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「出産後の母親の対応」と「赤ちゃんの人格形成」

●3歳児伝説は永遠に不滅です

 昔の人たちは、「三つ子の魂、百まで」といった。無数の赤ちゃんを産み育て、それを何度も経験したお蔭で、「人間の人格というものは、3歳児になるまでで決まってしまい、その後その人物がどのような行動を取ろうが、人格の変動というものは殆どない」と見抜いたのであろう。昔の年齢の数え方は現在とでは違うので、昔の三つ子は、現在でいうと大体「満2歳」ということになる。

 赤ちゃんは決して白紙の状態で生まれてくるのではない。出生直後から赤ちゃんの人格は存在するのだ。最初の赤ちゃんでは解りにくいものだが、何人か赤ちゃんを産んでみると、赤ちゃんというのは最初の段階から、何かしらの人格を持っており、どの赤ちゃんも微妙に違うのである。勿論、この微妙な違いは、赤ちゃんと長らく接し続けなければ解らないから、その赤ちゃんの母親や父親といった人たち以外では見抜けにくいのである。

 赤ちゃんの人格形成に重要な役割を果たすのは、なんといっても母親である。赤ちゃんへの母親の対応次第で、赤ちゃんの人格は大いに変動を受けてしまうからだ。初めての赤ちゃんなら、母親は育児のことを殆ど知らないので、全力投球して育児に励むことだろう。しかしそのくせ、育児の仕方が余り巧くないので、何度も何度も失敗を繰り返しながら、子育てをしていく。だから、どこの家族でも第一子の長男や長女はパワーが強い。母親のエネルギーを直撃してしまうのだ。しかし、その反面、母親がしくじり続けたから、人間関係で不器用さを如何なく発揮している人間になっていく。

 育児が第二子や第三子になっていけば、母親は育児の仕方をもはや知っているわけだから、育児に全力投球をしてこない。そのくせ赤ちゃんの仕草を巧く感じ取れるから、赤ちゃんとのコミュニケーションが巧くので、赤ちゃんは人間関係が細やかに展開できる人間になっていく。すべてそうだとは言い切れないが、細やかな人間関係を必要とするビジネスでは、第二子以降の人たちが圧倒的な強さを発揮することだろう。

 「平等」を唱えてしまえば、どの赤ちゃんも同じになってしまう。しかし、実際に育児をしてみれば、どの赤ちゃんも違うのだ。その違いを「個性」と言ってのけるのではなく、やはり「人格」というべきだろう。個性というのは、反抗期が始まる中学生辺りで出て来るものだからだ。人格というものは、「個性」とかいう狭い範囲のものではなく、その赤ちゃんの人柄であり、品性とかいう赤ちゃんのすべてを覆うものだ。

 そして、その赤ちゃんの人格は、赤ちゃんだけが自分ひとりで人格を形成していけるのではなく、母親が非常に重要な役割を果たしているのである。しかも、それには時間制限があり、3歳までなのである。「3歳児神話は永遠に不滅です」、そう思って育児をした方が、その赤ちゃんがちゃんとした人間になってくるれる筈である。赤ちゃんはまだ喋れないからといって、育児の手抜きばかりをしていると、将来、手のつけられない人間になってしまうのだ。

●3歳児神話を破壊する女性の学者たち

 ところが、この3歳児神話は、女性の学者たちから盛んに批判され、現在、破壊されつつある。この3歳児神話への批判は、まず社会主義思想の影響を受けたアメリカの学者たちから起こってきた。そのため、その学説に基づいて母親たちが赤ちゃんに密着して育児をすることをやめさせ、保育園に預けて育てる育児を推奨し、母親が外に出て働くことを勧めていったのだ。だが、そういう育児の仕方で育った赤ちゃんは、大きくなって人格障害者になってしまい、「麻薬」「窃盗」「強盗」「傷害」「殺人」を繰り返すだけの駄目人間になってしまったのだ。このため、現在のアメリカでは3歳児神話の再評価がなされ、赤ちゃんの人格形成に対する母親の重要性が再認識されたのだ。

 だが、アメリカでやって大失敗してしまったものが、現在、日本の女性の学者たちによって盛んに唱えれられれいるのだ。というのは、現在、育児学の学会で指導的立場にある人たちは、丁度、アメリカで3歳児神話を破壊していた時に留学した人々であり、彼女たちは留学終了後に日本に帰国してしまったので、その後、アメリカでどういう悲惨な出来事が起こったか知らないのだ。

 これに追い打ちをかけたのが、フェミニストたちである。フェミニストたちは自分で結婚もせず、赤ちゃんも産まないのに、母親たちが育児に専念していることを、女性差別だと言って罵り、母親たちに育児の放棄を迫る論説を展開していったのである。学校では男女平等を教えられて育った女性であるならば、母親が育児に専念しなければならないのは、不公平であると言われれば、「その通りだ!」と思ってしまうのである。そのために、3歳児神話の破壊でアメリカがどうなったかも知らずに、この3歳児神話の破壊に加担にしてしまうのだ。

 女性が学者になった場合、育児をやりながら、学問の研究をするというのは、物凄い負担なのである。だからこそ、多少はまともと思える女性学者でも、フェミニズムの影響を受けてしまい、3歳児神話の破壊に加担してしまうのである。仕事をしながら育児をするのが大変であるならば、こういう場合、育児の期間は休職するとか、もしも働き続けるのであるならば、実母や義母の手を借りるということすらもしないのである。精神的に自立していないから、生活の知恵を巧く使うことができないのである。

 女性の学者だからといって、その意見が正しいわけではないし、女性の立場に立った意見でもないのだ。フェミニズムが蔓延している社会では要注意なのである。女性の学者たちの意見を鵜呑みにするのではなく、その女性の学者たちが本当にちゃんと育児をしているのか、そしてその子供はまともに成長しているのかを、きちんと確かめた上で聞くべきなのである。人間は口からであるならば、いくらでも出任せをいるのだ。美辞麗句を並べながら、3歳児神話を破壊して、女性の解放を唱えていても、実際は自分が育児放棄しているだけということも有り得あるのだ。いや、これこそが本当の姿であろう。

●3歳までに人格は形成される

 初めての育児であるならば、赤ちゃんが母親に伝えてくる仕草が解らないものである。赤ちゃんは自分の人格を自分一人で形成していくのではなく、自分と母親との人間関係の遣り取りの中で自分の人格を形成していくのである。だから、母親が赤ちゃんと接触している時間を多目に取っておかないと、赤ちゃんの仕草が解らないし、赤ちゃんの人格もまともな形で形成されないのだ。

 「育児をするのが大変」だと言っている新米ママたちは、自分の赤ちゃんを冷静になって見よ。赤ちゃんは1日の大半を眠って過ごしているのだ。起きている時間はごく僅かなのだ。それゆえ、赤ちゃんが起きている時は、赤ちゃんと面と向かって、赤ちゃんの顔の表情や、体の動きを、丁寧に見ていけばいいのだ。そういうことを繰り返していくと、段々と赤ちゃんが一体何を言いたいのかが解ってくるのだ。

 テレビを見ながら育児をしていたら、その赤ちゃんの大事なサインが解らなくなってしまうのだ。朝っぱらから新聞を熟読していたら、その赤ちゃんの大事な表情が解らなくなってしまうのだ。最初の頃はこれが全然解らないのだ。だからこそ、育児が大変になってしまうのである。理屈で育児を行おうとするからこそ、育児が破綻してしまうのである。「理屈」ではなく「感覚」なのだ。その感覚は赤ちゃんと接する回数を多くし、赤ちゃんが起きている時は、赤ちゃんときちんと向かい合うからこそ、自然に解ってくるのだ。

 人間が喋って他人とコミュニケーションを取るというのは、実は高度な能力を必要とするのだ。しかし、赤ちゃんはまだその高度な能力を持ち合わせていないのだ。赤ちゃんは自分の体を使って、赤ちゃん独特の仕草で母親とコミュニケーションを取ろうとしているのだ。これができなければ、母親との遣り取りができず、どうしても、赤ちゃんの人格が歪んで行ってしまい、3歳児になる前に凄まじい反抗をしまくるのである。

 いかなる新米ママといえども、最初から赤ちゃんとのコミュニケーションをきちんと取れるわけではないのである。最初の頃は失敗の連続である。しかし、その失敗から学んでいくのだ。母親も赤ちゃんも失敗しながら学んで行くのだ。失敗しなければ、双方が成長していくことができないのだ。何度も失敗を繰り返し、試行錯誤を繰り返しながら、赤ちゃんは徐々に母親との関係を構築していき、自分の人格を形成していくのである。

●最初の赤ちゃんは母親の性格に似る

 どの新米ママも最初の育児は真剣そのものである。そのくせ育児は全然巧くいかないのだ。赤ちゃんの仕草が何を言っているのか解らないし、オッパイをちゃんと与えているのにちゃんと飲んでいないし、寝かしつけても寝ないし、寝たと思ったら目をパチクリと開けて起きているし、そのくせ母親が寝ている真夜中に夜泣きをしてくるし。母親は疲労困憊でヘトヘトである。最初の育児なら、みんなそういうものなのである。

 そうやって悪戦苦闘しながら育児をするからこそ、赤ちゃんの仕草が解ってくるし、赤ちゃんへの育児の仕方をマスターしていくことができるのである。何も子育てはいいこと尽くめではないのである。育児がきちんとできるまでは、凄まじい苦労させられるのである。でも、その苦労をするからこそ、子育てしていく喜びが、いかなるものにも代えがたい喜びになるのである。

 だから、赤ちゃんは1人だけじゃ駄目なのだ。2人、3人と育ててみて、やっと育児のなんたるかが解ってくるのである。複数の赤ちゃんを育ててみると、赤ちゃんの育ち方の違いが良く解るのだ。一人目の赤ちゃんでは気づけなかったものでも、2人目や3人目を育てていくと、「そうか! こういう時はこうすれば良かったんだ!」というものをいくらでも発見できるのである。子供が1人しかいなければ、その発見をできずに、「育児が大変だった」という思い出だけしか残らなくなってしまうのである。

 最初の赤ちゃんへの育児は母親も真剣だから、その赤ちゃんはもっとも母親の性格に似てくる。その赤ちゃんが女の子であるならば、その母親の分身ではないかと思うくらいに、母親の性格に似てくるのだ。これが第二子や第三子となってくると、その赤ちゃんたちは母親との関係だけではなく、兄弟姉妹の関係の中で、自分の人格を形成していくので、母親とは違う性格の子供に育っていく。そうやって多彩な人格を用意して、家族の人間関係を豊かにしていって、多彩な生存を展開していくのである。

 人間は目先の利益に目を奪われやすい動物なのだ。母親の育児がまさかその赤ちゃんの人格を決めてしまい、その子が死ぬまで、その人格で有り続けるとは、思いもしないのだ。そんなことよりも、育児の大変さを重要視してしまうし、誰かに赤ちゃんを預けて働きに出たいと考えてしまうものなのだ。しかし、そうやって育てられた赤ちゃんは、大きくなってから母親に復讐をしかけてくるのだ。育児を大変だと思って以上に、その後に大変な思いをさせられるし、育児をそっちのけで得た給料よりも、遥かに多くの金額を支払わされる羽目になるのだ。

 3歳児神話は何も母親たちを育児に縛り付けるものではないのである。昔の人たちが伝え続けてきた「三つ子の魂、百まで」という格言にしても、それだけ育児の手抜きをして育ててしまい、折角の赤ちゃんを駄目人間に育ててしまった母親たちが、いつの時代にもたくさん居たということなのである。3歳児神話は、先祖たちが失敗の中から得た偉大なる教訓なのである。現在に生きる我々がいくら豊かだからだと言って、思い上がって3歳児神話を破壊してはならないのだ。その代償は育児をしている時には出て来ない。しかし、そのあ赤ちゃんが大きくなった時に、きちんと凄まじい代償となって出て来るのだ。だからこそ、我々は先祖を得た偉大な胸襟である「3歳児神話」をきちんと継承していかねkればらないのだ。

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