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大地震だからこそ学べたこと

●耐震設計だからこそ室内は大揺れ

 テレビでは連日「岩手県」「宮城県」「福島県」の被災地の情報が報道され続j毛ているのですが、茨城県にも千葉県も大地震で被害を受けたし、津波だってやってきたのだ。しかしその被害が前者3県に比べると遥かに少ないので、テレビで報道されることは殆どないのだ。

 我が家も今回の大地震では家こそ倒壊しなかったものの、家の中は滅茶苦茶になってしまうという被害を受けてしまったのだ。その復興作業が終わるまで5日間もかかるという相当な被害を負ってしまったのだ。なんでこんなに被害を拡大してしまったのかというと、自宅が耐震設計ゆえに建物は大丈夫であったが、室内は大揺れになってしまい、被害が拡大してしまったのだ。

 特にこの大揺れで本棚が壊れてしまい、本が部屋中に散乱してしまったのだ。この後片付けが一番大変で、本の量が多かったから、最も多くの時間を食ってしまったのだ。本棚の強度を強くしないと、マグニチュード9.0の大地震には耐えきれないのだ。それと食器棚が転倒してしまい、その際、ガラスの扉が壊れてしまい、床には壊れたガラスが散乱してしまったのだ。ガラスの扉がこんなに危険だと思わなかったので、今後、ガラスの扉のある食器棚は絶対に購入しないことにした。この2つが今回の大地震での貴重な教訓だった。

 大地震当日はとにかく台所を片づけない限り、料理を作れないので、まずはここを優先した。食器が壊れまくったので、壊れた食器はどんどん捨てて行った。壊れたガラスや壊れた食器は手を切る危険性があるので、軍手を嵌めて、この作業を行ったのだ。非常時には軍手が非常に役に立った。

 それ以降は各部屋を片付けて行ったのだが、結局、復興作業は5日間もかかってしまったのだ。復興作業だけをしていたのではなく、テレビを見ながらやったために、非常に効率の悪いものになってしまった。しかし福島第一原発が危険な状態にあったし、また余震の情報を必要だったので、テレビを見ながら作業をしなければならなくなったのだ。テレビというのは如何に仕事の生産性を落とすのかというのが、痛いほど解ったのだ。

●我が家だけガスが来ない!?

 我が家のすぐ近くの地区が水も電気もガスも供給停止で、俺は大地震当日、帰宅する際はこの地区を歩いて通ってきたので、自宅でもてっきり水も電気もガスも止まっていると思っていたのだ。しかし帰宅してみると、水は出るし、電気もつくので、ほっとしたのだ。しかしガズがつかなかっただけで、「これなら生活していける!」と思ったのだ。

 だからガズがつかないことで家族内から不満が出ても、「うちは水道も電気も通っているから有難いんだ」と家族に言い聞かせて、その不満を抑えて込むことができたのである。だがガズがつかないために、温めた食事を作ることができなかったし、風呂に入れないから疲労が物凄く溜まったのだ。

 大地震2日の朝食は非常時ゆえにリンゴ人参ジュースだけにしようと思ったのだが、母親が「何か温かい食べ物が欲しい」と言い出したので、仕方なくコンビニに行って何かを買って来ることにした。俺はコンビニには滅多に行かないので、俺としてはコンビニに行くのは3年ぶりであり、しかも大地震で被害を受けたから仕方なく行ったのだ。

 コンビニに行ってみると、パンもお握りも弁当も何もないのだ。ビックリしたね~。肉まんでも母親のために買ってあげようと思ったのが、肉まんは全て売り切れ。大地震直後からコンビニに人々が殺到したらしく、食べ物という食べ物を買い込んで行ったのだ。残るは「おでん」のみである。そこで「おでん」を買うことにした。

 するとコンビニの店長は、「朝から一杯やるんですか?」だって。

 「ガスが止まったから、何か温かい物を母親に食べさせようと思って、おでんを買うんだよ」と俺は言い返した。

 「ガズは大地震が来れば自動停止するようになっているので、リセットボタンを押すとガスは回復しますよ」

 「何~!

 俺はおでんを抱えて自宅に帰ると、そのリセットボタンを探し出して、そのリセットボタンを押してみた。するとガスが供給されたではないか!? 我が家の場合、ガスは大地震当日も供給されていたのであり、ただ単にリセットボタンを押すということをしなかったために、ガスなしの生活になってしまったのだ。自宅のすぐ近くの地区がガスが供給されないからといって、我が家もガスが来ないということはなかったのだ。

 因みにコンビニの名誉のために言っておくが、コンビニで買ったおでんは非常に美味しかった。特に俺の大好物である「ちくわぶ」が通常よりも大きく作らているので、俺としては大満足してしまったのだ。俺はコンビニを滅多なことでは使わないのだが、大地震では大いに役に立ったのだ。

●水がなければ悲惨

 阪神淡路大震災の教訓として、「風呂に水を張る」ということを常にしておいた。これは阪神淡路大震災で被災者たちが水不足で相当に苦労したので、俺は常に風呂に水を張って、水を非常時のために備蓄していたのだ。ところが今回の大地震ではこの教訓が裏目に出て、お風呂の水が溢れ出てしまい、脱衣場がびしょびしょになってしまったのだ。

 大地震の横揺れが相当に強かったし、しかも長時間に亘って揺れ続けたために、風呂の水が溢れ返り、それが脱衣場を水浸しにしてしまったのだ。俺がこの状態に気付いたのは夜になってからのことだったので、復興作業を終えてから、床を拭くという作業はどっと疲労を増す結果になってしまったのだ。

 水道は供給され続けたが、自宅のすぐ近くが断水なので、うちもいつなんどき水道が停止するのではないかとドキドキしていた。しかし自宅にはペットボトルで常時30リットル以上の飲み水を備蓄しているので、飲み水に関しては1週間程度ならやりすごせる自信があったのだ。

 但し、その後に東京電力が計画停電を実施したので、水道水を20リットルのポリタンクに入れて、食器洗い用の水を備蓄することにした。だがこの20リットルのピリタンクに水を入れると相当に重たくなるので、被災地で被災者たちが給水車から水を貰う場合、このポリタンクを使うと相当に重労働になると思う。

 因みに自宅の近所は断水したのだが、この地区には「子供用のプール」があって、そこに給水車を横付けにし、水を入れて貰うようにしたのだ。このため水を貰う際に水をこぼすことがなかったために、水を無駄することなく十二分に使えることができたのである。近所の人たちはそれをバケツで汲んで自宅に持って行ったので、ポリタンクがない人でも水を大量に持ち帰ることができたのである。

●食料は常に備蓄しておく

 大地震後の最大の変化は、お店に行っても食料品が殆どないということである。特にパンや米やインスタントラーメンは全くなくなってしまったので、日頃から食料を備蓄していない人たちは食べ物にありつけないという事態に陥ったと思う。俺もまさか大地震後に人々が食料の買い溜めに走るとは思わなかったので、これは今後の貴重な教訓としておくべきだろう。

 我が家では小麦粉もお米も乾麺も大量に備蓄されているので、お店で食料品がなくなっても大丈夫だった。ただ復興作業で体力を使ったのか、家族は日頃よりも飯を多めに食った。「非常時ではお腹がすく」ということが起こるので、非常時だからこそ飯を多めに作ることが必要となり、それは同時に大量の食料品を用意しておかなければならないということなのだ。

 被災地で白米を食べていたりするが、白米は非常時には不向きなのである。というのは水が不足しているために、白米を洗うと水を無駄にしてしまうからだ。しかも非常時に白米を食わすと、被災者たちは白米を多めに食って来るので、白米の摂取量を制限することなり、それは同時に被災者たちに非常に強い不満を残してしまうのだ。

 被災地で水がないのなら、乾パンなどを食べさせた方がいいのだ。その乾パンをすぐさま飲み込んでしまうのではなく、長時間に亘って噛むようにするのだ。しかも乾パンの缶には氷砂糖があるので、それを舐めながら血糖値を上げて行くと、空腹であってもお腹が満たされることになるので、被災地で大飯ぐらいになるということがなくなるのだ。

 水が多少確保されたのであるなら、「乾麺」を食べるようにすることだ。乾麺だとその使った水をそのままスープに使えるので、被災地では被災者の体を温めることができるのである。お米だと米自体に水を食うし、味噌汁をも作らなければならなくなるので、お米は水が充分に確保されてから再開するようにすべきなのである。

 被災者のためになんとかしようと思い、白米を被災者に送るというのは考えものなのである。本人としては慈善の心をちゃんと思っているのだが、被災地では水が不足している以上、水を大量に食う白米を送るべきではないのである。被災者のことを考えるのなら、小麦粉系の食べ物を送るべきなのである。

●疲労は負傷より厄介

 俺の母親は大地震の翌日、疲労で寝込んでしまった。確かに大地震当日の復興作業が大変だったが、だからといってこんな時期に寝込むな。「疲労は負傷よりも厄介」とつくづく思った。というのは母親が寝込んでしまったので、復興作業が遅れてしまい、復興作業が長引いてしまったのだ。

 家族という小さな集団で1人の人間が休んでしまうと、他の人々に負担がかかりすぎてしまい、復興作業が異様に遅れてしまうのだ。しかも負担が余計にかかってしまったので、疲労が激しくなってしまい、夕方頃になると誰もがヘトヘトになってしまったのだ。しかも復興作業をやっているのに、母親が「お茶」を請求したりくるので、その度に作業を中断せざるを得なくなってしまったのだ。

 非常時で疲れているのは誰もが同じなのだから、こういう時は多少疲れていても寝込むべきではないのである。疲労のために体が動かないのなら、復興作業の邪魔にならないようにし、動かなくても何かできる作業をすべきなのである。母親が大震災の翌日に何もしなかったために、復興作業が大いに遅れてしまったのだ。

 今回の母親の寝込んだ姿を見て、ふと気になったのは、被災地で広間から寝込んでいる被災者たちがいることなのである。確かに疲労のために寝込むのは解るが、これをやられると避難所では人手不足になってしまうので、それで避難所での機能が巧く機能しなくなってしまうのである。避難所では物資が不足しているのだから、被災者たち自身がアイデアと労働を出さないと、物資不足でも避難所をきちんと機能させることができないのである。

 避難所にボランティアが行くのは考えものである。というのはボランティアが行かなければ、被災者たちは自発的に行動せざるを得なくなり、昼間から寝込んでいるような人物はいなくなるからだ。ボランティアが避難所に行ってしまうからこそ、被災者たちが何もしなくなってしまうのである。被災者たちが何かしらの作業をしていれば血行が良くなるので、逆に疲労が少なくなり、避難所でも健康でいられるのである。

 東日本大地震では悲惨なニュースしか流れ来ないものだが、こういう時だからこそ平時では学べないものを学ぶべきなのである。被災者たちの姿を見て、「おお可哀想に!」というのでは、なんの教訓も得ることができないのだ。次はあなたの番であるかもしれないのだ。俺だって阪神淡路大震災で様々な教訓を得たからこそ、今回の被害を最小限に食い止めることができたのである。そして今回も様々な教訓を得たので、今後マグニチュード9.0の大地震が来ても生き残れる自信はついたと思う。

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コメント

この度はタマティーさんとご家族の方々ご無事で何よりでした。
ご無事かと心配でした。早くコメントをと思っておりましたが、宮城の兄が被災し連絡がなく、安否の確認をしておりました。
幸いなことに生きており、今日ようやく電気が点いたと連絡がありました!
でも水もガスも届かない自宅に帰され、非難所ではないから救援物資もない過酷な生活を強いられてます。
本人は気丈に振る舞ってましたが、海沿いの町に住んでいたので被害は壊滅的だと思われます。
迎えに行こうにもガソリンがない、仙台東京間の高速バスも満席…ガソリンさえ復帰すれば迎えに行けるのに…と何も出来ない自分が情けなくて涙が出ます。

投稿: フラワー | 2011年3月18日 (金) 19時30分

 フラワーさん、うちの親戚も津波で被害を受けました。
 家は流され、跡形もないようです。
 全員無事であったのが、何よりの救いです。

 こういう時は下手に現地に行くのではなく、支援金を用意しておくとか、いざという時には自宅に迎え入れればいいでしょう。
 被災地では水や食料が不足しているので、そこに被災者でもない人間が入って行けば、余計に水と食料が不足しますよ。
 

投稿: タマティー | 2011年3月19日 (土) 06時26分

ご親戚の方もご無事で本当に良かったです。
被災地に徐々に物資が届いているようで、少し安心しております。
今日あたりひどく頭が回らないのですが、そんなこと言ってる場合ではないですね。
私も頑張ります。

投稿: フラワー | 2011年3月20日 (日) 19時21分

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