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子供の好き嫌い

●母親を悩ます子供の好き嫌い

 母親を悩ますものに、子供の好き嫌いがある。食べ物に関して好き嫌いの激しい子供がいると、食事をする際に母親を翻弄して来るので、本当に困るものなのだ。しかも子供の好き嫌いを受け入れてしまうと、子供中心に料理を作らねばならず、とてもではないが栄養バランスを確保することができなくなるのだ。

 子供が好き嫌いをして来た場合、その食べ物に関しての好き嫌いを真面目に受け取ってはならない。殆どの子供の場合、実は子供にとって「母親の母性愛が不足している」からこそ、子供は母親の母性愛を得る手段として好き嫌いを言って来ているにすぎないのだ。ここを見破らないと、後は子供に主導権を奪われっぱなしになってしまうのだ。

 どうしてこんなことが起こるかといえば、子供が食事を自分で取れるようになると、途端に自治領域が拡大するので、母親が子供に手を出す機会が減少するのだ。それは子供が成長しているということで微笑ましいことではあるのであるが、子供にとっては今まで母性愛を大量に注がれていたのに、途端に母性愛の量が減少して来るので、不安になってしまうのだ。

 しかも母親は子供が自立などしていないのに、子供が自分で食事できるようになったら、それが自立した証と勘違いしてしまい、母性愛を出さなくなってしまうのだ。自立というのは小学校を卒業してから起こるものであって、幼児の段階では絶対に自立することはないのだ。それなのに母親が子供を自立したと思い込んでしまうからこそ、子供は母親に反抗する形で食べ物の好き嫌いを言って来るのだ。

 それゆえ、母親は絶対に自治領域の拡大を自立とは勘違いしないようにし、子供が食事をし始めても、きちんと母性愛を注ぐことだ。子供とベタベタしたり、子供と一緒に遊ぶというのh、想像以上に大事なことなのだ。子供が喋れるようになっているからといって、子供を「小さな大人」だと決して思わないことだ。子供は子供だし、母親の愛情をたっぷりと必要とする時期なのである。

●食事の量そのものが多い

 子供の好き嫌いが多い場合、物理的原因としては食事の量そのものが多いということがある。母親が子供の成長のためだと思ってはりきってしまい、食事の量を多く出し過ぎると、その思いとは裏腹に子供は好き嫌いをすることで、食事の量を調節しようとするのだ。子供は胃袋が小さいために、それほど多くの量を食べられないのであって、食事量を制限するために好き嫌いを言い出して来るのだ。

 まず家族全員が揃って食事をする際は、両親に多くオカズを分けてしまい、子供は飽くまでもお裾分け程度の少ない量にさせてしまうのだ。両親が大量にオカズを食べていれば、自分には少ない量のオカズしかないので、それをしっかりと食べざるをえなくなるのだ。絶対にやってはならないのは、親と子供のオカズの量を平等にしてしまうことだ。これをやると、子供はオカズを得られるのは当然だと思ってしまい、途端に好き嫌いを言い出して来るのだ。

 母子で食べる場合、母親の食事の量を多くし、子供の量は少なくすることだ。それと母親が食事に手をつけるまで絶対に子供には食事に手をつけさせてはならない。子供を優先させ、母親の食事の量が少ないと、子供は自分こそがこの家の主人だと勘違いしてしまい、母親を服従させるために、好き嫌いを言い出して来るのだ。母親が1口ご飯を食べてから、やっと子供は箸を手にして、食事を食べることができるようにさせるのだ。

 子供にとってオヤツというのは、かなりの量になってしまうものなのである。そのためオヤツの量が多いと、食事の時間になってもお腹が空かないために、好き嫌いを言って来るのだ。子供が好き嫌いを言うようであるなら、絶対にオヤツを与えないことだ。オヤツなど母親が買い物の際に買わなければ、自宅に存在することなどなくなるものなのである。

 食事を食べたのなら、とにかく外で遊ばせることだ。外で思いっきり遊ばせれば、エネルギーが消費されるので、食事の時間になれば、当然にお腹が空くのだ。その状態で食事を出せば、好き嫌いなど1言も言わずに食べるものなのである。子供を自宅の中に置いておくからこそ、子供はお腹が空かず、好き嫌いを言い出して来るようになるのである。

●野菜の臭い

 子供が嫌いな食べ物の代表格に「人参」や「ピーマン」というものがあるのだが、これらの野菜は大人にとってはなんにも感じなくても、子供にとっては臭いと感じてしまうのだ。子供の嗅覚や味覚は大人の嗅覚や味覚よりも遥かに機能が上なので、臭いのある野菜を臭いと感じ取ってしまい、それで臭いのある野菜を食べなくなるのだ。このため臭いのある野菜に関しては、その臭いを巧く消すという料理法が必要となって来るのだ。

 人参は「リンゴ人参ジュース」にして、リンゴの力によって人参の臭いを消してしまうことだ。このジュースはリンゴと人参をミキサーにかければ出来上がりだ。それと人参を細かく刻んで炒飯にするのもいいし、人参の天麩羅を作ったりして、油の力で人参の臭いを消し去ってしまえば子供は好き嫌いを言うことなく食べるものなのだ。

 ピーマンは野菜の中でも子供にとって非情に臭い食べ物なので、絶対にサラダにして出さないことだ。ピーマンは油の力を使って臭いを消すという作業を基本とすることだ。ピーマンの天麩羅もいいし、ピーマンに挽肉を詰めて油で揚げれば、臭いなど消え去っていくものなのだ。

 子供が好き嫌いを言わないように、子供に農業体験をさせてみることだ。子供にとっていきなり見知らぬ野菜が食卓に遣って来るからこそ、好き嫌いを言ってしまうのであって、農業体験をして、野菜が育つ所を見れば、野菜に対して好き嫌いを言い出さなくなるものなのである。

 子供が野菜に関して好き嫌いを言ってきた場合、それは母親の母性愛不足が原因であることもあるが、母親の料理が下手だということもあるのだ。料理本を読むなり、料理番組を見るなり、お料理教室に通うなりして、自分の料理の腕を上げることだ。料理の基本が出来てないと、巧く出来たとしても、なんとなく不味いと感じてしまうものなのである。

●釣られ食いを引き起こす

 子供には絶対に1人で食べさせないようにすることだ。母親はどんなに忙しくても、食事の時間だけは子供と一緒に取るようにすることだ。そして家族全員が揃ったら、父親を頂点に据えて、父親がいるからこそ食事を取ることができるのだということを教えることだ。妻が夫を蔑ろにしていると、子供も母親の姿を見習って父親を蔑ろにし、次いでは母親をも蔑ろにしてくるのだ。

 時には家族全員で墓参りに行き、子供に御先祖がいたからこそ、自分がこの世に存在できるだということを教えることだ。どんなに好き嫌いの激しい子供でも、墓参りをさせると好き嫌いが治まるものなのである。その夫婦がどこか傲慢な所があると、墓参りには移行としなくなるので、その傲慢さを子供が感じ取ると、得体の知れない好き嫌いを開始して来るものなのである。

 食事は基本的に家族と一緒にするものであるが、かといっていつも家族だけで食べないようにすることだ。たまには夫の実家や妻の実家に行って、我が家で食べる料理とは違う料理を食べる機会を与えることだ。それとママ友同士で昼食会を開いて、ママ友1人ずつが1品持ち寄ってくれば、結構な昼食会になるものなのである。

 子供にとっては他の子供が好き嫌いをすることなく食べているのに、自分だけが好き嫌いを言っているというのは、結構恥ずかしいものなのである。だからこそ家族以外の子供たちがいる所で食事をすると、それい釣られて嫌いなものでも食べてしまうのだ。この「釣られ食い」こそ、食べ物の好き嫌いをなくすものなのである。

 子供の好き嫌いは絶対に認めないことだ。子供がこれをやると食事の時間が長くなるし、無駄な手間が必要となってきて、母親を疲労させるものなのである。その好き嫌いに対症商法を施すのではなく、一刻も早くその裏にある物に気付くことだ。それは母親の母性愛不足であったり、料理が下手ということであるのだ。自分が母親として成長していないからこそ、子供が好き嫌いをすることで、その異常さを教えてくれるのだ。母親が自分を変えて成長してしまうと、子供の好き嫌いはピタリとなくなるものなのである。

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