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子供は子供なりに悩むからこそ成長していく

●既知と未知

 子供はいつも好奇心が旺盛で、何をやらしてもニコニコして楽しんでいる。それに対して、母親は子供の行動にいつも不安で、心配しがちで、育児を楽しむ余裕がない。なぜ、こんなことが起こるかといえば、子供は未知なるものが多く、自分が知らないことを知る喜びに溢れているのだが、母親は既知なるものが多く、自分が知っている範囲内で子供の行動を予測してしまうために、子供の無茶な行動が不安で不安で堪らないのだ。

 大人は自転車の乗り方を既に知っているので、自転車に乗っていて転倒することなどない。しかし、子供は三輪車という安定した乗り物ですら、乗っているうちに転倒して、大泣きしてくるのだ。自転車に乗ろうものなら補助輪がついているのに、なぜか転倒してしまい、補助輪なしの自転車に乗れば、フラフラと危険きわまりない乗り方をしてくるのだ。だが、そうやって自転車の乗り方を習得していくのである。

 育児をしていて、親は知っているけど、子供は知らないといのは、いくらでもある。親は知っているからこそ、子供の危険な行動に不安になってしまい、子供は知らないからこそ、何度でも挑戦して、それを知ろうとして行くのだ。子供は自分が行動することによって、初めてこれがいいことなのか、これが悪いことなのか、試行錯誤しながら確かめていくのである。

 それだから、母親も子供も同じ時間が流れているのに、母親はいつも不安で心配だらけで、子供はいつも楽しく笑い声に満ち溢れているのだ。母親は既知なるものにしか手を出していないから、大して成長していないが、子供は未知なるものに手を出しまくっているので、大いに成長してしまうのである。

 育児を楽しいものにしたいのなら、「自分は育児のことはなんでも知っている」と思いあがらないことだ。育児をしていれば自分が知らないこともたくさんあるのだから、その未知なるものを知る喜びを獲得して行くことだ。母親自身が未知なるものに挑戦していると、子供に対して不安で心配だらけになるということがなくなり、育児が楽しいものになってしまうものなのだ。

●子供の試行錯誤

 なまじ知識を大量に持ってしまうと、人間は経験不足に陥ってしまうものだ。自分の知識量に行動量が追いつかなくなってしまい、至る所で問題が発生し始めるのだ。大方の母親たちは、自分の考えを絶対に正しいと思い込んでしまい、子供の行動の方こそ間違っていると思い込んでしまうものだ。

 ところが、子供というのは、何も知らないから、自分の知識量を遥に上回る行動量を持っているのだ。自分が経験することによって、知識を積み重ねて行くから、子供は何度失敗しながらも、結局は正しいことができるようになってしまうのである。物事というのはやってみなければ解らないものだ。実際に実践してみれば、既存の知識など吹き飛んでしまうものなのである。

 子供の脳は、この試行錯誤が行われるたびに、活発に活動して、これは正しいことだというjことに辿りついた時に、最高レベルで活性化することになるのだ。たとえ失敗したとしても、これは悪いことなんんだということが解り、それなりに脳が活性化していくのだ。母親にとってみれば、危なっかしい行動の連続でも、それをするからこそ子供は脳を飛躍的に成長させていくことができるのである。

 だからこそ、子供を外で遊ばせろと言われるのだ。子供を外で遊ばせておけば、自然と試行錯誤をしまくり、何度失敗を繰り返しても、結局は成功に辿りついてしまうのだ。家の中ばかりにいるような子供は、一見、大人しそうだが、未知なるものに挑戦していないから脳が活性化しておらず、凡庸以下の非常に低い知能しか持てなくなってしまうのだ。

 子供というものは、乳幼児の頃は母親がなんでも世話をしなければならなかったが、子供も成長してくれば親から離れて遊び出すものなのだ。その遊びは単なる遊びではなく、子供にとっては今まで親に育てられることで能力が高まり、自分で行動できる範囲内で行動し始めるのだ。そうやって自分で自分の脳を成長させていき、高い能力を作り上げていくのだ。

●知行合一

 大人になれば、自分が知っていることと、自分の行いを一致させることができる。例えば、今日は肉料理を作ろうかなと思ったら、肉料理を作ることができる。間違っても肉料理を作ろうかなと思って、精進料理が出て来ることはない。これは大人であるなら、「知行合一」ができるからこそ、自分の考えと自分の行動に不一致がないのだ。

 しかし、子供はそうではない。自分の考えと自分の行動の一致ができないのだ。自分の知識量も少ないし、行動量も少ないから、知行合一を行えるだけの能力が備わっていないのだ。それを子供は何度も失敗しながら、試行錯誤をしながら、能力を高めて行き、知行合一ができるようになるのだ。

 例えば、子供は「忘れ物」というものを大量に生み出して行く。「これは自分の物なのだから忘れるなよ」と教えたのに、なぜか忘れてしまうのだ。どこかに連れて行くと、必ず何かを落として帰って来る。これは幼稚園児でも変わらないし、小学生になっても忘れ物をしてくるのだ。そうやって子供は何度も失敗することで、これはいけないことなんだと解るようになり、いずれ忘れ物をしなうなるのだ。

 それなのに母親が先回りしてしまい、どこかに出かける時は「忘れ物をしちゃ駄目よ」と執拗にいい、母親が子供に代わって準備をしてしまっては、子供の能力は高まっていかないのだ。まずは子供にやらしてみる。自分の持ち物がなんなのかを確認させるのだ。そうやって出かけて、そこで忘れ物をしてしまっては、その時やっと自分が忘れ物をしたことに気付き、大いに反省するようになるのだ。そういうことを何度も繰り返して、忘れ物をしなくなるようになるのだ。

 母親にとってはそんなの出来て当たり前だ。しかし、子供にとってはそれが出来ないのだ。忘れ物をしないという低レベルな能力も子供にとっては何度も失敗し、試行錯誤を重ねないとできないものなのだ。だから育児をする時は、母親の方がもっとおおらかな気持ちになって、ゆっくりと育てて行く必要性があるのだ。そういう母親のもとでは、子供は自由活発に動き回ることができ、高い能力を身につけて行くことが可能になるのだ。

●試行錯誤をしないと間違った考えを持ってしまう

 子供は子供なりに悩むからこそ成長して行くのだ。自分が行動を起こして、何度も失敗をしまくり、試行錯誤を繰り返していかないと、正常な能力を持てなくなってしまうのだ。野山に入って、一度たりとも昆虫と戯れたことのない子供に、いくら生物学の知識を教えたとしても、その子供はまとまな形で生物学を学ぶことなどできないことだろう。子供にとっては野山に入って行って、何度も失敗しながら昆虫を取り、昆虫を手に取ってみて、自分で飼ってみて、初めてまともな知識を獲得して行くのである。

 もしも、子供に一回も昆虫採集をさせなかったら、子供は長じてから生物学に興味を持つことはないし、自然の大切さも解らないし、「生命の尊厳」などということすら解らなくなってしまうことだろう。いくら大人たちが環境問題を抱えているからといって、子供に環境保護を教え込むのは非常に危険なのだ。子供にとっては自然の中で遊ぶ時期なのに、それをやらせないで、大人の活動に無理矢理参加させているにすぎないのだ。

 子供が自然の中に入って行けば残酷ことしかしでかさないものだ。蝶を捕まえては握り潰してしまい、蛙を捕まえては引きちぎってしまい、カブトムシを飼ってみては餓死させたりと、そうやって生物の持つ命の脆さを知り、だからこそ命は大切なのであって、「生命の尊厳」が解るようになるのだ。それを子供にさせないで、人権教育を振りかざして、子供に「個人の尊厳」を教えたとしても、子供は何も解っていないから、いずれ人権カタログに「人を殺す自由」」を載っけてくるのは必定なことなのだ。人権教育の盛んな地域ほど、凶悪犯罪が発生して来るのは、このためなのだ。

 子供にとって失敗することは悪いことではないのだ。試行錯誤することは悪いことではないのだ。それは子供にとって当たり前のことなのである。そうやって子供は成長して行くのである。その過程を経ないと、子供は脳を発達させることができないし、頭でっかちになってしまい、何も行動できないのに、間違った考えを持ってしまうようになるのだ。

 この世には自分の考えと違う現実だって存在するのだ。自分が行動することによって、その正否を確かめて行くしかないのである。自分がやってみて駄目だったら、それは駄目なことであり、自分がやってみて正しいものなら、それは正しいことなのだ。子供の頃に子供なりの悩みを経験しておかないと、大人になってから自分が言っている事と自分が遣っている事が違ってしまし、そういう幼稚で未熟で無責任な人々はいるものなのである。

 選挙で散々派手な公約をして政権を獲得したのに、実際に政権に就いてみるとその公約がそもそも不可能な物であることが解ったり、高級ブランドを掲げながら、品質偽装を行い粗悪な商品を売りつけたり、世界平和を主張しているのに、最も戦闘的な平和運動を展開したりと、冷静に見れば知行合一が全くできていない人々は多数存在しているものなのだ。子供の頃に失敗や試行錯誤を充分にしていないから、大人になってから、こういう歪んだ人間になってしまうのである。

 我が子を真っ当な大人に育て上げたいのなら、子供に充分過ぎるほど遊ばせる時間を与えてあげることだ。子供はその遊びの中で失敗をし、試行錯誤をしながら、能力を高めていくのである。知識を詰め込んで頭でっかちにするのではなく、行動量を増やして行くことで、間違った考えに騙されない強い子供に育てて行くことである。

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コメント

いつもお世話になっております。
だんだん寒くなって来ましたが、お風邪など引いておりませんか?
私は引いてしまいました…。
実は今実家に帰ってます。寒い地方なので、私が外遊びに連れて行こうとすると、止められることが多いです。なるべく外で過ごさせたいのですが、やはり寒い時は出ないほうが良いのでしょうか?
また寒いからと厚着させられたり、室内でも靴下をと言われますが、厚着や靴下は必要なのでしょうか。いろいろ調べて、薄着と裸足がいいと思っていたのですが…。
最近風邪に関して調べていますが、薄着すると風邪を引きにくくなると言うのは本当でしょうか。
お忙しいところ質問ばかりで申し訳ありません。

投稿: フラワー | 2009年10月27日 (火) 21時45分

 「フラワー」さん、風邪を早めに治して下さいね。
 風邪には黒砂糖入りの生姜湯が一番ですよ。
 育児をしているママさんには風邪などひいている暇はないですよ。

 やっぱ、子供は外に出した方がいいんじゃないかな。
 外気にあたることで、体が鍛えられるし、新鮮な空気も吸えるしね。
 でも、「フラワー」さんの実家がどこにあるかで、その親御さんの意見も正しいと言えるでしょうね。
 昔、夏に北海道を旅行したのですが、網走では夏でもストーブを焚くんですよ。ビックリしたのなんのって。横浜育ちのタマティーにとっては、ストーブは冬に焚くものと思っていたので。
 だから、余りも寒い地域に住んでいるなら、家の中とか、公民館やコミュニティーセンターなどの育児ルームとか、後、屋内で遊べる施設とか、そういう所で遊ばせた方がいいと思います。

 寒い地方なら、靴下は必需品ですよ。
 日本では家屋内は土足厳禁なので、結構、足元から冷えるんです。靴下を穿いておくだけでも、防寒対策になりますよ。
 「フラワー」さんが問題視するくらいだから、厚着は相当に厚着をさせているのでしょうね。
 子供の動きが鈍くなるような厚着はやめた方がいいです。子供はとにかく動くので、動き易い格好をさせることです。

 「フラワー」さんの考える通りに、子供に薄着をさせれば、確かに風邪をひかなくなります。
 タマティーの小学校の友人は、春夏秋冬すべての季節をTシャツと短パンで過ごした奴がいましだ。そいつは風邪を全然ひかなったですね。
 薄着にさせるにしても、子供を遊ばせて、体を温めてあげれば、問題はないと思います。

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投稿: タマティー | 2009年10月28日 (水) 06時36分

早速のお返事ありがとうございます。
私の実家は青森ですので、北海道ほどは寒くないものの、やはり関東に住む私にとっては寒いと感じます。
靴下はいいのですね。薄着や裸足がいいと思い込んでいたので、気温が低い場所にいながらも、まるで薄着と裸足にとりつかれたようになっていました。気温の低い時間帯にも娘を外に出しているのを見かねて、両親も娘に厚着させたのかもしれません。
もう少し頭を柔らかくしないといけませんね。タマティーさんのお陰で目が覚めました。今後はもっと余裕を持ちたいと思います。
しょうが湯飲みました。今回もいろいろとありがとうございました。

投稿: フラワー | 2009年10月28日 (水) 21時19分

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