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育児が終わったら、記録を残しておくこと

●子供は親の恩を忘れてしまうもの

 親孝行は道徳の基盤である。如何なる人間でも親孝行がきちんとできれば、その他の道徳的行為を自然とできるようになる。親を敬うことができれば、兄弟姉妹仲良くできるし、大人になって結婚すれば夫婦相睦まじく、子供たちをきちんと産み育てて行くことができることだろう。

 ところが、この親孝行を誰もができると思ってはならない。人間は反道徳的な宗教やイデオロギーに取りつかれれば、絶対に親孝行をやってこないからだ。例えば、キリスト教は新薬聖書のどこを探しても、親孝行の重要性を説いた箇所はない。そのためキリスト教徒になってしまうと、親孝行をしなくなり、親が老いぼれれば、養老院や特別養護老人ホームに送り込んでしまい、自分たちは平気な顔をしているものなのだ。

 社会主義もフェミニズムも平等を唱えて来るから、このイデオロギーに取りつかれてしまうと、平気で親を捨ててしまう。社会主義者やフェミニズトたちは自分が親を捨てたにも拘わらず、老後の世話は政府が行わなければならないと主張して来る点で、キリスト教徒たちよりも悪質な連中である。老人の世話などその息子や娘たちがやれば苦労はかかるけど、最小限の費用で済ますことができるのに、政府が老人の世話をすれば、それを介護する人々や、施設を運営する人々、そして介護事業を統括する官庁が必要となり、莫大な資金を要するものになってしまうのだ。日本国だけでなく、老人介護に手を出した先進国は、すべて国家財政が破綻してしまったのは、当然の事態と言えるのである。

 自分が産み育てたからと言って、自分の子供たちが必ず親孝行をするとは思ってはならない。子供の頃は素直だから親のためにはなんでもする子供たちであっても、大きく成って行く過程で、邪悪な宗教やイデオロギーに取りつかれてしまうと、平気で親孝行をしなくなり、そのくせ遺産だけは容赦なく奪い取って行こうとするのだ。

 自分の子供たちが道徳的な人間になれるように、子供の頃から儒教の経典でも読ましておくことだ。『論語』や『孝経』でも読まして、親孝行の大切さをきちんと教えておけば、大きくなっても邪悪な宗教やイデオロギーに引っかからなくて済むようになるのだ。自然にしておけば自発的に親孝行をし出すと思うのではなく、親孝行の大切さを教えるからこそ、親孝行ができるようになると考えておくことだ。

 それと同時に、子供は大きくなって行くと、親の恩を忘れてしまいがちだ。そのため、物証として、子供の頃の写真を集めておいて、アルバムを作っておくことだ。子供が反抗期を迎えて親に反抗するようになった時、そのアルバムを見せてしまうと、どんなに悪い不良少年でも親孝行の感情が湧き出してしまい、悪事を控えるようになるからだ。

 母親が専業主婦の場合、子供は母親が子供の世話をするのは当たり前だと思ってしまうし、母親が兼業主婦の場合、母親が日頃、自宅にいないために、子供は親の愛情を巧く受け取ることができない。前者は母親の愛情が有り過ぎて母親の恩が解らなくなるし、後者は母親の愛情が無さ過ぎて母親の恩が解らなくなってしまうものだ。

 母親が専業主婦で母親としての役目をしっかりと果たしたのに、子供が大きくなっても結婚しないとなれば、その子は愛情を貰い過ぎてしまい、愛のなんたるかが解らくなってしまったのである。母親が兼業主婦で母親が仕事に精を出し過ぎた場合、子供が大きくなっても結婚しないとすれば、その子は母親からの愛情不足で心が歪んでしまったのである。

●母親らしさが出ているアルバム

 自分が産み育てた子が、結婚適齢期になっているというのに、結婚しないのであるならば、子供の頃の写真が詰まったアルバムを見せて、「お前はこうやって育って来たんだよ」と教えてあげることだ。我が子の方は大人になって、奇麗さっぱりと子供の頃の思い出は忘れているからだ。そのアルバムを見せることによって、子供の頃の記憶を蘇らせて、親の恩を感じさせ、結婚するように仕向けて行くのだ。

 この手のアルバムは父親が作るのではなく、母親が作らなければならない。なぜなら、赤ちゃんの時からその子に最も多く接してきたのは、母親の方だからだ。母親が我が子のために、深い母性愛を込めて、母親らしさが出ているアルバムを作っておくのだ。「お前はどのような人間に育とうとも、母親の深い愛情を受けて育って来た子なんだよ」ということをきちんと教えられるようにしておくのだ。

 母親の方も子供が大きくなりすぎてしまうと、母性愛が薄れて来るので、子供がまだ大きくならない内に、アルバムを作っておくことだ。お金をケチって、ちゃちなアルバムを買って来ないことだ。お金をたくさん使うことはないが、これは単なるアルバムではないので、しっかりとしたアルバムを購入して、長期保存に耐えられるようにしておくことだ。

 子供の頃の思い出をビデオで残しておくことは別に悪いことではないが、アルバムを作ってしまった方が断然いいのだ。アルバムの方が成長して行く過程が一目で解るので、アルバムの方が価値が高いのである。何も我が子に子供の頃のままでいていいと願っているのではなく、きちんと成長して欲しいと願って作るものなのである。

 如何なる馬鹿息子でも馬鹿娘でも、このアルバムを母親から見せられれば、母親の恩を感じずにはいられなくなるのだ。女性であるならば、涙を流して、母親の恩に感謝することだろう。自分が産んだ子が必ずしも賢く育つとは限らない。、それゆえ、切り札として、このアルバムを作っておき、我が子の愚かさが露呈した時に、このアルバムを見せて、その愚かさを吹き飛ばしてしまうことだ。

●育児のドタバタを書籍化してみるのも良い

 少子化になれば、子供の育てて行く経験値が少ないから、どの母親も育児や子育ては大変だと言い出すものである。そのため、若い女性たちがビビってしまい、結婚を拒否するようになり、更に少子化に拍車をかけるという危険な悪循環を引き起こしてしまっているのだ。

 「育児や子育ては大変じゃないよ」と教えるのは、育児経験者の大切な義務なのである。育児や子育ての中には、女性が結婚せず、ただ働くだけの人生になってしまったら、絶対に味わえないようなものがたくさんあるものなのだ。その楽しいことを母親として、若い女性たちに伝えて行くのは、とっても大切なことなのである。若い女性たちは、自分よりも年上の既婚女性たちが育児や子育てを楽しんでいるからこそ、自分もやってみようとなるのである。

 育児や子育て面白いことはたくさんあるのだから、それを執筆して書籍化してしまうのもいい。巡り合わせが良ければ出版社から出版できるし、お金に余裕があれば自費出版で書籍化してしまい、自分でそれを売っていけばいいのだ。大事なことは、その当時の記録をきちんと残して行くということだ。いくら面白くても、記録に残していかないと、忘れてしまうものなのである。

 もしも、母親がそのような本を出版していたのなら、我が子たちは当然にその本を読むようになるだろうし、その本を読むことで育児や子育ての面白さが解り、自分たちもやってみようとなるものなのである。母親といえども、いつも正しいことばかりして来たのではなく、たくさん失敗して、たくさん苦しんだけど、その分、たくさん成功して、たくさん楽しんだということが解れば、母親の功績に深い感謝を捧げるようになるのだ。

 どんな母親でも完璧である筈がないのだ。しかし、子供たちは母親を絶対視して来るために、母親を完璧だと思い込んでしまうのだ。そのため、思春期を迎えて親から自立して行く時に、自立して行くことができなくなってしまうのだ。大人になっても精神的な自立を果たすことができず、フェミニズムに洗脳されて、「女性の自立!」「女性の社会進出!」「男女共同参画社会の実現!」と叫んでいる女性たちに限って、その母親は意外としっかりとした母親たちなのである。母親がしっかりとしているからといって、しっかりとした娘が育つとは限らないのだ。事実は寧ろ逆で、母親がしっかりし過ぎているからこそ、その娘は母親に劣等感を抱いてしまい、自立するうことが不可能になってしまうのである。だからこそ、母親といえでも完璧じゃないんだよってことを、本を通して伝えて行くことが、必要なのである。

●結婚して行く息子や娘への最高のプレゼント

 現在、テレビでも放送されている『うちの三姉妹』の作者の松本ぷりっつさんは、ただこの本を出版しているだけでなく、「フーちゃん」「スーちゃん」「チーちゃん」のために、どの巻もそれぞれ三冊ずつ用意して、自分の娘たちが結婚する時に贈る計画を立てているのである。多分、ぷりっつさんの旦那さんの入れ知恵なのだろうが、本が売れて著作権収入があるからといって万々歳なのではなく、我が子が子供の内から、結婚して行く時を想定して、親として最高のプレゼントを既に用意しているのだ。『うちの三姉妹』は育児の仕方には相当問題がある本なのだが、作者は親としては立派なことをきちんとやっているのである。

 親がアルバムを作ったり、本を作っておかないと、愛された記憶は消え去ってしまうものなのだ。親から自立して行くということは、子供の頃の思い出を否定して行くということなので、きちんと自立できた人ほど、子供の頃の思い出はなかなか思い出せなくなってしまうのだ。青春時代の中で発生した思い出が、子供の頃の思い出を押し出してしまうものなのである。

 我が子がきちんと自立してくれれば、当然に誰かと結婚するから、その結婚に行きつくまでに、熱烈な恋愛をするから、更に子供の頃の思い出は押し出されていく。、結婚式で親に感謝な意を述べても、新婚生活のドタバタが襲って来るから、子供の頃の思い出は完全に消え去ってしまうものなのである。それが親から離れて独立するということなのである。

 そうやって我が子が独立して行く時に、最高のプレゼントとなるのが、子供の頃の思い出が詰まったアルバムであり、本なのである。それを貰った時は、我が子はうんざりすることだろう。「もう子供じゃないんだよ」と言いたくなってしまうものだ。でも、自分が子供を産んで育てて行く時に、そのアルバム見るなり、本を読むことで、母親の深い愛情が解って来るのである。

 愛された記憶はそうやって受け継がれていくものだ。自分が子供の頃に親からきちんと愛されれば、自分が親になっても我が子をきちんと愛することができるようになるのだ。いくら愛の大切さを説かれても、子供の頃に親からきちんと愛されなければ、自分が大きくなって時、人をきちんと愛することはできないものなのだ。

 キリスト教の教祖のイエスのように、出生過程に問題があって、要は自分の本当の父親が実は見知らぬ男性だったという家庭で育ってしまうと、いくら愛を唱えても、まともな愛を出せず、磔にさけて殺されてしまうものなのである。イエスの愛が間違った愛だったからこそ殺されたのであり、正しい愛を出していれば殺される訳がないのだ。イエスの死を人類の原罪を背負って死んでいったというのは、後の人々の勝手な解釈で、実際はイエス自身が罪深いことをやったからこそ殺されたのである。

 人間は愛を唱えれば人を愛することができるようになるのではないのだ。親から愛されるからこそ、人をきちんと愛することができるようになのだ。愛を当たり前のものだと思ってはならない。親に捨てられ、児童養護施設で育とうものなら、そこで育った子供たちは施設の職員からどんなに優しくされても、親の愛に飢え、自分が結婚して子供を産み育てて行く中で、悪戦苦闘しながら、きちんとした愛が出せるようにして行くのだ。普通の家庭で育った女性なら当たり前に出せる愛でも、施設で育った女性がその愛を出すためには、悪戦苦闘してしまうものなのである。

 結婚して離れて行っても、「お前は親に愛されて育った子なんだよ」と伝えて行くのは、親としての最後の仕事なのだ。結婚したのに、下手に手を出して反感を買うよりは、その大事なことだけをきちんと伝えておけば、その子はちゃんと親として成長して行くのだ。そのためにアルバムは必要なのだ。それゆえ、我が子が小さい時から、その日に備えて、せっせとアルバム作りをしておくことだ。

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コメント

女性は(私はかな?)結婚して子供を産むと、親からは完全に自立したとゆうことなのでこちらは感謝といつも元気にしていてくれたらそれでいいと願うだけです。
私は子供達には育てたくて育てただけなのだから自分達の好きな様に幸せにしていてくれたらと伝えられたらと思います。
特に男の子は家族を1番に守っていかないといけないので親孝行よりも大事にして欲しい事がありますね。お互い気にかける程度でいんじゃないかな。それが理想です。まだまだ先の話ですけど。

投稿: さえ | 2009年12月 7日 (月) 14時23分

 「さえ」さんらしいコメント有難うございます!happy01

 今回の記事には少し補足説明が必要なようです。

 親孝行とは何も親のためにするものではないのです。
 その家族が正常に機能していれば、その家族で育った子供は大きくなれば、親孝行をしだすものなのです。親孝行というのは、言わば育児や子育てが巧く行った証拠なんです。
 家族というのは、父親が家長として君臨し、母親が家庭内の実権を握り、夫を敬い、子供たちを慈しみ、子供たちに長幼の序を守らせると、家族内で愛が循環して行き、子供たちはたっぷりと愛されながら育って来るのです。
 そういう子供たちは大きくなると、必ず親孝行をし、自分たちも両親がやったような生活を営みたいと思いだし、結婚して子供を多く産んでいこうとします。

 ただ、愛を充分に貰って育った子供でも、大きくなる過程で親の恩を忘れてしまうために、親の方が子供たちに対して切り札となるようなものを持っておくべきなんです。
 自分が産み育てた子供が間違った道に進んでしまった場合、それを使ってまともな人間に還らせるんです。
 そのためのアルバムなんです。

 子供というのは、親のことが大好きなんです。
 それゆえ、子供たちに「自由に生きていいよ」と教えるのではなく、娘なら家事をしっかりと教えて、その娘に「将来はお母さんみたいになりたい!」と言わせるようになれば、母親として合格なんです。
 息子なら、「お前のお父さんは立派な方なんだよ」と教えて、息子に父親の真似をさせることです。息子の前では、夫の稼ぎが少ないとか、家事の手伝いをしないとかいう不満は絶対に言うべきではないんです。
 息子に「将来はお父さんみたいになる!」と言わせれば、母親として合格なんです。その息子は後は自分の力で己の道を切り開いていきます。
 子供がこうやって素直なのは、飽くまでも小学生までなので、それまでにきちんとやっておくことです。

happy01 happy01 happy01

投稿: タマティー | 2009年12月 8日 (火) 06時56分

成る程そうですね。自分達以上に幸せな家庭を作ってくれたら親孝行ですね。
でもそうゆうことを考えながら子育てをするのとしないとでは大きな違いですね。
タマティーさんのおっしゃる通りアルバムを作ってみたいと思います。作る時の親の気持ちも大事ですよね!

投稿: さえ | 2009年12月 8日 (火) 11時23分

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