« 自分が出産する場所は夫婦二人で探すべし | トップページ | 出産費用は授業料だと思えば安いもの »

もしも「自宅出産」を選択するなら

●復活しつつある自宅出産

 昔は自宅で出産するのが当たり前だった。「女性は病院で出産しなくてはならない」というのは、実は戦後になってGHQによって洗脳されてしまったからである。女性たちが病院で出産するようになってから、妊産婦が今まで知らないような病気をするようになったのである。女性たちが自宅出産をしていた頃、妊産婦が罹る病気といえば、出産後の「産褥熱」ぐらいのものであった。ところが、女性が病院で出産するようになってから、妊産婦は病気のオンパレードになったのである。医者の誤った医学的指導や治療法が、妊産婦に対して様々な病気を作り出していったのである。

 このことを知ってか、近頃は既婚女性の中には自宅で出産したいと願う既婚女性たちが増えてきた。現在では未だに全国で数千件程度だが、徐々に増加の傾向にある。GHQによって滅ぼされてしまった自宅出産は、昔のものがそのまま復活してきたというよりも、GHQによって勧められていった病院での出産に対し、既婚女性たちの医療不信から復活してきたのである。

 出産する女性にとっては、出産は人生で最大の経験である。だからこそ、出産を丁重に扱ってもらいたいものだが、それなのに出産時での医療事故がやたらと目立つのだ。無事に産んだとしても、病院内で赤ちゃんの取り違えが起こってしまったりと、余りにも病院の管理が杜撰なのだ。

 それに比べれば、自宅出産は、妊娠や出産に対して「安全」「安心」が最大化するのだ。自宅で出産すれば医療事故もなくなるし、赤ちゃんの取り違えなんて絶対に起こらなくなるのだ。自宅出産こそが、妊娠や出産においては最高の遣り方なのである。助産院での出産は、どんなに優れたものであっても、自宅出産に次ぐ存在でしかないのだ。

 出産費用に関しても、陣痛が始まってから助産婦を呼べばいいだけなので、出産費用が最小化するのだ。経済的にも非常にリーズナブルなのだ。枕が違えば眠れなくなってしまう女性なら、枕が違う助産院や病院では眠れない夜は過ごすことはあっても、自宅出産なら、出産後、すぐに眠れて熟睡できてしまうのだ。このことが産後の体力回復にどれほど効果があるか計り知れないくらいほど、素晴らしい効果をもたらすのだ。

●子供に出産するシーンを見せたい

 初めての妊娠の妊婦なら、医療不信から自宅で出産したいという女性がほとんどなのであるが、子供のいる妊婦なら、子供に出産するシーンを見せたいという願望から、自宅で出産する女性たちが出て来るのだ。自分の子供に出産するシーンを見せることによって、出産の感動を子供と共有したいというのが、子供のいる母親の願いなのだ。赤ちゃんを出産するというのは、本当に感動的な出来事なのである。だから、その出産の感動を、自分の子供たちにも分け与えたいのだ。これは母性愛からくる、当然の願望であり、当然の行為なのだ。

 昔は出産することも、老化することも、病気することも、葬式も自宅で行っていたのである。だからこそ、人間の生命の尊さを自然に理解できたのだ。しかし、現在のように、出産や病気は病院で行ってしまい、老化すれば養老院や特別介護老人ホームに送られ、葬式は寺院や葬儀場で行ってしまえば、人間の生命の尊さを理解できなくなってしまうのだ。だからこそ、平気で殺人事件を犯してしまったり、ちょっとしたことですぐに自殺してしまうようになるのだ。人間は生老病死から切り離されれば、その人間が生命の尊さを忘れてしまい、異常を来たしてくるのである。

 これは何も現代に限ったことではないのだ。仏教の教祖のゴ^-タマ・シッダルータは、父親によって老人や病人や身体障害者を見ることなく、汚いものを見ることなく、外界と隔離された宮殿の中に住み、花や香を撒かせて、あたかも楽園にいるような異常な状況下で育ってきたのだ。ゴ^-タマ・シッダルータが青春時代を迎えた或る日、東の門から馬車に乗って遊びに出かけようとするとヨボヨボの老人に出会って、人生で初めて老人を見たというのだ。その後、南の門から馬車に乗って遊びに出かけようとすると病人で出会い、人生で初めて病人を見たというのだ。その後、西の門から馬車に乗って遊びに出かけようとすると、野辺送りされる死体と出会い、人生で初めて死体を見たとうのだ。これ「四門出遊」といい、ゴータマ・シッダルータの出家の直接の動機になったという事件なのだ。

 俺はこの話を聞くたびに、「ちょっと待て!」と言いたくなる。ゴータマ・シッダルータは、青春時代を迎える頃までに、老人も病人も死体も見ていないという異常な環境の中で育ってきたということなのである。そのために、人類にとって考えなくてもいいことを考え込んでしまったのである。青春時代までに、老人や病人や死体を見ていないということは、その人間の精神を完全なまでに異常にしてしまうのである。

 仏教がいうように生老病死はすべてが苦しみではないのだ。赤ちゃんが生まれてくるということは、これほど感動的で嬉しいものはないのだ。老化することは、それだけ人生経験が豊富だということなのだ。病気をするからこそ、健康の有難さが解るというものなのだ。人間の死があるからこそ、人間は人間の生の大切さが解ってくるのだ。

 家庭の中にお爺ちゃんやお婆ちゃんがいれば、老いることを苦しみと捉えるような考えは決して持たないことだろう。お爺ちゃんやお婆ちゃんがいれば、家事を手伝ってくれるし、話せば面白いし、お金だってくれるのだ。病気で寝込んだりする経験があれば、病気の対策を考えるのが結構面白かったりするのだ。家族の中で誰かが死ねば、それは悲しいことではあるけれども、葬式をきちんと挙げ、丁重に弔ってあげるのが、生きている者たちにとって聖なる義務となるのだ。その聖なる義務を果たすからこそ、自分の生を充実させることができるのだ。

 子供の頃から生老病死を見ているからこそ、生命を尊重することができるのだ。子供の頃に生老病死を見ずに育ってしまえば、いくら生命の尊重を教えても理解することはできないのだ。それどころか、仏教の教祖のように悩まなくてもいいことに悩んでしまい、人間としての道を外れるような生き方を平然と行ってしまうようになってしまうのだ。だからこそ、母性愛の豊かな母親たちは、自分の子供に出産するシーンを見せて、生命の偉大さを教えようとするのである。

●自宅出産する場所を決めておく

 自宅出産は、その妊産婦にとっても、子供たちにとっても、その後の人生で計り知れないほどの成果がありながら、唯一問題があるのだ。その自宅出産での問題とは、「住宅の広さ」なのである。自宅が狭ければ、出産には不向きなのだ。出産する際には、大きなスペースが必要となるのだ。

 最低でも夫と妻と助産婦の3人が入れて、息苦しくないほどの大きさの部屋が絶対に必要になる。3人が入って息苦しい部屋であるなら、出産時に酸素不足になってしまい、巧く体力を発揮できなくなるのだ。出産は人によっては長時間に及ぶこともあるので、部屋の広さは、自宅出産を考える時に、最大限に考えなくてはならない要素である。

 また、オンボロアパートのように壁の薄い家だと、近所に出産時の声が漏れてしまうので、近所の人に理解があればいいが、人的な交流がないと、出産した際に面倒を起こすことにもなりかねないのだ。自宅出産する際は、予め近所の人に自宅出産する胸を伝えておいた方がいい。

 そういった点では、一軒家に住む夫婦は、自宅出産においては圧倒的に優位な状況にあるのだ。実際に自宅出産を行った夫婦を見ていると、一軒家に住む夫婦が異常に多いのだ。自宅に出産できるだけの広さがあるなら、自宅で出産したいと考えるのは、当然のことなのだ。

 だからこそ、今はマンションやアパートに住んでいても、将来、一軒家を建てる時は、小さい家を作るのではなく、大き目の家を作っておいた方がいいのだ。妻が「自宅出産したい」と言い出す可能性があるからだ。住宅を建設する際は、自分の所得から考えるのではなく、裕福な人の住宅を見たりして、自分たち夫婦はこういう住宅が欲しいという願望を明確にしていくことだ。高級住宅に住んいる友人の自宅を訪れてみたり、休日などに高級住宅街を夫婦で散策してみると、自分の願望が明確になり、将来、自分が望むような豪華な自宅を建てることができるようになるのだ。

●両親に手伝いに来てもらおう

 自宅出産する場合は、何かと人手が不足するので、両親の手助けを借りることだ。特に母親の手助けは非常に重宝することになる。出産には経験者なので出産の仕方が解っているし、産後の食事なども作ってもらえるのだ。出産が終わり、睡眠を取った後で食べる料理が旨ければ、体力の回復も早くなるし、母乳の出もよくなるのだ。

 自宅出産は、自宅ということで、とにかく出産に対して緊張しなくなるので、陣痛が始まってから出産するまでの時間を短縮できるのだ。子宮口もリラックスした状態であるならば、スムーズに開いてくれるのだ。病院ではあの殺伐とした病室だからこそ、妊婦が緊張してしまい、子宮口の開きが悪くなってしまい、出産に時間がかかってしまうのだ。

 赤ちゃんが生まれて、処置が済んだら、助産婦はすぐに帰るので、助産婦に食事を用意することなどは不要である。自宅出産をすると、どうしてもその助産婦に深い愛情を持ってしまい、家族同然の扱いをしてしまうようになってしまうので、自分たちの感情の制御はきちんとしておいた方がいい。助産婦も出産が終われば、次の仕事が待っているので、サラリと帰してあげることだ。

 自宅出産は出産自体には非常に有益なのだが、唯一問題点があるとするなら、妊娠を通じて、妊婦フレンドを作りにくくなってしまうkとなのだ。自宅出産をするからといって、助産院にまったく通わないようになるのではなく、妊娠中は助産院にきちんと行って、妊婦フレンドを作って、妊娠の情報を遣り取りすることだ。

 自宅出産するも、助産院で出産するも、病院で出産するも、あくまでもその妊婦が自分で意志で決めることである。何事も選択肢が唯一になってしまえば、誰がどうやろうと問題が生じてくるのだ。病院で出産しなければならないとしたら、医者や看護師がどんなに努力した所で、絶対に巧くいかないのだ。妊婦に出産における「選択の自由」があるからこそ、自分にとってベストのものを選ぶことができるのである。

|

« 自分が出産する場所は夫婦二人で探すべし | トップページ | 出産費用は授業料だと思えば安いもの »

不妊治療」カテゴリの記事

出産」カテゴリの記事

妊娠」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/496414/26659980

この記事へのトラックバック一覧です: もしも「自宅出産」を選択するなら:

« 自分が出産する場所は夫婦二人で探すべし | トップページ | 出産費用は授業料だと思えば安いもの »