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第四節 物事に取り組む姿勢

●一生懸命やってみる

 確固たる将来のビジョンを持てたら、その将来のビジョンを実現するために、一生懸命やってみることだ。幸せな妊婦たちは、将来の目標が定まっているがゆえに、やらなければならないことが無数に出てくるのだ。だから、今すぐに行動を開始し、今やれることを精一杯やってのけていくのだ。

 幸せな妊婦たちは、妊娠しているからといって、時間を無駄にはしないのだ。妊娠中といえども、将来のビジョンを実現させるためにはやるべきことがたくさんあるからだ。勿論、過度な運動や、過酷な労働には従事できないであろう。しかし、妊娠してもできることはたくさんあるのだ。

 妊娠しているからといって、何もしないでいると不幸を引き寄せてしまうのだ。いかなる哺乳動物でも、妊娠していても、何かしらの行動を取って、体を動かしている。それなのに、妊婦の中には妊娠しているからといって、何もしなくなる妊婦が多数出てくるのだ。そのために、体調を崩してしまい、不幸を引き寄せてしまうのだ。

 妊娠してようが、妊娠してまいが、いかなる時も、努力と誠実さは、幸運を引き寄せるのだ。幸運を引き寄せる法則は、決して妊娠に左右されないのだ。人間はなんの夢もないのに、努力し続けることは困難である。人間はなんの目標もないのに、誠実なままでいるのは困難である。人間は本人が思っているように高等な生物でないのだ。夢や目標がなければ、すぐに堕落していってしまう脆弱な動物なのだ。

 だからこそ、確固たる将来のビジョンが必要になってくるのである。自分たち夫婦が将来どのようになりたいか定まって入れば、妊婦といえども、自然と努力を行い、誠実さを発揮してくるのだ。努力しなければ、自分が望むべきものは手に入らないのだ。誠実さを示し続けなければ、自分が掴んだ幸せを維持できないものなのだ。

 幸せな妊婦たちは、自分のやるべき仕事をちゃんとやっているのだ。既婚女性の場合は、家事が常に仕事の筆頭である。妊娠しているといえども、その重要性はなんら変わらないのだ。だから、妊娠していても、きちんと家事をこなしてくるのだ。妻が家事をこなせば、夫婦の仲は円満になり、妻が家事を放棄すれば、夫婦の仲は最悪になっていくのだ。これほど単純明快なものは、他にないであろう。

●人間は成功し始めると、姿勢は同じようになる

 結婚すれば、すべての女性たちが幸せになれるのではないのだ。幸せになるべく努力し続けた女性だけが幸せになり、幸せになる努力を怠った女性たちは確実に不幸になっていくのだ。マスコミはいつも結婚にはネガティブに報道する傾向があるので、「夫婦のいざこざ」「夫婦喧嘩」「ドメスティックバイオレンス」「不倫」「離婚」と、結婚すればさぞかし不幸になってしまうかのような報道をしてくる。

 しかし、不幸になるような女性は、結婚しようがしまいが不幸になるものなのだ。なぜなら、彼女たちには将来のビジョンがまるでないからだ。常に他人に依存して、他人に何かをやってもらおうと気でいるからなのだ。だから、いつまで経っても自分が望むものが手に入らないのだ。幸せは自分が動き出さなければ、決して手に入らないのものなのだ。

 人間は勇気を出して、動き出し、成功し始めると、その姿勢は皆同じようなものになっていくのだ。まず、「明るくて元気で前向き」である。次に「素直で正直で謙虚」である。更に、「常に真面目に取り組む」のだ。こういう姿勢でいられたら、幸せを獲得できるだけでなく、向こうから幸せがやってくるようになるであろう。

 幸せな妊婦生活を送る上で、物事に取り組む姿勢というのは非常に大事なのだ。なぜなら、その妊婦が幸せに妊婦生活を送られるようになるだけではなく、お腹の赤ちゃんの性格も母親の行動の影響を受けて決まっていくからだ。妊娠中に堕落した生活を送っていた妊婦が、出産後に更生することなどありえないであろう。当然に育児に難儀をすることであろう。だが、妊娠中に聖化された生活を送っていた妊婦は、出産後もその優れた生活習慣を維持し、子育ても楽に行えるのだ。

 妊婦たちよ、自分の我儘を捨て、幸せな妊婦たちを見習おう。幸せな妊婦たちは、「人の悪口を言わない」ものだ、幸せな妊婦たちは、呼ばれたら「ハイ」というものだ。幸せな妊婦たちは、「礼儀の大切さ」を守り、人の居る所では礼儀を守り、他人への敬意を常に現すものだ。こういったことは、簡単にできてしまうものばかりなのだ。

●成功している人にオチャラケている人はいない

 世の中が行き詰まり、社会が腐敗してくると、努力や誠実さは馬鹿にされてしまう傾向があるのだ。自分が一生懸命努力するよりも、他人の力に頼り、政府の救済策に頼ろうとするのだ。自分が誠実さを発揮するよりも、オチャラケて、下らない冗談を言い、他人に誹謗中傷を浴びせているのだ。

 自分の幸せは自分で獲得するからこそ面白いのである。自分の豊かさは自分で実現していくからこそ楽しいのである。他人から幸せにされた所で、心の奥底から幸せにはなれないだろう。政府の援助を受けて豊かになっても、自分の生活を本当に豊かにすることはできないだろう。

 自分の生活すらままならない身体障害者に、手助けをすることは正しいかもしれない。しかし、五体満足で健康に暮らしている人が、自分で努力せず、他人の手助けを求めれば、それは乞食よりも劣るものである。内戦が勃発し、祖国を追われた難民に、政府が救いの手を差し伸べるのは正しいことかもしれない。しかし、平和な社会で暮らし、病気もせず、労働できる人が、政府の手助けを求めることは、それは奴隷よりも劣る行為である。

 誰かに頼っていれば乞食よりも劣り、政府に頼っていれば奴隷よりも劣ってしまうものなのだ。自分には足があるのだから、自分で立て! 自分には手があるんだから、その手を使って労働をせよ! 妊娠した所で、手も足も動かせるのだ。それなのに、どうして何もしないということを選択してしまうのだろうか?

 何でも茶化していると、大切なものを作り出せなくなるのだ。何事にもオチャラケていると、自分が望む未来を作り出せなくなるのだ。幸福を享受している人に茶化す人はいないし、成功している人にオチャラケている人はいなものだ。自分が何もしないで、テレビばかり見ていたら、時間はアッという間に過ぎ去っていくのだ。そして、過ぎ去った時間は、もう二度と取り戻せないのだ。

 幸せな妊婦生活を送りたければ、何事にも一生懸命取り組むべきなのだ。自分の努力と誠実さを発揮して、自分の力で幸せと豊かさを築き上げていくべきなのだ。時間はいつまでもあると思うな。妊娠は妊娠してから10ヵ月後には、出産の時期を迎えるのだ。妊婦生活は永遠に続くものではないのだ。必ず終りが来るのだ。だから、1日1日を大事にして、自分ができることを、一生懸命に行うべきなのだ。

●未知なるものに取り組む時は最初のスタートダッシュが肝心である

 初めて妊娠した妊婦にとっては、妊婦生活は知らないことばかりである。だからといって、無為無策の日々を過ごすことはないのだ。妊娠の経験者たちに話を聞けばいいのだ。話を聞けば、今、自分が何をしなければならないことが解ってくるのだ。妊娠が初めてだからといって、誰からも話をきかなければ、妊娠生活を無知のまま過ごし、最悪な形で出産に突入してしまうのだ。

 何事も最初が肝心である。最初から躓いている妊婦は最後まで躓くものだし、最初から出だしがいい妊婦は最後まで順調に行くものである。妊娠は妊娠が発覚してから、最初の3ヵ月で、妊婦生活の幸福と不幸がほとんど決定してしまうのだ。自分のお腹が大きくならないうちに、妊婦としてすべきことをやっておくからこそ、お腹が大きくなっても、自由に動けることができるのである。

 未知なるものに取り組む時は、最初のスタートダッシュが肝心なのである。妊娠したての時は、自分の気持ちも新鮮だし、エネルギーも満ち溢れているので、非常に爽やかな気持で、自分の生活を妊婦生活に切り換えることができるし、妊婦生活を順調良く進めていくのに、エネルギーを充分に使えるのだ。

 こういう切り替えができない妊婦は、過去や現実に囚われてしまう人たちなのだ。人間は過去や現実に囚われていると、未来を作り出せないのだ。確かに、過去においては妊娠していなかったかもしれない。確かに、現在においてはまだ妊婦らしい格好にはなっていない。しかし、妊娠が発覚したら、確実にお腹が大きくなってくるし、10ヵ月後には出産の日を迎えるのである。

 だからこそ、確固たる将来のビジョンが必要なのだ。確固たるビジョンがあれば、現実を相対化できるので、現実を冷静に見つめることができるのだ。自分の夢が明確になっていれば、自分がやるべきことに一生懸命取り組むことができるし、努力と誠実さを思う存分発揮できるのだ。

 人類が地球に誕生して以来、人類が妊娠しなかった年など、一度もないのだ。必ず、世界のどこかで妊娠し、出産が行われているのだ。どうすれば妊婦生活がうまくいくか、どうすれば出産がうまくいくか、その手の情報はいくらでも蓄積されているのだ。自分が初めての妊娠だからといって、増上慢にならずに、謙虚になって、どうすれば妊婦生活がうまくいくのかを調べていけばいいのだ。そして、自分に合ったものをやっていけばいいのだ。

●真剣に取り組んでいれば答えは必ず見つかる

 どんなに優れた教育制度を整えた所で、馬鹿は確実に存在しているものである。単なる馬鹿はまだ救いようはあるが、教育を受けた馬鹿は救いようがないのだ。妊婦の中には、「私は初めての妊娠なので、妊娠中に何をすればいいのか解りません」と言ってくる妊婦や、「私は子供を産んだことがないので、子育ての仕方が解りません」と言ってくる妊婦が、必ず存在してくるのだ。

 我が国で女性に大学を進学させなかった頃には、こんな馬鹿な女性はありえなかったのである。妊娠も出産も育児もやってみなければ、解らないことばかりなのである。いくら学校や大学で勉強した所で、実際に経験してみなければ解らないのだ。知識をいくら積み重ねても、妊娠はできないのだ。学校や大学でいくら成績が良くても、出産をうまく行うことはできないのだ。教科書をいくら読んだ所で、育児をうまく行うことはできないのだ。

 世の中には、「妊娠中に何をしたらいいか解りません」と言ってノイローゼになる妊婦や、「育児の仕方が解りません」と言ってノイローゼになる母親が後を絶たないのだ。学校や大学で勉強しすぎて、頭でっかちになるから、こういう馬鹿げたことになるのである。自分の体を動かさないで、知識を溜め込むからこそ、ノイローゼになってしまうのだ。

 自分が解らなかったら、誰か経験者に聞けばいいのである。出産を経験した母親たちは、無料でちゃんと教えてくれるのだ。なぜなら、女性にとって妊娠や出産や育児は、もっとも崇高な行為であり、もっとも重要な行為だからだ。妊娠や出産や育児を経験すれば、誰もが同じような悩みを抱くし、似たような難問にぶつかるものなのだ。それなのに、自分一人で抱え込み、自分一人で解決しようとするからこそ、ノイローゼになってしまうのである。

 初めて妊娠した女性にとっては、確かに妊娠は何も解らないことばかりである。だからこそ、新鮮味があるし、新しい発見があるし、面白いのだ。自分が解り切ったことを繰り返しても、楽しい筈がないのだ。解らないからこそ、遣り甲斐があるのだ。妊娠中にいかなる問題を抱え込もうとも、妊娠に真剣に取り組んでいるなら、必ず答えが見つかるものなのだ。妊婦に必要なのは、「真剣さの大切さ」なのである。

 真剣に生きているからこそ、妊婦生活が面白いのだ。真剣に生きているからこそ、自分の考えを変えてしまうような出来事も起こってくるのだ。真剣に生きているからこそ、ユーモアを言えるのだ。真剣に生きておらず、それを誤間化すためにいくら冗談を言っても、それは面白くないのだ。

 妊娠中は忙しくしていた方がいいのだ。忙しくしているからこそ、妊婦生活が充実し、そして忙しさの中に余裕を見つけることができるのだ。妊婦だからといって閑を持て余していると、生活は充実しないし、雑念や邪念が湧いてきてしまうものなのだ。

 幸せを獲得したければ、物事に取り組む姿勢を明確にすべきなのだ。物事に一生懸命に取り組み、幸せを獲得していくということは、万人に共通なのである。妊娠しているからといって、免除されるものではないのだ。幸せな妊婦たちは、物事に真剣に取り組んでいるからこそ、益々幸せになっていくのである。それを知らない妊婦たちは、妊娠中に無為の日々を過ごして、出産してから、悪魔のツケを払う羽目になるのである。

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コメント

 『タマティーの勝手に解説アワー』

 要は、妊婦生活を充実させたかったら、「真剣さの大切さ」を持つことが大事になる。

 人間は真剣に物事に取り組んでいると、みな同じ姿になるので、これは妊娠でも変わらないのだ。
 妊娠しても、オチャラケていると、大抵の女性が妊娠で手抜きを始める。妊娠中に手抜きをすれば、難産は確実だし、育児においても更に手抜きをし、育児で散々に揉めることになる。
 これは自明の理といってもいいのだが、世の中には妊娠してもオチャラケる女性は必ず出てくるし、しかも、手抜きの育児を勧める産婦人科医だって出現してくるのだ。
 こういう妄説には、決して騙されないことだ。

 自分の母親や祖父母に聞いてみればいいのだ。
 オチャラケて育児をした女性などいない筈だ。自分の赤ちゃんを真剣になって育てたからこそ、育児をきちんと行えたし、育児の楽しさを味わえたのだ。

 このことは、妊娠や出産や育児に限らない。仕事でもスポーツでも芸術でも、真剣にやるからこそ面白いのである。
 妊娠や出産や育児を真剣にやらず、オチャラケている女性や、それを勧める産婦人科医は、今まで一生懸命になってやれるものに出会えなかったということなのである。 
 
 妊娠も出産も育児も、真剣になるからこそ、面白いのだ!

投稿: 愛のタマティー天使 | 2008年10月 7日 (火) 06時37分

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