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2010年11月

パートはなぜ家計を潤すのか?

●パートの給料は低いのになんで役に立つ?

 既婚女性が正社員と雇われれば高い給料が確保されることになるが、正社員になることができずパートになってしまえば、その給料は非常に安いものだ。そのため働く母親たちの勤労意欲は一向に向上せず、非常に悪い勤務態度をとってしまうのだ。それだからこそ雇用主も働く母親たちを評価せず、更に待遇を悪化させるという悪循環を取ってしまうのだ。

 給料が安ければ働かなければいいのである。ではなぜ働くのかと言えば、パートといえどもその安い給料が家計に対して非常に貢献するからなのである。給料の多寡が問題なのではなく、僅かでもあってでもいいから、夫の給料以外で、妻が給料を確保すると、家計は一気に好転するものなのである。

 なんでこんな不可思議な現象が起こるのか?

 その秘密は「80対20の法則」にこそあるのである。「80対20の法則」は、ごく少ない原因が実は大きな結果を引き起こすという法則である。これをパートの例に当てはめていると、妻が得る給料は確かに少ない。しかし既に夫の給料が存在しているために、それに加算するという形で使えることができ、そのために家計が一気に好転し、豊かな暮らしを実現することができるのである。だからこそ多くの既婚女性たちが安い給料であったとしても、パートという形で働くのである。

 それゆえパートで働く場合、パートの仕事だからといっていい加減に働くべきではないのだ。常に給料以上の働きをすべきであって、非常に高レベルの働きをした方がいいのである。そういうことをやっていけば、雇用主もその既婚女性を評価し始め、更にレベルアップした仕事を与えてくれるようになり、それが給料のアップに直結することになるのだ。

 気をつけるべきは、パートの給料が家計に於いて非常に役立っているというのに、職場で勤労意欲の低い働きをしていると、そのだらしない態度が家庭にまで持ち込されてしまい。無駄な出費が多発してしまい、逆に家計が悪化して行くという事態に陥ってしまうことになるのだ。家計がパートの給料によって潤う以上、そういう悪い働き方は絶対にやめるべきなのである。

●夫の給料を生活費に回し、妻の給料を貯蓄に回す

 妻が働いて得たパートの給料を最大限活かすためにはどのように使えばいいのかというと、それはパートの給料を全額貯蓄に回すという使い方なのである。既に夫の給料が存在する以上、生活費はその給料で賄えばいいのである。妻の給料は生活費には投入せず、貯蓄に回してしまえば、その夫婦の資産は急速に増大して行くことになるのだ。

 なぜ多くの人たちが資産を増やすことができないのかといえば、それは生活費を使った残りを貯蓄に回そうとするのからなのである。こういう遣り方を取っている限り、絶対に資産などは形成されることはないのだ。生活費に使う前に先に貯蓄に回し、残りのお金を生活費として使うからこそ、資産が確実に形成されて行くことになるのだ。

 結婚すると資産形成がされ始めるのは、子供たちのことを考えてということもあるが、夫婦二人がいるために、一人の給料は生活費を回し、もう一人の給料は貯蓄に回すという芸当ができるからなのである。経済の基本は「協業と分業」なのであるが、夫婦でも協業と分業をするからこそ、結婚によって莫大な資産が形成されることになるのである。

 確かにパートの給料は少ない物だ。しかしその全額を貯蓄に回してしまえば、資産は面白いように増えて行くことになるのだ。最初は銀行に預けて貯金を増やして行き、或る一定の金額になったら、株式投資をしてみたり、債権を購入してみたりすればいいのだ。そしてそうやって資産が増えて行けば、土地を購入して、それを賃貸物件として貸し出せばいいのである。

 資産が増え始めると、妻のパ^ートもがらりと変わるようになる。投資をすることでお金のメカニズムが解って来ると、どうやって働けばより多くのお金を儲けることができるのかと言うことが解って来るようになるからだ。スキルアップしてより高い給料の仕事に転職するということも有り得るし、夫と一緒に会社を起こしてしまうという選択肢を取ることも可能になるのだ。

●パートの給料を生活費に回すから生活が苦しくなる

 既婚女性がパートで働く場合、絶対にやってはならないのは、パ-トの給料を生活費に回してしまうことなのである。これをやってしまうと、一時的に家計を潤すことになるが、その内にただ単に生活費が余計に増えてしまい、そうなってしまうとその生活費を稼ぐためにパートをし続けなければならないという事態に陥ってしまうのだ。

 しかもパ^ートの給料を生活費に回してしまうと、その夫婦は一銭も投資をしていないから資産が増えることがなく、そのために貧乏になってしまうのである。所得というのは消費と投資からなるから、消費を増やしても投資を増やさなければ、所得は上がって行くことがなくなってしまうのだ。ただ消費金額が増えた分だけ所得金額が上がったということになってしまうのだ。

 パート労働が一度悪循環に陥ってしまうと、そう簡単には抜け出せなくなくなってしまう。というのは家族としての労働はフルで稼働しているために、夫や妻のどちらかが冷静になって消費を改善したり、投資について考えるということを一切しなくなってしまうからだ。ただ単に忙しい毎日に追われるだけで、それをこなすだけの日々になってしまうのである。

 しかも夫婦の年収がアップすると、現在の税制が累進課税式所得税が存在するために、余計に税金を支払わなければならなず、税金を支払うために働くという事態に陥ってしまうことになるのだ。政府がフェミストたちの意見を受け入れ、「男女共同参画社会」を推進するのは、それによって既婚女性たちから所得税を徴収できるからなのであって、既婚女性が働けばは楽ほど、政府の税収は増加してくれるのである。だからこそ政府は既婚女性に働くことを勧めるのである。

 自営業者や会社経営者なら青色申告が可能なために、必然的に節税に心掛け、合法的に税負担を軽くすることは可能だ。しかし給与所得者は所得控除が認められているだけであって、給料を得るためにかかった経費を必要経費として落とすことができないのだ。そのため税を支払う人々の中で、最も税負担が重たくなってしまうのである。だから無闇に所得を増やせばいいというものではないのだ。

●j給料以外の副産物

 パートでの仕事を快適にするためには、給料だけに着目することをやめてしまうことだ。パートであるなら給料は安くて当たり前だからだ。しかし幾ら安くとも、パートで稼いだお金をそのまま貯蓄に回してしまえば、夫婦の資産は急速に増加して行き、気付いた時には貧乏から脱出していることになるのだ。

 では給料に着目しないで、一体何に着目すればいいのかといえば、それはパート労働をすることで得られる様々な利権である。例えば食料品店で働けば、従業員たちは格安で食料品を購入することができるという特権を得られるものだ。その特権を使って食料品を購入し、生活を豊かにして行けばいいのだ。

 それ以外にも会社が不要品を処分した際にその不要品を貰って来て、家庭で使ってしまえばいいのだ。機械などは日進月歩で進歩しているために、古くなった機械は廃棄処分にしてしまうものなのであって、それを貰い受ければ、職場では古くても、家庭では充分に使えるものなのである。

 物以上に大切なのが「情報」だ。既婚女性が家事や育児だけをしていれば、得られる情報は自ずと限度がある。しかしパートで働きに出てしまえば、様々な人たちと出会えることになるので、情報量が一気に上昇するのである。そのため専業主婦が陥りがちな世間知らずにならなくて済み、無駄な出費を抑えることができるようになるのだ。

 そうやってお金以外のことの着目し始めると、パ-ト労働といえども楽しくなってくるものだ。安い賃金のパート労働を楽しむからこそ、その楽しみがお客様に伝わり、商売が繁盛して行くことになるのだ。最初は利己的な喜びばかり追求していても、その内にお客様に奉仕し貢献することが楽しくなってくるものだ。そうやって自分の考え方が変わると、給料は一気に上昇し始めることになるのだ。

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育児終了後の再就職

●育児をしていたのなら、仕事は失敗して当たり前

 妊娠や育児をしていても、産休を取って休んでいたのなら、職場の人々にも理解されているので、それほど苦痛にはならないものだ。しかし結婚や妊娠を機に仕事を辞めてしまい、長らく育児や子育てに専念し、その後に再就職するとなると、多大なる苦痛が発生するものだ。

 まず外に出て働くというのは、自宅で家事や育児をこなすこととは違うエネルギーを必要とし、非常に疲れてしまうということなのである。家庭内なら自分の意見は高い確率で通ることになる。だが外に出て働いてしまうと、自分の意見など通らないし、通ったとしてもそのまま通ることがないからだ。家事や育児なら自分が投入した労働は具体的に結果となって現れるが、仕事になるとはそうは行かず、自分が一体℃の部分を負担しているのかすら解らなくなってしまうのである。

 それと時間の流れが全然違うということだ。「育児モード」と「仕事モード」では全く時間の流れ方が違っており、育児モードはゆっくりと時間が流れて、仕事モードでは猛スピードで時間が流れて行く。多くの主婦たちが戸惑うのは、そんなに忙しく生きていれば自分が行き詰まってしまうということが解っているのに、実際に働けばそうせざるを得なくなってしまうということなのである。

 個人的には結婚したとか出産や育児をしたということは貴重な履歴になるが、ビジネスに於いてはなんの履歴にもなっていないものなのだ。寧ろ、結婚し育児をしていた時間はブランクを看做されてしまうのであって、その遅れを取り戻すべく一生懸命に働けばいいのである。覚悟を決めるということこそが最も必要なことなのである。

 幾ら働いても仕事モードに慣れるまで体も脳も時間がかかるものだ。充分に適応するまで3ヵ月程度はかかるものなのであって、その間、焦らずに仕事モードに体を慣らして行くしかないのだ。仕事で疲れたのなら、帰宅後に入浴して、体の疲労を除去すればいいのである。そうやって巧く疲労を除去しながら仕事モードに慣れて行けば、仕事で疲れるということがなくなるものなのである。

●失敗しても自分の存在が否定される訳ではない

 今まで家事や育児に専念した来た既婚女性は、再就職した後、仕事で失敗しまくってしまうものだ。仕事で無駄な動作が多いために、失敗を連発してしまうことになるのだ。そのため自分の気持ちと自分が実際にやっていることに激しいギャップが生まれてしまい、その葛藤が更に自分を苦しめるという事態に陥ってしまうのだ。

 子供の頃から「いい子」でいたり、結婚後、「いい妻」「いい母親」を演じて来た女性ほど、些細な失敗で自分の全てが否定されたと思い込んでしまうものなのである。幾ら自分が仕事で失敗しても、自分の存在が否定された訳ではないのだ。仕事上の失敗は飽くまでも仕事上の失敗であって、自分の存在価値とは全く無縁なものなのである。

 失敗したということは、「自分に実力が足りない」ってことなのである。実力がないから失敗した。だから実力が付かない限り、何度も何度も失敗を繰り返してしまうのだ。その失敗自体が問題なのではなく、あなたに実力が足りないことこそが本当の問題なのであって、そこに気付かないと失敗を有効に活用して行くことができないのだ。

 失敗したのなら素直に謝ることだ。悪いのは失敗した自分自身に決まっているからだ。素直に謝ってくれたら、職場の上司も怒ったりはしなくなるものだ。しかし無闇に謝らないことだ。無闇に謝ってしまうと、叱っている人を感情的にさせてしまうからだ。叱っている最中に口応えをするのも厳禁だ。上司が叱っているのに、相手に口応えされては、叱られている内容を拒絶されたということだから、余計に怒ってしまうことになるのだ。

 家事や育児では謝るのは大抵が子供たちの方だ。そのため自分が失敗しているのに謝らない既婚女性というのは本当に多いものなのだ。上司だって失敗する度に叱ってくれるものだ。しかし既婚女性が謝らなかったり、口応えをしてくるようであるなら、それ以降、単純労働しか与えないものだし、業績が悪化すれば即座に解雇してくるようになるのだ。

●無我夢中になると人生が変わる!

 育児や子育てを終了して、その後に再就職したのに、仕事でモヤモヤしている既婚女性は非常に多いものだ。自分になまじ結婚や育児で成功して来たという実績があるために、まさか自分がゼロから出発しなければならないというのが、イマイチ解っていないのだ。結婚や育児があくまでもプライベートなことであって、オフィシャルなものではないのだ。

 なんで結婚や育児では充分に楽しめたのに、仕事では全く楽しめないのかというと、それは無我夢中でやっていないからだ。結婚で成功した女性ほど、育児で成功した女性ほど、仕事で失敗しても家族が受け入れてくれるという逃げ道を残しているものなのである。そのためいつまで経っても仕事に対して真剣にならず、チャランポランな仕事を繰り返し、それがために給料が一向に上がらなくなってしまうのだ。

 結婚や育児をどうして楽しめたかというと、無我夢中でやっていたからだ。結婚すれば結婚式の手配をするのも無我夢中だし、赤ちゃんが生まれれば育児をするので無我夢中だ。だから面白かったのであって、幾らでも面白いエピソードがあった筈だ。しかし再就職して仕事を開始したのに、自分が無我夢中になっていないからこそ、仕事の面白さが解って来ないのである。

 人間は無我夢中になって働くと、人間の人生は変わって行くものなのである。無我夢中になって働くと、自分が考えている以上にエネルギーが出て来るので、それが様々な困難を打ち破って、お客様に届くようになるのだ。お客様は仕事を楽しんでいる既婚女性から商品を買ったりサービスを購入したいのであって、仕事を嫌々ながらやっている既婚女性から何かをして貰いたいとは思わないものなのだ。

 一生懸命に生きていないと、自分の人生は変わって行かないものだ。いつまで延々と同じ場所に居続けてしまうものだ。しかもそこに楽しみながら居続けるのではなく、苦しみながら居続けることになるのだ。この世は「一切皆苦」だと割り切って「苦しみの人生」を歩むのではなく、自分に何か苦しみがあるのなら、自分は一生懸命に生きていないと受け止めて、一生懸命に生きて行くべきなのである。そうやって一生懸命に生きて行くと、自分の人生は劇的に変化して行くものなのである。

●育児に比べれば仕事は簡単!

 そもそもビジネスというのはそれほど大変なものではない。限定された仕事を目的合理性を以て進めて行けば、確実に成功していけるものなのである。ただ既婚女性に限って、自分のビジネスの範囲が解っていないし、ビジネスに目的合理性を持たせるということが解っていないのだ。それが解るまで何度も何度も繰り返さなければならないのだが、何度やっても自分を変えないから、ただ同じ作業を繰り返しているだけになってしまうのである。

 冷静に考えれば仕事は育児よりも簡単なものなのである。育児は全ての作業を自分でこなさなくてはならない。母親である自分がきちんと育児をしないと、すぐに我が子が病気になったりするので、結構恐ろしいのだ。それにママ友との人間関係は職場での人間関係どころではなく、結構ドロドロとしたものだ。ママ友との友情には育児しか共通項はないために、自分が大して好きでもないママ友とも仲良くしなければならないのだ。

 仕事で悩み事があるなら、「育児に比べれば仕事は簡単なんだ!」と割り切ってしまうことだ。それは育児を経験して来た母親たちにとって≪悟り≫と言ってもいいものなのである。ところが育児で巧く行った母親たちほどこの悟りをして来ないのだ。育児の延長で仕事をしているから、仕事でトラブルが続出するし、給料だって上がらないのだ。

 既婚女性だからといって全ての既婚女性たちが安い給料で働いているのではないのだ。中には既婚女性であっても育児終了後に仕事が成功し始め、非常に高い収入を得ている女性たちも存在するのである。その既婚背女性たちはあの≪悟り≫をしてしまったのであり、だからこそ何かが吹っ切れて、仕事が巧く行き出したのだ。

 仕事で成功する秘訣というのは、「常に報酬以上の働きをする」ということなのである。だから自分の給料に拘っていたら、いつまで経ってもいい仕事ができないのだ。お客様が支払ってくれたお金よりも、より多くの価値のある商品やサービスを提供してしまえば、ビジネスは短時間で成功してしまうものなのである。

 そういうことは結婚や育児をして来た既婚女性なら簡単に解って貰えるものなのだが、なぜだかなかなか解って貰えないのである。結婚や育児で成功したという実績が、それはそれで自分や家族に幸せをもたらしたが、逆に自分の心を曇らせてしまったのである。だからこそ既婚女性ならではの≪悟り≫というものが必要なのである。

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大掃除はお早めに

●寒くなる前に大掃除を終わらせる

 子供の頃、我が家では12月も終わりに近づいた時に大掃除を開始し、ドタバタと掃除を繰り返して行き、12月30日になって終わるというのがパターンだった。関東では冬至を過ぎると途端に寒くなるので、その寒さの中での大掃除となるのだ。しかも俺の姉は絶対に大掃除を手伝うことなく、どこかに遊びに出掛けてしまうし、父親は仕事があるから、仕事が終わってから少し手伝う程度しかやらない。そのため母親と俺に重たい負担がかかって来て、それなのに母親は食料の買い出しに出かけたり、お節料理の準備があるから、結局、俺に最大の負担がかかってしようになってしまったのだ。

 だから大晦日に食べる「年越し蕎麦」や正月に食べる「お節料理」は俺にとっては絶品であって、大掃除をし終わった後にこれらの料理を食べると本当に幸せになれるのだ。今年1年が終わったという気分に浸れるし、これから1年間を一生懸命に頑張ろうという気持にもなれるのだ。

 しかし恐ろしいのは大人になってもこの大掃除のドタバタを長らく続けてしまったということなのだ。さすがに俺は「この大掃除の遣り方はおかしいんじゃないか?」と思いつつも、自分の母親がやっていたことなのでそう簡単に否定できなかったのだ。だが俺の方に年末になっても仕事をしなければならなかった時があって、年末に午前中だけ自宅で仕事をしていたのだが、母親の手際の悪さにやっと気付いたのだ。母親の遣り方だからこそ、大掃除が大変になってしまうということに!

 そこで去年、家族会議を開き、大掃除を年末に行うのではなく、早目に行うように提案した。家庭内での最大の抵抗性勢力はタマティーの母親なので、母親さえ説得できれば、家族全員が納得してくれるのだ。「冬至以降は寒くなる」とか「年末にはお節料理の準備がある」とか様々な理由をつけて、大掃除を早目に行うように決定したのだ。

 それでどうなったかというと、大掃除が非常に楽チンに行え、しかもいつもより丁寧に掃除をすることができたのだ。どの部屋もピカピカになり、「これが我が家か!?」と突っ込みを入れたくなるくらいに奇麗になってしまったのだ。今まで如何に雑に大掃除をしていたかが解るというものだ。

●各個撃破

 大掃除は早目にやった方がいい。早目に遣り始めれば、そんな重たい負担にはならないのだ。大掃除をする時は、先に予定を組んでしまい、今日掃除すべき場所を限定すべきなのである。例えば「今日は居間」「明日は台所」というように、掃除すべき場所を分けて行けば、本来なら今日やるべき掃除に、少し掃除する量が多くなる程度で、大した負担になることなく大掃除を行えるのだ。

 一度に全ての掃除を行うのではなく、1つずつ行って行く。この各個撃破の遣り方こそ、大掃除を劇的に簡単にさせる遣り方なのである。実際にやってみると、大変だったなと思えるのは「台所」くらいで、他の掃除は簡単に終えてしまった。台所はどうしても汚れてしまうので、2日とか3日かけて掃除をした方がいい。

 特に赤ちゃんがいる場合は大掃除が大変になってしまう。だから絶対に普通の大掃除の遣り方はしないことだ。大掃除を分割してしまい、いつも行っている掃除に少し掃除量を増やすだけで大掃除が終わってしまうのだ。休日などは夫に赤ちゃんをつれて外に出て行って貰い、その間に大掃除のスピードをあげて大掃除をしまくることだ。

 子供が幼稚園児以上なら、とにかく手伝って貰うことだ。子供に掃除の仕方を教えてしまえば、それをきちんとこなしてくるものなのだ。母親が大掃除をしているのに、子供たちが遊んでいると非常に腹が立って来るので、子供たちを有効に利用して行くことだ。子供は小さくても雑用係として充分に使えるものなのである。

 我が家では大掃除の時間は午前中だけと定めてしまった。1日中、大掃除をやると疲れてしまうし、他の作業もできなくなってしまうので、午前中だけに大掃除を限定した方が効率的なのである。「大掃除が大変だ~」とか「大掃除で疲れた~」と言っている人々は1日中、大掃除をやってしまうからこそ、大変になり疲れてしまうのだと思う。

●不要品を捨てる

 大掃除をすれば当然にゴミが大量に出て来る。ゴミはドンドン捨てて行くべきなのである。地方自治体の中には年末でも早い時期にゴミの回収を終了してしまう所があるので、その点でも大掃除は早目に遣った方がいいのだ。大掃除はしたのに、ゴミが残ってしまい、それを自宅に置いたまま新年を迎えるのはなんとも悲惨なことになってしまうのだ。

 大掃除をしても不要品を捨てない大掃除は無意味である。大掃除をしてみれば必ず不要品が出て来る。そういう場合はその不要品を売り飛ばすなり、捨ててしまうことだ。不要品を自宅に置いておくと自宅は狭くなるし、自宅に不要品があるばっかりに更なる不要品を持ってきてしまうようになるのだ。

 特に夫婦で揉めてしまうのは、夫の所有物なのであるが、これは妻の目から見ると不要品に思えてしまう。しかし夫にとっては不要品でない物も含まれているので、夫には自分の所有物を整理するよう伝えておくことだ。仕事をしているのなら、不要になった書類や雑誌や書籍などが沢山あるものなのである。

 夫に不要品を捨てることを勧める以上、妻の方も不要品を捨てなければならない。3年以上着ていない服とか、靴箱にしまいっぱなしの靴とかは、とっとと処分してしまうべきなのである。そういう物はもう二度と使わないものなのであって、自宅に置いていても無駄だからだ。それどころかそれらの物があるために自分の行動が鈍ってしまい、至る所でトラブルが続出して来るものなのである。

 不要品を捨ててしまうと、なぜだか新しい物を得ることができるものなのである。不要品を持っているからこそ新しい物を得ることができず、貧乏をしてしまうものなのである。不要品を捨てて行けば、どれが不要品なのか解るようになるので、今後、不要品を購入することがなくなり、必要な物だえけを購入するようになるものなのである。

●余裕を持って新年を迎える

 大掃除というのは決して普通の掃除ではないのだ。大掃除は神様を迎えるための宗教儀式なのである。「歳神様」という神様を迎えるために自宅を奇麗にし、今年一年間豊かに暮らせたことを感謝し、来年一年を豊かに暮らせるように祈りを捧げるのである。「なんで年末に大掃除をしなければならないの?」という馬鹿げた質問は絶対にしないことだ。

 大掃除が大変になるのは、年末という忙しい時期に大掃除をしてしまうからであって、前倒しで大掃除を進めて行けば、余裕を持って年末年始を迎えることができるようになるのだ。今まで大掃除にネガティブなイメージを持っていた人は、とにかく大掃除を早目に遣って欲しい。大掃除の見方が完全に変わってしまうようになるのだ。

 できることなら、大掃除だけでなく、「春先」と「夏の終わり」に小規模な大掃除をしておくことだ。1年に1度、大きな掃除をするからこそ掃除が大変になってしまうのであって、冬が終わった春先と、夏が終わった秋の初めに掃除をしてしまうと、大掃除が非常に楽になるのだ。冬の間や夏の間は特に汚れるものなのであって、その直後に掃除をしてしまえば、汚れが溜まらくなるようになるのだ。

 12月は何かと忙しい時期だ。お歳暮の手配や、年賀状を書かねばならない。しかもよりによってこの忙しい時期に死亡したりする人が出て来て、お通夜に行ったり葬式に行ったりしなければならなくなるからだ。臨時の用事が入るたびに大掃除が遅れてしまい、それが余計に大掃除の負担を重たくしてしまうのだ。

 だから大掃除を早目に行い、大掃除を早目に終わらせておくと、余裕を持って年末年始を迎えることができるようになるのだ。12月の中でも大掃除が一番時間を食う以上、大掃除を早目に終わらせれば、他のことをすることができるようになり、今までの師走よりも充実した師走を実現することができるのである。

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自営業者の妻なら働くの当たり前

●自営業では専業主婦になることは許されない

 夫婦共働きであっても、夫と妻それぞれの職場が違うのであるならば、妻には相当な勇気がいるものだ。しかし夫が自営業であるなら、夫婦共働きといっても、そんな勇気は必要ない。妻が夫の家に嫁いで来れば、妻が働くのは当然のことだからだ。自営業は個人でやっているために、慢性的に人手不足であり、妻の助力は絶対に欠かせないのだ。

 ところが、専業主婦がいる家庭で育った娘さんだと、結婚後に自分が働かなければならないことにブー垂れてしまうのだ。自営業をやっている男性の妻が専業主婦をやることは絶対に許されないのだ。妊娠しようが、出産直後であっても働かされるものなのである。自営業というのは働きまくることで、ビジネスが成立しているものなのである。

 自営業というのは、税金と必要経費を支払ってしまえば、後は自分の儲けになるので、その利益率は非常に大きいのだ。自衛業者の所得というのは、サラリーマンやOLが聞けばビックリするような高い金額なのである。所得が高いのだから、楽してその金額を得ることなどできないのであって、当然に労働は会社員よりも過酷なものなのである。

 自営業の男性が結婚を決意する場合、その自営業が既に軌道に乗った時でしかない。そのため女性にとって金銭的な問題は殆ど存在しないのだ。それなのに結婚してみると、仕事しまくりの日々が待ち受けているので、それで文句を言ってしまうようになるのだ。自営業の男性と結婚したのなら、とにかく心を入れ替えて、自営業というのは妻が働きまくらねばならないと覚悟を決めるべきなのである。

 自営業の妻の育児というのは、大抵が姑の手助けを受けるものだ。姑は嫁が労働に追われることを知っているので、まともな感覚の持ち主なら必ず手助けをし、嫁に過酷な負担が強いられないようにするのである。だから育児のことを心配することなく、積極的に仕事に取り組んで、夫の仕事がより成功して行くようバックアップしてあげるべきなのである。

●夫の命令に従うべきだが、夫は全てを教えてくれるわけではない

 自営業の場合、その形態がどのようなものを取ろうとも、夫婦二人でやるか、夫婦二人が中心になってやるしかない。そのため自営業独特の問題が発生して来るのだ。夫は仕事のことに関して命令を下して来るものだが、全てのことを教えてくれるわけではないということなのである。

 会社で働けば、命令を下して来る上司は、基本的に全てのことを教えてくれる。会社は機能集団化しているために、個人が勝手なことをされては困るからなのである。しかし自営業はそこまで機能集団化されている訳ではなく、個人が自由に行っていい余白が沢山残されているのである。

 それゆえ、妻が夫の意見ばかりを聞いていては片手落ちなのである。仕事を習得するためには、とにかく夫の意見を聞いて、それを実行しなければならない。だがそれでOKというのではなく、夫は全てのことを教えてくれない以上、自分で考えて行動を起こすことがどうしても必要となってくるのだ。

 この義務を果たして来ないと、夫婦共々いつも同じ意見になってしまい、その自営業は失敗することはないが、かといって大成功することもないのだ。これは自営業者が陥り易い非常に危険なパターンなので、絶対に避けることだ。自営業は所得が高いために、自分たち夫婦が間違ったことをやっていても、食いっぱくれることがなく、還暦を過ぎるまで延々とその間違ったことを遣り続けてしまうのである。

 自営業では夫は既に自分の仕事で手一杯になっている筈だ。そこに妻が何かしらの仕事を加えるからこそ、その自営業に凄まじい変化を引き起こし、それがビジネスの拡大に直結して来るのである。自営業者の妻なら、いつも働きまくって動き回っていれば、自然と自分のすべきことが見つかるものなのである。

●経理は妻の仕事

 自営業者の妻なら経理は妻の仕事となる。夫は本業で疲れ切っており、経理どころではないのだ。というか経理というような地味な作業をやっていては、夫は他の重要な仕事ができなくなってしまうのだ。本業が終わった後に、妻が計算機を片手に経理を行うというのは、自営業者の家ならごく当たり前の風景なのである。

 妻が経理をしっかりつけることで、その自営業の成功と失敗を分けるものなのである。例えば経理をしていれば、夫が無理なビジネスを展開しているなら一発で解り、その危険をいち早く知らせることができるからだ。幾らそのビジネスが巧く行っていても、運転資金がショートしてしまえば、破綻してしまうものなのである。

 それから税金のことに関してはとにかく勉強しておくことだ。昭和憲法体制下では税法自体が悪法になっており、非常に複雑な規定になっているからだ。必要経費で落とせるものは全て必要経費で落としてしまえば、それだけ税金を安くさせることができ、多くのお金を得ることができるものなのである。

 自営業であっても、最早、単式簿記では経理して行くことができない世の中になっているので、暇を見つけて複式簿記を習いに行くことだ。最初は難しくても、理論が解ってしまえば、複式簿記など簡単だし、しかも複式簿記を経理に活かすことで、自営業が非常に安定したものになり、確実に儲かるビジネスを展開することができるようになるのだ。

 経理のことに関しては逐一夫に報告しておくことだ。経理の操作によってお金を生み出すことが大変だと解っていなければ、夫はお金の有難味が解らず、折角稼いだお金を酒や女やギャンブルに使ってしまうからだ。自営業者は自己投資をなかなかしてこないので、こういう馬鹿げたことを平気でやってしまうのである。

●妻だからこそ創意工夫を施す

 自営業者の場合、妻のアドバイスがその自営業を大成功に導いた例というのは非常に多い。夫は全力で仕事に取り組んでいるために、「発想の転換」というものがなかなかできないのだ。仕事を一緒にしつつも、妻だからこそ見えて来るものがあって、そのアイデアこそ自営業にとっては非常に大事なのだ。

 例えば有機無農薬の農業を遣り始めた農家では、妻がアドバイスをくれたからこそ、今までの化学肥料や農薬まみれの農業をやめることができた例が非常に多いのだ。妻は家事をこなしている以上、こんな危険な農作物など料理に使えないと思うからこそ、有機無農薬の農業を提案し、それを夫が実行に移して行ったのだ。男性なら収穫高がどうのこうの、化学肥料や農薬を使わない農業なんて無理だと言い放って、なかなか今までの間違った遣り方を改めないものなのである。

 農業を廃業にする者たちが出て来るのは、化学肥料や農薬を使って高コストで農業をやっているからなのである。商売というのは低コストでビジネスを行うからこそ儲かるものなのであって、高コストでやってしまえば、どうやっても儲からないものなのだ。じゃあ、化学肥料や農薬を使わずに、今まで通りの収穫高を出すためにはどうすればいいと問われるなら、化学肥料ではなく家畜の糞を使い、農薬ではなく木酢液を使えばいいのだ。固定概念を捨ててしまえば、幾らでも方法は見つかるものなのである。

 料理店なら夫は料理人として美味い料理を出すことはできるけど、それ以外の事に関しては頭が回らないものだ。料理店でその食事が美味しいと思うのは、料理が2割程度であって、後はその料理店の雰囲気がいいからこそ、美味しいと思うのである。だから妻が照明やインテリアに拘れば、その料理店は繁盛し始め、儲けて行くことができるようになるのだ。

 飲食店でも倒産していく飲食店は多い。それは料理ばかり拘ってしまい、それ以外の所に充分な配慮をしないからなのである。要は1回限りの店を作るのではなく、何度も来たくなるようなお店を作ればいいのだ。どうすればお客様が何度もお店に来てくれるのかということを必死になって考えれば、幾らでもアイデアは浮かんでくるものなのである。

 大抵の自営業者の夫婦は非常に夫婦仲がいいものなのである。自分たちの労働がそのまま収入に直結して来るのは、非常に働きがいがあり、しかも夫婦が共同で稼ぎ出したという思いがあるからだ。だからこそ自営業をやっているのに貧乏というのは無能であり犯罪に近いことをやっているのである。自営業者なら成功して当たり前だからだ。お金を儲けるために労働は確かに必要だが、アイデアこそが巨万の富を生み出すものなのである。それが解れば簡単に成功して行くものなのである。

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家庭と仕事の両立 技術編

●まずは早起き、とにかく早起き

 家庭の仕事の両立とは、そういうふうに家庭と仕事を平等な物と考えるのではなく、家庭を中心にして、仕事は片手間でこなすという遣り方をしてこそ、家庭も仕事も巧く行くようになっているのだ。専業主婦が全力で家事や育児に取り組んでも、未だ足らざる所があると思っているものを、働く母親たちが半分のエネルギーしか使わずにこなすことなどできないものなのである。

 働く母親が家庭も仕事も巧く行くようにしたいのなら、とにかく早起きすることである。早朝は人間の集中力が最も高まっている時間帯なので、この時間帯に家事や仕事を処理してしまうのである。子供が起きて来たら、その対応に追われなければならなくなるので、子供が寝ている間に家事や仕事を済ましてしまうべきなのである。

 働く母親たちで仕事を成功させている女性たちは全て早起きである。午前4時とか、午前5時にはもう起きているのだ。早ければ午前2時に起き出している母親たちもいるのである。どんなに遅くても午前6時までには起きるべきであって、絶対に朝寝坊すべきではないのだ。

 「早起きをするためにはどうすればいいのか?」といえば早寝をすればいいのである。疲労を除去してくれる成長ホルモンは午後10時から午前2時の間に大量分泌されるので、午後10時までに就寝するべきだし、午後11時にまでには絶対に就寝しておくべきなのである。早寝だからこそ疲労を除去でき、疲労が除去されてしまえば、自然と朝早くから目が覚めることになるのだ。

①食事パターンの変更

 朝早くから家事や仕事をこなしても、朝から大量に朝食を食べていたのでは話にならない。朝食はフルーツ朝食に切り替え、午前中の段階で胃に負担がかかるようなことをしないべきなのである。そうすれば午前中の時間を有効に利用でき、非常に多くの仕事をこなすことができるのである。朝食を軽くする代わりに、夕食を豪華にすれば、夫や子供たちも満足できるのである。

②残業をしない

 早寝早起きをしている以上、職場では絶対に残業をしないことだ。早目に出社して朝から猛スピードで仕事をこなしていき、重要な仕事を最優先で行い、不要な仕事は後回しにすることだ。気をつけるべきは終業時間直前に仕事を依頼してくる馬鹿な社員であって、この手の礼儀知らずで無能な人間とは距離を置いて避けるようにすることだ。

③飲み会には参加しない

 それから飲み会には絶対に参加しないことだ。働く母親がヘベレケになって帰宅すれば、家族に示しがつかないのだ。仕事をする上でアルコールは天敵であって、祝い事がないのなら絶対に飲むべきではないのだ。飲み会を「飲みにケーション」といって、人間関係を深めようというが、実際に飲み会に参加しても人間関係が深まらないものだ。それよりも仕事を真面目にやって実績を積み重ねた方が、職場での人間関係を深めることができるようになるものなのである。

●テキパキと家事と仕事をこなす

 家事の生産性も、仕事の生産性も、それらを行うスピードと正比例の関係にある。スピードが早ければ生産量が多いし、のろのろとやっていれば生産性が非常に低くなってしまうのだ。家事にしても仕事にしても時間無制限でこなすのではなく、時間制限を設けてこなすようにすることだ。

 家事ではやるべきことが沢山あるので、とにかく家事のスピードをあげることだ。例えば料理などは時間がかかる料理などは平日に作らず、平日は短時間で作れてしまう料理だけを出すようにすることだ。皿洗いを簡単に済ませるためには、料理を大皿に盛って、それを各自が受け皿に取るようにすればいいのだ。

 その一方で無駄な家事はドンドン削減して行くことだ。例えばハンカチのアイロンがけが面倒臭いと思うなら、ハンドタオルに切り替えてしまい、自分はアイロンをかけなくても済むようにしてしまえばいいのだ。Yシャツなども自分でアイロンをかけるのでなく、お金を支払ってクリーニング屋に頼めばいいのである。

 仕事をする際は事前に手帳に今日すべき仕事の予定を書き込んでおき、事前に頭の中にインプットしておくべきなのである。こうしておけば、職場に着いた途端に仕事をし始めることができ、午前中には殆どの仕事をやり終えているものなのである。午後は自分の仕事以外の仕事をすれば、他人の3倍以上の働きをすることができるのである。

 仕事のスピードを上げるためには、最新鋭の機械を積極的に導入して行くべきである。る。例えばパソコンなどは、新機種の方が断然性能がいいものなのであって、いつまでも旧式のパソコンを使っているべきではないのだ。新型のパソコンを使ってしまえば、今まで大量の時間を費やしていた作業が、短時間で終わってしまうということも有り得るのだ。

●周囲の力を巧く活用する

①夫

 母親が家事も仕事もこなしている家庭では、夫の支援は絶対に欠かせない。夫には家事の全てを頼むのではなく、自分ができないことだけを頼むようにすることだ。例えば「子供の風呂入れ」などを頼んでしまい、夫と子供が風呂に入っている間に家事をテキパキとこなしてしまうのである。

②子供たち

 子供たちも巧く活用して行くことだ。例えば洗濯物は畳まないようにし、子供たちにそのまま与えてしまい、自分で折り畳むようにさせることだ。こうすれば母親が洗濯物を畳んで、箪笥に仕舞うという手間が省けるので、圧倒的に時間の節約になるのだ。相手が子供だからといって母親が全部世話をするのではなく、自分でできることは自分でやらせるようにすべきなのである。

③自分の母親や姑

 自分の母親や夫の母親を利用して行き、家事や育児の手助けをして貰うべきなのである。出張でどうしても家を空けてしまう時は、自宅に来て子供の面倒を見て貰うとか、子供たちを相手の家に預けるとかすればいいのである。親を活かすことなく仕事をすると、どうしても無理が生じてしまうものなのである。働く母親が無理なく仕事をするためには、自分の母親や夫の母親を活かして行くしかないのである。

④家政婦を雇う

 仕事が忙しく、家事がどうしてもできないというのなら、家政婦を雇ってしまうものだ。家政婦を雇った時点で、自分は家事から解放されるだから、仕事に全力を投入すればいいのだ。家政婦を雇うためにはそれなりのお金がかかるが、その費用は自分の稼ぎで賄えばいいのである。家政婦を雇えないようであるなら、家庭を犠牲にしてまで働くべきではないのである。

 未熟な母親なら、誰かに頼むということを通り越して、相手に必要以上のものを期待し、それができないと怒り出すということを仕出かしてしまうものだ。特に夫には過剰に期待してしまうために、夫が家事や育児を手伝わないと、大喧嘩になってしまうものなのである。そうならないよう自分の精神レベルを上げて、夫の僅かな手助けに感謝すべきだし、子供たちや、自分の母親や夫の母親をどんどん使って行くべきなのである。

●無駄な時間を削減して濃密な時間を作る

 1日中、家事と仕事をテキパキとこなしたら、働く母親といえども疲労するものなのである。自分が疲労しているからといってテレビをダラダラと見て時間を潰してしまわないことだ。テレビを見ていれば時間などあっという間に過ぎ去って行ってしまうので、それではなんのために朝早くから働いて来たのか解らなくなってしまうのだ。

 自宅に居る時はとにかくテレビを消すことだ。もしも見たい番組があるなら、新聞のテレビ欄を見て、自分が本当に見たい番組を録画してから見るようにすることだ。こうすれば放送時間中にテレビの前にいなければならないという義務から解放されるし、CMを飛ばすこともできるし、番組が詰まらないのなら早送りすることもでき、時間を短縮させることができるのである。

 働く母親の疲労というのは、夫や子供たちと接することでしか取れないものだ。特に子供たちと一緒に遊び、濃厚な時間を使っておくことだ。子供たちといえども、母親が外に働きに出ることで淋しい思いをしているのであって、だからこそ母親と一緒に遊ぶことでその寂しさを消滅させることができるのである。母親にしても子供がいるからこそ一生懸命に働いたのであって、子供とじゃれあうことで、疲労を吹き飛ばしてしまうべきなのである。

 夫に関しては 夫婦でゆっくりと話し合う時間を持つことだ。家事や仕事で忙しくなっている分、夫婦の会話量が減っているものなのである。だから家事や仕事が全て終わった後に、夫婦でゆっくりと話し合うことで、双方の意思疎通が巧く行くように配慮すべきなのである。「今は忙しいから」といって会話をすることを拒否していると、後でとんでもない目に合ってしまうものなのである。

 そして疲労を吹き飛ばすためには、夫婦でセックスをすることだ。セックスでオルガズムに達すると、疲労が除去されるようになっているので、せっせとセックスに励んでオルガズムに達するようにすることだ。働く母親たちは仕事の忙しさの余りに性欲が減退してしまうので、それを放置してしまうとセックスレスになってしまうものなのである。

 家庭も仕事も巧く行くようにしたいのなら、1日の中で無駄な時間を徹底的に削減して行き、濃密な時間を作って行くことだ。濃密な時間こそ生産性の高い時間なのであって、そういう時間が多ければ多いほど、家事も仕事も充実して来ることになるのだ。「家庭と仕事の両立」を問えながらテレビを見ているようであるなら、絶対に巧く行く訳がないのだ。テレビなどは無駄な時間の代表例みたいなものだからだ。自分の生活には改善できるものは沢山あるのであって、せっせと改善しまくっていれば、いつの間にかに家庭も仕事も巧く行ってしまうものなのである。

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家庭と仕事の両立 考え方編

●家庭と仕事の両立など有り得ない

 既婚女性が夫も子供もいる状態で働くとなると、家庭と仕事をどう両立させようかという問題に直面してしまう。「家庭と仕事の両立」は働く母親たちの最大の悩みであるらしく、この悩みを巧く解決できないと仕事どころではなくなってしまうし、たとえ仕事で巧く行っても家庭が滅茶苦茶になってしまうという悲劇に見舞われてしまうのである。

 この「家庭と仕事の両立」に悩む既婚女性たちは想像以上に多く、定期的女性雑誌でも特集が組まれ、その度に雑誌の売り上げが好調になるという現象を引き起こしているのだ。そのため既婚女性たちはこの問題に悩むことが当たり前になってしまい、その悩みがあることで、自分は働く母親たちの仲間入りをしたのだと勘違いしてしまうのだ。

 断言しておくが、「家庭と仕事の両立など有り得ない」のだ!

 家庭と仕事のどちらが大事かといえば、家庭の方が圧倒的に大事に決まっている! 家庭があるからこそ、その夫や子供たちを豊かにさせたいがために外に出て働くのであって、家庭と仕事を平等にしてしまったら、その大目的が喪失してしまうのである。これでは幾ら悩んだとしても答えが出て来るわけがないのだ。

 結婚をし、育児をした経験のある女性なら、その一連の作業が大変だったということを知っているので、それに比べれば仕事など非常に簡単なものなのである。結婚なんて人生に起こる千載一遇のチャンスを利用してできるものであり、ビジネスにそのようなことが要求されることはないのだ。育児では赤ちゃんが夜泣きをしまくるものなのであり、ビジネスで毎晩真夜中に起こされるなんてことは有り得ないのだ。

 既婚女性なら仕事は片手間でできるものなのであって、仕事がどんなに忙しくなろうとも、家庭を中心に仕事を進めて行くべきなのである。家庭が中心と解っていれば、家庭のことをきちんと処理できるし、仕事でも必要量のエネルギーを回すことができるようになるのだ。そうやるからこそ家庭も仕事も巧く行くようになるのだ。

●「大変」なのではなく「幸せ」だと思う

 働く母親たちは「家庭と仕事の両立は大変!」だと思ってしまう。確かに家事や育児を処理するだけでも大変なのだから、それに仕事が加われば更に大変なものになってしまうだろう。しかしそういうふうに家庭と仕事の両方をこなすことを苦しみと考えるのではなく、幸せだと考えるようにすべきなのである。「自分は家庭も仕事も両方をこなすことができて幸せ!」と思えば、苦しみなど全て吹き飛んでしまい、前向きな力が湧いて来るものなのである。

 フェミニストたちは自分が仕事をする余りに結婚というものを犠牲にしてしまったのだ。そのためフェミニストたちは幾ら働こうが、自分の子孫を残すという女性の使命を果たすことなく死んでいくのだ。それに比べれば、自分は結婚して子供もいるのに、更に仕事もできるのであって、フェミニストたちよりも遥かに女性として幸せな人生を歩んでいるのである。

 またフェミニズムに洗脳されていない普通の女性であっても、保育園に子供を預けることができない母親たちは働きたくても働けないのである。幼い子供がいては、誰かに子供を預けない限り、外に出て働くことはできないのだ。それに比べれば、自分は運よくその手の問題をクリアしているのであって、保育園に子供を預けることができない母親たちよりも幸運に満ちているものなのである。

 更にはこの長期間に亘るデフレ不況で大量の失業者が出て、多くの人々は職にありつけず、ありつけたとしても以前よりも安い給料で働かざるを得ないのだ。そのような状況下でも自分には職があり、働けるのである。自分は世の中に必要とされているからこそ、結婚していても職があるのであって、だからこそ悩むことなく、一生懸命に働くべきなのである。

 この世には自分が素晴らしい境遇にいるのに、それを「大変だ」「大変だ」と騒いで、そこにある幸せを全て破壊してしまう女性たちが大勢いるものなのである。自分の考え方次第で、家庭と仕事の両方を経験できることを苦しみと感じたり、幸せだと感じたりしてしまうのである。だから「家庭と仕事の両立」はそれ自体が問題なのではなく、実はその既婚女性の精神レベルこそが問題なのである。自分の精神レベルが低ければ、家庭と仕事の両立を苦しみと考え、自分の精神レベルが高ければ、家庭と仕事の両立を幸せに感じるものなのである。

●足りない物は「感謝」

 実際に既婚女性が外に出て働いてみれば、最も頼りになるのは「夫」なのである。夫が手助けしてくれなければ、とてもではないが既婚女性が外に出て働くことなどできないのだ。そして子供たちも母親が外に出て働いているとなれば、子供なりに考えて、母親の負担が多くならないような行動を取って来るのである。

 そして職場の人々も家事や育児をこなしながら働いているとなれば、男性が全力でこなせばできないような大変な仕事を任せたりせず、その既婚女性の能力にあった仕事を任せるよう充分な配慮をしてくるものなのである。家庭と仕事の両立がどうのこのという前に職場の人々との意思疎通を図るべきであって、それができていれば仕事に支障が出て来ることなどないのである。

 女性雑誌が「家庭と仕事の両立」を特集した時、絶対に「感謝」という言葉が出て来ないのだ。自分が他人に感謝をしないからこそ、家庭と仕事の両立が大変になってしまうのであって、自分が他人に感謝してしまえば、家庭と仕事の両立など簡単にできてしまうものなのである。

 既婚女性の中には家庭と仕事の両立が巧く行かず、家庭に於いても仕事に於いても行き詰まってしまう女性たちがいるものである。中には家庭も仕事もゴチャゴチャになってしまい、離婚したり、失業したりしてしまう女性たちがいるものなのである。そうやって不幸になっていった女性たちに共通するのは「感謝が足りない」ということなのである。

 自分の意見だけを一方的に押し出していては誰も自分を支援してくれることはないのだ。自分が敢えて一歩下がり、相手の意見を聞き入れる態度を示すからこそ、周囲の人々はきちんとしたアドバイスをくれるものだし、手助けもしてくれるものなのである。家庭と仕事の両立で苦しむ既婚女性たちは自分の意見だけを押し通してしまうからこそ、誰も支援してくれることがなく、そのために家庭と仕事の両立が不可能になってしまうのである。

●働く母親は「女性の天分」を活かすからこそ巧く行く

 人間には男と女しかいないものだ。その男女は平等なのではなく、それ違った役割を神様から授かっているのである。男性は力強さであり、厳しさであり、この世を切り開いていく役割を課せられている。女性は優しさであり 愛であり、気配りを巧みに行うことでこの世を豊かにしていく役割を課せられている。男女双方が自分の役割を果たすからこそ、男女共に公平に扱われ、男女共に恩恵を受けるのである。

 働く母親は「女性としての天分」を果たすからこそ、家庭も仕事も巧く行くようになるのだ。働いているからといって仕事ばかりにエネルギーを注げばバランスを崩してしまうものなのである。女性は男性と同じように働くべきなのではなく、女性だからこそ女性の天分を活かして、バランスを巧く取って働くべきなのである。

 働く母親たちにとってフェミニストや離婚した女性たちは絶対に手本にならないし、参考にもならない。仕事を一生懸命にする余りに結婚を破壊してしまったということでは両者とも全く同じだからだ。女性として生まれたのに、女性であることを否定して、男性と同じように働いてしまったからこそ、結婚に於ける幸せを掴むことができなかったのである。

 どこの会社でも単純作業ができる労働者なら、正規の社員としては雇わず、アルバイトで頼んでしまうものだ。会社が正規の社員として雇ったということは、「あなたは単純作業をするのではなく、もっとも高度な労働をしなければならない」ということなのである。それなのに女性でありながら、女性としての天分を発揮してこなければ、周囲の人々から反感を買ってしまうのは当然のことなのである。

 自分が女性として生まれたのに、女性としての天分を発揮してこなければ、必ず至る所で問題が続出して来てしまうものだ。仕事で一生懸命働けば職場で問題が起こり、家事や育児をやっているというのに家庭内で問題が起こって来るのだ。そういう場合、誰が悪いという訳ではないのだ。自分が女性として優しさや愛や気配りを欠いているからこそ、相手がカンカンになって怒って来るのである。

 家庭で家事や育児に追われ、職場で仕事に追われていても、自分が女性としてきちんと優しさを示し、愛を注ぎ、気配りをして行けば、必ず巧く行くものなのである。労働すればそれで良いと思うからこそ、何もかもが巧く行かなくなってしまうのだ。労働は確かに大事だが、それ以上に優しさや愛や気配りといった目に見えないものの方がもっと大事なのである。それが解った時に家庭も仕事も巧く機能し始めるようになるのだ。

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夫婦共働きの逆説

●家計が苦しいからという理由で働き出すと余計に貧乏になる

 専業主婦は父系家族だからこそ出て来る特殊な女性たちなのであるが、父系家族の全ての女性たちが専業主婦をする訳ではない。父系家族では母系家族とは違って、教育に物凄く力を入れるので、父系家族で育った女性たちは高度な教育を受ける機会を得てしまい、その結果、結婚しても働く女性たちが出て来ることになるのだ。

 ところが夫婦共働きをする夫婦に限って、収入は倍増した筈なのに、生活が貧しくなってしまうという、奇妙な逆説が発生してしまうのだ。この「夫婦共働きの逆説」は「家計が苦しいからという理由で働き出したから」なのである。夫が余程の低収入でない限り、家族が生活しているだけの費用は賄える筈だ。それなのに生活が苦しいと思ってしまうからこそ、妻が幾ら働いても生活が潤わないのである。

 家計の法則で述べたように、家計を楽しむからこそ、家計が豊かになって行くべきであって、家計を苦しいものだと考えると、更なる苦しみを招き寄せてしまうものなのである。夫婦共働きなら、夫の働きで充分な収入が得られるのだから、自分が働き出せばもっと豊かになれると思うべきなのである。

 専業主婦がいる家族では貧乏のスパイラルに陥ってしまう家族は少ないが、働く母親がいる家族では貧乏のスパイラルに陥ってしまう家族が非常に多いものなのだ。それはお金云々なのではなく、心が貧しいために、生活も貧しくなってしまうという現象が起こってしまい、しかもその現象から抜け出せなくなってしまったのだ。

 母親が働き出す時は、必ず自分たち家族の生活を自問自答してみることだ。「今の生活でお金に困っているの?」って。

 そうやって自分に尋ねてみれば、「今の生活でも充分にお金はある!」って思えるようになる筈だ。自分が豊かな生活を送っているからこそ、お客様を豊かにできる仕事ができるのであって、そういう仕事ができるようになれば、収入は上がって行くものだし、自分たち家族の生活も益々豊かになって行くものなのである。

●消費と投資を担当する者がいなくなる

 夫婦共働きのもう一つの弱点は、母親が仕事に出てしまうために、消費と投資を専門に処理する者がいなくなってしまうということなのである。専業主婦が外に働きに出てもいないのに、豊かな生活を送っているのは、専業主婦が専門に消費と投資を処理しているからなのである。

 しかし母親が働き出すと、消費と投資を専門に処理することができなくなってしまい、それが後回しになってしまうものなのである。そのため消費や投資がいつまで経っても合理化することができず、無駄な出費が多くなったり、充分な貯蓄すらできなくなってしまうのである。

 家庭内の消費と投資は妻が働き出したとしても、その中心的役割を果たすのは妻の方なのである。こういうと働く母親たちの中には「なんで妻だけがそんな重たい負担を強いられなければならないの?」と疑問を呈する女性たちが出て来るのだが、父系家族では夫を家長にし、妻が家庭内の実権を全て握ることで機能することになるので、妻が仕事に出たとしても、消費や投資に関して中心的役割を果たすことにはなんら変更はないのだ。

 妻が外に働きに出れば、理論上は収入が倍増する筈である。ところが妻が消費や投資を疎かにしてしまえば、充分過ぎるほどの収入はある筈なのに、生活は苦しくなってしまい、それがストレスになって夫婦喧嘩が絶えなくなってしまうのである。このような不毛な夫婦県が積み重なれば、離婚へと悪化して行くものなのである。

 既婚女性が仕事をする時は、絶対に男性と同じように仕事をしないことだ。男性は仕事に全力を投入して来るので、女性がその物真似をしてしまえば、独身を貫くしか手段はなくなってしまうし、それにそういう生き方をしても男性が出す成果には遠く及ばない成果しか出せなくなってしまうのだ。既婚女性であるなら、仕事をする時は一生懸命に仕事をするが、消費や投資のために充分なエネルギーを残しておき、仕事が終われば母親モードになってきちんと消費と投資をこなして行くべきなのである。

●夫婦共働きでも育児に関しては妻が責任を負うものなのである

 母親が外に働きに出る場合、とにかく幼い子供を保育園に預かって貰わないと働きに出ることができないという切実な問題が存在する。保育園は無料で子供を預かってくれる訳ではないので、その費用を充分に上回るお金を稼ぎ出さねばならないのである。働くことに焦る余りにこの金額を考慮しないと、保育園の費用を稼ぐために働いているという逆転した事態になってしまうものなのである。

 近所に保育園がなくて外に働きに出ることができないのなら、それは「今は働くな」ということなのである。金銭的に生活がギブアップしているのなら別であるが、そうでないのなら子供が幼い時は育児に徹してしまい、もう少し大きくなってから働き出すという選択肢を選んでもいいのである。

 母親が外に働きに出るということは、自分の子供に相当な負担を強いていることを決して忘れてはならないのだ。子供にとっては母親には側にいて欲しい時期がある。それは乳幼児の時期なのである。子供の脳は5歳から6歳で脳の臨界期を迎えるので、この時期に母親がいないというのは、脳の成長に相当なダメージを与えてしまうということなのである。

 そういうことをきちんと考慮していれば、自分は外に働き出そうとした時に簡単に保育園が見つかってしまい、しかも保育園から帰ってきてもきちんと育児ができるようになるし、今はまだ外に働きに出て行かない方がいいなと思うなら育児に徹して、子供が大きくなったら外に働きに出ればいいのだ。

 人間の運命というのは自然に流れて行くものなので、自分が無理をすれば、どこかで損害が発生するものなのである。夫婦共働きであっても、育児は妻が責任を負うものだと覚悟していれば、神様が「お前は母親でも外に出て働きなさい」と命じられれば保育園が見つかるものだし、「今はまだ育児に専念しないさい」と命じられれば幾ら探しても保育園が見つからないものなのである。

●夫婦の愛の形が出来上がっていないのに、収入を増やし過ぎてしまうと、結婚は破綻してしまうもの

 夫婦共働きの夫婦には外で働いて収入が増えれば生活も豊かになるだろうと思っていたのに、実際にやってみると一向に生活が豊かにならず、それどころか逆に生活が貧しくなってしまったという事態に襲われてしまった夫婦が多数存在する筈だ。所得というのは、消費と投資があってこその所得なのであって、消費と投資に充分な時間を割かねば、幾ら収入を増やしても一向に豊かにはならないのである。

 だからこそ「夫婦の愛の形」というものが大事ななのである。夫婦の愛の形が出来上がっていないのに、沢山のお金を持ってしまうと、お金がある筈なのに貧乏になってしまい、結婚が破滅してしまうものなのである。お金は必要以上に持ってしまうと、想像を絶する不幸を招き寄せてしまう。ものなのである。

 そう! お金は必要があるなら、どこからともなく遣って来るものなのであって、決して焦って得ようとするべきではないのだ。結婚当初ならどの夫婦も所得は低いものなのである。その低所得の内に夫婦の愛の形を築き上げ、消費や投資を整えて行くのである。そういうことをやっていると徐々に収入が増え始め、収入が増えたとしても結婚が破壊されなくて済むのである。

 若い時は上昇志向に取りつかれるものだ。独身であるなら自分が上昇志向に取りつかれても、誰にも迷惑をかけることがないから、その遣り方で生きていても別に構わないのだ。しかし結婚してしまえば、自分には家族がいるのだから、独身の頃のような無茶な上昇志向を持つべきではないのだ。結婚しているのに、独身の頃のような無茶な上昇志向を持てば、確実に家族が不幸になるし、自分自身も強烈なストレスを感じてしまい、自分が意図しないことを平気でやってしまい、自ら墓穴を掘ってしまうようなことをしてしまうのである。

 結婚したのなら無茶な生き方をするのはなく、地道に且つ着実に生きて行くしかないのである。そうやって現実的になって生きていると、自然と自分の進むべき道が示されて、自分が働くべく時は自然と職が見つかり、しかも仕事だけするのではなく、きちんと消費や投資、家事や育児に充分なエネルギーを回せることができるようになるのだ。そういう生き方をするから豊かな生活を実現できるのであって、夫も子供たちも笑顔になってくれるものなのである。

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驚異的な威力を発揮する専業主婦

●協業と分業こそ繁栄の基本

 経済の基本は協業と分業である。自分が全ての仕事をこなすのではなく、自分は生産量の高い仕事に集中し、生産量の低い仕事は他人に委託してしまうべきなのである。自給自足のような生活をしてしまうと、自分がやるべき仕事が多くなってしまい、自分の労働量が多い割には豊かになることができないのだ。

 結婚して妻が専業主婦になると、夫は仕事に全力を投入することができるようになる。そのため夫は生産量を最大化することができるし、妻は家事や育児を専門にこなすことで、非常に豊かな生活を実現できてしまうのだ。結婚した女性の多くが、妊娠を期に自分が仕事を辞めて、収入が減少している筈なのに、豊かな生活を実現してしまうのは、経済の基本が作動し、巧く協業と分業がなされるからなのである。

 専業主婦というのは父系家族にだけに見られる特殊な現象なのである。母系家族では既婚女性は常に働き続けなければならない。妊娠や出産をしても特別扱いされることはなく、仕事をし続けなければならないのだ。それに対して父系家族では男性が働き続けることによって、妻は労働から解放されることになるのである。

 この「労働からの解放」ということこそ、豊かさを生み出して行く貴重な用語なのである。人間は労働だけに従事していては、生活費を稼ぐのにやっとになってしまい、生活を豊かさにする行為を行うことができないのだ。誰かが労働から解放されない限り、今までの生活よりも豊かな生活を実現するということができないのだ。

 恐らく文明誕生以前の人類は母系家族が主流だった筈だ。そのため食料は調達できるが、それ以上豊かになって行くことができなかったのだ。そこに父系家族を採用した部族が登場し、母系家族の部族を征服して行くことで、文明が誕生して行ったのである、日本でも母系家族を採用した縄文時代は1万年近く停滞した文化だったのが、父系家族を採用した弥生時代になると一気に文化は発達し始め、豊かな生活を実現して行ったのである。

●消費と投資に特化する専業主婦

 家計的になんで専業主婦がそんなに凄い結果を引き起こすのかといえば、専業主婦は消費と投資に特化しているからなのである。夫は仕事で全力を使い果たしている以上、消費や投資といったものに充分なエネルギーを回すことができないのだ。しかしその夫の妻が専業主婦なら妻によって充分ねエネルギーを回すことができるので、消費や投資に対して合理化を行うことができ、生活が豊かになってしまうのである。

 専業主婦が豊かになれるのは、飽くまでも「消費と投資に特化すれば」という条件の下に於いてなのである。専業主婦だから何も労働しなくていい訳ではなく、自分が外で働いていない分、消費に工夫を凝らし、地道に貯金して行くことで、投資に回せるお金を確保しなければならないのだ。そういうことを繰り返していれば、自然と豊かになって行くものなのである。

 西ヨーロッパでもアメリカでも日本でも、先進国が豊かになって行った時代は、常に専業主婦が存在していたのである。専業主婦がいたからこそ消費や投資が活発に行われ、生活が着実に豊かになっていったのだ。それなのにフェミニズムが発生して来ると、女性といえども働かねばならないという意見が主流になってしまい、その意見が政府に採用されてしまうと、専業主婦潰しが始まり、そして経済は低迷し、国民の生活は逆に貧しくなって行ってしまったのだ。

 男女平等を掲げ、夫婦共々働いた方が豊かになるという考えは根本的に間違っているものなのである、女性が結婚後働くか否かは、基本的に父系家族なのか母系家族なのかで決まってしまうものなのである。専業主婦が出て来るのは父系家族だけだから、父系家族が多い国家ほど、その国の経済は発展して行くものなのである。

 経済学の労働価値説に縛られてしまうと、夫婦共々働かせた方がいいと考えてしまうものだ。しかし夫婦共働きになってしまうと、消費と投資を特化する者がいなくなってしまい、表面的には収入が増えているように見えて、そのくせ自分たちの生活を豊かにする行為ができなくなってしまうのである。

●専業主婦の落とし穴

 それでは専業主婦は万々歳かというと決してそうではないのだ。専業主婦は父系家族の産物であり、文明誕生以前は母系家族の方が主流だったという歴史的事実存在するのだ。だから女性たちの中には当然に違和感を持つ女性たちが存在していて、それが専業主婦を否定するようなことを平気でやってしまうのである。フェミニズムは専業主婦にとって最悪の敵な筈なのに、フェミニズムにかぶれる専業主婦たちが出て来てしまうということを見ても、専業主婦の価値が解っていない専業主婦は平気で自分を破壊してしまう自滅行為をやってしまうのである。

①自分の功績が解っていない

 まず専業主婦の落とし穴として、自分自身が自分の功績が解っていないということがある。夫は仕事で働くことによってお金を稼いでくるが、専業主婦はそのお金を遣り繰りして生活しているにすぎないと思ってしまっているのだ。幾ら夫が大金を持ってきても、妻がきちんと遣り繰りしないと、お金は雲散霧消してしまうということが解っていないのだ。専業主婦がお金を巧く遣り繰りしたからこそ、豊かな生活を実現できたのである。

②世間知らず

 専業主婦は家庭が行動の中心となるので、意外と世間知らずになってしまうものなのである。専業主婦といえども情報の交換には気を配るべきであり、何が正しいのか、何が悪いことなのかを知っていないと、自分を破滅させる連中に騙されてしまうものなのである。例えばフェミニズムに洗脳された女性政治家が出て来て、女性だからという理由でそれを支持してしまうと、重税という結果を引き起こしてしまうのである。所得税の配偶者控除の撤廃も専業主婦の世間知らずに付け込んで行われたものなのである。

③育児上手の反抗爆発

 専業主婦は育児に充分な時間をかけられるから、当然に育児は上達することになる。しかし育児が上達したからといって必ずしもいい結果が出る訳ではなく、専業主婦の中には子供に干渉しすぎる余りに、反抗期になって反抗が爆発して来るという事態を引き起こしてしまうのである。フェミニストの多くが、専業主婦の母親の下で育って来たという事実を決して忘れるべきではないのだ。

 専業主婦というのは、誰もができることなのではないのだ。まず母系家族では専業主婦など絶対にできない。また父系家族であっても収入が低すぎてしまえばできないし、妻が家庭の中に納まりきれるような人物でない場合も専業主婦をすることはできないのだ。専業主婦ができるというのは非常に幸運なことなのであって、女性の中でも選ばれた女性たちしかできないものなのである。それが当の専業主婦たちには解っていないのだ。

●専業主婦なら主婦業に精進すべし

 専業主婦というのは主婦業が専業になってこそ、専業主婦たりえるのである。だから専業主婦は主婦業に精進すべきなのである。結婚を機に会社を辞めたとか、妊娠を機に会社を辞めた場合、いつまでも働いていた頃の自分を引き摺るのではなく、主婦業に邁進してしまうことだ。

 赤ちゃんを出産すれば育児に追われてしまうものなので、妊娠中に家事の仕方をきっちりと学んでおくことだ。「料理」「掃除」「洗濯」のどれをとっても、簡単なように見えて、実は奥が深いものなのである。料理はレシピを揃えて行くべきだし、掃除は短時間で効果的な掃除の方法を考えるべきだし、洗濯にしても手早くできるように遣り方を改善し続けて行くべきなのである。

 専業主婦なら家計を管理するのは妻の仕事になるので、家計簿をつけるのは当たり前だし、消費の合理化を行い、確実に貯金を貯め込んで行くようにしなければならないのだ。専業主婦だというのに、家計を管理せず、貯金すらないのなら、それは主婦業を何もしなかったということと全く同じことなのだ。

 赤ちゃんが生まれれば、育児の仕方をとにかく学んでいくことだ。人間は他の動物たちとは違い、誰かに育児の仕方を教わらないと、きちんと育児ができない動物なのである。だから自分の母親や姑の意見は素直に聞くべきだし、助産師や保健師の意見は参考にすべきだし、ママ友との情報交換もきちんと行っておくべきなのである。

 一旦、主婦業が巧く行き出すと、家族の生活が加速度的に豊かになって行くものなのである。自分に雑念があったり、技術が未熟だったりすると、いつもダッタンガッタンしてしまい、至る所で問題が発生して来てしまうのだ。立ち止まって考えるようなことはせず、とにかく走り出してしまうことだ。そうすれば大した苦労もなく豊かになって行くものなのである。

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タマティーのお勧め本『ダークヒストリー図説イギリス王室史』

●非常に読み応えのある一冊

 俺はイギリスの歴史がさっぱり解らない。

 イギリスの歴史の本を幾ら読んでも曖昧な理解しかできないのだ。それもその筈、イギリスの歴史には英雄豪傑がなかなか出て来ないので、歴史の登場人物たちに魅力を感じるということがないのだ。この点、フランスにはナポレオンがあり、ドイツにはヒトラーがあり、ロシアにはスターリンがいるので、その独裁者を手掛かりに歴史を解明して行くことが可能なのだ。

 それともう一つ、イギリスは君主制の国家なので、歴史学者が王室を無視して、イギリスの政治を論じても、イギリスの歴史が全く解らなくなってしまうのだ。例えて言うなら、日本史を解らせるのに、皇室抜きで論じたら全く解らなくなるように、イギリスも王室抜きで歴史を論じたらさっぱりと解らなくなってしまうと同じように。

 そうやって俺がイギリスの歴史に悪戦苦闘している中、これさえ読めばイギリス史を理解できる本が現れました。それが『ダークヒストリー図説イギリス王室史』なのである。イギリス王室の表の歴史を見せるのはなく、イギリス王室の裏の歴史を見せることで、逆にイギリス王室の歴史がきちんと理解できてしまうのだ。

ダークヒストリー 図説 イギリス王室史

 この本が有難いのは、王室の系図を載せていることだ。イギリス王室のことを扱った本の中には系図を載せていない本もあるので、非常に不便をしてしまうものなのである。系図を見ないと、イギリス王室のことなど解る訳がないのだ。それと王族たちの肖像画が掲載されているので、その肖像画を見ることでなんとなくその人物のことを理解することができるのである。

 定価は4500円と値段が張るが、これ1冊あればイギリス王室の歴史が解るので、非常に有益なのである。イギリス王室のことを論じた本は沢山あるが、それらを読んでもなかなかイギリス王室のことが理解できないのだ。それよりも値段は張るが、最もレベルの高い本を読んでしまった方が、無駄な労力と時間とお金を削減できるので、非常に有難いのだ。

●題名に問題あり

 『ダークヒストリー』の著者はブレンダ・ラルフ・ルイスというイギリス人で、イギリスの新聞で王室担当の記者を経験した後、作家になったという経歴を持つ。日本でもそうだが皇室担当の新聞記者というのは皇族たちを相手にしている内に新聞記者自身、気品が高くなってしまい、しかも皇室のことを知らなければならなくなるので、非常に勉強熱心になる。そのためにいい文章を書くし、レベルの高い本も書けるのものなのである。因みに、新聞記者の中で最も柄が悪く、勉強しないのは政治部の新聞記者たちだと思う。

 イギリス人の作家の中でも文章能力は非常に巧い。無駄な文章を全て削ぎ落して、論旨が明解な文章を書き連ねて来る。しかも系図や肖像画やコラムがあるので、読みながら様々な寄り道ができるのである。後は翻訳者の腕次第で日本での作品の良し悪しが決まるが、翻訳者の「高尾菜つこ」さんはきちんと翻訳の仕事をこなしたと思う。

 しかし問題がある。しかも題名にこそ問題があるのだ!

 原題は『A DARK HISTRY:THE KINGS AND QUEENS OF ENGLAND』なのである。直訳すると、『暗黒の歴史;イギリスの国王たちと女王たち』となる。イギリスの本では『A DARK HISTRY』がバ~ンとでかく書かれ、その下に副題がつくので、イギリス人ならその表紙を見れば、この本が一体何について書かれているか一発で理解することができる。アルファベットはかなり空間を食うので、題名自体をコンパクトにする必要性があるのだ。

 ところが日本語版だと、『ダークヒストリー図説イギリス王室史』なのである。これでは著者の意図した物と、翻訳者が翻訳した題名とでは、全く異なってしまうのだ。著者はイギリス王室の暗黒史を述べたのであって、イギリス王室の歴史をストレートに述べた訳ではないのだ。また「ダークヒストリー」の「ヒストリー」と、「イギリス王室史」の「史」がダブっているので、非常に無駄なのである。更に「図説」という言葉は原書の題名にはないものなのであり、これも余計なのである。

 こういう場合、『イギリス王室暗黒史』と翻訳してしてしまえば、日本の読者たちに一発で理解させることができる。大体、長すぎる題名の本は売れないものなのである。原書の題名を直訳してはならないし、余計な日本語もつけてはならないのだ。原書の題名を踏まえて、その真意に沿うように日本語に翻訳しないと、いい翻訳とはいえないのだ。この辺りの能力は英語ができるとかいう問題なのではなく、翻訳者としてのセンスの問題なのである。

●監修者は本当に必要だったのか?

  『ダークヒストリー』の内容が良かったために、非常に勢いよく読み進めてしまった。読んでいると読み応え十分だし、イギリス王室の歴史が現代にまで繋がり、しかもイギリス王室が抱えている問題が決して解消された訳ではなく、王制の存亡を揺るがすような時限爆弾を抱えたまま存続し続けているということを読者たちに知らせるのである。

 ところが本文を読み終えた後の監修者の解説が解説になっていないのである。監修者の樺山紘一氏はイギリス王室のスキャンダルの歴史が、イギリス人の王室スキャンダル嗜好を生み出し、それが推理小説を生み出して行ったかのようなピント外れの解説になっているのである。

 日本の文学者の中には政治と文学を結びつけて論じる者がいるものだが、日本なら平安時代までなら政治と文学は密着していたが、それ以降は政治と文学は距離を置いているものなのである。イギリスでの中世までなら政治と文学は密着していたが、近代以降は文学は政治から離れ、一人歩きをして行ったものなのである。

 確かに推理小説の母国はイギリスであるが、なぜイギリスで推理小説が発達したかといえば、イギリスでは近代国家の中で一番早く「法の支配」を確立させ、しかも近代的な警察制度をいち早く整えたからなのである。それとイギリスが覇権国家として繁栄し、イギリス人たち自身が暇だったということなのである。だからこそ日本だって、法治国家を整え、司法制度が完備され、経済的に繁栄すれば推理小説が盛んに読まれるようになったのである。王室のスキャンダルと推理小説にはなんの関係もないのである。

 通常なら、こんなピント外れの解説を書いて来るのなら、編集者が「これは解説になっていませんよ!」と突き返すものだし、編集者が見逃しても発行人が気付いて遣り直しを命ずるものなのである。このダブルチェックが機能しなかったのである。理由はこの樺山紘一氏が東京大学大学院卒で、しかも東京大学の教授だったからなのである。こういう所で学歴社会の弊害が如実に出て来るのである。

 俺としては『ダークヒストリー』の翻訳を担当した高尾菜つこさんの感想が聞きたかった。というのは高尾菜つこさんは、『アメリカのイスラエルパワー』『「帝国アメリカ」の真の支配者は誰か』など政治関連の翻訳書を多数出しているからだ。彼女が翻訳をした後に、どのような感想を持ったのか、それを『ダークヒストリー』の最後に入れた方が出来栄えがかなり違ったと思う。

●無為自然こそ最高の政治

 『ダークヒストリー』を読んでつくづく思うのは、国家元首というのは「無為自然」に徹するべきであるということなのである。イギリスは現在でこそ大国だし、嘗ては覇権国家でもあったのだが、実をいうと中世ヨーロッパでは非常に貧しい小国にすぎなかったのだ。だからこそ国王たちが必死に働いて国家を強くして行ったのである。

 国家元首として本当に仕事をやったのは女王エリザベス1世までなのである。それ以降は国王や女王たちは大した仕事をしていないし、それどころか仕事をしなければしないほど、家臣たちが育ってきて、政府はきちんと機能し始め、イギリスが繁栄するようになってしまったのである。

 確かにイギリス王室はスキャンダルまみれだったかもしれない。しかし国王や女王たちがスキャンダルの対応に追われているために、公務に充分なエネルギーを注ぐことができず、結果的に家臣たちが仕事をやらねばならず、そのために優秀な人材たちが育って来たのである。

 国家元首は国民の第一人者なのだから、国民の中で誰よりも働いてくれなければならないと思っている人々は非常に多いものだ。しかし国家元首が仕事に追われるのは、貧しい小国のやるべきことであって、豊かになり始めた国家がすべきことではないし、増してや大国がすべきことではないのだ。

 イギリス王室史の中でもイギリスが豊かになり始めたのに、政治に手を出す国王たちがいた。だが国王が政治に手を出すと反乱が起こり、革命が発生してしまったりと、国王の意図することと全く正反対の結果になってしまったのである。そういう失敗を多数積み重ねて行って、イギリス王室は国王や女王として何をすべきかを探り当てて行ったのだと思う。

●平時に国家元首が働きまくると国民は貧乏するもの

 冷静になって世界を見回してみると、国家元首が一生懸命に働きまくっている国家ほど逆に国民が貧しくなってしまうと言う奇妙な逆説が存在している。例えば北朝鮮なんかは格好の代表例で、北朝鮮労働党総書記の金正日は本当によく働きまくっている。北朝鮮の政治を全て支配し、軍隊を統率し、農地や工場を視察して指導を行い、テレビ局に行けばテレビ番組にまで注文をつけて来るのである。

 ところがそれで北朝鮮の人民はどうなったかというと、世界で最も貧しいといわれるくらいに極貧になってしまい、その日の食料にすら事欠き、餓死者が続出するようになってしまったのである。嘗て平壌の市民たちが言っていたのが、「金正日が酒を飲むなり、女とやりまくるのは別に構わないんだ。だが真面目に政治をやろうとした時が一番恐ろしいんだ。」ということなのである。確かに金正日が働きまくれば働きまくるほど、北朝鮮の人民は政治のために被害を被り、貧しくなってしまうのだ。

 でもこれは社会主義という非合理的な経済システムを持つ国家だから起こった悲劇だと割り切ってしまうこともできる。しかしこれが社会主義とは関係なく、寧ろ社会主義に敵対した国家で、現在は覇権国家であるアメリカ合衆国も同じような悲劇が起こっているとしたらどうであろう?

 アメリカ合衆国大統領も北朝鮮労働党総書記と同様に分刻みのスケジュールに追われ、非常によく働いている。しかし大統領が動けば動くほど、アメリカ合衆国の国力が低下して行き、アメリカ人たちの生活水準は徐々に低下して行っているのである。アメリカ合衆国の大統領は口が達者だから、常に巧い言葉を並べ立てているものだ。だがそれでもアメリカ人たちが貧しくなることを防げないのだ。

 理由は簡単なのである。

 大統領が働きするぎるから、国民の誰もが大統領に頼ってしまい、自分たちが自助努力をすることで豊かになっていこうという気概が消滅してしまったのである。国民が貧乏だからといって政府が常に経済政策を打ち出していれば、国民が自分で出来るものですから政府に頼ってしまい、誰も真剣になって貧困退治に取り組まなくなってしまったのである。

●王室は国民の最高の教育材料

 これに対してイギリスでは、国王も女王たちも国民の貧困には関心がなかった。ただ唯一の例外がエリザベス1世で、この女王の時に救貧法を制定し、貧乏人たちの救済に当たった。しかしそれ以外は国民の貧困など知ったことではなく、国王も女王も放置していたのである。

 それでイギリス王室が一体何をやっていたかというと、浮気に不倫に同性愛、陰謀に謀略、暗殺に虐殺と自分たちの欲望の赴くまま、好き勝手なことをやっていたのである。スキャンダルまみれの王室があったればこそ、イギリス人たちはそれを貴重な反面教師として自分の道徳を正しただろうし、自助努力に燃えて自らの労働で豊かになって行き、政府に頼ることなどしなくなったのである。

 イギリスの政治史上、輝かしい功績である「議会」や「枢密院」や「内閣制度」も、国王が真面目に政治を取り組んだから生まれて来たものではなく、国王が真面目にやらなかったからこそ生まれて来たものなのだ。例えば議会は国王が国民に重税を課したからこそ、それを国民が阻止するために生まれたものだし、枢密院はヘンリー8世が妻と離婚したいがために作ったものだし。内閣制度はドイツからやってきて英語が話せないジョージ1世がいたからこそできたものなのである。

 日本では大正デモクラシーの頃から議会制民主主義を日本にも定着させようと躍起になったが、そういうことでは優れた政治システムを生み出すことはできないものなのである。事実、大正デモクラシーは軍部に政権を譲り渡すことで自滅してしまったではないか!? 戦後、自民党も民主党も議会制民主主義に対してなんの疑問の持たなかった。しかし、その結果起こったことは、常に日本国民が政治の貧困に悩まされるという事態だったのである。

 政治システムを整えて行く時、外国で成功しているからといってその政治システムをそのまま取り入れることは非常に危険なことなのである。政治システムというのは、その国の歴史が偶然に生み出していったものなのであり、その歴史から切り離されて、その政治システムだけを用いるということはできないものなのである。

 日本だって律令制度は唐王朝の律令制度を真似て作ったが、結局、機能しなかった。それよりも摂関政治の方が機能したし、鎌倉幕府の執権政治の方が機能したのである。外国に憧れることなく、自国の現実を直視し、その現実の中から生み出されていった政治システムこそが機能するものなのである。

●イギリス王室を手本とする勿れ

 日本には「イギリス王室は世界に存在する王室の中でも最も素晴らしい王室だから、日本の皇室もイギリス王室を手本として学ぶべきである。」という意見が多数存在する。この考え方は根本的に間違っている。『ダークヒストリー』を読むと、とてもではないが日本の皇室はイギリス王室を手本としてはならないことが解る。

①帝王学が貧困

 まずイギリス王室には大した帝王学が存在していないということである。日本なら『書経』『史記』『論語』『大学』『中庸』『貞観政要』、『古事記』『日本書紀』『日本外史』などがあって、皇族の方々はこれらの書物を読むことが義務であり、自然と帝王学が身に就くのである。ところがイギリスにはこれらに相当する書物がないのである。

②イギリス国教会があるために、国王や女王が宗教に拘束されない

 イギリスでは国王や女王がイギリス国教会の首長であるために、宗教に拘束されないという異常な環境が存在するのだ。だからこそ王室がスキャンダルまみれになっても、宗教家がそれを批判して来ないという状況を生み出してしまったのである。日本では天皇は皇室神道を独自にやっていても、神社神道を支配している訳ではないので、常に神社神道の側から批判を受ける存在なのである。だから皇族の方々が余りにも道徳に悖る行為を行って来ないのである。

③国王が一夫一婦制を行うのは無理がある

 イギリスではキリスト教を受け入れてしまっために、一夫一婦制を取るのだが、国王が一夫一婦制を取るのは無理があるのである。どの国王を見ても愛人を作るもだし、事実上の一夫多妻制の結婚を行っているものなのである。一夫一婦制に取りつかれて、愛人を作るのが悪いと考えるのではなく、寧ろ愛人の存在を肯定し、正室に男子が恵まれない時は、側室が産んだ男子を王位継承者に迎えるというような柔軟な態度を取るべきなのである。

 もう一つ付け加えるのなら、イギリスの食事が悪すぎるのである。恐らく肉食過剰になっているために、どうしても凶暴な子供が育ってきてしまうのである。肉をそんなに沢山食べるのなら、野菜も大量に取らねば、正常な感覚を持った子供が育って来ないものなのである。そして定期的は断食をやって、肉食で疲れた内臓を休ませる必要性があるのである。

●結局、伝統的な皇室を貫く方が巧く行く

 イギリス王室にはイギリス王室なりの歴史があるし、日本の皇室には日本の皇室なりの歴史があるのだ。『ダークヒストリー』が面白いのは、イギリス王室は外国の王室に影響されることなく、自分たちの遣り方を貫いてしまったことこそにあるのだ。だからこそスキャンダルまみれではあっても、登場人物たちが非常に魅力的で面白いのである。

 日本の皇室はイギリス王室よりも古く、大体2千年の歴史を持つものである。それゆえ皇室には様々な古臭い制度を多数持っているものである。それは進歩を絶対的価値と看做す人々からは嫌われてしまい、そのような古臭い制度を捨て去るべきだという意見が強硬的に主張されるものだ。

 しかし皇室から古臭い制度を取り払ってしまったら、一体何が残ると言うだ。天皇と皇后が剥き出しになって存在していても、なんの有難味もないのだ。天皇や皇后だからこそ偉いのではなく、皇室が古臭い制度を守り通しているからこそ、天皇も皇后も光り輝くのである。

 皇室の行事が古臭いと思われていても、皇室の昔ながらの遣り方を貫けば、いずれそれを支持する人々が出て来て、結果的に莫大な利益を得ることができるのである。新しい物は一時的に人気を得ることができるが、人々は新しい物に飽きるのも早いのである。そのような不安定な物に皇室は立脚すべきではないのだ。

 『ダークヒストリー』を読むと、イギリス王室の面白さが解って来るし、逆に日本の皇室の有難さも解って来る。良書というものは、ただ単に知識を読者に与えるのではなく、その読者に様々なことを考えさせるものなのである。だからこそ是非とも『ダークヒストリー』を買って読んでみて、自分なりに考えを張り巡らしてみることだ。その考えがどのようなものであれ、この本の定価以上の利益を確実に得られるものなのである。

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セックスエネルギーの転化

●男性は結婚すると仕事が成功し始める

 男性というものは、独身時代ではなかなかビジネスを成功させることはできないものだ。それなのに結婚をし出すと、途端にビジネスが順調に行き始め、結果的に成功してしまうものだ。なんでこんな現象が起こるかといえば、結婚することによって自分にとって守るべき妻子ができ、それを養うために必死になって働かざるを得なくなったからなのである。

 人間も動物なので、この世に子孫を残すことが最大の使命となる。そのため結婚することで自分の妻ができ、その妻が妊娠して出産すると、その赤ちゃんを育てるために、せっせとお金を稼ぐようになるのである。お金がどうしても必要だからこそ、仕事を一生懸命に打ち込むことで、そのお金を得て来るのである。

 男性が若い時に女性の尻を追いかけ回すのは別に悪いことではない。男性ホルモンが大量に分泌されれば、そういう方面でエネルギーを発散させる男性たちが現れて来るものだからだ。しかし男性も30歳をすぎたら、そのような生き方をせず、身を固めて、仕事に打ち込むようにしなければならないのだ。いい歳こいて、女の尻を追いかけまわしていたら、いい仕事などできる訳がないのである。

 男性が結婚することで、自分の身に起こる最大の変化が、セックスエネルギーが浪費されることなく、子孫を作ったり、仕事が成功し出すということに使われ始めるということなのである。独身であるなら、セックスエネルギーが浪費されまくっているのである。だから赤ちゃんができないし、仕事だって巧く行かないのである。ところが結婚をすると、セックスエネルギーが有効に使われ始めるのである。

 ビジネスの成功者たちに共通するのは、自分の妻子に豊かな暮らしを実現させてあげたいという素朴な欲望を持っていたということなのである。既婚男性にとって、自分の妻が喜ぶ姿を見るのが何よりもうれしいから、仕事で成功することで妻を喜ばし続けたのである。セックスエネルギーというのは、男性たちにとって想像力の源泉であったのである。

●セックスエネルギーを引き出す

 夫婦がセックスエネルギーを引き出すためには、日頃の生活をきちんとしたものにすることだ。普段の生活が正しく行われているからこそ、夫婦の性生活も燃えるものなのであって、妻が家事や育児に精進して、身嗜みをきちんとしているからこそ、夫もセックスを楽しもうとし出すのである。

①性感帯

 女性の性感帯は全身であるといわれるが、性感帯を開発するためには、とにかく愛撫をきちんと行わなければならない。愛撫にたっぷりと時間をかけるためには、美しい体を持つべきであって、肥満にならないように気をつけることだ。定期的に筋肉トレーニングやストレッチを行って、体を引き締めておくことだ。

 できることなら、愛撫で「3回」はオルガズムに行かして貰って、それから挿入するようにすることだ。愛撫で3回もオルガズムに行けると、挿入後の性交では非常に行き易くなるので、性交の質が断然違ったものになるのだ。愛撫でオルガズムに行かないのに、行き成り挿入してしまうからこそ、性交で行くのに苦労してしまうのである。

②体位

 夫婦には好きな体位というものがあるのだから、その好きな体位を極めておくことだ。全ての体位を満遍なくこなしても、意外と楽しめないものなのであって、それよりも自分たちが好きな体位を徹底的にやった方が、性生活を楽しむことができるものなのである。同じ体位を何度も何度も繰り返すからこそ、その体位が上達してくるのであって、そうすればオルガズムにも行き易くなるのだ。

③オルガズムの回数

 オルガズムの回数にも拘りを持っていた方がいい。「最低何回行く」と決めておけば、それが成約になって、性欲が刺激され、燃えるものなのである。何も注文をつけないからこそ、ダラダラしたものになtってしまうのであって、そうこうしている内に、夫婦の性生活がなくなってしまうのだ。そうならないように注文をつけるべき所はきちんとつけて、夫婦の性生活をレベルアップして行くことだ。

●仕事への転化

 男性にしても女性にしても、性生活をきちんと行われると、脳がすっきりするという現象が発生して来る。これは性欲を発散させることで、脳が刺激され、知能が高まり、脳から雑念が除去されてしまうのである。このため夫婦の性生活の回数が少ないと、夫婦は雑念だらけになってしまい、些細なことで揉めるようになってしまうのである。

 独身男性よりも既婚男性も方が仕事を巧くこなすことができるのは、自分の性欲を確実に処理することができるからなのである。仕事に於いては雑念こそ最大の障害物であって、仕事に集中できなければ、いい仕事をすることなど絶対にできないものなのである。男性は性欲を発散すると、仕事に集中することができるものなのである。

 性生活の結果、赤ちゃんが生まれて来ると、男性にとっては赤ちゃんの成長を見るのが何よりも楽しみになって来るのだ。このためそれ以外の欲望は消滅してしまい、この赤ちゃんをきちんと育てるために、仕事を一生懸命に行うようになり、収入がアップして行くのである。

 独身男性にしても、たとえ既婚男性であっても赤ちゃんのいない男性は、仕事をしているのに、一生懸命に取り組むことがないし、あっちゃこっちゃに手を出して、自分の欲望を集中させることができないものなのである。セックスエネルギーを巧く使って赤ちゃんを作らなかったから、自分が今何をすべきかが明確になっていないのである。

 子供にしても、1人で満足していしまうのではなく、2人3人と作って行くべきなのである。そうやって夫に大きな責任を持たしてしまうと、夫はより一層仕事で精進して、より多くの稼いで来ることができるようになるのである。夫に守るべき人数が少ないからこそ、働きが悪くなり、その結果、給料が下がってしまうのである。そうならないように子供を出来る限り多く作って行くべきなのである。

●夫を生かすも殺すも妻次第

 セックスというのは、男女が平等な立場で行われる訳ではない。女性が圧倒的に優位に立っているのであって、セックスをするもしないも女性が決定権を持っているものなのである。もしも男性が無理矢理にセックスをしようすれば、強姦罪になってしまうという、非常に不平等なものになっているのである。

 しかも実際のセックスは男性が女性の体をせっせと愛撫し、女性がオルガズムに行くような性交をするものなのである。更には男性は1回射精すればヘトヘトになってしまうが、女性は何度もオルガズに行けるという羨ましい体を持っているのだ。それなのに女性はセックスに関して否定的な見解を持ち、夫婦の間すらセックスを楽しもうとしない傾向にあるのだ。

 既婚女性の中にはセックスを変態な行為と看做して、夫婦なのにきちんと楽しまない女性は意外と多いものだ。そのために夫は常に性的に欲求不満になってしまい、仕事にセックスエネルギーを使うことができなくなってしまうのだ。だから稼ぎが悪くなり、生活が苦しくなってしまうという悪循環が始まってしまうのである。

 「夫を生かすも殺すも妻次第」なのである。妻が成長してくる過程で、性に関して様々なネガティブな情報を受け続けたために、セックスを肯定することができず、それがために自分がセックスを楽しめないし、それ以上に夫だってセックスを楽しめなくなってしまうのである。性に対して解放的になりすぎるのはそれはそれで問題だが、夫婦の間に於いてはセックスをきちんと肯定し、楽しむように心掛けるべきなのである。

 大方の既婚男性たちは40歳以降から成功し始めるものだ。それは若い内はセックスエネルギーを巧く使いこなせないからなのである。セックスエネルギーを巧く使いこなすためには、結婚しなければならないし、夫婦でせっせと性生活に励まなくてはならないのである。40歳というのは、丁度、それがきちんとできるようになった年齢だということなのである。セックスエネルギーを使いこなすためには時間がかかるものなのである。だが、一旦巧く使いこなせるようになると、仕事が一気に成功し出すものなのである。

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不要な仕事を削減する

●嫌な仕事はやっても成果が上がらないもの

 自分の得意分野で仕事をするためには、それを明確にして、全エネルギーを集中させることと、それ以外の不要な仕事をやらないという選択を常に取り続けることだ。不要な仕事をやらないということは、自分の仕事を成功させるために非常に重要な決断なのである。不要な仕事をやっていては、自分の得意分野での仕事の時間が減少してしまうものなのである。

 そもそも自分が嫌いと思う仕事は、自分が一生懸命にやっても成果が上がらないものだ。自分にとって嫌な仕事は生産性が非常に低いのである。それをわざわざ自分がすべきではないのだ。そんな生産性の低い仕事は削減してしまい、もっと生産性の高い仕事をしてしまうべきなのである。

 自分にとって不要な仕事はどのくらいの割合を占めるのかというと、大体50%程度なのである。実は自分の仕事の内の半分が不要な仕事なのである。だからそれを思い切って削減しない限り、自分の得意分野に全エネルギーを投入することができないのだ。逆に言えば、今、自分がやっている仕事を見直さないと、得意分野にエネルギーを集中させることはできないのだ。

 気をつけるべきは、自分が一生懸命に働きまくり、日々残業を繰り返して、表面的には勤務態度は素晴らしく、労働時間も異様に長いのに、ところが実際に仕事の生産量を計った時、大した生産量を上げていないという事実が明るみに出る場合だ。会社で働いていれば、真面目に働く社員は評価されるものだが、かといってその者が高い生産量を叩き出している訳ではないのだ。

 大事なことは常に自分の仕事を点検して、自分の労働を生産性の低い分野から生産性の高い分野に投入することなのである。大体、その生産性の高い分野は自分が好き好んでやるものなので、実際にやってみると非常に楽しく、生き生きとして来るものなのである。それに対して生産性の低い分野で働いていると、非常に詰まらなく、疲労感が漂うようになるのだ。

●不要な仕事は誰かに委託する

 ではどうすれば自分にとって不要な仕事を削減できるのかというと、それは「その不要な仕事を他人に委託してしまうこと」だ。委託すれば、その仕事を委託された人は進んで請け負ってくれて、自分は得意分野の仕事にエネルギーを集中させて行くことができるようになるのだ。

 この際、絶対に必要となってくるのが、自分が他人に仕事を委託できる立場に立つということだ。会社の出世というのは、そのためにあるといっても過言ではないのだ。平社員なら自分が不要な仕事を上司から押し付けられる立場であって、それをこなすしかないのだが、自分が出世してしまえば、部下に不要な仕事を押し付けることができるのである。だから社内で出世して行けば、生産力が確実に上がって行くのである。

 ベンチャー企業の社長が若いのに非常に高い生産力を発揮して来るのは、社内の部下たちに不要な仕事を委託しまくり、自分は得意分野に集中して行くことができるからだ。不要な仕事を委託していれば、その仕事をこなした部下たちも実力をつけていき、その部下たちに更に仕事を与えて行くことができるようになるのだ。

 1日の労働時間は8時間が原則だし、どんなに残業しても1日12時間労働が限界であろう。それなのの自分が勤務中に不要な仕事に取り組んでいれば、あっという間に時間は過ぎ去ってしまい、それで勤務が終わってしまうものなのである。勤務中働くべきだが、勤務中は不要な仕事を避けて、自分が得意とする仕事に邁進すべきなのである。そのためには不要な仕事を他人に委託するしかないのである。

 仕事ができる人はテキパキと働いているものだが、テキパキと働いていても、それで成功できる訳ではないのだ。不要な仕事をテキパキとこなしていても、低賃金で苦しむだけなのである。自分がやっていて、もうこの仕事は自分がやらなくていいのだなと思ったのなら、とっとと他人に委託してしまうべきなのである。

●出世の分かれ目

 実はこれこそが出世の分かれ目だといっていい。我々は学校で自分のことは自分ですべきと教え込まれている。自分が不得意な教科でも、他人の力を借りることなく、自分で勉強しなければならない。試験の際に不得意な教科はやらなくていいよいう訳にはいかないのだ。そのため学校で勉強ができた人ほど、就職しても自分が不得意な仕事に一生懸命になって取り組むという悪癖が抜け切らないのだ。

 会社員が社内で出世した時、自分が上司となったら、自分にとって不要な仕事は部下に回してしまい、そうやって部下を使いこなすべきなのである。平社員として優秀だったからこそ、自分が上司になれたのだが、ところがいざ自分が上司になってみると、自分にとって不要な仕事を部下に押し付けるのがなかなか巧く行かないのだ。中にはノイローゼに罹ってしまう人たちも出て来てしまうのである。

 ベンチャー企業なら社長が秘書を雇う時こそ最大の転機となる。ベンチャー企業の社長ほどその会社を大きくするために自分が全ての業務をこなしてきたから、秘書を雇っても秘書の業務を自分がやってしまい、自分が本来すべき仕事に集中できなくなってしまうものなのである。ベンチャー企業でそこそこ大きくなったのに、成長が止まってしまう会社が出て来るのは、そこの落とし穴に嵌ってしまからなのである。、

 仕事で成功する連中はどこか「ワル」な部分を持っているものなのだ。決して善人でないし、優等生でもないのだ。自分にとって不要な仕事を他人に押し付けてしまうのは、良心の呵責に苦しむものだ。しかしそんな良心の呵責を踏み躙って、他人に仕事を委託してしまうからこそ、自分は得意分野に集中して行くことができ、仕事を成功させることができるようになるのである。

 世の中には「あの人はいい人だよ~」と周囲の人たちに言われながら、貧乏で苦しんでいる人たちは大勢いるものだ。それは仕事を成功させるために「ワル」な部分を持たなかったからなのである。これは悪人になれといっているのではない。周囲から悪人と名指しされるようでは仕事が成功することはない。しかし「ワル」な要素を或る程度持っていないと、仕事を成功させることはできないのだ。

●なぜ夫は家事の手伝いを嫌がるのか?

 仕事ができる男性ほど、自宅では家事手伝いを嫌がるものだ。妻から何度も懇請されて、やっとその家事手伝いをこなす程度のことしかしないものだ。なぜこんな横柄な態度を取るのかといえば、自分は職場で自分の得意分野にエネルギーを集中させているために、家事のような不得手な仕事は妻に任しておけばいいという当然過ぎる判断が働くからなのである。

 仕事ができる夫ほど、妻に家事や育児をまかせっきりにしてしまい、そのために妻は家事や育児が上達するようになるのだ。もしも夫が家事や育児に手をだしていたら、妻は家事や育児に上達することはないし、夫だって家事や育児で消耗してしまい、肝腎の仕事にエネルギーを投入することができなくなってしまうのだ。

 最近は夫に家事や育児を手伝って貰おうという風潮があるために、帰宅後に家事や育児に精を出す男性たちがいるものなのである。こういう夫を妻は優しい夫と褒め称えるのだが、しかしこういう男性ほど職場では大した仕事ができず、給料も低いままなのだ。夫が家事や育児をこなすことで、その代償として貧乏な結婚生活を強いられてしまうことになるのだ。

 仕事ができる男性ほど家事や育児を手伝わないが、それなのに子供が3人できりと、夫は家事や育児を手伝い出すようになるのだ。子供が3人もいれば、最早、妻一人では無理なので、その時になって初めて夫が積極的に家事や育児を手伝ってくれるようになるのだ。子供は1人や2人を産むのではなく、3人以上産まなければならない理由はまさにここにあるのだ。

 子供が1人か2人しかいない時は、どの母親たちも夫が家事や育児を手伝ってくれないと不満を持ってしまうものなのである。しかしその不満を夫にぶつけてしまうと、確かに夫は家事や育児を手伝うが、その代償として夫は得意分野にエネルギーを集中させることができなくなり、その結果、給料が上がらないのである。給料をあげるためには、夫には家事や育児に手を出して貰うのではなく、仕事に集中し、しかも自分の得意分野に全得エネルギーを集中して貰うしかないのである。それこそが成功を短期間でもたらすことができる秘訣なのである。

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得意分野に労力と時間を集中的に投入する

●得意分野で戦うからこそ成功する

 ビジネスで成功したいのなら、とにかく自分の得意分野を見つけて、そこに労力と時間を集中的に投入することだ。自分の得意分野で戦うからこそ成功するものなのであり。労力と時間を集中的に投入するからこそ成功するのだ。これこそが「ビジネスの王道」であり、成功を最短時間でもたらすことができる鉄則なのである。

 ビジネスというのは、人の数だけ存在すると見ていい。人間はそれらのビジネスを全てこなせるこなど絶対にできないのであって、自分ができるビジネスだけをやればいいのだ。自分が他人よりも劣る仕事しかできないのなら、わざわざその仕事に手を出すべきではないのだ。自分が苦手とする分野では絶対に戦うべきではないのだ。

 若い時は遊びまくったり、女を追いかけ回したりする生き方をしても別に構わない。しかし就職したのなら、早い段階で自分が得意とする仕事を見つけ出してしまうことだ。その仕事を天職だと思って自分の全力を投入すべきなのである。天職であるのなら、必ず成功するものなのである。

 「ビジネスは競争である」と思い込んでいるビジネスマンたちは非常に多い。しかし実際にビジネスをやってみると、競争というものは非常に少ないか、競争自体が存在しないものなのだ。なぜならビジネスマンたちはそれぞれ得意分野が違っているために、競争相手そのものが少ないし、居たとしても競争をしている内に相手の方が脱落して行ってしまうものなのだ。

 仕事を嫌々ながらやっている者は、幾ら仕事をしたとしても、仕事を好き好んで遣っている者に勝つことはできない。その仕事を好き好んでやっていれば、自然と仕事が楽しくなってくるので、幾らでも新たなアイデアが生まれて来て、次から次へとビジネスを展開して行くことができるようになるのだ。こうなってしまえば、その者に打ち勝てる者など一人もいなくなってしまうものなのだ。

●スペシャリストになることが出世の近道

 ビジネスマンは自分の得意分野に全力を投入するからこそ、短期間で「スペシャリスト」になることができる。その分野で自分こそが一番良く解っていれば、お客様にきちんとした対応を取ることができるようになるものなのである。お客様はその手の分野のスペシャリストを求めているのであって、スペシャリストの中でもトップの人なら最優先で仕事を依頼して来るようになるものなのである。

 スペシャリストになるためには、とにかく仕事を絞るべきなのである。あっちゃこっちゃに仕事に手を出していれば、どの仕事も中途半端になってしまうものだ。1つの仕事に絞るからこそ、その仕事が上達して行き、通暁して行くことができるようになるのである。どの分野も奥が深いものなのであって、自分が全力で取り組まない限り、理解して行くことはできないものなのである。

 会社というものは、スペシャリストから抜擢して行くようなシステムを構築しているものだ。社長や取締役たちが経営を統括しているのであり、経営陣が他に欲しいのは各分野のスペシャリストたちなのである。社員たちを使ってみて、スペシャリストになる社員が出てくれば、その社員を真っ先に抜擢して行くものなのである。言わばスペシャリストになることこそが、出世の近道なのである。

 自分がスペシャリストになって1つの専門分野が解ると、他の分野のことも解って来るようになるのだ。本当に専門馬鹿になってしまう人は別だが、大方のスペシャリストたちは1つの専門分野で成功した後、他の専門分野にまで仕事を広げて行き、多彩な仕事を展開するようになるのだ。そういうことを繰り返していれば、自然とジェネラリストになり、会社の経営に加わるほど出世できてしまうものなのである。

 会社内にいれば、その会社が行う仕事は無数存在するものだ。だからといって行き成りその全ての仕事をこなしていたら、出世していくことなどできないものなのだ。勿論、上司の命令に従うことは絶対に必要だ。しかし仕事をこなしながら、一体、自分がどの仕事が得意なのか探り当てて行くべきであり、それが解ったら全力を投入してしまうべきなのである。

●満遍なく仕事をこなすと無能になる

 ビジネスマンにとって危険なのは高学歴を持っているビジネスマンたちなのである。この手のビジネスマンたちは大学に進学するために全ての教科を満遍なくやってしまい、しかもそれが成功した経験をもっているので、自分が就職して仕事を開始しても、高校生の頃と全く同じことを仕出かしてしまうようになるのだ。

 高学歴なのに出世できなかったり、精神病に罹ってしまうような事態になったりするのは、殆どが自分の得意分野が解らず、満遍なく仕事をこなそうとするからなのである。そんなことをやっていれば、仕事の成果は上がらないし、たとえその仕事ができたとしても、その仕事の出来栄えは非常に悪いものになってしまうものなのである。人間は満遍なく仕事をこなそうとすると、無能になるものなのである。

 会社で気をつけるべきは、「総合職」が設けられている会社である。会社も規模が小さければ、総合職など設けないものだが、会社の規模が大きくなってくると、どうしても総合職を設けるようになってしまう。その会社が総合職のために独特の研修システムを備えていれば別であるが、そうでない場合は、総合職をこなしていくと、専門的能力が全くつかない人物に成り下がってしまうようになるのだ。

 このため総合職というのは本来エリートコースなのだが、仕事をやっていてもなんの面白味も感じなくなってしまい、総合職だから長時間労働をしている筈なのに、大した成果を上げることができないというストレスを抱え込んでしまうようになるのだ。総合職で高い給料を貰っている筈なのに、会社の金を横領してしまったり、アルコール中毒や麻薬中毒になってしまう人が出て来てしまうのである。

 一流大学を卒業したのだから、自分は安全だと思い込むことは非常に危険なのである。高学歴は自分の入社を優位にしてくれた程度のものでしかないのだ。事実、経済界で活躍するビジネスマンの多くが、二流大学や三流大学の卒業生たちであり、高卒の人たちだって存在するのだ。

 総合職にしても、確かに総合職はエリートコースであっても、その仕事は人間を無能にさせ易い仕事なのである。だからこそ総合職を設けた会社は研修を熱心に行い、総合職の能力を高めて行こうとするのだが、しかし研修をやっても総合職の社員ほど、研修を馬鹿にし、研修で教えられたことが身に付かないものなのである、だから大量のストレスを抱え込んでしまうのである。

●自分が好きだと思える仕事を優先的に行うべし

 我々は子供の頃から食べ物の好き嫌いをしてはならないと母親から教えられるものだし、幼稚園や小学校に行けば好き嫌いすることなく友達づきあいをしなければならないと教師から教えられるものだ。しかしそういう生き方をビジネスの場に持ち込んでしまうと、ビジネスを幾ら一生懸命にやっても成功しなくなってしまうものなのである。

 ビジネスに於いては好き嫌いを出しても構わないのだ。ビジネスで成功しているほど、仕事に対する好き嫌いが激しく、自分が好きな仕事しかしてこなかったからこそ、短期間で成功することができてしまったのである。自分が嫌いな仕事をやっていては生産性が上がらないものだから、いつまで経っても成功できないものなのである。

 ビジネスマンなら自分が好きな仕事を優先的に行うべきなのである。それこそが自分に成功をもたらすことができることなのである。それと同時に、自分が嫌いな仕事はどんどん他人に任せて行ってしまい、自分の得意分野に出来る限り多くのエネルギーを投入して行くようにすべきなのである。

 自分が一体どのような仕事に向いているのか解らないのなら、とにかく上司や同僚たちと話をしてみることだ。話をしている内に、「お前はこの仕事が向いているよ」と言われ、実際にやってみると本当に自分に向いている仕事だったと解るようになることもあるものなのである。

 帰宅したのなら、自分の奥さんに仕事の話をしてみることだ。自分の奥さんから思わぬアドバイスを貰って、自分の得意分野を見つけ出すということを有り得ることなのだ。仕事の話を自分の奥さんにしないからこそ、自分の得意分野が解らず、ただ単に働くだけになってしまうのである。自分の得意分野を見つけ出してしまえば、後は仕事が捗るようになり、仕事を一生懸命にやっている内に成功してしまうものなのである。

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結婚スタート時はいつだって貧乏なもの

●貧乏だからこそ現実的になれる

 結婚時に既に高額所得者になっていれば別であるが、殆どの夫婦の所得は少ないという所から結婚がスタートされるものだ。そのくせ結婚を行うためには沢山のお金が必要になってくるから、遂々、所得の少なさに嘆いてしまうものだ。殆どの既婚女性たちは「お金の効用」については知っていても、「貧乏の効用」を知ならないと見える。

 まず貧乏は自分たち夫婦を現実的にさせてくれるのだ。女性は結婚して生活を営むと、途端に夢見る少女のような意見は絶対に言わなくなるものだ。収入の金額が少なければ、その金額の範囲内でしか生活を営むことができないので、それなのに現実離れをした言動を吐いていれば生活は破綻してしまうからだ。

 現実を直視することこそ、幸福の始まりなのだが、貧乏はそれをいとも簡単に成し遂げてくれるのである。収入が少なく、それだけの金額しかお金がないのなら、無駄な欲望は削ぎ落して行き、生活に必要な物だけを購入すればいいからだ。欲望が激しすぎて、「あれも欲しい」「これも欲しい」と言い出すからこそ、それらを手に入れることができず、不幸になってしまうのだ。

 仏教が指摘するように、煩悩が不幸の最大の原因と看做すのは、或る意味に於いて正しいのだ。不必要な欲望を持ってしまえば、その欲望を実現できないのは当たり前であって、そのために苦しんでいたら、絶対に自分の心が平安になることはないのだ。それよりも無駄な欲望は捨て去ってしまった方がいいのである。

 貧乏が不要な欲望を削ぎ落すからといって、解脱を目指す僧侶のように全ての欲望を捨て去る必要性はない。自分たち夫婦にとって必要な欲望だけにエネルギーを集中していけばいいのであって、そうすれば自分たち夫婦が欲しいと思う物は簡単に手に入ってしまうものなのである。どんなに低所得の夫婦であっても、衣食住には事欠かないのは、必要な欲望に集中しさえすれば、その手の物は確実に手に入るようになっているからなのである。

●貧乏だからこそ夢を持てる

 貧乏だからこそ現実的になれると同時に、夫婦共通の夢を持てることができるようになる。例えばもっと豪華な食事がしたいとか、もっと奇麗な服が着たいとか、大きな家に住みたいとか、そういう夢を持つことができるのである。自分が一人で夢を持っても叶うまでに途方もない時間がかかるが、結婚して夫婦で夢を持ってしまうと、簡単に夢が叶ってしまうものなのである。

 貧乏だからといって嘆くのはではなく、貧乏の時だからこそ、夫婦の共通の夢を明確にさせることだ。貧乏であるからこそ夢を簡単に描くことができ、しかもそれに向かって全エネルギーを投入することができるのだ。夫婦二人が自分たちの夢を明確にしていれば、紆余曲折を経たとしても、必ずその夢を実現して行くことができるのである。

 高額所得者である芸能人はなぜ離婚するかといえば それ夫婦共通の夢がないからなのである。芸能界で成功して高額所得者となり、人気もあると、ではこれ以上、自分は一体何をすべきかというのを考え出しにくいのである。だから結婚後数年で離婚してしまうようになるのだ。高額所得が幸せをもたらすとは限らない典型例なのである。

 夫婦が二人で自分たちの夢について語り合い、それをノートに書き溜めておくことだ。様々な夢を書いている内に、自分たちの夢は明確になり、その夢の実現にエネルギーを投入して行くことができるからだ。夢が明確になっていないからこそ、エネルギーを集中することができず、右往左往してしまうのである。

 夢を持ってもなかなか叶わないものであるが、夢が1つ叶い出すと、次から次へと夢が叶い出すようになるのだ。「夢を持つと必ず実現する」ということを本当に実践した夫婦は、「夢を叶えることは簡単じゃん!」と感想を持ってしまうものなのである。夢を持たなかったからこそ、幸福が訪れなかっただけのことで、夢を持ってしまえば、確実に幸福が訪れてくるものなのである。

●貧乏な時に何をしていたかで成功が生み出される

 恋愛至上主義者たちは恋愛にこそ最高の価値を置くために、恋愛して結婚すればゴールインと思ってしまうものだ。しかし結婚はスタート時点で決まるものなのではなく、結婚を続けながら一体何をしたかで決まるものなのである。どんなに悲惨なスタートを切ったとしても、結婚で努力しまくれば幸せになって行ってしまうものなのである。

 不思議なことに、人間は貧乏な時に何をしていたかで成功が生み出されて行くのだ。不遇な時期だからこそ遊び呆けるのではなく、不遇な時期だからこそ一生懸命に努力し、実力を蓄えて行くべきなのである。実力がつけばつくほど頭角を現し始め、いつの間にか成功者の仲間入りを果たして行くものなのである。

 貧乏ならお金がないことは当たり前なのだから、お金がないことを言い訳にしないことだ。本を買うお金がないのなら、図書館で本を借りて来たり、スポーツジムに行くお金がないのなら、近くの公園で筋肉トレーニングでもしていればいいのだ。そうやって心身を鍛えていれば、確実に実力がついていき、必ず自分を支援してくれる者たちが現れて来るものなのである。

 家計にしても貧乏な時こそ、家計の仕方が身につき、それがきちんとできるようになった頃に収入が増え出すものなのである。家計の仕方1つ取っても、既婚女性が身につけていくためには時間がかかるのである。でも家計を処理していると、いつの間にか家計の仕方が解り、そうなった時に収入が増えて行くのである。

 貧乏な時こそ、その貧乏な時間を決して無駄にしないことだ。大方の夫婦は必ずその場面を潜り抜けなければならず、そこで実力を蓄えなければ収入が増えて行くことなど決してないからだ。家計の仕方を習得していないのに、夫の仕事が成功して収入が激増しても、湯水のようにお金を使ってしまい、自分たちの手元には何も残らなくなってしまうものなのである。

●本物の夫婦愛は決して壊れないもの

 貧乏だからこそ夫婦は結束しあい、夫婦愛を高めて行くことができるのである。夫婦共に貧乏を戦ったからこそ、夫婦愛が芽生えて、その夫婦愛が決して壊れることがない「本物の愛」になるものなのである。人間は口から「愛しています」と言うことができるが、かといってそれが「本物の愛」である訳がないのだ。大方、そのような口から出まかせの愛はすぐに壊れてしまうものなのである。

 貧乏の中でも夫が一生懸命に働いていれば、妻が夫をどうにかして成功させたいと思うものだ。その思いこそが夫を元気づけ勇気づけ、夫に霊的なエネルギーを贈り続けることによって、夫は仕事が成功し始めるものなのである。そういう愛こそが本物であって、自分の好き嫌いの感情に根差すような愛は決して本物ではないのだ。

 夫の些細な言動を指摘して、夫の悪口を言ってしまう妻たちは跡が絶えないものだ。しかしそのように夫の悪口を言っていると、夫は仕事に成功することがなく、貧乏から抜け出せられなくなってしまうものなのである。自分の言った悪口は貧困という結果をもたらしてくるものなのである。

 鉄というのは、熱い炉の中で熱せられ、何度も何度も叩かれて、しかも冷水に晒される。それを繰り返すからこそ、鋼鉄になることができるものなのである。愛にしても同じで、様々な艱難辛苦があればこそ、非常に強くなり、決して壊れることがない本物の愛に変わって行くのである。

 「愛こそ全て」などと浮かれていると、いつまでも貧乏なのは、その愛を鍛えることをしないからなのである。貧乏な生活をしていれば、遂々文句を言ってしまうものだ。その度に愛は壊れ、失われて行ってしまうものなのである。そうなのではなく、どんなに貧乏であっても、貧乏を楽しみ、喜んでしまうことだ。貧乏であっても冷静になって考えれば、これほど夫婦愛を強くする機会はないのである。それに気付いた夫婦だけが、貧乏を脱出して行くことができるものなのである。

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まずは夫の収入を確保せよ

●夫の収入こそ、一家の収入の基本

 家計に関しては、夫の収入こそ一家の収入の基本となる。夫の収入が増加すれば、家族は幸せだらけになり、夫の収入が減少すれば、どんなに仲のいい夫婦でも喧嘩をし出すものだ。夫は妻とは違って収入を得ることに特化しているので、夫の稼ぎ如何が夫婦の収入を左右してしまうのだ。

 妻が働いた場合、妻は家事をこなしながら働くことになるが、夫はそんな芸当はしない。夫は家事をそっちのけで働き、より多くの収入を得ようとするのだ。これこそ男女の性差なのであって、妻は下手に夫に家事に手を出すことを要求することなく、夫には仕事に全力を投入して貰った方が、夫は仕事に専念することができるようになるのだ。

 結婚は男女が対等な立場で行ったのだから、結婚後も男女が対等な立場を維持しようとする愚かな女性は大勢いるものだ。そんなことをしてしまえば、夫は家事をこなさなくてはならなくなり、仕事に全力を投入することができなくなり、結果的に収入が下がってしまうのだ。しかも夫の収入が足りないからといって、妻が働き出したとしても、妻が思っているように収入が増える訳ではないのだ。

 夫は収入面に於いて妻よりも優位に立ち、妻は家事の面に於いて優位に立つものなのである。そうやって夫婦はバランスを取るものなのであって、それでこそ結婚は機能し出すものなのである。夫が家事に手を出していいのは、妻が家事を頼んだ時だけに限定し、それ以外は仕事を遣って貰った方が、夫にとっても妻にとっても最善の成果を得ることができるようになるのだ。

 男性が結婚後に頭角を現わして来るようになるのは、妻に家事をこなして貰い、自分は仕事に全力を投入するからこそなのである。独身男性なら家事をも自分がこなさなくてはならないので、それほどエネルギーを仕事に投入できないのだ。「今日の晩飯は何にしようかな?」と考えながら、優れた仕事はできないものなのだ。

●妻だからこそ仕事のサポートができる

 女性は結婚したら、何もしなくていい訳ではないのだ。家事や育児をこなしながら、夫のサポートをしなければならないのだ。妻だからこそ夫のサポートができるのであって、そのサポートが仕事にいい効果をもたらし、夫は高い収入を得ることができるようになるものなのである。

①身嗜みの管理

 まず妻がやるべきことは、夫の身嗜みの管理だ。オシャレに拘っている男性なら別だが、大抵の男性は身嗜みがだらしないものだ。だから妻が背広やYシャツ、革靴、ハンカチをしっかりと管理して、夫の見栄えが良くなるように仕向けるべきなのである。特に革靴がピカピカに磨かれていると、収入が高くなるものなのである。

②お歳暮とお中元の管理

 夫が仕事でお世話になった人にお歳暮やお中元を贈るのは、妻が関与して初めてまともな物を贈って来るようになる。妻は画一的に商品を贈るのではなく、相手の情報を良く聞き出した上で贈り物を選ぶことだ。例えば自然食品に拘っている上司に、食品添加物がたっぷりと入ったハムを贈れば、その上司は自分の部下である夫を出世させようとはしなくなるものだ。

③年賀状

 年賀状の図柄を選び、名前や住所を書くことも妻も仕事になる。大概、妻の方が字が奇麗なために、妻が書いた方が好印象を持たれるものなのである。妻は赤ちゃんが生まれると、赤ちゃんの写真を年賀状に載せたくなるのであるが、夫の仕事関係の人々にはそんな年賀状を絶対に送らないことだ。年賀状は飽くまでも1年間の感謝を現わすと同時に、今後1年間宜しく願うことを頼むので、もっとドライに書くべきなのである。

④礼状

 気をつけるべきは、夫が食事に招待されたり、何か特別なことをしてくれたのなら、礼状を書いて、きちんと感謝の意を示しておくことだ。こういう場合、夫が口頭で言って、妻が礼状を書くというパターンにならざるを得ない。夫は仕事で疲れ切っているので、礼状を書くエネルギーさえ残っていないのだ。自宅には切手と絵葉書を常に用意しておき、夫に礼状を書く必要性がある時は、すぐさま書いてしまうことだ。この手の物は後回しにしてしまうと、絶対に書かなくなってしまうからだ。

●妻は夫の応援団長になれ

 既婚女性の中でも、自己中心的に生きている妻なら、「そんなこと、夫が自分でやればいいじゃん」と思ってしまいがちだ。しかも実際にそれを行動に移してしまうものだ。しかし妻が家事をこなすのに夫の僅かな手助けが必要なように、夫も仕事をこなすのに妻の僅かな手助けが必要になってくるのである。

 例えば服装に関しては、見栄えさえ良ければ、それだけで過剰に評価されてしまい、夫は出世して行くものなのである。スーツ1つ着こなせない男性に能力があるとは誰も思えないからだ。センスのいいスーツを選び、それがより格好よく見えるように工夫できるのは、妻だけだと思っておいた方がいい。

 これが肉体労働になると、命にまで関わって来ることになる。肉体労働をすれば、服はすぐに汚れるし、すぐに傷んでしまうものだ。それなのに汚れた服装のまま仕事に出かけ、服が破れているのに何も処置が施されていなければ、それがきっかけで大事故を引き起こしてしまい、事故死してしまうことだって有り得るのだ。服装の汚さと、事故の発生率には、明確な因果関係があるものなのである。

 給料が安いことを嘆くサラリーマンは多いが、この手のサラリーマンに共通することは、絶対に礼状を書いてこないことだ。礼状を書くという習慣がないために、自分よりも地位の高い人から食事を招待されても、その感謝を文書にして現すということをやってこないのだ。だから給料が上がって行かないのである。

 これが学者の世界になるともっと恐ろしいことになる。学者は研究論文を纏めて、書籍化するものなのであるが、そういう場合、本を関係者たちに「献本」するという習慣がある。本を貰った場合、無料でくれるのだから、それに対して礼状を書かねばならないのに、礼状を書く習慣がないと、絶対に礼状を書かないのだ。そんなことをしていれば、自分の研究論文を書籍化することができなくなるし、書籍化しても本が売れなくなってしまうのである。

 妻は夫から仕事のサポートを頼まれて、嫌々ながらするのではなく、寧ろ自分こそが夫の応援団長だと思ってサポートをしてしまうことだ。妻だからこそ応援することができるのであって、妻以外の人は応援しないものなのである。しかも妻が応援してしまえば、夫の仕事が巧く行くようになるので、収入が上昇してきて、家計を潤すことになるものなのである。

●仕事にエネルギーを集中させよ

 妻が独身時代に仕事に全力を投入して、仕事を成功させた経験を持っていたり、仕事に全力を投入して仕事を成功させた男たちを見ていれば、結婚後は夫のサポートをしなければならないということが自然と解るのだが、独身時代に適当に仕事をこなし、仕事の成功者を見たことがないのなら、妻は平気で夫のサポートをしなくなってしまうものだ。

 夫がヨレヨレの服装をしているのに、なんにも気に止めず、自分の服装のことにしか興味のなかったり、夫がこれから仕事に出かけて行くというのにゴミ袋を持たせて捨てさせに行かせたりと、夫が仕事どころではなくなってしまうようなことを当然の如くにやってくるのだ。これではその夫は仕事に全力を投入できないし、当然に出世もできないものだ。

 収入を上げたいのなら、とにかく仕事に全エネルギーを投入することなのである。全てのエネルギーを集中しない限り、いい仕事はできないものなのである。低学歴だろうが、才能がなかろうが、その仕事に一生懸命になって打ち込んで入れば、いつの間にか上達していってしまい、その分野で第一人者になることができるものなのである。

 折角、結婚しているのに、妻から家事の手伝いだけを頼まれ、妻は夫のサポートを何もしなければ、仕事どころではなくなってしまうものなのである。仕事をする前に妻の管理をしなければならなくなっている状態なのだが、この状態に陥ってしまう男性に限って、妻には優しいだけで、「ガツン!」と叱り飛ばすことをしないものなのである。

 夫の稼ぎの少なさを嘆く妻たちは非常に多いものだ。それは自分が夫のサポートを何もしていないからこそ、そうなってしまったに過ぎないのだ。既婚男性は独身男性よりも圧倒的に優位に立つものなのである。なぜなら妻っという力強い応援団長がいるからなのである。それなのに妻が夫の応援をしてこなければ、仕事の出来は悪くなり、収入も上がることはないものなのである。

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自分の収入は「有難う」が形になったもの

●その商品が有難いからこそお客様は購入してくれる

 消費と投資が所得を発生させるというのなら、自分たち夫婦が所得を得るためには、誰かの消費と投資を満たさねばならないのである。誰かの消費と所得を満たすからこそ、初めて所得を得ることができるのである。自分が労働したからといって給料が貰えるというのは、飽くまでも自分の視点で物事を見ているにすぎないのであって、労働といえども誰かの消費や投資を満たす行為をしない限り、所得を生み出すことができないのだ。

 だから所得を得るためには、お客様に商品やサービスを売るか、お客様に投資を行わせ、それを手伝うことによって、初めて所得を得ることができるようになるのだ。お客様はその商品やサービスが有難いからこそ購入してくれるのであって、そこで初めて取引が可能になるのである。

 即ち、自分が得るお金というのは、「有難うの積み重ね」なのである。

 自分が得をするためにビジネスを行うのではなく、お客様が「得をした!」と実感できることに焦点を合わせるべきなのである。そうすればビジネスは簡単に成功して行くものなのである。お客様が自分が作った商品やサービスを購入することで感謝されるようなことをやっていれば、絶対に損をしないし、確実に儲かって行くものなのである。

 商品やサービスというのもは、自分が出した金額よりも商品価値は常に上回っているものだ。自分でその商品やサービスを作ったら大変な労力と時間を浪費してしまう。だからお客様はお金を出すことで、その面倒な作業を省略させるのである。その商品やサービスを作る過程を見せずさりげなく売るのも一つの商法であるが、その商品やサービスを作る過程を見せて、如何にこの商品やサービスが多大な努力を支払っているのかを見せるのも一つの商法なのだ。

 経済学で言う「等価交換」というのは、現実のビジネスでは絶対に有り得ない。売り手の方が高い商品価値を売り、消費者がそれよりも遥かに下回るお金しか支払わないものなのである。現実のビジネスで等価交換などと考えていたら、商売は絶対に成り立たない。等価交換というのは経済学者たちの妄想の産物なのであって、この妄想に取りつかれている限り、ビジネスで成功することなど絶対に有り得ないのだ。

●給料を増やしたいのなら、より多くの「有難う」を積み重ねろ

 結婚した時点で、夫婦の収入が既に高額所得であるのなら家計の運営になんら問題を生じさせないのだが、大抵の夫婦の所得は高が知れたものだ。新婚当初ならブラブモードが続いているから、その所得金額に対してとやかく言うことはない。問題は妻が妊娠して、出産費用を用意しなければならなくなった時なのである。出産費用を用立てる時になって初めて夫の給料の少なさに気付いてしまうものなのだ。

 断言して言っておくが、夫婦が若ければその程度のものなのである。日本の企業は年功序列になており、その会社で勤続年数が多ければ給料が上がって行く仕組みになっているのであって、年齢が若いのならそんな高額の給料を得ることなどできないものなのである。かといって生活をできないほど低い給料が支払われている訳でもないのだ。だからこそ妻が家計を遣り繰りしなければならないのだ。

 しかし妊娠中の妻であるなら、自分は働きに出ることができないから、夫が給料を貰って来た時に、遂々、夫の給料の少なさに嘆いてしまうものだ。自分が働くことができないのに、それでも夫が稼いで来てくれて、家族の生活費を賄わして貰っているという事実になんの感謝もしないものだ。

 もしも夫の給料を上げたいのなら、夫の仕事の内容を良く聞いて、夫の仕事がお客様に感謝されているのかどうかを確かめることだ。会社という組織の中で働くと、会社の組織内のことは見えていても、肝腎のお客様のことが見えなくなってしまうものなのだ。社内で地位の低い立場にある社員ほど、お客様の顔が見えていないのだ。

 だから夫にお客様の顔に焦点を合わさせ、お客様により多くの有難うを得られる努力をするように仕向けることだ。給料が低いことを嘆いていても給料は上がることはないが、常に給料以上の働きをしていれば、自然と給料は上がり始め、気付いてみれば高額所得になっているものなのである。

●有難くない仕事はいずれ大損する

 ビジネスというものは、自分のために金儲けしようとしても、どこかで大損するものなのである。確かに自分がやっている利己的なビジネスで利益を発生させることはできる。しかしその反面、どこかで大損を発生させてしまい、結局、自分が得た利益を消滅させてしまうものなのである。

 もしも会社の社長が利益追求でビジネスをやっていたら、その会社は運転資金すら事欠く危険な状態を脱することができないし、社内で横領が発生したり、社外では不渡りの約束手形を掴まされたり、税務署が脱税容疑で捜査して来たりと、とにかくトラブルが続出してしまうのだ。

 これは社員であっても同じで、自分が利己的に仕事を進めていると、確かにその仕事は順調に進むのだけれども、他の所でトラブルが続出して、その者の仕事の成果を台無しにしてしまうのだ。会社での仕事は組織戦なので、誰かが個人プレーに走れば、その者を支援することは誰もしなくなってしまうものなのである。

 その仕事がどのようなものであれ、有難くない仕事は大損するものなのである。労働が利益に直結する訳でもないし、自分の利益追求の結果に利益を得られる訳ではないのだ。ビジネスはお客様に奉仕し貢献するからこそ、お客様はお金を支払ってくれて、初めて利益を手にすることができるのである。

 利益とは後から着いて来るものであって、それを追っかける必要性はどこにもないのだ。確かにビジネスは資金が不足してしまえばどうにもならなくなってしまうが、お客様により良い商品やサービスを提供することにより、お客様のためになることをしていれば、必ず利益はついて来るものなのである。

●お金に関する根本的な考え方を変えるべし

 若い時であるなら利己的な生き方をしても別に構わない。寧ろ利己的に生きた方が自分の人生を満足させることができるからだ。しかし結婚したのならそのような生き方では成功することはできないのだ。自分が利己的に生きていれば、必ずどこかでトラブルが続出し、遂には自分の人生を袋小路に追い詰めてしまうものなのだ。

 結婚をしたのなら、「利己的な生き方から利他的な生き方への転換」というものがどうしても必要となってくる。結婚すること自体、夫は妻のことを思い、妻は夫のことを思うのだから、既に利他的な生き方をしている訳である。しかしそれなのに職場に行けば利己的な生き方をしていれば、仕事が巧く行かなくなるのは当然のことなのである。

 どの夫婦も結婚することには成功できても、お金に関することには失敗しているものだ。お金に関する考え方を根本的な所から変えない限り、お金に関して成功して行くことはできないのだ。お金はお客様の有難うが形になったものなのであって、自分たち夫婦が利他的になって生きていれば、お金など幾らでも獲得して行くことができるようになるものなのである。

 自分が商品を作っている時、その商品に自信がなければ、売れる訳がないのだ。自分が商品のことをあれこれ考え、これはお客様にとって利益になると思えるような商品であるなら、確実に売れて行くものなのである。自分が自信を以て売ることができる商品なら必ずバカ売れするものなのである。

 自分の所得の少なさを「景気が悪い」とか、「政府の対応が悪い」とか言い出す人々は跡を絶たない。しかし自分の所得が少ないのは、自分がお客様に何も貢献していないからこそ、生活が立ち行かなくなるほどの少ないお金しか手にすることができないのだ。いい加減に景気や政府のせいにする生き方をやめるべきなのである。

 夫婦の所得を多くしたいのなら、常にお客様に奉仕し貢献することを決して忘れないことだ。お客様の利益になるようなことをやっていれば、自然と所得は増えて行くものなのである。しかし若い時は往々にしてこのことに気づけない。だからこそ夫婦で会話をすることだ。妻は夫の話を聞いていれば、利己的に働いているのか、利他的に働いているのか、簡単に解るものなのである。妻に諭されれば、夫だって自分の間違いに気付けるものなのである。

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驚きの真実「家族所得力」

●家庭所得力の原理

 個人として働けば単なる個人の働きでしかないが、男女が結婚し、夫婦として働けば家族としての働きになる。即ち、結婚をするとその労働がまるで別のものになってしまうのである。夫婦であるなら、それぞれが協業と分業ができるようになるので、家族として組織戦を展開して行くことになるのだ。

 結婚している場合、夫が自分の稼ぎだけを見たり、妻が自分に課せられた家事だけを見るのは、非常に間違っていることなのである。夫婦は結婚しているのだから、夫は自分にとって有効な仕事だけに集中し、不要な仕事は妻に任せてしまい、妻の方も自分にとって有効な仕事だけに集中し、不要な仕事は夫に任せてしまえばいいのだ。それができるからこそ、結婚は非常に高い生産量を生み出すようになるのである。

 それゆえ、夫婦の所得を考える時、夫婦それぞれの働きを考慮して計算しなければならないのだ。結婚している夫婦の所得金額が、結婚をしていない独身者よりも高くなるのは当然の現象なのである。個人で出来る仕事はごく僅かだが、夫婦がペアになって働くと、夫婦の出来る仕事は多岐に及ぶからだ。

家族所得力の原理

 「家族所得力=消費+投資」

 家族の所得力というのは、消費と投資によって決定される。結婚して家族を形成すれば、それだけ多くの消費と投資を必要とするから、自然と所得力も増えて行くことになるのだ。男女が独身でいると貧しいものだが、結婚すると豊かになっていくのは、「家族所得力の原理」が作動するからなのである。

 この「家族所得力の原理」は労働価値説に慣れた人々にとっては驚異的な事実であろう。バイトやパートの経験者なら、所得というのは1時間幾らで働いて、それによって初めてお金を得られるという経験をしてしまうからだ。家族の所得というのはそうなのではなく、家族の消費と投資が存在するからこそ、所得が生み出されるのである。事実はまるで逆なのである。

●家族が豊かになるのに所得の過多は関係ない

 常識では解らないことを合理的に説明するのが科学の醍醐味である。常識が正しいのなら科学など要らない。しかし現実は人々が当たり前だと思っている常識が間違っているからこそ、科学という学問が必要なのである。今まで多くの夫婦が貧しかったのは、常識に囚われてしまい、家族の所得を科学するということをしなかったためなのである。

①消費と投資が多くなれば、それに応じて所得も増える

 家族の所得は夫婦の労働量の増大によって増えるのではない。家族内で消費と投資が多くなるからこそ、それに釣られて増加するのである。例えば赤ちゃんが生まれれば、様々なベビーグッズを買わなければならなくなる。だから消費が増えるのであって、そのために夫は仕事に打ち込み、稼ぎを多くしなければならないのだ。子供たちが学校に行くようになると、学費が必要となるから、夫は仕事に打ち込み、稼ぎを多くしなければならない。そうやって家族所得力が増大して行くのである。

②消費と投資が減少すれば、それに応じて所得も減る

 逆に言えば家族内の消費と投資が減少すると、それに応じて所得も減ってしまう。例えば子供が病死してしまい、家族内で消費が減少すると、夫はその消費の費用を調達する必要がないから、今まで以上には働かなくなる。それで所得は減少していくのだ。その夫婦が自分たちの親から貰った遺産を食い潰していれば、当然に投資などしていないのだから、当然にその夫婦の所得は減少してしまうのだ。相続で大金を貰った夫婦ほど働きが悪いと言われるが、それは遺産を貰い過ぎてしまうと、働く必要性がなくなってしまうからなのである。

③所得が少なくても消費と投資に巧く工夫をすれば豊かな生活を送ることができる

 夫婦の結婚を幸せにするためには所得金額というのは決定的な要素にはらない。どんなに少ない所得であっても、消費と投資を工夫すれば豊かな生活を送ることができるようになるのだ。双方が還暦を迎えた夫婦の多くが貧しかった頃の方が豊かだったと思うのは、貧しい時ほど消費と投資に工夫していたからなのである。

④所得が多くても消費と投資がルーズだと貧しい生活を強いられることになる

 所得の少ない夫婦は所得の多い夫婦に憧れを抱いたり嫉妬を感じてしまうものだが、幾ら所得が多くても、その夫婦が消費と投資にルーズだと貧しい生活を強いられることになるのだ。良家の出身で高学歴ではあっても我儘に育てられたような男女は忍耐力が全くないから、所得が多い筈なのに、消費と投資を工夫しないばっかりに、結婚生活を貧しくさせてしまい、離婚に至ってしまうのである。

●女性たちの最大の疑問

 「家族所得力の原理」が解ると、今まで女性たちが最大の疑問と思っていた疑問を簡単に解くことができる。

疑問その1

 「なぜ働きもしない専業主婦が豊かな生活を送っているのか?」

 答え:専業主婦は消費と投資に特化しているので、自分は外で働かなくても、自然と夫の仕事の出来が良くなり、所得が激増して行くのである。夫は専業主婦の妻を持てば、その妻がきちんと家事や育児をこなすのであるならの話であるが、その場合には家庭内のことを妻に任してしまうことができるので、自分の仕事に全エネルギーを投入することができるようになるのだ。だから他の男性たちより圧倒的有利な状態で働くことができ、それによって所得金額が非常に高くなるのである。

疑問その2

 「なぜ無駄遣いをしている主婦に限って所得が豊かなのか?」

 答え:無駄遣いは褒めたものではないが、家庭内に大きな消費が存在するために、所得も大きなものにしなければならなくなるのである。よくあるパターンとして、女性が会社を経営すると、買い物をしている時間が減少してしまうために、ブランド品を注文して購入するという遣り方を取るのだ。

 ここまでなら理解可能だ。なぜならそれは自分の稼ぎを使って贅沢をしているからだ。しかしこの世の中には自分の妻が贅沢な暮らしをしていても、その資金を必死になって調達しようとする夫が存在するのだ。この手の夫は馬鹿な男性ではないのだ。社会的にも非常に高い地位にあって、仕事をさせれば非常に優秀な能力を発揮して来るのだ。その男性は自分のためには余り消費せず、妻に贅沢をさせることで、家族内の消費量を増やし、それによって所得金額を増やすという奇妙なことをやっている訳だ。

疑問その3

 「なぜ質素倹約に徹してい主婦に限って莫大な資産を持っているのか?」

 消費に余り魅力を見出せない主婦は必ず存在するものだ。そういう主婦は質素倹約に徹して、贅沢を削ぎ落した生活をしているが、その分、投資を盛んに行い、気付いていると莫大な資産を持っているという現象が起こるのである。質素倹約はただ漠然とやってしまうと、消費量を減少させてしまうので、所得を低下させてしまう危険性があるが、投資に資金を投入することで、所得を増やして行くのである。

●妻が行うべきは消費と投資を工夫することなのである!

 殆どの既婚女性たちは所得金額こそが自分たちの結婚生活を豊かにするのか貧しくさせるのかと思っている。しかし現実は全く違うのである。所得金額というのは、その家族の消費と投資が生み出すものだから、消費と投資を増やして行かない限り、所得は増えて行かないのである。たとえ所得金額が少なくても、消費と投資を工夫していれば、充分に豊かな結婚生活を送ることができないのである。

 この誤解は結婚しているのに独身生活の考えを全く改めずに、そのまま結婚生活に適用させてしまったことにこそ、その原因があるのだ。独身舎なら消費や投資に回す時間が充分にないから、仕事に重点を置くことでしか所得を増やせないと思ってしまう。しかし消費と投資を工夫していない以上、所得が増えて行かないのだ。

 ところが結婚すると、夫婦が自分たちの仕事を分担し合えるのだから、消費や投資にも充分な時間を回すことができ、それによって所得が増えて行くことになるのである。女性は妊娠し身重になってしまうと働けなくなるが、その間、妻に稼ぎない以上、その家計は貧しくなる筈なのであるが、出産後、徐々に運気が上向いてきて、所得が増えて行くという摩訶不思議な現象に出くわすものだ。

 赤ちゃんがいればそれだけ新たな消費や投資が増えるからなのである。そのために必要な金額を満たすべく、夫は必死になって働かねばならなくなるのである。人間というのは自分のために消費や投資をしようと思ってもなかなかできないものだし、出来る金額もたかが知れているものなのである。子供たちがいるからこそ、子供たちのために充分な消費と投資の費用を賄おうとするのである。

 既婚女性が外に出て働きに出かけることこそ、自分たち家族が豊かに暮らせると思うのは、非常に間違っていることなのである。妻がやるべきことは、まずは家庭内の消費と投資を工夫することなのである。それができれば自然と所得は増えて行くものなのである。労働価値説から解放されてしまうと、豊かになる道がはっきりと見えて来るものなのである。

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結婚は最初の3年間が非常に大事

●結婚して3年に以内に起こる変化

 夫婦は二人しかいないのだから、夫婦の力関係で夫婦の地位は確実に変動して来る。自然になるようになった地位を維持するのが結婚生活を楽しくする秘訣であって、双方の関係を人為的に下手に動かすべきではないのだ。自分たち夫婦がベストだと思える関係を探り当てていけないいのだ。

 通常、恋愛から結婚へと至った時、その男女は夫婦としても同じ関係をそのまま維持するか、立場が逆転してしまったりする。新婚生活では夫婦しかいないから、僅かな力の差が大きな差となって現れるのだ。よく「結婚後に妻の態度が豹変してしまった」とか、「結婚後に夫が暴力を振るうようになった」とかいうのは、ごく僅かな力の差が夫婦の関係を変えてしまい、それなのにその変化に自分が対応しきれていないからこそ、その変化が何か悪い方向へと暴走してしまうのである。

 大体これだけは覚えておいた方がいいのは、その夫婦が裕福になって来ると夫の地位が高くなり、その夫婦が貧しくなってくると妻の地位が高くなってくるのだ。夫唱婦随になるような夫婦は大抵が豊かな収入があるものだ。豊かな収入があるからこそ、妻は夫の意見に従えるともいえるのだ。逆に「カカァ天下」になるような夫婦は大抵が貧しい生活をしているものだ。旦那の稼ぎが悪いからこそ、妻は夫を蔑ろにしているともいえるのだ。

 このような夫婦の関係の変化は結婚後3年以内に起こるものである。女性は結婚することによって恋愛ホルモンが大量に分泌され、それによって妊娠したくなり、赤ちゃんを産み育てることに至福を感じるようになるのだ。そのため赤ちゃんを産み育てることができるように、夫婦の関係を自分が最善と思える形に変えて行ってしまうのであり、それができると妊娠し出産し育児を開始して来るのだ。

 既婚女性が結婚前に夫の態度がどうだったとか言い出すのは非常に危険なことなのである。その既婚女性は自分が最善と思えるように自分が夫婦の関係を変えて行ったのであり、それはどのようなものであったとしても、その既婚女性には最大の利益をもたらす関係になっているのだ。過去を振り返る傾向にある既婚女性は、過去を理想化してくるために、自分が変えてしまった現実を受け入れることができないのだ。そうなれば夫はかなりの不満を抱き始めてしまうものなのである。

●夫婦が話し合うことの大切さ

 ではどうすれば夫婦双方が納得できる関係を構築することができるのかといえば、とにかく話し合うことだ。

 話さない限り夫婦の関係を構築して行くことはできないのだから、とにかく話し合って、夫婦のあるべき関係を構築していくことだ。そして話し合って結論に達したら、その行動を行動に移すことだ。もしも問題が発生したら迅速に改善措置を施し、確実に成果がでるように仕向けることだ。この繰り返しこそがその夫婦にとって理想的な関係を生み出して行くのだ。

 夫婦で夫婦の関係を巡ってトラブルを起こしている夫婦は、とにかく話し合う時間が少なすぎるのである。きちんと話し合っていないからこそ、夫婦の関係を変えて行くことができないのだ。夫婦に充分な話し合いの時間を確保するためには、なんといってもテレビを消すことだ。テレビこそが夫婦の会話時間を減少させてしまうものなので、テレビが付きっ放しになっている限り、夫婦の会話時間が増えて行くことはないのだ。

 夫婦で話し合う時は、会話の主題を1つに絞ることだ。男性は女性と違って言語能力が発達していないので、女性特有の話の内容を様々に展開して行くような芸当ができないのだ。男性は会話の主題が1つに絞られた時こそ、女性ときちんと話し合うことができるし、正しい結論に辿りつくことができるようになるのである。

 夫婦が話し合いで決めたことは必ず行動に移し、折角、話あったのに行動に移すことを拒否するようなことをしてはならない。妻の方に結論に対して不満がある場合、行動に移さないようなことを平気でしてしまうのだ。これをやられると夫としては妻と話し合いをしても無駄だと思ってしまい、今後、夫婦の会話量が激減して行くという事態を引き起こしてしまうのだ。

 家族内で問題が発生したことに最初に気付くのは恐らく妻の方だ。そういう場合、妻が迅速に行動をとって、その問題に対して対策を講じてしまえばいいのだ。それが最も損害を少なくし、効果を絶大にするものなのだ。問題が発生しているのに、対策を取らないようなことをしないことだ。夫がのこのこと出て来て、問題を解決するようでるなら、夫は妻の能力に対して不信を抱き、その後、重要な問題に関しては妻と話し合うことなく、自分勝手に進めて行ってしまうようになるのだ。

●夫婦が遣り残した問題があると更に問題が生じて来る

 結婚して3年以内に夫婦で話し合い行動に移すことを繰り返していると、3年間などあっという間に過ぎてしまう。人間は濃密な人生を生きていると、時間が流れが速くなるという奇妙な現象に襲われるのだ。結婚後3年間が充実していると、その夫婦はやるべきことをやり、最善の夫婦の関係が構築されるようになるのだ。

 しかし夫婦が新婚の夫婦としてやるべきことをやっていないと、その夫婦には問題が続出して来ることになるのだ。要は夫婦として取り組まねばならない問題があるのに、その問題を先送りしてしまったたがために、様々な問題が生じて来てしまい、その問題の対応に追われてしまうようになるのだ。

 例えば結婚すれば妊娠できる筈なのに不妊症を発症してしまったとか、健康な赤ちゃんが生まれる筈なのに身体障害者の赤ちゃんを産んでしまったとか、健康に産んだ赤ちゃんが健康に育って行く筈なのに入院するほどの大病を引き起こしてしまったとか、夫の友人たちは出世して行っているのに、なぜか自分の夫だけが出世しないとか、そういう問題が噴出して来るのである。

 その手の問題が発生した場合、その問題の解決をすることを最優先してしまうものだ。しかしそのような異常な問題が発生して来ることはその夫婦が夫婦としての問題を先送りしてしまったからこそ、新手の問題が発生して来ているに過ぎないのだ。逆に言えば夫婦としての基本が出来ていないからこそ、新手の問題が出て来ることで、その夫婦を結束させているともいえるのである。

 不妊症の場合なら、夫婦が夫婦の在り方を変えてしまえば、簡単に不妊症を克服できるものなのである。身体障害者の赤ちゃんがいれば、その夫婦は仲が悪くても結束して育児に当たらねばならなくなる。子供が大病を引き起こせば、夫婦は全力でその看病に当たらねばならなくなる。出世できない夫をなじっているのではなく、妻がこの夫を支えると覚悟を決めた時に、なぜだか夫は急速に出世して行くのである。

結婚の在り方は変わるべき時に変わる

 フェミズムのように男女平等を絶対視し、夫婦のあるべき姿を考えて行くのは非常に危険なことである。如何なる夫婦の絶対に平等にならないからだ。夫婦の関係など個々の夫婦で全く違うのであって、どうやっても夫婦が平等になることはないからだ。外から見てアベコベな夫婦でも、実はその夫婦にとって最善の関係であるものなのである。

 どのような夫婦であったとしても、夫が家長として君臨し、妻が家庭内の実権を全て掌握していると、大抵巧く行くものなのだ。夫は妻を守るべきであって、妻は夫を敬うべきなのである。亭主関白であっても、カカァ天下であっても構わない。結婚しているのに未だに恋人気分でいるのでも構わないし、如何にも生活まみれになってしまうのも構わない。しかし夫が妻を守ろうとしなければ、妻が夫を敬うことをしなければ、どうやっても家族の中に愛が流れていかなくなってしまうのだ。

 不思議なことに、その夫婦が問題を抱えている場合、必ずその解決策を神様は教えてくれるものだ。自分たち夫婦に誰かが近づいて来て、その解決方法を教えてくれたり、本を読んでいたら、その解決方法が出ていたとか、そういう不思議な現象が起こって来るものなのである。ただ、問題を抱える夫婦に限って、その不思議な現象を否定してしまい、自分の意見を貫いてしまうのだ。だから問題が解決されないのである。

 結婚で問題を抱えてしまい、騒ぎ立てている女性たちは、いつの時代でもいるものだ。結婚する前には愛し合っていたのに、結婚後にどうにもならくなってしまい、離婚してしまう男女は必ずいるものだ。しかしそういう者たちは「結婚を徹底的に楽しまなかった」ということでは全く共通しているものなのである。

 結婚の中に苦しみを見つけ出すのではなく、結婚の中で楽しみを見つけ出すことができるようになれば、その結婚は楽しくなっていくものなのである。結婚の中で楽しさを見つけ出すと、その夫婦の関係は変わって行くものなのである。夫婦の在り方というのは、変わるべき時に変わるものなのである。夫婦として根本がずれていたかこそ、問題を発生させていただけであって、夫婦としての根本が出来てしまえば、幾らでも楽しい現象に出会えるものなのである。

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恋愛結婚とお見合い結婚の違いについて

●恋愛結婚の良し悪し

 結婚生活を楽しくするためには、「恋愛結婚」と「お見合い結婚」では結婚の過程に大きな違いがあり、その過程を巧く乗り切らないと、結婚生活を楽しくすることができなくなってしまうのだ。恋愛結婚は恋愛の末に結婚があるし、お見合い結婚では最初の出会いから結婚を前提にして付き合い、結婚して行くことになるのだ。どちらが優れていて、どちらが劣っているという訳ではないのだ。

 まず恋愛結婚の最大の利点は、結婚前に恋愛を完全燃焼することができるということである。恋愛をして、その恋愛が完全燃焼したからこそ、最早、恋愛では二人の関係を維持することができず、結婚へと移行するようになるものだ。そのため恋愛を充分に満喫していれば、結婚後は結婚生活の樹立に全力を投入することができるようになるのだ。

 しかし恋愛結婚の危険性は、カップルの中には「恋愛と結婚は別だ」と考えている人たちがいるので、そういう人たちが結婚してしまうと、結婚後に態度を豹変させ、配偶者に冷たくしてくるのである。「釣った魚には餌をやらない」と平然と言って、浮気をするようになってしまうのだ。遊び人のような男女に限ってこの行動を取って来るので、絶対に結婚相手を間違えないことだ。

 恋愛結婚は恋愛モードで結婚生活を立ち上げることになるので、早々に子作りをしてしまうことだ。結婚しても夫婦二人きりの生活を楽しみたいと思っていると、ずるずるとその生活が続いてしまい、その内、互いの欠点が見えてくるようになり、夫婦喧嘩が勃発するようになって来るからだ。

 恋愛結婚では恋愛エネルギーを富に変えて行くことだ。デートをしたり、キスをしたり、セックスをしたりすることにエネルギーを奪われてしまい、肝腎の夫婦の富を作り出すことができなければ、夫婦の生活は苦しいままなのである。結婚する前にやるべきことを全てやってしまった間柄だからこそ、もう無駄なことをしないで、自分たちがすべきことに全力を投入して行かなければならないのである。

●お見合い結婚の良し悪し

 お見合い結婚の最大の利点は、理性的に結婚相手を見つけることができるということだ。男女双方が結婚を前提で相手を選び、そして交際して行くので、きちんとした手順を踏んでいれば、相手を間違うことがないのだ。お見合い結婚では離婚率が恋愛結婚よりも格段に低いのは、これこそが最大の理由なのだ。

 しかしお見合い結婚の危険性は、双方が仲良くならないと、ぎこちなさがいつまでも残ってしまうということだ。特に夫婦の会話が形式的になってしまい、夫婦として話すべきことを話していなかったり、夫婦の性生活にしても少し工夫すれば、よりよいものが得られるのに、双方が遠慮してしまって、ずるずるとマンネリ化したセックスをやってしまうのだ。

 お見合い結婚は最初から結婚する気があるので、結婚してしまうとその結婚生活の立ち上げが断然巧いものなのである。妻は家事をきちんとこなすし、夫はきちんと給料を家計に入れるものだ。お見合い結婚をした夫婦だと一発で解るのが、お見合い結婚をした夫婦は自宅では服装が乱れないということだ。恋愛結婚をした夫婦だと、必ず自宅内での服装が乱れていているものなのだ。

 お見合い結婚がなぜそんなに巧く行くのかといえば、同じような身分や家柄同士の男女が結婚することになるからだ。結婚で一番難しいのは、階級が違う者同士が結婚した時であって、恋愛中は階級差を感じなくても、結婚して日常生活を一緒にすると、その階級差が様々な夫婦喧嘩をもたらしてしまうことになるのだ。

 そういった点で、許嫁制度は評価されてもいいものなのである。身分が高くなれば、結婚相手は非常に限定されるものであって、双方の家柄が釣り合わないと、結婚相手を見つけられないし、結婚生活が巧く行かないのだ。だからこういう場合、親同士が結婚を決めてしまい、息子や娘の同意があれば結婚に踏み切らせてしまうのは決して悪いことではないのだ。裕福な家庭の子供に限って、独身を貫いてしまう男女が多いが、これは自分たちが裕福な家に生まれた結果、結婚相手を選び出すことが非常に難しいということを理解していなかったことの悲劇なのである。

●恋愛至上主義は非常に危険

 世の中には恋愛だけを賛美し、恋愛至上主義に走る連中が必ず出て来るものだ。恋愛だけが最善の結果を得られる訳ではないのだ。恋愛が最高潮に達したら、最早、恋愛を維持し続けることができず、結婚へと移行して行くものなのである。結婚を否定し、恋愛だけを賛美するような人々は、自分の両親が冷めきった関係だった筈であり、だからこそ、その反動で恋愛だけを賛美しているにすぎないのだ。

 大体、人間が一生の内に行える恋愛はそれほど多くない。手相に出て来る結婚線の数が、その人が一生の内に行える恋愛の数なのであって、殆どの人々は1本から3本しかないのである。しかも運命の相手に巡り会えても、自分の恋愛能力が劣っているのなら、その恋愛を巧く処理して行くことができなくなってしまい、破局してしまうものなのである。

 人々の中には恋愛結婚ができない運命を持った男女も存在する。手相に結婚線のないような人は恋愛結婚ができないのだ。そういう男女は独身を貫いて仕事をしまくるか、お見合い結婚をして結婚するしかないのである。そういう人は恋愛が決して重要な意味を持つのではなく、寧ろ恋愛以外のことで自分がすべきことをしなければならない運命を持っているのである。

 恋愛至上主義は丁度、芸術至上主義のように、恋愛を賛美しながら、まともな恋愛に出会えなくさせてしまうものなのである。芸術至上主義は理論的には立派なものであっても、芸術至上主義に走る芸術家たちほど、優れた作品を作ってこないものだ。恋愛至上主義もそれと全く同じで、恋愛至上主義に走る人ほど、運命の相手に巡り会うことができず、恋愛を完全燃焼することができないものなのである。

 もしも恋愛が完全燃焼した場合、莫大なエネルギーが生まれるものだから、それを経験した者は恋愛こそが素晴らしいものだと思ってしまう。しかし恋愛が完全燃焼すれば、次は結婚にステージを移すものなのであって、そこからは初心者として結婚生活を進めて行かなければならないのである。恋愛は素晴らしいかもしれないけど、結婚はそれ以上に素晴らしいものなのである。

●愛を結果に変える努力

 愛というものは人間を感情的にさせてしまうものだから、「愛こそ全て!」と言い出す人々は跡を絶たないものだ。愛が全てではないのだ。結婚してみれば解ることだが、愛だけで結婚生活を運営して行くことは決してできないのだ。確かに愛は必要である。しかしそれ以外にお金も必要だし、商品も必要だし、子供たちだって必要なのである。

 愛を唱えてラリるのではなく、愛を結果に変える努力をすることだ。結婚をしたのなら、まずは子供を作ることだ。肉体的に許せる範囲内で、出来る限り多く作って行くことだ。結婚しているのに、子供がいないのなら、それは愛を形に変える努力をしていないからなのである。

 次に結婚生活をすれば様々な物を必要とするから、それらの物をどんどん購入して行くことだ。新居に引っ越せば家具が必要だし、赤ちゃんが生まれればベビーグッズが必要だし、子供たちが勉強し始めれば教材が必要となってくるのだ。家族が欲しいといっている物を買えなければ、愛しているとは言わないのだ。

 それからなんといっても「お金」が必要なのである。金欠に苦しんでいたら、どんなに愛し合っている夫婦でもいずれ愛が冷めてしまうものだ。結婚生活を楽しむためには、お金は絶対に必要なのである。行き成り大金など必要ない。今あるお金よりも僅かなお金があれば、どの夫婦も結婚生活をより楽しいものにすることができるのである。

 恋愛結婚をしたのなら、その恋愛エネルギーを具体的に形にして行くべきなのである。お見合い結婚をしたのならその夫婦愛を具体的に形にして行くべきなのである。その夫婦が本当に愛し合っているのなら、その家庭には子供たちが沢山いるものだし、家の中には物が溢れているものだし、生活に必要なお金をきちんと持っているものだ。世界の中心で愛を叫ぶよりも、冷静になって愛を形に変えて行く努力をし続けるべきなのである。

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父系家族と母系家族

●父系家族は攻撃的

 結婚生活を楽しもうとする場合、結婚生活は全ての同じだとは決して思わないことだ。家族には大きく分けて「父系家族」と「母系家族」が存在し、そのどちらかを選択するかで、その結婚生活の内容は大いに変わってしまうからだ。父系家族と母系家族の違いを知っておかないと、結婚生活は滅茶苦茶になってしまうものなのだ。

 太古の昔、男性と女性の仕事は明確に分かれていた。男性は狩猟に出かけ、獲物を取って来て、女性は集落で家事や育児をし、集落の付近へ果物や山菜を取りに出かけた。そのような生活の繰り返しの中で、男性を頂点に家族を形成したのが父系家族であり、女性を頂点に家族を形成したのが母系家族である。

 父系家族というのは、非常に攻撃的な家族なのである。要は男性の稼ぎに期待しているのであって、女性は男性のサポート役に徹して、とにかく男性に成功して貰わなければならないのだ。プロスポーツ選手として大成したり、ベンチャー企業の社長になったりするのは、男性が圧倒的に多いが、これは父系家族の典型の仕事の遣り方だからだ。

 女性が男性の家に嫁いで来た場合、その家族は父系家族なのであって、女性は父系家族の遣り方を習得しなければならない。女性が父系家族に嫁いで来たのに、父系家族の遣り方を習得しなければ当然に家族は機能せず、貧乏になってしまうのである。父系家族は男性の稼ぎがでかければ、順調に行く家族なので、どうすれば男性の稼ぎを大きくできるかにを考え、それを実行に移さなければならないのだ。

 父系家族は跡取りを産むのは当然のこと、男の子を多く産んで分家させることで、勢力を拡大して来る。そのため男の子を多く産むことは妻の大事な役目なのであって、男の子を多く産み育て、教育をしっかりと施して優秀な人材に仕立て上げなければならないのだ。専業主婦が出て来るのは、父系家族の典型的な特徴なのであって、女性は主婦業に専念することで、その役割を果たそうとするのだ。

●母系家族は現状維持

 これに対して母系家族は女性が婿取りを行う家族で、男性が女性の家に婿入りしてくる。母系家族は現状維持に徹する家族であって、その家の家業を大事に守ろうとする。その家業だけを繁盛させて、それ以外の仕事には手を出さないのだ。商売というのは大きく行うと潰れるようにできてしまうものなのであって、潰れることなく、いつまでも商売し続けるためには、現状維持に徹して方がいいのである。

 母系家族に男性が婿入りして来た場合、とにかく働きまくることだけを要求される。家業を繁盛させることで収入を増やして行かなければならないのだ。男性は仕事をこなすだけでなく、家計を管理し、無駄な支出がなされないように管理しなければならないのだ。父系家族の男性とは違い、母系家族の男性は無駄遣いを余りしないものなのである。

 母系家族は妻を頂点に形成されるが、その家族の命運は妻の母親によって決定されてしまう。だから母系家族の女性には自立とか独立とかいう問題が発生して来ないのだ。母系家族の女性は自分の母親が死ぬまで独立などできないのであって、自立というのは母親の仕事を習得していくことでしかできないからだ。

 母系家族では子沢山は要求されない。分家をする必要性がないからだ。ただ跡取りとなる娘が生まれればいいのであって、その娘を幼い頃から教育して、跡を継がせるのである。母系家族の女性に愚かな女性がなかなか出て来ないのは、母系家族では女の子に対する教育がきちんと行われているからなのである。

 その一方で、母系家族で産まれた息子たちは能力を発揮する機会を失ってしまう。息子たちは跡取りではないために、いずれ追い出されてしまうことになるのだ。息子たちは他の家に婿入りすることで、やっと自分の能力を発揮できる場所を見つけるのである。それゆえ母系家族の息子たちになかなか優秀な人材が出て来なくなってしまうのだ。

●男女両系家族は存在しない

 平等イデオロギーに洗脳されてしまうと、家族には父系家族や母系家族があるということが解らず、男女両系の家族でもいいのではないかと妄想してしまうものだ。しかしこの世には男女両系は絶対に存在しない。家族というのは、必ず父系家族か母系家族かのどちらかを取るからだ。

 夫婦のどちからかが男女平等を唱え始めると、幾らどうやっても家族内で男女平等を実現できず、最終的に離婚してしまうようになってしまうものだ。家族は父系家族なら男性を頂点に展開するし、母系家族なら女性を頂点に展開する。家族というのはそういうものなのであって、男女が平等になることなど絶対に起こり得ないことなのだ。

 その手の馬鹿たちは離婚してくれれば、まだ有難い。恐ろしいのは離婚せずに、その妻が男女平等を家庭内で実現して行こうとする場合だ。例えば父系家族なら、妻は家事の分担の平等を主張し、夫が仕事で疲れ果てて帰って来ているというのに、夫に家事を押し付けてしまい、夫の疲労を極限にまで持って行ってしまうということを平気でやる。こうなると夫は妻に喜びを見出せなくなるので、他の女性と浮気をするという典型的なパターンを取るようになるのだ。

 気をつけるべきは、父系家族なのに男の跡取りが存在しないために婿取りをした場合は、一時的に母系家族の機能を発動させることになるということである。この場合、姑の権限が異常に強くなり、娘夫婦に何かと干渉してくるようになるのだ。婿は絶対に息子を作らねばならないし、仕事で大いに稼がなければならない。

 父系家族なのに婿取り制度があること自体、日本は純粋な父系家族ではないということなのである。この点、フェミニストたちの常套句である「日本は男社会だから」というのは、根本的に間違っているのだ。父系家族がしっかりと機能している韓国や中国では婿取りなど絶対に存在しないのだ。

 母系家族でも女の跡取りが存在しない場合、嫁を迎え入れ、一時的に父系家族の機能を発動させることになる。この場合、嫁は夫の仕事が巧く行くようにサポートすると同時に、姑から家業に関して様々なことを教えられることになる。このためこの場合、嫁に相当なストレスがかかるようになるのであって、それに耐えていかないと、家族が巧く機能してくれなくなってしまうのだ。

●家系図を書いて家運のパターンを掴め

 自分たち夫婦がどちらの家族形態に属するかは、家系図を書いてみることだ。家系図を書けば一発で解るようになるので、自分たちの家族は父系家族か母系家族かのどちらかが判明するものなのである。父系家族か母系家族かは自分たちの意思で決めることなのではなく、家系の流れが決めてしまうものなのである。

 家系図を書いてみると、その家の運気の流れが明確に解って来る。例えば夫が女や酒にだらしない家系とか、妻が悪妻で子供の出来が悪い家系とか、早死にし易い家系とか、長寿の家系とか、そういうことが明確に解って来るようになるのだ。自分たちの家系の流れが解れば、それに対して対策を講じればいいのだ。

 例えば夫がお酒にだらしない家系なら、節酒を心がけ、祝い事がなければお酒を飲まないようにすることだ。ご先祖たちがお酒で所帯を潰したのに、その家督相続者がお酒を飲んで所帯を潰したら、その者は自分の親から何も学ばなかったことになるのだ。悪妻に悩まされている家系なら、嫁選びは慎重にすると同時に、妻に過剰なストレスがかからないようにすることだ。その家族で当たり前に行われているような些細な言動が、実は妻を苦しめていたということも有り得るからなのである。

 大体、どの家族も初代は運気が強く、二代目はそれを継承して地固めを行い、三代目で大繁栄を遂げるものだ。4代目から家運が低迷し始め、7代目になると家運が尽きて、8代目に大いなる変革を行い、家運を再興させるものだ。父系家族なのに女の子ばかりしか生まれないとか、母系家族なのに男の子しか生まれないというのは、最早、その家の家運が尽き、家運を再興する必要性に迫られているということなのである。

 結婚してしまうと、自分たち夫婦で何もかも決めていいと思ってしまいがちだ。しかし現実は家運という大きな流れの中で自分たち夫婦が生きているのであって、家系図を見ながら、自分たち夫婦が今何をすべきかきちんと考えることだ。その考えを実践していけば、そう簡単に間違ったことを引き起こさないものなのである。

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家計の法則その3「家計は家族を幸せにするために存在する」

●家計の目的

 家計は結婚生活を楽しみ、変動して行くものだが、では家計は一体なんのために行っているのかというと、それは「家族の幸せ」のために行っているのである。家計は常にお金が動き続けるために、お金に目を奪われがちであるが、お金を得ることが目的なのではなく、家族を幸せにすることが目的なのである。

家計の法則 その3

 「家計は家族を幸せにするために存在する」

 家計を健全に機能させたいのなら、この家計の第三の法則を絶対に忘れないことだ。毎日、結婚生活を送っていれば、精神的に弛緩してしまい、遂々、家族を幸せにするために家計は存在しているのだということを忘れてしまいがちだ。しかし家計の目的を忘れてしまうと、幾らお金があっても家族を不幸にする結果にしかならないのだ。

 通常、お金持ちと結婚しない限り、殆どの夫婦は年収が少ないものだ。その少ない年収を遣り繰りして、家族を幸せにして、そして収入を徐々に増やして行くというパターンを取る。それなのに収入が少ない段階に於いて、お金のことをとやかく言ってしまい、それが夫婦の関係をギクシャクさせてしまい、収入が増えて行かなくなってしまうのである。

 更に既婚女性が気をつけるべきことは。女性が赤ちゃんを産んでしまうと、育児に専念するようになるために、夫を蔑ろにし始め、夫の些細な言動を以て、夫に反抗して来てしまうのである。精神的に自立できていない女性は必ずこの反抗を遣って来るのだが、そのために家計の目的を完全に忘れてしまい、家計が火の車になってしまうのである。

 結婚生活では様々な事態に出くわすものだ。しかし家計の目的が明らかになっていれば、そう簡単に悲惨な目には遭わないものなのである、家計の目的さえ解っていれば、そこに向かって走って行けばいいのであって、遠回りすることはあっても、必ずその目的地に辿り着くことができるものなのである。

●家族を幸せにするから自分も幸せに成れる

 若い時には利己的に振る舞うことで幸せを掴むことができたものである。しかし結婚してしまえば、その遣り方では幸せを掴むことができず、逆に自分が幸せになろうとしたために、家族が不幸になってしまったり、自分が利己的に振る舞えば振る舞うほど、家族たちは憎しみを募らせて来て、それがいつの日にか大爆発してしまうようになってしまうのだ。

 結婚をしたのなら、「家族を幸せにするからこそ、自分も幸せになる」と人生観を変えてしまうことだ。結婚生活では夫や子供たちを幸せにしていると、自然と妻も幸せになってしまうのであって、しかもその幸せが大した労力を要せず、簡単に幸せを獲得することができてしまうようになるのだ。

 自分の親から我儘に育てられた女性や、自分の両親の仲が悪かったような環境で育った女性は、なかなかこのことが解りにくいのだ。結婚しても、娘のような感覚で行動してしまったり、自分の両親が遣っていたことを平気で自分も遣ってしまうようになるからだ。しかしそのようなことをやれば、家族は常に問題が発生し、次から次へと不幸が遣って来るようになるのだ。

 労働価値説に取りつかれてしまう女性たちは多いものだ。自分が何か労働したからこそ、自分は報酬を得られると思ってしまうのだ。だが、成果というものに労働が貢献するのはごく僅かなのであって、それよりも知識とか技術とか枠組みといったものの方が遥かに大事なのである。結婚の場合、結婚という枠組みがしっかりと出来れいれば、自分の僅かな労働力を行使するだけで、莫大な成果が得られるようになっているのだ。

 新婚当初は恋愛モードが未だに続いているために、妻が夫を幸せにしようとすることになんの躊躇もないが、恋愛モードが徐々に冷め始めると、夫を幸せにしようとする気持ちを完全に忘れてしまうようになるのだ。そうならないように家計の目的をしっかりと維持して、夫を幸せにし、子供たちを幸せにして行けば、その家族は常にお金に不自由することがなくなるのである。

●家計運営のために家族を不幸にするな

 家計を運営して行くに当たって、絶対にやってはならないのは、家計のために家族を不幸にするということなのである。結婚後、妻が家事の全権を握ってしまえば、当然に家計も妻の意思通りに動くようになるのであって、妻の勘違いした行動が夫や子供たちを不幸に追いやってしまうのである。

 例えば、家計が苦しいからといって、夫への小遣いを減額してしまうと、夫は仕事での付き合いをまともにこなせなくなってしまう。上司や同僚から「ちょっと一杯行こうよ!」と誘われても、お金がないためにその誘いに応じることができなければ、その者の出世は当分なくなってしまうのだ。

 家計が苦しいからといって、食費を切り詰めてしまうと、夫や子供たちから元気が失われてしまい、病気を引き起こすようになってしまうものだ。確かに家計が苦しいためにお金がないことは解るが、かといって食費を削って、料理を貧しくさせてしまったら、夫も子供たちも元気をなくしてしまうのは当然のことなのだ。

 どんなに貧しい家庭であっても、その家族が生きていけるだけの収入は必ずあるものなのである。それなのにお金が不足してしまうということは、どこかで大量に無駄遣いが行われているということなのである。だからこそ家計を総花主義的に満遍なく支出して行くのではなく、家計の目的に基づいて、家族にとって重要な分野に重点的に支出して行くべきなのである。

 世の中には貧乏だから不幸になってしまう人たちと、裕福なのに不幸になってしまう人々がいる。貧乏と裕福では全く置かれた状況は異なるのだが、家族を幸せにする目的を欠いた生き方をしているということでは全く同じなのである。収入が少ない時にこそ、家計の目的をしっかりと明確にすべきであり、だからこそ自分たち夫婦が豊かになっても、家族を幸せにして行くことができるのである。

●家計の目的が解っていれば悩むことはなくなる

 人間というものは、目的が解っていないと、平気で優柔不断な態度を取り続けてしまい、暗中模索を繰り返してしまうのだ。目的が解ってないばっかりに、家族が生活していくのに充分なお金がある筈なのに、様々な苦悩を生じさせてしまい、しかもその苦悩を解決できなくなってしまうのである。

 既婚女性の中には、家事をやらせれば「家事は大変だ~」と嘆き、育児をやらせらば「育児は大変だ~」と嘆く女性たちがいる。この手の既婚女性に家計を運営させれば案の定、「家計を切り盛りするのは大変だ~」と言い出すのである。家事だって育児だって遣ってみれば様々な苦労を強いられるものだ。家計の運営だって全く同じだ。では本当に大変なのかといえば、絶対にそうではないのだ。

 家計の目的が解っていないからこそ、全てが大変になってしまうのである。家計の目的がしっかりと解っていれば、家計の運営など大変になる訳がないのだ。確かに家計を軌道に乗らせるまでには苦労があるものである。だが家計の目的が解っていれば、その苦労は苦労でなくなり、逆に楽しくなってしまうものなのである。

 低所得の夫婦たちはお金がないからこそ、自分たちは不幸だと思ってしまう者たちがいる。しかしそれは全く違うのである。お金がないから不幸なのではなく、家計の目的が解っていないからこそ、不幸になるのである。逆に高所得の夫婦でお金が沢山あっても、家計の目的が解っていなかれば、不幸になってしまうものなのである。

 家計の目的がしっかりと解っていれば、全ての苦悩は消滅し、お金に囚われることがなくなるのだ。家族を幸せにするためにお金を使って行けば、幾らでもお金が湧いて来るものなのである。そういうことを繰り返して行けば、自然と収入が上がって行き、あっという間に豊かな暮らしを実現できてしまうものなのである。

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家計の法則その2「家計は成長して行くもの」

●家計は成長して行く

 家計は結婚生活が楽しくあってこそ、正常に機能し始めるものであるが、とすれば当然に家計は様々な変化を起こすことになる。家計というのは一定ではないのだ。家計は必ず変動して行くものなのである。多くの既婚女性たちが躓いてしまうのは、家計を不変なものだと思い込むからこそなのである。

家計の法則 その2 

 「家計は成長して行くもの」

 家計というのは、その夫婦の状況に応じて常に変わり続ける。例えば、新婚当初なら夫婦は新居をどうするか、食事をどうするかで頭がいっぱいになるものだ。妊娠すれば胎児の栄養を考え、食事を変えて行き、赤ちゃんが生まれれば、育児のための出費が最優先するようになるものだ。

 子供が幼稚園に入園すれば学費を工面しなければならくなるし、小学校に入学すれば様々な教材を購入しなければならない。そしてその頃にはマイホームが欲しくなる時期に差し掛かるので、夫婦としては最大級の買い物となる住宅を購入することになる。住宅を購入すれば、新たな家具が欲しくなるし、洋服だって一変することであろう。

 家計は絶対に硬直的なものであってはならない。常に変化に対応し続けることができなければならないのだ。だから家計が余りにもルーズだったり、逆に余りにも無駄遣いが多い家計だと、家計は柔軟性を欠いてしまい、家計が破綻してしまうことになるのだ。大方の夫婦は妻の方が家計を握ることになるが、それは妻が家計を握った方が柔軟に対応できるからなのである。

 家計を考える上で明確な基準は、常に年収が上がり続けるようにすることだ。去年よりも今年の方が年収が上がっているようになれば、如何なる夫婦であったとしても、家計は潤い、豊かな生活を営むことができるようになるものなのだ。年収を常に上げ続けないからこそ、家計が苦しくなってしまい、貧乏を強いられることになるのである。

●「目標の設定」と「家計簿による管理」

 家計は成長して行く以上、漠然とその変化に晒されていては、その成長を自分たち夫婦のために使うことができない。その成長を自分たち夫婦のために利用して行くためには、とにかく目標を持つことである。目標を持ってしまえば、その目標にエネルギーを集中することになるので、無駄な出費を極力抑えることができるようになるのだ。

 例えば赤ちゃんが生まれたら、育児に最大限のお金を融通するものだし、その間は他の出費を抑えるものだ。特に母親はこの間、自分のために化粧品や洋服を買わなくなるものであり、赤ちゃんのために徹底的に尽くすものだ。自分が今何をすべきかという目標が解っているのなら、幾らでもお金を融通することができるし、所得の多寡は一切関係なくなるのだ。

 マイホームを購入するにしても、マイホームの金額はそもそも非常に高いものだ。しかし目標が設定されていれば、その目標の実現のためにお金が集中的に投下されて、いつの間にかマイホームを購入できるだけの金額を調達することができてしまうのである。マイホームの値段が高いからといって、マイホームを購入する目標を立てないと、あっという間に時間は過ぎ去り、結局、マイホームを購入することができなくなってしまうのだ。

 一体、自分たち夫婦がどの分野を優先させなければならないのかを把握するためには、なんといっても家計簿を持つことが必要である。家計簿で家計を管理して、初めて自分たち夫婦がどの分野に資金を優先させなければならないのか、どの分野は不要なのかというのが解らなくなってしまうからだ。

 家計簿というのは収入が多くなれば持つというものなのではなく、新婚当初から持たなければならないのである。自分たち夫婦の収入がどんなに低くても、家計簿で家計を管理していれば、絶対にお金に不自由することがなくなるのだ。「お金がない!」「貧乏だ!」「生活が苦しい!」と騒いでいる夫婦は家計簿で家計を管理していないからこそ、そういう事態に陥ってしまうだけなのであって、家計簿で家計を管理してしまえば、必ずお金はあるし、貧乏も克服できてしまうのである。

●変わらないからこそ不幸になる

 家計が成長する以上、絶対にやってはならないのは、過去と現在を比較することだ。既婚女性が結婚後の生活に不満を持ってしまうと、独身時代にはお金が自由に使えたと思ってしまうものであるが、そうやって現在の結婚生活と独身時代とを比べると確実に不幸になってしまうのだ。独身時代は所帯を構えなかったからこそ、自由に使えるお金があっただけのことで、自由に使えるお金があった分、家族を形成するということに全くお金を出していなかったのである。

 それから嘗ては事業が巧く行って収入が多かったのに、事業が巧く行かなくなり、収入が激減してしまった場合、恐らく殆どの既婚女性たちは現在の生活に不満を持ってしまうものだ。「あ~あ、昔の生活の方が良かった」と言ってしまうものだ。しかし、過去の栄光に縋ると、家計は悪化して行くものだ。収入が激減したのなら、それに対応するよう家計を変えて行けばいいのであって、家計を対応させてしまえば、現在の生活も面白いことは沢山存在するものなのである。

 どの夫婦も千差万別なので、絶対に他の夫婦と自分たち夫婦を比較しないことだ。夫婦の中にはスタートダッシュ型の夫婦もいれば、大器晩成型の夫婦もいるし、平穏な生活を繰り返す夫婦もいれば、波乱万丈の生活を繰り返す夫婦もいるからだ。他の夫婦と比較した所で、どうにかなるものではないので、比較すればするほど不幸になってしまうものなのである。

 有難いことに結婚していると、自分が変わらないと必ず配偶者が怒り出して来るものだ。夫婦喧嘩になったり、暴力を振るって来たりと、必ず相手が怒りまくるような状況を発生させてしまうのだ。こういう場合、「相手が悪い!」と言ってしまうのではなく、「自分が変わらないからこそ、相手が怒りまくっているんだ」と思うようにすることだ。自分を変えてしまうと、相手の態度は一変して、呆気ないほどに不幸は消滅してしまい、新たな幸福が遣って来るものなのである。

 この世で生きていれば、理不尽な現象に出くわすこともある。例えば地震や台風や津波や戦争で自宅を始めとして全財産を失ってしまい、避難所暮らしを強いられるような場合だ。こういう場合、その理不尽さを幾ら嘆いても無駄なのである。それよりも一刻も早く立ち直って、生活を再建して行くしかないのである。早く立ち直った者の方が早くに生活を再建できるものなのである。

●変化こそがエネルギーを産む

 世の中が平和になってしまうと、変化が起こりにくくなってしまう。そのため人々は「変化こそがエネルギーを産む」ということを忘れてしまうようになるのだ。戦乱の世の中になれば誰もが激しく立身出世を願うものであり、一か八かの大勝負に出て来るものだが、平和な世の中になってしまうと、多くの人々が平凡な暮らしに満足してしまい、立身出世して行こうとしなくなってしまうのだ。

 平和な世の中で平凡な暮らしをしていると、どうやっても生活が苦しくなってしまうのは、変化こそがエネルギーを産むということが解っていないために、自分たち夫婦に新たなエネルギーをもたらすことができないからなのである。自分たちの生活を向上させたければ、自分たちの生活に変化を起こして、その時に発生したエネルギーを巧く有効的に利用して、自分たちの生活を豊かにして行くしかないのである。

 結婚して新居に入ったら、夫婦は新たなエネルギーで満ち溢れるものだ。そのエネルギーを使って様々な幸福を手に入れることができるものだ。しかし結婚生活が一旦落ち着いてしまうと、新たな変化を起こすことをしなくなり、いつもと変わらないような平凡な日々になってしまうものだ。だからこそ生活が苦しくなってしまうのである。

 だからエネルギーが枯渇して来たのなら、どんどん生活を変えて行くことだ。例えば転勤を命じられたのなら、喜び勇んで転勤に応じてしまうことだ。新たな場所に引っ越せば、新たな生活が待っているものであり、新たなエネルギーを獲得できてしまうものなのだ。子供たちが増えて来て、今の住宅では狭くなったら引っ越しをして、より大きな家に住むようにすればいいのだ。

 家計を豊かにして行くためには、家計を成長させ続けてしまうことだ。成長を阻むことは決してしないことだ。要は家計を上り調子にしてしまうことだ。去年の年収よりも、今年の年収を上げて行けば、如何なる夫婦であっても豊かな生活を送ることができるのだ。逆に去年の年収よりも、今年の年収の方が低ければ、どうやったとしても問題が発生しまくるのだ。夫婦が力を合わせて家計を上り調子にさせてしまうことこそ、家計を豊かにさせていくことができるようになるものなのである。

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家計の法則その1「まずは結婚生活を楽しむ」

●結婚生活を楽しむからこそ全てが生きて来る

 結婚をして結婚生活を始めると、大方の夫婦は勝手気儘に家計を運営してしまう。結婚3年目までなら、結婚前のラブラブモードが持続しているから、お金に苦しくてもへっちゃらであるが、時が経ってラブラブモードが冷め始めると、自分たち夫婦の家計が非常に苦しいことに直面してしまうものだ。

 これは勝手気儘に家計を運営しているからこそ起こる現象であって、夫の収入が足りないとか、妻が無駄遣いをしているというレベルの話ではないのだ。家計にも「法則」というものが存在する。自分たちが勝手気儘に家計を運営するのをやめて、その「家計の法則」の下で家計を運営して行くべきなのである。そうすれば家計が非常に苦しいなんて事態は絶対に起こらなくなるのだ。

家計の法則 その1

 「まずは結婚生活を楽しむ」

 家計というのは、その夫婦が結婚生活を楽しんでいるからこそ、健全に機能し始めるのである。既婚女性が気をつけるべきことは、お金に囚われて、家計を優先してしまい、結婚生活を詰まらなくなさせてしまうことだ。僅かなお金にために、夫や子供たちから喜びを奪ってしまうことを平気でやってしまうのだ。

 家計を健全に機能させるためにも、まずは結婚生活を楽しむことである。結婚生活を楽しんでいれば、家計を運営することも楽しむことができるようになるのだ。だから常に「結婚できて幸せだな~」とか思い、それをきちんと口に出して伝えておくことだ。そして夫婦で何かを選択しなければならない時は、自分たちが楽しいと思える方を選ぶことだ。

 家計それ自体は技術の塊だといっていい。しかしその家計運営を幾ら教えた所で、必ずしも全ての夫婦が幸せになる訳ではないのだ。或る夫婦はお金が沢山あるからこそ幸せになり、或る夫婦はお金が沢山あるのに不幸になってしまうのだ。これは夫婦としての根本がきちんとできているか、それとも夫婦の根本ができていないかの差なのであって、家計運営だけを習得すればいいと思うべきではないのだ。

●注意すべきポイント

 結婚生活は基本的にどちらかが死ぬまで続くことになるので、結婚生活をダラダラと行っていくことは非常に危険である。その弛緩した態度が一時的に行われるのではなく、永続的に行われてしまうからだ。結婚生活の中でも注意すべき大きなポイントは3つある。この注意すべきポイントをしっかりと押さえておくことだ。

①ゲーム感覚の大切さ

 結婚生活は真面目にやるべきであるが、ゲーム感覚を絶対に忘れないようにした方がいい。既婚女性の中には非常に真面目な女性たちがいて、ゲーム感覚を排除してしまい、自分の理屈だけを通すことを優先してしまうのだ。これをやると夫婦から楽しさが失われてしまい、結婚していてもなんの喜びも感じられてなくなってしまうのだ。特に家計は真面目にやるより、ゲーム感覚でやった方が巧く行くものなのである。

②家事の中に楽しさを見つける

 結婚生活の中でも家事は既婚女性が毎日やらねばならないものなので、非常にダレ易い分野だ。家事をダラダラとやっていては、いずれ家事をすることが苦痛になって来るものだ。だから家事をテキパキとこなすようにすることだ。家事のスピードの速さと、家事の楽しさというのは、正比例するものなのである。

③性生活を自分たちに合うように工夫する

 結婚生活の中で既婚女性が最も見落とし易いのは、夫婦の性生活を充実させることだ。既婚女性が夫婦の性生活に満足できないと、性的に欲求不満になってしまい、その性的欲求不満が夫婦の性生活以外の場所で爆発させてしまうのである。夫婦は長年、性生活を繰り返しているのだから、性生活を自分たちに合うように工夫し続けることだ。なんの工夫もしなければ、性生活に喜びを見出せなくなるのは、当たり前のことなのだ。

 どんなに愛し合っていた夫婦といえども、これらのポイントを軽視してしまったために、自分たちの結婚を不幸にしてしまった例は非常に多いものなのだ。愛があれば全てが許されるものではないのだ。愛があるからこそ、感情的に成り易く、大事なポイントを見逃してしまい、愛を憎しみに変えてしまうものなのだ。

●苦しみは更なる楽しみのために

 これだけは断言して言えることなのだが、結婚生活を苦しんでいると、何をやっても失敗するということだ。苦しみは更なる苦しみしか産まないものだ。結婚していると自分が苦しんでいるのか否かが、明確に解るようになる。それは自分の配偶者が無言になったり、怒り出したり、暴力を振るって来るようになるからだ。自分の苦しみが相手に伝染してしまい、更に苦しみを増幅させて、自分にぶつけて来るようになるのだ。

 家計を運営する既婚女性の中には、家計は夫婦が利益追求をするものだと思っている女性たちが大勢いるものだ。利益を追求するだけの家計運営は絶対に破綻する。なぜならそこには喜びがないからだ。自分の心の中になんの楽しみもないからこそ、お金を多く得れば得るほど、自分や家族に不幸が起こってきて、そのお金を吹き飛ばしてしまうことになるのだ。

 結婚していれば、必ず自分にとって苦しいことが訪れて来るものだ。そういう時、その苦しみをしっかりと受け止め、その苦しみを楽しみに変えてしまうことだ。新たな楽しみを得るためには、或る程度苦しまなければならない。幾ら結婚生活を楽しんでいるからといって、一切の苦しみを避けてしまうと、それ以上の楽しみを得ることができなくなってしまうのだ。

 例えば、普通の既婚女性なら結婚してから自分だけに家事の負担がのしかかることに疑問を抱いてしまうものだ。夫婦なんだから平等に家事を分担すべきだと思ってしまうものだ。しかし今後、妊娠し出産し育児をしなければならなくなる以上、妊娠する前に家事をひと通りこなしておかないと、妊娠や出産や育児でトラブルが続出してしまうものなのだ。

 理屈を捏ねれば自分が家事をやらなくすることはできるだろう。だが、そうやって理屈が通ってしまうと、今よりも上のレベルに到達することができないのだ。結婚当初なら、どの既婚女性も家事が下手糞なものなのである。でも夫に任せず、自分が家事をこなしてしまえば、いつの間にか家事が巧くなってしまい、以前の自分ではできなかったことでも簡単に出来てしまうようになるのだ。

●ワクワクできる自分を好きになる!

 人間は自分一人でできることはたかが知れているのだ。人間は二人集まると一気に色々なことができるようになるのだ。しかも二人でいれば、自分では耐えられない苦しみでも耐えることができてしまうし、自分一人では絶対に得ることのできない楽しさを幾らでも作り出してしまうことができるようになるのだ。

 結婚生活を楽しむためには、まずは自分のことを好きになることだ。「結婚できた自分って凄い!」と思っていれば、自分のことを好きになることができるものだ。結婚生活で詰まらないことを探し出すのではなく、ワクワクできるものを探し出すことだ。そしてワクワクできる自分を好きなってしまえば、そのワクワク感が外に向かって押し出されて行き、夫や子供たちに伝わって行くことになるのだ。

 自分のことを好きになっていると、夫のことも好きになってしまうものだ。自分が自分のことを嫌いだから、夫のことも嫌いになってしまうという現象が起こることに一刻も早く気付くべきなのである。自分のことが好きなってしまうと、今まで見えなかった夫の素晴らしい点が多数見つかるものなのである。

 育児をしているのなら、育児での楽しさを前面に押し出して行くことだ。育児をすれば赤ちゃんにつきっきりになるのだから、育児の作業は大変な作業になるのは決まっているものだ。しかしそうやって大変な思いだけを出して行ってしまうと、育児が苦痛だらけになるものなのである。だから育児の楽しさを前面に押し出して行き、育児を徹底的に楽しんでしまうことだ。

 自分が自分のことを好きになって、いつもワクワクドキドキしているから、夫婦関係も親子関係も良好になり、家事全般が巧く行き、家計も健全に機能するようになるのである。結婚生活をいつも楽しんでいれば、どんなに収入が低くても、豊かな生活を実現することができ、そしていずれ収入が激増して行くことになるのである。

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インフレとデフレの正体

●国民経済に及ぼす戦争の影響

 基本的に通貨は減価せず、商品だけが減価して行くのだが、通貨といえども経済力を上回る量の通貨が発行されれば、当然に価値が下落して行く。通貨の価値が下がることをイ「ンフレ」といい、通貨の価値が維持されることが「デフレ」という。貨幣経済が成立してから人類は長らくこのインフレとデフレに悩まされて来たのだが、これに対して経済学者はまともな研究成果を生み出して来ず、そのためになんの対策も打つことができなかった。

 これには経済学自体が根本的に間違っているという事実が存在する。通常、経済学は政府の存在を捨象し、国民だけの経済活動をだけを科学モデルとして考えるのだが、この遣り方で経済を研究してしまうと、政府が国民経済に及ぼす決定的な影響を見破ることができなくなってしまうのだ。

 国民経済をインフレにするのもデフレにするのも、国民が経済活動をしてそうなったのではなく、政府が戦争をするかしないかという選択を取った時に起こるものなのである。戦争というものは膨大な軍需物資を消費して行くものだ。そのため国内に出回る物資が不足し、それで物価が高騰して行くのである。当然、通貨の価値は下がるのであって、国民は通貨を所有するよりも消費することを優先し、更にインフレが加速するという現象を引き起こしてしまう。

 それに対して政府が戦争をしなくなり、平和を実現してしまうと、政府が膨大な軍需物資を消費しなくなるから、当然に国内に出回る物資が過剰になり、それで物価が沈静化し、または下落して行くのである。デフレになると給料は増えないが、物価が低下するために国民の生活は非常に豊かになるのである。

 政府が戦争すればインフレになり、政府が平和を実現すればデフレになるのであって、国民の経済活動がインフレやデフレを作り出すものではないのだ。先進国になれば国民の消費力は高まり、その国の経済の半分は国民の消費で占めるようになる。しかしそうはいっても政府の力は巨大なものなのであって、政府の政治的な決定でインフレになったり、デフレになってしまうのである。

●個人レベルでの対策

 インフレ時には通貨の価値が下がるのだから、土地や商品を持った方がいい。インフレ時に土地が高騰して行ったからこそ、人々は借金をしてまでも土地を購入し、更に転売するという方法を取ったのである。土地成金が続出するのはインフレの典型的な特徴なのである。

 商品に関してもどんどん消費して行った方がいい訳で、だからこそ使い捨て文化が花開いたのである。マクドナルドのようなファストフードが大儲けできたのも、それがインフレの時代に商売をしたからなのである。デフレになってしまえば、これほどチープで栄養バランスの悪い食事など嫌われてしまうものなのである。

 しかしデフレになれば一転して、通貨の価値は安定し、逆に物価が下がって行くのだから、デフレ時には通貨を持った方がいいのだ。土地お購入してマイホームを建てるよりも、借家で済ましてしまう方が健全な遣り方になるのだ。マイホームを購入しなければ、家計は借金返済のために圧迫されないので、家計には常に資金がだぶつき、低所得者でも豊かな生活を送ることができるのである。

 商品に関しても物価は下がり続けるのだから、殆どの家族は商品に満ち足りてしまい、「エコロジー」なるものが流行って来て、節約志向になるのだ。デフレの時代にド派手な生活をするのは非常に危険なのである。デフレに対応できるように生活を変えて行かない限り、金欠になってしまうものなのである。

 デフレ時には階級分化が進むというのも1つの特徴である。インフレ時に発達した中産階級が崩壊し始め、上流階級と下層階級に分かれてしまうのだ。デフレ時には不動産購入は控えるべきなのだが、この時期に豪邸や高級マンションは飛ぶように売れるのだ。豪邸や高級マンションは高価に作られているので、物価下落の影響を受けないから、お金持ちたちがこぞって買うようになるのだ。そうやって都市が徐々に改善されて行くのである。

●政府に於けるインフレ対策とデフレ対策

 基本的にインフレもデフレも政府が引き起こすのだから、政府が間違った政策を取ってしまえば、国民生活に直撃し、貧しくなってしまうのだ。政府が行うインフレ対策は、戦争に勝って平和を実現するか、敵国と軍縮交渉を行い戦争を避けるかの手段しかない。例えば戦前の日本は富国強兵で国力を増強し、戦争でロシア帝国に勝つことで繁栄を遂げて行った。戦後は日米安全保障条約を巧く使って、戦争を回避し、経済に税金を大量に投入することで豊かになって行ったのだ。

 政府が行うデフレ対策は、減税を行い、公務員を削減して、政府の規模を小さくすることしかない。政府は戦争をしない以上、大きな政府を作るべきではないのであって、デフレ時には政府の規模を思いっきり縮小して行った方がいいのだ。インフレで傷ついた国民をデフレ時に休ませなければならないのだ。

 日本は戦前に於いても戦後に於いてもデフレ対策には失敗している。戦前は第一次成果大戦の終結後からデフレになったが、この時期の内閣は有効なデフレ対策をしかなった。特に減税というものをしなかったために、国民はより一層貧しくなってしまい、労働争議が激化し、社会主義者が激増して行くという事態になってしまったのだ。

 戦後は冷戦終結後からデフレに突入したが、内閣は幾度も交代したが、減税路線を打ち出し、政府の規模を縮小するという方向を取らなかった。ただ、小泉純一郎内閣の時に所得税の税率を引き下げ、郵便局の民営化を行ったので、その時だけまともな政策を取っている。

 忘れてはならないのは、戦前も戦後もデフレ対策を誤っているのでは、全て民主主義を標榜する勢力だということなのである。戦前では「大正デモクラシー」、戦後は「民主党」なのであるが、民主主義というものはどうしても大きな政府を志向する余りに、デフレになると政府の対応を誤ってしまうことになるのだ。

 デフレ時に消費税を増税させたり、社会保障を充実したりするのは、完全に間違った政策なのである。国民の人気を得ている「仕分け作業」にしても、政府の規模を小さくする目的で行われているのではなく、社会保障の費用を捻り出すために行われているので、結局、政府の規模は小さくならず、逆に政府の規模が大きくなってしまうのだ。だからこそその負担が国民に直撃し、デフレなのに国民が豊かにならないという現象が行ってしまうのだ。確かに社会保障を充実すれば、国民に政府からお金が手渡されることになるのだが、その僅かなお金のために経済が悪化するという事態を引き起こしてしまうのである。

●「成功の仕方」は時代で変わって行く

 経済というものは変動して行く。特にインフレとデフレでは大きく変化して行く。そのためインフレとデフレの変わり目では親の言う意見が間違っている場合が存在するのである。例えばインフレ時代ではマイホームを持つことこそが成功の条件であった筈だ。だからこそインフレ時代に成功した親は、子供たちにもマイホームを持つことを勧めるものだ。しかしデフレになってしまうと、マイホームを持つことが必ずしも正しい選択肢であるとは限らなくなるのだ。在り来たりのマイホームを購入しても、その土地建物が下落して行く可能性があるのであって、必ずしもマイホームを持つことで成功したということにはならないのだ。

 インフレ時代は経済が上り調子にあるから、女性たちが子沢山になって、どんどん子供を産んで行く。だからインフレ時代では子供がいなかったり、子供の数が少ないと肩身の狭い思いをした訳である。しかしデフレになってしまうと、経済は低迷してしまうから、女性たちは出産には慎重になって、そんなに数多くの子供を産まなくなる。これが「少子化」という現象を引き起こすのだ。

 江戸時代でもそうであったが、デフレになれば人口は増えないものなのである。では少子化のために子供たちが可哀想なのかといえば、決してそうではない。まず少子化のために学校や大学でも無駄な競争をすることがなくなり、自分の実力をつけるための勉強をすることができ、非常に優秀な子供たちが育って来易いのだ。

 しかも親は子供の数が少ないために、充分すぎるほどの教育費を子供に注ぐことになって、お稽古事なども盛んになり、学校や大学以外から優秀な人材が育って来易いのだ。だからこそプロスポーツの分野で若い男女が大活躍しているし、国際試合でもメダルを着実に取って来るほどの実力を持っているのだ。

 その反面、子供たちによりよい教育を施せない学校や大学は潰れて行くことになる。廃校になる学校や大学が出て来るのも、デフレの典型的な特徴だ。親たちは子供たちにただ単に学校や大学に行ってくれと思っているのではなく、その学校や大学に行って優秀な人間になるために行かしているのである。その親の要望に応えることができなければ、学校や大学といえども潰れて行くのだ。

 プロスポーツで最も大きな変化はプロ野球の衰退である。デフレになると様々なスポーツにエネルギーが注がれるから、プロ野球だけが安泰という訳には行かないのだ。サッカーにしても、ゴルフにしても、フィギュアスケートにしても、あの手この手でサービスを展開しているのだが、プロ野球にはサービス精神が全くない。だからこそ衰退して行くのである。

 インフレとデフレでは、家族といえども取るべき手段が変わってしまうから、自分たちが結婚して、自分たち夫婦にとって最善と思える選択肢を取っても、自分の親から非難されてしまうことがあるものだ。しかし親の意見を聞いてしまうと、自分たち夫婦が間違った選択肢を取ってしまうことになるのである。家族を平安なものにしたいのなら、親の言う意見は聞いておいた方がいい。しかしインフレやデフレといった大きな流れの変化に関しては、親の言うことでも間違うことはあると思っておいた方がいいのだ。

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通貨のトリック

●商品は減価する、しかし通貨は減価しない

 お金は「交換機能を持った商品」なのであるが、通貨として活躍するために思わぬ現象を引き起こしてしまう。この現象が余りにも特殊なために、人々はこの「通貨のトリック」にいとも簡単に騙されてしまうのだ。この「通貨のトリック」を見破った者はお金持ちになっていくし、まんまと騙された者は貧乏になって行くだけなのである。

 通貨のトリック その1

 「商品は減価するが、通貨は減価しない」

 ありとあらゆる商品は減価して行く。例えば食料などは幾ら豊作になったとしても、食料を備蓄している間に食料が腐ったり、ネズミに食べられてしまったりと、食料自体が減少していく。しかも保存したことで酸化してしまうので、食料自体が不味くなってしまう。これが即ち減価という現象なのだ。

 これに対して通貨というものは減価という現象が起こらない。というか人々は通貨に「交換機能」があるからこそ、その通貨を手に入れるのであって、商品価値を数字に置き換えているだけなのである。だからそれが減価するということなど起こる訳がないのだ。数字としての役割を果たしているのだから、当然に減価しないのだ。

 人々が生産し消費する商品は減価して行くのに、人々が商品の交換のために使う通貨は減価しないのだから、当然に通貨は商品に対して圧倒的な威力を発揮し始めることになる。本来なら商品をより多く持つ者こそが豊かな生活者となるべきなのに、より多くの通貨を持つ者こそが豊かな生活者になってしまうのである。

 従って、収入の全てを消費に回すような生活を絶対にすべきではなく、少しでもいいから貯金をしなければならないのである。一旦、お金を使いきってしまうような生活をしたり、借金をするような生活に入ってしまうと、そう簡単に貧乏から抜け出せなくなるのは、この「通貨のトリック」が強烈に作動してしまうからなのである。

●減価しない通貨に利子がつくからこそ問題になる

 通貨を国民に行き渡った経済である「貨幣経済」の下では、通貨を持った者こそが商品を持つ者よりも強くなってしまうという奇妙な現象が起きる。貨幣経済では通貨を沢山持っている者と通貨を持っていない者との不平等が必然的に発生するのであって、もしも通貨を持っていない者がより大きな事業をしたいのなら、通貨を多く持っている者から借金をせざるを得なくなるのである。これがまた新たな「通貨のトリック」を発生させるのである。

 通貨のトリック その2

 「減価しない通貨に利子がつくことによって、お金持ちは更に豊かになって行く」

 通常、ビジネスを行う者たちは商品を生産し、それを販売することで生計を立てている。しかし事業拡大のために資金が必要となると、お金を沢山持っている者からお金を借りねばならなくなる。お金を貸す方としては、そのお金を使って得られるであろう利益を、他の者に貸すことで失われてしまうのだから、当然に「利子」という物を要求するようになるのだ。

 問題はここなのである!

 経済界の中で、殆どの人々が商品の生産と消費に携わっているのに、事業拡大のために資金を借りる者たちが出て来ると、自分は何も商品を生産せず、利子だけでビジネスを営む者たちが出現して来るのである。この新たなビジネスこそ「銀行業」なのである。繰り返して言うが、銀行は何も具体的な商品を生産している訳ではないのである。しかし利子だけはちゃっかりと徴収して行くので、雪達磨式に豊かになって行くのである。

 銀行は今では当たり前になってしまたビジネスではあるが、日本の資本主義の父である「渋沢栄一」は西ヨーロッパに行って、この銀行なるものを理解できなくて、散々悩み抜いたものなのである。日本にだって両替商や高利貸しは既にあった。しかし銀行は人々が事業を拡大して行くために必要不可欠という役割を果たしていることが不思議でならなかったのである。

 銀行というのは貨幣経済に於いてダブルの「通貨のトリック」を持っているのである。1つは減価しない通貨を持っていること、もう1つは減価しない通貨に利子がつくこと、この2つを兼ね備えているからこそ、銀行は他の産業に対して圧倒的に強くなってしまうという奇妙な現象が発生してしまうのである。

●適正な利子は無利子にするか年利3%以下にするしかない

 起業家であるなら、この資本の威力と利子の威力を身を以て知っている筈だ。起業家は資本金を集めることにこそ最大の苦労をしてしまうし、もしも銀行から資金を借りれば利子の支払いに追われるようになるからだ。しかも事業自体が成功するか解らず、殆どの起業家たちは事業に失敗し、倒産して行くものなのである。

 利子というものは無条件で承認されるべきではないのだ。

 確かに銀行にも正当な言い分は存在する。銀行は貸し倒れの危険性のある相手に資金を貸すわけであって、もしも貸し倒れたら銀行自体が損害を被らなければならない。しかも利子に関しても高額な利率を設定している訳ではなく、銀行同士の競争によって適正な利率が設定されるようになるのであると。

 だが、銀行は商品を具体的に生産することをやっていないのに、ただ単に資金が大量にあるために、それを貸し出して、それによって稼ぎ出しているに過ぎないのだ。銀行というビジネスが無条件で認められてしまったら、銀行だけが豊かになっていき、具体的な商品を生産している者たちが利子の支払いのために貧乏になって行ってしまうのである。

 この利子を巡る問題を解決するためには、たった2つの方法しかない。まずは利子を認めず、「無利子」にしてしまうことである。これはイスラム教では実際に行われており、戒律によって利子の徴収が禁止されているために、銀行側はビジネスマンに新規事業のために資金を貸し出し、その事業が成功した場合に利益の配分に預かるという遣り方を取るのだ。無利子ならば、ビジネスマンたちは腰を据えて事業に取り組むことができるので、本格的な商品を生み出して行くことが可能になるのである。

 もう1つの方法は利率を抑え、利子は年利3%以下にしてしまうことである。人類はこれまで経済を発展させて来たが、その成長率の平均を取ってみると、年3%の成長なのである。年3%というゆっくりとした成長をするからこそ、急成長による経済の弊害がなくなり、その反面、経済が成長しなかったりマイナス成長してしまうという危険な現象も起こらなくなるのだ。だから銀行は年利3%以下でしか利子を徴収してはならないようにすれば、どの会社も利子の支払いのために経営を圧迫することがなくなり、本格的な商品を生み出すことが可能になるのだ。

●通貨が存在し利子を認める経済では銀行こそ本当の勝ち組

 我々は今現在、通貨を当たり前のように使う経済の中で暮らしている。その経済の中では「通貨のトリック」が発生し、通貨をより多く持っている者が強くなってしまうし、その纏まった通貨は他人に貸し出されることで利子を徴収し、更に強くなって行ってしまうのである。だからこの経済の中で豊かになろうとするなら、収入の全てを使いきるのではなく、地道に貯金して行き、その纏まった資金を誰かに貸すことで利子を徴収すれば、自然と豊かになって行くのである。

 我々はビジネスを展開して、様々な分野で争い、誰が勝ち組で、誰が負け組でと判別してしまうものであるが、通貨が存在し、利子の存在を認める経済では、銀行こそが本当の勝ち組なのである。なぜなら銀行は通貨のトリックを使って、無理なく儲かるようなビジネスを展開しているからなのである。

 だから夫婦がこのような経済システムの中で自分も勝ち組に入りたいのなら、まずは銀行の預金者となって、勝ち組に加わってしまうべきなのである。出来ることなら銀行の株券を購入して、銀行の株主になってしまえばいいのである。株式投資をするなら、まずは銀行の株券を購入すべきなのである。

 経済は必ず「貧富の格差」が存在するから、それを問題視してくる人々は跡を絶たない。しかも経済の規模が大きくなれば、その貧富の格差も激しくなるから、この問題がより危険なのではないかと思ってしまう。しかし、貧乏人たちはこの通貨のトリックが解らないからこそ貧乏になるのである。

 通貨のトリックが存在する以上、収入の全てを使いきるような生活を絶対にすべきではないし、なんの計画もないのにお金を借りて利子の支払いに追われるような生活をすべきではないのだ。負け組というのは負けるべくして負けているのであって、なんの同情も一切不要なのである。人間が通貨を使い出してしまえば、必ず通貨のトリックが発生して来る以上、まずはこの通貨のトリックを見破り騙されないようにすべきなのである。通貨のトリックさえ見破れば、自分の貧乏を克服する手段は幾らでも存在するものなのである。

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