●育児の幸せは「母親の精神的態度」で決まる
育児の幸せというものは、母親の精神的態度で大方決まってしまうものなのだ。母親が「自分は幸せになる!」「赤ちゃんを幸せにする!」「夫を幸せにする!」と覚悟を決めてしまえば、どんなことが訪れてきても、自然と幸せになっていくのである。たとえ、不幸が訪れててきたとしても、それは母親自身の活躍にやtって克服され、幸せを彩るものでしかなくなってしまうのだ。
人間は精神的に自立していなければ、自分の不幸の原因をすべて他人や環境に求めてしまうものだ。当然、「自己責任」で生きるのではなく、「責任転嫁」で生きようとし、「唯心論」で生きるのではなく、「唯物論」で生きようとしてしまうのだ。曰く、「赤ちゃんが泣きやまない」「夫が育児を手伝ってくれない」「姑が憎たらしい」「育児をするのにお金がない」。挙句の果てには、「日本は男社会だから育児ができない」と意味不明な理由まで持ち出してくるのだ。
精神的に自立できていなければ、不幸はいつまでも続くものなのである。自分が自立していないからこそ不幸なんであって、自立できていない女性たちの意見を聞いて、他人の態度を変え、環境を変えても、決して幸せにはなれないのである。なぜなら、従属状態にある女性たちは、求める側に回っているからである。人間は求める側に回ったら、不平不満しか出て来ないものなのだ。「赤ちゃんが思い通りに育ってくれない」「夫が何もしてくれない」「姑が育児の邪魔をする」と、自分が一生懸命になって育児をするのではなく、一生懸命になって他人の言動を批判することに熱中しているだけになってしまうからなのである。
男女が結婚するというのは、そういう他人のせいにしたり、環境のせいにしたりする人生にオサラバし、自分たちで幸せを創っていこうとする決意を固めたからこそ、幸せな結婚ができるのである。結婚できたことが幸せなのではなく、夫婦が手を取り合い、力を携えて、自分たちの幸せを創っていくからこそ、いくらでも幸せを獲得できるのである。
夫婦が自立を終えて、精神的に独立できたからこそ、そういう心境に立つことができるのである。人間は従属状態から自立へ、自立から独立へとは、決してスムーズにいくものではないのである。孔子ですら、「三十にして立つ」と言ったくらいである。ということは、孔子といえども、30歳以前は完全に自立できていなかったということなのである。10代や20代は色々と悩み事を抱えてしまうものだが、そうやってフラフラの人生を歩んでいくと、或る日突然、パッと視界が開け、悩みが吹き飛んでしまうのである。その時が、完全に自立できた瞬間なのである。
女性は自立できなければ、絶対に結婚しようとしないものだ。なぜなら、未だ幸せを求める側にいるからだ。自分の力で幸せを創り出していこうという意欲が、自分の心の中から湧いてこないからだ。結婚も、妊娠も、出産も、育児の幸せも、母親の精神的態度次第で決まってしまうのだ。結婚や結婚生活で起こる現象が、幸せをもたらしてくれるのではないのだ。自分が幸せを創り出し、それを他人に与えようとするから、自分が更に幸せになっていくことができるのである。
●怠け者を治す薬はなし
人間は怠けようとすれば、いくらでも怠けられるものなのだ。しかも、結婚して、夫以外に注意してくれる人がいなくなれば、夫の外出中はいくらでも自宅の中でグータラと過ごすことができるのだ。結婚して他人を幸せにしていくのではなく、結婚の幸せをすべて自分に向けてしまえば、これほど幸せなこともないであろう。
しかし、その怠けてしまった行動の代償が、夫婦関係の悪化であり、嫁姑の問題の悪化であり、子供が問題児化することであり、自分が病気をしてしまうことなのである。妻が育児や家事をテキパキとこなしているのに、夫婦喧嘩など発生しようがないのだ。嫁が姑の言いつけを聞いて、軽やかにその命令に従って行動を起こしていれば、どんなにヘンチクリンな姑でも決して嫁をイジメることはないであろう。
女性が病気になった場合、そのほとんどの病気が、怠け切った生活を送ってきたからこそ起こってくる病気なのである。いくら肉豪華な理を多く食べても、既婚女性が育児や家事を精を出していれば、乳癌や子宮癌などに罹るわけがないのだ。精神病にしても、既婚女性が育児や家事で手抜きをするからこそ、その代償として発症してきてしまうのである。
怠け者を治す薬など、この世のには存在しないのだ。怠け者を治療するのは、医者の仕事ではないのだ。結婚して怠け切っている女性たちに、労働をさせ、家事をさせ、育児をすれば、既婚女性たちが抱える病気など、すべて吹き飛んでしまうのである。怠けて自分がやるべきことをやらないからこそ、病気という症状が出てきて、その堕落した生活を改善するよう、体が訴えているだけなのだ。
育児に真剣に取り組まない母親は育児で無数の問題を抱え込むものである。自分が赤ちゃんを産んだのに、育児を真剣に行おうとせず、育児を手を抜くことばかりを考えているから、その手抜きが育児の問題となって現われてくるのである。育児を真剣にやっていれば、赤ちゃんの異常を事前に察知できるものなのに、育児を真剣に取り組んでいなければ、その赤ちゃんの異常を事前に察知できず、問題が発生し、最悪になった時に、事の重大さに気づいてしまうのである。
●生活における堕落を避けること
育児をする時、絶対に避けるべきものが、「生活における堕落」を避けるべきことなのだ。生活における堕落を放置しておくと、最初は育児を真剣になって取り組んでいるのに、いつの間にか自分の生活がだらけていき、怠け癖がついてしまい、育児を真剣に取り組めなくなってしまうからだ。
①テレビと新聞
生活を堕落させてくれるものは、無制限に見てしまう「テレビ」であり、朝の大事な時間に真剣に読む「新聞」でありる。テレビを見ることが悪いことなのではない。無制限にテレビを見ることが悪いのである。新聞には番組表があるのだから、自分の見たい番組だけ見ればいいのに、1日中テレビを見まくってしまうのである。朝は忙しい時間帯である。それなのに悠長に新聞を読み、しかも、新聞の隅々まで読んでいたら、朝にやるべきことができなくなってしまうのだ。朝にやるべきことをやらなかったら、その日1日中、自分がやるべきことができなくなってしまうのである。
②先延ばし
幸せな結婚生活を堕落させてしまうものに、既婚女性たちの「先延ばし」の癖がある。育児も家事も頼まれ事も常に先延ばしにしてしまうのだ。今すぐにやってしまえば、簡単に終わってしまうものなのに、「後でやる」と言い訳をいうからこそ、実際にやる時になっれ何倍ものエネルギーを浪費してしまい、心身ともに疲れていってしまうのである。育児も家事も先延ばせば悪化するものなのである。
③行動を停止させる
人間は行動し続けていると疲労しないものだが、行動を停止させてしまうと、それから動き出すのには莫大なエネルギーを消費してしまうのだ。育児や家事は遣り続けることを止めてはならないのである。育児や家事を一旦停止させてしまうと、再びそれらのことをしようとすると、莫大なエネルギーが必要となり、それを繰り返していると、段々育児や家事をすることが億劫になって、自発的に行おうとはしなくなり、疲労感だけが残ってしまうのである。
④夫婦喧嘩
夫婦だからといって、一度も喧嘩をしないということはないだろう。その夫婦にとって必要な夫婦喧嘩はすべきなのである。しかし、常に夫婦喧嘩を起こしているようであるならば、それは問題である。そういう夫婦喧嘩の原因は、ほとんどが些細な問題で発生してくるからだ。夫婦喧嘩をしていれば、育児だって家事だってやっている時間がなくなってしまうのだ。夫婦で喧嘩するよりも、夫婦が事前に話し合う習慣を持っておけば、夫婦喧嘩が発生しなくなるのだ。
⑤平等イデオロギー
人間は大人になっても精神的に自立できなければ、平等イデオロギーに洗脳されてしまうものなのだ。愚か者たちは「平等」の中に平安を見出してくるのだ。「社会主義」や「フェミニズム」といった平等イデオロギーには断固として拒否すべきなのである。男女ともに、結婚すればお金持ちになっていく可能性が非常に高くなっていくのである。特に赤ちゃんは子宝といって、赤ちゃんが生まれると、夫の仕事運が非常に良くなって、収入が激増していくのである。自分たちが豊かな生活を送っているのに、所得格差の是正をやられては、自分たち夫婦に重税が伸しかかってくるということなのである。政治家や学者やジャーナリストたちが、所得格差の是正を主張しているなら、そういう連中の意見は絶対に拒否することである。
女性が結婚できたということは、未婚の女性たちと不平等状態にあるということである。既婚女性は自立できたからこそ、結婚しているのである。フェミニズムは、大人になっても未だに自立できない女性たちには必要なイデオロギーであっても、既婚女性たちには一切必要のないイデオロギーなのである。フェミニズムが繰り出してくる様々な主張は、すべて幸せな結婚生活を破壊するものであって、決して自分たちの結婚生活を幸せにするものではないのだ。だからこそ、同じ女性が意見を言っていると寛容になって聞くのではなく、同じ女性だからこそ、未だに精神的に自立できない女性たちの戯言を断固として否定しなければならないのである。
●習慣の威力
母親の生活習慣を見れば、育児の出来不出来が解るものだ。育児をちゃんと行っている母親たちは、これらの生活における堕落をきちんと避け、育児において真剣になって取り組む共に、「習慣の威力」を使って、無理なく育児を進めているのだ。育児というのは一時的に行えばいいというものではないのだ。その赤ちゃんが大きくなるまで行い続けなければならないのだ。だからこそ、育児において瞬発力を使って育児を行うのではなく、習慣の威力を使って育児を行っていくべきなのである。
①思いきって遣り始め、遣り続け、遣る終える
育児においてもっとも重要なのが、とにかく思い切って育児を遣り始めることが非常に大事なのである。赤ちゃんが生まれたから、ただ漠然と育児をするのではなく、自分が全責任を持って思い切って育児に取り組むのである。育児において躓く母親たちは、この思い切りなくして育児をダラダラと始めてしまうからこそ、育児で問題を発生させ続けるのである。育児で一番難しいのは、出産した当初のこの思い切りなのである。自分が退路を断ち切って遣り始めてしまえば、育児は非常に容易になるのである。
育児における感動は、育児をしなければ、絶対に発生してこないものなのだ。だから、育児を遣り続けなければ、育児の本当の面白さは決して解らないのだ。今、自分のやっている育児が面白くなくても、常に一定の時間を育児に捧げていれば、育児の面白さが段々と解っていき、育児の本当の面白さを見つけ出してしまうものなのである。
育児というものは、育児を遣り終えてみて、初めて育児の感想を言えるのである。育児を途中で投げ出してしまった母親たちの意見や、育児で不平不満を垂れている母親たちの意見は、絶対に耳を貸さないことなのである。自分が赤ちゃんを産んでしまった以上、育児は最後まで遣り遂げるべきなのである。何事も最後までやってみないと、感想など言えるわけがないのだ。最後のゴールまで辿りつけない者がいっている意見はすべて、感想ではなく、愚痴なのである。
②小分けにして一つ一つの作業を丁寧に行う
育児の作業は、漠然と行うのではなく、小分けにして、一つ一つの作業をすべて丁寧に行うべきなのである。赤ちゃんは1日の大半を寝て過ごしているのである。赤ちゃんが目を覚ましている時間などたかが知れているのである。だからこそ、「授乳」や「排泄」や「沐浴」といった作業をきちんと行い、自分の育児の作業のレベルを上げていくべきなのである。
手を抜くのではなく、逆に手間をかけると、育児の作業の精度が上がり、ごく少ないエネルギーで育児を行えるようになってしまうのである。育児を手抜きばかりしていたら、授乳の仕方を一つとっても、いつまで経っても全然巧くならず、授乳するのに時間ばかりかけてしまうものなのだ。
赤ちゃんはいつも健康でいるということはありえない。だから、病気をしたら、きちんと看病をし、その病気の対処法を覚えておくことだ。一度、病気の対処法を覚えてしまえば、次に同じ病気をしたらすぐさま対処できるようになるし、次に生まれてくる赤ちゃんが同じ病気をしても、きちんと処理することができるようになるのだ。
③疲れたら休んで疲労を回復する
巧い育児をするためには、元気と意欲と感動がなくなったら、それ以上、育児をしないことである。「母親だって、いつもパワフルなのではなく、疲れることもある」と、素直に認めることだ。自分が育児で疲れたなら、夫や実母や義母に赤ちゃんを任せて、とにかく休むことなのだ。育児の疲労は、赤ちゃんから離れ、睡眠を取ることでしか、解消されないのだ。
きちんとした休み方をしていれば、育児放棄してしまうことなどなくなるのだ。自分一人だけですべてをやってしまい、常に赤ちゃんといるからこそ、育児が嫌になり、赤ちゃんに虐待をしてしまうのだ。人間が持っている弱さを認めない人間は、他人に対してもっとも残酷な態度を取ってしまうものなのだ。
④不要な作業を委任する
育児というのは、一つ一つの作業を丁寧にやっていくべきだが、すべての作業を母親がやる必要性はないのだ。任せられる作業があるなら、他人に任せばいいのだ。例えば、赤ちゃんを置いて買い物に行きたい時は、夫に任して自分一人で買い物をしてしまった方が、手早く買い物ができてしまうものだ。自分の育児の作業を冷静に分析して、無駄な作業を誰かに任して、自分のエネルギーを無駄に消費してしまわないことだ。梃子の原理を使って、巧く他人の力を使っていけばいいのだ。
⑤重要な作業に重点を置く
育児の作業には、重要な作業がいくつかある。それらの重要な作業にこそ重点を置くのだ。「授乳」や「排泄」は育児の中でもっとも重要である。だから、これらの作業は原則として他人に任せないことだ。母親というものは、赤ちゃんの母乳の飲み具合で、その日の赤ちゃんの体調が解ってしまうものなのだ。オムツの取り換えは面倒でも、赤ちゃんが排せつした時に、赤ちゃんの排泄物をきちんと見て、赤ちゃんの健康状態を確認すべきなのである。育児はこの2つの作業に重点を置くべきであって、母親がこの2つの作業をきちんと行うからこそ、育児の成果が上がり出していくのである。
●育児の臨界点突破
単なる思いつきや、気の向くままで育児をしていたら、育児は困難になってしまうだけなのだ。育児という大事な仕事を、自分の揺れ動く感情に任すべくきではないのだ。「習慣の威力」を使うべきなのだ。習慣の威力は凄まじいパワーを持っているのだ。「習慣の威力」を使えば、育児は断然に楽になるのだ。
育児に「習慣の威力」を使ってしてしまえば、育児の遣り方が解り出し、その育児の遣り方を蓄積していくと、育児のコツが解り、そして大したエネルギーを使わなくてもできるようになるのだ。育児のコツさえ解っていれば、自分が思うような育児をすることができ、育児の成果が自動的に出始めるようになるのだ。
育児で戸惑う母親たちに共通するのは、育児の遣り方を知らないだけでなく、育児のコツを習得できていないからこそ、育児で莫大なエネルギーを使いつつも、まともな成果を生みだすことができないでいるのだ。育児はテクニックに走れば、絶対に破綻してしまうのだ。育児のテクニックではなく、習慣の威力を使って、育児の遣り方を覚え、育児のコツを習得していくべきなのである。
そうやって育児のコツが解り出して、育児が順調に成り出すと、或る日突然に「育児の臨界点」を突破して、「そうかそういうことだったのか!」と育児のなんたるかを悟ってしまい、育児の本当の楽しさが解ってくるのだ。もうこうなると、母親の頭の中で育児をすることが最高の快感になってしまい、いくらでも母性愛が溢れ出してくるのである。もう、育児をすることが楽しくて仕様がなくなってしまい、その感動と喜びが自分を包み、それが家族へと伝わり、周囲へと及んでいくのである。
この育児の臨界点を突破してこなければ、その母親をどんなに恵まれた状況においても、育児に対して不平不満を述べてきてしまうのである。自分の心の中からちびちびと母性愛を出してこないから、どうしても育児が巧くいかないのだ。愛は小出しにすべきではないのだ。一気に大量に出してしまえば、圧倒的な威力を発揮するのだ。育児の臨界点を突破するまでは、母親は修行中なのである。いくら赤ちゃんを産んだとはいえ、母親としては未熟者なのである。赤ちゃんを産んだからこそ、母親は更に精神的に成長していかなければならないのだ。
●だからこそ、早寝早起きなのである
育児でもっとも大事なのは、母親の精神的態度なのである。絶対に養育費でもなく、育児テクニックでもなく、夫の協力でもないのだ。それらがあった所で、母親がしっかりとした精神的態度を持っていなかったら、それらのものを統合していくことができなくなってしまうのだ。育児でもっとも大事なものは、実は母親の心の中にこそあるのである。
その母親としての精神的態度を持ち、それを維持し続けるためには一体どうすればいいのか? それは早寝早起きをすることなのである。早寝早起きすれば、人間は積極的な精神的態度でいられるのだ。午前4時から午前6時の間に起きると、コーチゾールという物質が分泌されて、脳を活性化し、1日中ストレスに強い体に変えてくれるのである。だから、早起きをしている母親たちは、どの母親たちも明朗快活で元気に溢れているのである。
夜更かしや朝寝坊の生活を送っていたら、どんなに品行方正の人間であったとしても、精神が腐敗し、ネガティブな精神しか持つことができなくなってしまうのだ。夜更けにいくら悩み事を抱えて悩んでいても、その悩み事は解決されず、寧ろ悩み事は悪化していく筈だ。朝起きるのが遅ければ、それだけ行動を起こすのが遅くなるのだから、1日中すべての物事が後手後手になってしまい、何をやらして手遅れになってしまうのである。
朝早く起きて、物事を前倒しでやっていけば、物事は簡単に片付いていくものなのだ。日中、スピードよく動いていれば、日が暮れる頃には、母親として妻としてのやるべき作業のほとんどは終えている筈である。そうしたら、ゆっくりして心身をリラックスさせていけばいいのだ。夜は早目に就寝してしまえば、体の疲労が除去され、朝起きればエネルギッシュの体になることができるのである。
朝の太陽はあなたの人生をも明るく照らし出しているのだ。夜明け前から起き出して、家事や仕事をしている母親たちは自分の人生を、そして家族の人生をも、明るく照らし出してしまうことだろう。夜明け前は、赤ちゃんは寝ているのだから、その時間を有効に使っていけば、育児に追われる生活にならなくて済むのだ。
●困ったことがあったら話し合う習慣を持つ
育児をやっていれば、たまには困った事が発生するものである。母親一人が解決するのが困難な悩み事だって発生してくるのだ。そういう時は、独りで悩み事を抱え込んでいても、問題は解決されないのだ。寧ろ、悩めば悩むほど悪化していくのだ。こういう時こそ、自分の能力には限界があると悟るべきなのだ。
困ったことがあれば、夫婦で話し合う習慣を持つことだ。悩み事の大半は、ただ夫婦で話し合うだけで解決されたも同然なのだ。母親にとってみれば、夫婦で話し合うことこそが育児を楽にしてくれるものなのだ。だから、いつも赤ちゃんとべったりといるのではなく、きちんと自分の夫にも気を配っておくべきなのだ。いつもは無視しているのに、悩み事を聞いて欲しい時だけ話しても、夫は親身になって相談には乗ってくれないことだろう。
悩み事を話しかける時は、タイミングよくすることだ。夫が仕事で疲労困憊になって帰ってきて、いきなり深刻な顔をされて悩み事を話されても、夫の方は相談できる状態でないのだ。結婚しているといえども、悩み事を話しかけていい時間帯と、悩み事を話しかけていけない時間帯があるのだ。
自分が抱えている悩み事で、的確な解決策を得たいのなら、夫婦は椅子に座って、抹茶を点て、和菓子を食べながら話すとか、紅茶を入れ、洋菓子を食べながら話せば、まともな解決策を得ることができることであろう。まともな解決策を得たいなら、それなりの演出が必要なのだ。そして、いつも夫の前では身なりをきちんとしておくことだ。日頃から、だらけた服装をしていたら、相談に乗って貰える相談でも、相談に応じて貰えなくなるのだ。
夫に相談すべき問題は夫に相談すべきだが、夫に相談しなくてもいいような相談は持ちかけるべきではないのだ。違う人に相談して処理するべきなのだ。自分の友達に聞けば解決してしまう単純な問題を夫に持ちかけても、夫の方は笑顔をして対応していても、内心、「母親なんだからちゃんとしろよ」と思っているものなのだ。
最初、育児を遣り始めれば、あれもこれも心配してしまい、一時的に育児ノイローゼになってしまうものなのである。だからこそ、すべての悩み事を自分一人で抱え込むべきではないのだ。どんな悩み事でも、話せば解決していくものなのだ。育児を初体験で行っているから、解らないことがあって当然なのだ。
どの母親も一度は育児ノイローゼに罹るものなのだ。しかし、それを乗り越えると、強く逞しい母親になることができるのである。育児ノイローゼに罹り、それを克服したことで、未熟な母親である自分をふっきることができたのである。母親として必ず通過せねばならぬ暗い時期なのである。あなたの夫も、仕事で大成功しようとするなら、一時的に仕事でノイローゼに罹るものなのである。しかし、それを乗り越えたからこそ、強く逞しいビジネスマンになって、仕事が成功し始めるのである。苦労の本当の怖さは、苦労それ自体ではないのだ。苦労を知らぬ苦労なのである。自分がすべき苦労をしなければ、永遠に成長できなくなってしまうのである。
●母親よ、大志を抱け!
幸福は人生が上り調子だからこそ、いつまでも幸福を感じ続けることができるのである。育児の仕方が、昨日よりも今日の方が巧くなっている。だからこそ、幸福を感じ続けられるのである。子供の数が、1人から2人へ、2人から3人へと増えるからこそ、幸せは増していくのである。夫婦の所得が、去年よりも今年の方が増えている。夫婦の資産が、去年よりも今年の方が増えている。だから、夫婦は家族の内部で幸福を増加させていくことができるのである。
幸福になりたいのであるならば、人生を上り調子にしてしまうことだ。昨日よりも今日を良くする。今日よりも明日を良くすると思うからこそ、自分の人生は上り調子になり、更に幸せになっていくのである。人生を今のレベルよりも下がってしまえば、いくら年収が高くても、いくら赤ちゃんがいても、いくら豪邸に住んでいても、不幸を感じてしまうものなのだ。幸福と不幸を決定づけるものは、決してお金ではないのだ。自分の人生が上り調子なのか、それとも自分の人生のレベルを下げてしまっているのかなのである。
だから幸福の尺度を外に置いてはならないのだ。自分と他の母親たちを比較したり、自分たち夫婦と他の夫婦を比較したり、自分の赤ちゃんと余所の赤ちゃんを比較したり、所得の格差や男女の性差など気にしてはならないのだ。幸福の尺度は自分の心の中に置くべきであって、自分の人生を上り調子にしていけば、自然と自分は幸福になっていくのである。
そして、自分が幸福なら、自分だけが幸福を享受してしまうのではなく、他人にも分け与えていけばいいのだ。自分の赤ちゃんと自分の夫に幸福を分け与えて、家族揃って更に幸福になっていけばいいのだ。家族全員が幸福になってしまうと、幸福は相乗効果を起こして、爆発的なエネルギーを発し始めてしまい、通常では成功できないことでも、簡単に成功できてしまうようになるのである。
母親は赤ちゃんを産んだのなら、利己主義とはオサラバすべきなのである。自分の利益だけを追求するのではなく、他人を幸福にしていくという慈愛の心を持つべきなのである。利己主義というのは、目先の小さな利益を獲得しながら、実は自分自身が想像もつかない莫大な利益を得るチャンスを失ってしまう危険な考え方なのである。
人生を幸せにしたいのなら、自分自身を超えて、自分のためだけに生活せず、高い理想を持って行動を起こし、他人を幸福にしていくべきなのである。だから、俺は言うのだ。「母親よ、大志を抱け!」と。自分の志を大きく持っておけば、自分が思い描く理想は実現し、自分も周囲の人たちも幸福になっていくのである。
育児も最初の頃は、ヘトヘトになるに決まっているのだ。すべてが慣れない作業だからだ。それゆえ、母親自身が大志を抱いて、積極的な精神的態度でいるべきなのである。そして真剣になって育児に取り組んでいけばいいのだ。育児を始め、すべての物事に成功の秘訣があるとするなら、それは「自分がな成すべきことに一つ一つ全力を尽くすしかない」のだ。
今日1日、全力で生きているからこそ、自分の生命は充実していくのである。今日この日を全力で生きていない者は、死んでいるのと同じである。今日何もせずに生きてしまえば、死体の方がまだ増しである。なぜなら、死体は飯を食わないからだ。全力で育児に取り組んでいれば、育児でいくら汗をかいても、それは心地いい汗にしかならないし、育児でいくら疲れきっても、それは心地いい疲労にしかならないのだ。そうやって育児をしていけば、自分の人生は充実し、赤ちゃんはスクスクと育っていくのだ。今日一日を全力で働くからこそ、明日は更なるパワーを携えてやってくるのである。そしてそのパワーを使って更に育児にチャレンジしていけばいいのだ。
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