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第十三節 行動しながら、「覚える」「考える」「閃く」 ~妊婦生活の仕方は行動していれば解るもの~

●妊娠中は困ったことは起こらない

 妊婦の中には、妊娠のことにあれこれ悩み、出産をどうしようと、育児をどうしようと、悩みこんでノイローゼになってしまう妊婦がいる。だが、その妊婦がいくら悩んでも、困りごとがどっと押し寄せてくるのだ。自分が困ったと思うからこそ、困ったことが起こり続けるのだ。

 困り癖のある妊婦は、育児本に頼り、妊娠や出産や育児をマニュアル通りにやろうとし始める。しかし、困り癖のある妊婦にとって育児本は、麻薬と同じ作用が出てくるのだ。自分が何かをやるたびに育児本を読み、それで益々ノイローゼになっていくのだ。更に、出産後、困り癖のある母親が育児本を読むと、麻薬中毒症状と同じ作用が出てくるのだ。自分の赤ちゃんが育児本通りに育ってくれないことに、深刻なノイローゼになってしまうのだ。

 妊娠や出産や育児は、いくら考えてもうまくいかないのだ。やってみなければ解らないのだ。妊娠も出産も育児も、これらのことを行える能力は、本来、女性の中に備わっているのであって、その能力に目覚めずに、育児本に頼ろうとするからこそ、自分の精神が異常になっていってしまうのである。

 妊娠にあれこれ悩むのではなく、「妊娠は目出度いことなのだから、困ったことは起こらない」と悟ってしまうことだ。そうすると、自分が困っている現象がパッと消えてしまうのだ。そう、自分が困っていたとおもったから、困った現象が発生していただけであって、それゆえ、自分が困ってないと思ってしまえば、困った現象は消滅してしまうのだ。

 これは妊婦生活を幸せに暮らしていくための最大の秘訣だといっていい。困り癖のある女性は、自分が困ってないと思っても、更に困ったことが発生してくるのだ。それに対しても困ってないと思うと、困ったことが消え、自分の精神レベルが上昇していくのだ。自分の精神レベルが低かったからこそ、困りごとを招いてしまったのだ。

●行動しながら、「覚える」「考える」「閃く」

 人間は立ち止まっていれば、トラブルがいくらでも発生してくるのだ。自分の精神レベルを上げていかなければ、いくらでも困りごとはやってくるのだ。だから、動く、走り出す、常に向上心を忘れないようにすることだ。妊娠中ということで、いくらお腹の中の赤ちゃんが大事だからといって、立ち止まり、向上していかなければ、いくらでもトラぶるが発生し、困りごとが押し寄せてくるのだ。

 妊娠したからといって家事が免除されるわけではないのだ。妊娠したからといって成長が免除されるわけではないのだ。妊婦に求められるのは、「苦悩」することではなく、「行動」することなのだ。妊婦が「行動の重要性」に気づけば、悩み事もトラブルも発生してこないのだ。だから、まずは自分が動くことだ。自分が動けば、妊娠中の楽しいことがいくらでもやってくるのだ。

 初めて妊娠した妊婦にとっては、妊娠中に何をしていいか解らないことだろう。だから、行動しながら「覚える」「考える」「閃く」ようにしていけばいいのだ。自分が行動していれば、妊婦として覚えるべきは覚えられるし、妊婦として考えなければならないことを考えるようになるし、妊婦として閃くものは自然と閃いてくるのだ。

 妊娠する前から妊婦生活の仕方を覚えるのではなく、妊娠してから、妊婦生活の仕方を覚えていけばいいのだ。妊婦が行動を起こしていれば、妊婦生活の仕方は自然に覚えていけることができるのだ。妊婦が行動もせずに、育児本を読んでいたら、いつまで経っても妊婦生活を覚えられないのだ。

 困りごとを抱えている妊婦は、みんな頭でっかちなのだ。高等教育を受けてしまったために、誰かに教えられれば、うまく行えるだろうと、いつまでも思っているのだ。誰かに教えてもらおうとしているからこそ、いつまで経っても妊娠や出産や育児がまくいかないのだ。知識よりも、女性が本来持っている能力に気づけ! その能力に気づき、その能力を発揮していけば、妊娠も出産も育児もうまく行うことができるのだ。

●結婚前に育児の方法を知っている花嫁はいない

 独身時代から妊婦生活の仕方を知っている女性はいない。結婚式を挙げている花嫁が、出産の仕方を知っていることなどない。結婚前に育児の方法を知っている花嫁などいないのだ。なぜなら、知らなくても、やれば解ることだからだ。人間は知らないからこそ、それを知る喜びがあるのだ。最初からすべてのことを知っていたら、新しいことを知っていく喜びがなくなってしまうのだ。

 初めて妊娠をした所で、妊婦生活の仕方のすべてを知れるわけがないのだ。初産をした所で出産のすべて知れるわけではないのだ。初めは誰だって初心者なのだ。初心者なら初心者らしく謙虚にしていればいいのだ。それなのに、いきなり「妊娠博士」「出産博士」「育児博士」になろうとするから、トラブルが続出してくるのだ。

 女性は3回出産しないと、出産を知ったうちに入らないのだ。言っちゃ悪いが、出産は、1回目は実験台、2回目は再チャレンジ、3回目でやっとまともにできるものなのだ。何事もそれを上手に行うためには、3回以上行わなければ、うまく行うことなどできないのだ。初めての出産で、すべてをうまくいくようにしようというのは、虫がよすぎるのだ。最初から完璧なものは作れないのだ。何度もトライして、改善していけば、ベストなものが作れるようになるのだ。

 初めての妊娠なら、妊婦生活は試行錯誤の連続である。初めて出産であるならば、出産は驚きの連続である。初めて育児であるならば。解らないことだらけである。しかし、だからこそ面白いのだ。自分が解らないことをやるからこそ、それに真剣に取り組み、楽しいことをいくらでも見つけられるのだ。

 赤ちゃんを出産した母親たちが、喜びに満ちているのは、新たなる命を産んだだけでなく、自分が未知なるものに取り組んでいるからこそ、喜びに満ちているのだ。女性は赤ちゃんを産まなければ、決してこの喜びを味わうことができないのだ。女性なら誰にでも味わえる喜びでは決してないのだ。

●動いていれば、アイデアは自然とやってくる

 だから、妊婦生活で悩むことなどないのだ。自分が行動を起こしていけば、自然と妊婦生活の仕方が解ってくるのだ。妊娠において困ったことは起こらないと腹をくくることである。困ったことが起こらないと思えば、困ったことは起こってこないのだ。今まで妊娠で「困った」「困った」という思いが、困ったことを引き寄せてきたのだから、今度は妊娠で「楽しい」「楽しい」思うようにすることだ。そうすれば、楽しいことが押し寄せてくるのだ。楽しいと思うからこそ、楽しいことがやってくるのだ。

 大事なことは、人生哲学をしっかりと持つことである。人生哲学がしっかりとしていれば、必要なアイデアは向こうからやってくるのだ。大事なことは、良好な人間関係を築いていくことである。人間関係が良好であれば、「妊娠の喜び」「出産の喜び」「育児の喜び」を分かち合うことができるからだ。自分に人生哲学がなく、良好な人間関係を築かない妊婦が、いくら育児本を読んだ所で、妊娠や出産や育児を喜びに満ちて行うことはできないのだ。

 あなたが不幸なままで、誰かを幸せにすることはできないのだ。自分が不幸だったら、せっかく産まれてきた赤ちゃんを不幸にすることしかできないのだ。あなたが幸せでないと、他人を幸せにすることができないのだ。自分が幸せであれば、きっと赤ちゃんを幸せにすることができるのだ。

 不幸な人々は、往々にして、自分を変えずにテクニックを変えれば、自分は幸せになれるだろうと思い込んでいる。しかし、自分を変えずにテクニックに走っても、幸福はやってこないのだ。自分が今現在、不幸だということは、自分が間違っているからこそ、不幸なのだ。それなのに、自分を変えずにテクニックを変えても、幸せになれるわけがないのだ。

 育児本に走る既婚女性たちが、妊娠や出産や育児で不幸になっていくのは、自分を変えずにテクニックに走るからなのである。いかなる者も、自分を変えずに幸せになることはできないのだ。妊娠したら、お腹が出てくる。出産すれば、赤ちゃんが生まれてくる。育児をすれな。赤ちゃんは日一日成長していく。自分も赤ちゃんも変わっていくのだ。人間は変わっていくからこそ、成長ができるし、幸せになっていくのだ。

 人は不幸になるために生まれてきたのではない。幸福になるために生まれてきたのだ。一刻も早く、神様が与えた使命に気づくべきだろう。自分が不幸だったら、他人を不幸にすることしかできないのだ。妊娠したのに、自分を変えずにいたら、不幸になっていくだけなのだ。だから、自分を変えていく。自分を変えていけば、幸せになっていくのだ。そして自分が幸せになれば、他人を幸せにしていくことができるのだ。

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コメント

 『タマティーの勝手に解説アワー』

 少子化というのは、教育の弊害なのである。
 教育を受ける期間が長すぎると、自分で行動を起こして知ろうとするのではなく、自分が行動せずに誰かに教えてもらおうと思ってしまうようになってしまうのだ。

 だから、高等教育を受けた女性ほど、妊娠や出産や育児の仕方を教えてもらおうとしているのである。
 そんなことやってみれば、自分で解ることだろう。
 大事なことは、自分が実際にやってみることである。
 遣り続けていれば、自然と解ってくるようになるのだ。

 「赤ちゃんの育て方が解らないから、子供を産みません」というのは、本末転倒な意見なのである。
 こういう人間には何をやらしても、決して大事なことが解らないのだ。
 
 幸せがほしければ、自分で行動を起こすことだ。
 行動を起こしてれば遣り方が解るし、幸せになっていくのだ。
 妊娠も出産も育児も、自分が行動を起こしてやっていれば、遣り方が解るし、幸せになっていくのだ。

投稿: 愛のタマティー天使 | 2008年10月13日 (月) 11時00分

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