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子供が3人できると、夫は育児を手伝いだす

●3人目の子供で夫に変化が

 子供が2人目できれば、夫は変わり出すのだから、3人目の赤ちゃんが生まれた時には、夫に劇的な変化を起こり始める。それは夫が自発的に育児に手伝い出すということなのだ。これは第一子や第二子の時に、妻がいくら頼んでも夫は手伝ってくれない場合だと、妻は感激して涙を流すくらい感激するものなのだ。

 子供が一人や二人程度なら、育児は妻に任しておいても構わないのである。ところが、子供が3人以上になってしまうと、妻一人の力では処理しきれないのである。だから、夫が育児に対して積極的に手伝い出すのだ。逆に言えば、子供が一人や二人なら、育児に対する夫の手伝いは必要ないのだ。夫は妻が頼んだ事に対してだけ、手伝ってくれればいいのである。

 夫が育児の手伝いをし出すというのは、妻に劇的な変化を引き起こしてしまう。それは結婚以来、初めて夫を惚れ直すということが起こり、妻の夫への評価が一気に高まり、夫婦仲が決定的に良くなっていくのだ。この「結婚後の惚れ直し」をしないからこそ、結婚していてゴタゴタが発生するのである。結婚というのは、結婚式を挙げた時をピークにしてはならないのだ。それ以降にやるべきことがたくさんあるのだ。

 男女間に性差があるように、夫婦間にも男女の性差が存在するのだ。その性差は妻の方が先に成長していき、夫は妻よりも後から成長してくるというものなのである。夫の成長は遅いものなのである。だから、妻は自分が先に「妻として」「母親として」成長して行くと同時に、夫の成長をゆっくりと待ってあげる「大らかさ」が必要なのだ。間違っても夫を改造しようとしたりしてはならないのだ。いかに妻に優しい夫といえども、子供が3人以上生まれない限り、それほど高い成長をしてくるものではないのだ。 

 夫を変えるのはなく、まずは自分を変えて行くべきなのである。結婚すれば、妻としてやるべきことはたくさんある筈だ。育児をしていれば、母親としてやるべきことはたくさんある筈だ。そのたくさんあるものをやらずに、夫の言動が気に食わないからといって、夫を弄るべきではないのである。他人の言動をとやかく言えるほど、自分自身が妻として母親として成長しているわけではないのだ。まずは自分が先に成長して行くべきなのである。

●妻は夫に感謝を

 さすがに子供が3人以上できる夫婦は夫婦仲がいいものだから、妻は夫の変化に対して感謝することができるようになるのだ。この感謝というものが非常に大事で、結婚すれば夫婦が互いに感謝をしなくなってしまうものなのだ。給料を稼いで来るのも当たり前にだと思うようになってしまい、夫が家事や育児を手伝うことも当たり前と思うようになってしまうのだ。不況下で職があるだけでも有難いというのに、夫が仕事で疲れて帰ってきてやっているというのに、それらが全く見えなくなってしまうのだ。

 だから、些細な理由を切っ掛けに、夫婦喧嘩が発生して来てしまうのだ。夫婦喧嘩が頻繁に起こるようなら、夫婦仲が悪い以前に、結婚しているのに相手に感謝していないと思った方がいいのだ。夫婦喧嘩に繋がるような些細なことを見つけ出すのではなく、配偶者の顔に笑顔が浮かぶような些細なことを見つけ出すべきなのである。

 それと同時に、「有難う」という言葉を日常的に使うようにしておくことだ。相手が何かしてくれたら、すぐさま「有難う」って言うようにするのだ。これをすると、夫婦間がスムーズに行き始めるのだ。妻が夫に「有難う」って日頃から言っていれば、夫も自然と妻に「有難う」って言い出すようになるのだ。

 子供がいる家庭では、夫婦が夫婦喧嘩をした場合、その夫婦が怒りまくるだけでなく、子供たちは親の喧嘩に釣られて、「釣られ泣き」という現象を起こして来て、とにかくうるさいのだ。家族全員で怒ったり喚いてたりすれば、ご近所にとっては大迷惑なのである。だからこそ、夫婦喧嘩を極力抑え、夫婦で揉め事が起こるようなものに関しては、事前に話し合う習慣を持っておくことだ。

 結婚というのは、夫は家長であるけれども、妻が家庭内の実権をすべて握っているからこそ、巧く行くものなのである。それゆえ、夫にありとあらゆるものを期待してしまうのではなく、内助の功を発揮して、影ながら夫の役に立てることをしていくべきなのである。夫の仕事が忙しくなってくれば、いかに優秀な夫といえども、何か手落ちの部分は出て来るものなのである。そこを妻がナイスフォローしてあげればいいのだ。そうすると、夫の仕事は順調に行き出し、給料も上がり、家計も潤って来るのだ。

●母子二人の濃厚な時間の必要性

 政府は男女平等に取りつかれてしまっているので、すべての夫婦に「夫が育児をしなければ、父親とは認めない」という恐ろしい政策を展開中である。この不況の最中、夫たちは職場で重労働に従事し、給料が上がらないし、中には下がっている人もいるのに、減税など一切せずに、夫婦の在り方にまで口を挟んで来るのである。

 世の夫たちが、育児の手伝いをしないのには、ちゃんとした理由が存在するのだ。それは最初の赤ちゃんが生まれた時は、妻が赤ちゃんと濃厚な時間を過ごしてくれない限り、妻は母親として成長することができないからだ。だから一人目の赤ちゃんの時には夫の手伝いは不要なのである。妻に育児の時間を充分に与えてあげなければならないのだ。

 夫はその間、仕事に精進して、生活費と養育費を稼いで来るべきなのである。夫といえども、血も涙もない冷酷な人間なのではなく、夫の手助けが育児に於いて本当に必要ならば、ちゃんと手を出してくるのだ。それは3人目の赤ちゃんが生まれた時からなのである。3人目の赤ちゃんが生まれれば、もう妻一人の力では限界になってしまうからだ。

 政府は夫婦の育児の仕方に口を出すべきではなく、減税をすればいいのである。大体、育児をしている夫婦というのは若い夫婦なのだから、年齢的に言ってそれほど高額所得になる人々ではないのである。そういう夫婦には「所得税は10%」で充分なのである。それ以外にも配偶者控除や子供の数に応じて所得控除を認めてあげればいいのだ。政府が大きくなればなるほど、その国家公務員たちの給料は国民の負担になるわけだし、国家公務員たちも数が多くなれば悪政と汚職を働いて来るものなのである。

 税金を安くし、国家公務員の数が少なければ、夫婦はちゃんと子供を産み育てて行くことができるようになるのだ。税金をたっぷりと取りながら、子供手当てを与えて重税を誤魔化すというのは、善政とは言えないのだ。社会福祉によって悪政を隠蔽しているにすぎないのだ。重税がある限り、如何なる政権も悪政なのである。重税がある限り、政府がどのようなことをしたとしても、悪政にしかならないのだ。

●家族が団結し始めた証拠 

 3人目の赤ちゃんを産んだ時は、夫が上の子供2人の面倒を見ながら、妻が出産するのである。今度は家族の中で出産するのではなく、家族が団結した中で出産するようになるのだ。3人目の赤ちゃんが生まれ次第、夫も子供たちも赤ちゃんの世話をしてくれるようになるのだ。これこそが家族が団結し始めた証拠なのだ。

 子供が1人や2人ではこういう家族の変化が見られないのだ。夫は大した働きをしないし、子供は子供のままで何もしないのだ。3人目の赤ちゃんが生まれたことで、夫も子供たちも一体自分が何をするべきかが解り始めるのである。それほど家族にとって人間の数というのは大事なのである。家族も家族の構成員の数が少なければ、本格的に機能してこないのである。

 家族の構成員が増えれば、協業と分業が成り立つので、家事も育児も簡単になっていくものなのである。夫も子供たちも少し手伝ってくれれば、その作業が少ないものであっても、みんなが力を出し合うので、結果的に大きな成果を生み出してしまうのである。「家事が大変だ」「育児が大変だ」という前に、まずは地道に出産していって、子供の数を増やしていくことなのである。子供の数が3人を超えた時点で、家事も育児も一気に楽になっていくのだ。

 家族以外でも5人いう数が最も団結し易い数なのである。どんな組織でも5人集まれば、その5人が団結しあい、驚くべき行動力を発揮してくるものだ。3人や4人では数が少なすぎるのだ。5人になった時点で、それ以前の組織とはまるで別物に変化してしまうものなのである。

 子供を1人や2人しか産んでいなければ、それでも母親にはなれるけど、だが、母親としてはまだまだ未熟なのだ。子供を3人以上産むことによる「家族の劇的な変化」を経験していないのだ。母親が母親として成熟していくためには、問答無用で赤ちゃんを3人以上産むべきなのである。赤ちゃんを3人以上産んでしまえば、家族に劇的な変化が起こり、自分が母親として成熟し始めてしまうのである。

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