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文字の誕生こそが人間関係を変えてしまう

●文字が人間の脳を変えた

人間の体は狩猟採集経済の頃と変わらないが、脳は多いに変わってしまっている。狩猟採集経済の人間たちはどれもバランスの取れた体格をしている。これは人種や民族を問うとなく、発掘された骨格を見ると、どれも骨格は丈夫で、筋肉隆々たる体をしている。狩猟採集経済なら、このような体型になるのは当然の結果だからだ。

 しかし、農業が始まると、人間の脳は大いに変動を受ける。まず、穀物が人間の脳にとって栄養分となる物質を大量に含んでおり、そのため妊婦が妊娠中に穀物を食べると胎児の脳を大きくさせることができるし、成長期に穀物を食べると脳が活性化するので、大人になった時に知能が高い人間になることができるのである。

 また、狩猟採集経済のように食料生産量が不安定な経済から、農業経済のように食料生産量が安定する経済になると、その過剰な生産物のために農業から解放された人々を生み出し、その者たちは高い知能を活かして文字を作り出し、その文字こそが「文化の蓄積」を可能にさせたのである。

 文字がなければ、文化は殆ど蓄積されない。たとえ誰かが高度な発明をしたとしても、その人が死んでしまえば忘れ去られてしまい、また最初から遣りなおさなければならないからだ。しかし、文字があればその発明を記録することができ、後世の人々はその発明を土台に更に文化を発展させることが可能になるのだ。

 文字のある民族と、文字のない民族とでは、一体何が違うのかというと、言語が決定的に違うのである。言語というのは文字を持つと、語彙が爆発的に増えるものなのである。狩猟採集経済で使われる情報量を「1」とすると、農業経済で使われる情報量はなんと「1万」なのである。しかも、その語彙は常に生産され続けるのであって、時間が経てば経つほど、文字を持った民族が圧倒的に有利になるのである。女子高校生などは造語能力に長けているものだが、この行為は常にマスコミの批判を受けてしまい、印象が悪いものとなっているのだが、そうやって女子高校生たちが新しい言葉を作ってくれるからこそ、語彙は増加してくれて、他の民族よりも優位に立てることができるのである。

●文字の誕生が文明的な征服を可能にさせた

 文明以前なら、どの家族も子沢山だった。子供が成人するまでの間の死亡率は非常に高いので、子供を数多く産まねば、その家族が消滅してしまうことになるからだ。子供の数が多ければ、同然に成人して来る人たちも増えて来るのだから、そこには当然に序列が生じて来る。

 中でも家督を継承することに最大の争いになった筈だ。家督を継承すれば、その相続財産を引き継ぎ、その家督継承者が他の兄弟たちを従えることになるのであって、そこには明らかに階級が生じて来るからだ。大方は長男が相続することになるので、そうなると次男以下は長男に服従せざるを得なくなる。

 そして戦争が始まれば、長男が大将となり、次男以下は兵士と従軍した筈だ。戦死率は圧倒的に次男以下が高かった訳だし、戦争に勝っても長男が軍を指揮した功績があるために、大量の略奪品を手にすることができた筈だ。更に平時に於いても、長男は相続財産があるために、いきなり裕福な暮らしを実現できるが、次男以下は新たに狩猟地を開拓しない限り食料にすらありつけない生活になってしまうのである。

 しかし、文字の発明はこの兄弟関係を一変させてしまう。次男以下は第一次産業に従事しなくても、文字を学び、学問を修めてしまえば、その高い知能を使って生計を立てることが可能になるからだ。別に食料生産に従事しなくtも、商業でも工業でも食っていけるし、戦争になれば兵法を使って大将になることもできるし、軍師や将校になることもできるし、諜報員としても活躍することができるようになったのだ。文字を使うことで、狩猟採集経済では日影者だった者に才能を発揮するチャンスが巡って来たのである。

 これは日本の歴史を見ても、文字の使用こそが文明の始まりというのは、理解できる筈だ。縄文人たちは1万年以上に亘って縄文時代を営んで来たが、秦の始皇帝の勅命を受けて徐福一行が不老不死の薬を探しに日本列島に遣って来ると、縄文時代は終止符を打ち、いきなり弥生時代が始まり、僅か百年程度の短い期間で、日本全国に稲作が普及してしまったのだ。

 縄文時代では日本民族は末子相続であったために、家督を相続する末子だけが相続財産を継承してしまい、それ以外の兄たちは外に出て行くしかなかったのだ。しかし、そうやって日本全国に広まってしまうと、獲物自体が少なくなってしまい、縄文時代末期には恒常的な飢饉が発生し、人口減少が見られてしまったのだ。だが、弥生時代が始まると、飢饉は解消され、人口は爆発的に増えて行ったのである。弥生人が縄文人を征服して行くのに戦争は多々あっただろうが、その戦争によって文明的な征服が可能になったのである。征服された縄文人も、反乱を起こしたりしただろうが、かといって最早、縄文時代に戻ろうとしなかったのである。飽くまでも弥生時代の中で生きていくことにしたのである。

●文明は男系相続によって創りあげられるもの

 文字の誕生は女性の育て方にも大きな変動を与えた筈だ。どこの家族でも長女というのが最も健康的に生まれて来る。母親の方が育児の仕方が未熟なのに、なぜか長女は最も健康的に育って来る。しかもどこの父親も長女を可愛がる傾向にあるので、長女が結婚して行く時には、最も財産を費やした筈だ。結婚に当たって長女が優遇されるのは当たり前のことなのである。そうやって名家と姻戚関係を結んで、自分たちの家族を繁栄させようとしたのだ。

 しかし、次女以下は長女ほど優遇されないために、飽くまでも長女が死んだ場合のスペアとして用意され続けた。次女以下は家事労働に従事するのは当たり前のことであって、そうやって独身時代に扱き使い、結婚先もそれほど重要視されなかった筈だ。結婚して出て行ってくれれば、それだけ食い扶持が減ったので、逆に家族にとって有難いのである。

 もしも、その家族に男子が誕生しなければ、その家族の長女には婿取りをすることで、その家系を維持しなければならないという大役が課せられていた筈だ。婿取りをして、家督を継承してしまえば、次女以下の妹たちにとっては悲惨この上ない状況になり、長女に服従するを得ない事態になってしまうのだ。長女の一存で、次女以下の妹たちの命運が決まってしまうようになってしまうのだ。

 婿取りを何度も繰り返して行けば、その家族は女系家族になってしまう。女系家族というのは基本的に現状維持を目指すものだから、発展を止めてしまうものだ。女性らしく、みんなが和気藹藹としながら暮らすのであるが、新しい発明などは抑えられてしまうので、人口は多い癖に、文化レベルは低いという現象になってしまうのだ。

 古代文明というものは、そういった女系家族の部族を、男系家族の部族が征服することで成立し始めたのである。文明は男系家族によって創り上げられるものなのである。この当たり前の歴史的事実があるのに、文化人類学者たちは女系家族で暮らす部族たちを男系家族の部族と同じレベルで取り上げたりするのだが、女系家族の部族で文明を起こした部族は1つもないのである。事実、女系家族の部族はどれも文明以前の未開の部族たちだったのである。

 では、女系家族は消滅してしまったかというと、決してそうではない。女系家族は男系家族に征服され、文明の中に組み入れられることで生き延びたのである。日本でも旅館や料亭は女系家族が行うものだし、老舗の商家には婿取りを繰り返すことで生き延びた商家も多数存在するのである。

 しかし、支配階級は断然として男系家族の人々によって運営されるものなのである。天皇家だろうが、貴族だろうが、神職だろうが、名家であればあるほど、男系家族なのである。現在の皇室には男性の数が少ないために、女性にも皇位継承を認めてもいいのではないかと議論が起こったことがったが、天皇家の歴史を見れば、天皇家は首尾一貫として男系相続を繰り返してきたことが解るのである。女性が天皇になったこともあるが、それは飽くまでも繋ぎとしての役目を果たしただけで、天皇家は一度たりとも女系相続行ったことはないのだ。天皇家の皇位継承のことを詳しく知りたかったら、竹田恒泰著『旧皇族が語る天皇の日本史』(PHP研究所)を読んでいただきたい。この本は著者が旧皇族なので、天皇家のことには非常に詳しいし、正論を言っているし、しかも非常に解り易く書いてあるのだ。

●文字こそ全ての人々にチャンスを与えるようになった

 文字があればこそ、文明以前では日影者たちだった者でもチャンスが巡って来たのである。文明の中で暮らしていても、文字を知らなければ、チャンスを与えられることはないのだ。どんなに働いても、食い繋ぐのが精一杯の生活しかできないのである。文字を知っているからこそ、文明の中で生活を豊かにして行くことができたのである。

 でも、日本民族で庶民たちがすぐさま文字を習い始めた訳ではないのだ。文字など庶民の生活には不要だったからだ。では、一体いつ頃から文字を学び始めたかといえば、琵琶法師たちよって『平家物語』が語り継がれ、太平記読みたちによって『太平記秘伝理尽鈔』が講釈されることで、庶民たちが文字に興味を持ち始め、文字を習い出すようになったのだ。

 国文学者たちは世界で初めて女性によって書かれた『源氏物語』を称賛する傾向にあるのだが、国文学の古典の中で最も出来がいいのは、実は『平家物語』なのである。なぜなら、平家物語は琵琶法師たちが語り継いで来たものだから、非常に読み易く、劇的要素を大量に含んでいるからだ。この違いが解るためには、是非とも音読してみればいいのだ。音読してこの二つの古典を読むみ比べると、圧倒的に平家物語の方が優れているのだ。

 『太平記秘伝理尽鈔』は現代では忘れ去られた古典なのであるが、この古典は江戸時代に於いて武士たちのバイブルとして扱われた重要な古典なのである。『太平記』の解説書のような振りをして、実は政治学や軍事学や諜報学といった政治全般に関わる学術書のような本で、これを太平記読みの人々から講釈を受け、その後、学問に精進した武士が圧倒的に多いのである。

 『平家物語』や『太平記秘伝理尽鈔』といった優れた古典があればこそ、庶民たちは文字に興味を示し、江戸時代には寺子屋が整備されて、識字率が急激に向上して行ったのである。江戸時代というのは非常に文献の量が多過ぎて、なかなか江戸時代を全て網羅することのできる学者が出て来ないほど、文化レベルが高かったのである。庶民文化の高さとしては世界随一であったのである。

 この識字率の異常な高さこそ、近代化の大きな原動力になったのである。明治維新後、政治家たちはすぐさま全国に尋常小学校を整備し、庶民に対して初等教育を施しているのである。ということは、当時の政治家たちは教育の重要性が解っていたということなのである。この識字率の高さがあればこそ、日本は欧米列強に追いついてしまい、西ヨーロッパ諸国に対しては、完全に追い抜いてしまったのである。

 昭和憲法体制下では、教育が社会主義者やフェミニストたちに乗っ取られてしまったために、教育といいながら、子供たちを洗脳しよう躍起になっているものだ。そのために常時、教育現場では問題が発生し、しかもその問題を誰がどうやっても解決することができないでいるのである。地方自治体が最も多く注いでいるのは、実は教育費なのであって、それなのに、教育が失敗し続けているのである。

 現代では文盲が事実上いなくなってしまったために、文字の持つ威力を忘れてしまっている。そのために高校や大学を卒業してしまえば、学問を学ぶのは終わりだと思い込んでいる人々が跡を絶たない。自分が向上して行くために必要な学問は学ぶなり、研究するしかないのである。

 「貧乏人たちは学校に行く。お金持ちたちはセミナーに行く。」と言われるものだ。貧乏人たちが学校を操業して、それ以上の学問を学ぶことをやめてしまうからこそ、いつまでも貧乏なのである。お金持ちたちは学校に行くだけでなく、学校を卒業した後にセミナーに行くからこそ、裕福になって行くのである。セミナーは料金が高くても、それを上回る利益を得ることができるものなのである。

 それでは、この文字というものが、家族関係に一体どのような変化をもたらしたのか、これから見て行くことにしよう。これを知ってしまうと、今まで巧く行かなかった夫婦関係や育児や子育てが、一気に好転してしまうことになるのだ。まさか文字がこれほど家族関係に影響を及ぼしているなんて想像すら付かないことなのだ。

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