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妊婦フレンドがいればママ友作りは怖くない

●妊娠中に妊婦フレンドを作るべし

 結婚すれば自分の付き合う友達は変わっていく。出産すれば自分の付き合う友達は変わっていく。実は結婚によって大きく変わるのが「友人関係」なのだ。結婚に至るまでは二人の世界で突き進んでもいいけど、結婚すれば結婚後の友人関係をきちんと築く必要性がある。独身時代の「のほほんとした性格」でいると、結婚生活は悲惨なものになるし、離婚へと引き摺りこまれてしまうのだ。自分の付き合う友達で、自分の結婚生活が左右されることもあるということは覚えておこう。

 多くの既婚女性たちは、結婚がドタバタとしているし、その後の妊娠や出産や育児も時間に追われるような忙しい形で行ってしまうために、気づいてみると、友達がいなかったということになってしまうのだ。そのため、育児がひと段落してから友達作りを開始するのだが、これが悲しいまでに巧くいかないのだ。新米ママ同士であっても、いきなり仲良くなれるわけがないのだ。

 友達作りは育児がひと段落してから行うのではなく、妊娠中から作っておくことだ。妊娠中に助産院などに行けば、他にも妊婦がいるのだから、そこで挨拶を交わして、会話をするようにすればいいのだ。そうすれば、自然と仲良くなって、妊婦フレンドとして成長してくるのだ。

 但し、この妊娠の段階では、話の共通項は「妊娠」のみである。妊娠のことしか話題にならないので、まずはそこでの話を卒なくこなしていくことだ。多少は妊娠のことを勉強をしておかないと、頭の悪い女性と思われて仲良くしてくれなくなってしまうのだ。母親学級などには必ず行くようにし、妊婦フレンドとの仲を良くしていくことだ。母親学級は母親になることを教えられるよりも、実は友達作りの方が大事な役割を果たしてくれているのだ。

 仲のいい友達ができたら、お茶をするなり、電話番号を聞き出すなりして、仲を深めていくことだ。間違っても助産院で挨拶する程度とか、仲がいいのに電話番号も知らないということにはしないことだ。これは致命的なミスといっていいのだ。妊婦フレンドがいれば、妊婦生活で様々な情報交換に役立つし、妊婦生活で多少問題があっても解決に役立ってくれるからだ。

 妊娠中に妊婦フレンドを作っておけば、出産後にもその妊婦フレンドとの仲を繋げておくことである。妊婦フレンドがいれば、ママ友を作り易くなるからだ。妊娠生活を孤独に過ごしてしまえば、出産後にいきなりママ友を作ろうとしても、人間関係をどのようにやっていたかすら忘れてしまうものなのだ。自分がどのような状況になろうとも、人間関係は維持しておくべきなのである。

●ママ友の作り方

 育児が始まると、最初の頃は育児に追われっぱなしの生活になってしまうものだ。こういう体験は新米ママにとって絶対に必要な時期なのである。問題はこの時期に余りにも適応し過ぎてしまい、気づいたら自分の周りに友達が一人もいなかったということがありえるのだ。いや、殆どの新米ママたちが経験することなのである。

 そこで慌てて友達作りを開始しようとし出すのだが、これが悉く失敗してしまう。なぜなら、友達作りは人為的に行うのではなく、自然発生的に作られてくるものだからだ。学校でも大学でも職場でも、人為的に友達を作ったような女性はいない筈だ。気づいてみれば友達ができていたというのが本当の所であろう。

 いくらママ友がいないからといって、無闇に育児をしている母親たちに声をかけるというのは非常に問題のある行為である。こういうことをやっても友達ができるわけがないのだ。赤ちゃんがいる以上、育児をメインに据えるべきであって、友達作りに精を出し過ぎるべきではないのだ。

 ママ友の作りの方があるというのなら、意図的にママ友を作ろうとしないことだ。友達は自然発生的にできると解っていれば、ママ友ができなくても、それはそれでいいと割り切ってしまうことだ。ママ友がいなくても、赤ちゃんがいるのだから、育児をして楽しんでいればいいのだ。

 かといって、何かの切っ掛けにママ友ができたのなら、絶対にその機会を見逃さないことだ。その機会を切り捨てているようであるなら、いくらママ友ができる機会が来ても、すべて切り捨ててしまうことを遣り出してしまうからだ。ママ友ができる時は一斉にできはじめるので、その流れに巧く乗ってしまうことだ。

●ママ友ができないから、孤独を楽しむこと

 生まれ育った場所で結婚したのなら、ママ友作りにはそう悩むことはないであろう。自分の周りには昔から友達がいるので、その友達の中にも結婚し出産し始める友達が出て来るので、昔どおりに仲良くしていけばいいのだ。問題となるのは、故郷を出て、異郷で結婚した場合なのである。この場合、結婚当初には友達が全くいないものなのである。

 結婚してから新築の家を建てた場合、周囲には友達は一人もいないのだ。夫の仕事が転勤を多くする仕事だと、転勤のたびに新たに友達作りをしていかなければならないという環境に置かれてしまうのだ。結婚は環境を大いに変えるのだから、友達がいなくなる状況が出て来るのは当たり前なのだ。そういう時は、まずは孤独に耐えることなのである。

 既婚女性に最低限の忍耐力がないと、結婚して幸せな家庭を築いたというのに、エホバの証人のような危険な新興宗教に洗脳されてしまったり、フェミニズム運動に参加して日本の社会を解体させようとし出してしまうのだ。淫祀邪教に走る既婚女性も、フェミニズムに走る既婚女性も、孤独に耐えるだけの忍耐力がなく、まともな友達がいないということでは共通しているのだ。だからこそ、誰かに洗脳されてしまうのである。

 ママ友がいなくても、それはそれでいいのだ。ママ友ができないなら、孤独を楽しむことだ。友達がいないから、自由時間はたっぷりとあるのだ。晴れた日は、親子で遊びに出かければいいのだ。余所の母親たちがグループを作っていても気にしないことだ。新米ママと赤ちゃんとで遊べば、自然と楽しくなっていくものなのだ。

 いくらママ友がいないからといって、自宅の中にいては息が詰まってしまうものだ。赤ちゃんを連れて遊びに行ける公園をいくつか確保しておくことだ。毎日同じ公園に行っていると飽きてしまうので、最低でも3つ以上の公園は確保しておくことだ。そうすれば気分が落ち込まず、ママ友がいなくても気にならないものになるのだ。

●なぜ公園デビューが恐ろしいものとなるのか?

 「公園デビュー」という言葉は、育児雑誌が作ったものだが、これほど育児の現実から離れた言葉もないのだ。新米ママが赤ちゃんを公園に連れて来て、他の母親たちの仲間入りができるということは、その新米ママも異常だし、仲間入りさせた母親たちの方も異常だろう。

 人間には仲間意識というものがあるので、仲間でない者に対しては激しく排除してしまうのだ。そうでなければ、仲間を形成することができないのだ。余所者をすぐさま入れてしまうような集団であれば、それは正常な仲間意識が形成されていないということなのである。正常な仲間意識があれば、赤ちゃんを連れた新米ママといえども、排除するのは当然のことなのだ。

 公園デビューという言葉を信じて、新米ママが母親たちの集団に声をかけて、仲間入りを試みた女性は多くいる筈だ。しかし、現実は無視されるのがオチなのだ。その集団は血も涙もない非情な人々ではないのだ。あなたも立場を入れ替えて、母親たちの集団の側に立ってみればいいのだ。或る日突然に見知らぬ女性が赤ちゃんを連れて話しかけてくるのだ。これほど恐ろしいものはないのだ。そういう見知らぬ女性をすぐさま自分たちの集団に入れるわけがないのだ。自分の赤ちゃんを守るためにも、見知らぬ女性を排除するというのは、当然の措置であるのだ。

 育児をしている母親たちが公園でたむろしている場合、最少単位が2人か3人である。大きくなっても、絶対に10人以上にはならない。母親の集団は一見、空席があるのではないかと思ってしまうのだが、実は余程のことがない限り空席はないのだ。大概が満席なのだ。仲のいい母親同士でつるんでいるために、集団内での人間関係がほぼ確定しているのだ。そのため、もしも余所者を入れた場合、その集団が分裂してしまう危険性も出て来てしまうのだ。だからこそ、暗黙の了解事項として、他の新米ママが来ても、新しく受け入れたりはしないものなのだ。

 既存の集団に入ろうとするのではなく、気の合うママ友を作り、そのママ友を軸に集団を形成していけばいいのだ。そしてその集団も或る程度の大きさに成れば、それ以上、大きくしないものなのだ。ママ友の集団というのは、限界があるものなのだ。小さな集団からこそ、仲間意識も強いし、余り変化のない育児の日々を楽しく過ごせるのである。

●ママ友を整理する日がやってくる

 ママ友が出来始めたら、どんどん増やしていけばいい。育児に関することで話し合うべきことはたくさんあるからだ。新米ママ同士なら育児の不安を解消することができるし、先輩ママなら育児の仕方を教えて貰うことができるものなのだ。どの母親たちも同じような育児をやっているわけではなく、どの母親たちも微妙に違う育児をしているものなのである。そういう違いを知っておくということは、自分の頭を柔軟にするためにも、絶対に欠かせないのだ。

 しかし、ママ友を増やしていくと、ママ友を整理する日がやってくるのだ。人間の友達作りには必ずこの過程を経ないと、よりレベルの高い友達作りができなくなってしまうのだ。ママ友を増やしていくと、中には「どうしても相性の悪い人」というのが出て来るのだ。その女性といると、なんか調子が狂い、不幸な出来事ばかりが続いてしまうのだ。相性の悪い女性は、問答無用で避けていくしかないのだ。

 それから「まともな育児の仕方を学ぼうとしない人」というのも整理せざるをえなくなってしまう。既婚女性は母親になれば、育児の仕方を必死になって学び始めるものだ。赤ちゃんの抱き方ひとつを取ってみても、母親にならなければ解らないことばかりなのだ。それなのに育児の仕方を学ぼうとせず、適当にやっている新米ママなら、その女性を排除せざるを得ないのだ。

 更に、自分と経済的格差が激し過ぎる人とも仲が続かなくなってしまう。母親同士というのは、大体似たような所得同士の者たちで仲良くなっていくものだ。「ちょっとお茶しよう」といって普通の喫茶店に行くのではなく、目ん玉が飛び出てしまうような金額の高級レストランに行くようであるなら、通常の母親たちはその人を避けてしまうことだろう。

 デフレ経済になれば、所得が低くてもそれほど生活が苦しくなるものではない。物価が下がっていっているために、少ない所得でも充分に生活できるからだ。しかし、自分たち夫婦が所得が少ないのに、億万長者の既婚女性とは付き合うことができないのだ。会話の至る所で金銭感覚の違いが出て来るので、話が盛り上がっていかないのだ。貧富の格差を解消しようと試みるのではなく、自分の生活レベルに合った既婚女性たちと仲良くなることだ。

●近所づきあいこそ、育児をしていく上で大事

 ママ友がいると、近所付き合いがスムーズに行くものだ。近所付き合いは決して軽視してはならない。近所付き合いは育児をしていく上で非常に大事なのだ。育児をしていて困った場合、役に立つのはご近所の人であるからだ。「遠くのママ友より、近くのママ友」といことは絶対に忘れない方がいい。

 近所付き合いは、都会と地方とでは異なるし、一戸建てとマンションとでは異なるものだ。地方であり、一戸建てであれば、近所付き合いは濃厚なものとなろう。都会であり、マンション暮らしであれば、近所付き合いは希薄なものとなってしまうものだ。育児で悲鳴を上げて来るのは、大抵が都会でマンションに住む母親たちだ。近所付き合いをきちんとしていないから、育児という現場で困り果ててしまうのである。

 自分が子供の頃は一戸建てに住み、結婚してからマンションに住む人は、その習慣の違いに注意した方がいい。一戸建てなら隣人と常に挨拶し、食事の余り物を分け与えたりするのは当然なのに、マンション暮らしならそういことをしないからだ。人間関係がドライといえばドライだし、そういことをしない分、自分の時間を大量に持つことができるのだ。その反面、隣人が殺人鬼だということもあるのだ。都会で殺人事件が多いのは、人間関係が希薄だからである。

 自分が子供の頃はマンションに住み、結婚してから一戸建てに住む人は、その都会的な習慣を絶対に改めた方がいい。一戸建てに住む人と、マンションに住む人とでは、物の考え方も、生活レベルも全然違うからだ。一戸建てに住むような人は、近所付き合いを大切にするので、必ず近所付き合いに応じておくことだ。これが育児の際には非常に役に立つのだ。一戸建てに住んでいるのに、近所付き合いをしないということは、いずれその家から立ち退くことにならざるをえなくなるのだ。一戸建てに住むということは、近所付き合いをきちんとするということでもあるのだ。

 同じ住宅街に住んでいれば、それほど経済的格差は生じないものだ。だからこそ、近所付き合いで付き合い人々は仲良くし易いのだ。ゴミ捨ての日や、近所で催し物がある時は、可能な限り出るようにしよう。そこでご近所の人と会って、ペチャクチャと喋っていれば、自然と仲良くなるというものなのだ。

●人間は住む場所で人間関係が決まってしまう

 日本はすべての地域が平等に作られているのではない。日本の各地は不平等であって、様々に違う様相を見せ、貧富の格差も激しいものなのだ。昭和憲法体制下では国会を国の最高機関と規定するがゆえに、国会のある場所が最も税金を集めてしまい、豊かになってしまうのだ。それゆえ東京都こそが日本の中で最も豊かな都道府県なのだ。東京が昔から日本で最も豊かであったとは思ってはならない。戦前は大阪府が最も豊かな都道府県であり、東京の経済力は大阪の経済力の3分の1しかなかったのだ。

 その反面、北海道や沖縄県といった辺境地帯では、経済力が乏しく、未だに国の開拓の対象であって、多額の税金が投入されるのだが、そのために北海道庁も沖縄県庁も腐敗してしまい、汚職は当たり前にようになり、統治能力が非常に弱くなってしまっているのだ。北海道や沖縄の自然の美しさに惑わされて、その土地の政治家や官僚たちが腐りきっていることを無視してはならないのだ。

 それから太平洋ベルト地帯では台風が毎年やってくるものだ。それゆえ、この地域に住むなら川沿いに住むべきではないのだ。河川が氾濫した場合、「床下浸水」「床上浸水」が起こるし、下手をすれば住んでいる家が流されてしまうからだ。洪水が起こってからでは遅すぎるのだ。住宅を選ぶ際には、洪水のことを充分に考えてから選ぶことだ。

 それから日本は地震多発地帯なので、地盤の緩い所に住む際は充分に気をつけることだ。現代の地図と昔の地図を見比べて、自分が住んでいる土地が埋立地でないか調査することだ。埋め立て地であるなら、地盤が緩いので、地震が起こった場合に、最大級の被害が出て来るものなのだ。可能な限り、地盤が固い場所に住むべきだし、耐震設計をきちんと施した住居に住むことだ。

 日本全国はどこでも不平等に出来ているのだから、「裕福な地域」と「貧しい地域」があるのは当たり前のことなのだ。経済力が許す限り、裕福な地域に住むことだ。裕福な地域であるなら、民度も高いので、育児が非常にし易いのだ。家族が引っ越す時は、適当に決めるべきではないのだ。人間は住む場所で人間関係が決まってしまうものなのだ。

●新興宗教での母親同士の結びつき

 明治維新以降、日本は近代化に突入し、国民たちの多くが移動を繰り返していった。江戸時代のように一箇所に定住することで終わってしまう人生ではなくなったのだ。しかし、この国民の移動が起これば、当然に人間関係が希薄になってしまい、人心が殺伐としてしまい、人間として最低限の倫理すら崩壊してしまうものだ。

 その危険性を食い止めたのが、実は新興宗教なのだ。明治維新以降、新興宗教は雨後の筍の如くに大量発生して、世の中の急激な変動から溢れた者たちを吸収していったのだ。日本の知識人たちの多くは社会主義に洗脳されているので、宗教を否定的に扱い、「日本人は無宗教」と言う現実離れをした言動を吐くものだが、彼等の目にはこれほど数多くある新興宗教団体が目に入らないのだ。

 既成宗教と新興宗教には決定的な違いがある。それは既成宗教では最早「消えた信仰」になっていまっているが、新興宗教には「燃えるような信仰」があるということだ。勿論、その異常な信仰はその宗教と関係のない人々から見れば奇異に映るかも知れないが、燃えるような信仰があるために、信者同士が強烈な結束を作り出して行くのだ。

 新興宗教団体がなぜ成長するかといえば、それは母親同士の結びつきがえ得られるからなのである。既成宗教ではこの母親同士の結びつきが得られないのだ。あくまでも聖職者と信者の関係になってしまうのだ。見知らぬ人であっても、「私はどこそこの信者ですよ」といって、すぐさま仲良くできるのは、横の繋がりを大事にする新興宗教団体ならでは現象なのだ。

 新興宗教団体のすべてがいいというわけではない。中にはカルト教団があって、信者に対して洗脳を施す教団もあることだろう。そういう教団に入ってしまえば、御利益をがあるどころか、お金のすべてを奪われてしまい、家庭までは崩壊してしまうことになるであろう。カルト教団とそうでない教団を見分ける重要なポイントが、横の結びつきを認めないか、認めるかの違いにあると見ていい。

 新興宗教は常に否定的に見られてしまうが、それではなぜ新興宗教が勢力を強めることができるかとえば、それは国民の要求に応えているからなのだ。これに対して既成宗教は既得権益に胡坐をかいているだけなのだ。既成宗教の中でも、最早死んでしまった宗教を見極めたければ、参拝するのに参拝料を取る教団があれば、その宗教は最早死んでしまった宗教であるのだ。生きている宗教なら、参拝料など決して取らないものなのだ。

 日本では新興宗教団体の競争が激しいために、キリスト教の教団は勢力を伸ばせずにいる。日本のプロテスタントでは日曜学校は最早事実上崩壊してしまっているほど、信者が激減しているのだ。母親同士の結びつきを得られるということでは、キリスト教の教団は失格なのだ。どのキリスト教の教団も女性が重要な役職に抜擢されていることがないことでも、その失態は明らかになるのだ。

 新興宗教団体が勢力を伸ばしていくためには、母親同士の結びつきを得させるだけでなく、教団が母親たちの支援をできるか否かが、教団の成功の分かれ道となるのだ。育児に支援金を与えたり、保育園を整備したり、家政婦を派遣できるようにしていかなければならないのだ。これには莫大な資金がかかるために、勇気を以てこの分野に大量の資金を投入できれば、その教団は勢力を拡大していくことになるであろう。

●人間関係限界理論と人間関係変動理論

 人間は無制限に友達を作っていくことはできない。人間には人間関係を展開することに限界があるのだ。人間関係限界理論によれば、人間は親友を作るのには限界があり、一生の中でせいぜい「3人」というのが平均的な値なのだ。普通の人であるなら、高校生の時に1人、大学生の時に1人、社会人になってから1人なのだ。

 出産して幸せな人生を送るためには、育児をしながら、もう1人親友を作っていくことなのだ。勿論、出産する以前からいる親友がそのまま親友になってくれれば有難い。しかし、現実は出産してから新たな親友を作るということをしていかなければならないのだ。育児で幸せを実感できる既婚女性は、育児をしている最中に親友を作ることができ、それによって育児の苦しみが激減してしまい、育児が楽しくなっていったのだ。

 これに対して、育児で苦しみしか実感できない既婚女性は育児をしながら親友を作ることができず、そのために育児の苦しみが激増してしまい、育児に悦びを見出せなくなってしまったのだ。だが、これには人間関係限界理論から言えば当然の出来事なのである。もしも女性が大学に進学し、社会人となって働けば、親友を作る機会をすべて使い切ってしまい、最早、親友を作る機会が残っていないのだ。人間は自分の人生の中で親友を作り切ってしまうと、もうそれ以上、親友を作ろうとはしなくなってしまうのだ。

 親友を作ることに越したことはないが、もしも親友を作ることができなかったら、人間関係変動理論を適用して、友達を変えていくことをしていけばいいのだ。人間は友達を変えて行かないと成長できないので、育児で出会える様々な出会いを利用して、友達を多く作ることで、自分を成長させていけばいいのだ。

 ママ友作りの理想形は、出産してから親友を作り、友達を変えることによって成長していくことなのだ。いくら親友と仲がいいからといって、友達を多くしていかないと、人間はなかなか成長できないものだ。かといって、友達を多くしていっても、親友がいなければ寂しいものだ。みんな友達と考えるよりは、人間は限られた人としか友達になることができないと思って、友達を大切に扱っていくことだ。

●赤ちゃんを産むと人間関係が広がり、そして深くなる

 赤ちゃんを産むと、人間関係は広がっていくものだ。そして深くなっていくものだ。赤ちゃんがいるだけで、友達が増えていくのだ。見知らぬ既婚女性となら、共通の趣味がなくても、育児の会話ができてしまい、すぐさま仲良くなることができてしまうものなのだ。赤ちゃんを産み育てた既婚女性の話が奥深いのは、この人間関係の広がりがあるからなのだ。

 これに比べて、独身女性というのはいくら活躍しても、人間の底の浅さをなくすことはできないのだ。女性としなければならない「妊娠」「出産」「育児」をしてないと、どうしても精神レベルが上がらず、人間として奥深さが出て来ないのだ。いくら結婚をせず、仕事をしていても、或る年齢を過ぎてしまうと、同じような友人たちに固定されてしまい、いつも通りの日々を送るようになってしまうのだ。結婚せず、赤ちゃんを産まないと、新たな人間関係は展開していかないのだ。

 男性には妊娠や出産ということができないために、友達作りはビジネス中心のものになってしまう。だからといって、女性が男性の真似をして、ビジネス中心の友達作りをしていけば、寂しい人生になってしまうのは当然のことなのだ。女性だからこそ、妊娠や出産や育児を通じて、友達を作っていくからこそ、幸せな人生になっていくものなのだ。

 友達はいきなりできるものではないのだ。結婚し、引っ越しをして、新天地に住もうものなら、友達など全くいないものだ。しかし、そういう時は焦って友達を作るのではなく、孤独に耐えることだ。未来の友情を温めるためには、孤独の時期が必要なのである。孤独にきちんと耐えることができる人だからこそ、その後、友達が出来始めるのである。

 ママ友作りは適当に進めていくのではなく、できることなら親友を作っていくことだ。親友が居れば、深い人間関係を築いていくことが可能になるのだ。そしてできるだけ友達を増やしていけばいいのだ。去年よりも今年、今年よりも来年に、友達が増えていれば、あなたは成長したことになるのだ。逆に友達が増えていなかったり、減っていたりすれば、あなたは成長していなかったことになるのだ。育児を楽しいものにしたければ、せっせと友達を増やしていくことだ。

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コメント

タマティーさんこんにちわ。
私は、妊娠したことにより、今までとは違った人たちと友達になったり、一足先にママになった友達との縁が復活したりと、友達の類が変わりました。やはり、妊娠すれば一気に子育てモードになり興味の対象が変わるせいもあるのでしょうか。仕事一筋だったのに、こんなにも変われるんだと驚きました。
それから、出産してからは、不思議と、赤ちゃん・子供にすかれるというか、抱っこしても嫌がられなくなりました。一度はママになった事を赤ちゃんたちは察するのでしょうか。赤ちゃんの抱っこの仕方を教わったわけではないですが、知らぬ間にできるようになりました。

でも今は、赤ちゃんをみると羨ましい気持ちと悲しい気持ちが出てきちゃいます。ママ友と、一対一は平気ですか、みんなママ友だと、子育ての話題になかなか快く入っていけなくて正直辛いです。私の精神レベルが低いからでしょうか。私なりに、一対一ですが、ママ友と会い、たくさん赤ちゃんをかわいがって娘の分までと面倒をみさせてもらってきたのですが、数名となると…
タマティーさん、私も早くママ友の仲間入りしたいです!

投稿: らら | 2009年9月 5日 (土) 19時18分

 「らら」さん、ママ友たちの仲間入りしたければ、新たに赤ちゃんを作るしかないですよ。happy01
 赤ちゃん触らしてくれる友達たちは、「らら」さんと友情があるからこそ、触らしているだけで、「らら」さんをママ友と看做しているわけではないんですよ。
 これだけは「らら」さんの精神レベルがどうのこうのではないです。女性として、経験すべきことを経験していないからです。赤ちゃんを産めば、自然とママ友の仲間入りができます。
 ただ、赤ちゃんや子供たちに好かれるのは、「らら」さんが成長している証です。
 赤ちゃんが死んでしまったとはいえ、一度でも出産すれば、母性ホルモンが出ているので、心や体が母親らしくなって、赤ちゃんや子供たちは懐き易いんです。

 他人の赤ちゃんを見て、羨ましくなったり、悲しくなったりするのは、「らら」さんの心がネガティブモードになっているからです。そのままでは、次の妊娠をするというのは難しいでしょう。
 そうならないためにも「早寝早起き」をすることです。
 夜遅くまで起きているからこそ、落ち込んでしまうんです。
 早くに寝てしまえば、気分が落ち込むことがなくなるし、早起きしてしまえば、心がポジティブモードになっていきますよ。

 それと1日1回必ず汗を流すことです。体内に余分な水分があるために、体が冷えているんですよ。
 汗を流せば、細胞が活性化して、気分が高揚していくことになるんです。
 軽ジョギングをするとか、熱いあ風呂に入るとか、サウナに入るとかして、ま毎日汗を流していくことです。
 汗を流していると、常に前向きになって生きて行くことができますよ。

 どうしても赤ちゃんを見て悲しくなるというのなら、宇佐美百合子著『だから、生まれてきた。』(リヨン社)という本を買って読んでみることです。
 今の「らら」さんにとっては物凄く有難い本です。 
 できれば、黙読するのではなく、音読してしまうことです。
 頁数が少ないので、短時間で読めてしまいます。この本を最低でも10回以上は読むことです。
 「らら」さんがこの本を涙を流さずに読めるようになれば、赤ちゃんを見ても悲しくならなくなるでしょう。

happy01 happy01 happy01

投稿: タマティー | 2009年9月 6日 (日) 06時38分

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