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第六節 アマからプロへの転換

●アマチュアは絶対にプロに負ける

 主婦とは「家事のプロ」だということである。結婚していながら、家事を専門的にこなせなかったら、その妻はいつまで経っても未熟だし、その結婚は不幸になってしまうことだろう。既婚女性が家事をプロ化せず、いつまでもアマチュアのままでいたら、家事は難儀なものになってしまうし、苦労に満ちたものになってしまうのだ。なぜなら、プロ化しなければ、家事に対して本当の喜びを見い出せないからだ。

 家事というのは、主に「料理」「掃除」「洗濯」しかない。しかも、料理は高級レストランの料理を作る必要性はなく、ジャンクフードよりもましで、大衆食堂レベルのものを作ればいのだ。掃除は清掃業者のような完璧な清掃を要求されるわけではなく、夫から苦情が来ない程度の掃除でいいのだ。洗濯はクリーニング屋のような完璧なクリーニングを要求されるのではなく、洗濯籠に洗い物が溜まらないようにしてくれればいいのだ。家事というのは、実は高レベルの仕事が要求されるのではなく、実は低レベルの仕事が要求されているだけなのだ。

 結婚したら、夫は仕事に関してプロであらねばならないし、妻は家事に関してプロであらねばならない。もしも、夫が一つの仕事に専念せず、転職を繰り返していたら、その夫婦は喧嘩が絶えないことであろう。それと同様に、もしも、妻が家事に専念せず、フラフラとしていたら、その夫婦は喧嘩が絶えなくなるのだ。夫婦はどんなに愛し合っていたとしても、夫が夫の仕事をしなければ、妻が妻の仕事をしなければ、喧嘩になってしまうのだ。結婚の歴史というのは、実は自分を愛してくれた人をもっとも傷つけてしまう歴史でもあるのだ。その悲劇の歴史を引き起こさないためには、自分が遣るべきことを、きちんと遣らねばならないのだ。

 既婚女性にとって、「料理」「掃除」「洗濯」の三つがきちんとできていないと、妊娠が発覚してからは、新たに「妊娠」も「出産」も「育児」も、自分の仕事に加わってくるのだ。だから、妊娠が発覚する前に、「料理」や「掃除」や「洗濯」をきちんとこなしていないと、「妊娠」や「出産」や「育児」をうまく行うことができなくなるのだ。妊娠や出産や育児でトラブルを抱える女性は、必ずといっていいほど、「料理」や「掃除」や「洗濯」がうまくないのだ。家事の基本を適当に遣り過ごしていたからこそ、妊娠や出産や育児で天罰を喰らってしまうのである。

 家事をする際に、いつまでもアマチュアでいてはならないのだ。アマチュアは絶対にプロに負けるのだ。ゴルフを例にとってみても、ゴルフのセミプロと称する者がプロに戦いを挑んでも、セミプロは絶対にプロに負けるのだ。なぜなら、アマチュアだからだ。アマチュアはどんなに頑張っても、確実にプロに負けてしまうのだ。なぜなら、それを本格的に遣っていないからだ。どんな物事でも、本格的に取り組まない限り、身につかないのだ。

 人間は自分がプロ化できないものに、多くのエネルギーを投入するべきでないのだ。人間は何もかもできるようにはできていないのだ。既婚女性はまずは家事にエネルギーを投入して、家事においてプロ化してしまえばいいのだ。家事のプロであるなら、妊娠も出産も育児もプロ化できるのだ。プロになってしまえば、妊娠も出産も育児もスムーズにこなせるようになるのだ。

 妊娠のアマチュアは、妊娠すれば疲れるものである。なぜなら、手際が悪いからである。出産のアマチュアは、出産すれば大変な目に遭ってしまう。なぜなら、手際が悪いからである。育児のアマチュアは、育児をすれば悲惨なものになってしまうだろう。なぜなら、手際が悪いからである。

 プロという者は、手際よく行えるので、疲労しないのだ。大変な目に遭わないのだ。悲惨なものにしないのだ。多くの妊娠や出産や育児のマニュアル本が根本的に間違っているのは、アマチュアの女性たちに、妊娠や出産や育児をうまく行わせようというテクニックを授けていることなのだ。はっきりいってしまえば、家事をうまくこなせない女性に、いくらテクニックを教えても、妊娠や出産や育児をうまく行えるわけがないのだ。

●プロになるということ

 プロになるということは、「自分ができることを明確化していること」である。家事において自分ができることをやっていけばいいのだ。家事には主に「料理」「掃除」「洗濯」の三つしかない。いきなりそのすべてをやってしまうのではなく、まずは自分が得意なものこなしていけばいいのだ。料理が得意な女性は、まずは料理に力を入れて作っていくのである。料理がうまくいけば、それ以外の掃除や洗濯もうまくこなせるようになるのだ。

 プロになるということは、「段取り8割、実行2割」を身につけることである。何事も下ごしらえを充分にやっておかないと、いざ実行に移してもうまくいかないのだ。例えば、料理をするなら、いきなり料理をするのではなく、まずは何を買うのか、そのためには家計簿をつけて、しかも買ってきたら、食料品を腐らせないように、早く使いきっていく工夫をしていく。しかも、すぐさまガスレンジに火をつけるのではなく、常に下ごしらえをしてから、最後に火を使って料理をするのだ。

 プロになるこということは、過去のマイナスをすべて捨てるということだ。家事のプロになるということに、過去は関係ないのだ。結婚する前は、低学歴だったとか、仕事でミスばかりしていたとか、フーゾクでの仕事をしてしまったとか、犯罪歴があるとか、そういうのは一切関係ないのだ。過去のマイナスを一切捨て去るからこそ、自分が今遣るべきことに専念できるのである。自分が専念していけば、過去のマイナスなど吹き飛んでしまうのだ。

 だから、家事をする際は、漠然と家事をこなしていくのではなく、日記を毎日書き、反省し改善点を見つけだすことで、プロ意識を育てていくのだ。日記の中に今日、自分が「できたこと」「できなかった」ことを記入していくのだ。そうすれば、「自分はこういうことがきちんとできるのだな」「自分が不得意なのはここで、これを治していけばいいんだな」というのが解るのだ。この日記をつける作業をしないと、自分はいつも同じをミスをしてしまうし、自分ができることも、自分ができないことも明確にできないのだ。

 家電製品が大量に出回り、生活が楽になった反面、家事というものが軽んぜられるようになってしまったのだ。どんなに便利な料理器具が開発されようと、料理を作るのは主婦の仕事なのに、どんなに便利な掃除機が開発されようと、掃除をするのは主婦の仕事なのに、どんなに便利な洗濯機が開発されようと、洗濯をするのは主婦の仕事なのに、便利な家電製品が出回ることによって、家事を手抜きする主婦たちが大量に現れたのだ。

 だから、昔の母親なら難なく行えたものが、現在の女性たちには困難に満ち溢れたものになってしまっているのだ。どんなに便利な家電製品が出回ろうと、既婚女性にとって家事の重要性はなんら変わらないのである。家事の基本ができていないからこそ、妊娠や出産や育児を行うと、すぐにマニュアルに走り、そのマニュアル通りにいかないと焦り出し、そしてトラブルを連発し出すのである。

●プロは本質を理解している人

 いかに妊娠や出産や育児をする前に、家事をきちんとこなしておくというのが、大事だというのが解る。家事を継続してやっていれば、自信がつくし、家事をプロ化していけば、自分はできるんだという確信がつくし、そして、家事を習得してしまえば、物事の本質を理解できるようになるのだ。この自信→確信→本質理解というのが、家事に限らず、物事を習得しようとする際に、必ず経る過程なのだ。この過程を経て、本質を理解できるようになった者だけが、一人前の人間になれるのである。

 家事をプロ化して、遣り続けていれば、物事の本質が解ってくるから、妊娠が発覚して、妊娠や出産を育児をやるようになっても、その本質が自然と解ってしまうのだ。本質が解っていれば、妊娠や出産や育児を自由自在に行えることができるのだ。それなのに、家事をいつまでもアマチュアのままで遣り過ごし、家事の本質を理解していないと、妊娠も出産も育児も、その本質を理解することは無理なのだ。妊娠や出産や育児の本質を理解していなければ、妊娠や出産や育児で現れてくる表面上の様々な現象に苦しまなくてはならなくなるのだ。

 こういう女性たちが妊娠や出産や育児で口にする言葉は、「妊娠は大変だ」「出産は大変だ」「育児は大変だ」と、「つらい」の「苦しい」の泣き言ばっかりなのである。夫や子供たちを理解するどころか、「誰も私のことを解ってくれない」と言い始めるのである。挙句の果てには政府まで動かそうとし、「政府は妊娠や出産や育児を支援してほしい」と言い出すのである。

 アマチュアのままで妊娠や出産や育児を行おうとするから、妊娠や出産や育児が苦しくなってしまうのである。家事の本質を理解していなければ、何をするのに大変なのである。苦しみばかりなのである。家事で手抜きばかりしている人は、妊娠や出産や育児でも手抜きをすることばかり考え、それらの中にある本当の楽しさに、遂に巡り合うことができなくなってしまうのである。

 結婚したなら、家事をしなければならないことは知っている。結婚したなら、いずれ妊娠や出産や育児が起こることであろうことは知っている。しかし、知っているだけでは何も始まらないのだ。多くの女性たちが、教育制度が整いすぎてしまい、知れはそれをできるだろうと、思いこんでしまっているのである。知った所で、それができるわけがないのだ。

 家事を「知る」より「好き」になる。好きになれば、自然と上手になっていくのだ。そして、家事を「好き」より「楽しむ」ようにする。自分が好きなものをやるだけでなく、自分が嫌いなものまできちんといやっていくと、段々と本当の楽しさが解ってくるのだ。この境地にまで辿りつけば、家事の本質もちゃ~んと解ってくるのだ。

 既婚女性は結婚したのだから、夫を愛しているということで結婚したのだろう。だったら、その愛を家事をすることなり、妊娠や出産や育児を楽しんで行うことで、表現しなくては。気持ちは行動で示し、結果を出してこそ、価値があるのだ。口では「愛しています」と言いながら、家事を手抜きばかりしていたら、その愛は偽りであることに間違いがないのだ。

●妊娠できた女性は、みんな恋愛や結婚のプロである

 結婚できた女性というのは、みんな恋愛や結婚もプロなのである。なぜなら、恋愛も結婚も「偶然の産物」だということが解っているからだ。未婚の女性たちは、自分の力で人為的に恋愛が結婚ができると思っているが、そういう出会いは、決してまともな恋愛や結婚にならないのである。

 「運命の出会い」は偶然で起きるものなのだ。運命の出会いだからこそ、本物の恋愛をできるし、本物の結婚ができるのだ。この大事なことが解らなければ、低レベルなことを何度も繰り返してしまうのだ。自分で「恋多き女性」といっている女性たちが、実は低レベルな男女の出会いを繰り返しているだけなのだ。

 女性にとって、恋愛や結婚は必ず通過しなくてはならないものである。だから、本物の恋愛をしなければ、本物の結婚をしなければ、いつまで経っても半人前で、いつまで経っても精神的に自立できないのだ。しかし、人生には限りがあり、いつまでも偽りの恋愛に耽っているわけにはいかないのだ。

 「白馬の王子様」だって、自分が招いてやってきたわけではないのだ。偶然の産物なのだ。運命の出会いは、偶然がなければ、運命の出会いにならないのだ。妊娠だって、偶然の産物なのだ。セックスすれば、妊娠できるだろうと思う女性は、大事なことが解っていない女性なのである。人為を尽くしたとしても、自分が思いのままにならないものは、たくさんあるのだ。アマにはその大事な偶然が見えていないのだ。必然的なことをいくらやっても、巨大な幸運は訪れてこないのだ。

 人間がプロになるということは、人為を尽くして、それゆえに偶然の大切さを知ることなのである。人間は小さな幸せを自分で作り出すことはできるが、巨大な幸運は自分では作り出せないのだ、必ず自分以外の所からやってくるのだ。昔の人々は、その巨大な幸運を与えてくれる人を、「神様」と捉えた。しかし、現代の人々は、神様の存在を軽んじたり、否定したりして、自分の理性の力で、幸福を得ようとしているから、小さな幸福しか得られないのだ。

 だからこそ、結婚したなら、家事をプロ化して、その偶然の大切さを知るべきなのだ。自分が遣るべきことをやって、偶然の大切さが解った時、その夫婦に巨大な幸運が訪れてくるのだ。それゆえに、妊娠したなら、妊娠のプロを目指せ、出産したなら、出産のプロを目指せ、育児をするなら、育児のプロを目指せ、そうやって、巨大な幸運を招き寄せるのである。

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コメント

 『タマティーの勝手に解説アワー』

 家事はプロ化してしまうと、超簡単になってしまう。
 アマチュアのままでいるからこそ、家事が大変になってしまうのだ。
 家事が「大変」だという声をよく聞くけど、そういう主婦はアマチュア感覚で家事をこなすからこそ、家事が大変になってしまうのだ。

 家事をプロ化してしまうと、家事を行う楽しさが解ってくるのだ。
 そして家事を極めていくと、物事の本質が見えてくるから、妊娠も出産も育児も遣り方が自然と解ってくるのだ。
 昔の母親たちは、息子の嫁がやってくると、ビシバシと家事でしごいたが、そういうことをしてくれたからこそ、妊娠や出産や育児を軽々と行えたのである。

 戦後はそういう習慣を「封建的だ!」との一言で葬りさってしまったから、妊娠も出産も育児も大変なことになってしまうのだ。
 我々は、戦後の異常な状況に騙されることなく、先祖の知恵をちゃんと継承していこう。

 家事をきちんとこなせるようになると、妊娠も出産も育児も楽に行えるというのは、どの育児本にも載っていないし、産婦人科医だって決して教えてくれない。
 何事も「急がば回れ」なのである。
 妊婦生活を幸せにしたかったら、妊娠に注目するのではなく、妊娠以外の部分に目を向けることが肝心なのだ。

投稿: 愛のタマティー天使 | 2008年10月 8日 (水) 12時01分

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