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妊娠したなら、夫を中心の夫婦関係に変えていく

●結婚における「対等関係」と「上下関係」

 結婚は、夫婦は対等であるが、当初は夫が主導権を発揮していないと、自分たち夫婦が望むような家庭を作り出すことはできない。そして、新婚の熱気が冷める頃に、徐々に妻に権限を譲り渡していって、夫は仕事に専念し、妻は家庭内をうまく切り盛りするようになる。

 女性は妊娠し、出産するために、自分にとってベストと思える環境を作らなければならないのだ。そのために、結婚して最初は夫が主導権を発揮しても、後には家庭内に関する権限を譲り渡してもらわないと、妻は自分が育児に相応しい家庭環境を作り出すことができなくなるのだ。「≪夫は外で仕事をし、妻は内で家事をする≫というのは時代遅れ!」などと言っていると、自分にとってベストと思える環境を作り出せなくなってしまうのだ。たとえ、既婚女性が外に出て働いたとしても、妻が家事をすることの重要性にはなんの変更もないのだ。

 妻が家庭内の権限を掌握し、育児に相応しい環境を作り出すためには、夫に家長として君臨してもらわなければならなくなってくるのだ。結婚当初は夫婦が対等の関係だったのであるが、しかし、親子関係は上下関係だから、夫婦にも上下関係が加わってくるのだ。この横糸と縦糸が組み合わされることにより、結婚が複雑に、そして頑丈なものに変わり始めるのだ。

 妊婦の中で幸せな妊婦生活を送っている女性は、必ずと言っていいほど、夫を立てているのだ。夫を立てると、家族がまとまり、幸せになっていくのだ。これは妊娠中にしてもそうだし、出産してからもそうなのだ。妊娠中にこの夫婦の変化を成し遂げておかないと、夫が家長として君臨しようとせず、妻子をそっちのけでいつまでもフラフラと遊び呆けてしまうようになってしまうのだ。

 出産して赤ちゃんが生まれれば、当然に夫婦の在り方も変わってくるのだが、しかし、幸せな夫婦というものは、出産してから変わったのではなく、既に妊娠の段階から変わっていっているのだ。自分の夫を単なる夫にするのではなく、家長として君臨してもらうと、家庭の中で愛が循環し始め、自分が無理をせずとも、家庭の中に愛が溢れた家族になっていくのだ。

●愛よりも大切なもの

 現在の地球上は、キリスト教が世界を覆ってしまったがために、人類のほとんどが愛を叫んでいる。しかし、イエスが説いた愛は、「アガペー」であって無差別にして平等な愛なのである。そのアガペーでもって孤児や難民に慈善を施すことはできても、夫婦や家族を幸せにしたりすることができる愛ではないのだ。

 家族の中には、「夫としての愛」と「妻としての愛」という対等な立場にある愛と、「父性愛」と「母性愛」という上下関係の立場にある愛という、2種類の愛が存在し、それが双方織り成すことによって、家庭内に愛が溢れ出し始めるのだ。父性愛や母性愛は、「父親→母親→子供」の流れが成立しないと、愛が流れてこないのだ。

 妻は夫から、夫として愛されるだけでなく、夫が父親となって父性愛を施してくれない限り、母性愛を充分に我が子に注ぐことができないのだ。妻は夫から二つの愛を貰わない限り、ちゃんと赤ちゃんを育てることができないのだ。育児をするたびにイライラしてしまい、児童虐待をしでかしてしまうのだ。

 それゆえ、「アガペー」で子供を育てることはできないし、「愛こそすべて」などと言っていると、或る日突然、妻がプッツンと来てしまうのだ。愛を叫ぶ人ほど、実は自分の心の中に愛が不足しているからだ。それは自分が子供の頃に、両親から父性愛や母性愛を充分に貰わずに育ってしまったから、どうしてもまともな愛を出せなくなってしまい、自分には愛が足りないからこそ愛を叫ぶのである。キリスト教の教祖のイエスも、自分の父親が誰だか解らず、義父ヨセフと揉めてしまったがために、愛を叫んだのである。その叫び声が2千年経った今でも世界中に木霊し続けているのである。

 愛がすべてではないのだ。この世には愛よりも大切なものがあるのだ。それは「愛の上に存在する≪厳しさ≫」なのである。≪厳しさ≫とは、物事の道理に合うように、厳しく辻褄を合せることである。この厳しさが夫婦にあるからこそ、夫婦として幸せになれる家族を作り出せることができるのである。愛ばかり唱えていると、この大切なものが見えてこないのだ。

 愛は勿論大事である。しかし、愛だけでは夫婦や家族を運営していくことはできないのだ。愛し合っていった中で、厳しさを見つけたからこそ、幸せになっていくことができるのである。愛がないのに厳しくされた所で、我慢できる筈がない。しかし、厳しさがないのに、愛があった所で、幸せになることはできないのだ。

●他人を優先してあげる姿勢が、他人を心から動かす

 妊娠期間中に夫が手助けをしてくないとぼやく妊婦たちがいるが、それは夫を立てず、夫に家長として君臨させようとしないから、夫はいつまでも家長としての自覚を持たず、妻が困っていても、手助けをしようとしないのだ。このような状態で出産してしまえば、育児で手伝ってくれることは絶望的となってしまうことだろう。

 この世には「交換の法則」というものがあるのだ。相手を助けてあげれば、相手も自分を助けてくれるようになるのだ。自分が相手から何かをしてほしいと思うなら、まずは自分が相手のために尽くしてあげることなのだ。妻が夫をサポートしないと、夫も妻をサポートしてくれないのだ。

 妊娠や出産や育児の主人公は、勿論、妻の方である。しかし、妻がいきなり主役を演じてはいけないのだ。主役を演じたければ、脇役をうまく演じなければならないのだ。脇役をうまく演じていると、主役の演じ方が自然と解るようになり、いつの間にか自分が主役になっているのだ。

 「自分が」「自分が」と考え行動するのではなく、他人を優先してあげる姿勢が、他人を心から動かすのだ。夫は仕事で疲れているのに、家に帰って妻に何かをしてくれと頼まれても、それをうまくやるエネルギーはもう残っていないのだ。しかし、妻が夫に尽くしてくれれば、仕事がうまく行き出すから、仕事で成果を上げても余り疲労せず、それゆえに家に帰っても妻に何かをしてあげるエネルギーが残るようになるのだ。

 他人から愛されたければ、まずは自分が他人を愛してあげるべきなのだ。自分がしてほしいと思うように愛するのではなく、相手がしてほしいと思うように愛してあげればいいのだ。そのためには「愛だけではなく、厳しさにも気づくべし」なのである。自分たち夫婦の在り方が、これでいいのかという厳しさが常にあるからこそ、まともな愛を出せるようになるのである。

●幸せは幸せな心にしか宿らない

 結婚してトラブルを起こすような女性は何かと「夫がこういった」「夫が何もしてくれない」と愚痴を零している。妊娠してトラブルを起こすような女性も、何かと「夫がこういった」「夫が何もしてくれない」と愚痴を零している。愚痴をいくら言った所で、夫婦仲が改善されるわけがないのだ。

 夫婦だからといって、何もかも夫に頼るべきではないのだ。結婚してトラブルを起こすような女性は、夫に頼りすぎているのだ。妊娠してトラブルを起こすような女性は、夫の働きに期待しすぎなのだ。すべての物事に対して夫に頼ったり、夫の働きに期待するのではなく、「結婚しているからこそ、夫がいるからこそ、いかなる困難も乗り越えることができ、自分は幸せになれるぞ!」と思って、立ち上がればいいのだ。

 そうすれば、いかなる困難も除去され、簡単に幸せになっていくのだ。独身の身では、困難を除去するのは難しいが、結婚していれば、困難を除去することは簡単なことなのだ。独身の身では幸せになるのは難しいが、結婚していれば、幸せになるのは簡単なことなのだ。なぜなら、常日頃、夫に守られているから、自分を守るために莫大なエネルギーを使わなくて済むから、その余分なエネルギーを自分が幸せになれる箇所へ投入すればいいのだ。

 昔の母親たちは、「3歩さがって、夫を立てる」という結婚の遣り方を決して忘れなかった。これこそがうまく行く結婚の遣り方だと、何度も経験を繰り返して解ったからこそ、夫を立てて、自分は下がるという遣り方を貫いたのである。だが、男女平等の世の中でこんなことを言えば、「そんなの封建的だ!」と罵られてしまう。しかし、男女平等の理念に基づいて結婚を行って幸せになれたのか? 「ドメスティックバイオレンス」「不倫に離婚」「児童虐待」と目を覆いたくなる惨状が繰り広げられているのである。間違っている結婚の遣り方は、夫を立てる結婚の仕方ではなく、男女平等の結婚の仕方なのである。昔の既婚女性たちは。そのほとんどが幸せになっていったのである。それに比べて現在はどうなのかと考えてみればいいのだ。

 人間は平等を唱えると、その精神的な成長がピタリと停止してしまうのだ。人間は生きている限り成長し続ける動物なのだ。肉体的な成長は19歳で止まってしまうが、その後は精神的な成長が死ぬまで続くのである。精神的に自立を終えた者だけが結婚することができるけど、その後、ちゃんと精神的に独立しないと、幸せな家族を作り出せないのだ。その夫婦が精神的に独立ているからこそ、対等関係と上下関係を作り出すことができ、家庭内に愛を溢れさせることができるようになるのだ。

 幸せは幸せな心にしか宿らないのだ。自分の心を幸せな心に変えていくためには、結婚してからも、妊娠してからも、出産してからも、育児をしている時も、精神的に成長して行けばいいのだ。愛だけでなく、厳しさにも気づき、夫を立てて、夫を優先していけば、いくらでも成長できるのだ。結婚して妻の座に踏ん反り返るのではなく、常に謙虚になり、日々前進し、他人に奉仕をしていくことなのだ。そうすれば、幸せは、まるで恵みの雨のように、自分の身に降り注ぐようになるのだ。

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