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兄弟姉妹と親戚の凄さについて ~氏族には子孫繁栄をしようとする力が宿っている~

●兄弟姉妹と親戚の多さと、出生率の高さは比例する

 古代の社会とは、氏族制社会であった。人々は国家でも法でも民族でもなく、氏族を中心として生きていたのである。古代国家とは、この氏族制社会の上に立脚した国家であり、或る程度までなら、この氏族制社会でも繁栄してこられた。ところが、この氏族制社会だと、人材が氏族の壁に阻まれて、人材の枯渇という弊害が目立つようになる。古代日本では、朝鮮半島での日本の領土である任那を失ったり、白村江の戦いで大敗するなどによって、氏族制社会のままなら国家そのものが滅亡しかねないという状況にまで追い込まれたのである。

 そこで古代日本は、天武天皇の壬申の乱、飛鳥浄御原令の発布、そして持統天皇の大宝律令の制定によって、氏族制社会から、律令に基づく「法のもとの社会」へと大転換したのである。法的な意味での日本国の誕生は、この飛鳥浄御原令や大宝律令の制定によって始まるのである。古代日本の歴史を扱うと、どうしても神武天皇の存在や、卑弥呼の存在に注目が行ってしまうのだが、日本の法的な意味での建国は、持統天皇の御世から始まるのである。

 この「氏族制社会」から「法のもとの社会」へ転換した時の悦びこそが、『万葉集』や『古今和歌集』の編纂となって現われてくるのである。この悦びを知らないと、『万葉集』や『古今和歌集』を読んでも、単なる文芸作品と思ってしまうだけなのである。中にはまるで暗号解読をするように和歌を読んだりする人も出てくるのだが、こういう遣り方は根本的に間違っているのである。

 だが、氏族制社会を廃したといって、氏族の存在が消えたのではないのである。日本の歴史はその後、「藤原氏」「清和源氏」「北条氏」「足利氏」「徳川氏」というように、氏族によって動かされてきたのである。これが近代になると氏族の存在はより見えなくなり、氏族や家族ではなく、個人の尊重を重んじるようになるのだが、それでも氏族の活躍は変わらないのだ。現在の日本は突出した氏族が存在しないだけであって、多くの氏族が婚姻を繰り返すことによって、日本国の繁栄を創り出しているのだ。

 現在の日本では、個人の権利ばかり主張する輩が後を絶たないのだが、個人の権利ばかり主張する生き方は、小さな幸福しか得られない生き方なのだ。なぜなら、人間は群生動物だから、どうしても氏族の存在を必要とするのである。個人という小さな単位で生きても、小さな幸せしか得らないが、氏族という大きな単位で生きると、大きな幸福が得られるのだ。今の日本でも兄弟姉妹や親戚が多い人は、繁殖力も高いのだ。逆に兄弟姉妹や親戚が少ない人は、繁殖力が弱く、中には不妊症で苦しんだり、意図的に子供を作らない人々も出てくるのだ。兄弟姉妹や親戚の多さと、出生率の高さは比例するのだ。

●兄弟姉妹なら、気兼ねなく話せる

 妊婦生活を幸せにしたいのであるならば、自分独りだけで生むとか、自分の家族だけで妊娠の問題を抱え込んでしまうということはやめることだ。自分の兄弟姉妹たちをうまく活用していくことだ。妊婦の場合、自分の姉や妹が結婚していれば、妊娠や出産や育児について話せるし、兄の嫁や弟の嫁とも話し合うことができるだろう。

 また、夫の方の兄弟姉妹たちとも仲良くして、義兄の嫁や、義弟の嫁、義理の姉や妹とも仲良くすればいいのだ。自分の兄弟姉妹や、夫の兄弟姉妹たちとなら、気兼ねなく話せることだろう。妊娠や出産や育児の情報をすべて、助産婦やマニュアル本に頼るのではなく、兄弟姉妹の間で情報を共有しておくことだ。

 妊娠や出産や育児で困ったことがあっても、兄弟姉妹ならすぐに駆けつけてくれるのである。こういう有難い存在は、決して無碍にはできないのだ。妊娠の悲劇に襲われる多くの夫婦が、兄弟姉妹の存在を大切にしていないから、妊娠や出産や育児でトラブった時に、どうしようもなくなってしまうのだ。

 兄弟姉妹の中には、兄弟喧嘩で絶縁してしまったり、犯罪を犯すような人が出てくれば遠ざけるしかないが、そうでもない限りは、仲良くして、相互扶助の精神を持ち合うべきだろう。兄弟姉妹なら、付きっ切りでなくてもいいのだ。チョコッと手伝ってくれるだけで、その夫婦の負担は大いに軽減するのだ。

 自分の兄弟姉妹であれ、夫の方の兄弟姉妹であれ、その家に訪れる時は、ちゃんと手土産を持参していくことだ。自己中心的な人は、こういう礼儀作法すら忘れているので、兄弟姉妹だって手土産すら持参してこない人といつまで仲良くするわけにはいかないのだ。兄弟姉妹で凄惨な事件が起こるのは、この最低限の礼儀作法を忘れるからである。「兄弟姉妹の中にも礼儀作法あり」なのだ。

●親戚の存在はとにかく凄い

 自分の親戚に妊婦や子育て中のママがいたら、とにかく仲良くすることだ。親戚の生活は自分と余り違わないが、かといって兄弟姉妹のように同じではないので、参考になる意見は多々あるのだ。人間は自分と同じような人とは余り参考にならないが、自分と少しだけ違うと大いに参考になることがあるのだ。

 両親の家や、祖父母の家に行った際に、「今妊娠中です」と話しておけば、親戚の誰それに妊娠している情報や、子育て中の情報とかが得られるのだ。それを辿って、会ってみたり、話し合ったりすればいいのだ。自分の家族が有する妊娠や出産の情報とは少し違う所が大いに役に立つのだ。

 親戚とはバラバラに合うのではなく、定期的に親族会を開いて、親戚を集めてしまえばいいのだ。頻繁に親族会を開かれたら迷惑この上ないが、年に1回程度なら、新鮮な刺激が得られて、貴重な情報も得られるのだ。コンスタントに親族会を開くことが、親戚たち自身の繁栄に繋がっていくのである。

 日本では都会に行けばい行くほど、この親族会は軽んじられる傾向にある。親族会をきちんと定期的に開催しておくことが、妊娠の悲劇を封じる最大の対策なのだ。妊娠の悲劇を起こしていない家族は、きちんと親族会に出席しているのだ。これに対し、妊娠の悲劇を引き起こし夫婦は、やはり親族会に出席していないのだ。

 少子化に悩まされている日本で唯一少子化になっていない都道府県は「沖縄県」であるが、沖縄県民はやはり親族会をきちんと開催しているのだ。華僑だって、印僑だって、やはり親族会をきちんと開催することによって、外国でも子孫を繁栄させているのだ。個人の勝手気儘な生き方を賞賛するより、こういう子孫繁栄をきちんと行う生き方にこそ、自分たちの生き方としていくべきだろう。

●氏族には子孫を繁栄させようとする力が宿っている

 人間は一人で生きているのではないのだ。一人で生きていけられるほど強い存在でもないのだ。人間は群生動物だから、群れて生きていれば、繁殖力が旺盛になってくるのだ。そういった点では、氏族には子孫を繁栄させようとする力が宿っているのだ。自分の氏族という概念が解ってくれば、自然と自分の繁殖力も高くなってくるのだ。

 個人の権利や個性ばかりを主張するからこそ、繁殖力が弱ってくるのだ。自分のことしか考えないからこそ、いざ妊娠したら、妊娠や出産や育児で間誤付いてしまうのである。兄弟姉妹や親戚の所に行って訊けば済む程度の情報すら持っていないから、妊娠の悲劇を引き起こしてしまうのだ。

 個人の尊重はされて然るべきである。しかし、人間は個人の尊重だけで生きているのではないのだ。自分はご先祖あってこそ、この世に生を受けることができたのだ。だから、妊娠したのなら、自分の家の家系図を作ってみることだ。家系図を作ると、自分は決して自分一人の力で生まれたのではないことがはっきりと解るからだ。

 家系図を作ると、その氏族が繁栄しようとしたがっているのが解るし、自分たちの氏族の特徴も解ってくるのだ。歴史というと国家の歴史だけを注目してしまうのだが、自分たちの家族にも氏族にも歴史がちゃんとあるのだ。その歴史を踏まえて生きていれば、悲惨な失敗などしないものなのだ。

 「妊娠したからといって、兄弟姉妹と会ったり、親族会を開いたり、家系図を作るなんて、それが妊娠に一体何の関係あるの?」という疑問を呈する人は、自分の妊婦生活に対して、妊娠の悲劇のカウントダウンが始まったと思った方がいい。妊婦生活を幸福にする秘訣があるとするなら、自分たち夫婦がやるべきことをやった上で、自分たち夫婦の背後にある大きな力に気付くことなのだ。

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