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結婚して不幸になる人々の共通的特徴

●不幸の原因

 結婚して幸福になるのは当たり前のことである。そもそも独身ではこれ以上幸せになれないから、結婚することで更なる幸せを目指すものである。だからプロポーズの時も、結婚式の時も、男性は女性を幸せにすることを誓うし、女性もそれを充分に理解した上で承諾し、それによって結婚生活が始まるのである。

 ところが結婚した筈なのに、結婚を不幸にしてしまう人々が続出して来るのである。それも10年以上経過して不幸になるのではなく、早い時期に不幸に成り始めて来るのである。結婚して不幸になる人々は、結婚して3年目までには最早この結婚が不幸になることが確定しており、夫婦間暴力だの児童虐待だのダブル不倫だの、挙句の果てには離婚に至るのである。更に追い討ちをかけるのが、離婚しても奇麗さっぱりと別れず、離婚裁判で延々と憎しみ合い、判決が確定しても、双方が納得いく結末を得ることができなくなるのだ。

 結婚して不幸になる人々は、その不幸の展開は千差万別であるが、どのような夫婦であったとしても或る一つの共通的特徴がある。それは「結婚して不幸になる人々は、必ず誰かを憎んでいる」のである。誰かを憎むことで心の中に憎悪の炎が渦巻いているからこそ、いざ自分が人を愛したとしても、それがまともな愛にならず、徐々に憎しみへと変化して行き、よりによって結婚相手に憎悪をぶつけてしまうのである。

 では、結婚して不幸になる女性たちは一体誰を憎んでいるのか? それは「自分の母親」である。結婚して独立したというのに、自分の母親を恨んでいるこそ、愛が憎しみに変わってしまうという異常な現象が起きてしまうのである。しかし、この手の女性たちは自分が自分の母親を憎んでいるということに気づけず、その憎しみをよりによって自分の夫に向けてしまい、夫も自分が何か悪い事をした訳でもないのに妻から憎悪をぶつけられるために、心の奥底から怒ってしまい、それで暴力を振るったり、結婚が崩壊するような悪質な浮気をしたり、平然と離婚してしまうのである。

 母親というのは、母性愛を出す存在であるので、自分の母親からきちんと母性愛を貰えないということは、その母親は父親との間に深刻なトラブルを抱えており、そのためいつも夫婦喧嘩ばかりし、それゆえ、娘も父親との関係が悪化してしまい、様々なトラブルを生じさせてしまうのだ。

 自宅で母親や父親と揉めているような子供は、幼稚園に行っても保母たちと揉めるし、学校に行けば教師たちとも揉めてしまう。保母や教師たちと揉めているような人物であれば、友達関係も悪化して来るので、良友に恵まれず、悪友ばかりと付き合ってしまい、まともな友情を築けず、心の中でより憎悪を増して行ってしまうのだ。

●神は人を憎むことを許さない

 この世の中には神が定めた大きな原理原則がある。それは人を憎しみながら生きている人々が幸福に成ることを絶対に許さないということなのである。心の中に憎悪の念を持っている人々は、一時的に幸せになれても、必ずその幸福が長続きせず、幸福になった筈なのに、より不幸になってしまうのである。

 未だに心の中で誰かを憎んでいるような女性は、たとえ結婚しても、その本人が幾ら努力しても不幸になるように仕向けられてしまい、結婚生活の中で全ての幸福が破壊され、確実に不幸に成って行くようになっているのだ。自分の心の中に憎しみの念を持っている既婚女性は、いずれ愛すべき夫を憎むようになり、愛すべき子供たちを憎むようになるのだ。

 夫も子供たちも何か悪いことをして憎しみをぶつけられた訳ではなく、何もしていないのに憎しみをぶつけられてくるので、カンカンになって怒り出し、より激しい憎しみをぶつけて来るようになるのである。憎しみは更なる憎しみを呼ぶのだ。もうこうなれば家庭内は地獄の様相を呈して来るのであって、転げ落ちるよに不幸のドン底へと転落して行くのだ。

 神は人々を幸せにさせるために生きさせているのであって、自らの力で神の恩寵を拒絶し、心の中で憎悪の炎を燃やし、他人を不幸にさせようとする人々の生存を絶対に許さないのだ。そういう人々を活躍させてしまえば、この世が不幸に成って行くのは確実であって、それは神の聖慮に反することなのである。

 結婚も既婚女性が夫や子供たちを幸せにするからこそ、益々幸せに成って行くことができるのであって、既婚女性が夫や子供たちを不幸にさせようとするなら、益々不幸に成って行ってしまうように出来ているのだ。家庭の中で不幸が発生したのなら、その不幸は自分が引き起こしてしまったというくらいの自責の念を持たないと、結婚生活を巧く運営して行くことはできないのである。

●心の傷の原因を見つ出すこと

 結婚して不幸になってしまう女性たちは、自分の心の中に、最早、自分でも気づけないくらいの大きな心の傷を負っているということなのである。これは精神病を発症して来るような小さな心の傷とは違い、正常な状態でも異常な行動しか取れないような大きな傷なのだ。通常、精神病を発症させる心の傷は、脳に傷ができることで、その存在を把握することができる。しかし、精神病ではないが、正常な状態なのに、確実に不幸に成って行く大きな心の傷は、その人の潜在意識に異常が出ているのである。小さな心の傷なら、自分自身が精神的にヤバイなと気付くから、自分の力でも把握することができる。だが、大きな心の傷は、自分の潜在意識が異常になっているために、自分の力では把握できないのだ。誰かの手助けなしに自分の大きな心を見つけ出すことも、治すこともできないのだ。

 結婚して不幸になる女性たちがなぜ自分の大きな心の傷に気付けないかというと、自分の心の中にある「偽りの上位自我」が破壊されていないからなのである。女の子は成長して来る過程で、母親を自分の上位自我として形成してしまう。この上位自我こそが子供の頃の良心となって、正しい思考や正しい行動を取らせるのだが、思春期に入ると、この上位自我は偽りの上位自我となって、女の子たちに不自然な行動を取らせるようになってしまう。そこで、女の子たちは同性同士で友情を育み、その中から親友を見つけ出し、その親友と深い友情を築き上げると、然るべき男性と巡り会って、恋愛の過程の中で偽りの上位自我を破壊して行く。女性がまともな恋愛をすれば、偽りの上位自我が破壊されるので、人生が楽しくなり、自由に生きて行くことができるようになるのである。

 しかし、母親から充分な母性愛を貰っていないと、友達を作ろうにもまともな友達を作ることができず、親友すら作ることができない。親友のできなかった女性はまともな恋愛をすることができないし、あれも親友これも親友といっているような女性もまともな恋愛をすることができないのだ。自分の心の中にある偽りの上位自我を破壊してくれる男性と巡り会わなければ、いつまで経っても自分の不自然さは解消されず、自分が愛すべき人を愛そうとしても、相手に憎悪をぶつけてしまい、確実に不幸に成って行ってしまうのである。

 結婚して不幸になる女性たちに大きな心の傷を負わしたのはその母親たちであるのだが、ではなぜその母親たちはきちんと母性愛を出せなかったのだろか? 家族内の愛の循環を自らの手で破壊してしまったからなのである。家庭内での愛の流れは、父親から愛が発して、その愛が母親に流れ、そして子供たちに愛が流れて行くのだ。そのため、母親が父親を家長として認めず敬っていないと夫から愛は流れ来ないし、子供たちにも愛を注げなくなってしまうのだ。

 また、子供たちに愛を注ぐ時は、長幼の序を絶対に崩してはならず、一番最初に生まれた者から、次に生まれた者へと、年齢によって序列を作り、それを維持しておかないと、どの子供たちにも愛が注がれなくなってしまうのだ。平等イデオロギーに取りつかれてしまうと、長幼の序を破壊して子供たちを平等に愛そうとするので、結局、全ての子供たちが愛情不足に陥ってしまい、母親を憎むようになってしまうのである。

 その一方で母性愛というのは、絶対肯定の愛だから、母性愛を注がれた子供は、母親を敬いつつも、対等でいたいという感情を持ち始めるのだ。そのため、父親に話さないことでも、母親だけには話して来るので、その話をきちんと聞いてあげ、母親と子供が対等に成れる場所を確保しておかないと、途端に子供たちは心を閉ざしてしまい、それ以上の愛を受け付けなくなってしまうのだ。平等イデオロギーに取りつかれると、対等と平等の区別がつかなくなるから、子供たちが母親に話しかけているのに、会話を拒絶してしまい、子供たちの心に大きな傷を負わしてしまうことになってしまうのだ。

●自分が憎む人を憎み、そして許してあげる

 こういう場合、精神科医がどんな薬を使っても、その大きな心の傷を治すことはできない。その女性は大きな心の傷を負っていても、至って健康そのもので、ただ愛すべき人に憎しみをぶつけて、確実に不幸に成って行くという奇妙な生き方をしているだけだからだ。これは薬で治療すべき対象ではないのだ。

 古来より、この手の女性たちを治して来たのは宗教家だと相場が決まっていた。宗教家が巧妙な遣り方で以て、心の中から憎しみを取り除いてあげれば、その女性は人を憎むことなく、きちんと愛せるようになるからだ。一発では治すことは難しいが、最低でも3ヵ月間あれば、必ず変われるものなのである。

 宗教家の中でも愚かな宗教家なら、「憎しみを捨てなさい」とか「許してあげなさい」と言って来ることだろう。でも憎しみを捨てられないし、許せないからこそ、憎しみが続いているのである。憎しみの感情と言うのは、非常に大きなエネルギーを持っているので、憎む相手をそう簡単に許せないのである。しかも、この手の女性は自分が本当に憎むべき相手が実は自分の母親であるということすら気付いていないのである。

 だから、まずは自分は本当は自分の母親を憎んでいることを解らせてあげ、母親を徹底的に憎ませるのである。子供というのは、特に女の子というのは、母親が異常な行動をしている場合、母親にその責任があるとは思わず、自分が悪いからこそ、母親が異常な行動を取るのだと、異常な形で正当化してしまうからだ。そうではなく、母親が異常だったということをまずは認めさせ、母親を徹底的に憎むことで、その憎しみの役割を終えさせ、消滅させるのである。徹底的に憎しむことで、憎しみを消滅させるのである。

 その上で母親を許してあげることだ。母親といえども完璧な存在ではなく、恐らく母親自身も自分の母親からまともに愛されず、苦しんで来た訳であって、愛の蓄積がないからこそ、自分の子供たちに異常な行動を取ってしまったのである。でも、そういう母親でも自分を産んでくれた訳だし、問題はありつつもきちんと育ててくれたので、許してあげるべきなのである。感謝をしてあげるべきなのである。

●自分の不幸は自分が作り出している

 大きな心の傷の原因を取り除かない限り、同じような不幸が遣って来て、更に不幸が悪化して行くものなのである。自分の心が歪んでいるからこそ、自分の現実も歪んでしまい、大量の不幸が訪れて来るのである。不幸というのはそれ自体が悪いのではなく、自分の不幸は自分で作り出していると解るまで、不幸は自分を襲い続けるのである。

 女性というものは人を愛することを最大の喜びと感じてしまう動物である。それなのに自分の心の中に憎悪の炎が燃え上がっていれば、まともな愛を出せなくなり、生きる喜びが消えて行ってしまうものなのである。母親への憎しみを捨てきれないから、「間違った考え」をしてしまい、「間違った行動」をしてしまい、「間違った相手」を選んでしまうのだ。

 母親に憎しみを抱いている既婚女性の夫婦関係が巧く行かないのも、そもそも相手を間違えているからなのである。それは何も間違った相手を押しつけられたのではなく、自分が自分で間違った異性を選んでしまい、それなのに、この世で最高の男性だと思い、結婚してしまったのだ。恋愛の情熱が冷めた頃に、自分が冷静になると、この男が自分にとって最悪の男性だと解って来るものなのである。

 こういう場合、この手の既婚女性は全て悪いのは夫だと言い切ってしまうものだ。しかし、悪いのは妻の方であり、未だに自分の母親に対して憎しみを抱いているからこそ、間違った男性を選び、結婚してしまったのである。もしもその夫と離婚した所で、母親への憎しみは消えていないのだから、また自分にとって最悪な男を選んでしまい、最悪な結婚生活にしてしまうものなのである。

 不思議なことに、女性が母親への憎しみを捨てると、その夫との縁が切れるか、夫が変わり夫婦仲がありえないほど良くなるか、2つに1つの道を歩んでしまうのである。まさに自分が変われば世界が変わるのだ。しかし多くの女性たちは自分を変えずに夫を変えようとするからこそ、不幸がより悪化して行くのであって、自分を変えない限り、自分の不幸は止まらないのだ。

●心の扉を閉ざすのではなく、心の扉を開く

 心に憎しみを抱いている女性ほど、心の扉を閉ざしているものだ。自分が不幸に陥って行くたびに、周囲の友人たちから何かしらのアドバイスを得ていた筈だ。しかし、そのアドバイスを全て却下してしまい、自分の心を一切変えなかったのだ。自分の心を変えないから、より事態は悪化し、自分ではどうしようもない事態にまで悪化して行ってしまうのである。

 心の扉を閉ざす女性に限って、その難問に立ち向かい解決して行こうとするのではなく、難問を先送りし、逃げ出してしまうものだ。心の扉を閉ざして逃げ出しても、なんの解決にもならないのだ。逃げた所で、また難問に直面してしまい、更に事態を悪化させてしまうものなのである。

 自分が傷ついてもいいから、心の扉を開くことだ。素直になって心の扉を開けば、最善のアドバイスが入って来たり、解決策が見つかるものなのである。母親への憎しみを捨てるという作業は、自分一人ではできないので、然るべき人に出会い、その人の力を借りて除去して行くしかないのだ。それをやらなければ、終生、憎しみが消えないのである。

 結婚しているなら、まずは夫に心を開くことだ。子供たちに心を開くことだ。夫や子供たちの前で格好つけないことだ。家庭の中で仮面をつけながら暮らしていれば、夫や子供たちだって反撃を加えて来るのは必至なのだ。仮面をつけて生活していること自体、相手に喧嘩を売っているようなものなのだ。

 自分が心を閉ざしているからこそ、相手も心を閉ざしてしまうのである。自分が心を開けば、相手も心を開いて来るのだ。世の中はそういうふうに出来ているのである。自分が不幸になるのは、自分がそうさせているからであって、自分が幸福になるということは、自分がそうさせているからなのである。そのことに気付くまで、延々と遠回りし続けるのである。

●素直な気持ちを夫に伝える

 夫婦だからといって、以心伝心というのは絶対に有り得ない。夫婦だからこそ、きちんと会話をし、自分の意思表示をきちんとしておくべきなのである。自分の夫だからこそ、自分の酢素直な気持ちを伝えて行くべきなのである。黙っていないで、言うべきことをきちんと言う。但し、絶対に感情的になって、喧嘩腰にならないことだ。

 母親への憎しみを持っている既婚女性は、家事や育児を大変なものだと思ってしまう傾向がある。自分の母親が家事や育児を楽しんでやっていなかったので、自分も結婚して家事や育児を遣り出すと、大変なものだと思ってしまうようになるのだ。そこで不平不満を溜め込んでいないで、夫に「私は家事や育児をちゃんとやっているのだから、もっと自分を認めて欲しい」ときちんと伝えることだ。

 夫というのは、妻が家事や育児を楽しんでやっていないと、絶対に手伝わないものなのである。それをやっても楽しいとは思わないので、自分が楽しいと思える仕事に集中してしまうのである。それゆえ、妻が不平不満を抱えながら、家事や育児の手助けを求めて来た時、妻の異常事態がはっきりと解るようになるのである。政府が国家権力を使って、家事や育児を手伝わない夫たちに無理矢理手伝わしても、なんの解決策にもならないのだ。夫たちが家事や育児を手伝わない理由は、妻が素直にならず、心を開かないからなのである。

 自分が素直になれば、幾らでも素直な言葉が出て来るものなのだ。「手伝って」「助けて欲しい」「有難う」「御免ね」「助かるわ~」等々。こういう言葉を妻が使ってくれば、夫だって妻の手助けをして来ることだろう。こういう素直な言葉を使わずに、夫は家事や育児を手伝って当然だと傲慢になっているからこそ、夫は妻の手助けをしないのである。

 「やって!」というのと、「手伝って!」と言うのでは、天と地の差があるほどに全く別物になのである。夫は仕事で全力を使って、帰宅する頃にはヘトヘトになって帰って来るものなのである。それなのに妻が夫のことを気遣うことなく、自己中心的になって物を言っていたら、どんなに温和な男性だって怒り出すものなのである。だから、家事や育児で自分が遣れるべきことは遣ってしまうべきなのである。それでも自分の力では出来ないものがあるなら、その時は自分が謙って助力を乞うというのが、妻として当たり前の行動なのである。それが出来ないからこそ、夫を怒らしてしまい、夫婦喧嘩が勃発してしまうのである。

●自分が幸せになりたかったら、自分が愛すべき人々を幸せにしてあげる

 誰もが完璧な家庭で育って来る訳がないから、女性の中にはどうしても母親に対して憎しみを抱いてしまう女性たちが出て来るものなのである。母性愛というのは絶対肯定の愛だから、母性愛が不足するということは、自分を絶対に肯定することができなくなり、相手に対しても絶対的に肯定することができなくなるのだ。そういう女性が大人になれば、自分を否定し、相手を否定してくるようになってしまうのである。自分の心がネガティブモードになっているから、自分が不幸に成って行くのは当然で、それなのに自分が悪いとは思わず、「相手が悪い!」「男性が悪い!」「世の中が悪い!」と叫び出して来るのである。

 この手の女性たちは結婚をせずに独身を貫いてくれれば人畜無害なのだが、よりによってなぜか結婚に拘り、結婚をして来るのだ。その女性たちにとっては両親の不幸な結婚ほど自分の心の中で心残りになっているものはないので、結婚に関する本を書いてきたり、結婚をして来るのである。しかし、自分の心の中に憎悪の炎が燃え上がっているのだから、結婚の本を書いても結婚を否定するような内容になり、結婚した所で離婚に終わるようなことになってしまうのである。憎しみを抱いている女性は絶対に幸せになることができないのだ。それは神様が絶対に許さないのだ。

 だから、結婚は修行なのである。女性は結婚することで、その結婚の中で修行を行い、自分を変えて成長させて行くのである。独身の時には自分の心の中で憎悪の炎が燃え上がっていることに気付かなくても、自分が結婚すればそれに気付くことができるものなのである。自分が幸せになれると思って結婚したのに、結婚が滅茶苦茶になってしまえば、遅かれ早かれ自分の心に異常があると感づくものである。、

 心の中に憎しみを持っている女性ほど愛を叫ぶ。「愛こそ全て」と言われれば、無条件で賛同してしまう。しかし、人は愛すればいいのではないのだ。自分が幾ら愛した所で、他人を不幸にさせてしまうことは幾らでもあるのだ。人は人を愛した上で、その人を幸せにして行かなければならないのだ。愛は手段であり、目的ではないのだ。幾ら愛しても、その人を幸せにしなければ意味がないのである。自分の心の中に憎しみがある限り、絶対にその愛はまともなものにならないのだ。

 だから、憎しみを捨てる。まともな愛が出て来るような女性になる。人を愛してもいいが、決して愛し過ぎないことだ。愛し過ぎてしまうこと自体、自分の心が異常になっているということなのである。人を幸せにしていくためには一生懸命に愛することは必要だが、必要以上の愛は要らないのだ。愛だって過剰になれば弊害が出て来るものなのである。

 自分が幸せになりたかったら、自分が愛すべき人々を幸せにしてあげる。結婚しているなら、夫や子供たち以外にいないのだ。夫や子供たちに自分の愛をきちんと伝えることだ。自分から進んで行って、夫を抱きしめてあげる。子供たちを抱きしめてあげる。そして夫を褒めてあげる。子供たちを褒めてあげる。褒め方が上手だと、自分も相手も幸せに成って行くものなのである。

 今まで不幸だらけの人生を歩んで来た女性なら、自分が変わってしまうと、雪崩れの如く幸せが遣って来ることになるものなのである。自分が幸せになった時、今までの不幸は自分を成長させるためには必要なことだったと気付くようになるものなのである。そうやって駄目な昔の自分を肯定することが出来た時、輝かしい未来が開かれて来るのである。

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コメント

タマティーさん今回の内容は正に今のわたしに必要な言葉でした。正直、私は母を憎んでいます。離れていれば大丈夫ですが、電話やメールや押し掛けて来られると一気にペースを乱されます。

私が子供達に対して絶対にしたくないことは、母のようにその場にいない家族の悪口を言う事です。イソップ童話のコウモリみたいな人なのです。結婚してからも、私の口から主人の悪口や愚痴を引き出そうとします。結婚して、家族の愛情とはもっと日常的で、穏やかで、当たり前の気遣いや交流にあるものなのだと気付き、母を遠ざけたく思うようになりました。

家庭を守るためには、大嫌いな母に対して感謝の気持ちを持たなければならないわけですね。難しいですが、子供達のためなら頑張らないといけないですね。

投稿: smile-larch | 2010年1月26日 (火) 09時50分

タマティーさん、続け様に投稿しましてすみません。先日はお返事をどうもありがとうございました。子供は喧嘩するもの、対人関係の学習とのこと…これからは放っておきます。コメントを読ませて頂いて頭がスカッとしました。タマティーさんご自身のご体調はその後いかがでしょうか。これからもブログ楽しみにしています。

投稿: smile-larch | 2010年1月26日 (火) 10時01分

はじめまして♪
よかったらウチのブログも
見ていってね♪

投稿: in Field | 2010年1月26日 (火) 21時48分

 [smile-larch」さん、この手の母親にはやはりきちんと憎んでおき、自分の憎悪の炎を消滅させておくことです。
 例えば、母親と二人きりになった時、母親が誘導尋問をして来るなら、その話をきっかけに大喧嘩してしまうのもいいです。
 母親の方はまさか自分の娘が反撃して来るなんて思わないから、オロオロしてしまいますよ。
 但し、母親の方も娘の行動を見切っているので、大喧嘩する前に、自宅できちんとシュミレーションして、母親がどのように出たとしても、こちら側が勝つようにして下さい。
 これをやれば母親も誘導尋問をやめるようになるし、母子の関係に劇的な変化が出て来ると思います。
 その上で、母親に感謝することです。


 heart04 happy01 heart04 happy01 heart04 happy01 heart04

投稿: タマティー | 2010年1月27日 (水) 07時05分

こんにちは。今回の「不幸になった人」は、まさに私の母親かもしれません。母は、おそらくずっと、姑を憎み、夫である私の父を憎んでいるのかもしれません。そのせいか、ずっと貧乏で、幼い娘(私の妹)を事故で亡くしました。自分自身をも恨んでいるかもしれない。私は母に幸せになってもらいたい。何だかもうすっかり幸せをあきらめてしまったように見えます。
何か私にできることがあればいいんですが‥

初孫を産んだことは大きかったですね

投稿: smile | 2010年1月28日 (木) 00時30分

 「smile」さんの言う通り、初孫を産んだのは大きいですね。
 姑や夫を恨むような女性は、自分の母親や父親も対しても恨みを抱いているんです。
 自分の心の中に母性愛の蓄積が少ないために、下手すればないということもあるので、どうしても自分が愛すべき人を憎んでしまう傾向にあるんです。
 そのため、孫のように愛すべき対象が出来た時、自分が改心して、自分が愛すべき人を愛するようになれることもあるんです。

 但し、自分の母親といえども、自分の娘を交通事故死させているような女性なら、監視を怠らないことです。
 孫に対してどう考えても不適切な言動を言って来たりするなら、その際は我が子を自分の母親に会わせないようにすることです。
 こういう女性は自分の考えの誤りを指摘しても、そう簡単に変えたりすることはないけど、smileさんがこれはおかしいなと思ったら、はっきりと指摘して、誤った考えを改めさせることです。
 時間はかかると思うけど、自分の母親であるがゆえに、気に入らないからといって人間関係を切断できないので、徐々にではあるが治して行くことです。

 それと同時にsmileさんの夫婦が豊かになり幸せになってしまうことです。
 心の中に憎悪の炎を燃え上がらせていれば絶対に裕福になれず、幸福になれないということを、身を以て示すことです。
 ssmileさんが旦那さんの仕事を巧く行かせるようにすると共に、家計簿をしっかりとつけて、生活を質素にして、地道に貯金して行き、投資して行くことです。現在、株価が低迷しているので、今の内に買っておけば、いずれ株価が値上がりして、資産が増えて行くと思います。
 下手に母親をいじくるよりは、自分たち家族が豪邸に住んでしまった姿を見せる方が、母親にとっては余程衝撃になると思いますよ。

 heart04 happy01 heart04 happy01 heart04 happy01 heart04

投稿: タマティー | 2010年1月28日 (木) 06時50分

はじめましてこんにちわ。
大変説得力のある文章のようにみえて、
妻、母親、そのまた母親、原因は母親。。。。。
結婚生活がうまくいかない理由を全て女性の責任だと
原因をなすりつけているような文章に思えます

結婚して不幸だなと思っている女性自らが振り返ることは大切なことだということはよくわかりますが・・・。

母親のそのまた母親の・・・となれば、相当な古い時代の考え方が根底になってきます
古い考えを脱しようとする女性と、いつまでも古くからのやまとなでしこを求めようとする幼稚な男性 でバランスが崩れてきていることも原因だと私は思います

投稿: マニラ | 2011年10月30日 (日) 14時18分

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