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育児の第一法則「母性愛増大による圧倒的優位」

●育児の最重要ポイントは「母性愛の増大」にある

 育児には法則がある。育児を自分勝手に進めていては、自分のエネルギーを凄まじいまでに浪費して、疲労困憊になってしまう。育児を自分勝手に行うのではなく、その育児の背後にある法則を見つけだし、その法則に忠実になるからこそ、新米ママであったとしても、育児を巧く行え、育児を成功へと持って行くことができるようになるのだ。

 育児の第一法則、それは「母性愛増大による圧倒的優位」である。育児の最重要ポイントは、母性愛の増大にこそあるのだ。生まれたての赤ちゃんがもっとも欲しいのは、母親からの母性愛であって、母親がこの母性愛をちゃんと出せれば、基本的に育児は巧く行き出すのだ。

 育児とは、育児テクニックで行うものではないのだ。母親に母性愛がちゃんと出て来れば、必要な育児テクニックは揃ってくるものなのだ。赤ちゃんを産んだら、育児の要領の良さを求めて、育児テクニックに走るな。育児テクニックに走れば、絶対に母親が潰れてしまうのだ。育児は当面の間、要領よくいくわけがないのだ。最初は試行錯誤の連続なのだ。

 育児でもっとも危険なのは、母親が自分の母性愛少なさゆえに、他の母親たちと競争をしてしまうことだ。母親が赤ちゃんと競争したり、母親が他の母親たちと競争してしまい、赤ちゃんに母性愛を注ごうとしないのだ。育児で競争をしようとするな。競争を恐れよ。育児に競争など必要ないのだ。母親が母性愛を注がなければ、自分の子供たちに心の闇を作り出してしまうことになるのだ。母親から母性愛を貰っていないがゆえに、歪に成長してしまったからだ。

 育児に必要な愛はたくさんある。その中でも母性愛こそがもっとも重要であって、この母性愛を母親が増大させていけば、圧倒的優位に立つことができるのだ。母性愛の多い母親は、育児に必要なテクニックを揃えることができ、育児が巧く行き出すのだ。母性愛の多い母親は、他の母親たちの存在に惑わされることなく、自分の赤ちゃんの成長をマイペースで行っていくことができるのだ。

 母性愛の増大こそは、育児の要であって、この重要性が解らない人や否定してくる人は、育児をやったことのない人か、平等イデオロギーを以て平等化された人間を作り出そうとしている人か、2つに1つである。育児にまともに取り組んでいれば、母親が出す母性愛こそが育児でもっとも重要であるということは解る筈である。

●家庭内の愛の流れ方

 女性が赤ちゃんを産んだからといって、母性愛が出て来るわけではないのだ。母性愛は、まずは女性が母親になってくれない限り、母性愛など出て来ないのだ。母性愛をちゃんと出したければ、家庭内でその女性が母親としての地位を獲得し、自分もそれを受け入れなければ、母性愛を出し続けることはできないのだ。

 家庭内の愛の流れは、父親から母親へ、母親から子供たちへという流れになる。家族というのは、表面的には父親を家長にして、その下に母親、その下に子供たちという形を取る。その表面的な秩序が成立していれば、家庭内では母親を中心に母親は父親に夫婦愛を注ぎ、子供たちには母性愛を注ごうするのだ。

 それゆえ、まずは夫が父親に成長して、家族を外敵から守り、家族の間違ったことを糺すという「父性厳」を発揮して、家族の秩序を作り出していく。そして妻には夫婦愛を注ぎ、子供たちには父性愛を注ぐ。次に妻が母親に成長して、家族の内部を充実させていき、家庭内が愛と喜びに満たされるように、夫には夫婦愛を注いで、子供たちには母性愛を注ぐのだ。両親がこのような行動を取ってくれると、子供たちは両親から充分な愛情を貰え、善悪が解る人格を持った子供たちに成長していくことができるのだ。

 夫婦共々より多くの愛を出していこうするなら、「夫婦共通の夢」が絶対に必要である。自分たち夫婦の将来の夢が明確になっていれば、夫婦は手を取り合って協力するようになり、夢に向かって走り出すことで前進していき、その過程でより多くの愛を出せるようになるからだ。

 この「愛」「厳しさ」「夢」の三つが揃わないと、夫は父親にならないし、妻は母親になれないし、子供たちは愛の不足でまともに成長しなくなるのだ。この「愛」「厳しさ」「夢」を育児をしながら揃えていくのではなく、出産した段階で揃えておかなければならないのだ。出産前に夫婦がきちんと夫婦らしくなっていれば、スムーズに家族を形成しだすのだ。

●父親を立てると育児が巧く行き始める

 育児を巧く行いたいなら、夫を立てるべきなのである。夫を立て、夫が父親らしくなってくれれば、妻は楽な形で母親になることができ、自分の心の中から母性愛を出して行くことが可能になるのである。育児を巧く行いたい母親は、赤ちゃんばかりに注目してしまいがちだ。しかし、実際は赤ちゃんにではなく、夫に注目すべきなのである。夫こそが育児の成功の鍵を握っているのだ。

 夫婦に夫婦愛がきちんと成立していれば、自然と母性愛は出て来るのだ。妻は自分の夫から愛されていないと、我が子を愛情持って育てようとしなくなるのだ。妻は「自分は夫から愛されている」と思うからこそ、我が子を愛情持って育てようと仕出すのだ。妻は夫から愛されていないと解ると、心の中で怒りの炎が燃え上がって来てしまい、その怒りの炎が愛を消し去ってしまうのだ。愛と怒りは絶対に両立できないのだ。どちらかを立てれば、どちらかが倒れるしかないのだ。

 夫婦は四六時中一緒にいるわけではないのだ。同居していても、夫が仕事をしていれば、夫婦が一緒にいる時間は朝と夜しかないのだ。増してや、夫に出張が多かったり、単身赴任であったら、夫婦が一緒にいる時間が激減していく。しかし、夫婦愛は夫が妻を愛し、妻が夫を愛していれば、必ず伝わってくるものなのだ。時間ではないのだ。愛の量ではないのだ。夫婦双方がきちんと愛を出し、それをきちんと受け止めることこそが大事なのだ。

 そして、妻が夫を立てると、母性愛が巧く流れ出していくのだ。母性愛は家庭内で秩序が形成されていればこそ、コンスタントに出て来るものなので、平等を唱えると、母性愛が流れ出なくなってしまうのだ。男女平等を家庭内に入りこませてしまうと、夫婦は憎しみ合い、母親は子供たちに愛情を注げなくなってしまうのだ。赤ちゃんを産めば我が子を愛するのが当たり前なのに、平等イデオロギーに洗脳されてしまったばっかりに、我が子を愛せなくなってしまうのだ。

 だからこそ、夫婦は精神的に独立していることが絶対に大切なのである。自分たちの成長過程で、従属から自立していき、自立したら結婚することで独立していき、平等を拒否するべきなのである。人間は精神的に自立していなければ、いくらでも平等イデオロギーに洗脳されてしまい、この世の不平等や格差を憎み続けるだけの人間になってしまうのだ。

 母性愛は家族内で不平等が成立していなければ出せないものなのである。母性愛はどの女性も出せるものではなく、原則として結婚して子供のいる母親にしか、まともな形で出せない愛なのである。言わば、女性同士でも格差がある愛なのである。「不平等は怪しからん」「格差があることはいけないことだ」と主張しているようであるなら、その女性の心の中からまともな母性愛など出て来はしないのだ。この世は不平等であり、必ず格差が存在している事実を受け入れるからこそ、まともな母性愛が流れ出してくるのである。

●否定するのではなく、肯定してあげること

 母性愛は絶対肯定の愛だから、赤ちゃんが生きていることを肯定してあげればいいのだ。自分の赤ちゃんがこの世に存在してくれていることが嬉しいのだから、その喜びを表現していけばいいのだ。赤ちゃんは母親が肯定してくれれば、その通りに育つし、母親が否定してくれば、その通りに育ってしまうのだ。

 最初の頃は、母性愛を巧く出せないから、赤ちゃんの行動を否定的に取ってしまいがちだ。「どうしてオッパイを飲んでくれないの!?」「どうしてウンチをしまくるの!?」「どうして夜泣きをするの!?」と、とにかく赤ちゃんの行動を否定してしまうのだ。自分の赤ちゃんを絶対肯定できなければ、いくらでも赤ちゃんの行動を否定してしまうのだ。

 そういう時は、言葉遣いの基本を、「駄目だ」ではなく、「凄い!」に変えることだ。「オッパイを飲んでくえてる。凄い!」「ウンチをしてくれた。凄い!」「夜泣きをしてくれた。凄い!」と変えていくことだ。赤ちゃんは必要があるからやっているのであって、まずはそれを肯定してあげるのだ。肯定してしまえば、赤ちゃんの行動は苦痛にはならないのだ。

 これができれば、赤ちゃんがハイハイをできた時、「ハイハイができて凄い!」になるし、赤ちゃんが初めて言葉を発した時、「初めて喋れるようになって凄い!」になっていくのだ。赤ちゃんの行動を肯定できるからこそ、赤ちゃんはすくすくと成長していってくれて、母親にたくさんの喜びをプレゼントしてくれるのだ。赤ちゃんの行動を否定し続けていれば、その喜びを味わえなくなってしまうだけなのだ。

 だからこそ、我が子がこの世に存在していることこそが凄いことだと思うことが大切なのである。母性愛がないと、どうしても育児マニュアル本や育児雑誌に頼ってしまいがちだ。それらを参考して頼ってしまえば、育児が破綻していくのは、火を見るよりも明らかなのだ。我が子の凄さに気づけなくなってしまうからだ。

●自己中心から神中心に変えていくこと

 人間は自己中心的に生きようとすると、不幸の連続になっていってしまうのだ。なぜなら、自分は成長してので、昔の自分に拘っていると、自分がいつまで経っても成長できなくなってしまうのだ。いつまでの立ち止まっているのではなく、偽りの自分を捨て、本当の自分に目覚め、そして新たな1歩を踏み出していくことだ。

 自己中心を捨てて、神中心に変えていくことだ。いくら自分が赤ちゃんを産んだからといって、赤ちゃんを自分の所有物だと思わないことだ。この赤ちゃんは神様からの授かり物だと思うことだ。そして、神様から自分に与えられた仕事をこなしていくことだ。自分の存在よりも、この世の至高の存在者を中心に考えていくと、自分がやるべきことが、きちんと解ってくるのだ。

 育児を成功したければ、「素直に」「謙虚に」「奉仕させていただく気持ち」で行うことだ。育児の巧い母親たちは、どれもみな素直である。赤ちゃんが泣いたら、すぐに母乳を与える。赤ちゃんがウンチをしたら、すぐにオムツを交換する。誰かに仕家事や事を頼まれたら、すぐに取りかかって片づけてしまう。素直だから、育児も家事も仕事も、すべてが巧く行き出すのだ。

 育児の巧い母親たちに限って、謙虚である。母親として学ばねばならぬことが、たくさんあるので、身を低くして、教えを乞うのだ。自分が傲慢になってしまえば、この世でもっとも優れた人が教えを説いたとしても、自分の耳には入ってこないのだ。謙虚になれば、自分に必要な教えが、自然と耳に入ってくるのだ。

 自分が育児をしているのではなく、赤ちゃんに奉仕させていだく。自分が家事をやっているのではなく、家事を通して、家族に奉仕さていただく。自分が仕事をやっているのではなく、仕事を通して、世のため、人のため、お国のために奉仕している。こういう気持ちになれば、一流の育児や一流の家事や一流の仕事ができるようになるのだ。

 そして、これらのことができたなら、何事をやるにしても「スピードをあげる」ことだ。チンタラやっていたら、何事も失敗してしまうのだ。「後でやる」のではなく、「今すぐ行う」ことだ。育児も家事も仕事もスピードを上げて行うと、スムーズに行え、成果を最大にしていくことができるようになるのだ。

 育児が大変だと言っている母親たちは、すべての物事を自分一人で抱え込んでいるから、育児が苦痛になってしまうのだ。自己中心で生きるのではなく、神中心に生き方を変えることだ。神中心だと、自分が人生の重荷を背負うことがなくなり、自分のポジションが解ってきて、自分がやるべきことが解ってくるのだ。育児を開始した母親が今やらなければならないことは、自分の赤ちゃんに母性愛を注いでいなかなければならないということなのだ。この母性愛は増大させていこうすれば、いくらでも母性愛は出て来るものなのだ。出し惜しみなどせず、自分の心の中から母性愛を出していけばいいのだ。母性愛を出せば出すほど、赤ちゃんはすくすくと育っていけることになるのだ。

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