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政府の育児支援を求めるのではなく、母親たち自身が育児の喜びを再確認することなのである。

●みんなで行う育児は絶対に破綻する

 現在、少子化対策として、政府が育児支援に乗り出すべきだという意見が出回っているが、これは非常に危険な考え方なのである。いかなる国民も経済的に豊かになれば繁殖力を落とすのは当然のことなのであって、政府が人為的に出生率を上げて行く必要性などどこにもないのだ。

 育児に対して政府の支援を求める人たちは、「昔はみんなで育児を行っていた」からと言い出し、母親たちの独立自尊を破壊してしまうのだ。鎌倉時代だろうが、室町時代だろうが、江戸時代だろうが、政府が育児を支援したことなど一度もないのだ。そんなことは家族が行うべきものであって、政府が介入するべきものではないのだ。

 みんなで行う育児は絶対に破綻する。周囲が共同して、みんなで行う育児という主張は、最も正しいように見えて、実は根本的に間違っているのだ。育児はその赤ちゃんの母親がすべきものであるという、育児で最も大事な視点が抜け落ちてしまっているのだ。育児の責任者はその母親であって、みんなで育児を行えば行うほど、その責任は薄れていってしまい、赤ちゃんの生命は見知らぬ赤の他人によって危険に晒されるのである。

 政府の主要な仕事は、「国防」であり、「治安維持」であり、「公共投資」だ。この3つの仕事に全力を投入すべきであって、社会福祉に積極的に乗り出すべきではないのだ。政府が社会福祉に乗り出したとしても、それにかかる費用はすべて国民の税金で賄われる以上、国民に重税となって圧し掛かってくるのだ。

 政府は育児支援などに乗り出すべきではなく、育児をしている母親たちがなんの不安もなく、育児に専念できるシステムを整えていけばいいのだ。例えば、育児をしている際は労働ができなくなるので、所得税に於ける「配偶者控除」は絶対に必要なのだ。正確に言うなら「母親控除」だろう。それから労働条件に於いて、妻子がいる既婚男性には就労上の優遇措置が認められることが必要なのだ。独身者よりも昇給に於いて優遇し、解雇の際にも守られるようにするべきなのである。

 政府がするべきことは、育児支援を行うことなのではなく、育児環境を整えてあげることなのだ。「伝染病の予防」などがいい例であろう。これだけ国民が密集して暮らしている以上、伝染病の予防は行われて然るべきであり、その費用は政府や地方自治体が持つべきなのである。また、地方自治体に於いては、住民を集めていくために、育児でかかるであろう範囲内の医療費などを公費で負担しても構わないのだ。

●自給自足経済と自由市場経済

 唯物論から言えば、経済条件によって人間の思考は変わっていくという考えが導き出される。人類は誕生して以来、長らく狩猟採集経済を営んでいたし、農耕が開始されてからも、貨幣経済が発達してくるまで、自給自足経済を営んでいたことだろう。それゆえ、貨幣経済が発達し、自由市場経済になったというにも拘わらず、自由市場経済に適応できる考えを持たず、ズルズルと自給自足経済の考えを持ってしまう人たちが出て来てしまうのだ。それが社会主義者たちであり、フェミニストたちなのである。

 自給自足経済なら「共同体の論理」を優先させても構わない。赤ちゃんが生まれたのであるならば、その赤ちゃんはその家族だけの赤ちゃんと看做すのではなく、共同体の赤ちゃんと看做して、何かと支援したことはあったであろう。但し、忘れてはならないのは、その支援をやったのは、「共同体」即ち「部落」がやったのであり、政府がやったわけではないのだ。育児支援を求める人たちは、嘗て「部落」が行っていた支援を、異常なまでに拡大解釈して「政府」に求めるという詭弁を弄しているのだ。

 共同体は、育児を支援をしてくるが、タダで行ったわけではなく、その赤ちゃんが成長すれば、共同体の活動のために労働力を無償で提供しなければならなかったのだ。部落の治安維持や、水の管理や、山の管理や、農作業を共同で行い、お祭りとなれば数日間に亘って遣り続けねばならなかったのだ。その間、一切の給料が支払われることがなく、部落のメンバーだからという理由だけで無償労働を強いられたのだ。

 現在の我々は、日本のどこに住んだとしても、そんな共同体の論理を優先する場所には住んでいない。いかなる者であったとしても、否応なく自由市場経済に巻き込まれ、その経済を土台に暮らしているのだ。それゆえ、「共同体の論理」が優先されるのではなく、「機能性の論理」が優先されるのだ。

 「機能性の論理」とは、お金を出せば商品を買うことができ、能力次第で出世できるということだ。自由市場では自由に商品が行き交っているのだから、お金を出せば物を買えるのだ。だから、昔のように無償労働を当たり前とするのではなく、有償労働を当たり前にし、可能な限り休日を減らして労働時間を増やしていかねばならぬのだ。自給自足経済なら労働時間が少なく、遊んでばかりいたのに、自由市場経済では労働時間が増加し、遊ぶことを控えて禁欲的にならざるをえないのだ。そしてそのようなことをすれば、昔では比較にならないくらいに豊かになっていくことができるのだ。

 自由市場経済なら、「個人主義」と「家族主義」を超えるような主義を優先させてはならない。「個人の尊厳」と「家族の価値」は絶対的なものであり、この主義に反対するようなイデオロギーには断固として反対し、迎撃していかねばならぬのだ。社会主義者もフェミニストたちも、「個人の自由」を唱えながら、「個人の尊厳」を認めていないし、逆に「個人の尊厳」を破壊する行為を平然と行うし、「家族の価値」などは鼻から認めず、家族制度を破壊することを企んでいるのだ。だからこそ、社会主義国では国民に向かって大量虐殺が発生したし、強制収容所の存在は切っても切り離せないものなのだ。現在、フェミニズム革命が発生しフェニミズム国家が誕生していないが、もしも将来、フェミニズム国家が誕生したら、社会主議国家と同様に、大量虐殺を展開するだろうし、強制収容所が設置され、国民の一切の自由と権利が根こそぎ奪われることになるであろう。

●社会主義の教えるもの

 我々日本国民はもう後戻りできないのだ。経済システムそのものが自給自足経済とは違った経済システムになってしまったのだ。それゆえ自由市場経済に対応できる考えを持つべきであって、そうなれば誰もが豊かさを享受できるようになるのだ。このような思考の変化は唯物論に立脚するなら、当然の論理的帰結なのである。

 しかし、それなのに、唯物論に立脚する社会主義者たちこそが、全く正反対の考えを持ってしまい、自由市場経済に対応できず、自由市場経済を破壊することしか考えなくなってしまうのである。なぜ、社会主義者がそのような間違った考えを持ってしまうのかといえば、それは「経済的自立」が成されていないからなのだ。

 自由市場経済では以前の経済システムとは、働き方が全然違うのである。1日8時間労働をこなし、勤務時間中は仕事のことだけを考えて、競争に打ち勝って市場で生き残っていかねばならぬのだ。嘗てのように自分のために労働しさえすればいいのではなく、お客様の満足をもたらすべく有効な労働をしていかねばならぬのだ。そして、給料を貰っても、それをすべて生活費にまわすのではなく、給料から天引きして貯金に回して、その貯金を増やしていって、資産を蓄えていかねばならないのである。

 この経済的自立ができなければ、自由市場経済では「経済奴隷」に近い扱いを受けざるをえないのだ。古代国家では戦争によって奴隷を獲得したが、自由市場経済では、経済的自立を成し遂げようとしなければ、自滅的に事実上の奴隷の地位に落ちてしまうのである。経済的自立がなければ、いくら働けども生活には一切の豊かさがなくなってしまうし、貧困のドン底を味わうようになってしまうのだ。

 しかし、社会主義は決してそういったプロレタリアートたちが作り出していったイデオロギーではないのだ。自由市場経済を憎む学者たちによって作り出されたイデオロギーなのだ。自由市場経済では能力次第で出世していくことができるから、貧乏学者のように自分は高学歴を持ち、他人よりもたくさんの知識を持っているにも拘わらず、貧乏で有り続けることに対して潜在的な不満を抱いており、そういった貧乏学者たちが社会主義を作り出し、扇動していったのである。

 だからこそ、社会主義政党というのは、どの政党も学歴社会をそのまま反映して、高学歴の人達しか権力の中枢に登れないのだ。日本共産党も最高権力者は常に東大卒でなのである。高学歴を優遇するイデオロギーであるからこそ、大学教授の中にも、学校の教師の中にも、熱心に社会主義を支持する人たちがいるのだ。彼等は学歴を問わず、能力次第で出世できる社会を憎みに憎んでいるのである。

●フェミニズムが教えるもの

 社会主義に対して、フェミニズムが教えるのは、それは「精神的自立」の大切さだ。自由市場経済では精神的に従属状態にある人々を前提とするのではなく、最低でも精神的に自立した人々を要求する。それゆえ、自由市場経済では児童労働を禁止し、児童に労働を解放して、勉強させることで、将来、自立した人間に成って貰い、労働はそれからでいいのだという態度を取るのである。

 自給自足経済ではすべての成人が本当に精神的に自立しているとは言い難かった。共同体が子供たちを育てて、その教育期間を終えれば、自立したと看做しているにしかずぎなかった。若者が本当に自立するためには、両親のもとを離れて一人暮らしをし、親の援助に甘えることなく、自分の力で生活費を稼ぎ出し、自分の幼稚な考えを自らの手で破壊していくしかないのだ。

 若者が精神的に自立していくという作業は、決して楽しい日々なのではなく、寧ろ暗黒の日々なのである。自分が精神的に自立していくために、自分の心の中にある自分の醜さと格闘して、撃破していかねばならぬからだ。しかも、時間は無制限にあるわけではなく、どんなに遅くても女性なら33歳までだろうし、男性でも40歳までの期間に終えなければ、永遠に精神的に自立できなくなってしまうことだろう。

 精神的自立が出来なければ、まともな労働ができないし、まともな恋愛もできないし、まともな結婚もできなくなることだろう。女性であるならば、その精神的に従属状態にある所を付け込まれて、フェミニズムに洗脳されてしまい、生涯を賭けて、世の中を憎み、異性を憎み、幸せな結婚をしている既婚女性たちを憎むことしかできなくなるのだ。

 フェニミズムも社会主義同様に、大学教授や学校の教師たちがその推進者たちである。女性は19歳で脳の成長を終えるので、大学に進学するということは、女性の本来の成長からしてみれば、相当危険な負担になってしまうのだ。女性は19歳で心身ともに成長のピークに達したのだから、社会に出て働きに出ればいいものを、大学や大学院に行ったり、就職先も大学や学校になってしまうと、社会に出て、自分の実力を試す機会を失ってしまうのだ。大学教授や大学院教授に教えられたことを鵜呑みにして、精神的に自立していくことができなくなってしまうのだ。

●慈善は国民個人が行うもの

 我々は自由市場経済を土台にして生活している以上、社会主義やフェミニズムに洗脳されることなく、経済的に自立し、精神的にも自立していかねばならぬのである。できれば、結婚を契機に経済的に独立し、精神的も独立してしまうことなのである。経済的に独立するということは、勤労所得で生活するのではなく、資産収入が勤労所得よりも上回り、現在の仕事を辞めたとしても、自由に生きていけられるようにすることなのである。精神的に独立するということは、結婚したら夫婦二人が力を合わせて家族を作り上げ、両親の経済的支援を拒否し、政府の介入には断固として闘う姿勢を示すことなのである。

 それゆえ、精神的に独立している夫婦なら、決して政府による育児支援など求めるべきではないのだ。政府の慈善は、所詮は国民の税金で賄われるものなのだ。しかも、国民の税金がそのまま社会福祉に回されるのではない。政治家や官僚が莫大なマージンを取ってから、僅かな金額が社会福祉に回されるようになってしまうのだ。

 国民健康保険だって、国民年金だって、最初作った時は、国民の支持を受け、政治家や官僚たちも善意に基づいて作っていった筈だ。しかし、社会保障というものは、歳月が経てば経つほど悪化していく。政治家や官僚たちの汚職の温床となり、逆に国民を極貧に落とすものとなってしまっているのだ。現在の日本政府が財政を破綻させたのも、国民健康保険や国民年金があるからこそであって、これらの社会保障を廃止してしまえば、財政破綻を免れることができ、国民もより豊かになっていくことができるのである。

 政治家が行った政策は、すぐさま効果が出て来るわけではないのだ。10年後、30年度、50年後、100年後になって、本人が思いもしなかった結果として現れてくるものなのである。それゆえ絶対に、「結婚していない人」や、「結婚しても子供のしない人」を政治家にしてはならないのだ。結婚をせず、子供がいなければ、無責任な政策を実施してくるものなのである。その政治家に妻子がいれば、自然と自制が働き、将来、国民に有害となる政策を実施する危険性は減少していくことであろう。政治家に妻子がいることを政治家の条件として盛り込むべきなのである。

 慈善は国民個人が行うものなのだ。自分たち夫婦が育児をしている時は、貧しくとも、失敗しながらでもいいから、地道に育児をやっていくことだ。その育児の中で「育児の喜び」を見出していくべきなのである。そうやって育児が楽しかったのであるならば、育児を終了した後に、自分たち夫婦が資産を割いて、育児を支援する財団を作って、赤ちゃんのいる夫婦に育児支援を行っていけばいいのだ。育児で成功した人々が「慈善によるお金の循環」を行うからこそ、世の中は豊かになっていき、「育児の喜び」を広げていくことができるのである。こういう慈善こそが「本物の慈善」なのである。

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