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2011年11月

自己決定権のパラドックス 育児編

●自分が決定するより子供に選択させる

 育児に於いて「自己決定権のパラドックス」を知っているか否かで育児の結果が大いに変わることになる。母親だからといって何もかもやってしまうと、逆に母親の地位は低下していくのだ。ただ漠然と育児をするのではなく、母親の地位を優位にさせる努力をしながら育児をする方がより大事なのである。

 乳幼児はちっちゃいからといって決して甘く見てはならない。乳幼児は育って来るとなんでも自分でやりたがるのだ。碌な言葉を喋れないくせに、「自分でする~!」と言い始めるので、こういう時は無理に母親がしてしまわないことだ。子供が自分でしたいと言い出したのなら、子供に任せて行けばいいのである。

 まず最大級に揉めるのが「洋服」である。乳幼児にも洋服には好みがあるので、洋服を着させる時は2つの服を用意して、子供に選択権を与えることだ。こうすると子供は自分で洋服を選べたと満足でき、母親に対してストレスを溜め込まなくなるのだ。また洋服を着る際も、子供にやらしてしまい、子供が洋服をきちんと着れないのなら、影ながら手助けして、子供には自分の力で着れたと思い込ませることだ。

 大人であろうが子供であろうが楽しみなのは「食事」なのであって、いつも母親が献立を考えて、それを作るというようなことはしないことだ。子供が何かしら手柄を立てた時、御褒美で好きな料理を作ってあげるということも時には必要なのである。それに自分が料理を作るのに悩んでいるなら、それを子供に聞いて選ばさせることも必要なのである。こうやってガス抜きをしていると、子供は好き嫌いをしなくなるものなのである。

 母親がいつも家事や育児をこなしていると、子供の方もだれて来てしまうものだ。そこで定期的に旅行に出かけ、母親が家事や育児をしなくなることもあると子供に思わせて大いに刺激を与えるべきなのである。旅行に行けば子供自身、自分でやることが多くなるので、子供として成長できるし、母親の方も息抜きができるのである。

●子供のレールを敷いてあげることの大切さ

 母親が育児に於いて決定すべきことは、実は非常に少ない。特に夫婦で育児をしながらも、重要な決定は母親がするのが殆どである。下手に夫に育児に参加させるよりも、妻が育児に於いて重要な決定をしてしまった方がいいのである。母親だからこそ子供と接する機会が多く、子供の事情に通じているからなのである。

①お稽古事

 まずお稽古事の決定は母親がした方がいい。育児をしていれば子供の適性がなんとなく解って来るからだ。子供の脳は5歳から6歳の間に脳の臨界期を迎えるので、その時期以前にお稽古事を始めさせるのが大事なのだ。お稽古事を最初から1つに絞り込んでしまうのもいいし、複数のお稽古事を習わして、その後1つのお稽古事を選択させるのもいい。危険なのは余りにも沢山のお稽古事をさせてしまい、1つのお稽古事を真剣になってやらないことであろう。

②幼稚園や学校の選択

 幼稚園や学校の選択も母親の決定に負うものが多い。有名な幼稚園にお受験させるのか、それとも普通の幼稚園に行かすのかは、大体、母親が決めることであろう。しかし幼稚園はどこも似たようなものなので、幼稚園の教育内容が特別に優れているという訳ではないことも知っておくべきであろう。教育内容が優れているのは「ヨコミネ式」の幼稚園だけなので、後は似たり寄ったりなのである。

 小学校にしても、国立の小学校に行かせるか、公立の小学校に行かせるか、私立の小学校に行かせるか、それを決めるのは母親であろう。母親たちが公立の小学校を選ばず、他の小学校を選ぶのは、日教組によって日本の教育が腐敗しているからなのである。因みに国立の小学校に進学させると、大学進学率が最も高くなっている。矢張り教育熱心な母親なら、国立の小学校を選んでくるのであろう。

③雑誌や書籍の購入

 雑誌や書籍の購入に関しても母親の決定で行われるものだ。特に小学生の頃に「学習誌」を買うか買わないかで、その後の勉強好きに大きな影響を与えるものだ。戦前の日本で優秀な人材が続出したのは、講談社が発行していた『少年倶楽部』があったからということを決して忘れてはならない。学校では教えてくれないことを、子供たちは少年向け雑誌を読むことで教わっていたのである。これが大きくなってから、物凄い威力を発揮して来るのである。

 母親が日頃から読書をしていないと、子供に書籍を買い与えるという行動は取らないものだ。子供の脳を考えると、小学生の高学年辺りまでに自発的に本を読む習慣を持たせない限り、その後に於いて読書の習慣を持てなくなってしまう傾向があるのだ。子供は小学生高学年で大きく変わるので、その変化が起こる遥か前から書籍を買い与えて行き、読書に慣らしておくことが必要なのである。

●子供は不測の事態を引き起こす常習犯

 育児をしていれば、子供は幾らでも不測の事態を引き起こしてくれる。というか不測の事態を引き起こす常習犯が子供なのである。子供が不測の事態を引き起こした時、それに対して激怒するのではなく、母親の方が冷や冷やしながらも楽しむということが大事なのだ。こうやって大らかに構えていると、母親の育児力が急速に上昇していくことになるのだ。

①病気

 まずは「病気」である。子供というのは免疫力の関係上、病気になる確率が非常に高い。子供が病気になったらすぐさま病院に連れて行くのではなく、とにかく寝かせて様子を見ることだ。寝ていれば治るものが殆どなので、下手に病院に連れて行かないことだ。それと食生活が悪いと子供は病気してくるので、病気がどうのこうのより、食生活を改善して、病気に罹りにくい体に変えてあげることだ。

②事故

 次に「事故」である。子供が事故に遭遇するのは、子供には悪気がないから余計に厄介なのだ。子供には自由に遊べるスペースで遊ばせると同時に、自動車などは危険なのであって、子供にとっては些細な事故でも死亡事故に繋がることを教えることだ。水難事故にしても、そういうニュースが流れた時には「水で事故を起こすと死ぬからね」と常に言い続けることだ。

③学校でのトラブル

 学校というのは平均的な能力を持った子供たちを対象に作られているので、学校が想定する以上の能力を持ってしまった子供や、平均的な能力より遥かに劣る子供は、どうしても学校の枠内に入ることができず、学校とトラブルを起こしてしまうことになる。こういう場合、子供を学校に合わせるのではなく、学校以外で能力を発揮できる機会を与えてあげることだ。

 子供が不測の事態を引き起こした時、母親としてできることは不測の事態を乗り切ることを楽しむことであり、常に笑顔でいることなのである。母親がこのような態度で居られると子供は安心してしまい、悪質な行動を取って来なくなるのだ。間違っても後でネチネチと言って、子供をシュンとさせるようなことなどしないことだ。そういうことをやっていると後日悲惨な目に遭ってしまうのだ。

●子供が素直なのは10歳までと割り切る

 子供が親に対して素直なのは「10歳」までである。母親として子供に対して決定しまくっていいのは、その時期までなのである。小学校5年生や6年生になると、明らかに変わり始め、母親の知らない領域を多く持ち始め、徐々に自立を開始して来るものなのである。子供が自立を開始した時に、母親が子供に対して介入すれば、凄まじい反抗を仕掛けて来るのは当然のことなのである。

 実を言うと中学生の時期こそが最も厄介なのである。もう子供ではないし、かといって高校生ほどしっかりとはしていない。それなのにこの時期こそ急成長が始まるので、中学生の心は大いに揺らぎ続けることになるのだ。中学生の時期を効果的に過ごすためには、必ず部活動に入れて、勉強ばかりするような子にはさせないことだ。中学校の部活が駄目ならスポーツクラブに入れて、とにかく体を鍛えまくるようにさせるべきなのである。

 高校生の3年間は如何なる者にとっても「黄金の3年間」であろう。この時期は高校生自身の意思でどのように過ごすかを決定できるので、まずは高校生自身の意思を尊重しておくことだ。たとえその決定が母親の意思に反していても、子供の決定がどう変化していくか解らないのだ。その決定が当たった時は大ブレイクしてしまうことも有り得るのだ。

 育児や子育てをしていれば、実に様々なことが起こって来るであろう。しかし「自己決定権のパラドックス」から言わせて頂くと、

 「如何なる悲劇も後日必ず人生の肥やしになる!」

 と言うことができる。悲劇が起こっている最中は悲惨だろうが、それが過ぎ去ってしまえば、自分の実力が相当に向上しているものなのである。如何なる悲劇であっても、そこから逃げ出しては駄目なのである。真正面からぶつかって行った方がその悲劇は短時間で終わるものなのである。

 それと同時に

 「下手に自分で決定しすぎないことが大きな幸運を獲得させる!」

 とも言うことができる。あれこれと決定しまくっていると育児も子育ても失敗してしまう。神経質になって育児をしている母親も、教育ママになりすぎている母親も、母親の権限を乱用しているからこそ、子供は母親が望む正反対の結果を引き起こして来るのである。そうではなく、母親としてできることは非常に少ないということに気付くべきなのである。母親としてすべき決定をきちんとこなしておけば、子供は母親が期待する以上の結果を出して来るものなのである。

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自己決定権のパラドックス 夫婦編

●夫婦の会話こそ結婚生活の決め手

 「自己決定権のパラドックス」は結婚生活に於いて想像以上に使える。というか「自己決定権のパラドックス」を知っていると、結婚生活が非常に幸せにして行くことができるのだ。多くの夫婦たちは「自己決定権のパラドックス」を知らないからこそ、夫婦生活に於ける禁忌を犯してしまうのである。

 まず「自己決定権のパラドックス」の第一法則であるが、下手に自分が決定を下すのではなく、自分が優位な立場に立つことこそが大事なのだということを教えてくれるのだ。特に気をつけるべきは夫婦生活での会話である。妻がベラベラと喋り過ぎてしまうと、逆に妻は自分の発言に拘束されて行ってしまい、妻の地位が低下してしまうことになるのだ。

 大抵、どの夫婦でも妻が喋り過ぎると、夫は黙るものだ。そのくせ夫は妻の意見には従わなくなり始めるのだ。その内、夫は妻の話すら聞こうとしなくなり、夫婦の会話は途絶えてしまい、夫は家の外で愛人を作るということを仕出かして来るのだ。女性脳は会話をすることで他人と関係を築こうとするので、女性脳をフル稼働させてしまうと、結婚生活が破壊されてしまうのである。

 そこでまずは夫の話を聞くようにすることだ。夫が帰宅して来たら、自分の話をベラベラと話すのではなく、まずは夫の話を聞き、その会話で盛り上がるようにすべきなのである。その後、自分が今日あったことを話すればいいのである。こうなると夫は妻の話をちゃんと聞くようになるし、自分だって話したいことを話すことができるようになるのだ。

 多くの女性たちはテレビの見過ぎなのか、喋りまくれば優位に立てると思い込んでいるのだ。実際、テレビのトーク番組でも司会者が喋りまくっている番組などは、冷静になって見てみれば面白くないものだ。出来のいい番組というのは、どの番組の司会者も一歩引き、あんまり喋らないものなのである。

●家事と育児は独裁でやった方が生産性が高い

 「自己決定権のパラドックス」の第二法則は夫婦生活であっても妻が決定しなければならないことは非常に少ないのだということを教えてくれる。妻があれこれと決定してしまうと、表面的には自分の思い通りに進んでいながら、結果的には結婚生活を不幸にしてしまうことになるのである。妻がやるべきことは少ないからこそ、やるべきことがあるなら、しっかりとやってしまった方がいいのである。

①家事

 まず家事はなるべく夫に任せず、自分でやってしまうことだ。夫が外に出て仕事をしている以上、家事は妻の仕事だというのは当たり前のことなのだ。夫婦共働きの場合であっても、家事の負担は妻の方が多くなるものなのである。家事をきちんとこなしていないと、妻としての立場、母親としての立場を危うくさせてしまうのである。

②育児

 育児に関しても妻が自分でやってしまった方がいいのだ。哺乳動物はその殆どが、母親が独裁で育児をするものなのである。父親が必要になり始めるのは、育児が終わり子育てが始まるようになってからなのであり、それまでは夫には育児に手を出して貰わないようにし、仕事に専念して貰うべきなのである。

③自分がどうしてもできないことだけを夫に頼む

 しかし家事や育児をやっていれば、どうしても妻だけですることができないものが出て来る。その際は夫に頼むようにすることだ。ありとあらゆるものを夫に任してしまうからこそ、夫婦生活は破綻してしまうのである。夫に任していいのはごく僅かなのである。そして夫に用事を任したのなら、夫を褒めることを決して忘れてはならないのだ。

④夫から頼まれたことは必ずやる

 結婚生活をしていれば、夫から頼まれることが出て来るものだ。その際、素直に夫の要望を聞き入れることだ。これをやらず、何もかも拒否していると、妻の立場は非常に危険になってくるのだ。妻が結婚生活の全てを自分の思い通りに行かせようとしてしまうと、結婚生活は破綻してしまうことになるのだ。

●結婚していれば不測の事態が必ず起こるもの

 「自己決定権のパラドックス」の第三法則は結婚生活には不測の事態が起こるものなのであって、その不測の事態をどう処理していくかでその幸不幸が決定されてしてしまうのである。妻が望まない不測の事態が起こったからといって、それを拒絶しているだけでは話にならないのだ。増してやその不測の事態を嘆いているだけでも駄目なのである。

 不測の事態が起こったのなら、妻が直感で動くべきと思ったことは先に動いてしまった方がいいのだ。こういう時、女の直感は良く当たるものなので、妻の速い動きが不測の事態が引き起こす被害を最小限に食い止めることができ、不測の事態を幸運に持ち込むことが出来易いのだ。

 不測の事態に夫婦が直面した時、夫婦でとことん話し合って、解決策を導き出すことだ。これが大事だからこそ、普段からの夫婦の会話が大事になってくるのだ。普段から夫婦の会話が巧く行っていないと、こういう非常事態でも余計に夫婦の会話が噛み合わなくなってしまい、貴重な時間を無駄にしてしまい、より被害を拡大させてしまうのである。

 夫婦が力を合わせて不測の事態を乗り切ると、夫婦の絆が非常に強くなるのだ。だから不測の事態を拒否してはならないし、不測の事態が起こった時に最善の判断をして、その不測の事態を幸運に持ち込まねばならないのである。その夫婦が不測の事態から抜け出すまでは大変だろうが、抜け出してしまえば夫婦の力が想像以上にパワーアップしていることになるのである。

 不測の事態に陥って逃げ出してしまうと、自分の実力が長期間に亘って向上しなくなるのだ。夫婦はいいことばかり続く訳がない。悪いことだって起こりうるのだ。それなのに悪いことが起こったからといって逃げ出してしまえば、自分の精神レベルがそこで止まってしまい、そしてそこからなかなか発展していかなくなってしまうのである。

●人間は非常に怠け者の動物なのである

 夫婦で問題が起こってしまうと、相手をケチョンケチョンに批判してしまうものだ。しかし人間は基本的に非常に「怠け者」の動物なのである。人間は放置しておくと怠けてしまうのである。だから自助努力が大事だし、習慣が大事になってくるのだ。自分が自助努力をせず、習慣を大切にしなければ、怠けに怠けて行くのは当たり前のことなのだ。

 人間は怠け者だからこそ、あれこれ勝手に決定してしまい、自分を有利にしようとするのである。しかし決定権を多く行使し過ぎると逆に不幸になるものなのである。自分が決定権を行使していいのはごく僅かなのである。どれが自分のしていい決定かを解るためには、妻なら家事や育児をきちんとこなし、夫なら仕事をきちんとこなしていくべきなのである。

 大事なことは選択肢を多く持つ立場に立つことなのである。結婚しているのなら、大きな問題に関しては夫婦で話し合いながらも、最終的な決断は夫にして貰うようにすればいいのだ。こうなると表面的には夫の意見が通っているように見えて、実は妻の意見の方が通ってしまうことになるのだ。

 夫であろうが、妻であろうが、自分が決定していることが多くなってしまうと、逆に自分の立場を危うくさせるものなのである。だから配偶者が反発して来たのなら、「これはやりすぎなんだな」と思い、その後、態度を改めるべきなのである。配偶者の意見だからこそ聞き入れ、ストレスを巧く発散させなければならないのだ。

 結婚しているのなら不幸過ぎるのは御免被るが、かといって幸せすぎるのも危険なのだ。結婚しているのなら、多少は問題が発生するのが丁度いいのだ。子供が多くいると、子供たちは常に問題を起こして来るので、それによって結婚生活が完成することを防いでくれるのである。何事も完成すれば崩壊して行くものなのである。未完成だからこそ永遠に発展し続けることができるものなのである。

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自己決定権のパラドックス

※タマティーからのお知らせ

 秋の夜長に面白いことを考えついたので、今週1週間はこのネタで行きます!

 哲学的な考え方なんだけど、物凄く実践的な考え方なので、人生の中で非常に役立ちます。

●自己決定権なんて本当に必要?

 俺が法学部の学生だった頃、「自己決定権」なる議論があって、俺自身、きちんと理解していないまま受け入れてしまい、そのくせ、大学を卒業してから、「自己決定権というのはどうもおかしんじゃないか?」と思ってしまったことがる。自分が自分の人生を決定していくと、幸福になるどころか、逆に不幸になってしまうというパラドックスに薄々ながら気付いてしまったのだ。

 例えば、俺が小学生の時、男の子の間ではリトルリーグに入ることがエリートコースに入ることだった。うちは貧乏であったために、このリトルリーグに入ることができず、非常に悔しい思いをしたことがあるが、ところがこのリトルリーグに入った小学生たちで、その後、プロの野球選手になった人は1人もいなかったのだ。

 俺が高校生の時に遭遇したのが「バンドブーム」なのだが、このバンドブームのためにバンドをやる人たちが続出した。何を隠そう俺の親友もベースをやっていて、バンドに入っていたりしたのだ。しかし俺の知り合いたちでプロのミュージシャンになった者は1人もおらず、それどころかバンド活動に打ち込んでしまったために大学に進学できなかった者たちが続出してしまったのである。

 フェミズムの本を読んでいたら、自己決定権なる用語で出て来て、矢張りフェミニズムというのは自立していない女性たちが屁理屈を捏ねるイデオロギーというのが良く解った。法学部でもきちんと議論され尽くしていないものを、平気でイデオロギーの中に取り入れてしまうために、そのイデオロギーが狂って行ってしまい、誰がどうやっても止めることができなくなってしまうのだ。

 フェミニズムの恐ろしさは、フェミニストたちだけに悪影響を及ぼすのではなく、普通の女性たちにも悪影響を及ぼすということだ。普通の女性たちがフェミニストではないのに、非常にフェミニストに近い意見を平気で言ってしまうということなのである。「結婚できない女性たち」というのもフェミニズムの影響下にあるのだ。というのは、この手の女性たちは自己決定権という用語を使わないにしても、自分の人生は自分で決定するからこそ幸せに成れると思い込んでいるからだ。だからこそ自分が結婚したくても結婚できないのである。

●無闇に決定してしまうのではなく、選択肢を多く持った方が圧倒的に有利になる

 決定というものは自分の未来を良しかれ悪しかれ拘束する。そのため自分が自分の人生に対して決定すれば幸福になれるというのは、初期の段階から破綻しているのだ。自分が決定してしまったために、自分自身が拘束されてしまい、自分が幸福になるような手を打つことができなくなってしまうのだ。

 そこで自己決定権のパラドックスの第一法則が導き出される。

 「無闇に決定してしまうのではなく、逆に敢えて決定をせず、選択肢を多く持った方が圧倒的に有利になる」

 大きな問題が起こった時には、できるだけ自分が選択しないように心掛けるというのが賢い生き方なのだ。決定するかしないかではなく、選択肢を多く持てる立場に立つようにしていけば、自分が圧倒的有利な立場に立つことができ、その後に自分がどのような選択肢を選んでもいい方向に持って行くことができるのである。

 これはプロポーズを例に考えると非常に解り易いと思う。プロポーズは男性がすべきか女性がすべきか? 常識的には男性がプロポーズすべきであろう。ではなんで男性がプロポーズすべきなのか? それは女性がプロポーズをしてしまったら、女性の方が圧倒的に不利になってしまうからだ。

 女性が男性からプロポーズを受けた場合、まずそのプロポーズに対して拒否権を発動するという選択肢が存在するのだ。拒否権を発動せず、そのプロポーズに同意したとしても、男性が女性にプロポーズをした手前、男性は女性の意に沿うような形で結婚式へと進めて行かなければならなくなるのだ。だから逆に女性が男性にプロポーズをしてしまうと、この立場が逆転し、女性の方が圧倒的に不利になってしまうのだ。

 女性が大学を卒業して総合職に就き、「結婚せずキャリアウーマンとして生きる!」と考えるのは確実に自分を不幸にする生き方といっていいのだ。というのは総合職に就くことと、結婚しないということは関係のないことだからだ。下手に決定してしまい、選択肢をなくしたことで、自分が圧倒的に不利になっているものなのである。

 働く独身女性の良くあるパターンが、結婚適齢期で結婚できず、結婚に焦れば焦るほど結婚できなくなってしまうというのがある。こういう時は結婚など考えず、仕事に打ち込んでしまった方がいいのだ。仕事に打ち込むことで、結婚するかもしれないし、結婚しないかもしれないという選択肢を持つことができ、自分の立場が有利になるのである。

●自分がしていい決断は非常に限られている

 圧倒的に有利な立場に立っても、決定を下さない限り、結果を得ることができない。そこで自分が決定するなら、自分が決定できる機会は非常に少ないということに気付き、自分が決定していい案件には自分が決定すべきだけれども、自分が決定しなくていい案件には絶対に自分は決定しないという自制を働かせなければならないのだ。

 そこで自己決定権のパラドックスの第二法則が導き出される。

 「自分がしていい決断は非常に限られているのであって、決断というものは数が少ないほど幸福になり、決断が多くなりすぎると逆に不幸になる」

 自分が決断をする時、大事なのは「直感」であり、「理屈」は後付けでしかないのだ。自分がしていい決断は直感で解るものなのであって、理屈を捏ねて解るものではないのだ。自己決定権の議論が根本的な所で間違っているのは、人間が理性的になって自分の人生は自分が決断すれば幸せになれると思い込んでいることなのだ。

 これは運命の出会いを例に取ると解り易い。運命の出会いを果たした男女に限って、出会った時に「自分はこの人と結婚する!」というのが解ったというのだ。直感で運命の相手を見つけ出したのであって、理屈を捏ねて運命の相手を見つけ出したのではないのだ。女性たちがイケメンを追いかけるようになると、逆に不幸になっていくのは、理屈が勝ってしまい、直感が衰えてしまったからなのである。

 起業家が会社を起業する時も、直感で何か新しい商品を思いついてしまい、それで会社を作り、成功してしまったという例が非常に多い。逆に大企業で修行して、資本金を充分に蓄えてから起業するというのは、非常に失敗例が多くなってしまう。理屈で起業したために、幸運を掴むことができなかったのだ。

 既婚女性が買い物をする際、お店で「これ欲しいな」と思った物はできるだけ買った方がいいということだ。それは直感が買うように指令しているのであって、それを理屈で押さえこんでしまうと、段々、直感が効かなくなってしまうからだ。買い物依存症に罹るくらいに衝動買いするのは駄目だが、普通に買い物をしていて、時折、そういう直感が働く程度なら買った方がいいのだ。

●自分が望まぬ出来事は必ずやってくる

 自分の人生というのは自分が何もかも決定して行くことなどできない。自分が決定しなくても、向こう側から何かしらの出来事が遣って来るものなのである。自分が意図しない出来事を避けてしまうのではなく、敢えてその出来事を受け入れるからこそ、自分の人生に変化が起こり、発展していくものなのである。

 そこで自己決定権のパラドックスの第三法則が導き出される。

 「自分が望まぬ出来事は必ず遣って来るのであって、その出来事をどう対処するかで、その出来事の幸不幸が決定する」

 結婚したのなら、自分の配偶者は自分の思う通りには動いてくれないものだ。相手が得体の知れない出来事を引き起こしてくれるのだ。そういう場合、自分が怒ってその出来事を拒絶するのではなく、自分が巧く対処することで本来なら不幸だった出来事を幸福なものに変えてしまえばいいのだ。

 育児をしていると、乳幼児は母親に対してべったりなのに、いずれ母親に反抗しだす時が必ずやって来る。そういう場合、今までの自分の遣り方を押しつけるのではなく、自分の遣り方を変えればいいのだ。子供は母親がなんでもやってしまうからこそ反抗しているのであって、子供に選択肢を与えて、自分で決定できることで満足させるようにすればいいのだ。

 今回の東日本大震災では多数の死傷者が出たし、中には大津波で町そのものが全壊したという場所もある。しかしこういう不測の出来事が起こった時、大震災や大津波のことを嘆いても仕様がないのである。そういう悲しみがあるのなら泣きまくって悲しい感情を吹き飛ばしてしまうべきであって、いつまでも悲しみに囚われているべきではないのだ。

 大津波で自宅が流されても、「昔の家は旧式だったから、これで新しい家を建てることができる!」と肯定的に捉えれば、不幸が幸福に変わってしまうのである。大震災で死者が出たとしても、「亡くなった人たちのためにも結婚して沢山子供を産もう!」と肯定的に捉えれば、不幸が幸福に変わってしまうのである。

 人生には悪い流れに巻き込まれる時があるのであって、悪い流れに入ってしまったら、その悪い流れを断ち切るようにすることだ。悪い出来事が起こっても、その悪い出来事の中でチャンスを掴むぐらいの逞しさを持つべきなのである。逆にいい流れに乗った時は、そのいい流れには黙って従うことだ。そのいい流れを維持すれば、幸福を大量発生させることができるのである。

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オウムの悪夢は決して終わらない

●事件の真相なんて誰も解る訳がない

 オウム真理教が引き起こした地下鉄サリン事件から16年もの歳月が流れ、オウム関連の主要な裁判は全て終了し、その首謀者たちの殆どに死刑が確定することになった。しかし16年もの長きに亘る裁判は余りにも遅すぎるし、日本の司法制度の欠陥が露呈してしまったといっていいのだ。

 なんで裁判がこんなに長期化するのかといえば、人々が裁判に於いて「事件の真相」を究明しようという要求があるからに他ならない。裁判は紛争を解決する機能を持つだけなのであって、紛争を解決させさえすればそれでいいのであって、事件の真相を究明することなどするべきではないのだ。

 人間は神様ではないのだから、事件の真相なんてどうやったとしても知ることはできない。我々ができることは警察が事件だと思えるものを捜査し、警察によって逮捕された被疑者を検察官が取り調べし、検察官が「これは裁判で争うだけの価値を有する事件だ」というものだけを裁判で争っているにすぎないのだ。

 だから裁判で事件の真相が解明される訳がない。地下鉄サリン事件の被害者たちは確かにその事件で被害に遭ったことは不幸だったかもしれないが、かといって間違った要求を裁判所にしてはならないのだ。近代国家の裁判所はどの国の裁判所であっても、事件の真相を究明する機能など絶対に持ち合わせていないのである。

 では一体どうすればいいのかといえば、裁判とは違う形でオウム真理教や地下鉄サリン事件を調査して行き、それによって今後の教訓を得て行くしかないのだ。裁判が終わればそれで終わりなのではなく、オウム真理教はどのような教団で、どのような教義を持ち、どのような軌跡を辿って地下鉄サリン事件を引き起こしたのか、そういうことを自分たちが理性的になって調べて行くしかないのである。

●麻原彰晃は紛れもなく宗教的天才だった

 まずオウム真理教について絶対に知っておかなければならないのは、麻原彰晃は「宗教的天才」であったということなのである。オウム真理教が地下鉄サリン事件を引き起こしたために、この肝腎なことを認めない知識人が殆ど全てなのである。だからこの新興宗教団体の正体をなかなか掴めないのである。

 天才とは今まで誰もやらなかったことを平気でやってのけてしまう人のこという。

 一体、麻原彰晃のどこが宗教的天才なのかといえば、仏教とヨガとを結びつけたということなのである。仏教はインドが発祥なので、仏教とヨガは深く結びついている。しかし日本に伝来してきた仏教は大乗仏教なので、インド的な要素が削ぎ落されてしまい、当然にヨガも削ぎ落されてしまったのだ。日本人にとってヨガというのはヒンズー教のものだという誤った認識を持ち続けているのである。

 麻原彰晃は最初、ヨガ道場として「オウム神仙の会」を開いていたのであって、それが発展してオウム真理教になったのである。ヨガと仏教を結びつけたからこそ、独自の修行システムを作り上げることができたのであって、それは他の仏教団体には全く存在しない非常に希少価値のあるものになったのである。

 オウム真理教の修行システムは当時としては画期的だったし、本格的な修行であったために、だからこそオウム真理教は「出家システム」を採用することになるのである。在家の者ではどうしても修行が本格化しないのであって、出家システムを作り、出家者たちを有することで本格的な修行にさせようとしたのである。

 出家者を出せば、当然に出家者たちの最終目標が必要になるのであって、それで麻原彰晃は或る日突然に「最終解脱宣言」をし、自分が最終解脱することで出家者たちの模範たりえたのである。他の仏教寺院で幾ら修行をしても、そこの住職は解脱していないものだ。だったら最終解脱したと言っている麻原彰晃の下で修行した方が解脱できる確率が高くなるというものなのである。

●新興宗教団体は危険な橋を渡るもの

 もう1つ、日本の知識人たちが見落としているのは、「新興宗教団体はその初期に於いて必ず危険な橋を渡って来る」ということなのである。新興宗教団体は株式会社を起こすように出来上がって来るのではないのだ。教祖が神憑りになったり、教団幹部たちが過激路線を取ったり、信者たちが熱狂状態になったり、人々の宗教心が沸騰することで暴走してくるということなのである。

 大方の新興宗教団体が手を出して来るのは、なんといっても「病気治し」だ。病人にとっては医者ですら治せない病気を新興宗教団体に治して貰えば、確実に改宗して、それどころか非常に熱心な信者に早変わりするのである。新興宗教団体がなぜ病気治しを行うのかといえば、原価がゼロだから無一文の教団でも手を出すことができるのである。

 しかし如何なる政府であっても、医者以外の者たちが病気治しをすると必ず宗教弾圧を加えて来るのである。治療というのは膨大な利権の塊なのであって、その利権は既に医者と製薬会社と政治家たちが握っているのであり、新興宗教団体如きに手を出されては困るのである。嘗て天理教も教祖の中山みきが病気治しをしていたからこそ、宗教弾圧を受けたのである。天理教に対する宗教弾圧を知識人たちは天皇制との対立と見ているが、それでは事の真相が何も見えてこず、それどころか間違った方向へと突き進んでしまうものなのである。

 オウム真理教も病気治しをしていたことでは新興宗教団体の王道を歩んでいたのである。麻原彰晃は病気を治せたからこそ、信者たちを惹きつけていったのである。ところが麻原彰晃は病気治しを前面に打ち出さず、修行の方を前面に打ち出してしまったために、問題が多々発生し始めたのである。麻原彰晃としては病気を治すよりも、修行システムの中に信者たちを取り入れた方がより多くお金を儲けると踏んでしまったのである。

 そこで起こったのが殺人事件なのである。実を言うとオウム真理教は坂下堤弁護士を殺害する以前に、既に少なくとも2件の殺人事件を引き起こしているのだ。信者に過酷な修行をさせている中で信者が死んでしまったのだ。これこそオウム真理教が他の新興宗教団体とは違う点で、オウム真理教は早い段階で犯罪に手を染めていたのである。

●事件の引金を引いた江川紹子

 オウム真理教は殺人事件を引き起こした以上、その事件は警察が処理すべきものだったのである。ところが坂下堤弁護士がオウム真理教に噛みつくという非常に危険なことをやったのである。相手は組織なのであって、それに対して個人で立ち向かうというのは正気の沙汰ではないのだ。

 なんで坂下堤弁護士がオウム真理教に噛みついたかといえば、当時、神奈川新聞社の社員だった「江川紹子」から紹介を受け、オウム真理教は臭いということを教えて貰い、それで坂下堤弁護士はオウム真理教に対して反対運動を仕掛けたのである。相手は既に殺人事件を引き起こしている新興宗教団体なのである。それがどんなに危険なものなのか、余りにも理解しなさすぎたのである。

 オウム真理教といえども一弁護士との小競り合いなら、別に拉致して殺害などしなかったであろう。そこに『サンデー毎日』が加わり、特集記事でオウム叩きを遣り始めたのである。更にはTBSでオウム特集を報道しようとしていた情報が伝えられ、これに激怒した麻原彰晃が坂下堤弁護士一家を拉致して殺害してしまったのである。

 どうして素人集団のオウム真理教が拉致殺害という見事な刑事事件を引き起こすことができたのかというと、麻原彰晃は整体師としてヤクザを治したことがあり、ヤクザの指導を受けてこの刑事事件を引き起こしたのである。因みに坂下堤弁護士の自宅に置かれいたプルシャは、オウムの信者が落としたものではなく、ヤクザが故意に置いていったものなのである。

 坂下堤弁護士拉致殺害事件こそ、オウムの運命を完全に狂わしてしまったのである。

 坂下堤弁護士拉致殺害事件を調べて行くと、確かにオウム真理教は悪いのだが、「言論の自由」を乱用した江川紹子や毎日新聞社やTBSの罪深さも目立つのである。オウム真理教がいきり立っている時に、言論の力でオウム叩きをすれば、オウム真理教が実力行使に出て来ることぐらい予想できた筈なのである。殺人事件を引き起こしている以上、オウム真理教のことは警察が処理すべきものだったのであり、警察が動く前に言論の自由が乱用されたからこそ、坂下堤弁護士が拉致殺害され、それを機にオウム真理教が暴走していくことになったのである。

●戦前の大本教と全く同じ

 実を言うと、マスコミが騒ぎ出し、警察が動くというパターンは、戦前の大本教に対して既に行われているのだ。戦前の宗教界で最も過激な宗教運動を展開したのは大本教であり、戦後出て来た神道系の新興宗教団体は全てこの大本教の影響を受けて出れ来たといっても過言ではないほど、この大本教は非常に魅力的な教団であったのだ。

 大本教が宗教弾圧をうけた時期に注目していただきたい。大本教は教団創設以来、何も政府と衝突しなかったのに、昭和10年になって治安維持法及び不敬罪容疑で逮捕され、大本教の神殿が爆破されるまでの宗教弾圧を受けてしまったのである。金融恐慌で日本経済が逼塞し、大卒の連中に社会主義者が大量に出て来た時期であるのだ。オウム真理教が政府と衝突してしまったのは、バブル経済が崩壊し、社会主義の影響を最も多く受けた団塊の世代が、丁度、マスコミなどで権力を掌握していった時期なのである。

 大本教とオウム真理教を比較するには無理があるし、そもそも大本教に対して失礼であろう。しかし大本教は出口王仁三郎という宗教的天才に率いられたし、オウム真理教もまた麻原彰晃という宗教的天才に率いられたのである。神道と仏教と宗教が違えども、宗教的天才が出現した時、必ず政府と衝突してしまうものなのである。

 昭和憲法は明治憲法とは全く別の憲法でありながら、昭和憲法は明治憲法と全く同じ軌跡を辿っているのである。マスコミが新興宗教叩きをやり、それに反応した警察が動き出し、警察による宗教弾圧が展開されているのである。嘗て出口王仁三郎は「大本を潰せば、国が潰れる」と予言したが、事実、その通りになったのである。

 新興宗教団体は騒がしいといっても信者数は非常に少ないのである。新興宗教団体は無理に無理を重ねて教団の勢力を拡大しているのであり、それに対して全国規模で展開するマスコミが新興宗教叩きをやるべきではないのである。マスコミが新興宗教団体を叩けば、幾らでも埃が出て来るものなのである。しかしその代償の方が比べ物にならないくらいに高いのである。戦前の日本は国家そのものが潰されてしまったし、戦後の日本では地下鉄サリン事件が起こってしまったのである。

●「宗教市場」の絶対的重要性

 では、問題を起こしている新興宗教団体に対して一体マスコミは何をすればいいのであろうか?

 放置しておけばいいのである。

 新興宗教団体の中で刑事事件を発生させている教団には警察が動いて、その刑事事件だけを処理していけばいいのである。霊感商法などの民事事件を発生させている教団には裁判で処理していくと同時に、それこそ消費者庁が「この教団は霊感商法を行っているので危険である」と公示すればいいのである。政府が下手に動き過ぎて、宗教弾圧になるようなことは絶対にすべきではないのである。

 近代以前の国家と、近代国家が決定的に違うのは、国内に「宗教市場」を成立させているか否かなのである。宗教市場があればこそ、どの教団も競争しなければならないし、どの教団も国教になることもできないのである。、宗教市場のために「宗教の自由」が必要なのであって、その逆なのではないのである。

 日本がアジア諸国の中でなぜ一番早く近代化に成功できたかといえば、江戸時代に既に宗教市場が出来上がっていたからなのである。だから江戸幕府が崩壊してしまえば、手品のように近代国家が出来上がってしまったのである。それに対して中国や朝鮮は朱子学を国教としていたので、なかなか近代以前の体制から抜け出すことができず、欧米列強や日本の餌食になってしまったのである。

 戦後の日本で最も成功したといわれる創価学会ですら、信者数1000万人を豪語しているが、実は最大で300万人程度しか動員できないのである。あの創価学会ですらその程度なのである。オウム真理教は信者数が1万人程度で打ち止めになったのであり、あのまま放置しておけば、いずれ静かになった教団であった筈なのである。オウム真理教には出家システムがあったので、その限界が信者数の増大を食い止めてしまうのである。

 明治維新直後からキリスト教が盛んに宣教しているのだが、日本ではなかなかキリスト教徒が増えない。その理由はもしもキリスト教徒たちが増えすぎてしまったら、日本の宗教市場が破壊されてしまうと、国民の大半が漠然と感じているからなのである。神道や仏教を敵視しているキリスト教の勢力が大きくなってしまえば、いずれ神道や仏教に対して宗教弾圧を展開して来るのは予想されうることだからだ。

●古代ローマ帝国はなぜ滅んだか?

 日本国民であるなら、自分の宗教心のことはひとまず置いておいて、宗教市場を守るためにしっかりとした宗教政策を持つべきなのである。それは「神仏を敬うこと」なのである。明治維新直後に廃仏毀釈をやったし、占領中はGHOから神道が宗教弾圧を受けたが、結局、日本国民が選んだのは神道と仏教の併存体制なのである。我々にできることはこの神道と仏教の併存体制を守り続けるしかないのである。個々人の宗教心はそれができてからで充分なのである。

 西ヨーロッパでは昔から「なぜ古代ローマ帝国は滅んだのか?」という問いが存在し続けた。彼等には様々な意見があろうが、古代ローマ帝国となんの接点もない日本人から言わせて頂くと、「古代ローマ人たちが自分たちの宗教を捨て、キリスト教に改宗してしまったから」という的確な答えを出すことができるのである。

 国家にとって宗教の変更は「国家の滅亡」を意味するものなのである。

 キリスト教ではイエスを救世主だと主張しているが、当時のユダヤ人たちから見れば、イエスなどという男は頭のおかしな男性にしか映らなかった筈だ。古代ローマ帝国としては放置しておけば良かったのである。イエスはユダヤ教の神殿の中でユダヤ教徒たちとトラブルを起こした程度なのであって、何も古代ローマ帝国が出るべきではなかったのである。

 それなのにイエスを死刑にしてしまったのである。

 それで一体何が起こったのか? 

 キリスト教の経典を丹念に調べて行くと、歴史的事実としてはマグダラのマリアがイエスの墓に行った時にはイエスの死体がなかったということになるのである。それなのにキリスト教徒たちは福音書を偽造しまくり、「イエスが復活した」という話になってしまうのである。更には神学を発達させて、イエスの死は「贖罪死」なのであって、人類の原罪を償うために死んだのだという有り得ない展開になっていくのである。

 キリスト教は古代ローマ帝国から宗教弾圧を受けたことで教義を発展させていったのであり、これでは古代ローマ帝国がキリスト教を叩けば叩くほど、キリスト教徒たちが強固な教義を持ってしまうことになるのだ。このために古代ローマ帝国はキリスト教徒たちに浸食されて行き、結局、滅亡してしまったのである。

 キリスト教徒たちに宗教弾圧を加えるのなら、最初から信者全員を殺すべきだったのである。イエスがいた時はキリスト教徒は千人も超えなかったであろう。殲滅しようとすれば簡単にできた筈なのである。事実、アメリカ合衆国はブランチ・ダビディアンに対して殲滅措置を取って滅ぼしている。憲法体制にとって危険と見れば信者数が少ない段階で殲滅するしかないのだ。それができないのなら放置するしかないのである。

●オウムは今後も増殖し続ける

 如何なる憲法体制であっても必ず腐敗して行くのだ。どんなに優れた憲法体制を持ったとしても、必ずそれに適応できない者たちが出て来る。それを宗教団体が吸収して、勢力を拡大しているのである。そういうことをやれるのは宗教団体の中でも新興宗教団体だけであって、その連中が危険な存在に見えて来るのは当然のことなのである。

 オウム真理教が地下鉄サリン事件を引き起こした時、なんで大卒や大学院卒の優秀な人たちがオウムに入信してしまったのかと話題になったが、優秀だからこそ彼等や彼女達はオウムに惹きつけられたのである。頭がいいからこそ、この憲法体制の腐敗に気付き、適応することを拒絶したのである。

 なぜなら宗教は大ドンデン返しを引き起こす力を持っているからなのである。

 昭和憲法体制の矛盾はいずれ宗教の力によって大爆発を引き起こす日が必ずや遣って来ることであろう。昭和憲法体制は「信教の自由」を最優先させ、宗教市場を理解できなかったことの致命的なツケをいずれ支払うことになるのである。宗教市場の存在に気付き、新興宗教団体を放置しておけば良かったものを、権力を持つ人たちが新興宗教団体を叩きに走ってしまったからこそ、新興宗教団体の方も教義を過激化させていくのである。

 オウムの信者は今後も増え続けることであろう。地下鉄サリン事件の被害者になった人たちから見ればそれは激怒する行為であろう。しかし社会から完全に落ち零れてしまった連中はオウムのような過激な集団でしか救って貰えないのである。多くの人々は個々人のレベルで物事を見過ぎてしまい、全体という視点が全く抜け落ちているのである。この世というのは様々な因果が絡み合って出来ているものである。

 麻原彰晃には死刑を執行せず、老衰で死なせた方がいい。もしも死刑を執行した場合、オウムの信者たちが何を言い出して来る解らないからだ。事実、キリスト教徒たちはイエスが死刑になったからこそ、「イエスは救世主だった!」と騒ぎだして、その後、古代ローマ帝国を崩壊させていったのである。

 これは刑事事件ではなく、最早、政治事件なのである。オウム真理教を恨むだけではこの事件を解決していくことはできないのである。オウムに恨みをぶつけても、更なる恨みが生まれるだけなのである。オウム真理教の一連の事件は、確かにオウム自身も悪いが、マスコミが言論の自由を乱用し、それに警察が乗ってしまい、それによって宗教市場が破壊されたという事実に気付けないと、この事件を終息させていくことは永遠にできないのである。

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県民共済に保険を組み合わせる

●超優れ物の県民共済

 大方の主婦たちは「保険」で躓いてしまうものだ。

 保険というのはそれがなんであれ、保険料が高い物だし、家計も初期の頃は収入が少なく支出が多いために、僅かな保険料であっても家計を圧迫してしまうのだ。中には複数の保険をかけて自慢している主婦もいるものだが、これこそ何も家計のことが解っていない証拠なのである。

 既婚女性なら保険などかけるべきではなく、まず共済でいくべきなのである。共済の中でも「県民共済」は超優れ物で、これ1つで殆どを賄えるのである。育児をしている時はどの家族も似たような現象が起こるものなのであって、それに対してきちんと対応しているのは県民共済だけといっていいのだ。保険ではこうはいかないのだ。

 県民共済のいい所は掛け金が非常に安いということなのである。収入が低い時にはこれは非常に有難いのだ。掛け金が高いとどうしてもその掛け金が家計を圧迫していくのだ。掛け金が安いが、いざという時には充分なお金が支払われるので、それで何か問題が起こるというものではないのだ。

 冷静に考えてみると「保険金殺人事件」はあっても、「共済金殺人事件」というものはない。保険金は高い掛け金を支払い、高い保険料を得られるのだが、そのために碌でもない輩が狙って来るということも有り得るのだ。非常時には必要な分だけお金をくれればそれで充分なものなのである。

 保険が基本なのではなく、共済が基本なのである。このことが解ればまずは共済に加入し、共済を利用して行くことになるであろう。それでも足りない分は保険をかけていけばいいのである。順序を逆にしてしまうと、保険の掛け金がボディーブローの如くに家計を圧迫し続けるので、どうにもならん状態になってしまうのである。

●その上で保険をかけるようにする

 保険という物は基本としてかけるのではなく、オプションとしてかけるべきなのである。まずは共済で基本を固め、それでも足りない分は保険でかけるべきなのである。保険はオプションであるから、必要な箇所には必ずかけておくことだ。住宅を持ったら火災保険に地震保険、自動車を持ったら自動車保険といった具合に。

 複数の保険を持つのは面倒だから、1つの保険で全ての物を賄おうというという考えは持たないことだ。そんなことをしたのなら基本である共済の意味がなくなってしまうのだ。面倒ではあったとしても保険は必要に応じてかけるべきであって、それが面倒であってもその手続きを惜しんではならないのだ。

 保険を選ぶ時、テレビCMをしている保険会社には気をつけろ。保険は非常事態に備える物なのであって、テレビCMを出して宣伝するものではないからだ。丁度、バブル経済の時には銀行がテレビCMをバンバンと出していたが、結局、バブルが崩壊してしまえばどの銀行も巨額の不良債権を抱えるようになってしまったのと同じことなのである。

 保険に対して最善の選択をしたいのなら、保険の外交員を1人抱えておくことだ。保険の外交員たちは非常に優秀な女性たちなのであって、その保険の外交員に保険の話を聞かして貰えばいいのだ。難しい保険の話を簡単に纏めてくれるので、無駄な労力と時間を省くことができるものなのである。

 因みに保険の外交員たちは、前世は「男性」というのが殆どなのである。このため普通の女性たちよりも頭がいいし、行動力もあるので、普通の女性たちなら引っ掛かるフェミニズムや男女参画社会には引っ掛かったりしないのである。信用できる保険の外交員がいると、その後の家計は随分と楽になって行くものなのである。

●職場で共済があるなら必ず入っておく

 職場で共済があるのなら、基本的には入っておいた方がいいであろう。出費が嵩むかもしれないが、職場では労災が発生したりするので、職場の共済に入っていれば、治療代や休職中の手当てなどを賄うことができるのだ。但し、その職場の共済がきちんと機能していない時には入らない方がいい。その共済は汚職の温床になっているので、逆に危険なのだ。

 人々が新興宗教団体に惹きつけられるのも、新興宗教団体では独自の共済を持っているからなのである。新興宗教団体の共済は税制上の優遇措置を利用して、かなり手厚いシステムを構築しているのだ。既成宗教団体が信者数を減少させているのは、信者たちに共済制度を整えないということにも原因があるのだ。

 共済と保険の違いというのはは、共済は組合を結成し、組合員しか共済の対象にしないが、保険だと組合が存在せず、不特定多数の人たちを相手にしてしまうのだ。そのため共済は責任を持って救済してくるのに対して、保険は契約の範囲内でしか保険金を渡して来ないのだ。、

 共済と保険の違いは責任がきちんとあるかないかの違いなのであって、これは非常に大きいのだ、例えば国民年金や国民健康保険は破綻しているが、公務員共済年金は破綻していないのだ。国民年金や国民健康保険のように国民すべてを対象にしてしまうと、結局、責任がなくなってしまうのである。逆に公務員共済年金のように対象者が公務員と限定していれば、明確な責任を持てるものなのである。

 国民年金や国民健康保険に関しては様々なことが報道されるが、これは政府がやるからこそ駄目なのであって、一刻も早く民営化してしまうべきなのである。如何なる者が政権に就こうとも、責任が明確にならない保険を巧く運営して行くことなどできないのだ。保険というのは本来、民間企業がやるべきことなのである。

●共済と保険の勉強と選別は必ずしておけ

 共済と保険のことに関しては、夫婦できちんと勉強しておいた方がいい。少し話を聞いて理解できるものではないからだ。図書館から本を借りてきて、じっくりと勉強した方がいいのだ。共済も保険も毎月支払いがあるために、最善の選択肢を取れば家計が非常に潤い、隠し資産として活用することができるのである。

 共済や保険の本に関して一言言っておくと、著者が男性の場合と女性の場合とでは見方が全然違うということだ。男性の視点は「財産と割り切っている」ということなのである。女性の視点は「生活のために必要だと考える」ということなのである。男性は共済や保険に関して経済的な観点から見、女性は生活的な視点から見て来るのだ。

 このため、共済や保険の勉強をする時、男女双方の意見を聞いておいた方がいい。どちらが正しく、どちらが間違っているというものではないのだ。視点が違うから、結論も違ってくるのである。全ての共済、全ての保険には、長所も短所もあるので、完璧な物というものはないものなのである。

 情報を充分に持っていれば、共済や保険に関して的確な選別をしていくことが可能になるのだ。たとえば子供のために学資保険をかけるかどうか、夫婦のために癌保険をかけるかどうか、情報がなければ延々と話し合いが続くが、情報を充分に持っていれば話し合いを手短に済ませ、確実に結論を出せるものなのである。

 災害は忘れた頃にやってくるものなのだ。

 今回の東日本大震災でも地震保険を掛けていた者と掛けていなかった者とではくっきりと明暗が分かれたものだ。非常事態の時に充分な資金があれば幾らでも復活していくことができるものなのである。共済や保険のことに関してはテレビや新聞ではなかなか報道してくれないのだ。ジャーナリストたちは仕事柄、共済や保険を勉強している閑がないので、共済や保険のことは抜け落ちてしまうのである。普段は本を読まず、テレビや新聞しか見ていないのなら、災害が起こった時に最も悲惨な目に遭うのは「あなた」なのだ!

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家庭内埋蔵金を作る

●住宅は資産に非ず!?

 殆どの夫婦は資産だと思ってマイホームを買うものだ。しかしマイホームは資産ではないのだ。現金で住宅を買わない限り、その住宅はローンを支払い続けなければならないので、帳簿上は「負債」の中に組み込まれてしまうのである。ローンの支払いを終えて借金がなくなった後に、初めて資産になるという物なのである。

 だから本物の金持ちに限って住宅を現金で買うのである。現金で買えば行き成り資産になるからなのである。それと将来確実に転売できる住宅を買い、決して自分たち家族のためだけに使用しかできないという住宅にはしないのだ。余りにも巨大すぎる豪邸とか、安普請の住宅では、いざ引っ越そうとした時に転売が効かないのである。

 それと住宅を維持するためにはランニングコストが必要に成って来るのだ。光熱費や水道代、それに修繕費である。住宅というものは使用し続けないと傷みが激しくなってしまい使用不可能になるので、できるだけ毎日使い、定期的に修繕を施しておかなければならないのだ。そう考えると別荘を持つというのは非常に考えものなのである。別荘を週に1度とか月に1度とかに使うのならいいのだが、夏や冬に1回程度しか使わないのなら持たない方がいいのだ。

 トドメは固定資産税だ。固定資産税は地価の安い所ならなんとでもないのだが、地価が高くなってくると固定資産税の支払いが非常に恐ろしい物になってくるのだ。地価の高い場所に住むなら、一軒家にするのはやめて、マンションに切り替え、家賃収入を取れるようにし、それで固定資産税を支払っていくしかなくなるのである。

 冷静に考えると、マイホームというのは持たないで借家暮らしをし続け、貯金が充分に貯まった後でマイホームを現金で購入すればいいのだ。しかし女性は妊娠すると自宅で赤ちゃんを育てたいという本能が作動して来るので、殆どの夫たちは妻の要求に屈して、マイホームを買うことを決断し、そのローンの返済に追われることになるのだ。

●共済や保険をかけておく

 マイホームは借金返済が終わるまで資産ではないのだが、家計の中には自分たちは資産だと思っていないのに、「隠し資産」として存在するものが幾つかある。この「隠し資産」を巧く使って「家庭内埋蔵金」を作り、家計が非常事態になった時にそこからお金を引き出せばいいのである。

 まずは「共済」である。共済というのは非常に優れ物であって、毎月、僅かな掛け金を支払っておくだけで、いざということに資金を調達することができるのである。事故とか病気をしたのなら、それにお金がかかるだけなのではなく、その間、働けなくなり収入がゼロになる可能性をも秘めていることを決して忘れるべきではないのだ。

 共済と同じ原理で「保険」も隠し資産なのである。マイホームを買ったのなら絶対にかけておくべきは、火災保険と地震保険であろう。住宅というのは火災や地震で焼失したら丸裸で追い出されてしまうので、生活が立ち行かなくなってしまうものなのである。保険さえかけておけば、火災や地震で自宅を失っても、一気に資金調達ができ、早い段階で生活を再建することができるのである。

 保険には節税効果もある。保険は銀行預金と同じように民族資本の蓄積に大いに役立つので、政府も保険には税制上の優遇措置を作り、民族資本が蓄えられるようにしているのだ。但し、幾ら税制上の優遇措置があるからといって、目一杯節税するのではなく、自分たち夫婦の収入に応じて保険をかけていくべきなのである。

 共済や保険に関しては良く勉強しておくことだ。一体どういう条件の時にどれだけのお金が貰えるのかということが解っていないと、いざという時に困るものなのである。特約が多過ぎて、結局、お金を貰えなかったとか、お金を貰えたとしても非常に少なかったのなら、生活がそこでギブアップしてしまうのである。

●金銀財宝とブランド品と高級車

 家庭内埋蔵金として役立つのが「金銀財宝」である。これらの物は利子を産まないが、いざという時に高値で売れるという利点を持つのだ。だから夫婦の誕生日には互いに金銀宝石を贈り合って、隠し資産を溜め込んで行くべきなのである。夫婦で生活していれば、どうしても緊急で纏まったお金が必要になる時があるのであって、その時は金銀財宝を売って資金を調達すればいいのだ。

 女性たちがブランド品に拘るのはお洒落のためだけであろうが、これを隠し資産として見るようにするだけで、随分と家計は楽になっていくのだ。例えば「服」とかはノンブランドなら使い捨てだが、高級ブランド品の服なら使いきった後は多少安くとも売れるのである。これは女性が服を大量消費する以上、この手の少しの違いが十年後には非常に大きな差となって現れて来るのだ。

 男性だったら「高級腕時計」であろう。腕時計に大金を支払うのは馬鹿らしいものだし、第一携帯電話があるのだから、そこで時計を見ることができるものなのである。ではなんで高級腕時計をつけるのかといえば、お洒落のためと、隠し資産のためなのである。収入が多い時に高級腕時計を買っておけば、収入が減り家計がピンチになればそれを売り払えば家計は急場を凌ぐことができるのである。

 自動車にしても実際に仕事やプライベートで使うのなら「軽自動車」の方が断然使い易いのだ。しかし隠し資産のことを考えれば「高級車」を買った方がいいのである。軽自動車は使いきってしまうと中古車の市場では二束三文にしかならないのであるが、高級車なら高値で売れるのである。

 貧乏だった夫婦が豊かになって行く時、夫は高級車に乗り出し、妻は高級ブランド品を身につけるようになるものだ。そういう変化が起こる時、下手に相手に対して文句を言わないことだ。ここでお金をきちんと使っておかないと、隠し資産を作っていくことができないのだ。それに高額な商品を買いだすようになると、もう安物を買わなくなり、逆に支出が非常に健全化していくのである。

●イザという時のために家族支援会を作る

 家計というのは1つの家計しかないのなら、誰がどうやっても大変なものなのである。80対20の法則からいうと、1つの家計しかないのなら、効果はゼロになってしまうのだ。だから金持ちの常套手段として会社を設立し、その会社で必要経費を巧く落としながら、家計にかかる負担を軽減させていくのである。

 一方、妻として家計の負担を軽減したいのなら、家計とは別個に「家族支援会」を作ってしまうことだ。家族支援会なるものを作って、家計の臨時収入とかを入れてしまい、非常事態のために温存しておくのだ。家族支援会があれば非常事態になってもそこから資金を融通できるので、家計がパンクしなくて済むようになるのだ。

 それに妻自身にとって家族支援会があると、家計の遣り繰りでいっぱいいっぱいにならず、余裕を持って進めて行くことができるのである。家計が1つしかないと、どうしてもケチケチ路線に走ってしまうものなのだ。しかし家族支援会があると自分に余裕が出て来て、死に金は取り締まるが、生き金は使うようになり、家計が非常に潤ってくるようになるのだ。

 家族支援会をより増強しようとすると、自分たち夫婦の資産を割いて、「信託財産」を作ってしまえばいいのだ。その信託財産を自分たち夫婦が所有するのではなく、その信託財産から資産運用益を頂けるようにすればいいのだ。こうすれば常に或る一定の収入があるのであって、家計は余程のことがない限りビクともしないのである。

 俺が女性には結婚時に相続権を放棄させると同時に結婚持参金を与えるようにすればいいと提言するのは、家族支援会の必要性と同じ理由からなのである。その夫婦にスタート時点で或る一定の資産があれば、その資産を運用して資産運用益を得てしまえば、その夫婦の家計は最初から豊かに進めて行くことができるのである。自分が老年になってから親の遺産を貰っても価値は非常に低いものなのである。それよりも大量のお金が必要な時に結婚持参金という形で親から貰ってしまった方が、遥かに結婚を幸せにすることができるものなのである。

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子供たちに金銭教育をさせる

●家事手伝いと小遣い帳

 お金を守る努力の中で最も気をつけなければならないのは、実は「自分の子供たち」なのである。幾ら自分たち夫婦が財産を築き上げたとしても、自分たち夫婦の子供たちがそれを食い潰してしまっては意味がないのだ。子供たちはお金の有難味なんか全然解っていないのだ。だから「金銭教育」が大事になってくるのである。

 金銭教育は学校教育とは比べ物にならないくらい大事なことであると肝に銘じるべきなのである。

 まず乳幼児の段階で下手に贅沢をさせないことだ。乳幼児に愛情を注ぐことと、贅沢をさせることは別物なのである。大体、子供に幾ら贅沢させても、子供が大きくなればその記憶を忘れてしまうので、全く意味がないのだ。それよりも一度贅沢な暮らしに慣れてしまうと、それが当たり前になって更に贅沢しようとして来るのだ。長く続くお金持ちの家は絶対に子供たちに贅沢をさせず、質素倹約に基づいた生活をさせるのである。

 お小遣いは家事手伝いをしたのなら与えるようにすることだ。お小遣いをサラリーマンのように毎月貰っていては子供の金銭感覚は狂って行くものなのである。家事手伝いをするからこそお小遣いを与えるようにすれば、子供は自分が労働したからこそお小遣いを貰えるのだということが解るようになり、自分のお小遣いを大切に使うようになり、無駄遣いがなくなるのである。

 子供にお小遣いを与えたのなら、一緒に「小遣い帳」まで与えてしまうことだ。自分のお小遣いを小遣い帳で管理してしまい、今自分のお小遣いがどれくらいあるのかを解らせ、無駄な支出があれば削減させるようにすることだ。お小遣い帳がないと子供はお小遣いを与えればすぐに全て使いきってしまうということを繰り返すので、お小遣いの増額要求をしてくるようになるのだ。問題はお小遣いの金額が少ないことなのではなく、計画性が何もないということなのである。だから小遣い帳で計画性をしっかりと身につけさせるべきなのである。

 育児や子育ての中で一番気をつけるべきは、「お年玉」なのである。馬鹿な大人だと、お年玉に高額な金額を入れてしまい、それで子供の金銭感覚を狂わしてしまうのである。親戚一同で話しあってお年玉の金額に制限を設けるとかすべきなのである。もしも高額な金額を入れて来る親戚がいるなら、その人の家には行かないことだ。金銭感覚は一度狂うとそう簡単には治らないのだから、子供の金銭感覚を守るためには、少ない金額のお年玉を与え続けるべきなのである。

●本格的なビジネスごっこ

 子供は10歳までなら、如何なる子供であっても親の言うことを聞くので、10歳までに何かしらのビジネスを体験させることだ。そのビジネスは遊びなんだけど、本格的なビジネスごっこにしてしまい、ビジネスの基本をその遊びの中で教え込んで行くのである。遊びだからこそ、そんなに肩肘張らず、楽しみながら学べるのだ。

 一番のお勧めは、お祭りの時に屋台を出さして貰い、そこで子供たちを動員してビジネスを展開するのである。ビジネスの基本は「計画をしっかりと立てて合理的に行う」なのであり、「安く仕入れて高く売る」ことなのであり、「お客様に喜んで貰う」ということなのである。これらのことをビジネスごっこをして学ばせていくのだ。

 京都市では祇園祭の際に子供たちに特別な商品を売らせることで町ぐるみで金銭教育を行っているのだ。だから京都市では優秀なビジネスマンたちが大量に出て来るし、伝統産業も潰れることなくしっかりと生き残り続けているのだ。もしも自分の住んでいる地方自治体が商売に熱心でないなら、逆にチャンスなのである。自分たちがやり始めてしまえば、どんなに下手糞な遣り方でも競争相手がいないから成功してしまうのである。

 子供たちに仕事を教えないと、子供たちは盗みを働くしかないのだ。

 親が子供に仕事を教えないというのは、子供を泥棒になるよう育てているようなものなのだ。親だからこど子供に仕事を教えなければならない。義務教育があるからといって、教育を学校に任せてしまうと、その子供は碌でもない人間に育ってしまうものなのである。なぜなら学校の先生たちはビジネスのことを何も解っていないから、子供たちはどうやって生活の糧を得るのかを誰からも教えてくれる機会を失って育ってしまうからなのである。

 農業や漁業や牧畜業、自営業といった者なら自宅で仕事をしているから、子供たちに仕事を教えることができるのだ。しかし会社勤めになってしまうと、子供たちに仕事を教えることができなくなってしまうのだ。その危険性は十二分に承知しておいた方がいい。余程気をつけておかないと、子供たちに仕事を教える機会がなくなってしまうのである。

●将来になりたい職業を決めさせる

 子供の脳は5歳から6歳の間に脳の臨界期を迎えるので、その時期までに自分の将来の夢を明確にさせてしまうことだ。子供は4歳辺りに記憶の消去が起こるので、5歳になると途端にまともなことを言い出して来るようになるのだ。赤ちゃんの頃の記憶が強烈だと、いつまでも子供扱いしてしまうものだが、幼児の後半は子供なのに大人びたことを言い出して来るものなのである。

 そこで子供に将来の夢を聞き、もしもそれが真っ当な物なら、それに向かって進めて行くべきなのである。子供の脳は臨界期を迎えているので、自分の夢が明確になれば、シナプスが増えまくり、その夢を可能にする脳に変化させていくことができるようになるのである。夢を持つのは早ければ早いほどいいのだ。

 星を掴もうと動き出した者が何も得ることがないということは有り得ないのだ。必ず何かを掴むことができるようになるのだ。自分の夢が一体なんなのかが解っていれば、それに向かって動き出すことになるので、自分が必要とすべき物が向こう側から飛び込んで来るようになるのだ。

 親が子供に絶対にやってはならないのは、子供に闇雲に勉強させることなのである。そういう勉強の仕方だと一時的に成績を上げることはできても、子供の側に巨大なストレスを溜め込ませてしまうからだ。英語を身に着けさせようと、英会話教室に行ったりするのも同じことなのである。

 デフレ経済では大学を卒業しても就職できない経済なのだということを理解しておくことだ。経済は生産量が上昇して行くのではなく、豊かさの質が上昇していくのである。だからそこで働く人たちも質が高くなければ儲けて行くことができないのである。子供の頃から質に拘り、質の高い人間を育てて上げてしまえばどこにでも通用する人物になるものなのである。そのためには学校の成績に拘るのではなく、子供自身の夢が必要になってくるのだ。

●早くに自宅を追い出す

 中学生や高校生になったら、勉強しながらアルバイトをさせるようにすることだ。自分のお小遣いぐらいは自分で稼がせるようにした方がいいのだ。特に夏休みなどは子供たちは閑を持て余すことになるので、アルバイトを入れてしまった方がいいのだ。遊び呆けて不良に走るより、アルバイトをさせることで鍛えてしまった方がいいのである。

 子供は中学生や高校生になると、どんなに素直な子供でも反抗期を迎えてくるのだから、早くに自宅を追い出してしまい、自立させていくことだ。経済的に見れば、親子がいつまでも同居するのが安上がりなのだが、それでは子供の方は自立する機会を失ってしまうものなのである。

 高校を卒業したら家を追い出してしまい、そう簡単に帰ってこさせないようにすることだ。自立する時は最初が肝腎なのであって、一旗あげるまで自宅に帰らせないようにすれば、子供の方は自然と自立し、ビジネスで成功するようになるのだ。自立するか否かは飽くまでも子供自身がすることなのだが、親の方も子供の自立に大きな影響力を持っているということを決して忘れるべきではないのだ。

 男の子が自立できないなら、確実に親の財産を食い潰すことをしてくるのだ。その危険性は空き巣どころの比ではなく、親の財産を全て奪い取って来るという恐ろしい怪物になってしまうものなのである。女の子が自立できないなら、フェミニズムに洗脳され、親の脛をかじりながら、「男女共同参画社会」の実現を唱え、自分が自立できなかった恨みを世間に対してぶつけるようになってしまうのだ。

 自分の子供は結婚して一人前なのである。結婚するまで絶対に一人前と看做すべきなのである。下手に愛情をかければ子供の方が腐って行くものなのである。自分の子供が自立していくためには、子供自身が葛藤するだけでなく、親の方だって葛藤しなければならないのだ。そうやって親子の相克があってこそ、子供は一人前の大人に育って来るものなのである。

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夫婦のお小遣いを巧く活用する

●遊びとしてのお小遣い

 貧乏を克服したいのならケチに徹することは非常に大事なことなのである。ケチに徹っしてお金を使わなければ確実に貯金が貯まって行くからだ。若い夫婦なのにケチにならなければどうやったとしても貧乏を克服できないのは当たり前のことなのだ。特に子供が1人や2人の時はどうしても養育費にお金がかかってしまうので、ケチに拍車がかかるものなのである。

 「うちの奥さんは財布の紐が堅くて~」と嘆いている既婚男性たちは、小遣いが少なく悲惨であるかもしれないけれど、そういう奥さんだからこそ徐々に資産を増やして行くことができるのである。もしも若い時に財布の紐をきちんと締めてくれなければ、老後には極貧生活が待ち受けているものなのである。

 しかしそういう夫婦は或る時期から財布の紐を緩め、明らかにお小遣いを増やしてくるのである。時期的には夫が30代後半辺りからなのであって、この時期になると夫の収入が制度的に増え始めるので、下手にケチケチせず、きちんとして額のお小遣いを与えるようになるのだ。勿論、夫はお小遣いが増額されれば、遊びに使い始めることになるのだ。

 そう、お小遣いは遊びなのである。それも家計にとっての遊びなのである。

 家計を「火の車」から「宝の車」に変えて行くためには、遊びをなくし、筋肉隆々たる家計を築き上げて行くべきなのである。無駄を徹底して排除して行けば、必ず資産が蓄積されて行くことになるのだ。しかし家計が「宝の車」になった時点で、もうそんなことはできないのである。家計に遊びを設けてあげないと、家計そのものがぶっ壊れてしまうことになるのだ。

 今まで無駄金を1銭たりとも使わなかった生活にしてみれば、そうやって家計に遊びを作るのは明らかに無駄だ。そういう無駄金など作らず、更に無駄を省く生活をし続けた方がいいと思ってしまうものだ。だからこそ、ここが思案のしどころで、家計が成功した状態の中で家計のギアチェンジをしなければならないのである。

 では一体誰が家計のギアチャンジをするのかといえば、当然に「妻」なのである。「夫」ではないのである。

●夫婦で互いにプレゼントし合う

 家計に余裕が出来て、お小遣いを増額し始めた時、下手に遊びに使ってしまうと、一瞬にしてなくなってしまうものだ。お金を使うことに慣れていないために、平気で「死に金」を使ってしまうものである。お小遣いを「生き金」にするためには、自分のために使うのではなく、配偶者のために使うということをするようにすることだ。

 そこで夫婦が互いの誕生日の際に本格的なプレゼントをするようにすることだ。そのプレゼントは誕生日ごとに創意工夫を凝らすのではなく、宝石とか貴金属とかに限定してしまい、後に残る物を贈るようにすることだ。宝石や貴金属などは高価な物だし、しかしそれを隠し財産として保存できるようになるのだ。

 いわば誕生日プレゼントを使って夫婦の資産を増やして行くのである。

 誕生日プレゼントで服などを贈ってもいずれ消えてしまうのだ。増してや豪華な食事をしたとしても翌日には糞尿になるだけなのである。後に財産として残って行く物を贈る方が遥かに夫婦の経済状況を改善して行くのである。誕生日プレゼントが結婚生活の歴史の中でどう変わって行ったかで、その夫婦の経済状況が大体解るものなのである。

 既婚男性の中には「釣った魚に餌をやらない」と称して、奥さんに何もプレゼントをしないということをする者がいるのだが、これは非常に危険なことなのである。奥さんは誕生日プレゼントを貰えなかったことでストレスを溜め込み始めて来るし、誕生日プレゼントを巧く使って自分のお小遣いの使い方をレベルアップしていくということもできなくなってしまうのだ。

 その一方で誕生日プレゼントに創意工夫を要求する既婚女性も問題なのである。年を取ってくると、1年の過ぎ去ってペースが明らかに速くなって来るのだ。それなのに夫に毎年誕生日プレゼントに対して創意工夫を凝らすように要求すると、夫の方が参ってしまうのである。夫は仕事で忙しいものだし、しかも30代後半以降、脂が乗った時期を迎えるので、下手に家庭内のことでエネルギーを使うべきではないのだ。

●お小遣いを少し残しておき、非常事態に於いて使う

 妻としては自分のお小遣いが増え始めたのなら、自分の好きな物をどんどん買って行けばいい。今まで質素倹約に努めて来た以上、自分が欲しいと思う物は幾らでもある筈だ。妻は夫よりもお金の使い方が巧いので、買い物中毒にでもならなければ、無駄金を使うことはないであろう。

 しかし自分のお小遣いは全て使いきって仕舞わないことだ。

 必ず或る一定の割合でお小遣いを残しておき、家計の非常事態に備えるのである。家計は今やっと余裕が出て来たのだから、今の内に更に貯金を貯め込んでおくのである。家計というのはいつなんどき悪化していくか解らないので、夫婦として貯金を残すのではなく、個人として貯金を持っておくべきなのである。

 お小遣いというものはあれば全額使ってしまうものなのだ。だからお小遣いを使う前に、「80対20の法則」を巧く使って、お小遣いの2割に対して天引き貯金して行くのである。金額としては非常に少ないが、この貯金は全く使う予定がないのだから、短期間で相当な金額が貯まるものなのである。

 銀行口座は家計とは別に設け、家計と一緒にしてしまわないことだ。家計とごっちゃにしてしまうと、何が何だか解らなくなってしまうのである。銀行口座を別にするからこそ、双方の銀行口座は貯金額を増やして行くのであって、知らず知らずの内に半端ではない結構大きな貯金を持つことができるようになるのだ。

 もしも家計にピンチが訪れた時は、まずは繰越金を遣り過ごし、次は貯金から引き出し、それでも駄目ならお小遣いの貯金から引き出せばいいのだ。もしもお小遣いの貯金がないと、繰越金と貯金を使いきった時点で、投資財産を切り崩して使わなければならなくなるのだ。そうなれば資産拡大のペースが一気に落ちるものなのであり、家計は想像以上に危険な状態になってしまうのである。

●おl小遣いでストレスを溜め過ぎない

 貧乏生活に慣れてしまうと、家計からお金をちょろまかして「臍繰り」を作る悪知恵に染まってしまうものだ。臍繰りというのは家計に於ける粉飾決算であり、妻による横領罪なのである。こういうことをやっていると、小銭を得ることはできても、貧乏から脱出して行くことはできないのだ。

 どうせ貯金をするなら正々堂々と貯金をすることだ。臍繰りというのは家計が将来危険になるかもしれないと思って貯金していくのだがら、だったら自分のお小遣いを貰い、そのお小遣いの或る一定の金額を貯金していけばいいのだ。これならなんの疾しいお金ではないので、家計が健全化するし、いざという時にその貯金を使うことができるようになるのだ。

 お小遣いを貯金するというのは妻ならでは行動なのである。夫ならお小遣いを与えたら1ヵ月以内に使いきってしまうものなのだ。妻だからこそできるものなのである。この知恵が必要になってくるのは、貧乏な時ではないのだ。裕福になり始めた時に於いてでなのである。この貯金を持つか否かで、その後の人生の明暗がくっきりと分かれるものなのである。

 ところがお小遣いでストレスを溜め込んでいると、この知恵を持つことができないのだ。こういう変化が起こる時期に妻が夫のお小遣いの使い方にあれこれ文句を言っていると、そのストレスのために妻としてすべきことが解らなくなってしまうのだ。だから「配偶者は自分の気に食わない物にお金を使うものだ」と割り切って、夫のお小遣いの使い方には文句を出すべきではないのだ。そうすれば妻としてこの時期に持たなければならない知恵に気付けるものなのである。

 大体、お小遣いは無駄金なのである。男性の無駄遣いの代表格が「飲む打つ買う」である。女性の無駄遣いの代表格が「服」「食事」「旅行」であろう。夫婦双方、相手のお小遣いの使い方を見れば文句の1つも言いたくなるものだ。しかし言わないようにする。相手に対してお小遣いをどう使っても文句を言わなければ、自分だって文句を言われないのだ。

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女性特有の血の病

●女性だから罹る「血の病」

 女の人生は花道を行くが如しである。自分が女性として生まれたことに喜び、自分が女性であることに自信を持ち、女性としての人生を楽しんでいれば幾らでも楽しい出来事が起こってくるものなのである。それなのに女性と男性を比較し、男女平等を唱えるからこそ、女性としての人生を満喫することができなくなってしまうのである。

 女性の人生は「花道」であると同時に「血の道」なのである。女性は初潮を初めに毎月月経があるわけだし、結婚すれば妊娠出産があるわけだし、40代後半になれば更年期障害が襲ってくることになる。女性として幸せな人生を送りたいのなら、スポットライトが当たる所だけを見るのではなく、きちんと血の道で起こる「血まみれの出来事」を1つ1つ処理していくべきなのである。

 恐ろしいことに、血の道で起こる病気は、西洋医学では治せないのが殆どなのである。生理期に起こる「生理痛」、産褥期に起こる「産褥熱」、更年期に起こる「更年期障害」など、病院の医者達は一応治療するが、結局、きちんと完治することができないのである。西洋医学はキリスト教によって生み出されてきたために、女性は男性の肋骨からできた物という洗脳が解けないために、女性の病気をきちんと治そうとしないし、治すことができないのである。

 これに対して東洋医学では西洋医学のように即効性はないものの、きちんと時間をかければ治せるようになっているのだ。特に女性が経験する「頭痛」「のぼせ」「眩暈」「温熱感」「寒冷感」「発汗」「耳鳴り」「肩凝り」などは「未病」であるために、本格的な病気ではないが、体が異常なサインを出しているということで、東洋医学では治療することができるのである。

 女性たちの多くがやってしまう過ちはこれらの女性特有の病気を病院で治してくれるのだろうと思い病院に行き、それなのに病院の中を盥回しにされたり、病院を転々とする羽目になるということなのである。西洋医学を学んだ医者達はこの手の病気を治せないのであって、一刻も早くそのことに気づくべきなのである。

●ヨモギ茶、サフラン湯、マタタビ

①ヨモギ茶

 独身女性が生理痛で苦しんだり、出産後の既婚女性が体調不良で悩んでいるなら「ヨモギ茶」を飲んだ方がいい。ヨモギ茶は女性ホルモンの乱れを整えてくれるので、非常に効くのである。ヨモギ餅とかでヨモギを食うが、あれは女性たちのお菓子好きに付け込んで作ったいいアイデア商品なのだ。

②サフラン湯

 女性が更年期に差し掛かって更年期障害に襲われたら、「サフラン湯」を飲むことをお勧めする。サフラン湯は女性ホルモンの分泌量の急激な低下に対して体に異常が起きないようにしてくれるので、非常に苦しい更年期障害が嘘のように消え去っていってしまうのである。

 気をつけるべきは更年期障害は40代後半から起こるのではなく、40代前半でも、下手をすると30代でも起こってくるということだ。何かしらのストレスで女性ホルモンの分泌が急激に低下しているので、若くして更年期障害を発症してしまうのである。

③マタタビ

 女性の中で重労働に就いているというのなら、「マタタビ」を食べることをお勧めする。女性の体は軽い労働である作業を長時間行うようにはできていても、重労働をするようにはできていないのだ。女性たちが女性の社会進出と称して男性の仕事をしていると、若い時は問題が起こらなくても、20代後半以降、体のあちこちに異常が出てくるものなのである。

 ヨモギ茶やサフラン湯は漢方薬局で売っているし、マタタビも山村とかに行けば安値で売っている所がある。これらの物は即効性はないので、毎日飲食していれば、体が飽きる頃には治ってしまうものなのである。特にヨモギ茶やサフラン湯は最初の頃には美味しく感じられるが、体が健康になってくると、もう美味しく感じられなくなるのだ。それこそが効果が出てきたシンとなのだ。

●スッポンの血、鹿の肉、猿の頭

①スッポンの血

 妻だけが女性特有の病気に襲われるのではなく、夫も体調不良や病気がちというのなら、スッポンの血を飲むことだ。恐らく動物性蛋白質が余りにも足らない食生活を送り続けてしまったのだ。スッポンの血は即効性があるので、病気がすぐに治ってしまうのだ。スッポンの血の効果は強いので、不妊症で悩んでいるのなら、スッポンの血を飲めばそれなりの効果が出てくることであろう。

②鹿の肉

 冷え性が深刻な女性には鹿の肉がお勧めである。女性には生理があるためにどうしても体内のビタミンやミネラルが少なくなってしまうのだ。そこで鹿の肉を食って、血液を増やして冷え性を治すのである。家畜のように穀物を食べて育った動物の肉ばかりを食っていると、どうしてもビタミンやミネラルの不足に悩まされ、それで冷え性に悩まされてしまうのである。

③猿の頭

 女性特有の病気がどうしても治らないというのなら、猿の頭を食べることをお勧めする。どうやらこの猿の頭は女性特有の病気を治すのに極めつけらしいのだ。と言いつつ、俺は和食で猿の頭をどう料理するのか全く知らない。しかし中華料理には猿の頭の料理があることは聞いたことがある。

 胎盤や臍の緒が女性特有の病気に効くのも同じ事で、胎盤や臍の緒には女性特有の病気を治す成分が大量に含まれているのである。現在、病院で出産すると胎盤は捨ててしまうものだが、実はそれは女性の大事な薬剤を捨てているといっていいのだ。臍の緒にしても、何も子供のために残す物なのではなく、あれは母親がいざという時に食べる物なのである。

 スッポンの血や鹿の肉や猿の頭を食べる時は必ず夫婦一緒で食べることだ。都会で暮らしていれば、どうしても質の悪い肉を食べざるをえないので、それがまずは妻に病気を発症させ、次は夫に病気を発症させるのである。熟年離婚をしてしまう夫婦は長年に亘って家畜の肉を食べ続けたからこそ、異常な行動を取るようになってしまったのである。

●婆力の凄さ

 食材を使って女性特有の病気を治していくことも確かに大事なことであるが、お婆ちゃんに話を聞くというのも大事なことなのであるのだ。なんせお婆ちゃんは既に女性特有の病気を経験してきたので、その病気の治し方を知っている場合があるのだ。

 このお婆ちゃんたちの意見を無闇に否定してはならない。実際にやってみると本当に治ってしまうからだ。例えば女性特有の病気に悩んでいる女性にどこかの祠から持ってきた「石」を当て、それで治すということもあるのだ。これは一体なんなのかと思えば、古代に於いて行われていた石神の宗教行為であるらしく、自然界には病気を治す石というものが存在しているらしいのである。

 こういったことは科学的には証明されないものだ。しかし難治と思われていた病気を一瞬にして治してしまう超優れものなのである。下手に科学至上主義に走って病気を治せないよりも、科学は一応置いておいて、お婆ちゃん達のありえない世界にどっぷりと漬かってみるのもいいのだ。

 女性が19歳以降、どうしても抱えてしまうものが、自分が老化していくという「漠然とした不安」だ。女性の体は19歳をピークに老化していくだけなので、早くに結婚し、早くに子供を生んでしまい、女性としてすべきことをきっちりとしておくべきなのである。

 女性としてすべきことをしていないとどうしても「漠然とした不安」に襲われてしまうのである。またたとえ女性としての義務を果たしていても、お婆ちゃんたちと接していないと、自分の老後の姿が創造できなくなってしまい、それで更に不安を感じてしまうのである。だからお婆ちゃんたちに接して「婆力の凄さ」に痺れる体験をしておくべきなのである。

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怪しい儲け話には絶対に乗らない

●幽霊以上に恐ろしい「怪しい儲け話」

 この世には騙した奴も悪いが、騙された方も悪いという事件は幾らでもある。「振り込め詐欺」などがいい例で、自分の子供の声すら判断できないのだから、電話だけでその気になり、お金を振り込んでしまった人は馬鹿だからそういう事件に巻き込まれてしまったのである。幾ら演技の巧い話された方をしても、電話を切った後、自分の子供に折り返して確認を取れば、これは嘘だったということが解るものなのである。

 振り込め詐欺は高齢者が引っ掛かるものだが、怪しい儲け話は逆に普通の夫婦が引っ掛かるものなのである。生きていれば安易に儲かる話などないことぐらい解っている筈だ。お金というものはどうやったとしても手間暇かけてやっと儲かるものなのであり、そういう手間暇を省いて儲かることなどないのである。

 しかし人間というものはなかなか現実を直視してこない。

 現実を直視せず、不満を抱いていれば、空想に耽り出すものなのである。社会主義者たちが「地上の楽園」を夢見るように、フェミニストたちが「男女共同参画社会」を夢見るように、現実をどう改造しても実現できないのに、美辞麗句を並べたてられると、そういう理想的な社会を実現できるのではないかと思い込んでしまうのだ。

 通常、この手のものを「洗脳」という。

 怪しい儲け話も洗脳なのである。しかも個人レベルで行って来る洗脳であるために、その詐欺事件が警察に摘発されるまで誰も気づかないのだ。新聞やテレビも警察が動くまで何にも報道してくれないのだ。だからこそ騙す側としては遣りたい放題な訳で、警察にバレなきゃボロ儲けができると思い込んでいるのだ。

 こういう怪しい儲け話が来た時には、そんなに儲かるなら自分が真っ先にやっている筈だと悟りきってしまうことだ。怪しい話は儲からないからこそ誰かに話を持って来るのである。気をつけるべきは、こういう怪しい儲け話を家庭内に持って来るのは、大抵が夫だということだ。だから妻がこの怪しい儲け話を粉砕しておかないと、夫はその気になってしまい、まんまと引っ掛かってしまうことになるのだ。

●資産運用は資産保持が最優先

 なんで怪しい儲け話が持ち込まれた時点で粉砕すべきなのかというと、そういう話は投資の基本が解っていないからなのである。投資というのは儲けるために行うのではないのだ。資産を保全するために行うのである。だから最優先されるべきは、投資した資金をきちんと回収できるかなのであって、高利率や高配当が優先されるべきではないのだ。

 投資というのは、「ローリスク、ローリターン」であり、「ハイリスク、ハイリターン」なのである。勿論、例外もあることだろう。しかし殆どの投資はその通りに動くのであって、高利率や高配当は非常に危険な投資だということなのである。危険な投資は一時的には儲かったとしても、投資した資金が全滅してしまうことも有り得るのである。

 投資するなら、大きな銀行や信用のある証券会社にへばりつくことが非常に大事なのである。銀行や証券会社にくっついていれば、高利率や高配当の投資物件を持ってきてくれることはないが、手堅く投資できる投資物件なら幾らでも持って来てくれるのである。当然にこれらの投資物件は低利率だし低配当だ。しかしそれによって資産をきちんと保全できるのである。

 詐欺師たちもそれを本格的にやっていれば、確実にプロになってくるものなのである。そのためプロの詐欺師相手では、素人の者は太刀打ちできないのである。言葉遣いは巧妙だし、非常に手の込んだ騙しのテクニックを駆使してくるのだ。だからこそ怪しい儲け話は持ち込まれた時点でシャットアウトしなければならないのだ。

 怪しい儲け話というのは、投資に応じれば最初は高い利息を支払ったり、高い配当金を支払って来るものなのである。そうやって相手を安心させて、更に資金を引き出そうとするのである。そして資金を最大限引き出して大儲けした所で、利息も配当も支払われなくなり、それでトンズラするのである。警察に捕まるのは詰めの甘い連中だけなのであって、逃げ足の速い詐欺師たちはとっくのとうに逃げてしまうものなのである。

●デフレ経済では利率はどうやっても低い

 デフレ経済では利率が低いために、この手の詐欺事件は逆に増えて来るのだ。銀行に預金を預けても利子がつかないのなら、その資金をどこかに投資した方が儲かると思ってしまうからだ。そうやって投資をしたいのなら、きちんとお金を支払って投資の勉強をすればいいのに、なぜだかそういうことをせず、詐欺師の話に乗っかってしまうのである。

 デフレ経済なら高利率や高配当の投資物件は殆どないのである。安全なのに高利率や高配当の投資物件は既にプロの投資家集団が押さえているものなのである。そんな超優れた投資物件が素人の投資家たちに回って来る訳がないのだ。高利率や高配当の投資物件が来たのなら、非常に危険だと即断してしまった方がいいのである。

 デフレ経済に於いて素人の投資家が大儲けできる投資物件があるとするなら、自分で起業し、新たな会社を作ってしまうことなのである。デフレ経済では業界の再編成が進むために大体大手は3社に絞り込まれ、それ以外の会社は淘汰されて行く。そのため商品の価格が低下して、商品は一般化して、消費者にとっては購入し易くなるのだが、その反面、企業は消費者たちの欲望を巧く満たすことができなくなってしまうのだ。

 だからこの状況下で何か1つの商品やサービスに特化して事業を始めれば、成功する確率が非常に高くなるのだ。そういうベンチャー企業は無理して大きくする必要性はない。小さな会社に徹して、人件費を巧く抑えながら経営を展開して行けば、非常に高い報酬や高い配当金を得られることになるのだ。

 自分が汗水垂らさず大儲けしようなどと虫が良すぎるのだ。そんな投資物件はこの世に存在しないものなのである。確かに手堅く投資して行けばそんなに儲かることはない。しかしそうやって堅実な投資をして行けば、資産を保全できるし、しかも徐々に資金を増やして行くことができるので、時間が経過すればするほど資金が大きくなって行くものなのである。

●資金量を多くするからこそ、安全で且つ儲かる投資先が見つかる

 もしもデフレ経済でも投資で巧く儲けて行きたいのなら、資金量を多くしていくべきなのである。資金が巨額になってくれば、安全で且つ儲け率の高い投資物件に出会えるものなのである。だからせっせと資金を拡大して行くべきであって、自分の資金が少ない時は下手に危険な物件に手を出すべきではないのである。

 そういう巨額資金の投資物件には大抵大金持ちたちが集まっているものだ。大金持ちたちが集まって投資するからこそ、更に巨額な資金になり、金融市場に於いて断然有利になり、確実に儲けて行くことができるようになるのだ。逆に言えばデフレ経済では小金持ちたちが非常に危険なのであって、プロの詐欺師たちはこの階級に焦点を定めて攻撃を仕掛けて来るものなのである。

 貧乏人が金持ちに伸し上がって行く時、金持ちたちの中には入れてくれないものなのだ。必ず弾かれてしまうものなのである。まずは服装を変えなければならないし、高級時計を身につけなければならないし、高級車を買い、自宅だって豪邸へと引っ越していかなければならないのだ。そういう出費は非常に高くつくものであり、そういう出費を惜しんでいれば、いつまで経ってもお金持ちの中には入り込めないものなのである。

 既婚男性にとっては紳士クラブに入ることでやっと金持ちの仲間入りができるものなのである。紳士クラブは自分が入りたくても入れないものなのであって、必ず金持ちの友人の紹介でやっと入会できるものなのである。紳士クラブに入ってしまえば、安全で且つ儲け率の高い投資物件に出会えるものなのである。

 妻たちにしていれば、男どもは一体紳士クラブで何をしているんだと思ってしまうものだ。怪しい儲け話以上に怪しいものだ。しかし実際に紳士クラブでは講演を聞いたり、会食したり、慈善活動をする程度なのである。忘れてならないのは、男性にはどうしてもこういう男同士の付き合いが必要なのであるということなのである。

 自分の夫が紳士クラブに入ってもいないのに、安全で且つ儲かる投資物件なんてやってくることはないのだ。どうしても少ししか儲からない投資物件しか掴むことはできないのだ。もしも安全で且つ儲かる投資物件に出会いたいのなら、自分の夫を紳士クラブに入れるくらいに立派な男性に育て上げて行くべきなのである。

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労働と遊び

●日本の伝統には休日というものが存在しない

 実をいうと、日本の伝統には「休日」というものが存在しない。それなのに近代以降、キリスト教の影響を受けて休日を導入してしまったために、多くの日本人がこの休日というものを持て余してしまい、無駄に使っているのだ。週休1日ですら持て余しているというのに、週休2日になればもっと持て余してしまうのは当然のことなのだ。

 俺は20代前半でこの1週間7日制が日本人の生活リズムに合わないということを発見してしまった。1週間7日制で暮らしていると時間があっという間に過ぎ去り、仕事も大したことができないということが解ったのだ。幾ら休日に休んだ所で疲れは取れないし、逆に仕事のスピードが落ちてしまい、仕事の生産性が上がらなくなってしまうのだ。

 そこで俺は昔の日本人たちが一体どうやってリズムをとっていたのかを調べてみると、普段はできる限り労働をしまくり、月に1日と15日に仕事を休んでいたということが解ったのだ。しかも仕事を休むといっても、「休みの日」なのではなく、「遊びの日」だったのだ。休日には休むのではなく、遊ぶからこそ神の聖慮に見合うことになるのである。

 月に2日休むというのは、丁度、女性の低温期と高音期に対応しているので、このリズムをきっちりと守るとまずは女性たちが正しい生活を送れるようになるので、女性たちが正しい生活を送ってくれていると男性たちが多少出鱈目な生活を送っても確実に修正が効くのである。

 休日に休むのではなく遊ぶと考えるようになると、休日が非常に充実して来るのだ。最初の頃は休日なんだからどこかに遊びに行こうと考えたものだが、それに慣れて来ると仕事の予定を入れる前に遊びの予定を入れるようになり、いざその日を迎えると思いっきり遊びまくることができるようになったのだ。

 民俗学では「ハレ」と「ケ」などと言って来るが、ハレの日が「遊びの日」であり、ケの日が「労働の日」なのである。日本人は生活をこのリズムで取ると本当に充実した人生を過ごすことができるようになるのだ。それなのに休んでしまうしまうからこそ、自分の生活のリズムが狂ってしまい、ヘトヘトになってしまうのである。

●遊びを確保することの大切さ

 家族の中にも遊びを取り入れることは非常に重要なのだ。

①子供

 家族の中で遊びまっくてくれるのは、なんといっても「子供」である。だから子供を産みまくって、子供に遊んで貰うようにすべきなのである。子供たちが遊んでくれると、父親と母親は働かざるを得ず、そのバランスがその家族に莫大な富を齎すことになるのである。子宝とは良く行ったもので、子供が遊んでくれるからこそ、収入が増えて来るのである。

 子供も1人や2人ではなく、3人以上必要なのである。子供が自宅に3人以上いれば、子供たちは常に遊んでくれるので、親としては親として非常に充実した日々を過ごすことができるようになるのである。育児というのは子供の数が少ないからこそ大変なのであって、子供を多く産んで行けば大変にはならないものなのである。

②専業主婦

 専業主婦は働く独身女性たちから見れば遊んでいるように思えるかもしれないが、家事や育児は結構大変な作業なのである。しかし遊んでいると言われれば遊んでいるのだ。だがその遊んでいる姿こそ、夫に対して労働を促すようになり、夫の方は独身時代とは比べ物にならないくらいに一生懸命になって働くようになるのだ。

 もしも妻が育児をしながら働こうとするなら、「片手間で働く程度いいんだよ」といってあげることこそ夫には必要なのだ。事実、子供のいる既婚女性は仕事を片手間でこなせるのであって、昔のように全力を尽くして仕事をする必要性はないのだ。それよりも家事や育児や仕事をしながら遊ぶことこそが大事なのであって、巧く遊んでくれれば、結婚生活は幸せになっていくものなのである。

③趣味

 夫の場合、仕事が成功し始めると趣味を持つことが大事になってくる。自分が趣味を持つことで遊びを取り入れないと、巧くリズムを取ることができないのだ。無趣味でいいのは独身時代か結婚して暫くの間なのであって、いつまでも無趣味でいるような馬鹿なことをしてはならないのだ。趣味を持つことが収入の増加を引き起こして来るのである。

●遊びのない人たち

 世間を見まわしてみると、遊びのない人たちというのが必ず居て、自分の人生に遊びを取り入れないからこそ、不幸を引き起こしているのだ。

①不妊症の夫婦

 不妊症で悩む夫婦なんてのも遊びがないのだ。一生懸命になって不妊治療を受けてしまい、家庭の中から遊びが消えてしまい、それで失敗を繰り返してしまうのである。不妊治療を受けるのはそれはそれでいいのだが、それ以外に何かしらの趣味を行うことで遊びを取り入れるべきなのである。そうやって遊びがあるからこそ不妊症を克服できるようになるのだ。

②DINKS

 DINKSと呼ばれる夫婦も遊びがないことでは同じだ。仕事に重点を置き過ぎてしまい、遊ぶことでバランスを取ろうとしないのである。子供を産み育てるのは大変だから子供を作らないと選択してしまうと、余程、夫婦の中に遊びを取り入れないとバランスを取ることができなくなってしまうのだ。

③過労死

 過労死をしてしまう人も遊びがないからこそ過労が積み重なり死んでしまったのだ。仕事漬けになっていいのは若い時だけであって、或る年齢に達したら遊ぶようにすべきなのである。その警告は幾らでも聞けた筈なのである。それなのに生活苦を理由に無視してしまったからこそ、過労死するという悲惨な結果になってしまったのだ。

④自殺者

 時折、自殺者の数の多さを問題視する人たちが出て来るものだが、自殺者自体遊びを取り入れなかったからこそ自殺してしまったのであり、それなのにそれを問題視してくる人たちもまた遊びを取り入れず真面目に対策を講じようとしているのだ。これでは自殺問題は絶対に解決されないのだ。

 遊びというものを罪悪視しているからこそ、人生が狂ってしまうのである。キリスト教徒なら安息日があって、その日は休めばいい。しかし日本人は違うのである。滅多に休むべきはなく、できる限り労働日を多くし、その分、定期的に遊びの日を設けて、思いっきり遊びまくるべきなのである。そうしないと日本人の命を完全燃焼して行くことができないのだ。

●突破口は極端で、安定期はバランスで

 真面目な人たちほど若い人たちが遊ぶのを非難して来るものだ。若い時は幾ら遊んでもいいのである。頭の中では性欲の嵐が吹き荒れているのだから、そんな奴らを働かせても、まともに働くわけがないのだ。折角、就職しても、その職業に未来を見出すことができなければ転職しても別に構わないのだ。若ければ自分のチャンスを掴むために何度も試行錯誤を繰り返すべきなのである。

 しかし結婚して家族を作れば、1つの職業に絞り込み、一生懸命になって労働をしまくり、最早、遊ぶことなく仕事三昧の日々を送るべきなのである。そうやって仕事三昧になるからこそ、仕事が成功して行き、収入だって増加して行くのである。「給料が低い!」とか「待遇が悪い!」とか「政府の対応がなっていない!」とか騒いでいるからこそ、裕福になっていかないのである。自分が「これだッ!」という仕事を見つけたのなら、我武者羅になって仕事をしまくれば、収入など幾らでも増えて行くものなのである。

 だがそうやって仕事三昧になるのは、或る時期までなのである。成功し始めたら、もうそんなことはできないのだ。必ず家族から苦情が寄せられるし、自分の体だって壊れてしまうからだ。家族からの警告を無視していれば、職場で浮いてしまい、その職場から追い出されてしまうものなのである。

 仕事をしながら遊びを取り入れなければならないという変化は成功しないから起こって来るのではなく、成功したからこそ起こって来る変化なのである。仕事を真面目にやっている本人にとっては成功しているのに変化しなければならないという苦渋の決断を強いられることになるのだ。

 突破口を開くのは極端でいくべきなのである。「1日8時間労働」と「週休2日」を組み合わせて、のんびりと仕事をしてれば突破口が開くわけがないのだ。突破口を開くためには「1日12時間労働」を繰り返し、週休2日ではなく「月に2日程度休めばいい」のだ。そうやって仕事をしまくれば必ず突破口が開くのである。

 ところがそうやって突破口が開くと、今度は一転してバランスを取らねばならなくなるのである。仕事を成功させている人たちほど遊んでいるものだ。旅行をしたり、ゴルフをやったり、ホステスクラブに通ったりしているものだ。彼等は遊ぶために遊んでいるのではないのだ。自分の成功を維持し、更に収入を増やして行くためには、遊びが必要だからこそ遊んでいるのである。

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連帯保証人には絶対にならない

●友人同士で絶対にお金の貸し借りをしない

 お金持ちの子供として生まれてこない限り、結婚してから暫くの間は金銭的に苦しい時期を迎える。その中で最も苦しくなるのは、子供が2人目の時であり、この時期は「死の結界」を作り出してしまうために、3人目の赤ちゃんができるまで家計はどうにもならないくらいに苦しいのだ。

 だから結婚したらお金のことなんか考えず、ともかくセックスをしまくり、赤ちゃんをどんどん生んでいくべきなのである。子供が3人できるまで、家計はどうにもならないのだから、早くに死の結界を突破してしまい、自分たち夫婦自身がレベルアップしていくべきなのである。

 自分たち夫婦が貧乏から脱出していく時、付き合う友達も変わっていくということだ。はっきりといてしまうと、貧乏な友人とかは去っていき、自分たち夫婦の収入に見合う友達が現れてくることになるのだ。友達が変わらなければ、なかなか貧乏から脱出することはできないのだ。

 気をつけるべきは、自分たち夫婦が向上心を持たずにうろちょろしていると、或る日突然に「お金を貸してくれ」と頼み込んでくる友人が現れてくることになるのだ。自分たち夫婦でさえそれほど大金をもっていないのだが、その僅かなお金を目当てにたかってくる者たちが出てくることになるのだ。

 こういう場合、絶対にお金を貸すな。お金を貸したとしてもお金は返ってこないし、それにお金を貸したことで友情が破壊されてしまうからだ。友人同士ではお金の貸し借りを絶対にするべきではないのである。もしも特別な事情があって、どうしてもお金を科をお金を貸さなければならないのなら、そのお金は上げた思って貸すことだ。

 どうせそのお金は返ってこないが、お金を返さない友人は消えて行くものなのである。

●交際にお金のかかる友人とは疎遠になるように仕向ける

 自分たち夫婦が豊かになり始めた時、一番厄介なのはお金の使い方ではないのだろうか? 家族の資本金が貯まるまで質素倹約に徹するべきだが、豊かになればお金を使っていかざるをえない。お金を使わない限り、新たな設け話にありつけないからだ。しかし今まで貧乏根性が染み付いてしまったために、なかなかお金の使い方をマスターできないのだ。

 夫も妻もこの時期、お金をどうやって使っていけばいいのかなんて正しい答えなんて知らない。だから試行錯誤の日々を過ごすことになるのであるが、それは今までのように貧乏によって緊張感を強いられた生活から見れば、明らかに緊張感のない生活なのだ。でもこれは絶対に避けて通れないものなのである。

 実をいうとこの時期は、仕事や生活に関係のない友人を作らねばならない時期なのである。要は夫婦それぞれがなんらかの趣味を持って新たな友人を作っていかなければならないのである。大体ビジネスマンならゴルフをしだすものだから、夫がゴルフを遣り始めだして文句をいうのはご法度なのだ。

 夫が趣味を持たず、「仕事が趣味」などといっていると、非常に危険なことになる。仕事で大失敗をやらかしたり、重病を発症したり、過労死したりすることになるからだ。ビジネスを成功させるには仕事をすることが必要だが、仕事ばかりしていては駄目なのである。

 自分たち夫婦が新たな趣味を持った時、当然に新しい友人ができあがってくることになるのだが、交際にお金のかかりすぎる友人とは疎遠になるように仕向けることだ。趣味に対して必要以上のお金を使う人は、仕事や家庭が巧く行っていない人達なので、そういう人達と歩調を合わせていると、無駄な出費を強いられ、資産が増えていかなくなってしまうのだ。

●連帯保証という人質制度

 自分たち夫婦がきちんと友達を選別して付き合っていかないと、「連帯保証人になってくれ」と言い出す友人が必ず出て来るのだ。結論から言ってしまうと。連帯保証人になってくれることを頼み込む友人は友人でもなんでもないのである。もしも本当の友人ならそんな頼み事は決してしてこないからだ。

 連帯保証制度というのは、日本が嘗て後進国だったからこそ普及してしまった制度なのである。近代化当初、日本にはそれほど民族資本がなかったのである。それほど貧しかったのである。民法制定者たちはきちんと担保物権法を整備したのだが、実際に国民が使用したのは連帯保証であったのである。

 連帯保証というのは、要は「人質」なのである。何か事業を始める人に充分な資産がないから、他の人を人質にし、それでお金を借り、ビジネスを遣り始めるというものなのである。担保物権と連帯保証の一体何が違うのかというと、担保物権ならその抵当権を設定した物権の範囲内までなのだが、連帯保証人は無制限なのである。

 しかも連帯保証人は連帯保証人になったことで1銭も利益を得ることはないのである。こんな理不尽な制度は廃止されて然るべきなのだが、一旦根付いてしまった制度はそう簡単に消え去ってはくれないのだ。連帯保証人になったら破産することもありえるのである。

 通常、夫婦で連帯保証に応じてしまうのは、夫の方である。妻は子供たちび対して育児や子育てを最優先するために、連帯保証契約にサインすることなど絶対にしないものなのである。だから夫が連帯保証の話を持ちかけてきたのなら、速攻でその話を潰すべきだし、もしも応じない時は夫の両親に密告し、親の力で抑え込んで貰うことだ。

●順番は「家族」「親族」「本当の友人」

 人間は自立していくためには親から離れていかなければならない。その過程で大事になってくるのは友達である。確かに友達の存在は自立していくためには必要不可欠なのだ。しかし自立を完成させ、結婚することで独立していけば、一番大事なものは家族になるのである。

 だから夫婦は仲良くしなければならないし、子供を多く生んで、家族の組織力を強化すべきなのである。家族がしっかりと出来上がっていれば、親族の間でも力を持つ事ができるので、いざという時には親族の力を借りることもできるのである。

 結婚してしまえば、友達の価値は激減するものなのである。

 しかも結婚によって裕福になり始めれば、付き合う友達も変わっていくのである。10代の頃のように少ない友達と長期間に亘って濃厚に付き合うということがなくなるのだ。この変化をきひんとしていないと、お金を貸してと頼み込む友人が出てきたり、交際に矢鱈とお金のかかる友人が出てきたり、挙句の果てには連帯保証人になってくれと頼み込む友人が出てくるのだ。

 本当の友人だからこそお金を貸さない。

 本当の友人だからこそお金のかかる交際をしない。

 本当の友人だからこそ連帯保証を要求して来ない。

 これらのことをきっちりと頭の中に叩き込んでおくことだ。たとえお金を貸しても返ってこないのだ。お金のかかりすぎる交際はいずれ破綻するものなのである。連帯保証は最終的に破産に追い込むほど危険なものなのである。もしも友人のために被害に遭ったのなら、悪いのはその友人だけでなく、友人を選別しなかった自分も悪いのである。

 自分にとって大事なものは家族なのであって、家族がしっかりと機能しているからこそ、親族の力を使うことができ、本当の友人も頼りにすることができるのである。この順番を無視し、下手に友人を多くしても、結局は大損害を蒙ってしまうものなのである。

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正体不明の寄付金要請には絶対に応じない

●会社が巧く行き出すと遣って来る恐怖の手紙

 会社経営をやっている人なら解ると思うが、会社の経営が巧く行き出すとなぜだか日本赤十字社から寄付の依頼の手紙がやってくることになるのだ。個人情報がどこかで漏れているんではないかと思ってしまうのだが、とにかく不気味な出来事なのである。

 自分の所に寄付の依頼が来た以上、これをどうすべきか延々と悩んでしまうので、他の会社経営者たちに聞いていみると、「そういう類の話は一切無視しろ」というアドバイスを戴くものだ。会社経営が軌道に乗った以上、そういう大事な時期に会社の資金を慈善事業に使ってしまうべきではないのだ。

 会社が発展し経営が安定してくれば慈善事業に乗り出しても別に構わない。しかし中小企業ではそれができないのである。少ない資金を効率よく動かすことで生き延びている中小企業にとって、ごく僅かな寄付金でさえ、命取りになってしまうものなのである。

 個人レベルで寄付をするなら所得の多寡に拘らずやっていいのだ。その時ですらも自発的に寄付金を出すべきであって、寄付金の依頼が来たから出すような馬鹿なことはすべきではないのだ。寄付金を要求してくる慈善団体は最早まともに慈善活動に取り組んでいないと看做すべきなのである。

 特に日本赤十字社は全国規模で活動しながら、一度たりとも汚職が報道されたことがないのだ。これだけ大規模な組織になれば必ず汚職の1つや2つはある筈であって、それも規模のでかい汚職になる筈である。日本赤十字社が社内の汚職を摘発できないのであるなら、折角、寄付金を支払っても、その寄付金は汚職に消えてしまうということなのである。

●寄付をするなら身近な場所から始めよ

 多くの人々は慈善活動に対して勘違いをしているのである。自分がこの世に生まれ生きていく中で様々な人々から恩義を受けてきた筈だ。だから自分が豊かになり始めたら、自分が今まで周囲から恩義を受けたからこそ、その恩恵を倍返しで返して行くべきなのである。

①両親

 それゆえまず自分が真っ先に恩返ししなければならない相手は「両親」なのである。決して世界の恵まれない子供たちではないのだ。ここを勘違いしてしまうと、自分たち夫婦がしっかりと稼いだお金を守り通していくことができなくなるのである。

 裕福な人達ほど親孝行である。家庭の事情で親孝行できない人達はその分、子供たちを多く生み、育児や子育てにお金をかけてくるのである。だから自分たち夫婦が豊かになり始めたのなら、自分の両親の所に行って何かしらの恩返しをすべきなのである。。もしも親がいなかったり、親がいたとしても絶縁状態にあるなら、その代償として子供たちにお金をかけて立派に育てていくべきなのでる。

②仲人

 自分たち夫婦が豊かになっていった場合、その最大の切っ掛けを作ったのは、なんといっても自分たちの結婚である。だから自分たちの結婚を取り持ってくれた仲人さんに恩返しをしておくべきなのである。仲人は基本的に自分たち夫婦よりも一回りも年上なので、仲人さんに恩返しをしておくと、その仲人さんが知らず知らずの内に宣伝してくれて、更なる幸運を呼び起こすことになるのである。

③チャンスをくれた人

 夫婦の中には結婚後運気が低迷してしまい、貧乏暮らしを強いられる者たちも出て来る。そういう夫婦が貧乏から抜け出すためにはチャンスをくれる人物が必要なのである。もしも自分たち夫婦がチャンスをくれる人と出会い、裕福に成っていったのなら、そのチャンスをくれた人に必ず恩返しをしておくことだ。

●無意味な寄付金は逆に寄付した人を貧乏にさせる

 実をいうと、人生にはリズムがあって、貧乏人が豊かになっていく時、必ず成長期に突入し、仕事が非常に忙しくなる時期があるのだ。その間は仕事をしまくり収入を増やしていく時期なのであって、下手に慈善活動に手を突っ込むべきではないのである。

 成長期では利己的に振舞うべきなのである。貪欲に仕事をしまくり、貪欲に稼いでいくべきなのである。そうやって利己的に振舞うからこそ、収入が激増し、資産も雪達磨式に貯まって行くものなのである。慈善活動をするのは成長期が終わり、安定期に入ってからにさせるのである。

 ではなぜ人々は成長期に慈善活動をしてしまうのであろうか?

 それは成長期に悲劇が起こるから、それを避けたいからなのである。

 成長期では自分が成長していくために大いにストレスが溜まり、それがいつの日か爆発してくるのである。その悲劇は経験しておいた方がいいのである。なぜならその悲劇こそ成長期の終わりのサインだからだ。その悲劇を経験することで生き方を変え、安定期に適した行動を取ることが出来るようになるのだ。

 もしも成長期に慈善活動を行ってしまうと、成長スピードを大いに減速させてしまい、更には成長期に溜まる筈のストレスが溜まらなくなり、逆に外から不幸を呼び込んでしまうことになるのである。成長期では慈善活動などすべきではないのである。

 慈善活動をすべき時期は安定期に入ってからなのである。成長期に於ける無意味な寄付金は逆に寄付した人を貧乏にさせるものなのである。しかも自分が寄付金を出しても、寄付金を受け取った側は大事に使わず、下手をすると自分のポケットに仕舞い込んでしまうのである。汗水垂らして稼いだお金は貴重に使って貰わねば困るのである。

●自分の善意を悪用する人々は沢山いることを知っておけ

 裕福な人々は巨万の富を持っているがゆえに、「高貴なる義務」を持つものだ。しかし富を持ち始めた時にしなければならない高貴なる義務は事業を拡大したり資産を増やしていくことなのである。貧乏を克服した人が1人でも多く出てくれば、それだけ社会はよりよい社会になるものなのである。

 しかしそうやって成長し続けていくと、必ず何かしらの悲劇が起こって、自分たち夫婦の人生観を変えることになるのだ。慈善活動が必要になるのはその時期からなのであって。それ以前は個人レベルで細々と慈善活動をしていればいいのである。

 もしも自分が未熟な段階で慈善活動に打ち込んでも、自分の善意を悪用する人達がこの世には沢山存在しているのである。そのため自分が良かれと思ってやったことがまるで正反対の結果を引き起こしてしまうのである。儲かり始めたら絶対に格好付けるべきではないのである。

 ボランティアが賞賛されるような社会は決して素晴らしい社会ではないのだ。寧ろボランティアのために人々は貧困になり、ボランティアをやっている人達も貧困で苦しむような社会になってしまうのである。貧困から抜け出していくために必要なものは有償労働なのであって、無償労働ではないのだ。

 どんなに非難されようとも、成長期には利己的な態度に徹するべきなのである。仕事をしまくり、資産を増やしまくるべきなのである。そうやっていきていればいずれは壁にぶつかるものだ。その時になって人生観を変え、慈善活動に取り組み始めればいいのである。

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学校では絶対に教えてくれないノートの取り方

●ノートの取り方を学校の先生に教わってはならない

 俺が小学生の時に通った公立の小学校は日教組に乗っ取られていたために、授業らしい授業など全くしなかった。そのためか4月に新調したノートが3月になってもそのまま残っているという有様だった。しかしさすがに小学6年生になると公立の中学校に行ってレベルの低い教師たちの授業を受けるのを嫌って、一念発起して私立中学を受験することにした。

 目出度く中学受験に合格して私立中学には行くことはできたのだが、私立中学に行っても教師たちに団塊の世代の人々が多かった時期なので、それjほどレベルの高い教師たちが存在しなかったのだ。俺は私立中学では中学受験予備校レベルの授業が行われているのではないかと思っていたのだが、実はそうではなかったのだ。確かに公立の中学よりは増しだが、明らかに予備校の講師たちの足元にも及ばなかったのだ。

 ところが中学1年生なら俺も素直だったので、英語の教師からノートの取り方を教えて貰うと、それをそのまま実践することになってしまった。そのノートの取り方は左の頁に英語の文章を書き、右の頁に日本語訳の文章を書くというものであった。しかしこのノートの取り方を実践すると、ノートを作っていても苦痛だったし、肝腎の英語の成績がなかなか上がらず、足を引っ張り続けたのだ。このノートの取り方は中学を卒業すると同時にやめてしまった。

 なんでこのノートの取り方が失敗してしまったのかというと、中学の英語ではそれほど内容のある英文が使われていないために、書き写していてバカバカしくなってしまうからなのだ。英語の教科書のレベルが低ければ、きちんとしたノートを作ることができないのである。それに英文を書き写すのではなく、コピーしてしまえば、あんな苦痛を経験することはなかったのだ。、

 それ以上に重要なことは、一流の教師なら絶対に生徒たちにノートの取り方を教えないということだ。そんなことはできて当たり前だからだ。正確に言うと、教師が質の高い授業をしてさえくれれば、生徒たちは自然発生的な形で自分にとって最善のノートを作り始めるのである。確かにノートの取り方を教えてくれたのは、中学校の中でもその英語の教師だけだったのだが、その教師は英語の学力がそんなに高い人物だとは思えなかったのだ。

●「書き写し病」に罹る生徒たち

 俺自身、ノートの取り方に関しては、かなりの劣等感を持っていた。小学校と中学校では失敗し続けてしまったからだ。そのため大人になっても心のどこかにちゃんと勉強していなかったのではないかという心残りが延々と有り続けてしまったのだ。そのくせ、多分、勉強のできるできないは、ノートの取り方にあるのではないかという直感があったのだ。

 その問題をきちんと解消してくれたのが、高濱正伸・持山泰三共著『子どもに教えてあげたいノートの取り方』(実務教育出版)である。

    子どもに教えてあげたいノートの取り方

 著者本人が東大に行っているので、恐らく中学生や高校生の頃は勉強はできた筈である。しかも正規の学校教員ではなく、「花まる学習会」という学習塾の代表であり、算数オリンピックの理事でもあるので、学校の先生なら絶対に言ってこない正しい意見を言っているのである。

 本書を読んで一番衝撃的だったのは、「書き写し病」(本ではミテウツシ病になっている)のことを指摘していたことだ。書き写し病とは教師が黒板に書いた物をそのままノートに書き写すだけで、授業の内容を全く理解していない病気のことである。一生懸命になって黒板の文字を書き写しているからといって、その生徒の成績が良いとは限らないのだ。

 俺の高校生の時の友人にも書き写し病に罹った生徒がいて、その生徒は授業になると真剣になって黒板の文字を書き写して行くし、授業中の態度は立派だったのだが、肝腎の大学入試では落ちてしまったのだ。うちの高校は私立高校であるゆえ進学校なのだから、大学受験に落ちるということが有り得ないのである。不良の生徒が落ちるなら解るけど、「あれだけ勉強していたじゃん」とこちらが思ってしまうような生徒が落ちてしまったのである。

 ノートというのは、授業のレベルが低ければ、生徒の側がきちんとした物を作ることはできないが、かといって生徒の方もただ単に書き写していればいいのではなく、自分で何かしらの工夫をしなければならないのである。要は自分が授業内容をきちんと理解するためにノートを作っているのであって、他人に見せるためにノートを作っているのではないのだ。

●東大を目指すなら「4種類のノート」を装備すべし

 さすが著者本人が東大卒なので、ノートを1種類にするなんて愚かなことはしてこない。ノートは4種類持つべきだと勧め、「授業ノート」「演習ノート」「知識ノート」「復習ノート」の4つのノートを使いこなすからこそ、授業をきちんと理解することができると言うのだ。多分、殆どの生徒たちは1冊のノートしか使って来ないので、その時点でもう駄目なのである。東大に行きたければ、4種類のノートを使ってしまえばいいのだ。

 まず授業ノートは授業内容を書き留めて行くためのノートである。黒板の文字を書き写すこともあるが、教師が発言した言葉も書いて行くべきなのである。授業は全てが大事なのではなく、如何なる教師でも授業に於いては3つのポイントに絞って説明して来るので、その3つのポイントを掴み取ってしまうべきなのである。

 次に演習ノートでは演習問題を解くために使うノートである。このノートは綺麗に書く必要性はなく、ただ問題を解いて行った過程が解ればそれで充分なのである。試験の点数が低い生徒は試験で間違えても、なんでその問題を間違えたのかという復習をしないからこそ、次の試験でも失敗してしまうのである。

 第三番目の知識ノートは自分オリジナルの辞書のことである。国語なら解らない言葉の意味を調べるとか、英語なら英単語と日本語訳を書いてしまうとかして行くものである。記憶力が弱いと投げている生徒たちは知識ノートを作っていないからこそ、学術的知識をきちんと整理できず、それで覚えられないだけなのである。

 最後の復習ノートは授業内容を纏めてしまうノートのことである。中学とか高校では、授業だけ受けていると難しいと思ってしまうのだが、その授業を要約してしまうと、それほど難しいことを言っている訳ではないのである。授業を受けても自分の頭の中がゴチャゴチャになっているから理解できないのであり、復習ノートを作って授業を纏めてしまうと、意外と簡単に理解できてしまうのである。

●大学では「2種類のノート」で行くべし

 俺自身、大学には行けたとしても、中学や高校ではそれほど勉強していないので、中学や高校でのノートの取り方を人様に教えられるほどのことはしていない。しかし大学では勉強しまくったので、人様に大学でのノートの取り方ぐらいなら教えることができるのだ。大学でならノートは2種類でいいと思う。「講義用ノート」と「要約ノート」の2つである。

 講義用ノートは教授の講義を書き留めて行くためのノートである。大学では中学や高校とは違い、黒板に文字を書いてくれることが少なくなり、口頭で説明して行くので、素早く書き留めて行くことが重要になってくるのだ。講義用ノートが恐ろしいのは、自分が真面目にノートを取って行くと、どの教授が馬鹿で、どの教授が利口かがはっきりと解ることなのである。出来のいい教授の講義はノートに書く量が多くなるし、その講義用ノートを読み返すと、非常に解り易い講義内容になっているのだ。

 要約ノートは講義用ノートを元に自分が調べたことを書き入れて行き、その講義を要約してしまうのである。大学の教授も中学や高校の教師と同じで、講義の際には3つのポイントに絞って話をして来るので、それさえ解れば後は講義内容を圧縮してしまえばいいのである。この要約ノートがあると、講義をきちんと理解できるだけなく、前期試験や後期試験の予測までできるようになるのだ。

 ノートを作る際には、必ずノートを綺麗な文字で書き込んで行くことだ。ノートを綺麗に書くと、理解度が上昇し、成績がアップするものなのである。幾らノートを作ったとはいえ、文字が汚いと後で読み返せないし、あやふやな分野が大量に残ってしまうものなのである。なにも習字のような文字を書かなくていいから、後で読めるような綺麗な文字を書いて行くべきなのである。

 大学の講義で一言言っておくと、「講義録」を書くような学生は絶対に学者として大成しないということだ。書き写し病は何も中学や高校で蔓延しているのではなく、大学でも蔓延しているものなのである。一度でも大学で講義を受ければ、講義を受けている最中に様々な疑問が生じて来るものなのであって、それをノートの隅に書き留めて行き、講義が終わった後に自分で調べるという作業を繰り返さなければならないのである。講義をそのまま丸写ししているようでは、学問を発展させることはできないのである。

●ノートの量が多い生徒ほど勉強ができる!

 はっきりと言えることは、勉強ができる子ほどノートを大量に使って来るということだ。「ノートの量の多さ」こそ、頭の良し悪しの差なのである。俺自身、小学校では1科目につきノート1冊で1年を過ごしてしまったが、大学生になるとノートを大量に消費し、ディスカウントショップにいってノート10冊ひと纏めになっている物を安く買い、それなのにそのノートがあっという間になくなってしまって、俺自身驚いてしまったことがある。

 逆に言えば、授業を受けているのにノートを取らない生徒は絶対に成績が伸びないと言っていい。これは本人だけが悪いのではなく、生徒にノートを取らせないような質の低い授業をする教師の方も悪いのである。しかし生徒本人がこの悪循環から早く抜け出し、一刻も早くノートを取りたくなるような授業を受けるべきなのである。俺なんかもあのまま公立の中学に行っていたら、馬鹿街道まっしぐらであったと思う。

 ノートの取り方は小学校5年生から6年生辺りから重要になってくる。授業内容もこの時期から難しくなり始めるものだし、子供自身もこの時期から親と徐々に離れて行くものだ。どんなに遅くとも中学3年生までには自分なりのノートの取り方を確立していないと、勉強しても全然面白くなくなってしまうことであろう。

 しかしノートの取り方は母親が教えられないのだ。子供は母親から離れて行く時期にノートの取り方を確立して行く以上、母親がノートの取り方に口を出せば、子供は母親の言うことを聞くかもしれないが、かといって子供が授業内容をきちんと理解しているとは言い難くなってしまうのだ。

 ノートの取り方云々は第三者に任すしかないのである。だから学習塾が大切なのである。俺自身、ノートの取り方に関心を持ち始めたのは中学受験予備校に行った時なのである。かといって中学校の教師からノートの取り方を教えられた悲惨な目に遭っているのだ。もしも子供を学習塾に通わせないのなら、ノートの取り方の本を子供に与えてしまうことだ。

 最後に東大合格者たちに共通していたことは、母親から「勉強しなさい」と言わたことが一度もなかったこと、それと母親がいつもニコニコしていたということなのである。母親が子供に口を出していいのは10歳までなのある。それ以降は優しく見守るしかないのだ。しかし何もしなくてはいいということではなく、子供に良い師匠を見つけてあげる努力をすべきなのである。俺自身、小学校ではウダツが上がらなかったけど、学習塾に行ってから頭角を現わして行ったのである。

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税金は義務だと思って必要最小限は支払っておくべし

●お金を守る努力は税務知識を持つことから始まる

 自分たち夫婦が一生懸命に努力して資産を溜め込んでいく時、その資産形成を破壊するのが税金である。正確にいうと「重税」である。税金こそお金を大量に奪っていくのであって、税金に対してしっかりと対策を打たない限り資産形成は難しくなってしまうのだ。

 国税庁を絶対に甘く見てはならない。彼らは徴税のプロなのであって、決して脱税を見逃すわけがないのだ。だから税金を支払わないという選択肢を取るのではなく、税金を納めるがそれは必要最小限度に抑えなければならないのだ。

 国税庁も決して馬鹿ではないのだ。国民から満遍なく税金を取るなんてことはしないのだ。80対20の法則を使えば国民の上位20%の人達から重点的に税金を取ってしまえば、徴税に関して80%の効果が出てくるようになるのだ、

 だから自分たち夫婦の資産が溜まり始めた時に限って厳しく審査し始めるようになるのだ。忘れてならないのは、まだこの時期は資産の額が小さいので、ここでがばっと重税を課せられてしまうと資産形成の速度が減速し、資産が大きくなるまで相当な時間を要してしまうことになるのだ。

 お金を守る努力は税務知識を持つことから始まるといっても過言ではない。税金が資産形成に強烈なダメージを与えてくる以上、税務知識を知らないでは済まされないのだ。税務知識の勉強をすることは確かに大変だが、それなくして資産を拡大していくことは不可能なのである。

●税金を支払うことに悪口を言うな

 馬鹿な夫婦だと税金に対して悪口を言ってくるものだ。そういうことは絶対にやめた方がいい。というのは税金に対して悪口をいうのは税金に対して勉強しておらず、税務知識がないから悪口を言ってしまっている可能性が高いからだ。

 税金というのは収入の20%以内なら難なく払えるものなのである。このため税金がモロに苦なってくるのは、累進課税式所得税で税率が20%を超えてくる人々なのである。だから必要経費を多く取って納税比率を引き下げる工夫をするのである。

 税金というものはどんなに悪口を言っても、いずれは支払うものである。それなのに税金の悪口を言っていたら心が後ろ向きになってしまうのだ。これは精神的に非常に大きな損出だといっていい。自分たちが納めた税金によって政府や地方自治体が運営されるからこそ、個人ではできない仕事をして貰うことができるのである。

 もしも脱税で引っかかってしまったら、追徴課税が痛いだけでなく、その事件の処理のために大量の時間を食われてしまうのである。そうやって時間を無駄にするよりも、その時間を生産的な作業に費やした方が余程収入が増えるとおいうものなのである。

 税金に対して正しい意識を持つためにはテレビや一般紙を出来る限り見ないようにすることだ。テレビ番組でジャーナリストが政府の無駄遣いを指摘したり、一般紙で政府の汚職追及をやっていれば、それらを見れば確かに面白いことであろう。しかしそのために税金に対してネガティブな感情を抱いてしまい、着実に自分たち夫婦の正常な感覚を破壊していくことになるのだ。

●節税すべきところは節税する

 納税ですべきことは「脱税ではなく節税」であるということなのである。節税できる物があるならどんどん節税していけばいいのだ。まず基本的には必要経費を多くしたり、損益通算をかけて納税金額を少なくするのである。特例措置があるならどんどん使っていくべきなのである。

 節税を行うためにはこまめに領収書を取る必要性があるので、何かを購入する際に領収書を貰うことは夫婦で徹底しておいた方がいい。どちらかが領収書を貰う習慣を身に着けないと、深刻な夫婦喧嘩にまで発展してしまうのである。

 専業主婦なら日中は家事と育児をこなせば時間が空くので、その間に税金の勉強をするようにすることだ。夫は日中仕事に出ている以上、税金のことなど勉強している暇などないのであって、そういう状況下で妻が税金のことを勉強してくれれば非常に大助かりになるのだ。

 逆に危険なのは夫婦共働きの場合である、夫婦双方労働時間が長いので、夫婦のどちらとも税金に対して勉強してこないのである。夫婦共働きだと確かに所得は増えるかもしれないけれど、資産形成が非常に遅いのは税金のことをきちんと勉強してこないからなのである。

 それとどのような夫婦であrっても、納税に関する会議の時間を確保しておくことだ。年に1回の会議では絶対に終わらないので、定期的に会議を開いて納税に関する情報を夫婦で共有しておくことだ。今年の納税金額がどれくらいになるか解っていれば、配偶者は無茶な注文をしてこないものなのである。

●如何なる政府であっても、国民への租税負担率は10%である

 税金は素直に払うべきだが、税金を安くする努力は絶対にすべきなのである。国民は政府に対して税金を納めるからこそ、政治に対して意見を言う権利を有することができるようになるのである。もしも納税者が意見を言わないのなら、政府は幾らでも税金を高くしてくるものなのである。

 如何なる政府であっても、国民の租税負担率は10%を限度とすべきなのである。戦時になれば20%まで増やしていいが、平時になれば必ず10%に引き下げるべきなのである。国民租税率を低く抑えておけば国民は自然と豊かになっていくのであって、政府が下手に経済政策を乱発することがなくなるのだ。

 戦前の日本がなぜあれほどの急激な近代化に成功したのかというと、実は国民租税率が10%程度だったからなのである。それに対して戦後の日本はバブル景気以降、経済が低迷しているのは、国民租税率が20%を超えているからなのである。

 政治家たちは何かと危機を煽り増税しようと持っていくものだが、税金を多く徴収しても、結局、政治家と官僚たちが汚職に使うだけなのである。増税して赤字を解消させるより、大規模なリストラを行って赤字を解消させていくべきなのである。

 政府を大きくしてしまえば、それだけ国民は過酷な重税を負担するために貧しくなっていくものなのである。小さな政府であれば税金が安いから国民は自然と豊かになっていくものなのである。納税者は沈黙を決め込んでいたら駄目なのである。しっかりとした歴史哲学を持って正々堂々と意見を言わなければならないのである。

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楽しい場を作ることの大切さ

●楽しいからこそ成功する

 投資を成功させて行くためには、楽しい場を作ることが大切である。投資は楽しいから成功するのであって、投資をしても面白くなければ投資などしない方がいいのだ。投資をする中で苦労とか苦痛があるかもしれないが、それは更なる楽しみを得るために経験するものなのであって、それらを常態であるなどと決して思ってはならないのだ。

 投資をするためには実に様々なことを勉強しなければならない。しかし投資の勉強をすれば難しいものなのである。投資をすれば必ず何度かは失敗を経験するものなのである。それは非常に痛く悔しいものなのである。だからといって顔から笑顔が消え、冗談の1つも言えなくなってしまったら、もう終わりなのである。

 確かに投資は難しいし悔しいことを経験する。だから楽しくすることが必要なのである。、投資の勉強を難しいと思うなら、それを咀嚼して「要はこういう事なんだな」と解れば、脳に「アハ体験」が起こり、楽しくなってしまうものなのである。投資で失敗しても、「これで失敗の仕方が解った!」とポジティブに捉えてしまえば、失敗したとしても必ず道が開けるものなのである。

 楽しければ勉強しても簡単に理解できてしまいし、投資をしても成功する確率が高くなるのだ。逆に危険なのは、投資の楽しさを忘れて、投資の勉強をしなくなったり、高が1回の投資の失敗をくよくよと悔み続けてしまうことなのである。そうなってしまうと投資をしても失敗する確率が高くなってしまうのである。

 脳の機能を健全に保つためには、「快食快眠快便」が絶対に必要になって来る。食事の栄養バランスを取って、定期的に肉食をしたり、断食をしたりした方がいい。投資では脳を結構使うので、睡眠時間をたっぷりと確保しておいた方がいい。不眠症に陥っている時は正常な判断ができなくなるので、絶対に投資などしない方がいい。トドメは快便であって、とにかく朝にウンコをし終えてしまうことだ。便秘をすればそれだけ汚い水分が脳に行くので、まともな思考などすることができなくなるものなのである。

●如何なることあっても「人の和」を守り抜く

①夫婦

 楽しい場を作るなら、まず初めに夫婦の仲を良くしておくことだ。夫婦の仲がよくなるように夫婦できちんと会話をしたり、ハグをしたり、キスをしたりする習慣を持っておくことだ。特に会話に関しては気をつけるべきであって、妻が女性同士で話すように夫に話しかけてしまうと、夫はいずれ話をしなくなってしまうものなのである。夫婦で会話をする時は話題を1つに絞って、内容が濃くなるような話をすべきなのである。

②親子

 夫婦の仲が良ければ、次は親子の仲である。子供が乳児であるなら母親は付きっきりで面倒を見ることになるのだが、子供が幼児になって自分でまともに行動できるようになったら、徐々に手を引いて行くことだ。なんでも母親が手や口を出していたら、母親の前ではおとなしくしているが、裏ではとんでもないことを仕出かす子供に成長してしまうのだ。

 それに教育に関しては学校不信に徹することだ。学校に頼らず、お稽古事を幼い内からやらしてしまうことだ。子供の能力は幾らでも成長して来るので、チャンスを与えれば幾らでも伸びて来るものなのである。それなのに学校に任せっきりにしたり、逆に自由放任にしてしまうのは、非常に危険なことをやっているものなのである。

③必要な協力者たちを正しく使う

 夫婦で投資をする場合、夫婦だけで行うのではなく、実に多くの協力者たちが必要になってくる。そういう人たちと正しく付き合うことだ。まず相手が信用できない人物なら、如何なることがあっても交際を拒否することだ。信用できる人物たちだけと付き合うようにすることだ。正しい交際を維持するためには、お酒を飲まないようにすることだ。仲を深めようとお酒を飲んでしまうと、逆効果が出て来てしまい、その人物と絶交する羽目になるものなのである。

④成功者たちと仲良くなる

 投資で成功したければ、成功者たちと仲良くなることだ。成功者たちと仲良くしていれば、当然に話題は成功する話ばかりなのであって、自然と自分の脳がポジティブになってしまうのだ。逆に人生の負け犬たちと付き合っていると、話題は失敗した話ばかりになってしまうので、話を聞けば聞くほど自分の脳がネガティブになっていくものなのである。

●成功する場所、成功しない場所

 この世にはなぜだか成功する場所があり、逆にどうやっても成功しない場所という物が存在する。理由は科学的には不明なのだが、人々は経験則上知っていることなので、投資をするなら成功する場所に身を置き、成功しない場所には身を置かないことだ。こういうのは「学術的知識」ではなく「世間知」というべきものなので、こういう勉強を世間の中で生きることでしておくことだ。

①自宅が太陽光で明るくなっている

 まず基本的に投資は自宅で行うものなので、とにかく自宅を太陽光で明るくしておくことだ。投資家で成功している人たちは殆どが明るい家に住んでいるものだ。日照権で問題を起こしているようなら、投資で成功するのは非常に難しいことだろう。太陽光は脳を活性化させるので、太陽光が多ければその分だけ成功し易くなるのだ。

②会社の置き場

 もしも投資会社を作るなら、その投資会社は繁華街に置かなくていいのだ。別に客商売ではないので、喧噪のない静かな場所に置けばいいのだ。日本の銀行が経営を悪化させたのも、繁華街のど真ん中に店舗を置いたことを決して忘れるべきではないのだ。投資というのは静かな場所ですべきものであって、静かな場所でないと儲けて行くことができないものなのである。

③陸地の東側が発展する

 世界地図を見れば解ることだが、経済が発展している地域は陸地の東側なのである。「東京」「ニューヨーク」「ロンドン」と世界的に大規模な株式市場が存在する場所は全て陸地の東側なのだ。現在、中国が経済的に発展しているのも、陸地の東側を広範囲に持っているからなのである。

 だから東日本大震災で岩手県や宮城県や福島県が大打撃を受けても、これらの地域は必ず復興してくるのだ。なぜなら陸地の東側だからだ。ではなんで復興が遅れているのかというかというと、これら3県は主体性がなく政府に頼り切っているからなのである。そのくせ頼られている政府も民主党政権であるがために、会議会議を連発して迅速な行動を取って来ないのだ。

 因みに大阪は陸地の西側にある以上、経済発展を引き起こす要因が沢山あるのに、それを活かし切れていないのだ。大阪はなんと生活保護の受給者が日本一であり、離婚率も非常に高いのだ。これでは経済がなかなか発展して来ないのだ。大阪が繁栄できない分、神戸に経済エネルギーが行ってしまい、それで神戸が高級住宅地になってしまうのである。

④歴史的に金融に強い地帯

 金融雑誌が読者からのアンケートを取ると、「愛知県」「岐阜県」「三重県」の3県では非常に貯蓄率が高く、投資にも積極的だという統計が出ているのだ。これら3県は日本国内の中でも別格の地帯なのである。それゆえこえら3県に住んでいる夫婦たちは自分たちが恵まれた場所に住んでいると思っておいた方がいい。

 しかしこれら3県は愛知県が民主党の支持率が高いし、岐阜県は繊維産業が斜陽になり、三重県は浄土真宗が強いというあべこべな現象が起きているのだ。投資家たちが多いのに、その投資家たちの知恵を巧く地域の繁栄に活かし切れていないのだ。折角、県民の能力が高いのに、それを台無しにする政治や経済や宗教が存在しているのである。

●必要なラッキーアイテムは必ず持っておくこと

 女性の投資家たちは、男性とは違ったラッキーアイテムを持つことが必要になって来る。女性は聖なる気に敏感な分、邪気をも吸収し易いので、ラッキーアイテムを持って邪気を避け、聖なる気をより多く集めて行く必要性があるのだ。ラッキーアイテムを迷信だと看做して、それらを持たないようなことは絶対にやめた方がいい。

①黄金の指輪や黄金のネックレス

 投資の成功率を上げて行くためには黄金の指輪や黄金のネックレスを身につけておいた方がいい。これらの物は毎日使っていると効力が落ちて来るので、できるだけ沢山の物を持って交代させながら使って行くことだ。投資で成功したら自分に御褒美という形で貴金属製品を購入するのもいいあろう。

 不動産投資をするなら「真珠のネックレス」を身につけて臨んだ方がいい。真珠のネックレスは不動産運を高める効果があるのだ。真珠のネックレスを見せびらかすためにつけるのではなく、服とのバランスを考えながらその大きさを調整して行くことだ。幾ら真珠のネックレスがいいからといって、余りにもデカ過ぎる真珠では逆効果になるものなのである。

②水晶

 自宅には水晶を置いておくことをお勧めする。水晶を自宅に置いておくと思考がクリアになるのだ。投資では実に様々なことを考えなければならなくなるので、それで脳がギブアップしてしまうことになるものなのである。だから水晶を置いておいて、無駄な思考を除去して貰い、必要な思考だけするようにして貰うべきなのである。

財布

 既婚女性が財布を持つなら、必ず長方形の財布にすることだ。しかも必ず高級ブランド品の財布を買うようにすることだ。なんで長方形の財布がいいのか解らないが、長方形でない財布を持っている既婚女性が投資で成功する確率は低いものなのだ。財布の寿命は3年が限度なので、3年おきに新しい財布を購入し、その際にできる限り財布のレベルを上げて行くようにすることだ。

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復活のタマティー天使!

●お久しぶりでございます!

 お久すぶりでございます! お久しぶりと言ってもブリを釣っていた訳でも、ブリ大根を食べていた訳でもないのだ! 毎日、ウンコブリブリしていたけど、とにかくお久しぶりなのだ! なんでこんなにブランクが空いてしまったのかというと、

 パソコンが故障してしまいました。

 要はパソコンの使いすぎですよ。考えてみれば、パソコンの初心者がブログを開設以来、5年間書き続けまくったので、どうやらパソコンも疲労して駄目になってしまったみたいです。パソコンの電源を入れても、画面が写らなくなってしまったんですよ。

 そんで修理に出したのですが、なんと修理に1週間もかかり、そのくせ完治せずですよ。そんでもう1回修理に出して更に1週間ですよ。故障した時はきちんと説明しておかないと、こういう2度手間を取ってしまい、時間の無駄になってしまうみたいです。

 今回、修理代がなんと10万円ですよ。保険をかけておいて本当に良かった。実費で支払えって言われたら、新しいのを買った方が安上がりですよ。現在使っているパソコンは使い勝手がいいので、できるだけ長持ちさせたいんですよ。

 この半月、ブログを放置しておいたら、ブログがとんでもないことになっていました。コメントが大量に殺到しておりまして、コメントをくれた方々、タマティーを心配して下さって本当に有難うございます。タマティーは復活してきました!

●原因は落雷

 実を言いますと、今回の故障、「落雷」が原因なんです。9月中に落雷を受けまして、その最中でもこのブログをやっていたのですが、その日を境にどうもパソコンの調子が悪くなり、騙し騙しやっていたのですが、遂にダウンですよ。

 みなさん、落雷の最中にパソコンを使用するのはやめましょう。

 とんでもないことになります。

 今年はもう踏んだり蹴ったりですよ。3月に東日本大震災で被災し、4月には転倒事故を起こして負傷し、最終的にはパソコンの故障ですよ。まあ、俺の人生に大きな変化が訪れつつあると肯定的に受け止めて、ビッグチャンスを掴めるようにしよう!

 パソコンが故障して気づいたのですが、パソコンがやられてしまうと、もうまともに生活できなくなりますよ。タマティーの場合、毎朝、起床したらブログを開いて記事を書くことを習慣にそていたのですが、パソコンがないとブログで記事をかけないため、毎朝、400字詰め原稿用紙で10枚ほど、何かのテーマを決めてせっせと書いておりました。

 それと同時に、パソコンが駄目になってもバックアップできるように、中古のパソコンを買いました。ところが中古のパソコンを使ってみると、やりにくいのなんのって。パソコンは日進月歩で発展し続けているのがよくわかりましたよ。

 もしもパソコンを買い換えるのなら、古いパソコンは売らない方がいいです。パソコンが故障した際に非常に重宝します。ビジネスなら新型のパソコンに拘ることは必要だけど、プライベートではそんなこと必要ありませんからね。

●巨大地震予言の行方

 それと前に今年はもう1回巨大地震が起こると予言し、しかも10月が一番危ないと言ったのですが、どうにか無事、日本では巨大地震が起こらなかったみたいです。但し、千葉県や茨城県では地震が相次いだので、本当に冷りとしました。

 しかしトルコでは大地震が起こり、結構、被害が出ているみたいです。エジプトとリビアの民主化に続いてトルコの大地震ですからね。アメリカが後ろで何かしている疑いが濃厚ですよ。アラブ諸国は一致団結してアメリカに抵抗しないと富を全て奪われてしまうというのに。

 それから限りなくガセネタに近いのですが、夕刊フジでは今月の11日に巨大地震が起こると報道していました。何を根拠にそういう報道をしたのか解らないけど、11日ってのが引っかかりますよ。アメリカは11日を何か特別視しているみたいなので。

 ブログを休止中に地震学のことを少し勉強したのですが、火山が噴火すると、10年以内に大地震が起こるという法則があるみたいなんです。となると新萌岳が噴火したということは、西日本で10年以内に大地震が起こるっていうことです。

 特に西日本の太平洋沖は震源地が3つ連動して起こる巨大地震っを発生させる可能性があるので、高知県と和歌山県は要注意ですよ。巨大地震が起これ大阪府でも津波に襲われることになるので、防潮堤や防波堤をしっかりと整備しておくことですよ。

●コメントへの一斉回答

 コメントが大量に来てしまったので、今回の記事に於いて一斉回答しておきます。

 「みなさん、有難うございます! 中には妊娠した女性もいるようなので、ついでにおめでとうございます!」

 なんかこのブログを読むと妊娠できるというジンクスが成立しつつあります。

 今後はゆっくりとやっていきます。

 ちょっとパソコンを酷使してしまったみたいです。伝えたいことは沢山あるんだけど、それを記事に書いていくと膨大な量になってしまうので、そんなことをやっていれば、パソコンはぶっ壊れるわけですよ。今後は巧く休みをとりながら、書き続けていきます。

 今回のシリーズはもうラストスパートをかけて。一気に終わらせようと思います。1年以上書き続けているので、はっきり言って長いです。というか色んなことがありすぎて、長くなってしまいました。それゆえ後は一気に書き上げる予定です。

 乞うご期待!

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