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2010年2月

浅田真央の涙 ~限りなく金メダルから遠い銀メダル~

●仕事そっちのけ

 トリノ大会のようにオリンピック中継を深夜にやられるのも困るが、バンク-バー大会のように日中にやられるのも困る。フィギュアスケートの場合、ナマで見ないと、その緊張感や感動をきちんと味わえないので、ただ結果だけを見てもなんにも面白くないのだ。そこで俺は午前11時30分までに仕事を全て終えてしまい、それ以降はフギュアスケートの中継に釘付けですよ。

 俺はオリンピックが始まる1ヵ月前にフィギュアの結果を予想していたのだが、予想通り、1位キム・ヨナ、2位浅田真央、3位ジョアニー・ロシェットになった。自分の予想が当たったために嬉しいのだが、その反面、やはり浅田真央が金メダルを取れなかったのは悔しい。浅田真央の涙に俺も目をうるうるさせていました。

 ただ、日本選手全員が8位以内に入ってくれたので、俺が最低限の義務としていたものはクリアしてくれたのだ。中継を見ている時は、安藤美姫が3位に入ってくれるのではないかと思っていたが、ジョアニー・ロシェットがやってくれました。逆転されましたよ。しかも最後には長洲未来にまで逆転されたので、安藤美姫は5位ですよ。失望させられたのは鈴木明子で、もっと巧い演技をしてくれるかなと思ったら、ミスが目立ってしまった。

 日本のテレビ局の人々は浅田真央の肩を満ち過ぎで、「審査がおかしいんじゃないか?」といっている所もあるけど、今回の試合ではキム・ヨナの演技は抜群だった。たとえ浅田真央がジャンプをミスしていなくても、浅田真央はやはり銀メダルだったことだろう。今回の銀メダルは、限りなく金メダルから遠い銀メダルなのだ。今回の銀メダルのは80%くらい銅が混じっている銀メダルなのだ。

 どうしてこうなってしまったのかというと、浅田真央がノーミスで滑ろうとしたからなのである。フィギュアスケートの場合、ノーミスは無理なんだ。ミスは誰にでも起こるものなのである。ノーミスを目指すのではなく、ミスを最小限にして、ミスをした場合、巧くリカバーすることができれば、非常にいい演技ができるのである。キム・ヨナはノーミスを目指さなかったからこそ、余裕を持って滑っていたのである。これが金メダリストと銀メダリストの決定的な差なのである。

●タラソワコーチの基本的な考え方は間違っていない

 今回、日本では浅田真央への過度の期待があったために、浅田真央のコーチだったタチアナ・タラソワへの批判が起こるのではないかと危惧して、このコーチ問題に触れておく。結論から言うと、タラソワコーチの基本的な考え方は間違っていないのである。正しいのである。タラソワコーチは技術点と芸術点の両方を上げれば、金メダルが取れると考えたのだが、キム・ヨナだって技術点と芸術点の両方が高いのである。

 では、一体どこが問題だったのか?

①選曲

 まずは、選曲自体に問題があったのである。浅田真央がフリーで使用したのは、ラフマニノフの『鐘』なのだが、この重たく荘厳な曲は選手を引っ張ってくれないのである。しかもそこに技を大量に盛り込んでしまったために、浅田真央は息つく暇がなく、それが本番でのミスに繋がったのだ。

 しかも、カナダのような植民地国家は総じて文化レベルが低いので、こういう芸術性の高い物を見せても、観客は理解できないのである。キム・ヨナがショートで『007』の曲を使ったが、文化レベルの低い国民に対しては、あの程度の物で充分なのである。日本や西ヨーロッパは歴史があり、文化レベルが高いが、だからといってカナダもそうだと思うべきではないのである。現地に行ってみれば解るが、文化の欠片など1つもないのである。それが植民地国家の現実であるのだ。

 更に追い討ちをかけるのが、カナダは基本的に反ロシアの国家なのであるということである。世界地図で見てみると、カナダとロシアは国境を接していないように思えるが、地球儀で見てみると、カナダとロシアは北極で国境を接しており、カナダは反ロシアを国策として取らない限り、国を滅ぼされてしまうという緊張感が常に存在しているのである。それなのにカナダ人相手にロシアの音楽を流せば、評価が低くなるのは当然のことなのである。

②指導方法

 次に上げる問題点は、タラソワコーチの指導方法である。タラソワコーチは椅子に座り、選手に滑らせ、口頭で指導するという遣り方を取るのだが、フィギュアスケートの技術がここまで向上した現在に於いて、椅子に座って指導する時代はもう終わったのである、コーチ自らリンクに立って指導しないと、微妙な所をきちんと修正できないのである。

 キム・ヨナの方は、コーチがリンクに立って、指導を受けていたので、ジャンプにしても、スピンにしても、ステップにしても、加点が付き易いのである。日本のマスコミはどうしてキム・ヨナだけにこんなに加点がつくのだと批判していたが、これは指導方法が違うために、技の出来栄えがキム・ヨナの方が断然いいのである。解り易く言うなら、浅田真央の技は洗練されていないのである。

③得点のテクニック

 第三にあげるべきは、得点のテクニックだろう。今回、浅田真央がフリーで失敗しなかった場合、それでもキム・ヨナのフリ-には勝てなかっただろう。恐らく観客の方は浅田真央の出来の方に拍手を贈ったと思うが、実際には得点の方はキム・ヨナが上になってしまうのだ。これはキム・ヨナの方が得点のテクニックを最大限に生かして、点を取りに行ったからである。

 俺が期待していたのは、実はこの状態で、この結果なら浅田真央が銀メダルを取っても、金メダルとなんら変わらない価値を持てると思っていたのだが、浅田真央が失敗してしまったために、そうはならなかった。今後、日本選手たちが如何に巧く得点のテクニックを駆使して行くのかが、最大の課題であろう。

●筋肉量が命運を分ける

 フィギュアスケートを日本選手権や五輪でしか見ない人たちは、「どうしてフィギュアスケートの選手たちはあれほど練習しているのに、本番ではミスしてしまうのだろう?」と疑問に思ってしまうが、これには人間の筋肉が深く関係している。人間の短期的な集中力は、実は3分間しか持たない。そのため、ショートでは2分50秒なので問題が起こらないが、フリーだと4分30秒なので問題が起こって来るのである。浅田真央は常々「ショートではミスが許されない」と言っているが、これはシ非常に正しく、ョートでミスをするような選手は問題外なのである。

 人間の筋肉の集中力は3分間しか持たないのに、フリーでは4分30秒の演技を行うのだから、選手は筋トレをやって、筋肉量を地道に増やして行くしかないのだ。今回のメダリストで一番筋肉量が少なかったのは浅田真央なのであって、筋肉量の少なさが金メダルが取れない原因の1つになっているのだ。

 3位を取ったジョアニー・ロシェットは、女子フィギュアの選手の中で最も筋肉量があるので、俺はこの体を見て、必ず3位になると予想して来たのである。これだけの筋肉量があれば、試合中は集中力を保て、しかも転倒しにくいのである。転倒さえしなければ大幅な原点を受けないのだから、他の選手たちがミスしてくれれば、自然と成績が上昇して行くことになるのである。

 スポーツ選手が筋肉をつける場合、自分が勝手にやってしまうと、効果的に筋肉をつけることができない。練習や試合で筋肉を使っているために、専門家から適正な指導を受けないと、筋肉がちゃんと付かないのだ。専門家から指導を受けずに、自分勝手に筋トレをやってしまうと、筋肉量が増えず、逆に堅い筋肉を作ってしまい、それが怪我に繋がる危険性を高めてしまうのである。

 筋トレをやれば筋肉がつくのではなく、食事も筋肉が付き易い食事に変えて行かなければならない。まずは白米を食べるのをやめさせ、小麦に変えることだ。小麦には植物性蛋白質が含まれているので、筋肉が付き易いのである。それと木の実や豆類を大量に食べて、植物性蛋白質をしっかりと取ることだ。その上で鶏肉や牛肉を食べて動物性蛋白質をしっかりと取って行くことだ。

 嘗て浅田真央の肉付きが問題視されてしまい、姉の舞が肉食を控えて、野菜を食べるように指導していたが、これはとんでもない間違いなのである。運動してない人が肉を大量に食べれば問題が出て来るが、あれほど運動をしていれば肉を好むのは当たり前であって、それで何か問題が起こるのではないのだ。肉を食っても筋肉に変わるのだから、どんどん食べさせるべきだったのである。

 筋肉量を増やすために欠かせないが睡眠である。筋肉をつけるということは、既存の細胞を壊して、細胞を増やすという作業をしているので、当然に睡眠時間をたっぷりと取って、体にその修復作業をさせてあげないと、良質な筋肉を作ることができないのだ。スポーツ選手なら7時間30分睡眠は絶対に厳守であって、それだけたっぷりと睡眠時間を取るからこそ、良質な筋肉がつくのである。日本のスポーツ選手たちは睡眠の効用を知らないために、平気で夜更かしをして来るので、だから良質な筋肉をつけることができないのである。特に20歳になる前までに、しっかりと睡眠時間を確保しておくと、その後の人生で良質な筋肉を維持し続けることができるようになるのである。

●日本、韓国、アメリカ、ロシアの4強時代へ

 今回のバンクーバー五輪でキム・ヨナが優勝したことで、韓国のフィギュアスケートが活気づいて来るのは当然に起こりうることである。韓国は日本にとって厄介な敵なのである。バレーボールにしてもサッカーにしても隣国に手強い強敵がいたからこそ、日本のバレーボールもサッカーも低迷しているのである。日本は韓国のフィギュアスケートに関する情報収集をしっかと行い、日本より優れているものがあるなら、どんどん日本も採用して行くべきだろう。

 アメリカには長洲未来とレイチェル・フラットがいるために、次のソチ五輪ではメダルを獲得して来ることだろう。特に今回の五輪では長洲未来の演技は非常に素晴らしかったので、この勢いで行くとソチ大会では確実にメダルを取って来ることだろう。アメリカは人口が日本の2倍以上で、しかも今でも人口増加をし続けているので、人材は幾らでも出て来るのである。

 次回はロシアが五輪の開催国となるので、ソチ大会ではロシアは必ず金メダルを取りに来る。そのために大量の資金を投入して来ることだろう。ロシアは女子フィギュアだけ金メダルを取っていないので、金メダルを取ることは悲願なのである。現在、ロシアの女子フィギュアは低迷しているが、今後は急上昇して来ることだう。

 日本は3選手が全員8位以内に入賞したからといって喜んではいられないのだ。ソチ大会で出られる選手は浅田真央だけであり、安藤美姫も鈴木明子も次回の大会には出ることはないだろう。出たとしてもメダルを取れることはない。今の内からソチ大会でメダルを取れる体制を作っておくことが必要なのである。

①新しい人材の育成

 まず新しい人材を育成しておくことだ。小さい頃から基礎を叩き込まない限り、大きく成長させていくことは不可能なのである。小学校を卒業するまでに、全ての技を正確に習得させないと、それ以降に於いて、芸術性を高めて行くことができないのだ。この点に関してはロシアは非常に優れており、まだまだ日本は学ぶべきなのである。

 10代の選手たちにはしっかりとした食事指導をしておくことだ。食事を疎かにしているからこそ、拒食症になったり、靭帯を断絶したりするのである。リンクの上で体を冷やしているというのに、清涼飲料水を飲んだり、アイスクリームを食べたりするのは、言語道断なのである。

②観客の質の向上

 国際試合では国家と国家の激突なので、愛国心をしっかりと持っていないと、スポーツを本当に楽しめないのである。どの選手も所属する国家でその国民性が出て来るものであって、しかも試合が白熱した際には、愛国心の強い選手が競り勝つものなのである。そのため観客にも正しい愛国心を持っていないと、自国の選手だからといって勝てもしない選手を持ちあげてみたり、外国の選手に熱狂的な声援を送ったりして、スポーツの楽しみを大いに損ねてしまうのだ。

 観客のレベルが上がらない限り、フィギュアを楽しめないものなのだ。例えばフィギュアの試合で「日本チャチャチャッ!」などという声援は絶対に必要ない。そういうことをされると選手の緊張感がほどけてしまうのだ。また、自国の選手より巧い選手がいたなら、それをきちん評価してあげることだ。そいうことをしていると、自国の選手がいい演技をした時に、きちんと評価をして貰えるようになるのだ。

 それと審査結果がどうであろうと、絶対にブーイングをしないことだ。審査員たちは審査基準があって、それに基づいて審査をしているのであって、それを素人の人たちがとやかく言うできではないのだ。問題があるなら、連盟の方が改善策を施すものなのである。日本の観客が素晴らしいのは結果に対してブーイングをしないことなので、今後も自分たちの美徳をしっかりと保ち続けることだ。

③マスコミの正常化

 今回の五輪で酷かったのは、日本のマスコミの報道である。日本の選手のレベルはそれほど高くないのに、金メダル確実という報道をしまくり、捏造報道と看做してもいいくらいに、報道の自由を乱用し続けたのだ。特にテレビ朝日が一番ひどかった。今後、テレビ朝日にはフィギュアスケートの放映権を与えないことである。それが日本のフィギュアがメダルを取り続けるためには絶対に必要なことなのである。

 これらの課題をクリアしていけば、次回のソチ大会でもメダルを取ることができることだろう。これは俺の直感ではあるが、浅田真央は幾らオリンピックに出ても、金メダルを取れないと思う。なぜだか解らないけど、そんな気がする。浅田真央は銀メダルとか銅メダルを取り続けてしまう選手なのだろうと思う。

 今回の銀メダル獲得で浅田真央フィーバーは長らく続くだろうが、浅田真央の路線は今回でもう終わりなのであって、今後、新たな選手に着目して、その選手に機会を与えて成長させていかないと、今後の五輪で金メダルを取ることはできないと思う。勇気を出して、浅田真央がやっていることを全面否定して来る若い選手が出てくれば、その選手が金メダルを取ることになるであろう。

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感情ママと冷静パパの相性

●夫婦の感情表現で必ず揉める

 感情ママは独身時代、みんなとワイワイガヤガヤするのが好きで、彼氏もその延長線上で作っていた筈だ。しかし、或る日突然、そういうみんなとの交わりを拒絶し、禁欲的に勉強するなり、スポーツをするなり、仕事をする男性を見つけてしまい、その姿に心を打たれて、いつの間に恋に落ちてしまったことだろう。

 感情ママは男性経験は豊富でも、きちんとした恋愛をすることができない傾向にある。一方、冷静パパは女性経験は少ないけど、女性と付き合うときちんとした恋愛ができるので、冷静パパと付き合うと、感情ママは充分に納得の行く恋愛をすることが可能となるのだ。当然に冷静パパにリードされる形で結婚したことだろう。

 しかし、この夫婦、結婚後に夫婦の愛情表現で必ず揉めることになるのだ。結婚すると、妻は夫が冷たくなったと感じてしまうのだ。冷静パパは結婚前も結婚後も余り態度が変わらないのだが、感情ママはその変わらない姿にこそ不満を抱いてしまい、些細なことで夫婦喧嘩が発生してしまうのである。結婚した喜びをお表に出して欲しいのである。

 更に追い討ちをかけるのが、夫婦の主導権争いである。感情型の人間と冷静型の人間が家庭内にいる時、男女に関係なく、冷静型の人間が主導権を握るという法則がある。この夫婦でも当然に冷静パパが家庭内の主導権を握る方向にあり、そのために感情ママの方が大いにストレスを感じてしまうのだ。

 冷静パパは必ずといっていいほど、家事に口出しして来る。自分の好みの家事を妻に要求して来るのであって、妻はそれに従わざるを得ないのである。反抗しても、口喧嘩で負けてしまい、明らかに夫の意見の方が正しい意見だからだ。このストレスが常に存在しているからこそ、結婚に対して大いに不満なのである。

●内助の功を大いに発揮すべき

 この夫婦の場合、如何なる問題を抱えていても、変わらなければならないのは、感情ママの方なのである。感情ママと冷静パパの組み合わせだと、どうしても感情ママの方が冷静パパに尽くさざるを得ないのである。「内助の功」を発揮することで、家庭内の主導権を獲得しない限り、延々と揉め続けてしまうのである。

 「良妻賢母の鏡」となるような既婚女性は、大抵がこの夫婦から出て来るものなのである。事実、夫婦の美談はこの組み合わせが一番多い。感情ママは感情表現が豊富なので、自分が如何に苦労したかを面白く他人に伝えることができるのである。冷静ママなら内助の功を発揮痾しても、それを面白く表現できないために、他人の記憶に残りにくいのである。

 気をつけるべきは、冷静パパは家事に手を出して来るので、余り家事に手を出させすぎるなということなのである。仕事をしている既婚男性が、疲れ切って帰宅して来たというのに、家事に精を出すことなんてできる訳がないのである。余りにも家事に手を出して来るようであるなら、仕事が巧く行っていないのを隠すためにやっている場合が多いのだ。そのため、妻の方としては、夫は家事に精を出すことで好印象を持っているが、一家の収入が激減するという報復措置を取られてしまうことになるのだ。

 また、この夫婦では、妻の方は繁殖力が強いが、夫の繁殖力は弱いということである。そのため、結婚したら早目に妊娠して赤ちゃんを産んでおくことだ。新婚生活は夫婦水入らずで過ごしたいなんて言っていると、不妊症で苦しむことになり、しかも感情ママの感情に火がついてしまい、妻が暴走する形で不妊治療を受け続けることになるのである。不妊症を発症する夫婦で一番多い組み合わせが、実はの組み合わせの夫婦である。不妊症の原因が、精子や卵子にあるのではなく、夫婦関係にこそあるということが解る典型例なのである。

 感情ママは家計を管理するのが苦手なために、冷静パパが家計を管理してしまう傾向にある。感情ママに家計を任しておくと、いつまで経っても資産が蓄積されないからだ。しかし、冷静パパは家計の運営を悪用する危険性もあり、自分は資産運用で失敗したのに、それを妻に一切報告しないという卑劣なことを仕出かして来るのだ。だからこそ、家計は夫婦が話し合う機会をきちんと設けて、夫が嘘をついて来ないよう、充分に監視することだ。

●ありのままに受け止めてあげること

 感情ママは良妻賢母の鏡のような人物になれると同時に、悪妻愚母の典型例になる可能性も充分にあるのだ。感情ママの感情的な言葉が、冷静パパを傷つけてしまい、冷静パパに仕事をする気力どころか、生きる気力すら奪ってしまうことになるのだ。冷静パパは論理的な話し合いでは論鋒鋭く話して来るが、感情的な話し合いに成ってしまうと、口を摘むんでしまう態度を取って来るのだ。しかし、それは妻から大いに傷つけれらている状態なので、夫はその傷を延々と持ち続けてしまうのでる。

 感情ママが感情を爆発させないためにも、家事や育児で大いに忙しく動き回っていることだ。忙しくしていれば、感情など爆発する訳がないからだ。その一方で、ママ友とかと話せる機会を持って、女同士の会話で盛り上がることだ。自分の言いたいことを夫に全て言ったとしても、冷静パパの場合、それを聞いてあげることが、非常に苦痛なのである。論理的な話なら聞く耳を持つが、感情的な話は聞く耳を持たないのである。

 冷静パパといえども、仕事では失敗するものだ。夫が失敗をしでかした時は、ありのままに受け止めてあげることだ。下手に口出しして来るとカンカンになって怒り出すから、ありのまま受け止めてあげればいいのだ。冷静パパは「女は男の仕事に口出すな!」が信条なので、直接仕事に関係あることは絶対に言わないことだ。不毛な夫婦喧嘩を避けるために、このことは絶対に必要なことなのである。

 夫の仕事に直接に口出ししないで、仕事関連の情報を伝えてあげることだ。最近流行している音楽はこれだとか、自分が買い物で見つけた物とか、雑誌などで得た情報を伝えてあげるのだ。冷静パパにとってはそういう情報が非常に仕事に役立つことになるのだ。冷静パパは論理的に仕事を進めて行くために、感情と言う肉付けが足りないのである。そのために仕事で問題を起こしてしまうのであって、それを妻が巧い形で補ってあげるのである。

 冷静パパは仕事で当たった時は、大当たりをして来るものだ。なんせ仕事を合理的に行っているのだから、仕事が成功してしまえば、一切の無駄を省いた形で成功して行くので、大いに儲けることができるのである。その反面、仕事が巧く行かなければ、合理的に仕事をすることの悪弊がモロに出て来てしまい、本業を忘れて、書類作りに没頭したり、パソコン画面と睨めっこするようになってしまい、一向に仕事の成果が出て来なくなってしまうのだ。それゆえ、感情ママが冷静パパときちんと話し合う機会を設けることで、夫が間違った方向に合理性を発揮しないように監視しておくことだ。

●性愛術に興味を持たせると、如何なく才能を発揮して来る

 冷静パパは性愛術に興味を持つと、如何なく才能を発揮して来ることになる。性愛術の巧さに関しては、感情パパとは比べ物にならないほど巧い。性愛術は頭が良くないと、絶対に上達しないのである。冷静パパだからこそ性愛術が上達するのであって、感情パパでは幾らやっても駄目なのである。

 感情ママとしては独身時代にそれほど満足行くセックスをしたことがなので、冷静パパに性愛術を学ばせることで、満足行く性生活を実現してしまえばいいのだ。そのためのお金は絶対にケチらない方がいい。それは必要な出費なのである。性愛術は或る程度のお金を出さない限り、上達して行かないものなのである。上達してくれれば、妻としては有り得ないような性生活を実現できるのである。事実、夫婦の性生活で不満を言って来ない夫婦は、この組み合わせの夫婦が一番多いのだ。それほど満足いく性生活を贈っているということなのである。

 その一方で、冷静パパが仕事をしすぎてしまうと、仕事で頭を使い過ぎてしまい、エネルギーが性欲に向かわず、セックスレスになる危険性も秘めているのだ。冷静パパは仕事を合理的に進めて行くために、どうしても頭を使い過ぎてしまうのである。感情ママとしては夫の性機能が不能にならないように、脳に栄養のある食事を作ってあげることだ。主食は「お米」よりも「麦」にし、根菜類をしっかりと取り、植物性蛋白質や動物性蛋白質を多く使って料理を作ることだ。

 冷静パパは夜遊びなどしない傾向にあるので、仕事が終わればすぐさま自宅に帰って来るものだ。それは妻としては有難いが、長年に亘ってそんなことを遣り続けていれば、夫の器量が狭まってしまうという弊害も出て来るのだ。そうならないように、休日は夫を外に連れ出し、色々な所に行ってみることだ。こういうことは感情ママの方が巧いので、様々なコースを作り、様々な体験をさせることだ。

 この夫婦が結婚していれば、夫唱婦随になってしまうが、妻は夫に従うと同時に、夫に肉づけもしているのである。冷静パパは感情ママと結婚し続けることで、物事を合理的に進めて行くだけでは巧く行かないということを知るものだし、物事を合理的に進めて行くためには、感情と言う肉付けがなければ、人は動いてくれないということが解るものなのである。結婚の成果は時間が経てば経つほど出て来るのであって、それは夫の仕事の成果として目に見える形で現れて来るものなのである。

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感情ママと感情パパの相性

●巧く行けば大成功

 感情ママと感情パパは出合った瞬間から、トキメクような恋に落ちた筈だ。互いに勘がいいので、自分にとっての運命の相手を見つけられ易いのだ。付き合ってしまえば、すぐさま意気投合し、デートには楽しい思い出をたくさん積み重ねたことだろう。結婚する際には、後先のことを考えずに、勢いで結婚して行く無謀な連中である。

 結婚すると、互いの積極性が刺激されあって、「積極性の相乗効果」が起こり、猛スピードで突き進んでいくことになるのだ。家庭内では妊娠や出産や引っ越しが重なり、外では夫が出世しまくるということになってくる。とにかく大忙しの夫婦になる。結婚というのは、積極的になって攻めて行けば、必ず成功してしまうものなのである。

 数ある夫婦の相性の中で、巧く行けばという条件付きではあるが、最も相性が良く、巧く行けば大成功する組み合わせなのである。この夫婦は盛んに攻め立てて行くことになるので、妻は夫に水を刺すようなことはやめ、とにかく撃って出るようにさせることだ。ただ難点としては防御力が弱くなるので、ピンチになった時には問題が噴出して来てしまうのである。

 感情パパは外では仕事人間なくせに、子煩悩な父親である。家事は基本的に妻任せなので、妻は家事を自分で切り盛りし、夫に頼むことはしない方がいい。それよりも外で働いて、しっかりと稼いで来て貰った方が、妻としては有難いのである。夫が帰宅してきたら、子供たちと遊ばせて、その間、自分は自分の自由時間を楽しむようにすればいいのだ。

 感情パパの中には指導者能力に長けている者もいるので、夫が起業したいと言い出したら、全面的に夫に賛成し、夫を支援しまくることだ。会社を興す場合、運がいい会社でない限り、数年間は苦しい時期が続くので、その間、不平不満を言わずに、しっかりと夫を支えることだ。そうすれば夫は会社を軌道に乗せることができ、大発展して行くことだろう。

●下手をすると大失敗

 しかし、この夫婦は下手をすると大失敗する組み合わせでもあるのだ。攻撃力には長けているのに、防御力にはからきし弱いのだ。例えば、双方が感情的になるものだから、喧嘩すれば大喧嘩になってしまい、収拾がつかなくなるのだ。そのくせ、喧嘩が終わると、アッという間に仲直りしてしまうのだ。双方が感情的になりすぎていれば、喧嘩になってしまうので、そういう時は冷静になって、喧嘩をしないように努めることだ。

 感情ママは家計を運営するのが得意でないために、夫の収入が幾ら多くでも、それを全部使い切ってしまう傾向があるのだ。家計簿をつけないばっかりに、家計が火の車になり、延々と燃え続けてしまうのだ。家計簿をつけるのが得意ではないというなら、収入を貰った時点で、収入の2割を天引き貯金してしまい、更に収入の1割を繰越予定金として、生活費から除外しておくことだ。生活費はその範囲内で行えば、自然とお金が貯まって来るようになるのだ。

 感情パパも感情ママもセックスは双方得意ではない。夫婦が裸になって一体感を感じることができればいいと思っているので、双方が性愛術を研究しないのである。特に気をつけるべきは、感情パパの中には「釣った魚には餌をやらない」タイプがいて、結婚後には妻とのセックスを疎かにする男性がいるのだ。こういう男性と結婚してしまうと、妻は性的欲求不満を感じてしまうし、下手をするとセックスレスになってしまうのだ。夫がやらないというのなら、妻が夫を誘って無理矢理やるようにするべきなのである。

 この夫婦は人間関係が派手になる傾向がある。家庭の中でこじんまりとしているより、外に出て色々な人と出会いたいのだ。社交家夫婦は大概がこの感情パパと感情ママの組み合わせだ。夫婦がいつも外に出歩いているために、家庭の中は大混乱を極めてしまい、気付いた時には子供たちから総スカンを食らってしまい、親子の関係を永遠に修復できなくなってしまうのだ。

 感情パパは非常に浮気性である。セックスが下手なくせに、一人の女性では満足できない傾向にあるのだ。いい歳こいて、キャバクラ嬢に夢中になったり、ホステスと付き合ってしまったりするのは、大抵が感情パパである。夫の浮気は或る程度までなら、認めてしまうことだ。妻が反対してしまうと、夫は感情に火がついて、離婚へと持ちこんでしまうからだ。浮気されるのが嫌であるなら、風俗嬢に性欲の処理をさせればいい。

●子が鎹になる

 感情パパと感情ママの夫婦では、子が鎹になる。夫婦双方繁殖力が高いので、とにかく子供をたくさん産むことである。最低でも子供を3人以上、出来れば子沢山でも構わないのだ。子供が少なければ、夫婦双方が積極的に動けず、パワー不足になってしまうのだ。子供がたくさんいれば、子供たちが夫婦の重りになり、夫婦の能力を思う存分発揮できるようになるのだ。

 感情ママは料理が得意な方ではないので、子供の数が少なければ、どうやっても料理の腕が上達しないものなのである。しかし、子供の数が多くなって来ると、大量に料理を作らねばならず、それによって料理の腕が上達して来るのだ。感情ママは家族が和気藹藹のものになると、大いにその能力を伸ばして来ることになるので、子供をたくさん産んで、食卓が賑やかなものにするようにすることだ。

 感情パパも感情ママも物事を論理的に話して行くことができないために、子供たちへの教育は巧く行かないものである。子供たちには勉強は学校でさせておき、それよりもスポーツに重点を置いて、子供たちに何かスポーツを習わしておくことだ。スポーツ馬鹿になられては困るが、スポーウさせて行く内に、勉強で出来るようになっていくものなのである。

 子沢山の場合、長男や長女の出来が良ければ、下の子供たちは後に続いていくことになるので、長男と長女への教育を失敗しないことだ。小学生程度の勉強なら、母親でも付いていけるので、居間で一緒に長男や長女と勉強してしまうことだ。下の子供たちがうるさいだろうが、巧くあやしながらやれば、勉強できる時間ぐらい捻り出せる筈だ。夜はいつも家族全員でテレビを見てたら、頭のいい子など育って来ないものなのである。

 子供たちが多くいれば、それだけ教育費がかかるのだから、子供が生まれた直後から教育費のために貯金をしておくことだ。子供がいい学校や大学に進学したいと言っているのに、お金がないばっかりにその希望を打ち砕いてはならないのだ。最低限の学費さえ出してくれれば、子供は奨学金を得るなり、アルバイトをしてお金を稼ぐなりしてくるものなのだ。感情ママはこういう配慮ができないので、きちんと配慮をしておくことだ。

●一歩身を引くことの大切さ

 感情パパも感情ママも、積極的に動くことができるので、成功し易いのだ。しかし、いつも感情的に成り過ぎることで大失敗をやらかしてしまうのである。自分が感情的に成り過ぎてしまえば、それをやられた相手も感情的に成って来て、収拾がつかなくなってしまうのである。感情のない人間などいないものだが、感情の持つ危険性も充分承知しておくべきなのである。

 「自分が言い過ぎたな」「自分が遣り過ぎたな」と思うなら、それを改めることだ。自分にとって利益にならず、損害にもならないのら、譲歩すべき所はきちんと譲歩すべきなのである。積極的に行動することは素晴らしいことであっても、無闇に積極的に動かれてしまうと、それによって迷惑を被ってしまう人々が出て来るものなのである。

 夫婦で喧嘩が発生しても、相手がどうのこうのよりも、自分が感情的になりすぎているのだから、自分が一歩引いてしまうと、途端に仲良くなってしまうものなのである。これは子供に対しても同じで、親子で揉め事が発生しても、自分が感情的になりすぎれば、事態が益々悪化していくものなのである。だから、一歩引いてしまうと、逆に子供の方が謝って来るようになるものなのである。

 感情パパと感情ママの夫婦は、大いに繁殖して行くことが義務付けられているのだから、たくさん子供を産んでいけばいいのだ。子供をたくさん産んで、それを育てて行くことで、自分たちも成長して行くことができるようになるので、子供が少なければ、成長して行くことができなくなるのである。子供の方が精神的に大人で、両親が精神的に子供というように、逆転した関係になってしまうのだ。

 この夫婦は、夫が外に撃って出て行く限り、妻が子供をたくさん産み育ている限り、繁栄して行くものなのである。大家族になってしまえば、強力なエネルギーを放出して来ることになるのだから、とにかく家族を大きくして行くことである。多少の欠点もパワーで押し倒してしまえば、幸運が更なる幸運を呼ぶようになるのだ。 

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感情パパと冷静パパ

●結婚すると、結婚相手の本性が解って来るもの

 既婚女性たちは、「うちの旦那はどうしてああいう性格なんだろう?」と愚痴を垂れて来るものであるが、結婚以前は決して自分の旦那となるべき彼氏にそういう不満は足れなかった筈だ。結婚すると、恋愛中では解らなかった相手の本性が良く解って来るものなのである。それが結婚したからこそ、距離が縮まり、仲良くなると同時に、相手の欠点も見えてしまっただけのことなのである。

 女性の場合、恋愛中は恋愛に夢中なので、相手のことがよく解っていないものなのである。愛し愛されることに全力を注いでしまうと、相手の性格を見極めるという肝腎な作業をして来ないのだ。愛は人間を感情的にさせてしまうので、どうしても理性の力が弱まってしまものなのである。

 しかし、自分たちの結婚は、結婚に辿りついた恋愛であって、結婚相手の性格の問題は少なくとも結婚そのものを否定するような欠点ではないということのである。自分にとって受け入れがたい欠点があるなら、結婚前に気付くし、自分が気付かなくても周囲の人々が忠告してくれて、その相手との交際を強制的に終了させる筈だ。「誰かと付き合うなら、必ず自分の両親に紹介しろ」と言われるが、これは恋愛の相手を間違えないための重要な防御システムなのである。

 自分の夫の性格に関してぼやく場合、その妻が夫の性格を正しく見て、きちんと受け入れていないことにこそ、本当の問題があるのである。夫の性格の片鱗しか見ていないのに、それを夫の性格の全てだと思い込んでいる妻たちは多いし、また夫の性格がこうだと解っているのに、それを受け入れていない妻たちもまた多いのだ。

 夫の性格は決して複雑なものではないし、受け入れがたいものでものない。夫の性格も妻の性格と同じく、基本的にはたった2つのパターンしかない。様々な男性たちはいるだろうが、基本的には2つのパターンしかなく、しかも結婚できているということは、独身男性のように未熟な男ではないということなのである。自分が夫がどのような性格の持ち主であったとしても、成熟した男性であることには変わりないのだ。

 では、そのたった2つの性格とは何かというと、「感情パパ」と「冷静パパ」の2つのタイプなのである。

●感情パパの基本的性格

 感情パパは、脳を全体的に巧く使ってはいるが、やや右脳優位なために、感情的な男性である。体には筋肉がしっかりとついていて、行動的である。声は大きく、ハキハキとしている。家庭よりも仕事中心に生きる男で、原則として家庭のことは妻に任すタイプである。妻が家庭のことをきちんとやってくれれば、細かいことは何も言ってこない。

 若い時は。体育会系で体を鍛えたか、遊び人として遊び回ったかの2つに1つである。感情的になってしまうので、どのような高学歴を持っていたとしても、それほど頭は良くない。要領がいいので、試験の時などは友達の手助けを借りたりして、高得点を取って来るタイプである。勉強に関心がないと、勉強は全然駄目になってしまい、落ち零れて行くタイプである。

 ナンパや合コンは大好きで、いざ女性と付き合う時、グループ交際から始めるのが特徴的である。デートの際は女性に面白いことをいって笑わせるが、セックスは下手である。女性をベッドまで誘い込むことに長けていても、女性を裸にしてしまうと急速に性欲が萎えるタイプなのである。

 結婚して大きく変わるのは感情パパの最大の特徴で、独身時代は遊びまくっていたのに、結婚してしまうと途端に性根を入れ替え、良き父親になる。妻子を養うために一生懸命になって働くので仕事中心になってしまうが、家族を何よりも大事にする父親なのである。

 基本的に組織の中で大活躍するタイプのなので、社長になったり、経営管理者になったりすれば大いにその能力を発揮して来る。しかし、個人戦には弱く、自営業などでは不利な立場に置かれてしまう。自営業を遣る場合は、決して一人でやろうとせず、必ず妻を巻き込んで来て、サポート役に変えてしまわないと、成功することがない。

●冷静パパの基本的性格

 冷静パパは、脳の使っている部分が偏りがちであり、やや左脳優位である。そのために感情的になることが苦手で、物事を論理的に進めて行ってしまうのである。体は引き締まった傾向にあり、論理的に理解しないと行動して来ない。声は小さく、ブラックユーモアを言って来る傾向にある。仕事と家庭はきっちりと分けるタイプで、職場では精力的に働くが、帰宅しても妻の家事や育児に注文をつけて来るのが特徴である。

 若い時は個人競技で体を鍛えたか、個人的な趣味の世界に没頭したタイプである。論理的に物事を考えて来るのであって、高学歴なら非常に頭がいいし、低学歴であったとしてもその低学歴のギャップを感じさせないほど、非常に頭が良い。その反面、論理的なものでないと、一切受け付けず、救いようのない頑固者となる。

 ナンパや合コンは嫌いで、女性をレディーとして扱い、いざ恋愛を開始する時、1対1のデートから始めるパターンである。デートコースの選び方やデート中の進め方は巧くないが、セックスに関しては、その方面に興味があるなら有り得ないほど巧い傾向にある。釣った魚には餌をやり続けるタイプで、一人の女性とじっくりと長い交際をする傾向にある。

 結婚しても独身時代の頃と余り変わらないのが、冷静パパの特徴である。結婚は出来て当たり前と思っているので、冷静沈着になって自分が望む家庭を作り上げて行こうとする。家計を妻に任しっぱなしにするタイプではないので、自分の稼いだお金は自分の物と思っており、最低限の生活費を妻に渡す傾向にある。そのため妻が夫の家計運営をしっかりと監視しておかないと、いつまで経っても資産が貯まらないという事態になってしまうのだ。

 基本的には個人戦が得意なので、自営業や小規模な会社の社長に納まるタイプである。大きな組織に入ってしまうと、技術系の職についてしまい、技術屋としては優秀であるが、いざその者に経営を任してしまうと、途端に無能なことを遣り出してしまうのだ。この手の人材をトップに迎える時は、職場を転々とさせ、大局眼を養わせておかないといけない。論理的に正しい意見であったとしても、実践不可能な意見や実践すれば必ず失敗する意見というものもあるのである。

●夫の性格を変えようとするな

 男性の性格には2つのパターンしかないのだから、自分の夫の性格はその内のどちらかである。感情パパか冷静パパである。感情パパが良くて、冷静パパが悪い訳でもないし、感情パパが悪くて、冷静パパが良い訳でもないのだ。それぞれ脳が左右のどちらかに優位したかで、性格がまるで違ったものになってしまうのである。

 女性は結婚すると、一度は必ず夫の性格を変えようと試みるものだ。しかし、妻がどんなに夫の性格を変えようとしても、性格は変わらないのである。夫の脳はその性格になるように育って来たのであって、妻ができることは夫の性格をまずは受け入れることなのである。

 勿論、結婚生活を運営して行く上で、絶対にやめてほしい癖などがあるなら、それは夫に頼み込んでやめて貰えばいい。例えば、子供が喘息で苦しんでいるというのに、夫がタバコを吸っていたのなら、幾ら治療しても治らないからだ。変えていいのは、自分や子供たちに有害となる行為だけであって、夫の性格に関しては絶対に変えてはならいし、変えようとしてはならないのだ。自分が幾らやっても変わるものではないのだ。

 変えるべきは、自分の方なのである。自分の対応を変えればいいだけなのである。感情パパの場合、感情的になるので、その感情を巧く発散させると同時に、自分が論理不足を補ってあげればいいのだ。感情パパの感情を下手に押さえ込むと、感情パパは非常なストレスを感じてしまい、酒やギャンブルにのめり込んだり、浮気して家に帰らなくなったり、或る日突然に蒸発したり、オカマになったりするのだ。

 冷静パパの場合、論理的に話を展開して来るので、その論理を巧く展開させてあげると同時に、自分が感情の不足を補ってあげればいいのだ。冷静パパの論理を下手に押さえ込もうとすると、冷静パパは屁理屈を捏ねて、妻の意見を徹底的に粉砕して来るので、自分が口喧嘩で負けてしまうし、たとえ勝っても自分の方が論理的に間違っている勝ち方をしてしまい、非常に後味が悪くなるのだ。

 結婚して3年以内に、必ずこの試練が遣って来るものなのである。その試練は自分たちの結婚を成功させるための大事な試練であって、既婚女性同士が集まって、夫の悪口を言ってストレスを発散しないことだ。この試練を乗り越えることができなければ、次のステージには上がれないのである。自分たちの結婚をレベルアップさせるためには、夫の性格を受け入れ、自分の対応を変えればいいのである。たったそれだけのことをするだけで、結婚生活はバラ色になってしまうのである。

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感情ママと冷静ママ

●女性が一番知らないのは、実は自分自身である。

 人間はこの世のことが解らない以上に、自分自身のことが解らない。女性たちもお喋りで他人の噂話は散々するのに、自分自身のことが最も解らないものなのである。だからこそ、友達同士で話し合い、友達に自分の異常な点を指摘されたりして、徐々に自分自身のことに気付いて行くのである。友情が最も熱くなるのは青春時代の前半の頃だから、この時期に友達を持たざる女性は、自分自身に重大な問題があるといいことに気づけないことだろう。

 女性がいる所には、必ず「占い」が蔓延るものである。女性雑誌を見ると必ず占いが出て来るが、男性雑誌を見てみれば占いなど出て来ないものである。このために常に女性の迷信性は男性の中でも理性的な男性たちから批判に晒されて来た。ユダヤ教にしても、キリスト教にしても、その宗教家たちはみな男性たちばかりだったかあ、常に占星術を否定し、弾圧し、迫害して来たのである。

 しかし、女性たちは占いをやっているからといって、占い自体を信じているのではなく、占いによって自分自身が解るからこそ興味があるのである。占星術でも或る程度までなら、自分の性格を知りうることができるからなのである。それなのに占星術自体を否定してしまっては、女性たちが自分自身を知るということができなくなってしまうのである。

 キリスト教でも原理主義化すると、敬虔な信仰が実現されるが、その反面、占星術を過度に否定し、そのために女性たちは自分自身を知ることができなくなってしまい、それゆえ非常に高い確率で精神病患者を続出させてしまうのである。なぜキリスト教諸国、特にプロテスタントが強い地域で、精神医学が発達して来たかというと、それは精神を病んでしまった人たちが多数続出して来たからなのである。

 これから述べるのは、占星術の類ではなく、脳科学から見た性格の違いである。占星術なら生年月日によってそれぞれ性格が異なるが、脳科学から見た場合、女性の性格はたった二つしかない。余りにも単純明快なために、殆どの女性たちが自分の性格を一発で解ってしまうことになるのである。

 では、そのたった2つの性格とは何かというと、「感情ママ」と「冷静ママ」の2つのタイプなのである。

●感情ママの基本的性格

 感情ママというのは、脳を全体的に使っているのだが、やや右脳優位である。そのために、物事を論理的に進めて行くのが苦手で、かなり感情的になって物事を進めて行ってしまうのである。感情的というと何か否定的なイメージが出て来てしまうが、自分の感情をきちんと表に出せるからこそ、女性は自分の心の中にストレスを溜め込むことがなく、精神的に安定を保っていられるのである。

 感情ママは独身時代、派手な服装をしていた筈で、化粧もかなり濃かった筈だ。友達は豊富で、話題に事欠くことはなかった筈だ。ナンパさtれたり、合コンにも参加していた筈だ。男性経験も豊富で、そのくせ、恋愛を持続できることができなかった経験を持っているものである。

 結婚は勢いに任せてしてしまったタイプで、あれよあれよという間に結婚式も披露宴も終わってしまったことだろう。新婚生活になってもラブラブなくせに、些細なことで夫婦喧嘩をしてしまい、そのくせ、すぐに仲直りしてしまう傾向にある。仲良くなってしまえば、根に持つことはない。

 家事に関しては、一応満遍なくやるが、取り立てて巧い方ではない。感情ママの中には、「料理が苦手」「掃除が苦手」という女性たちが出て来るのも特徴の一つである。お金は使ってしまう方で、バーゲンなどには物凄く弱い。家の中にはとにかく物が溢れている。家計の管理が苦手なために、旦那さんがしっかりと貯金をしていかない限り、資産が貯まらない傾向にある。

 結婚して子供が生まれてしまうと、やや右脳優位の傾向に拍車がかかるために、育児や子育てでは感情的になることがしばしばであり、我が子に自分がして欲しいことをきちんと言えず、頭の悪さを露呈してしまうものだ。言葉ではきちんと教えられないために、子供とじゃれあうことで、母子に異常な問題が起こらないようにするタイプである。

●冷静ママの基本的性格

 冷静ママというのは、脳の使っている部分が偏りがちであり、やや左脳優位である。そのために感情的になることが苦手で、物事を論理的に進めて行ってしまうのである。論理的というと、何か肯定的なイメージがあるのだが、冷静になっているということは、自分の感情を抑えているということであり、そのために女性は自分の心の中にストレスを溜め込んでしまい、そのストレスを巧く発散して行かないと、或る日突然に大爆発を起こしてしまう危険性を秘めているのである。

 冷静ママは独身時代、控え目な服装していた筈で、化粧は薄かった筈だ。友達は少なく、限られた友達と濃密な話をしていた筈だ。ナンパされるのは大嫌いで、合コンは苦手で、合コンに参加しても心から面白いと思えたことはなかった筈だ。男性経験は少なく、そのくせ、一度恋愛をしてしまうと、長い期間に亘って恋愛を維持する傾向にあった筈だ。

 結婚は慎重に進めて行った筈で、相手の男性をよく確かめ、その男性の両親をよく確かめてた上で、結婚することに同意した筈だ。結婚式も披露宴も自分が企画運営してしまった方で、かなり低額な料金で抑えた筈である。新婚生活では生活を整えることに最優先し、自宅は整然と管理が行き届いていたことだろう。

 家事に関しては全般的に全てが巧い傾向にあり、「料理が得意」「掃除が得意」という女性たちが出て来るのも特徴の一つである。お金の使い方は非常にシビアで、食料品の安売りを的確に把握して、生活費をしっかりと抑えて行く。家計の管理が得意で、旦那さんが散財しても、資産をしっかと貯め込んでいくことができる。

 結婚して子供が生まれてしまうと、やや左脳優位の傾向に拍車がかかるために、育児や子育てでは論理的になることがしばしばであり、合理的に育児を進めることで育児の成果が出る一方、子供の感情の激しさに手を焼いてしまい、育児ストレスを抱え込んでしまうことになる。子供たちには論理的に話すことで、自分のいいつけを守らせようとするので、母子の会話を多くすることで、母子に異常な問題が起こらないようにするのである。

●自分の性格はそのまま受け止めること

 感情ママが駄目で、冷静ママが良いという訳ではない。逆に感情ママが良くて、冷静ママが駄目だということではない。脳が左右のどちらかに優位することで、女性の性格に大きな差が出て来てしまうのである。特に女性は母親になると、自分の性格が露出して来ることになる。未婚であるなら、外に出て働かねばならず、そのために自分の性格を抑えることもしばしばなのであるが、結婚して子供が生まれてしまうと、自宅で他人に干渉されることがないし、相手は子供だから気が緩んでしまうのだ。そのめに感情ママなら感情ママとしての性格がモロに出て来るし、冷静ママなら冷静ママとしての性格がモロに出て来てしまうのだ。

 感情ママにしろ、冷静ママにしろ、どちらとも長所があるし、欠点もある。どちらが得で、ちらが損ということはないのだ。絶対に自分と違う性格を羨ましがらないことだ。自分の性格が嫌だからといって幾ら性格を変えようとしても、大人になってからは性格は変わらないものなのである。自分の脳がそのように出来上がってしまったために、自分が意図的に自分の性格を変えることはできないのだ。

 だから、まずは自分の性格を受け入れることだ。感情ママなら感情ママとしての性格をまずは受け入れることだ。冷静ママなら冷静ママとしての性格をまずは受け入れることだ。感情ママなら論理的に物事を考えることは苦手で、感情的になってしまうが、それはそれでいいのである。冷静ママなら論理的に物事を考えることは得意であっても、感情的になることが苦手なのだが、それはそれでいいのである。

 それが出来た上で、正反対の性格を受け入れることだ。幾ら自分が感情ママであったとしても、この世には自分の性格と正反対の性格の持ち主もいるものなのだと受け入れてしまうことだ。幾ら自分が冷静ママであったとしても、この世には自分の性格と正反対の性格の持ち主もいるものなのだと受け入れてしまうことだ。性格が違うからこそ、自分には学ぶべきことが多いのである。

 自分の性格をきちんと把握できたのなら、事前にトラブルは防げるのである。例えば感情ママなら感情的になってしまうために、些細なことで夫婦喧嘩をやらかしてしまうものだ。そういう時、「今の自分は感情的になりすぎている」と解れば、感情の暴走にブレーキをかけることができ、夫婦喧嘩を回避することができる筈だ。冷静ママなら論理的になってしまうために、夫や子供たちが非論理的な行動を取って来た場合、自分はストレスを溜め込んでしまうものだ。そういう時、「自分は論理的になりすぎている」と解れば、合理性の暴走を食い止めることができ、不要なストレスを抱え込まなくても済むようになるものなのである。

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文字の誕生こそが人間関係を変えてしまう

●文字が人間の脳を変えた

人間の体は狩猟採集経済の頃と変わらないが、脳は多いに変わってしまっている。狩猟採集経済の人間たちはどれもバランスの取れた体格をしている。これは人種や民族を問うとなく、発掘された骨格を見ると、どれも骨格は丈夫で、筋肉隆々たる体をしている。狩猟採集経済なら、このような体型になるのは当然の結果だからだ。

 しかし、農業が始まると、人間の脳は大いに変動を受ける。まず、穀物が人間の脳にとって栄養分となる物質を大量に含んでおり、そのため妊婦が妊娠中に穀物を食べると胎児の脳を大きくさせることができるし、成長期に穀物を食べると脳が活性化するので、大人になった時に知能が高い人間になることができるのである。

 また、狩猟採集経済のように食料生産量が不安定な経済から、農業経済のように食料生産量が安定する経済になると、その過剰な生産物のために農業から解放された人々を生み出し、その者たちは高い知能を活かして文字を作り出し、その文字こそが「文化の蓄積」を可能にさせたのである。

 文字がなければ、文化は殆ど蓄積されない。たとえ誰かが高度な発明をしたとしても、その人が死んでしまえば忘れ去られてしまい、また最初から遣りなおさなければならないからだ。しかし、文字があればその発明を記録することができ、後世の人々はその発明を土台に更に文化を発展させることが可能になるのだ。

 文字のある民族と、文字のない民族とでは、一体何が違うのかというと、言語が決定的に違うのである。言語というのは文字を持つと、語彙が爆発的に増えるものなのである。狩猟採集経済で使われる情報量を「1」とすると、農業経済で使われる情報量はなんと「1万」なのである。しかも、その語彙は常に生産され続けるのであって、時間が経てば経つほど、文字を持った民族が圧倒的に有利になるのである。女子高校生などは造語能力に長けているものだが、この行為は常にマスコミの批判を受けてしまい、印象が悪いものとなっているのだが、そうやって女子高校生たちが新しい言葉を作ってくれるからこそ、語彙は増加してくれて、他の民族よりも優位に立てることができるのである。

●文字の誕生が文明的な征服を可能にさせた

 文明以前なら、どの家族も子沢山だった。子供が成人するまでの間の死亡率は非常に高いので、子供を数多く産まねば、その家族が消滅してしまうことになるからだ。子供の数が多ければ、同然に成人して来る人たちも増えて来るのだから、そこには当然に序列が生じて来る。

 中でも家督を継承することに最大の争いになった筈だ。家督を継承すれば、その相続財産を引き継ぎ、その家督継承者が他の兄弟たちを従えることになるのであって、そこには明らかに階級が生じて来るからだ。大方は長男が相続することになるので、そうなると次男以下は長男に服従せざるを得なくなる。

 そして戦争が始まれば、長男が大将となり、次男以下は兵士と従軍した筈だ。戦死率は圧倒的に次男以下が高かった訳だし、戦争に勝っても長男が軍を指揮した功績があるために、大量の略奪品を手にすることができた筈だ。更に平時に於いても、長男は相続財産があるために、いきなり裕福な暮らしを実現できるが、次男以下は新たに狩猟地を開拓しない限り食料にすらありつけない生活になってしまうのである。

 しかし、文字の発明はこの兄弟関係を一変させてしまう。次男以下は第一次産業に従事しなくても、文字を学び、学問を修めてしまえば、その高い知能を使って生計を立てることが可能になるからだ。別に食料生産に従事しなくtも、商業でも工業でも食っていけるし、戦争になれば兵法を使って大将になることもできるし、軍師や将校になることもできるし、諜報員としても活躍することができるようになったのだ。文字を使うことで、狩猟採集経済では日影者だった者に才能を発揮するチャンスが巡って来たのである。

 これは日本の歴史を見ても、文字の使用こそが文明の始まりというのは、理解できる筈だ。縄文人たちは1万年以上に亘って縄文時代を営んで来たが、秦の始皇帝の勅命を受けて徐福一行が不老不死の薬を探しに日本列島に遣って来ると、縄文時代は終止符を打ち、いきなり弥生時代が始まり、僅か百年程度の短い期間で、日本全国に稲作が普及してしまったのだ。

 縄文時代では日本民族は末子相続であったために、家督を相続する末子だけが相続財産を継承してしまい、それ以外の兄たちは外に出て行くしかなかったのだ。しかし、そうやって日本全国に広まってしまうと、獲物自体が少なくなってしまい、縄文時代末期には恒常的な飢饉が発生し、人口減少が見られてしまったのだ。だが、弥生時代が始まると、飢饉は解消され、人口は爆発的に増えて行ったのである。弥生人が縄文人を征服して行くのに戦争は多々あっただろうが、その戦争によって文明的な征服が可能になったのである。征服された縄文人も、反乱を起こしたりしただろうが、かといって最早、縄文時代に戻ろうとしなかったのである。飽くまでも弥生時代の中で生きていくことにしたのである。

●文明は男系相続によって創りあげられるもの

 文字の誕生は女性の育て方にも大きな変動を与えた筈だ。どこの家族でも長女というのが最も健康的に生まれて来る。母親の方が育児の仕方が未熟なのに、なぜか長女は最も健康的に育って来る。しかもどこの父親も長女を可愛がる傾向にあるので、長女が結婚して行く時には、最も財産を費やした筈だ。結婚に当たって長女が優遇されるのは当たり前のことなのである。そうやって名家と姻戚関係を結んで、自分たちの家族を繁栄させようとしたのだ。

 しかし、次女以下は長女ほど優遇されないために、飽くまでも長女が死んだ場合のスペアとして用意され続けた。次女以下は家事労働に従事するのは当たり前のことであって、そうやって独身時代に扱き使い、結婚先もそれほど重要視されなかった筈だ。結婚して出て行ってくれれば、それだけ食い扶持が減ったので、逆に家族にとって有難いのである。

 もしも、その家族に男子が誕生しなければ、その家族の長女には婿取りをすることで、その家系を維持しなければならないという大役が課せられていた筈だ。婿取りをして、家督を継承してしまえば、次女以下の妹たちにとっては悲惨この上ない状況になり、長女に服従するを得ない事態になってしまうのだ。長女の一存で、次女以下の妹たちの命運が決まってしまうようになってしまうのだ。

 婿取りを何度も繰り返して行けば、その家族は女系家族になってしまう。女系家族というのは基本的に現状維持を目指すものだから、発展を止めてしまうものだ。女性らしく、みんなが和気藹藹としながら暮らすのであるが、新しい発明などは抑えられてしまうので、人口は多い癖に、文化レベルは低いという現象になってしまうのだ。

 古代文明というものは、そういった女系家族の部族を、男系家族の部族が征服することで成立し始めたのである。文明は男系家族によって創り上げられるものなのである。この当たり前の歴史的事実があるのに、文化人類学者たちは女系家族で暮らす部族たちを男系家族の部族と同じレベルで取り上げたりするのだが、女系家族の部族で文明を起こした部族は1つもないのである。事実、女系家族の部族はどれも文明以前の未開の部族たちだったのである。

 では、女系家族は消滅してしまったかというと、決してそうではない。女系家族は男系家族に征服され、文明の中に組み入れられることで生き延びたのである。日本でも旅館や料亭は女系家族が行うものだし、老舗の商家には婿取りを繰り返すことで生き延びた商家も多数存在するのである。

 しかし、支配階級は断然として男系家族の人々によって運営されるものなのである。天皇家だろうが、貴族だろうが、神職だろうが、名家であればあるほど、男系家族なのである。現在の皇室には男性の数が少ないために、女性にも皇位継承を認めてもいいのではないかと議論が起こったことがったが、天皇家の歴史を見れば、天皇家は首尾一貫として男系相続を繰り返してきたことが解るのである。女性が天皇になったこともあるが、それは飽くまでも繋ぎとしての役目を果たしただけで、天皇家は一度たりとも女系相続行ったことはないのだ。天皇家の皇位継承のことを詳しく知りたかったら、竹田恒泰著『旧皇族が語る天皇の日本史』(PHP研究所)を読んでいただきたい。この本は著者が旧皇族なので、天皇家のことには非常に詳しいし、正論を言っているし、しかも非常に解り易く書いてあるのだ。

●文字こそ全ての人々にチャンスを与えるようになった

 文字があればこそ、文明以前では日影者たちだった者でもチャンスが巡って来たのである。文明の中で暮らしていても、文字を知らなければ、チャンスを与えられることはないのだ。どんなに働いても、食い繋ぐのが精一杯の生活しかできないのである。文字を知っているからこそ、文明の中で生活を豊かにして行くことができたのである。

 でも、日本民族で庶民たちがすぐさま文字を習い始めた訳ではないのだ。文字など庶民の生活には不要だったからだ。では、一体いつ頃から文字を学び始めたかといえば、琵琶法師たちよって『平家物語』が語り継がれ、太平記読みたちによって『太平記秘伝理尽鈔』が講釈されることで、庶民たちが文字に興味を持ち始め、文字を習い出すようになったのだ。

 国文学者たちは世界で初めて女性によって書かれた『源氏物語』を称賛する傾向にあるのだが、国文学の古典の中で最も出来がいいのは、実は『平家物語』なのである。なぜなら、平家物語は琵琶法師たちが語り継いで来たものだから、非常に読み易く、劇的要素を大量に含んでいるからだ。この違いが解るためには、是非とも音読してみればいいのだ。音読してこの二つの古典を読むみ比べると、圧倒的に平家物語の方が優れているのだ。

 『太平記秘伝理尽鈔』は現代では忘れ去られた古典なのであるが、この古典は江戸時代に於いて武士たちのバイブルとして扱われた重要な古典なのである。『太平記』の解説書のような振りをして、実は政治学や軍事学や諜報学といった政治全般に関わる学術書のような本で、これを太平記読みの人々から講釈を受け、その後、学問に精進した武士が圧倒的に多いのである。

 『平家物語』や『太平記秘伝理尽鈔』といった優れた古典があればこそ、庶民たちは文字に興味を示し、江戸時代には寺子屋が整備されて、識字率が急激に向上して行ったのである。江戸時代というのは非常に文献の量が多過ぎて、なかなか江戸時代を全て網羅することのできる学者が出て来ないほど、文化レベルが高かったのである。庶民文化の高さとしては世界随一であったのである。

 この識字率の異常な高さこそ、近代化の大きな原動力になったのである。明治維新後、政治家たちはすぐさま全国に尋常小学校を整備し、庶民に対して初等教育を施しているのである。ということは、当時の政治家たちは教育の重要性が解っていたということなのである。この識字率の高さがあればこそ、日本は欧米列強に追いついてしまい、西ヨーロッパ諸国に対しては、完全に追い抜いてしまったのである。

 昭和憲法体制下では、教育が社会主義者やフェミニストたちに乗っ取られてしまったために、教育といいながら、子供たちを洗脳しよう躍起になっているものだ。そのために常時、教育現場では問題が発生し、しかもその問題を誰がどうやっても解決することができないでいるのである。地方自治体が最も多く注いでいるのは、実は教育費なのであって、それなのに、教育が失敗し続けているのである。

 現代では文盲が事実上いなくなってしまったために、文字の持つ威力を忘れてしまっている。そのために高校や大学を卒業してしまえば、学問を学ぶのは終わりだと思い込んでいる人々が跡を絶たない。自分が向上して行くために必要な学問は学ぶなり、研究するしかないのである。

 「貧乏人たちは学校に行く。お金持ちたちはセミナーに行く。」と言われるものだ。貧乏人たちが学校を操業して、それ以上の学問を学ぶことをやめてしまうからこそ、いつまでも貧乏なのである。お金持ちたちは学校に行くだけでなく、学校を卒業した後にセミナーに行くからこそ、裕福になって行くのである。セミナーは料金が高くても、それを上回る利益を得ることができるものなのである。

 それでは、この文字というものが、家族関係に一体どのような変化をもたらしたのか、これから見て行くことにしよう。これを知ってしまうと、今まで巧く行かなかった夫婦関係や育児や子育てが、一気に好転してしまうことになるのだ。まさか文字がこれほど家族関係に影響を及ぼしているなんて想像すら付かないことなのだ。

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新連載の予告

●タマティーのブログ制作の歴史

 今から3年以上も前、タマティーはブログを始めることになった。切っ掛けは父親がブログで癌治療を紹介しようとしたのだが、その実験台として俺がブログを開設させられることになったのだ。このブログ開設には本当に本当に悪戦苦闘した。そのくせ、その後、ブログを開設した父親の方はたった1回で挫折してしまったのだ。父親はブログで癌治療の話をすれば大量にアクセスしてくると思いきや、まるで反応がなかったのでやめてしまったのだ。ブログというものは、毎日記事を書き続けて、コツコツと常連客を獲得して行くというのが解らなかったみたいだ。

 俺の方はというと、最初は『爆笑タマティー宮殿』と題して、日常の爆笑ネタを公開して行くつもりだったのが、早々に「これはあかん!」と思うようになった。ブログ散歩で他のブログを見てみると、この手の日常ネタで面白いブログは全て女性が書いているブログであって、男性の俺には圧倒的に不利だったからだ。そこで、ブログ自体を変えて行かないと存続できない事態に陥ってしまったのだ。

 そんな時、ブログ散歩で不妊治療のカテゴリーをたまたま見てしまい、ショックを受けることになった。というのはそこで不妊症の女性たちが出していた治療の実態は、悲惨極まりないもので、俺はショックを受けてしまったのだ。俺の義憤からブログを『不妊症バトルロワイヤル』に変更し、そこで安全な不妊症の治療法を公開して行くことになった。

 ただ、『不妊症バトルロワイヤル』は飽くまでも『爆笑タマティー宮殿』の後続なので、前振りに日常ネタを出し、その後、不妊症治療の真面目な話にすることになってしまい、執筆時間が2時間近くかかってしまった。そのために集中力を欠いてしまい、記事の結末がどうしても暗い物になってしまったし、俺の方も体力的に苦しいものがあったのだ。そんな時に「にほんブログ村」で言論弾圧事件に遭ってしまい。俺としては最大級のショックを受けることになったのだ。

 そこで書き方を変更して、執筆時間を1時間30分に制限し、時間が来たら強制的に打ち止めにすることにした。これが効を奏したのか、それ以降、ブログを書いていて疲れることがなくなったし、執筆スピードも速くなった。しかも、それまではアクセス数をどうにかして増やして行こうとしていたのだが、あの事件以降は読者を限定して、高級化路線を取ることにした。アクセス数が多くしてしまうと、どうしてもバカな人たちが見て来るので、そうなるとブログの質を上げることができないということで、ブログを書いている方が不満を感じてしまうからだ。

 そう遣って『不妊症バトルロワイヤル』を書き終えたのだが、不妊症女性の中に妊娠できた女性たちが出て来たために、続編として『幸せ色の出産ラブストーリー』を書き始めることになった。ただ、公開したカテゴリーが妊娠やら出産やら育児などでやったために、不妊症ではない、健康的な女性たちが大量に増えてしまい、今日に至ったのだ。『不妊症バトルロワイヤル』から見続けたくれた人々もいたけど、コメントしづらくなってしまい、コメントする女性たちも様変わりしてしまった。高級化路線で読者を限定した筈なのに、逆にアクセス数が大いに増えるという結果になってしまったのだ。

●脳科学から見た結婚や育児や子育て

 タマティーはこれでブログを終わりにしようかなと思っていたのだが、この続編を望む声が多々寄せられ、このままやめてしまうのは、男がすたるので、新たな企画を考えることにした。流れからいうと、思春期の少年少女の育て方を論ずることになるのだけれど、思春期は個人差が激しいので、育児や子育てで論じたようにはひと括りで話すことができないのだ。真面目に勉強している生徒と不良少年とではまるで違うからね。

 そこで思春期は脳が大きくなって行くことに着目して、脳科学から見た結婚や育児や子育てを論ずることにした。脳科学の観点からなら、思春期のことを論じても、こうやってやれば成績もアップするし、不良の道に走ってもすぐさま軌道修正できるということが解るようになるものだからね。

 ということで、今度のブログタイトルは題して、

 『満開ブレインパラダイス!』

 脳の極楽、しかも、それが満開! 脳が解ると結婚も育児も子育ても教育も全て解っちゃうというもの。脳のメカニズムを知れば、幸せなんて幾らでも獲得できてしまうからね。脳のメカニズムを知らないと、現実がしっかりと見えて来ない。だから、自分勝手な思い込みで自分を不幸にさせてしまうのだ。

 『満開ブレインパラダイス!』では、脳のメカニズムを解説した上で、「結婚の成功の仕方」を教えて、こうすれば結婚は幸せになるよというものを教えて行く。その後、「育児や子育ての成功の仕方」も教えて行く。子供の脳は19歳まで脳そのものが成長していくので、母親が脳に関する知識を知っておかないと、脳を大きくすることができないのだ。

 それと「教育の成功の仕方」も教えて行くことにする。現在、日本では深刻な教育問題を抱えているけど、これは社会主義やフェミニズムによって教育が破壊されてしまったためなのだ。教育は洗脳ではないのだ。飽くまでも子供たちに物を教え、それを育てることによって、子供たち本来持っている能力を引き出してあげることなのだ。これなんかも脳のメカニズムが解ってしまうと、簡単に行うことができてしまうのだ。

●週5回、時たま休みあり

 『不妊症バトルロワイヤル』を遣っていた時は、読者が不妊症で苦しむ女性たちということで、毎日せっせとブログを書き、公開していたのだが、休みもなく記事を書いていると、どうしても疲れてしまい、多少精神的にヤバイ時もあったのだ。しかもそんな時に言論弾圧事件を食らってしまったために、相当ショックを受けてしまったのだ。

 そこで『幸せ色の出産ラブストーリー』で週休2日にしたのだけれど、週休2日だと話が一向に進まなくなってしまうので、急遽済し崩し的に週休1日としてしまった。週休1日といっても、記事自体は書き続けていて、書き終えた記事が溜まると、長期休暇を取って休んでいたのだ。この方が記事の質が上がったと思う。現在のように週休2日にし、しかも祝日が多くなってしまうと、仕事の質は上がらないと思う。日々せっせと働き、休む長期休暇で休んでしまった方が、疲れがきちんと取れるし、仕事の質が良くなると思う。

 でも、敢えて今回は週休2日にする。最近、仕事が忙しくなってきたので、午前様の仕事になった時、さすがにブログを書くのは辛いので、そういう時は既に書き終えた記事を公開するだけにする。そのため、土日は記事の更新を休むということにした。でも、土日でも書いているので、長期休暇もしっかりと取れる筈だ。但し、タマティーにとっては祝日は一切関係ないので、祝日といえども公開します。

 心残りは土曜日に集中して見てくれる読者たちだ。嘗て土曜日に敢えて記事を公開し続けたのは、この土曜日に集中して見てくれる読者がいたからだ。しかし、普通に見ている人々は土日になれば見なくなるので、土曜日だけ見る読者たちだけを特別扱いしなくてもいいかもしれない。その代わり、質の高い記事を書けばいいんだから。

 公開するカテゴリーは「結婚」「妊娠」「育児」「子育て」「教育」の5つとする。妊娠のカテゴリーは卒業したのに、タマティーは舞い戻ってきます。妊婦の皆様、お待たせしました! あのタマティーが帰ってきました! 妊婦たちのカリスマにして、生ける大人のおもちゃ! ターミネーターほどの執念の持ち主です。教育のカテゴリーには初めて進出! どうなることやら。教育そのものには関係ないからね。でも脳のメカニズムが解って上で教育を施せば、これほど高い効果を発揮するものもないからね。

 アクセス数は増えると思うけど、高級化路線はそのまま堅持なので、ブログの質は相変わらずになると思う。脳科学に関することを述べるので、多少は難しくなる記事も出て来るけど、きちんと付いて来て欲しい。完全な学術論文を書いている訳ではないので、そんなに難しい訳ではないのだ。ただ、そういう学術的な文章に慣れていたないだけなのだ。

●今回からアフィリエイトにチャレンジ!

 タマティーはブログパーツが大好き! ブログパーツに対して芸術的評価を与えているのは、タマティーが世界で初めてだろうと思う。俺のブログにはベタベタとブログパーツを貼り付けている。しかし、ブログパーツは広告の期間が終わってしまうと、途端に削除されてしまうので、途端にブログが淋しくなってしまうのだ。

 そこでブログを華やかにするために、アフィリエイトに着目することにした。俺はこのアフィリエイトの意味が良く解らずに、3年もの歳月が流れてしまった。IT革命の残留孤児であるタマティーはアフィリエイトなら突然に削除されないので、ブログが華やかになるということにだけ着目して、アフィリエイトにチャレンジすることにした。

 切っ掛けは『エヴァンゲリヲン』のアフィリエイトを見たからですよ。あの『エヴァンゲリヲン』ですよ。crying

 タマティーは泣いて喜んでしまいますよ。 これを見たらタマティーのブログで広告したくなってしまいました。嘗てタマティーは綾波レイに惚れちゃいました。オタクの人が「アニメキャラしか愛せない!」と言っていたけど、綾波レイに関してだけなら、その気持ち、充分に良く解ります。

 但し、アフィリエイトのことに関しては、殆ど知らないので、ここをクリックするなよ。別にお金が欲しくてやっている訳ではなく、ブログを華やかにするためにやっているのだから。しかし、アフィリエイトとして採用する広告は、美的センスの良い物に限定しているので、おかしな商品は広告されないと思う。その点の安全性はきちんと確保しています。タマティーももっとアフィリエイトの事に関して勉強して、それからきちんとしたことができるようにする。それまではクリックするのを待っていて欲しい。

 ということで、『満開ブレインパラダイス』を始めますので、民様宜しくお願い致します。今後も今まで通りの調子で行きますので、タマティーなりの生き様を貫くつもりです。ユーモアを交えつつ、重要な知識に関してはきちんと書き綴って行きますので、じっくりと読んで下さいね。

 それでは『満開ブレインパラダシス』の始まり、始まり~ッ!

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タマティーの一人で反省会 ~小冊子制作編~

●「ですます調」で難しいことを考えることの難しさ

 今回は「タマティーの一人で反省会」を行う。反省すべき点は小冊子制作に関してだ。このブログを見続けてくれた人々にプレゼント用として、『今の結婚を千倍以上も幸せにしちゃう「秘密の魔法」を作ったのが、もうトラブル続出ですよ。

 休日を巧く利用してせっせと書いて行ったのだが、書いている時は出来のいい物ができるんじゃないかなと思っていたら、そうではなかった。読者が全て女性、しかも結婚して子持ちの女性たちなので、お堅い文章となる「である調」ではなく、優しい文章となる「ですます調」で書いたら、逆にこっちがヘトヘトになってしまいました。

 今回の件で解ったのは、難しいことを考える時は、常に「である調」で考えているものだということなんだ。「ですます調」では難しいことは考えられないんだな。だから、「である調」で考えて、それを「ですます調」に翻訳して、それを書き綴って行くという二重の負担を強いる作業になってしまった。

 「ですます調」だとどうしても相手に同意を求める文章になってしまって、「である調」みたいに自分の頭の中で複雑な思考を展開して行くという風にはならないんだな。俺が様々な本を読んで思うのは、この本を良書だと思うのは、全て「である調」の文体で、「ですます調」の文体ではないということだ。もしも「ですます調」で書いた本に良書があるなら、その作者は物凄く文章が巧いということだ。これは文章を書いてみるとよく非常によく解ることなのだ。

 勿論、口語に近づけようとするなら、「ですます調」になってしまうんだけど、文章というのは別に口語である必要もないからね。余りにも日常から掛け離れた文語体では困るけど、文章である以上、それを圧縮して貰わねばならないからね。そうなると「である調」の方が断然優れているという訳だ。

●誤字脱字の嵐

 原稿を書き終わった後、ちゃんと推敲をして、誤字脱字をチェックしたのですが、その推敲された物を印刷してみると、御死脱字の嵐ですよ。印刷ホヤホヤの物を、一字一句調べて行って、誤字脱字を赤いボールペンでマークして行ったら、半分以上のページに誤字脱字を発見してしまった。

 この誤字脱字のために、再度印刷し直して、結局、A4の紙を大量に使用してしまった。エコロジーに敵対するかのような悪行ですよ。まあ、駄目になった紙はメモ用紙に回すけど、大量のメモ用紙が出来てしまった。しかも、7人に印刷するとなると、大量に紙を使うので、印刷している最中にA4の紙がなくなってしまい、俺一人で買いに行く羽目に。

 紙を折る時は、充分にインクが乾いてから折ったのだが、その後、読者に読み易いように折り目をしっかりとつけたら、インクが次のページに微かについてしまい、逆効果に。折り目をつけすぎた訳だ。しかし、今更印刷し直す訳にも行かず、そのまま製本へ。悔しいけど読めないほどのものではないので、その辺りは我慢して貰わないと。

 ただ良かったのは、印刷機の印刷スピードが早かったということだ。我が家には印刷機が2台あるのだが、最初にパソコンに接続していた印刷機は、印刷もコピーもスキャンもできる優れ物なのだが、この印刷機の印刷スピードが遅いのなんのって。そこでこの苦情を友人に話していたら、旧式の物ではあるんだけど、Canon社製の「PIXUS850i」を貰ったんだ。これが早いのなんのって。この印刷機のお蔭で、印刷は短時間で済みましたよ。

 印刷した時期は、丁度、バンクーバー五輪に重なったために、家族の者どもがテレビを見ている最中に、一人でせっせと印刷していた。したら、「何やってんの?」だって。見れば解るだろう! 印刷してんじゃないか!? 印刷機の前にカチャカチャと作業を行い、印刷し終えた紙を、インクが奇麗に渇くように、一枚一枚テーブルに広げていたのから、見れば一体何をやっているか解るものだろう!?

●ホチキスの跡が気に成って仕様がない

 紙を折って、いざ製本しようとすると、その厚さから、通常のホチキスでは無理だということが判明! そこで10年以上前に使ったことのある、大きなホチキスを引っ張り出してきた。俺の机の中で10年以上使われず仕舞われていたこのホチキスは、10年以上前に一体何使ったかのすら思い出せない逸品なのだ。

 大きなホチキスだから巧く行くかなと思ったら、最初の1回目は失敗! しかも、失敗の跡が表紙についてしまったために、急遽、表紙だけ印刷し直すことに! 丁寧にやろうと思って、ゆっくりと遣ると失敗してしまうので、思いっきり力を入れて、一気に遣ることに。こうすると巧く製本することができるようになった。

 が、製本してみると、今度はホチキスの出来具合がどうも気に成って仕様がないのだ。三つのホチキスが奇麗に平行に並んでくれないのだ。居間のテーブルだとテーブルクロスがあるために、ここでホチキスを使うと巧く行かないので、俺の書斎で印刷した紙を持って行って、そこで製本することにした。

 3箇所で止めるとどうしても、その3つが平行になってくれないので、ホチキスは2箇所で止めることにした。これだどどうにか平行に成ってくれたような気がするのだ。このために小冊子には3箇所バージョンと、2箇所バージョンがある訳なんですね。どっちにしても内容は同じですから、気にしないで下さいね。気になっているのは、タマティーの方だけですから。

 いざ、投函しようとしたら、天気予報では雪が降るということなので、急遽、小冊子をビニール袋に入れて、雪への対策を施した。でも、丁度いいビニール袋が見当たらず、スーパーで使われるビニール袋で代用することになった。まあ、小冊子が雪で濡れなければいいのだから、余り気にしないことだ。

●何事も遣ってみないと解らないもの

 小冊子を入れた封筒は定型外郵便物なので、郵便局の窓口に行って出すことになった。混雑していたために、よりによっていつも担当している若い女性ではなく、その隣の窓口に行くことになった。デブではないが、やや太り気味の女性で、なぜか対応がそっけない。もうちょい愛想を良くしようよ。でも、ここでトラブルを起こしては台無しになってしまうので、我慢して手続きを終えることにした。

 郵便局から出て来たら、疲労困憊になってしまい、気休めに公園を散歩して気を紛らわすことにした。頭の中では素晴らしい小冊子が出来上がっていたのだが、実際に遣ってみると、トラブル続出ですがな。何事もやってみないと、解らないものだ。トラブルを一つ一つ処理して行かないと、前進できないもんだね。

 小冊子は書籍ではないから、それほど大変な作業になるものではないと思っていたら、実際にやってみると大変な作業になってしまった。しかも、小冊子を制作し終わった後に、印刷所で小冊子を印刷してくれる値段を調べたら、10数万円でやってくれるということが発覚! ギョエ~ッですよ。あの労力を使うなら、10数万円を支払った方が楽ですがな。ただ、最低印刷部数1000部なので、今度はその1000部の小冊子を発送する作業が非常に恐ろしいものになることでしょう。

 インターネットなどに慣れてしまうと、小冊子制作のような手間がかかる作業をやらなくなってしまうが、余り電脳化して楽な生活をしないことだ。情報や知識に対して、なんの労力を使わず、なんのお金も支払っていないと、自分にとって本当に重要な情報や知識を集められないと思う。

 今回の小冊子もブログで公開すべきでない重要な話だからこそ、小冊子にしてのであって、その小冊子を作るのに、大変な労力を必要とするし、お金でだってかかるものなのだ。やっぱり優れた物であればあるほど、手間暇がかかるものだし、お金だってかかるものなんだ。今回はそのことを改めて解ったことだけでも、大きな収穫が合ったと思う。

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敗者復活組、プレゼントの当選者発表!

●敗者復活組

 『今の結婚を千倍以上も幸せにしちゃう「秘密の魔法」』はこの世には7部しか存在していない。その内、4部は既に前回の当選者たちに送られたので、残りは3部ということになる。しかし、反応が遅すぎるッ! 俺のブログを見たら、すぐさま書いて、すぐさま送るということをしないと、当然、落選する訳である。

 タマティーは厳しい男ではあるが、残酷な男ではないので、敗者復活を認めてあげよう。この御時世、大学に落ちたり、失業したり、倒産したりすれば、もうそれで人生の終わりを決定されてしまう風潮になっており、このような状態が進んでしまえば、社会は行き詰まって行くからである。敗者復活というのは、世の中を活性化するのに、とうっても重要なことなのである。

 それでは敗者復活で、当選したのは、 

ゆきねこさん

ミホさん

smileさん

 の3名に決定! 

 これにてプレゼントは全て打ち止め!

 何を隠そう、この内、ゆきねこさんとミホさんは、そのバカさ加減のために、タマティーから全裸でお尻ペンペンされた既婚女性たちである。本当にね、決断の遅さが、自分を一度は敗北者に置いてしまったという教訓は、今後の人生に於いて忘れないようにした方がいい。

 smileさんにしても、折角、感想文を書いたのに、出来が悪いんじゃないかなと思って躊躇してまったけど、そういうことは今回の件だけでなく、自分の人生の中で何度も遣っていることだと思う。そういう生き方は非常に損害が多いので、絶対にやめた方がいい。出来が悪くても、自信を持って積極的に攻めて行ったら、自分の望む物はきちんと手に入れることができるようになるもんですよ。

●ゆきねこさんの感想文への論評

 ゆきねこさんの場合は、最初に投稿した感想文は感想文になっていなかったので、その後、もう一度チャレンジして漸く合格になったものである。ゆきねこさんは、頭がいいし、それに大学院を出ていることもあって、自分の意見を言わずに、他人の意見がどうのこうの言い出してしまうのである。こういうことは学問をやる場合にはいいけど、実生活でそんなことをしていたら、人間関係は揉めに揉めますからね。

 自分の意見をはっきりと言おう! 夫婦で会話を散々したのに、肝腎の自分の意見を言わないから、「お前さんの意見は一体なんなんだい?」と旦那さんが思ってしまい、旦那さんが否定的な言動を吐いたり、怒り出したりするんだろうと思う。自分の意見というのは、自分が口で言っていても、本当にそれが自分の意見なのか解らないものなのである。自分の意見というのは、自分がせっせと文章を書き綴って行くと、自分の意見がしっかりと見えて来るのである。タマティーも日々ブログで記事を書いているからこそ、自分の意見がきちんと纏まるようになったので、ゆきねこさんも育児日誌のついでに自分の日記など書いて、自分の考えを纏める習慣をつけた方がいいと思う。

 女性の場合、結婚してゴールインと思っているけど、それは独身生活が終わっただけであって、結婚したら結婚生活がスタートする訳ですよ。それなのに、奥さんが成長して来ないと、途端に夫婦関係で揉めてしまいますからね。夫婦でトラブルが発生した場合、とにかく相手の批判ばかりするのではなく、まずは自分が成長していないことを責めるべきですからね。ゆきねこさんのように自分が成長してしまうと、途端に旦那さんは優しくなって、奥さんを大切にしてくれるようになるものなんです。精神的に成長することに終わりはないのだから、日々成長して行くことですよ。

 それから、ゆきねこさんの質問に答えておきます。「出来ちゃった結婚」はどうなのかということなのですが、女性の体は16歳から19歳の間と、26歳から33歳の間に、大量に女性ホルモンが分泌されるので、女性の体は妊娠し易い状態にある訳です。それで出来ちゃった結婚が出て来るんです。神道では結婚式を挙げることに重点を置いているのではなく、赤ちゃんを出産したことに重点を置いているので、結婚式の有無は余り問わないものです。赤ちゃんが生まれたら初参りをすればいいんです。出来ちゃった結婚は褒めたものではないけど、別に否定されるものではないんです。

 不妊症の女性たちが簡単に妊娠できないのは、まず体自体が妊娠できるような状態になっていないことと、不妊症ストレスのために自律神経が異常になってしまい、この両者が組み合わさってなかなか妊娠できなくなってしまうんです。不妊症を克服したいのなら、とにかく食事を改善していくことと、不妊症に余り拘り過ぎないことです。とにかく夫婦で会話する習慣をきちんと身につけることです。夫婦としてきちんと話し合っていないのに、妻の方が見切り発車の形で不妊治療を始めるケースが圧倒的に多いんです。

●ミホさんの感想文への論評

 ミホさんの感想文は特別賞を与えたいくらいでした。ミホさんみたいな経験をした母親たちは結構いると思いますよ。だから、安心して下さい。タマティーは保育園に関しては余り述べてこなかったんです。というのは、このブログを見ているのは、専業主婦だけではないし、働く母親たちも見ていますので、保育園の有害性を述べて行ったら、余りにも心象を害してしまいますからね。保育園もいい部分もあるので、そこを巧く活用すればいいんです。

 ただ、現実問題として、保育園に預けたのに、我が子が表情をなくしてしまうとか、病気がちになってしまったとかいうなら、絶対に保育園に通わすのをやめた方がいいんです。ミホさんの決断は偉大すぎるほどの決断だったと思います。誰も称賛してくれないけど、自分が働きに出たのに、仕事をやめて、保育園もやめさせて、自分で育てるという変更は、なかなかできないもんなんですよ。

 タマティーが子供の頃は、保育園に行かせる親などいませんでしたよ。それどころか貧乏のために幼稚園にすら行けない子供もいたくらいですよ。タマティーが高校生の時にできた友人の妹が保育園に行ったということを聞いてビックリしたくらいです。その友人の親はマンションを持っていて、酒屋を経営し、更にはコンビニまで経営していたので、保育園というのは金持ちの子供たちが行く所だと長らく思っていました。

 しかし、今では貧乏人が自分の子供たちを保育園に通わしていますからね。「おいおいその方が余計に貧乏になるだろう?」と遂々思ってしまうのですが、この貧乏人たちの誤れる生き方に対して、政府が後押ししようとしているので、今後、余計に貧乏人が貧乏になって行くと思います。

 ミホさんもそうだけど、多くの人たちは勤労収入だけが唯一の収入源だと思い込んでいるから、育児中に働きに出ようとするなら、保育園に子供を預けて働こうとするのだと思うんですよ。でも、タマティーから言わせると、その働き方で得る収入自体が少ないし、時間も大量に取られてしまうので、やっぱこの時期が最も子供が可愛い時期だし、勿体ないと思うんです。割が合わん労働の仕方ですよ。

 タマティーなんかも1日働いても、せいぜい3時間程度が最も仕事に集中している時間で、他の時間は無駄なんですよ。みんな8時間労働しているので、仕方なく他の時間も労働しているけど、午前中の3時間が終われば、もう仕事を終えてもいいんですよ。狩猟採集経済なら、絶対に正午までには仕事を終えていた筈ですよ。

 だから、ミホさんも外に働きに出てお金を稼ぐという発想は捨てて、自宅で1日3時間程度集中して仕事をしてしまえばいいんですよ。例えば、料理のレシピを考えるとかするのもいいです。この世の母親たちは料理ネタに常に困っているので、自宅で出来る簡単な料理を紹介して、それで稼げばいいんですよ。料理本というのは、常に売れるジャンルですからね。

 後、ベビー服をデザインするとかもいいです。ベビー服って構造が簡単なので、実際に自分が遣ってみると簡単に作れちゃうんですよ。ベビー服はデザインが悪すぎたり、使ってみると問題が生じて来たりするので、幾らでも改善の余地はあるもんですよ。赤ちゃんの肌は敏感だというのに、背中の上の所にタグが当たって、赤ちゃんの肌が腫れてしまうということが起こるので、どうしてこんな所にタグをつけるんだと言いたくなりますよ。赤ちゃんにとって本当にいいベビー服を作ってしまうと、必ず売れると思います。

 これら以外にも自宅でパソコンを使って仕事ができるので、自分に合う仕事を探してみることですよ、自宅でなら、育児をしながら仕事ができますからね。労働時間は3時間で充分だから、赤ちゃんが寝ている時間を使って働けば、効率よく仕事をすることができるようになりますよ。

●smileさんの感想文への論評

 smileさんは冷え症に悩まされているとのことですが、本格的に冷えているなら、天日塩マッサージだけでなく、生姜湯を飲んだり、根菜類や蛋白質をしっかりと食べたり、筋肉をつけていくことですよ。生姜湯に黒砂糖を溶かした物を飲むと、冬でも体がポカポカですよ。それとサツマイモだとか根菜類を大量に食べて腸内環境を整えることですよ。体が冷えると便秘になるので、まずはウンコを出して行かないとね。

 多分、smileさんは筋肉量が少ないんだと思います。豆類や玉子や肉や魚をしっかりと食べておくことですよ。食事で蛋白質を充分にとっておかないと、体に筋肉がつかないんですよ。そのために体が冷えてしまうんですよ。味噌汁を作る時は、トリガラと生姜とネギとニンニクを煮込んでタシを取り、そのダシ汁を使って味噌汁を作ると、体が温まります。食事で蛋白質を取ったのなら、運動をして筋肉を鍛えることです。時間がないのなら、夕食後に軽い筋トレを行えばいいんです。

 大家から「出て行け」と言われたら、絶好のチャンスですよ。自分たち家族が大いに発展して行けるチャンスを与えられたようなもんですよ。引っ越しする際は、とにかく住宅物件を探しまくることですよ。いい物件は本当に少ないので、休日の日に夫婦で探しまくって、クタクタになまで探しまくった方がいいです。

 タマティーの場合、昔、横浜に住んでいた時は、自宅が駅から遠くて、物凄く不便していたんです。大雨の日なんか、ビショビショになって帰宅するのは、本当に嫌なもんですよ。そこで千葉に引っ越す時は、駅から近いということに拘っていたのですが、調べ尽くしたら、やっと見つけ出し、そこに引っ越しできて本当に良かったですよ。

 旦那さんに大した夢がない場合、smileさんがドンドン夢を作って行けばいいんですよ。大きく願うと大きく実現できるけど、小さくしか願わないのなら小さいものしか実現できないものですよ。smileさんがたくさんの夢を挙げて行くと、その内、旦那さんもそれに釣られて夢を持つようになるもんですよ。

 それでは、これら3名の当選者たちにタマティーからプレゼントをお贈りします!

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タマティーからのラストメッセージ

●結婚生活を徹底的に楽しもう!

 俺が長々と『幸せ色の出産ラブストーリー』を書いて来て、俺なりに辿り着いた結論がある。それは「結婚生活を徹底的に楽しもう!」ということだ。「折角、縁あって見知らぬ男女が知りあって結婚したんだから、結婚生活を楽しまなくちゃ損だよ」というのは、どの夫婦に対しても常に言いたいことなのである。

 恋愛中は男女双方が愛し合っていても、結婚してしまうと、途端にその愛が冷めてしまい、相手の欠点が目につくようになってしまうものだ。それは結婚というのは、恋愛の延長線上にあっても、恋愛の遣り方では運営できないからなのである。結婚したのなら、結婚の遣り方で運営して行かないと、結婚は絶対に巧く行かないのである。

 結婚したなら、妻として、母親として、きちんと成長する。これが出来てこそ、結婚生活を楽しめることができるのである。結婚したのに、自分が成長して来なければ、結婚など楽しめる訳がないのだ。結婚に関して不平不満を垂れる人々は確実にいるし、それが婦人雑誌に取り上げられたり、書籍化されたりする。しかし、そういう話題を見た時、その意見を鵜呑みにするのではなく、「あっ、この人は結婚したのに成長しなかったんだな」と思うべきなのである。それが解ってしまえば、結婚に関する下らない議論に振り回されることなどなくなるのだ。

 結婚生活だって大変だと言えば大変である。家事だって育児だって子育てだって大変と言えば大変である。しかし、結婚生活にはその大変さを上回る楽しさがあるのである。それは結婚しなければ絶対に味わうことのできない楽しさなのである。家事を遣りながら家事の面白さを探してみる。育児をしながら育児の面白さを探してみる。子育てをしながら子育ての面白さを探してみる。それが出来てこそ、幸せ色に満ちた人生になるのである。

 楽しさというのは、決して自分の中だけに留まっていることはない。妻が結婚を楽しんでいれば、夫にもその楽しさが伝わって来て、夫も結婚を楽しむことができるのだ。母親が育児や子育てを楽しんでいれば、子供たちにもその楽しさが伝わって来て、子供たちも母親に育てられることを楽しめるのだ。そうやって家族に楽しさが満ち溢れて行くものなのである。

●「愛」「厳しさ」「夢」

 愛と言うのは、確かに結婚を運営して行く上で、必要なものなのである。しかし、愛だけで結婚を運営できるものではないのだ。愛だけを暴走させてしまえば、いずれ愛は憎しみに変わり、愛すべき人々を憎むようになってしまうのである。結婚当初は夫を愛していた筈なのに、結婚して暫く経つと夫を憎んでしまう妻たちは多々いるものなのだ。出産当初は赤ちゃんを愛していたのに、育児をして暫くするとその子供を憎んでしまう母親たちは確実に存在しているものなのである。

 彼女たちは愛に長けた女性たちであっても、愛の危険性を知らなかった愚かな女性たちなのである。無理もないことかもしれない。キリスト教は愛を唱え、そのキリスト教が全世界に広まってしまったために、「愛こそ全て」と思ってしまう輩が続出して来てしまったのである。しかし、愛によってこの世界を満たしたとしても、実際に起こっていることは、人々が愛し合うどころか、憎しみ合い、殺し合っているという事実なのである。キリスト教の教義自体に間違いがあることに気付かないと、この世の悲劇は決して止まらないのである。

 では、どうすればいいのか? 愛すると同時に、敬うことなのである。妻なら夫を愛すると同時に夫を敬う。母親であるなら、子供たちを愛すると同時に、子供たちを敬う。そうするからこそ、愛が暴走して憎しみに変わることなく、愛を正しく使って行くことができるようになるのである。

 結婚すれば、家族という組織が出来上がって来るものだ。その家族を運営して行くためには、「厳しさ」というものが絶対に必要になる。厳しさとは一体何が正しいことなのか厳しく突き合わせることだ。家計を遣り繰りするにしても、夫が正しい形で収入を得て来て貰わねばならないし、妻としても正しく支出していかないと、途端に家計は破綻してしまうものなのである。厳しさという徳目がなければ、家計は火の車になり、結婚しているのに、政府の子育て支援や生活保護を受けねば遣って行けなくなるものなのである。彼らや彼女たちはお金がなくて困っているのではないのである。厳しさという倫理を持たぬからこそ、人生を破綻させているのである。

 厳しさも遣り過ぎてしまえば、残酷になってしまうものだ。妻が夫を厳しく問い詰め過ぎてしまば、夫は暴力を使って反撃して来てしまうものだ。母親が子供たちを厳しく躾過ぎてしまうと、それは児童虐待になってしまうものだ。だから、厳しくすると同時に、寛容という徳目も必要となって来るのである。厳しくしつつも、許すべき所はきちんと許しておかないと、人間は窒息してしまうものなのである。

 愛や厳しさも幾ら発揮しても結婚生活を満たすだけのものにしかならない。結婚生活を前進させて行くためには、「夢」というものが絶対に必要なのである。夫婦が共通の夢を持つからこそ、その夢に向かって前進して行くことができ、その家族は繁栄して行くことができるのである。夫婦が夢を持てば、必ず実現できてしまうものなのである。

 かといって、その夢も余りにも現実を無視してしまえば、単なる妄想になってしまうものだ。妄想では結婚生活に繁栄をもたらすことができないのだ。夢を持ちつつも、現実を直視するということは絶対に必要なのである。夫が余りにも異常な方向へ走って行くなら、妻をそれを引き止めねばならないし、妻が異常な言動を繰り返して来るなら、夫は妻を冷静にさせねばならないのである。

 結婚に必要な倫理徳目は、「愛」「厳しさ」「夢」であり、その正反対の「尊敬」「寛容」「現実」でもあるのだ。一つの倫理徳目を暴走させるのではなく、中庸を実現することで、異常な状態にならないようにしていくしかないのである。この中庸が一体どのようなものなのかは、夫婦が結婚生活の中で実践しながら掴み取って行くしかないのである。

●結婚を否定して来る人々を決して許すな

 人にはそれぞれの生き方があるものである。夫婦にもそれぞれの生き方ものだ。夫婦の中には専業主婦を選択する夫婦もいるし、働く母親であることを選択する夫婦もいることだろう。どちらか一方が正しい訳ではなく、それぞれ自分たち夫婦に合った選択こそが正しい選択なのである。

 実を言うと、俺の母親は病弱で、俺が子供の頃は病気でしょうっちゅう寝込んでいた。その病気も一度病気に成ると一週間以上寝込むし、かといって病院に入院するほどひどい病気ではないのだ。ただ、その病弱な体のために外に働きに行くことができず、専業主婦に成らざるを得なかったのだ。

 俺が生まれ育った街は、新興住宅街であったために、既婚女性といえども働くことが一般的な環境にあった。そのため俺が子供の頃は、自分の母親が働いていないことが結構恥ずかしいことであって、自分の母親が働いていないということを隠すために、「母親は慈善活動をやっています」と言って隠していたくらいだ。事実、母親は慈善活動をやっていたが、それが本職という訳ではなかったのだが。

 俺の母親が専業主婦ということもあって、となると専業主婦同士で仲良くなるもので、その中に身体障害者の娘を持った母親などもいたりした。その娘の身体障害の度合いはそれほどひどいものではなかったのだが、両親の家系とも身体障害者のいない家系であったために、その母親は必要以上に責任を感じてしまい、その娘から離れることができず、専業主婦として生活していた。子供の俺にとっては、身体障害者を抱えていれば、お金がかかるのだから、働きに行った方がいいと思いつつも、その母親の気持ちも解らない訳ではないので、まあ、そういう生き方もあるのかなと思う程度だった。

 ところが、俺の高校生辺りからフェミニストたちが急速に台頭して来て、「女性の自立」を唱え、専業主婦を目の仇にして批判して来たのだ。フェミニストたちの活躍によって男女雇用機会均等法ができた訳だし、その後、所得税の税制改正に於いて配偶者控除が廃止されることで、確実に専業主婦潰しが行われるようになったのだ。

 フェミニストたちの意見を聞いていると、なんか自分の母親が否定されているようで、俺は何がなんでもフェミニストたちに対しては反対するようになった。世の中には俺の母親みたいに病気で働けない主婦たちのいる訳だし、身体障害者の子供を抱えた母親ならそう簡単に働きに出る訳には行かないものなのだ。身体障害の度合いが低い子供ですら、その母親は働きに出るどころではないのである。

 大体、フェミニストたちは結婚を否定して来るものだ。結婚したとしても、事実婚という得体の知れない選択をしてくるものだ。事実婚というのは、同棲にしかすぎないものだし、事実婚で赤ちゃんを産んだとしても、「父無し子」なのである。普通に言えば、「愛人」といえばいいものを、結婚に対して屈折している見解を持っているから、結婚を否定しながら、結婚でない物を選択して来るのでる。

 結婚していないのに、結婚に対してとやかく言うべきではないのである。結婚を否定して来る人々を絶対に許してはならない。フェミニストたちの意見に従って結婚制度を改造して行けば、いずれ結婚制度そのものが破壊されるだけなのである。彼女たちは結婚のなんたるかも解っていないし、解ろうともしないものだ。そもそも自立が出来ていない女性が、結婚できる訳がないのである。

 フェミニストたちは巧言令色を繰り返して来るから、彼女たちが繰り広げる一見正しいそうな意見は要注意なのである。例えば、「夫婦別姓」にしても、フェミニストたちの意見に従ってしまうと、いずれ結婚制度そのものが破壊されてしまうことになるのだ。結婚するなら、夫か妻の姓を名乗るのが結婚のあるべき姿であって、それが嫌というなら、結婚をしなければいいのである。確かに改姓する方には面倒な作業が待っているものだ。しかし、それは結婚したから必要になるのであって、その作業が面倒というなら、結婚などせずに、同棲していればいいのである。

●結婚の楽しさを若い女性たちに伝えていく

 忘れてならないのは、フェミニストたちの多くは、専業主婦の母親のもとで生まれ育って来たということなのである。戦後生まれの母親たちは「結婚は大変だ」と言い過ぎたのである。だから、そういう母親のもとで育って来た女性たちが大人になって、呆気ないほど簡単にフェミニズムに洗脳され、今度は専業主婦潰しに躍起になってしまったのである。彼女たちは自分の母親を憎めばいいものを、よりによって全然関係のない専業主婦に大損害を被らせることを仕出かしてくれたのである。

 今現在、結婚しているのなら、どうか結婚を楽しんで、その楽しさを子供たちに伝えていって欲しい。今現在、育児や子育てをしているなら、どうか育児や子育てを楽しんで、その楽しさを子供たちに伝えていって欲しい。母親たちが自分の子供たちに楽しさを伝えねば、その代償はあなただけが追うものではなく、国民全体が負ってしまうことになるのだ。

 現在、日本は少子化となって、人口は減少しつつある。経済は不況続きで、企業は続々と倒産し、失業者達は街に溢れている。オリンピックではメダル獲得数が非常に少なくなってしまい、国威は低迷して行く一方である。どうしてこんなことになってしまったかというと、結婚を苦しんできた両親のもとで育って来た子供たちが、大人になって本人は正しいと思っている筈なのに、日本を悪い方へ悪い方へと導いて行ってしまっているからなのである。子供の頃に苦しみの種を植え付けられた者は、大人になってから苦しみの花を咲かすものなのである。

 いくら不幸な結婚を見つめていても、自分は幸せになることはできないものなのである。悪しき観念を退け、自分の心を明朗快活にして、自分が行動を起こし、自分の力で結婚生活を豊かにし幸せにして行くからこそ、結婚は幸せに満ちたものになるのであって、そういう家庭で育った子供たちは、両親から幸せの種を植え付けられているから、大人になっても幸せの花を咲かして、自分だけでなく、多くの人々を幸せにして行くことができるようになるのである。

 育児や子育てを遣っている時って、実は地味なものなのである。母親たちは自分は大したことをやっていないのではないかと錯覚しがちである。しかし、その子供が大きくなって大人になった時、その母親が我が子に対して一体何を遣って来たかの結果が出て来るものなのである。自分の遣った行為は、巡り巡って自分の所に帰って来るのである。

 子育てが終わったのなら、それで子育てが終わりなのではなく、是非とも「結婚の楽しさ」「育児の楽しさ」「子育ての楽しさ」を若い女性たちに伝えて行って欲しい。特に実際に育児や子育てに於いて困っている母親たちがいるなら、その母親たちを手助けして欲しい。ほんの僅かな手助けで、育児や子育ては幾らでも楽しいものに早変わりして行くものなのである。

 そうやって、日本の母親たちが楽しさを伝えていくからこそ、優秀な日本国民が育って来て、日本国が繁栄し、日本の栄光が全世界に広がって行くのである。日本の母親たちが若い女性たちから蔑ろにされているなら、日本の母親たちは母親として正しいことを遣っていないということなのである。この世がどのような状況になろうとも一切惑わされることなく、母親として正しいことを遣っていれば、必ず日本の母親たちを敬う人たちが現れて来るものなのである。母親に最大級の尊敬の念が捧げられる国家は、絶対に繁栄して行くものなのである。人間が持つ幸せというものは、決して一人の内に留まるものではないのだ。必ず周囲の人々に広がって行くものなのである。この世から一切の不幸がなくなることはないが、より多くの幸せで満たすことはできるのである。それができるのは、母親であるあなた以外にいないのである。

 『幸せ色の出産ラブストーリー』はまだまだたくさん述べたいことがある。しかし、このラストメッセージを最後に一応、筆を擱くことにする。なぜなら、 『幸せ色の出産ラブストーリー』は幾ら書いてもそれで終わりではないからだ。後は母親たちに行動あるのみなのである。母親たちが自らの行動によってこの『幸せ色の出産ラブストーリー』の続編を書き続けて行くのである。

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プレゼントの当選者の結果発表!

●当選者発表!

 長らくお待たせいたしました! タマティーより感謝を込めてプレゼントする小冊子『今の結婚を千倍以上も幸せにしちゃう「秘密の魔法』を手にするのは、

smile-larchiさん

ちいくさん

じゃがまるさん

よっこりんさん

の4名に決定いたしました!

パチパチパチパチ~!

 この4名の感想文はどれも素晴らしいものでした。ちゃんと自分の意見を言えてあるので、タマティーもどれも充分に納得しながら読んでしまいました。タマティーも一生懸命になってこのブログを毎日書き続けていたので、こうやって真面目に受け取ってくれて、それぞれの人生に変化を与えることができたのでは、本当に嬉しいことです。

●業務連絡

 ところで、

「業務連絡。業務連絡! smile-larchiさん、smile-larchiさん、タマティー様がお呼びです! パンティーを脱いでタマティー様のもとにいらして下さい!」

 己はお尻ペンペンじゃッ!

 妊娠しているなら、妊娠していると早く言えッ! 妊婦に向かって、妊娠を勧めていた俺は救いようのないアホウではないか!? それに子供たちの喧嘩にしても、妊娠していると解っているなら、ああいう解決の仕方ではなく、「お母さんは妊娠しているのだから、静かにしていてね。お母さんが怒ってしまうと、お腹の赤ちゃんに悪い影響が出て来るの。」とことを言って解決すれば良かったんですよ。

 今月が臨月で、再来週が出産予定日ですか? 今は季節が冬なので、絶対に出産予定日に拘らないで下さいね。冬の寒さのために体の動きが鈍っているので、実際の出産日は大いに変動するものなんですよ。冬の寒さが寒いからといって自宅内にいるのではなく、寒くても1日に1度は外に出て、外気に当たることです。こうやって外気に当たると、自律神経が刺激されるので、「おしるしや「陣痛」が正常に来て、お産が非常に楽になるんです。

 それから、もう一人、

「業務連絡。業務連絡! じゃがまるさん、じゃがまるさん、タマティー様がお呼びです! パンティーを脱いでタマティー様のもとにいらして下さい!」

 己もお尻ペンペンじゃッ!

 俺がブログで知り合った不妊症女性の中では、じゃがまるさんは最高齢だったために、特別待遇していたというのに、妊娠5ヵ月で報告して来るとは、一体なんぞやッ!? 今までの功績からしてみれば、旦那の次に報告するくらいの配慮をしてもいいものを! しかも、1年半にも亘る放置プレイ! ここまで来ると単なる放置じゃ!

 年齢が年齢ゆえに、どこで高齢出産と言われてしまうので、高齢出産のプレッシャーには絶対に負けないように。女性に生理がある時期に於いては妊娠できるのは当たり前なのであって、生理がある年齢内なら、妊娠や出産は出来て当たり前なんです。年齢なんて関係ないです。

 じゃがまるさんには妊婦たちにとっての禁断の書をお勧めします。まともな妊婦であるなら読んではならないのですが、じゃがまるさんのようにプレッシャーがかかっている妊婦がこの本を読むと、一切のプレッシャーが吹き飛んでしまうほどの威力のある本です。その本は高野優著『ニンプの玉手箱』です。

 とあるバカ妊婦の妊婦生活及び出産体験のお話です。じゃがまるさんが妊娠や出産でどんなに失敗しても、これを下回る失敗をすることはないでしょう。妊婦生活には一切役に立たないけど、その役に立たないことが実は役に立つというヘンテコ本です。妊娠経験のある女性なら、抱腹絶倒の爆笑をしてしまうことは間違いなしです。

●タマティーから当選者への論評

 タマティーからそれぞれの感想文に対する論評を書いておきます。感想文はブログで公開していないので、感想文を読んでいない人々にはなんのこっちゃか解らないのですが、応募を送って来てくれた人たちとタマティーの個別的な会話になってしまいますが、どのような感想文が送られてきたか想像しながら読んで下さい。

①smile-larchiさん

 smile-larchiさん、あなたが言う通りに被害者意識を持っていては、絶対に幸せになれませんよ。かといって加害者意識を持てばいい訳ではないんですが。幸せを与える側に回るからこそ、夫や子供たちを幸せにすることができ、そして自分自身も幸せになることができるんです。

 この精神的成長は文章化すれば数行で終わるものですが、現実の結婚生活では時間がかかるものなんですよ。大事なことは時間をかけても地道に成長して行くべきなんですよ。結婚生活で自分が間違っていれば、夫婦関係で揉めるし、育児や子育てでも揉めてしまいますからね。

 多分、3人目を産めば、smile-larchiさんも変わるだろうし、旦那さんも変わるだろうと思います。子供は2人と、子供が3人とでは、本当に大違いですからね。旦那さんも何もせずにテレビを見ているって訳には行かなくなるし、smile-larchiさんも3人目の赤ちゃんには肩の力を抜いて気楽に育児ができるようになると思います。

②ちいくさん

 ちいくさんの言う通りタイミングの良さって本当に重要ですよ。この世では自分がどんなに正しいことをしていても、タイミングの悪い相手っているもんですよ、そういう人の意見は聞けないし、聞いたとしてもこっちが損害を受けてしまいますからね。タイミングのいい相手ってのは、自分にとって何かしら良い事を言っているものだし、実際にやってみると良い結果が出て来るものなんですよ。

 タマティーはこういう偶然性を昔は信じない方だったのですが、大学生の時に初恋をした時に、「この世に偶然ってのはあるんだ」というのが解ったんです。実はタマティーはその大学の学部に行きたくなかったのですが、無理矢理にその学部に送られ、彼女の方も自分が行きたい大学入試に落ちて、その大学に来たのですが、そこで初めて両者が出会った訳です。交際してみると、非常に相性が良くて、「この出会いって偶然だよね」と言い合っていました。

 この世には実力があっても、タイミングが悪いばっかりに、埋もれてしまう人々は大勢いるものです。実力にタイミングと運が加わると、人間は大成功して行きますので、ちいくさんも自分のタイミングの良さと運の良さを巧く活かして、益々幸せになって行って下さい。自分が望む物がはっきりと解っていれば、必ず手に入れることができますよ。

③じゃがまるさん

 じゃがまるさんの言う通りに不妊症の女性は偏っているっていうのは本当ですね。タマティーはその偏りを糺そうとしていたのですが、不妊症の女性たちから思いっきり返り討ちに遭いました。まさに不妊症バトルロワイヤルになってしまいました。でも、俺の言っていることが解った不妊症の女性は、簡単に不妊症を克服できましたからね。

 『不妊症バトルロワイヤル』では女性に厳しくしていましたが、それはメインとなった相手が殆ど女性たちからああしたのであって、男性向けではもっと違った対応をしますよ。例えば、不妊症の男性を全裸にさせて、「己はセックスが下手なんじゃ!」と叱りつけて、性愛術の猛特訓ですよ。マジで女性がオルガズムに行く前に射精するのは禁止ですよ。

 それとじゃがまるさんの本名を見て、「この名前なら不妊症で苦しんでしまう筈だな」と表しまいました。この名前をつけた人は、ひと癖もふた癖もある人物で、じゃがまるさんに相当な思い入れがあった筈ですよ。その過剰な期待をじゃがまるさんが素直に受け止められなかったんじゃないかな? 自分が素直になるまでに時間がかかったけど、素直になってしまえば、花が咲く人生になりますよ。

④よっこりんさん

 よっこりんさんが子供の頃にやっていたことは、変なことではないですからね。先祖との繋がりを切って、自己中心的に生きようとするからこそ、自分の人生で不幸が大量に発生して来るんですよ。自分が先祖から命を受け継いだ以上、自分の子孫にもその命を継承させ行くのは、自分に課せられた聖なる義務ですよ。

 どの夫婦も家事に関しては揉めてしまうものです。それは女性脳が家事はみんなで行うものという考え方をするのに、男性脳の方は家事をこなすのは妻や子供たちであるという考え方をしてしまうんです。実際問題として、夫の方は仕事で全力を使いきっているので、帰宅する頃には疲れ切っているし、妻の方は家事を手伝ってくれといっても、少しサポートしてくれればいいと思う程度のものなんですよ。例えば、赤ちゃんをお風呂に入れて貰うとか、少しは自分の頼み事を聞いて欲しいという程度のものなんです。

 夫婦の問題を解決する時は、男女の性差をきちんと踏まえて、立場を変えて、考えてみることですよ。自分が夫なら、こういう妻は嫌だなと思うことは絶対にしないことですよ。妻にこういうことをしてくれれば、夫は喜ぶんだということをしてけば、夫も自分に対して喜ぶことをしてくれるようになるんですよ。

●到着したら返答を下さいね

 これから小冊子を印刷して、誤字脱字をチェックした上で製本して、発送します。小冊子は飽くまでも自家製のものなので、その手作り感を楽しんで下さいね。大事なのはその中身ですからね。『幸せ色の出産rブストーリー』の「奥の院」は当選者の4名にしか知ることができないものなんです。

 小冊子が到着したら、それを熟読して下さい。1日1回読んで、それを10日間続けると、頭の中にしっかりと奥義が入って行きますので、後はその秘密の魔法を実践して幸せになってしまえばいいんです。マジで不思議な現象が起こり始めますので、自分の結婚生活にドンドン変化を引き起こして下さい。

 一応、小冊子が到着したら、何かしらの返答を下さいね。まずは初っ端の感想を聞いてみたいです。女性向けなので、いつもように「である調」ではなく、「ですます調」にしたのですが、どうも不慣れで、解り易いように書いたのに、きちんと解って頂けるのか解らないので、その辺りの所を聞いてみたいです。

 それではタマティーから当選したあたなにプレゼントをお贈りします!

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タマティーからのプレゼントのお知らせ

●タマティーから感謝を込めて

 1年半に亘って、『幸せ色の出産ラブストーリー』を読んで下さって、本当に有難うございました。今まさに妊娠中の妊婦の方や、育児をしている新米ママや、子育てをしている母親たちにとっては衝撃の連続であったと思います。このブログに書かれていることは、他の妊娠マニュアル書や育児書では見つけることができないかと思います。

 妊娠や出産や育児というものは、現代にあるそれらのものだけを見て行けばいい訳ではなく、人類の進化の過程から説き起こして行かなければならないんです。人類というのは、本来「哺乳動物」にして「果実食動物」であって、その後、肉食を開始した訳です。そうであるなら、満2歳までは母乳を飲ませねばならないし、最初の離乳食の果物であるべきなんです。肉食も多過ぎては病気になるし、かといって少なすぎても病気になってしまうんです。飽くまでも野菜を大量に食べて、体内に充分なビタミンやミネラルがあるからこそ、肉食ができる訳であって、人間が食べていい肉の量は大体予想がつくかと思います。

 それと人間は保守的な動物である以上、妊娠や出産や育児に関しては、我々の先祖たちが蓄積して来たことをきちんと継承して行かなければならないんです。妊娠したら神社に行って腹帯を貰い、お腹に括りつける。出産は病院ではなく、助産院でやるべきであって、陣痛の後、子宮口が充分開いてから、体を起こして、重力を巧く使って出産すべきなんです。母乳も満2歳まで続けるべきであって、万が一、母乳が出なくなるという異常が出たのなら、少なくとも生後10ヵ月までは続けるべきだし、それ以前に出なくなるなら、貰い乳をすべきなんです。

 子供は従属時代を経て、中学生から自立が始まり、結婚することで独立して行きます。6歳前後には家族の一員と看做す儀式をきちんと行わねばならいし(通常は七五三がこの代用の機能を果たしている)、小学校を卒業したのなら元服式をきちんと行ってあげないと、親に従属すべき時に親に従属できないし、自立して行く時期に自立して行くことができなくなってしまうんです。我が子が自立を完成することができたか否かは、我が子が結婚式を挙げることで解ります。結婚を拒否していたり、事実婚をするようであるなら、自立することに失敗したということなんです。通過儀礼というのは本当に大事なんです。

 母親にとっては、妊娠や出産や育児に於いて重大な責任があるのですが、その際に何をすべきなのかは、『幸せ色の出産ラブストーリー』を読めば解ります。だが、『幸せ色の出産ラブストーリー』には「奥の院」に当たるものがございまして、これを読むと、「そうか! そういうことだったのか!」と全ての謎が解けてしまうものがあるんです。だけど、その「奥の院」はブログで公開すべきものではないんです。なぜなら、解る人にしか教えてはならないものだからです。

 そこで、今回、今まで、『幸せ色の出産ラブストーリー』を見続けてくれた、タマティーのファン限定で、この「奥の院」をこっそりと教えちゃいます。題して、『今の結婚を千倍以上も幸せにしちゃう「秘密の魔法」』! この秘密の魔法が解ると、今の結婚が千倍以上も幸せになってしまうという超優れ物なんです。

●応募条件

 これは本来公開すべきものではないので、教えてあげることのできる人々は非常に限定されます。誰でもいいって訳じゃないんです。ごく一握りの人々だけが知るべきものであって、それ以外の人々は知るべきではないんです。タマティーに選ばれた人たちだけが、今まででは有り得ないような巨大な幸福を手にすればいいんです。

応募条件としては、

①結婚している女性

 当たり前だが、結婚していないと、この秘密の魔法は意味がないんでね。

②この『幸せ色の出産ラブストーリー』を見続けてくれた方

 幸せになりたければ、まずはこのブログを読めということ。

③タマティーのファン

 タマティーのことが嫌いな人に送っても仕様がないんでね。タマティーのことが「大好き!」という方にのみ限定。

④多少は美人である方

 タマティーは美人にはモテますので、美人でないとちょいときついです。そんなに突出した美人でなくtもいいから、最低限の美しさは持っておいてほしい。

⑤毎朝、お通じのある方

 便秘の女性は問題外なので、このブログを読み返して、毎朝、きちんとウンコが出るようにしよう。女性は便秘になると性格が変貌するので、毎朝、お通じがあるということは、非常に大事なことなんです。

●応募要項

 応募要項は、コメントに以下のことを書いて送って下さい。

①郵便番号

②住所

③名前

 名前には、名前の後に括弧して振り仮名をつけて下さい。

④ニックネーム

 ハンドルネームでも構いません。

⑤生年月日

⑥家族構成

⑦感想文

 このブログを読んで、あなたはどういう感想を持ったのか、率直に書いて下さい。できれば、自分で実践してみて、どうなったかなんてことも書くと、印象が良くなります。

 尚、これに応募したコメントはブログでは一切公開しないので、安心して下さい。タマティーだけがこっそりと見て審査いたいます。

●当選者の発表の仕方

 優れた感想文を書いた人の中から、厳正な審査をした上で、7人の方に無料で小冊子をプレゼントいたします。小冊子は自宅の印刷機で印刷したものを、ホチキスでとめたものなので、その手作り感を楽しんで下さい。書店で売られているような書籍ではありませんので、飽くまでも自家製の手作り感を楽しんで下さい。、

 当選者はこのフブログにて、ニックネームで発表します。だから、ニックネームが必要なんです。

 審査をするのは、タマティー1人だけなので、その結果には文句を言わないように。飽くまでもタマティーが「これは良い!」と認めたものだけが合格になるんです。

 当選した方のみに、幸運が訪れ、或る日突然に小冊子がプレゼントされるのです。

 それでは応募待ってま~す!

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スペシャルチャリティーページ『みんなの力で重症筋無力症患者「渡部寿賀子」さんを救っちゃおう!』

●一方聞いて沙汰するな

 先日、重症筋無力症の研究を始めたと伝えたが、この病気を調べてみると、この重症筋無力症という病気は実に難病にして奇病なのだと思う。日本には現在、1万5千人程度の重症筋無力症の患者しかおらず、少なくともタマティーの周りには1人しかいない訳で、どうも「一体この病気はなんなの?」とこっちが質問したくなる病気なのだ。

 俺は病気に限らず、何かの研究をする際は、専門家の意見を鵜呑みにはしない。専門家だからこそ、その分野に関して一流のことをいっているが、専門家だからこそ超一流の嘘もつけるからだ。俺の癌研究は医者たちの論文を全て調べ挙げて行くと同時に、癌患者たちの闘病日記をつぶさに読むという作業を行った。この正反対から双方の意見を聞くと、医者は一体どこで間違い、患者は一体どこで間違えたのか、手に取るように解るようになるのだ。

 「一方聞いて沙汰するな」というのは小説『篤姫』に出て来るセリフだが、誰かの意見を一方的に聞いているからこそ、人は間違いを犯すのであって、常にそれとは正反対の意見をも聞いていれば、どちらの意見とも違う、第三の道が開けて来るものなのである。医療の現場では、常に患者が医者の意見を鵜呑みにしてしまうからこそ、悲惨な結果が起こり続けるのである。

 だが、癌研究の際に、癌患者の闘病日記を読むというのは、本当に辛いものなのだ。そういう癌患者の闘病日記が書籍化されるということは、その著者は既に死んでしまっているから、確実に主人公が死ぬと解った上で読み進めて行き、しかも癌を研究している俺からしてみれば、「この治療は駄目だ」というのが至る所に出て来る訳だから、精神的に相当落ち込むものなのである。

 今回の重症筋無力症は患者事態が少ないので、この手の闘病日記が非常に少なく本当に困ってしまった。しかも重症筋無力症の治療は、癌治療とは比べ物にならないくらいに成功を収めていて、患者たちの90%は死なずに済んでいるので、俺が手を出すまでのものではないという自制心が作動してしまったのだ。

 ところがありましたよ、掘り出し物が! 

●タマティー書籍大賞受賞作『I’m "MG"』

 俺は今まで様々な患者たちの闘病日記を読んで来たたんだけど、その中でも最高傑作が、「わたなべすがこ.」著『I'm "NG"』(三輪書店)だね。これを読むと重症筋無力症という病気が一体何なのか一発で解る超優れ物だ。俺は日記物を書かせるなら女性の方が断然有利だと思っている。女性だからこそ日常の些細なことまで目が行き届くのであって、男性だとそこまで細かに目が行き届かないのだ。この本を読むと重症筋無力症患者の日常生活が一体どのようなものなのか、手に取るように解るのだ。

(因みに、タマティーのブログはアフィリエイトしていませんので、自分で調べて探してみて下さいね)

 驚くべきは、この本の質の高さだ。ベストセラー級の本である。内容は充分にベストセラーの条件を満たしている。三輪書店は医学関係の出版物を扱う出版社なので、ベストセッラーを出す能力がなく、この本をベストセラーにすることができなかったのは本当に惜しい! だって、これだけ質の高い本を出せば、まずは全国にいる1万5千人もの重症筋無力症患者は買って読む訳だし、それに携わる医者や看護師も買って読む訳だから、軽く見積もっても5万部は売れるからね。この出版不況化でそれだけ売れれば、医学書の分野では大ベストセラーだし、それを足がかりに、それを一般の読者にも売って行けば、全国規模のベストセラーを出せるのに!

 読書家の俺から言わせて貰うと、この本は余りも題名が悪すぎる。.『I'm "NG"』って言われても、「なんのこっちゃ?」と思うってしまうもん。「MG」とは重症筋無力症の略称のことだ。医学関係で使うべき用語であっても、一般の読者に向けて使う用語ではないのだ。.『I'm "NG"』は副題として、「重症筋無力症とほほ日記」とついているのだが、こちらの副題こそ、この本の題名として使うべきなのだ。これなら「この本は重症筋無力症の本なんだな」と一般の読者でも解るからだ。

 それと表紙の絵が悪すぎる。著者としては、重症筋無力症になると、地球の重力が重いんだということを言いたいのだが、これではインパクトに欠けるものだ。それよりも病院に入院している時の絵を出した方が、インパクトが出て来るのだ。一般の人は「病気=入院」という図式が出来上がっているので、下手に訳の解らないものを出して来るべきなのである。

 題名と表紙は問題があるけど、内容として超一級作品なので。俺から「わたなべすがこ.」さんに本年度のタマティー書籍大賞を贈りたい。パンパカパ~ン! まだ10ヵ月はあるけど、これを超える作品は出て来ないだろうからね。不謹慎なんだけど、この本を読むとなぜか笑ってしまい、心が温かくなるのだ。普通、闘病日記を読むと、こっちが落ち込んでしまうのだが、この作者の人格なのか、どうもこっちが笑顔になってしまうのだ。

 珠玉なのは、この本の中に出て来るエッセイだ。今まで様々な女性のエッセイを読んできたが、この作者のエッセイはダントツに巧い! きちんと自分を意見を的確な言葉で言っているのだ。俺はこの国に生まれ育ち、つくづく女性たちに言いたくなるのだが、女性がフェミニズムなどのイデオロギーにかぶれている限り、いい文章は書けないのだ。その文章が自分の意見ではなく、イデオロギーの意見だからだ。丁度、福島瑞穂の話を百万時間かけて聞いても、なんの役にも立たないように、自分の本心を言わない意見というのは、幾ら聞いても無駄なのだ。自分で実際に行動して、そこで感じて、真剣に考えよ! その意見だけがお前の意見なのであって、その意見を言うからこそ、真っ当な意見を言うことができるのだ。

 しかし、なんでこの「わたなべすがこ.」さんはこんなに質の高いエッセイを書けるのかというと、まず自分が重症筋無力に罹ったことで、普通の日常生活が奪われ、自分で考える時間がたっぷりと持てたことが挙げられる。もう一つはこの病気の治療に使われたステロイド剤が男性ホルモンを分泌させるので、それによって脳に変化が生じてしまったのだ。この本を読んで男性ホルモンとは知能を高くする機能があるとつくづく思ったくらいだ。考えてみると、俺が大学生の頃に、アトピー性皮膚炎になっている男性がいて、その男性がステロイド剤を常用していたんだけど、病人のくせに、なんか男らしい男で、ゼミ長を務めたくらいなんだ。そうか、あれはステロイド剤の副作用だったんだと、今回の件で改めて理解することができた。要は、「わたなべすがこ.」さんはドーピングをやって、タマティー書籍大賞を受賞したのだが、このドーピングは合法的ドーピングとして不問にしよう。

●ペンネームが悪すぎる

 運命学を修めた俺に言わせれば、この作者のペンネームは非常に悪すぎ。「わたなべすがこ.」と名前の最後にピリオドを使うと、あの世行きになってしまうのだ。白血病で亡くなった本田美奈子さんも、「本田美奈子.」と改名したら病死してしまったからだ。「わたなべすがこ.」さんも一刻も早くこのペンネームは捨てた方がいい。

 それとこの作者の経歴を読むと、このペンネームを使い出してから重症筋無力症を発症したが、それと並行して父親が肺癌に冒され、病死してしまったのだ。というのも、「わたなべすがこ.」では父親と縁が切れてしまう画数なので、運命通りに父親が亡くなってしまった。

 「わたなべすがこ.」というペンネームはそれまでの人生を一変させてしまう運命を持つので、以前は介護ヘルパーをしていたのが、現在では重症筋無力症を抱えながら、画家と作家として生活する羽目になってしまった。但し、改名しないと、画家と作家の仕事すら失ってしまうことになるので、とにかくペンネームを変えることだ。

 よく本名とは違う名前を使って仕事をする人々がいるが、その際、自分のペンネームなり芸名なりが、自分の人生に思わぬ影響を与えて来るものなので、くれぐれも注意して使うことだ。インターネットで使うハンドルネームでも自分の人生に影響を与えて来るので、自分がハンドルネームを使ってみて、どうも不幸が続くようだったら、すぐさま改名してしまうことだ。

 「わたなべすがこ.」さんの場合は、このペンネームよりも、本名の「渡部寿賀子」の方がいいので、本名で仕事をした方がいい。ただ、重症筋無力症を治したいのであるなら、「寿」を旧字体の「壽」に変えることだ。「寿賀子」だと病気を治すパワーを持たないので病気が悪化していってしまうからだ。「壽賀子」に変えると、一気に病気を治すパワーを持つので、毎日、10回以上自分の改名した名前を書いていると、重症筋無力症といえども治ってしまうものなのだ。

●「本人に知られることなく渡部寿賀子さんを支援する会」発足

 今回、久々にいい本を読まして貰ったので、この作者に感謝の意を込めて、「本人に知られることなく渡部寿賀子さんを支援する会」を発足することにした。通称「マイッチングクラブ」。会長は勿論、タマティー。あくまでチャリティークラブであり、しかも重症筋無力症で生活が困窮している渡部寿賀子さんを経済的に支援することが目的である。できれば重症筋無力症を治してしまおうというものだ。

①入会はタマティーの意見に賛成している方

 会員がたくさんいても、幽霊会員が多くいては無意味なので、飽くまでもタマティーの意見に賛同してくれる方に限る。要はこれだけ凄い文才を持った女性を、重症筋無力症のためにあの世に送らず、この世でその才能を発揮して貰おうというもの。重症筋無力症だからということで憐憫の情をかけるのではなく、その素晴らしい文才がなくなることを惜しんでいるのである。

 会員に成りたい方は、今回の記事に「私、会員になります!」とコメントいれて下さい。すぐさま会員認定を受けることができます。会員になったら、挨拶する時には必ず「もう、マイッチングheart01!」と言って下さい。例えば、タマティーにコメントを送る時は、「タマティーさん、こんにちは!」だけでなく、「タマティーさん、こんにちは! もう、マイッチングheart01!」と書くように、

②出来れば『I'm "NG"』を本屋で買う

 入会金や年会費は無料だけど、できれば渡部寿賀子さんが書いた『I'm "NG"』を本屋で買うことだ。タマティーが絶賛している理由をまずはこの本を読むことで理解することだ。本が売れれば、著作権料が彼女の預金通帳に振り込まれるので、彼女は困窮した生活から脱出することができることだろう。

 なんで本屋で買わねばならないのかというと、この本は医学書に該当するので、通常の本屋では売っていないのだ。そこで本屋に注文して、取り寄せて貰うのだ。そして本を読み終わった後に、本屋の店長に「あの本、面白かったよ!」と感想を伝えて、この本の面白さを伝えていくのだ。そうすると本屋の店長もこの本を読みたくなり、更にこの本を取り寄せて、店頭に並べるようになるのだ。こうすれば益々売れて行く筈だ。

③図書館で『I'm "NG"』を借りて、重症筋無力症について理解する

 重症筋無力症の本は家にあっても邪魔なだけである。そういう方は図書館でこの本を借りて来て、重症筋無力症について理解してあげることだ。重症筋無力症患者は、薬を使えば日常生活に戻れるのであって、ただ病気のためにおかしな体の動きをしてしまうのだ。体は健康そのものなので、「何やってんだよ」と普通の人々は言ってしまうことになるので、そのストレスが更にこの病気を悪化させるのだ。因みに、この重症筋無力症はストレスが更に病気を悪化させるので、患者にストレスがかかると余計に悪化するのだ。

 俺は渡部寿賀子さんの意見が素晴らしいからといって、全ての意見を認めている訳ではない。例えば渡部寿賀子さんは「重症筋無力症に対して医療費だけでなく、生活費まで国が面倒をみて欲しい」と要求しているが、俺はその意見には反対だ。

 「甘ったれるな!」と言いたくなる。

 そんな馬鹿げた考え方をしているからこそ、いつまで経っても重症筋無力症が治らないのだ! 「私を永遠に重症筋無力症患者にさせて下さい」と言っていると同じようなものではないか!? 自分の難病のために生活が困窮して行くからこそ、早く治さねばと思うものなのである。自分の尻に火がつけば、動けない病人だって走り出すものなのだ!

 確かに重症筋無力症に罹ってしまうと、働けなくなってしまい、生活が貧しくなってしまう。だからこそ、健康な時に貯金しておけといいたい。渡部寿賀子さんも病気になる前は、仕事で得たお金を全て旅行などに使っていたみたいので、いざ自分が病気に成ってしまうと、途端に生活が困窮してしまうのだ。俺がいつも言っているように、自分がどのような状況にあっても、収入の2割を天引きして貯金しておけば、いざ自分が病気で働けなくなっても、資産収入があるので、そのお金を切り崩しながら生活して行くことができるのである。それと重症筋無力症であったとしても、自分が働ける範囲内で働くことだ。僅かなお金でも稼いでいれば、それが生活の足しになるし、いい気分転換になるものなのだ。

 俺が『I'm "NG"』を読んで思わず納得してしまったのは、交通機関を使用する際の問題だ。重症筋無力症患者は電車などの交通機関を使用するのが、これほど大変だと始めて知ったからだ。JRはグリーン車があるからまだいいのだが、他の鉄道会社になってまうと全車両が普通車両なので、難病を持っている人にとってはこれほど過酷な乗り物もないのだ。平等化が実は最も社会的に弱い人たちを苦しめてしまうことになるのだ。

④渡部寿賀子さんを月に連れて行く

 どうやら、渡部寿賀子さんは重症筋無力症のために地球の重力が重たそうなので、会員の中で裕福な人は渡部寿賀子さんをロケットで月まで連れて行って、重力を軽減させてあげるようにしてあげることだ。恐らく月の重力でなら、重症筋無力症といえども、その症状が緩和することだろう。但し、月から地球に戻って来た時は、地獄を見ることだろう。

 今回の記事は妊娠や出産や育児に関係ないけど、重症筋無力症について理解を持つということは、将来、何かしらの足しになると思う。この世には思わぬ難病奇病を抱えている人たちがいるというものだ。そういう人たちもこの世できちんと生存させてあげることができれば、この世は益々良くなるというものなのである。過剰な慈善は社会にとって有害だが、必要な慈善はやっぱり必要なのである。

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ブログ作りの成功テクニック

 タマティーもブログ作りを始めて3年以上になり、ブログの世界で大成功した訳ではないが、ブログを存続させたということでは成功の部類に入る。そこで、今からブログを遣ろうとしている人々や、今ブログを遣っているがイマイチ人気が出て来ないという人々に、タマティーなりに得たブログ作りの成功テクニックを紹介しよう!

●まずはブログを遣り始める

 今現在、もしも自分のブログを持っていなく、これからブログを遣ろうかなと思っている人は、すぐさま遣り始めた方がいい。躊躇しているだけ時間の無駄となってしまうからだ。ブログを持つことが当たり前の世の中になったのに、未だに自分のブログを持っていないという人はいるものなのである。自分だけがブログを遣っていないと、ブログに関しての話題についていけなくなるものなのである。

 どんな世界でも、先行者が圧倒的に有利である。先行者は時間が経過すればするほど、経験を蓄積して行く訳だから、後続者が幾ら遣っても追いつかないものなのである。しかし、今から遣り始めれば、先行者たちの経験を踏襲いた上で、独自の路線を切ることができるので、より出来のいい物を作り出すことができるようになるのである。

 ブログを遣り始める時は、プロバイダーとの相性がとても重要になる。どこの会社のブログを使うかで、その後の命運が決まってしまうからだ。俺はニフティーが日本で初めてブログを遣り始めたという実績を高く評価していたし、実際にニフティーのブログが最も書き易かったし、他の人のブログもニフティーのブログが最も見易かった。ブログを遣っているのはニフティーだけではないので、自分が遣り易い会社のものを選べばいい。

●毎日書き続ける

 ブログを遣り始めたのなら、とにかく毎日書き続けることだ。最初は下手なものでも、毎日書き続けていると、自然と文章能力は上達して来るのだ。文章の執筆スピードが速くなってくれば、自然と出来のいい記事が出来上がって来るものだ。俺だって最初はキーボードを指で一つずつ押していたが、その内、キーボードを見なくても、10本の指でカチャkチャと打てるようになった。遣っていれば出来てしまうものだ。

 文章というのは、自分が話しているように書くのが巧くなるコツ。ただ、必ずしも口語体でなくていい。知的レベルが高いものは文語体で書かないと、引き締まって来ないのだ。この辺り、近代日本文学の口語体確立の歴史と照らし合わせてみると、如何に明治期の作家たちが苦労していたかが解る。俺は漢字学者の白川静氏のように、言文一致は必ずしも良いとは限らず、文語体の文章は文語体の文章として残すべきという意見である。これは自分が遣ってみて辿りついた意見なので、どうこう議論するものではない。

 実際問題として、毎日書き続けていると疲労が溜まるものだ。そこで俺は記事を書き溜めておいて、定期的に長期休暇を取ったものだ。記事の公開は週に6回にすれば、毎週1つの記事が溜まって行くので、それがかなり溜まったら10日間ぐらい一気に休んで、他のことをやっていた。まあ、こういうことをしなくても、週に1度は休むとか、夏休みや冬休みを取るとかした方がいい。

●他のブログをきちんと見る

 自分のブログを向上させたいのなら、他の人のブログをきちんと見ることだ。他人のブログを見ることで、思わぬ発見が多々あるからだ。まずは、自分が好きなタレントのブログを見てしまうのが一番いい。俺の場合は、「真鍋かをり」のブログの記事を集めた本を読んでからブログを遣り始めたので、真鍋かをりのブログは定期的に見ていた。彼女は女性にしては、理性的な文章を書くし、タレントで華やかな世界にいるのに、ブログの中では「ダメ真鍋」を紹介しているので、それが結構面白かった。それに、記事の更新の期間がゆっくりなので、それも良かった。

 CanCamの専属モデルの「西山茉希」のブログも見ていた。彼女はファッションモデルの中ではダントツに文章が巧い。さすがに小学1年生の時から日記をつけていただけのことはある。最近はタレントよりモデルの方が人気が高くなっているのだが、彼女のブログを見ると、その実力の差がはっきりと解る。しかし、彼女のマネージャーが都合の悪い記事や写真を消したりしていたので、それが嫌で途中で見るのをやめてしまった。別にそんなことをしなくてもいいのにって思っていたけど。

 自分のブログがどこかのカテゴリーに入れているなら、そのランキングにランクインしているブログを見ることだ。ランクインしているブログはそれなりに巧いブログなので、参考すべき所は参考にしておいた方がいい。しかし、ランクインされているからといって、必ずしも質がいい訳ではない。どこの世界でもそうだが、質の高い物ほど、ランクインしていないものなのである。そこでそのカテゴリーの中で質の高いブログを見つけ出し、それを参考にしてみることだ。

 ブログにも相性があるので、自分のお気に入りのブログをリストアップして、それを定期的に見ることだ。そのブログの出来が良くても、相性が悪いと見続けられないものだ。ということは、自分にとって相性の悪いブログもあるので要注意。俺は中川翔子のブログを見て、精神的にヤバくなったことがあった。彼女は1日に10回以上も記事を更新してくるので、それを見ていたら、頭がおかしくなりそうになってしまった。どんなに人気があろうとも、相性の悪いものは避けることだ。

●記事を充実させる

 地道に記事を充実させていくことだ。最初の頃は、僅かな記事を書くだけでもヘトヘトになってしまうものだ。だが、毎日遣り続けていると、徐々に記事の質が高くなっていくものなのである。記事の質が高くないと、読者は見続けられないものだ。アクセス数が多いからといって、記事の質の向上を図らないと、結果的に碌でもない人々に好かれてしまうので、いざブログの質を上げようと思っても、上げられなくなってしまうのだ。

 ブログは女性なら日記風のものがいいし、男性ならテーマを絞って、それを徹底的に極めて行くものがいい。この手の物が質の高い物が多かったと思う。女性の場合、日常生活からネタを探して、それを記事にすると自然と出来のいい物が出来上がって来る。男性の場合は、日記風にしてしまうと、余り面白いものはなかった。それをやるなら、自分の仕事の業務を紹介するとかにした方がいいと思う。

 記事を充実させるにしても、自分に無理な記事は書かないようにすることだ。要は「嘘をつくな」ということだ。嘘を書いていると、いずれ破綻するものだ。女性なら妄想話を書くとか、男性なら自分が経験したことのないセックスネタとか、そういうものを書くなら、小説として書いた方がいい。然るべき人が見れば、この話は妄想だなとか、この人はセックスが巧いか下手かは一発で解るものなのである。

●記事以外の場所を充実させる

 記事ばかり充実させるのではなく、記事以外の場所も充実させることだ。テンプレート選びは非常に大事だ。この良し悪しで客が付くと思っても過言ではない。何を隠そう、俺は最初「ケロロ軍曹」のテンプレートを使っていたのだが、どうもアクセス数が少なく、或る人から「なんでケロロ軍曹なのですか?」というコメントが寄せられたので、その後、「キティーちゃん」に切り替えたのだ。そしたら一気にアクセス数が上がったので、以後、これを維持し続けている。

 センスのいいブログパーツを貼り付けることも必要だ。ブログは無料で遣らせて貰う訳だが、それはプロバイダーが企業から広告料を取っているからこそできるのであって、ブログパーツを貼り付けることでプロバイダーに儲けさせるという考えは最低限のマナーとして必要である。ブログパーツをブログに貼り付けると、自分のブログが華やかな物に成るので、センスのいいブログパーツをせっせと貼り付けて行くことだ。

 俺はリストに優秀な企業をリストアップして載せたりした。その企業名をクリックすると、その企業のホームページに行けるようにしたのだ。勿論、無料だが、こういう形で優れた商品を作っている会社を繁盛させていきたいと思ったからだ。企業の不祥事が発生しているからといって、全ての企業が悪いことをやっている訳ではないということだ。これだけたくさんの会社があれば、中には碌でもない会社が出て来るというもの。資本主義という経済システムが悪い訳ではないのだ。こんなリストは見る人はいないかと思っていたら、それでもきちんと見る人が出て来たので驚いたことがある。自分がこういう細かい作業をしても、必ず報われるものなのだ。

●ブログ制作に時間をかけすぎない

 ブログを制作する時は、ブログ制作に時間をかけすぎないことだ。1時間30分以上時間をかけると、逆に記事の質は低下していく。人間の集中力は1時間30分が限界なので、それ以上やっても集中力が低下し、記事の質が低下してしまうのだ。如何に自分の集中力を巧く使って、質の高い記事を書くかが、その記事の質を左右するのだ。

 通常、30分程度か、1時間程度か、1時間30分程度というのが、ブロガーたちの相場なのだ。この3パターンから自分の好きなものを選べばいい。但し、短い内容の物なら数分でも充分。要は集中力がある状態で記事を書くべきであって、集中力がなくなったら記事を書かないことだ。

 自分が記事を書き続けて、平均的な執筆時間というものが出て来るものだ。その時間で毎日書き続ければいい。俺の場合は、早朝に1時間30分かけて記事を書き続けた。毎朝この時間をブログ制作に割り当てていると、それを遣らないと、どうもその日の調子が上がって来なくなるものだ。早朝に記事を書くことで、その日の勢いをつけてしまうと、その日が全て巧く行くようになるものだ。

●自分の生活を充実させる

 ブログだけを充実させるのではなく、自分の生活も充実させることだ。自分の生活というのが、ブログに反映して来るものだ。「食事」「睡眠」「排便」「運動」をきちんと行っておくことだ。俺は白米を可能な限り食べないようにした。白米を食べてしまうと、脳の機能が低下してしまうからだ。必ず麦を食べるようにした。

 「節酒」「禁煙」「麻薬は絶対に禁止」の三原則は絶対に守った方がいい。お酒は脳にとって天敵なのである。しかし、お酒は付き合いで飲まざるを得ないので、禁酒ということが事実上できないものなのだ。そこで節酒なのである。タバコは絶対にやめておくことだ。タバコを吸うと体温が下がるので、ネガティブモードになってしまうものだ。麻薬に至っては論外であって、ラリっている状態ではブログ制作などできる訳がないのだ。

 自分の精神レベルが低いと碌でもないブログしか作れないものだ。そこで定期的に宗教書を読むとか、自己啓発書を読むとかして、自分の精神レベルを上げていく努力をすることだ。俺は仕事関連でセミナーなどに行けるので、そこで講師の話を聞くことで、結構、勉強することができた。

●コメント寄越して来る人を大切にする

 ブログにコメント寄越して来る人を大切にすることだ。コメント寄越して来る人たちは、良くも悪くも自分に関心がある人たちだ。如何にして優れた常連客を持つことが、そのブログの命運を左右するものだ。優れた常連客のコメントが自分の思わぬ発想を生み出し、それがブログにいい影響として反映して来るのだ。

 俺の場合は、「ゆきねこ」さんという人が常連客に成ったことで、一気にブログの質が向上したと思う。「ゆきねこ」さんは大学院卒で修士号を持っているので、俺よりも学歴が上なのだ。その人から質問が寄せられるのだから、こっちも答えている内にしっかりと脳が刺激され、物凄くいい結果をもたらすことになった。

 しかし、コメントを寄越して来る人たちの中には、悪質な人もいるということは確かなことなのだ。これを遣られると、どう対応したとしても、こっちがネガティブモードになってしまうものなのだ。悪質な人がコメンをト寄越して来ないように、メールアドレスを明記させるようにすれば、これだけで悪質な人がコメントを寄越して来ることをかなり防ぐことができる。

 実際問題として、記事を書き終わってから、コメントの返答を書くことになるので、コメントの返答の質が低くなってしまうのだ。そこでコメントの返答を書く機会を別に設けた方がいい。俺は嘗ては仕事が終わってからそれを遣っていた。だが、仕事が忙しくなってきたら、この時間を割けなくなってしまった。そのためにコメントへの返答の質が上がらなくなってしまった。

●戦略を決定する

 ブログ作りは、当初は戦略なんてないものだ。我武者羅に遣って行くしかないものだ。しかし、その後、戦略というものが必要になって来るものだ。戦略によって戦術が決定されるものなのだ。アクセス数が増えるからといって、戦術に走ってしまうと、成功しているに見えて、実は大失敗しているということも起こってしまうのだ。

 俺が取った戦略は、「高級化路線」だ。質の高い記事を書くことで、レベルの高い人々をターゲットを絞った。これを遣ると、アクセス数は高くはならないが、レベルの高い人々がコンスタントに見てくれるようになった。これがために非常に出来のいいブログを作れるようになったのだ。ブログにアクセス数を制限する機能はないのだが、量を制限すると、自然と質は上がるものなのである。俺がエントリ-したカテゴリーは、飽くまでも女性向けのカテゴリーであるために、ランクインしないように努めていた。しかし、それでもランクインしてしまうことがあったので、つくづくこの機能が欲しいと思ったくらいだ。

 逆に大衆化路線を取って、アクセス数を多くしてしまうこともいい。アクセス数を多くした場合、量は増えるが、質は上がらないものだ。こういう場合は、常にランキングにランクインし続けることだ。そこでトップを取っていれば、自然とアクセス数は増えて行くものなのである。

●とにかくブログ作りを楽しむ

 ブログ作りを遣っているのなら、とにかくブログ作りを楽しむことだ。自分が楽しんでいるからこそ、その楽しさがブログに現れて来るのである。自分のワクワク感はなんとなく読者に伝わって行くものなのである。ブログで最も楽しまねばならないのは、自分なんであって、ブログを見る人々ではないのだ。

 ブログ作りに疲れたのなら、ブログ作りを休んで、英気を養うことだ。ブログ作りで疲労していると、思わぬ悪質な人々から攻撃を食らうこともあるからだ。疲れたのなら、一旦ブログから離れて、休むことで、頭の中からブログのことを忘れてしまうことだ。そして再び遣りたくなったら、ブログ作りを再開すればいいのだ。

 ブログ作りは自分の意見を表明する場所としては最良の場所なので、絶対に確保しておいた方がいい。見ている人はきちんと見ているものなのだ。世の中に様々な意見がある方が世の中は豊かになっていくものなのだ。ブログ作りは世の中を豊かにすることで、自分も豊かになっていくものなのであって、世の中を貧しくさせるような記事は絶対に書かないことだ。記事を書くなら、この世が豊かになるような記事をかくことだ。そうすれば自分も豊かになることができるのである。

●ブログ作りの注意点

 ブログ作りはいいことばかりではない。ブログ作りにも欠点はあるのであってブログ作りの注意点を3つほど挙げておく。

①電磁波は体を冷やす

 パソコンから出て来る電磁波は、予想以上に体を冷やすものなのである。長時間に亘ってパソコンを遣らないことだ。俺の場合、4時間30分以上パソコンを遣っていると、足がガクガクするほどに寒さを感じてしまう。パソコンを遣る際は、使用時間を制限して、テキパキと遣ってしまうことだ。

②形に残す努力をしないと消滅して行ってしまう

 幾らブログ作りに精を出しても、ブログを見ている人は、そのブログを見てしまえば、それで終わりだ。こういうことを繰り返していると諸行無常の世界に足を突っ込んでしまうのだ。そこで形に残す努力をすることだ。そうしないと自分の努力が消滅して行ってしまうからだ。

 俺が遣ったのは、コメントを寄せて来てくれた人に、本を紹介したことだ。こうすると、その本を見るたびに、タマティーのことを思い出す筈だ。しかし、読書の習慣にない人に本を紹介しても、大した反応を寄越して来ないので、この点は相手を良く見てから、本を推薦するようにすることだ。

 ブログを書籍化するのもいいし、ブログの中でグッズを売るなんてもいい。人気が出ているブログなら、それを見ている人はお金を出してもいいと思っているから、何か記念になるような物が欲しいものなのだ。その欲望を巧い形で満たしてあげることだ。しかし、この欲望は飽くまでも善意から出ているものなので、絶対に悪用しないことだ。

③ブログを書き続けていると必ず挫折が遣って来る

 ブログを書き続けていると、必ず挫折が遣って来るものだ。その挫折こそが転機となるのである。俺は「にほんブログ村」での言論弾圧事件が最大の挫折で、これ以降、ただ漠然とアクセス数を増やすような遣り方を止めて、高級化路線を取るようになった。事件に直面した時は悲惨だったけど、あの事件があったからこそ、戦略を持つことができたのだ。

 ブログ作りを遣っていれば色々なことがあるけれど、それを可能な限りいい方向に持っていくことだ。世の中には悪い人たちもいるけど、悪い人たちばかりでもないので、必ず助けが入ると思う。自分が助けられた時は、きちんと感謝しておくことだ。そのような心持ちでいれば、どんなことがあっても巧く遣って行ける筈だ。

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『幸せ色の出産ラブスト-リー』の制作エピソード

 『幸せ色の出産ラブストーリー』は1年半以上に亘って執筆し続けて来たために、たくさんのエピソードがありました。そこで今回は主な制作エピソードを紹介! タマティーがどのようにしてこのブログを作っていたかが解ると思うよ。

●執筆スピードが速くなった

 まず、執筆スピードが速くなった。前回の『不妊症バトルロワイヤル』では記事の正確性を期すために執筆時間が延びてしまい、執筆時間が2時間以上経ってしまうと、途中までは記事の内容がいいのに、オチが暗くなってしまって、自分でもこれはイカンと思って、執筆時間を1時間30分に制限しました。これが良かったのか、それ以降は出来のいい記事を書くことが出来ました。

 その後に始まった『幸せ色の出産ラブストーりー』では、1時間30分で書けるものが、早い時は1時間で書けるようになった。書く時は一心不乱になってキーボードを叩いているので、気付くと出来上がっている感じでした。ブログ制作は1時間半以内に収めるというのが、出来のいいブログを作るコツだと思う。

 執筆スピードが速くなると、自分の考えをきちんと纏めることができるようになった。要は執筆スピードが遅かったから、自分の考えがダラダラしたものになってしまうんで、執筆スピードが速ければ、内容が引き締り、自分の考えを的確に言えるようになります。これは速筆の作家ほどいい作品を作り、遅筆の作家ほど碌でもない作品を作って来るのと同じことだと思う。

●育児に関しては母親の体験記が一番良い

 『幸せ色の出産ラブストーリー』の記事を書いていくに当たって、育児書は本当に役に立たなかった。育児のことを調べると、育児書というのは本当にアホらしいです。日本で出回っている育児書は、既にアメリカでは否定されている『スポック博士の育児書』が元ネタになっており、それを日本バージョンに書き直しているだけ。作者が自分が調べて考えて作っているのではないので、本当に無価値なものだと思う。育児書を読んでノイローゼになった母親たちは多いというけど、これは当然の現象だろうと思う。

 育児に関してはやはり育児を実際に体験した母親たちの体験記が非常に役に立った。文章的には圧縮したものが少ないので、内容が浅いと思ってしまいがちだが、実際の育児ではそんなに深い内容は要らないからね。基本さえできていればきちんとできてしまうもんだよ。

 実を言うと、息抜きをする時は、育児漫画を読んでいた。松本ぷりっつさんの『うちの3姉妹』とか、高野優さんの『吾輩ハ母デアル』なんかも読んでいたよ。両者とも育児の仕方はひどいものだけど、笑えることは笑えるので、リラックスできましたね。ただ、育児の仕方は間違っているので、クレグレも参考にしないように。

●並行して白血病の研究をやっていました

 この『幸せ色の出産ラブストーリー』を書いている際、不妊症の研究をしている時ほど、妊娠や出産や育児に関しての書物を読んでいなかったために、余りにも暇なので、このブログを制作しながら、白血病の研究をしていました。癌研究の過程で白血病の原因も推定できていたので、こっちの方をせっせとやっていました。

 だから、このブログにも白血病のことが出て来る訳で、白血病というのは、医者の治療を受けなければ治るというもの。癌と同様に医者が手を出してしまうからこそ、患者の寿命を縮めてしまう結果になってしまうんだ。癌にしろ、白血病にしろ、人間が果実食動物であることを忘れてしまったがために起こって来る病気であって、体を弱アルカリ性に保つことを忘れて、酸性状態にしてしまうと、この手の死の病に襲われてしまうことになるんだな。

 それと現在は「重症筋無力症」の研究をやっています。タマティーの母親の知り合いがこの病気に罹ったのですが、病院でとんでもない治療を受けさせられることが解ったので、タマティーはそれはイカンということで、この難病の研究を行っています。重症筋無力症は現在では医学の進歩の結果、病死する確率は非常に低くなっているのですが、治療費が全額国庫負担のために、医者が高額な医療費をふんだくるために、適切でない治療をやってしまう傾向があります。今回のケースのそのタイプなのですが、医療費を政府が全額無料にすると、こういう弊害が出て来るので、全額無料というのは絶対にやめた方がいいと思う。莫大な治療費が請求されれば、患者の方も真剣になってその病気のことを考えるようになるのであって、それをしなければ、医者の思うがままなんだってことに、一刻も早く気付いて欲しいね。

●テレビを見る時間が激減した

 早朝からブログをやり、それから仕事をし、帰宅すれば読書をするので、テレビを見る時間が激減した。特に早朝からレベルの高い記事を書いてしまうと、その後の仕事も出来のいい仕事ができるようになるので、帰宅してからテレビを見ると、本当に下らないと思ってしまう。

 「いい仕事ができるようになると、テレビを見なくなるよ」と、とある億万長者の方に言われたことがあるのですが、それを初めて聞いた時は「そんなことある訳ないじゃん!」と思って反発していたのですが、実際に自分がいい仕事をし始めると、テレビというのはバカ臭くて見ていられないんだな。せいぜい見るのはNHKぐらい。後は自分が好きなフィギュアスケートぐらい。

 テレビを見なくなると、本当に時間が有り余るようになるので、生活が質的に豊かになったような気がする。要はテレビを見てしまうからこそ、時間がなくなり、自分がやるべきことに充分な時間を注げなくなり、そのためにトラブルが続出して来る訳だからね。「豊かになりたければ、テレビを消せ!」というのは、タマティーが実体験から得た貴重な教訓であるので、くれぐれもテレビの見過ぎにはご注意を!

●チャングムブーム

 しかし、我が家で全くテレビを見なくなったかというとそうではなく、タマティーの母親だけが我が家で唯一テレビを見まくるので、これが非常に困った。というのは去年の秋頃から仕事の関係上、本を大量に読まねばならなくなり、机の上に常時10冊以上の本が溜まってしまい、それをせっせと読んでいく日々になってしまった。それなのに母親がテレビを見て、その音がうるさいし、しかもテレビを見るとアホバカオーラを発して来るので、これほど迷惑なものもない。我が家ではタマティーが口うるさく「テレビを見るな!」と言っているので、家族の者はテレビを余り見ないのですが、母親だけが母親特権を乱用してテレビを見るんですな。

 そこで母親のテレビ好きを粉砕したのが、『宮廷女官チャングムの誓い』! この韓国ドラマを見て、ダラダラとテレビを見させないようにした。このドラマは出来が非常にいいので、我が家では家族全員がテレビの前に集結して、食い入るように見ていました。このドラマは内容が濃いくにせ、放送時間が70分もあり、しかも韓国では週2回放送されていたので、本当に驚いてしまった。時期的にNHKの『天地人』と重なってしまったので、日本の最高峰のドラマですら、チャングムを見てしまうと、色あせてしまうほどに。『天地人』は原作も良かったし、出演者たちも良かったのに、脚本や演出が異常で、それが視聴者をゲンナリさせてしまったので、本当に勿体なかった。監督は脚本家や演出家の暴走を絶対に許してはならないよ。

 将来的にはマジでイ・ヨンエに会いたいね。それとハン尚宮を好演したヤン・ミギョンにも。ヤン・ミギョンって名前は日本語的には言いにくい名前だけど、女優さんとしては立派でしたね。ああいう熟女女優がいれば、日本でもレベルの高いドラマを作れるからね。まずは日本の女優さんにはちゃんと結婚して、赤ちゃんを産んで育てて貰わないと。いつまでも独身だったり、結婚しても子供がいなければ、程度の低い女優にしかならないもんだよ。『チャングム』を見たお蔭で、タマティーも再び映画やドラマを作りたくなってしまったくらいにいい刺激を貰えた。

●体調の変化が解るようになった

 ブログをこれだけ長くやっていると、早朝の時点で、今日の体調の変化が解るようになった。体調がいい時には執筆スピードが速いし、体調の悪い時は執筆スピードが遅くなるから、すぐさま解る。体調のいい時は仕事を思いっきり進めていけばいいし、体調が悪ければ仕事の進め方を送らせればいいからね。

 体調というのは一定ではないというのが、男性ではなかなか解りにくいもんなんだね。女性の場合、生理があるために、否が応でも体調の変化が解るのだけれども、男性の場合はそれがないために、体調が悪いのに遂々無理をしてしまい、そのために早死にしてしまうというケースが多々発生するからね。

 長寿を実現したいのなら、ブログをやって、その日の体調を確認するというのは有効だと思う。体調が良くない時は、どう考えたって無理をしてはならないんだから、仕事を控えるとか、結婚式や葬式の類には出ないようにすることだよ。長生きをしたければ、義理を欠くということは本当に大事なことだと思う。

●健康に気を使うようになった

 ブログを書き続けるためには、なんといっても本人が健康でないとね。健康に気を使うようになったね。特に「食事」! 夕飯の如何によって、翌朝のブログの出来が決まるといいっていいくらいに。白米は絶対に禁止。必ず麦を入れないとね。麦に含まれるグルテンが脳にとっては栄養となるので、これがないと頭が巧く働かないんだ。麦以外にはお蕎麦。お蕎麦を食べると本当に頭が良くなるね。脳が疲れた時はお蕎麦を食べて、脳の疲労を取っていました。

 白米は禁止していたのだけど、客人が自宅にやってきた時に、手巻き寿司を御馳走しなければならなくなったので、仕様がなく食べたんだけど、その後、3日間ほどウンコが臭くて困りましたね。いつも「押麦入り玄米」を食べているので、いざ白米を食べるとこの有様に。白米というのはつくづく健康に悪いと思う。

 いいブログを作るためには睡眠をしっかり取らないとね。タマティーの場合、春夏秋は6時間睡眠で、冬は7時間30分睡眠に成ります。そのため冬は本当に早寝になりますね。それと定期的に睡眠調整が行われて、一気に9時間ぐらい寝てしまう時があるので、その時は一気に寝てしまいます。育児をしていると、赤ちゃんの夜泣きがあるので、この睡眠腸ができず、母親というのはフラフラになってしまうんだと思う。睡眠調整をした後は、疲れが全て吹き飛んでしまうくらいになるので、赤ちゃんの夜泣きが治まったら、睡眠調整をしっかりとしておいた方がいい。

 タマティーはブログを書き終わると、必ずウンコをします。ウンコをしないと絶対に朝食を取らないので、午前7時までには排便をしっかりと行っています。朝食は排便が終わってからです。しかも、タマティーは1日に2回は排便をするので、お腹が出ていませんよ。人間は1日2食の名残りが未だに残っているから、健康であるなら1日2回排便するようになります。1日に2回の排便をコンスタントに行うのが、健康を維持し、奇麗な体型を維持する基本だと思う。

●食中毒

 健康にはあれほど気を使っていたのに、起こってしまったのが食中毒! しかもよりによって大好物の玉子で起こってしまった。これは近所のスーパーで玉子の安売りがあって、俺以外の家族全員がその玉子を買いに行ったために、我が家の冷蔵庫では常時60個以上の玉子が保管されることに! 玉子がこんなにたくさんあると、逆に玉子を食べたくなくなるという不思議な現象が起こり、そのため賞味期限が切れた玉子が続出する羽目になった。

 その賞味期限切れの生玉子を食べて、食中毒になってしまった訳。玉子の食中毒は恐ろしいというけど、本当に恐ろしかったです。とにかくお腹が痛くて、立っていられない状況に成る。高温にはならないので、これは風邪ではないとはっきりと解る。食中毒の際は、吐いた方がいいと思う。俺は吐くのは勿体ないから吐き気が来ても吐かなかったけど、吐いた方が楽だったと思う。

 それと食中毒を起こしている時は、絶対に飯を食ってはならない。食中毒当日はそれほど痛くなかったのだけれども、食中毒なのに食事を取ったからこそ、お腹に激痛が走って、翌日は仕事を休むまでに悪化してしまったのだ。「食中毒の際は断食する」。滅多なことで食中毒は起こらないので、もしも食中毒になった時は、この教訓を思い出して、食中毒を軽減させるように仕向ければ、食中毒はそれほど悪化しないと思う。

●余所の母子をちゃんと見るようになった

 男性は自分の家の子供のことはよく見るけど、他の家の子供のことは見ません。この辺りが女性と違う点なのですが、ブログで妊娠や出産や育児のことを書いていたために、余所の母子をちゃんと見るようになりました。一番気になったのは、「ベビーカー」! 生後6ヵ月未満の赤ちゃんは寝台型のベビーカーに乗せねばならないのに、椅子型のベビーカーに乗せている母親がいたりと、ついツッコミを入れたくなるような悪行をやっている母親たちが多々あり。椅子型のベビーカーでも長時間の使用は避けるべきであって、特に赤ちゃんを坐らせた状態で寝させるなって! 首が曲がるだろうが! 

 それと日本では道路事情が悪いために、乳母車が殆ど使用されていないので、乳母車の必要性は声を出していいたいね。乳幼児は寝ることで血液を生産するのであって、そのためには体を横にして、重力から解放してあげなければならない。そのために乳母車が必要なのであって、子供を横になって寝かさないと、血液の不足が起こってしまうんです。乳幼児の際に、座った状態で寝る癖がつくと、血液不足のために成長の伸びが悪くなるんです。

 乳母車を買っても、住宅が狭いために、乳母車を置くスペースがないという切実な問題があるので、住宅は絶対に広く作っておくべきです。マンションなら玄関の横にシュールームが必要だと思う。そこに乳母車を置けばいいんだから。日本は住宅政策に関しては完全に失敗したので、今後、政治家たちはこの点をしっかりと議論して、日本の現状にあった住宅政策を取って欲しい。大体、東京のど真ん中に平屋の家があるなんて、どう考えたっておかしいからね。

●コメントの良し悪し

 コメントの対応には大いに改善の余地あり。タマティーは記事を書き終わってから、コメントに返答するので、そのためコメントは大急ぎで書くために、質が非常に悪くなってしまうという弊害が多発。誤字脱字は多いし、時には相手の名前も間違えたりと、結構、悲惨なことを連発してしまった。

 それとこっちが質問に答えたら、何かしら返答して欲しい。俺の答えに関して、相手がどのような考えを持ったのか解らなくなってしまうので、この点は俺はどうすることもできないからね。俺も精一杯考えた末に答えている訳だから、質問を出した人が黙っていると、これほど困ることはないからね。

 良いコメントというのは、やっぱり常連客のコメントだね。解らなければ質問すればいいのにって、つくづく思うよ。自分が質問するってことは、ただ単に読んでいる人たちよりは記事を理解しているってことだし、質問して答えが帰って来ることで、「そういうことなのか!」って更に理解が深まるからね。

 まあ、こんな感じでブログを制作していました。

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タマティーへのロングインタビュー ~『幸せ色の出産ラブストーリー』を書き終えて~

●結婚の最初が一番大事

――「1年半以上に亘って『幸せ色の出産ラブストーりー』を書き続けてくれまして本当にご苦労様です。妊娠や出産や育児関連の物としては、技術的なことだけを書いたのではなく、なんか既婚女性のための幸福結婚哲学みたいになってしまいました。それほど結婚に対する考え方が大事なのでしょうか?」

タマティー「如何なる母親たちも妊娠や出産や育児だけをしている訳ではないのだ。夫婦の関係があり、家事をこなせばならないし、舅や姑たちとの関係もある。それなのに妊娠や出産や育児だけを引っ張り出して来ても仕様がないのだ。妊娠マニュアル書や育児書が根本的に間違っているのはそこなんだ。妊娠だけ、出産だけ、育児だけやらされていたら、どんな母親たちだっておかしくなるよ。育児書を読んで忠実に育児をしようとしたら、確実にノイローゼになるよ。俺に言わせれば、結婚に対して基本的な考え方がしっかりと出来ていれば、自然と妊娠も出産も育児も巧K行くということだよ。肝腎なのはそこであって、後の妊娠や出産や育児はそれができていれば、簡単に出来てしまうもんだよ。」

――「タマティーさんに言わせれば、結婚に対する考え方は結婚して暫く経って出来上がるのではなく、結婚してすぐに出来上がるということすが、なぜ結婚の初期に出来上がってしまうんですか?」

タマティー「結婚は最初が一番大事なんだ。どの夫婦も結婚する時に最大のエネルギーを使う訳だよ。互いの両親に挨拶に行ったり、結婚式や披露宴をやり、その後に新婚旅行に行く。更に新居で新しい生活をし始める。このエネルギーたるや他の仕事では絶対に使わないエネルギーだよ。この大事な時期にこそ、自分たち夫婦の結婚哲学ができるあがるのであって、その結婚哲学がその後の結婚に決定的な影響を及ぼすんだ。結婚する前は普通のカップルだったのに、結婚してから力の関係で亭主関白になったり、嬶天下になったりしてしまうものだ。ただそうは言っても、夫が家長として君臨し、妻が家庭内の実権を握っていれば、その夫婦はその後の結婚生活は非常に巧く行くんだ。ここで躓いていたら、延々と躓き続けてしまうことになるんだ。」

――「妊娠や出産や育児でトラブルを起こして来る既婚女性たちは、結婚の初期で躓いている訳ですね。」

タマティー「その通り。不妊症の女性たちを見て来てつくづく思ったのは、なぜ妊娠できなくなってしまうかというと、妻が夫を敬っていないからなんだ。妻が先行して不妊治療を受けているのに、夫はそっちのけだよ。これじゃ妊娠などできないものだ。不妊症でない女性たちが妊娠できても、妻が夫を蔑ろにしていると、途端に流産になっていまったり、早産になってしまったりするんだ。お腹の赤ちゃんは母親の考えに物凄く敏感で、自分がまともな両親の下で産まれないと解ると、有り得ない行動を取って来て、流産で死んでしまったり、早産で超未熟児として生まれて来てしまうんだ。」

――「妻の我執こそ、実は自分自身を最も苦しめている原因と成って来る訳ですね。」

タマティー「結婚は独立した男女でなければ出来ないものだ。人間は従自立できるまでは、競争原理のもとで生きてきて、盛んに競争し合うものだ。競争することで成長して行く。しかし、自立が完成し、独立が始まると、慈愛原理に立脚するようになる。自分ために生きるのはでなく、相手のために生きるからこそ、自分は幸せになれると思うようになるんだ。それなのに我執に取りつかれて、自分の幸せしか考えないと、結婚はとてもではないがやっていけないよ。当然、我執のある妻には強烈な悲劇が訪れて来る訳だ。」

――「その我執を取り除くためには、結婚哲学が必要と成って来る訳ですね。」

タマティー「結婚したのなら、とにかく夫婦で話し合うことだ。新婚生活は夫婦二人きりしかいないのだから、話し合う時間はたっぷりとあるものだよ。そうやって自分たち夫婦の結婚に対する考えを固めていくからこそ、きちんとした夫婦が出来上がって来るものなんだ。それなのに夫婦できちんと話し合わず、平等イデオロギーを家庭内に持ちこんで来て、夫婦は平等にならななければならないと思い込んでいては、その夫婦は最早結婚を維持できなくなるよ、どうせ妊娠しやら妻は働けなくなるんだから、どう考えても夫婦に平等は存在しないからね。一刻も早く平等は有り得ないことなんだと、結婚の現実をきちんと受け入れることだよ。」

――「その夫婦の結婚哲学から、その夫婦共通の夢が生まれて来ると?」

タマティー「結婚は夫婦共通の夢がないと巧く行かない。自分たち夫婦は将来こういう家族を築き上げたいと願っていれば、実際にその通りになるからね。結婚したというのに、その作業を行わなければ、後はスズルズルと成し崩し的に行ってしまうよ。生活に追われるだけの結婚だよ。そんな結婚、結婚の本来の機能を発揮した結婚ではないよ。家はあってもホームレスとなんら変わらないよ。」

●妊娠から出産へ

―ー「その夫婦に夢があればこそ、妊娠は価値を持ったものに成って行く訳ですね。」

タマティー「その夫婦に夢があれば、妻は自分が一体何をすべき既に解っているものだyよ。妊娠したって迷いがないんだ。妊娠中は既に胎児が成長し始めているから、母親がしっかりと物事を考えていれば、胎児はそれに引き摺られて急速に成長して行くことになるんだ。胎児教育は確かに効果があるけど、それは母親に結婚哲学があってこそ意味があるんであって、ただ単に胎児教育だけを施していれば、自分が天才でもないのに、赤ちゃんは天才だと言い出すような愚かな母親になってしまうよ。」

――「妊婦たちにとって妊娠中は決して暇な時期ではない訳ですね。」

タマティー「妊娠中こそ胎児が成長しているのであって、自分も頭や体をどんどん使って行くべきなんだ。妊婦として最低限知っておかねばならない知識を学ぶべきだし、運動して汗を流すべきだしね。それ以前に家事をしっかりとこなし、仕事も妊婦に安全なものならやるべきなんだよ。妊娠しているからといって、何もやらないのが一番体に悪いよ。」

ー―「昔の農家の女性たちはみんな出産直前まで働いていわたもんですからね。」

タマティー「初めて妊娠する女性にとっては、なんで妊娠しているのにそんな重労働を強いられるのかと、昔はそれが嫁姑の争いの原因ともなったんだよ。でも、妊婦に何もさせないでいる方が、実は妊婦にとっては体に悪いというのは、実生活の中から汲み取って来た大事な教訓だったんだよ。現在でも臨月までなら働くべきだし、臨月になっても家事などの作業をきちんとこなして体を動かしておけば、安全な形で出産を迎えることができるんだ。とにかく、妊娠の間が大事なのであって、それさえきちんとできていれば、出産は楽なんだよ。」

ーー「出産は医者が勝手に時期を定めて行うのではなく、実は赤ちゃんが生まれたい時期に合わせることが重要なんですね?」

タマティー「多くの妊婦たちが間違ってしまうのは、出産予定日という概念なんだ。あれは医者が勝手に定めたもので、実際の出産日とはなんら関係のないものなんだ。そのため、出産予定日になっても出産できないと、妊婦は凄まじい不安に駆られて、医者がそこに付け込んで陣痛促進剤を使って強制的に出産させようとする訳。でも、それはお腹の赤ちゃんが本当に生まれたがっている時期に産む訳ではないから、激痛が走ってしまうんだ。それでどの母親も出産は非常に痛いものなんだと記憶してしまうし、未婚の女性たちも出産はそんなに激痛が走るものなんだと思い込んでしまい、結婚を控えてしまうようになったんだ。」

ーー「出産というのは本来、無痛分娩であるというのが、タマティーさんの意見ですが?」

タマティー「まず、お腹の赤ちゃんには自分が生まれたい時期があるんであって、その分娩の時期をゆっくりと待つことなんだ。腕のいい助産婦は経験と勘で、その時期を巧く見つけ出すことができ、陣痛から分娩まできちんと時間を確保してあげるんだ。だから、助産院で出産すると、病院で出産する時よりも痛みが少ないんだ。それに人間は他の動物たちより知能が高いので、脳を巧く使えば無痛分娩になるんだ。臨月になったら、妊婦に無痛分娩で産まれると教え込んでおけば、いざ出産になっても、お腹の赤ちゃんがツルンという形で、なんの痛みもなく出て来るんだ。如何に多くの母親たちが自分の脳を使っていないからこそ、出産で激痛を走らせてしまっているってことなんだよ。」

ーー「赤ちゃんが無痛分娩で産まれてくれば、母親は体力を消耗していないから、出生直後の赤ちゃんをきちんとケアすることができる訳ですね?」

タマティー「出産直後の赤ちゃんは、産道を通ったことによって脳が覚醒している状態にあるんだ。そのためすぐさま眠りに就くことはない。自分の母親が誰であるかを確認するという大事な作業を行うんだ。母親は赤ちゃんを抱いて、しっかいと赤ちゃんの瞳を見て、自分があなたの母親なんだよと教えてあげない限り、赤ちゃんは自分の母親が誰であるかを認識できないんだ。病院で出産すると、すぐに母子を分離させてしまうから、赤ちゃんは心を閉じてしまい、その後の育児で問題が多発することになるんだ。」

●出産から育児へ

ーー「新生児黄疸にしても、すぐさま臍の緒を切ってしまうからこそ起こるものなんですね?」

タマティー「赤ちゃんは出生後に心臓の機能を変えるという大事な作業を行う。今まで肺呼吸をしてこなかったのに、出生後は肺呼吸をしなければならないから、その肺呼吸に合うように心臓を買えるんだ。そのためには出産後1時間30分は赤ちゃんを板の上に置いておき、心臓の変化にたっぷりと時間を与えておけばいいんだ。産湯に浸かるのはそれからであって、赤ちゃんの体についている羊水が実は保温の役目を果たすんだ。これをきっちりやっておくと、赤ちゃんは新生児黄疸にはならないんだ。

ーー「そして初乳の赤ちゃんの免疫力を高めていくためには非常に重要な作業になる訳ですね?」

タマティー「赤ちゃんの最初の作業は、実は胎児であった時に溜め込んだ胎便を出すことなんだ。このウンチの量たるや、赤ちゃんの大きさから見ると、なんでこんな大量にウンチをするんだといいたくなるほど、大量のウンチをしてくるんだ。妊婦には胎便とはこのようなものですよと、写真を見せて教えておくべきだよ。これを知らないと、赤ちゃんが胎便をきちんと終える前に授乳してしまうので、そうなると赤ちゃんの胎便が遅れてしまうんだ。出産後、48時間は赤ちゃんに断食させて、その後に初乳でいいんだ。この初乳こそ赤ちゃんの免疫力を決定的にさせるものであって、初乳を与える前に何も飲ましてはならないんだ。病院だと初乳を与える前に砂糖水を飲ましてしまうので、それをやるからこそ、その赤ちゃんが棟に過剰な反応をしてしまうようになり、病気に罹り易くなったり、大きくなれば糖尿病を発症していてしまうんだ。」

ーー「人間は哺乳動物である以上、赤ちゃんに母乳以外の飲み物を与えてはならないんですね?」

タマティー「それが哺乳動物の宿命だからね。赤ちゃんが飲め物は母乳だけなんだよ。唯一の例外が、赤ちゃんの排便の調子が悪い時に水を飲ます程度だ。それも遣り過ぎてしまえば、赤ちゃんは水ぶくれになってしまうからね、飽くまでも排便をスムーズにさせるために使うべきであって、排便がきちんと行われているなら、水ですら禁止なんだよ。ミルクというのは赤ちゃんにとって非常に危険で、ミルクに含まれれいる蛋白質が腸壁を通過して体内に入ってしまい、それが抗体として機能してしまことになるんだ。これが抗原抗体反応を引き起こすことになり、癌や白血病の原因となる訳だ。どうして日本にこんなに癌患者や白血病患者が多いのかというと、それは赤ちゃんの時にミルクを飲んでいたからなんだ。」

ーー「母乳はただ単に栄養になっているだけでなく、免疫力を作るという大事な作業を行う訳ですよね?」

タマティー「赤ちゃんは生後6ヵ月にまでに母乳から抗体を貰うことで全身に張り巡らせるという大事な作業を行うんだ。それまでの抗体の量で赤ちゃんの免疫力が決定されてしまうんだ。赤ちゃんが自分で抗体を作り出せるようになるのは、生後2年すぎてからであって、それまで母乳のお世話に成りっぱなしなんだ。赤ちゃんが病気を発症すると、急激に高温になったりするが、あれは大人よりも免疫力が低いからなんであって、赤ちゃんは高温になることで、少ない免疫力で病原菌を撃退しているんだ。それなのに母親の方として赤ちゃんが急に高温になってくるから、すぐさま病院に駆け込んで、解熱剤を処方して貰うんだ。それは赤ちゃんにとっては大迷惑で、そうなると赤ちゃんは免疫力を下げてしまうことになり、病気を連発するような赤ちゃんになってしまうんだ。」

ーー「赤ちゃんに歯が生え揃うのは、生後2年辺りですよね?」

タマティー「歯が生え揃っていないのに、離乳食を与える必要性なんかないからね。病院の医者たちが指導しているように、生後6ヵ月からの離乳食は早すぎるんだ。赤ちゃんにとってはまだまだ母乳が欲しい時期なのに、そんなに早くから離乳食を与えてしまうと、食べ物の抗体がダイレクトに体の中に入ってしまい、それがアトピー性皮膚炎などの病気を発症して来ることになるんだ。」

●育児の仕方 子育ての仕方

――「赤ちゃんは満2歳まで明らかに違うと?」

タマティー「赤ちゃんは満2歳まで体質を作っているのであって、体格を作っているのではないのだ。赤ちゃんの成長などゆっくりでいいんだ。余りにも早く成長させてしまえば、赤ちゃんは自分の免疫力を整えることが疎かになってしまうんだ。確かにミルクは赤ちゃんを早くに成長させることができる。しかし、その代償こそが病気のオンパレードなんだ。それだけ病気をするってことは、赤ちゃんの免疫力に異常があるってことなんだよ。」

――「赤ちゃんは1年以上、歩くことができませんもんね。」

タマティー「赤ちゃんは、当初は寝たり切りだし、半年過ぎてやっとハイハイができるものだ。それは重力を1Gに抑えて、その間に体を鍛えている訳だ。赤ちゃんが立つと2Gの重力がかかってくるために、そんなに急いで立つことはないんだ。1年以上かけて、体が2Gの重力に耐えられるようにするんだ。赤ちゃんに歩行器をつけるなんてもっての他だよ。脳に充分な栄養と酸素が行かないから、確実に馬鹿になるよ。」

――「育児はのんびりと進めていけばいいんですね?」

タマティー「その通り。だから、どの母親ものんびりと育児をしているんであって、そのままでいいんだよ。そのスピードこそが、赤ちゃんにとっては最適で、母親がそうやって気長に育児をしてくれるからこそ、赤ちゃんは順調に育って行くんだ。赤ちゃんだって歩くことができるようになれば、とにかく動き回るから、忙しくするのは、それからでいいんだよ。」

――「3歳辺りまでは赤ちゃんは本当に可愛いですからね。」

タマティー「離乳食は満2歳以降で、徐々に慣らしていけばいい。赤ちゃんにとっては母乳から離乳食へ、離乳食から正常な食事へ移行することは、内臓に大変な負担を強いるんだ。その変化をするからこそ、大人が食べているような食事をすることができるようになるんだ。食事もマナーは滅茶苦茶だし、好き嫌いは平気で言うしね。それを母親がきちんと治して行くことで、赤ちゃんはきちんと食事ができるようになるんだ。それがきちんとできるようになるのは、3歳辺りだろうね。」

――「赤ちゃんは3歳を過ぎると明らかに変わる訳ですね?」

タマティー「赤ちゃんは母乳を飲んでいる時は乳児で、それ以降は幼児と分類されるんだけど、実際の育児では、3歳までが赤ちゃんだよ、4歳になると明らかに赤ちゃんでなくなるんだ。4歳から5歳の時に出生からの記憶を消去してしまい、大きな成長を引き起こすことになるんだ。これが丁度、幼稚園児の時であって、だから、幼稚園児は幼児なのに幼児でもないし、かといって小学生でもない時期なんだ。あの時期はあの時期にしか存在しえない時期なんだよ。」

――「小学生になれば、育児は終わり、子育てに変わるんですね?」

タマティー「小学生以降は、その子供を家族の一員だと正式に認めて、家事を分担させておかねいとね。そうしないと後に自立して行くことができなくなってしまうんだ。中学生になるまでは明らかに子供は従属時期にいる訳だから、両親に従属させ、家事を行わせないと、自分が家族の一員として一体何をすべきか解らなくなってしまうからね。子供に対してこの通過儀礼をなくしてしまうと、子供はその後、どうやっても自立できなくなるからね。通過儀礼というのは本当に大事なんよ。」

――「人間の肉体の成長を考えるなら、両親は小学生まで子育てをすればいいと?」

タマティー「本来なら、小学校を卒業すれば、子供を全寮制の学校に預けてしまうのが一番いいんだ。しかし、経済力の問題でそれができないからこそ、反抗期に親に反抗してしまうようになるんだ。その反抗を親が巧く処理すればいいけど、処理を誤ると、子供が有り得ないようなグレ方をしてくるよ。まあ、親としては高校か大学を卒業したのなら、家から追い出して、強制的に自立させればいいんだよ。そして我が子が結婚するまで、絶対に家の中に入れないことだ。そうすれば、どんなに甘えん坊の我が子でも自立して来るよ。」

――「そう考えると、如何に家事というものが大事なものとなってきますね」

タマティー「だからこそ、花嫁修業では育児の仕方や子育ての仕方など習わず、家事全般を教えるんだ。その女性が家事さえしっかりと出来れば、育児や子育てなんて簡単なんだだよ、家事の中に、実は育児や子育てのなんたるかが解るものが多々含まれているからね。それなのに家事を馬鹿にして、きちんとやらないからこそ、いざ育児や子育てをすると、トラブルが続出して来てしまうんだ。」

●仕事の仕方 発財の仕方

――「家事がきちんできる既婚女性は夫に育児を手伝ってと泣きついて来ないもんでもんね」

タマティー、「育児を夫婦に平等に負担さえようというのは、根本的に間違った考え方だよ。母親の心も体も赤ちゃんを育て易いように作られているのだから、そこを無視して平等を持ち込んで来てしまい、育児そのものが崩壊するよ。赤ちゃんが欲しいのは母親であって、母親の母性愛なんだ。育児を半分しかしないというのは、母親として失格だし、母性愛そのものが出て来ないってことだよ。」

――「実際の夫婦は、政府が盛んに育児の平等化を図っているのに、やはり母親が中心になってやっているものです。」

タマティー「育児を実際にやってみれば、父親の手助けは飽くまでも、母親のサポート程度のものでいいんだ。せいぜい赤ちゃんを風呂に入れて貰い、その間、自分は一人で休まして貰っているというのが実情だろう。父親の仕事は育児に手出すことではなく、母子に飯を食わすために外で働き、お金をしっかりと稼いで来ることだよ。」

――「父親にとっては、育児の仕方よりも、仕事の仕方の方が大事になる訳ですね。」

タマティー「男にとって仕事というのは、どう転んだ所で一生働き続けねばならないのだ。女性が仕事をするのと訳が違うんだ。女性にそこまで覚悟を持って働いている奴はいないのよ。男性が仕事の仕方をきちんと習得したいのなら、早起きして、朝から働きまくることだ。午前中までに自分の仕事を片付けておいて、午後はそれ以上の仕事をやることだ。自分に与えられる報酬以内の働きをするのではなく、常に自分に与えられる報酬以上の働きをする習慣を身につけることだ。そういう働きをしていれば、いつまで低い地位で安い給料でいる訳がないのだ。必ず抜擢され高い地位に就き、高額の報酬を与えられるようになるよ。」

――「その一方で、発財の仕方も重要で、しっかりと資産を増やして行かねばならないんですね。」

タマティー「働けば報酬が貰える、かといってその全額を生活費に使っては駄目だ。収入に2割を天引き貯金して、貯金が或る一定の大きさになったら、投資に振り向け、資産収入を発生させていく。資産収入は絶対に生活費のために使ってはならず、再投資することで、資産を雪達磨式で増やして行くべきなんだ。この発財の仕方がきちんとできていれば、家計は随分と楽になるから、お金のことで夫婦喧嘩したりすることがなくなるので、夫婦が円満になり、子供たちも健全に育って来るようになるんだ。」

――「父親は外での仕事ができて一人前であって、それはできていれば、育児も子育ても簡単に出来てしまう訳ですね。」

タマティー「仕事のできない父親や、資産を形成することのできない父親など、子供たちからしてみれば、尊敬に値しないんだよ。そんな父親は育児や子育てに精を出されても困るしね。乳幼児の時は素直でも、小学生に成る頃にはもう父親がどのような人物か解るようになるから、そこで父親の真価が問われるよ。確かに赤ちゃんは可愛いけど、育児に精を出していないで、せっせと働いて、外で立派な男になることだね。そういう男性なら育児や子育てでなんの問題も生じて来ないんだよ。」

●育児や子育ては終わった後に結果が出て来るもの

――「育児や子育てというのは、育てている最中に問題が起こって来るなら、その両親に問題があると見ていい訳ですね。」

タマティー「母親が育児の仕方や子育ての仕方を間違っていれば、子供は途端に問題を起こして来るよ、父親が仕事の仕方や発財の仕方を間違えていれば、子供は途端に問題を起こして来るよ、子供は親の姿をよく見ているもんだよ。それなのに子供のせいにしちゃいかんね。まずは親に問題がありと見ないとね。」

――「子供に問題があるからといって、子供を精神病院に連れて行く親など論外ですね。」

タマティー「まずはっきりと言っておくが、精神病というのは、脳に傷ができた時に発症する病気なんだ。子供の脳は成長している以上、脳に傷がつくことはないし、傷がついても早くに修復されるんだ。だから、精神病院に行く対象者ではないんだ。それよりもそういう精神状態に追い込んでしまったのは、その親子の関係なのであって、親が変わらない限り、子供の方も変わらないよ。医者は病院に来れば、なんでも病名をつけて、薬漬けにしようとするからね。その方が恐ろしいよ。」

――「子供は親なくして自立して行くことはできないけど、親から自立するためには親元を離れないといけませんね。」

タマティー「子育てというのは、どう考えても、高校を卒業した時点で終わるよ。後は自宅から追い出して、自活させるべきなんだ。ただ、大学教育を受ける者たちは、その歳になっても、親から経済支援を受けねばならず、そのために自立が遅れてしまうんだ。それを本人が自覚しておればいいのだが、ところが中にはそれを自覚できない者たしが出て来て、社会主義やフェミニズムに走ったりする。大学に進学すれば自立する時期が遅れるのは当たり前のことであって、それは社会や政治が悪い訳ではなく、自分の選択が悪かっただけなんだよ。一度でも社会主義やフェミニズムに洗脳されてしまうと、そう簡単にはその洗脳は解けないからね。そのためにいつまで経っても親から自立できなくなってしまうんだ。」

――「人間は誰もが自立できる訳ではないということですね。」

タマティー「本来なら、自立できな者たちを社会に出してはならないんだ。自分が自立していないのに、大学教授になったり、政治家になったりするのはアンフェアだよ。でも、平等が唱えられる社会では、そういう奴らでも出世して来るからね。その連中が社会改革を唱えるんだけど、どうやっても、結局は巧く行かないよ。自分が自立していないんだから、そんな者の改革案など碌でもないものばかりだよ。」

――「昔は元服式という、本人に自立を覚悟させる通過儀礼がありましたね。」

タマティー「元服式などは現在に於いても必要なものなんだよ。通過儀礼の重要性は永遠に変わらないよ。人間は通過儀礼なくして、自立して行くことも、独立して行くこともできないからね。そういう昔ながらの通過儀礼を残していれば、子供たちは自立して行くことができるもんだよ。そして、子供の人生が親の育児や子育ての結果となって現れて来るんだ。育児や子育ては家族の中で行われるものだけど、家族の中で完結してしまうもんではないんだ。」

●母親が元気でないと国家は繁栄して行かない

――「結婚というものは、その男女を一人前の男女と看做す通過儀礼であった筈です。だから、花嫁の衣裳は死に装束になる訳です。花婿も周囲の人々から散々妨害されながら花嫁を迎えることで、周囲の人々から一人前と看做される訳です。古代にはもっと手の込んだものだったしょうが、現在では形だけが残されたものになっています。」

タマティー「国家というのは、独立した国民にとってのみ支えられる訳であって、当然に結婚した男女がその主人公に成るものだ。事実婚などというものなど結婚として認められないもんだよ。政治家にしても結婚し子供がいることがまずは求められるんであって、独身者は政治家にしてはならいし、結婚しても子供のいない者も政治家として認めはならない。飽くまでも修己斉家治国平天下であって、家族すら形成できない者は、政治家としての最低限の条件を満たしていないんだ。」

――「近代日本の繁栄も独立した国民がいたからこそですもんね。」

タマティー「明治維新以降、日本は常に右肩上がりで成長してきた。それは国民が独立自尊の精神を持っていたからであって、その国民が偉大なる働きをして来たからこそ発展してきたんだ。それなのに戦前は社会主義たちが「貧富の格差の是正」を主張して独立自尊の精神を破壊しようとしたし、戦後はフェミニストたちが「男女の性差の是正」を主張して独立自尊の精神を破壊しようとした。特に今回の少子化はフェミニストたちによって人為的に引き起こされた少子化だよ。フェミニストたちが執拗に専業主婦を批判し、税制上の配偶者控除も廃止させてしまったしね。これでは母親たちが自信を喪失していまう訳だよ。」

――「母親に自信を持って貰わないと、子供をたくさん産んで来ないでしょう?」

タマティー「母親が元気でないと国家は繁栄して行かない。母親の名誉を破壊する言動は如何なる者であっても許されてはならない。フェミニストたちは大学から追放されるべきだし、著作物を出しても著作権を認めてはならないよ。自分が結婚を拒否したいのなら、それを自分でやればいいのであって、それがために普通に暮らしている母親たちを攻撃させてはならないよ。」

――「母親が元気になってくれれば、国家は繁栄して行きますからね。」

タマティー「母親が元気なら、子供をたくさん産んで来るからね。人口が増大している国家は絶対に強い。嘗て人工の増加fが停止した江戸時代後期に、長州藩と薩摩藩だけが藩政改革に成功し人口を増大させたんだ。だから、幕末の動乱に頭角を現し、江戸幕府を打倒し、明治維新を成功させたんだ。人口を増加させることのできなかった江戸幕府が、人口を増大させることができた長州藩や薩摩藩に倒された。これが明治維新の真実なんだよ。」

――「人口が増えれば、その国民には何かしらのチャンスが得られる訳ですからね。」

タマティー「人口が増えていれば、その増加した人々が確実に新規のビジネスが生み出していき、それによって経済の規模を拡大して行けるんだ。だから、常に経済力は増強されていく。しかし、人口が減少してしまえば、それができないから、経済は収縮してしまい、誰がどうやっても巧く行かなくなってしまうんだ。だから、今回のように少子化で人口の増大が止まれば、経済は不況だらけになってしまうんだ。政府がどのような政策を打っても無駄だよ。それよりもフェミニストたちを追放し、言論の正常化を図るべきだよ。それと共に、働く既婚女性を優遇し、その能力を使いこなせる配慮をきちんとしておくことだよ。」

●結婚と宗教の密接な関係

――「人間は独立自尊の精神を失うと、社会が悪い、政治が悪いと言い出すものですからね。」

タマティー「これまで多くの社会改革家たちが社会の改革を試みて来たけど、結局は、社会を混乱させ、政治を破滅させ、国民を貧しくさせている。フランス革命にしたって、ロシア革命にしたって、それをやった連中は大真面目で社会の改革に乗り出したのだろうが、結局は政治体制そのものが崩壊するという結果になっているんだ。如何に社会改革というのが、社会を改革させないかということの証左だよ。日本だって戦前、大正デモクラシーの際に散々社会改革をして政治体制は崩壊したし、戦後も社会改革をやって政治体制を崩壊させようとしているだけだよ。」

――「国民が政治のせいにするのではなく、自分自身を変えていかないと駄目なんだと気付くまで、国民は貧しくなって行く訳ですね。」

タマティー「人間が独立するというのは、唯物論から唯心論に転換することだからね。唯物論者は永遠に独立できないものだ。この世を変えるのではなく、自分自身を変える。自分を変えるからこそ、自分が動き出して、世の中が変わって行く。これ以外に人間が幸福になることはできないもんだよ。自分を変えずに、幾ら世の中を変えても、自分は幸福になれないんだよ。それは共産党や社民党の指導者たちが幸福になっていない姿を見ても解ることだ。」

――「そこで人間が成長をし続けて行くためには、宗教が大切だと?」

タマティー「宗教があればこそ、人間は神の下で謙虚に成り、成長して行くことができるんだ。神の絶対性に対して、人間の相対性が生み出されて来るから、自分に固執することなく、成長させていくことができるようになるんだ。人間は神を崇敬するようになれば幾らでも神から霊的エネルギーを得られるようになり、幾らでも成長して行くことができるようになるんだ。神は常に人間を繁栄させようとしているのであって、結婚で豊かになりたければ、その神の聖慮に従うことだよ。そうすれば景気の変動に関わりなく、繁栄して行くことができるんだよ。」

―ー「繁栄しているからこそ、少子化にはならない。」

タマティー「神の聖慮が解っているなら、子供を1人や2人しか生まないってことは有り得ないからね。最低でも3人以上は産むもんだよ。夫婦の数より、子供の数の方が多くなるからこそ、その家族は繁栄して行くことができる。子供を産んだとしても、子供の数が少なければ、その家族は繁栄して行くことはできないからね。妊娠や出産や育児や子育ては、それ自体が単独で成立している訳ではなく、実は宗教と密接な関係にあるんだ。宗教抜きで育児や子育てをしようとするからこそ、得体の知れないトラブルに巻き込まれてしまうんだ。そういった意味で、学者たちが作り上げて育児書なんて、根本的な所で役に立たないんだよ。本格的に育児や子育てをすれば、宗教の大切さは痛いほど解るもんだよ。」

ーー「女性は赤ちゃんを産むと、生命の神秘がなんたらかんたらといいますから、それはやはり出産という行為自体が、実は宗教j行為な訳ですね。」

タマティー「若い女性ならそんなに宗教的にはならないさ。でも、自分が妊娠して、出産してみると、出産した瞬間に神の見えざる力に触れてしまうから、一気に宗教に目覚めて行くもんだよ。科学が解明しているのはほんの少しのことだけなのであって、宗教が持つ力に比べてみれば大したことないんだよ。あの感動があればこそ、神に対して敬虔になれるし、赤ちゃんを神様からの贈り物と感じて、大事に大事に育てていくことができるようになるんだ。実は育児の始まりにこそ、育児の答えがあるのであって、それを忘れずに育てていけばきちんと育て上げることができるし、それを忘れてしまえば、どうやってもまともに育ってくれないんだ。神様は人々を公平に扱っているよ。神様は人間を決して平等には扱っていないということに早く気付くべきだよ。それが解れば、神の聖慮に適うように真面目に育児や子育てをしていくことだろうよ。」

ーー「本日は長い時間インタビューに応じて下さいまして、本当に有難うございました。既婚女性の方々も、育児や子育てのなんたるかが解ったかと思います。育児や子育てというのは、人間が勝手に行っていることなのではなく、実は神様が与えてくれた仕事なのだということが解れば、育児や子育てでどんなことがあっても乗り切っていけるだろうし、楽しめることができるだろうと思います。それではタマティーさん、最後にこのブログを見ている既婚女性の方々にメッセージをお願いします。」

タマティー「妊娠を徹底的に楽しむ。出産を徹底的に楽しむ。育児や子育てを徹底的に楽しむ。自分が楽しんでいれば、夫も子供たちもそれ以上に楽しんでくれるものですよ。その楽しさが家族の幸せを何倍にも膨れ上がらして行くことになるんです!」

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「神の子としての自覚」と「子供を産まねば解らぬこと」

●宇宙の大生命

 人間は神の子である。神の子というのは「神の分霊」であるということである。我々人類の命は神から発したものであって、決してこの世に勝手に生まれ出て来たのではない。人間は一人で生きているのではなく、神と共に生きている。この大事な境地に立たつからこそ、人間は幸せな人生を歩むことができるのであって、神という存在を否定してしまえば途端に不幸になっていくのである。

 昔はこれが当たり前だった。だから貧しくとも幸せな人生を送っていたのである。しかし、現在は昔より豊かになったのに、神を否定し、自分が勝手気儘に生きる人々が跡を絶えないのだ。宗教を迷信だと決めつけるくせに、狂信的に科学を信奉し、神の子の存在を認めないくせに、人権や民主主義は無条件で認めてしまうのである。そういう悪行をやっているからこそ、結婚したのに夫婦で憎しみ合い殺し合い、親子で憎しみ合い殺し合うことになるのである。

 我々は宇宙の大生命たる神と共に生きているのであって、その霊的エネルギーが常に我が身に流れ込んでいるのである。それゆえ、自分は成長して行くことができるし、艱難辛苦が訪れたとしても、最終的にはそれを乗り越えることができ、前進して行くことができるのである。自分が成長して行って、或る段階に達すると、最早、一人では生きて行くことはできなくなり、運命の出会いを果たし、結婚をして子供たちを産んで行くのである。自分の生命が自分の枠の中に納まりきらなくなった時、人は結婚という選択肢を自然に選んでいくのである。

 赤ちゃんの方も、母親のお腹の中に居て、最早、お腹の居続けることができなくなった時、生まれ出て来るのである。陣痛促進剤を使って強制的に出産させたり、帝王切開手術をして赤ちゃんを取り出してしまえばこの赤ちゃんが持つ偉大な現象が解らなくなってしまうが、自然分娩をした母親たちなら、赤ちゃんというのは非常に小さな生命体のくせに、母親のお腹の中から飛び出して来るということが解り、それに感動するのである。

 生命というのは物質ではない。生命は低い段階から高い段階へと超越するエネルギーに満ち溢れているのであって、これが「生命の飛躍」と呼ばれる現象なのである。生命というのは現状維持に徹するのではなく、飛び上がって行こうとするからかこそ、生命はより高く成長して行くことができるのである。分娩を経験した産婦たちが、その出産の過程でその生命の飛躍を我が身で体感してしまうために、出産後に「生命の神秘が~」と騒ぎ出すのは、生命が自分の枠組みを超えた瞬間を見てしまったからなのである。

●霊魂は完全円満

 人間の生命というのは、宇宙の大生命から霊的エネルギーが流れ込んで来る以上、静止的なものではないのだ。常にダイナミックに満ちており、その霊的エネルギーを放出し続けているのである。現実の肉体が健康だろうが、病気だろうが、身体障害であろうが一切お構いなく、霊魂は完全円満であって、躍動し続けているのである。

 赤ちゃんを産めば解ることだが、赤ちゃんというのはエネルギーに満ち溢れているものである。赤ちゃんは理性に毒されていることがないから、お腹が空けば泣き出して母乳を求め、興味があるものなら手に取って舐めまくり、疲れたら眠ってしまう。まさに元気溌剌であって、これは人間の生命が持つ本来の姿なのだ。

 しかし、人間は高い知能を持っているがために、人間の理性が霊魂の発動の邪魔をするようになるのである。幼稚園児でも小学生でも無宗教や無神論を唱え来る子供はいない。だが、中学生辺りに成長期を迎えて知能が高くなって行くと、宗教を蔑ろにし、神を否定して来る連中が出て来るものなのである。如何に人間の理性というものが、人間が持つ霊魂の力を塞いでしまうかが解るものだ。

 人間が不幸の人生を歩んでしまうのは、霊魂の力を使わないからなのである。理性の力ばかり使って、理屈でこの世を割り切ろうとするからこそ、不幸が訪れて来るのである。理性の力を使って初恋ができるだろうか? 理性の力を使って結婚ができるだろうか? 理性の力を使って天職を見つけ出すことができるだろうか? 自分の人生に激変を走らせるものは、常に自分の理性を超えた所から遣って来るのである。確かに科学の発展のためには理性は必要だけど、理性だけでこの世を生きて行くことはできないのだ。

 無宗教や無神論を唱える人たちほど、貧乏だし、不幸だし、病気になっているものだ。自分の霊魂は完全円満なのだということが解っていないからこそ、幾ら働いても貧しくなってしまい、幾ら努力しても不幸になってしまい、幾ら健康に気を遣っても病気になってしまうのだ。自分の心の中から霊的なエネルギーが溢れ出て来ないのである。、

●神の聖慮を合わせる

 幸せな人生を歩みたいのなら、神をきちんと崇敬しておくことだ。結婚したのなら、家族全員で神を敬うことだ。この聖なる営みに異を唱えることは絶対に許さないことだ。家族の中で一人だけ神の怒りを買う者がいるのであるならば、自分たち家族に悲劇が訪れて来るのは当然のことだからだ。

 神を敬うということは、自分を謙虚にさせるということなのである。人間は神を忘れれば、傲慢にしかならないものなのだ。傲慢になってしまえば、愛する者を憎しみ、殴り、殺して行くのであ。常に暴力反対が唱えられ、刑法では暴力や殺人には刑罰を下すとしているのに、暴力や殺人は日常的に起こっているものなのである。それだけ人間は傲慢になってしまえば、悪逆非道なことを平気で遣ってしまう危険な動物なのである。

 自分が我儘になって生きるのではなく、神の聖慮に合わせて生きることだ。神の聖慮とは、あなたを謙虚にさせ、冷静沈着にさせ、自分たちの先祖の英知に耳を傾けつつ、自分の感性と理性と意志を用いて、神が定めた正しい道を歩んでいくことなのである。自分が勝手気儘に生きて行くのではなく、愛すべき人々と協力し合い、他人に奉仕し貢献することを求めているのである。

 神が人々に結婚を要求するのは、結婚すれば当然に神の聖慮に合わした生き方をせざるを得ないからだ。もしも結婚したのに我儘が抜けないのなら、途端に問題が起こって来る筈だ。如何に我儘な女性であっても、男性と結婚し、3人以上の赤ちゃんを産み育てて行けば、その我儘は消滅してしまうものなのである。

 結婚は結婚するまでが必死になるものだが、結婚してしまえば必死になることは殆どない。必死にならねばならぬのは育児であって、どの母親も育児をすれば身も心もフラフラになるものである。しかし、そういう試練を経るからこそ、自分の我儘が消滅して行くのである。その試練を経なければ、女性は我儘し放題で居続けてしまうものなのである。

●自分で生きているのではなく、神に生かされている

 傲慢なる人々ほど、自分は自分の力で生きていると思い込んでいるものだ。人間の赤ちゃんというのは、両親が育児をしなければ生きることができない生命体なのに、自分が親元を離れ、一人暮らしをしてしまうと、親の恩など奇麗さっぱりと忘れてしまっているものなのである。

 人間は自分で生きているのではなく、神に生かされている。結婚して赤ちゃんを産み育てて行けば、神の見えざる力を何度も垣間見ることだろう。夫も会社を経営していれば、神に助けられたとしか思えない不思議な現象に出くわしたりするものだ。神に生かされているということが解らないというのは、それほど真剣に生きていないということなのである。人間は真剣になって生きれば、神に生かされていることが解るものなのである。

 結婚した女性たちは不思議なことを言うものである、「うちの旦那は私の好みの顔ではなかった」「お腹の赤ちゃんがこの日に生まれるよと教えてくれた」「うちの子供が危険を事前に察知して、その危険を回避することができた」等々、理性的に判断すれば理解不能なことを平気で言って来るのである。

 人間は自分の思いを実現できることで幸せになれるが、自分の思いを超越して、自分の意にそぐわないものでも幸せに成って行くことができるのである。要は自分で一生懸命になって生きつつも、神が引き起こす不思議ね現象を素直に受け入れていると、自分が想定外の幸せが訪れて来るものなのである。

 人間は傲慢になってしまえば、この不思議な現象が起こらなくなってしまうのである。自分が謙虚になるからこそ、この不思議な現象に出くわすことができるのであって、結婚しても傲慢にならず、良妻賢母でいるのなら、幾らでも不思議な現象が起こって来て、幸せに成って行くものなのである。、

●赤ちゃんを産まねば、この世に生まれて来た理由が解らなくなる

 人間はその成長過程に於いて何度か反抗期を経験する。中でも10代に経験する反抗期は最大級のもので、その反抗を行うから、人間は親から自立して行くことができる。反抗期になっても反抗してこなければ、それはそれで問題なのである。自分の親から産み育てて貰ったのに、その親の恩に反する形で反抗して行くのだ。

 しかし、自分が自立できてしまえば、反抗は治まって行くものなのである。通常、親への反抗は自分が就職して働き出したら治まって行くものだ。所得を得られるようになったので、少なくとも経済的に自立できたからだ。後は親から精神的に自立することだけが残されており、男性だったら冒険旅行をすることで、女性だったら正しい恋愛をすることで、精神的自立を遂げて行くことだろう。

 そうやって自立を完成させてしまえば、運命の出会いを果たし、結婚して行くものなのである。自立の完成は独立の始まりなのである。自分一人で生きて行くことを思いっきり楽しんだからこそ、結婚して家族を形成して行きたいとおもうのである。人間が本当に生ききるためには、結婚することは非常に大事なことだし、妊娠や出産や育児はとっても重要なことなのである。

 赤ちゃんを産まねば、この世に生まれて来た理由が解らなくなる。結婚しない女性たちは、恐らく親から自立していく過程で、その自立が巧く行かず、いつまでも自分の親に対して思い残しをしてしまい、結局、精神的に親に従属し続ける生き方をしてしまうのである。親に反抗すべき時期に、きちんと反抗しておかなかったからおそ、自分の自立ができないという致命的な損害を被ってしまうのである。

 自立していない女性たちから見れば、結婚や育児は苦痛にしか見えない。だが、違うのである。自分の人生を楽しんでいるからこそ、結婚することもできるし、赤ちゃんを産み育てることもできるのである。勿論、時には夫婦喧嘩することだってあることだろう。育児が大変になってしまうこともあることだろう。しかし、それらを遥かに上回るものを、結婚や育児は与えてくれるのである。自分が勇気を出してやってしまえば、大儲けができるからこそ、続々と結婚する男女が現れ、赤ちゃんを産む夫婦が現れて来るのである。、

●人が生きるということ

 人間は本当に生きていれば、妊娠や出産や育児といった営みを止めることはできない。人間は神によって常に成長して行くことが定められており、神の聖慮に従って素直に成長して行けば、結婚して、妊娠し出産し育児をし出すものなのである。神は人々を繁栄させようとしており、人々が繁栄して行くためには、結婚し、赤ちゃんを産み育てて行くことが絶対に必要なのである。

 戦後、日本では無宗教や無神論を唱えて来る人々が多く出て来たために、折角、戦後復興を成し遂げ、経済大国になれたのに、結婚する男女が減少し、少子化になってしまった。そのために経済は減速し、人々は貧しくなってしまい、自分たちの生活がままならないから、政府に頼って救済措置を願うまでになってしまった。結婚しないからこそ、赤ちゃんを産まないからこそ、こういう悲惨な事態になってしまったのである。

 人間としての最低限の義務は、「命を継承して行くこと」にこそあるのである。自分はこの世に勝手に生まれ出て来た訳ではなく、親から生まれて来たのである。だから、自分も結婚して赤ちゃんを産むことで、その命を継承して行かなければならないのである。命の継承をせざる者は、如何なることをしたとしても、人間として最低限の義務を果たしていないことになるのである。

 そして、人間としての最高の義務は、「結婚や育児や子育ての中で成長して行くこと」なのである。人間は結婚して一人前であって、結婚しなければ一人前だとは看做されない。結婚して行けば、自然と配偶者と協力し合わなければならないので、結婚を通じて成長して行くことが可能になるのである。育児や子育ても乳幼児や児童たちを育てて行くことで、自分たち夫婦が押し上げられるような形で成長して行ってしまうものなのである。

 自分たち夫婦は2人だけど、子供たちが3人以上いるからこそ、その家族は繁栄して行くことができるのである。子供が一人なら家運は衰退していることであり、子供が2人なら現状維持である。家族が繁栄して行くためには子供の数は3人以上にならねばならぬのである。子供の数が多ければ、それだけ子供たちを世界各地に派遣することができ、そうやって世界レベルで繁栄して行くことができるようになるのである。

●過去を継承し、未来を作り出して行く力

 人間は保守的な生き物なのである。新奇な物よりも、古き良き物を好むものなのである。食生活に於いても、伝統的な料理を食べていれば健康でいられるが、伝統料理を蔑ろにして、海外から遣って来た料理を食べ続けていれば、病気になってしまい、早死にしてしまうものなのである。人間の体自体が伝統料理に慣れており、或る程度までなら海外の料理を受け入れても、伝統料理を捨ててしまえば、途端にその弊害が出て来るものなのである。

 人間の考えにしても、先祖の偉業を見習い、先祖の英知に耳を傾けることだ。自分が勝手気儘に歩くのではなく、自分の足並みを先祖の歩調に合わせることだ。過去を継承して行けば、自然と我々が進むべき道は見えて来るものなのである。過去を否定し、自分の考えを後生大事にしても、優れた生き方はできないし、そもそもいいアイデアが浮かぶこともないのだ。

 結婚したのなら、家族全員で墓参りすることだ。亡くなった先祖の話でもして、自分たちの家族が伝えて来た英知をきちんと子供たちに継承させていくことだ。できれば家系図を作り、どのように生きて行けば家族が繁栄できるのか、しっかりと教えて行くことだ。そうすれば子供たちは大きくなった時、立派な人生を歩むようになり、家族を繁栄させていくことができるのである。

 不思議なことに、過去を継承することは、未来を作り出す力を与えてくれる。過去を否定しても、未来は作り出せないものなのだ。自分たち家族は先祖代々こういうことをして来たから、その子孫たる我々が取るべき行動は既に限定されており、それをやってしまえば、大成功を収めて行くものなのである。、

 繁栄している家族はどれも先祖祭祀をきちんと行っているものだ。先祖祭祀を蔑ろにすると、大抵3代目で絶家してしまうものだ。家族というのはそういうものなのである。個人の力を剥き出しにしていまうと、確かに一時的に繁栄することはできるが、確実に滅んでいってしまうのである。それほど我々は過去にどっぷりと浸かりながら、ゆっくりと歩いているに過ぎない動物なのである。

●あなたの答えはあなたの心の中にある

 人間はきちんと独立を果たしていないと、自分の外界に答えがあるのではないかと思ってしまう。ビジネスをするにしても、現実的になれば儲けることができるだろうと思ってしまうし、恋愛をするにしても、相手が何かしてくれることで幸せになれるだろうと思ってしまう。しかし、そういう生き方ではいずれ行き詰まって行くものなのである。

 外界の中に答えを求めるのではなく、自分の心の中に答えがあるのである。自分がきちんと独立してしまえば、唯物論なんて馬鹿らしい哲学に過ぎないことが解るものなのである。独立するということは、唯物論から唯心論へと転換することであって、即ち、自分の考えていたことが、外面の現象となって現れて来るということが解るようになるのである。

 結婚して、自分たち夫婦はこういう家族を築き上げたいと思えば、それが全くその通りに実現して行くのである。子供たちをこういうふうに育てたいと思えば、子供たちは全くその通りに育って来るものなのである。外界がどうのこうのは関係ないのだ。あなたが思い描くことが、実は最も重要なのである。結婚したのに、日々の生活に追われてしまい、何も考えなかったら、恐らくお金に追われるだけの人生になってしまうことだろう。結婚したからこそ、あなたが自分たち家族の未来像を築き上げるからこそ、その未来像が現実のものと成って来るのである。

 育児や子育てにしても、その答えを外界に求めていては、幾ら育児や子育てを研究した所で、何も解らないことだろう。嘘だと思うなら、学者たちが作った育児書を見てみればいい。確かに育児や子育てに関する知識は大量に載っていても、それで育児や子育てが解ったとは言えないのだ。

 赤ちゃんを初めて産んだ時、どの母親も感動に包まれるものだ。あの感動があるからこそ、育児や子育てが辛くても、それにきちんと耐えやってのけてしまうのである。確かに育児の知識は必要ではある。しかし、それは飽くまでも母親たちの手助けに使われるべきものであって、母親たちの地位に取って代わるものはないのだ。幾ら学者の方が育児の知識が豊富だからといって、いつまでも母親たちを指導していては、その母親たちから独立自尊の気概が失われてしまい、結果的に育児が巧く行かなくなってしまうのである。

 この『幸せ色の出産ラブストーリー』にしても、これを全て読んで、育児や子育てのことが全て解ったという母親たちが出て来たのなら、その母親たちは大間違いをしている。俺が育児や子育てのことを散々調べたけれども、解らないことは多々あるのである。自分が出来たことは育児や子育ての基本的なことを多少は解明できた程度なのである。

 赤ちゃんは生まれる前に、霊的な雲の上に一体いつから居たのか? その前にはどこに居たのか? 胎児教育は確かに効果があるけど、それは脳に一体どのような影響を与えるのか? 出産後に母子を一緒にさせると母親は赤ちゃんの意思表示が解るのに、一度でも切り離してしまうと、どうして母親は赤ちゃんの意思表示を聞きとれなくなってしまうの? 等々、疑問点を挙げて行けば切りがないほど出て来るものなのである。

 育児や子育てをきちんとした母親たちほど、育児や子育てに関する疑問を多々持ってしまうことだろう。幾ら自分が育児や子育てをしても、全てを知り尽くせないほど、育児や子育ては奥が深いものなのである。育児や子育てのことを全て知っているなどと自惚れている母親たちは、まともに育児や子育てをしてこなかったからこそ、そういう無責任なことが言えるのである。

 でも、育児や子育てを経験したのなら、あなたの答えはあなたの心の中にあるのだ。それは「自分の子供たちが健康に育ち、幸せになって貰いたい」ということである。母親がその基本的な願いを持って生きていれば、子供たちはその通りに育って来るものなのである。子供たちは様々なことを仕出かしつつも、きちんと母親の期待に応えて来るものなのである。

 育児や子育ては、子供たちが自分の元を離れてしまえば、一応、終わりを告げることになるのである。そしてその子供たちが結婚し、新たな命を産むことで、自分たちの結婚や育児や子育てが正しかったことが解るのである。自分たちの結婚や育児や子育てに何かしら重大な問題があれば子供たちは結婚しないし、結婚したとしても赤ちゃんを産んで来ないものなのである。自分が産み育てた子供たちが結婚し、赤ちゃんを産んでくれれば、その時、自分は母親として立派なことをし続けたんだということなのである。その感動は立派な母親にしか訪れないものなのである。だからこそ、その感動をきちんと受け止め、感謝をすることだ。その感動の涙こそ、新しい命には必要なのである。

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真理に従って生きれば、確実に幸せな人生を歩める

●真理は実にシンプル

 この世は実にシンプルである。なぜなら、この世の真理がシンプルだからである。真理がシンプルだから、自分の人生も自分たち夫婦の結婚も実にシンプルに幸福になっていくものである。自分の人生を思いっきり楽しみたいのなら、自分たち夫婦の結婚を最高に幸せにしたいのなら、真理に従って生きることである。

 真理に従って生きれば、確実に幸せな人生を歩むことができる。幸せな結婚生活を贈っている夫婦は、結婚前からか、結婚後からか、或る日突然に真理が解ったからこそ、その日以来、幸せな人生を歩み始めたのである。真理とは或る日突然に解って来るものであって、最初から解っているものではないのだ。そこに辿りつくまで、自分が精神的に成長して行かなければならないのである。

 真理とは、この世を御創造し、成長させていくことなのである。人や物やお金を生み出し、それをどんどん成長させていくのである。真理に従って生きるというのは、自分も創造し成長させて行くことなのである。だから、結婚して子供たちを作る。欲しい物をたくさん得て行く。お金も年々増加して行く。だから、楽しいのである。だから、幸せなのである。 

 真理を知らないからこそ、不平不満が出て来るのである。結婚して人は増え行かなければならないのに、子供を産まない、産んだとしても夫婦の数より少ない。欲しい物を得ようとしない。収入や資産を増やして行こうとしない。これでは結婚しても不幸になってしまうのである。

 人間の人生というのは、上り調子にしてしまえば、幾らでも幸せになれるのである。しかし、下り調子になれば、どんなに仲のいい夫婦でも途端に問題が発生し始め、窮地に立たされることになるのである。人も物もお金も増えて行く。だから、子供の数は夫婦の数より上回らねばならない。だから、物も去年よりは今年の方が増えていなければならない。だから、毎年、年収は増加し、資産も増えていかねばならないのである。

●真理は創造のエネルギーに満ち溢れている

 真理は常に創造のエネルギーに満ち溢れているのだ。人々に見えざる力を与えて、常に形ある物を生み出し続けさせるのである。その営みは永遠に已むことはないのだ。この世は無限に発展して行っているのであって、衰退にも滅亡にも向かっているのではないのだ。人類の歴史を鑑みれば解る通り、常に人類は発展して来たのである。

 幸せになりたいのなら、真理に目覚めるべきであって、衰退や滅亡をもたらす思想に洗脳されてはならない。社会主義者たちは資本主義を呪い、資本主義は崩壊すると叫んでいる。しかし、資本主義は崩壊するどころか、常に発展を遂げて来た。崩壊したのは社会主義の方なのである。キリスト教徒たちはこの世を憎み、終末思想を唱えて、最後の審判が訪れると主張している。しかし、この世が終末を迎えるどころか、常に発展を遂げて来たのである。終末を迎えつつあるのは、キリスト教の方なのである。

 結婚したのなら、真理を悟り、真理に従って生きることだ。自分たちの結婚生活は繁栄するように成っていることに一刻も早く気付くべきなのである。その夫婦が現実に拘泥することなく、真理に目覚めていれば、家族は幾らでも繁栄して行くことができるようになるのである。結婚というのは、夫婦の考え方が如実に反映される所なのである。

 まずは子供を3人以上産んでいくことだ。子供が1人や2人では自分たちの家族は繁栄していないということなのである。家族が繁栄して行くためには、夫婦の数以上の子供たちが必要なのである。子供の数が多いからこそ、世界各地に子供たちを派遣し、そこで更に繁栄して行くことができるようになるのであって、子供の数が少なければ、それが出来ず、衰退して行く一方になってしまうのである。

 自分たち夫婦の必要な物は簡単に手に入るものなのである。欲しい物があるのに、それを我慢することはないのだ。お金を出して買えばいいのである。どんなに貪欲な既婚女性でも、自宅内に納まる程度の物しか買えないのである。だから、必要な物があるなら購入して、自分たちの結婚生活を豊かにしていけばいいのだ。

 結婚すれば、お金がどんどん増えて行くのである。子宝というくらいで、赤ちゃんが生まれると、なぜか財産運が良くなって来る。だから収入を年々増やして行く。収入に2割を天引き貯金して、地道に貯金を貯めて行き、投資に振り向けて行く。投資で得た利益は生活費に回さず、再投資し、資産を爆発的に増やして行くべきなのである。

●真理に合致した生き方をすると、競争が消滅する

 真理に合致した生き方をすると、競争が消滅するものだ。繁栄して行くために、誰とも争う必要性がないからだ。真理に従って生きていれば、幾らでも創造のエネルギーが湧いて来るので、誰と争うことなく、自分の欲しい物を手に入れることができるのである。真理に従う者は、創造者なのである。あなたは競争するために生まれてきたのではないのだ。創造するために生まれて来たのだ。

 競争は、要は有るか無いかで揉めているだけなのである。自分は持っていないのに、他人がそれを持っていると嫉妬が起こり、競争が始まる。でも、自分がそれを持ってしまえば、競争は起こらなくなるのである。自分が持っていないのなら、相手の物を奪うのではなく、創造のエネルギーを使って作っていけばいいのである。

 いつまでも競争の世界にいるのではなく、創造のレベルへと自分を引き上げるのである。競争をやめて創造レベルに引き上げると、「結婚の本当の価値」「育児の本当の価値」「子育ての本当の価値」がはっきりと解って来る。結婚も育児も子育ても、誰と争うことなく、創造のエネルギーを使って、幸せに成って行くようにするものなのである。

 今まで競争まみれで生きて来た女性ほど、結婚しても競争しようとする。夫に対して敵愾心を持って競争し、家事や育児を手伝わせようとする。子供たちに対しても敵愾心を持って競争し、家の中では「急げ!」、家の外では「負けるな!」と常に子供たちに発破をかけている。

 しかし、幸せな人生を送るためには競争は要らないのである。必要なものは、競争ではなく、協力なのである。結婚したのなら、夫婦で協力し合う。子供がいるなら、親子で協力し合う。夫や子供たちを働かせて、自分だけが楽をしないことだ。自分が率先して働き、夫や子供たちと共に汗を流すことのである。

 自分が相手に協力させるのではなく、自分が相手に協力するのである。自分が相手に協力するからこそ、相手も自分に協力してくれるようになるのである。この生き方ができるからこそ、結婚して幸せに成って行くのであり、その幸せは永遠に尽きることがなくなるのである。幾らでも幸福が湧いて出て来るようになるのである。

●母親の役目は、この世で神の願いを実現させること

 真理というのは、いきなり解るものではないのである。人間は若い時は競争の原理によって生きているから、すぐに他人と競争しようとし出すのである。それは自分を成長させていくために必要なことなのだが、その生き方をいつまでも貫くことはないのだ。そのように闘争心の激しい生き方をしていれば、一時的な幸福を得ることができても、最終的には破滅して行くことになるのだ。

 競争して強くなったのなら、いつかはその競争の世界から抜け出し、創造のレベルへと上げて行くべきなのである。多くの女性たちは結婚こそがその大変化をもたらすことになるのである。だから結婚して幸せに成って行くのである。誰とも競争していないから、非常に楽しく、幸せが幾らでも生み出されて来るのである。

 人生は修行なのである。神が定めたことを淡々と遣り続けねばならないのである。その修行を嫌々でやるのではなく、修行を楽しむべきなのである。だから結婚で遣るべきことを遣りつつも、結婚を楽しむ、育児を楽しむ、子育てを楽しむようにするのだ。結婚や育児や子育てを徹底的に楽しんで道楽にしてしまえば、幸せだらけになってしまうものなのである。

 母親の役目は、この世で神の願いを実現させることなのである。それは夫を幸せにすること、子供たちを幸せにすることなのである。夫や子供たちを無事に成長させていき、この世で活躍するようにして貰うことなのである。その母親の役割をきちんと果たしてくれれば、神は幾らでもその母親を祝福し、更なる幸せを与えて行くのである。

 真理に従って生きると、家族内は幸せに満ち溢れたものになるから、その幸せが外に向かって溢れ出て行くものなのである。だから、幸せな結婚生活をしている既婚女性ほど、人に感謝するようになるのである。人に奉仕し貢献することに喜びを見出すようになるものなのである。それゆえ益々幸せに成って行くものなのである。

 結婚して不幸になったと騒いでいる女性たちは、真理に目覚めていないからなのである。真理が解らず、未だに競争の世界に浸かっているからこそ、夫や子供たちに敵愾心を持ってしまい、夫や子供たちも喧嘩を吹っ掛けられた以上、反撃して来なければならなくなるのである。要は、その女性の結婚の不幸は、自ら蒔いたものなのである。

 自分が幸せになりたければ、夫を幸せにすることだ。自分が幸せになりたければ、子供たちを幸せにすることだ。他人を幸せにするからこそ、自分も幸せになれる。他人を幸せにしていなければ、自分だって幸せになれない。だから、夫や子供たちを幸せにしていく。そうすれば夫や子供たちも、あなたを幸せにしてくれるのである。

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幸せな結婚生活のために必要な「愛」「厳しさ」「夢」

●愛なくして結婚できないが、愛だけでは幸せになることはできない

 結婚は愛がなければ始まらないが、愛だけでは幸せになることができない。恋愛結婚なら、恋愛で散々愛が盛り上がり、その勢いで結婚に突入してしまうために、「結婚というのは、愛だけでは幸せになれない」ということに気づけないのだ。恋愛の最高段階として結婚は存在していても、結婚と恋愛とでは天と地ほどの差があることに気付いた者だけが、結婚で幸せになっていくことができるのである。

 結婚して不幸になる女性たちは、みな愛し過ぎるのである。愛し過ぎるからこそ、夫を苦しめてしまうのである。人は愛し過ぎるような愛を出している時、大概、まともな愛を出していない。愛の中でも「渇愛」というネガティブな愛なのだ。渇愛なら愛すれば愛するほど、心が渇いてしまい、更に愛そうとするのだ。しかし、渇愛はネガティブな愛なので、その愛をぶつけられた夫は、いつの間にか以前の優しさが消えて、怒り始めるのである。結婚しているのに、まともな愛を貰っていないから、憎しみの炎が心の中で燃え上がって来るのである。

 幸せな結婚を実現するためには、そんなに激しい愛は必要ないのである。愛とは、他人を慈しみ、育んであげるものだ。それゆえ、相手を真心から思いやり、成長させていく程度の愛の量で充分なのである。肥料を上げ過ぎれば逆に植物が駄目になってしまうのと同じように、愛を与え過ぎても人は駄目になってしまうのだ。愛は適度な量で充分なのである。

 要は、夫の立場を充分理解し、夫が成長して行けるように仕向けてあげればいいのである。夫の心の中に愛の蓄積が行われていけば、夫は如何なることがあっても妻を愛し続けるものだ。自分が人から愛されたければ、自分が人を愛して行かなければならない。但し、間違った愛をぶつけてはならない。正しい愛を以て愛し続けなければならないのだ。

 既婚女性は赤ちゃんを産んでしまえば、赤ちゃんに全力を投入しなければならなくなるので、夫のことは後回しになってしまう。だから、赤ちゃんが生まれる前までに、きちんと夫婦愛を成立させておくべきなのである。妊娠は10月10日間あるのだから、その間に夫婦仲を良好なものにしておかないと、出産後にトラブルが続出して来てしまうのである。

●愛と敬

 愛というのは、愛だけを置いておいたら、憎しみに変わってしまうものなのである。愛というのは、理性の産物ではなく、感情の産物だからだ。それゆえ愛の魔力に取りつかれてしまい、「愛こそ全て」だなんと思っていると、いつの間に自分は人を愛するといいながら、憎しみをぶつけまくっていることになるのだ。恋多き女性は確かに恋愛経験も豊富だが、男性を憎しむことも多々豊富なのである。既婚女性なら愛深い女性に限って、確かに夫や子供たちを愛してはいるけれど、夫や子供たちを憎むことも多いのである。だから、家庭内がいつもぎくしゃくし、喧嘩が絶えないことになってしまうのである。

 愛は尊敬を伴うべきなのである。愛は尊敬を伴うからこそ、その憎しみの炎を消し去ることができるのである。夫を愛するだけでなく、夫を敬う。子供たちを愛するだけでなく、子供たちを敬う。これをやるからこそ、自分が発する愛が憎しみに変わることを防いでくれるのである。

 夫は妻から敬われていたら、夫も妻を敬って来るのである。夫から「うちの嫁は立派だ」と褒め言葉を貰うことこそ、妻の地位を安泰にさせるものなのである。夫は妻が自分を敬って来ないからこそ、夫も妻を敬わないのであって、だから、妻が家事や育児に精を出していても、一向になんの評価も与えて来ないのである。そうされると、妻はストレスを溜め込んでしまい、或る日突然に怒りが爆発してしまうのである。

 親と子の関係は、子が親に従属する関係である。だからといって子供たちを蔑ろにしていいのではなく、子供たちだからこそ、敬ってあげる。「我が家は由緒正しき家柄なんだよ」「お前たちは余所の家の子じゃないんだよ」「お前たちは凄い能力を持っているんだよ」と子供たちを敬っておけば、子供たちも母親を敬って来るのであって、母親の地位が安泰なものとなるのである。

 子供たちはまだまだ幼稚なので、なかなか自分の感情を制御することができない。そのため母親が自分を敬ってくれないと、途端に感情を爆発させ、怒りまくってくるものである。「うちの子は馬鹿な子で~」と言っているぐらいならまだいいが、子供を精神病院に連れて行き、「多動性注意欠陥症候群」だとか得体の知れない病名を貰って、子供を薬漬けにしてしまっては、子供の脳は確実に破壊されてしまうことだろう。子供が異常になった時、その子供が異常なのではなく、母親の方が異常な場合が殆どなのである。

●厳しさと寛容

 結婚を正常な形で運営して行くためには、愛とは全然違う「厳しさ」というものが必要になって来る。厳しさとは、一体何が正しいのかを突き詰めて行くことなのである。結婚をしたのなら、夫婦仲を正しく行って行けるために厳しさが必要だし、赤ちゃんを産めば正しく育児や子育てをしていくために厳しさが必要なのだ。

 その厳しさがあればこそ、夫婦仲は如何なることがあっても強固なものと成り続けるし、育児や子育ても致命的な失敗を犯すことなく、優秀な能力を持った人材に育て上げることができるようになるのである。人間は厳しくなると、全ての思考や行動が合理化され、最高レベルでエネルギーを使うことができ、その効果は絶大なものとなるのである。

 勿論、厳しさを使わなくても、結婚を運営して行くことはできる。しかし、その結婚は確実に悲惨なものとなるであろう。夫婦は愛し合っている筈なのに、いつも夫婦は些細なことで喧嘩をしてしまい、母親は子供たちをきちんと愛しているのに、子供たちは反抗しまくり、不良の道へ突き進んでしまうのである。

 厳しさというのは、時には双方にとって過酷なものとなる。例えば稼ぎの少ない夫に、「これでは生活して行くことができない」と伝え、夫に改善を迫るのは、妻にとっても夫にとっても辛いことだ。しかし、家族が豊かに生活していくためには、年々収入を増加させて行って貰わねばならず、それができなければ改善措置を図るしかないのだ。

 育児や子育てでも、母親が厳しくなることなく、自分勝手にやろうと思えば出来てしまうものなのである。しかし、それは今まで無数の母親たちが蓄積してきた育児や子育ての経験を全て無にしてしまう悪行なのであって、自分勝手にやっていては、いずれ育児や子育てでトラブルが続出して来るものなのである。そんな馬鹿げたことをするよりも謙虚になって、正しい育児や正しい子育ての仕方を身につけてしまうべきなのである。

 厳しさもやりすぎれば残酷な態度を取ることになってしまうから、寛容というものが必要となって来る。厳しくするが、寛容という態度を取って、自分のやっていることが残酷にならないように配慮するのだ。正しい夫婦の在り方を追求し過ぎる余りに、夫婦仲がぎくしゃくしてしまっては、それはそれで問題なのだ。育児や子育てでも自分は正しいことをやっているのに、まともな成果が出て来ないのなら、それは自分が厳しすぎて、寛容さが失われているからなのである。

●夢と現実

 愛や厳しさは、現状維持をするために使われるなら、急速に腐敗して行くものだ。人間は成長を止めてしまい、現実に安穏とするために愛や厳しさを使うなら、その愛は家族に堕落をもたらすし、その厳しさは家族を硬直させてしまうことだろう。愛も厳しさも成長するために使ってこそ生きて来るのであって、成長を止めてしまっては、それらがどんなに素晴らしいものでも重大な問題が発生して来るものなのである。

 だからこそ、「夫婦の共通の夢」が必要となって来るのである。夫婦できちんと話し合って、自分たち夫婦がどのような家族を作りたいのか、夢を明確にしておくべきなのだ。夢を持つなら大きな夢を持つべきなのである。夫婦が二人で力を合わせれば、その夢は簡単に実現できてしまうものなのである。

 自分たち夫婦は何人の子供たちが欲しいのか、どのような家に住みたいのか、自動車はどのような車が欲しいのか、どこへ旅行に行きたいのか、年収はどれくらいにするのか、資産はそれくらいにするのかを明確にしておけば、それに向かって夫婦は力を会わすことができるようになるのである。この話し合いの場を持たないからこそ、夫婦は結婚していても協力し合うことはないし、現実に縛られた生活をし続けなければならなくなるのだ。

 自分たち夫婦に夢があるなら、それを紙に書き出し、それを毎朝暗唱しておくことだ。朝の段階で自分たち夫婦の夢が明確になっていれば、今日一日自分たちが一体何をすべきか解って来るものなのだ。それを一つずつやっていけば、いつの間にかに自分たち夫婦の夢が実現しているものなのである。

 夢を実現して行くためには、現実を直視することが大事になってくる。例えば、年収を増やしたければ、1つの収入口ではそれほど大きくできないものだ。だから副業をやり、そこで稼ぎ出し、収入を増やして行くのだ。その現実を直視しないからこそ、この世は間違っているとか騒ぎ始めるのである。間違っているのh、現実を直視しない自分たち夫婦なのであって、この世ではないのだ。

●結婚の仕方

 「愛」と「厳しさ」と「夢」の三つが揃うと、「結婚の仕方」というものが簡単に実現できてしまう。結婚の仕方というのは、愛だけでは成立しないし、厳しさだけでも成立しないし、夢だけでも成立しない。愛と厳しさと夢の三つが揃わない限り、まともな形で成立して来ないからだ。

 夫婦というのは、決してワンパタ-ンではないのだ。夫婦は千差万別であって、本当に様々な夫婦がいるのだ。恋愛中は男女が仲睦まじい関係であっても、結婚してみると、亭主関白になってしまったり、嬶天下になってしまったりするのだ。結婚では男女二人しかいないために、微妙な力の関係で、おかしな夫婦の力関係が出来上がってしまうのだ。

 とはいっても、夫婦の愛の形というのは、まずは夫婦が対等であること、そして家族を形成している以上、夫を家長とし、妻に家庭の実権を握らせ、その下に子供たちがいるようにせねばならない。「夫婦の和合」と「夫婦の別」こそ、如何なる夫婦にも共通する「夫婦の愛の形」の基本的な形なのだ。

 勿論、この例外もあることだろう。しかし、それは飽くまでも例外であって、基本を崩すほどのものではないのだ。多くの夫婦が結婚を生活を失敗してしまうのは、マスコミで流れて来る異常な夫婦を目の当たりにしてしまい、その遣り方で自分たちの結婚生活を運営しようとしてしまうからだ。そんなことをやれば途端に自分たちの結婚が崩壊してしまうのだ。

 増してや結婚の世界に、平等イデオロギーが入り込む余地は全くない。平等を唱えてしまえば、夫婦は対等にならず、夫婦が和合することができず、夫婦が序列を作って、家族と言う組織を形成することができないのだ。平等が唱えられる社会では離婚は急増して行くものだが、それは平等というのは結婚を破壊することを非常に好むイデオロギーだからなのである。平等を実現するためには、結婚や家族といったものは邪魔で、個人がバラバラになってくれた方が、平等は実現できるのである。

 結婚して幸せになりたいのなら、例外的な夫婦の存在を拒否することだ。平等イデオロギーを拒否することだ。愛や厳しさや夢の力の価値に気付くことだ。「夫婦の和合」は愛があれば成立することだろう。「夫婦の別」は厳しさがなくても絶対に成立しない。そして「夫婦の和合」と「夫婦の別」がエネルギーを発し始めるためには、夫婦共通の夢がなければならず、夢があってこそ、凄まじいエネルギーを発して来て、その夫婦共通の夢を叶えさせてくれるのだ。

●家事の仕方 育児の仕方 子育ての仕方

 既婚女性が家事を勝手気儘にやっていては、いつまで経っても家事は上達しないことだろう。家事を上達させなければ、家事のために時間を大いに取られてしまうし、家の中は汚いものだし、病人が続出するし、どう働いても貧乏になってしまうことだろう。家事というのは、それほど難しい作業ではない。それなのに自分が傲慢になって学ぼうとしないからこそ、大変な作業になってしまうのである。

 まず家事の筆頭たる「料理」は、夫や子供たちの健康を気遣い、夫や子供たちの健康を害する料理は如何なることがあっても出してはならない。食材の安全性を確保し、適正な手続きに従って調理を行い、台所の衛生管理には注意を払っておくことだ。料理はレシピを作り、料理の数を豊富にさせて行き、飽きが来ないような工夫を図ることだ。

 次に掃除は、とにかく毎日きちんと行うことだ。家族で暮らしていれば、1日経てば家中が汚れまくるので、毎日掃除しておかないと、とんでもなく汚くなってしまうからだ。特に警戒すべきは水回りのある箇所で、「台所」「風呂場」「便所」というのは、非常に汚れるのだ。ここは毎日掃除しておくべきなのである。そして家庭の中に不要品を溜め込まないことだ。要らない物はとっとと売り飛ばすか、捨てるようにすることだ。これをすると裕福になって行くものなのである。

 そして洗濯も毎日きちんと行うことだ。洗濯は全自動になっているので、非常に楽なのであるが、夫や子供たちの服の傷み具合を常にチェックしておくことだ。夫の靴下に穴が空いていたり、子供のTシャツに汚れが染みついていたら。直ちに対策を講じるべきなのである。この管理をしっかりとしておけば、夫や子供たちは常に身なりの良い姿でいられるのだ。

 家事の仕方があるなら、育児の仕方だってある。育児をする時は、赤ちゃんの抱き方や、授乳の仕方や、オムツの交換まで知らないことばかりなのだから、助産婦やベテランママたちの訊けばいいのである。訊けば教えてくれるのだから、その教えに従ってやっていき、徐々に自分のオリジナルなものを出して行けばいいのだ。

 育児の仕方が解っている母親は、子育ての仕方も解っているものだが、それでも子育てに於いて難問に直面する時がある。そういう時も然るべき人に相談すればいいのである。相談すべき人を間違えなければ、きちんとしたアドバイスを貰うことができ、難問を解決できてしまうのである。

●仕事の仕方 発財の仕方

 妻が「家事の仕方」や「育児の仕方」や「子育ての仕方」を習得して行く一方、夫は「仕事の仕方」を習得しなければならない。仕事でお金を稼ぎ、それを生活費に回すことが、夫の最大の役目だからだ。仕事というのはダラダラやっていては、いつまで経っても上達しない。自分が謙虚になって、「仕事の仕方」を習得し、その型を崩すことなく、貫いてしまえばいいのだ。

 まず、仕事は朝早くから始めるべきなのである。午前中は人間の集中力が最も高くなっているので、朝早くから仕事をやってしまえば、大量の仕事をこなすことができるようになるのだ。朝寝坊したり、ラッシュ時に満員電車で通勤して来たり、職場に着いても直ちに仕事をせず、新聞を読んだり珈琲を飲んでいたりしていては、碌な仕事しかできなくなってしまうものなのである。

 午前中に自分の仕事を全て終えたら、午後は自分以外の仕事をこなしてしまうことだ。午前中に仕事を大量にこなして体が発熱しているので、その勢いで他の人の仕事を手伝ってしまうと、疲労することなく、簡単に片づけて行くことができるようになるのだ。そうすれば他人の2倍以上の働きができてしまうものなのである。

 仕事をする時は、等価交換を否定すべきなのである。自分の給料分だけ働くという考えを捨てるべきなのである。常に給料以上の働きをする習慣を持ち続けるべきなのである。自分の給料以上の働きをしていれば、より大きな仕事が与えられ、より多くの給料が貰えるものなのである。

 一家の主たるもの、ただ単に外で働いていればいいというものではないのだ。仕事の仕方を身につけると同時に、「発財の仕方」も身につけ、資産運用で資産を増やして行かなければならないのだ。発財の仕方というのは、非常に簡単である。まず、収入の2割を天引きし、それを貯金に回すことだ。そして、その貯金額が或る一定の大きさになったら、投資に回し、その投資で得た利益は生活費に回すのではなく、再投資して資産を増やして行くのだ。

●神が創った大きな流れに乗る

 結婚というのは、結婚すれば幸せになっていくものなのだ。それが結婚に内蔵されたメカニズムなのである。それなのに、妻は自分の世界に閉じ籠り、夫も自分の世界に閉じ籠っていては、結婚が持つ本来の機能を使うことができず、急速に不幸になっていってしまうのである。結婚したのなら、自分の配偶者に心を開くことだ。開き続けることだ。そうすればその夫婦に如何なることがあっても、幸せで居続けることができるのである。

 神は人類が誕生して以来、常に神から発した大きな流れを流し続けている。それは人々を幸せにしたいという大きな流れだ。男女が結婚することで、子供たちを多く産み、多くの物を所有させ、多くのお金を持たして行くのだ。結婚することで繁栄することこそが神の願いなのであって、結婚すれば誰もが繁栄して行くものなのである。

 それなのに、結婚したのに子供を産まなかったり、子供を産んでも1人や2人だったり、自分たち夫婦が欲しい物を手に入れなかったり、お金をたくさん持とうとしなかったりすれば、途端に繁栄することができなくなり、貧困に陥って行ってしまうのである。どこかでその夫婦が神に逆らって、自らが進んで貧乏になって行こうとしてしまうのである。

 無宗教や無神論を唱えるのは勝手だが、結婚から宗教を取り除いてしまえば、それは同棲に転落して行くものなのだ。結婚には常に宗教が必要であって、自分たちが神の聖慮に適う行動をしているからこそ、自分たち夫婦は繁栄して行くことができるようになるのである。幸せな結婚をしている夫婦ほど、宗教心は篤いものだ。なぜなら、神が創った大きな流れに乗っているからなのである。

 結婚して幸せになりたいのなら、神を敬い、神が創った大きな流れに乗ってしまうことだ。そして子供をできるだけ多く産み、自分たち夫婦が欲しい物は必ず手に入れ、所得と資産を毎年確実に増やして行くことだ。その生き方こそ神の聖慮に適う生き方であって、そういう生き方をしているからこそ、神のその家族に巨大な幸福をもたらしてくれるようになるのである。

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独立自尊の精神と幸せな結婚生活

●独立自尊の精神なくして、まともな結婚生活は絶対に存在しない

 結婚に於いて、育児に於いて、子育てに於いて、絶対的に重要なものが、「独立自尊の精神」である。独立自尊の精神があれば、どのような夫婦でもやっていけるのであり、独立自尊の精神がなければ、如何なる夫婦でもまともな結婚生活を維持できなくなる。それほど独立自尊の精神は結婚生活に於いて絶対的な重要性を有するのである。

 結婚するということは、自分の親から独立するということなのである。それゆえ、自立が未だに終わらない人は絶対に結婚しようとしない。自立を完成させ、もう親から離れて行く決意を固めたからこそ、結婚することで独立して行くのである。もしも結婚したというのに独立の意思が貧弱であれば、子供を意図的に作らなかったり、赤ちゃんを産んでも育児放棄をしてしまう、非道な親になってしまうのだ。

 普通、人間が自立して行く際は、経済的に自立して行かない限り、精神的な自立をきちんと果たすことができない。自分で働いてみて、自分が欲しいと思う給料に達しないと、なかなか精神的に自立できず、いつまでも親離れできなくなってしまうものなのである。ところが、人間が独立して行く時は、自立して行く時とはパターンが逆で、先に精神的な独立を果たした後に、経済的な独立を果たして行く。経済的な独立というのは、所得収入に依存して生活するのではなく、資産収入を確保し、資産を雪達磨方式で拡大して行くような経済スタイルを取ることなのである。

 そのため、夫婦が所得収入を全て消費に回してしまうと、いつまで経っても経済的に独立できないことになる。そうなれば独立自尊の精神が蝕まれて行き、いずれ完全に破壊され切ってしまうものなのである。結婚しているからこそ、家計簿をしっかりとつけて、地道に貯金して行き、その貯金を投資物件に回して行き、資産収入を増やして行かねばならないのである。しかもその資産収入を生活費に使ってしまうのではなく、再投資に向けることで、資産を爆発的に増やして行かねばならないのである。

 大方の夫婦は、結婚当初は貧乏から始まるものだ。しかし、家計の遣り繰りがきちんとなされていれば、資産は確実に増えて行くのである。結婚しているというのに、資産を蓄積していないようであるなら、夫婦の独立自尊の精神は破壊されてしまい、結婚しているのに結婚が崩壊してしまう状態になってしまうのだ。夫婦が深刻な危機に陥ってしまうのは、その殆どが経済的理由からなのである。資産を溜め込んでいくということをしていないから、些細な不況のために離婚せざるを得なくなってしまうのである。

●自分たち夫婦がきちんと独立し、子供たちを独立させていくこと

 自分たち夫婦が結婚したのなら、夫の両親や妻の両親から絶対に経済援助を受けないことだ。新婚当初は物入りになるし、赤ちゃんを産めば一時的に出費は嵩むし、子供が私立学校に進学すれば、教育費にお金がかかるものだ。しかし、幾ら自分たち夫婦が経済的に苦しいからといって親から経済援助を受けてしまえば、自分たち夫婦の経済的独立が破壊されてしまい、結局は精神的な独立も破壊されてしまうのだ。よく日本では「3代目が家を潰す」と言われるが、自分の親が祖父母から経済援助を受けて家計を運営していたら、そういう両親のもとで育った子供には独立自尊の精神など全くなくなるものなのであって、そうなればその子供が一族の財産を全て蕩尽してしまい、破産に導いてしまうのである。

 我が子をきちんと独立させたいのであるなら、自分たち夫婦がきちんと独立しておくことだ。出産祝いやお年玉という形ではなく、自分たち夫婦に親から経済援助を受けてしまえば、確かに家計は一時的に楽になることだろう。しかし、その代償が自分たち夫婦はいつまで経っても経済的独立ができないことであって、更には精神的な独立まで破壊されてしまうことなのである。自分たち家族の独立を維持したいのであるなら、幾ら貧乏したとしても、親からの経済援助はきっぱりと断ることだ。親から経済援助を受けなければ、自然と家計がシビアになって、徐々にではあるが資産が蓄積されて行くのである。

 夫の収入が幾らいいからといって、夫婦で共働きしているからといって、所得収入だけで目一杯暮らすことは絶対に避けることだ。所得収入の2割を天引きして貯金してしまい、その貯金を積極的に投資して行くことだ。その投資も「株式」「不動産」「債権」の3つに分けて、資産の安全な活用を図ることだ。そして投資で幾ら利益を得たとしても、その利益を消費に回さず、資産に再投資し、資産を無限に拡大させていくことだ。資産収入が所得収入の金額を上回ると、資産収入は爆発的に増え始めるので、それまでじっくりと我慢しながら投資を続けて行くことだ。

 子供というのは放置しておくと、経済的に全く無能となってしまう。お小遣いを幾ら渡しても、全て使い切ってしまうという恐ろしいまでの浪費癖を発揮し始めるのだ。親が子供にその浪費癖を放置しておくからこそ、子供は大人になってもその浪費癖が治らないのだ。それゆえ、お小遣いを無闇にやらないことだ。小遣いは家事などの労働をした上で与え、お小遣いを与えても、小遣い帳をつけさせて、小遣いの使い方を習得させることだ。たとえお小遣いであっても、天引き貯金を行わせ、お小遣いの2割ずつを貯金させていく習慣を身につけさせることだ。

 子供には小学生の頃からビジネスごっこでもさせて、お金儲けの仕方をきちんと教え込んでおくことだ。我が子に金儲けの仕方を教えない親は、我が子を泥棒に育て上げているようなものなのである。農家の子供は親から農業の仕方を教えて貰うし、漁師の子供は親から漁の仕方を教えて貰うものだ。それなのに都市部で暮らしている子供たちは、親から何も教えて貰わないために、お金が必要になる年頃に差し掛かると、万引きなどの犯罪に手を染め、それ徐々にエスカレートして行き、最後には殺人事件まで引き起こして来るのだ。殺人犯というのはその殺人の仕方はどれもが違っていても、自分の親から金儲けの仕方を教えて貰わずに育ったということでは、皆同じなのだ。

 子供たちが就職し、家を出たのなら、原則としてお金を与えないことだ。子供にお金を与えないことは、我が子に経済的自立を促すのに最善の選択肢なのである。若い時は月収が少ないくせに、生活費はしっかりとかかって来るために、その貧しい生活の中で、質素倹約を身につけて来ることになるのだ。若者に経済的自立をさせたいのなら、自分の所得以上の金額で生活を営まないことなのである。どんなに所得が少なくても、天引き貯金をして、地道に資産を蓄えて行けば、それがその者の資本となって、経済的独立を簡単に成し遂げることができるようになるのだ。

 子供たちが結婚したら、経済援助を絶対にしないことだ。自分たちが結婚して結婚当初はお金がかかるというのが解っているからこそ、遂々経済援助をしたくなる気持ちは解る。しかし、そのようなことをやってしまうと、我が子は永遠に経済的独立ができなくなってしまい、いつまでも親に依存するような事態になってしまうのだ。我が子が如何に貧しくても、親であるなら経済援助を与えないからこそ、我が子は経済的独立を果たして来るのである。

●政府の介入の阻止

 夫婦の独立自尊の精神にとって最も危険なのは、政府が家族に介入して来ることである。政府というのは巨大な行政権力を持っているために、政府が家族に介入すれば、全ての夫婦から独立自尊の精神が破壊されてしまうのだ。しかも、それは政府が自らの権限を乱用してそうなったのではなく、国民が選挙で家族への社会保障を望むことによって、政府が暴走し始め、社会保障を充実させるといいながら、全ての家族を破壊してしまう結果に終わるのである。

 確かに夫婦が赤ちゃんを産めば、出産費用や育児費用で出費は嵩むし、母親は育児のために働きに行けないし、かといって夫はまだ若いので所得は少ないものだ。そういう状況に置かれても、自分たち夫婦に独立自尊の精神があれば、自分たち夫婦が力を合わして乗り切って行こうとするものだが、結婚したのに精神的な独立を果たしておらず、未だに親離れしていないと、選挙の際に政治家たちに育児支援や子育て支援を頼み込み、それをマニフェストに掲げた政党に所属する立候補者に投票してしまうのだ。

 しかし、その代償は非常に高くつく。なぜなら、その夫婦は家計が最も苦しい時に政府の経済援助を受けてしまったために、生活を質素にさせ、その中でも天引き貯金を行い、資産を増やして行くという努力を怠ってしまうことになるからだ。言わば、経済的独立が永遠にできなくなったということであり、そのような夫婦であるなら、今後、終生貧乏で居続けるものなのである。

 余計な社会保障は、国民を貧乏のドン底に叩き落とすだけなのである。未だ嘗て、政府が貧困の撲滅を目指して社会保障を幾ら行っても、国民の貧困を撲滅できた例は1つもないのだ。夫婦の貧困を撲滅しようとして幾ら社会保障を充実させても、夫婦はより貧困に成り、政府も国家財政を破綻させてしまうものなのである。

 その夫婦の貧困を撲滅できるのは、その夫婦だけなのである。どんなに貧しくても政府の介入を阻止し、自分たち夫婦の独立を守り抜くことだ。自分たち夫婦がしっかりと独立自尊の精神を持っていれば、いずれ貧困は撲滅され、裕福に成って行くものなのである。他人から経済援助を受けて億万長者になった者がいないと同様、政府から経済援助を受けて億万長者になれる夫婦という者はいないものなのだ。自分たち夫婦が豊かな暮らしをしたいのなら、家族に社会保障を充実させようとする政治家を選挙のたびに反対票を投じて、社会保障を縮小して行こうとする政治家に賛成票を投じることだ。政府が社会保障をしなければ、その分、支出が減るので、税金を安くすることで、国民にその恩恵を還元することができるようになるのである。税金が高いからこそ、貧困層が増えて行くのであって、税金が安くなれば、それだけ民間経済に充分なお金が回るので、裕福に成る者が続出して来るものなのである。

●独立自尊の精神を継承させていく

 親が育児や子育てを通じて、我が子に絶対的に継承させて行かねばならないものは、それは「独立自尊の精神」である。自分がどんなに貧乏であっても、どんなに悲惨な状況下でも独立し続ける気概を持たせる。それだからこそ、我が子はどくに行っても一流の人材として活躍できるようになるし、運命の出会いを果たせば優れた配偶者と結ばれ、新たな家族を形成して行くことであろう。

 この独立自尊の精神は、「相続の原理」によって親から子へと継承されていくものなのである。親が自ら独立自尊の精神を持ち、自分たち家族をきちんと独立し続けたからこそ、我が子も親に見習って独立を開始するのであって、親が独立していなければ、我が子だって独立の意味が解らないのだから、大人になっても独立できなくなってしまうのである。

 嘗て我らの祖父たちも、幕末の時は欧米列強の侵略に晒され、いつ植民地に転落するか解らない状況であった。江戸幕府は外交で失敗を続けて、欧米列強に断固たる態度を取ることがなかった。それゆえ独立自尊の精神が盛んな薩摩藩や長州藩が激怒して、倒幕の兵を挙げ、江戸幕府を打倒し、積極的に富国強兵路線を敷いて、近代化を成し遂げ、日清戦争にも日露戦争にも勝利して、欧米列強の植民地に転落することから免れたのである。

 それなのに大正デモクラシー以降、社会主義が盛んになり、国民の間から独立自尊の精神が失われ始めると、国民は自助努力によって裕福になろうとはせずに、国家権力に頼って国家の力で裕福に成ろうとし出し、増税しまくり、国家総動員法を制定し、結局、国家権力を暴走させ、国家を崩壊に導いてしまったのである。国民から独立自尊の精神が失われれば、国家は滅亡し行くしかないのだ。国家の独立というのは、国民が独立しているからこそ成し遂げられるのであって、国民が独立自尊の精神を失ってしまえば、呆気なく滅亡して行くものなのである。

 社会主義国の総本家であるソ連は外国から侵略されることもなく、国内で内乱が発生することもなく、自滅するという、世界史上、類を見ない異常な崩壊の仕方をしたのは、ソ連の国民が国家に頼るばかりで、独立自尊の精神を持たなかったからなのである。ソ連が崩壊してしまえば、ソ連の通貨のルーブルは紙屑同然に成り、人々は貧乏のドン底にまで叩き落とされてしまったのである。

 国家権力は絶対権力であるがゆえに、その権力の魔力に幻惑される人々が跡を絶たないのだ。自分が独立することを投げ出し、その国家権力で裕福になろうとし出すと、途端に国家権力は暴走し始め、国民の多くを虐殺しながら、国家を崩壊させてしまうのである。そして国家が崩壊した後には、国民が貧乏のドン底に叩き落とされるだけなのである。

 国家の独立を維持したいのなら、国民個人個人がしっかりと独立して行くことだ。結婚して子供たちを産み育て、独立自尊の精神を持った子供たちをきちんと育て上げて行くことだ。その一方で、独立自尊の精神を持っていない政治家たちを政界から除去して行く作業を怠らないことだ。結婚したのに、未だに親からお金を貰っていたり、結婚せずに独身でいたり、結婚したのに子供のいない政治家は絶対に政界から追放することだ。そういう政治家が権力を握れば、最悪な政治しかしないものだし、国家を滅亡に追いやってしまうものなのである。

 自分たち夫婦が独立自尊の精神を継承させたとしても、僅かな人数しか継承できないものだ。しかし、その子供たちが結婚して更に多くの孫たちを産んでいけば、その孫たちにもしっかりと独立自尊の精神が継承されていくのである。そうやって地道に独立自尊の精神を持った人々を増やして行けば、日本は独立を維持することができ、繁栄して行くことができるようになるのである。

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「育児の奥義」「子育ての奥義」

●育児をきちんとしたからこそ育児の奥義が解る

 何事にも奥義というものがある。その奥義を悟ることがなければ、散々やったのに、解ったような解らないような状況になってしまう。育児や子育てにしても、奥義を悟っていれば、「育児や子育てはこういうことなんだ!」と今までやってきたことが全て意味のあるものとして位置づけることができるが、それがないと母親として悶々とした状態になってしまうことだろう。

 育児の奥義や子育ての奥義というのは、決して難しいものではない。自分の母親は祖母たちがその奥義を何かしらの形で言って来ているからだ。しかし、自分が母親としてレベルが低いために、それがなんのか解らないだけなのだ。奥義を示されても、自分に理解する能力がないだけなのだ。

 育児をするからこそ、子育てをするからこそ、奥義のなんたるかが解るのであって、育児をしないと、子育てをしないと、奥義のなんたるかが解らないのだ。自分が地道に育児や子育てをやっていれば、「そうか! そういことなんだ!」と改めて、その奥義の言わんとすることが解るようになるのである。

 但し、少子化の影響もあって、子供の数が少ないために、母親たちの方が母親として成熟していないということもあり、「育児の奥義」や「子育ての奥義」を悟ることなく、そういう母親のもとで育った娘たちが、育児や子育てに自分の価値を見いだせなくなってしまい、結婚を拒否したり、子供を産まなかったり、子供を産んでも1人だけということになってしまうのである。

 母親として成熟して行くためには、どうしても3人以上の子供が必要なのである。子供が1人や2人だと、幾ら丁寧に育児や子育てをしても、母親が我儘で、その我儘を育児や子育てによって消すことができないのだ。だから、そういう母親が幾ら育児や子育てをしても、育児の奥義や子育ての奥義のなんたるかが解らくなってしまうのだ。

●授かり育児

 では、「育児の奥義」とは一体何か? それは「授かり育児」であるということなのである。赤ちゃんは確かにその母親が産んだ物である。しかし、赤ちゃんを自分の所有物であると思わず、「神様からの贈り物」として受け止め、大切に育てて行くことなのである。だから、「赤ちゃんを授かる」というのであって、いつまでも自分が赤ちゃんを産んだと拘っていると、育児の至る所で問題が生じ始めるのだ。

 そもそも女性が妊娠するのでさえ、高い偶然性が存在しているのである。もしも精子と卵子が結合して妊娠できるのであるなら、どの夫婦も性行為のたびに妊娠できる筈だ。しかし、そうはならず、人間の妊娠確率というのは、非常に低いものなのである。だから、赤ちゃんを妊娠できた時は、神に感謝するものなのである。

 育児というのは、決して宗教と切り離されたものではないのだ。宗教と密接な関係にあるのだ。神の絶対性のもとに、自分を相対化させてしまえば、母親はどんなに育児が苦しくても、それほど不平不満を言わずに育児に取り組める筈だ。無宗教を唱え、神を否定し、自分を絶対化してしまうからこそ、育児が大変になってしまい、夫が育児を手伝わないくらいで騒ぎ始め、離婚してしまうようになるのである。

 赤ちゃんを神様からの授かり物と捉えることができれば、その母親は謙虚になるから、赤ちゃんを大切に育てて行くことができるようになるのだ。育児の作業は大変な筈なのに、謙虚になっているから、己の心が穏やかで、幸せな日々を過ごすことができるようになるのだ。

 子供というのは、7歳までは神の領域に足を突っ込んでいるものなのだ。どうしても免疫力が弱いから病気になったり死んでしまうこともあるのである。だから、母親が我が子を健康に育てるために神様に任せて、神の見えざる力を巧く使って行くからこそ、我が子を大した病気を起こすことなく育て行くことができるようになるのである。

●捨て子育て

 子育ての奥義というのは、「捨て子育て」である。捨て子育てとは、子供をきちんと育てた上で、子供を捨てるということなのである。幾ら自分が母親だからといって、いつまでも我が子を大事に育て過ぎると、我が子が弱ってしまうものなのである。だから、子育てを充分した上で、来るべき時が来たら、我が子を捨てるのである。

 いきなり捨てることはできないので、小学生の時に一人旅を経験させておく。可愛い子には旅をさせよというが、我が子は両親の力に頼ることなく、自分一人で旅をしないと、実力がついてこないものなのである。自立の契機は親が作るものであって、親が自立していくチャンスを作ってあげないと、子供は自立しようとしなくなるのである。

 中学生や高校生になれば、子供の言っていることも方が間違っていて、親の言うことの方が正しいものである。しかし、そうであっても、意図的に子供に間違いをさせることで、自分の意見が間違っていることを、身を以て教えることだ。幾ら口で正しいことを言っていても、それを心から正しいとは思っていないものなのだ。失敗したからこそ、自分の過ちに気付くものなのである。

 我が子が19歳を過ぎたのに、自分の所有物だと思ってしまえば、子供は親元から去って行くことはないだろう。自立できなくなるし、結婚しなくなるし、子供を産まなくなる。自立など親が子供を自宅から追い出せば出来ることなのである。そしてその内、結婚し妊娠し出産し育児をして行くものなのである。それなのに子供にちょくちょく手出しして行くからこそ、我が子は自立しなくなり、結婚も妊娠も出産も育児も拒否して来るのである。

 捨て子育ては、我が子を自分の所有物だと思わないということでは、育児の奥義と同じことなのだ。多くの母親たちが我が子を自分の所有物だと思ってしまうからこそ、悲劇が起こりまくるのである。子供に立派に育って貰いたいのなら、自分の所有物と思わず、神様からの贈り物として扱い、そしてそれをきちんと育てあげれば子供を突き放し、子供を自立させて行くべきなのである。

●育児や子育てをして来た以上、最高の母親になろう!

 育児や子育てをしていけば、解らないことは多々あれども、その奥義が解れば、もうその母親は「最高の母親」なのである。育児や子育てのことを100%知るのではなく、解らないことを残したまま、奥義が解って来るものなのである。男性は仕事場で出処進退が大事だというが、女性も育児の最初と子育ての終わりが大事なのである。

 育児の奥義や子育ての奥義から見えて来るのは、実は多くの母親が子供を自分の所有物と考えてしまう危険性があるということなのである。我が子といざこざがあった場合、「私はお前を自分のお腹を痛めて産んだのに!」と言ってしまえば、その意見はごもっともでありながら、そういうことを言ってしまえば、我が子の自立を破壊してしまうことになるのである。いつまでも母親のもとに従属させてしまうことになるのである。

 だから、我が子を自分の所有物だと思わないために、育児の奥義や子育ての奥義を悟ることで、子供の自立を促し、きちんと育て上で、家族の外に追いやって行くのである。これがきちんとできた母親ほど、自分の子供たちが自立しても、自分の時間を楽しむことができるし、子供たちが結婚して独立すれば、良好な親子関係を築くことができるようになるのである。

 親というのは、特に自分の母親は、自分が独立して新たな家庭を築いて行った時、冷静になって見られるものなのである。子供の時は親の料理を黙って食べていても、自分が新居で美味しい料理を食べていれば、母親の欠点など幾らでも見えて来るものなのである。その時、それでも自分の母親として敬うものがなければ、幾ら我が子といえども、もう母親には近づかなくなってしまうのである。

 育児や子育ての結果は、我が子が親元にいる時に出て来るのではないのだ。我が子が一人前の大人になった時に、母親の成績も出て来るのである。育児の奥義や子育ての奥義を知らなくても、育児や子育てはできる。しかし、育児の奥義や子育ての奥義を知らなければ、我が子から母親失格の決定が下されてしまうのである。

 折角、育児や子育てをするなら、平凡な母親になるのではなく、最高の母親になることだ。子供を3人以上産んで、育児の奥義や子育ての奥義をしっかりと悟って行くことだ。そういう母親であれば、我が子が独立して行っても、きちんと母親として敬い、大切に扱ってくれるものなのである。それが我が子たちによる「母親への表彰式」なのである。

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