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娘に読ませたい本『赤毛のアン』

●誰も原作を読んだことのない『赤毛のアン』?

 先日、ふとしたことから『赤毛のアン』の話になってしまった。その際、俺は「我が家では『赤毛のアン』を放映している時に、父親が自宅がいると野球中継に変えられてしまって、『赤毛のアン』のストーリーがイマイチ解らない」と言ったら、なんと女性たちは「私も話が良く解らない」と言って来たのである。

 それもその筈、『赤毛のアン』が放映された時は、俺の年代はまだまだ子供で、アンの年齢にすら達していなかったからだ。そのため、アニメで放映されて、それを見たとしても解らない訳だ。あのアニメは俺よりも上の年代の女の子たちが見て人気を博したのである。因みに、『赤毛のアン』の次に『トムソーヤの冒険』が放映されたので、俺はそのアニメに関しては話をしっかりと覚えている。

 そこで『赤毛のアン』の原作が一体どのようなものなのか気になったので、読書家の女性に話を聞いてみた。すると「孤児だったアンがマニラに引き取られて」まではいいのだが、その後の話がイマイチ解らなかった。明らかに物語の内容を忘れてしまったみたいだ。読んでいても覚えていないのだ。

 仕様がないので、俺は早速『赤毛のアン』を読むことにした。調べてみて驚いたのは、『赤毛のアン』はなんと全10巻もあるのだ。こんなに大量にあるとは思わなかった。『赤毛のアン』の第一巻は原作名を『グリーンゲイブルズのアン』と言う。グリーンゲイブルズとは「緑の妻切屋根」という意味で、その家がアンの引き取られたカスバート家のことなので、アンとカスバート家の人々の話であるのだ。『赤毛のアン』という翻訳名は奇麗な翻訳名ではあるけれど、この題名だと赤毛のアンだけの話に勘違いしてしまうのだ。

 『赤毛のアン』の粗筋は、孤児だったアンが、マニラ・カスバートに引き取られ、マニラに養育されていくお話である。マニラの冷たい性格と、アンのポジティブな性格がぶつかり合って、マニラは性格を温かにものに変えて行くし、アンも賢い女性に成長して行く。学校では優秀な成績を取ったために、進学クラスに入り、師範学校のクィーンズ学院へと進学して行く。クィーンズ学院でアンは優秀な成績をとってエヴァリー奨学金を貰い、大学に進学できるようになる。しかしアンはマニラの兄のマシュウの死を切っ掛けに大学進学を諦め、マニラを助けるためにグリーンゲイブルズに留まるというお話なのである。

●文学作品としての『赤毛のアン』

 『赤毛のアン』は少女が主人公だし、作者も少女向けに書いたために、児童文学と見てしまうのだが、児童文学と見るからこそ問題なのである。これは歴とした文学作品であって、文学好きの少女がハチャメチャを引き起こすからこそ、大人が読んでも面白いのである。翻訳の際、児童向けに平仮名を多く使ってしまうと、大著になってしまい、原作の良さが全く解らなくなるのだ。原書は253頁なので、子供であっても気軽に読める本になっているのだ。ところが、掛川恭子の日本語訳だと469頁になってしまい、子供が読むには重たい本になってしまうのだ。

 『赤毛のアン』は「お喋り小説」という新しいジャンルを作って、そこに入れてしまいたいほど、アンのお喋りが抜群に冴えているのである。アンのお喋りを削ってしまうと、この小説は半分以下の量で済むようになるのだ。小説の中で物語が進行して行くと同時に、アンの空想が同時に進んでいくからこそ、この小説は非常に面白いのだ。

 アンはただ単にお喋りをしている訳ではないのだ。シェイクスピアなどの文学作品を踏まえて喋っているのである。だから10代前半の小娘が喋るにしてはませており、でも10代前半の小娘が喋るからこそ愛嬌があって面白いのである。『赤毛のアン』は読者に文学の教養があれば、笑えて笑えて仕様がない小説なのである。

 原作ではアンは赤毛で痩せ形の女の子と紹介されているために、そのような姿を想像してしまうのだが、これだけ空想力があるためには、多少太っていなければならないのだ。痩せた女の子ではこれほどまでの空想力を持つことはできないものなのだ。それを展開できるだけの脂肪がなければ、アンの空想は出て来ないのだ。矢張りこれは原作者のモンゴメリが10代の頃の姿を基準に考えるべきで、そうするとアンは痩せ型の娘ではなく、少し肉付きのいい女の子になるのである。空想力豊かな女の子は肉付きがいいものなのである。

 困ったことに、『赤毛のアン』の翻訳者たちはただ単に児童文学として捉えてしまったために、この『赤毛のアン』の面白さが解っていないのだ。だから読者にこの本の面白さが伝わらないのである。アンがただ単に文学作品を引用してきたのなら、なんの面白味もない。しかしアンは文学作品を引用しつつ、それにアン自身の空想を付けて喋っているからこそ、有り得ないほどに面白いのである。

●モンゴメリの育った環境

 俺は『赤毛のアン』を読んでみて非常に面白かったので、この作者であるルーシー・モード・モンゴメリの育った環境を調べたくなった。モンゴメリは1874年11月30日にカナダのプリンスエドワード島に生まれている。モンゴメリが1歳9ヵ月の時に母親が結核で死亡している。その後、モンゴメリの父親はアンを妻の祖父母に預け、そこで育てられることになる。モンゴメリがアンを孤児にしたが、モンゴメリも孤児に近い生い立ちを持っていたのだ。

 祖父母は長老派教会の信者であるために、非常に厳格で、モンゴメリは祖父母が行う宗教的抑圧と自分の感情の間で、激しく揺れ動く少女時代を過ごすことになる。この祖母こそがマニラの原型で、時折祖母の家に訪れる父親がマシュウの原型なのである。アンとマニラの遣り取りが非常に巧く書けているのは、実際に祖母との遣り取りがあったのである。またマニラとマシュウが妹と兄なのに一緒に暮らしているという不思議な関係も、祖母と父親をモデルにしたからなのである。

 少女時代のモンゴメリはお転婆娘で、親戚の男の子たちと良く遊んだようである。一流の女流作家は子供の頃、みなお転婆娘だった。子供の頃に読書ばかりの文学少女だったというのは皆無なのである。矢張り子供の頃は外で充分に遊んでおかないと、体も脳もきちんと成長して来ないのだろう。

 祖父母が長老派教会の信者なので、子供の頃から聖書を読んでいたようである。モンゴメリが9歳以降、本を本格的に読み始めるようになった。長老派教会の家らしくバニヤンの『天路歴程』を読んでいる。それからスコットランドの代表的な作家であるウォルター・スコットの小説も読んでいるのだ。自宅には本が少なかったために、読んだ本を何度も何度も繰り返し読んだようである。これが後に作家になった時、大いに役立つことになった。

 それから祖母が読む婦人雑誌を良く読んでいたようで、雑誌の連載小説を熟読していたために、モンゴメリの小説は物語展開が非常に巧いのである。カナダの雑誌は第一次世界大戦後に急激に低俗化してしまうので、モンゴメリの後にカナダから出来のいい作家が出て来なくなってしまうのだ。モンゴメリは生まれた時期が非常に良かったのである。

●不当におとしめられた『赤毛のアン』

 『赤毛のアン』は発売当初から、カナダ本国だけでなく、アメリカでも、イギリスでも爆破ッ的なヒットをすることになった。日本でも翻訳されると爆発的にヒットすることになった。『赤毛のアン』の児童文学の中で少女が読む物に関しては最高峰に位置するものであり、文学作品としても価値が高い作品だからだ。いい物は必ず売れるものなのだ。

 しかし『赤毛のアン』が売れるのにはもう一つ訳がある。それは社会主義国や社会主義の影響の強い国で受けるという現象だ。『赤毛のアン』では、「自助努力」を賛美しており、モンゴメリはアンにこう言わしている。

 「私はやれることはやったんだし、≪努力の喜び≫とは何かが解り始めたの。努力して勝利を得ることはいいことよ。でも、その次に良いことは、努力して落ちることなのよ。」と。

 社会主義が強くなると必ず自助努力が罵倒され、社会が悪いのであって、社会を改造すればいいという考えになってしまうのだが、モンゴメリはそれに反対意見を唱えているのである。

 日本で『赤毛のアン』が受けたのは、国内で社会主義勢力が強かったからであり、学校では日教組がいたからなのである。当時、学校では平等教育が盛んに行われていたのであって、その時期に『赤毛のアン』を読んだ女の子たちはアンの言っていることや遣っていることに深い共感を覚え、喝采を送ったことだろうし、だから日本には根強いファンが居続けているのである。

 社会主義者は絶対に『赤毛のアン』を評価しないが、それに続くフェミニストたちも『赤毛のアン』を評価しない。なぜなら『赤毛のアン』でモンゴメリは、女性が自立するためにはどのように行うべきか、きちんと説明しているからだ。学校でしっかりと勉強し、職業につくことであり、、そして父親から離れて行くことであるとしっかり指摘しているからだ。『赤毛のアン』がマシュウの死でラストを迎えるのはそのためなのである。フェミニストたちが主張するように、女性が自立するためには、社会を改造することなど、『赤毛のアン』を読んでいれば、絶対に必要のないことなのだ。

 だからこそ、フェミニズムが強くなると、『赤毛のアン』は抹殺されてしまう。丁度、社会主義が強くなってくると、サミュエル・スマイルズの『自助論』が抹殺されたように、『赤毛のアン』も抹殺されてしまうのである。それゆえ学校の教師たちにフェミニストたちが増えて来ると、『赤毛のアン』は否定されてしまい、「『赤毛のアン』なんて知らない!」という女の子たちが出て来てしまうのである。

●なぜ女性たちは『赤毛のアン』を卒業してしまうのか?

 文学というのは、実はナマモノなのである。小説の中にはその年代でしか読めない作品というものもあるのだ。児童文学などは自分が児童の時だったからこそ、面白いと思えるのであって、自分が成長してしまえば、卒業して行くものなのである。『赤毛のアン』はアンが11歳から16歳の間の物語なのである。初恋を経験する前の女の子の物語なのである。だから初恋を経験する前に『赤毛のアン』を読めば物凄く共感できるが、初恋を経験してしまえば、『赤毛のアン』から卒業して行ってしまうのだ。それだけ初恋は女の子にインパクトが大きく、女の子を激変させてしまうのである。

 自分が初恋を経験してしまえば、アンとギルバートの関係はおかしなものに写ってしまう。ギルバートは明らかにアンに好意を寄せているし、アンもギルバートに対して憎しみから愛情へと変わりつつあるのだが、だからといってこれが初恋になる訳がないのだ。普通だったら、ギルバートとの関係は、アンの成長と共に終焉を迎え、アンは他の男性と恋に落ちる筈なのだが、その後の展開ではアンはギルバートと付き合い、結婚してしまうことになるのだ。これはモンゴメリ自身がちゃんとした恋愛をしていないからこそ、恋愛を空想の中でしか捉えることができなかったのだろう。

 もしも読者が大きくなったというのに『赤毛のアン』を卒業できなければ、その読者は友情も恋愛も不発だったということなのである。大人になってもアンフリークになって、わざわざプリンスエドワード島にまで行くようになったら、もうお仕舞である。自分がちゃんとした友情を育み、トキメクような恋愛をしたのなら、『赤毛のアン』から卒業して行くものなのである。それが児童文学の宿命なのである。

 それゆえ、自分が母親になった時、娘のために『赤毛のアン』を購入して、娘に読ませればいいのだ。その際に、自分も改めて読んでしまえばいい。そうすれば『赤毛のアン』の素晴らしさが解って来る筈だ。自分が大人になって『赤毛のアン』を読んでみると、子供の頃には解らなかったものまで見えて来るものなのだ。

 例えば、アンが住んでいる「エイヴォンリー」という村は、実はシェイクスピアの生まれ故郷「ストラッドフォード・アポン・エイヴォン」から取ったものだと解れば、『赤毛のアン』はシェイクスピアの土台の上で物語を展開させていることが解るようになるのである。それもその筈、モンゴメリは『赤毛のアン』を執筆する前に、シェイクスピア全集を購入し、暗唱できるほどにまで読み込んでいたのである。

 アン・シャーリーという名前にしても、「シャーリーって一体何?」と疑問を以て自分で調べてみればいいのだ。シャーリー(sharley)とは、シャーリング(sharring)から来た言葉で、シャーリングとは日本語で「飾りひだ」という意味である。アンは物語の中でマシュウからシャーリングの付いたスカートをプレゼントされるのだが、これがアンにとって子供から大人へと変えて行くことになるのだ。マシュウは地味な存在でありながらアンの成長に欠かせない人物なのである。だから『赤毛のアン』自体が、マシュウが孤児であるアンを駅に迎えに行く所から始まり、マシュウが死ぬ場面で終わるのである。

 そう考えてみると、『赤毛のアン』は非常に面白い作品なのである。子供であるなら、『赤毛のアン』だけを読んでいればいい。しかし母親なら『赤毛のアン』だけでなく、モンゴメリが書いた他の作品を読んでみるべきだし、シェイクスピアの作品にも手を伸ばしてみたりすればいい。そうすれば幾らでも面白くなるものなのである。

※『赤毛のアン』関連本の紹介

 『赤毛のアン』の翻訳のスタンダードとしては掛川恭子さんが翻訳した『赤毛のアン』(講談社)だ。まずはこの翻訳を読んでおくべきだろう。この翻訳を読めば、俺が悪い翻訳といっているのが解ると思う。『赤毛のアン』を児童向けに平仮名を多用してはならないし、翻訳者自体がこの作品の文学的価値が解っていないのだ。掛川恭子さんはプリンスエドワード島がモンゴメリを産んだと思っているのだが、モンゴメリはイギリス文学をきちんと継承したからこそ『赤毛のアン』を書けたのである。もしもプリンスエドワード島がモンゴメリを産んだのなら、その後も作家を大量に産みまくった筈だ。しかしプリンスエドワード島ではモンゴメリ以外、作家は出て来ないのである。

赤毛のアン (完訳クラシック赤毛のアン 1)

 『赤毛のアン』の文学的価値を解りながら翻訳したのは松本侑子さんだ。現時点では、翻訳としては松本侑子さんの『赤毛のアン』(新潮社:)が一番解り易いと思う。現代の日本人女性ならでは言い方をしているので、アンの言葉が違和感なく解るようになると思う。しかし松本侑子さんは学者ではなく、自宅に蔵書を大量に持っていないので、その点で注釈にヴォリュームが足りないのだ。これでは注釈はつけなかった方が良かった。矢張り文学作品を翻訳するためには、大学で教授をしている英文学者でないと難しいのである。

赤毛のアン (集英社文庫)

 注釈もついて、翻訳も正確なのが、山本史郎さんが翻訳した『完全版 赤毛のアン』(原書房)だ。娘に読ませるのではなく、母親が自分のために読むなら、こちらの本がお薦めである。本格的な解説や注釈がついているので、まずは本文を一読し、その後、解説や注釈を辿って行くと、『赤毛のアン』の文学的な面白さがきっと解るようになると思う。

完全版・赤毛のアン

 この三冊の内、どれか好きな1冊を選んで読んでみるのもいいし、この三冊を読み比べてみるのもいい。翻訳の難しさが手に取るように解る筈だ。もしも英語が出来るのなら、カナダから原書を取り寄せて、読んでみるのもいい。『赤毛のアン』を教材に英語の勉強をしてみれば、読み終えた時には相当の英語力が身についていることになると思う。

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コメント

有難うございました
現実は厳しいですなぁ~
タマティーさんの生温い慰めがない所ステキですshine
私なりに頑張っていこうと思ってますが…妊娠を諦める時っていつなんでしょうか?
一度もうやめようと思った時もあったのですが、やっぱり子供欲しい!と復活しました。
でも実際この先の事は解らないし、考えてしまいます
精神的と体力的と限界にも個人差があると思いますがタマティーさんはどう思われますか?

投稿: あやのん | 2010年6月12日 (土) 10時22分

 あやのんさん、オンドリャ~ッ!angry
 あやのんさん、3歩すすんで2歩さがるのではなく、これでは3歩進んで敵前逃亡じゃ!
 いつも逃げることばかりを考えるな!
 退路を断て!
 退路を断ってしまえば、最早前進することしかなくるんだッ!

 女性の生理は妊娠するためにあるもの。
 生理があるということは、体が妊娠したいと言っているようなものなんだ。
 それなのに、あやのんさんが間違った考えや間違った行動を取るからこそ妊娠できないんだよ。

 罰としてチョコレートを断ちや。
 赤ちゃんを産むまで、自分が大好きなチョコレートを食べないようにすれば、妊娠することができることでしょう。
 罰と称した「願かけ」なので、この際、やってみることだよ。

happy01 happy01 happy01

投稿: タマティー | 2010年6月13日 (日) 06時44分

タマティ-様有難うございますm(__)mママ同士でも相性があるのですねcoldsweats02私はママというより人として見てしまうからダメなのでしょうか。。。昔から人に付け込まれやすいというか、勘繰りすぎて…いろんな人と付き合うのは苦痛です。娘にも本当は遊ばせたくないのです。ママ友…というか、親子共に良くして頂いてる先輩ママさんがいます。
嫌な気持ちでいっそのこと娘にマンションの子ども達と遊ばせないのはよくないですよね?

投稿: リカ | 2010年6月13日 (日) 09時34分

厳しいっすね~shock
旦那とは計八年程の付き合いで 交際期間も 避妊具を使った事なく 今に至る私達に妊娠出来ると言いきってくれるのはタマティーさんだけですよ
チョコレート…
今日生理きたし 物凄く食べたい気分ですが 願掛けやってみますwink
実は 八歳年下の弟がいるのですが 専門学校を中退して以来定職についていません
学校の授業がレベル低いとかでやめたんです
私としては外でバイトとかして社会の厳しさや女性に対しての免疫をつけて欲しいのですが 母にそう言うと見守ってあげて 自分でも色々考えているのだからと怒ります
私が不安なだけで母も弟ももっと大きな視野で考えているのだと思いますが 私に出来る事って何でしようか?
時々 バイトや仕事の紹介をしたりしてますがわかった と言うだけです お節介なのかもしれませんね
でも このままだと 引きこもりになりそうで…
いまは 母と食べに行ったり 庭に出たりして パソコンで単発の仕事してるみたいです
私はどう関われば良いでしょうか?
ずっと 心に引っかかっている事です…

投稿: あやのん | 2010年6月13日 (日) 21時49分

 リカさん、子供たちの仲がいいのなら、親の都合で引き裂かないことですよ。
 どんなに嫌いでも挨拶をしておけばいいんです。
 それで対応できますよ。
 だけど、それ以上は仲良くしないことです。
 矢張り、相性の悪い人とは距離を置いておいた方がいいです。

 仲のいいママ友と仲良くなるのは非常に大事なことですよ。
 まあ、ママ友同士で話す内容って下らないものが多いんだけど、それでも育児情報とかを遣り取りするから、そこで育児情報を得たり、与えたりしておかないと、いい育児はできませんよ。
 タマティーの『満開ブレインパラダイス』は、飽くまでも理論的なことを言っているので、実践面となると経験値が必要となってきますからね。
 自分では経験不足でも、ママ友がいれば充分に経験不足を補うことができますからね。

 ママ友との交際は焦らずゆっくりとマイペースで行うことですよ。
 殆どの母親たちはこれに関しては悩むものなので、悩んでいるのはリカさんだけじゃありませんよ。
 その点はお忘れなく。

happy01 happy01 happy01

投稿: タマティー | 2010年6月14日 (月) 06時37分

 あやのんさん、問題を抱えているのは己の方じゃ!
 己が赤ちゃんを産まんから、こういうことが起こるんじゃ。
 第一子で長女の場合、長女自身が真っ先に家を出て、道を切り開かんと、その後の弟や妹たちの運勢が開けて来ないんです。
 あやのんさんは結婚したのはいいけど、まだ子供がいないために、その悪影響が弟さんに及んでしまっているのでしょう。

 あやのんさんに出来ることは何もない。
 母さんのいうことの方が正しいです。
 それに専門学校はピンからキリまであるので、本人が「レベルが低い」と言っているのなら、辞めてよかったんです。
 自分で単発で仕事をしているのだから、それで十分、社会と関わり合いを持てます。
 あやのんさんが弟さんに拘れば拘るほど、弟さんもつらくなるし、あやのんさんもつらくなります。

 結婚したのだから、実家のことに関与しないことです。
 それよりも梅雨時なので、保育園でカビなどを発生させないように、衛生面で注意を払うことです。
 あやのんさんがすべきことはたくさんあるんですよ。

happy01 happy01 happy01

投稿: タマティー | 2010年6月14日 (月) 06時40分

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