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結婚のダークサイド ~幸せだからこそ不幸が起こる。不幸だからこそ幸せが遣って来る。~

●幸せの絶頂の中で凄まじい不幸は発生する

 すべての男女は結婚する際、自分たち夫婦が幸せになることを願って結婚するものである。しかし、夫婦の中には幸せになれる夫婦と、不幸になってしまう夫婦が出て来る。その幸不幸の差は、「結婚の仕方」を習得できたか否かにあるのであって、結婚したのに「結婚の仕方」を習得できなければ、当然に不幸になる。

 結婚すれば夫は妻子を養うだけの収入を稼ぎ出さなくてはならないし、妻は家事や育児をきちんと切り盛りしなくてはならない。どんなに激しく愛し合った夫婦でも、夫の収入が少なければ、妻が家事や育児をこなすことが稚拙であれば、途端に問題が続出し始め、夫婦喧嘩や、夫婦暴力や、家庭内別居や不倫や離婚へと陥って行くのだ。

 しかし、「結婚の仕方」を習得し、夫婦が幸せになれば、それで万々歳という訳ではない。その夫婦が結婚の仕方を習得すれば、当然に幸せに成って行く。夫婦双方家族共々幸せな日々を過ごすことができる。だが、「幸せの結婚」を実現してしまうと、結婚の中から不幸がボツボツと起こり始めるのである。これこそ「結婚のダークサイド」である。

 夫の仕事は順調に行っていた筈なのに、或る日突然に企業の不祥事に巻き込まれてしまう。夫は何もしていないのに冤罪に巻き込まれてしまう。妻は昨日までは健康そのものだったのに、病気になってしまい、長期入院を強いられることになる。子供たちが平穏無事に育ったのに、交通事故に遭ってしまう、誘拐されて殺されてしまう。果ては折角一軒家を建てたのに、火災に遭遇してしまう、地震で建物が倒壊してしまう。

 幸せの絶頂の中で凄まじい不幸が発生して来るのだ。この手の不幸は通常の不幸ではない。自分たち夫婦がどう考えても、有り得ない起こり方をして来るのだ。光が強く当たれば、それだけ影も濃くなるように、幸せが多くなればなるほど、不幸も激しいものに成って行くるのだ。幸せに成って行く過程で、自分たち夫婦に何かしらの無理が生じ、それが不幸となって現れて来るのだ。しかもその不幸は自分が最も愛する相手に対して噴出して来るのである。

●意図的に不完全を残す

 では、どうすればこの「結婚のダークサイド」を防げることができるのだろうか? それは意図的に不完全を残すということだ。絶対に結婚を完全なものにしない。或る程度出来上がったら、それ以上手を加えて完成させようとせず、他の作業をやるようにすることだ。自分が何をやっても、改善の余地がある程度が丁度いいと思うことだ。

 例えば、夫婦間では自分の意見が全て通らないようにする。夫の意見が一方的に通ってしまったり、妻がいつもベラベラと喋っている夫婦では、或る日突然に不幸が大爆発を起こして来るのだ。自分がどんなに正しい意見を言っていても、最大でも80%の完成度で満足し、残りの20%に関しては目を瞑ることだ。

 料理を作る際でも、どんなに優れた主婦でも完璧な料理などできないものなのである。実際に自分が作ってみれば、どこかに問題が発生して来るものだ。それはそれで良しとすることだ。次回から、その反省を活かし、改善策を施せばいいのである。幾ら料理の腕が上手だからといって、いつも完璧なる豪勢な料理を出していては、その料理を食べた家族の誰かが不幸に陥ってしまうのだ。

 それから、引っ越しをする際は、「何も物を置かない部屋」を人為的に用意し、敢えて無駄な空間を作ることだ。日本では住宅事情が悪いために、引っ越した際にはすべての部屋を荷物で一杯にしてしまう傾向がある。しかし、そういうことをやってしまうと、結婚のダークサイドが作動し、当然、強烈な不幸が起こり始めてしまうのだ。特に「豪邸に引っ越すと、その家族に死人が出る」と良く言われるが、これは豪邸に住んでいるのに、無駄な空間を作らなかったために、死者が出てしまうほどの不幸が起こってしまうのだ。

 世の中には「完全なる結婚」を求めたがる女性たちがいるから要注意だ。人間は完成していないからこそ、成長が可能なのであって、「完全なる結婚」というのは素晴らしい理想に見えても、実際にそれをやってしまえば結婚は成長を止めてしまい、死んで行ってしまうのである。人間は自分が不完全な癖に、完全を求めたがる傾向があるので、この手の愚劣な意見には絶対に耳を貸さないことだ。表面的には美辞麗句が並んでいても、実行すれば確実に結婚が不幸になってしまうのだ。

●仕事に成功しつつ、家族を大切にする

 人間はバランスが崩れてしまえば、幸福もバランスを崩して不幸に成って行ってしまうので、仕事と家族のバランスを巧く維持することだ。夫婦の場合、夫には仕事に重点を置いて貰い、絶対にマイホームパパになって貰わないことだ。いつも自宅に居て、家族サービスを行っている男性など、外で大した仕事をしていないのだ。夫がどんなに優しくても、その内、収入の少なさを巡って喧嘩が起こり始めるものなのだ。

 かといって、夫の仕事が忙しすぎるようであるなら、それはそれで危険信号が出ているということなのだ。仕事が忙しすぎるというのは、夫にストレスと過労が溜まりつつあるということなのである。だから、仕事が忙しい夫でも、家族サービスの時間を意図的に確保して貰う。家族サービスははっきりと言って時間がかかるものなのだから、夫が家族と一緒にいる時は、妻は夫に感謝して有効に過ごすことだ。

 働く母親なら、そんなに仕事に重点を置き過ぎないことだ。家事や育児をこなしてきた既婚女性であるなら、そんなに力を入れすぎなくても、仕事をこなすことができるからだ。しかも、収入に関しては夫の収入があるので、それほど無理をしてまで仕事をしなくていいのだ。どこかに余裕を以て仕事をするからこそ、仕事も家庭も巧K行き出すのである。

 専業主婦なら家事や育児に専念していないで、夫の仕事の支援をすることだ。夫は仕事が忙しくなって来ると、服装がだらしくなくなって来たり、靴が汚れて来たりと、どこかにその異常さが出始めて来るのである。だから、余力のある妻が夫の支援をしてあげることで、夫の手助けをしてあげることだ。

 それとどんなに収入が多くtも、日々質素に暮らし、所得金額以下のお金で生活し、資産を着実に増やして行くことだ。所得金額を全て使ってしまい、贅沢をしてしまうと、途端に金銭感覚が狂い始めるので、絶対に生活を一杯一杯にしてしまわないで、資産を着実に増やして行くことだ。

●自分の利益にならないことを敢えてする

 結婚は夫婦や子供たちのために行っているのだが、自分の家族以外にも自分たちの幸せのお裾分けをしてあげることだ。慈善活動を行い、宗教活動に従事することだ。敢えて自分の利益にならないことをし、相手に利益を施すのだ。そうやって自分が意図的に不利益を被ることで、結婚のダークサイドを消して行くのだ。

 慈善活動といっても、無闇に寄付金を出していては、不幸を消すのに有効とはならない。自分の寄付金がきちん社会的弱者に行くようにしなければならない。自分たち夫婦に資産があるなら、自分たちの資産を使って財団法人を作って行えばいいし、どこかに寄付金を出したいのなら、その経理状況をきちんと調べることだ。

 知識人たちは宗教を毛嫌いし、無宗教を表明いして来るものだが、そういう知識人たちは実生活で幸せになっていないものだ。宗教というのは、お金がかかるものであるが、結婚のダークサイドを消し去ってしまうことに関しては、最強の効果を発揮するものなのだ。だからこそ、多くの人々がその宗教の持つ力を使って、結婚のダークサイドを消し去って、自分たちが幸せに生きて行けるようにするのだ。

 利己心の塊になり、自分の利益ばかり追求していると、まともな友人は消えて行くものだし、お金はある筈なのに夫婦がいがみ合ってしまい、子供たちが非行に走り出すものだ。人間は利己的な動物であると同時に、利他的な動物でもあるので、きちんと自分の利他心を満たしておくことだ。

 但し、世の中には単なる優しさが逆に不幸を招いてしまうものがあるので、その偽りの優しさを拒否できる知恵を持つことだ。例えば、友人間でお金の貸し借りをしないことだ。お金に困っているからといって、その友人にお金を貸してしまうと、そのお金を返して貰えないどころか、友情にまでヒビが入ってしまい、その友人を失ってしまうからだ。お金を貸して欲しいと言い出して来たら、やんわりと言葉で惑わして、お金を貸さないように持って行くことだ。そして、そのような友人とは距離を置き、今後、仲良くしないことだ。

●「満ちれば欠ける」「空になれば増えて来る」

 結婚のダークサイドを消し去る秘訣は、「幸せになりすぎない」ことだ。今の自分たち夫婦のレベルよりも幸せに成り過ぎたからこそ、不幸が発せし始めるのであって、必要以上の幸せを得たのなら、他人にその幸せを施してあげることだ。意図的に幸せを減らすことで、今まで以上に幸せが遣って来るようにしてあげるのだ。

 この世は、「幸せだからこそ、不幸に成る」「不幸だからこそ、幸せに成れる」という一見すると有り得ないような動きを取って来るものだ。だから、幸せに成り過ぎたら、その幸せに成り過ぎたことに要注意し、不幸になっても、その不幸に嘆くことはせず、その不幸から這い上がって行く努力をすべきなのだ。

 世の中には自分たち夫婦よりも幸せな夫婦がいるものだ。そういう場合、嫉妬してしまわないことだ。自分たち夫婦も努力をすれば、あのような夫婦に成れると思って、日々精進して地道に幸せに成って行くことだ。嫉妬をぶつけてしまえば、自分たち夫婦は今以上には幸せにはなれないものなのである。

 万が一、結婚のダークサイドが炸裂して来た場合、その不幸で冷静さを失って、感情的に成らないことだ。その不幸は今まで自分たち夫婦が幸せで有り過ぎたたために起こってきたものであり、その不幸をしっかりと受け止めて、結婚のダークサイドを消し去ってしまうことだ。その不幸は偶然に遣って来たものではなく、実は自分たち夫婦が作り出してしまったものだからである。

 不幸を恐れていては、前進することが出来ない。幸不幸が起ころうが、人は前進を続けるしかないのだ。あなたの人生で起こること全てが、あなたを幸福へと導いているのだ。時折現れて来る不幸に惑わされないことだ。神様はあなたに結婚のダークサイドを消し去る方法を身に着けなさいと教えてくれているだけなのである。如何なる不幸も良く考えてみれば、それが自分により一層の幸福を与えてくれるものにすぎないのである。

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