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両親の存在は百万人の教師に勝る

●子供にとって親は手本となり、反抗すべき存在となる

 子供にとって両親の存在は絶大なまでに大きいのである。なんせ自分を産んでくれ、育ててくれたから、それが自分が親元から離れて行くまで20年前後は続くのだから、その存在たるや想像を絶するまでに大きいのである。如何なる人間であっても、両親の存在こそが、自分の人格を形成させる最重要の要素となるのである。

 人間というのは自分勝手で育って行くことができない。必ず親の物真似をしながら育って来る。子供にとっての親の役割は、まずは自分の手本となってくれることなのである。親が自分の手本だったという事実は、自分が成長して行く過程で完璧に忘れてしまうことだから、多くの人々がこの点を見落としてしまうのだ。

 育児や子育てをするに際に、絶対にやってはならないのは、「夫が妻の悪口を子供に言うこと」「妻が夫の悪口を子供に言うこと」なのである。子供にとって両親のどちらかから自分の親の悪口を聞かされることは、これほどその子の人格の成長に問題を生じされることはないのである。

 夫婦であるなら、自分の配偶者に何かしらの不満を持っているものだ。しかしそれは違う所で発散するべきであって、子供の前で発散するべきではないのである。子供の前では夫は「岡さんは凄いんだよ」といい、妻は「お父さんは立派な人なんだよ」と教え続けるべきなのである。

 そうやって子供が自分の親になんの疑問も持たせないで育てると、子供の人格は正常に成長して行き、思春期になればきちんと親に反抗し始めて、自立して行くことができるようになるのだ。子供の頃に親の存在に疑問を抱かしてしまうからこそ、反抗が凶暴化しかたり、逆に反抗しなくなって、自立しなくなってしまうのである。

●親として継承させていくべきことは問答無用で継承させていく

 育児や子育てをして行く時は、親として子供に継承すべきものがあるのなら、問答無用で継承させていくことだ。子供は小学生までなら親に従順なので、小学校を卒業するまでに親として教えるべきことを教えてしまうことだ。その時期を逃せば、もう取り返しのつかない事態になってしまうのである。

 例えば、母親は子供たちに家事を教えて行くべきだし、父親はお金の稼ぎ方を教えていくべきなのである。人間というのはあれこれ考えると行動できなくなるものだが、問答無用で教えられ、体を動かさざるを得なくなると、なんの疑問も抱かずに、その教えられたことを学んでいくことができるのである。

 本当に優れた教育は質問を禁止するものなのである。質問を言って来る時点で、その子は親から教えられたことを受け入れていないからだ。家庭内での教育は、親が問答無用で子供に教え、それで子供にやらしてみる。当然、子供は慣れていないから失敗する。そこで失敗した理由を親は教えて行くのである。その繰り返しをすべきなのである。

 農業でも、魚業でも、林業でも、商業でも、親が子供に教える場合は、全て問答無用だ。親が絶対的な権力を握って、子供に対して徹底的に教えて行く。そうやって基本的な事柄を学んでいくものなのである。その独裁的な遣り方こそが、もっとも生産性の高い教育の仕方なのである。

 学校での勉強であるなら、幾ら質問をしても構わない。学校での教育は基本的には頭を使うだけの勉強だからだ。しかし親が子供に教えて行くことというのは、頭で解らでるのではなく、体で解らせるものなのである。体で覚えさせて、自分で動けるようにしなければ、その子供は一人前の大人にはなることができないのだ。、

●教師の存在は両親があってこそなのである

 親が子供に対して問答無用で教えるべきことを教えて行くからこそ、学校での勉強が役に立って来るのである。親がいなければ教師は非常に危険なのである。教師というのは、所詮は赤の他人であって、幾らでも生徒たちに出鱈目を教えて来る可能性があるからなのだ。もしも教師が生徒に嘘を教えた場合、親から薫陶を受けていない生徒は、その嘘にまんまと騙されてしまうものなのである。

 もしも子供が親からしっかりと教育を受けていれば、教師が男女平等を唱え、男女は平等であらねばならないと教えても、それは巧く行かないだろうということが解るものなのである。父系家族なら父親が家長として君臨し、母親が家庭内の実権を全て握ってしまうからだ。父親は家長だけど、家庭内では母親の方の意見が通るものだし、母親は権力を握っているけど、母親が父親を蔑ろにしたら、途端に家族は崩壊して行ってしまうからだ。母系家族なら、両親のどちらも権力を握っておらず、姑が最高権力者として君臨しているものなのである。

 この世の中には、その意見は聞いてみれば素晴らしいと思っても、実際にやってみれば駄目なものは幾らでもある。特に学校の教師という人々は、社会に出て働いたことがないために、簡単にそういう机上の空論に騙されてしまい易い人々なのである。教師の意見だから正しいのではなく、教師の意見だからこそ疑ってみることも必要なのである。

 親の存在は百万人の教師に勝るものなのである。子供はまだ人生の経験値が非常に少ないから、教師が熱心に異常な意見を言って来た場合、それを受け入れるべきかどうか悩んでしまうものだ。そういう時に親が子供の話を聞いて、親が自分の人生経験を元にその判断をしてあげればいいのである。

 学校で教師から碌でもない意見を教え込まれてしまったために、自分の人生を間違った方向に持って行ってしまった人たちは非常に多いものなのである。親の意見を軽んじ、教師の意見を重んじてしまったからこそ、自分の人生が台無しになってしまったことに気付いていないのだ。

●自由奔放に育てることは親としての責任を放棄しているだけ

 その夫婦が余りにも自由化し過ぎてしまうと、子供に厳しいことを押し付けるのではなく、自由奔放に育てればいいと思ってしまうものだ。しかし子供を自由奔放に育てれば、自分勝手な我儘な子供が育って来るだけであって、その子供は終生我儘し放題の人生を送ることになるのだ。

 自由奔放に育てるというのは、その親が親としての責任を放棄し、育児や子育てを放棄しているだけなのである。「鉄は熱い内に打て」という。人間も幼い時に教えまくるべきなのである。親に反抗して来ない時期に子供に教えるべきことを教えておけば、子供は素直に受け入れるものなのである。

 親が子供に何かを教えて行く場合、子供はとろいし、ミスを犯すものだ。しかも親が叱れば、子供は泣き出し、親の方だって心は苦しくなるものなのだ。しかしそうやって教えて行くからこそ、子供は親に教えられたことを習得することができ、更に上のレベルのものを教えられて行くことができるようになるのである。

 経済が繁栄してしまうと、暖衣飽食になってしまう余りに、親として子供に何かを教えて行くことは苦しいから、その苦しみを味わないために、子供に何かを教えることをやらない親たちが続出するのだ。母親が子供に家事を教えなければ、それはそれで合理的かもしれない。父親が子供に金儲けの仕方を教えなければ、仕事に充分な時間を注ぐことができるかもしれない。

 しかしその代償は非常に高いのである。子供が大きくなっても結婚しなかったり、たとえ結婚してもすぐに離婚してしまったり、子供がいい大学を出たのに、父親の年収よりも遥かに低かったりするのだ。我儘に育った人間はまさか自分が異常な育てられ方をしたなのだとに気付きはしなから、社会を改造すれば豊かな生活を実現できると思い込み、自分の生活を改めることなく、政治に熱心になってしまうのである。

 後世に名を残すような偉大な人物たちは、必ずといっていいほど、親の薫陶を受けて育って来ている。親の影響がでかかったために、学校で教育を受けても教師の意見を鵜呑みにすることがなかったのだ。そのために教師の意見の中で優れた意見を受け入れはするけど、それ以外の意見を拒否したのである。そうやって育って来たから、大人になって優秀な頭脳を思う存分発揮することができ、結果的に凡人ではなしえない成果を生み出すことができたのである。

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