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子育てに於ける父親の絶対的必要性、 ~父親の絶対的自信と子供の反抗、そして青春の飛翔~

●父親が本当に必要となるのは、実は反抗期を迎えてから

 はっきりと言ってしまえば、育児の段階では父親の出る幕はない。せいぜい母親がきちんと育児ができるように、生活費を調達してくれればいいのだ。幾ら育児が大変だからといって、父親が母親を押し退けて育児に手を出し過ぎてしまうと、母親の方が育児をきちんと行えなくなり、その後、母親として実力が付いて来ないために、至る所でトラブルを起こしてしまうのだ。育児の段階では母親がフラフラになりながらも、可能な限り自分一人の力で育児をするということは、母親としての実力をつけるためには、絶対に避けては通れぬことなのである。

 父親が必要になるのは子育てに於いてである。育児には不要な父親でも、子育てに関しては必要となって来る。育児と子育ての分岐点は、大体、小学生になった時なのである。正確にこの時期であるとはいえないものだが、赤ちゃんから幼稚園児までが育児の対象であり、小学生以降は子育ての対象なのである。一体、育児と子育ては何が違うのか? それは子供を家族の構成員と認め、家族内の様々な仕事を請け負わせることで、家族のために奉仕し貢献させるようにすることなのである。

 我々がいう「人格」というものは、この時期辺りから形成されていくのである。幼稚園児までは母親におんぶに抱っこでも構わないが、小学生になったら母親に頼り切ることはやめさせ、自分が家族の一員として、家族に奉仕し貢献して、その過程で自分の人格を徐々に作って行くのである。

 小学生の段階では、外に出ては、まだまだ子供扱いしかされない。しかし、家庭の中では家族の一員として扱われ、自分の存在が尊重され、意見することができ、行動することができるからこそ、その人格はすくすくと成長して行くのである。もしも家族というものがなく、子供をいきなり外に放り出してしまったら、子供は自分の人格を巧く成長させることができず、生きて行くことで精一杯となり、人格が相当に捻くれてしまい、まともな人生を歩むことができなくなってしまうのだ。

 小学生時代に家族の中でのんびりと過ごして行くと、女の子は初潮が始まったあたりから、男の子は精通が始まった辺りから、徐々に両親から離れて行くことだろう。この時期こそ自立の始まりであり、反抗の始まりである。この時期に子供が親に背いていくことで、その親の存在と葛藤して行き、自分の人格を築き上げて行くのである。実は、父親の存在が本当に必要となるのは、この反抗期に於いてでなのである。

●父親の絶対的自信

 父親というの者は精神作用を担う者なのである。家庭に父親がいるだけで、家族の構成員たちの精神レベルを上げてしまう機能を持つのである。これは両親が揃う家庭と母子家庭の違いを一目瞭然となる。母親しかいない家庭で育って来た子供は精神レベルが低いものだが、両親がいる家庭で育って来た子供は精神レベルが高くなってしまうものなのである。

 男性というのは女性より脳の大きさが大きいために、あれやこれやと考えて来る生き物なのである。人類は今まで様々な哲学者を輩出して来たが、哲学者の殆ど全ては男性である。男性はただ単に生きていればいいのではなく、「如何に生きるべきか?」を問い続け、それを実行することで、より良い人生を送ろうとして来るのだ。このことは、女性たちが自分の周りの人間関係を良くして、幸せに生きられればそれでいいと考えて来るのとは大いに違う所なのである。

 父親が哲学者でることは必要はない。しかし、父親が今まで自分が生きて来た中で、確固たる「人生哲学」を形成し、その人生哲学に従って自分を律して生きて来ないと、父親として君臨し続けることはできない。父親はどんなに高額な所得を得て、家族の生活費を調達して来ても、自分の人生哲学を以て家族に接して来ないと、家族は反乱を起こして来るものなのである。なぜなら、妻も子供たちも、この男性は父親としておかしいと思い始めるからなのだ。

 父親は働きに出て稼いで来るのだから、祖国の恩恵を受けているものである。祖国が国防をきちんと行い、治安を維持してくれて、公共事業も盛んに行ってくれるからこそ、自分は安心して働きに出れるのである。それゆえ、父親には「愛国心」というものが必要であって、愛国心があるからこそ、妻や子供たちは父親を敬うようになるのである。もしも愛国心がなければ、妻や子供たちは父親を敬おうとはしなくなるのだ。日本は大東亜戦争で負けて、その敗戦ショックのために愛国心を失ってしまった者たちも多かったが、そういう父親のもとで育って来た子供は、その後、多くの犯罪に手を染めたのであって、戦後長らく犯罪発生件数が多かったのは、そのためなのである。一家の主たる者、家庭の中では絶対に祖国の悪口を言うべきではないのである。そういうことをやっていると、子供が父親を殺すようになってしまうのである。

 もう一つ必要なのが「宗教」である。宗教は神の絶対性を強調し、それによって人間の相対性を図るために、神を敬う者は己を謙虚にし、傲慢になることなく、冷静沈着となって物事を進めて行けるようになるのだ。生きていれば様々な現象に出食わすものであるが、宗教心があれば自分の心に不動なるものが出来上がって、人生をブレなくさせるのである。子供は自分の父親が神を崇敬しているからこそ、自分の父親を神様の次に偉い人物だと思い込むようになり、父親にきちんと服従して来るのである。

 この父親の人生哲学と愛国心と宗教心の三つが揃うと、父親に絶対的な自信が出来上がり、家族にどんな問題が生じて来ても、きちんと立ち向かっていくことができるようになるのである。この父親の絶対的自信があればこそ、子供は反抗期を迎えた時、その父親の支配から脱しようと真剣に生き始め、自分の人格を形成して行くことになるのである。

●子供の反抗

 子供は小学生までは家族に認められることで自分の人格を育んでいき、反抗期に入ってからは、子供は父親に対して反抗し、その過程の中で自分の人格を作り上げて行くのである。子供の人格形成で鍵を握っているのは父親であり、父親なくてもまともな人格を形成できないのだ。

 確かに「親がなくても子育つ」という諺のように、父親がなくても子は育つものだ。しかし、それは肉体だけが育っただけであり、人格が育った訳ではないのだ。それだからこそ、母子家庭に育った子供は、大きくなってから自分の実の父親を探そうとするものなのである。父親に一目でもいいから会わない限り、自分の人格がどうしても成長してくれないのである。いつまでも心のどこかに心残りが残り続けてしまうのである。

 子供の反抗は父親があればこそ、その父親に絶対的自信があればこそ、まともな形で反抗して行くことができるのである。今まで父親の言うことを聞いてきたが、これで本当に正しいのかどうか葛藤し始め、自分なりの道を切り開こうとして来るのだ。大人から見ればこの時期は確かに無駄なのである。大方、父親の言っていることが正しいからだ。しかし、父親の言うことを敢えて否定して、自分の道を切り開くからこそ、自分の人格が出来上がって来るのである。

 子供が反抗期を迎えたら、その反抗のエネルギーを外に向けさせるのである。勉強でもいいし、スポーツでもいいし、芸術でもいいし、家族内に籠らせず、外で活躍させるからこそ、我が子が鬱屈せず、自分の道を切り開いていくことができるのである。この時期は急激に成長して行く時期でもあるので、巧く乗れば一気に飛躍して行き、大成功を収めてしまうものなのである。

 最悪の選択肢は、小学生までに父親が子供ときちんと接して来なかったために、反抗期を迎えてから、子供を自分のもとに縛りつけようとすることなのだ。これをやられると子供は通常では有り得ない反抗をして来るようになり、不良になったり、警察沙汰になったり、学校に行かなくなったり、精神病送りになってしまうのだ。

 自分の父親に人生哲学がなく、愛国心がなく、宗教心がなければ、まともに反抗したくても反抗できなくなり、尋常ならざる反抗の仕方をして来るようになるのだ。父親が父親としての条件を満たさずに、父親として君臨していたツケは、確実に我が子によって復讐を食らうことで清算しなければならなくなるのである。

●青春の飛翔

 小学生の頃は大好きな父親であっても、反抗期を迎えてしまえば、父親の存在は存在そのものが、子供にとって抑圧となるのだ。その抑圧が強ければ強いほど、反抗して行くエネルギーが溜め込まれ、それが爆発することで「青春の飛翔」が始まって行くのである。青春時代が「第二の誕生」と言われるのはこのためで、これ以降、両親に頼ることなく、自分の力で自分の人生を切り開いて行かねばならなくなるのである。

 青春の飛翔が起これば、一体、自分はどこに飛んで行くか解らない。しかし、青春の飛翔をし続け、自分が様々な経験をすることで、この世の矛盾や欠点が見えて来て、それを覆そうと躍起に成る。その悪戦苦闘の中で、逆にこの世の正しさや長所も見えて来て、或る日突然、この世をありのままに受け入れることができるのだ。これが出来た時、自立が完成したのである。

 多くの人々は青春時代に何か大きな勘違いをしていて、この大事な大事な時期に遊び呆けてしまうのだ。だからこそ、自分の力で自立することができず、「社会が悪い」「経済が悪い」「政治が悪い」と環境のせいにし続けてしまうのだ。如何なる環境も自分に都合よく作られている訳ではないのだ。環境を主に置くのではなく、自分の心を主に置かない限り、永遠に自立することはできないのである。

 青春の飛翔があればこそ、若者たちは世の中を革新して行こうとする。若者は既存の体制を是認することはできないからだ。既存の体制に反逆し否定し革新しこうとする。それは青春の中で自分が死滅して行くのか、新生して行くのか、二つに一つしかない選択肢であるがゆえに、その闘争は先鋭化し、激化して行く。だからこそ、この時期に於いて、新しい歌は生まれ、新しい物語は生まれ、新しい思想が芽生えて来る。如何なる国家に於いても、革新というものは若者が担うべきものであって、老人たちが担うものではないのだ。

 若者たちが青春の飛翔の中で世の中を革新してくれるからこそ、世の中は停滞から救われ、新たな生命を吹き込ん行くことができ、新しき物と古き物が共存し合うことで、前進させて行くことができるのである。自分が年を取ってから振り返れば恥ずかしいものであっても、あの熱すぎる時期は自分にとっても世の中にとっても必要なことなのである。、

 物解りのいい父親のもとでは、子供の方に青春の飛翔が起こらない。子供に青春の飛翔を起こす必然性が出て来ないからだ。父親が平等イデオロギーに取りつかれてしまうと、父親は家庭の中で父親の役割を果たして来ないから、子供が思春期を迎えた時、どのように反抗していいか解らなくなるのだ。そういう子供は、自立したくても自立できなくなるから、平気で人を殺したり、性犯罪を行ったり、麻薬に手を出すことで、自分が自立できなかったことから逃げ出そうとするのである。

 父親というのは、頑固者で丁度いいのである。平等など蹴倒して、家庭の中で強烈な不平等を作っておくことなのである。家族の中で一番偉いの父親であって、それに刃向かって来る者には容赦のない態度を取るべきなのである。「如何なることがあっても、父親の座は譲らん!」と思っている父親こそ本物の父親なのである。そういう父親であればこそ、子供はきちんと反抗できるし、青春の飛翔を開始して行くことができるのである。そして青春時代が終わった時、自分の人格がしっかりと出来上がっているものなのである。

 自分が自立を完成させてしまえば、後は独立を開始し、新たな家族を形成して行くものだ。そうなれば革新などする必要性はなくなり、自国の歴史や伝統や習慣をきちんと継承し、地道に保守しながら改革を施して行くものなのである。もう青春時代が終わったというのに、いつまでも革新を唱えていたり、世の中を否定しているようであるなら、その者は自立できなかったということなのである。青春時代は誰にでもあるが、その青春の中で誰もが自立できる訳ではないのである。自立できなかった者ほど、自国の歴史を否定して来るくせに、「新しい歴史を作る!」と言い出すものだが、大抵は破綻してしまうものなのである。自分が青春時代に於いて自立できなかった悪魔のツケは、必ず自分を破滅させることでその支払いをしなければならないものなのである。

 自立できた女性だったら、遅かれ早かれ結婚をして、父親に別れを告げるものなのである。自立が完成してしまえば、もう父親は要らないからだ。だからこそ、結婚式で涙を流しながら、父親に感謝の意を述べて来るのである。自立できた男性だったら、遅かれ早かれ結婚し、家族を背負う父親の責任が痛いほど解って来るだろう。その父親の思いを共有できた時、もうその男性は立派な父親になっているものなのである。そうやって父親の魂は、娘にも息子にもきちんと継承されていくのである。

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コメント

タマティ様 お返事頂けて嬉しいです。ありがとうございます。
以前の記事にありましたね!好き好き好きをいっぱいためて・・・って。
何事も「好き」が大事で、好きがなきゃ始まらないし。
母子家庭でも娘はしっかりと育ちますか(嬉)
・・・そして息子はダメなんですね(兄悲)

身を清めるとは・・・。
私に出来る方法はお風呂に塩を入れて入るとか?
神社にお参りに行くとか?
お墓参りをするとか?で良いでしょうか・・・

まずは自分自身を好きと思うこと!ああ・・・難しいかも。
自分の夫や子供を好きなんだと思うこと!昔より確実に減少してます(汗)

今回思い切って相談させて頂いて少しづつ心が温かくなってる気がします。単純すぎ~でしょうか。やはり精神レベルが低いのか・・・
まだまだ義父母の事、息子の事質問したい事がたくさんあるんです。図々しくて申し訳ございません。

また、宜しくお願い致します。

投稿: sayaoto | 2012年11月13日 (火) 19時53分

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