« 赤ちゃんを連れて墓参り | トップページ | 前世を記憶する子供たち »

生まれて初めての誕生日

●赤ちゃんは出生当時1歳かゼロ歳か?

 赤ちゃんが出生時点で、「ゼロ歳」と考えるか、「1歳」と考えるかは、赤ちゃんへの認識について天と地ほどの差が出て来る結果になってしまう。出生直後の赤ちゃんをゼロ歳と看做すのは、ジョン・ロックの考えに基づいて、「人は白紙の状態で生まれる」という考えを赤ちゃんに当て嵌めたにすぎないからだ。しかし、赤ちゃんは白紙では生まれてこないし、胎児教育を巧く施せば、出生時点から高い知能を与えることができるのだ。

 出生時点では赤ちゃんは1歳と考えるのが現実に即した考え方なのだ。正確には10月10日になるが、2ヵ月程度の月日はおまけということだ。このような数え方に関する議論は、一般の人々は「どうでもいいじゃん」と思ってしまいがちだが、人間の命の関する重要な問題なのだ。

 例えば、堕胎はゼロ歳説に立脚すれば罪を問われないが、1歳説に立てば殺人罪に問われることになる。現在ではゼロ歳説に立つがゆえに、堕胎は野放し状態になってしまうのだ。胎児教育もゼロ歳説に立てば妊娠中に何もすることはないが、1歳説に立てば妊娠中に胎児教育をすることで赤ちゃんの知能を高めることができるのだ。

 母親の立場に立てば、赤ちゃんは出生時に1歳と考えるのが、納得がいく正当な考え方であろ。なんせ胎動を何度も繰り返して、赤ちゃんの命を母親に感じさせ続けてきたからだ。母親にとっては赤ちゃんとの付き合いは、出産した時点で10月10日以上経過しているのだ。

 そうやって、生まれた赤ちゃんを1年間育てれば、母親の赤ちゃんに対する愛情は益々強いものになる。なんせ生後1年ではやっと一人歩きができるようになった状態だ。ハイハイをしている時期では赤ちゃんにつきっきりになってしまうが、一人歩きできるようになれば、赤ちゃんも自分独自のことをし始めるようになるのだ。

●誕生日祝い

 生後1年の誕生日祝いは、夫婦にとって感慨深いものであろう。育児に対する苦労がすべて吹き飛んで、赤ちゃんの誕生日を祝うことができるのだ。1年前はあれほど小さな赤ちゃんが、こんなに大きく成長したのである。人間は成長する人に対して、最大の喜びを感じてしまうものなのだ。

 この最初の誕生日祝いは、身分によって色々な習慣を持っている。例えば、武家の赤ちゃんであるなら、赤ちゃんに刀に触らせ、商人の赤ちゃんなら、赤ちゃんに算盤に触らせ、農民の赤ちゃんなら、農機具に触らせるのだ。現在ではこのような習慣は殆ど失われて、ケーキを作って祝う程度のものだが、だからこそ、育児や子育てで揉めてしまうのであろう。

 せめて夫の職業に関する物を赤ちゃんに触らせて、赤ちゃんもお父さんの跡を継げるようにさせることだ。これは赤ちゃんが男の子であろうが女の子であろうが関係ない。乳幼児や児童というのは、父親に対する尊敬は絶対的なものなのであって、「お前も父のようになれ」と指し示せば、人生の進路に間違うことがなくなるのだ。

 誕生日だからといって、ケーキを食べ、誕生日プレゼントを貰うというのは、余りにも幼稚な考え方なのだ。赤ちゃんは生後1年経っても、まだ哺乳の時期なのでケーキを食べることはできないし、誕生日プレゼントを貰っても大して喜びはしないものだろう。しかし、赤ちゃんに将来の進路を指し示すことをしておけば、赤ちゃんのその通りに生きていくものだし、たとえ親の思うように生きなくても、その子なりに素晴らしい人生を歩んでいくのだ。

 人間は生まれた環境で大いに変わっていくものなのだ。例えば、自宅に書物がたくさんあるようであるならば、自然と書物に親しむので、その子は学問の世界で活躍し易くなるのだ。父親がスポーツをしているなら、その子は幼い時からスポーツに親しむので、その子はスポーツの世界で活躍しやすくなるのだ。これらと同じように、父親が政治家なら、幼い時から政治に関心があり、政治家を志そうとするし、父親が軍人なら、幼い時から軍事に関心があり、軍人を志そうとするし、父親が会社経営者なら、幼い時から経営に関心があり、経営者を志そうとするものなのだ。赤ちゃんは決して平等ではないのだ。色々な家庭環境があるからこそ、多種多様な赤ちゃんが育ってくるのである。

●赤ちゃんの誕生日祝いは、両親のためでもある

 赤ちゃんの最初の誕生日祝いは、赤ちゃんのためだけにあるのではない。その赤ちゃんの両親のためでもあるのだ。この1年間、最初の育児で悪戦苦闘した筈であり、その苦労が赤ちゃんの無事な成長によって報われるのだ。赤ちゃんの誕生日祝いを利用して、自分たち夫妻の働きをねぎらってあげることだ。

 できれば、こういう時は夫が妻に何かプレゼントでもするのが一番効果的なのだ。この日に些細な物をプレゼントしても、妻は狂喜乱舞するくらいに喜んでくれる筈だ。自分にとっては想定外の驚きのプレゼントなので、夫の自分への思いやりを最大限に感じてしまうものなのだ。

 新米ママにとっては、この1年間は早く流れた筈だ。人は人生に充実していると、月日は早く流れるものなのだ。人間はダラダラ過ごしていると、月日はゆっくりと流れてしまい、そのくせ何も充実していないものなのだ。赤ちゃんの誕生日が来るのが早いな思った新米ママほど、育児に真剣になって取り組んだ既婚女性なのである。

 それゆえ、赤ちゃんの誕生日祝いはまずは、親子3人で、他人を交えずに、自宅で密かに行うべきだろう。親子3人になれば、話すことはたくさん出て来るからだ。その話はこういう機会でしか話せない話なのだ。育児に携わっていない他人がいても、話が噛み合わなくなってしまうのだ。

 もしも、夫の両親や妻の両親が赤ちゃんの誕生日を祝いたいというなら、後日、日を改めて、別の誕生日祝いをすればいいのだ。こういう時は、料理を豪勢に振る舞って、それぞれの両親に「誕生日祝い金」や「誕生日プレゼント」を高額にさせるように仕向ければいいのだ。こういう悪どい知恵は人生で生きて行く上で必要不可欠なのである。

●赤ちゃんの脳に成長の喜びの回路を作ってしまうこと

 赤ちゃんにとっても、自分の誕生日を祝ってくれるということは嬉しいものだ。赤ちゃんの脳に、自分が健康的に育っていくことは、両親を喜ばせることになるという記憶を定着させてしまうことだ。赤ちゃんの脳に成長の喜びの回路を作ってしまうと、赤ちゃんに対した労力を投入せずとも、赤ちゃんは無事に育ってくれるようになるのだ。

 赤ちゃんが育つことは、両親にとっても嬉しいし、両親に喜ばれることは、赤ちゃんにとっても喜びと思わせるように育てていくのだ。赤ちゃんに育児と称して、赤ちゃんの世話ばかりしていて、赤ちゃんの脳に成長の喜びの回路を作らなければ、赤ちゃんは両親から世話をされるのが当たり前となってしまい、その後、親の言うことを聞かない子供に成長してしまい、いずれ不良少年や不良少女になっていくことだろう。

 自分の脳の中に成長の喜びの回路がないために、自分が成長することは両親にとっても嬉しいのだという考えを持つことができず、親子の相互関係を巧く構築していくことができないのだ。だからこそ、親に養育されているのに、なんの感謝もせず、親を手古摺らせる人生をア歩んでしまうのだ。

 それゆえ、赤ちゃんの誕生日を祝う時は、赤ちゃんがビックリするくらいにインパクトのある誕生日祝いにしてしまうのだ。赤ちゃんの脳がまだ柔らかい時に、赤ちゃんの脳に成長の喜びの回路を作ってしまい、赤ちゃんに親が喜ぶような行動を取るように仕向けるのだ。そうすれば、赤ちゃんは親の喜ぶようなことをし始め、放っておいても健康的にスクスクと成長していくことになるのだ。

 育児に疲労しきってしまい、赤ちゃんが自分の言うことをきいてくれないと嘆く新米ママは多くいるものだ。それは赤ちゃんの体の世話をしても、赤ちゃんの脳を育てていくということをしてこなかったからなのである。人間は体を進化させて生き残ってきたのではなく、脳を進化させて生き残ってきたという事実を忘れてしまっているのだ。

 いくら自分がお腹を痛めて産んだ赤ちゃんとはいえ、赤ちゃんは親の言う通りには動いてはくれないのだ。しかし、親が思うように育ってくれることはできるのだ。その際の重要なポイントこそが、脳に成長の喜びの回路を作ってしまうことなのだ。この回路を自分たち夫婦が作ってしまえば、赤ちゃんは健康的に成長していき、親が思ったように育ってくれることになるのだ。そういう子は、大きくなれば、きちんと親孝行をする立派な人間になるものなのである。

|

« 赤ちゃんを連れて墓参り | トップページ | 前世を記憶する子供たち »

不妊治療」カテゴリの記事

妊娠」カテゴリの記事

育児」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/496414/30877461

この記事へのトラックバック一覧です: 生まれて初めての誕生日:

» 限界までのエロさで話題沸騰!映画「愛のむきだし」満島ひかり [エロイにもほどがある!映画「愛のむきだし」]
すばりパンチラ!オナニーシーンも!満島ひかり見せすぎです [続きを読む]

受信: 2009年8月26日 (水) 18時34分

« 赤ちゃんを連れて墓参り | トップページ | 前世を記憶する子供たち »