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母親の日常語は子供に甚大な影響を与えるもの

●日常語は毎日使うものだから子供に影響が出て来るのは当たり前

 子供は親の言葉遣いの真似をして育って来る。特に母親の言葉遣いの影響は大きく、子供は毎日母親と接する以上、母親が使う言葉によって子供に影響が出て来るのは当たり前なのだ。子供は母親の言葉によって行動を制約されるし、いずれ子供は母親の言葉遣いを真似してくるのだ。

 我々は生活していく上で、無意識の内に使ってしまう「日常語」と、意識的に使う「作業語」がある。日常語は誰であっても生活するために無意識の内に使い、自分の生活を潤滑に進めて行こうとするものだ。これに対して作業語は何か特定の作業をするために、意識してその言葉を選んで使うものであって、自分の作業を迅速に進めて行くものだ。

 作業語は意識して使っているのだから、その言葉を選ぶことができる。しかし、日常語は無意識の内に使っているので、その日常語の使い方に注意しているないと、思うわぬ悪影響が出て来てしまうことになるのだ。日常語は子供が成長し、家を出るまで日々使用され続けるので、大体その日常語の良し悪しでどのような子供ができるか察しがつくものなのである。

 まず、自分の子供をまともに育て上げたいのなら、基本的な日常語は必ず使うようにすることだ。「有難う」「嬉しい」「楽しい」は育児で頻繁に使用される日常語だ。子供が何かいいことを母親にしてくれたのなら、すぐさま「有難う」って言うことだ。子供と一緒に遊ぶい時は、「お母さんは嬉しいよ」「お母さんは楽しいよ」と言うことだ。通常、大人同士では「嬉しい」「楽しい」はそう頻繁に出て来ない。余程楽しいことがなければ、「楽しいよ」とは言わないものだが、育児をしている時は多少楽しければ、「嬉しい」「楽しい」という言葉を使って、子供にお母さんがどのような心理状態にあるのかを教えてあげるようにすることだ。

 それから日常生活を進めて行く上で、朝起きたら「お早う」と言い、夜寝る時はお休み」と言う。こうやって一日の始まりと終わりを明確にするのだ。そうすれば日中が活動的に行動でき、夜間に熟睡することができるようになるのだ。食事をする時は「頂きます」と言い、食べ終わったら「御馳走様でした」と言う。食事は食料を神様が与えてくれたものであり、それをお父さんの労働と、お母さんの調理で食卓に出て来るのだから、それに感謝の意を示すのは当然のことなのである。これができない子供には食事を与えるべきではないのだ。子供が飯を食えるというのは、どれだけ有難いことなのか、恩義背がましく教え込むことだ。

 子供に何かを命じた時は、子供に「ハイッ!」と元気よく返事をさせることだ。子供が「ハ~イ」じゃ間延びしてダラしなくなってしまうし、「ハイハイ」では面倒臭がっているような感じになってしまう。これは母親が子供に言われた時とか、夫に言われた時に、無意識の内に使っている言葉を子供は真似をして来るので、気をつけておくことだ。子供が「ハイッ!」と返事をしてこない時は、自分もそうしているからこそ、子供は同じ行動を取って来るのである。

●言うべきではない日常語

 育児をしていて、使うべきではない日常語がある。禁止すべきほどに強い制限を伴うものではないが、母親が遂々使ってしまい、子供に悪影響が出て来てしまう日常語だ。母親の心がネガティブモードになった時に、自分は意識していないのに、自然と出て来てしまうマイナスの言葉なのだ。

「駄目ね」

「馬鹿じゃないの」

「仕様がないわね」

「イライラする」

「嫌いよ」

「苦しい」

「疲れた」

 これらの言葉を使用されると、子供は母親から自分の人格を全否定されたようになってしまうのだ。「お母さんは自分と一緒にいて、全然楽しくないから、そういう言葉を使って来るんだ。」と子供は思い込んでしまうようになるのだ。大人の人間なら、こういうネガティブな言葉を使われても、巧く対処できるが、子供はまだまだその対処法を身につけていないものなのだ。

 こういうナガティブな言葉を頻繁に使用する母親は、母親という子供より上の立場にいるのではなく、子供と平等な立場にいるのだ。だからこそ、子供を大人同然の扱いをしてしまい、子供のやることなすことすべてにイチャモンをつけてくるのだ。母親が精神的に母親になっていないのだ。

 育児も長らく続いてしまえば、育児というのは母親が主導権を握ることで、母親の思うように動かされていくという事実を忘れてしまいがちだ。子供がどう駄々を捏ねようと、最終的には母親の思うような結果に落ち着いてしまうのだ。夜中に子供が起きて騒いでいても、母親が「寝なさい!」と言ったら、紆余曲折を経て、結局は子供は寝かされてしまうものなのである。

 ところが、子供がいるのに、育児の主導権を放棄して、母親の立場から降りてしまえば、いくらでも子供にネガティブな言葉をぶつけられる筈だ。子供のやっているということは、大人の基準から見れば腹立たしいことばかりだからだ。だからこそ、育児から楽しむが一切消滅してしまい、育児が苦しみだらけになってしまうのだ。育児が苦しみだらけだからこそ、ネガティブな言葉を平然として使ってしまうようになるのだ。

●使うと元気が出る言葉

 育児をしている時は、母親としての立場を絶対に維持することだ。育児の主導権を絶対に放棄してはならないのだ。母親の立場を維持し、育児の主導権を握り続ければ、育児で多少嫌なことがあったとしても、育児で最大の利益を得ることができるようになるのだ。母親は母親である限り、育児が楽しくなって来るものだし、常に利益を得続けることができるのである。

 育児を楽しんでいれば自然と出て来てしまう日常語がある。この日常語を使うと、子供は喜ぶし、元気になるし、成長していくし、それを使った母親も嬉しくなり、元気になり、成長していくことができるようになるのだ。大事なことはその言葉を意図的に使うのではなく、自然に出て来るようにすることなのだ。

「頑張っているね」

「凄いね」

「良くやったね」

 子供は何をするにも一生懸命にやってくるものだ。力の加減というものを知らないから、自分の持てる力をすべて出し切ってしまうのだ。だから、子供が何かをやっているなら、「頑張っているね」と労いの言葉をかけてあげればいいのだ。そうすれば子供は更に力を発揮しようとし出して、自分がやりたいことを実現していくのである。

 それから、子供が何か手柄を立てたら、「凄いね」「良くやったね」と褒めてしまうことだ。子供の立てる手柄というのは、大人の基準では大したことではないのだ。しかし、子供にとってみれば、大きな成長であるのだ。例えば、今まで食器の後片付けができなかったのに、食後、食器を集めて、台所にまで持って来てくれたら、それは子供にとっては凄いことなのだ。だから、些細なことでも、それが手柄なら「凄いね」「良くやったね」と褒めてあげるべきなのだ。

 ポジティブな言葉が凄いのは、子供が自分の行為を母親が肯定してくれたことで、その後の行為も積極的に行おうとし出すのだ。例えば、食器を台所に持って行くことを褒めてあげたら、翌日は母親の洗濯の作業を手伝ったりし始めるのだ。母親がイチイチ命令しなくても、子供は自発的に母親に貢献するようなことをし始めるようになるのだ。

●母親の言葉遣いは子供の行動になって現れて来る

 日常語は無意識の内に使ってしまうので、母親が意識している訳ではないのに、遂々口に出てしまうのだ。その日常語が子供にいい意味でも悪い意味でも影響を与えてしまい、母親の言葉遣いは子供の行動となって現れて来るようになるのだ。だから、自分の子供が余りにも異常な行動を取って来るようであるなら、子供を精神病院送りにしてしまうのではなく、自分の言葉遣いを審査してみることだ。

 育児をしている時に、子供に対して使ってしまう言葉を審査して、母親としての判断力を養うことだ。母親にとってはどうってことない言葉でも、子供にとっては非常にきつい言葉ってものがあるのだ。逆に大人同士では滅多に使わない言葉でも、その言葉を母親が使ってくれたら子供は嬉しい言葉というものも存在するのだ。

 しかし、こういうことはなかなか気づけないものだ。夫が出勤してしまえば、母と子供だけになってしまうので、母親のネガティブモードが暴走した時に、それを止めてくれる人がいないために、最悪な事態に発展するまで暴走してしまうのだ。だからこそ、自宅ばっかりにいないで、家から出てママ友たちと会って話をしたりすることだ。ママ友たちと情報交換をしていれば、修正することができるのである。

 これに方言が加わると余計に慎重にならねばならないのだ。例えば、タマティーの母親は千葉県出身なのだが、千葉でも田舎の方に行くと、相手を指す言葉で「てめぇ」という言葉がある。「手前」が変化した方言で、これは共通語で「あなた」という意味なのであって、別に悪気がある言葉ではないのだが、これを共通語が使われている場所で使ってしまうと、喧嘩を吹っ掛ける言葉になってしまうのだ。だから、タマティーの母親は兄弟や親戚や幼馴染の間では使うけれども、他の場所では絶対に使わないようにしたのだ。勿論、俺にすら使ったことがない。俺は子供の時になんでそういう使い分けをするんだと疑問に思っていたのだが、思春期になる頃にはもうちゃんと母親なりの理由は解るようになったのだ。

 子供が異常な行動を取ったり、夫と夫婦喧嘩してしまうようであるなら、それは子供がどうのこうの、夫がどうのこうのではなく、自分が知らず知らずの内に基本的な日常語を使わなかったり、ネガティブな日常語を使ったりしていて、相手に不満が蓄積してしまい、それが爆発して来たということも有り得るのだ。

 育児を楽しいものしたいのなら、結婚生活を楽しいものにしたいのなら、基本的な日常語を確実に使い、ポジティブな日常語を使っていくことだ。それと共にネガティブな日常語を避けることだ。そうすれば、子供も夫も元気になるのだ。赤の他人の言葉なら大したことはないが、母親の言葉だからこそ大したことがあるのだ。

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