育児の第三法則「母親による独裁」 ~育児の全責任は母親にこそあり~
●育児こそ母親のもっとも重要な仕事である
文明は自然を征服し、自然を制御できる力を持つからこそ、誕生してくる。人間たちが、自然の脅威に対して何もできず、自然と共生しているようであるならば、人類は文明状態に入らず、文明以前の未開な暮らしをし続けるしかないであろう。文明は自然ではないからこそ、文明でありえるのである。しかし、人間たちが文明の中だけで暮らしていれば、自然を忘れてしまい、人間自体が非自然的になっていく。即ち、自然界では有り得ないような、病的な姿を晒し始めるのである。
その最たるものが、「平等」である。文明以前の人類にはなく、文明を創造していった当初にもなかったものが、文明が爛熟期に入ると突如として文明諸国に蔓延し始めて、文明の中で豊かな生活を送っている人々を、精神的に蝕んでいき、昔だったら簡単にできた生活ですら破壊していってしまうのである。
現在、母親たちを苦しめているものに、「平等」がある。どこの民族でも、平等イデオロギーに侵されなければ、育児は母親が行うものである。なぜなら、人間の脳自体がそのようにできているからだ。「授乳させるのは、父親と母親のどちらが巧いだろうか?」「オムツを取り換えるのは、父親と母親のどちらが巧いだろうか?」「赤ちゃんを寝かしつけるのは、父親と母親のどちらが巧いだろうか?」。答えはすべて「母親」である。母親の脳の中から母性ホルモンが出て来るので、母親は母親らしい母親になっていき、育児を行うことがとても上手になるのである。
それなのに、母親が平等イデオロギーに侵されてしまえば、この自分の得意なものを捨ててしまい、育児の主要な部分を放棄して、父親に育児の大半を押しつけようとし出すのである。「夫婦が平等に育児を行う」というのは、一見、それは素晴らしいものではないかと思ってしまいがちだ。しかし、実際に夫婦が平等に育児をやってみると、育児のすべての分野において破綻し出すのである。なぜなら、育児が得意な筈の母親が育児の大半をやらず、育児の不得意な父親が育児の大半をやる羽目になり、母親も父親もその持てる能力を充分に発揮しきれなくなってしまうからだ。
夫婦が平等に行う育児は、夫婦揃って育児に無責任になっているだけなのである。赤ちゃんを育てていこうという気持よりも、男女を平等にしなければならないというイデオロギーの方を優先してしまって、赤ちゃんが本当にしてほしいことを無視して、育児を進めてしまっているのである。育児こそ母親のもっとも重要な仕事なのに、母親自らその仕事を放棄してしまうのである。
●独裁を行うからこそ、育児は巧く行く
だからこそ、育児の第三法則が必要になってくるのだ。育児の第三の法則、それは「母親による独裁」である。育児は母親が独裁的に行うからこそ、巧く行くのである。育児において母親が独裁を行えば、育児の成果を最大化することができるのである。学校で散々民主主義教育を受け、社会に出ても民主主義が正しいと思われている社会で、民主主義より独裁を主張し、実際に独裁を実施するのは、抵抗感があると思う。しかし、民主主義で育児を行えば、育児は絶対に破綻してしまうのである。
育児というものは、母親が育児の主導権を失った時に問題が発生するのである。母親が赤ちゃんを産んだにも拘わらず、自分が中心となって育児をせず、父親に頼りきってしまったり、他の他人に頼りきってしまうと、誰がどうやろうとも、育児は巧く行かなくなってしまい、トラブルが発生しまくるのである。母性ホルモンが出て、自分が母親らしくなっているのに、自分が母親になることを拒否してしまえば、育つ筈の赤ちゃんですら育たなくなってしまうのである。
母親が育児の主導権を握り続けている限り、育児に問題が発生したとしても、きちんと処理することができるのである。育児を行う場合、すべての作業を母親一人でできるわけではない。父親を始め、義父や義母、実父や実母や、その他の人々の手助けを必要とする。しかし、いくら他の人々の手助けを必要とするからといって、母親が育児の主導権を手放すべきではないのである。自分の赤ちゃんの具合を一番よく知っているのは、母親以外にいないのである。自分が10月10日間も自分のお腹にいた我が子だからこそ、自分の赤ちゃんの健康状態が一番よく解ることのできる立場にいるのである。
育児というのは、「99.99%」、母親の態度次第で決まってしまうのである。育児を民主主義で行えば、確実に潰れてしまう。なぜなら、民主主義は多数決原理を持っており、その多数決原理を行えば、衆愚になり、愚劣としかいいようのない意見しか出て来なくなってしまうからだ。民主主義がいかに愚劣な意見を出して来るかは、現在の国会や、民主主義を標榜している政党の姿を見れば解る筈だ。
育児における優れた意見というものは、多数の人々の意見や、多数の人々の議論や、育児学会の学者たちの研究の中から生まれてくるものはないのだ。優れた母親の頭の中から生まれてくるのだ。母親が民主主義を拒否して、独裁に徹し、夫と共同で育児を行うのではなく、自分が中心になって育児を行うからこそ、赤ちゃんの気持ちが確実に理解でき、育児において最善の意見を持つことができ、最善の行動を取ることができるのである。
●母親に全責任があるからこそ、育児を真剣になって行うことができる
「あなたの赤ちゃんが死んだら、一体誰が一番悲しむだろうか?」「あなたの赤ちゃんが死んだら、一体誰が一番涙を流すだろうか?」「あなたの赤ちゃんが死んだら、一体誰が一番永遠に忘れずにいるだろうか?」。これらの質問の答えはたった一つしかない。それは母親である「あなた」であろう。なぜなら、母親である「あなた」が、自分の赤ちゃんに一番深く愛情を持ち、その愛情を最大限に発しているからだ。ということは、あなたが育児の最高責任者なのだ。
「育児の最高責任者は母親である」。これこそが育児の本当の姿なのだ。この本当の姿を忘れてしまい、母親が育児の最高責任者ではなくなってしまうからこそ、育児でトラブルが発生し続けてしまい、赤ちゃんが泣き叫び、罹らなくていい病気に罹ってしまうのだ。自分が産んだ赤ちゃんが、今後どのようになっても、母親である自分にこそ、すべての責任があるのである。
「夫が育児を手伝ってくれない」「実母や義母が育児を手伝ってくれない」という考え方は、根本的に間違っているのである。母親が育児において全責任を所有し、独裁を行わない限り、自分の夫を始め、他人の協力を得ることはできないのだ。母親である「あなた」が育児において独裁を行っているからこそ、他人が協力し始め、あなたを手助けしてくれるようになるのである。
責任と権限は正比例するのだ。育児の最高責任者であるからこそ、育児において最高の権限が与えられるのである。そしてその権限を集中させるからこそ、最高の育児ができるのである。母親に育児の全責任があるからこそ、すべての権限を集中でき、自分が育児を真剣になって行うことができるのである。
独裁が危険に見えるのは、独裁を行っている者が、傲慢になってしまい、先祖の知恵や他人の適切な意見を聞かなくなった時に、独断が開始されてしまうからなのである。独断が開始されれば、愚につかぬ馬鹿げたことだけが行われ始めてしまうのだ。だから、独裁を行う者は、神を恐れて傲慢にならず、先祖の知恵や、他人が発する適切な意見に耳を傾けなくてはならないのだ。独裁というものは、独断を防止さえすれば、絶対に民主主義に勝つのである。
●真面目にやれば必ず評価される
「夫婦が共同して育児を行う」とか、「民主主義的な育児」とかいうものは、学者や医者たちが唱えてくれば、もっともらしく聞こえる。しかし、そのような育児の仕方を実際に赤ちゃんを持つ夫婦が行ってみると、確実に育児が破綻してしまい、それどころか夫婦関係に亀裂が入り、離婚してしまう危険性ですら出て来るのだ。ということは、これらの学説は机上の空論であって、赤ちゃんのいる夫婦にとって、百害あって一利なしの学説なのだ。
平等イデオロギーは、常に文明諸国の中を徘徊する「悪魔の思想」なのである。男女平等や民主主義は、人間たちから責任意識や義務意識を消し去ってしまい、自由や権利だけを主張してくるように仕向けてしまうからだ。自由や権利というものは、責任や義務を果たしてこそ行使できるものであって、責任や義務を果たさない者に自由や権利を与えてはならないのである。
平等イデオロギーが蔓延すればするほど、誰も真面目に物事に取り組まなくなってくるのである。結婚だって真面目に取り組んでいけば、いくらでも面白くすることはできるのである。妊娠も出産も育児も、既婚女性が真面目に取り組めば、いくらでも面白くすることができるのである。人間が真剣になれるのは、自分に責任と義務があると自覚し、それをきちんと果たしているからなのである。赤ちゃんを産んだのに、育児に真剣にならず、育児の不満点をいくら上げて行っても、育児を巧く行うことができず、それどころか赤ちゃんが泣き叫んで、母親が何もしないことを弾劾してくることだろう。
真面目に育児を行っていけば、必ずその育児で子供たちは健康に育ち、その育児の仕方は評価されることだろう。不真面目な態度や、手抜きや、不平不満というものは、いくら隠蔽しても、確実に発覚してしまうものなのだ。母親が真面目に育児に取り組んでいけば、その真面目さは確実に赤ちゃんに伝わり、母親からの愛をきちんと受け止めることができることだろう。
真面目に育児を行っている母親たちは、「誠実」であり、「勤労」であり、「感謝」の感情に満ちているものである。自分が自分に正直で誠実だからこそ、自分に迷いがなくなるのである。自分が勤労に徹するからこそ、育児も家事も仕事もすべてが巧く行き出すのである。自分がどんなに苦労をしたとしても、感謝の感情に満ちているからこそ、周囲の人々が快く手助けをしてくれて、和気藹藹になるのである。
先進国では文明が爛熟してしまうので、どうしても平等イデオロギーが蔓延してしまい、そのため出鱈目な育児が罷り通ってしまうのだ。だから、そういう愚劣な意見には決して耳を傾けないことだ。自分が育児をやった結果は、すぐさまに出て来ないのである。その赤ちゃんが大きくなってから出て来るのである。正統な育児の方法というのは、「育児の全責任は母親にこそある」という意見をきちんと言っている育児法だけである。これ以外の方法でいくら育児をやっても、どうやっても育児の楽しみが解らず、絶対に育児は破綻してしまうのだ。育児の楽しさを味わいたいなら、母親である自分に、育児の全責任があると覚悟を決めてしまうことだ。育児の最高責任者のもとに、育児の最高の楽しみがやってくるのである。
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