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なぜ勉強やスポーツができると立派な人間になれるのか?

●小学校の成績表は信用するな

 終業式になると、子供たちは成績表に或る意味ドキドキするものだ。自分が学力的に学級でどのような地位にあるのか、これほど解り易く評価してくれるのもないからだ。担任が正直になって成績表を作るなら、その成績表を貰うことで生徒たちに向学心に火をつけることができることであろう。

 しかし殆どの担任は正直に成績表をつけることをしないから、この成績表がなんの役にも立っていないのだ。曰く「成績表を厳しくつけると、生徒の中で落ち零れが発生するから」といって、成績の基準を大いに歪めてしまうのだ。これをやられると、本来なら成績の悪い生徒は、成績表を貰うことで自分がバカであることを指摘される筈なのに、担任が手加減した成績表を貰ってしまうから、自分がバカであることが解らなくなってしまうのだ。

 人間には得手不得手がいるのだから、学校での勉強が不得意な生徒たちがいても構わないのである。それよりも厳しい成績表を突きつけられることで、自分の成績が悪いということが解り、それで努力して勉強を頑張るか、それとも勉強以外のもので頑張って伸し上がって行くかを決断させた方がいいのである。手加減した成績表を渡して、無為無策を取らさせ続けることの方が、その生徒にとっては人生を悲惨なものにさせるのである。

 成績表を厳しくつければ、勉強で頑張った生徒たちはいい成績を貰えるものだから、大喜びするものだ。そういう生徒たちは次の学期も勉強熱心になってくるから、授業が非常に遣り易くなり、その熱意に動かされて、勉強が得意でない生徒たちも勉強をし出すようになるのだ。成績表に手加減を加えるというのは、この現象を起こさせなくさせるだけであって、だからこそ勉強ができる生徒たちは学校での授業を受けることになんの喜びを感じなくなり、学校ではなく塾で勉強をし出すようになるのだ。

 教師たちは長らく学級で落ち零れを発生させないように努力して来た。しかしそういうことをやってしまうと、落ち零れたちに下手な愛情を与えてしまうことになり、改心することがなくなってしまい、余計に悪さを仕出かして来るようになるものなのだ。試験をやって点数が悪いのなら、成績表に悪い点をつけてあげればいいものを、水増ししてしまうからこそ、自分が駄目な考えや遣り方を持っていることに気づけないのだ。生徒に厳しく接して、頭が悪いのなら成績表も悪いものを与えておけば、それによってその生徒になんらかの変化が起こるようになるものなのである。

●成績の悪い科目より、成績の良い科目に注目する

 担任がきちんと成績表を作ってくれるのなら、生徒の母親はそれを使って子供に勉強を促すようにすることができるものなのである。大抵の子供には成績にばらつきがあるから、成績の良い科目を褒めてあげることだ。この遣り方を「「加点主義」といい、成績の良い科目を伸ばして行くと、その科目が更に出来るようになるのは勿論のこと、他の科目まで成績が上がって来るようになるのだ。

 逆に絶対にやってはならないのが、悪い科目を指摘し、その科目の成績が上がるように努力させることだ。この遣り方を「減点主義」といい。成績の悪い科目に改善を施そうとしても、なかなか改善されず、その内に成績の良かった科目まで駄目になって行ってしまうのだ。

 成績表の中で一番危険なものは、全ての科目に於いて最高の評価が与えられてしまった成績表である。この手の成績表を貰った子供は、最早、学校の勉強では自分の能力を伸ばせないのであって、我が子から事情を良く訊いた上で、塾に行かせるなりの処置を取った方がいいのだ。

 逆に全ての科目に最低の評価が与えられている生徒は、もう学校の勉強に頑張らせるのではなく、それよりもスポーツをやらせて、それで伸し上がって行くようにさせることだ。頭が悪い分、運動神経は発達しているものなので、不得意な勉強をやらせるより、得意なスポーツに打ち込ませた方がいいのだ。

 母親としては、我が子から成績表を貰った時の反応こそが大事だ。その成績表を貴重なアイテムとして使うためには、この成績表は本当に我が子に対してきちんと評価したものなのか疑ってみることが大事だ。いつも試験の結果を見てみれば、試験の点数の低い科目にいい評価が与えられる訳はないし、点数の高い科目に悪い評価が与えられる訳がないからだ。

 成績表が余りにも信用できないものなら、いっそのことその成績表を無視して、「お前はどの科目が好きなんだい?」と訊いてみればいいのだ。すると何かしらの科目であると答えてくるから、「だったら、その科目で頑張って、誰にも負けないようにしなさい!」と諭せばいいのだ。

●自己統御ができるということ

 担任が厳しく成績表をつけてくれるのなら、これほど有難い物はないのだ。生徒たちにとって「自分は一体何が得意なのか」が一発で解るからだ。勉強が得意な者は、更に勉強に打ち込んでいけばいいのに、スポーツが得意な者は、更にスポーツに打ち込んでいけばいいのだ。

 勉強やスポーツができると、なぜ立派な人間になるのかというと、勉強やスポーツをして、優秀な成績を収めるためには、「自己統御」を身に付けて行かなければならないからだ。自分で自分を律することで、可能な限りいい選択肢を取り、可能な限り悪い選択肢を排除していくことができるのだ。

 そういうことをやっていけば、「生産性の向上」ということが起こり、自分の努力が結果として現れて来るようになるのだ。良い結果を出しているのなら、「新規展開」も可能になるのであって、様々なことにチャレンジして行くことができるようになるのだ。自己統御ができているのなら、新規展開しても何かしらの結果が出て来るから、更に新たな手を打つことも可能になるのだ。

 このような「「自己統御」→「生産性の向上」→「新規展開」という流れは、子供に「自尊心の拡充」をもたらし、自分に自信が持てるようになるのだ。「勉強ができる!」「スポーツができる!」ということは、子供にとって大きな自信となるのであって、その自身があれば自分の遣りたいことにチャレンジして行くようになるのだ。

 だからこそ、担任は成績表を厳しくしないとならないのだ。手加減を加えた成績表を貰ってしまえば、生徒たちにとって「自分は一体何が得意なんだ?」というのが解らないので、自信をつけていくことができなくなってしまうのだ。成績表を厳しくつければ、評価の悪い科目は駄目だけど、評価の高い科目は得意なんだということが解り、心の中の向上心に火がつくものなのである。向上心に火がついてしまえば、後は自動的に努力し始めるものなのである。

●自分に自信があれば自分の夢を実現していくことができる!

 学校の勉強やスポーツは、生徒たちに自信をつけさせるためには手っ取り早い方法なのだ。学級の人数はどんなに多くても50名を超えることはないのだから、その中で競争に打ち勝てばいいからだ。競争相手が少なければ、競争は激化しないものだし、少しの努力で勝ちあがって行くことができるようになるのだ。

 生徒たちはいずれ人生を成功させるためには、一体何が必要なのかということが解ることになるであろう。それは「自分が好きなことに対して、一生懸命になって取り組む」ということなのである。自分が好きでないことをやっても、成功することなどできないものだ。しかし自分が好きなことをやっていても、それに一生懸命になって取り組まない限り、成功することもできないのだ。

 世の中には生活のために自分が好きでもない仕事に取り組んだり、自分が好きな職業に就いたにも拘わらず、一生懸命になって努力しない人々は大勢いるものなのだ。そういう生き方をしているから、自分に自信が持てないし、自分の夢を実現していくことができなくなってしまうのだ。

 子供の頃に手加減された成績表を貰ったことが、その後の人生を大いに狂わしてしまうことになるのだ。全ての生徒たちが勉強をできるようにならなくてもいいのだ。全ての生徒たちがスポーツを得意にしなくてもいいのだ。学校の授業を通じて、「お前はこれが得意なんだよ」ということを教えて行けば、それがその子供にとって自信となるのだ。

 生徒たちに自信をつけて貰いたいのなら、多少は厳しい評価の成績表を渡しておくべきなのである。全ての分野に対して努力をしなくてもいいのだ。1つの科目が得意であるなら、それに対して努力をさせれば、その科目の成績は更に良くなり、それに釣られて他の科目の出来も良くなってしまうのだ。そういう遣り方が、その生徒に自信を持たせるようになり、その後の人生で自分の夢を実現させていくことができるようになるのである。

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