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教育の最重要ポイントは向上心に火をつけてしまうこと

●子供の向上心に火をつけろ

 子供が勉強しないからといって、母親が子供に向かって「勉強しなさい!」ときつく言うのは逆効果なのである。寧ろ子供は母親から「勉強しなさい!」と言われれば言われるほど勉強しなくなるものなのである。一応、机には向かうが、心はここにあらずで、勉強する振りをして、漫画を読み耽るというのが落ちなのだ。

 子供に強制的に勉強させるというのは、勉強を勧める方法としては愚策なのである。子供が自発的に勉強させる方法こそ、子供に勉強を勧める最上の策なのである。では、どうすれば子供が自発的に勉強するようになるのか? それは子供の向上心に火をつけてしまうことなのである。

 人間の心の中には「向上心」というものが備わっている。人間は成長して行くことに最高の喜びを感じるように出来ているのであって、この向上心に火をつければ、子供は自発的に勉強し出し、高い能力を発揮して来ることになるのだ。子供は向上心に火がつかないと、幾らでもだらけてしまい、遊び呆けるだけになってしまうのだ。

 子供は赤ちゃんとして生まれてから、幼稚園児辺りまでは、向上に向上を繰り返して来る。しかし、小学生辺りになると、自我が発達して来るために、その自我に囚われて発達して来なくなる子も出て来るのだ。だからこそ、勉強することは必要だと解っているのに、それをやらなくなり、遊び呆けてしまうのだ。

 子供の向上心に火をつけるためには、子供にとやかく言うのではなく、親が向上していくことの素晴らしさを率先して教えていけばいいのだ。例えば、親が読書をする習慣を持ち、子供の前で読書をするようにすれば、子供も自然と読書をし出すものなのだ。親が子供を本屋に連れて行き、自分が本を買うと同時に、子供にも本を買い与えるのだ。こうすれば子供は自発的に読書をし出し、その内、学校の勉強も自発的に遣り出すものなのである。

●手柄を立てれば子供を褒めよ

 子供の向上心はいつ火がつくか解らないが、親は必ず子供の向上心に火をつけるべきなのである。親が子供の向上心に火をつけてしまえば、子供は自分の自我に囚われれることなく、己の向上心によって自我の限界を突破して行き、高い能力を身につけて行くことが可能になるのだ。

 子供の向上心に火がつけば、母親が「勉強しなさい!」と言わなくても自発的に勉強するようになるし、自分の知りたいことがたくさん出て来るので、母親にどんどん質問して来るものなのである。そこで親子が会話すると、更に子供にとっては知的な刺激となって、益々勉強に精を出すという好循環が出て来るのである。

 この好循環が作動し始めると、子供は様々な機会を利用して手柄を立てて来るので、そういう時は、母親は子供をきちんと褒めてあげることが非常に重要なことになって来る。子供は母親に褒められると、脳内に於いて最高の快感を味わうことになってしまい、自分のやっていることが正しく、しかもその行為は母親が喜んでくれるとなると、益々精進し始めるのだ。

 気をつけなかればならないのは、母親の中には捻くれた性格の持ち主もいて、子供が手柄を立てると、子供の些細なミスを見つけ出して、逆に子供を叱りつける母親もいるのである。そういう母親だと、子供は遣る気をなくしてしまい、向上心の火が消えてしまい、自発的に正しいことをすることをしなくなってしまうのだ。こうやって育てられると、小学生の頃には静かにしている子供でも、思春期に突入すると、突如として荒れ狂い、母親を散々困らす少年少女に成ってしまうのである。母親が子供の向上心の火を吹き消した罪は、必ず子供によって復讐されるのである。

 子供を褒める時は、冷静に考えれば大袈裟だろうと思うぐらいの過剰な褒め方の方が効果があるものなのだ。子供が何か賞を取ったりすれば、そのトロフィーや賞状を居間に飾り、事あるごとに子供を褒めればいいのだ。褒美としてお小遣いを奮発したり、ケーキを食べさせたりと、子供が喜ぶような褒め方をしてしまえばいいのだ。そうすれば、子供の脳内に「こういうことをすれば親が喜んでくれる」という回路が出来上がり、子供は更に手柄を立てて来るようになるのだ。

●教育から見て無駄でも、子供には効果があるものがある

 子供を産み育てて来た母親にとって、我が子が自分の手を離れて、自発的に成長を遂げて行くというのは、好ましいことに思えても、その反面、悲しいものなのである。それまでは子供は自分の意見を全て受け入れて来たので、子供が親を必要とせず、自発的に行動して来ることに関しては、複雑な感情を抱いてしまうものなのである。

 しかし、子供は自発的に行動するために、前々から準備をして来たのである。例えば、女の子では「お人形さんごっこ」だ。お人形を使って遊ぶことで、人間関係をどのように進めて行くか遊びながら訓練をしているのである。男の子なら、「昆虫採集」「ミニカー遊び」 「電車好き」といった形で、動く物に対して尋常ならざる関心を持って、自分の狩猟本能を鍛えているのだ。

 こういうことは教育から見て無駄に思えるが、実は子供の向上心を鍛えるためには、非常な効果を有するものなのである。もしも、女の子にお人形さんごっこをさせなければ、それで肉体的にきちんと育って来るが、精神的に異常な女の子として成長して来てしまうことだろう。男の子に男の子らしい遊びをさせなければ、それでも肉体的にきちんと育って来るが、精神的に異常な男の子として育って来てしまうことだろう。子供の頃に自分だけの小さな世界を作り上げるからこそ、大きくなって向上心に火がつき易くなるのである。

 母親にとってみれば、自分の娘がいつまでもお人形さんごこっこをしていては、それは勉強に直結しないから不満なことだろう。自分の息子が得体の知れない昆虫を捕まえて来たりすれば、それは母親にとっては嫌なもので不満なことだろう。しかし、子供の好みには自分が不満でも同意した方がいいのだ。女の子といえども、お人形さんごっこはいずれ卒業して行くものなのだ。男の子といえども、将来、昆虫博士にでもならない限り、昆虫好きはいずれ消えて行くものなのだ。

 子供は小さい時に自分の世界を作り上げていたということは、後々になって非常に有益な現象を引き起こして来るものなのである。子供は身体能力が劣っているので、いきなり完璧にこなすことはできない。自転車でも、鉄棒でも、縄跳びですらも、最初は出来ないものなのだ。しかし、自分だけの小さな世界を作り上げた子供ほど、失敗してもなんの恐れを抱くことなく、何度もチャレンジして行くことができるのである。失敗したとしても、自分の全てが否定される訳ではないから、安心しても何度も挑戦を繰り返すことができるのである。そういうことを繰り返して行けば、最初は不可能であったことも出来るようになるし、その積み重ねが勉強でもスポーツでも向上心となって現れて来るのだ。

●教育論の誤り

 教育の最高形態は「独学」なのである。自分が自発的に勉強する。これこそが本当の教育であり、これが出来るようになるからこそ、人間は死ぬまで向上し続けることができるようになるのである。そのためには、幼い時に自分だけの小さな世界を作り、そこで遊ぶことであり、そしていつの日か親が子供の向上心に火をつけることが必要なのである。

 教育は全部学校任せというのでは、それでは我が子にまともな教育を施したことにならないのだ。教育に於いて決定的に重要な役割を演じるのは親であり、学校の教師ではないのだ。教師は所詮、教育の技術的な部分を担当する者であり、教育の根幹を担当する者ではないのだ。教育の根幹を担当するのは、飽くまでも親であるのだ。

 確かに学校に行けば様々な知識を教えて貰うことができる。しかし、いつまでも教育者に教えられているようであるなら、その教育は根本的に間違っているものなのである。子供はいずれ教師の能力の限界を知る時が来るだろうし、教科書の内容に不満を持ち始めることだろう。そこまで高い能力を身に付けた時こそ、学校から卒業して行くことになるのである。

 そういった意味で、教育論のバイブルとされているジャン・ジャック・ルソー著『エミール』は根本的に誤った教育論なのである。子供に教育する余り、子供の自立を奪ってしまい、いつまでも教育者に服従させるのは、その教育が根本的に誤っているとしか言いようがないのだ。しかし、教育者の中には、自分が教え子に追い抜いて行かれることを快く思わない連中がいるので、この『エミール』に魅了されてしまう人たちが跡を絶たないのだ。

 昭和憲法体制下の日本で、教育現場が荒れに荒れ、教育問題を抱えっぱなしなのは、日教組の組合員たちが『エミール』に取りつかれ、『エミール』に書かれたことは、教育論としては根本的に間違っているということに気づかなかったことにある。これだけ教育の現場で問題が多発しているなら、『エミール』が間違っていることは、最早、明白なのである。

 子供が今まで服従していたのに、或る日突然に向上心に火がつき、自発的に勉強してくれば、いずれ親からも教師からも自立して来ることは当然なのだ。それは親にとっても、教師にとっても、複雑な心境になるのは当然のことなのである。でも、ここで引き留めてしまえば、子供は自立できなくなり、成長が歪んでしまい、自立できない人間になってしまうものなのである。

 優柔不断は誤った決断よりもなお悪いものだ。子供の向上心に火がつき、ぐんぐんと成長して来たのなら、親から自立して行くのは当然のことだと悟ることだ。子供の前で優柔不断を繰り返すよりも、「お前は私の子だから大丈夫!」と言いきって、送り出すくらい勇気を持つべきなのである。我が子は未だフラフラと前進しつつも、必ず親の期待に応えて来て、大いに成長し始めるものなのである。

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