第十一章 赤ちゃんが生み出す人間関係の広がり
初参りは家族揃って
●初参り
赤ちゃんを無事に産み、生後30日を過ぎたら、初参りに行って、赤ちゃんが無事に生まれたことを神様に報告しておこう。地方によって初参りの日が異なるので、地方の習慣に従っておくことだ。大体、男の子は33日後で、女の子は32日後というのが、初参りの参拝日である。
初参りは家族揃っていくことだ。夫婦と赤ちゃんの3人は絶対に必要である。それに大概、夫の両親が加わるので、夫の両親には参拝に遅れることがないように注意を促しておくことだ。参拝は午前中にしなければならない。これは昔からの決まり事なのだが、最近では守られにくくなっているので、注意が必要だ。午前中の気は澄んでいるために、初参りという赤ちゃんを連れての参拝は、午前中でなければならないのだ。
神社に行ったら、まずは鳥居の前で1礼1拍手しなければならない。神様にこれから参拝に参りますということを伝えるためだ。参道を上っていく時は、参道の真ん中を決して歩いてはならない。参道の真ん中は神様の道だからだ。参道を歩く時は、母親が赤ちゃんを抱いて、それを中心にして進むことだ。
本格的な初参りの際は、神殿に上がって、神職者の指示通りに従って儀式を行っていけばいい。本格的な初参りの際は、料金をしっかりと確かめておくことだ。場所によっては、料金を提示せず、参拝者のお気持ちでというのがあるのだが、これが一番困る料金設定であって、そういう時は友達などに事前に相場を聞いておき、その金額を渡すことだ。余りにも安い値段を渡してしまうと、後から「なんだあの連中は!」と後ろ指を指されてしまうので、非常に恐ろしいのだ。だったら、料金をきちんと表示しておいてと言いたくなるのだ。
神殿に上がらず、略式で参拝を済ます場合は、神前で2礼2拍手1礼をすることだ。ここで大事なのは、2度目の拍手が終わった後に、両手を両膝に置き、腰が直角になるまで頭を下げて、礼をすることだ。参拝風景を見ていると、まず殆どの人々がこれをやっていないので、注意が必要だ。これでは参拝したことにならなくなってしまうのだ。だからこそ、神様のご加護を得られないのだ。宗教を軽視する現代の風潮のツケがこういう所に出て来るのである。母親は赤ちゃんを抱いているので、母親が2礼2拍手1礼をする時は、赤ちゃんを夫に持って貰い、妻は2礼2拍手1礼を行えばいい。、
●産土神に赤ちゃんを守って貰う
初参りをするというのは、その土地の産土神に赤ちゃんを守って貰うということである。日本人はどの土地を開拓するにしろ、まずは産土神を定めて、その神様を祀り、それを中心にして集落が発達してきたという歴史を持つ。そのため、この産土神を無視してしまうと、神様からのご加護を得ることができなくなり、とんでもない災難に遭ってしまうのだ。
初参りで問題になるのは、自分が神道とは異なる宗教を信仰している場合であり、そうなってしまうと、宗教上の理由で初参りには行かなくなる。特にキリスト教徒は初参りを絶対にしないので、これがために赤ちゃんを難病奇病にさせてしまう確率を高めてしまうのだ。自分たちの神を裏切った代償は非常に高くつくのである。
日本で仏教が広まったのは、あくまでも仏教の僧侶たちが神仏習合を行って、神道を蔑ろにしなかったからであり、だからこそ、仏教を広めることができたのだ。だが、キリスト教徒はキリスト教を絶対視してくるために、神道を蔑ろにするために、日本全国どこでもトラブルを起こしてくるのだ。
初参りは産土神に赤ちゃんを守って貰うというだけでなく、村落共同体への参加という意味合いも含まれているので、初参りをしないということは、「自分たちが住んでいる地域の仲間には入りません」と言っているようなものなのだ。こうなると、キリスト教徒同士で閉鎖的空間を築いてしまい、益々孤立してしまうことになるのだ。
宗教というのは、経典の中にいくら凄いことが書かれていても、経典だけが大事なのではないのだ。宗教史も大事なのである。我々の御先祖たちが積み重ねた宗教行為が、現代の我々に宗教的遺産となって、我々に宗教的な利益をもたらしてくれるのだ。その宗教的遺産を自分の信仰を理由に破壊してしまわないことだ。そうなれば、自分がゼロから遣り始めなければならなくなり、当然に自分の赤ちゃんも宗教的利益を得られなくなってしまうのだ。
●絵馬に感謝の意を述べておく
初参りは安産祈願へのお礼参りも兼ねているので、安産をすることができたことに対して感謝の意を述べておくことだ。安産の感謝は絵馬を購入して、自分の思いを絵馬に書き綴っていけばいい。できれば、夫も絵馬を購入して、妻が安産で赤ちゃんを産んでくれたことい対して、感謝の意を現わしておくことだ。
妊娠中に安産祈願をしたのに、きちんとお礼参りをしないと、その後の育児で神様の報復に遭うことになる。自分の赤ちゃんが聞いたこともないような病気を発症してきた場合、お礼参りをしなかったことにあると思った方がいい。そういう時はすぐさまお礼参りに行って、お礼参りをしなかったことを神様に詫びることだ。そうすればその難病奇病も治ってしまうのだ。
安産祈願をした時は、白い腹帯を巻いたものだが、お礼参りをする時は赤ちゃんに白い産着を着せてお参りをさせるのだ。こうすることで、母親の安産と、赤ちゃんの健康なる成長が繋がるのだ。現代ではカラフルな産着もあるので、こういう時に派手な産着では行かないことだ。
絵馬は誰にも見られないようにするものではなくて、他人にも見られるものだ。現在、妊娠中の既婚女性たちがやってきて、その安産の成功を見て、勇気を貰うということもあるのだ。それゆえ、自分の安産は決して自分だけに留まるものではなく、安産は広がっていくのだということを決して忘れないことだ。
妊娠中に安産で産むために、自分が様々な努力をしたけれど、絶対に「自分が頑張ったからこそ安産で産むことができた」などと言わないことだ。そういう態度でいれば、周囲の支援を今後受けれらなくなってしまうからだ、たとえ安産で産めたとしても、「みんなの助けがあればこそ、安産で産めた」と言って、謙虚にしていることだ。そうすれば今後とも周囲の人々の支援を受けることができるであろう。
●夫の両親へのご報告
初参りは決して神様への報告だけではないのだ。集落への仲間入りを表明するだけのものでもないのだ。実際は、夫の両親に対して、赤ちゃんを産めたことを報告する儀式であるのだ。初参りの主人公は、その夫婦と赤ちゃんではあるけれど、影の主人公は夫の両親なのである。
自分たち夫婦が結婚したからこそ赤ちゃんができたのではなく、夫に両親がいたからこそ、夫は生まれ育ち、自分と結婚することができ、そして自分が妊娠し出産することができたのである。だからこそ、自分が安産で赤ちゃんを産めたのなら、夫への両親に対して感謝の意を現わしておかねばならないのである。
両親を自宅に招いて、手料理を振る舞うとか、レストランに行って、御馳走したりすることだ。その際、感謝の意を文章にしたため、それを夫の両親の前で読み上げると、夫の両親は涙を流して感動してくれるし、今後の嫁姑の関係が非常に良好になるのだ。夫の両親も初参りで適度に疲れ、更に料理を食べて胃に血液が集中しているのだから、些細なことでも感動してくれるものなのだ。普通の状態で感謝の意を現わしてもなんの感動もないものだが、こういう場所で感謝の意を述べると、感動の極みになるのだ。
自由を余りにも重要視しすぎてしまうと、儀式を軽んじ、そのうちなんの儀式もしなくなってしまうものだ。儀式とは「美しき偽善」なのである。昔の人々は本当に安産で産まれたことを感謝して、「有難や。有難や」と言いながら、初参りに及んだ筈だ。しかし、それが儀式化されてしまえば、そんなに安産に感動しなくても、儀式だからということで初参りをしているにすぎないのだ。だが、実際に初参りに行ってみると、やはり感動するものだし、その儀式を巧く使いこなせば、より感動させることができるのだ。自由ばかりを唱えていては、いずれ何に対しても感動することができなくなってしまうものなのだ。自由の名のもとに、人間を感動させる儀式をすべて破壊してしまうからだ。
我々は昔から伝えられてきた儀式を守り続けるべきなのである。どんなに古臭いといわれようが、その儀式を守り続けていけば、既婚女性たちは安産に成り易いし、健康な赤ちゃんを産むことができるようになるし、安産で産めたことへの感謝を他人に伝えられ易くなるからだ。優れた儀式はこの世がどんなに変動したとしても、後世に伝えていかねばならないのである。
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