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2010年12月

料理が得意というのなら料理雑誌を買い続けよ

●料理雑誌はお買い得

 料理が余り得意でないのなら料理雑誌など買うことはないが、料理が得意であるというのなら料理雑誌を買った方がいいい。既婚女性の中で料理が得意であるのかないのかは、料理雑誌を定期購読しているか否かを訊けば一発で解ることなのだ。料理好きの女性にとっては料理雑誌は面白くて仕様がないのだ。

 男性の中で自動車が好きな男性は自動車専門誌を定期購読するようになることだろう。自動車のことに興味がない男性は自動車専門誌など買わないし、その自動車専門誌を見せられた所でなんとも面白いとは思わない筈だ。これと全く似た現象が女性たちの間では料理雑誌を巡って起こるのだ。

 料理の好きな女性がなぜ料理雑誌を購入するのか? それは面白いし、為になるからなのである。それ以上の理由はないのだ。料理が好きなら、料理の情報が満載されてある料理雑誌を読むのは当然のことなのである。そして料理好きの女性が料理雑誌を読むからこそ、更に料理が巧くなって来るという好循環を引き起こして来るのだ。

 料理雑誌は料理が得意な女性なら定期購読すべきだけど、料理が得意でない女性は買う必要性はない。主婦向け雑誌に載っている料理欄でも見ていればそれで充分なのであって、それ以上のことをしないことだ。それよりも自分が得意とする分野にエネルギーを注いでしまった方がいいのだ。

 料理雑誌というのは、女性ファッション誌や主婦向け雑誌と同様に、非常にお買い得の雑誌なのである。女性ファッション誌みたいに大量の広告主がつかないのだが、主婦向け雑誌と同様にヘビーユーザーがいるので、広告に頼らなくても、読者に販売することで充分に商売が成り立つのだ。しかも読者は料理が得意な女性たちなので、非常に濃度の高い雑誌を作ることができるようになるのだ。

●料理雑誌を買い続け、ストックしておく

①定期購読の必要性

 もしも料理雑誌を購入するのなら、絶対に定期購読にした方がいい。この手の雑誌は熱心な読者が存在しているので、本屋に行っても売り切れという事態が起こって来るのだ。しかも自分が買い損ねた時に限って、その月の号では自分にとって必要な情報が掲載されていたりするのだ。これは雑誌を購読し続けた人なら必ず起こってしまう現象なので、この現象に出く合わさないためにも定期購読にしてしまった方がいいのだ。

 1年には四季があり、その季節に応じた料理が作られるものだ。そのため料理雑誌を最低でも1年間に亘って定期購読し、季節ごとに変わりゆく料理をしっかりと見続けることだ。料理というのは季節に応じた食材で調理するからこそ、美味しい料理を作ることができるのであって、その季節感をしっかりと学んでおくべきなのである。

②蔵書の必要性

 慮理雑誌は読んだら捨ててしまうようなことはしないことだ。読み終えた料理雑誌は蔵書として蓄えておき、後日、調べたい時にすぐさま調べられるようにすることだ。料理雑誌の蔵書を持っておけば、自分の記憶に頼ることがなくなり、その大量の料理雑誌を自分の情報量として使えることになるので、料理の腕が急激に上達して来るのだ。

 料理の巧い女性なら必ず経験したことがあるものなのだが、自分が何気なく本棚から料理雑誌を手に取って読んだ時に限って、自分に必要な記事が見つかるものなのである。昔の自分ならその記事の内容がイマイチ解らなかったのに、自分のレベルが上がったためにその記事の内容が解るようになったのだ。だから料理雑誌を蔵書しておくことが必要なのである。

 料理雑誌の蔵書があれば、自分のネタがなくなっても、その蔵書を調べればネタを見つけ出すことができるので、如何なる状況下でも対応することができるのである。自分にネタがなくなってしまったからこそ、自分に無理な要求がかかった時に、「なんで女性だけが料理を作らなくてはならないの!?」という頓珍漢な発言をしてしまうことになるのだ。

●料理雑誌の長所と欠点

①情報の質量

 料理雑誌は決して万能な雑誌ではない。料理雑誌は主に料理好きの既婚女性たちを対象としているので、新婚ホヤホヤの既婚女性にとってはかなり高度な内容になっているのだ。平凡な主婦でも料理雑誌を定期購読しているような女性は相当に料理の腕が高いので、料理雑誌を読むのが苦痛なら購読しない方がいいのだ。自分が実力を蓄えてから定期購読すればいいのである。

 料理雑誌はその編集部が1ヵ月間に亘って情報を圧縮させたものなので、情報の質量は非常に高いものとなる。そのため新聞を熟読しているような女性はこの質量の高い情報についていけなくなるのだ。新聞というのは情報の垂れ流しなのであって、女性であろうがなかろうが、そんなに熟読すべきものではないのだ。美味しい料理を作るためには、新聞というのは天敵だと思っておいた方がいい。

②プロが作っているので、そのまま採用できない

 料理雑誌で料理を紹介して来る料理人や料理研究家は料理に関してプロだということなのである。それゆえ料理を美味しくするために手順が混んでいるので、実際の家庭料理ではそのまま採用できないのだ。家庭料理ではスピードが求められるので、そこいらは融通を利かして自分なりに工夫することだ。手の込んだ料理は休日に出すようにし、平日には絶対に作らないようにすることだ。

③料理は見た目よりも美味しさを優先した方がいい

 料理雑誌の料理というのは、プロの料理人や料理研究家たちが作り、更にプロのカメラマンが撮影することになる。そのため見た目が非常に美しく出来上がっているものだ。ところが自分がその料理を実践しても、写真通りには行かないのだ。この手の問題は余り気にしないことだ。その写真は非常に美しく撮れているだけのことであって、料理は美味しくできればそれでいいのだ。

④美味しすぎる料理だからこそ危険

 料理雑誌で気をつけるべきは美味しすぎる料理なのである。料理人も料理研究家も舌が肥えているために、中にはその人の紹介している料理を作ると、有り得ないほどに美味しい料理が出来てしまう場合があるのだ。この手の料理を出すと夫も子供たちも大喜びするのだが、そのためにその料理が基準になってしまい、他の料理に対してなんの反応もしなくなってしまうのだ。家庭というのは料亭ではないのだから、家庭料理の枠組みを超えてしまうような料理は滅多なことでは作らないようにすることだ。

●料理雑誌を読み続けると料理の腕が格段に良くなる

 料理雑誌は料理の情報をメインとして流しているが、料理雑誌はそれだけではないのだ。料理それ自体は確かに大事であるが、料理に対する考え方とか、料理に関するちょっとしたアイデアというのが、既婚女性たちにとって非常に有難い情報になるのである。その考え方やアイデアを自分の力だけ習得して行くためには何十年とかかってしまうものだ。しかし自分よりも料理が上手な人からその話を聞いてしまえば、その何十年という時間を短縮させることができるのである。

 恐ろしいのが、その料理に対する考え方とか、料理に対するちょっとしたアイデアというのは、聞いてしまえば「なんだそんな程度のことなの」と思ってしまうことなのだ。料理は学問とは違って、その内容が高度になっても、平易な言葉で理解できるようになっているのだ。だからこそ危険で、平易な言葉で言って来るからこそ、傲慢な女性に限って見逃してしまうし、自分がその言葉を耳にしても聞き流してしまうのだ。

 既婚女性なら不味い料理を出しても、夫や子供たちが苦情を言って来るだけで、損害賠償請求を受けたり、解雇されたりすることはない。既婚女性は自分が「妻失格」「母親失格」になることはないと、心のどこかで思っているからこそ、料理に関して問題が発生しても改善しようとしなくなってしまうのだ。

 既婚女性は夫や子供たちのために美味しい料理を作ることは当たり前のことなのだ。しかもただ単に美味しい料理を作ればいいのではなく、栄養バランスの取れた料理を出さなければならない。その知識や技術は決して難しいものではないのだ。頭が良かろうが馬鹿だろうが、理解できてしまうものだし、実際にやらしてみれば習得できるものなのだ。

 自分は料理が巧いからといって傲慢になっていると、その平易な言葉で理解できるものが理解できなくなってしまうのだ。その内、夫が辛辣な言葉を浴びせてきたり、子供たちが強烈な反抗して来るようになるものなのである。だから謙虚になって自分のよりもレベルの高い人たちの意見をきちんと聞くようにすることだ。そういうことをしていると料理の腕が格段によくなり、夫や子供たちも料理を食べる度に喜んでくれるようになるのだ。

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お料理番組で美味しい料理があったら、すぐさまやってみよう!

●料理は見て覚えるもの

 本来、料理とは見て覚えるものだ。自分よりも巧い人が調理している所を見ていれば、自然と自分のその遣り方が解って来るようになる。レストランでは如何なるコックも最初は皿洗いから始まるものだ。そうやって皿洗いをしていると或る日突然「調理をやってみろ」と言われて調理をやらされてしまい、何も教わっていないのになぜか調理が出来てしまうのだ。

 ところが家庭料理の場合、核家族の主婦は料理を見て学ぶという機会がなくなってしまうのだ。姑と同居しているのなら、姑がやっていることを見る機会があるので、自然と慮理が巧くなって行くものだ。そのため核家族の主婦は料理の腕が一向に上がらなくなってしまう危険性を常に持っているのだ。

 その危険性を解消してくれるのがテレビの「お料理番組」だ。独身時代は見ることもなかったのに、結婚するとこの番組をじっくりと見てしまうものだが、それは料理の仕方を学ぶ機会がお料理番組を見ないと確保できないからなのである。お料理番組はどの番組も一流の料理人や料理研究家が出て来るので、無料で第一級の料理を学べる非常にお得な番組なのである。

 テレビのお料理番組は、NHKは本格派で正統な遣り方を述べたものが多い。それに対して民放は奇抜な料理が多ものだ。これはNHKでは真面目な人々が作っているから本格派の料理が紹介され、民放ではスタッフたちがフルメなので舌が肥えている者たちが多いのでグルメ志向の料理が紹介されるのだ。料理は真面目に作ることも確かに大事なことだが、時には奇抜な料理を作って驚かなさいと、夫や子供たちがダレて来てしまうのだ。

 また健康番組などで食材に対して栄養学的な説明をした後に、その食材を使って料理するような場合、その食材のことをきちんと解って料理することができるようになるので、夫や子供たちの健康を増進させることができるのである。料理はただ単に作ればいいというものなのではなく、家族の者たちを健康にするという目的がないとおかしくなって行くものなのである。

●気に入ったら、とにかく作ってみること

 お料理番組を見て気に入った料理があるなら、とにかく作ってみることだ。自分が気に入った料理は自分で作ってみると矢張り美味しいのだ。直感は理屈よりも正しい結論を導き出すものなのである。自分が気に入ったのに、「今度作ろう」などと思っていると、永遠に作らなくなるので、思い立ったが吉日なのである。

 お料理番組で紹介されている料理はどれも難しい料理ではない。視聴者が簡単に作れる料理になっているのだ。視聴者が作って難しい料理は放送される前に弾かれているのであって、放送される訳がないのだ。だからどんなにグータラな妻でもやってみれば簡単に出来てしまうものなのである。

 料理を作ってみて、家族の反応を確かめることだ。自分が美味しいなと思っても、夫や子供たちにとっては「そうは思わない」物も沢山あるからだ。夫や子供たちが気に入ってくれれば、今後も出して行けばいいし、夫や子供たちが気に入らないのなら、今後二度と出さなければいいのだ。

 料理を毎日作る者にとってはどこからか料理のネタを仕入れてこないと、料理のネタが尽きてしまい、いつもマンネリ化した料理しか出せなくなってしまうのだ。そのため自分がどんなに巧く料理を作っても、夫や子供たちからはなんの反応もないという事態に陥ってしまうのである。

 だからこそお料理番組などは非常に有難いのだ。食費に同じ値段をかけても、一方は夫や子供たちが喜ばれ、もう一方は何も反応がなければ、明らかに夫や子供たちが喜んでくれる方がその食費を有効に使ったということが言えるのだ。食事はただ単に食べさせればいいというのではなく、喜ばれるということが非常に大事なことなのである。、

●レシピを書いて記録を残す

 お料理番組を見て料理を作った場合、レシピを書き残しておくことだ。記録を残さないと、すぐに忘れてしまうことになるのだ。この手の記憶は短期記憶といって、一時的に脳は覚えることができるけど、長期に亘っては記憶されない記憶であるのだ。そのため料理を作ってしまえば、その記憶を忘れてしまい、もう二度と再現することができなくなるのだ。

 お料理番組をボサーッと見ているのではなく、ペンと紙を用意して、その食材と分量を記録して行くべきなのである。ペンと紙が手元にないとペンや紙を探してしまい、ペンや紙を手にした時には場面が変わってしまい、記録を残せなくなってしまうのだ。これではなんのためにお料理番組を見たか解らなくなってしまうのだ。

 お料理番組のレシピを書きまくって行くと、食材の組み合わせと調味料の使い方が決め手なのだなということが解って来るのだ。その食材の味を引き出すためには1品で調理するより、他の食材を掛け合わせた方が美味しくなるのだ。更にそれをよりいっそう引き出たさせるためには調味料の使い方が欠かせないのだ。

 普通の主婦が自分は真面目に料理を作っているのに、夫や子供たちからどうも不評なら、料理の味付けに問題があると見ていい。調味料の使い方次第で料理の味は格段に違うほど引き立つものなのである。こういうことはレシピをせっせと書いて覚えて行くしかないのだ。

 レシピを書いて行くと、どの料理も記録に残さねばならない物なのではなく、本当に記録を残さねばならない料理はごく僅かということに気付けるものだ。所詮、お料理番組は無料で放送されているので、そんなに価値ある情報は流れて来ないものなのである。それが解ったら、料理の腕は相当に上がっていると見ていい。

●自分なりの工夫を加えて自分のオリジナルとする

 お料理番組で覚えた料理はそのままにはしないことだ。全国放送である以上、他の人たちも見ているのであって、それをそのまま出しては何も評価されないのだ。その料理に自分なりの工夫を加えて、これがお料理番組からのパクリではないと見せることも必要な行為なのだ。

 自分が調理してみて、何か気付いたことがあるなら、その工夫を施してしまえばいいのだ。そうすればその料理は自分のオリジナルとなって、自分の物にすることができるのだ。この世には100%オリジナルという物はないのだ。どこからかネタを仕入れて、それに工夫を施すことで自分のオリジナルとして行くしかないのだ。

 お料理番組を見て料理を作っても、二度と作らないということもある。脳が興奮から冷めてしまうと、その料理には見向きもしなくなるのだ。だから1ヵ月後にもう1度その料理を作ってみて、自分が冷静な状態でも本当に美味しいのかどうか確かめてみる必要性があるのだ。その時も自分が美味しいと思うなら、その料理は本当に美味しい料理なのである。

 お料理番組を見て実際にその料理を作るのは、週に1度から月に1度程度だろう。実はそんなに多くないのだ。殆どの主婦たちは漠然とその番組を見て、「美味しそう」と思っても、実際には作らないのだ。だから自分がせっせと料理を作り、レシピを書き残して行けば、確実に料理の腕が上がって行くことになるのだ。

 家計の中で食費はかなりの割合を占めるものだし、毎月確実に出て行くものだ。それなのに家族から不平不満が出て来る料理を出していては、その出費を無駄にしているということなのだ。料理というのは食費を多くかければ美味しい料理が出来上がる物ではないのだ。料理を作っている人が日々努力して創意工夫を施すからこそ美味しい料理が出来上がるものなのである。

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料理の腕を急激に向上させる「レシピ集」

●レシピ集がなければ、いつまで経っても料理は向上しない

 殆どの主婦たちはレシピ集など持たずに料理を作っているのだが、この遣り方だと自分の記憶を頼ってしまい、料理の際にその記憶を再現するか、それ以下の事しかできなくなってしまうのだ。自分の記憶に頼っている限り、料理は合理化されないし、料理自体も巧くならないのだ。いつまでもイマイチな料理のままで、それが永遠に改善されなくなってしまうのである。

 普通、自宅で花嫁修業をする場合、母親から料理を教えて貰うと同時に、レシピを書かさせることになるのだが、戦後は男女平等を推進して行ったために、殆どの家庭でこの大事な修行を自分の娘たちにさせなくなってしまった。だからこそ結婚してもまともな料理が作れず、外食に走ってグルメ三昧になり、病気になる人生を送るようになってしまったのである。

 料理というのは、作れば家族の者たちに食べられてしまい、後に何も痕跡を残さないものだ。そのためその繰り返しを遣り続けると、料理に対して何も改善されないという恐ろしい事態になってしまうのである。文明化されていない未開人などは、未だに太古の昔からやっている料理をそのまま遣り続けているものだ。文明人が文明人たりえる理由は、レシピを書き記すことで、料理の改善を図って行くことができるようになることなのである。

 如何なる花嫁であっても、最初から料理の腕が上手という者はいないものだ。しかし毎日料理を作り、レシピを書き記して行くことで料理を改善して行き、以前の料理よりも美味い料理を作れるようになるのだ。レシピなど書いてしまえば数分で終わる作業だ。しかしその作業を「面倒臭い」といってやらないからこそ、いつまでも不味い料理を夫や子供たちに出し続けてしまうことになるのだ。

 それにレシピを書いて行くと、頭の中で料理が整理されることになるので、自分が買い物に行った時に必要な食材だけを購入するようになり、無駄な食品を買うことがなくなるのだ。レシピ集を持っている既婚女性なら少ない予算であっても美味しい料理を作ることは可能だが、レシピ集を持っていない既婚女性だとそれが出来ないのだ。どうしても食費に費やす費用が高くなってしまうのである。

●料理の基本が解って来る

 料理のレシピを書き綴って行くと、「料理の仕方」ということだけでなく、「料理の基本」というのが解って来るようになる。なんせ料理の度にレシピを書いて行けば、料理の共通項は解って来るし、料理の長所や短所も解って来る。そして何よりも大事なのが、「料理の基本」であって、これが見えてくれば、一介の平凡な主婦であっても、料理に対してきちんとした哲学を持つことができるようになるのだ。

①ダシの取り方

 まずはダシの問題である。和食の料理をレシピに書き綴って行くと、毎回、鰹節や昆布や煮干しでダシを取るということを書いて行かなければならない。そうするとその手のダシを使う和食は「あっさり」とした料理になるものだということが解って来るものだ。日本列島は夏になれば高音多湿になるので、どうしてもあっさりとした物を食べたくなるのだ。

 それに対して中華料理では「タン」というダシが主に使われることになる。タンは鶏肉を丸ごと煮込み、そこにニンニクや生姜や長ネギを入れ、「こってり」としたダシを作ることになる。そのため中華料理はどうしてもこってりとした味にならざるを得なくなるのだ。中国大陸の冬は非常に寒いので、こってりした物を食べないと、寒くて生きて行くことができなくなってしまうのだ。

 料理というものはどこの国の料理が素晴らしく、どこの国の料理が駄目なのではなく、実は気候や国土に大きく制限されるものであって、その土地土地に最も適した料理を生み出して来たに過ぎないということだ。それが解れば、自分たち家族が現在住む場所に最も適した料理を作ればいいのであって、それこそが最も美味しくなる料理なのである。

②旬の食材を使うと最も美味しくなる

 味付けはその食材の味を誤魔化すことができるけど、出来ることならその食材の味を引き出した方が料理は美味しくなるものなのである。食材の味が一年の内で最も美味しくなるのは10日間だけであって、それを「旬」というのだ。だから旬の食材を使った方が料理は美味しくなるものなのである。

 現在ではハウス栽培が盛んなので、夏の食材であっても冬に手に入るし、逆に冬の食材でも夏に手に入ってしまう。そのため旬が完璧に狂ってしまっているので、どう調理してもそれほど美味しくならないのだ。食材はどの時期に最も美味しくなるかが解っていれば、その食材をその時期に購入して料理すれば、通常の料理よりも美味しくすることができるようになるのだ。

③準備7割 実行3割

 レシピを書き綴って行くと、如何なる料理であっても準備こそがメインであって、実際の調理はごく僅かな手間で処理できてしまうということだ。だから台所に入ったら、行き成りコンロの火をつけるないことだ。準備をしっかりと行い、準備が完了次第、コンロに火をつけて、調理を開始して行けばいいのだ。

●料理のプロは30食分の料理を作れるということ

 主婦は料理を毎日作る以上、料理のプロに成らざるを得ない。では料理のプロというのは最低でも何食作ればいいのかというと、実は「30食」なのである。たった「30食」の料理をちゃんと作れば料理のプロになることができるのである。料理のプロだからといって必ずしも大量の料理を作る必要性はないのだ。

 「そんなの嘘だろう~」と思うなら、旅館に30日間に亘って泊まり続ければいい。30日間、毎日変わった料理が出て来るが、30日後に旅館の料理人が部屋に遣って来て、「もういい加減に帰ってくれ!」と言って来るようになるものなのだ。旅館の料理人は30日分なら毎回違う料理を出せるが、それ以上のネタはもうないのだ。

 だから主婦がレシピを書いて行く際には下手に劣等感を抱かないことだ。30食分の料理を書き綴って行けば、もうあなたは料理のプロなのである。30食分の料理を書き綴って行くと、料理の腕が以前とは比べ物にならないくらいに上達するようになるのだ。30食分のレシピを書いて行くと、今まで良く解らなかったことでも、自然と解るようになるものなのである。

 言っておくが、レシピは1枚や2枚では効果が出て来ない。恐らく面倒臭いという感情だけが支配してしまうことだろう。でもその面倒臭いという気持ちを捨てて、地道にレシピを書き綴って行くからこそ、料理のことを理解することができ、実際に料理してみると、今まで面倒だった料理が簡単にできてしまうようになるのだ。

 レシピというのは100食溜まった時点で驚異的な威力を発揮するようになる。100枚ものレシピを書いて行けば、「料理の核」が出来上がって来るようになり、料理のプロ顔負けの腕前になってしまうものなのである。この「料理の核」こそが非常に大事なのであって、これが解りさえすれば、主婦として料理に関しては一人前になったということになるのだ。

●レシピ集の作り方

①カード

 レシピはカード方式で書いて行った方が実戦的であるので非常に便利なのである。カードならコンパクトに納まっているので、料理を作る際にそれを手に取って見れば、自分が作るべき料理が頭の中で思い浮かぶことができるようになるのだ。カードは表側に料理に手順を書き込んで、裏側は白紙にしておくことだ。何か書き加えたいことがあれば、その裏側に書き込めばいいのだ。

②ノート

 レシピはノートに書いて行ってもかまわない。ノート方式は几帳面な性格の女性がやる方法である。ノートなら料理の手順を事細かに書き込むことができるので、几帳面な性格にはぴったりの遣り方なのだ。但し難点としてはノートだと嵩張ってしまうという欠点が存在するので、ノートの置き場所をきちんと確保しておくことだ。

③パソコン

 文明の利器としてはパソコンを使ってしまうのもいい。パソコンならコピペが使えるので、料理のサイトで見つけたレシピをそのままコピーして、自分の物としてしまえばいい。しかも写真を保存できるので、料理が出来た時に写真に撮って、それをパソコンで保存してしまえば、今度、自分が作る時にその写真を見れば簡単にその料理を再現することが可能になるのだ。

 レシピ集はどれが素晴らしくどれが駄目というものではない。自分にとって最も相応しい物を選べばいいのだ。レシピ集は終生残って行くものなので、自分に合わないものだと、レシピを作ってもそれを見なくなってしまうという事態も起こって来るのだ。自分が好きと思える遣り方でレシピを書き綴って行けば、絶対に挫折しなくなるものなのである。

 主婦がレシピ集を持っていると、それが自分にとって「大いなる自信」になるのだ。夫や子供たちから料理に関して何か要望があるならすぐに応えられるようになるし、買い物に行っても必要な食材だけを買って来るようになるし、食費が以前よりもかからなくなり、それなのに豊かな食生活を送ることができるようになるのだ。レシピ集を持つことが、家計を非常に潤すことになるのである。

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献立表を作って食費を有効に使おう!

●冷蔵庫の迷える主婦たち

 食費の削減をしなくていいからといって、食費を無闇に使ってはならない。収入の中から限られた金額を食費に充てるのだから、その食費を有効に使って行かなければならないのだ。高い金額の料理が素晴らしく、安い金額の料理が駄目なのではない。幾ら値段が張っても駄目な食事は存在するし、幾ら低額であっても美味しい料理は存在するのだ。それを見極めることこそが主婦にとっては必要なことなのだ。

 主婦の中には食事を作る度に冷蔵庫を開けて、「今日の食事は一体何にしようかな?」と悩んでいる主婦たちがいるものだ。まずこのようなことをやって食事を作っても「食材の無駄」を平気でやってしまうし、出来上がった食事はそれほど美味しいものではないのだ。寧ろ不味い部類に入るものなのである。

 更に付け加えて言うと、冷蔵庫を開けっぱなしにすることは「電気代の無駄」なのであって、冷蔵庫の前で思い悩んでいると、確実に電気料金が上がって行き、家計を圧迫して行くことになるのだ。「電気料金は安いんだから、そんなこと気にしなくてもいいじゃん」と思う勿れ。この悪い習慣を持つ主婦は終生遣り続けることになり、電気料金が半端ではない金額に跳ね上がってしまうものなのである。

 場当たり的に料理を作っても絶対に料理は美味しくならない!

 自分が気紛れで料理を作るからこそ、いつまで経っても料理の腕が上がらないし、夫や子供たちから「料理が不味い」と苦情が出て来るのである。料理の下手な主婦に料理を教えても、焼きゴテにしかならないのであって、主婦としての根本的な部分が変わらない限り、絶対に料理の腕が上がらないのだ。

 ではどうすれば主婦としての根本的な部分を変えることができるのかといえば、それは献立表を作ってしまえばいいのだ。献立表を作ってしまえば、料理を場当たり的に作るということがなくなり、計画的に作り続けることができるようになるのである。献立表があればこそ、事前に食材を調達し、事前に料理の準備ができ、いざ台所に立つと簡単に出来てしまうようになるのだ。

●献立表を立ててみる

 献立表が必要だと解ったら、とにかく献立表を作ってしまうことだ。献立表は来月の料理の予定を全て書き込んで行けばいい。朝食と夕食を自宅で食べたとしても30回分ずつ書き込めばいいし、昼食に関しては、夫は職場で食べるし、子供も学校に行っているのなら給食があるので、自分が作らねばならない料理は非常に限られて来るのだ。

 献立表を作る時に絶対に外してはならないのは、宗教行事に関する食事はそのまま作ってしまうことだ。例えば大晦日に「年越し蕎麦」を食べ、正月三箇日には「御節料理」を食べ、七草では「七草粥」を食べれば、その料理を作りさえすれば、自分は料理のことを何も考えなくていいのだ。正月なのにカレーライスやラーメンを食べるような馬鹿げた真似はしないことだ。そういうのは他の日にやればいいのである。

 それと季節物の料理もそのまま出すことだ。例えば春は「山菜料理」、春は「素麺」や「冷麦」、秋は「サンマの塩焼き」、冬は「鮭鍋」などにして、家族の中で定番となっている料理を必ず出すようにすることだ。食材は旬の時こそが一番美味しいのであって、その一番美味しい時期にそれらの物を食べてしまえば、多少調理が下手でも美味しく食べることができるのだ。

 それから夫や子供たちの好物を聞き、それを書き入れてしまうことだ。夫や子供たちの要望を聞かず、いつも自分の好きな物を出そうとするからこそ、夫も子供たちも文句を言い始めるのである。献立表を作る際に、夫や子供たちの意見を聞けば、自然と好物が解り、それを献立表に書き込んでしまえばいいのだ。

 こうやって献立表を作って行くと、妻が自分で考えなければならない料理は非常に少ないことに解るものだ。せいぜい20%~30%程度なのであって、その料理に関しては自分で考え工夫して行けば、美味しい料理が出来上がるのである。献立表を作らなければ、このことが解らず、そのためにいつも一生懸命になってしまい、その内、調理することに疲れ切ってしまい、料理を作らなくなってしまうようになるのだ。

●献立表は予定通りにやらない

 献立表に基づいて料理を作って行く際に気をつけることは、献立表を予定通りには実施しないことだ。誰かが突然に食材を贈って来たり、夫が「今日は外食にしよう」とか言い出すものだし、そして何より自分がどうしても乗り気にならない日とかもあるので、そういう時は融通を利かしてしまうことだ。

 献立表を巧く運営して行くためには、月に一度は調整日を設けて、鍋料理にでもしてしまうことだ。鍋料理なら野菜や肉や魚を放り込めばいいのであって、冷蔵庫の余った食材を鍋料理で消化してしまえばいいのだ。冷蔵庫の中にある食材を可能な限り少なくしていくことこそが、料理を巧く作って行くコツであるのだ。

 自宅で食事をしても、必ず何かしらの物が余るので、それはタッパに仕舞って保存することだ。絶対に残り物だからといって食べてしまわないことだ。そんなことをしていると肥満になってしまうので、健康を害する危険性も出て来るのだ。余り物は昼食などに消化してしまえば、料理の負担を軽減させることができるようになるのだ。

 料理を作ることにストレスを溜め込まないためにも、月に1度は外食をするように心がけることだ。妻が料理を作ることで勤続疲労を引き起こせば、途端に料理の質が低下してくるものなのである。外食はお金がかかるとはいっても、妻を休ませるためには絶対に必要なことなのである。

 献立表にある食事を満遍なく作って行くのではなく、休日には料理を豪華にし、平日は普通でいいのである。平日はただでさえ忙しいのだから、豪華な食事など食べるべきではないのだ。豪華な食事は休日だけにすれば、食事にメリハリがついて、その豪華な食事を美味しいと思えるようになるし、平日の質素な食事も美味しいと思えるようになるのだ。

●献立表の効果

①食材の節約にして料理の向上

 献立表を作ってから料理を作るようになると、食材の節約になるのだ。事前に自分が料理する物が決まっているので、買い物の際に必要な食材しか買わなくなるのだ。献立表を作っていない主婦は買い物の度に値段が安いという理由だけで余計な物を買い込んでしまうので、だからこそ食費の出費が多くなってしまうのだ。 

 それに料理の腕も確実に向上して来る。というのは自分が本当に作らねばならないのは20%~30%だと解っているので、そこにエネルギーを集中的に投入できるようになるからだ。献立表を作らなければ、エネルギー配分など永遠に解らないのであって、それだからこそ料理を作ることに疲れ切ってしまい、料理の味が低下していくことになるのだ。

②脳が自動的に料理を考えてくれる

 献立表の凄さは、主婦が献立表を作ることによって、自分が意図的に料理のことを考えなくても、脳が自動的にその料理のことを考えてくれて、いざ自分が料理をしてみると、非常に美味しい料理を作ることができるようになるのだ。自分が違う作業をしていても、脳はちゃんと料理のことを考えてくれていたので、その準備が自然と脳内でなされることになるのだ。

 学校の給食でハズレだと思ったものはなかったものだ。学校の給食がなぜ美味いかといえば、献立表があるからなのである、給食のおばちゃんたちは献立表に基づいて準備をし、それを料理するからこそ、不味い料理を作ってこないのである。普通のレストランですなら、当たりハズレがあると思えば、これは非常に凄いことなのである。

③夫や子供たちの反対意見を封殺することができる

 献立表を作る効果で、思わぬ現象が家族に内に起こるのは、夫や子供たちの食事に対する反対意見を封殺できるということだ。母親がどんなに頑張って料理しても、子供たちは食べるくせに不平不満を言って来るし、ひどい場合には食べもしないのに、その食事を見ただけで文句を言って来るのだ。

 子供たちの不満ですら母親を苛立たせるのに、夫が子供たちの意見に同調して来てしまい、妻の立場を非常に危うくさせるのだ。夫は仕事で外食をするために舌が肥えているので、妻が作った料理に文句をつけようとすれば幾らでもできるのだ。しかしそれは夫としてやってはならないことなのだ。でも夫から苦情が出て来るということは、妻のやっていることに何かしらの重大な問題があるからなのである。

 では一体どんな重大な問題があるのかとえば、夫や子供たちの脳を使っていないということだ。夫や子供たちに事前に料理を教えないからこそ、夫や子供たちが文句を言い出すのだ。自分はこういう料理を食べたいと思っても、その通りの物が出て来ることはないのだから、幾ら母親が一生懸命に料理を作っても文句を言ってしまうのだ。

 だから献立表を作り、「今日の夕食は何々ね」と事前に通告しておけば、夫も子供たちもそれが脳にインプットされ、いざ夕食になってその料理が出されれば文句を言わずに食べるようになり、しかも「この料理は美味しい!」と言ってくれるようになるのだ。母親だって夫や子供たちがその料理を食べることで喜んでくれれば嬉しいものなのだ。その嬉しさを絶やさないためにも献立表を作って、料理を計画的に作り続けることだ。

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「胎児の聴力」と「母親の声」

●胎内記憶の謎

 俺が『幸せ色の出産ラブストーリー』を書いていた頃、一番気になっていたのは、妊娠でもなければ、出産でもなければ、育児のことでもないのだ。実は「胎内記憶」のことが一番気になっていたのだ。なんせそのことだけは科学的には証明できないからだ。しかし子供たちの中には胎内記憶を持った子供たちが居て、どれも同じような光景のことを語っているのだ。

 胎内記憶を調べて解ったのは、赤ちゃんは生まれる前に霊的な世界である「雲の上」にいて、そこで子供の姿、恐らく幼稚園児程度の姿をして遊び回っている。その雲には下界を見渡せるか鏡があって、そこから覗いて将来の自分の両親を探し出し、決めるのだ。この両親の下で産まれたいと決めると、それをその雲の上の世界を管轄する神様に告げて、天使の翼を付けてさして貰い、下界に降りて行き、母親の胎内に宿るのだ。いつ母親の胎内に宿るかその期間は解っており、大体、受精卵着床の10日前だ。

 しかし胎内記憶に関しては不思議な点も多々存在する。それは胎内記憶の殆どは母親との関係での記憶しかないからだ。母親が妊娠前や妊娠中に言っていたことをそのまま記憶していたり、母親がどこかに行った場合、その場所を記憶していたりと、胎内記憶は母親との関係の記憶しかないのだ。

 「なんで母親のことだけなの?」

 妊娠するためには父親が性行為に及んで妊娠させないと妊娠しないし、妊娠すれば父親は母親のお腹に顔を当て、「パパですよ~」とか言ったするものだ。だが、そんなことの記憶は一切ないのだ。そこで俺は或る仮説を立ててみた。それは「胎児は高音しか聞こえないのではないか」ということだ。

 胎児は羊水にくるまれているために、低い音は聞こえないのではないだろうか? しかも聴力も未熟なので、聴力そのものが高音しか聞き取れないようになっているのではないだろうか? 母親の声は高音だから胎児に伝わる。父親の声は低音であるために、胎児には伝わらない。とするなら、母親の声以外の女性の声も記憶されるが、他の女性の声も記憶されていない。ということは、音自体が骨伝導で伝わっているということだ。だから母親の声しか胎児は記憶しないのである。

●胎児教育は高音がポイント!

 胎児の聴力は高音しか聞き取れないとするならば、胎児教育は高音がポイントになる。胎児に高音の曲を聞かせれば、胎児の耳に届くようになるのだ。例えば胎児教育に「モーツァルトの曲をかけるといい」と言われるのは、モーツァルトの曲には高音の曲が多く、そのために胎児の耳に届き易いのである。

 もしもピアノを持っているのなら、ピアノを演奏して胎児に聞かせてしまうことだ。CDだと人間の耳には聞こえない高音をシャットアウトしているのだが、生の演奏だとそれがないので、胎児にとってはその聞こえない筈の高音が聞こえてしまい、胎児は非常に安心するようになるのだ。

 骨伝導に注目するなら、妊婦自身が歌を歌ってしまうことだ。できることなら高音の曲を歌って、お腹の中の赤ちゃんに聞こえることを意識して歌うことだ。但し詩の内容には充分注意し、悲しい内容の詩とかは歌わないことだ。明るい内容の詩に限って歌うようにすることだ。出来ることなら、妊婦同士で「妊婦合唱団」を作り、妊婦たちが集まって、楽しみながら歌を唱ってしまえばいいのだ。

 妊婦が一人でいる時などは、口笛を吹くことだ。口笛は意外と高音なので、お腹の中の赤ちゃんに聞こえるものなのだ。口笛を吹く妊婦など滅多にいないものだが、口笛を吹くことは胎児に聞こえるだけでなく、肺を鍛えることになるので、安産に持ちこむ確率を高くすることができるようになるのだ。

 妊婦が気をつけるべきことは喋らないことだ。とにかく常にお腹の赤ちゃんに話しかけ、赤ちゃんの脳を刺激して行くことだ。朝起きたら、自分のお腹に向かって「おはよう!」と言ったり、調理している時は「今、食事作っていますよ~」とか言ったり、生活の中で無言でいることを避けることだ。母親が喋っていれば、胎児は聞かざるを得なくなるので、その度に脳が刺激され、知能が高くなっていくのだ。

●臨月時の山登り

 助産師たちの最終手段として、臨月に入った妊婦たちに「安産にしたければ山登りせよ」と言うのは、山に行けば人間の耳には聞こえない音が聞こえるために、胎児の脳が刺激され、それが安産に直結するのである。確かに山登りすることで、血流が良くなり、体温が上がり、汗をかいたり小便をしたりすることで、余分な水分がなくなるということもあるが、臨月では胎児の体をかなり大きくなっており、高音を聞かすことで赤ちゃんの脳を刺激し、そのために赤ちゃんが出産時に何をすればいいのかが解り、それが安産に繋がるのだ。

 臨月に海辺に行くのが安産に繋がるというのも、海辺に行けば海の音がかなり高音なので、人間の耳には聞こえない音でも、胎児の耳には聞こえてしまい、それが胎児の脳を刺激し、出産時に胎児が自分のすべきことをきちんとやってくれて、それが安産に繋がることになるのだ。  

 臨月時には可能な限りテレビを見ないことだ。テレビの音は人間の耳には聞こえない音を遮断しているので、妊婦がテレビを見ていると、胎児は不安がってしまい、それが切迫流産という形になったり、早産になったり、異常出産になったりしてしまうのだ。臨月になればテレビを見るのは必要最小限にして、出来る限り自然の中に入って、自然界にある高音をお腹の中の赤ちゃんに聞かしてあげるべきなのである。

 そういえば腕のいい助産師に限って、助産院にはテレビを置いていないものだ。理論的なことは知らないだろうけど、助産行為を何度も繰り返し、成功率を高めて行ったのなら、自然とテレビの音は有害であるというのがなんとなく解るのであろう。それに対して病院だと必ずテレビが設置してあるので、どうしても出産のトラブルが絶えないのだ。

 安産に持ちこむことができた母親たちの殆どが、臨月時にお腹の中の赤ちゃんに語りかけていたということだ。自分のお腹をさすりながら、「安産で産まれてきてね」と言い続けていたからこそ、その声がお腹の中の赤ちゃんに伝わり、赤ちゃんはその通りに生まれて来たのだ。妊婦の素朴な動作や発言を否定しないことだ。母親の声は骨伝導で伝わるとなれば、その声は必ず聞こえているからだ。

●歌を歌って安産

 助産院の中には「歌を歌いながら出産する」という助産院もあるのだが、これは妊婦が歌を歌うことで腹式呼吸ができ、しかもリラックスしなが力を入れることが可能になるだけではなく、胎児の耳に母親の歌声が聞こえることで、脳が活性化し、赤ちゃんが適切な行動を取ってくれるようになり、それが安産に繋がるのであろう。

 出産時には同じ歌を何度も歌う羽目になるので、歌は自分の好きな歌で、しかも歌い易い歌にすることだ。歌を歌う時はお腹に力を入れ、お腹の中の赤ちゃんを押し出すような感覚でやれば、安産に直結することになるでろう。自分が歌っているだけではなく、お腹の赤ちゃんに効かせる気持ちを忘れずに歌うことだ。

 陣痛が始まったのなら、妊婦にクラシックを聞かせてしまうことだ。クラシックを聞かせて妊婦をリラックスさせるだけではなく、お腹の中の赤ちゃんにクラシックを聞かせることで、胎児の脳を刺激し、安産になるように仕向けるのだ。但しピアノの音は出産時には音がきついので、ハープを奏でる曲を使った方がいい。

 より自然な出産を行いたいのなら、自然界の音を録音をし、その音を助産院に流し続ければいいのだ。「鳥の囀り」「木々が風に揺れる音」「川や海の音」といったものが、妊婦をリラックスさせるだけでなく、胎児の耳に届き、それによって脳が刺激されることになるのだ。文明の中で住んでいれば、自然の中ではもう赤ちゃんを産むことはできない。しかし文明の力を使って自然の環境を再現することは可能なのだ。

 出産も2度3度を経験して行くと、出産が楽になるのは、自分の子供たちが高い声で話しかけてくれるからだろうと思う。出産前に子供たちの高い声を聞いておくと、お腹の中の赤ちゃんにその高い声が伝わり、安心して出て来れるのだろうと思う。母親の中には子供たちを出産に付き合わせる母親もいるのだが、大方、子供たちの教育のことを考えてのことだが、子供の高い声が実は安産に役立つということも知っておいた方がいい。

●奇声を発する乳幼児対策

 赤ちゃんは生まれても大人のように聞き取れる範囲が狭いのではなく、かなり高音を聞き取れる筈だ。そのため母親が無言で育てるのは非常に危険なことなのである。また夫が余りにも育児に手を出し過ぎるのも問題なのである。母親の高い声だからこそ、赤ちゃんはその声を楽に聞き取れ、安心するのである。

 乳幼児の中には奇声を発する子供たちがいるものだが、これは妊娠中に充分に高音に接しなかったことと、母親が赤ちゃんに語りかける回数が少なかったからだと思う。乳幼児の奇声は本当にうるさいので、この奇声を発せられると、その母親はストレスを感じてしまい、子供を怒鳴り付け、それで子供が泣き出すということを繰り返すので、早目に対策を講じておいた方がいい。

①子守唄を沢山歌ってあげる

 まず、奇声を発する乳幼児の母親たちは子守唄を歌わないのだ。子守唄を歌って育てられた経験がないので、無言で子供を寝かしつけてしまうのだ。そのため子供の脳が刺激されず、それで自ら奇声を発することで自分の脳を刺激しているだと思う。それゆえ子守唄をしっかりと歌って寝かしつけることだ。

②自然の中に連れて行く

 自然の中は人間の耳には聞こえない音の宝庫なので、とにかく子供を自然界の中に連れて行くことだ。どんなに騒がしい子供でも、自然の中で遊ばせると、奇声を発したりしなくなるものだ。高音に接していないからこそ、子供の脳が不安がってしまうのであり、それで自ら奇声を発しているにすぎないのだ。

③音楽を生で聞かせる

 音楽を生で聞かせるというのも、子供の脳を刺激しまくることになる。楽器を演奏されると、人間に聞こえる音だけではなく、人間には聞き取れない音にも接することになるので、脳が刺激されまくるのだ。自宅に楽器のある家だと、子供が奇声を発したりしないものだが、それは聞こえない音を聞けるチャンスが沢山あるからだろう。

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主婦の禁じ手:「食費の削減」

●食費を削るのは主婦としての禁じ手

 主婦が家計簿をつけると遂やってしまうのが、「食費の削減」をやってしまうことだ。これをやってしまうと、夫や子供たちから必ず苦情が出て来て、貯金は貯まって行くのに、家族内は不穏な空気に包まれてしまうのだ。夫は仕事の疲れを食事で解消したいし、子供たちは育ち盛りなので幾らでも食事が必要なのである。そんな時に食費の削減をやればどうなるかぐらい解りそうなものだが、お金に心を奪われてしまうと、そんな平気になってしまうのである。

 食費を削減するということは「主婦の禁じ手」であるのだが、これを扇動する勢力が存在する。それが主婦向けの雑誌だ。主婦向けの雑誌では「如何に低額で料理を作ったか?」という特集を連発して来るのだ。多くの主婦たちはこれを真に受けてしまい、家庭でも実践してしまうのだ。これは主婦向け雑誌の致命的な過ちなのであって、絶対に参考にすべきではないのである。

 なぜ食費を削減することが主婦の禁じ手となるかといえば、食費の削減は家計の目的を忘れてしまっているからなのである。家計の目的は飽くまでも家族を幸せにするためなのであって、食費を削減してしまえば、家族を幸せにすることなど絶対にできないのだ。、主婦としてやるべきことは、如何なる収入であっても、夫や子供たちに美味しい食事を与え続けることなのである。

 確かに食費の削減という禁じ手を行えば、貯金は貯まり始める。しかしその代償として、夫は妻を大事にしなくなり、子供たちは病気になったりするのである。しかも主婦も例外ではなく、栄養バランスの悪い食事を取り続けたために、容姿が衰え、思考は硬直化し、体も常に不調になってしまうのだ。

 家計を合理化することこそが必要なのであって、無闇にお金を削って行くべきではないのだ。例えば食事を合理化することによって、食事が今までよりも美味しくなり、調理が短時間で済むようになり、尚且つ食費を抑えることができたというのなら解る。だが、お金欲しさに無闇に食費を削減してしまえば、それは合理化なのではなく、主婦による権力乱用なのである。

●食費は必ずかかるもの

 主婦として家計を預かっているのなら、「食費は必ずかかるもの」と思っておいた方がいい、食費は必ず家計の或る一定の割合を占めてしまうし、その食費も子供たちの成長と共に年々増加して来る。それを想定して予算を組むべきであって、貯金が欲しいのなら他の分野で削減を図るべきなのである。

 気をつけるべきは、女姉妹だけで育って来た家庭の出身の女性は「人間が食事をする際はこの程度の量だろう」と勝手に思い込んでしまうのだ。しかし男性である夫や、育ち盛りの子供たちは恐ろしいほどに食べまくるものなのである。そのため自分が想定した量を遥かに超える量を食べるので、「そんなに食べるな!」と突っ込みを入れてしまい、平和な家庭なのに家族関係がぎくしゃくしてしまうのだ。

 家計簿をつけることで、毎月の食費が想定でき、その金額を予め確保できるからこそ、家計を安定的に運営して行くことができるのである。気候の変動で食材の値段が変動したとしても、その予定した金額でやってしまえばいいのであって、どんな経済変動にも耐えることができるようになるのである。

 確かに食費の中で無駄な物はあるものだ。例えば肉料理が多すぎるとか、ジュースやお菓子が多すぎるとかというものはある。食費を削減したいのなら、その手の物を削減すればいいのであって、そうやって食費を合理的に使えば、食費は必ず充分にあるものなのである。

 主婦が絶対にやってはならないのは、折角、食品を買って来たのに、その食品を腐らせてしまうことだ。野菜を腐らしてしまうとか、賞味期限や消費期限を切らしてしまうとか、そういうことをやっていると食費が嵩んでしまうことになるのだ。廃棄処分にする食材が少なければ少ないほど、食費を安く抑えることができるようになるのである。

●非常時のために余裕を残しておくこと

 しかしながら食費の削減が一切不要なのではない。食費の削減は家計が非常事態に陥った時に行うものなのである。夫の給料が下がったとか、夫が失業した時とか、そういう時は食費を削減することで、急場を凌がなければならないのである。そのために節約料理を知っておくことが必要なのであって、その節約料理を平時に於いて行うべきではないのだ。

 平時に於いては食費に多少の余裕を持たしておき、非常事態になっても家計が耐えられるようにすべきなのである。平時から食費を削減してしまうと、いざ非常事態に陥った時、家計の中からお金を融通することができなくなってしまうのだ。食費というのは繰越金とは別に、家計の安全を図るものなのである。

 主婦が食費を削減して貯金が貯まるのは当たり前のことだ。本来なら非常時に行う手段を平時に於いてやっているのだから、確かに貯金を必ず生み出すことができるものだ。しかしその代償は高くつき、夫は妻を軽んずるようになり、子供たちは母親に母性愛を感じなくなってしまうのだ。

 主婦向けの雑誌とかで節約料理の特集がしているのなら、それを無視するのではなく、一応は頭の中に入れておいた方がいい。その手の節約料理は非常事態には役立つことになるからだ。だからといって平時に於いてその節約料理を出すべきではないのだ。平時には愛情が籠った美味しい料理を出し続けるべきなのである。

 人間は3年間ぐらいなら、極端に粗末な料理を食べ続けても健康に生き続けられるものだ。だからといって育ち盛りの子供に粗食を与えるべきではないのだ。子供は矢張り沢山食べたいのであって、その欲望に見合う料理を出し続けるべきなのである。豊かな時に美味しい料理を食べさせておけば、家計が非常事態になって粗食を与えても数年間は耐えることができるものなのである。

●栄養バランスの取れた食事を出し続ける

 主婦の仕事の目的は、夫と子供たちを健康に育てて行くことなのである。夫と子供たちの健康管理を行うのは主婦の役目なのであって、その役目をこなすためには栄養バランスの取れた食事を作り続けなければならないのだ。この役目を1日でも放棄してしまうと、途端に病気を発症して来るようになるものなのである。

 栄養バランスの取れた食事というのは、多少はお金がかかるものなのである。その出費は決して無駄な出費ではないのだ。必要な出費なのである。それゆえ事前にその金額を確保しておくべきであって、そう簡単に削るべきではないのだ。削減すべきは食費以外の分野でやればいいのだ。

 主婦としては家計を預かっているために、一刻も早く大量の貯金を貯め込んで行きたいと思ってしまうものだ。しかし収入の内、貯金に回していいのは3割までなのであって、残りの7割は必ず消費に回すべきなのである。生活が苦しい状態で大量の貯金を貯め込んでも、夫も子供たちもなんの幸福感も感じなくなってしまうのだ。

 貯金を作ることを急がないことだ。貯金は貯金を無理なく貯め込んで行ける仕組みを作ってしまえば、自然と貯まって行くものなのである。彫金に回す割合を3割以上にしてしまうと、どうやっても家計は苦しくなるのであり、その皺寄せが食費に及んできたにすぎないのだ。食費の削減を行うということは、家計の運営に無理をし過ぎているということなのである。

 きちんとした貯金をしたいのなら、きちんとした消費を行うべきなのである。まさに消費と投資が所得を作るのであって、夫が美味しい料理を食べていれば、自然と勤労意欲が湧いて、所得を上げて行くことができるのである。夫が空腹の状態で仕事を頑張らせても、所得が上がる訳がないのだ。そこに気付けば、主婦として何をやればいいのか、何をやってはならないのかが解って来るものなのだ。

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無駄遣いの削減に集中してしまうと、更に多くの無駄遣いを産む

●無駄遣いを減らしても無駄遣いはなくならない

 家計簿をつけると、家計に無駄があることに気付いてしまい、その無駄を削減するように躍起になってしまう。この無駄遣い削減に取りつかれてしまうと、確かに無駄遣いを削減して行くことができるのだが、そのために夫も子供たちも生きた心地のしない状態になってしまうのだ。無駄遣いを削減するためだけの遣り方は、家族に非常に多くのストレスを与えてしまい、その効果を上げるために、それ以上の損害を出してしまうものなのである。

 主婦が無駄遣いの削減に走るのは、自分が本当にすべきことが解っていないからなのである。家計簿をつけることで本当にやるべきことは、確実に天引き貯金をして資産を増やして行くことと、自分たち夫婦の夢の実現のために資金を集中させて行くことなのである。その過程の中で無駄遣いの削減が自然と行われるものなのであって、無駄遣いの削減をメインにしてはならないのだ。

 無駄遣いを幾ら減らしてみても、無駄遣いは永遠になくなることはないのだ。家計を運営していれば必ず無駄遣いが発生するものなのだ。家計というものは主婦が本当に重要だと思えるものに資金を投入できる割合はせいぜい20%~30%程度なのである。その割合を確保すれば合格なのであって、残りの80%~70%の中には少なからず無駄遣いが存在するものなのである。

 確かに無駄遣いを放置していてはお金は貯まらないものだ。かといって無駄遣いを削減することをメインにするのではなく、天引き貯金と夢実現貯金のために先に収入から引いてしまい、残りのお金を巧く遣り繰りすればいいのである。主婦の腕の見せ所としてはその遣り繰りにあるのだが、だからといって無駄遣いの削減をやっている内に、それをメインにするような愚かなことはやってはならないのだ。

 大事なことは自分たち夫婦の所得を如何に家族が豊かに暮らせるように使うべきなのであって、そこに重点を置かなければならないのだ。無駄遣いの削減でやっていいのは、それが本当の無駄遣いで、家族のためになんの役にも立っていないものだけなのである。それは無駄遣いの中でも真っ先に削減しなければならないものなのだ。

●本当の無駄遣い

 では、本当の無駄遣いとは一体何であろうか? それは「たばこ」「お酒」「ギャンブル」「自動車」の4つなのである。なんでこれが本当の無駄遣いなのかといえば、この4つには多額の税金がかかっているのであり、税金を支払うためにこれらの物に手を出しているようなものだからだ。

①タバコ

 タバコは発癌性物質の筆頭で、長期に亘って喫煙していると「肺癌」や「喉頭癌」を発症することになる。しかも喫煙していると気管支の機能が衰えるので、風邪をひく確率が一気に高くなる。更に喫煙の習慣があると、職場ですぐに喫煙をするので、仕事の生産性が非常に低くなり、出世競争でタバコを吸わない人に追い抜かれてしまうのである。

 もしも夫が喫煙者であるのなら、すぐさま禁煙をさせることだ。病院に禁煙外来があるので、そこで医学的に禁煙をさせてしまうことだ。夫が禁煙してくれれば、毎月出る大量のタバコ代を抑えることができ、妻も子供たちも風邪をひく確率が一気に下がるので、家計を潤すことになるのだ。

②お酒

 お酒はタバコほど有害なものなのではないが、飲酒の習慣があると毎日お酒を飲んでしまい、確実に家計を圧迫することになるのだ。お酒は何か祝い事がある時にだけ飲むようにし、その際もビール1ビンとか、ワインならグラス3杯程度にして、節酒を心がけることだ。お酒を飲む際は必ずオツマミを出して、お酒の害を軽減するようにするべきなのである。

 お酒を飲む時は、醸造酒はいいか蒸留酒は絶対に駄目なのである。男性は年を取って来ると、肝臓が鈍感に成り始めるので、若い時は醸造酒を飲んでいても、いつの間にかそれ以上に強いお酒である蒸留酒を飲むようになってしまうのだ。蒸留酒を飲むようになってしまうと、重大な病気に罹る確率が高まるし、しかも家計を圧迫させることになるので、絶対に蒸留酒を飲まさせないようにすることだ。

③ギャンブル

 男性は女性と違って、ギャンブルというものが非常に好きなのである。そのため「パチンコ」「競馬」「競艇」「競輪」などに手を出してしまうのだ。ギャンブルで儲かるのはそれを興行している者だけなのであって、ギャンブルに手を出す男性たちはどれも儲かっていないことに一刻も早く気付くべきなのである。

 「パチンコぐらいなら、まあいいか」と呑気に思っていると、夫はギャンブルのためにどんどんお金を浪費して行ってしまうので、早い段階でギャンブルをやめさせるようにすることだ。ギャンブル中毒に罹ると、生活費にまで手を出してギャンブルに使ってしまうので、生活が急激に苦しくなってしまうのである。

④自動車

 自動車というのは「走る税金」と言われているほど、多額の税金がかかって来る。仕事でどうしても使わなければならないというのであるなら別であるが、平日は使用せず、土日だけ使用するような状態であるなら、自動車を所有しない方がいいのである。自動車を持たない選択を取るだけで、家計は随分と潤うものなのである。

●家計を合理的に運用するためには無駄遣いは必要

 「タバコ」「お酒」「ギャンブル」「自動車」は本当の無駄遣いなのであるが、妻の目から見て明らかに無駄遣いをしてくる連中が家庭の中に存在するのだ。それは「夫と子供たち」であって、妻の目から見ると、夫も子供たちも平気で無駄遣いをして来るのである。そのため遂々小言を言ってしまい、それが夫や子供たちにストレスを与えてしまうのだ。

 夫や子供たちにお小遣いを与えた以上、妻はそのお金の使い方には決して文句をつけないことだ。どう考えてみても、妻の目から見れば、夫や子供たちは無駄遣いとしか思えないような物を買って来るからだ。しかしそれは脳が違うからなのであって、夫は男性脳として自分に価値がある物を買って来るし、子供は子供脳として自分に価値のある物を買って来るのだ。

 妻にしても自分のお小遣いで買った物は、夫の目から見ればガラクタなのである。洋服を既に沢山持っているのに、新たに洋服を買ってきたり、使いきれないほどのバックがあるのに、新たなバックを買ってきたりするのだ。夫はそういう無駄遣いに関しては小言を言わないものだが、夫が無駄遣いをすると、妻は小言を言ってしまうのである。

 人間は目的合理性のある消費や投資をしようとすると、必ずどこかで無駄遣いをしてしまうものなのだ。本当に不要な無駄遣いは削減してもいいが、必要な無駄遣いは温存しておいた方がいいのだ。家計を合理的に運営すればするほど、どこかにその合理性を否定する無駄遣いが存在していないと、家計そのものが崩壊してしまうのだ。

 真面目な既婚女性ほど、無駄遣いを徹底的に取り締まってしまうものだ。確かにそれで一時的には効果が出て来ることだろう。しかしその遣り方は長続きせず、夫は妻を愛さなくなるし、子供たちも思春期になれば強烈な反抗をして来るようになるのだ。いつ如何なる時も妻がやるべきことは家計を健全に運営して行くことなのであって、無駄遣いを摘発して、夫や子供たちを追い詰めることではないのだ。

●養育費と住宅問題に重点を置く

 結婚している女性であるなら、まずは夫が健康でいて、仕事の精進できることを願うものだ。そして子供たちがいるなら養育費に充分な資金を投入するものだ。夫の健康を気遣うことや、子供たちを健康に育てて行くことは、お金のかかるものであり、その中には多少の無駄遣いが含まれているものだ。

 しかし妻がそれをやってくれるからこそ、夫は健康でいられ、仕事に精進できるし、母親がそれを遣ってくれるからこそ、子供たちも健康に育って行くことができるようになるのだ。だが無駄遣いの削減に躍起になってしまうと、その大事なことが見えなくなり、夫も子供たちも健康でいられなくなるのだ。少なくとも夫や子供たちの顔から笑顔が消えてしまうものだ。、

 大方、既婚女性の大半は「住宅問題」の解決こそ、結婚生活の中で重大な問題になる筈だ。だったら、住宅を購入できる資金に重点的にお金を投入することを考えるべきであって、そういうことをしていけば、自然と不要な支出は削減されて行くものなのである。だからといって家庭の中で一切の無駄遣いを消滅させることなどできないのだ。

 だからこそ定期的に夫婦で家計のことについて話し合うことが必要なのだ。妻が自分勝手に家計を進めて行くと、必ず無駄遣いの削減に躍起になり、では一体なんのためにそれをやっているのか解らなくなってしまうのだ。そんなことをし続ければ、家庭内に過大なストレスがかかりすぎるから、どこかで大損害を発生させることになってしまうのである。

 夫婦で話し合っていれば、どちらかが暴走した場合、それを引き止めることができるようになるものなのである。「今の自分たちの目標はこれなのであって、その目標を達成するために地道に遣って行こう!」と諭されれば、冷静になって家計を運営して行くことができる筈だ。そのように冷静になって家計を運営していれば、必ず無駄遣いが存在する。だからといってそれで目標を達成できない訳ではないのだ。それどころか多少の無駄遣いがあるからこそ、目標を簡単に実現することができてしまうのである。

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家族にとって本当に欲しい物に資金を集中的に投入する

●資金の集中

 家計簿をつけると、お金の流れが的確に掴めるようになるので、後は自分たち夫婦が本当に欲しい物に資金を集中さればいいのである。如何に高額な物であっても、資金を集中的に投入していれば必ず買うことができるものなのである。大事なことは自分たち夫婦は一体何が欲しいのかを明確にすることであって、自分たちの夢がしっかりと共有されていれば、案外苦労もなく、それを購入できるだけの資金を貯め込むことができるのである。

 家計簿をつける際に絶対にやってはならないのは、夢のない状態でただ単に家計簿をつけていくというパターンだ。これを妻がやってしまうと、妻は無闇に家計を切り詰めて、きちんとした消費をしてこないということを仕出かしてしまうようになるだ。ただ漠然と貯金する遣り方ほど、馬鹿げた家計の運営はないのである。

 自分たち夫婦の夢が解っていれば、その夢のために資金を集中すると同時に、無駄な出費を抑えることができる。そのため生活が意外とシンプルになり、生活していて楽しくなるものなのである。無駄な物が多いからこそ、物が溢れていても生活が楽しくならないのであって、生活をシンプルにしてしまえば、自然と楽しくなるものなのである。

 それに夢に向かって走り出していると、夫婦双方からエネルギーが溢れ出して来るものなのである。人間は自分に何が目標があると、それを実現することに異常な力を発揮し始めるので、夢が解っていれば、それがどんなに大きな夢であっても、必ず実現させようと思うようになるのだ。

 確かにその夢を実現するためには、大量の資金が必要となるかもしれない。しかし金額というのは夢を諦める理由には決してならないのだ。資金を集中して投入していけば、その巨額の資金はあっという間に貯まってしまい、夢は簡単に実現してしまうものなのである。大事なことは夢を持ってそれに向かって走り出すことなのである。夢を持たずに平凡な暮らしをしようとすると、逆に生活が苦しくなって行くものなのである。

●マイホームの買い方

 大方の夫婦にとってマイホームを持つことは最初に持つ大きな夢である。女性は赤ちゃんを育てるために、安心できる場所で育てたいという本能があるために、妊娠したり出産したりすると、途端にマイホームを欲しくなるものなのである。当然、夫は妻の願いを受け入れることになるので、マイホームを購入することが最大の問題として生じて来るようになるのだ。

 まずこの問題を確実に解決して行くためには、賃貸とマイホームの違いを知っておこう。賃貸は便利であっても、そこに幾ら住んでも、何も残らないということだ。マイホームは購入するまで苦労があっても、手に入れてしまえば自分の物になるのだ。大体、賃貸のアパートやマンションに20年住めば、マイホームを購入できる資金になるので、マイホームを購入した方が得なのである。マイホームを購入すべきかしないか悩むよりも、欲しいのなら購入した方が得なのである。

 マイホームを購入する場合、その値段を最大限引き下げるためには、即金で購入してしまうことだ。即金で買うと不動産屋は滅茶苦茶値引きしてくれるのである。さすがにサラリーマンでは即金で不動産を購入できないが、起業家などで充分な資金があると、この遣り方を使うことができるので、意外と安く高額な物件を買うことができてしまうのだ。資本主義経済なら、お金を持っている者が常に強いのである。

 ローンでマイホームを購入する際は、可能な限り頭金を多くしてしまい、ローンの部分をできるだけ抑えることだ。「80対20の法則」を使うと、頭金が購入資金の半分だと、その効果は95%に達するので、残りは半額であっても、その効果は5%なので、非常に楽にローンを返済することができるようになるのだ。

 頭金はどんなに少なくても購入資金の20%以下にはしないことだ。頭金が購入資金の20%だと、その効果は80%になるので、ローンはそれほど苦しくないのだ。しかし頭金が20%を下回ってしまうと、ローンの返済が苦しくなり、家計を圧迫してしまうことになるのだ。マイホームを購入に関しては頭金こそが鍵を握っているのだ。

●情報を集め、夢を明確にする

 ところがマイホームはそれだけ高額の資金を要するものなのに、殆どの夫婦は一体自分たちはどのような家が欲しいのかを明確にしていないのである。そのため資金の都合から、非常にチャチな家を購入してしまい、住宅は狭く、庭もなく、交通の不便な場所にある家を購入してしまうのである。

 マイホームが欲しいのなら、とにかく住宅に関する情報を集めて行くことだ。本や雑誌を購入して、住宅に関する知識や情報を集めて行くことだ。自分が憧れてしまうような暮らしをしている人を手本にしたり、休日には夫婦で住宅街を散歩して、夫婦であれこれ喋りまくることだ。

 それから住宅建設会社のことを調べまくることだ。住宅建設会社には得手不得手があるので、或る技術に関しては巧くても、他の部分は駄目だったりすることがあるのだ。日本のような地震多発国では、耐震設計や免震設計の技術は絶対に必要なのであって、それができていない住宅建設会社からは絶対に住宅を購入しないことだ。

 どんな家が欲しいのか明確にするためにも、それを紙に書き出してしまうことだ。絵を描くのが下手なら、写真を貼り付けてしまうことだ。そうやって自分たち夫婦の家が絵的に明確になっていれば、紆余曲折はあったたとしても、その夢の家をそっくりそのまま実現することができてしまうのである。

 但し、経済変動にはくれぐれも注意しておくことだ。デフレでは不動産が必ずしも値上がりするということはないのだ。交通の便のいい所や、商業的に重要な土地は値上がりするが、交通の便の悪い所や、商業が発達しない所などは土地の値段が上がらないのだ。またマンションを購入する場合、高額すぎるマンションとかにも気をつけておくべきであって、デフレになってしまうと、買い手がつかないという現象も出て来るので、買い手がつくようなマンションを購入するようにすることだ。

●必要な出費と不要な出費に分ける

 現在、賃貸のアパートやマンションに住んでいるのなら、家具は可能な限り買わないことだ。賃貸暮らしならその家具は似合っていたとしても、マイホームを購入した場合、賃貸の際に買った家具では似つかわしくないという事態も発生して来るのだ。「家具を購入するのはマイホームを購入してから」と決めてしまえば、意外と短期間でマイホームの購入資金を集めることができるし、今現在住んでいる賃貸も広々と使えるようになるのだ。

 賃貸のアパートやマンションで暮らしているのなら、出来る限り物を所有しないことだ。「いずれ引っ越すことになる」と解っていれば、物を多く持ってしまえば、引っ越しをする際に非常に面倒臭いことになるのだ。物が増えれば増えるほど、賃貸暮らしを脱却できないものなのである。

 不思議なことにマイホームが欲しくなるのは、育児で出費が嵩み始めた時なのである。ただでさえ育児でお金がかかるのに、更に住宅という余計にお金のかかる物を購入しようとするのである。まさに消費や投資が所得を作り出すのである。消費や投資が大きくなればなるほど、所得も増えて行くものなのである。

 マイホームの購入資金がどんなに大きくても、家計簿さえ持っていれば、別に怖くないものなのである。必要な出費と不要な出費に分け、必要な出費だけを出し、不要な出費を削減して行けばいいのだ。大体、マイホームを購入する夢を持っている主婦がテレビショッピングで物を買ったりしないものだ。自分は一体何が欲しいのか明確になっていれば、無駄遣いは自然と削減されて行くものなのである。

 マイホームを購入できた時、そのマイホームを購入できたことだけが凄いことなのではなく、マイホームを購入するために生活がシンプルになってしまい、生活が徹底的に合理化されてしまったことも凄いことなのである。生活を改善しない限り、生活は無駄だらけになってしまうのであって、マイホームを購入することで生活を合理化することができたのは、本当に素晴らしいことなのである。

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貯金が簡単に貯まる「天引き貯金」

●生活費を使ってからでは貯金は貯まらない

 家計の初心者は収入から生活費を使い、その残りを貯金に回せばいいだろうと考えてしまう。しかしこの遣り方では絶対に貯金は貯まらないのだ。人間はお金があれば全部使ってしまうものなのであって、収入の全てが生活費に充てられたのなら、大方の既婚女性たちはそのお金を使いきってしまい、貯金どころではなくなってしまうのだ。

 いつも貧乏生活を強いられているとか、金欠から抜け出せないという主婦たちは、「収入=生活費」という考えを持っているために、収入があればそのまま生活費としてy使ってしまおうという考えを持っているのだ。そんな考えを持っているからこそ、幾ら経っても貯金が貯まらなくなり、資産が増えて行くことがないのだ。

 同じ収入であっても、一方には貯金がなく、もう一方には貯金があった場合、貯金のない夫婦はいつも貧しい暮らしをしてしまい、逆に貯金のある夫婦はいつも豊かな暮らしをしてしまうものだ。それは貯金があるという余裕があるために、その心の豊かさが生活の豊かさになって現れて来るのである。

 貧乏なグータラ妻に限って、所得金額に拘るものだ。しかし大事なのは資産の総額なのである。幾ら低所得であっても、地道に貯金をして行き、資産を増やして行けば、いつの間にか豊かになってしまうのである。それなのに所得金額に拘り、その所得金額を全部使ってしまおうとするからこそ、いつまで経っても貧乏な暮らしのままなのである。

 「所得金額が多ければ豊かだ」という間違った考えは捨てることだ。そうなのではなく豊かな暮らしを実現するためには、所得金額がどのようなものであtっても地道に貯金して行くことが必要なのであって、その習慣がありさえすれば、必ず豊かな生活を実現できるようになるのだ。確かに貯金の習慣がない女性が結婚後に貯金の習慣を続けるのはしんどいものだ。しかしその貯金の習慣があるならこそ豊かな生活を実現することができるようになるのである。

●天引き貯金

 ではどうやって貯金の習慣を無理なく行って行けばいいのかというと、「天引き貯金」を実施してしまえばいいのだ。収入の20%を行き成り天引きしてしまい、それを天引き貯金として貯金してしまうのだ。この天引き貯金は預金通帳を別にして、生活費と明確に区別することだ。

 天引き貯金は資産運用のために使い、絶対に生活費には回さないことだ。資産運用すれば当然に資産収入を発生させるのだが、その資産収入は全額再投資に振り向けてしまい、生活費には如何なることがあっても充当しないことだ。こうすれば資産が雪達磨式に増えて行くことができ、あっという間にお金持ちになってしまうのだ。

 なぜ20%なのかというと、収入の20%を天引き貯金に回すというのが、経験則から得られる適正な割合だからだ。これ以上多くしてしまうと生活が苦しくなってしまい、これ以下だとなかなか貯金が貯まって行かないのだ。生活に無理なく貯金して行く割合が、丁度収入の20%ということなのである。

 天引き貯金は収入の20%までというと、女性たちの中にそんなことでは早くにお金が貯まらないと思う女性たちもいるかもしれない。しかし20%を天引き貯金に回すと、「80対20の法則」が働き、その20%の貯金が80%の効果を生み出すので、結果的に非常に高い成果を上げることができるようになるのだ。もしも収入の50%を貯金に回しても、「80対20の法則」からいうと95%の効果しか出て来ないので、80%の効果と大して変わらないのだ。

 天引き貯金を始めてやる場合、最初の3ヵ月間は確かに生活が厳しくなる。天引き貯金は簡単にできるのだが、今までの生活に無駄が多かったために、その無駄な生活をスリムにして行かない限り、生活は落ち着かないのだ。収入の80%の金額でも生活を遣り繰りできるようになれば、生活がスリムになり、今まで味わったことのないような生活の充実感を感じることができるようになるのだ。

●繰越金

 生活費に回せる金額が収入の80%しかないとすると、当然に出費にブレーキがかかり、無駄遣いをしなくなるようになるのだ。後は妻が自然に家計を遣り繰りして行けばいい訳であって、生活費を全額使い切ることなどせず、繰越金という形で翌月に回せることができるようになるのだ。

 その繰越金を徐々に増やして行き、当月の生活費分だけの繰越金を貯めることができれば、生活は安泰になる。というのは生活費は変動するものなのであって、時には生活費を上回る出費をしてしまうものなのだ。その際に繰越金がないと一気に家計が乱れてしまい、その乱れが家計そのものを破綻させることになってしまうのだ。

 特に結婚だとか出産だとか葬式というのはラッシュして来るものなので、集中的に出費が嵩めば、どの夫婦であっても家計が苦しくなってしまうものなのだ。これを通常の生活費で遣り過ごそうとすると、生活が苦しくなってしまうので、だからこそ繰越金が必要になって来るのだ。

 家計簿をつける主婦たちが家計簿をつけながら一体何をやっているのかといえば、繰越金を巧く貯め込んで行こうとしているものなのである。家計の遣り繰りに精を出せば、当然に繰越金に注目するものなのであって、着実に繰越金を貯め込んで行くことができるようになるのである。

 家計簿をつけていないと、繰越金が一体幾らなのか全く解らないから、多少の家計の変動ですぐさま家計が破綻してしまい、その後、どうやっても家計を立て直すことができなくなってしまうのだ。家計に繰越金を持たせるというのは、「主婦の知恵」なのであって、この知恵がなければ家計が火の車になるのは当然にことなのである。

●夢実現貯金

 繰越金が生活費分だけ貯め込むことができたら、今度は「夢実現貯金」を作り出すことだ。夢実現貯金は夫婦の夢を実現するための貯金であって、まずはマイホームの購入資金に充てることになる貯金だ。夢実現貯金は天引き貯金や繰越金が整備され終わった後にした方がいい。というのは天引き貯金を持たねば資産が貯まらないし、繰越金がなければ生活費の変動を押さえ込むことができないからだ。

 夢実現貯金は収入の10%程度でいい。出費が嵩み繰越金を切り崩した時は、その分だけ繰越金の充当に当てて、夢実現貯金への貯金額は少なくしていい。「そんなことでマイホームの購入資金を貯めることができるの?」と思われてしまいがちだが、資産がきちんとあり、生活費の変動を抑える繰越金があると、意外と簡単にお金を貯め込んで行くことができるのだ。

 毎月は収入の10%程度の貯金であっても、臨時収入の20%を天引き貯金に、残りの80%を夢実現貯金に回してしまえばいいのだ。こうなればボーナスの度に夢実現貯金の金額が膨らみ、短期間でマイホームの購入資金など調達できてしまうものなのである。大事なことは無理なく貯金できる仕組みを作ることであって、無闇に生活費を切り詰めることではないのだ。

 大体、天引き貯金と繰越金と夢実現貯金の合計で収入の30%以下にした方がいい。30%を貯金に、70%を生活費にというのが、生活を楽しみながら、着実に貯金できる方法だからだ。貯金の合計が収入の30%を超えてしまうと、どうやっても生活は苦しくなってしまい、貯金は貯まるかもしれないが、生きていることに楽しさを感じなくなってしまうのだ。

 主婦向けの雑誌では「私たちはこうやって100万円を貯めました!」という特集をやっているものだが、この100万円の貯金は資産のための貯金も、繰越金のための貯金も、夢実現のための貯金もごっちゃにしているのであって、確かに貯金をすることはできたが、自動的に貯金が貯まって行くシステムを作り上げた訳ではないのだ。そのため記事に書かれたことを実際にやってみると、参考になるものは多々あるけれども、余程工夫を凝らさないと、生活が苦しくなってしまうのだ。

 そうなのではなく、自然と貯金ができ、尚且つ生活も豊かになっていく仕組みを作ることが大事なのである。貯金の限界点は収入の30%であり、それ以上多くしてしまえば生活が苦しくなってしまうものなのだ。収入の70%を生活費に充て続けるということも、地道に貯金を行って行くためには必要なことなのである。貯金は1つに纏めてしまうのではなく、3つに分散すれば、100万円程度の貯金など簡単に貯まって行くものだし、それがいつの間にか1000万円、1億円と成って行くものなのである。

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家計を苦しめているのは、固定費の高さなのである

●固定費と変動費

 家計簿をつけ続けて行くと、今まで出費は全部同じものだと思っていたのに、出費には2種類の違う性質のものに分けられるということに気付くものだ。或る支出は毎月一定の金額が出費され、或る支出は毎月出ては行くが変動するという動きを見せる。これが「固定費」と「変動費」なのである。

 固定費というのは、「税金」「住宅費」「保険料」「自動車代」などで、その夫婦が如何に生活したとしても、確実に毎月或る一定の金額を出費しなければならないというものだ。変動費というのは、「食費」「光熱費」「衣服代」「学費」「医療費」などで、その夫婦の遣り繰りで変動させることができる出費なのである。

 実を言えば、家計に於いて固定費の高さこそが家計を苦しめることになるのだ。というのは固定費は毎月必ず或る一定の金額が出て行くことになるので、この固定費を削減しない限りは家計を潤すことができないのだ。しかし変動費はその夫婦の努力次第で削減することが可能なので、大方の夫婦は変動費を削減しようと躍起になってしまうのである。

 よく話題になるのが、税金の高い地方自治体に住んでいる夫婦と、税金の安い地方自治体に住んでいる夫婦だと、税金の安い地方自治体に住んでいる夫婦の方が豊かになってしまうということだ。税金が高いということは、それだけその地方自治体は社会福祉に重点を入れているのだが、その恩恵に浴したとしても、税金が高ければ、どんなに努力しても貧しくなってしまうものなのである。

 戦前の日本がなぜあれほどまでに驚異的な発展をしたかというと、庶民には所得税が課かっていなかったからだ。戦時体制に突入することで所得税が導入されたのだが、それ以前は所得税がなかったからこそ、庶民の家計は税金に圧迫されることなく、自分たちの労働の成果をそっくりそのまま消費や投資に回すことができたのである。だから猛スピードで豊かに成って行ったのだ。

●固定費を削減すると貯金をするのが楽になる

 気をつけるべきは、主婦向け雑誌なのでは、固定費と変動費の区別が解っていないので、変動費を下げようと躍起になった意見を言って来ることだ。例えば食費を下げて貯金しようとか、学費がこれだけかかるとか、社会保障を充実して医療費を無料にしようとか言って来るのだ。そういう考えでは絶対に豊かになることはできないのだ。

 主婦の立場としては変動費は自分の意思で変動させることができるから、そのような家計運営こそ正しいことだと思ってしまう。しかし変動費は生活して行くためには必要な物であって、確かに削減することはできるかもしれないが、極端に削減してしまったら、なんの豊かさも感じなくなってしまうのだ。

 それよりも固定費を削減することなのである。固定費を削減すれば、変動費を極端に下げることなく、余剰金を持つことができ、家計を潤すことができるのである。家計の基本的なパターンとしては、固定費を削減して、それを貯金に回すべきなのである。この基本を繰り返し行っていれば、簡単に莫大な貯金を貯め込むことが可能になるのだ。

 夫婦の切実な問題としては住宅費が挙げられるであろう。賃貸のマンションやアパートに住んでいると、毎月一定の金額が家賃として出て行くことになるからだ。そうなると当然に家賃の安い物件に住んでいる夫婦は豊かになり、家賃の高い物件に住んでいる夫婦は貧しくなってしまうのだ。

 これこそが地方暮らしなのに豊かな生活を送っている夫婦が続出する原因であり、都市部の中での強烈な貧困で苦しむ夫婦が出て来る原因なのである。若い時は絶対に見栄を張らずに家賃の安い物件に住むべきなのである。大した資産を持っていない夫婦が都会のド真ん中に住み、都会暮らしを満喫してしまえば、家計は火の車になるのは当然にことなのである。

●エンゲル係数の嘘

 固定費の高さこそが貧困をもたらしてしまうということが解れば、エンゲル係数などいう考え方は間違っていることに気付くものだ。エンゲル係数は家計に占める食費の割合の高さこそが貧乏を決定づけるという考え方だ。この考えに取りつかれるからこそ、食費を下げれば豊かになれると思い込み、食費を下げるということをやってしまうのだ。

 食費というのは貧乏人だろうが金持ちだろうが必ず支出するものだ。しかも金持ちになるとグルメに走るものだし、高価なお酒を飲むようになるので、結構、食費に関する出費は嵩むものなのである。貧乏人が食費を削減してしまうと、栄養不良から病気に罹る率が高くなってしまい、食費を下げた所で今度は医療費が上がってしまうことになるのだ。

 社会主義国ではエンゲル係数の理論に基づいて、政府が食料品の値段を意図的に下げてしまい、そのために国民は非常に安い値段で食料品を買うことができる。しかしそのために農家や漁師や酪農家は疲弊してしまい、経済が停滞してしまうという結果を引き起こしてしまうのだ。

 なぜこんな馬鹿げた考え方が出て来るのかといえば、エンゲル係数を考えたフリードリッヒ・エンゲルスは社会主義者であったとしても、工場を有する資産家だったから、住宅費が家計を圧迫するということに気付けなかったのである。ブルジョアのエンゲルスにしてみれば、貧乏人たちが貧しいくせに沢山食べ物を食べていることが気に食わなかっただけのことなのである。貧困を決定づけるのは、食費ではなく住宅費なのであって、そこを弄らないと、どうにもならないのである。

 エンゲル係数は明らかに間違った考え方なのに、食料品の値段が変動すると、それで一喜一憂してしまう主婦たちが出て来るものだ。人間は生きている以上、何か食料を食べなければならないのであって、その出費は覚悟しておくべきなのである。野菜が高騰したのなら乾物を使うとか、肉が高騰したのなら魚を食べるとかすればいいのである。食料品の値段に囚われるとり、夫や子供たちに栄養バランスの取れた美味しい食事を与えようという気持ちの方が大事なのだ。

●固定費で下げられるものがあるなら徹底して下げる

 固定費の高さこそが家計を圧迫するということが解ったのなら、固定費を下げて行けばいいのである。まずは納税の見直しである。税金で所得控除ができるものがあるなら、必ず所得控除で落としておくことだ。税金で解らないことがあるなら、税務署に行って聞いてみること。意外なことかもしれないが、税務署は国民が何か質問すれば懇切丁寧に教えてくれるのだ。

 家計が苦しくなるほどの家賃の高さであるなら、引っ越しをした方がいいのだ。賃貸物件はよくよく調べてみると、掘り出しものがあったりするからだ。特に新婚当初は適度な広さの家であっても、子供たちが生まれてしまえば手狭になってしまうので、そういう時は思い切って引っ越してしまうことだ。

 夫婦にとってはマイホームを所有することこそが最初の夢となるだろうが、賃貸物件で20年暮らすと、大体、マイホームを購入できる金額になってしまうのだ。そのためマイホームを買うなら、早目に購入してしまった方がいいのだ。賢い選択としては頭金を多くして、ローンの部分を少なくすると、家計を苦しめることなくマイホームを購入できることになるのだ。頭金が少ないからこそ、ローンが高くなってしまい、利息の支払いのために家計を圧迫してしまうのだ。

 保険料の内、健康保険料の出費は仕方がないが、それ以外の保険はできる限り削った方がいいのだ。例えば生命保険なんかは削減の筆頭である。夫が死亡率の高い職業に就いているなら別であるが、そうでないのなら生命保険はかける必要性はないのだ。生命保険が必要となるのは、ずっと後のことであって、若い内はその保険料を貯金に回した方が賢明なのである。

 自動車は「走る税金」と言われるくらいに税金がかかってくる。そのため自動車は所有しないことだ。自動車を所有しなければ、その分だけ貯金に回すことができ、猛スピードで資産を増やして行くことが可能になるのだ。特に都市部に住んでいるのなら、電車やバスを使った方が遥かに安上がりなので、自動車を持たなくても不便をすることがないのだ。

 地方とかで交通の便が悪い所では自動車を購入せざるを得ない。そういう時は税金の安い軽自動車を購入すべきであって、税金を安くする努力をすべきなのである。しかも軽自動車は燃費がいいので、通常の自動車よりもガソリン代を安くすることができるのである。但し軽自動車は死亡率が高くなるという危険性があるので、絶対に安全運転を心掛けることだ。

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主婦の最強アイテム、それは「家計簿」

●家計簿があるからこそ、家計を運営できる

 夫婦の未来ヴィジョンを実現して行くためには、なんと言っても家計簿は必要である。家計簿があればこそ、自分たち夫婦がやるべきことにお金を集中的に投入することができ、自分たち夫婦の未来ヴィジョンが早々と実現して行くことになるからだ。家計簿をつけないからこそお金がないのであって、家計簿をつけてしまえば、幾らもお金を融通することは可能なのだ。

 特に自分たち夫婦の収入が少ない段階では、家計簿をつけることは絶対に必要である。収入が少ない場合、その少ない収入でも確実に貯金を増やして行く生活をしているのなら、収入が増えた時も確実に貯金を貯め込んで行くことができるからだ。収入が少ないのに、赤字になるような生活をしていれば、どんなことをしても貧乏から脱出できなくなるのだ。

 家計簿なしの家計運営は有り得ない。経理簿なしに会社運営することが有り得ないと同じように、家族には家計簿を備え付けないと、家計を運営することができないのだ。確かに家計簿をつけることは面倒な作業である。しかしその面倒な作業をしないからこそ、いつも金欠で悩まされることになるのだ。

 家計運営で一番恐ろしいのは、「黒字破産」してしまうことだ。お金はある筈なのに、借金でどうにもらなくなり、破産してしまうというパターンだ。この黒字班産は意外と多く、破産する人々の殆どが黒字破産で破産宣告を受けてしまうのだ。家計簿をつけないばっかりに、破産してしまうという本当に馬鹿げた事態になってしまうのである。

 主婦の最強アイテムは家計簿であるのだ。通常、家計簿をつけるのは夫の役目ではない。夫は仕事で全力を投入し、生活費を稼ぎ出す役目を充分に果たしている筈だ。妻は夫が稼いだお金を有効に使わなければならないのであって、だらこそ家計簿をつけることが必要になって来るのだ。妻が家計簿をつけない生き方をしても別に構わない。しかしそれは最強アイテムを持たずに貧乏と戦おうとしているものなのだ。それでは貧乏の戦いに絶対に負けてしまうのだ。

●家計簿の機能

①現在の経済状況を把握できる

 家計簿をつけるとどんな機能を発揮するのかといえば、まず現在の夫婦の経済状況を把握することができるということだ。家計簿を見れば一発で家計がどのようなものか理解することができるので、安心して家計の運営に取り組むことができるようになるのである。家計簿をつけないからこそ、いつまで経っても家計を把握できず、だからこそ金欠に追われ続ける生活になってしまうのである。

②貯金の目標金額を設定することができる

 家計簿をつけると、自分たち夫婦が必要な資金に対して目標金額を設定することができるようになるのだ。貯金をするなら、年収の3倍までなら簡単にその金額を実現できてしまう。住宅費を確保したいのなら、即金で買うならその全額を貯金しようと目標を立てればいいし、ローンで買うなら、頭金を貯め込むことを決意し、その頭金の金額だけ貯金してしまえばいいのだ。

 目標金額を設定するということは、そこに資金を集中させて行くために、自然と無駄な出費を抑えることができるようになるのだ。目標があればこそ、「これは無駄な出費だな」というのが解り、その出費を削減して行くことができるようになるのだ。漠然と無駄遣いをやめようとしても、逆にそれがストレスになってしまい、余計に無駄遣いをしてしまうものなのだ。

③収支の変動に耐えることができる

 家計簿をつけていると、夫の収入が減ろうが増えようが確実に耐えることができるのだ。それだけでなく経済の景気変動など一切お構いなしで家計を運営して行くことができるようになるのだ。そのトリックは自分たち夫婦には未来ヴィジョンがあるということと、繰越金や貯金の存在である。未来ヴィジョンがあれば何があってもそこに突き進んで行くし、たとえ生活がピンチになっても繰越金や貯金を使って遣り過ごせば良くなるからだ。

 世の中には自分が家計簿をつけずに、「景気が悪い」だの、「政府の対応が悪い」だの責任転嫁してしまう人々が多過ぎるのだ。そのような意見に従っていると、いつまで経っても裕福になることができないのであって、貧乏との戦いは延々と続くことになるのだ。景気は常に変動するものだし、政府の対応だっていつも悪いものなのだ。そんなことに期待するより、家計簿をつけるべきなのである。そうすれば景気の変動の政府の対応も関係なくなり、貧乏との戦いに勝利して行くことができるようになるのだ。

●家計簿は自分に合った物を使用する

 「家計簿をつけよう!」と覚悟を決めたら、とっと家計簿を所有してしまうことだ。家計簿は主婦向け雑誌の付録の物を使ってもいいし、市販されている家計簿を使ってもいい。家計簿を一度つけると、少なくとも1年間はその家計簿を使い続けることになるので、その使い易さやデザインの良さには拘ることだ。使い勝手が悪い物や、デザインがダサイ物だと、途中で挫折してしまうことになるのだ。

 家計簿をつける際には、そのつける時間帯には拘っておくことだ。子供たちが起きている時は子供たちがうるさいので正確につけることができなくなってしまうのだ。そのため子供たちが起きて来る前の早朝だとか、子供たちが寝た後につけるとかしなくてはならないのだ。このため良家のお嬢様であっても、自分の母親から家計簿をつける遣り方を教わったことがないのだ。だから家計簿をつけることが下手っぴでも気にすることはないのだ。

 既婚女性たちの中には家計簿をつけることに挫折してしまう女性たちが出て来ることになる。これは想像以上に多く、どの既婚女性たちも家計簿をつけることの必要性は解っているのだけれども、なぜか家計簿をつけ続けていると挫折してしまうのだ。なぜならその手の既婚女性たちは家計簿の鉄則に背いているからなのである。

 家計簿の鉄則:「1冊の家計簿で家計を処理しようとすると、必ず破綻してしまう。」

 家計簿をつけると、真面目な女性たちほど完璧に家計簿をつけてしまおうとする。ところが家計簿を完璧につけようとすると、完璧であるがゆえに崩壊してしまい、家計簿をつけることをやめてしまうようになるのだ。家計簿は誰がどうやっても完成することはないので、家計簿を常に不完全であり続けるようにすべきなのである。

 そのためにはどうすればいいのかというと、「生活費用の家計簿」と「投資用の家計簿」の2冊を用意すべきなのである。jこうすると家計簿が完璧にならず、完璧ゆえに崩壊するという事態を防ぐことができるようになるのだ。投資用の家計簿は師範されていないので、その家計簿は自分が独自で作ればいいのである。

●家計簿に必要な倫理:「正直」

 家計簿をつけ続けるためには、絶対に必要な倫理が存在する。それは「正直」という倫理だ。妻が家計簿をつけても、自分が平気で嘘をつくようであるなら、幾ら家計簿をつけても意味がないのだ。妻に正直という美徳があればこそ、その家計簿は信用に値する物になるのである。

 結婚すれば妻がヘソクリを持つことは当たり前のように思われているが、ヘソクリを持つことこそ自分の家計簿に於いて粉飾決算をしているということなのである。自分のお小遣いを確保することと、家計をちょろまかしてヘソクリを生み出すことは全く違うことなのである。妻にヘソクリがあればあるほど、家計は悪化して行くものなのである。

 正直という倫理は夫にも要求され、自分で稼いだお金は必ず正直に報告して貰わなければならないのだ。夫が嘘をつくのが当たり前になり、自分が稼いだお金よりも遥かに低いお金を妻に渡しているようでは、妻が幾ら真面目に家計簿をつけても、家計を正常に機能させることはできないのだ。

 夫婦が嘘をつけないようにするために、家計簿を妻だけがつけるのではなく、夫にもきちんと見せて、夫婦で家計に関する情報を共有するようにしておくことだ。それと同時に家計について話し合う時間を必ず定期的に確保し、その場で家計をどうすべきかきちんと話し合うようにすることだ。

 時折、ニュースで粉飾決算をした企業が倒産する情報が流れるが、自宅でも粉飾決算をしていては、いずれ破産して行くことになるのである。莫大な資金を運用する企業が粉飾決算をすれば倒産するのだから、その資金よりも遥かに少ない資金を運用している夫婦も粉飾決算をすれば破産するのは当然のことなのだ。馬鹿正直では困るが、家計簿のい前には於いては正直という美徳は絶対に必要なのである。

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貧乏を脱出したければ、悪のエネルギーを使え

●善良な夫婦ほど貧乏で困っているもの

 人間は間違っていることよりも正しいことの方が大好きである。しかし自分が正しいと思ったことが本当に正しいことだとは限らないのだ。自分が正しいことだと思っても、実はそれは間違っていたということも有り得るのだ。自分が好き勝手に「これは正しいことだ!」と思うより、「それは本当に正しいのか?」と確かめる努力こそが必要なのである。

 貧乏な夫婦ほど「自分たちは正しいことをやっているのに」といいながら、貧乏で困っているものだ。更にこの世には「清く正しく美しく」という標語があるものだから、貧しくとも、清く正しく美しければいいと、自分たち夫婦の貧乏を正当化してしまうものなのである。貧しくとも清いものはあるが、美しいものは豊かな所から生まれて来るものなのである。それゆえ「清く正しく美しく」という言葉自体が矛盾を孕んだ言葉なのである。

 貧乏人が正しいと思い込んでいることをすれば、貧乏から脱出できないものなのである。その正しいことは、貧乏人としては正しいことであっても金持ちとしては正しいことではないからだ。金持ちが正しいと思うことと、貧乏人が正しいと思うことは全然違うものなのである。その大事なことに気付かないと、貧乏から抜け出せないのだ。

 例えばテレビである。貧乏人の夫婦ほど大量にテレビを見ているものだ。しかしお金持ちになってくるとテレビの視聴時間が激減してくるものなのである。テレビというのは情報量が非常に少ないし、基本的に低俗であるために、テレビで情報を集めているようであるなら、金儲けに直結する情報を得ることができないからだ。

 恐ろしいのは自分が間違っていることをやっているのに、それを正しいものだと思い込ませるものが、人間の心の中に存在しているということなのである。それが「良心」というもので、この良心こそ自分を貧乏に固定してしまう力を持つものなのである。しかもこの良心が外に向かって発揮される時、「社会正義」という言葉を使って更に間違った行為を正当化しようとしてしまうのだ。

 良心とか社会正義などに決して騙されないことだ。良心や社会正義に取りつかれてしまうことは、自分が精神的に自立していない証拠なのだ。自分が自立してしまえば、良心を捨てて、正心に辿りつくものだ。自分が正しいと思うからこそ正しいのではなく、その正しさを確かめることで、本当に正しいことだと認識できるのである。社会正義のような正体不明の正義を信じるのではなく、正義というのは「義務としての正しさ」なのであって、自分に与えられた義務をしっかりとこなしていくということに目覚めるものなのである。

●悪の感情は善の感情より強烈である

 では、どうすれば貧乏人が貧乏を脱出できるのかといえば、まずは未来ヴィジョンを明確化することだ。これは正攻法だと言っていい。しかし未来ヴィジョンをなかなか作り出せないという夫婦もいる筈である。自分たちが貧乏な余りに、自分たち夫婦の思考を明確化することがどうしてもできないのだ。

 そういう時は、「悪のエネルギー」を使うことだ。正攻法のように正しい攻め方をするのではなく、悪質極まりない攻め方をするべきなのである。この世に善人は少ないものだが、悪人たちは大量に存在しているものだ。なぜなら本当に正しいことが解らず、それなのに悪いことは幾らでも知っているからだ。だったらその悪い事を自分たち夫婦が裕福になるために使ってしまえばいいのだ。

 例えば貧しい家庭で育ったのなら、子供の頃から貧乏で悲惨な目に遭って来た筈だ。中には自分が貧乏なために、貧乏を理由に自分を見下した連中が沢山いた筈だ。「そういう連中を見返して遣りたい!」と強烈な感情を持つべきなのである。その感情は決して美しいものではない。寧ろ醜いものだ。しかしその激しい感情を使って貧乏から脱出していけばいいのである。

 他にも自分の容姿がイマイチで、いつも他人から愛されることなく生きて来たのなら、その怒りを貧乏脱出に使ってしまうことだ。例えば「自分はブスだった」とか、「自分はチビだった」とか、「自分はデブだった」とか、「自分はノッポだった」とか、そういうことで嫌な思いをして来たのなら、その強烈な感情をエネルギーに変えてしまえばいいのだ。

 日本人が外国で暮らせば、現地人たちから差別や偏見を受けることだろう。そういう時、「人種差別撤廃」を訴えるのではなく、差別や偏見をぶつけられたことで怒りを感じ、そのエネルギーを金銭に変えてしまい、その地の如何なる現地人たちよりも裕福になることで見返してやるべきなのである。

●悪の感情は目標達成次第捨てる

 若い頃の悪のエネルギーは強烈なものだ。その悪のエネルギーを悪事のために使うのではなく、貧乏脱出のために使ってしまえばいいのである。自分たち夫婦が正しいことをやって貧乏から抜け出せないのなら、自分たち夫婦が悪いと思うことを遣って貧乏から抜け出して行くべきなのである。

 しかし悪のエネルギーをいつまでも使い続けると、顔の相が悪くなるし、家庭内で悲劇が起こるし、思わぬトラブルに巻き込まれるものだ。悪の感情は目標達成次第捨てることだ。いつまでも悪のエネルギーを使い続けると、確かに貧乏からは脱出できたが、お金持ちになっても決して幸せにはなれないものなのである。

 世の中には自分が嘗て悪のエネルギーを使ったのに、それを自慢する人たちが必ずいるものだ。だがそのようなことをやっていると、そこで成長が止まってしまい、自分や自分の周囲に不幸が起こり始めるのである。悪のエネルギーは自分が貧乏だったから已むをえず使ったのであり、いい加減にその心境から抜け出すべきなのである。

 ビジネスでも私生活でも成功している人たちほど宗教や慈善を大切さにしているものだ。子供の頃から宗教や慈善を大切にしていた人たちもいるが、中には人生の途中から宗教や慈善の大切さに気付いた人たちもいるのだ。この手の人たちこそ悪のエネルギーを使って伸し上がって来た人たちなのである。

 宗教とか慈善とかいうのは、罪滅ぼしとしての機能も果たしているのであり、宗教とか慈善を馬鹿にしていると、自分が知らず知らずの内に背負い込んだ罪のために自滅して行ってしまうことになるのだ。お金を持っている人たちほど、その恐ろしさを知っているから、必ず宗教や慈善を大切に扱い、それを怠ることはないのだ。

●悪のエネルギーは貧困を破壊する

 我々は子供の頃から正しいことを教えられた来た訳だし、正しいこをするように勧められて来た。そうやって正しいことを遣って来て成功すれば、確かにその正しいことを遣ったことで報われるものだ。しかし正しいことを遣っても成功できず、それどころか貧乏のドン底に陥ってしまったら、その正しいことを遣ることでは報われないのである。

 これは何も犯罪を起こせと言っているのではないのだ。幾ら貧乏であっても犯罪を起こすとなれば、それ以上に貧乏になってしまうものだ。そうなのではなく、自分が正しいと思い込んでいることに疑いの目を向けるということをすべきなのである。大方、自分が正しいと思い込んでいることが間違っているからこそ、自分は貧乏から抜け出すことができないのである。

 誰も悪のエネルギーの使い方を教わって来なかったために、「悪のエネルギーの使い方」は解らないものだ。悪のエネルギーを暴走させてしまったために、友人を失ってしまうこともあるし、思わぬトラブルにも巻き込まれたりするものだ。だが悪のエネルギーを使ってしまうと、貧困を破壊できることだけは確かなのである。

 自分たち夫婦が貧乏で苦しんでいるのに、仏教の「少欲知足」の教えを受け入れてしまい、貧乏の中でも満足しようとはしないことだ。老人が少欲知足の教えを実践するのは構わない。だが、夫婦がいて、子供たちがいて、という家庭なのに、少欲知足の教えを実行しても、家庭内は揉め事で一杯になってしまうものなのである。

 悪のエネルギーを使って貧乏から脱出してしまうと、実は自分たち夫婦はこういうことを遣りたかったという未来ヴィジョンが見つかるものなのである。自分たち夫婦が余りにも貧乏だったために、自分たちが夢を持つことができなかったのだ。そうやって未来ヴィジョンが見えたのなら、今後は悪のエネルギーを捨てて、正しい遣り方で自分たち夫婦の夢を実現して行けばいいのである。

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金銭欲はなぜ悪いものなのか?

●幸せになるためにお金は必要だけど、お金があれば幸せになれる訳ではない

 その夫婦に未来ヴィジョンが有るのか無いのかということは、その夫婦の未来を最高のものとするか、最低のものになるかという非常に大きな分かれ道になってしまうのだ。自分たち夫婦の未来がどのようなものになるかが解っていないからこそ、周りの環境に流されてしまい、その対応に追われる日々になってしまうのだ。

 しかも未来ヴィジョンがないと自分たち夫婦にとって必要なお金が解らなくなるなのである。一体、自分たちに夫婦にどれくらいのお金があれば豊かな生活をできるかが解っていないから、お金を追っかけるだけの生活になってしまうのだ。お金があれば豊かな生活をできるとは限らないのだ。

 例えば住宅というのは夫婦にとって最大の買い物ではあっても、どういう住宅が欲しいのか明確になっていれば、後はその資金を溜め込んで行けばいいから別に大した苦労はないものだ。しかしなんの未来ヴィジョンも持っていない夫婦にその金額を指し示すと驚いてしまい、「そんなに高いの!」と言い出し、なんの行動も起こさないのだ。

 住宅というのがコンビニで買い物をするような値段で変える訳がないのだ。家族が雨露を凌ぎ、そこで生活を営む訳だから、お金がかかって当たり前なのである。だがその金額が大金であっても、「自分たち夫婦はこういう家に住みたい!」と思っていれば、その金額を貯め込んで行くことは大した苦労ではないのである。

 幸せになるためにはお金が必要だけど、お金があれば幸せになれる訳ではないのだ。この世に存在する価値ある商品はどれも高額なものなのである。価値ある商品を手にしたければ、それなりの大金を支払う必要性があるのだ。それなの金がかかる商品を購入せず、金のかからない安物ばかり購入していては、いつまで経っても貧乏なままなのである。

●どの夫婦も欲しいお金はたった10万円!

 「お金が欲しい!」と叫んでいる夫婦たちに、「では、あなたは一体幾ら欲しいの?」と訊いて回ると、どの夫婦も実は「月額10万円あればいい」というのである。「お金が欲しい!」といいながら、莫大なお金が必要と思いきや、たった10万円が欲しい程度なのである。10万円である。その金額なら主婦がパートすれば楽に稼げる金額なのである。

 これが「金銭欲の正体」なのである!

 なぜ金銭欲が罪悪視されるのかというと、今ある収入で満足しようとせず、その収入以上の生活をしたがってしまうのである。そのため当然に貧乏から抜け出すことはできず、いつまで経っても貧乏なままになってしまうのである。これが恐ろしいのはその根性のままでお金を持ち始めると、幾らお金を所有しても、一向に幸せを感じることができないのだ。だから金銭欲は誰でもある欲望なのに、その欲望を持つことを敵視されるのである。

 「お金が欲しい!」と思い始めた時、実は自分の欲望のレベルが上がり過ぎているってことなのである。ではどうすればいいのかというと仏教の言うように「煩悩からの解脱」を目指せばいいのである。金銭欲は煩悩なのだから、仏教の戒律を守り、仏教の教えに従って生きていれば、煩悩は消滅して行くことになるのだ。日本の都市には必ず仏教寺院があるものだが、都市住民たちは仏教の教えが或る程度正しいと思うからこそ、仏教を奉じているのである。

 しかし煩悩を消滅させるということは凡人ではできない。ではどうすればいいのかというと、自分の欲望を引き下げればいいのである。自分の欲望が収入より上回っているのだから、ほんの少し欲望を下げればお金が貯まり始めることになるのだ。自分の欲望を引き下げないからこそ、金銭欲が抜け切らないのである。

 では、欲望を引き下げるためにどうすればいいのかといえば、「断食」をすることをお勧めする。断食をすると体内の老廃物や毒素が排出されるだけでなく、それに釣られて自分の金銭欲まで排出されて行き、人生が確実に変わって行くからだ。1週間程度、正規の食事を食べないで、フルーツジュースだけで過ごすのである。そうやって断食をしてしまうと、体がスリムになるだけでなく、金銭欲までスリムになってしまい、収入以下で暮らしをしても、豊かさと幸せを感じることができる生活を実現することができるようになるのだ。

●金儲けを目指さないからこそ、家計は潤う

 金銭欲にまみれていると、一体、自分は何が欲しいのか解らなくなってしまうものだ。金銭欲に取りつかれている母親たちに買い物をさせると、あれこれ買いまくってしまい、必要品だけでなく、不要品まで大量に買い込んでしまうのだ。こんな生活をしているからこそ、幾らお金があっても足りなくなってしまうのである。

 意外なことかもしれないが、多く既婚女性たちが「自分が本当に欲しい物を手に入れようとしない」のである。我々は子供の頃から自分の欲しい物を必ず手に入れる生活をして来た訳でない。たとえそれが自分の欲しい物であっても、両親に止められたり、お金がなかったり、世間の常識に遠慮してしまったりと、自分の素直な欲望を最優先するということをしてこなかったのだ。

 そのため結婚して実家から出てしまうと、新たな家族を築いているというのに、未だに過去を引き摺ってしまい、自分が本当に欲しい物を手にいれようとせず、どうでもいいガラクタを手に入れてしまうのである。是非とも買い物をする時は、自分が本当に欲しい物だけを買うようにすることだ。そうすれば意外と不要品を買わなくなり、少ない収入でもなんとかやっていけるようになるものなのである。

 世の中は逆説に満ちているものなのだ。金儲けを目指して家計を運営して行くと、いつまで経っても家計は火の車なのだ。しかし金儲けを目指さず家計を運営して行くと、簡単にお金が貯まって行ってしまうのだ。確かに結婚すればお金は沢山必要となる。だがその金銭欲がある限り、決して豊かな暮らしを実現することはできないのだ。

 これは妻だけの現象ではない。夫も同じなのである。金儲けを目指す仕事よりも、金儲けを意識しない仕事の方が儲かるものなのである。金銭欲に囚われていないと自由に動けるから、最高レベルの商品やサービスが出来上がって来るのだ。それに対して金儲けに囚われてしまうと自由になれないから、粗悪な商品やサービスしか作れないものなのである。

●金持ちと貧乏人の間にある壁を突破せよ

 貧乏人とお金持ちの間には壁があるものなのである。貧乏だからこそどうしてもお金を欲しがってしまう。しかしお金を欲しがってしまうと豊かになれない。その矛盾が延々と続いてしまい、いつまで経っても貧乏から抜け出せなくなってしまうのだ。貧乏というのはお金の問題ではなく、自分たち夫婦が貧乏の悪循環に陥っていることこそが問題なのである。

 通常、この悪循環を抜け出すためには、夫婦で未来ヴィジョンを持ち、生活をシンプルなものにして行かなくてはならない。自分たち夫婦が未来に於いて一体何をすればいいのか解っていないからこそ、無駄な作業をやってしまうのである。しかもそういう生き方は生活にも無駄が多いので、高コスト体質のままの暮らしになってしまうのである。

 それと子供たちを多く産んで、生活に多くの消費と投資が必要な状態に追い込まなくてはならない。貧乏なのに余計にお金がかかる子供を産むからこそ、金銭欲にブレーキがかかり、貧乏の悪循環から抜け出すことができるようになるのである。消費や投資こそが新たな所得を生み出すのであって、自分たち夫婦に消費や投資が少ないからこそ、貧乏から抜け出せないのである。

 貧乏の悪循環を抜け出してしまうと、途端に裕福の好循環が始まることになる。貯金はすくさま貯まってしまい、株券を次から次へと購入し、念願のマイホームも確実に持ててしまうのだ。自分たち夫婦が豊かな暮らしをするために自分たちの生活を変えて行ったからこそ、この裕福の好循環が働いたのである。

 金銭欲はどの宗教も取り扱うテーマだ。それだけ人類にとって普遍的なテーマなのである。だからこの金銭欲を放置しておくと、とんでもない事態に陥ってしまうものなのだ。金銭欲の正体とは今の収入よりもほん少し何かが欲しいということなのである。そこを引き下げないといつまで経っても貧乏から抜け出せないものなのである。

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新婚の夫婦がまずすべきことは「未来ヴィジョンの明確化」

●どうして夫婦に差がつくのか?

 結婚した時、自分たち夫婦も、友人の夫婦も似たような境遇で結婚したとする。夫婦の収入は低所得で、アパート住まいで、資産など何も有りはしない。その後、どちらの夫婦にも子供が3人生まれたとする。それなのに結婚後10年経ってみると、友人の夫婦は収入が1桁違くなり、マンションを所有し、貯金も株券も債権もしっかり持っているのに、自分たち夫婦は低所得のままで、未だに賃貸アパートに暮らし、貯金なし 株券なし債権なしの生活を営んでいる。

 この違いは一体どうやってついたのだ?

 その理由は自分たち夫婦は何も未来ヴィジョンを持たなかったが、友人の夫婦は未来ヴィジョンを持っていたからなのである。友人の夫婦は自分たちはこういう生活をしたいし、夫は仕事でこういう成功をしたいと明確に未来ヴィジョンを持っていたのだ。それに対して自分たちは夫婦は何も未来像を描かず、愛さえあればどうにかやっていけると思っていたのだ。

 そうしたら友人たち夫婦はその未来ヴィジョンを実現してしまい、明らかに裕福で幸せな生活を営み、自分たち夫婦は貧困のままで、嘗てあった愛さえ貧困のために破壊され続けているのだ。確かに愛さえあれば生活はどうにかやってこれた。しかしそれで豊かになった訳ではないし、愛さえも貧困のために枯渇し始めているのである。

 人間の運命というのは結婚によって大いに変わるものだ。「男の出世は女次第」だし、「女の幸福は男次第」なのである。結婚はこの男女の運気の差を最大限活用できるものなのであって、自分たち夫婦がしっかりとした未来ヴィジョンを描いてしまうと、幾ら年月がかかろうとも、その未来ヴィジョンを実現することがでてしまうのである。

 ところが結婚しても未来ヴィジョンを描かないと、月日はあっという間に過ぎ去り、生活に追われるだけの生活になり、貧乏は常について回るし、次から次へとトラブルを起こって来ることになるのだ。問題を対処するだけの人生になってしまい、自分たち夫婦が本当にしたいことが何もできなくなってしまうのだ。、

●夫婦で話し合って未来ヴィジョンを明確にする

 豊かな生活をしたいのなら、幸せな家族を作りたいのなら、とにかく夫婦で話し合って未来ヴィジョンを明確にしてしまうことだ。新婚生活では子供がいないために、夫婦二人で話し合う時間はたっぷりとあるので、その時間を使って話し合っておくことだ。たとえ子供ができたとしても、子供が寝ている時は夫婦の時間を確保できるのだから、その時間を利用して話し合ってしまえばいいのだ。

 人間の思考というのは、自分一人で考えていても、夫婦で話し合ってしまえば、その思考が吹き飛んでしまい、実は自分の遣りたいことは別の所にあったということは必ず起こるものなのである。それほど自分の思考というのは信用が置けないものなのだ。そのため夫婦で話し合う時間を持たないと、夫も妻も自分の頭の中で滅茶苦茶なことを考えてしまい、本当に遣りたいことを見つけることができなくなってしまうのだ。

 その上で未来ヴィジョンを紙に書き出して行くことだ。紙に書いて行くと、自分の思考が明確化し、思考の後退がなくなり、思考が核心へと迫って行くことができるのである。例えば今まで漠然と「お金が欲しい」と思っていたのが、実は「もっと責任ある役職に就きたい」ということだったりするのだ。

 大方の夫婦にとって住宅の問題は最大の懸案なので、この住宅問題をどのように解決して行くべきか、紙に書き出しておくことだ。一戸建てがいいのか、マンション住まいがいいのか、そこをはっきりとさせておくことだ。そして新居を買うなら、夫の職場から近いことが最優先で、通勤時間を減らせば、それだけ他のことに労働を振り向けることができるようになるのだ。

 貯金に関して言っておくと、実現可能な貯金金額は年収の3倍までなら目標貯金額として有効なのである。例えば年収500万円なら、貯金金額は1500万円までなら簡単に実現して行くことができるようになるのだ。行き成り余りにも高額な貯金金額だと実現するのに時間がかかりすぎるし、かといって少なすぎるとヤル気が起こらないという事態にもなってしまうのだ。、

●正しい目標設定

 夫婦の目標は正しく設定しないと実現することはできないものだし、正しい目標設定をするためには、正しい目的がなくてはならない。正しい目的というのは「家族を幸せにしたい」ということである。自分たち家族を幸せにしたいからこそ、様々な目標が生まれて来るのであって、その目標を設定してみると、呆気ないほどに簡単に実現することができてしまうのである。

 夫婦がお金持ちになって行く場合、殆どの夫婦はこの正しい目的を明確に持っていたからこそ、自分たち夫婦の人生を成功させることができたのである。夫が「自分の妻子に豊かな暮らしさせてあげたい」と思えば、妻は「自分の夫がこれだけ頑張っているのだから、なんとかして成功させてあげたい」と思っていたからこそ、お金持ちになることができたのである。

 漠然と「愛さえあれば充分」と思っていると、その夫婦は目的も目標も持つことができず、自分たち夫婦の未来を変えて行くことができないのだ。目的設定や目標設定は愛があれば出て来るものなのではなく、人間の本能から出て来るものなのである。「自分たち夫婦の子孫をこの世に残したい!」という人間としての本能が強烈な目的や目標を生み出すことになるのだ。

 幾ら目的や目標が大事だからといって、間違った目的や目標を持ってしまうと、どうやったとしても絶対に幸せになることはない。例えば「夫と離婚して、夫の財産をふんだくってやろう」と思ってしまうと、それを実現できるかもしれないが、離婚後はその財産を目当てに他の人々が寄って来て、自分の財産を奪い取って行ってしまうことになるのだ。

 世の中が豊かになってしまと人間は本能が衰えて来るために、どうしても間違った目的や目標を持ってしまう人々が出て来るのだ。特にマスコミにはその手の間違った情報が流れて来るので、目的や目標を設定する時はマスコミを遮断して、自分たち夫婦だけで考えるようにすることだ。「マスコミではこう言っている」と言うようであるなら、いつまで経っても正しい目的や目標を持つことはできないのだ。

●目標があればそれに向かって前進して行くことができる

 人間とは非常に不思議な生き物で、目標が設定されないと何もしないものだが、目標が設定されてしまうと、それに向かって全速力で突進していくことができるのである。目標を設定した時、「これは実現不可能かもしれない」という疑心暗鬼に陥ってしまうものだ。しかし一度目標が設定されてしまうと、その目標の実現のために全エネルギーが注がれることになるので、あっという間にその目標を達成することができてしまうのである。

 これが「目標設定の威力」なのである!

 冒頭に挙げた友人の夫婦も、目標があったればこそ、夫は仕事に力が入って出世して行き、所得金額を上げて行った訳だし、妻の方も無駄遣いを抑えて、マンションの購入資金に充てたり、貯金や株券や債券を充実させて行ったのである。目標を設定してしまえば、自分たち夫婦のやるべきことが明確になるから、後は面白いように目標を達成して行くことができてしまうのである。

 社会主義に洗脳された学者たちは社会に存在する「貧富の格差」を指摘し、その「貧富の格差」を解消しようと躍起になって研究しているものだ。しかし「貧富の格差」というのは、実は「未来ヴィジョンの有無」なのである。貧乏になるような人々は未来ヴィジョンを持っていなかっただけのことであり、裕福な人々は未来ヴィジョンを明確に持っていたのである。その違いが「貧富の格差」となって現れたに過ぎないのだ。

 貧乏な人々ほど「世の中は間違っている!」と言ってしまうものだが、間違っているのは自分なのであって、自分が未来ヴィジョンを持たなかったばっかりに貧乏になってしまったのである。因みに言っておくが、未来ヴィジョンを持つことは無料であり、幾ら沢山持っても無料なのだ。

 自分たち夫婦が目標を設定してしまえば、直進してもいいし、寄り道したとしても構わない。目標が解っていれば、いずれその目標に到達することができるからだ。しかし目標がなければ直進しても迷うものだし、寄り道してしまえば泥沼に嵌ってしまうものだ。夫婦が貧乏になるのも裕福になるのも、お金が問題じゃないのである。本当の問題は目標設定がされているか否かなのである。

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生理の時は布ナプキンを使う

●赤ちゃんが布オムツなのに、なんで母親は紙ナプキンなの?

 紙オムツが主流な現代では、その中で布オムツで赤ちゃんを育てるというのは、本当に少数派であり、布オムツで育児をしているだけで奇異の目に晒されてしまうものだ。しかし布オムツで赤ちゃんを育てている母親は育児に対して自分なりの考え方があるからこそ、敢えて紙オムツを行わず、布オムツで育児をしているので、自分としては苦痛でもなんでもなく、寧ろ充実感があるものなのである。

 しかしそうやって赤ちゃんを布オムツで育てているのに、母親の方は生理の際に紙ナプキンを使っているのである。赤ちゃんが布オムツなのに、なんで母親が紙ナプキンなのか、全く自分の行動に首尾一貫性がないのである。このことをその母親に指摘すると、皆一様に唖然としてしまい、何も答えることができなくなってしまうのである。

 布オムツでの育児をやってみれば、面倒臭いものではあっても、その圧倒的な有益性に驚くものだ。便秘はせず健康に排泄してくれるし、しかも布オムツだから一度買い揃えてしまえば、それ以降はお金がかからない。この布オムツの有益性を自分が体験している筈なのに、自分はその有益性を悉く否定する紙ナプキンを使用しているのである。

 紙ナプキンを使用すれば、当然に毎回お金がかかる。しかも生理は月に1回あるから、延々とそのお金が家計から出て行くことになるのだ。お金を払って紙ナプキンを買ったのなら、布オムツよりも効果が高い場合、そのお金は価値を産んだといえる。しかし実際は紙ナプキンは紙オムツ同様に、布ナプキンよりも劣り、様々な問題を引き起こして来るのである。

 「紙ナプキンだろうが、布ナプキンだろうがどうでもいいじゃない!」と思う勿れ。赤ちゃんのオムツは数年で卒業するけど、女性のナプキンは閉経まで続くのだ。もしも紙ナプキンを使用したのなら、その金額を合計したら莫大な金額になるものなのである。もしもそのお金をもっと有益なこと、例えば住宅の購入資金に充てることができたのなら、より早い時期に住宅を購入することができるのである。それほどこの金額は大きいのである。

●恐怖の紙ナプキン

 まず紙ナプキンがどれほど粗悪な物なのか説明してあげよう。女性特有の病気が爆発的に増えて行ったのは、実は女性たちが紙ナプキンを使用し始めてからなのである。布ナプキンを使っていた頃には女性の体に起こらなかった病気が、紙ナプキンを使い出すと途端に大量発生して来たのだ。

①「生理痛」

 生理の時には生理痛が起こって当たり前だと思ってはならない。女性が中学生当たりなら、生理痛など経験することなく、生理をしていた時期があった筈だ。生理痛というのは医学的には「鉄分不足」が原因と看做すが、紙ナプキンを使用していると生理痛が起こって来る。それは紙ナプキンだと月経血を吸収してしまうので、肌に月経血が出たという刺激が起こらないので、脳が月経血の排泄を止めてしまうのである。要は月経中なのに、子宮内に月経血が残っているために、頭にガンガンと頭痛がやってくることになるのである。

②「痒み」「かぶれ」「悪臭」「便秘」

 紙ナプキンを使用すると途端に起こるのが、痒みにかぶれに悪臭に便秘である。これは赤ちゃんに紙オムツを使えば同様の現象が起こるのと同じことだ。紙ナプキンに化学物質が含まれているために、それに皮膚が反応してしまい、痒くなったり、かぶれたり、悪臭を放ったり、便秘になってしまうのだ。

③「性格の凶暴化」

 紙ナプキンだと月経血が充分は排泄されないために、体内に月経血が残ることになる。その汚い血が再利用されて体内を駆け巡ることになるので、その汚い血で脳を動かそうとすれば、当然に脳は正常に機能することがなくなり、性格が凶暴化することになる。生理の度に夫婦喧嘩をしているようであるなら、夫の言動がどうのこうのよりも、紙ナプキンを疑うべきであって、紙ナプキンをやめない限り、夫婦喧嘩は延々と続くことになるのだ。

④「子宮内膜症」「子宮筋腫」「子宮癌」

 紙ナプキンの使用によって月経血がきちんと排泄されていないということは、子宮内に使用済みの月経血が残るということなのである。こんな危険な物が子宮内に残っていれば、それが子宮内膜症を引き起こし、その後、子宮筋腫を引き起こし、そして子宮癌に成って行くのだ。

 今回、民主党政権が「子宮頚癌」の癌ワクチンを無料化するという政策を実施したのだが、子宮頚癌は紙ナプキンの使用によって月経血をきちんと出さないから起こるものなのである。子宮頚癌は性交渉による感染が原因ではないのである。それは誘因であって、性交渉での感染したのに、それを除去できなかった子宮自体に問題があるのである。

⑤「不妊症」「二人目不妊」

 紙ナプキンを使用していると、不妊症や二人目不妊に陥り易くなる。要は月経血がきちんと排泄されないために、子宮内に新しい子宮内膜を張ることができないからなのである。特に気をつけるべきは二人目不妊であって、既に赤ちゃんを産んでいるから子供を産める体なのだが、二人目不妊になってしまうと、ずるずると二人目不妊を患ってしまうことになるのだ。母親の体は出産後、非常に敏感になっており、股間に紙ナプキンのような異常な物があると、体は妊娠しないという決定を下してしまうようになるのだ。

⑥「セックスレス」

 セックスレスに陥る既婚女性たちの殆ど全てが紙ナプキンを使用している。紙ナプキンを使用すると股間が臭くなるから、当然にその旦那はセックスを拒絶することになる。しかも紙ナプキンを使用のために性格が凶暴化しているので、夫は益々妻から遠ざかり、セックスをしなくなるのだ。

 これらの病気の発症のメカニズムは全て紙オムツと同じで、月経血を早くに吸収してしまうから、肌に月経血が出たという刺激がなくなってしまい、充分に月経血が出切きらないからこそ起こるものなのである。生理に異常があるのを放置してはならない。生理は女性にとって重要な現象なのであって、生理に異常があればそれは既に未病の段階なのである。

●紙ナプキンから布ナプキンへ

 紙ナプキンを使用して、自分の体に異常が出て来ているのなら、紙ナプキンをやめて、布ナプキンに切り替えることだ。布ナプキンに切り替えれば、これらの異常は一瞬にして消滅してしまうのだ。布ナプキンは布オムツと同様に面倒臭いものだ。しかし布ナプキンは面倒くさくても、それを遥かに上回る利益をもたらしてくれるのである。

 「布ナプキンを使ってみよう!」と決意したのなら、早速購入してみることだ。布ナプキンは需要は少ないために売っていない薬局も存在するが、自分で探してみれば確実に見つけることができることであろう。布ナプキンは自分で使ってみて、自分の体に合った物を使い続けるべきであって、行き成り大量の布ナプキンを購入しないことだ。

 布ナプキンは基本的に国産の物を使用した方がいい。布ナプキンを作っている会社は日本人女性の体にフィットした布ナプキンを研究しまくっているのであって、使ってみれば矢張り国産の物が一番使い易いことが解る筈だ。但し、身長の高い女性は外国産の物を使用することも選択肢に入れた方がいい。日本人女性の平均身長を遥かに超えてしまうと、国産の布ナプキンでは小さすぎるかもしれないからだ。

 布ナプキンの問題点としては「月経血で下着が濡れる」ということがある。これだから布ナプキンは駄目なのではなく、これだからこそ布ナプキンはきちんと月経血を出しているのである。布ナプキンは紙ナプキンと違って、月経血をすぐさま吸収しないために、多少は股間に月経血がついてしまう。それによって脳に刺激が行き、更に月経血を出そうとするのである。このため布ナプキンを使用する際は、大き目の下着を着て、月経血が漏れても大丈夫なようにすることだ。

 第二の問題点としては、「布ナプキンの交換」である。布ナプキンが充分に月経血を吸ったのなら、それを交換しなくてはならない。その際、特別の容器に入れて、持ち帰らなくてはならなくなる。勿論、いい気分はしないものだが、再利用可能な布ナプキンならではの光景なので、慣れてしまえば別にどうってことはないのだ。

 第三の問題点としては洗濯である。月経血は布ナプキンに染みつくので、まずは手洗いして、その後、漬け置き洗いしておけばいい。子供たちに見つかると面倒なことになるので、子供たちが寝静まった後にやってしまうことだ。月経血で濡れた布ナプキンを面倒臭いといって明日洗おうとすると、とんでもないことになるので、生理期間中はせっせと毎晩洗うことだ。

●布ナプキンに変えると女の人生が劇的に変化する

 紙ナプキンを布ナプキンに変えただけで、自分の体に大した変化など起こらないなどと思ってはならない。布ナプキンに変えると女性の人生が劇的に変化するのだ。なんせ生理の度にきちんと月経血を排泄しているのだから、体が有り得ないほどに健康に成って行ってしまうのである。

①月経血が充分に出ると、体の不調が一切消滅する

 まず今まで体がなんとなく不調だと思っていたのが、布ナプキンに切り替えると、その不調が一気に取れることになるのだ。今まで体を不調にしていたのは、月経血がきちんと出ていなかったことこそにあるので、月経血がきちんと出てしまえば、体は一気に好調になってくるのだ。

②性格が温和になる

 月経血が充分に排泄されると、女性の性格は温和になる。要は今まで生理が巧く行っていないために、月経血が残ってしまい、その汚い血が全身を駆け巡っていたのである。だから性格が凶暴化したのであって、布ナプキンによって月経血がきちんと排泄されれば、性格は穏やかなものになり、周囲の人々から愛される女性になることができるようになるのだ。

③月経時のコストが劇的に削減される

 そして布ナプキンは家計をも丈夫にさせる。布ナプキンは買い揃えてしまえば、それを使い続ければいいだけだからだ。たまに草臥れた布ナプキンを廃棄処分にして、新たな布ナプキンを購入する程度である。今まで紙ナプキンの使用で大量にかかっていたコストが、布ナプキンの使用によって劇的に引き下げることができるようになるのである。

 紙ナプキンを使用するのを当たり前だと思ってはならない。紙ナプキンを製造販売している会社は執拗にテレビCMを流し、女性たちを洗脳することができたからこそ、女性たちは紙ナプキンを使うことを当たり前のものだと思い込んでいるにすぎないのだ。紙ナプキンを一切使用するなと言っている訳ではないのだ。紙ナプキンだって旅行の時などは便利であり、それはそれで使い道がある。しかし紙ナプキンを常用してしまえば、女性の体に異常が出て来てしまうものなのである。

 赤ちゃんを布オムツで育てている母親は、自分の赤ちゃんが便秘にならないのに、紙オムツで育てられている余所の赤ちゃんが便秘になる姿を見ている筈だ。布オムツか紙オムツかでそれほどの違いの差があるのである。それなら布ナプキンと紙ナプキンとの間にだって大きな差があるものなのである。女性の健康や家計のことを考えれば、常に布ナプキンに軍配が上がるものなのである。リッチなオシャレマダムになりたければ、ブランド品を身に付ける前に、布ナプキンを身に付けるようにすることだ。

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育児でのランニングコストを下げる

●文明以前の育児には一銭もお金がかからなかった

 育児は本来無料で行えるものである。「育児ってお金がかかるな~」と思っている母親たちはこの真実に目覚めていないからであって、だからこそ人に言われるまま高コスト体質の育児を行ってしまうのである。病院で出産すれば、「母乳」ではなく「ミルク」、「布オムツ」ではなく「紙オムツ」を勧められるものだ。そうやって最初の段階で高コスト体質が身についてしまうと、後も延々と高コスト体質の育児を繰り返してしまうのだ。、 

 育児にお金がかかるようになったのは文明誕生以後である。文明以前にはお金などないから、育児にお金をかけようがないのだ。赤ちゃんは誕生しても3日分のエネルギーを持って生まれて来るし。母親もその間に乳房が膨らみ、母乳が出るようになるのだ。後はその母乳を与え続けて行けばいいのだ。お金など一銭もかからないのだ。

 とlころが文明が発達してくると、育児でひと儲けしようと企む連中が出て来る。「母乳はダイオキシンが含まれている」と脅してミルクを売りつけ、「布オムツは面倒臭いでしょう」と言って紙オムツを売りつける企業が出て来るのだ。ここで巧くお金を引き出すことに成功すれば、その母親は育児のために幾らでもお金を出すようになるから、企業としていいカモを見つけたようなものなのだ。

 子供を育てるのにお金がかかり過ぎると思っている夫婦はまず育児のコストを見直すべきなのである。赤ちゃんがいる時は、母親は働けないものだ。それなのに高コスト体質の育児をやっていては、、家計が火の車になるのは当たり前なのだ。自分たち夫婦が非合理的な育児をやっているからこそ、育児にお金がかかり過ぎてしまうのである。

 育児を知れば知るほど、育児は単純明解に出来ている。下手にお金をかけては赤ちゃんの成長を阻害するだけなのである。赤ちゃんはゆっくりと成長するが確実に成長して来る。お金を幾らかけてもそのスピードに変わりはないのだ。赤ちゃんを中心に考えて行けば、非常に低コストで育児を行えるものなのである。そしてその育児法こそが最善の育児たりえるのである。

●不要品の筆頭:「ミルク」と「紙オムツ」

①ミルク

 育児の中でも不要品の筆頭は「ミルク」である。女性は赤ちゃんを産めば母乳が出るようになっているのであって、心配せずに初乳が出るまで待っているべきなのである。出産後、行き成り赤ちゃんにミルクを与えてしまうと、母親の母乳は膨らまず、母乳が出なくなってしまうのだ。赤ちゃんの方も出産直後は「胎便」を排出するために、何も飲まない方が胎便を出し易いのだ。

 母乳は少なくても大丈夫なものなのである。母乳には赤ちゃんの成長のために充分な栄養素が入っているのであって、量の多い少ないは余り関係ないのである。せいぜい良質の母乳が出るように、豆類や野菜や果物をしっかりと食べておけばいいのである。母乳の量が少ないからといって、ミルクを足してしまうと、乳房は凋んでしまい、母乳が出なくなってしまうのだ。

 母親としては赤ちゃんが母乳を飲んでくれる度に、乳房が刺激され、子宮が刺激され続けるのだ。そのために乳癌や子宮癌に罹る確率が一気に下がり始めるのだ。しかも子宮からは母性ホルモンが出まくるようになるので、母親らしい体になれるし、母親らしい心を持つことができるようになるのだ。

 因みに言っておくが、母乳は幾ら飲んでも無料である。

②紙オムツ

 赤ちゃんにとっては排泄の度に母親からオムツ交換を受けた方がいいのだ。小便だろうが大便であろうが、出し終わった後には股間を奇麗にして貰わないと、赤ちゃんにとっては非常に危険なのだ。赤ちゃんは満2歳まで自分で抗体を作り出すことができないので、紙オムツのようにオムツの交換の頻度が少なくなってしまうと病気に罹り易くなってしまうのだ。、

 しかも紙オムツのようにオムツの交換頻度が少なくなると、母親に接する機会が少なくなってしまうので、赤ちゃんは脳を巧く発達させることができないのだ。紙オムツで育った赤ちゃんほど知能が低くなるのはこのためなのである。確かに布オムツは面倒臭いものだが、母親がその手間暇を惜しまなければ、赤ちゃんの頭を良くすることができるようになるのだ。

 布オムツは最初買い揃えてしまえば、後はそれを使い続ければいい。初期投資でオムツ代が済んでしまうので非常に安上がりなのである。更には布オムツの方がオムツの卒業時期が早いために、結果的に母親の作業を削減することが可能になるのだ。紙オムツではオムツの卒業に遅れるし、しかもオムツを卒業してもお漏らしを何度も繰り返すので、結局、手間がかかるようになるのである。、

●使ってみると不要品であることが暴露される物

 赤ちゃんを産む前は「これは必要かな~」と思っても、実際に育児をしてみると、不要品であることが明らかになる物が多々存在する。

①ベビーベッド

 ベビーベッドが不要品であることが解るのは、赤ちゃんが夜泣きした時である。母親と離れているので、泣いている赤ちゃんの所に行くまでが面倒だし、ベビーベッドの柵のために赤ちゃんを持ち上げる格好が不自然になって、母親の腰を痛めてしまうのだ。高齢出産した場合などは、丁度、ぎっくり腰を起こし易い時期と重なっているので、非常に危険なのである。

 赤ちゃんが大きくなると、赤ちゃんはベビーベッドから抜け出そうとする仕草をし始めるものだ。赤ちゃんとしてはベビーベッドの柵が非常に邪魔なのであって、それよりも母親の所に行きたいのである。赤ちゃんのこの意思表示を無視していると、赤ちゃんは感情を喪失してしまい、サイレントベビーになってしまうので、非常に危険なのである。

 赤ちゃんがいる場合、母親の布団の横に布団を敷いて、母親がいつでも側にいるようにすればいいのである。こうすれば夜泣きになってもすぐに対応できるし、赤ちゃんは母乳が欲しくなれば、母親の乳房を勝手に探して吸ってくれるようになるのだ。どの哺乳動物も母親の横に赤ちゃんがいるものなのであって、人間だけが違うことをやっていれば、赤ちゃんに異常が出て来るのは当たり前のことなのである。

②ベビーバス

 恐らくきちんと育児をしたことがない人が考え出したのがベビーバスである。赤ちゃんというのは、体温が高いためにお風呂に入る必要性はないのだ。赤ちゃんがやって欲しいのは水浴びなのであって、水で体を洗い流してくれればいいのだ。お風呂に入浴することが必要になるのはもっと後のことなので、ベビーバスなど絶対に必要ないのだ。

 赤ちゃんが寝た切りの時は、母子が一緒にお風呂に入るのではなく、赤ちゃんだけをお湯で洗ってあげればいいのである。ここで必要になるのは「タライ」であろう。タライが家にあると、赤ちゃんの入浴に使えるし、布オムツの漬け置きにも使えるし、結構、便利なのである。

③歩行器

 歩行器はハイハイする赤ちゃんを罪悪視するキリスト教から生まれて来たものである。キリスト教のように赤ちゃんを小さな大人と看做すのは非常に危険なのである。赤ちゃんに歩行器をつけさせれば、どの赤ちゃんだって嫌がるものだ。赤ちゃんは人間として駄目だからハイハイをしているのではなく、自分にとって必要だからこそハイハイしているのだ。

 ハイハイの期間、赤ちゃんはハイハイをすることで筋肉を鍛えて行くことになる。そのためハイハイを充分にした赤ちゃんはしっかりと筋肉がついて、二足歩行もきちんと行えるようになるのだ。大体、ハイハイをしている時は、赤ちゃんは非常に可愛いのであって、母親は赤ちゃんのハイハイを楽しんでいればいいのである。無理矢理に二足歩行させる必要性はないのだ。

 「ミルク」「紙オムツ」「ベビーベッド」「ベビーバス」「歩行器」のどれをとってもそれを生み出したのはアメリカ合衆国である。アメリカ合衆国から遣って来た物は全部不要品ばかりなのである。正しい育児は長い歴史を積み重ねた国でないと生まれ出て来ないものなのであって、日本のように長い歴史のある国が歴史の浅い国の育児を学ぶべきではないのだ。それよりも日本独自の育児法を貫いてしまった方が、赤ちゃんを健康に育てて行くことが可能になるのである。

●離乳食の開始時期を遅くする

 赤ちゃんといえども離乳食を食べ始めるようになれば当然に食費がかかるようになる。赤ちゃんは小さいから食事の量も少ないが、食事を食べていることは確かなのであって、それを積み重ねれば結構な金額になるものなのである。だから離乳食の開始時期が遅ければ、それだけ食費がかからないのである。

 まず政府が推奨しているような生後6ヵ月からの離乳食の開始は絶対にやめることだ。その時期はそもそも歯が生えていないのであって、赤ちゃんは離乳食をきちんと噛むことができないのだ。赤ちゃんの歯が生え揃うのは満2歳の時なのであって、実は離乳食の開始時期はその時点なのである。

 満2歳まで母乳を飲んでくれれば、赤ちゃんの食費は一切無料なのである。家計は非常に助かるのである。しかも歯が生え揃った時から離乳食を与えると、赤ちゃんはしっかりと離乳食を食べてくれるようになるのだ。生後6ヵ月という早い時期から離乳食を与えてしまうからこそ、赤ちゃんは離乳食を食べてくれず、離乳食をオモチャにして遊んでしまうのである。

 更には離乳食の開始時期が遅れたことで、赤ちゃんはアトピー性皮膚炎に罹ることがなくなるのだ。アトピー性皮膚炎は赤ちゃんの内臓が未成熟の段階で離乳食を与えてしまうからこそ、食べ物の抗体が内臓を素通りしてしまい、それがために異常な抗原抗体反応を示してしまい、皮膚が爛れて行く病気なのである。

 正しい育児をしていると、育児にかかる費用というのは本当に少ないものなのである。間違った育児をしているから、育児にかかる費用が跳ね上がって行くのである。結果的に見れば、低コストで育児をしている方が赤ちゃんは健康に育って来るものだ。高コストで育児をして、赤ちゃんが病気になってしまったら、まさに本末転倒なのである。赤ちゃんは母親にお金をせっつくことは一度もないということに一刻も早く気付くべきなのである。それが解れば最善の育児法が見つかるものだし、家計だって潤って行くことになるのだ。

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運命学から見た市川海老蔵暴行事件

●六本木は田舎なのである

 俺はいつかこういう事件が起こると思っていた。

 芸能人が六本木で遊んでいるという話を聞く度に、「どうしてあんなダサイ所で!」と俺は思っていた。横浜生まれの横浜育ちの俺にとっては六本木が繁盛しているとはどうしても思えなかったのだ。歌にまで歌われた六本木というのは本当に簡素な街なのである。だから今回、市川海老蔵が暴行事件で重傷を負ったという話を聞いて、その重症の度合いもさることながら、六本木で事件が起こったことにこそ注目していた。

 実を言うと俺は六本木のすぐ近くの「麻布十番」という所に住んでいたことがある。自分が住んでいたので贔屓する訳ではないが、麻布十番は本当に住み易い所で、麻布十番なら他人にお勧めできるお店が沢山あるのだ。例えば「五臓六腑」という焼肉店なんかは、店内がお洒落だし、料理も非常に美味しいのだ。志村けんもこのお店を称賛していたので、やはり遊び慣れているタレントは六本木ではなく麻布十番で遊ぶものだということが解った。これは六本木や麻布十番に行けば解ることなのだ。

 俺は暴走族がしゃしゃり出て来る所は基本的に田舎だと思っている。なんせ暴走族の数が世界で一番多い都市である横浜で育ったので、そのことははっきりと言えるのだ。理由は簡単で、その都市が繁栄していれば、不良少年であってもわざわざ暴走族になることがなくなるからだ。都市には様々な職業を成立させるので、たとえ馬鹿であっても働き口があるし、不良少年であっても受け入れてくれる所が沢山あるからだ。横浜は戦後復興が遅れたために暴走族が多いということになってしまったが、東京のように戦後復興が一番早く成し遂げられた都市なら暴走族は減って行って当然なのである。それなのに暴走族が闊歩して歩き、しかも歌舞伎界のスターと対等に飲んでいるのだから、この光景を見ただけで「六本木は田舎なんだよ」と言えるのだ。

 都市が発展して行くためには3つの違った人々を必要とする。まずは「政治家」だ。政治家が都市の枠組みを定めて、特に防衛や防災に関して徹底して整備してくれないと、都市の基本が出来上がらないからだ。次に「宗教家」だ。日本の都市は基本的に門前町なので、神社仏閣を中心に都市が形成されることになるのだ。最後に「起業家」たちだ。起業家たちがいればその地域に新たな産業が起こって来ることぐらい解る筈だ。

 だから六本木のように起業家たちを集めれば都市が繁栄する訳ではないのだ。寧ろその繁栄の仕方は非常に危険なのである。政治や宗教というものがないとどうしても都市は健全な形で発展して行くことがないのだ。それゆえ嘗て堀江貴文の事件が起こったし、今回は市川海老蔵の事件だ。いずれ将来、この手のヘンテコな事件が幾らでも起こって来ることであろう。

●市川海老蔵の運勢

 今回の市川海老蔵暴行事件では、裁判が始まっていないので、この暴行事件の詳細はまだまだ闇の中である。そこで法律的にこの暴行事件を見るのではなく、運命学からjこの暴行事件を分析してみたい。結論から言うと今回の暴行事件は起こるべくして起こったといえるのだ。

 まず「市川海老蔵」という名前である。歌舞伎役者の芸名であるがゆえに、非常に名前がいいのである。特に音相が抜群に良く、「海老蔵」という名前は、「エレガントさがあり、芸に瞬発力があり、最後の押しの一手を外すことがない」という意味を有する名前だ。この芸名を使えば若くして歌舞伎が巧くなるし、人気が出て来るのも当然なのである。

 次に字画。

 市 川 海 老 蔵

 地格 30画

 人格 12画

 総格 38画

 地画が30画ということは、歌舞伎役者のように次から次へと新たな歌舞伎をしなければならない者にとっては好都合の名前である。歌舞伎の興行を成功してはゼロに戻るということを繰り返して行くと、自然と歌舞伎が巧くなって行くのだ。しかし今回のように精神的に奢った状態になると、とんでもない事件に巻き込まれてしまうのだ。

 人格が12画というのは、他人に何か話すと時、何か含みを持って話すことになるのだ。そのため女性はこの話し方をされるとメロメロになってしまうのだ。「この人には何か隠されている所がある!」と思ってしまうのだ。しかし男同士でこの話し方をされると、「男らしくない!」と言われてしまいかねない話し方なので、それが喧嘩の引き金になってしまうのである。

 トドメが総格の38画である。38画は芸能関係で大いに繁栄して行く画数なので、この画数を持っている限り、歌舞伎界のトップに躍り出ることはほぼ間違いない筈だ。今回の事件でも歌舞伎役者たちからはなんの批判の声も上がらず、それどころか「あの男は将来、歌舞伎界をしょって立つ男だ」ということが言われていたが、歌舞伎役者なら市川海老蔵の凄さが痛いほど解るのであろう。

●小林麻央の運勢

 これに対して妻である小林麻央の音相は、「母性がありながら、男性並みの行動力と頑固さを持つ」という名前である。今回の暴行事件でもすぐさま警察に通報したし、市川海老蔵に「人間としての修行が足りない」という諫言を呈したのは、母性がなくてはできないし、男性並みの頑固さがないとできないのだ。

 次に字画だ。現在では結婚して「小林麻央」ではなく、堀越麻央になっているのだ。

 堀 越 麻 央

 地格 16画

 人格 24画

 総格 40画

 地格が16画では基本的に男性に尽くすタイプである。16画の持ち主の意見は、言っていることは一応筋が通っているのだが、そのままではその意見を採用できないという難点がある。だからこそ男性を必要とし、男性がその意見を実行してくれることで、自分の足らざる所を補うのだ。土屋アンナの地格が6画なので、あの女のことを思い出せば、なんとなく解ることができるであろう。

 まだ結婚して日が浅いので、人格が完全に作動してこないが、人格が24画なら海老蔵の含みある喋り方をきちんと受け止めることができる。24画になると口が達者になるので、海老蔵の足らざる部分まで言葉を補ってくれるのだ。但しその代償として、夫婦関係が妻にリードされてしまうことになるのだ。

 総格が40画というのは非常に危険な画数である。劇的な幸運を呼び込むと同時に、悲劇的な不幸をも呼び込んでしまうからだ。今回のように結婚という目出度いことがあったのに、結婚したその年に暴行事件を受けてしまい、新婚生活が台無しになってしまうのだ。40画なら幸福になりすぎないという配慮が必要なのである。

 因みに市川海老蔵の本名は「堀越孝俊」である。なんと地格は16画で、妻の麻央と同じ画数である。惹かれあってしまったのも無理はない。同じ画数の場合、地格の運勢が同じなので同じ波長になってしまい、それで仲良くなってしまうのだ。ということは総格も40画なので、この結婚は非常に危ういということになる。

●離婚という時限爆弾

 実を言うと、この夫婦、姓名判断上は離婚という時限爆弾を抱えていると見ていい。夫婦が総格の40画同士では、余程気をつけないと結婚を維持することはできない。出来ることなら来年までに子供を産んでしまい、とにかく家庭内に不完全を作り出すようにすることだ。赤ちゃんがいれば滅茶苦茶なことをやってくれるので、40画の魔力を押さえ込むことが可能になるのだ。

 しかも妻の小林麻央の方が天中殺のド真ん中で結婚を決めたという事実がある。市川海老蔵の方は天中殺ではないのが、妻が天中殺で結婚した場合、夫が悲惨な目に遭うというのが運命学の鉄則なのだ。運命というのは男女平等には出来ていない。しかし夫の方は暴行事件に遭うことで自分のカルマを大いに解消してしまったために、いつの日にか大幸運を得ることができるようになるのだ。その一方、妻の方は自分の天中殺を夫が身代りになってくれたことで、自分の持っているカルマが解消できていないために、そのカルマをいつの日にか清算しなければならない。

 小林麻央の方は来年天中殺が明けるし、市川海老蔵の方は再来年から天中殺に入るので、出来れば来年の内に赤ちゃんを産んでおいて、離婚を回避する方向に持って行った方がいい。赤ちゃんを産まないでこの結婚を維持できるということは絶対にないのだ。

 それと夫婦別姓は絶対にやめた方がいい。法律的には「堀越麻央」になっているのだが、この名前だと誰もピンと来ないので、「麻央夫人」と呼ぶべきだろう。小林麻央本人は小林麻央とはもう名乗っていないので、そこいら辺りをマスコミはきちんと汲んであげるべきであろう。夫婦別姓にしてしまうと、どうしても夫婦仲が深まらないので、離婚に至ってしまうのである。

 天中殺は本当に恐ろしいものだ。結婚する時は是非とも算命術でも学んで、天中殺でない時期に結婚するべきなのである。「占いは科学的ではないから信用しない」といっていると、悲惨な目に遭うのは自分たち夫婦になってしまうのだ。この世は目に見える物だけが全てではないから、目に見えない物があることに気付いた者だけが、幸福な人生を歩み続けることができるようになるのである。

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「妊娠バブル」「出産バブル」「育児バブル」を楽しむ

●家計を豊かにさせる「妊娠バブル」に「出産バブル」に「育児バブル」

 女性は1度でも妊娠しようものなら、もう後には戻れない。妊娠によって心身が大いに変化してしまうからだ。新婚生活を営んでいる中、「初めての妊娠」「初めての出産」「初めての育児」となれば、もう心身はウキウキ状態になってしまうのである。実はこれらが家計に劇的な変化をもたらすのである。

 人間は変化のない生活を営んでいては所得が増えて行くということはない。既存の消費と投資を満たすだけであるなら、所得を増やす必要性が全くないからだ。しかし妊娠によって新たな消費や新たな投資が必要となってくるのであるならば、所得を大いに増やして行かなければならない必要性に迫られてしまうのである。しかもこれが徐々に遣って来るのではなく、行き成りドカ~ンと遣って来るほど、その必要性は急を要するものになるのである。

 これが「加速度原理」なのである。妊娠によってドカ~ンと衝撃が走ると、所得もドカ~ンと増えて来る。出産によってドカ~ンと衝撃が走ると、所得もドカ~ンと増えて来る。育児によってドカ~ンと衝撃が走ると、所得もドカ~ンと増えて来る。既婚女性は「妊娠バブル」「出産バブル」「育児バブル」に見舞われる度に所得が増えて行くことになるのだ。

 妊娠は何度しても楽しいものだ。まず生理がない。次にお腹の中で赤ちゃんが順調に育っているという幸福感がある。更に自分が妊婦であることで、夫は異様に優しくなるものだ。出産は工夫次第で幾らでも楽しくなる。病院で機械的な出産をするからこそ出産が苦痛なのであって、助産院で自然な形で出産してしまえば出産は非常に楽しいものになってしまうのだ。

 育児には大変なことはあるけど、育児は何度しても楽しいものだ。赤ちゃんは母乳を飲んでくれるために、母親の余分なエネルギーを吸い取ってくれるので、母親の体は健康そのものになる。しかも赤ちゃんは母性ホルモンを刺激する香りを放って来るために、この香りを嗅ぐと母親は幸福感に満ちた状態になってしまうのだ。

●バブルでの消費は無駄ではない

 何度か出産を経験したことのある既婚女性なら、妊娠中に妊娠バブルになってしまい、育児グッズを買い漁ったのは無駄ではないかと思ってしまいがちだ。出産に関しても自然な形で出産すれば簡単に出産できるのに、なんで出産に関することを勉強しまらねばならなかったのかと思ってしまいがちだ。育児に関しても育児バブルになってしまい、様々な育児グッズを買い漁ってしまったことは無駄ではないかと思ってしまいがちだ。

 しかしバブルに於ける消費は決して無駄ではないのだ。「妊娠バブル」「出産バブル」「育児バブル」を経験した既婚女性ほど、その後の家計は非常に潤うようになっているのだ。バブルを経験することで無駄な物を購入することがなくなり、必要な物だけを買うようになり、当然に貯金が雪達磨式で貯まって行くことになるのである。

 「妊娠バブル」「出産バブル」「育児バブル」は母親に成るための異常な消費であり、母親として成長するための異常な消費なのである。事実、バブルは最初の妊娠や出産や育児に於いてだけ起こるのではなく、その後の妊娠や出産や育児でもバブルは起きるのである。そのバブルが起きる度に母親として成長して行ってしまうのである。

 事実、妊娠や出産や育児でお金を大量に出費した既婚女性ほど、その後、その夫婦の所得は急増しているのだ。実際は夫がその出費を賄うために必死になって働いて所得金額を上げたということなのであるが、とにかくバブルに見舞われたことで出費すれば出費するほど家計は豊かに成って行くものなのである。

 恐らく女性が「妊娠バブル」「出産バブル」「育児バブル」を経験しなければ、女性はいつまで経っても未熟な消費しかできないものだ。消費に目的合理性がないために、いつも家計は火の車で自分の無駄遣いを埋めるために仕事をするという馬鹿げた人生を送ってしまうようになるのだ。女性が未熟な消費を終わらせるためにはバブルという現象がどうしてもひつようなのである。

●夫を恐怖にさせる妻の「マテニティーモード」

 初めての妊娠なら、妊婦は既に赤ちゃんが生まれたと思い込み、育児グッズを買いまくるものだ。マタニティードレスにしても高価な物を買い漁ってしまうものだ。妊婦はマタニティードレスを着て、育児グッズを手に持ちながら、うっとりするという異常な光景を展開することになるのだ。夫が仕事から帰宅して、この姿を見れば恐怖に陥ることであろう。

 妻は一体何をやっているのかといえば、マタニティーモードになることで、「母性ホルモン」を放出中なのである。妊娠中であるために、自分の体を妊娠に最も適した体に変えて行けば、お腹の赤ちゃんは順調に育ち、目出度く安産で赤ちゃんを出産することができるのである。だからこそこのマタニティーモードは必要なのである。

 出産に関しては女性にとって最大級の一大イベントにならざるを得ない。出産のことをあれこれ勉強し、経産婦から出産のことを聞きまくり、食事には拘り、せっせと体を鍛えまくるようになるのだ。この手のことをしておかないと、難産になるし、下手をすれば入院になってしまうのである。

 赤ちゃんが生まれれば、赤ちゃんの体臭が母性ホルモンを刺激しまくるから、母親は赤ちゃんを育てることに最大級の快感を覚えてしまうのである。赤ちゃんを産んで最初の3ヵ月間は赤ちゃんに付きっきりで体はフラフラなのに、それでも育児をしていることに最大級の満足感を覚えてしまうのである。

 そう女性は妊娠や出産や育児をすることで脳が「快感状態」になってしまうのである。だから妊娠することが楽しいし、出産することも楽しいし、育児をすることも楽しくなってしまうのだ。自分の人生が楽しくなっているのだから、下手に自分のために物欲が発生しなくなるのである。確かに妊娠バブルや出産バブルに育児バブルのために出費は出ている。しかしそれらは赤ちゃんのために出費をしているのであって、自分のために消費をしているのではないのだ。

●目的合理性を可能にするためには非合理的な現象が必要なのである

 正常な女性なら出産を契機に「生命の神秘がなんたらかんたら」と言い出すものだ。出産jによって新たな生命が誕生し、自分の体内では脳が興奮状態にあるために、「生命の神秘」という言葉を用いて、その不可思議な現象を言い表そうとしているのだ。しかし神秘であるために論理的説明になっておらず、夫は妻の言葉を聞き流すことで、妻が冷静になるように導くものだ。

 しかし「生命の神秘」がどうのこうの言い出す母親に限って、家事や育児を目的合理性を以て進めて行くことができるようになるのである。自分自身が出産を通じて神秘体験をしてしまったために、現実の世界では神秘を求めず、家事や育児を目的合理化して行くという態度を取り続けてしまうようになるのだ。

 実を言えば、家計に於いて目的合理性を実現するためには、目的合理性と相反するような非合理的現象が必要なのである。非合理的な現象を経験したからこそ、家計に於いて非合理的な態度を取らなくなり、目的合理性だけを追求して行くようになるのだ。だから出産で何度も「生命の神秘」を体験すればするほど、家計の目的合理性はより強烈になり、家計が潤って行くことになるのだ。

 合理主義と神秘主義は表裏一体なのでありい。神秘主義を否定する合理主義は有り得ないし、合理主義を否定する神秘主義も有り得ないのだ。もしも合理主義だけを採用していてはいずれその合理主義が破綻して行くことになるし、神秘主義だけを採用していてはいずれその神秘主義が破綻することになるのだ。

 丁度、「科学至上主義者」に限って新たな科学的発見ができないものだし、スピリチュアルに拘る人に限って神秘的現象に出会えることがないのと同じように、科学だけが絶対に正しいと思い込んだり、スピリチャルだけが絶対に正しいと思い込むと、自分が目指す物を得ることができなくなってしまうのだ。

 赤ちゃんを産んだのに家計が苦しいとか、子供の教育費が高くて困っていると言い出す母親たちは家計がどうのこうのよりも、「生命の神秘」が足りないのである。出産によって「生命の神秘」を感じなかったために、どうしても家計に目的合理性を投入することができなくなってしまったのである。

 家計を目的合理性を以て運営して行くためには「生命の神秘」が必要なのであるなら、妊娠バブルは大いに結構だし、出産バブルも育児バブルも大いに結構なのである。そのバブルが激しければ激しいほど、「生命の神秘」も強烈に体験する訳だから、バブルが収まった後に家計を目的合理性を投入することが可能になり、家計が豊かに成って行くものなのである。

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子供の適正な数

●子供が1人や2人の時は育児にかかるコストが最も高くなる

 子供という存在こそが夫婦の所得に決定的な影響を及ぼすというのなら、子供の数には適正数が存在する筈である。夫婦の所得を最大化させる子供の数を持てば、その夫婦は無理をすることなく、その子供の数を産むだけで、所得を最大化させることができるのである。子供の存在が夫婦の所得に決定的な影響を及ぼすと解っているのに、子供の数が少なすぎても駄目だし、多過ぎても駄目なのである。

 まず幾ら子供が所得を生み出すといっても、一人目の赤ちゃんは最もコストが高くなるということなのである。当然、その母親は初めての育児になってしまうので、様々な育児グッズを購入しなければならなくなるし、その中には無駄な育児グッズも多数含まれるということになるのだ。

 2人目では今度は子供が2人存在するために育児をしながら、上の子と下の子の調整という厄介な作業をこなさなくてはならなくなり、これまた新たなコストを加算させることになるのだ。子供が1人や2人なら育児にかかるコストは最も高くなるものなのである。勿論、それに見合うだけの所得の増加は有り得るが、肝腎な育児に於いてコストダウンがなされていないのである。

 しかも子供が1人だと「三位一体の結界」が張られてしまい、親子3人で非常に安定してしまい、そのくせ活動的になってしまうのだ。どの夫婦も初めての赤ちゃんがいる時は、異常な幸福を感じてしまうのは、この「三位一体の結界」の中にいるからなのである。そのため育児に関してコストダウンをしようなどとは思わず、育児に関してどんどん出費して行こうということになってしまうのだ。

 子供が2人になると今度は「四の結界」が張られ、「四の結界」は「死の結界」として作動することになるのだ。家族構成が4人になると、家族は家族として急速に結束してしまうようになり、家族としての体裁が整って行くのだ。しかしこの「死の結界」が張られると、身内の者が死んだり、子供が病気になったり、登校拒否になったりしてしまうのである。家族として結束することは必要だが、家族として結束し過ぎる余りに、外に出て行くエネルギーを封殺してしまい、それが家族内で問題を発生させて来ることになるのだ。

●子供が3人できると育児のコストが下がり始める

 母親と言うのは、子供が1人なら母親として「初心者」であり、子供が2人なら母親として「未熟者」なのである。ところが3人目の子供を産むと、育児が一気に簡単になってしまい、母親として「一人前」になってしまうのである。3人目の赤ちゃんを産み育てて行くと、母親の肩の力が抜け、育児に関して非合理的な行動を一切取らなくなり始めるのだ。

 これは子供を3人産んだ母親たちが経験する不思議な現象なのである。この不思議な現象が起きないからこそ、「育児は大変だ~」と騒ぎ始めるのである。育児が大変なのは子供を1人や2人しか生まないからなのであって、子供が3人以上できると、途端に育児が簡単になってしまうものなのである。

 しかも家族構成が5人になると、育児のコストが下がり始めるのだ。既に子供を2人も育てているので、育児グッズはかなり存在しているし、育児に於いて経験を積んだので、無駄なことをしなくなり、生産性の高いことだけをし出すようになるのだ。子供が1人や2人の時は家計が苦しいが、子供が3人できると家計が楽に成り始めるのは、育児に関してコストダウンが自然となされたからなのである。

 更に五人家族になるとその家族に「所得や資産の吸引力が出始めて来る」のである。子供が1人や2人の時でも所得が上昇することはしたが、子供が3人になると所得が急上昇して行くのだ。夫の方に父親としての自覚が出始め、父親としての責任感を感じるようになり、それを職場できちんと果たそうとして来るのだ。そのために所得が急上昇して来るのである。

 しかもこの時期、可処分所得を資産に振り向けるという考えも出て来るようになる。五人家族の段階で自分が死んでしまえば残された妻子は生活が立ち行かなくなってしまうので、資産を形成することで、しっかりとした資産収入を確保しようとし出し、それが資産の増大に繋がって行くのである。

●3年周期で9回可能

 では女性は肉体的に安全な形で最大何人赤ちゃんを産めるのだろうか? 女性の恋愛ホルモンの周期は3年であるということが解っている。妊娠のために1年間と育児のために2年間となるので、恋愛ホルモンは3年周期で動くことで、赤ちゃんを産み育てて行くのである。因みに恋多き女性というのは、恋愛ホルモンを悪用しているだけなのであって、恋愛ホルモンは本来赤ちゃんを産み育てて行くために使われるものなのである。

 女性の肉体は19歳が成長のピークである。それから3年周期で赤ちゃんを産み育てて行くと、9人目の赤ちゃんで27年間になり、年齢的には丁度46歳になっている。この46歳こそ女性ホルモンの分泌が低下して来る時期なのであって、ここいら辺りが健康な赤ちゃんを産める限界点であろう。

 ということは女性は最大で9人の赤ちゃんを産み育てて行くことが可能なのであって。家族構成は夫婦2人に子供が9人で家族が11人編成になる。11人編成こそ人間が直接に統率して行くことのできる限界点であって、これ以上越えてしまうと、夫婦は子供のたちのことをきちんと管理できなくなるのだ。

 しかも母親がこれほど長期間に亘って妊娠や育児を繰り返すと、母と娘が同時進行で妊娠と育児を行うという現象に出くわすことになる。人間は他の哺乳動物と違って、誰かに教えられなければ、妊娠や出産や育児がままならない不思議な哺乳動物なのではあるが、これは人間は本来、母親が子供を多く産み続けることで、娘と同時進行で妊娠や出産や育児を行うようにできているのであって、それなのに母親が産む子供の数が少ないからこそ、その現象が起こらなくなり、結果として娘たちが妊娠や出産や育児で苦労してしまうのである。

 医学的には女性は閉経するまで妊娠することは可能なのであるが、女性ホルモンの分泌が低下し始めると、ダウン症を始めとして身体障害者の赤ちゃんを産んでしまう危険性が増加してくることになる。女性というのはどうやら40代後半で人生の最大の曲がり角を迎えるようになるのであって、この時期の身の振り方をきちんとすることこそが、自分の幸せな人生を確固たるものにさせることができるようになるのである。

●子供が10人を超えれば「貧乏の子沢山」

 女性は本来最大で9人の赤ちゃんを産むことができるようになっているのであって、子供が10人以上になると女性の体は必要以上に栄養素が取られてしまい、寿命を縮めることになる。しかも子供が10人以上では、家計はどうやっても苦しくなる。確かに子供が10人以上いることで消費は豊かだが、消費にお金を回し過ぎる余りに投資に回せなくなってしまうのだ。

 俗に「貧乏の子沢山」というが、その子沢山というのは10人以上子供がいることを指すのである。テレビとかで「大家族の特集」をやることがあるが、どのテレビ局がやっても子供の数が10人を超えている家族ばかりなのであり、その夫婦は資産というものを全く溜め込んでいないのである。というか子供が多過ぎる余りに資産を形成することができないのだ。

 ただ貧乏の子沢山になるのが悪いのではなく、世の中には赤ちゃんを大量に産むことが自分の人生の使命だと思っている母親も存在しているのである。そういう母親は貧乏などに凹たれることなく、赤ちゃんをどんどん生み出して行ってしまうのである。その人生はその人生なりに素晴らしいと思うべきであって、それを否定すべきものではないのだ。

 人間は少子化になるようにできていないが、子沢山になるようにもできていない。母親として一人前になるのは3人目からであり、女性が肉体上健康な形で産める限界が9人なので、「3人から9人」というのが夫婦が産むべき赤ちゃんの適正数と見ていい。その中間を取って「6人」の子供がいることこそが最善の数であり、6人の子供を持つとその夫婦は所得を最大化させることができることになるのである。

 子供が1人や2人では育児にかかるコストが高いために、そこで打ち止めにしてしまう夫婦が非常に多いのだ。だから家計がいつまで経っても苦しいのである。子供の数が3人になれば育児にかかるコストが下がり始めるので、家計が一気に楽に成って行くものなのである。適正な子供の数こそ、家計を安定せしめるものなのであって、夫婦が産める適正数は「3人から9人」と解っていれば、その範囲内で赤ちゃんを産もうとするようになり、それによって所得も資産も急激に増えて行くことになるのである。

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子宝の意味

●なんで子宝なのか?

 日本では昔から子供ができると、「子宝」として尊び、これを喜んで来た。子宝というのは本当に意味深な言葉なのである。「子供ができること」がただ単に新たに人間が誕生するだけとは考えず、「財産が増えることに直結する」ということに気付いていたのである。昔の人々は現代の人々のように赤ちゃんが生まれればお金がかかるとは考えなかったのである。

 なぜ子供ができると財産が増えるのかというと、

 それは、「子供が生まれると新たな消費と投資を発生させるから」なのである。

 あなたは独身時代に「ベビー服」や「ベビーカー」を買ったことがあるだろうか? 漫画本は買ったことがあるだろうけど、子供に読み聞かすための「絵本」を買ったことがあるだろうか? 絶対にない筈だ。夫婦というのは子供ができることで、新たな消費や投資が生まれて、それを満たすべく働き、その結果、所得が増えて行くのである。

 ところが多くの人々は所得中心主義に囚われていて、所得があるからこそ消費や投資ができるのではないかと思ってしまう。実はそうではないのである。家庭内に大きな消費や投資が存在するからこそ、所得も大きくなって行くのである。お金持ちたちほどより多く消費し投資してくるからこそ所得が増えるのであって、貧乏人は消費や投資が少ないからこそ所得も少なくなってしまうのである。

 子供に関してもアメリカ合衆国のサンガー夫人の産児制限の思想の影響を受けて、子供の数が少なければ、人々は豊かになれるという間違った幻想を抱き続けているのである。アメリカ合衆国の方ではもうとっくの昔にサンガー夫人の活躍など忘れ去られているのに、日本では未だに産児制限の思想が生き続け、「家族計画」という形で執拗に少子化が推進されているのである。

 日本が少子化になってどうなったかというと、「ワーキングプア」は大量に発生したし、企業の倒産は続出したし、長期不況に見舞われ、遂にはGDPに於いて中国に追い抜かれてしまったのである。産児制限をして国民が豊かになるどころか逆に貧乏になったのであり、これを見ても子供を産むことこそが実は経済的豊かさに直結するということが解るものだ。

●独身者の消費は時間の経過と共にワンパターン化する

 人間の消費行動には或る一定の法則の下で動いている。それは「社会人になってからの最初の3年間でその後の消費のパターンが殆ど決まってしまう」ということだ。例えば普通の人々なら就職してからの最初の3年間で外食に行ったり、服を買ったり、旅行に行ったりする筈だ。その後は最初の3年で出尽くした消費の仕方を延々と繰り返すだけの人生を送ることになるのである。

 独身者の消費は時間の経過と共にワンパターン化するものなのであって、そのために消費がなかなか増えて行かないのだ。多少、外食にグルメ化がかかり、服飾に関してはブランド品化し、自動車が高級車化する程度でしかないのだ。如何なる独身者といえども、就職して10年経てば、殆ど同じ消費しかしなくなるのであって、それが所得の増加に対して最大のプレーキになってしまうのである。

 通常、頭の良い女性なら独身者のマンネリ化した消費に対して気付いてしまい、結婚をすることでこの消費の制限を取っ払おうとする。大卒の女性であっても20代後半になると結婚し始める女性たちが続出して来るのでは、もうこれ以上独身を続けても、同じ消費パターンを繰り返すだけであって、それほど豊かになることはできないと直感で気付いてしまうのである。

 たとえ結婚したとしても子供がいなければ同じことだ。さすがに新婚生活では消費に変化が起こるが、それも3年すぎればワンパターン化し、消費に制限がかかり、所得が増えて行かないのだ。DINKSでは消費に変化が起こらないために、子供がいないからさぞかしお金があるだろうと思っても、それほどお金を持っていないのだ。

 DINKSの夫婦も結婚当初は「子供なんていらない」と言っていたのに、所得が増えて行かないという事実に直面してしまうと、途端に発言を翻して子供を作ることに躍起に成り始めるのだ。まさか金食い虫である筈の子供が、実は両親の所得を増大させることに貢献していたということなんて、子供がいない結婚生活をしてみて初めて理解することができたのである。

●子供がいると消費や投資が多彩なものになって行く

 子供を産み育てればお金がかかるものである。ところがお金がかかればかかるほど、その両親は所得を増大させるという結果を引き起こしてしまうのである。解り易い例を挙げるなら、先進国と発展途上国の違いである。先進国はどの国も教育に関しては物凄いお金をかけている。それに対して発展途上国は教育にお金をかけていない。だから幾ら先進国が発展途上国に資金援助をしても、発展途上国はいつまで経っても豊かにならないのである。自国を先進国にしたければ、親たちが教育にたっぷりとお金をかけて子供を育てるべきなのである。

 実際の結婚生活では、既婚女性は赤ちゃんがいるなら働けなくなる。しかも赤ちゃんのために育児グッズが必要となる。要は収入のダウンと、支出の増加のダブルパンチを食らう訳だ。しかしこの時期に夫の給料は上昇し始めるという不思議な現象を引き起こして来るのである。夫は赤ちゃんが生まれたことで、妻子を養わねばならないという強烈な責任感を持ち始め、それが仕事を一生懸命にやるようになり、その働きが給料の増加に直結して来ることになるのである。

 幼稚園や学校に通わせれば、当然に学費がかかるものだ。しかもこの時期に限ってお稽古事をし始め、更に月謝がかかってくるものだ。その上、育ち盛りなので、飯を大量に食うは、洋服や靴は次から次へと買い変えねばならなず、その度に出費が嵩むことになるのだ。それで夫婦の所得はどうなったかというと、この時期こそ所得は常に上昇をし続けることになるのだ。

 我が子が大学に進学しようものなら、目ん玉が飛び出るほどの学費を請求されるものなのである。しかも大学に通わせたことで、肉体的には既に一人前になっているのに社会に出て働かないので、その生活費を親が負担することになるのである。では親の所得がどうなったかというと、まさにこの時期こそ親の所得がピークに達するのである。

 毎年、子供を大学に進学させると、これだけの金額がかかると脅しのような情報が流れるものだ。確かにその費用を聞かされれば、その高額な費用に驚いてしまう。しかし自分の子供を大学に通わせている夫婦は、子供を高卒で終わらせる夫婦よりも遥かに高所得を得ているものなのである。親が高所得だから大学に進学できたのではなく、親が子供を大学に進学させると決意したからこそ、その消費を満たすべく必死になって働いて、その学費と生活費を調達したのである。それが結果的に高所得になってしまっただけのことなのである。

●子供の数こそが夫婦の所得に決定的な影響をもたらす

 結婚したのであるならば、子供の数こそが夫婦の所得に決定的な影響をもたらすということに一刻も早く気付くべきなのである。子供を産み育ててみれば、誰がどうやってもお金はかかるものだ。しかしそうやって育児にお金がかかるからこそ、夫婦は一生懸命に成り始め、所得が増えて行くことになるのだ。

 お金持ちというのは子供を多く産むものだ。お金持ちだからこそ子供を多く産んだのではなく、子供を多く産んだからこそお金持ちになったのである。「子宝」ということの意味をしっかりと解っていれば、子供を多く産んで、子供のために消費や投資が必要になれば、自然と新たな所得を発生させるという現象が起こるものなのである。

 もしも2つの夫婦が同じ所得であるならば、子供の数が少ない方が貧しい生活をし、子供の数が多い方が豊かな生活をしているものである。子供が多くいれば家庭内で協業と分業が働くようになるので、家族内で様々なことを行うことが可能になるのだ。家事や育児の負担も子供が増えれば増えるほど軽減し始め、楽チンになるものなのである。

 よく戦前生まれのお爺ちゃんやお婆ちゃんたちが「昔は貧しかったけど豊かだった」というのは、子供の数が多かったから言える言葉なのである。子供の数が多ければ、両親はその消費と投資を埋めるべく必死になって働くようになるから、自然と所得は増えて行くものなのである。人間は所得が上り調子に成っている時こそ幸せを感じるものなのであって、所得が現状維持だったり、下り調子になってしまえば、途端に不幸を感じるようになってしまうのである。

 幾ら生活が貧しいからといって、既婚女性が堕胎をするのは本当に馬鹿らしいことなのである。子供を多く産まないからこそ自分たち家族が貧乏になっていることに気付くべきなのである。今の生活ですら貧乏なのに、更に赤ちゃんが生まれれば余計に出費が嵩むものである。しかしそれだからこそ貧乏が悪化するのではなく、それだからこそ貧乏が底を打ち、所得が上昇し始めるのである。

 どんな人間でも結婚を境に所得が上昇し始めているものだし、赤ちゃんが生まれる度に所得がアップし続けているのである。まさに赤ちゃんは子宝なのであって、この子宝が多い方が豊かに成って行くものなのである。赤ちゃんの誕生によって生まれた新たな消費と投資こそが、夫婦の所得を増大させて行くものなのである。

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月に1度は主婦の休日

●主婦にだって勤続疲労は発生する

 「家事の分担」「育児の分担」の問題はその分担の比率自体が問題なのではなく、実は妻の方が家事や育児をし続けることで疲労が発生するので、その不平不満が夫に家事や育児を手伝って欲しいという要求へと昇華して来るのである。この疲労は単なる疲労ではなく、「勤続疲労」というものなのであって、長く家事や育児を続ければ続けるほど重たい勤続疲労が発生して来るのである。

 仕事で疲労した場合、その疲労を除去するためには休めばいい。しかし家事や育児ではそうは行かず、自分が疲れてていても家事や育児をこなさねばならず、そのために勤続疲労が発生してしまうのである。このため夫の方は「疲れたのなら休めばいいだろう?」と簡単に言ってのけてしまうのだが、その発言こそが妻の頭を「カチン!」とこさせてしまうのである。

 通常、この手の勤続疲労を除去させるためには、休日に家族全員でお出かけをするというのが一番手っ取り早い方法になる。妻としてはいつも家にいるので、休日くらい家から離れて遠出をしないと、息が詰まってしまうことになるのだ。休日を効果的に利用している夫婦なら、勤続疲労の問題は深刻にはならない筈だ。

 一方、絶対にやってはならないのは、休日を有効利用せず、夫が自分の疲労を除去するために使用してしまうことだ。例えば1日中、家でゴロゴロしてテレビを見ているとか、パチンコや競輪競馬に行くとかして、休日なのになんの家族サービスもしないと、妻は勤続疲労を溜め込むだけではなく、怒りまで蓄積してきて、それが或る日突然に大爆発を起こしてしまうのである。

 ただ休日を有効利用している夫婦も、休日を有効利用していない夫婦も、勤続疲労をきっちり取るということはしていないのだ。だから勤続疲労が蓄積されて行ってしまい、その勤続疲労のために夫婦間がギクシャクしてくるし、夫が仕事で疲れて帰って来ているのに、家事や育児の手伝いを頼むということを延々と繰り返してしまうのである。

●休みは月に1度でいい

 勤続疲労をきっちりと除去するためには、月に1度でいいから、仕事や家事を休む日をつくるべきなのである。女性の体は1ヵ月単位で生理が来るので、月に1度、何もしない日を作ると、勤続疲労がしっかりと取れて行くことになるのだ。この月に1度休むことをしないからこそ、勤続疲労が除去できず、蓄積して行くことになるのである。

 しかし1週間に1度休んでしまうと、一時的に疲労は除去できても、1週間があっという間に過ぎ去って行ってしまい、それが逆にストレスになってしまい疲れてしまうことになるのだ。1週間7日制で暮らしていると、月日が過ぎ去って行くのが速くなってしまうので、絶対に1週間に1度休むということはしない方がいい。

 月に1度休みを取る時は家族全員で休むようにすればいい。妻が休んでいるのに夫が仕事では、休んだ気にならないのだ。夫に仕事がない日を選んで、夫婦が仕事も家事もしない日を作れば、勤続疲労はゆっくりと溶けて消え去って行き、非常にリフレッシュすることができるようになるのだ。

 育児に関しては子供が存在しているために休む訳には行かないので、育児だけはしなければならないが、それでも妻が家事から解放される日を月に1度でも設けることができれば、妻の勤続疲労は一気に消滅して行くものなのである。それだけ毎日家事をし続けるということは疲労を溜め込んでしまうことになるのである。

 かといって、勤続疲労を除去するために長期間休暇を取ってしまうと、今度はその長期休暇のために疲労が発生してしまい、逆に仕事や家事に支障が出て来ることになるのだ。勤続疲労を除去するためには、日々仕事や家事をこなしながら、月に1度休むというのが最も効果的なのである。

●前日に準備し、当日は休息に当てる

 月に1度の主婦の定休日のためには、前日にしっかりと準備をしておくことだ。特に食事の準備をしておき、明日はその食事を温めるだけにすればいいのだ。料理を丸1日作らないということは、妻にとってこれほど休ましてくれるものはないのだ。それほど調理というのは大変なのである。

 当日は自宅で食事を取らず、外食に行くというのも素晴らしい遣り方だ。子供がいると外食の機会はどうしても減ってしまうので、たまには外食で食べると勤続疲労が除去されて行くのだ。但し外食の回数が多い夫婦は逆効果であって、こういう時こそ自宅で食事を耐えた方がいいのだ。

 勤続疲労を除去するためには、温泉に行くのがお勧めである。温泉に入って体を温めると、疲労物質を除去することができるので、勤続疲労が溶けて行くのである。温泉に入った後、部屋でゴロゴロとしてしまうものだが、これは内臓が疲れている証拠で、こうやってゴロゴロしていると内臓の疲労が除去されて行くのである。

 育児をしていると子供の世話が面倒なので、こういう時は夫の実家に行ったり、妻の実家に行ったりして、妻は姑や自分の母親に子供を預けて、自分は一時的に子供から離れるようにすればいいのだ。とにかく子供と離れてみると、育児での勤続疲労が取れて、心身にエネルギーが満ちて来ることになるのだ。

 子供が乳離れしているのなら、子供を夫婦どちらかの実家に預けてしまい、自分たち夫婦はその間、二人だけで楽しむという遣り方もある。子供がいるとどうしても子供の話が中心になってしまうので、夫婦二人きりになってしまうと、嫌が応でも夫婦に関する話し合いになってしまい、夫婦仲がよりいっそう深まることになるのだ。

●勤続疲労が悪化すれば病気になる

 勤続疲労を除去しておかないと、家事や育児を行っている平凡な主婦が「慢性疲労症候群」に陥ってしまい、何をやっても疲れまくってしまい、家事や育児どころではなくなってしまうのだ。慢性疲労症候群が恐ろしいのは、疲労が蓄積した結果、その病気を発症するので、その治療に長い時間を要することになってしまうのだ。

 人間は疲労というストレスに対抗するために、ビタミンやミネラルを大量に消費して行くので、長期間に亘って疲労を受け続けると、体内に於いてビタミンやミネラルが決定的に不足してしまい、それが慢性疲労症候群を引き起こしてしまうのである。更に「精白穀物」「食品添加物」「カフェイン」「アルコール」といった物を長期間摂取し続けると、体内のビタミンやミネラルが決定的に不足してしまうので、余計に慢性疲労症候群を悪化させてしまうのである。

 勤続疲労が精神の方向に向かってしまうと、今度は精神病を発病して来ることになる。育児ノイローゼを皮切りに、子供が幼稚園や小学校で何かある度に幼稚園や小学校に怒鳴り込んだり、逆に子供たちが外に出て行った後、自分だけが自宅で落ち込んでしまい、何もやる意欲がなくなってしまい、家の中が荒れ放題になってしまうのだ。

 精神病の場合は、「心の癖」だけが問題なのではなく、脳自体に傷が出来てしまい、正常な思考や行動ができなくなってしまうのである。長期間に亘る疲労が脳に傷をつけてしまったのであり、その脳の傷を治さない限り、絶対に精神病は治らないのである。精神科の医者たちはこの事実が解らないために、精神病患者を完治することができすにいるのである。

 夫婦の場合、どちらかが慢性疲労症候群や精神病になった場合、その配偶者も病気の予備軍の状態であるのだ。勤続疲労を除去するという習慣を持たなかったし、食事もかなり悪い物を食べていた筈だからだ。そのため夫婦共倒れという事態も起こりうるのである。もうそうなれば家事や育児どころか、結婚どころではなくなってしまうのだ。

 休息を取ることは、傍から見れば怠けているのではないかと思われてしまうものだ。しかし人間は時として怠けることが必要なのであって、いつも一生懸命に生きてしまうと、いつかどこかで自分の心身が破綻を引き起こしてしまうのである。一生懸命に生きたいのなら、たまには一生懸命に休むということも必要なのである。

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家事の分担 育児の分担

●既婚男性が真面目に仕事をしていれば、家事に手出ししている余裕はない

 女性は結婚を境に大きく人生を変えて行くことになるが、男性も女性とは違う形で人生を変えて行くことになる。男性が結婚によって大きく変わるのは仕事の変化であろう。独身であるならば男性といえども家事をこなさなくてはならないが、結婚してしまえば家事を妻に任すことができるので、仕事に全力を投入することが可能になるのだ。だから男性が結婚をすると、仕事の出来が格段に良くなり始め、出世街道を歩み始めることになるのだ。

 ところが独身時代には才気煥発な男性だったのに、結婚をした途端に能力を低下させてしまう男性たちもかなりの割合で出て来る。理由は簡単でこの手の既婚男性に限って、結婚したのに家事や育児に手を出しているのだ。既婚男性が真面目に仕事に取り組んでいれば、家事や育児に手を出している余裕はないものなのだが、妻に家事や育児を手伝ってと言われると、それに応じてしまうのだろう。しかしそれがために仕事に悪影響が出て来て、仕事の出来が非常に悪くなり、出世競争から脱落して行くことになるのだ。

 通常、子供が1人や2人の時は妻に育児を任してしまった方がいいのである。妻は育児に関しては初心者であるので、まずは母親である本人が育児を自分で体験しながら学んで貰わないとならないのだ。しかし子供が3人になると、最早、妻の手では負えなくなるので、その時になって初めて夫が育児に手を出せばいいのである。

 それなのに第一子の段階で行き成り積極的に育児に参加して来る既婚男性たちがいるのだ。これはまずその男性が男として精神的な自立がなされていないということである。それに加えて妻から育児を手伝うよう強硬に要請されたので、断りきれなくなってしまったということなのである。自分の赤ちゃんなのだから可愛いことは解る。しかしそのために仕事を犠牲にしてまで育児に参加する必要性などどこにもないのである。

 厄介なのは、マスコミではこの手の馬鹿な父親を「イクメン」という言葉で表し、それを称賛する傾向にあるということだ。政府も地方自治体もそれを推奨しているし、妻でさえも夫が育児に参加してくれることを非常に喜ぶのである。しかしその代償が低賃金なのであって、当たり前だが育児にエネルギーを奪われ、仕事に全力を投入して来ない既婚男性に高い給料を支払うお人好しの企業など、どこにも存在しないのである。

●家事や育児は妻に任せれば自然と巧くなる

 「家事の分担」「育児の分担」はどの夫婦にとっても一度は通る深刻な問題だ。夫婦の力関係で様々な答えを出すことは可能だろうが、たった1つの確固たる基準を持っていたら、この問題は簡単に解決することができるのだ。それは「家庭内にはどこをどう弄ってもお金を生み出す物は何もない」という基準である。

 だからこそ夫には外に出て働きに出て行って貰わねばならず、夫の最大の義務は仕事でしっかりとお金を稼いで来ることなのである。家事や育児に手を出している暇があるなら、仕事に精を出すべきであって、妻や赤ちゃんが何不自由しない程度の金額を遥かに上回るお金を稼いで来るべきなのである。

 これが理想的な形で行われるのが、専業主婦のいる家庭である。専業主婦のいる家庭であるならば、夫は家事や育児を妻に任してしまえばいいのだから、自分は仕事に全力を投入して、とにかく生活費と養育費をしっかりと稼ぐことができるようになるのだ。妻の方も自分が専業主婦なので、馬鹿な女でない限り、夫に家事や育児を手伝ってとは言って来ないものなのである。

 妻といえども、家事や育児に関してはド素人だ。しかし夫が外に出ていれば、自然と妻は育って来るものなのである。妻の方に「自分がやらなければ!」という責任感が芽生えて来るので、妻は試行錯誤しながら家事や育児をこなして、時間の経過と共に上達して来ることになるのである。夫は下手に手出しするより、妻に任せれば家事も育児も上達するものなのである。

 妻が専業主婦の場合、夫が家事や育児に対して何もしないというのはそれはそれで問題である。家事や育児に関して問題が目につくようであるなら注意をすることだ。家事や育児は家庭内で行われるので、それを評価してくれる人がいないのである。だから問題があるなら、それを指摘して、改善を促すようにすればいいのである。これは妻にとって非常に有難い指摘であるのだ。

 それと同時に褒めるべき所があるならきちんと褒めておくことだ。家事や育児はどんなに頑張ってやったとしても、誰かから褒められる訳ではないので、その内に家事や育児に対して真面目に取り組まなくなってしまうのだ。例えば料理が美味しければ「今日の料理は美味しいな」とか、赤ちゃんのあやし方が上達したのなら「赤ちゃんをあやすのが巧いな」とか褒めておくべきなのである。この褒め言葉が妻にとっては更なる活力を与える言葉になるのだ。

●80対20の法則を使う

 一方、夫婦共働きの夫婦なら、妻に家事や育児を任せっぱなしという訳には行かないものだ。夫も家事や育児に手を出さざるを得ない。こういう時は手を出し過ぎないことを注意しておくことだ。夫が手を出してすぎてしまうと、妻の方がいつまで経っても家事や育児が上達しないという悲劇的な事態を引き起こしてしまうからだ。

 まず家事や育児の主人公は妻であることを認めることだ。夫は妻を主人公から引き摺り下ろすことを絶対にやってはならないのだ。夫は妻に頼まれたことだけをやればいいのだ。妻が夫に家事や育児の手伝いを頼んだ時は、本当に手伝って欲しいからこそ頼んでいるのであって、それを無碍に断ってはならないのだ。

 夫婦共働きの場合、大体「妻が8割」「夫が2割」という割合で家事と育児を分担することになる。絶対に夫婦が平等に家事と育児を分担することは有り得ないのだ。この点、妻がフェミニズムに汚染されないように気をつけておくことだ。フェミニズムに汚染されれば、家事や育児を夫婦平等で負担しようと言い出し、それを実際にやってみると、妻は家事や育児が上達しないし、夫は家事や育児に精を出す余りに仕事に支障が出始めるようになるからだ。

 妻が働きながらも、家事や育児を上達させていくためには、「8割負担」というのが限界点であって、それを下回ってしまうと、家事も育児も上達しないものなのである。そのツケは結局、夫が支払うことになり、妻は夫にしても結婚をすることでこんな過大な負担を強いられるのなら離婚した方が増しだと思うようになり、実際にそれを実行してしまうようになるのだ。

 妻が8割負担であったとしても、夫が2割を負担してくれるのなら、「80対20の法則」が作動して、夫の働きを非常に有効に使えることになるのだ。夫の負担は2割でも、その効果は8割に匹敵するのである。だから妻は自分で出来る家事や育児は夫に任せず自分でやってしまい、自分でできない家事や育児に関してのみ、夫に任せればいいのである。こうすれば夫婦共々家事や育児に於いてストレスが溜まらなくなるようになるのだ。

●家事や育児は妻がやってしまった方が生産性は高くなる

 「家事の分担」「育児の分担」の問題の根底にあるものは、妻が赤ちゃんを産んでしまうと、赤ちゃんに付きっきりになるために、どうしても四六時中一生懸命にならざるを得なくなるからだ。それなのに夫が仕事から帰って来て、家でゴロゴロしていれば、それが非常にストレスになるのである。自分が家事や育児に追われているのに、目の前で何もしない人間を見ることほど腹立たしいものはないのだ。

 しかし、既に仕事で疲労しきっている夫を、家事や育児に動員してしまうと、夫は疲労を除去できる場所や時間がなくなってしまい、それが確実に仕事の悪影響を及ぼし始めるのである。自宅で疲労を除去できないとなれば、仕事が終わっても自宅に直行せず、飲み屋で一杯となるのだ。なんで妻が育児で大変な思いをしているのに、夫は酔っぱらって帰って来るのかといえば、夫にとって自宅は憩いの場所ではなくなっているからなのである。、

 男性が結婚し、赤ちゃんが出来た頃というのは、給料はそんなに高くはないけれど、職場では様々な仕事を経験し、出世の選別が行われている時期なのである。目に見える形で出世はしていないものの、将来のことを考えて経験を積ませて、実力をつけさせて貰っている時期なのである。そのためこの時期にはやらねばならない仕事が沢山あるし、帰宅しても勉強しなければならないことが山ほどあるのである。

 それなのに妻が家事や育児の手伝いを頼んでくれば、妻を愛している夫としては仕事そっちのけで従わざるを得なくなってしまうのである。だがその代償こそが勉強不足であり、仕事不足なのであり、それはそのまま給料が上がって行かないことに直結してしまうのである。既婚男性が家事や育児に手を出すなと言っているのではない。既婚男性が働いているのなら、家事や育児に手を出すのには自然と限度があるということなのである。

 夫婦共働きで場合でも、夫が家事や育児を手伝う割合は「2割」でしかないのだ。2割負担で充分だし、それが既婚男性としての限界点なのである。それ以上、手を出せば、夫は仕事に支障が出て来るし、妻だって家事や育児が上達しないという、自分が意図せざる結果が出て来てしまうのである。

 夫には仕事を一生懸命に遣って貰った方が所得金額が高くなるものなのである。そして家事や育児は妻がやってしまった方が生産性は高くなるものなのである。この原理原則を絶対に忘れないようにすることだ。妻が自分の幼稚な感情を満足させるために原理原則を踏み躙ったり、平等イデオロギーに洗脳されて原理原則を破壊してしまうと、どうやっても貧しくなり、家事も育児も巧く行かなくなってしまうようになるのだ。

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家事労働や育児労働はお金に換算するものではない

●労働価値説に囚われた愚かな計算

 労働価値説というのは、経済学を考える上で「科学モデル」としては通用するものであっても、実際のビジネスではなんの役にも立たない考え方だ。社会主義国は労働価値説を学問の中だけではなく、実際の経済にまで使用したらからこそ経済を崩壊させてしまったのである。ところが社会主義に勝利した自由国家に於いても労働価値説から解放されたという訳ではないのだ。

 例えば「時給」という考え方だ。これこそ労働価値説に基づく考え方なのであるが、これが平然と使用されてしまっているのだ。恐ろしいのは、時給で働けるような労働は単純労働でしかないのに、労働の質が向上し、高額所得者の労働に対しても時給で計ろうとする馬鹿たちが出て来てしまうことだ。生産量というのは労働量が決定的要素となるのではなく、「労働の質」こそが決定的要素になることが全然解っていないのである。

 更に馬鹿の上塗りをするのが、政府が家事労働や育児労働をお金に換算し、既婚女性たちは家事や育児をこなすことによって、これだけの金額を生み出していると計算を発表してくることなのである。この数値を聞けば、既婚女性たちは多いの少ないのと言い出すのだが、この計算そのものが間違ったものなのであるということに気付いていないのだ。

 厄介なのは、人間は労働をすれば富が発生したという体験をしているために、なかなかこの労働価値説の洗脳から抜け出すことができないのだ。しかも労働価値説自体、アダム・スミスに始まり、リーカドによって高められ、カール・マルクスによって完成された学説であるために、これらの経済学の偉人たちを凌駕する頭脳を持たぬ限り、労働価値説を破壊することはできないものなのだ。

 今まで見てみたように、家族の消費と投資があってこそお金が必要になって来るのであって、そのために労働が使用され、所得が生まれて来るのである。言わば消費と投資こそが実体なのであって、所得は影にしか過ぎないのだ。増してや労働はその影を生み出すものにしかすぎないのである。だからこそ消費と投資を整えない限り、絶対に所得は向上していかないのである。

 それと労働価値説を唱えて来た学者たちは全て男性だということにも注目すべきである。父系家族なら男性たちは仕事に出かけるために、どうしても所得に重点を置いてしまい、その所得を生み出す労働に価値を見出して来るものだ。しかし女性ならこんな馬鹿げた考え方はしないものだ。家庭に妻子がいて、その消費と投資を賄って貰うために夫に働きに出て行ってものなのであって、消費や投資の方が圧倒的に価値があるということが解っているものなのである。 

●豊かな消費や積極的な投資を行うための労働

 家事労働や育児労働はお金を発生させるためのものではない。寧ろ逆にお金を使って行く労働なのである。ではお金を使った労働をすることによって一体何をやっているのかといえば、それは「豊かな消費」や「資産を蓄積して行く投資」を行っているのである。これをするからこそ生活は急速に豊かになり、資産が爆発的に増えて行くことになるのだ。

 これをするためには漠然と家事労働や育児労働がなされていてはならない。家事労働や育児労働に「目的合理性」が投入されて、「行動的禁欲」という生活態度を身につけなければならない。家事や育児に目的合理性を持たせるために、ただ単に伝統的な家事や育児をするのではなく、家事や育児に関する書物が多数出版されてそれを購入し、多くの主婦たちが家事や育児の改善を図っているのである。

 当然に仕事をしながら母親をやっている既婚女性よりも、専業主婦の方が圧倒的に高い功績を叩きだすことになる。専業主婦は主婦業に専念するためには、自然と行動的禁欲が身について行き、家事や育児を一生懸命に行うことによって、豊かな生活と資産の蓄積を可能にしてしまうからだ。

 一方、仕事をしている母親たちは家事や育児の費やす時間が決定的に不足するので、その目的合理化は絶対に避けられないのであって、これをきちんと行わないと、収入は増えても生活は一向に豊かにならないという悲惨な事態を招いてしまうのだ。特に気をつけるべきは、生活苦から赤ちゃんを保育園に預けて働きに出るような母親たちであって、そういう母親たちは目先のお金を獲得するのに必死なために、家事や育児の目的合理化というのを全く行わず、所得金額が上がれば生活は豊かになると思い込んでしまうのだ。

 家事や育児というものは、家政婦やベビーシッターを雇っても、妻が行う家事や育児に勝る訳がない。家政婦やベビーシッターたちは本来、妻が行うべき仕事をやっているのだが、その労働は決められたことをすればいいという類の単純労働にすぎないのだ。この家政婦やベビーシッターたちが得る給料が妻の給料だと思い込んではならない。妻の働きなどお金に換算することはできないし、またお金に換算すべきものでもないのだ。

●家庭内のことはどう弄っても経費しか存在しない

 家庭内のことはどう弄っても経費しか存在しないものだ。これは良妻賢母の鏡のような女性であっても、グータラ妻でも変わらないのだ。経費しか発生しない労働をお金に換算できる訳がないのだ。家事や育児というのは、男性たちが外に出て働く労働とは明らかに違った労働なのである。

 ビジネスであるなら、経費を引き下げて、商品やサービスを販売して行けば、確実に儲かることになる。これがビジネスの基本であって、このビジネスの基本に忠実であるなら、大抵の仕事は巧く行くものだ。しかし家庭ではそうは行かない。経費は確実にかかって来るのであって、それをそう簡単に引き下げることはできないのだ。

 家族の組織原理には大きく分けて3つある。1つ目は「夫婦が愛し合い、子供たちを養い育てて行く」ということだ。夫婦が愛し合うためには愛だけが必要なのではなく、お金だって必要である。子供たちを養い育てて行くためにも愛だけでなくお金も必要なのである。夫婦愛を維持するためにも、育児をするためにも常にお金はかかり続けるものなのである。

 家族の組織原理の2つ目は「外部環境の変化に対応し、家族の生存を確実なものにさせていく」ということだ。経済環境は常に変動するものだし、政治環境も時として大変動を引き起こす、そういう場合は、昔はこうだったと懐かしむのではなく、迅速に外部環境の変化に対応して行けばいいのである。

 家族の組織原理の3つめは「子孫を繁栄させて、本家相続を行うと同時に、分家を増やして行く」ということだ。人間には繁栄すべく宿命づけられているから、子供を多く産み育て、家督相続者に家督を相続させ、それ以外の息子たちには分家にしてしまい、より多くの家族を増やして行くべきなのである。

 家族の組織原理を行えばどれやってもお金がかかるものだ。だからこそ外に出て労働を行い、所得が発生するのである。多くの夫婦は家族の組織原理の1つ目までは理解することができることだろう。しかし2つ目、3つ目となると、全く解っていないのだ。だから些細な経済環境の変化で生活が行き詰まってしまったり、子供の数を極力減らすという馬鹿げた行動を取ってしまうのである。

●家事や育児の遣り方で生活は幾らでも変わって行くもの

 家事や育児はお金がかかって当然なのである。大事なことはそのお金をどうやって使うかなのである。例えば「外食中心の食生活」と「自炊中心の食生活」のどちらが豊かな生活を実現できるかといえば、自炊中心の食生活の方である。母親が自分で調理すれば、安全な食材を選ぶことができるし、味付けも微妙な調整を行うことができるからだ。

 育児にしても布オムツと紙オムツのどちからがいいかといえば、布オムツの方である。布オムツを使用すれば、面倒ではあっても、布オムツの交換の度に赤ちゃんは母親と接触するので、その度に脳が刺激され、頭が良くなって行くのだ。しかも布オムツの方がオムツの卒業が早いために、母親にとって育児が楽になるものなのである。

 労働価値説に縛られてしまうと、自炊するより外食で食べた方がリッチだと思い込んでしまうし、布オムツのような封建的な物よりも、紙オムツのような近代的な物を使用した方が豊かだ思い込んでしまうのだ。これらは全て思い込みであって、本当に自分たち家族の生活を豊かにしている訳ではないのだ。

 男性の労働に関しては一応、所得金額で序列をつけることができる。必ずしも所得金額の高い仕事は素晴らしい仕事なのではないが、ただ一応の目安として所得金額が高ければ、その仕事は人々に対してより多くの貢献をしたということなのである。一方、所得金額の少ない男性は労働すればお金が貰えると思い込んでいるからこそ、所得金額が低いのである。

 これに対して既婚女性の家事や育児に関する労働はどうやってもお金で序列をつけることはできない。もしも序列をつけるのなら、夫婦の仲が睦まじく、子供たちが沢山いて元気に育ち、家庭内の整理整頓はきちんと成されているということでしか序列をつけることはできないだろう。ただはっきりと言えることは、家事や育児が巧く行っている既婚女性は、家事や育児が目的合理性に貫かれており、資産を確実に貯め込んでいることであろう。

 夫たちの給料が同じような金額であったのに、一方の夫婦は家計が火の車で、もう一方の夫婦は生活が非常に豊かで、資産をしっかり貯め込んでいるという事態が起こって来るものだ。なんでこんなことが起こったのかというと、これは夫の給料は同じであっても、妻の働きが全く違っていたからなのである。既婚女性は妻の働きこそが生活の豊かさを決定的にさせるということをいつ如何なる時も忘れてはならないのだ。

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収入がアップしたからこそ突入する「結婚の魔境」

●夫も子供たちも笑っていない!?

 結婚当初、貧乏であったのなら、そこから必死になって抜け出すのは、夫婦なら当然に行うべき行動であろう。しかしそうやって豊かになってしまうと、途端に「結婚の魔境」に突入してしまうことになるのだ。年収が倍になった時点で、収入は増えたとしても、結婚自体がギクシャクし始めることになるのだ。

 なんでこんなことが起こるのかというと、人間には「恒常性」というものがあって、自分の居場所を変えたくないという機能があるのだ。これは本来、自分の生存を確かなものにさせるために使われるのだが、自分の年収が上がるとこれをストップさせようとする方向にも動いてしまうことになるのだ。

 専業主婦なら夫が仕事で頑張れば頑張るほど夫婦の会話が少なくなってしまい、自分は子供たちを怒鳴りつけることしかしなくなってしまうのだ。働く母親なら自分の仕事が巧く行けば行くほど、夫も子供たちも疎遠になって行き、いつも顰めっ面で笑っていないという事実に気付く筈だ。

 厄介なのは、仕事が巧く行っているために年収はアップし、経済的にはなんの問題もないということだ。経済的な問題があればすぐさまこの問題は深刻だと気付けるのだが、経済的な問題がなく、飽くまでも精神的な問題であるがゆえに、問題があるのに問題として気付けないのだ。

 「結婚の魔境」に突入したのに、なんの有効な対策を打たず、そのままにしておくと、最終的に離婚になってしまう。しかし夫婦双方、離婚したとしても、離婚後、年収が急増して行くということが殆ど起こらなくなり、結局、生活費を稼ぐだけの人生になってしまうのだ。結婚の魔境を離婚という形で終わらせても、そこがその二人の限界点だったのであり、その限界点を乗り越えない限り、更なる年収のアップは期待できないのだ。

●傲慢は必ず家の中に現れる

 どうして最初は愛し合っていた夫婦が「結婚の魔境」に突入してしまったのかというと、それは自分たちの心の中に「傲慢」というものが占拠してしまい、それが夫婦共々に「結婚の魔境」に突入してしまったという事態を招いてしまったのだ。年収が少なかった時は、夫婦ともに謙虚だったのに、年収がアップしてしまうとその謙虚さは失われ、傲慢になって行ってしまったのである。

 傲慢は必ず家の中に現れて来る。傲慢になった者は必ず家の中が汚くなるのだ。傲慢になった者は必ず掃除を毛嫌いするようになるから、家の中が埃やゴミで一杯になり、家の中に邪気が蔓延してしまうことになるのだ。特に夫婦共働きの場合、掃除にかける時間は必然的に短くなってしまうので、仕事が巧く行き出すと、途端に家の中が汚くなって行ってしまうのである。

 傲慢が恐ろしいのは、その汚い家を居心地のいい家だと思い込んでしまうことだ。だから余計に掃除をしなくなり、どんどん汚れて行くことになるのだ。綿埃を見ても掃除をしないし、食べ残したカップラーメンの容器が放置されていても掃除をしないのだ。帰宅をしても家事などは殆どせず、テレビを見っぱなしになり、益々掃除から遠のいて行くことになるのだ。

 こうやって自宅が汚れまくっていると、必ず仕事でトラブルが発生するようになるのだ。不渡りの約束手形を掴まされたとか、部下が裏切ったとか、大事な仕事でミスをしてしまったとか、様々なトラブルが発生して来るのだ。そしてそれがストレスになって、帰宅後、自分の配偶者に怒りをぶつけてしまうという悪循環が起こるようになるのだ。

 結婚の魔境に入っていないのならば、「これは自分に何かしらの問題があるな」と冷静に受け止めることができる。しかし結婚の魔境に突入してしまうと、そんな冷静な態度を取ることができず、「相手が悪い!と言い出すようになり、他人の責任を必死になって追求し出すのだが、それでその問題が解決される訳ではないのだ。寧ろ、そんなことをやればやるほど状況は悪化して行くことになるのだ。

●徹底した掃除

 結婚の魔境は年収が急増して行く時に起こるから、年収が急増しても結婚の魔境に突入しないように配慮しておくことだ。そのためには徹底した掃除をしまくるようにすべきなのである。傲慢というのは自分が自宅を掃除をしてしまうと消滅して行くものなのである。掃除をしないからこそ傲慢が蔓延ることになるのである。

 夫はとにかく書斎を奇麗にしておくことだ。特に仕事で使用した書類をいつまでも保管する傾向にあるので、不要になった書類はとっとと捨て去るようにすべきなのである。書籍や雑誌にしてもどう考えても今後使用しないものがあるのなら、それを売却してしまうことだ。書斎に書籍や雑誌で満杯になってしまえば、それ以上新たな書籍や雑誌を購入しなくなってしまい、そのために決定的な情報不足に陥ってしまうことになるのだ。

 妻はとにかく家中を掃除しまくることだ。特に「台所」「風呂場」「便所」の水回りが汚れているものなのであって、この三箇所を徹底的に掃除しまくることだ。台所は料理を作る場所であるので、ここが汚いと健康に悪影響が出て来るのだ。風呂場はカビを取り去り、排水口の髪屑を捨て去ることだ。便所は財運と直結しているので、ここが汚いと幾ら収入が急上昇していても、いずれ下がっていってしまうようになるのだ。

 年収が急増すると「引っ越し」という選択肢を取ることもできるので、いっそのこと引っ越しをしてしまい、その際、掃除をしまくるようにすることだ。引っ越しの際に不要品を全て捨てて身軽になり、新居では物が溢れないようにすることだ。新居であっても3年も経てば物が増えてしまうので、定期的に自宅の不要品を捨て去るようにすることだ。

 自宅と同じくらいに気をつけるべきは職場の掃除なのであるが、職場では自分の意見が全て通る訳ではないので、自分でできる範囲内で掃除をしてしまうことだ。出社したらすぐさま簡単な掃除を行い、退社間際にも簡単な掃除をしておくことだ。机の上は常に奇麗にしておき、整理整頓がきちんとなされるようにしておくべきなのである。

●謙虚と感謝

 年収が急上昇して行くと、自分は高額所得者なのだから偉いのではないかと錯覚してしまうのである。自分の年収が上昇して行ったのは、たまたま自分のビジネスがこの世に受け入れられ、それがために年収が上がって行っただけのことなのである。年収と自分の人格とはなんの関係もないのである。

 自分の年収が増えて行ったのは自分が成長して行ったからなのである。成功というのは成長の証なのであって、自分が成長したからこそ、ビジネスが成功して行ったのである。ところが成功してしまうと、その成功に溺れてしまい、自分が成長して行くということを忘れてしまうようになるのだ。

 成功や失敗に左右されることなく、自分がいつまでも成長して行くためには、とにかく「謙虚」で居続けることだ。自分が謙虚に徹していれば、自然と成長して行くことができるようになり、幾らでも成功して行くことができるようになるのである。ではどうすれば常に謙虚で居続けることができるかといえば、それはきちんとした宗教心を持つことである。それと生活で掃除をしまくることなのである。

 今まで傲慢だった者が自宅を徹底的に掃除すると、自然と傲慢は消え去って行き、感謝の念が生まれて来るようになるのだ。自分が成功できたのは、周囲の人々の支援があったからということに気付けるものなのである。自分が感謝しなければならない人に感謝できた時、結婚の魔境から脱出して行くことができるようになるのだ。

 貧乏であるなら、「高額所得」とか「成功」とかに憧れを抱いてしまうものだ。しかし高額所得を幾ら追い求めても、成功を幾ら追い求めても、どこかで破綻を引き起こしてしまうことになるのだ。高額所得も成功も自分が成長できたからこそ得られるものなのであって、自分が成長して行くことこそが実は本当に大事なことなのである。

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必殺の丸投げ貯蓄

●なぜ専業主婦の方が働く母親よりも豊かになってしまうのか?

 専業主婦と兼業主婦を比較した場合、貧乏から抜け出して、豊かになって行く確率は、専業主婦の方が高い。冷静になって考えれば、夫婦共働きなら収入は2倍になるから、専業主婦がいる家庭よりも裕福になる筈である。しかし実際にやってみると専業主婦がいる家庭の方が豊かな暮らしをしているものだ。

 なぜこんな不可思議な現象が起こるのかといえば、専業主婦のいる家庭は妻が常に家庭内にいるために「消費の合理化」というものが行われることになる、非常に効率のいい消費をしてしまい、家族を豊かにしてしまうのだ。労働価値説に囚われてしまうと、労働すれば所得を得られると勘違いしてしまうのだが、ではなぜ労働するのかといえば、家庭内の消費するものがあるからなのである。その消費を埋めるために働くのであって、労働というのは手段にすぎないのだ。大事なのは消費の方なのである。

 それと専業主婦は貯蓄の大切さが解っているものである。専業主婦は自分が外に出て働いていないという負い目があるために、所得金額の全てを使い切ってしまおうというのではなく、必ず貯蓄し、それを投資に振り向けるのである。だから充分な投資がなされるために、自然と所得が増えて行くということになるのである。

 消費と投資こそが所得を生み出すのであって、専業主婦は夫を労働に振り向けると同時に、自分は消費の合理化と積極的な投資をするからこそ、生活が豊かになって行くのである。消費とか投資は別に働きながらもできるのではないかと思ってしまいがちだが、実際に家事や育児をやってみれば、専業でやってしまった方が効率はいいのである。

 貧乏を脱出して行くためには、新婚夫婦には資産がないために常に「生活の不安」が存在するということに気付くべきなのである。もしも資産がない状態で、明日失業してしまえば、途端に一家全滅になってしまうのである。だから所得金額を全て消費に回してしまうのではなく、その内の何割かをそのまま貯蓄に回してしまえば、確実に貧乏は克服されて行くことになるのである。

●2つの収入を生活費に回せば高コスト体質で苦しむことになる

 夫婦共働きの場合、収入が2倍になったとしても、その収入を全て生活費に回してしまえば、生活は高コスト体質で苦しむことになり、幾らお金があっても足りなくなってしまうものなのである。働く母親というのは、消費に充分な時間を投入できないために、どうしても消費の合理化が遅れてしまうのである。

 そこに収入が増えてしまえば、消費に対してなんの改善策も施すことなく、贅沢な生活を贈ってしまうようになる。人間というものは一度贅沢を覚えると、なかなか贅沢をやめることができないものなのである。贅沢をしていれば、幾らお金があってもお金が消えて行ってしまうものなのである。

 そうやって贅沢な生活をしていれば、投資どころの話ではなくなってしまう。貯金がないために充分な投資を行うことができず、中には高額所得者なのに株券を1枚も持っていない夫婦だって存在するのである。贅沢な生活をしていれば、お金がないだけでなく、投資について語り合う時間もなくなってしまうのである。

 我々は高額所得者になることこそ、金持ちの証ではないかと思っているものだ。しかし実際は違うのである。確かに大きな所得は金持ちになる条件ではあっても、それは必ずしも絶対条件ではないのだ。低所得者であっても、地道に消費の合理化を行い、貯金をして投資をして行けば、確実にお金持ちになって行くものなのである。

 高額所得というのは素晴らしいことであっても、その高額所得を実現するために、大量の労力と時間を投入しているものだ。しかも夫婦共働きでやっていれば、自分の配偶者が自分と同じようなスタイルで労働をしているために、なかなか自分の過ちに気付けないものなのである。そのため延々と仕事をし続けてしまい、そのくせ貧乏を克服できなくなってしまうのである。

●夫婦どちらかの給料をそのまま貯蓄に回す

 夫婦共働きであるなら、夫婦双方の収入を生活費に回してしまうのではなく、生活費は夫の収入で賄ってしまい、妻の収入はそっくりのまま投資に振り向けるべきなのである。だから幾ら収入があがっても生活レベルはそのままにする。消費金額の増大を抑えてしまえば、妻の所得金額は生活費に消費されないから、そのまま貯蓄に回すことができ、猛スピードで資産が増えて行くYことになるのである。

 この「丸投げ貯蓄」こそ、夫婦共働きの夫婦が最短期間で貧乏を克服して行く遣り方なのである。これ以外の方法を取っても、時間がかかりすぎてしまうのだ。夫婦の所得をごっちゃにするからこそ、所得金額が沢山あると思い込んでしまい、それをそのまま消費に振り向けてしまうものだが、夫の所得金額だけが生活費に回せるものだと解っていれば、自然と自制が効き、消費金額を抑えることができるのである。

 できることなら、妻の収入を生活費に充て、夫の収入を投資に振り向けることだ。夫は妻子を養うために仕事をするのは、或る時期までならなんの苦痛も感じないのだが、子供たちが大きくなってくると、それがかなりのストレスになり、所得金額の伸びが悪くなってしまうのである。その点、妻は母親である以上、子供たちを養って当然と思っているので、妻の所得金額が生活費を賄うのに充分であるのなら、妻の所得金額で生活を行ってしまうことだ。

 こうすると夫は妻子を養うストレスから解放され、しかも自分の所得金額をそのまま投資に振り向けるために、自分が責任を以て投資するようになり、投資で失敗する確率が一気に下がることになるのだ。今まで妻のお金だから投資に失敗してもイマイチ深刻になっていなかった夫が、自分のお金を使って投資をすれば絶対に失敗したくはないと思うものなのである。

 夫に投資の才能があるなら夫に投資を任せるべきであり、妻はその空いた時間を使って消費の合理化に取り組んで行けばいいのである。働いているとどうしても消費を合理化することができず、家庭の中が汚くなってしまうものなのである。しかし妻に投資の才能があるなら、妻が投資を行うべきであって、夫には家庭内のことを遣って貰うようにすべきなのである。投資というのは投資の才能があれば、急速に巨万の富を形成することができてしまうものなのである。

●夫婦で仕事の話だけでなく資産のことにつても話し合う

 夫婦であるなら家庭で仕事の話をしたりするものだ。確かにその話は楽しいし、ストレスの発散になる。しかしそれだけでは「所得」を増やすことに直結しても、「資産」を増やして行くことには直結しないのである。仕事の話をすると同時に、消費の話をし、投資の話をするようにして行くべきなのである。

 若い夫婦であるなら、投資のことは珍紛漢紛なものである。それを最初から夫婦で地道に学んで行けばいいのだ。自分たちの考えが甘ければ、資産収入は少なくなってしまうし、欲をかきすぎれば資産そのものを失ってしまうものだ。何度も試行錯誤しながら遣って行けば、投資というのはコンスタントに儲かって行く投資こそ安全だと思うようになり、危険な投資話を退けることができるようになるのだ。

 夫婦絵投資について会話するためには、なんといっても消費が合理化されていなければならない。家事や育児で非合理的なことをやっていれば、そのために大量の時間を食われてしまい、夫婦が落ち着いて投資について語り合う時間がなくなってしまうものなのである。資産のある夫婦ほど、家庭の中は整然と片付いているものだが、家庭の中が整然と片付いているからこそ、投資の話ができる環境になっているのである。

 夫婦が豊かな生活を実現するためには、所得金額がどうのこうのなのではなく、実は消費と投資こそが重要な鍵を握っているということが解らない夫婦は非常に多いものだ。そのために社会主義者たちが「貧富の格差を是正せよ」と主張すればそれに靡いてしまうし、フェミニストたちが「男女共同参画社会」を主張すればそれを支持してしまうのだ。しかし政府の力によって貧困を解決することなど絶対にできず、それどころか政府が国民に力を振るうために重税を課すようになり、余計に国民が貧乏になってしまうのである。

 人間というものはこの世で生きていれば何かしらの「生活の不安」があるものなのである。その生活の不安があるからこそ、消費を合理化しようと思うし、せっせと貯蓄して行こうとするのである。それなのに生活の不安を政府の力で解消しようとすると、国民の全てが貧乏になるのである。政府が「子供手当て」を出してくれれば、育児をしている夫婦はそれに飛びつてしまうことだろう。しかしその資金は結局、国民の税金から出ているのである。しかも子供手当てを貰ってしまったばっかりに、一時的に家計が潤ってしまい、消費を合理化しようとか、少ない所得から貯金に回そうという意欲がなくなってしまい、気付いてみれば益々貧乏から抜け出せなくなってしまうのである。

 いい加減な生き方では生活はいつまで経っても向上しないものなのである。いい加減な生き方を捨てて、もっと目的合理性を以て禁欲的に生きるべきなのである。自分たちの生活に無駄が有り過ぎ、自分たちがすべきことが明確になっていないからこそ、いつまで経っても同じような場所に居続けてしまうのだ。「丸投げ貯蓄」は今まで幾ら働いても貧乏だった生活を短時間で裕福な生活に変えてしまう魔法のような遣り方なのである。夫婦の中には「そんなことで貧乏が克服できるのか?」と疑う人たちもいるだろうが、実際にやってみれば確実に貧乏を克服してしまうことになるのである。

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