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我が子に夢を成功させたいのなら、覚悟を決めさせる

●覚悟の大切さ

 我が子が御稽古事や学習塾に通っているのに、子供が真剣に打ち込もうとせず、遊び呆けてしまうことは多々あるものだ。習い事にはお金がかかるために、それを支払っている親としては、この子供の態度は腹立たしいものだ。しかも、その習い事は親が強制的に行かしたのではなく、子供が自発的に「行きたい!」と言い出したのなら、更に怒りは強まってしまうものだ。

 こういう場合、子供には自分の夢に対する自覚が出来ていないのだ。習い事をした所で四六時中、習い事をしなければならない訳ではないのだ。空いている時間はたくさんあるのだから、その時間を使って有効的に遊べばいい。しかし、習い事をするにも身が入らず、遊ぶにしてもダラダラと遊んで来るなら、子供には自分の夢に対して自分がどう自覚していいか解らないのだ。この状態になった時、母親は子供を放っておいても、永遠に問題は解決されないのだ。

 そもそも、成功できない人たちほど覚悟ができていない。貧乏人たちは金持ちになる覚悟ができていない。肥満な人たちは痩せるのが当たり前だという覚悟ができていない恋愛が巧く行かない人たちは恋愛をきちんと行う覚悟ができていない。子供にしても、ただ習い事をしても、自分の理想の人物像が形成されていないために、その理想の人物像になろうとする覚悟ができなければ、幾ら習い事をさせても、その習い事が身につかなくなってしまうのだ。

 成功するには想像力が大事だと言われる。自分が将来、このように成るという想像力があるからこそ、幾らでも精進して行ける訳であって、自分の将来の姿が解らない限り、幾らでも遊び呆けてしまうものなのだ。勿論、子供にだって想像力があるのだから、その想像力を使って自分の将来の姿を作り上げていけばいいのだが、子供がそれをしない時、母親は子供に介入しないと子供はいつまでも無駄な時間を浪費し続けてしまうのだ。

 子供に自分の将来の姿を明確にさせるためには、成功者に会わしてしまうのが一番効果的だ。例えば、野球をやっているのなら、プロの野球選手に会わしてしまう。ピアノをやっているのなら、プロのピアニストに会わしてしまう。受験勉強をやっているのなら、東京大学や早稲田大学に連れて行き、大学教授に会わしてしまうのだ。これをやられると子供の頭の中で、自分の将来の姿が明確になり、今まで遊び呆けていたのとは打って変わって、俄然遣る気が起こり始め、習い事に精進し始めるのだ。

●言い訳をすること認めない

 人が夢を実現させていく時、これだけは絶対にやってはならないものがある。それは「出来ない言い訳を探してしまうこと」だ。人が夢を実現させようとすれば、様々な困難に出くわすものだ。夢を実現させていく以上、困難が起こるのは当たり前のことであって、冷静沈着になって解決していけばいいものを、多くの人々はその困難に拘りすぎてしまい、たちまち無条件降伏してしまい、自分の夢が実現できない理由を探し出し始めるのだ。

 忘れてはならないのは、この「出来ない言い訳」を探し出す時のエネルギーは巨大なものであって、一生懸命になって自分の夢が実現できない理由を探し始めるのだ。そのエネルギーを自分の夢に投入すれば、自分の夢が一歩前進して行くというのに、事もあろうに、自分の夢が後退して行くことに、そのエネルギーを使ってしまうのだ。

 言い訳が幾らでも作ることができる。子供だったら、「遊ぶ時間がない」とか、「練習が厳しい」だとか、「試合に勝つことが出来ない」とか、様々な言い訳を並べて来るものである。こういう時、母親は子供の言い訳を聞いてあげることは必要であるが、絶対に同意してはならない。子供の意見は絶対に間違っているからだ。

 遊ぶ時間が全くなくなるほど、習い事をすることはないものである。習い事をする時は一生懸命になって打ち込み、遊ぶ時は徹底的に遊ぶという切り替えができていないだけなのである。練習というのは、厳しくて当たり前だ。厳しい練習の方が実力がつくものなのである。試合をやっていれば、負けることだって有り得る。そういう時は、自分たちがなぜ負けたのか改善すべき点を見つけ出し、そこを改善していけばいいのだ。

 失敗する人間というものは自分がやってはいけない方面に一生懸命になる。そのくせ、自分がやるべきことに一生懸命にならないのだ。子供が言い訳を言い始めたら、子供は自分がやってはいけない方面に一生懸命になっていると思えばいいのだ。子供の人格を否定するのではなく、子供の意見を巧く切り替えして、子供がやるべきことに一生懸命になるようにさせてあげなくてはならないのだ。

●成功すると思い込ませる

 人間は失敗して当たり前ではないのだ。成功できて当たり前なのだ。成功するために失敗し続けることはあっても、失敗し続けてしまうことはないものなのである。赤ちゃんを産み育ててみれば解ることだが、赤ちゃんは勝手に成長して行くものだ。生まれたてだというのに、母親のオッパイを吸いたがるものだ。当初は寝た切りだったくせに、寝がえりを打ち、ハイハイをし出して来るものだ。中には授乳を拒否する赤ちゃんがいたっていいだろうし、寝た切り生活を続けていく赤ちゃんがいても構わないものだ。しかし、どの赤ちゃんも成長して行くのだ。

 ということは、人間には常に向上して行くように、生まれる前から定められているのである。それを設定した者を、古来より「神」と人類は呼んでいた。神の御意志がこの宇宙を貫いているのであって、それは全ての生命体を成長させようとする偉大な御意志なのである。如何なる人々もこの大きな流れに乗って生きるべきであって、自分が屁理屈を捏ねなければ、誰でも成長し続けることができるのである。

 人間は良くなる方に成長して行くのが当たり前なのである。そうなるように生まれついているのだ。自分の人生が悪い方向に進むなら、環境など一切関係なく、自分の思考や行動が根本的に間違っているのだ。自分が素直になって、この神の御意志に従うことだ。神の御意志に従っていれば、人間は自然と成長し続けることができるのである。

 子供には成功することを当たり前だと思い込ませることだ。失敗は経験することがあるかもしれない。しかしそれは成功するための失敗であって、その失敗から学び取っていけば、自然と成功できてしまうものなのだ。母親であるなら、我が子がどんな目に遭おうが、「お前は絶対に成功してしまうんだよ」と言い続けてしまえばいいのだ。そうやって母親が言い続けていれば、子供は成功できて当たり前と思うようになり、事実そうなるのだ。

 子供の内に神が作り出した大きな流れに乗ってしまうことだ。子供の内に失敗するのが当たり前になったら、より悪質な言い訳を作り出し、自分の人生が確実に失敗する方へと自ら誘導してしまうようになるのだ。その内、無宗教や無神論を唱え始め、神に背くことに生き甲斐を見出してしまうようになってしまうのだ。だが、幾らそんなことをしても、自分の人生が失敗し続けることから永遠に抜け出すことができなくなってしまうのだ。

●最初で躓かなければ後はドミノ倒しで行く

 何事も最初が肝腎なのである。夢が実現できない人たちに限って、最初から躓いているのである。最初で躓かなければ、後はドミノ倒しで行くものなのだ。何かをやらせて頭角を現わして来る子供ほど素直であって、成功する自覚ができているし、言い訳なんかしないし、成功することが当たり前だと思っているものだ。

 試合に何度も勝ち続けていれば、いずれ試合に勝って当たり前と思うようになるものなのだ。表彰台に上がり続けていれば、いずれ表彰台に上がることが当たり前だと思うようになるものなのだ。子供の脳にそういうプログラムをブチ込んでしまえば、子供は成功するように自動的に動いていくものなのである。

 子供の内に覚悟ができない奴は、いつまで経っても覚悟をしてこないものなのである。子供の頃から言い訳をして来る奴は、大人になっても言い訳ばかりしてくるものなのである。子供の頃に失敗するのが当たり前だと思っている奴は、終生、失敗して当たり前だと思ってしまうのである。そいつがどうのこうのではなく、その者の脳が確実に失敗するように仕向けてしまうものなのである。人生で失敗し続ける人たちは、最後に躓いているのではないのである。最初で躓いているのである。根本が間違っているからこそ、失敗が人生の至る所で起き始めるのである。

 子供たちを神社に連れて行くと、どの子供たちも柏手を打ち、合掌して、神に祈りを捧げるものだ。子供だというのに、無宗教や無神論を唱えて来る子供というのを俺は見たことがない。しかし、子供の時期が終わり、思春期に入り始めると、ぼちぼちと無宗教や無神論を唱えて来る奴等が出始め、大人になると、無宗教や無神論を唱えて来る奴等が多数派になる。しかし、そのくせ、無宗教や無神論を唱えている人ほど貧乏で、不幸で、邪悪で、貪欲で、悪意に満ちた人生を送っているものだ。

 人間には理性というものがあるから、神の御意志に背こうと思えば幾らでも出来る。だが、そのような生き方は自分の人生を確実に失敗させてしまうことになるのだ。神の御意志は全ての生命体を成長させ、幸福に導いていくことなのである。その神の御意志に従えば、自分も成長できるし、幸福に成って行くのだ。逆にその神の御意志に背けば、自分が成長を止めてしまい、不幸に成って行くのだ。

 母親であるからこそ、我が子をこの世に流れる大きな流れに乗せてしまことだ。そすうれば自然と成長して行くことができ、成功することができるようになるのである。勿論、如何なる習い事をやっても、厳しいのは当たり前なのである。だから、我が子に覚悟を決めさせる。言い訳を認めない。成功するのが当たり前だと思い込ませることだ。そうやって早い段階で神が創る大きな流れに乗ってしまえば、後はアッという間に頭角を現わして、日本一になり、そして世界一になってしまうものなのである。

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コメント

子育てジャンルなのですが自分に当て嵌めてしまいます。覚悟って大事です。子育てもそうだし今勉強していて将来資格を取りたいと思っていてどの道何をするにも難しいし揺らぐんですよね不安になったり。だから覚悟が必要ですよね。
間違った考え行動をしていたら何事も上手く行かないし修正が入るしとても有り難い事です。だから見えないものを信じる事は大事ですよね。最近は勉強習い事詰め込みばかりで1番大切なのは手を合わせる事なのに順番は間違ってはいけませんね。

投稿: さえ | 2010年1月16日 (土) 10時44分

 「さえ」さんの言う通りで、子供の時にきちんと宗教心を育んでおくことは最重要なことなんです。
 幾ら勉強ができても、幾らスポーツが出来ても、幾ら芸術ができても、宗教心がなければ、根性が捻子曲がり、碌でもない人間になってしまいますからね。
 子供の頃には無宗教や無神論を唱えて来る子供はいないのに、大人になってから無宗教や無神論を唱えて来る人たちが出て来るのは、その親たちが我が子の心をちゃんと育まなかったからなんです。
 これは学校では教育してくれないんで、自宅で親が教育すべきことなんですよ。

 但し、詰め込み教育を批判しないように。
 教育は知識を詰め込まない限り、知能は高くなっていかないんです。
 実を言いますと、タマティーは大学を卒業してから、作詞作曲することをしていたのですが、作詞はできても、作曲はできなかったんです。作詞の方は読書をたくさんしてたから出来たのですが、作曲に関しては楽器の練習など何もしていかなかったので、自分がやりたくても出来ないんです。
 キーボードを買って来て、自宅で練習していたのですが、指が動かないんですね。これが。
 音楽などは子供の頃からやっておかないと、大人になってからでは、もう遅いんですよ。
 音楽だって、子供に技術を詰め込むからこそできるようになるのであって、子供に技術を詰め込まなかったりすれば、いつまで経っても上達して来ないんです。
 勉強も知識を詰め込まれている時は苦しいものですが、その勉強が物になった時、非常に楽しいものになってしまうものなんです。
 学校の教師たち、特に日教組の組合員たちは、詰め込み教育を批判してきますので、絶対に耳を貸さないことです。
 国語にしても、算数にしても、理科にしても、社会にしても、全部、詰め込み教育なんです。
 我が子の能力を伸ばすためには、詰め込み教育は絶対に必要なんです。

 それから、さえさんが覚悟を決めることの重要性を解ったのなら、自分が率先して覚悟を決めることです。
 特に日頃から言い訳をしないようにすることです。
 さえさんが日頃から夫や子供たちに言い訳をしていると、それが夫や子供たちにも感染して、言い訳をし始め、成功するための覚悟を持たなくなってしまうんです。
  旦那さんも子供たちも、さえさんに用があるからこそ、さえさんに頼んでいるのであって、それをさえさんが否定したら、家庭内の全てのことが何も前進しなくなってしまんです。 
 頼まれ事があったら、素直に「ハイ!」と言って、用を済ましてしまうことです。こうすると、家庭内のことがスムーズに行くようになるんです。
 タマティーも家族の者から頼み事をされると、遂々「え~ッ」とか言ってしまい、相手の頼まれ事を否定していたのですが、これを遣り続けた結果、家庭内でけでなく、仕事の方でもトラブルが出て来たので、意を決して否定することをやめて、素直に応じるようにしたんです。
 すると、家庭内の問題は片付き、仕事もスムーズに行くようになったんです。
 些細なことなんだけど、言い訳をしないと、人生が好転して行き、幸せになっていくもんですよ。
 さえさんも、是非試してみて下さいね、きっといいことが起こりまくるようになります。


heart04 happy01 heart04 happy01 heart04 happy01 heart04 

投稿: タマティー | 2010年1月17日 (日) 06時48分

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