてはならないのだ。

 産婆を復活させ、老女たちを働かせれば、国民年金制度は不要となる。養老院は不要となる。特別介護老人ホームは不要となる。ボケ老人たちが消え、天寿を全うするまで元気でいられることであろう。妊婦にも母親にも嬉しく、産婆にも嬉しい循環ができあがるのである。

 妊婦たちよ、あなたたちを救うのは、「先祖の知恵」なのだ。その「先祖の知恵」は、あなたがたの母親や産婆たちが継承しているのだ。自分が妊娠したら、自分の母親や産婆に妊娠や出産や育児の仕方を聞けばいいのだ。ちゃんと「正しい妊娠の仕方」「正しい出産の仕方」「正しい育児の仕方」を教えてくれることだろう。

 しかし、妊娠も出産も育児の経験がない医者たちに、妊娠や出産や育児の仕方を教えてもらえば、妊娠も出産も育児も悲劇になるのだ。「医学の知識」では、妊娠や出産や育児といった人生上もっとも大切なものを行うことはできないのだ。医者たちが誇る「医学の知識」は、絶対に母親や産婆が持つ「先祖の知恵」に負けるのだ。

 妊婦たちよ、病院で出産すると、分娩台に乗らされ、仰向けになり、支脚器に足を固定させられてしまう。なぜ、こんな姿にさせられるかご存じだろうか?

 それはこの状態だと、妊婦の全身に力が入らなくなり、確実に難産になってくれるからである。昔の日本では難産になるなど、ごくごく稀であった。それなのに、現在の日本ではほとんどの妊婦が難産を経て赤ちゃんを出産しているのだ。

 出産のプロではない医者たちにとって、妊婦が安産で赤ちゃんを出産したら困るのだ。儲からないのだ。だから、分娩台に乗せ、仰向けにし、支脚器で足を固定し、難産にさせるのだ。難産になってくれるからこそ、麻酔分娩の必要性が生じ、麻酔薬を使用することができるようになるのだ。

 出産というのは、夜更けの陣痛が始まり、明け方頃に赤ちゃんが生まれる。しかし、医者たちは徹夜になってしまう作業が嫌だから、陣痛促進剤を使用して、日中に陣痛が起きるようにし、自分は午後5時までに仕事を終えるようにするのだ。陣痛促進剤を使用するか否かは、妊婦の健康状態には一切関係ないのだ。医者の夜遊びの都合で決められるのだ。

●医者が妊娠や出産に手を出してから、妊婦の死者が激増した

 妊婦にとっては、安産で健康な赤ちゃんを産めるのが理想の状態である。しかし、医者たちにとっては、妊婦の理想状態は最悪の状態なのだ。妊婦が安産で健康な赤ちゃんを産んでくれたら、儲からないのだ。仕事がなくなってしまうのだ。

 できれば、難産で赤ちゃんを出産してほしいし、できれば赤ちゃんが病気を持った状態で生まれてほしいのだ。もしも、妊婦が安産で産もうとすれば、できうる限りの手段を用いて難産にさせようとするし、健康な赤ちゃんが生まれれば、できうる限りの手段を用いて病気にさせようとするのだ。

 我々は「医者は先生」という悪しき観念を持っている。しかし、すべての人間が健康になってしまえば、真っ先に失業するのは医者たちなのである。その医者がどんな大学の医学部を出ていようが、医者だって人の子なのだ。自分が生きるためには、平然と悪事をやってのけるのだ。

 効かない薬を投与し、その薬の薬害で更に病気を悪化させる。不必要な手術を施し、その手術のために更に病気を悪化させるのだ。確かに医者たちは病気を或る程度までなら治すことができる。しかし、医者たちのほとんどの仕事は、「殺人医療」なのだ。健康な人を病気にさせ、そして殺していく。だから、医者は儲かる仕事なのだ。

 昔の日本では、妊婦が出産時に死ぬというのは非常に稀なことであった。しかし、医者が妊娠や出産に手を出してから、妊婦の死者が激増したのである。昔の日本人女性よりも、現在の日本人女性の方が体格がよく、筋肉量も多い。それなのに、なぜか妊婦たちの死者は激増しているのである。

 妊娠は病気ではない。出産は病気ではない。育児は病気ではない。病気ではないものに医者たちが手を出してくれば、どんなに健康な妊婦でも病気になり、そいて殺されるのだ。

 白衣を着ているからといって、医者が善人とは限らないのだ。先生と呼ばれているからといって、医者が良心を持っているとは限らないのだ。医療不信になれば、医療の真実が見えてくるのだ。医者を信じなければ、医者の本当の姿が見えてくるのだ。

●妊婦の妊娠における「最初の決断」

 医者たちがどんなに治療をやっていようとも、妊婦が病院に行かなければ、医者に出会うことはないのである。妊娠や出産を病気扱いにしてしまうのか、病気扱いしないかは、妊婦が決めることなのだ。自分の妊娠や出産や育児を病気にするかしないかは、あくまでも妊婦自身が決めることなのだ。

 妊娠や出産を病気扱いしてしまえば、妊娠や出産はそのとおりになっていく。難産になり、健康な姿で生まれた赤ちゃんも病人になってしまう。

 それゆえ、俺は妊婦たちに勧告します!

 妊娠や出産を病気扱いする女性は、この『幸せ色の出産ラブストーリー』を今後絶対に見ないでください。なぜなら、あなたの妊娠や出産や育児が幸せ色にはならないからです。論理的必然性をもって、不幸や悲劇が訪れてくるからです。それは、あなたが妊娠や出産や育児を苦しみと考えているからです。

 人間は自分が思うような人生になっていくのだ。自分の人生を不幸にするのは、あくまでも自分自身なのだ。

 この『幸せ色の出産ラブストーリー』を見ることが許される女性は、妊娠や出産や育児を病気扱いせず、医者の御厄介にならない女性たちだけです。なぜなら、この女性たちだけが、自分の妊娠や出産や育児を幸せ色にすることができるからです。論理的必然性をもって、幸せや豊かさが訪れてくるからです。それは、あなたが妊娠や出産や育児を楽しみと考えているからです。

 こここそが、妊婦の妊娠における「最初の決断」なんです。

 この「最初の決断」で、妊婦生活の大半が決定されてしまうんです。最初の決断で、妊娠や出産や育児を苦しみと捉えているなら、その妊婦の妊娠や出産や育児は苦しみに満ちたものになるのだ。最初の決断で、妊娠や出産や育児を楽しみと捉えているなら、その妊婦の妊娠や出産や育児は楽しみに満ちたものとなるであろう。

 妊婦生活のすべては、この「最初の決断」で決まってしまうのだ。

●目指せ! 自然的マタニティーライフ

 我々が目指すものは、妊婦が自分の妊娠や出産や育児を楽しく思えるようなマタニティーライフである。医者の治療を拒否し、助産婦の手伝ってもらう、妊娠や出産である。安産で健康な赤ちゃんを産める出産方法である。健康な赤ちゃんがますます健康になるような育児の仕方である。

 妊婦たちが、健康的に妊婦生活を送り、健康的に自然出産し、そして、健康的に赤ちゃんを育てていく。これこそが我々が望む理想の状態である。

 自分が体の中にある「自然の力」を利用して、妊娠や出産や育児に対して使用するのである。だから、自分に無理なく、自然に妊娠や出産や育児が行えるのである。

 我々はこれを「自然的マタニティーライフ」と呼ぶ。

 人間は科学が誕生する以前から妊娠したし、出産したし、育児をしてきたのだ。何も妊娠や出産や育児をするのに、最先端の科学技術などいらないのだ。妊婦たちが太古の昔に戻ればいいのだ。妊娠も出産も育児も、医者がいなくてもできるし、その妊婦が大学を出てようが、高卒であろうが関係ないのだ。妊娠や出産や育児で一番大切なのは、「自分を信じること!」である。

 自分を信じていなければ、誰かに制せられるだけだ。自分を制してくる人間が善人であることはまずない。ほとんどの場合が悪人によって制せられるのだ。

 自分を信じるためには、独立自尊の精神にを持つことである。先祖の知恵を継承し、自分で考えるべきことは自分で考え、自分で行動すべきことは、自分で行動を起こす。困った時は他人に相談すべきだし、自分の力だけでは足りない時は、他人の手助けを借りるべきである。

 妊娠を楽しくしたいのなら、出産を楽しくしたいのなら、育児を楽しくしたいのなら、「自然的マタニティーライフ」を送るべきである。「自然的マテニティーライフ」は、安産をもたらし、健康な赤ちゃんを産んでくれるのだ。

 妊婦たちよ! 目指せ、「自然的マテニティーライフ」!

| | コメント (3) | トラックバック (1)

タマティーの自己紹介

●まずはご挨拶

平成20年10月1日より、『幸せ色の出産ラブストーりー』を開始することになりました「愛のタマティー天使」です。

今まで、『不妊症バトルロワイヤル!』と称しまして、不妊症の女性向けに、生活改善型不妊症治療法を紹介していたのですが、今回からは、妊娠や出産や育児のことについて述べさしていただきます。

タマティーの存在は、不妊症の女性たちの間では有名になってしまいましたが、通常の妊婦さんたちの間ではまったく無名ですので、取り敢えず、タマティーの自己紹介をしておきます。

なんで名前が「愛のタマティー天使」かと申しますと、タマティーは「美貌と妊娠と安産をもたらす愛のエンジェル」だからです。既婚女性に守護天使として、美貌と妊娠と安産をもたらすべく、無料で情報を公開しています。

●初恋とダイエット

男の俺が、なんで不妊症の治療に携わり、そして妊娠や出産や育児のことを述べなければならくなったのには、実は俺の初恋の或る事件がきっかけになっています。

タマティーはイケメンではないのですが、なぜか子供の頃から美人にだけはモテるんです。そのため、俺の初恋の女性も当然に美人であり、性格も非常に良く、面白い女性でした。ただ、唯一難点がありまして、それは彼女がダイエットをすることだったのです。別にダイエットをする必要性がない体にも拘わらず、ダイエットをし続け、しかも、ダイエットをしているといいながら、体重が10kg以上増えてしまったんですね。

俺と彼女の相性は物凄く良かったんですけど、そのダイエットを巡って、喧嘩が起り、しかも、ダイエットで体が太ってしまったために、いつも「疲れた」「面倒くさい」「だるい」などいうので、デートをするのも面倒になり、段々会うのも嫌になり、結局、別れてしまいました。結婚してもいいくらいの仲までに発展していただけに、別れる時は、非常につらいものがありました。心の傷は体の傷よりも痛いというのが、この時、解りました。

初恋の女性と別れてから3年後に横浜から千葉に引っ越してきまして、自宅の目の前が図書館であったために、図書館にたびたび行くようになりました。最初は自分の好きな分野の本を読んでいたのですが、或る時、ふと初恋の女性のことを思い出し、「どうしてダイエットしていたのに、太ったんだろう?」という疑問が湧いてきまして、そこからダイエットの研究が始まりました。

初恋の彼女がやっていたダイエット法は、「朝食を抜く」というダイエット法です。調べていくと、このダイエット法は、もっとも太り易いダイエット法だったんです。人間は朝起きると、エネルギーを使い果たした状態なので、朝の排便後に朝食でエネルギーを補給することが必要になります。この補給をしないと、内臓はエネルギーが枯渇した状態になるので、朝食を抜いても。昼食や夕食を食べると、内臓は必要以上に食事を吸収してしまい、異常に太ってしまうのです。

ダイエット通の女性に言わせると、「朝食を抜くと太る」というのは、このメカニズムが働くからです。朝の排便が終わったら、朝食をきちんと食べることが、スリムになる秘訣なのです。最近、若い女性たちが肥満に悩まされ、ダイエットしたりする女性が多いのですが、それは朝食を食べないからです。朝の排便がすんだら朝食を取るということをしていれば、基本的に健康的な体を手に入れることができるんです。

●ダイエット法から癌治療へ

俺がダイエット法について研究の結論が出た頃に、俺の父親に胃癌が発覚しました。

そこで俺は胃癌についての研究をし始めました。「なぜ、胃癌になるのか?」、それは白米を食べるからというのが、俺の研究結果でした。白米は胃にべっとりとついてしまい、なかなか胃の中では消化させず、胃を疲労させてしまいます。そこに冷たいビールを飲み、アメリカン珈琲を飲んでいると、胃の粘膜が傷ついてしまい、癌化してしまうのです。

そこで、白米をやめ、玄米にし、しかも、「押麦入りの玄米食」を食べるようにし、素麺や冷麦やうどん屋やパスタといった麺類の回数を多くしました。その上で、リンゴ人参ジュースを飲むようになり、野菜を食べる量を増やしていきました。ビールや珈琲の代わりに緑茶を飲み、サプリメントも摂取するようにしました。

そしたら胃癌が治ってしまったんですね。医者たちが癌を治せないのに、我が家では簡単に癌を治してしまったんですね。

俺はこの癌研究とダイエット研究を通じて、人間が肥満になるメカニズムと、人間が癌になるメカニズムは基本的に同じではないかと思うようになりました。病気の本当の原因は、「水分過剰」と「食事過剰」と「血液汚染」であって、その状態で肥満になる女性のように食事の取り方が間違っていれば肥満になるし、胃癌の患者のように白米を常に食べ続けてしまうと胃癌になるだけではないのか、と思うようになりました。

こうして、「生活改善型治療法」の原型のようなものができたんです。病気に注目するのではなく、「要は病人の生活自体が間違っているから、病気を発症させてしまうのだ」。だったら、その生活を改善させれば、病気は治るだろうと思うようになったんです。

その後、胃癌が治った父親と、「生活改善型治療法」を開発した俺は、他の癌患者さんを救うべく活動を開始しました。、癌の発生メカニズムが解っているのだから、死の宣告を受けた癌患者たちをバンバン治していきました。

ただ、第四期に入った癌患者は治療をするのが時間の問題になるので、そういう患者のために俺の父親は癌ワクチンを使用するようになったんです。癌ワクチンとは、国民健康保険の適用が効かないが、癌を治すワクチンのことです。確かにこの癌ワクチンを使用すれば、末期の癌患者も治すことができるんです。

だが、俺に言わしてみれば、「癌細胞は癌患者の水分過剰や食事過剰や血液汚染という異常な状況に対して、非常活動をする細胞なので、癌患者の体をクリーンにすれば死んでいく細胞なんだ。だから、癌細胞を殺すのでなく、癌細胞よりも先に癌患者の体をクリーンにさせてあげる方が先ではないか」と思うようになったんです。

癌ワクチンの使用によって末期の癌患者の癌を治しても、癌患者の生活を改善させていないから、完治後に他の病気を発症してしまう可能性があるのではないかと危惧をするようになったんです。それで俺は徐々に癌治療から手を引くようになったんです。

●癌治療から不妊症治療へ

俺が癌治療から手を引くもうひとつの原因になったのは、俺自身が「慢性疲労症候群」にかかり、その後「肺炎」になって、半月ほど寝込んでしまったからです。癌治療の際に、朝早くから夜遅くまで研究や治療をやっていたし、不眠不休ではないにしても不休であったし、しかも自分の仕事でも過労が重なったので、どうやら疲労が蓄積していたみたいです。

この肺炎で体重が10kg以上減ってしまい、体調を戻すために、更に2ヵ月間の養生が必要となりました。

この慢性疲労症候群と肺炎は、俺の人生観を大きく変えました。「医者の不養生」という諺のごとく、他人の病気を治せるのに、しかも、癌という不治の病を治せるのに、自分が不養生をしまくったために、自分自身が病気になってしまいました。そこで、他人が病気を治すのではなく、あくまでも自分自身が日々の生活に気をかけ、自分自身の体を大切にしていかなければならないんだということが解りました。

生活改善型治療法は、この事件で大きな悟りを得ました。

その後、癌治療からは手を引いたものの、他の病気の治療の依頼があれば応じていました。そういう時に、不妊症の夫婦が訪れ、不妊症の依頼を受けました。その不妊症の女性は10年以上不妊治療を受けても子宝が授からなかったのですが、俺が治療を施すと、3ヶ月目で妊娠したのです。

だが、この夫婦は不妊症を克服したら、俺の所に挨拶に来ず、妊娠の報告もこの夫妻の友人から聞く始末だったのです。癌患者の場合、癌を治してあげると、じかに挨拶に来られ、丁重すぎるほどの手紙を頂き、それ相応の贈り物を貰ったりします。基本的には無料で治療に当たっているのだから、そういう仁義は切るべきなのだが、不妊症の夫婦に限って、仁義を切ってこなかったのです。

この夫婦だけでなく、他の不妊症の夫婦を治療しても、子宝に恵まれたのに、なぜか挨拶に来ないのです。「他人の親切に対して、最低限の仁義を切らない」というのは、不妊症の夫婦の特徴であると気づくまでには、結構な時間を要してしまいました。そのために逆に不妊症という関心のなかった病気に、俺は徐々に関心を持つようになっていったのです。

そんな時、俺はニフティーでブログを始めて、俺の日常ネタを公開していこうとしていたのだが、ココログの不妊治療のカテゴリーを見て、医者たちが行う不妊治療の餌食になっている不妊症女性がほとんどだったので、俺は男気を発してしまい、俺のブログで不妊症治療の方法を無料で公開し、ブログ名も『不妊症バトルロワイヤル!』にして、1年間ほど展開し続けたのです。

癌治療に携わってきた俺にとっては、不妊症は原因不明のものではなく、癌発生のメカニズムと不妊症発生のメカニズムはまったく同じということが解っていたので、不妊症について理路整然と述べることができたと思います。

●不妊症治療から自然的マタニティ-ライフの指導へ

ひょんなことから、ダイエット法から癌治療へ、癌治療から不妊症治療へと進んできたのですが、今度は妊娠や出産や育児のことについて述べさせてもらいます。なぜなら、俺のブログを読んで、不妊症を克服した女性たちが出てきたためです。

あくまでも、不妊症の女性が不妊症を克服し、妊娠した場合のことを考えてのことですので、多少、普通の妊婦さんには違和感があると思いますが、そこは御容赦してください。

ただ、普通の妊婦さんにも読める内容にできるよう心掛けますので、気に入ったら、マイリストに加えてください。

今まで、ダイエット法や癌治療や不妊症治療などをやってきたので、既存の妊娠法や出産法や育児法とは違う観点から意見を言えると思います。

タマティーが今まで各種の治療に携わってきてつくづく思うのは、人間が持つ「自然の力」の大切さです。この自然の力は文明生活に慣れれば慣れるほど失われていきます。「自然の力」が自分の体から衰退していくと、人間は必ず病気になっていくのだと思います。

それゆえ、人間が健康でいたければ、文明生活を利用しつつも、文明生活に慣れすぎず、うまく「自然の力」を蓄えていくべきだと思います。

従って、妊婦生活で目指すものは、「自然的マタニティーライフ」です。この自然的マタニティーライフこそが、母子ともに健康にさせ、幸せと豊かさをもたらすものだと思っています。

それでは、みなさん宜しくお願いいたします。happy01happy01happy01

| | コメント (8) | トラックバック (1)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »