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「小遣いの禁止」と「家事の手伝いを有料制」

●子供を貧乏人にしたくないのなら、決して小遣いを与えるな

 母親が家事や育児のすべてを行っている時は、確かに大変な作業にはなるが、自分一人でできないことはない。家事や育児が楽に成り始めるのは、自分が産んだ子供たちに家事や育児の分担を頼み、任せ始めてからなのである。自分がやってしまった方が効率がいいからといって、いつまでも自分一人でやってしまわないことだ。そんなことをすれば子供たちの絶好の労働の訓練を奪ってしまうことになってしまうからだ。

 子供に家事や育児を手伝わせたのなら、当然にその対価を支払うことになる。家事や育児の分担を有料制にすることで、無償でお小遣いを貰うのを禁止するのだ。子供がまだ幼い時は、必要な物があれば母親が自分のお財布からお金を出して来た訳であるが、家事の手伝いができるようになってからは、そういうことは禁止し、自分で稼いで、そのお金を使わせるようにすることだ。

 子供を将来、貧乏人にしたくないのであるなら、決して小遣いを与えないことだ。自分が何もせずにお金が貰えると子供の頃から教えられれば、子供の精神の成長に悪影響を与えるのは必至だからだ。お金というものは自分の労働の対価なのであるということを、子供の内からみっちりと教えておくことだ。自分が働かなければ、お金を得ることはできないものなんだということを体で解らせることだ。

 家事を有料制にした所で、子供に対しては常識的な値段を設定してあげればいい。男の子だったら、風呂掃除のように力の要る仕事を手伝わせ、女の子だったら、調理のように腕力を必要としない仕事を手伝わせればいいのだ。家事の手伝いを遣らせる時は、ただ単に手伝わすのではなく、どうすればいい仕事ができるかを教え続けて行くことだ。例えば、風呂掃除ならいくら風呂釜そのものを掃除しても、排水口を掃除しなければ意味がないとか、調理なら食材に拘り、適正な手順を踏まないと、美味しい料理ができないということを、手取り足とり教えて行くのだ。

 仕事というものは漠然と仕事をすればいいということではないのである。いい仕事をしてこそ、仕事たりえるのだ。決して等価交換にはならないのだ。自分が支払ったお金以上の働きを相手がしてくれるからこそ、相手は喜び、次も仕事を依頼してくるのである。家事を有料制にしても、家事を分担させるのではなく、お金以上の働きをすることを教えて行くべきなのである。

●労働の喜びを味あわせる

 子供というのは素直だから、母親がきちんと家事の仕方を教えていけば、きちんとやってくるものなのである。子供が手抜きをするのは、きちんと教えないからなのである。例えば、風呂掃除なら、適当に掃除をすればいいのではなく、丹念に掃除をして、床がピカピカになるまで掃除をすべきであって、それからお湯を入れていくべきなのであると教えるのだ。「そうすれば、入浴する際は誰もが楽しく入れるでしょ」と、自分の仕事ができた後の姿を想像させるのだ。

 要は嫌々ながら家事の手伝いをさせるのではなく、家事の手伝いを通じて「労働の喜び」を教えていくべきなのである。そういう働きをしたのなら、きちんと褒めてあげることだ。絶対に「そんなもん出来て当たり前でしょ!」なんて言わないことだ。子供にとっては家事の手伝いこそ、最初の労働体験なのである。

 子供に労働の喜びが解ったのなら、些細なことでも手伝いを頼めることができるのである。調理をしている時に使うべき食材がないと解ったのなら、暇を持て余している子供に買い物を頼めばいいのだ。日頃から労働の喜びを得ている子供ならすぐさま母親の手伝いをするが、労働の喜びが解っていない子供なら、文句を言って家事の手伝いを拒否してしまうことだろう。だからこそ、日頃からただ単に家事の手伝いをさせればいい訳ではないのだ。

 労働は漠然とやれば、いかに安易な作業でも苦痛を感じるものである。しかも、家事を有料制にした所で、市場価格より遥かに薄給なのである。それゆえ、子供に家事の手伝いをさせるなら、早い段階で労働の喜びを味あわせ、それが単純な作業だろうが、僅かな報酬しか得られないものであろうが、母親が頼めば家事の手伝いをしてくれるように仕向けていくべきなのである。

 家事や育児というものは、家族の中からその手伝いをしてくれる者が出て来ると、母親の負担は激減するだけでなく、協業と分業によって、爆発的な生産力を発揮し出すものなのである。家族が家族たりえている期間というのは、子供が家事の手伝いをしている時なのだと思った方がいいのだ。

●子供の只働きは子供を盗人に仕立て上げているようなもの

 子供は親の意見を聞くがゆえに、無償で働かせても、子供は無償労働には黙って耐えるものである。しかし、子供の只働きは子供を盗人に仕立て上げているようになものなのだ。自分がいくら働いても、お金が貰えないと解れば、子供は他人の物やお金を盗んで来るしかなくなってしまうからだ。

 子供の頃から家事の手伝いが有料制で、労働の喜びが解っていれば、自分の欲しい物があっても、それを自分が稼ぎ出すことで手に入れようとし出すものだが、その経験がなければ、無理矢理にでも他人から奪って来るしかなくなってしまうのだ。家事の手伝いを有料制にするということは、その労働の対価を支払うだけではないのである。その子供が大きくなった時に、自分が欲しい物があるなら、自分のお金を使って買うことを教えるためでもあるのだ。

 自由経済というのは有難いことに、お金を出しさえすれば、自分の欲しい物が買える経済システムなのである。自由経済が成立する以前では、消費の前に身分が要求されたり、人徳が要求されたりしたのである。それを近代革命を経ることによって、「身分から計約へ」と移行し、自由な経済活動が可能になったのである。

 だから、子供の内から無償労働をさせてしまえば、自分にはお金がないから、自分が欲しい物があっても、交換する術がなく、相手から無理矢理にでも奪うという形で行わざるをえなくなるのだ。無償労働のの反抗は、将来必ず犯罪で表現して来るのだ。母親が「家族なんだから、家事の手伝いは無償でしょ」と思っていると、表面的には子供は母親の言う事を聞くが、子供が大きくなった時、犯罪をしまくる若者になってしまうものなのである。

 子育てといのは、家族の中で行われることが大半であるけれども、絶対に家族の内部だけでは完結しないのだ。子供は外に出て行くことにとよって、成長して行くものなのである。だからこそ、子供にお金を持たして、そのお金と物を交換することによって、自分の欲しい物を得るという機会を設けてあげなかればならないのだ。子供といえども、お金を持っていなければ、外には出て行けないのだ。

●子供にとって高価な物には例外を設けること

 家事の手伝いを有料制にした際、母親を悩ませるのは、子供がそのお金で碌でもない物しか買って来ないということなのだ。こういう時は、ネチネチと愚痴を入れないで、優しく見守ってあげることだ。母親の方は長年、家計を運営して来たために、シビアな消費感覚が身についているがゆえに、無駄遣いをしないものだが、子供は無駄遣いの真っ最中なのである。

 人間は成長して行く時は、散々無駄遣いをするものなのである。無駄遣いをしているからこそ、その内に価値のある物が解って来て、段々と価値のある物を買い出して行くようになるのである。子供の無駄遣いは健全な消費の仕方を覚えて行くためには、絶対に必要なことなのである。子供の内から無駄遣いを禁止してしまえば、物の価値が解らない子供に成長して行くのは当然のことなのだ。

 母親が子供の無駄遣いを余りに気にすぎているということは、母親の方が無駄遣いをしておらず、成長が止まっている状態なのだ。そういう時は、たまには買い物にでも行って、自分の欲しい物を買ってみて、思いっきり贅沢をしてみることだ。家計を気にし過ぎるあまりに、余りにもケチケチに成り過ぎているのだろう。

 子供はいくらお金を与えても無駄遣いして来るので、当然に金欠になるものである。そこで子供にとって必要だけど高価な物がある時は、例外を設けてあげることだ。例えば「書籍」みたいに、子供が持てば効果が甚大なのに、子供にとっては高価な物なら、親は例外を設けて、自由に買わしてあげればいいのだ。そうすれば、自然と子供は読書好きになり、知能を高く行く機会を得ることができるのである。

 子供がお金を持つようになれば、お金を握っている者が、家族の中で一番強いということが、はっきりと解り出すことだろう。家族の中で一番の稼ぎ手である父親と、家計の管理を任されている母親というのが、家族の中では強い存在だということが解るようになるのだ。子供に得体の知れない反抗をさせないためにも、親はしっかりと「お金の力」を使って、子供を服従させておくべきだろう。

 子供が親の言うことをちゃんと聞く間に、教えるべきものはきちんと教えておくことだ。子供も大きくなってくれば、家事の手伝いで支払わされるお金が非常に安いものであることに気付くことだろう。そうなれば、我が子は家事の手伝いをすることによってお金を稼ぎ出すのではなく、外に出てアルバイトでもしてお金を稼ぎ出すようになるのだ。その時期になってしまえば、母親が我が子に労働の喜びを教えるというのは、もう不可能なのである。子供の家事手伝いは永遠に続くと思う勿れ。限りがあるからこそ、その有限の中で真剣に教えて行くべきなのである。母親が真剣になって教えれば、子供は真剣に受け取って、労働の喜びがきちんと解る子供になるものなのである。

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コメント

私は、家族の一員である以上お手伝いをするのは当然であると思います。強制はしませんが『今はとても忙しいから協力してね』が近いかもしれません。もちろん無償ではありません。ご飯も食べさせ着るものも与え、学用品も用意し不自由なくしてやるのが親です。それ以外で欲しい物があれば必要だと思えば買ってやりその後子供には、主人に対してお礼をゆわせます。私がお金を払っても、お父さんのお金で買ったのだからね。と教えたりスーパーなどでこっちのほうが安いねとかこれは高いから買わないとか日常を通して金銭感覚を身につせさせないと小さいうちから現金と向き合いすぎるとそれは問題です。
あとは靴を揃えるだとか食器を下げるだとか後始末が出来る事が、お手伝いにもなり金銭感覚にも結びつくと思っています。
一番だめなのはお小遣いはやってお手伝いをさせないことですね。

投稿: さえ | 2009年11月12日 (木) 10時30分

 「さえ」さん、偉い! というか凄いというか、良く見ている!happy01

 確かに、靴を揃えるとか、食後の後片づけというのは、それは単なる礼儀作法ではなく、実は金銭感覚を鍛えるんですね。
 自分がどんな収入であっても、締りのいい生活をしていると、着実にお金が溜まって来るものなんですよ。
 こういうことは自宅で教えておかないと、余所の家に行った時になかなかできないんですよ。多分、緊張しているので、どうしてもヘマをやらかしてしまうんですね。
 子供たちがなんといおうとも、「家族だからこそ礼儀正しくしなさい」と徹底的に教え込んでおくと、その後の人生が物凄く楽になります。

 タマティーの姉は、子供の頃から家事の手伝いをしなかったので、そういう子供がどのように育つのか、はっきりと解ります。
 家事は全然駄目だし、仕事はまともにできないし、お金もルーズで、家計は火の車ですよ。
 子供の頃に遊び呆けていたツケは、必ず大人になってから、きちんと出て来ますよ。
 余りにも厳しくしすぎることは、それはそれで問題だけど、子供が家事を習得するために、厳しく接することは子育てをする中で非常に大事なことなんですね。

happy01 happy01 happy01

投稿: タマティー | 2009年11月13日 (金) 06時46分

お手伝いとゆうお手伝いはさせてないのですが、自分の事はしてね〜とゆう程度です。子供なので忘れる事もあるしめんどくさい時もあるみたいですがそれはよしとします。
金銭感覚と精神年齢は比例する所があると思うので、色んな角度から学ばせないといけないですね。

投稿: さえ | 2009年11月13日 (金) 10時37分

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