« タマティーの自己紹介 | トップページ | 第二節 妊婦には3種類しかいない »

第一章 妊婦生活の哲学

第一節 妊娠は病気ではありません!

●妊娠は病気ではなく、自然の発露である。

 「妊娠は病気ではない」「出産は病気ではない」「育児は病気ではない」。俺はこれらのことが言いたくて、これから、『幸せ色の出産ラブストーリー』を書き続ける。

 妊娠は健康の証である。健康だからこそ妊娠できるのだ。

 出産は健康の証である。健康だからこそ出産できるのだ。

 育児は健康の証である。健康だからこそ育児ができるのだ。

 それなのに、なんで妊婦たちは病院に行くのだろうか? それなのに、なんで陣痛を起こした妊婦たちは病院に行くのだろうか? それなのに、なんで母親たちは病院に行くのだろうか? 妊婦たちも、陣痛を起こした妊婦たちも、母親たちも、行くべき場所を間違えているのである。

 健康な人が病院に行けば、確実に病人にさせられる。なぜなら、医者たちは「人間を見たら、病人だと思え」を信条としている動物だからである。「病人を見たら、薬を投与せよ」「薬を投与して薬害を起こさせよ」「薬害を起こして、病院へ来る患者を激増させよ」という「医者の三原則の誓い」にかかれば、健康な人間は確実に自分の健康を喪失する。

 医者たちは善人で、「ヒポクラテスの誓い」を守っているなどと、決して妄想を抱いてはならない。西洋医学は、キリスト教と医学部と製薬会社の三者によって、「奉仕の精神」に溢れた医学を、「「悪徳と悲劇と殺戮」に溢れた医学に変えたのである。

 現在、日本政府は伸び続ける医療費のために、事実上、国家財政が破産している状態である。では、それほどまでに、日本国民は病気だらけなのだろうか? 実は、本当の病気は1割程度なのである。残りの9割は、医者たちが健康な人たちを病人にさせただけなのである。

 はっきりと言えば、医者たちを皆殺しにすれば、病気の9割は消滅するのである。現在の日本は、食料事情も豊かになり、スポーツも充実して、本来は健康なはずなのである。それなのに、医者たちは日本国民を病気にさせようと躍起になっているのである。

 妊娠も出産も健康だからこそできるのである。妊娠も出産も自然の発露である。自然に任して行うのがベストなのである。自然に行えば、難産になることも、病気になることもないのだ。

 それなのに、妊娠や出産を病気だと思っていくから、健康な妊婦でも病人扱いされ、いらぬ薬を投与され、いらぬ手術を受けさせられるのである。それどころか、自分がお腹を痛めた我が子を病気にさせられ、出生直後から長らく入院生活を送らざるを得なくなるのである。運の悪い時は、病院で医者たちから殺されてしまうのである。

 時折、子供が犠牲者になる殺人事件が報道される。しかし、凶悪犯罪者の殺人事件は稀なのである。だが、病院では凶悪事件の発生率を遥かに上回る確率で、子供たちが殺されているのだ。しかも、犯人は目の前にいるのに、医者として白衣を着ているがゆえに、逮捕を免れることができるのである。

●病院で出産するな

 妊娠を病気だと思うからこそ、医者に殺されるのである。

 出産を病気だと思うからこそ、医者に殺されるのである。

 育児を病気だと思うからこそ、我が子を医者に殺されるのである。

 俺は妊婦たちに言う。「病院で出産するな 助産婦の所へ行け!」と。妊娠や出産を手伝うのは、助産婦の仕事である。医者の仕事ではないのだ。医者が自分の仕事ではないのに手を出すからトラブルが発生するのである。妊婦たちに対して殺人医療が展開されるのである。

 俺は妊婦たちに言う。「医者が妊娠や出産や育児の仕事に手を出さなければ、日本の赤ちゃんたちは健康に生まれ、出生率も上昇していくことであろう」と。赤ちゃんは病人扱いされるために生まれてくるのではないのだ。赤ちゃんは殺されるために生まれてくるのではないのだ。ほとんどの赤ちゃんとたちは健康な体をもって生まれてくるのである。その赤ちゃんたちを医者たちが病気にさせ、殺しているのである。

 俺は妊婦たちに言う。「俺は産婆復活論者である。産婆を復活させよ。古き良き日本の昔に戻れ!」と。「産婆」こそ、助産婦の最高の称号である。妊娠や出産や育児には、何事も経験が大事で、自らが妊娠や出産や育児を経験し、その上で、他人の妊娠や出産や育児を手伝うことができるのである。医者たちのように、医学部でちチョコチョコっと学び、それで妊娠や出産や育児を手伝えるようにしてはならないのだ。

 産婆を復活させ、老女たちを働かせれば、国民年金制度は不要となる。養老院は不要となる。特別介護老人ホームは不要となる。ボケ老人たちが消え、天寿を全うするまで元気でいられることであろう。妊婦にも母親にも嬉しく、産婆にも嬉しい循環ができあがるのである。

 妊婦たちよ、あなたたちを救うのは、「先祖の知恵」なのだ。その「先祖の知恵」は、あなたがたの母親や産婆たちが継承しているのだ。自分が妊娠したら、自分の母親や産婆に妊娠や出産や育児の仕方を聞けばいいのだ。ちゃんと「正しい妊娠の仕方」「正しい出産の仕方」「正しい育児の仕方」を教えてくれることだろう。

 しかし、妊娠も出産も育児の経験がない医者たちに、妊娠や出産や育児の仕方を教えてもらえば、妊娠も出産も育児も悲劇になるのだ。「医学の知識」では、妊娠や出産や育児といった人生上もっとも大切なものを行うことはできないのだ。医者たちが誇る「医学の知識」は、絶対に母親や産婆が持つ「先祖の知恵」に負けるのだ。

 妊婦たちよ、病院で出産すると、分娩台に乗らされ、仰向けになり、支脚器に足を固定させられてしまう。なぜ、こんな姿にさせられるかご存じだろうか?

 それはこの状態だと、妊婦の全身に力が入らなくなり、確実に難産になってくれるからである。昔の日本では難産になるなど、ごくごく稀であった。それなのに、現在の日本ではほとんどの妊婦が難産を経て赤ちゃんを出産しているのだ。

 出産のプロではない医者たちにとって、妊婦が安産で赤ちゃんを出産したら困るのだ。儲からないのだ。だから、分娩台に乗せ、仰向けにし、支脚器で足を固定し、難産にさせるのだ。難産になってくれるからこそ、麻酔分娩の必要性が生じ、麻酔薬を使用することができるようになるのだ。

 出産というのは、夜更けの陣痛が始まり、明け方頃に赤ちゃんが生まれる。しかし、医者たちは徹夜になってしまう作業が嫌だから、陣痛促進剤を使用して、日中に陣痛が起きるようにし、自分は午後5時までに仕事を終えるようにするのだ。陣痛促進剤を使用するか否かは、妊婦の健康状態には一切関係ないのだ。医者の夜遊びの都合で決められるのだ。

●医者が妊娠や出産に手を出してから、妊婦の死者が激増した

 妊婦にとっては、安産で健康な赤ちゃんを産めるのが理想の状態である。しかし、医者たちにとっては、妊婦の理想状態は最悪の状態なのだ。妊婦が安産で健康な赤ちゃんを産んでくれたら、儲からないのだ。仕事がなくなってしまうのだ。

 できれば、難産で赤ちゃんを出産してほしいし、できれば赤ちゃんが病気を持った状態で生まれてほしいのだ。もしも、妊婦が安産で産もうとすれば、できうる限りの手段を用いて難産にさせようとするし、健康な赤ちゃんが生まれれば、できうる限りの手段を用いて病気にさせようとするのだ。

 我々は「医者は先生」という悪しき観念を持っている。しかし、すべての人間が健康になってしまえば、真っ先に失業するのは医者たちなのである。その医者がどんな大学の医学部を出ていようが、医者だって人の子なのだ。自分が生きるためには、平然と悪事をやってのけるのだ。

 効かない薬を投与し、その薬の薬害で更に病気を悪化させる。不必要な手術を施し、その手術のために更に病気を悪化させるのだ。確かに医者たちは病気を或る程度までなら治すことができる。しかし、医者たちのほとんどの仕事は、「殺人医療」なのだ。健康な人を病気にさせ、そして殺していく。だから、医者は儲かる仕事なのだ。

 昔の日本では、妊婦が出産時に死ぬというのは非常に稀なことであった。しかし、医者が妊娠や出産に手を出してから、妊婦の死者が激増したのである。昔の日本人女性よりも、現在の日本人女性の方が体格がよく、筋肉量も多い。それなのに、なぜか妊婦たちの死者は激増しているのである。

 妊娠は病気ではない。出産は病気ではない。育児は病気ではない。病気ではないものに医者たちが手を出してくれば、どんなに健康な妊婦でも病気になり、そいて殺されるのだ。

 白衣を着ているからといって、医者が善人とは限らないのだ。先生と呼ばれているからといって、医者が良心を持っているとは限らないのだ。医療不信になれば、医療の真実が見えてくるのだ。医者を信じなければ、医者の本当の姿が見えてくるのだ。

●妊婦の妊娠における「最初の決断」

 医者たちがどんなに治療をやっていようとも、妊婦が病院に行かなければ、医者に出会うことはないのである。妊娠や出産を病気扱いにしてしまうのか、病気扱いしないかは、妊婦が決めることなのだ。自分の妊娠や出産や育児を病気にするかしないかは、あくまでも妊婦自身が決めることなのだ。

 妊娠や出産を病気扱いしてしまえば、妊娠や出産はそのとおりになっていく。難産になり、健康な姿で生まれた赤ちゃんも病人になってしまう。

 それゆえ、俺は妊婦たちに勧告します!

 妊娠や出産を病気扱いする女性は、この『幸せ色の出産ラブストーリー』を今後絶対に見ないでください。なぜなら、あなたの妊娠や出産や育児が幸せ色にはならないからです。論理的必然性をもって、不幸や悲劇が訪れてくるからです。それは、あなたが妊娠や出産や育児を苦しみと考えているからです。

 人間は自分が思うような人生になっていくのだ。自分の人生を不幸にするのは、あくまでも自分自身なのだ。

 この『幸せ色の出産ラブストーリー』を見ることが許される女性は、妊娠や出産や育児を病気扱いせず、医者の御厄介にならない女性たちだけです。なぜなら、この女性たちだけが、自分の妊娠や出産や育児を幸せ色にすることができるからです。論理的必然性をもって、幸せや豊かさが訪れてくるからです。それは、あなたが妊娠や出産や育児を楽しみと考えているからです。

 こここそが、妊婦の妊娠における「最初の決断」なんです。

 この「最初の決断」で、妊婦生活の大半が決定されてしまうんです。最初の決断で、妊娠や出産や育児を苦しみと捉えているなら、その妊婦の妊娠や出産や育児は苦しみに満ちたものになるのだ。最初の決断で、妊娠や出産や育児を楽しみと捉えているなら、その妊婦の妊娠や出産や育児は楽しみに満ちたものとなるであろう。

 妊婦生活のすべては、この「最初の決断」で決まってしまうのだ。

●目指せ! 自然的マタニティーライフ

 我々が目指すものは、妊婦が自分の妊娠や出産や育児を楽しく思えるようなマタニティーライフである。医者の治療を拒否し、助産婦の手伝ってもらう、妊娠や出産である。安産で健康な赤ちゃんを産める出産方法である。健康な赤ちゃんがますます健康になるような育児の仕方である。

 妊婦たちが、健康的に妊婦生活を送り、健康的に自然出産し、そして、健康的に赤ちゃんを育てていく。これこそが我々が望む理想の状態である。

 自分が体の中にある「自然の力」を利用して、妊娠や出産や育児に対して使用するのである。だから、自分に無理なく、自然に妊娠や出産や育児が行えるのである。

 我々はこれを「自然的マタニティーライフ」と呼ぶ。

 人間は科学が誕生する以前から妊娠したし、出産したし、育児をしてきたのだ。何も妊娠や出産や育児をするのに、最先端の科学技術などいらないのだ。妊婦たちが太古の昔に戻ればいいのだ。妊娠も出産も育児も、医者がいなくてもできるし、その妊婦が大学を出てようが、高卒であろうが関係ないのだ。妊娠や出産や育児で一番大切なのは、「自分を信じること!」である。

 自分を信じていなければ、誰かに制せられるだけだ。自分を制してくる人間が善人であることはまずない。ほとんどの場合が悪人によって制せられるのだ。

 自分を信じるためには、独立自尊の精神にを持つことである。先祖の知恵を継承し、自分で考えるべきことは自分で考え、自分で行動すべきことは、自分で行動を起こす。困った時は他人に相談すべきだし、自分の力だけでは足りない時は、他人の手助けを借りるべきである。

 妊娠を楽しくしたいのなら、出産を楽しくしたいのなら、育児を楽しくしたいのなら、「自然的マタニティーライフ」を送るべきである。「自然的マテニティーライフ」は、安産をもたらし、健康な赤ちゃんを産んでくれるのだ。

 妊婦たちよ! 目指せ、「自然的マテニティーライフ」!

|

« タマティーの自己紹介 | トップページ | 第二節 妊婦には3種類しかいない »

不妊治療」カテゴリの記事

出産」カテゴリの記事

妊娠」カテゴリの記事

コメント

 『タマティーの勝手に解説アワー』

 冒頭からショッキングな始まりになってしまいました。
 でも、自然的マタニティーライフからは、論理的必然性をもって、病院での出産を否定せざるをえなくなるからね。こういうふうな論調にならざるをえないんだな。

 もうひとつ、今回『幸せ色の出産ラブストーリー』を「ですます調」でやろうとしたんだけど、結局、「である調」になってしまった。
 「ですます調」は、柔らかくて、女性向けの文章になるんだけど、ただ思考が明確にならないので、どうしても「である調」になってしまうんだ。
 明治以来続いた「言文一致運動」は、最終的には無理だってことだね。
 やはり、文章語は文語でいいし、日常会話は口語でいいんだ。ただ、一般の人が読めなくなってしまうような文語には反対だけど、文語にしないと、論理的な文章が書けなくなってしまうんだ。
 この点、漢字学者の白川静氏の意見が正しかったわけだ。

 妊婦の方々、論理的な文章なので、始めはきついですけど、慣れれば、今まで考えられなかった内容がでてきますので、辛抱して読んでいってください。

投稿: 愛のタマティー天使 | 2008年10月 2日 (木) 06時21分

タマティーさん、大変ごぶさたしています。
お元気でしょうか。

ものすご~くすごく!久しぶりにブログにアクセスしてみたら、新しく「幸せ色の出産ラブストーリー」がスタートしていてびっくりしました!!!
タマティーさんのブログは、ほとんどパソコンに保存していたものですから・・・しかも、以前のブログは終わってしまった・・・と勝手に思い込んでいたし(苦笑)。

何はともあれ、めちゃくちゃ嬉しいです★
タマティーさんの新しいブログの内容が、私にも役立つ時がやってくることを願って、またがんばります。

投稿: みかん | 2008年10月 2日 (木) 11時01分

 「みかん」さん、コメントあいがとうございます!happy01

 7月中に『不妊症バトルロワイヤル!』を終えようと思ったんですけど、仕事が忙しすぎて、延び延びに延びてしまいました。

 『幸せ色の出産ラブストーリー』は、『不妊症バトルロワイヤル!』の続編なので、あくまでも元不妊症女性の方々向けに書いてますが、現在、不妊症であったとしても、解り易いように書いています。
 不妊症の克服の仕方を教えて不妊症を克服できることもあるけど、妊娠すればこういうことが起きるよ、出産の時はこうすればいいんだよ、というふうに教えていっても、それが不妊症の克服とはなんの関係がなくても、こういうことを知れば不妊症を克服していくことができると思います。

 第一章は、「妊婦としての心構え」を説いていくもので、それは妊婦だけでなく、妻としての心構えであり、母親としての心構えを語っています。
 この心構えが解り、きちんとこなせるようになると、結婚生活は幸せと豊かさに満ちたものになっていきます。
 俺が『不妊症バトルロワイヤル!』で述べた、「赤ちゃんを欲しがると、逆に赤ちゃんができなくなる」という逆説が解るようになります。
 夫婦にとって、本当に大事なものは、実はまったく違う所にあるんです。それが解ると、すべての苦悩が一瞬のうちに消滅してしまいます。
 
 第一章は『幸せ色の出産ラブストーリー』のエッセスのような部分になっていますので、内容が凝縮していますが、「みかん」さんなら、きっと解ると思いますので、じっくりと読んでみてくださいね。heart01

投稿: 愛のタマティー天使 | 2008年10月 3日 (金) 05時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/496414/23951918

この記事へのトラックバック一覧です: 第一章 妊婦生活の哲学:

» 赤ちゃんの病気の対応と処置 [赤ちゃんの病気と病院 ]
赤ちゃんの病気は病院で相談 [続きを読む]

受信: 2008年10月 6日 (月) 10時40分

« タマティーの自己紹介 | トップページ | 第二節 妊婦には3種類しかいない »