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「神の子としての自覚」と「子供を産まねば解らぬこと」

●宇宙の大生命

 人間は神の子である。神の子というのは「神の分霊」であるということである。我々人類の命は神から発したものであって、決してこの世に勝手に生まれ出て来たのではない。人間は一人で生きているのではなく、神と共に生きている。この大事な境地に立たつからこそ、人間は幸せな人生を歩むことができるのであって、神という存在を否定してしまえば途端に不幸になっていくのである。

 昔はこれが当たり前だった。だから貧しくとも幸せな人生を送っていたのである。しかし、現在は昔より豊かになったのに、神を否定し、自分が勝手気儘に生きる人々が跡を絶えないのだ。宗教を迷信だと決めつけるくせに、狂信的に科学を信奉し、神の子の存在を認めないくせに、人権や民主主義は無条件で認めてしまうのである。そういう悪行をやっているからこそ、結婚したのに夫婦で憎しみ合い殺し合い、親子で憎しみ合い殺し合うことになるのである。

 我々は宇宙の大生命たる神と共に生きているのであって、その霊的エネルギーが常に我が身に流れ込んでいるのである。それゆえ、自分は成長して行くことができるし、艱難辛苦が訪れたとしても、最終的にはそれを乗り越えることができ、前進して行くことができるのである。自分が成長して行って、或る段階に達すると、最早、一人では生きて行くことはできなくなり、運命の出会いを果たし、結婚をして子供たちを産んで行くのである。自分の生命が自分の枠の中に納まりきらなくなった時、人は結婚という選択肢を自然に選んでいくのである。

 赤ちゃんの方も、母親のお腹の中に居て、最早、お腹の居続けることができなくなった時、生まれ出て来るのである。陣痛促進剤を使って強制的に出産させたり、帝王切開手術をして赤ちゃんを取り出してしまえばこの赤ちゃんが持つ偉大な現象が解らなくなってしまうが、自然分娩をした母親たちなら、赤ちゃんというのは非常に小さな生命体のくせに、母親のお腹の中から飛び出して来るということが解り、それに感動するのである。

 生命というのは物質ではない。生命は低い段階から高い段階へと超越するエネルギーに満ち溢れているのであって、これが「生命の飛躍」と呼ばれる現象なのである。生命というのは現状維持に徹するのではなく、飛び上がって行こうとするからかこそ、生命はより高く成長して行くことができるのである。分娩を経験した産婦たちが、その出産の過程でその生命の飛躍を我が身で体感してしまうために、出産後に「生命の神秘が~」と騒ぎ出すのは、生命が自分の枠組みを超えた瞬間を見てしまったからなのである。

●霊魂は完全円満

 人間の生命というのは、宇宙の大生命から霊的エネルギーが流れ込んで来る以上、静止的なものではないのだ。常にダイナミックに満ちており、その霊的エネルギーを放出し続けているのである。現実の肉体が健康だろうが、病気だろうが、身体障害であろうが一切お構いなく、霊魂は完全円満であって、躍動し続けているのである。

 赤ちゃんを産めば解ることだが、赤ちゃんというのはエネルギーに満ち溢れているものである。赤ちゃんは理性に毒されていることがないから、お腹が空けば泣き出して母乳を求め、興味があるものなら手に取って舐めまくり、疲れたら眠ってしまう。まさに元気溌剌であって、これは人間の生命が持つ本来の姿なのだ。

 しかし、人間は高い知能を持っているがために、人間の理性が霊魂の発動の邪魔をするようになるのである。幼稚園児でも小学生でも無宗教や無神論を唱え来る子供はいない。だが、中学生辺りに成長期を迎えて知能が高くなって行くと、宗教を蔑ろにし、神を否定して来る連中が出て来るものなのである。如何に人間の理性というものが、人間が持つ霊魂の力を塞いでしまうかが解るものだ。

 人間が不幸の人生を歩んでしまうのは、霊魂の力を使わないからなのである。理性の力ばかり使って、理屈でこの世を割り切ろうとするからこそ、不幸が訪れて来るのである。理性の力を使って初恋ができるだろうか? 理性の力を使って結婚ができるだろうか? 理性の力を使って天職を見つけ出すことができるだろうか? 自分の人生に激変を走らせるものは、常に自分の理性を超えた所から遣って来るのである。確かに科学の発展のためには理性は必要だけど、理性だけでこの世を生きて行くことはできないのだ。

 無宗教や無神論を唱える人たちほど、貧乏だし、不幸だし、病気になっているものだ。自分の霊魂は完全円満なのだということが解っていないからこそ、幾ら働いても貧しくなってしまい、幾ら努力しても不幸になってしまい、幾ら健康に気を遣っても病気になってしまうのだ。自分の心の中から霊的なエネルギーが溢れ出て来ないのである。、

●神の聖慮を合わせる

 幸せな人生を歩みたいのなら、神をきちんと崇敬しておくことだ。結婚したのなら、家族全員で神を敬うことだ。この聖なる営みに異を唱えることは絶対に許さないことだ。家族の中で一人だけ神の怒りを買う者がいるのであるならば、自分たち家族に悲劇が訪れて来るのは当然のことだからだ。

 神を敬うということは、自分を謙虚にさせるということなのである。人間は神を忘れれば、傲慢にしかならないものなのだ。傲慢になってしまえば、愛する者を憎しみ、殴り、殺して行くのであ。常に暴力反対が唱えられ、刑法では暴力や殺人には刑罰を下すとしているのに、暴力や殺人は日常的に起こっているものなのである。それだけ人間は傲慢になってしまえば、悪逆非道なことを平気で遣ってしまう危険な動物なのである。

 自分が我儘になって生きるのではなく、神の聖慮に合わせて生きることだ。神の聖慮とは、あなたを謙虚にさせ、冷静沈着にさせ、自分たちの先祖の英知に耳を傾けつつ、自分の感性と理性と意志を用いて、神が定めた正しい道を歩んでいくことなのである。自分が勝手気儘に生きて行くのではなく、愛すべき人々と協力し合い、他人に奉仕し貢献することを求めているのである。

 神が人々に結婚を要求するのは、結婚すれば当然に神の聖慮に合わした生き方をせざるを得ないからだ。もしも結婚したのに我儘が抜けないのなら、途端に問題が起こって来る筈だ。如何に我儘な女性であっても、男性と結婚し、3人以上の赤ちゃんを産み育てて行けば、その我儘は消滅してしまうものなのである。

 結婚は結婚するまでが必死になるものだが、結婚してしまえば必死になることは殆どない。必死にならねばならぬのは育児であって、どの母親も育児をすれば身も心もフラフラになるものである。しかし、そういう試練を経るからこそ、自分の我儘が消滅して行くのである。その試練を経なければ、女性は我儘し放題で居続けてしまうものなのである。

●自分で生きているのではなく、神に生かされている

 傲慢なる人々ほど、自分は自分の力で生きていると思い込んでいるものだ。人間の赤ちゃんというのは、両親が育児をしなければ生きることができない生命体なのに、自分が親元を離れ、一人暮らしをしてしまうと、親の恩など奇麗さっぱりと忘れてしまっているものなのである。

 人間は自分で生きているのではなく、神に生かされている。結婚して赤ちゃんを産み育てて行けば、神の見えざる力を何度も垣間見ることだろう。夫も会社を経営していれば、神に助けられたとしか思えない不思議な現象に出くわしたりするものだ。神に生かされているということが解らないというのは、それほど真剣に生きていないということなのである。人間は真剣になって生きれば、神に生かされていることが解るものなのである。

 結婚した女性たちは不思議なことを言うものである、「うちの旦那は私の好みの顔ではなかった」「お腹の赤ちゃんがこの日に生まれるよと教えてくれた」「うちの子供が危険を事前に察知して、その危険を回避することができた」等々、理性的に判断すれば理解不能なことを平気で言って来るのである。

 人間は自分の思いを実現できることで幸せになれるが、自分の思いを超越して、自分の意にそぐわないものでも幸せに成って行くことができるのである。要は自分で一生懸命になって生きつつも、神が引き起こす不思議ね現象を素直に受け入れていると、自分が想定外の幸せが訪れて来るものなのである。

 人間は傲慢になってしまえば、この不思議な現象が起こらなくなってしまうのである。自分が謙虚になるからこそ、この不思議な現象に出くわすことができるのであって、結婚しても傲慢にならず、良妻賢母でいるのなら、幾らでも不思議な現象が起こって来て、幸せに成って行くものなのである。、

●赤ちゃんを産まねば、この世に生まれて来た理由が解らなくなる

 人間はその成長過程に於いて何度か反抗期を経験する。中でも10代に経験する反抗期は最大級のもので、その反抗を行うから、人間は親から自立して行くことができる。反抗期になっても反抗してこなければ、それはそれで問題なのである。自分の親から産み育てて貰ったのに、その親の恩に反する形で反抗して行くのだ。

 しかし、自分が自立できてしまえば、反抗は治まって行くものなのである。通常、親への反抗は自分が就職して働き出したら治まって行くものだ。所得を得られるようになったので、少なくとも経済的に自立できたからだ。後は親から精神的に自立することだけが残されており、男性だったら冒険旅行をすることで、女性だったら正しい恋愛をすることで、精神的自立を遂げて行くことだろう。

 そうやって自立を完成させてしまえば、運命の出会いを果たし、結婚して行くものなのである。自立の完成は独立の始まりなのである。自分一人で生きて行くことを思いっきり楽しんだからこそ、結婚して家族を形成して行きたいとおもうのである。人間が本当に生ききるためには、結婚することは非常に大事なことだし、妊娠や出産や育児はとっても重要なことなのである。

 赤ちゃんを産まねば、この世に生まれて来た理由が解らなくなる。結婚しない女性たちは、恐らく親から自立していく過程で、その自立が巧く行かず、いつまでも自分の親に対して思い残しをしてしまい、結局、精神的に親に従属し続ける生き方をしてしまうのである。親に反抗すべき時期に、きちんと反抗しておかなかったからおそ、自分の自立ができないという致命的な損害を被ってしまうのである。

 自立していない女性たちから見れば、結婚や育児は苦痛にしか見えない。だが、違うのである。自分の人生を楽しんでいるからこそ、結婚することもできるし、赤ちゃんを産み育てることもできるのである。勿論、時には夫婦喧嘩することだってあることだろう。育児が大変になってしまうこともあることだろう。しかし、それらを遥かに上回るものを、結婚や育児は与えてくれるのである。自分が勇気を出してやってしまえば、大儲けができるからこそ、続々と結婚する男女が現れ、赤ちゃんを産む夫婦が現れて来るのである。、

●人が生きるということ

 人間は本当に生きていれば、妊娠や出産や育児といった営みを止めることはできない。人間は神によって常に成長して行くことが定められており、神の聖慮に従って素直に成長して行けば、結婚して、妊娠し出産し育児をし出すものなのである。神は人々を繁栄させようとしており、人々が繁栄して行くためには、結婚し、赤ちゃんを産み育てて行くことが絶対に必要なのである。

 戦後、日本では無宗教や無神論を唱えて来る人々が多く出て来たために、折角、戦後復興を成し遂げ、経済大国になれたのに、結婚する男女が減少し、少子化になってしまった。そのために経済は減速し、人々は貧しくなってしまい、自分たちの生活がままならないから、政府に頼って救済措置を願うまでになってしまった。結婚しないからこそ、赤ちゃんを産まないからこそ、こういう悲惨な事態になってしまったのである。

 人間としての最低限の義務は、「命を継承して行くこと」にこそあるのである。自分はこの世に勝手に生まれ出て来た訳ではなく、親から生まれて来たのである。だから、自分も結婚して赤ちゃんを産むことで、その命を継承して行かなければならないのである。命の継承をせざる者は、如何なることをしたとしても、人間として最低限の義務を果たしていないことになるのである。

 そして、人間としての最高の義務は、「結婚や育児や子育ての中で成長して行くこと」なのである。人間は結婚して一人前であって、結婚しなければ一人前だとは看做されない。結婚して行けば、自然と配偶者と協力し合わなければならないので、結婚を通じて成長して行くことが可能になるのである。育児や子育ても乳幼児や児童たちを育てて行くことで、自分たち夫婦が押し上げられるような形で成長して行ってしまうものなのである。

 自分たち夫婦は2人だけど、子供たちが3人以上いるからこそ、その家族は繁栄して行くことができるのである。子供が一人なら家運は衰退していることであり、子供が2人なら現状維持である。家族が繁栄して行くためには子供の数は3人以上にならねばならぬのである。子供の数が多ければ、それだけ子供たちを世界各地に派遣することができ、そうやって世界レベルで繁栄して行くことができるようになるのである。

●過去を継承し、未来を作り出して行く力

 人間は保守的な生き物なのである。新奇な物よりも、古き良き物を好むものなのである。食生活に於いても、伝統的な料理を食べていれば健康でいられるが、伝統料理を蔑ろにして、海外から遣って来た料理を食べ続けていれば、病気になってしまい、早死にしてしまうものなのである。人間の体自体が伝統料理に慣れており、或る程度までなら海外の料理を受け入れても、伝統料理を捨ててしまえば、途端にその弊害が出て来るものなのである。

 人間の考えにしても、先祖の偉業を見習い、先祖の英知に耳を傾けることだ。自分が勝手気儘に歩くのではなく、自分の足並みを先祖の歩調に合わせることだ。過去を継承して行けば、自然と我々が進むべき道は見えて来るものなのである。過去を否定し、自分の考えを後生大事にしても、優れた生き方はできないし、そもそもいいアイデアが浮かぶこともないのだ。

 結婚したのなら、家族全員で墓参りすることだ。亡くなった先祖の話でもして、自分たちの家族が伝えて来た英知をきちんと子供たちに継承させていくことだ。できれば家系図を作り、どのように生きて行けば家族が繁栄できるのか、しっかりと教えて行くことだ。そうすれば子供たちは大きくなった時、立派な人生を歩むようになり、家族を繁栄させていくことができるのである。

 不思議なことに、過去を継承することは、未来を作り出す力を与えてくれる。過去を否定しても、未来は作り出せないものなのだ。自分たち家族は先祖代々こういうことをして来たから、その子孫たる我々が取るべき行動は既に限定されており、それをやってしまえば、大成功を収めて行くものなのである。、

 繁栄している家族はどれも先祖祭祀をきちんと行っているものだ。先祖祭祀を蔑ろにすると、大抵3代目で絶家してしまうものだ。家族というのはそういうものなのである。個人の力を剥き出しにしていまうと、確かに一時的に繁栄することはできるが、確実に滅んでいってしまうのである。それほど我々は過去にどっぷりと浸かりながら、ゆっくりと歩いているに過ぎない動物なのである。

●あなたの答えはあなたの心の中にある

 人間はきちんと独立を果たしていないと、自分の外界に答えがあるのではないかと思ってしまう。ビジネスをするにしても、現実的になれば儲けることができるだろうと思ってしまうし、恋愛をするにしても、相手が何かしてくれることで幸せになれるだろうと思ってしまう。しかし、そういう生き方ではいずれ行き詰まって行くものなのである。

 外界の中に答えを求めるのではなく、自分の心の中に答えがあるのである。自分がきちんと独立してしまえば、唯物論なんて馬鹿らしい哲学に過ぎないことが解るものなのである。独立するということは、唯物論から唯心論へと転換することであって、即ち、自分の考えていたことが、外面の現象となって現れて来るということが解るようになるのである。

 結婚して、自分たち夫婦はこういう家族を築き上げたいと思えば、それが全くその通りに実現して行くのである。子供たちをこういうふうに育てたいと思えば、子供たちは全くその通りに育って来るものなのである。外界がどうのこうのは関係ないのだ。あなたが思い描くことが、実は最も重要なのである。結婚したのに、日々の生活に追われてしまい、何も考えなかったら、恐らくお金に追われるだけの人生になってしまうことだろう。結婚したからこそ、あなたが自分たち家族の未来像を築き上げるからこそ、その未来像が現実のものと成って来るのである。

 育児や子育てにしても、その答えを外界に求めていては、幾ら育児や子育てを研究した所で、何も解らないことだろう。嘘だと思うなら、学者たちが作った育児書を見てみればいい。確かに育児や子育てに関する知識は大量に載っていても、それで育児や子育てが解ったとは言えないのだ。

 赤ちゃんを初めて産んだ時、どの母親も感動に包まれるものだ。あの感動があるからこそ、育児や子育てが辛くても、それにきちんと耐えやってのけてしまうのである。確かに育児の知識は必要ではある。しかし、それは飽くまでも母親たちの手助けに使われるべきものであって、母親たちの地位に取って代わるものはないのだ。幾ら学者の方が育児の知識が豊富だからといって、いつまでも母親たちを指導していては、その母親たちから独立自尊の気概が失われてしまい、結果的に育児が巧く行かなくなってしまうのである。

 この『幸せ色の出産ラブストーリー』にしても、これを全て読んで、育児や子育てのことが全て解ったという母親たちが出て来たのなら、その母親たちは大間違いをしている。俺が育児や子育てのことを散々調べたけれども、解らないことは多々あるのである。自分が出来たことは育児や子育ての基本的なことを多少は解明できた程度なのである。

 赤ちゃんは生まれる前に、霊的な雲の上に一体いつから居たのか? その前にはどこに居たのか? 胎児教育は確かに効果があるけど、それは脳に一体どのような影響を与えるのか? 出産後に母子を一緒にさせると母親は赤ちゃんの意思表示が解るのに、一度でも切り離してしまうと、どうして母親は赤ちゃんの意思表示を聞きとれなくなってしまうの? 等々、疑問点を挙げて行けば切りがないほど出て来るものなのである。

 育児や子育てをきちんとした母親たちほど、育児や子育てに関する疑問を多々持ってしまうことだろう。幾ら自分が育児や子育てをしても、全てを知り尽くせないほど、育児や子育ては奥が深いものなのである。育児や子育てのことを全て知っているなどと自惚れている母親たちは、まともに育児や子育てをしてこなかったからこそ、そういう無責任なことが言えるのである。

 でも、育児や子育てを経験したのなら、あなたの答えはあなたの心の中にあるのだ。それは「自分の子供たちが健康に育ち、幸せになって貰いたい」ということである。母親がその基本的な願いを持って生きていれば、子供たちはその通りに育って来るものなのである。子供たちは様々なことを仕出かしつつも、きちんと母親の期待に応えて来るものなのである。

 育児や子育ては、子供たちが自分の元を離れてしまえば、一応、終わりを告げることになるのである。そしてその子供たちが結婚し、新たな命を産むことで、自分たちの結婚や育児や子育てが正しかったことが解るのである。自分たちの結婚や育児や子育てに何かしら重大な問題があれば子供たちは結婚しないし、結婚したとしても赤ちゃんを産んで来ないものなのである。自分が産み育てた子供たちが結婚し、赤ちゃんを産んでくれれば、その時、自分は母親として立派なことをし続けたんだということなのである。その感動は立派な母親にしか訪れないものなのである。だからこそ、その感動をきちんと受け止め、感謝をすることだ。その感動の涙こそ、新しい命には必要なのである。

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コメント

タマティーさんの記事はすごく考えさせられる事が多いです。確かに先祖と子孫は繋がっていて命は受け継がれていると思います。私は自宅で祖母を看取った経験があり老衰でした。みんなに見守られて最後に大きな息を吸って亡くなったのです。小学3年生くらいでしたが、人はこうして亡くなるんだ…って悲しさと何とも言えない感情があったのを今でも覚えています。私の場合は出産より死を目の当たりにした時命の尊さを感じました。
死んだらかわいそうだからと子供に犬など飼う事を禁止する親もいるそうですが私は、そうゆう感情はすごく大切だと思います。
亡くなった祖母がいつもゆっていました、私の子供に産まれておんぶしてもらうって。それが長女だと思うのですが。なんだかしんみりした話で申し訳ありません(笑)そうゆう経験が自分の出産に繋がっているように思えます。

投稿: さえ | 2010年2月 5日 (金) 09時42分

 さえさん、その直感は正しいと思った方がいいですね。
 お婆ちゃんは「子供に生まれ変わって、おんぶして欲しい」というのに、それをさえさんが長女だと直感するのは、科学的にはなんの証明もないけど、それは霊的には正しい可能性が正しいので、余り疑いを持たず、信じてしまった方がいいです。
 それと長女を連れて墓参りしておくべきです。墓参りすることで、霊的な繋がりを確保しておいた方がいいです。
 
 人間は死というものを覚悟するからこそ、生を満喫することができます。
 死を覚悟しないと、人は平気で堕落して行きますからね。
 子供には死の瞬間をしっかりと見さしておくべきですよ。
 考えてみれば、童話といのは、結構、人が死ぬシーンが出て来ますからね。ああいう話を聞くからこそ、子供は死をイメージできて、まともな子供に成長して来るんでしょう。

 後、長女と次女のことについてアドバイスしておきます。
 長女というのは、どこの家族で育っても、責任感が強く、感情はストレートで、下の子供たちへの配慮がきちんとできるものです。
 それに対して、次女というのは、責任を巧く逃れようとするし、感情表現にワンクッションあるし、結構、自己中心的に動いてきますからね。
 そのため、母親が直接に次女に手を出してしまうと、どうも悪戦苦闘するみたいです。
 松本ぷりっつさんの『うちの3姉妹』でも、母親は次女には手古摺っていますからね、
 長女あっての次女なんであって、母親はまずは長女との関係を良好にし、その上で次女との関係も良好にしておくべきですよ。
 長女がお婆ちゃんの生まれ変わりなら、尚更きちんと大切に育てていくことですよ。
 

heart04 happy01 heart04 happy01 heart04 happy01 heart04

投稿: タマティー | 2010年2月 6日 (土) 06時59分

そうなんです。祖母だとは長女が産まれた時から分かっていたのですが忘れてしまうんですね〜。昨日の記事で心新たにする事が出来たのでありがとうございます。大切にしなければいけないと思いました。
確かに私も次女なので解るのですが責任感などありません(笑)マイペースです。うちは弟のいる次女なのでまだ面倒見がいい所もありますけど。歳が近いせいもあり娘二人が対等になっているのがまずいのですかね…。アドバイスありがとうございます。

投稿: さえ | 2010年2月 6日 (土) 14時24分

素晴らしいブログを読ませていただきありがとうございます。
これからも更新頑張ってください。

投稿: 出会い盛り | 2010年2月 9日 (火) 18時18分

 「出会い盛り」さん、コメント有難うございます!

 ハンドルネームからして出会い系サイトの勧誘ではないかと恐る恐るブログを見させていただいたら、全然違うみたいだってです。(笑)&(冷や汗)
 ゴルぺルをやっているみたいですね。
 しかも、作曲まで!
 凄いですね。

 タマティーは昔、作詞の方はしたことがあるのですが、いい歌に限って、自分で作っているもんじゃないんですよ。
 自分の心の中から湧きだして来るんです。
 神様から「この歌を書け!」と言われて書いているようなもんです。
 だから、自分の心が頑なになってしまうと、いい曲は作れないと思います。
 これは自分の経験上から言えるのですが。

 ゴスペルは様々な曲があるように見えて、実は歌っている内容って、ごく僅かしかないので、その内容からブレないことですよ。
 自分が「これは凄い!」と思う曲があるなら、その曲を何度も聞いてしまうことです。
 そしてその曲に飽きたら、今度は自分が新しい曲を作ればいいんです。
 余り深刻にならずに、リラックス! リラックスス!

投稿: タマティー | 2010年2月10日 (水) 06時55分

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