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帝王切開手術の99%以上は必要のない手術

●帝王切開手術は病院が儲けるために必要なだけ

 前回、陣痛促進剤の話が出たついでに、帝王切開手術のことも述べておく。帝王切開手術も、本来、妊婦にとってはまったく必要のない手術なのだ。妊娠中からきちんと出産に準備をして、陣痛が始まったら、時間をかけてゆっくりと出産させていけば、どんな妊婦のお腹からも赤ちゃんはちゃんと産まれてくるのだ。

 帝王切開手術は、妊婦にとって必要なのではなく、病院が儲けるために必要なだけなのである。帝王切開手術をすれば当然に「高額の医療費!」を請求できるから、産婦人科を持つ病院にとっては「ドル箱的存在」なのである。病院で出産しようとすると、出産費用を支払わされるのではなく、最終的には医療費を支払わされる羽目になるのである。これは健康な女性が病院で出産することの当然の帰結なのである。

 帝王切開手術の費用は何も出産した夫婦が全額負担するのではなく、夫婦が支払った金額の2倍以上のお金が国民健康保険から振り込まれてくるのである。病院にはどれだけの大金が転がり込むか計算してみれば解ることだろう。道理で国民健康保険が破綻してしまうわけである。俺も帝王切開手術が妊婦にとって本当に必要であるならば、こんな追及はしたくない。しかし、医者たちは必要のない手術を妊婦に施し、妊婦からお金を奪い、国民健康保険から奪って、私腹を肥やし、贅沢三昧をしているからこそ、この問題には敢えて追及するのである。

 妊婦に安静指導などせず、妊娠中に体を家事やスポーツで充分に動かして体力をつけさせておけば、後は臨月になって月の引力を巧く利用して出産していくのである。それなのに、妊娠中に安静指導を施し、臨月になって無理矢理に出産させようとするからこそ、帝王切開手術という本来は必要のない手術を妊婦たちに施してしまうことになるのだ。

 帝王切開手術をしなくても、赤ちゃんはちゃんと産まれてくるのだ。大事なのは自然に赤ちゃんが生まれてくるようにしてあげることなのである。その妊婦の年齢など一切関係ないのだ。いくら高齢で出産しても、自然に妊娠できた以上、自然に出産できるものなのである。妊婦たちが自分の体内に宿っている「自然の力」の偉大なる力を忘れてしまっているからこそ、医者たちの帝王切開手術の餌食になってしまうのである。

●産後の肥立ちが圧倒的に悪くなる

 お腹の中の赤ちゃんにとって、子宮から産道を通ってくるのには、非常に重要な意味があるのだ。赤ちゃんは産道を通る際に、母親の体から分泌される特殊なホルモンを照射され、胎内での記憶を忘れて、脳が出生直後から活発に機能し、健康な体で生活できるようにしてあげるのだ。このため、帝王切開手術で生まれた赤ちゃんは、胎内での記憶を持っているし、赤ちゃんとして脳が活発に機能せず、病弱な赤ちゃんになってしまうのだ。

 母親にとっては、自然な形で出産すると、赤ちゃんが産道を通る際に、母性ホルモンが強烈に照射され、単なる女性から、母親へと大いに変化を遂げるのである。この母性ホルモンが照射されるからこそ、赤ちゃんを育てるのが「最高の快感」になり、母親として何をすべきかが解り、赤ちゃんにとって必要な行為をタイミングよく施せるようになるのである。

 ところが、帝王切開手術で出産してしまうと、母性ホルモンが照射されないので、母親として何をすべきかが解らず、母親としての自信が一切持てなくなってしまうのだ。そのため、育児をすることが楽しくなく、育児は苦痛でしかなくなってしまうのだ。これがひどくなると、帝王切開手術で出産した母親は、育児に無関心になってしまったり、育児放棄をしたり、児童虐待をしでかすのだ。

 しかも、帝王切開手術で出産してしまうと、産後の肥立ちが圧倒的に悪くなるので、育児の最初の段階において、自分の赤ちゃんと最悪の出会いをしてしまうのだ。女性脳は第一印象を物凄く重要視し、その第一印象はその後に何をやっても変わらないので、最初の出会いが最悪だと、その最悪な状態をその後いつまでも引き摺ってしまうようになってしまうのだ。

 更に付け加えていうなら、妻が育児を楽しんでいないということは、夫にとっては非常に不満なことであり、それを引き金にセックスレスになってしまうこともあるのだ。夫は妻が自分の子供を産んで、きちんと育ててくれるからこそ、妻子を外敵から守り、働いて稼いだお金を生活費に回してくるのである。それなのに、妻がまともな育児をしないというのであるならば、妻をこれ以上妊娠させる必要はないのであって、妻に対して性的興味を失い、セックスレスになってしまうのだ。

 ただ、これは妻の態度の問題ではなく、出産時に母性ホルモンが照射されなかったことによる問題なのだ。その妻が母親として照射されなければならなかったものが照射されなかった以上、妻は出産しても、まともな母親には成長してくれないのだ。帝王切開手術は、その場では出産できたかもしれないけど、その後の夫婦関係に非常に悪い結果をもたらしてくるのである。

●会陰切開も必要のない手術

 帝王切開手術と同じく、会陰切開手術もまったく必要のない手術である。会陰切開手術は、病院で出産する妊婦のほぼ50%近くが経験する手術である。会陰とは、膣の入り口と肛門の間のことで、この会陰が出産の時に裂傷してしまう可能性があるので、出産する前に医者がハサミで切ってしまうのである。

 会陰切開手術がどうして必要になるかというと、病院で分娩台に乗せ、仰向けにした状態で出産しようとすると、出産するためには非常に不自然な体形になってしまい、巧く膣が広がってくれず、妊婦の体重とお腹の赤ちゃんの体重がお尻や会陰の辺りに集中してしまい、そのために会陰の箇所が裂傷を引き起こしてしまう可能性があるのだ。そのために、出産の前に会陰を切開しておくというのだ。しかし、必ずしもすべての妊婦が会陰裂傷するわけではなく、足腰に充分な筋肉がついて、柔軟性のある女性は、裂傷することはない。

 はっきりと言ってしまえば、この会陰切開手術は、分娩台の上で出産しなければ、まったく必要のない手術なのである。仰向けという、妊婦の腰に力の入らない状態で出産するからこそ、会陰が裂傷する可能性が出て来てしまうのである。出産する際に、仰向けではなく、跪いて出産すれば、会陰は全然裂傷しないのだ。

 また、医者たちが主張している、会陰が自然に裂傷すると、傷が深くなり治りにくくなるというのは、まったくの嘘で、自然に裂傷しても、ほとんどの妊婦たちは傷が浅いし、すぐに治ってしまうのだ。寧ろ、ハサミで会陰を切開した方が、傷は深くなってしまい、傷の治りが遅くなってしまうのだ。

 会陰切開手術を受けてしまうと、産後の肥立ちが物凄く悪くなり、初めての育児を楽しめなくなるのだ。女性脳は第一印象が非常に大事で、第一印象の影響が後々まで及んでしまうのだ。そのため、出産直後に会陰を切開して、出産後も痛みが続いていると、育児の喜びが激減してしまうのだ。しかも、傷の治りが遅い産婦は、椅子に座れなくなってしまい、授乳する際に、非常に痛い思いをしてしまい、「赤ちゃんを育てるのは、なんて大変だろう!」と思いこんでしまうのだ。この脳へのインプットが、後の育児にまで及んでくるのである。

 それだけでなく。会陰切開手術を受けてしまうと、既婚女性の膣がガバガバになってしまい、夫婦の性生活に暗雲を立ち込めさせてしまうのだ。女性の膣は、人為的に鍛えるころが不可能な部分なので、出産によってのみ大いに鍛えられるので、出産後の夫婦の性生活が非常に充実したものになるのだ。出産後に初めてオルガズムを経験した既婚女性や、出産後のオルガズムが今までとは比べ物にならないくらいに深くなった既婚女性が続出してくるのでが、これは出産によって膣が鍛えられ、性感が急激に上昇したことによるものなのだ。

 しかし、会陰切開手術を受けてしまうと、膣が伸び切った状態になってしまい、そのためにガバガバの膣になってしまうのだ。よく既婚男性が、「うちの奥さん、アソコがガバガバでさぁ~」と言ったりするが、これは出産時に会陰切開手術を受けてしまったがために、ガバガバになってしまっただけのことなのである。

 このため、妻の方にとっても性感は弱いし、夫にとっても性感が弱くなってしまうので、夫婦の性生活の回数が減少し、義理でセックスをするようになり、最悪の場合は、セックスレスになってしまうのだ。日本ではセックスレスになる夫婦が多いと言われるが、これは出産時に会陰切開手術を受けてしまったがためなのである。出産時の会陰切開手術が、夫婦の後々までに悪影響をもらしてくるのである。

●産みの苦しみがあるからこそ、産んだ喜びがある

 産みの苦しみがあるからこそ、産みの喜びあがるのだ。産みの苦しみがあるからこそ、育児の喜びが湧いてきて、自分を産んだ赤ちゃんを大事にできるものなのだ。出産時の苦しみは決して不要な苦しみではないのだ。必要な苦しみだからこそ、妊婦がそれを味わい、その後に今までに経験のしたことのない最高の快感を得ることができるのである。

 西洋医学はキリスト教から出て来たために、女性が出産で苦しむのは、エデンの園でイブが原罪を犯した、その懲罰だという考えを拭い去ることができないのだ。女性は原罪を背負っていると考えるからこそ、妊婦を分娩台に乗せ、出産するにはもっとも不利な体系である仰向けの状態で出産させ、最大限の苦しみを味わせようとするのである。そして、その苦しみをより深くさせようと、会陰切開手術を行い、出産後もその痛みを継続させようとするのだ。

 帝王切開手術にしても、原罪を背負った女性に、お腹を傷つけ、産みの苦しみを味わせないようにするのは、医者として正義という考えを、キリスト教ではどうしても持ってしまうのだ。会陰切開手術にしろ、帝王切開手術にしろ、キリスト教なくして決して生まれてこなかった手術の仕方なのである。これらをキリスト教徒の女性たちに行うのは、宗教上許されることであるが、キリスト教徒以外の女性たちに行うのは、宗教的に見て許されない行為なのだ。

 神道では、神代において伊邪ナ那岐命と伊邪那美命が、オノゴロ島に降臨して、二神が愛し合い、体を合わせることによって、神々を生み出していったのである。神道では、自然に男女が恋愛をし、自然に結婚し、自然に妊娠して、自然に出産していくことを尊ぶのである。この自然な出産をし続けてきたからこそ、日本民族は生存をし続けることができたのである。どんなに世の中が変わろうとも、いくら科学や医学が進歩しようとも、日本民族として守らなければならないものだってあるのだ。日本民族なのに、日本民族らしさを捨ててしまえば、悲惨な出来事に襲われるのは、当然なことなのだ。

 出産時において、産みの苦しみがあるのは、神の摂理なのだ。神様は我々人類が文明を誕生させる以前に、そのように人間を創ってしまったのである。我々にできることは、神の摂理に素直に従い、ベストと思える出産の仕方を探し出し、自然な形で出産していくことだけなのである。人間があれやこれやと手を出せば出すほど、自然な形での出産は遠ざかり、味わなくていい悲劇を、出産や出産以外の場所で受けなければならなくなるのである。

 だから妊婦たちは、帝王切開手術も会陰切開手術のも行わない助産院で出産できることに喜びを見出そう。出産時に自分が味わなければならない産みの苦しみを逃げることなく、真正面から受け止めよう。その産みの苦しみを味わうからこそ、産みの喜びも、育児の喜びも味わうことができるのである。

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