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2011年12月

秘策その5 「休みの取り方を工夫する」

●1ヵ月30日制に変更する

 女神からの警告を発せられないようにするためには、1週間7日制をやめてしまうことだ。1週間7日制ではあっと言う間に時間が過ぎ去り、きちんとした仕事ができないのだ。しかも現在のように週休2日になってしまえば、1週間の内、働けるのは5日しかなく、それではまともな仕事をすることができないのだ。仕事をきちんとこなせないから、ストレスが溜まり、それがいつの日か大爆発を起こして来るのである。

 人間の脳というのは10日間連続で作業し続けるからこそ、何かしら1つの物を生み出して行くことができるのである。頭脳労働では最大21日間連続で働くことができるのだ。このため1週間7日制では何か1つの物を生み出す前に休んでしまい、それでまともな物を作り出せることができなくなってしまうのだ。起業家なら会社の経営が軌道に乗るまで休まないものだが、あれは脳のメカニズムを巧く利用しているといっていいのだ。

 だから「1週間7日制」を「1ヵ月30日制」に切り替えてしまうことだ。基本的にはその月の目標を定め、更には3つほど小さな目標を定めて仕事をするようにすることだ。こうすると1ヵ月後には必ず仕事の成果を生み出して行くことができるので、精神衛生上、非常に良好な状態になるのだ。

 1ヵ月30日制を採用するに当たって邪魔になるのが祝祭日である。それゆえ祝祭日を休まないようにすることだ。祝祭日であっても出社すれば仕事ができるだけでなく、手当ても貰うことができるのである。どうしても会社に行けない時は祝祭日の午前中に仕事をしてしまうことだ。午後は家族と遊べばいいのだ。

 スイスでは独立記念日しか祝祭日を認めていない。このためスイス人が精神病に罹る率が他のヨーロッパ諸国に比べて少ないのだ。国家が行き詰まって来るとなぜだか祝祭日が多くなるものだ。そして病院は病人たちで溢れる返るようになるものだ。人間というのは労働をしないと心身ともに病んでしまうのであり、病気にならないためには祝祭日を無視して仕事をすることが大事なのだ。

●効果的な休日に過ごし方

 人間にとって理想的な休日は月に2日なのである。神道では毎月1日と15日に休みを取っていたのだ。実際にこのリズムで働いてみると、仕事の生産性は非常に高くなるし、休日も濃厚な時間を過ごせるのだ。このリズムは丁度、女性の生理周期と同じであり、前半の低温期と、後半の高温期を繰り変えすことで生理が順調にいくように、女性であろうが男性であろうがこのリズムで過ごした方が心身を健康に保つことができるのである。

 休日はただ単に休日ではないのだ。基本的には神様に捧げる日なのである。

 このため1週間7日制で週休2日の場合、大概の人々は堕落した休日を過ごすことになるものだ。休日を自分のために使ってしまうと、仕事の疲労が取れないし、下手をすると休日で疲労を発生させてしまい、休日明けに疲労困憊の姿で出社してくることになるのだ。これでは使い物にならないのだ。

 休日には先に予定を入れておくようにすることだ。折角の休日を「寝て曜日」にはしないことだ。かといって遊び呆けたりしないことだ。休日に予定が入っていれば、平日でも脳はその予定のことを自動的に考えており、いざ休日になるとその予定通りに動き、しかも質の高い時間を過ごすことができるようになるのだ。

 家族がいる以上、どこか旅行に行ったり、スポーツで体を動かすようにし、とにかく汗を流すようにすることだ。絶対に休日を自宅に居て過ごすということをしないようにすることだ。家族で自宅に籠っていると、家族全員がストレスを抱え込んでしまうようになるのだ。休日というのは基本的に外出するものだと思っておいた方がいい。

 それと休日の夜には読書をして頭を使うようにすることだ。脳の疲労は休んでも取れないものだ。脳は脳を使ってくれるからこそ脳内の疲労物質を除去できるというシステムを持っている。そのため休日だからといって、夜中にテレビを見て過ごしていると、脳は疲労物質を除去できず、それで休日後の脳の動きが物凄く悪くなってしまうのである。

●纏めて長期休暇を取るようにする

 1週間7日制で毎週ごとに休日を取っても勤続疲労は抜けないものだ。仕事に無理がかかっているのではなく、1週間7日制を取ることに無理がかかりすぎているのである。この勤続疲労を放置しておくと、いずれ心身が病魔に蝕まれるようになり、過労死になったり、自殺したりしてしまったりするのだ。

 勤続疲労を除去するためには「1ヵ月間の長期休暇」を取るようにすればいいのだ。とにかく1ヵ月間もの長期に亘って職場を離れてしまえば、誰であっても勤続疲労は抜け切るものだ。しかも1ヵ月という単位が1週間7日制のリズムを破壊しているので、人間が持つ本来のリズムに戻すことができるのである。

 1ヵ月もの長期休暇は夫婦が協力し合わないと取ることができない。夫が折角長期休暇を取ったのに、妻が屁理屈を捏ねて反対すれば、それでオジャンだからだ。しかも夫婦共働きなら、長期休暇を夫婦一緒に合わせなければならず、結構大変な作業になるものなのである。

 「日本ではそんな長期間の休暇を取ることができない」と反論して来る人々が居るが、それは本人が長期休暇を取ろうとしないからできないだけのことなのである。事実、夏休みは2週間の長期休暇を取っている人たちが圧倒的に多い。それに有給休暇を2週間分加えれば1ヵ月の長期休暇になるものなのである。

 2週間の長期休暇と、1ヵ月の長期休暇では、実際にやってみると全然違うのである。2週間では勤続疲労が抜けないが、1ヵ月では勤続疲労が一気に取れるのである。勤続疲労は過労が溜まったものだけではないのだ。長期間に亘って1週間7日制の無理が祟ったものなのである。だから1ヵ月間の長期休暇を取らないと勤続疲労が抜けないのだ。

●忙しくても家族のために割く時間を取る

 家族のイベントは後で取り返しがつかないものだ。仕事が忙しいからといって、家族のイベントを無視していると、凄まじい不幸が起こって来るものなのである。どんなに忙しくても、必要最低限のイベントは必ず確保しておくべきなのである。だから無闇に休日をとってはならないのだ。家族のイベントを過ごすということは、それだけ労働する時間を奪われることになるからだ。

①結婚記念日

 まずは「結婚記念日」。女性は結婚したら終生この結婚記念日を絶対に忘れない恐ろしい動物なのである。男性の方は結婚してしまえば、結婚記念日なんか忘れてしまうものだ。男性脳がそうできているからといって、女性脳もそうできるとは決して思わないことだ。結婚しなけらば家族も生まれなかったのであり、結婚記念日は結婚した記念の日だけではなく、家族が誕生した記念の日でもあるのだ。

②誕生日

 次に「誕生日」。誕生日も家族全員の誕生日を祝うとなると、1年の内、結構あるものなのである。誕生日はこの日だけその誕生日を祝われる人が主役になる日なので、いいガス抜きになるのだ。誕生日祝いを行わないと、どうしてもストレスが溜まってしまい、後日、とんでもない代償を支払わされることになるのだ。

③入園式、卒園式、入学式、卒業式

 保育園や幼稚園の入園式や卒園式は想像以上に大事である。というのはこの時期に脳のシナプスが最大化されていくために、6歳までに両親から大切に扱われた子供は大人になっても他人を大切に扱うようになるからだ。幼児の時に親から大切に扱われていないからこそ、大人になってから他人に対して残酷なことを仕出かすようになるのだ。

 親にとって厄介なのは、入学式や卒業式であろう。どの学校も同じ日にやるために、子供たち全員のに出られなくなってしまうのだ。どう考えても高校を卒業するまでは、子供は子供なので、本人の自由に任すことはできないものなのである。学校の入学式や卒業式に出席する親は、少なくとも子供の教育を真剣に考えている親であると判断していいのだ。

 家族内でやらなくていいイベントは「父の日」や「母の日」であろう。家族は父親と母親を中心に回っているので、これを子供たちが祝うというのはおかしいのだ。もしもこれらの日を祝ってしまうと、誕生日の効果が薄れてしまうのだ。考えてみれば、家族のイベントは1年の内、結構あるのであって、無闇に余計なイベントを加える必要性はないのだ。

 断言しておくが、父親が真剣になって仕事に向き合っているなら、幾ら豊かになっても凄まじい不幸など訪れて来ないのだ。豊かになった時、仕事よりも遊びを重視するからこそ危険になるのである。それと同時に家族サービスをし過ぎるのも危険なことなのである。大きな仕事をしているのなら、家族に回すエネルギーは限られて来るのだ。その少ないエネルギーを効果的に使うべきであって、仕事に支障が出て来るほど大量に回すべきではないのだ。

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秘策その4 「本業以外には手を出さない」

●本業以外の事に手を出すと、集中力がなくなる

 「女神からの警告」は自分が正しい生き方をしていれば絶対に聞こえて来るものではないのだ。自分が間違った生き方をしているからこそ、女神は警告を発して、凄まじい不幸を起こして来るのである。だから夫は特に仕事に於いて間違った生き方をしないことだ。仕事ではお金が儲かるがために私利私欲のなすがままに生きていると、女神から警告が発せられることになるのだ。

 まず自分の仕事は本業に限定することだ。本業に専念していればこそ、その仕事が上達するし、トップに躍り出ることも可能になる。あっちゃこっちゃに仕事をしていれば、いつまで経っても本業が巧くならないのだ。本業以外に手を出さないという禁欲的な態度は、逆説的かもしれないが、もっとも大儲けする生き方なのである。

 如何なるビジネスマンでもトップになる人は必ず本業を専業としてやった人なのである。社長なら1つの分野で成功することど突破口を開くことになるし、会社員であっても何か1つの得意分野を持たない限り成功して行くことはできないのだ。本業に徹し来る日も来る日も同じ仕事をしていれば、自然と上達していくものなのである。

 もしもなんらかの事情で副業に手を出さなければならないのなら、副業は本業関連に限定することだ。本業関連の副業なら、その副業をやっても本業を支援することになるからだ。無関係の副業に手を出すと集中力を欠くようになってしまい、本業でも副業でも仕事が巧く行かなくなってしまうのである。

 人間は不思議なもので、最初、副業とやっていたのにその副業が大当たりしてしまい、副業での収入の方が上回ってしまうことがある。こう言う場合、副業を本業と切り替えることだ。いつまでも副業のままにしていては成功して行くことができないのだ。今までの本業はもう卒業なのであり。、そういう変化をきちんと行っておくことだ。

●財テクの危険性

 資産を拡大して行くためには、ただ貯金をするだけでなく、投資をして行かなければならない。仕事をしている以上、投資は基本的に長期投資となる。短期投資を繰り返して儲けようとしても、仕事が忙しいのでそんな芸当をすることなど絶対にできないのだ。長期投資をすることによって、大儲けできないけど、確実に儲けて行けばいいのである。

 投資は飽くまでも投資であって、「財テク」ではないということなのだ。

 財テクにのめり込んで成功した人は誰もいない。投資を財テクだと考えている時点で考え方が根本的に間違っているし、そんなに財テクに熱中していれば、仕事が上達しなくなるのは当然のことなのである。財テクで儲かるのは市場が上向きになっている時なのであって、それは誰でもできることなのである。

 ところが市場が下向きになった時、財テクをやっている人たちが真っ先に大損して行くことになるのだ。機関投資家たちを決して甘く見てはならない。彼等は投資のプロなのであって、財テクをやっている人たちをカモにして商売を成り立たせている人たちなのである。機関投資家たちは市場が静かな時には手出ししてこない。しかし市場が混乱し始めると途端に手を出して来るものなのである。

 長期投資をしていても、自分が地道に投資していれば、資産収入が所得収入を上回る日が必ずやってくる。その時、どうするかなのである。資産収入があるからといって仕事を辞め、遊び呆けてはならないのだ。充分な資産収入があっても、自分は働き、着実に所得収入を得て行くべきなのである。

 妻は夫が財テクに走ったり、資産収入が所得収入を上回って仕事を辞めようとする時は、必ず阻止しなければならない。こういうことをするということは、夫が四六時中自宅に居るということになり、妻にとっては非常に大きなストレスを感じてしまうのである。男というのは矢張り仕事をしてなんぼの者であり、仕事をしなくなったらもう駄目なのである。

●社長が自叙伝を書くと会社は倒産する

 財界では「社長が自叙伝を書くと会社は倒産する」というジンクスがある。社長は作家ではないのであって、それなのに自叙伝を書いているようでは、その社長は社長業に専念していないといっていいのだ。本気で社長業をやっているのなら自叙伝など書いている閑などないのだ。

 社長が自叙伝を書けば、著作権収入が入って来るし、自叙伝を書いたことで有名になってしまい、チヤホヤされることになる。こうなると謙虚な態度が失われ、徐々に傲慢になっていくものなのである。社長というのはお客様に奉仕し、社員たちに奉仕し、取引先に奉仕するのが仕事なのであって、その社長が踏ん反り返ってしまえば、もう社長業をこなせなくなるのだ。

 しかし人間はどうしても自慢話をしたいものだ。もしも自叙伝を書きたいのなら、社長を引退してから自叙伝を書くべきなのである。「自分が社長だった時にこういうことがあったよ」ということを書けば、面白く書きさえすれば売れるものだし、社員たちにとっても貴重な歴史的資料になるのだ。

 社長にとっては引退後、自叙伝を書く義務が存在する。会社は社長の決断で動いて行く以上、社長が何を考え、どういう行動を取ったのかということは、社長本人が話さない限り、本当の所は解らないからだ。社長経験者が自叙伝を書かないと、その会社はデータを積み重ねた社史しか作れず、それは非常に危険な社史になってしまうものなのである。

 社長が書く自叙伝は自分のために書くものではないのだ。後継の社長たちや社員たちのために書かれるものなのである。部外者が読んでも巧く理解できないものでも、会社に居る者たちにとっては非常に良く理解できる内容になっているのだ。だから社長を引退した後に自叙伝を書いてくれないと、後継の社長も社員たちも困ることになるのだ。

●経営理念や経営計画書の絶対的重要性

 仕事はただ単に仕事をすればいいのではないのだ。仕事がブレないように歯止めをかけるものが必要なのである。それが「経営理念」であり、「経営計画書」なのである。仕事をしているのなら、この経営理念を暗記し、経営計画書に沿った仕事をするようにすべきなのである。こうなると本業に専念することができ、仕事がブレなくなり、女神の警告など発せられなくなるのだ。

 もしも会社に経営理念や経営計画書がなければ、いずれその会社が行き詰まることは目に見えているのだ。利潤追求で仕事をこなしているがために、大きな利益のある仕事にはリスクがあることが解らないし、小さな利益しか生まない仕事rであっても、手抜きすることなく地道に行わなければならないということが解っていないのだ。

 社長が経営理念や経営計画書を作る時は、何ヵ月も苦しむことになる。自分の会社の歴史を調べ、更に社長である自分の意見を反映させて、経営理念を作り、経営計画書を作って行くのだ。しかもこの作業だけをやるのではなく、仕事をしながらやるのである。当然に夜遅くまで働き続けることになるのだ。

 しかし経営理念や経営計画書が一旦できてしまえば、仕事を限定させることができ、自分たちがやるべきことに集中して行くことができるようになるのだ。こうなると仕事でブレなくなるから、自分たちの会社の得意分野が上達して行き、いずれ業界トップに躍り出て来るようになるのだ。

 経済新聞やビジネス雑誌を読んでいれば、ライバル企業が様々な分野に手を出して来て、驚いてしまうものだ。だがそんな事業の遣り方では成功しないと見切る知恵が必要なのだ。如何なる会社も得意分野にエネルギーを集中するからこそ成功するのであって、様々な分野に進出して行けば、一時的に儲かって御、結局、駄目になってしまうものなのである。

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秘策その3 「仕事で無理をしすぎない」 

●労働時間は変動する

 もしもビジネスで成功したいのなら、若い時に「労働時間の最大化」を図ればいい。具体的には「必殺の12時間労働」を繰り返すべきなのである。人間は1日最大で12時間働けるので、来る日も来る日も1日12時間労働をしまくればいいのだ。若い時は体力が有り余っているので、1日12時間労働を難なくできるのである。

 しかしビジネスに成功して安定期に入ったのなら「労働時間の減少」を図らなければならない。それこそ「1日8時間労働」に落として行かなければならないのだ。若い時のように長時間労働をし続けていたら、必ず体にガタが来て、病気になってしまうものなのだ。それ以上に、家族に回せる時間が少なくなってしまうので、夫婦間や親子間で深刻な問題を発生させることになるのである。

 男性なら40代前半で、女性なら30代で必ず労働時間の変更が発生する。この時期は「体力が落ちた!」と自分でも解る年齢なので、昔のように無茶して労働し続けていると「これはヤバイな」と思うようになるものなのである。それに自分が労働時間を増やしても、仕事が巧く行っていないし、それどころか自分が長時間労働をすることで様々なトラブルが発生して来てしまうのである。

 人間は1日の内、創造的な作業ができる時間はせいぜい「1日3時間程度」しかないのである。1日8時間労働をしようが、1日12時間労働をしようが、創造的な時間は1日3時間程度しかないのだ。だったらその創造的な時間を効果的に使って行くこそが大事なのであって、労働時間の長さは大事ではないのだ。

 人間の体は本来1日12時間労働や1日8時間労働をするようにはできていないのだ。人間が本来定められている労働時間は1日につき「6時間」なのである。これは文明以前の狩猟採集経済の時に決まった時間なのであって、朝早く起きて狩猟に行き、もう午前11時までには狩猟は終わっていたのである。それ以降は食事であり、遊びの時間であったのだ。だから1日8時間労働でも多いくらいなのである。

●「仕事の仕方」こそ大事

 ビジネスに成功するためには無闇に仕事をしないことだ。無闇に仕事をして、残業を繰り返し、毎日午前様になっていては、家族にストレスが溜まるのは当たり前のことなのである。そのストレスが妻子を不幸に追いやって行くのである。無闇に仕事をするのではなく、「仕事の仕方」を確立すべきなのである。

 「仕事の仕方」で最も大事なことは朝早くから働くことだ。人間の脳は午前中こそ集中力の高い時間帯なので、この時間帯でその日のやるべき仕事をこなしてしまうべきなのである。午後は更に仕事をこなして行くべきなのである。こうすると最低でも普通の人たちの2倍以上の働きができるようになるものなのである。

 始業時間の直前に出社してきたり、始業後に新聞を読んだりすべきではないのだ。そんなことをしていればアッという間に昼食の時間になってしまうものなのである。少なくとも始業時間の1時間前以上に来ていれば、その間、誰にも邪魔されずに仕事ができるので、始業時間を迎えた時はアクセル全開で仕事を進めて行くことができるようになるものなのである。

 それと仕事をし続けていれば、自分にとって無用な仕事を抱えてしまうことがある。自分は一生懸命にやっていても、その無用な仕事のために時間を大量に食われてしまうのである。だから定期的に「仕事の再編成」をして、無用な仕事を減らし、必要な仕事だけを残すようにすべきなのである。

 仕事の再編成を行うと、仕事の生産性が格段に上がることになるのである。仕事の再編成は5年に1度必ずしておくようにすることだ。5年も働き続ければ、誰がどうやっても無駄な仕事を抱え込んでしまうのである。成果が出て来ない仕事に長時間奪われることは、どう考えても大損害なのである。

●部下たちを育てて、部下たちに仕事をさせる

 自分が労働時間を減少させつつも、高い生産性を発揮して行くためには、自分自身が仕事の仕方を身につけ、高い生産性を発揮できるようにならなければならない。それと同時に部下たちを育て、部下たちに仕事をさせることで協業と分業を行わせ、組織的に高い生産性を発揮できるようにしなければならないのだ。

 自分で仕事をしすぎない。部下に仕事をさせる!

 この発想の転換をするだけで、自分は他の仕事に着手できるし、組織全体としては高い生産力を発揮して来るようになるのだ。20代では自分のことで精いっぱいだ。しかし30代になれば自分のことは出来て当たり前になるのであって、徐々に組織的に物事を見れるようにしなければならないのだ。

 意外なことかもしれないが、多くの人々はこの発想の転換ができないのだ。

 解り易い例を挙げるなら、自己啓発本は自分の能力の啓発だけを説いたものであり、この部下たちを育て、部下たちに仕事を任すことなど説いてはいないのだ。それどこかビジネス書ですら、個人レベルの作業方法とか礼儀作法とか人脈の作り方などを説くだけであって、肝腎の組織戦について何も説いてはいないのだ。

 如何に多くのビジネスマンたちが発想の転換ができていないということなのである。

 なんでこんな簡単なことが難しいのか?

 まずこの発想の転換は自分が多く仕事をするという今までの考え方ではなく、自分の労働時間を減少させ、それを他人にやらせるという虫のいい考え方だからだ。それとたとえ発想の転換が出来ても、部下を育て、部下に仕事を任して行くために、相当の時間や試行錯誤を繰り返すことになるからだ。

 行き成り多数の部下を作ろうとはしないことだ。必ず1人の部下を作ることに集中し、その者を育てて行くことで自分の部下にしてしまえばいいのだ。部下が1人できてしまえば、後は簡単なのであって、次から次へと部下たちを作って行くことができ、その者たちに仕事を任せることで、自分はよりレベルの高い仕事をすればいいのである。

●労働時間を減らすことが生産量の拡大に繋がる

 最も重要なことは「労働量」ではなく「労働質」を上げるということなのである。誰もが労働時間説に縛られているのだ。若い時にアルバイトなどしてしまうと、「時給幾ら」という考えが身についてしまうために、会社員になっても、それどころか社長になっても労働時間説で行動してしまうのである。

 労働時間説が如何に危険な考え方はソ連や東欧の社会主義国が滅亡していったことでも証明されているというのに!

 労働価値説の洗脳を解除していないと、無闇に労働時間を増やしてしまい、それでビジネスに成功した筈なのに凄まじい悲劇に見舞われることになるのだ。労働時間を減らすことが生産量の拡大に繋がるのである。実際にやってみると本当にこの現象が起こり、そうなれば早くに帰宅することができ、家族団欒の時間を過ごすことができるのである。

 汗水垂らして働いている人たちほど、「では、俺たちが汗水垂らして働いてのは一体なんなんだ!?」と質問をぶつけたくなる。

 「それは若い時には必要だった」ということなのである。若い時は必殺の1日12時間労働で行くべきだし、汗水を垂らしまくるのは当然のことなのである。しかしそれは若い時だからすべきことであって、自分が或る年齢に達したら、もう必要ないのである。年を取ってくれば、「発想の転換こそが必要!」なのである。

 「名工に悲劇なし」と言っていい。優れた職人ほど、仕事の仕方がしっかりと出来ているし、部下たちを巧く使って非常に生産性の高い仕事をしている。そして結婚して子供を作り、その子供たちも健全に育って来ている。職人なのに家族に不幸が噴出しているようでは、その職人の結婚がどうのこうなのではなく、職人として仕事の仕方がなっていないのである。

 これと同時に「名物社長に悲劇なし」と言っていい。社長になるまでに仕事の仕方を身につけなければならないし、社長として部下たちを使って行けるのだから、生産量が多くなるのは当然なのである。朝早くから働く分、夕方頃には仕事が終わるものなのである。そういう仕事の仕方をしているからこそ、家族に対して充分にエネルギーを回すことができ、妻子に不幸が起こらなくなるのだ。

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秘策その2 「完全なる結婚を目指さない」 

●夫婦に多少問題がある程度で丁度いい

 「女神からの警告」は同じ女性である妻こそが本当なら聞き取り易いのである。「女の直感」で自分たちの家族に危険が迫った時、それに急ブレーキをするのは妻だからこそできることなのだ。しかし妻が豊かさの中で我を忘れてしまうと、女の直感が鈍り始め、よりによって自分の身に凄まじい悲劇が炸裂してくることになるのだ。

 妻が絶対にやってはならないことは「完全なる結婚」を目指すことなのである。

 「完全なる結婚:なんて、この世には存在しない。どの夫婦の結婚も何かしらの問題があるものなのである。不完全だからこそ今後も成長していけるのであって、完全なる結婚になってしまえば、それは理想的ではあっても、今後成長していくことができなくなってしまうのである。

 夫婦間でどちらかの意見が一方的に通るようになったら、それは非常に危険である。そんなことは夫婦間で起こり得ないことだからだ。特に妻は自宅にいる時間が夫よりも多いために、家庭内のことは自分が勝手に決めてしまい、夫には何も関与させようとはしないということをやってしまう。それが非常に危険なのである。

 女神からの警告が発せられる前に必ず前兆現象が起きているものなのだ。妻が豪華な服を着ているのに、更に新しい服を買い揃え、それなのに夫の紳士服はボロボロで、Yシャツも10年以上前の物を使っていたりするのだ。冷静に考えれば「これはおかしいな」と解るものなのに、「完全なる結婚」を目指そうとするとそれが解らなlくなってしまうのだ。

 夫婦の相性が良ければ、夫婦の性格は正反対になるものなのである。性格が違うからこそ愛し会えると同時に、性格が違うから相手を憎んでしまうのである。「うちの夫はどうして~」と愚痴を垂れるのではなく、「自分は夫に対して何をしてあげることができるのだろうか?」と考え、それを実行すれば、夫はビジネスに成功するし、我が身に凄まじい悲劇が炸裂してこなくなるのである。

●お買い得の買い物をしたのに玉子が割れていた

 これだけは覚えておこう!

 幸福だからこそ不幸が起こるのである。

 幸福は単独ではやってこない。必ず不幸をつれてきて、それでバランスを取ろうとするのである。例えば食料品のバーゲンセールに行き、お買い得の買い物をして大喜びなのに、自宅に帰ってみるとなぜだか玉子が割れていたということが起こる。お買い得の買い物をしたという幸福と、玉子が割れていた不幸が起こることで、丁度いい塩梅が保たれるのだ。

 他にも外出した先で手袋を落としてしまったとか、ハンカチを落としてしまったとか、そういう現象が起こる、事実、町を歩いていると、道端に手袋が落ちていたり、ハンカチが落ちていたりする。外出することで幸福を得た分、手袋やハンカチを落とすことで不幸が起こり、それ以上の不幸が起こらなくなるのである。

 これが育児になるとハイバー化する。乳幼児用の靴が片方だけ落ちていたり、乳幼児用のパンツが落ちていたりするのだ。その乳幼児は片方の靴だけで自宅に帰ったというのか? それ以上にパンツを脱いだ乳幼児の母親は、自分の子供がノーパンだってことに気付かなかったのか? 疑問に思うことは多々あれども、育児をしていれば有り得ない不幸を経験するものだ。

 妻が気をつけるべきは料理であろう。料理は如何なる妻がやっとしても完璧になることはない。自分が一生懸命作ったのに、出来がイマイチだったり、家族から不評が寄せられたり、そういうことが起こって来る。これは料理の不完全性から来るもので、下手に気にしないことだ。それよりもそこそこの出来で満足し、残りの部分は改善点としておけばいいのである。

 家計の運営でも、臨時収入を生活費に回していると、臨時収入が入ったのに緊急の出費が出てしまったということが起こってしまうものだ。臨時収入は生活費に回さず、貯金に回してしまうことだ。臨時収入はその夫婦にとって幸福な現象なのであって、それに浮かれているようでは危険なのである。

●子供たちに母親の意見だけを通し過ぎない

 母親としては育児に於いても100%自分の意見を通すことはしないことだ。子供は親の意見に素直ではあっても、子供だって親の理不尽な意見には反抗してくるものなのである。母親なのだから子供の反抗を捻じ伏せることだってできる。しかし子供の反抗を捻じ伏せると、子供は強烈なストレスを溜め込んでしまい、後で厄介なことになるものなのである。

 まず育児ではとにかく母親自身が育児を楽しむことだ。母親が育児にストレスを抱え込んでいるようでは、まともな親子関係にならないのだ。母親と雖も若ければその若さに焦り、年を取ればその年齢に焦ってしまうものだ。そうやって自分と周囲を比較しないことだ。誰かと競争している訳ではないのだ。それよりも育児に専念して濃厚な時間を作っていくべきなのである。

 子供は遊びをすることが仕事なのである。だから子供を遊ばせる。遊んだ子供だけが健全に育って来るものなのである。子供を自宅の中だけに置いておかない。外に追い出し、外で遊ばせる。特に泥んこ遊びは大歓迎で、子供が泥んこになって遊んでくれるからこそ、子供の免疫力は向上し、病気に罹りにくくなるのである。

 子供の進学には関しては夫婦で話し合って決めてしまうことだ。親が学費を出す以上、公立学校に行くのか私立学校に行くのかは親が決めるものなのである。その肝腎要の親が子供の教育を子供任せにしたり、学校任せにしていたりしていては、子供の成績は上がらないし、子供がその学校を卒業したとしても大した能力を身についていないのだ。

 母親であるなら「完璧な母親」を演じないことだ。如何なる母親でも欠点は存在するのだ。良妻賢母は理想形であるのだが、如何に良い妻だからこそドジをするものだし、賢い母親でも失敗をしたりしてしまうことは有り得るのだ。ドジや失敗したから駄目だと思うのではなく、何か優れたことをしようすれば、必ず何かしらのドジや失敗が起こると思って、気楽になるべきなのである。

●小さなことでクヨクヨするな

 自分たち夫婦が豊かになり始めた時、豪邸に引っ越し、食事は豪華になり、乗る車も高級車になり、リッチな気分を思う存分に味わうことだろう。しかしそうやって豊かな生活に慣れてしまうと、非常に些細なことが気になりだし、自分の気に食わないことが起こると激怒するようになってしまうのである。

 妻が他人に対して自分の怒りをぶつけていては、その他人は憎しみを抱くようになるし、かといって妻がその怒りを自分の心の中に溜め込んで行ってしまったら、いずれ自分自身の心が壊れてしまい、精神病を発症するようになることであろう。生活環境ががらりと変わった分、過剰なストレスを発生させていることに気付くべきなのである。

 こう言う場合、「小さなことでクヨクヨするな」ということなのである。その小さな不幸は厄払いなのであって、その不幸を除去してしまうと、今ある幸福も崩れ去ってしまうものなのである。自分が幸福になれたのだから多少の不幸は起こるのであって、そういう不幸が起こってくれたことに感謝すべきなのである。丁度いいガス抜きになるからだ。

 人間の精神を健全に保つためには、なんといっても食生活を整えることだ。裕福になったからといって肉食三昧をしていたら、栄養バランスは完全に崩れ、しかも体内が酸性化してしまい、それで精神が狂って行ってしまうものなのである。豪邸に住む貴婦人だからこそ精神病に罹り易いのであって、事実、有名なお金持ちであっても、その妻が精神病院通いしている例は幾らでも存在するのである。

 豊かな生活になっても妻が自分の精神を正常に保ちたいのなら、食事に関しては質素な食事を続けるようにすることだ。朝食を廃止し、リンゴ人参ジュースでも飲んでいればいいのだ。昼食は軽めに済ませ、夕食だけを正規の食事にすればいいのだ。普段から果物や生野菜を多めに取り、肉食は控えることだ。そうやって事実上「1日1食」にしていれば、そう簡単に自分の精神が狂うということはなくなるものなのである。

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お婆ちゃんとウンコ

 「妊婦とウンコ」「産婦とウンコ」「赤ちゃんとウンチ」がご好評につき、トドメとして「お婆ちゃんとウンコ」の記事を作りました。

 これにてウンコネタシリーズは打ち止め~ッ!

●お婆ちゃんたちは極楽状態で生きるもの

 女性は一体いつから「お婆ちゃん」になるのであろうか?

 世の中には「生涯青春」なる異常な言葉を言う頭のおかしい女性たちもいるが、女性は肉体的に閉経になった瞬間から「お婆ちゃん」になるものなのである。文明化されていない部族の女性たちであるなら、閉経した瞬間に喜ぶものなのである。なんせ毎月あった生理がなくなる訳だけから、後は自由に動くことができるからだ。しかもそれ以降、自分がお婆ちゃんたちの仲間入りを果たして行くので、当然に部族内で地位が高まるのだ。

 ところが文明化された人々に限って、自分がお婆ちゃんになることを拒否するし、喜ぼうとしない。その理由は簡単で女性として自立していないし独立もしていないし、結婚や妊娠や出産や育児という女性しかできないことをきちんとせず、たとえそれらをやったとしても楽しんでいないのだ。このためいざ自分が閉経を迎えても、それ以降、自分がお婆ちゃんになって余生を楽しむということができないのだ。、

 閉経は大体50代で起こるものだから、この時期に自分の生き方を変えないと非常に危険なことになる。閉経前なら専業主婦は結婚生活をバリバリとやっていいし、兼業主婦なら家庭と仕事に大忙しの日々を送ってもいい。しかし閉経後はそうやってパワーを出し過ぎるのではなく、自分の享年から逆算して死ぬまでの間を楽しむ生き方をするようにすべきなのである。

 実を言うと、俺の周囲にそうやった余生を極楽状態で生きている女性たちが沢山いる。うちの母親がカラオケをやり始めたのも閉経後だし、日本舞踊やフラダンスをやっている女性たちもいる。俺はお婆ちゃんたちがフラダンスをやっている場合、「フラフラダンス」と呼んでいるが。夫婦で国内外を旅行しまくっている人たちもいるし、ボランティア活動に従事している夫婦たちもいる。

 お婆ちゃんたちの人生が極楽状態なのである。しかしなぜだかマスコミではこのお婆ちゃんたちの非常に楽しい人生を報道しない。マスコミが好むものは「熟年離婚」であり、「年金問題」であり、「介護問題」であり、どれも深刻なネタばかりなのだ。俺に言わせれば自分が閉経するまでの間に自分がすべきことをしていないからこそ、閉経後の人生が悲惨になってしまうのである。

●ウンコが出ないとどうなる?

 お婆ちゃんたちの人生を見ていると、その幸不幸を分ける重要な物に「ウンコ」がある。「このお婆ちゃんは人生を楽しんでいるな」と思う女性は大抵便通がいいのだ。逆に「このお婆ちゃんは腹立たしいな」と思ってしまう女性は大抵便秘だったり、排便の回数が少なかったりするのだ。

 自分がお婆ちゃんになって気をつけるべきはウンコだと思っておいた方がいい。加齢のために内臓機能が衰え、もう若い頃のようには沢山食べることができなくなってしまうのだ。自分が閉経したのにバクバクと飯を食っていれば便秘になってお腹が出て来るものだし、かといって食が細くなりすぎてしまうと、これまた便秘になってウンコが出て来なくなってしまうのだ。

 老年になってからウンコが出ないとどうなるのか?

①癌

 便秘になってウンコが出て来ない以上、ウンコは大腸に溜まるものなのである。それで「大腸癌」を発生させることになる。朝食をしっかり食う人は「胃癌」になり易い。胃が勤続疲労を起こしてしまったのである。食事が多いということはそれだけ肝臓や腎臓が酷使されているということだから、「肝臓癌」や「腎臓癌」になってしまうのである。

②心臓疾患

 便秘になっているということは、体内に汚い水分が供給され続けるということだ。このため心臓という最も大事な器官がギブアップしてしまうのである。これが「心臓疾患」なのである。心臓疾患を発症すると有効な治療法がないものだが、それは心臓自体に問題があるのではなく、便秘や食生活に問題があるからなのである。

③脳疾患

 お婆ちゃんが寝た切りになって介護が必要になるのは、脳疾患を患っているからなのである。便秘になれば脳に汚い水分が供給される以上、「脳疾患」を発症させる確率が一気に高まるものなのである。脳疾患も脳自体に問題がある訳ではないのだ。便秘や食生活に問題がありすぎるからこそ、脳で病気が発生しているにすぎないのだ。

●確実にウンコを出すために

 ではお婆ちゃんになっても確実にウンコを出すためには一体どうすればいいのか?

①早起き

 それにはまずなんといっても「早起き」である。朝早くから起きることで、体に重力をかけさせて、朝の排便が巧く行くようにさせるのである。お婆ちゃんになると朝が早くなるものだが、あれは非常に理に適った行動なのである。早朝に目が覚めたら布団の中で寝ていないで、とっとと起きてしまい、何かしらの作業でもしておくことだ。

②散歩

 便通のいいお婆ちゃんたちには或る共通の趣味がある。それが「散歩」なのである。意外なことかもしれないが、激しいスポーツをしている女性で長生きをする女性はいない。激しいスポーツはどうしても負荷がかかりすぎるために、寿命を縮めてしまうのである。夜が明けたら散歩にでも出かけ、体の血行を良くしておくべきなのである。

③頭を使う

 お婆ちゃんになって忘れてならないことは、「年をとっても頭を使う」ということだ。読書をしたり、読経でもしたり、新聞を読んだり、編み物をしたりすべきなのである。脳はエネルギーの30%を消費して来るので、頭を充分に使っていないと、或る日突然に脳内の血管が破れてしまうものなのである。

 年をとってから一番危険なのはテレビを見ることなのである。テレビを見ても頭を使っていないし、当然に体も動かしていないので、これで頭がボケてしまい、老人ホーム送りになってしまうのである。大体、閑潰しでテレビを見ているようなら、テレビを見ないことだ。必要な番組だけ見るようにすれば、テレビの害を防ぐことができるものなのである。

④食事

 便秘になるようなお婆ちゃんたちは果物や生野菜を取る量が余りにも少なすぎるのだ。酵素水分が不足しているからこそ内臓が巧く機能してくれないのだ。朝の排便が終わったら、何かしらの果物を食べる習慣を身につけることだ。これをするだけでも便通が良くなるものなのである。

 意外なことかもしれないけれど、肉食をするお婆ちゃんたちは必ずしも早死にしていない。それどころか長命する人たちの方が多いのだ。動物性蛋白質の摂取は筋肉の減少を抑えるので、長生きに貢献するのだ。その一方で肉食をせず、魚や野菜を中心の食生活でも長寿の女性たちが沢山いる。この違いは何かというと、その女性の体質なのであって、年を取ったら自分の好きな食べ物を食べるようにし、自分が便秘にならない限りそのままの食生活を維持した方がいいのだ。

●親孝行をしても、お婆ちゃんを甘やかせるな

 お婆ちゃんに限って息子や娘の意見を聞かない。息子や娘たちには自分が産み育ててやったんだという感情があるからだ。夫の意見はそれ以上に聞かない。というかそれ以前に夫の方が早く亡くなるものなのである。こうなると身内にはお婆ちゃんの暴走を止める人がいなくなってしまうのである。

 そこで「息子の嫁」の出番なのである。

 息子の嫁は姑に対して素直ではない。息子の嫁は姑から何か恩義を受けた訳ではないので、自分の夫の母親だから敬うことはあっても、それ以上のことはしてこないのだ。こうなると「嫁姑の争い」が勃発し、姑は嫁に意見を言うし、嫁は姑に意見を言うし、そのくせ双方の意見は噛み合わないのだ。

 これでいいのである。

 嫁姑の争いがあればこそ、お婆ちゃんが暴走することがなくなるのである。息子や娘たちはどうしても親孝行してしまうのだ。それがお婆ちゃんを甘やかせることになるのだ。甘やかされたお婆ちゃんというのは大抵が病魔の餌食になるものなのである。何事も多少厳しいくらいが丁度いいのだ。

 嫁姑の争いは常にネガティブに扱われないものだ。否定的な面を指摘すれば、幾らでも暗いことを言えるものだ。しかし嫁姑の争いがあればこそ、姑は長生きできるし、嫁は妻として母親として実力をつけて行くことが可能になるのである。嫁姑の争いがある以上、お婆ちゃんだって便秘などしていられないものなのである。

 自分がお婆ちゃんになった時、ウンコのことをとやかく言ってくれる人たちはもう居なくなるものだ。そこが「余生の落とし穴」なのである。便秘をしていれば、いずれ深刻な病気を発症するものなのである。毎日の排便こそ健康を保障するものなので、朝起きたらウンコをする習慣を絶対に守り続けるべきなのである。

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赤ちゃんとウンチ

 前回出した「妊婦とウンコ」「産婦とウンコ」に物凄くアクセス数があったので、ご好評につき、「赤ちゃんとウンチ」を書いてみました。

●赤ちゃんが寝たきりで産まれて来る理由

 人間には必ず「盲点」がある。これは妊産婦でも変わらない。自分の目の前で起こっていることなのに、その現実を見ようとしないのだ。人間は「目」という視覚を通じて物事を見ているのだが、それをどう処理するかは「脳」が担当するので、自分が見たくない物は目の前で起こっていても、脳がその情報を拒絶してしまうのだ。

 例えば「赤ちゃんは寝た切り状態で産まれて来る」というのも、妊産婦たちにとっては盲点になるのだ。

 普通、妊産婦が赤ちゃんを産んだ場合、「私、天使を産んじゃった!」と感動しまくるのが正常な反応なのである。妊産婦の脳は出産でフィーバーしているので、そう思うのが当然なのだ。しかし現実の赤ちゃんは寝た切り状態なのであって、自分で起き上がることができなし、寝返りを打つこともできないのである。

 なんでこんなことになってしまったのか?

 それは人間は進化の過程で脳を巨大化させたのであり、体ではなく頭を大きくさせることで脳の容積を増やしたため、自力では立ち上がることが完全に不可能になってしまったのである。これは他の哺乳動物と比べると異常な状態なのであって、明らかに人間の赤ちゃんの育て方が他の哺乳動物たちとは異なるということなのである。

 牛や馬であるなら、出産後、赤ちゃんはさすがに立てないが、母親に体をペロペロと舐めて貰うことで血行を良くし、赤ちゃんはやっとのことで立ちあがり、母親の乳房に食らいつき、母乳を飲むのである。では人間の赤ちゃんが牛や馬の赤ちゃんと同じようなことをやっていいのかといえば、それは絶対に駄目なのである。

 人間の赤ちゃんは脳を巨大化させたことで立ち上がれないのである。ところが哺乳動物として母親の乳房を見せれば食い付いて来るようにできているので、母親はその姿を見れば母乳を飲ませようとしてしまう。しかし違うのである。人間の赤ちゃんには母乳を飲む前に、絶対にやらねばならない仕事があるのである。

 それは「胎便を排出すること!」なのである。

●赤ちゃんの最初の仕事、それは「ウンチをすること」!

 人間の赤ちゃんに母乳を与えないと、赤ちゃんは胎便を排出することになる。この胎便は半端じゃない量なのであって、しかも真っ黒なウンチなのである。明らかに胎便は「赤ちゃんにとっての宿便」なのであって、妊娠中、溜まりに溜まったウンチが一気に出て来るということなのである。なんせ10ヵ月分のウンチが出て来るのである。

 大人の宿便がそうであるように、赤ちゃんの胎便も1回では終わらない。何回か胎便を出すことで胎便を出し切るようにするのである。大体、赤ちゃんのウンチが黒色から黄土色になれば胎便は出し切ったと思うべきであり、ウンチの量もウンチの回数を重ねるごとに減少していく。

 赤ちゃんは胎便を出すことで大腸に老廃物や毒素がなくなり、それによって大腸は腎臓に綺麗な水分を供給することができ、腎臓はそれを濾過して更に綺麗な水分を脳に供給できるようにするのである。このため胎便を出し切ってしまえば、腎臓の機能が正常化するので、病気に罹らなくなるのである。

 母親の方も自分の乳房から出産後すぐさま母乳は出ないが、出産後48時間経過すると乳房から母乳が出て来るようになる。ということは出産後、赤ちゃんは48時間断食をしなければならないということなのであって、赤ちゃんは胎便を出し切った後に初乳を貰えるという仕組みになっているのである。

 出産後から48時間以内の機会を逃すと、赤ちゃんに宿便を出させる機会を失ってしまうのである。愚かなのは病院のようにこの間に「粉ミルク」や「砂糖水」を与えてしまうことなのである。胎便排出中の赤ちゃんに粉ミルクや砂糖水を飲ましてしまえば、赤ちゃんの消化吸収する方を優先させてしまい、胎便の排出が困難になってしまうのである。そして赤ちゃんの内臓には胎便が残り、それが赤ちゃんに様々な病気を引き起こして来るのである。

●胎便を出さないとどうなるか?

 赤ちゃんの胎便を出し切らないと、赤ちゃんの腎臓は正常に機能せず、そのために綺麗な水分を全身に供給できないので、当然に病気がちになってしまう。

①アトピー性皮膚

 例えば「アトピー性皮膚炎」なんてのも胎便を出していないために起こる病気なのである。確かにアトピー性皮膚炎はイエダニが直接の原因になるのであるが、なんでイエダニに刺されたぐらいでアトピーになってしまうのかといえば、胎便が残っているからなのである。

②癲癇

 意外と恐ろしいのが「癲癇」である。乳幼児が癲癇になって倒れてしまうと、母親の方はビックリしてしまい、子供を病院に連れて行くことになるのだ。しかし病院では癲癇を治せないのだ。癲癇は胎便があるからこそ脳に綺麗な水分が供給されず、それで脳に異常が生じてしまうのである。

③自閉症

 「うちの赤ちゃんは健康なんだけど、どうも反応がおかしいな?」と思っていたら、「自閉症」だと判明することがある。自閉症も胎便を出し切っていないことが原因なのである。自閉症も癲癇と同じく、病院に連れて行っても治らないのだ。理由は簡単で自閉症も胎便が原因で起こるものなのであって、胎便を出し切らないと治らない病気であるからだ。

 乳幼児の病気で厄介な病気は全部「脳に関連する病気である!」ということなのである。出産直後に胎便を出し切っていなかったために、腎臓が汚い水分しか供給できないから脳に異常が生じてしまうものなのである。考えてみれば、病気をしている乳幼児に限って、お肌に艶がないものだ。明らかに腎臓の機能が低下しているということなのである。

 胎便は大人にとっても厄介な物なのである。胎便が残っていると、その後の成長過程で更に宿便も出来てしまうので、それで腎臓の機能が低下し、「精神病」を発生させてしまうのである。精神病に関しては幾ら薬を飲んでも治らない。精神病患者には断食をさせて、宿便を出させるべきなのである。宿便を出してしまえば、腎臓の機能が回復するので、それで綺麗な水分が脳に供給されるようになり、脳が正常に機能することになるのだ。

●折角だから胎便を写真撮影しておく

 母親としては出産が物凄い体力を使う作業なので、出産後にすぐさま何かをしなければならないと思ってしまう。しかし違うのだ。まずは一休みすべきなのである。寝ない限り体力は回復しないものなのだ。そして出産後48時間は胎便の処理をするだけなのであり、それ以外のことは何もしなくていいのだ。

 だが初産の女性なら赤ちゃんの胎便の凄さに驚くものだ。なんでこんな小さな体にこんな大量の胎便があるのかと思ってしまうものだ。それも1回で終わりではなく、何回も胎便を排出し続けるのである。もしもこの胎便を出さないと考えるとゾッとするものである。これが赤ちゃんの体の中に入り続けてしまうということだからだ。

 赤ちゃんが胎便を出し切り、出産後から48時間後に母親の本当の出番がやってくる。それが赤ちゃんに生まれて初めて初乳を与えるということなのである。なんせ赤ちゃんは48時間も断食している訳だから、猛烈な勢いで食らいつき、ごくごくと母乳を飲むようになるのだ。これが健康な赤ちゃんの姿だといっていいのだ。胎便を出し切っていないと、赤ちゃんは母乳を飲んだのか飲んでいないのか解らないような行動を取って来るのだ。

 出産後から48時間は閑といえば閑なのである。折角だから胎便の写真撮影でもしておくことだ。赤ちゃんのウンチをカメラでパチパチ撮る母親も変なものだが、この胎便の写真は他の如何なる写真よりも貴重な写真なのである。まずこういう写真は撮らないからだ。だから出産後から48時間の間に一体赤ちゃんが何をすべきなのか解らなくなってしまうのだ。

 もしも自分の産んだ子が女の子で、その娘が大きくなって結婚する時、この写真を見せ、「出産する時はお母さんと同じようにしないさい」と伝えるべきなのである。如何なる娘であっても、この胎便の写真を見せられれば涙を流すことであろう。それほど衝撃的な写真なのである。その日が来るまで、母親としては大事に宝物として仕舞っておくことだ。

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秘策その1 「家族を大事にする」 

●幸福の中での悲劇は最も弱い所から発生して来る

 「女神からの警告」は最も弱い所から聞こえて来る。そのため、夫よりも妻子に悲劇が訪れる確率の方が高いのだ。夫に比べ、妻も子も弱い存在だから、自分の生き方にストレスが溜まり過ぎた時、必ず妻や子がやられるのだ。やっとのことでビジネスで成功したのに、妻や子が病気になったり、死亡したりするようでは、なんのために成功したか解らなくなってしまうのだ。

 もしも妻子に事故や病気や死亡が発生したのなら、それらをそのまま受け止めるな。例えば相手方の不注意で妻が交通事故に遭ったとしよう。法的にはその相手方の責任を追及すべきだが、自分の生き方に問題が有り過ぎたからこそ妻が身代りになってくれたということなのである。

 これが子供だともっと冷静さを失ってしまう。子供が病気に罹り、しかも医者の医療過誤で死んでしまった場合、その両親は病院を相手取って損害賠償請求をしたりするものだ。確かにそれをやることは大事なことだ。しかしその死んだ子供は両親の身代わりになって死んでくれたということに気付かなければ、なんにも変わらないのだ。

 罪があるのは夫であり、妻であるのだ!

 普通、その夫婦が運命の出会いを果たして結婚し、正しい生き方をしていれば、女神の警告が発せられることなどないのだ。だが貧乏人からお金持ちになって行く過程で、その夫婦は生き方を変えて行かなければならないので、今までの生き方を貫いていると、或る日突然に凄まじい不幸が起こって来るのだ。

 凄まじい悲劇は尋常な悲劇ではないので、どうしても我を忘れてしまい、怒りの感情に身を任せてしまうものだ。それでは駄目なのである。余計に悲劇を悪化させるだけなのである。「これは女神からの警告なんだ!」と悟り、今までの生き方を反省し、新たな生き方を変えて行かなければならないのだ。

●子供を3人以上産む

 妻子に対して凄まじい悲劇が発生しないためにも、子供を3人以上産んでおくことだ。妻というのは子供を3人産んで、初めて一人前の母親になることができるので、子供が1人や2人では一人前の母親になることができないのである。子供が1人や2人では、どうしても肩肘を張った生き方をしてくるので、そのストレスのために夫が生き方を変えるということができなくなってしまうのだ。

 第一子が生まれたら、夫は下手に育児に手出ししないことだ。母親というものは我が子に手を出して来る人間を夫であろうがなんであろうが警戒するものなのである。育児は母親の独裁でやるべきであって、その原則を犯してはならないのだ。妻が育児を手伝って言って来たのなら手伝う程度でいいのだ。

 妻の方は第一子を産めば母性本能に火がつくが、夫の方で父性本能に火がつくことはないのだ。しかし第二子、第三子と産んで行くと、夫の父性本能にも火がついてしまい、それで育児を自発的に手伝うようになるのだ。だからこそ夫は下手に育児に手出ししてはならないのだ。妻の方は毎日育児をやっている以上、その育児の手伝いは嫌々か自発的なのかくらい、見抜いているものなのである。

 夫婦として気をつけるべきは、子供が2人になった時である。子供が2人になると「死の結界」が発生するので、それでこの時期こそ最も悲劇が起こり易くなるのだ。そのくせこの時期は経済的に苦しい時期なので、第三子を産むことに躊躇してしまうのである。第二子が1人歩きできるようになれば、第一子が面倒をみてくれるようになるので、早目に第三子を妊娠してしまい、「死の結界」を突破するようにすることだ。

 子供を3人以上産むと家族構成が5人となり、その家族に吸引力が発生し、所得や資産を増大させて行くことが可能になるのだ。お金があるからこそ生き方を変えて行くことができるのであって、金欠ではなかなか生き方を変えて行くことはできないのだ。夫は仕事だけを考えるのではなく、家族を充実させて、家族からエネルギーを発生させるようにしなければならないのだ。

●先祖祭祀をきちんと行う

 毎年1度は墓参りに行っておいた方がいい。特にビジネスが成功し始めている時は必ず墓参りに行った方がいい。墓参りに行けばご先祖様が守ってくれるので、凄まじい悲劇が非常に起こりにくくなるのだ。ビジネスをしていればお墓がどうのこうのなんて話をしないものだ。だからビジネスだけをやっていると非常に危険なのである。

 分家の場合、自分がお墓を建てることになる。このため結婚してから暫くの間は本家の墓参りをさせて貰うが、子供が出来始めたら、ぼちぼち墓地を買うようにすることだ。その墓地に墓石を建てるのではなく、五輪の塔でも建てておいて、先祖の霊魂を慰めるようにすることだ。墓石を建ててしまうと、「生前墓」といって絶家になる確率を高めてしまうので、気をつけることだ。

 漠然と墓参りに行くだけではなく、「家系図」を作って、家系の流れをきちんと把握するようにすることだ。日本の家族では大体3代目に危機が訪れ、7代目辺りで家運が一旦尽きる。その後、8代目がお家を再興するというパターンを取るのが一番多い。家系図を作ると、家系の運気の流れが明確になるので、今、自分が何をすべきかが解り、子供達も自分のルーツが解るので、父親の意見に素直に従うことになるのだ。

 閑がある時は、子供達にご先祖の話を聞かせることだ。ご先祖の話というのは、偉人伝に書かれることはない、「平凡な人たちによる平凡な人生のお話」なのである。これが子供達にとっては非常に有益なのだ。子供達はその話を聞くと「俺でもできるんだ!」と思うようになり、子供達の人生の成功する確率が急激に高まるのである。

 子供達をあれこれ叱るより、「お家の名誉を汚すな」ということを解らせた方が、立派な生き方をしてくるものなのである。先祖の話をしなければ、「自分たちの家族は他の家族と平等ですよ」ということになってしまい、それで子供達の精神に歯止めがなくなり、破廉恥な生き方をするようになってしまうのだ。

●子供たちを自立させ、きちんと結婚させる

 ビジネスの成功者たちに凄まじい悲劇が起こって来るのは、要は仕事を遣り過ぎているからなのである。ビジネスが成功した以上、全てのエネルギーを仕事に投入する必要性はもうないのだ。子供達に対して教育を行うことも必要になってくるので、少しは教育にエネルギーを向けるべきなのである。

 子供の教育は8割以上、親が決めるものなのである。幾ら学校があるからといって、学校が全てを教育するのではないのだ。意外なことかもしれないが、子供の進学は親が教育熱心であればあるほど、子供にとって最善の進学先に行けるというデータがあるのである。勉強は子供がするからといって、勉強を子供任せにしてはならないのだ。

 人間は19歳まで肉体的に成長していくので、子供の内からスポーツをさせ、体を鍛えさしておくことだ。体が丈夫ならその後の人生で病気にならないので、どれだけ得をするか解らないのだ。若い内は勉強しすぎるよりも、スポーツで汗を流させた方が健全に育って来るものなのである。

 親としては教育が終わった時点で、親の責任が終わった訳ではないのだ。子供達を結婚させるまで親の責任は続くのである。子供達にはできるだけ早くに結婚させてしまうことだ。結婚が遅くなれば不妊症のリスクも高まって来るし、それに体力が落ちて来て、育児や子育てに支障が出て来るようになるものなのである。

 子供達が結婚する際には、娘には「結婚持参金」を持たせて、結婚生活をきちんと行えるようにすると同時に、相続権を放棄させてしまうことだ。これで相続争いを未然に防ぐことができるようになるのである。息子には息子達の中で最も優秀な者に家督相続をさせ、それ以外の息子達には分家の手配をすべきなのである。父親が家督相続や分家の手配をしないからこそ、息子達はいつまで経っても結婚しないのである。

 子供達は凄まじい悲劇を防止するために機能するが、子供達が大きくなっても結婚しないというのは、今度はその者たちが両親にとって爆弾になりかねないのだ。ビジネスの成功者たちは大概が子供達の結婚によって更なる飛躍を遂げている。子供達が結婚しないようでは今よりも上に行くことができず。子供達のために自分の成功が破壊されてしまうことになるものなのである。

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女神からの警告

●幸福の真っ只中で凄まじい不幸が起こる

 多くの人たちは「お金持ちになれば幸せになることができるだろう」と思い込んでいる。お金持ちになって実現できるのは「豊かな生活」なだけであって、お金持ちだからといって必ずしも幸せになることはできないのである。人間は何をすれば幸せを感じるかというのは多分に精神的なものだから、精神的レベルを上げて行かないとお金持ちだって幸せになることはできないのだ。

 お金持ちなのに自分の精神レベルを上げないと幸福の真っ只中で凄まじい不幸が起こって来るものなのである。

①妻子の病気や死亡

 お金持ちはお金があるゆえに美食に走り易いのだ。そのため妻子に病気や死亡という事態が起こって来る。夫は美食してもビジネスのために動きまくるのでまだいいのだが、妻子の方はそてほど運動しないので、どうしても美食三昧の生活に耐えきれなくなってしまうのだ。妻や子供が重病で病院暮らしになり、高額な医療費を払ったのに病死してしまったりするのである。

 お金持ちの親に限って、我が子を私立学校に入れたがる。しかしお金持ちの子弟が通う私立学校では似たような境遇の子供たちが通ってくるためにどうしても人間の根っこの部分が弱くなってしまう。それで簡単に登校拒否をしてしまったり、自殺してしまったり、淫乱になってしまったり、麻薬に溺れたりすることもあるのだ。

②過労による病気や死亡

 夫の方が過労による病気を患ってしまう可能性があるのだ。なんせビジネスが忙しすぎるので、自分の心身に無理を重ね過ぎてしまい病気になってしまうのだ。過労を貯め込み過ぎた病気は必ず「大病」になってしまう。しかもお金があるものだから有名な医者の治療を受けることができるので、その有名な医者が名医ならいいのだが、有名な医者であっても名医でないとその医者の治療のために病死してしまうのである。

 ビジネスで成功しているからこそ「労働災害」も起こり易くなってくる。成功のために慎重さを欠いてしまうからだ。男性が40代になったら、働き方を変えないと「過労死」の餌食になってしまう。40歳以前に成功してしまうとこの変化を取ることが難しくなってしまうのだ。お金持ちになれば自動車や船舶や飛行機に乗る機会が多くのだが、それに比例する形で「事故死」も増えて来るのだ。自分の直感を高めておかないと、虫の知らせを聞き取ることができなくなってしまうのだ。

●光が強くなりすぎると影も濃くなりすぎる

 なんでこんなことが起こるのか?

 お金があれば幸せになれると思っているから、お金が有り過ぎるからこそ不幸になってしまうという事実に気付かないのだ。所詮、「お金は道具」なのである。そのお金を目的視している所に根本の間違いが存在しているのである。貧乏から成り上がって来た人たちほど、お金に対する執着が激しいから、この事実に気付けないのである。自分の生い立ちや成功体験が事実を見えなくさせてしまうのである。

 成功というのは自分の人生に対して光を強くするようなものなのだ。光を強くするからこそ成功する。しかし光が強くなったことで、影もまた濃くなり始めるのだ。自分の人生が薄暗いのなら、影も薄いから影の部分で何かが起こってすぐに気付くことができる。だが自分の人生が余りにも明るいと、影の中が見えなくなり、影の中で起こっていることに気づけなくなってしまうのである。

 人間は弱アルカリ性の動物なのである。人間が酸性になってしまえば病気になってしまう。強アルカリ性でも病気になってしまう。弱アルカリ性だからこそ丁度いいのであって、健康でいられるのである。赤ちゃんは常に男の子よりも女の子の方が少しだけ多い。それに男の子は乳幼児の頃には体が弱く、病死する確率は男の子の方が断然に多いのだ。なんで人間の体が弱アルカリ性で、赤ちゃんは少しだけ女の子が多いのかは科学的には解らない。しかし人間の体も人間の数もそうなっているのである。

 だから自分のビジネスが成功し、豊かになった時が一番危険なのである。成功直後は収入が激増するために一気に豊かな暮らしを実現できる。しかしこの時期は「人生の踊り場」なのであって、生き方を変える最後のチャンスの時期なのである。生き方を変えればお金持ちであっても幸せになることができ、生き方を変えないとお金持ちであっても不幸になってしまうのだ。

 成功は自分の努力の結果ではあっても、その成功が自分を傲慢にさせてしまうのである。昔は謙虚になってビジネスに取り組んでいたのに、成功が謙虚さを忘れさせ、傲慢に走らせてしまうのである。妻の方はもっと危険で、貧乏な時は「糟糠の妻」を演じたのに、裕福になった途端に買い物をしまくる碌でもない「悪妻」に成り下がってしまうのである。妻自身は夫の手柄を横取りできる立場にあるので、夫が稼いだお金を使いまくろうとするなら、それは簡単にできることなのだ。しかしその代償は高く付き、だからこそ妻子の身から不幸が炸裂してくるのである。

●女神は循環を求めている

 我が身に不幸が襲いかかってきたのなら、これは「女神からの警告」だと思った方がいいのだ。人間の財運を司っているのは女神なのであって、その女神がその成功者に循環を求めているのである。成功者が貯め込んだお金を吐き出させることで、お金を世の中に循環させようとするのである。

 だから自分が成功者になったのに年収を意図的に抑えるのは非常に危険なのである。会社の場合、社長ならそういう芸当ができてしまうのだ。しかしそれは女神の怒りを買う所業なのであって、必ず妻子の身か、その成功者本人の身に不幸を炸裂させるのである。なんで清貧が悪いことなのか? お金持ちがお金を使ってくれるからこそ、そのお金が世の中に還元させ、お金がグルグル回ることで人々を豊かにさせて行くことができるからだ。

 質素倹約は成功するまでは絶対に必要なのである。しかし成功した後は或る程度贅沢をすることが大事なのである。贅沢といっても無駄遣いをするのではないのだ。自分たち夫婦にとって必要な物があるなら、本物の商品だけを購入するようになるのだ。本物の商品は当然に高額である。だがその高額の商品を買うからこそ、成功者の手から大金が離れて行き、その大金が循環して行くことになるのである。

 もしも成功者がいつまでも質素倹約の暮らしをしていては、確かに莫大な資産を貯め込んで行くことができる。しかしその代償は高く、妻が病死してしまったり、子供たちが後継者にならないほど愚劣な人物に育ってしまったり、そして何より自分の寿命を縮めてしまったりしてしまうのだ。

 貧乏人に贅沢は禁じ手であっても、お金持ちには贅沢は必要な行為だというのが、成り上がり者には解らない。贅沢を拒否してしまうか、過剰な贅沢をしてしまったりするのだ。そして必要な贅沢をしても、いずれ自分たち夫婦の年収がその贅沢をしても捌き切れなくなってしまう時期が必ずやってくるのだ。

 本当の勝負はここからなのである。

●宗教心がないことここから先には進めない

 ここから先は宗教心が絶対に必要になってくる。宗教心がなければ言っていることが解らないからだ。文章を読めばその文章を理解することはできることだろう。しかしその文章の真意が全く解らないのだ。無宗教を唱えるのは個人の勝手だ。だがそれでは「本当の成功者」「本当のお金持ち」にはなれないのである。

 江戸時代に於いてはどこの商家であっても、長く続く商家ほど宗教を大事に扱っていた。立派な神棚や豪華な仏壇がある。商家の主はビジネスの勉強もするが、その合間を縫って宗教書を読んだりしているのだ。商人であればあるほど、お店ではその宗教心を露骨にしないが、裏では真面目すぎるほどの宗教心を持っているものなのである。

 これは近代国家になっても全く変わらないのだ。

 例えば「松下幸之助」。

 松下幸之助は松下グループを作り上げて大成功を収めると同時に、私生活では不妊症で苦しみ、しかも折角できた長男が若くして病死してしまうという悲劇に見舞われたのである。そこで彼は何に救いを求めたのかというと新興宗教団体の「弁天宗」なのであって、彼はその教団の信者になることで現実的救済感を求めたのである。

 それ以外に伊勢神宮の崇敬者会総代を務めたり、自宅の庭には神社まであったのである。しかも彼の有名な「水道哲学」は天理教の「ひのきしん」を見て思いついたものなのである。松下幸之助は日本の典型的な神仏習合をやっていたのであり、彼の経営哲学は石田梅岩の石門心学の系統にあるといっていいのだ。

 しかし松下幸之助の研究をする学者たちはなぜだかこのことに触れたがらないのである。自分が無宗教だからといって、松下幸之助も無宗教ではないのだ。無宗教を唱えるからこそ、松下幸之助の思想や行動が全く解らないのである。日本の伝統的な神仏習合の立場に立てば、松下幸之助の言っていることや行ったことは非常によく解るのである。

 宗教といえばキリスト教のように信仰するものだろうと思い込んでいるからこそ、決定的な間違いを犯してしまうのである。成功者がその成功を持続するためには、宗教によって自分の精神を鍛えて行かなければならないのである。だから「何を信じたか?」なのではなく、「宗教によって何を考え、どういう行動をしたのか?」が問われているのである。そしてその問いは終生続くことになるのである。そういう生き方をするからこそ、自分の精神レベルが無限に上昇して行き、女神から寵愛されるようになるのである。

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産婦とウンコ

●出産直後はなぜだか空腹にならない

 妊婦にとって出産は妊婦生活のラストを飾る一大イベントである。妊娠中に運動をして筋肉をつけたり、陣痛が起こっている最中に飯を食うのも、この出産を安全な形で行うためなのである。それだけ出産は莫大なエネルギーを消費してくるのであって、きちんと準備するからこそ出産を安産に持ち込めるのである。

 これだけ出産という激しい運動をした以上、当然に産婦の体に変化が起こる。

 それは「空腹」にならないということなのである。

 出産が40分以内の短時間で終わらない限り、産婦は出産のために脂肪が燃焼し始めてしまい、その脂肪がエネルギーを放出することによって、空腹感を感じないのだ。それ以前に出産前に腹ごしらえをしているので、その飯を食うだけで24時間は持つのである。更に出産によって脂肪が燃焼しているので、そう簡単に空腹にはならないのだ。

 妊婦に一番多いケースとして夕方頃から陣痛の間隔が狭くなって出産体制に入り、明け方に出産したしよう。

 この場合、産婦の仮眠後の最初の仕事は「ウンコ」である。仮眠を充分に取っても昼までには起きて来る筈だ。産婦は出産で体力を使いきっているので、確かに顔はげっそりとしている。このため病院であろうが助産院であろうが食事を出してしまうのである。「ちょっと待て!」と言いたい。その産婦は本当にお腹を空いているのか? 空いていない筈だ。空腹になっていないのに、食事を取れば産婦の体をおかしくしてしまうものなのである。

 産婦が仮眠後にすべきことは排便なのである。産婦は出産で体力を相当に使った以上、体内では老廃物と毒素が溜まっているのだ。それを体外に排出しない限り、産婦の体にとっては有害になるのである。だから何よりも排便を最優先し、特に食事よりも先にウンコをしなければならないのである。

 そうやってウンコをしたとしても、当分の間、お腹が空かないものだ。なんせ脂肪が燃焼してエネルギーを発生させたために、産後とはいえ体を動かしてエネルギーを消費していかないと空腹にならないのだ。産婦だからといってベッドで横になっていたのでは駄目なのである。少しでもいいから歩き、エネルギーを消費しなければならないのである。

 食事は空腹を感じてからでいいのである。出産に一晩かかって明け方に出産したのなら、空腹を感じるのは夕方であろう。どんなに早くても昼過ぎである。食事を空腹を感じてからにすればいいのだ。出産日当日は「1日1食」で充分だと思っておいた方がいい。出産日当日では1日2食でも多いのである。増してや1日3食では体がギブアップしてしまうものなのである。

●母親の体は母乳を出せる体に変化中

 産婦の体には出産直後から急激な変化が起こっているのである。それは母乳を出せる体に変化中なのである。乳房から母乳が出るのを当たり前と思ってはならない。まず母乳を出すためには乳房が大きくなるのだ。ベチャパイの人なら産後に自分のオッパイが異様に膨らむのが解ることであろう。更には乳管を整備し、そこに血管から母乳の成分を通して、そしてやっと乳首から母乳が出て来るのである。

 この作業が完了するまで出産後48時間かかるのである。

 だからこの間に滅茶苦茶な食事をして体の変化を妨害してはならないのだ。まず出産日当日は排便を優先させ、原則として1日1食にする。1日1食で足りないのなら1日2食でも構わないが、1日3食では多過ぎる。出産で脂肪が燃焼するということは、普段の食事よりも高いエネルギーを発生させているので、それは当然に乳房の変化にも使われているのだ。そのため食事の回数を多く取ってしまうと、折角のエネルギーが食事の消化吸収に使われてしまい、肝腎の乳房には使われなくなってしまうのである。

 問題は出産日当日の翌日である。

 産婦としては2回目の睡眠を取れたので、体力は充分に回復する。産婦としてはもう普段の生活に戻ってもいいと思ってしまうのだ。そこかが甘いのだ。この出産日の翌日が大事な日なのであって、この日の過ごし方で母乳がきちんと出るか出ないのか決まってしまうのだ。

 まず朝食を絶対に食べない。乳房を変化させている以上、老廃物や毒素が大量に出て来るものなのである。それらを午前中にウンコをしまくることで体外に排出して行くのである。それと無理をしない形で体を動かして血行を良くし、乳房の変化に対して充分な血液を供給してあげるべきなのである。

 食事は昼食と夕食の2回だけでいいのだ。昼食時には果物と生野菜を大量に食べることだ。体は酵素水分やビタミンやミネラルを大量に必要としているので、果物や生野菜をしっかりと摂取してくれないと体内ではそれらの物が不足してしまうのである。それと穀物を多めに摂取して行くことだ。穀物を多めに取ると、心身に充分なエネルギーが行き渡るということ、それに翌日に排便がスムーズになるのだ。

 出産後48時間で産婦に母乳が出て来るようになる。胎児はその間、断食をし、胎便を出させるようにする。胎便は産婦にとってびっくりする位の量を出すが、この胎便を出しておかないと「癲癇」になったり、「自閉症」になったり、「精神病」を病んだりするようになるのだ。飲んでいい物は「水」。できれば「天日塩を少し入れた水」にし、排便をスムーズにさせてあげればいい。「粉ミルク」や「砂糖水」は絶対に禁止である。栄養価のある物を飲ましてしまうと、消化吸収が排泄を阻害してしまい、胎便が巧く出なくなってしまうのだ。

 胎便は胎児の宿便なのであって、最初は黒色で量も多い。こんな小さな体のどこにこんなウンコが入っていたのかと思うくらい多いのだ。それが回数を経るごとに黒色から黄土色に変化し、量も少なくなってくる。出産後から48時間経てば胎便は出し切ってしまうので、それからやっと授乳することができるのである。

●豪華な食事では良質の母乳が出ない

 病院でも助産院でも産婦に体力をつけて貰おうと豪華な食事を出すものであるが、産婦が豪華な食事を食べているようでは良質の母乳が出ないのである。特に産婦には肉が不要なのである。肉はそれ自体が消化吸収にエネルギーを取ってしまうし、老廃物や毒素も大量に発生させてしまうからだ。

 さすがに助産院では肉を出さないが、それでも魚料理を出してきたりする。出産後、暫くの間、産婦にとっては魚ですら重いのである。脂肪や蛋白質は木の実や野菜で取った方がいいのである。植物性の物であるなら、産婦の体に負担をかけず、効率よくエネルギーを発生させることができ、良質の母乳を出せるようになるのだ。

 赤子に授乳をするということは、当然に自分の体内から水分が失われるということなのである。このため食事の際には味噌汁をたっぷりと飲んでおくことだ。リンゴ人参ジュースもお勧めである。それ以外にも果物や野菜を沢山食べて、酵素水分を補給しておくことだ。授乳のための喉が渇いたからといって水を飲むような真似はしないことだ。食事以外の時なら「ヨモギ茶」とか「タンポポ茶」をお勧めする。

 産婦の食事は当分の間、素朴な料理になるものなのである。素朴な料理だからこそ、良質な母乳を出せるようになるのである。だから裕福な家の者だからといって産婦に手の込んだ料理を食べさせていると、産婦は粗悪な母乳しか出なくなってしまい、それで赤ちゃんが病気になってしまったりするのである。

 昔から「産婦には鯉の料理を食べさせよ」と言い伝えて来た。鯉はビタミンやミネラルを豊富に含んでいるから良質の母乳が出易くなるのだ。しかしこの言い伝えにはもう1つ捻りが入っているのだ。それは「産婦に普段の食事のように肉や魚を食わすな」ということなのである。普通の家で鯉なんてすぐさま手に入らないものだ。そのため出産から暫く時間が経ち、産婦の体が肉や魚を食べられる状態になってから、やっと鯉の料理を食べたということなのである。

●母親の異常な食事は赤ちゃんを病気にさせる

 近代化以降、日本の乳幼児の死亡率が激減した原因は水道の整備にある。水道が整備されることで綺麗な水が供給され、それによって母親たちは安全な母乳を出せるようになったのである。江戸時代のように水道が整備されていないと、どうしても汚い水が供給されてしまい、それで母親たちが危険な母乳を出してしまい、それを飲んだ赤ちゃんたちが死んでいったのである。

 しかし現在の水道水は塩素消毒しているから、そのまま飲むのは逆に危険なのである。水道水だから大人には安全であっても赤ちゃんにはそうではないのだ。水道水を使う際はきちんと浄化して、塩素を取り除いた状態で使うようにすることだ。自宅に浄水器があるかないかで赤ちゃんの健康がまるで違ったものになるのだ。

 それと母親は果物や生野菜中心にした食事にした方がいいのだ。これら物に含まれる「酵素水分」や「ビタミン」や「ミネラル」がなければ安全な母乳を作り出すことはできないのだ。その上で穀物をしっかりと食べ、味噌汁をたっぷりと飲み、オカズをバクバクと食べるべきなのである。

 当たり前のことだが、清涼飲料水やお酒や牛乳や珈琲や紅茶や緑茶といった飲み物は駄目なのである。炭酸水ですら駄目なのである。これらの飲み物は体を冷やしてしまうということでは共通しているので、母親はこれらの飲み物を飲むと体を温めることにエネルギーを奪われてしまい、肝腎の母乳に充分なエネルギーを回せなくなるのだ。

 赤ちゃんが病気になったら、母親の食事を疑え。粗悪な母乳を飲ましているから赤ちゃんが病気に罹るのである。ではどうすれば正しい食事をしているのか否かが解るというのか? それは1日2回以上のウンコが出ることで判別がつくのである。正しい食事をしていれば1日2回以上のウンコが出るので、自分の排便の具合を見ながら、ちょこまかと食事に改善を加えて行くことだ。ウンコが出れば出るほど体内の老廃物と毒素が少なくなって、良質な母乳を出せるようになるのである。

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妊婦とウンコ

●妊婦だからこそウンコが重要になる

 恐らく「妊婦とウンコの関係」はどこの病院だろうが助産院だろうが話してくれない。なんせ妊婦は妊娠したことで超幸せな気分でいるし、ウンコの話自体が尾籠な話であるので、妊婦と医者、妊婦と助産師の間柄ではどんなに親しくなってもこの手の話をしないというのが、交際上の儀礼であろう。

 しかし妊婦にとってウンコは非常に重要なのである。

 妊婦は自分のためにエネルギーを使い、それによって老廃物と毒素が出て来ることになる。更には胎児のためにエネルギーを使い、それによって老廃物と毒素が出て来る。この2重の老廃物と毒素を排便や排尿によって出さなければならないのだ。冷静に考えるなら、妊婦はウンコやオシッコの回数や量も増える筈なのである。

 もしも妊婦が便秘になったりすれば、老廃物や毒素が胎児の所に行くのである。特に老廃物や毒素は大腸の部分に溜まることになるので、そのために大腸から汚い水分を腎臓に送らねばならず、腎臓で綺麗な水分を作れないと、途端に危険な状態になるのである。妊婦が綺麗な羊水を作れないということは、胎児の生存を最悪な形にまで落としめるのである。

 だから排便が巧く行っていない妊婦は妊娠中に異常が発生したり、流産したり死産したり早産したりするのである。たとえ無事に出産できたとしても、赤ちゃんが未熟児として生まれてきたり、身体障害者として生まれてきたりするのである。安産で健康な赤ちゃんを出産をするためにはなんといってもウンコをしまくらなければならないのである。

 有難いことに、妊婦の排便排尿が巧く行っていない場合、必ず胎児の方が教えてくれるのだ。例えば妊娠初期の「ツワリ」も妊婦の体が正常なら殆ど起こらないものなのである。妊婦の食生活が間違っているからこそツワリを起こして、その異常を知らせるのである。妊娠後期に妊娠中毒症に罹ったのなら、食生活も悪いし、排便排尿も巧く行っていないということだ。妊娠後期では胎児が一気に大きくなっていくので、胎児自体が栄養を大量に消費していくから、母親から充分な栄養が補給されないと、目に見える形で体に異常を起こさせるのである。

●朝食を廃止する

 妊婦が正しい食生活を送り、排便排尿をきちんと行うためには、「朝食を廃止すること」だ。朝食こそ妊婦にとって危険な食事なのである。なんで朝食がそんなに危険なのかといいうと、午前中は排泄の時間帯なので、この時間帯に朝食を取ってしまうと排泄が阻害され、排便排尿が巧く行かないからなのである。

 それと起床後、人間は交感神経にシフトするのに、朝食を食べることで一時的に副交感神経にシフトさせてしまい、人為的に自律神経に異常を起こさせてしまうのである。健康な人間でも自律神経が狂うことは危険なのだが、妊婦が自律神経を狂わしてしまうと、もっと危険なのである。自律神経が狂うために妊娠や出産に異常が出て来るのは当たり前になってしまうからだ。

 だから朝食は廃止して、昼食と夕食の「1日2食」にすべきなのである。幾ら妊婦と雖も1日3食では食事過剰なのであり、それに朝食を食べると排泄が阻害されてしまうのである。もしも朝に何か食べたいというのなら、朝の排便が終わった後に「リンゴ人参ジュース」でも飲むようにすることだ。リンゴ人参ジュースは胃に負担をかけず、小腸ですぐさま消化吸収されるので、問題を引き起こさないのだ。

 妊娠中は早起きして、コップ1杯の水を飲み、朝の排便を早くに行うことだ。睡眠中に老廃物や毒素を出している以上、早目に排便をして、老廃物と毒素を体外に出してしまった方がいいのである。健康な妊婦なら1日2回はウンコが出るものなのであって、午前中は排便をすることを最優先することだ。

 妊婦だからこそ家事をしなければならない。家事は妊婦にとって非常にいい運動になるので、家事をして体を動かすと排便排尿が起こり易くなるのだ。家事をしている最中に便意や尿意を感じたら、すぐに便所に行って用を足すことだ。そうやって午前中にウンコやオシッコをしまくれば、妊婦の体内の老廃物や毒素がなくなって、胎児の安全を保つことができるようになるのである。

●妊婦生活で問題が発生したら断食をせよ

 妊娠初期に発症する「ツワリ」や、妊娠後期に発症する「妊娠中毒症」というのは、妊婦の体が異常にあることを教えてくれる大事なサインなのである。ツワリは羊水を作るために酵素水分が不足していること、体が弱アルカリ性になっていないこと、胎児の体を作るためにビタミンやミネラルが欠乏していること、そういった貴重な情報を教えてくれるのだ。妊娠中毒症は出産に向けて食事過剰であることを教えてくれているのである。

 それゆえ妊婦生活で問題が発生したのなら、思い切って「断食」をすることだ。妊婦の場合、妊娠しているために長期間の断食を行うことはできない。しかし短期間の断食ならすることができるものなのである。断食できる日数は最大で3日であろう。3日間も断食すれば妊娠中の様々な問題は全て解決してしまうのである。

 妊婦の場合、断食するといっても完全断食はできない。胎児に悪影響が出て来てしまうからだ。妊婦がすべき断食は「フルーツ断食」であり、断食中、朝昼夕とリンゴ人参ジュースだけを飲むようにし、正規の食事を取らないようにするのだ。断食中は排便排尿の回数が多くなるので、とにかくウンコやオシッコをしまくることだ。消化吸収でエネルギーを取られていない以上、排泄に重点を置くことができるようになるからだ。

 臨月時はいつ出産が起こるか解らないので断食をすべきではないが、もしも臨月に何かしらの問題が起こったのなら、1日だけフルーツ断食をしてみるといい。特に出産予定日から出産が大いに遅れている場合、妊婦の体内に老廃物や毒素が溜まっているために出産が遅れてしまっている可能性があるので、断食をすることで老廃物と毒素を排出し、出産がし易い状態にさせてあげればいいのである。

 妊婦生活で問題が発生しないように、1日2食にし、普段の食生活に充分な配慮をしておくことだ。果物と生野菜を主食だと思って食い、味噌汁や納豆や糠漬けなどの発酵食品を大量に取って行くことだ。日本の妊婦なら、妊娠中に白米が駄目になり、ウドンやパンを食べたくなるという変化が起こったりするので、自分が好きな食べ物を食べるようにすることだ。但しお菓子を食べまくるようなことはしない方がいい。

●臨月時の頻尿と便秘

 胎児は妊娠後期に急速に大きくなり、更には出産直前に胎児が子宮口近くに移動するという現象が起こったりする。このため胎児が母親の膀胱を圧迫させてしまい頻尿を引き起こすのだ。頻尿になったら尿意を感じ次第、すぐさま便所に行って小便をしまくることだ。小便をするからこそ不要な水分を排出することができ、安産になる確率が高まるのである。

 しかし大きくなった胎児は大腸を圧迫し、母親に便秘を引き起こさせる可能性があるのだ。お腹が大きくなってきたら、排便には気をつけることだ。妊婦だからこそ早起きをし、重力を巧く使って排便ができるようにすることだ。排便をすればするほど、体内の老廃物と毒素が少なくなり、安産する確率が一気に高まって行くのである。

 妊婦であるなら臨月時の食事には要注意することだ。手の込んだ食事を食べないようにすることだ。手の込んだ食事というのは、それだけ消化吸収が困難だということなのである。洋食のようなコッテリした料理、天麩羅のように消化吸収に最も時間がかかる料理、韓国料理のように余りにも辛すぎる料理は、妊婦にとって排便を困難にさせるのである。

 日本人なのだから、基本的には「和食」にした方がいい。和食といっても家庭料理の和食であって、料亭で出される和食ではないのだ。和食プラス果物と生野菜が妊婦にとってベストな食事だと思えばいい。自分が食べた食事が良かった悪かったかは、翌日に排便で結果が出て来るので、自分の排便の調子を見ながら食事を作っていくことだ。

 冬は寒いので、「鍋料理」でも食べるようにすることだ。特に酒粕を使った鮭鍋料理はお勧めである。味噌を使った野菜鍋料理もお勧めだ。これらの鍋料理を食べると体が温まるからだ。しかも鍋料理は食器洗いが簡単で面倒でないので、妊婦にとっては非常に有難いのだ。食器を何枚も洗わなければならない料理というのは、臨月の妊婦には不向きなものなのである。

 陣痛が起こったら空腹で出産に臨んだ方がいいと思うのであるが、実際にはどの妊婦たちも出産前に腹ごしらえをしている。これは経験則上必要なことなので、陣痛が来たらすぐさま出産が起こるわけではないので、きちんと腹ごしらえをしてから出産に臨むことだ。出産はそれだけ体力を使うということなのである。

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夫婦にとっての「最後の時間」

●定年退職後の食っちゃ寝のツケ

 うちの母親の趣味は「カラオケ」である。この趣味は若い頃からやっていたのではなく、老後になってから遣り始めたもので、週1回のペースでカラオケ教室に通って歌いまくっているのだ。しかも年に2回ほどカラオケのコンク-ルがあり、そこにドレスを着て出場するという有り得ないことをやっているのだ。

 カラオケボックスで歌うような中途半端な趣味ではなく、カラオケ教室に通い、コンクールに出るとなれば本格的な趣味である。だから当然に「お金」がかかる。このお金をどうやって捻出しているのかというと、カラオケ教室を主宰している奥さんから裁縫の仕事を頂戴し、衣装とかを手直しして料金を頂いているのだ。遊んでいてもちゃっかりしている。

 このカラオケ教室の奥さんは非常に明るくお喋りな人なのだが、この旦那さんはその正反対の性格で真面目一本槍で殆ど喋らない。まあ、夫婦というのはこういう正反対の性格の方が相性がいいのだ。しかし現役中は仕事で外出していたからいいのだが、定年退職後は自宅で食っちゃ寝し、1日中ソファに寝っ転がりながらテレビを見て、たまに出掛けるとなれば自動車で出掛けるという非常に不健康な生活を送るようになってしまったのだ。

 カラオケ教室は自宅で開いているために、この旦那の行為に対して、カラオケ教室に奥さんはぐだぐだと愚痴を言うようになってしまった。カラオケ教室には毎日沢山のお客様がやってくるので、それなのに自分の夫が自宅で寝転がりながらテレビを見ているようでは恥ずかしいったらありぁしないのだ。

 だが旦那さんの余りにも不健康な生活はそんなに長くは続かなかった。或る日、自宅の中で倒れてしまい、救急車に乗せられて、そのまま病院に入院することになった。脳溢血であり、会話することすらできず、全身不随になってしまったのだ。自宅のソファで寝ていたのが、今度は病院のベッドで寝たりきの日々になってしまったのだ。、

●リハビリの日々、そして死去

 こうなると奥さんの方は大忙しである。なんせ自宅でカラオケ教室を切り盛りしながら、病院に行き、看病しなければならないのだ。旦那さんの病状は脳溢血後すぐに病院に搬送されたことや、手術が成功したこと、それに病院でのリハビリが巧く行ったために、なんとか会話ができるようになり、歩行は困難でも片手だけは動かせるようになった。それでもう病院での入院はしていなくてもいいということになり、自宅に帰る許可が出て、これからは介護施設でリハビリを行うことになった。

 旦那さんが病院からの帰宅後、口癖のように言うことになったのが「早くしろ!」という言葉なのである。奥さんはお喋りなのだが、なんせ女性脳がフル稼働する女性で、確かに言語数は多いのだが要領を得ない話を延々としまくるのである。それで旦那さんが急かすように「早くしろ!」と言い、自分に言いたいことがあるなら早く話せと促すようになったのだ。奥さんの方としては「なんでこういうことを言うのかな?」と疑問に思う日々を送るようになってしまった。

 マスコミとかでは「介護は大変である」としか報道されないのだが、介護が大変になるのは、相手が寝た切りになってしまい、会話が困難になってから以降なのである。この旦那さんのように歩行はできなくても、右手は使え、しかも会話ができるのなら、介護は苦痛ではないのだ。昼間は介護施設に送り出せばいいのであり、その間に奥さんはカラオケ教室を切り盛りし、家事をこなしていたのである。

 しかし今年の晩秋に気温が急激に下がった日が続いたのだが、この気温の低下に耐えられなかったのか、旦那さんは明け方に死亡してしまった。前日の夜遅くまで夫婦で会話していたので、朝起きたら旦那さんはもう亡くなっていたのである。自宅で死ぬと警察官がやってきて殺人事件ではないか調べることになるのだが、まだ元気だった旦那さんが死んでしまい、それで奥さんはショックして使い物にならないし、職場から駆け付けた息子や娘たちは警察官の横暴な行為に激怒し、言い争いになってしまったぐらいなのだ。

 家族で死者を出した人なら解ると思うが、家族の中で誰かが死ぬと、通夜や葬式がドタバタと進むことになる。カラオケ教室の奥さんの方も大変だが、うちの母親も大変で、仲が良かったために花を出さなければならないし、香典の金額もどうすべきか悩んでしまったし、通夜や葬式の手伝いで大忙しだったのだ。つくづく香典の料金は遺族の方から提示して欲しいと思うよ。

●謎のファイル

 幸い、カラオケ教室の奥さんの人柄はいいし、息子や娘たちも温厚な人々なので、遺産相続で揉めるということはなかった。しかし旦那さんの死後、問題になったのが1つだけある。それが「パソコン」である。技術屋の旦那さんは当然にパソコンを弄るのが好きで、パソコンに大切な情報を全部打ち込んでいたのだ。

 一方、奥さんの方はからきしパソコンが駄目なのである。そんでうちの母親が呼ばれて、パソコンからデータを取り出して欲しいということになった。内容が余りにもプライベート過ぎるので、業者に頼むには問題が有り過ぎるのだ。ここは信用の置ける友人で、しかもパソコンができる女性の方がいいのである。

 うちの母親は簡単に終わるだろうと思って引き受けたのだが、これが難事業になってしまた。というのはファイルの量が膨大にあったからなのである。そこで仕事関連のファイルは捨て置いて、家族関連のファイルだけを開けて行くことに集中したのである。そうでないといつまで経っても終わらないからだ。

 そうやってこの難事業を処理していったのだが、最後に1つだけ「謎のファイル」が存在したのである。そのファイルはロックがかけられており、そう簡単に開けられないようになっていたのである。しかもこの謎のファイルを旦那さんは死ぬ前日まで使っていたらしい痕跡があったのである。

 やっとのことで謎のファイルを開けると、その中から出た来たのは、なんと「家族写真」! 旦那さんは結婚してから脳溢血で倒れる直前までの写真をこのファイルの中に入れており、リハビリ中で奥さんがいない時にパソコンを開いてこの家族写真の数々を見ていたのである。

 この謎のファイルの正体が解った瞬間にカラオケ教室の奥さんは号泣。crying

 それを見たうちの母親も号泣。crying

●結婚生活は長いのに、最後の時間は余りにも短い

 マスコミでは夫婦のことを肯定的に報道することはまずない。浮気に不倫、家庭内別居や夫婦間暴力、離婚や保険金殺人など、常に夫婦関係をネガティブに報道してくるのだ。マスコミでそういうネガティブな報道されているからといって、日本の全ての夫婦たちがそういうことをやっているとは思ってはならない。

 「80対20の法則」を使えば、80%の夫婦たちは超幸せかそこそこ幸せの夫婦生活を送っている筈なのである。残り20%の夫婦たちが結婚でトラブルを起こしているにすぎないのだ。結婚して不幸になる人たちがいるからといって、結婚が駄目なものなのではなくて、神の見えざる力が結婚にも働いて、神が選ばなかった人たちを不幸にさせているに過ぎないのである。

 カラオケ教室の奥さんはそこそこ幸せな夫婦生活を送っていたのである。旦那さんが仕事で外出中に自宅でカラオケ教室を行っていたのだから、それはそれで幸せだった筈なのである。この奥さんが言うのは、

 「夫が生きている時に、なんでもっと沢山会話をしてあげられなかったのだろう。」

ということなのである。これは配偶者が先立たれた時、残された方の多くが抱く感想なのである。

 旦那さんが病院から帰って来た後、口癖のようの「早くしろ!」というようになったのたは、旦那さんは自分の死を覚悟し、自分の人生はもう長くないと解っていたからなのである。それなのに奥さんの方がいつもように纏まりのない会話をし続けたのだから、旦那さんは「早くしろ!」「早くしろ!」と急かし続けたのである。

 人間は必ず死ぬ動物だから「永遠」を願う。永遠を願うからといって、本当に永遠ではないのだ。結婚ですら相手が死ねば終わりが来る。だから結婚生活をダラダラと進めてはならないのである。或る程度、緊張感を持って結婚生活を営んでいないと、自分が死んだり、相手が死んだりすれば後悔しまくることになるのである。

 結婚すれば時間は無限にあると思ってしまうものだ。しかし実際はそうではないのだ。結婚生活の様々なことで時間を食ってしまうし、そもそも夫婦同士が常に一緒に居る訳ではないのだ。時間はあっという間に過ぎて行くものなのである。夫婦にとっての時間は長いように見えて、実は非常に短いものなのである。最後の時間を濃厚に過ごせるか否かは、日頃の結婚生活の良し悪しにかかっているものなのである。

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ノストラダムスコードの衝撃

●五島勉の文章の巧さ

 この世には良書とも悪書とも言えない本が存在する。

 その代表例が「予言解説書」であろう。

 「予言書」であるなら、その予言が当たりさえすれば、それは良書であろう。なんせその本の中に未来が書かれているのだから、未来を知った上で何か行動を起こせば、その読者は莫大な利益を得ることができるからだ。しかし「予言解説書」はそうではない。予言解説書はその著者が悪意を持って書けば、如何様にも出鱈目なことを書くことができるからだ。

 例えば新約聖書の『ヨハネの黙示録』は古代ローマ帝国を呪詛し、滅亡を予言した書である。これは『ヨハネの黙示録』を一読すれば解る筈だ。しかし『ヨハネの黙示録』を解説した書物によると、『ヨハネの黙示録』の原作者の意図を全く無視して、この書はキリスト教徒たちの未来を示した書になってしまい、それで嘘に嘘を積み上げて行くことになるのだ。

 では予言解説書が全部嘘なのかというと決してそうではないのだ。

 予言解説書であっても、予言を解説しながら読者に考えさせるようなことをすれば、それはいい知的トレーニングになるものなのである。それを示したのが「五島勉」であろう。五島勉のノストラダムスシリーズの凄さは、文章が巧く、不安を巧く煽りながら、最後には希望をきちんと用意しておくという、読者冥利に尽きるようなことを毎回やってくれたからだ。

 ノストラダムスブームは俺よりもひと回り上での世代が直撃したので、俺自身はノストラダムスの予言がどうのこうの言われてもピンと来なかったのだ。しかし五島勉の本はベストセラーになっていたので古本屋に行くと五島勉の著書が大量にあったのだ。それで五島勉の著書は全て古本屋で購入した。このため五島勉への批判をする人が出て来ると、どうしても反論してしまうのだ。五島勉は予言者ではないので、予言が当たったか外れたかが問題なのではなく、彼の書いた本を読んで自分が考えたか考えなかったかが問題になるからなのである。

 ただ、そうやって五島勉の弁護をしつつも、ノストラダムスの解説書としては本当にこれでいいのだろうかと疑問に思い続けていたのである。ノストラダムスの予言は的確な文章で言っている訳ではなく、巧く文章を操作すればどうにでも解釈できるものだからだ。その知的欲求不満が延々と有り続けたのである。

●予言者と予言学者

 その知的欲求不満を解消してくれたのが、竹本忠雄著『秘伝ノストラダムスコード』(海竜社)である。この竹本忠雄はなんと筑波大学の名誉教授なのだ。因みに筑波大学は日本の優秀な学者たちが集う大学であると同時に、他の大学のように科学によって宗教を否定する風潮がなく、「宗教は宗教、科学は科学」と、正統な近代国家の学者らしい態度を取る学者たちが多い大学なのである。

    

 この本を読んで解ったのは、ノストラダムスという予言者は天才であったということなのである。天才だからこそ、或る一定の技術を用いて未来透視をすることができたのである。戦後の日本では民主主義を絶対に正しいイデオロギーとしてしまうために、どうも天才を否定し、ノストラダムスと雖も凡人であると見てしまうのである。これがノストラダムスの予言に対して間違った解釈をしてしまう最大の原因になっているのだ。

 凡人には未来透視などできないが、天才であったノストラダムスは或る程度未来透視ができたのである。

 もう1つ解ったことは、予言者に対して「予言学者」という者が必要なのであって、予言者が予言した物を正確に解釈し、現代人にでも解り易い言葉で説明しなければならないということなのである。この予言学者は「宗教」や「歴史学」や「政治学」や「経済学」や「外国語学」などが解っていない限り絶対になることができないのである。

 なんで俺がノストラダムスの解説書を書いた著者たちに違和感を覚え続けていたのかというと、ノストラダムスはユダヤ教徒で、言語はヘブライ語やギリシャ語やラテン語やフランス語ができたのである。それなのに日本人でユダヤ教に詳しい人は滅多にいないし、これらの外国語を流暢に喋れる人なんてまずいないからだ。予言学者としての資格すらない人たちがノストラダムスの解説書を書いていたからこそ、疑問符だらけになってしまったのである。

 竹本忠雄は予言学者としての条件を満たす人物であり、だからこそこの本を読むとノストラダムスの予言に関する疑問が氷解していくのである。予言学というものはこのようにして行うものだということが鮮やかに解るようになっているのだ。それが一体どんななものなのかは、自分で買って読んでみるべきであろう。

●福島の原発事故が予言されていた!?

 この本が衝撃的なのは、ノストラダムスは福島の原発事故を予言していたというのだ。東日本大震災は世界最大級の大地震であり、しかもその直後に大津波が遅い、更には原発で水素爆発が起き、付近住民は一斉に避難したなのである。トドメはこの原子炉の解体になんと20年もの歳月を費やすことになっているのである。

 こういう大惨事の原発事故が起こって、ノストラダムスという予言者が何も予言していない方がおかしいであろう。日本は20年に亘って「負の遺産」を背負い続けるのであって、日本の安全保障にも、外交にも、経済に於いても悪影響を及ぼし続けるのである。或る意味、戦争以上に厄介な問題なのである。

 ではノストラダムスは原発の水素爆発をどのように見ていたのであろうか?

 ノストラダムスは大震災や大津波が起きたから原発で水素爆発が起こったなどと見てはいないのだ。日本の原子力安全委員会が停電時でも動く「非常用復水器」の使用を退け、既存の電力供給で動く復水器に依存したために原発事故が起こったのだと見ているのだ。もしもノストラダムスの見方が正しいとするなら、今後、原子力安全委員会に対して責任追及がなされる筈であろう。

 大震災と大津波のために電力供給が途絶えたために、原発の所長は最後の手段として海水注入を決断することになるのであるが、その際にのこのこと遣って来たのが菅直人首相なのである。最悪の時に最悪の人物が最悪の形でやってきたということになるのだ。実を言うと菅直人首相が現場にやってきたために、海水注入の時期が遅れてしまい、それで原発で水素爆発が起こってしまうのである。

 なんとも不運だらけの原発なのである。

 もっと恐ろしいことは、原発で水素爆発が起こった「3月26日」は、なんと丁度40年前に第一号炉に火が灯った日なのである。何かしらの因縁がない限り、こういう偶然は起こり得ないのである。福島第一原子力発電所は最初から原発事故が予定されていたと考える方が妥当なのである。

●「アメリカ合衆国の滅亡」と「アンゴルモアの大王の登場」

 今後、世界に起こりうることは、「アメリカ合衆国の滅亡」であろう。覇権国家は100年が寿命なのであり、覇権を獲得して100年も経てば、覇権国家の国力は低下していくし、覇権国家の内部も腐敗してしまい、更には覇権国家にとって自国を滅ぼす強敵が登場し、その国家との死闘が待ち構えているのだ。

 恐らく中国こそがアメリカ合衆国の滅亡の引鉄を引くことであろう。

 中国はアメリカ合衆国にとって「偽キリスト」以外の何者でもないのだ。

 別に中国がアメリカ合衆国と直接に戦争をしなくていいのである。ベトナム戦争のように代理戦争をし、アメリカ合衆国の軍隊を引き摺り込んでしまい、それによって国力をガタガタにさせるのである。また中国人たちがアメリカ合衆国本土にも大量に渡っているので、アメリカ合衆国の内部からアメリカ合衆国を破壊して行くということもであるのである。

 俺はノストラダムスの予言書に出て来る「アンゴルモアの大王」というのは中国のことではないかとずっと思っていた。

 ところがノストラダムスは「アンゴルモアの大王」は中国のことではなく、フランスの国王のことなのであって、このフランスの国王がヨーロッパを掌握して、エルサレムに遣って来るというのだ。そしてキリスト教は終焉を迎えるのである。これは既にアウグスティヌスが予言しており、ということはノストラダムスはアウグスティヌスの予言を引き継ぎ、更に発展させたということになるのだ。

 ノストラダムスはキリスト教による世界統一はないと見ているのである。キリスト教以外の宗教が世界を統一すると見ているのである。確かにキリスト教徒たちはキリスト教を使って散々悪事を働きまくったために、世界を統一する資格はないであろう。キリスト教の教義を遥かに上回る教義を持った新しい宗教が登場して来ない限り、キリスト教徒たちの悪逆非道を止めることができないのである。

 『秘伝ノストラダムスコード』は一読して終わりとなるようなものではない。熟読して読むべき物であり、しかも考えながら読むべきものであろう。なんせ著者は3年の歳月をかけてこの本を書き上げたのであり、如何なる読者であっても短時間で理解できる訳がないのだ。著者の未来予想を鵜呑みにするのも良し、自分で様々なことを考えるのも良しなのである。

 大事なことは自分の頭を使って考えることなのである。

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恐怖の金余り現象

●金欠より恐ろしい金余り現象

 貧乏を経験した者であるなら「金欠の恐ろしさ」を知っていることであろう。借金取りに押し掛けられたり、料金の滞納で電気や水道やガスを止められたり、食費がないために断食ではなく絶食で過ごしたとか、そういう経験した者なら金欠の恐ろしさは強烈な体験だし、終生忘れないものだ。

 しかし金欠より恐ろしい「金余り現象」があるということを知っているだろうか?

 結婚が成功し、更にはビジネスが成功してしまうと、その夫婦に「金余り現象」というものが発生する。具体的な数値を言うと「年収3千万円」を超えると、一切の生活苦から解放されて、経済的にお金のことで困るということはまずなくなる。自分たちに欲しい物があればお金を出しさえすれば手に入ってしまうのだ。その10倍の年収3億円を超えてしまうと、どうやったとしても金余り現象が生じて来てしまうのである。

 この時期にこそ落とし穴が潜んでいるのである。

 例えば今年、芸能界ではタレントの島田紳助がヤクザと関係があることが問題視されて芸能界を強制的に引退させられてしまった。ヤクザと関係を持っている芸能人は他にも沢山いるのになぜだか島田紳助が狙い打ちされたのだ。フィギュアスケーターの浅田真央は去年スケートが絶不調で、今年は母親が48歳という若さで病死してしまった。大王製紙の井川意高社長は大王製紙を建て直したのにマカオのカジノで大敗し、なんと150億円もの借金を作ってしまったのである。

 島田紳助はテレビ番組の司会者をさせれば誰よりも巧かったし、サイドビジネスも巧く行っていたのに。浅田真央はバンクーバー五輪で銀メダルを取り、テレビ番組の出演料や広告収入が沢山あったというのに。井川意高は創業者の孫として生まれ、東大卒という学歴もあり、大王製紙の社長になれば経営を再建した実績があったというのに。まさに或る日突然強烈な不幸が襲いかかってきたのである。

 金余り現象の恐ろしさを普通の人たちは知らない。普通の人たちが知っているのは「金欠の恐ろしさ」の方だ。だから危険なのである。結婚して夫婦の相性がいい場合、その夫婦が真面目に努力さえすれば、裕福になっていくものなのである。結婚に成功した夫婦は遅かれ早かれ、金余り現象に見舞われてしまうものなのである。そしてそこで凄まじい不幸が発生してくることになるのである。

●この手の悲劇は「人生の踊り場」で起こる

 金余り現象の恐怖はただ単にお金が余れば起こるものではないのだ。金余り現象の恐怖は必ず人生の踊り場で悲劇が起こるようになっているのだ。成り上がって来る者たちは目標を定めてその目標めがけて突進していく。念願の目標を達成した時、その直後に人生の踊り場に入り込んでしまうものなのである。

 島田紳助は漫才師としては二流だったが、司会者に転ずるやメキメキと頭角を笑わし、芸能界の頂点に君臨してしまった。悲劇はその後に起こったのである。浅田真央にしても子供の頃から夢だったオリンピック出場を果たし、銀メダルを取った後から悲劇が起こり始めたのである。井川意高は大王製紙の経営の再建に成功した後にカジノに嵌ってしまったのである。

 人生というものは成功して万々歳ではないのだ。何かに成功した後、必ず停滞する時期を迎えるのだ。第三者から見れば成功したのだから停滞しているなんて思えない。しかしそここそが「人生の踊り場」なのである。この時期は少し休んで、ギアチェンジしていかなければならない時期なのである。この時期にそれをやらないと不幸が起こり始めるのである。

 成功すれば裕福になる。しかしお金自体がパワーを持ち、自分の意思を超えてエネルギーを放出し始めるのである。

 このことは自分が貧乏な時にはなかなか解らない。貧乏な時は金欠を解消するためにお金を掻き集めているだけだからだ。しかし自分が裕福になって貧乏が解消された時に、知らず知らずの内に大金を貯め込んで行ってしまうものなのである。パワーを持ったお金が集まれば自然と引力を発生させ、幸運を引き寄せると同時に、不幸をも引き寄せてしまうのである。

 だから金余り現象の恐怖に遭遇した人たちは不幸だけを体験した訳ではないのだ。その以前に幸福をも体験しているのだ。しかしその直後に不幸が襲いかかってきたのである。だから自分が大した努力もせず、幸福になり過ぎているのなら、減速するなり、休むなり、ギアチャンジをしたりすべきなのである。

 「そこが人生の踊り場だから」、そういったことを遣らねばならないのである。

●平常心を忘れない

 ではどうすれば金余り現象の恐怖を避けることができるのだろうか?

 それは自分自身が「平常心」を忘れないことだ。

 自分の夢が実現したからといって下手に喜び過ぎて我を忘れないようにするのである。夢を実現できたら嬉しいに決まっている。しかし嬉しさの余りに自分を忘れてしまうと、その後にやってくる金余り現象の恐怖に滅多打ちにされてしまうのである。「勝って兜の緒を締めよ」ぐらいの気持ちでいないと危険なのである。

 それと自分たち夫婦が裕福になっても、自分たち夫婦がそれまでに築き上げたライフスタイルの基本を絶対に変更しないようにすることだ。大体、結婚して10年も経てば夫婦の関係は完全に出来上がってしまうものだ。その関係が裕福になったからといって変わる訳ではないのだ。亭主関白になる旦那は裕福になってもそのままだし、嬶天下になっている妻は裕福になってもそのままなのである。それでいいのである。そういう関係がその夫婦にとって最善なのである。

 仕事でも当たり前のことを当たり前のようにすることだ。裕福になれば生活のために仕事をするということがなくなる。しかしそれは仕事に対してリアリズムをなくしてしまうという危険な兆候なのである。だから仕事を再編成し、必要な仕事を当たり前のように行い、自分が取り立てて凄い仕事をやっているなどと決して自惚れてはならないのだ。

 銀座には或る有名な床屋さんがあるのだが、その床屋は日本のセレブの紳士たちが通う床屋さんなのである。しかしその床屋の主はいつも早朝出勤であり、朝から掃除をしまくり、愛妻弁当を持参し、昼には床屋の控室でそのお弁当を食べるのである。なんでこんなことをするのか? それは「平常心を忘れないため」なのである。床屋なのだから早朝出勤なんかしなくていいのだ。掃除だって業者に任せることだってできるのだ。銀座なら美味しい料理店が沢山あるのだ。しかしそういうことをやっていてはいずれ平常心がなくなってしまうのである。

 自分が平常心を持ち続けるためには、「ここが人生の踊り場だよ」と教えてくれる賢者を持つことも必要である。その賢者が「師匠」であるか「友人」であるか「部下」であるかは解らないが、自分が人生の踊り場に入った時、そのことを教えてくれる人物がいないと、なかなか正常心を保つことができないのである。必要以上の幸福が訪れて来ると、人間はこのままもっと行けるのではないかと自惚れてしまうものなのである。

●お金の使い方を学ばない限り、これ以上進めない

 金余り現象の恐怖を回避するためには、資産を人為的に減少させてしまうことだ。お金自体がパワーを持っているので、今の自分では制御しきれないお金は手放してしまった方がいいのである。そうやって金余り現象を解消すれば、当然に金余り現象の恐怖が起こらなくなるのである。

 実をいうと、これが一番難しい。

 成功者たちでこれをきちんとやっている人たちは殆どいない。なぜなら成功者たちはお金を儲ける方法を知っていても、お金を効果的に使う遣り方が全く解らないからだ。金余り現象が発生した時、豪邸や高級車や高級腕時計や高級ブランド品や海外旅行などで消費していくのだが、それでは追いつかなくなる時が必ずやってくるのだ。

 これこそが成り上がり者の誰もが経験する「お金の使い方の難しさ」なのである。

 貧乏人たちには絶対に解らないが、お金の使い方というのは本当に難しいのである。貧乏人に限って物欲まみれだから、滅茶苦茶な浪費をしまくるものだ。だから貧乏から脱出したいのなら、徹底して支出を抑え、無駄な支出を一切しなければいいのだ。家計簿が貧乏脱出の最大の武器になるのは、家計簿で家計を管理してしまえば、無駄な支出を完璧に止めることはできるのである。

 そうやってケチに徹したからこそ裕福になっていけるのである。そしてお金持ちになると価値ある商品を買うのである。それが豪邸や高級車や高級腕時計や高級ブランド品や海外旅行などなのである。しかしそうやって高額の商品を買いまくっても、いずれ金余り現象に追いつかなくなってしまうのである。

 そこで「ドカン!」と或る日突然に金余り現象の恐怖が襲いかかって来るのである。

 結論を言ってしまうと、もう自分のために消費してはならないということなのである。自分のために消費せず、この金余り現象を解消させていかなければならないのである。ビジネスに成功するだけではまだまだなのである、ビジネスの成功後に、成功者たちを待ち受けているものは、想像以上の難問なのである。

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貯まった資産は或る日突然に大飛躍を引き起こす

●下を見るより上を見よ

 人間というのは自分自身を防衛するために限界を勝手に設けてしまうのである。その限界の範囲内でしか思考できないのである。例えば貧乏人が貧乏生活なら当たり前のものだと思えるが、お金持ちの生活は想像できないものだ。たとえ想像したとしても、「自分には無理だ」と勝手に思い込んでしまうのである。

 ところが本当にそうなのだろうか?

 統計を取ってみると、相続でお金持ちになれたのはたった2割で、残りの8割は全部貧乏人から這い上がってきた人たちなのである。貧乏であったからこそ、お金持ちになった時の喜びがお金持ちの子供たちよりも大きいので、一旦、脳の限界が突破されてしまうと、あっという間にお金持ちになってしまうのである。

 肝腎なことは脳の限界をどう突破して行くかなのである。

 脳の限界を突破していくためにはまず現実を直視することだ。人間は嫌な現実を見ようとしないものだ。貧乏なら自分は貧乏だという現実を知ることだ。そしてどのくらい貧乏なのか、家計簿をつけて数字で理解できるようにすることだ。収入はどのくらいあるのか、支出はどのくらいあるのか、借金はどのくらいあるのか、数字で理解できない限り、本当のことを理解できないものなのだ。

 もう1つ必要なのは「下を見るより上を見よ」ということなのである。ニュース番組ではネタが尽きるとホームレスの生活を特集するのであるが、そういうニュースを見ないことだ。人間は自分よりも下の連中の姿を見ると安心するという性向があるために、自分とはまるで関係のないホームレスの生活を食い入るように見てしまうのだ。自分よりもお金持ちの人々を見、「自分もお金持ちになりたい!」と思うからこそ向上心が生まれ、脳の限界が突破されていくのである。

 一度でも脳の限界が突破されると、一気に急上昇して行ってしまうものなのである。脳は既にお金持ちになっているので、お金持ちでない現在の状況に不満を持ってしまい、本人に一刻も早くお金持ちになるように急き立てるのである。当然に本人は突っ走ることになり、走っている時は我武者羅であるが、気付いてみると本当にお金持ちになっていたりするのだ。

●1:3;5の法則

 脳の限界が維持されるのは突破されるのかは、実はお金のリズムに大きく影響を受けているのだ。お金には独特のリズムがあるので、そのリズムがどのようなものなのかと解っていないと、そのリズムに乗せらてしまい、脳の限界を維持する方向に走ってしまうのである。脳の限界を突破したければ、お金のリズムをきちんと理解しておくことだ。

 お金には「1:3;5の法則」というものがある。

 「1」の次は「2」ではなく「3」に行き、「3」の次は「4」ではなく「5」に行き、「5」の次は一気に「10」に行くのである。なんでこうなるのかは科学的には証明されていない。しかし経済現象の中ではこの「1:3:5の法則」が作動し、人々はこの法則によって動かされ続けてしまうのである。

 例えば新婚の夫婦が貯金をし始めた時に、最初に目標とする金額は「100万円」だ。100万円だからこそ簡単にできるのであって、300万円とか500万円では難しくなってしまうのだ。100万円貯まると今度は300万円までは簡単に貯められるようになる。300万円貯まると今度は500万円までなら簡単に貯めることができる。そして500万円貯まると今度は一気に1千万円貯めることができるようになるのだ。

 現在、大卒の初任給は20数万円台だが、年収に換算すると300万円程度ということになる。実際に就職してみれば解ることだが、年収300万円だとせいぜい年収500万円までしか想像できないのだ。ところが出世して年収500万円に到達すると、今度は一気に年収1千万円を想像することができてしまうのである。考えてみると年収700万円だとか800万円で停滞している人たちは意外と少なく、居たとしても仕事の出来がイマイチの人たちが圧倒的に多いのである。

 これが資産運用になるともっと恐ろしいものになる。1億円を動かしている人は3億円までなら想像できるし、実際にそこまでなら行けるのである。そして3億円を動かすと今度は5億までなら行けるのである。しかし5億円を動かすと今度は一気に10億円まで行ってしまうものなのである。

●初速は遅い、しかしいずれ加速していく

 「1:3:5の法則」はそういう独特の動きとは別個に、或る場所では必ず停滞するという現象も見られるのだ。例えば貯金を100万円貯めた時、そこで一旦停滞してしまうのである。年収が300万円になった時、そこで一旦停滞してしまうのである。1億円を投資して再投資しないと、そこで一旦停滞してしまうのである。「1」「3」「」5」の場所でお金は必ず停滞するという不可思議な現象が起こるのである。

 停滞したら無理をせず、まずは一旦停止することなのである。その場所に自分を慣れさせるということが非常に大事な作業になってくるのだ。もしもここで一旦停止せず、前の感覚で突き進もうとすると、そこで必ず悲劇に見舞われるのである。家族の者が病気になったり事故に遭ったり、仕事でミスをして大失敗したり、経済的事件に巻き込まれたりするのだ。

 一旦停止してしまえば、そこから再びスタートすると当然に初速は遅くなる。それでいいのである。初速は遅いが、遅いからこそ周りのことが良く見え、失敗しなくて済むようになるのだ。そうやって突き進んでいれば加速していくので、加速度がつき始めると限界を突破して行くことができるのである。

 真面目一本槍の人たちがなかなか成功できないのは、この動きをしないからなのである。逆に遊びまくっている人たちがなかなか成功できないのも、この動きを知らないからなのである。人生はメリハリをつけるべきなのであって、真面目になって仕事をしまくる時期と、遊んで暇潰しを行う時期を巧く組み合わせて行くからこそ、お金の法則に順応することができ、簡単に成功して行くことができるようになるのである。

 ビジネスに於いて独身者よりも既婚者の方が圧倒的に有利なのは、独身者はこのお金の法則に対してなかなか変化できないのだが、既婚者なら自分の境遇に変化が起こった時、必ず自分の配偶者から意見を言われるので、その意見に従うのなら、自分に最適の変化をすることができるからなのである。

●ギアチェンジの大切さ

 人生というのは1つのギアで走り続ければいいというものではないということだ。人生の要所要所でギアチェンジをし、その状況に最も相応しいスピードで走らなければならないのである。ギアチェンジをしないと必ず何かしらの不幸が起こって来るし、ギアチェンジしても間違ったギアに入れてしまうと何かしらの悲劇が起こって来るのだ。

①出産

 家族の変化ではなんといっても「出産」であろう。特に第一子を出産した直後に変化が訪れて来る。赤ちゃんが生まれると夫の仕事が急に忙しくなってくるのだ。この時期には夫は突っ走らないといけないのである。夫が育児を手伝うことは確かに必要だが、育児に手を出し過ぎるとここで加速できなくなり、収入が増えて行かなくなってしまうのである。

②マイホーム取得時

 夫婦にとって「マイホーム取得時」も大きな変化になる。引っ越しによって生活環境がガラリと変わるために、この時期は妻の方が加速していかなければならないのだ。妻が変わっていかないと、人間関係でトラブルが続出し始めるのである。そしてローン返済が2割ほど終わった時にも変化が起こり、この時期以降、投資を本格的に行う夫婦が非常に多くなり始めるのである。

③学費がかかり始めた時

 子供の学費がかかり始めた時も大きな変化である。子供の学費は確かに大きな負担であるが、子供の学費のために貧乏になった夫婦は1組もいないということなのである。子供の学費のために収入を増やさざるを得ないので、年収が高くなってしまうのである。事実、東京大学に自分の子供を進学させた親たちは、他のどの大学よりも年収が高いという驚愕のデータが出ているのだ。親が裕福だから子供が東大に行けるのではなく、子供の進学を真剣に考えている親だからこそ裕福になっていくのである。

④子供たちが巣立った時

 子供たちが巣立った時も大きな変化である。これよりも遥か以前に夫婦で老後のことを考えておかないと閑だらけになってしまうものなのである。子供が巣立つことによって養育費が消えるために、この時期、資産が一気に増えて行くことになる。このため自分たち夫婦が実際に老後の生活を始めることには充分過ぎるほどの資産を持つことができるのである。

 出世すると生き方を変えていかなければならない。「そのまんま」という生き方は非常に危険なのである。自分が成長していけば自分の身に変化が起こるのは当然なのであって、その度に変化をし続けなければならないのである。そうやって変化し続けるからこそお金持ちになっていくことができるのである。

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最後の恐竜「オババザウルス」

●お婆さんたちが増えればお婆さんの価値は低下する

 恐竜が絶滅したなんて大嘘である。通説では地球に隕石が落下し、その大爆発によって恐竜が絶滅したとされている。しかし古代の歴史書には恐竜らしき動物たちが多々記録されているのだ。例えば中国文明では「龍」「鳳凰」「麒麟」などが記録されているし、インカ文明やマヤ文明でも恐竜の形をしている陶器が見つかっているのだ。

 恐らく恐竜は隕石落下による大爆発後も生き延びたのである。人間と恐竜が共存していた時期が古代の頃まで続いていたと考えるのが最善の仮説ではないだろうか?、この仮説は余りにも科学の通説に反してしまうが、歴史学の方では古代人たちは確かに恐竜を見ていたと推定されるのである。

 そして現在、我が家にも恐竜が1匹生息している。

 その名は「オババザウルス」である。

 ガオーッ!

 このオババザウルスは隕石落下による大爆発でも生き残ったし、我が家では飲み食いし放題で、テレビに夢中である。食事の量に対して運動量が少ないためにブクブクと太り出し、妊娠しているのではないかと思う位に腹が出ているのだ。オババザウルスはどう考えても人間の体型をしていないのだ。

 昔、「古希」なるものを祝った。70歳まで生きるのは古代でも希だったから、70歳になったら祝ったのである。しかし現在、70歳になる女性たちは大量に存在しているのである。それだけ数が多くなればお婆ちゃんの価値が下がるのは当たり前なのであって、自分が老齢になっても大切に扱ってくれないということになってくるのだ。

 人間というのは親孝行なんてしないものなのである。親であっても何かしらの生産に携わらない限り捨ててしまうものなのである。だから「姨捨山」というものが存在したのである。孔子はこういう親不幸では人倫に背くと考え、「孝」の倫理を唱えられたのである。親孝行するのが当たり前なのではなく、親不幸するのが当たり前なのであり、それを防ぐために親孝行という倫理が唱えられているという事実に気付くべきなのである。

●子供たちを産み育てるが、子供たちに頼らない生き方

 女性が結婚し、子供たちを産み育てても、いずれはお婆ちゃんになっていくものなのである。その際、お婆ちゃんになってもいいが、オババザウルスになっては駄目なのである。女性というのは放置しておくとオババザウルスなってしまうものなのである。そして子供たちが自分の母親を粗略に扱い始めるのである。

 ではオババザウルスならないために一体どうすればいいのかというと、子供をできるだけ多く産んで行くことだ。女性というものは子供たちを産まないと自分自身が成長できないという宿命を背負った動物なのである。子供をポンポンポンと産んで行くことは女性を成長させるためには非常に重要なことなのである。

 そして自分が産んだ子供たちをきちんと育てておくということだ。子供は10歳までなら母親に対して従うので、この時期までに母親として教えられることは全て教えておくことだ。男の子なら家事を手伝わせると同時に、必ず外に出して思う存分遊ばせておくことだ。女の子なら家事を手伝わせると同時に、個別に家事のコツなどを教え、嫁に出しても恥ずかしくない女性に仕立て上げておくべきなのである。

 子供たちが親元から巣立った後、下手に子供たちに頼らないことだ。子供たちは親から自立し、独立していくので、幾ら母親でも頼られて来てしまっては、子供の方は迷惑を被ってしまうのである。子育てを終えた時、夫婦で老後の生活を楽しむことが非常に重要になってくるのだ。自分たち夫婦が老齢になる前に、老後の生活をきちんと計画しておかないと、親子喧嘩を散々繰り返すことになるのだ。

 母親にとって息子や娘の子供たちは自分が出産や育児をしないために非常に可愛い存在なのだ。だから定期的に子供たちの家を訪れて、孫との遊びを楽しむようにすることだ。なんで親子で喧嘩してしまうのかというと、いつまでも一緒にいるからなのであって、それゆえ親子だからこそ離れて暮らし、たまには子供たちの家に行くというようにした方がいいのである。

●物理的要素の大切さ

①快食快眠快便

 女性の場合、40代後半から女性ホルモンの分泌量が低下し、50代後半までには閉経してしまうものだ。今までは生理があったために毎月「月経血」が排出されたのであるが、閉経後はもう月経血が出なくなってしまうのだ。それゆえ女性の体はもう多くのエネルギーを必要としなくなるので、食事の量を減らして行かなければならなくなるのだ。

 閉経したら絶対に「1日2食」にすべきなのである。できることなら「1日1食」にすることだ。その代わり食事の際はしっかりとした量を食べるようにし、ストレスが溜まらないようにすることだ。閉経後に「1日3食」食べていたら必ず肥満になり、様々な病気を発症するようになるのだ。

 閉経後に食事を変えていかないと、必ず睡眠障害に悩まされることになる。食事の量や回数が多過ぎるために、内臓が疲労してしまい、夜になっても眠れないという現象が起こって来るのだ。睡眠不足は体を大いに傷めてしまうので、その後、思わぬ大病をしてしまうことになるのだ。

 閉経後は月経血が出なくなるだけでなく、ウンコの出も悪くなってくるのだ。女性ホルモンの分泌量が激減したために、排泄機能も変化してしまうのである。朝起きたら必ずウンコをし、排便をしていないのに朝食を食べないようにすることだ。ウンコをしないということは、その老廃物や毒素が体内に留まり続けるということなのである。これが病気の原因となるのだ。

②お金を沢山持っておく

 「地獄の沙汰も金次第」と言われるが、「老後の幸不幸は金次第」でもあるのだ。貧乏なお婆ちゃんたちほど悲惨な人生を送ってしまう。自分が還暦になるまでしっかりとした貯金を持っていなかったために、子供たちから排斥されてしまうのである。どんな性格のお婆ちゃんであっても、しっかりとお金を持っているお婆ちゃんは大事に扱われるものなのである。

③お洒落をする

 女性は年を取ればどうしても容色が衰えてしまうものだ。だからお洒落をする必要があるのだ。お婆ちゃんであっても、女性らしくきちんとお洒落をしていると、老醜が目立たなくなり、逆に老婆ゆえの魅力が出て来るようになるのだ。自分がお婆ちゃんになって周囲とトラブルを起こしているのなら、自分のファッションの悪さを疑ってみることだ。

●精神を向上させることの大切さ

 女性がお婆ちゃんになった時、物理的要素を押さえておくことは当たり前なのだ。しかし物理的要素だけを押さえているだけでは駄目なのである。年を取ったからこそ精神的要素が大事になってくるのだ。自分がお婆ちゃんなのに、自分の娘たちよりも精神レベルが低ければ、自分の娘たちから嫌われるのは当たり前のことなのである。

①年相応の精神

 人間は年相応の精神が求められる。60代では60代の、70代では70代の、80代では80代の精神が求められるのだ。ところが女性は30歳を過ぎると年齢不詳になるのだ。自分の年齢を言えなくなる時期が「オバサン」の時期なのである。このオバサンの時期にきちんと精神的に成長していないからこそ、いざ自分が還暦になった時、非常に幼稚な精神しか持てなくなってしまうのだ。

 自分の精神を高めて行くために、自分の年齢をはっきりと言うようにすることだ。自分の年齢に対して緊張感を持つと、精神の後退がなくなるのだ。それと自分の年齢を上げる良質の書物を読むようにし、それに反比例する形でテレビや新聞を見る回数を減らすことだ。更に自分よりも優れた人物がいるなら、その人の話を聞き、教えを乞うという謙虚な態度を持つことだ。

②生活の知恵

 お婆ちゃんがお婆ちゃんとして子供たちや孫たちから尊敬されるのは、「生活の知恵」を持っているからなのである。自分が還暦を過ぎたのに、「生活の知恵」を何も持っていなければ、子供たちや孫たちから嫌われるのは当たり前のことなのである。「生活の知恵」は真面目に生活していれば必ず身につくものなので、日常の生活でインチキをしないようにすることだ。

③人様に尽くし幸せにしていく

 老年になったら、人様に尽くし、人様を幸せにしていくということが大事なのである。お婆ちゃんが他の人たちにお金を物を与えたりするのは、それが「お婆ちゃんとしての聖なる義務」だからこそするのである。自分がお婆ちゃんになったのに、他人に何も与えることができなければ他人から嫌われるのは当たり前のことなのである。

 そうやってケチンボだからこそ、振り込め詐欺の犠牲者になったりしてしまうのである。

 お婆ちゃんに対しては、如何なる者でも手加減してくるものなのである。だからその対応に安穏としていると自分がオババザウルスになって行ってしまうのである。自分がお婆ちゃんになっても寿命が尽きるまで非常に長い歳月が待ち構えているのである。自分の晩年を楽しく過ごすためには、お婆ちゃんとして尊敬されるような生き方をしなければならないのだ。

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老害を防ぐための特別桃源郷

●高齢化社会では老害が深刻な問題になる

 昔から「不老長寿」というのは人々にとって理想とすべきものであった。人間はこの世に生まれた以上、必ず死ぬのであって、肉体的に成長し続けるのは19歳までで、それ以降はどうやっても老化して行くし、いずれは死ぬのだ。人間の宿命として定められた「老化」や「死」に対して、それらとは全く正反対の不老長寿を望むのも、人間の欲望の1つの現れなのである。

 明治維新以降、日本人の寿命は着実に上昇していった。

 幕藩体制を潰して、全国的な統一政府を作り、国内に平和と繁栄を齎したことと、鎖国をやめて開国し、貿易を活発にしたことで経済が豊かになり、国民の食生活が向上したこと、更には上下水道が完備されて、綺麗な水が供給され、汚水がきちんと処理されるようになったからなのである。時代の流れが解っていれば、平均寿命の上昇は決して医学の進歩によるものではないということが解る筈だ。

 平均寿命の上昇は理想の実現ではあっても、その反面、弊害も出て来るのだ。

 その代表例が「老害」である。

 高齢化社会では老害のために社会そのものが駄目になっていく可能性があるのだ。老人が個人レベルでは働くなら定年退職などせず、死ぬまで働き続けても別に構わない。しかし会社という組織になればそうはいかず、老齢の社員たちが定年退職してくれるからこそ、社内で新陳代謝が起こり、活性化していくことができるのである。

 如何なる会社であっても、80歳以上の者が会社のトップに居続けることは絶対に無理がある。会社の経営陣には、一応「70歳定年制」を基本とすべきであって、状況に応じて変化したとしても70代のどこかで退職させるべきなのである。白髪の老人が会長として留まっていると、会社はなんの改革も施されなくなり、確実に競争に負けてしまうことになるのだ。

 若い社員たちにしてみれば、会社の経営陣が高齢化してしまうと、それに反比例する形で自分たちの給料が上がって行かなくなってしまうのである。当然に年齢の高い社員の方が給料はいい訳だから、実際に現場で働いている社員たちの給料が上がらないという深刻な弊害が発生してしまうのである。

●そこで特別桃源郷

 この老害を止めるためには、会社の経営者たちは80歳を超えて代表取締役や取締役の地位に就いてはならないと法律で禁じる措置を取るべきなのである。老害を引き起こしているのは会社の経営者たちなのであって、これに対して自浄作用を求めるのには無理があるというものなのだ。

 もう1つは退職する経営者たちに対して退職金や年金を手厚くし、退職しても生活に困らないようにさせるべきなのである。実際の問題として、退職金や年金が少ないからこそ、老齢の経営者たちがいつまでも会社の上部に居座ってしまうのである。累進課税式所得税でごっそりと税金に持っていかれてしまうと、僅かな金額しか残らないものなのである。

 最終手段としては、80歳を超えた経営者を逮捕し、刑務所に行くのではなく、「特設桃源郷」に行って貰うようにすべきなのである。特設桃源郷では酒池肉林の毎日が約束され、お酒は飲み放題、豪華な料理も食べ放題。お爺ちゃんたちには若い女性を宛がい、セックスはし放題。男性が考えうる欲望を全て満たしてあげるのだ。

 これなら老害を垂れ流している白髪の老人たちも喜んで行ってくれることだろう。

 実はこの特別桃源郷、既に中国共産党が実行に移しており、党内で老齢になった幹部たちを特別桃源郷に送り込んでしまい、党内で不要な権力闘争が起こらないようにしているのだ。だからこそ中国共産党では若返りが進み、日本の政界から見れば若い男性が国務院総理に就任してきて、斬新な政策を打って来ることが可能になっているのだ。

 日本の政界のようにどんなに「改革!」「改革!」という言葉を連呼しても、70代や80代の政治家ではもう無理なのである。こういう人々は抵抗勢力にしかならないのであって、改革潰しに走るものなのである。それゆえいつまでも政治家として働き続けるなら、即刻逮捕し、特別桃源郷送りにしてしまい、政界の若返りを図るべきなのである。

●40代で社長になれるシステムを作る

 会社というものは、創業者の時期は社長の独裁で進めて行き、会社が大規模化していくと、必ず「会長」と「社長」に分離していく。会長は会社の経営全般を統括し、社長は会社経営の執行を行うのである。経営全般はそんなに変化がないから、老齢の者が会長になっても別に構わない。

 しかし社長が老齢の者であったら非常に困るのである。

 社長は40代の者がなるべきであって、社内で有能な者に社長を任せ、その者に全力疾走をさせるべきなのである。社長として走り続けることができる期間はせいぜい「5年」なのであって、5年ごとに社長を交代させておけばいいのである。こうすれば脂の乗り切った時期に社長になれる者が続出してくるので、会社は大いに発展していくことができるようになるのだ。

 50代の者が社長になっても別に構わないが、体力が落ちているので、どうしても動きが遅くなってしまうのである。60代では赤信号であり、もう全力疾走できるだけの体力がないのだ。70代では体力そのものがなくなっているので、社長の仕事をこなすのに困難を極めてしまうのである。

 アメリカの大企業の場合、会長は老人であっても、社長は40代の若い男性が就いているものだ。そうやって若手を起用しているからこそ、「老人の知恵」と「若手の体力」を巧く融合させることができ、会社を発展させることができるのである。株式会社なら、恐らくこのアメリカ方式を採用して行かなければならないのである。

 社員に対して若い内に社長を経験させることは様々なメリットが有り過ぎるのだ。まず社長を経験させたことで会社の経営が解り、頓珍漢な意見を言わなくなるということだ。もう1つは「元社長」という肩書を持つことができ、それによって社長にはこなせない重要な仕事を与えることができるということだ。そして元社長の誰かをいずれ会長に就任させていけばいいのである。

●老人としての役割はそれまでの役割とは違う

 人間というものは、若い時の役割と、老人になってからの役割は全然違うものだ。若い内なら働きまくればいい。しかし老人になったら会社を後継者たちに相続させて行くという大事な大事な仕事が待っているのである。早い段階から会社の後継者たちを育てて行き、充分な経験値を積ましてから、会長職を譲るようにしていかなければならないのだ。

 これに成功する企業は少なく、寧ろ失敗している企業の方が圧倒的に多いのだ。

 まず会社の後継者たちの育成は既に社員が入社した時点から始まっているのだ。新入社員を総合職と一般職に分け、総合職の者を管理職にして行き、その後、取締役に就任させ、社長に就任させるのである。総合職の者が必ずしも優秀とは限らないのであって、一般職の者でも優秀なら管理職に抜擢し、社長に成れるルートを確保しておかなければならないのだ。出世コースに柔軟性がないのなら、いずれ必ず人材が枯渇してくるものなのである。

 次に会社の後継者たちには徹底して教育を施していかなければならないということだ。会長本人が自分の体験談を話したり、経営理念や経営計画書を徹底して教え込み、定期的に研修を受けさせたり、勉強会やセミナーを開いたりして、会社の後継者として教育をし続けなければならないのである。教育の凄さはまともなことを教えれば会社は大成功するし、間違ったことを教えれば会社が倒産してしまうものなのである。

 そして最後の難関が実際に誰を後継者にするかということなのだ。会社を経営していれば、自分が期待していた人物が会長になる前に早死にしてしまったり、スキャンダルを起こして失脚したりするものなのである。会長になるためには実力だけではなく、「運」や「ツキ」というものが必要になってくるので、実力はあっても運やツキのない人物では会長に就任できないものなのである。

 会長職を譲ったのなら、潔く会社経営から退き、後は悠々自適の毎日を過ごすべきなのである。自分が退職したのに会社経営のことに口を出していれば、会社の経営を悪化させることになるものなのである。「後のことは任したぞ!」と言い切ることができなければ、自分の晩年を汚すことになってしまうものなのである。

 年を取ってくれば、「最近の若者たちは~」と言いたくなるものだ。しかし若者が駄目なのではなく、もうそういうことを言って来る老人たちこそが駄目なのである。自分自身、老いを感じたのなら、早目に引退すべきなのである。自分がすべきことをやって早々と引退するからこそ、晩年を全うすることができるようになるのである。

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女性宮家なんて必要ない!

●宮家の意味

 野田首相が「女性宮家」の導入を検討しているという。

 しかもこれが「緊急課題」だという。

 野田内閣は消費税の増税こそが緊急課題なのであって、消費税増税が野党の反発のために不可能になりつつあり、この問題から国民の目を反らすためにわざわざ女性宮家のことを云々と言い出したのであろう。日本の内閣制度は首相経験者の竹下登が喝破したように「1内閣1仕事」なのであって、1つの内閣が幾つもの仕事をこなすことなどできないのである。ただでさえ消費税増税は野田首相には荷が重すぎるのに、更に荷が重い皇室問題に手が出せるわけがないのだ。身の程を知るべきなのである。

 大体、「女性宮家」という言葉が意味不明である。皇室の歴史に於いて「宮家」というのは「男性しかなれないもの」なのである。なんで宮家は男性しかなれないのか? それは皇室の直系が途絶えた時、皇位継承者のスペアとして皇統が途絶えないようにするためなのである。それが解っていれば、宮家というのは男性しかなれないし、女性が宮家になっても意味がないということが解るのである。野田首相が女性宮家を創設しようとすること自体、皇室の歴史を全然知らないということなり、皇統断絶を企む「逆賊」であると言っていいのである。

 宮家の価値というのは、皇室から宮家を学んだ徳川家の御三家を例に取って説明した方が早い。徳川家康は江戸幕府を創ると、徳川家の直系が途絶える可能性もあるということで、「水戸徳川家」「尾張徳川家」「紀州徳川家」の御三家を創設するのである。徳川家は7代で直系が絶え、紀州徳川家から徳川吉宗を抜擢することで血統が途絶えないようにしたのである。

 人間というものは家族の永続を願うものだが、直系で相続して行くと7代目か8代目で危機的な状況を迎えることになる。どの家族も初期の頃は多産なのに、家督が相続され続けて行くと豊かになって行くから、段々と子供を産まなくなり始めるのだ。子供の数が少なくなれば当然に家系の危機を迎えることになるのだ。

 現在の皇室も明治天皇を近代国家に於ける初めての天皇と見るなら、今上天皇陛下で4代目なのであって、4代目の天皇陛下には3人しか子がおらず、その皇太子殿下になれば娘が1人しかいないのである。家督の相続は何も財産を相続すればいいのではなく、子供の数も相続すべきであって、家系を維持できるだけの数の子供を必ず生まねばならないのである。

●罪を負うべきは皇太子殿下

 今回の「女性宮家創設問題」は小泉首相の際に「女帝容認問題」と同じことであろう。これらの問題は形は違えと原因は全く同じなのである。一体何が原因なのか?

 それは「皇太子殿下ご夫妻が男の子を生まないということ」が原因なのである。

 皇太子殿下は皇太子として実に様々な仕事をこなすことになるが、皇太子殿下の最大の役割は男子を産むことである。男子を産むことで皇統を途絶えないようにすることなのである。それができないのなら皇太子として失格なのであって、皇太子の称号を返上し、弟の秋篠宮殿下を以て皇太子とすべきなのである。秋篠宮殿下には3人の子がおり、その中に男の子も含まれているので、きっちりと皇族男子として果たすべき仕事をきちんとこなしているのである。

 はっきりと言ってしまえば、皇太子殿下は妻選びを間違えたのである。皇太子妃に求められるのは多産なのであって、子供がなかなかできず、できたと思えば女の子で、しかもその育児や子育てで問題を起こしている雅子妃殿下では皇太子妃として役に立たないのである。せめて「これらの問題は私の不徳の致す所でございます」と謙虚になるぐらいの姿勢があるなら、まだ許されるが、そういう気配を全く見せて来ないほど傲慢な女性であるのだ。

 そもそも雅子妃殿下は「地黒女」である。地黒女は仕事に生きる女性であって、結婚して家庭に入る女性ではないのだ。なぜ女性に白い肌が求められるかといえば、白い肌の女性は女性ホルモンの分泌が盛んなので、結婚して家庭に入る女性には相応しい女性だからなのである。雅子妃殿下は結婚前には外交官として働いていたのであって、その仕事をさせておけば良かったのである。それを皇太子殿下が無理矢理プロポーズしてしまうからこそ、後日、こういう悲劇が起こって来るのである。

 女性宮家問題も女帝容認問題も、皇太子殿下ご夫妻に男の子が生まれれば、全て雲散霧消してしまう問題なのである。だから皇太子殿下としてすべき行動はとにかく自分の妻を孕ませることであって、それ以外ではないのだ。そのためには雅子妃殿下が精神病の治療を受けさせるのをやめさせることだ。投薬のために顔が異常な顔つきになってきているので、こんな状態では妊娠することなど不可能なのである。

 その上で、夫婦が一緒になって断食をすればいいのである。鶏が玉子を産まなくなっても、断食させて体重を落とさせると再び玉子を生み出すように、人間だって断食して体内の老廃物や毒素を全て排出してしまえば、再び妊娠し出すようになるものなのである。宮中晩餐会などで豪華な食事を食べているからこそ、夫婦双方肥満になり、それで子供ができないという悪循環に陥っているだけなのである。

 もしも雅子妃が男子を妊娠出産しないのなら、雅子妃と離婚してしまい、新たな女性を妃として迎え入れるべきなのである。それぐらいの覚悟でやらないから、ズルズルと二人目不妊に悩まされ続けてしまうのである。夫婦共々覚悟が足りないのであって、覚悟を決めてかかれば妊娠なんて簡単にできてしまうものなのである。

●文明国とは男系相続を行う国家のことである

 小泉首相も野田首相も戦後民主主義が直撃した世代なので、男女平等は絶対に正しいのであって、皇室は女性に対して差別を行っているという、全く不当な考えを持っているのである。だからこそ女帝容認を考え出したり、女性宮家を創設しようとしているのである。間違った考えを持っているからこそ、間違った解決策を考え出して来ているだけのことなのである。

 皇室が差別しているのは女性に対してではないのだ。男性に対してであるのだ。

 皇室では日本人女性なら結婚という形で皇族になれるのである。しかし男性は如何なることがあっても皇族になることができないのである。なぜなら皇室は男系相続を行い続けているからであって、女性を受け入れることはあっても、男性を受け入れることはないのである。これは奈良時代の道鏡事件で道鏡が皇位に就くことができなかったことでも解るように、皇室は如何なることがあっても皇族以外の男性が皇室に入ってくることを拒絶するのである。

 文明国家というのは全て男系相続を行う家族が主流になった国家のことなのである。女系社会では文明を生み出せないのである。人類はどの民族も文明以前は女系相続の方が強かったのである。それを男系相続を行う民族が女系家族を征服し、文明を起こして行ったのである。

 なんで女系社会では文明を作れないのか?

 それは女性相続を行う家族では男性たちが腐ってしまうからなのである。男性たちには相続権がないために、誰も責任感を感じず、遊び呆けてしまうのである。せいぜい、いい家に婿入りすることで才能を発揮する機会がある程度なのである。また女性たちも家督を相続した女性はいいかもしれないが、他の女性たちは資産がないために冷遇された人生を送り続けることになってしまうのである。

 ところが男系家族は男子に相続権があるために、まず男性たちが責任感を持つようになり、その能力を如何なく発揮して来るのである。しかも男系家族は教育に熱心なのであって、最初は男の子に教育を施すが、その後、必ず女の子にも教育を施すようになり、男系家族で生まれ育った女性たちは女系家族で生まれ育った女性たちよりも遥かに高い能力を持つようになり、それによって経済が異常に発達して来るのである。

 実を言うと、女系社会から男系社会の移行は至難の業なのである。

 この視点から旧約聖書を読んでみると、如何にユダヤ教徒たちが女系家族たちへの征服を繰り返し、その逆襲に何度も遭い続けたかが解るのだ。日本でもイザナギ尊から男系相続が始まり、文武天皇の御世になってやっと男系相続が法制化されたのである。しかも妻問い婚に終止符が打たれるのは平安時代末期なのであって、日本の社会が完全に男系社会に移行したのは鎌倉時代になってからなのである。それほど女系社会から男系社会への移行は気の遠くなる時間がかかるものなのである。

 だから、女性宮家創設とか女系相続とかいうのは皇統を破壊する行為だけでなく、我々の先祖たちの営みを破壊する行為であり、そして文明を破壊する行為でもあるのだ。

●宮内庁のリストラこそ緊急課題

 現在、皇族女子の多くが結婚可能な時期に入っているのであり、その皇族女子たちが結婚していけば皇族の人数は確かに少なくなる。宮内庁長官はこれを問題にしているのである。皇族女子というのは結婚することで外に出すものなのであって、そうやって皇族女子が外に出てくれるからこそ、皇族の外から女性を貰うことができるようになるのである。

 今すべきことは宮内庁をリストラすることなのである。皇族の人数が減って行くなら、それに応じて宮内庁の人員を削減していくべきなのである。宮内庁は戦後一度たりともリストラを行っていない旧式の組織なのである。だからこそ頓珍漢なことを言い出して来るのである。手始めに宮内庁長官の首を切ればいいのである。その後、宮内庁全体をリストラし、不要な人員を削減していけばいいのである。

 宮内庁のリストラこそ、緊急課題であるのだ。

 皇族の人数が減れば皇族は危機的に状態になるから、皇族の誰もが真剣になり、そこで皇族男子が生まれて来るのである。現在のように皇族女子が多い状態ではこういう危機感は生まれないのだ。皇族の誰もが「まだ大丈夫だろう」と思っているからこそ、事態が徐々に悪化していくのである。

 宮内庁のリストラ以外に皇室がすべきことは、皇太子にきちんとした仕事を与えるということであろう。皇太子殿下を「摂政」に任じて「摂政皇太子」とし、天皇陛下がなさっている御公務の幾つかを摂政皇太子殿下に回し、皇太子殿下に天皇としての経験値を積ませると同時に、天皇陛下のご負担を軽減させてあげるべきなのである。

 また皇族女子も結婚するまで遊ばせていないで、「斎宮女王」を復活させ、皇族女子にも仕事をさせるべきなのである。良妻賢母になるような女性を皇族男子の妃に迎えたいのなら、皇室だって賢い皇族女子を作り出して行かなければならないのだ。皇族女子の全てが大卒という高学歴の持ち主なのである。それが結婚するまで遊んでいるようでは碌な女性にならないものなのである。

 皇室は首相たちのように短い家系の持ち主ではないのだ。日本国民の中で最も家系が古く、その家系の流れは歴史書にきっちりと残されている名門中の名門なのである。碌な政治ができないよう首相の戯言など聞くべきではないのだ。我々がすべきことは皇室の歴史と伝統を継承し、皇室をきちんと未来に繋げて行くことなのである。

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老後の行先

●都市部か農村部

 老後の生活で最も大事なのはどこに住むかである。

 老年になってしまえば、子供たちは巣立ってしまうのであって、必ずしもマイホームに住み続ける必要性はない。子供に譲っても構わないし、売り払っても構わないのだ。しかもマイホームは夫の仕事にとって都合のいいように建てられており、定年退職してしまえばそこに住み続ける理由はもうないのである。

 老後に突入したら、夫婦で引っ越しというのも、選択肢の1つのなのだ。

 結論から言うと、老夫婦が引っ越す先は、都市部か農村部の2つしかない。中途半端な行先はないのである。都市であれ、農村であれ、老人たちにとっては住み易いように出来ているのだ。寧ろ新興住宅地のような地域は、若い夫婦ならいいが、老人たちにとっては住みにくい地域なのである。

 老年になれば体力が落ちて来るのだが、その点、老人たちにとって都市は非常に便利に出来ているのだ。老人たちにとって欲しい物は全て揃っているのであって、お金がありさえすれば買うことができるのである。還暦前なら通勤に1時間半かけてもなんともなくても、還暦を過ぎたらそうはいかなくなって来るのだ。

 その一方で、農村は自給自足が可能なのであって、生活費が非常に安上がりになるのだ。特に税金、その中でも固定資産税はべら棒に安く、都市に住んでいて固定資産税の高さに悩まされていた夫婦にとっては極楽としか思えない状況なのである。税金が安くなった分、それを生活費に回せば非常に豊かな生活を送ることができるようになるのだ。

 地方であっても都市に住む選択は有り得る。

 例えば雪国などでは、老人が雪下ろしをするのは非常に危険なのだ。雪下ろし自体が難儀になってくるし、雪下ろしの最中に死んでしまったりするからだ。雪国でも都市に住んでしまえば、雪下ろしの作業から解放されるので、雪下ろしのために寿命を縮めなくても済むようになるのである。

●田舎に移住するなら定年前に引っ越すべし

 子供たちが大きくなってくると、夫婦で老後をどうやって過ごそうかという話になってくるものだが、もしも農村に移住するなら早目に決断してしまい、夫の定年前に引っ越すようにすることだ。というのは、農村に移住し、その農地を開墾し、きちんと収穫できるようになるまでは相当な時間を要するのであって、早くに行動を起こさないと農村に移住することなどできなくなってしまうのだ。

 都会に住んでいた人たちにとっては、農村は空気が美味しく、水は綺麗で、食べ物は美味いと思っていることであろう。しかし農業というのは自然との格闘なのであって、自然を巧く作り変えていかないと、とてもではないが住める所ではないのだ。自然を舐めてかかると、自然に逆襲されてしまうものなのである。

 農村生活の魅力はなんといっても「自給自足」なのだから、自給自足の体制を早目に築き上げておくことだ。はっきりと言っておくが、当面の間は失敗の連続なのであって、成功し始めるのはずっと後のことなのである。都会暮らしに慣れてしまった者が農村生活に適応するというのは大変なものなのである。

 引っ越しを急ぐのにはもう1つ理由がある。農村暮らしは周囲と仲良くしないと絶対に暮らせないのだ。予め知っておくべきことは、農村では濃密な婚姻関係が展開されており、都会からの移住者は喜ばれたとしても、余所者で有り続けてしまうのである。逆にいえば、婚姻関係を結ばずとも、仲良くできる方法を考え出していかなければならないのだ。

 農村生活をするなら、地元の人から教えて貰うことがあるなら素直に聞く。用事を頼まれたらすぐに応じる。夫婦が一緒に交友することも大切だが、夫は男同士の交友、妻は女同士の交友をし、様々なルートで友達作りをするというのが非常に大切になってくるのだ。農村暮らしなのに交友を怠っていると、農村暮らしが成り立たなくなってしまうものなのである。

●頭脳労働をしているのなら、絶対に田舎に引っ込むな

 老後は都市部で暮らそうとするなら、夫が定年退職を迎えてからでも決して遅くはない。どうせ都市部に住むならマンションになるので、いい物件があればそこに引っ越せばいいのである。都市部では農村部のように自給自足を成立させる必要性はなく、生活物資は全て売買によって調達すればいいのである。

 夫が頭脳労働者なら、絶対に農村部に引っ越すという選択肢を取るべきではない。田舎には知的な会話ができる相手がいないものなのである。田舎は飲酒の害が非常に激しいものなのである。飲酒こそ知的生活の敵であって、禁酒か節酒をする者たち同士で知的会話がなされるものなのである。

 都会で頭脳労働をしまくった男性ほど、田舎に憧れるものなのである。

 もしも夫がこういう妄想に取りつかれたら、妻は断固として反対しなければならない。田舎に行けば夫が廃人同様になるのは目に見えているからだ。都市だからこそ知的な刺激が非常に多いのであって、都会に住んでいれば幾らでも頭脳労働をすることができるのである。定年退職までに頭脳労働をしまくった男性が行き成りなんの刺激もない田舎に行けば、脳の血管がプッツンと切れてしまい、それであの世行きになってしまうものなのである。

 頭脳労働者は老年になっても様々な仕事が存在するものなのである。肉体は衰えるのが早いが、頭脳はそう簡単に衰えないものなのである。高収入を得られなくても、自分が好きな仕事をし、それ以外にも趣味のサークルに入って活動したりすればいいのである。逆に言うなら、自分が老人になってなんの仕事も趣味ないというのなら、その者の知能は高が知れているということなのである。

 都市部に住んでいれば、都会の自宅を拠点にし、あちこち旅行をすることが可能になる。夫婦で旅行する機会が断然多くなることであろう。その際に気をつけるべきことは、旅行先で美食をしたのなら、帰宅後は必ず断食をして、内臓を休ませてあげることだ。老夫婦がグルメ三昧になれば、食事過剰のために血液汚染が起こり、それが内臓疾患や脳疾患を引き起こしたりするのである。

●老人ホームは最後の手段

 もしも老後は引っ越さないというのなら、自分達夫婦の手許に置いておく子供を必ず用意しておくことだ。これは男女の別を問わない。家督相続とは別個に自分達夫婦の世話をしてくれる息子か娘が必ず必要なのである。夫婦のどちらかが寝たきりになれば、介護のためにもう一方も寝たきりになってしまうということもありえるのである。

 両親の世話をする子供は両親の世話のために充分過ぎるほどのエネルギーを使う以上、その子供にはきちんと相続させる資産を用意しておくことだ。生きている最中は散々世話をしたのに、死ねば遺産が平等に分配されれば、これほど腹立たしいことはないものなのである。

 家督相続者には早い段階で家督を相続させておくことだ。自分が定年退職したということは、息子に家督を譲るということなのである。父親にしてみれば息子は頼りないと思うが、そうやって家督相続を渋っていると、自分が先に死んでしまい、息子は家督相続者という自覚も実力も経験値もないまま遺産相続に巻き込まれてしまうものなのである。

 老人が老人ホームに行くというのは最後の選択肢なのである。老人ホームは老後の準備をしなかった者たちが入る施設なのである。幾ら老人だからといって、老人ホームで食っちゃ寝し、起きている時は遊んでいるようでは、生きている意味がないのだ。老人になってそういう生活をしていれば病気をするのは当然なのである。若者にそういう生活をやらしても病気になってしまうものなのである。

 「お金があれば豊かな老後を送れる」と言う者たちがいるものだが、そういう意見は完全に間違っているのだ。幾らお金があっても、老後のヴィジョンがなければあっという間に時間が過ぎ去り、死んでいくだけなのである。老人だからといって何もしなくていい訳ではないのだ。老人だからこそできるものがあるのであって、それを自分が死ぬまでにきっちりとやっておくべきなのである。

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老後の不安を解消するのに一体幾ら必要?

●老後の不安の解消を政府に頼むのはお角違い

 国民の中には選挙の度に「老後の不安を解消してくれ!」と政治家に頼む者たちが出て来るのだが、老後の不安の解消を政府に頼むのはお角違いなのである。自分がどのような老後を送るかは自分で決めるべきであって、自分がしっかりとした老後の設計図を持っていれば、老後の不安などあっという間に解消してしまうものなのである。

 即ち、老後の不安は自分の力で解消していくものなのである!

 それなのに老後の不安の解消を政治家たちに頼んでしまえば、政治家たちは国民にそういう要望があるために、素直に応えてしまうのである。当然に老後の不安の解消のためには莫大な資金がかかるから増税に踏み切り、政府を大きくしてしまい、人員過剰になった官僚たちは碌に仕事をせず、それで経済が悪化して来るという悪循環が起こり始めるのである。

 忘れてならないのは、政府の増税は老人たちだけにかかるものではなく、若者たちまで増税を食らうために若者たちが貧しくなってしまい、結婚できない者たちが続出し、結婚しても子供を産まないことを選択する夫婦まで現れて来るのだ。経済が豊かになれば少子化が進むものであるが、政府が増税してしまうとその少子化が深刻な問題になってしまうものなのである。

 経済というのは、国民がお金を持っていればいるほどそのお金が循環して行き、国民の最大多数の最大幸福を実現して行くのである。ところが政府がお金を持ってしまうとそのような効果が現れて来ず、政府に関与している人たちが豊かになり、重税を課せられる国民の方はどんどん貧しくなって行くものなのである。、

 もしも自分が結婚して、老後の不安を感じているのなら、それを政治家たちに頼むべきではなく、自分たち夫婦で老後の設計図を描き、それを実現して行けばいいのである。そういう思考や行動は楽しいものなのであって、幾らでも自分たち夫婦の力量を発揮して行くことができるのである。だが政府に頼ってしまったら、どのような政治家が現れたとしても、老人たちに満足いく老後を与えることはできないのだ。なぜなら老人たちは自分で考えもしないし、動いてもこないからだ。

●必要な資金はズバリ「10億円」!

 では老後の不安を解消するために一体幾ら必要となるのであろか?

 その金額はズバリ「10億円」なのだ。

 その計算式は非常に簡単で、10億円を年利3%で運用すれば年収3千万円になるので、その3千万円を使って生活すれば充分豊かな老後を送ることができるのである。老後は夫婦ともども退職して仕事をしないという条件を設けざるを得ないので、働かなくても年収3千万円が発生するような資金を持たねばならないのである。

 老後の生活を考えて行く時、致命的な間違いを犯してしまうのは、老後には幾ら幾らの資金が必要であり、その資金を切り崩しながら生活するという考えを持ってしまうことだ。この考えは非常に危険なのである。というのはそういう資金はいつ尽きるかもしれない危険性があるために、いざ老後の生活が始まるとその資金を切り崩すことができず、結局、働く羽目になるのである。老後の生活を悠長に暮らすどころではなくなってしまうのだ。

 10億円が高いと思うなら、完全にリタイヤしてしまうのではなく、「セミリタイヤ」という遣り方も有り得るのだ。これは大橋巨泉が言い始めたことなのだが、完全にリタイヤして老後の生活を送るのではなく、一旦退職するが、その後、たまには働き、少しだけお金を稼ぐようにするのだ。こうすると莫大な貯金を貯めなくても生活していくことができるのである。

 もう1つの選択肢は物価の安い海外で老後の生活を送るという遣り方だ。通貨価値が違うために、日本の円で貯金しておき、その資金を持って外国に移住すると、非常に豊かな生活を送れてしまうのである。この選択肢を取るためには外国語ができるという条件が必要になってくるが、外国語ができる夫婦ならわざわざ日本に住み続ける必要性はないのだ。

 ただ勘違いしてはならないのは、どのような老後を送ろうとも、夫婦で資産10億円を持つということは理想形として頭の中に入れておいた方がいいということだ。自分たち夫婦が定年退職を迎えるまでにこの資産を貯め込んで行くことこそが、老後の生活の上がりなのである。このゴールに辿りつかなければ、どうやったとしても苦しい生活を強いられることになるのだ。

●本当に貯めるべきは金額はたった「2億円」

 10億円ものお金を貯め込んで行くことは大変だなと思うこと勿れ。

 目標金額が10億円でも、10億円を貯め込まなくてもいいのである。「80対20の法則」を使用すれば、10億円の内、肝腎なのは2億円であり。2億円貯め込めば自動的に10億円に達するのである。資産運用益を生活費に回すのではなく、再投資していけば、アッという間に10億円に達してしまうのである。

 だから10億円を目標としつつも、短期目標を2億円にしていけばいいのである。これなら簡単になる筈だ。

 実をいうと、この2億円という金額が曲者なのである。サラリーマンの生涯年収は約2億円程度なのである。ということはサラリーマンが普通に生活していたら2億円は貯金できないということなのである。夫婦共働きになり、夫の収入だけで生活し、妻の収入を丸丸貯金してしまえば2億円に達することができる。しかし夫婦共働きになってしまうと、確かに収入は増えるが、支出も増えてしまい、結局、貯金が貯まらないのである。

 これが本当の矛盾なのである!

 社会主義者たちが主張する「貧富の格差」、フェミニストたちが主張する「男女の性差」、そういう頓珍漢な意見に惑わされていると、本当の矛盾が見えてこないのである。結局、収入というのはその職業で決まるものなのであり、会社員という近代国家の花形の職業では生活ができても、老後の生活はできないのである。

 ロバート・キヨサキはこれを「ラットレース」だと喝破している。

 そりゃそうでしょう。働かされるだけ働かされて、定年退職を迎えてしまえば、老後の生活すらままならない事態が待ち受けているのである。「貧富の格差」や「男女の性差」では何も見えてこないのである。要は会社員という職業は希少性のない職業だから、どうしても価値が低下してしまうのである。

 このラットレースから抜け出すためにはたった3つの方法しかない。1つ目は努力することで会社員として出世していき、収入を高くしていくことなのである。2つ目は生活を合理化して常に貯金が生み出せるようにすることなのである。3つ目はその貯金を資産運用に使い、その資産運用益を再投資して行くということなのである。

●夢を若い内に掲げることの大切さ

 若い内はどうしても知識量が少ないから、社会主義やフェミニズムに騙されてしまう。社会主義もフェミニズムも、これらに洗脳されている大学教授たちが多くいるために、そのイデオロギーの議論を深めて行っている。しかしこれらのイデオロギーを使っても生活を豊かにすることはできないのだ。社会が間違っているのではなく、我々が間違った見方をしているだけなのである。

 だから頭を切り変えれば、簡単に豊かになっていくのである。

 若い時は知識も技術も経験値もないから、給料は安いものだ。そのような状態で結婚して養育費がかかるようになれば、生活はより苦しくなるものだ。しかしそういう状況下でも夢を持つべきであり、自分たち夫婦がしっかりとした夢を持っていれば、現在の貧困などは自分たちを鍛える試練となり、その夢が実現していくものなのである。

 星を掴もうとして泥を掴む奴などいないものだ。

 本当に星を掴んでしまうか、星に準ずる何かを掴んでしまうものなのである。

 早くから老後には10億円が必要と解っていれば、早くから動き出すことができ、結果的にはその金額を溜め込むことが可能になるのである。しかも10億円の内、重要なのは2億円であって、その2億円を貯め込むことに集中して行けば、あっという間にその2億円を貯め込むことに成功してしまうものなのである。

 結婚すれば新婚生活は楽しい。出産すれば育児が楽しい。しかしその楽しさに溺れてはならないのだ。時間はアッという間に過ぎ去っていくものなのである。大方、自分の親たちは老後の生活に関しては失敗例である筈だ。だからではどうすれば豊かな老後を送れるのかを考え、それを夫婦で話し合い、行動に移して行けばいいのである。

 高齢化社会を舐めてはならない。高齢化社会ということは、長寿になる夫婦が非常に多いということなのだ。自分たち夫婦が還暦を迎えた時、何も老後の設計図がなく、まともな資産がないのなら、もう遅いのである。還暦を過ぎても、30年、40年、50年という気の遠くなる時間が待ち構えているのである。それの時間を貧乏生活で送るというのは、不幸の中の不幸だというべきものなのである。

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老後は国民年金にも厚生年金にも頼らない計画を建てる

●国民年金の受給開始年齢は必ず上昇して行く

 結婚をし、育児や子育てをやっていたのなら、普通、老後のことなんかは考えない筈だ。人生が充実しまくっているので、老後の考えている閑などないのだ。しかし多くの夫婦たちにとってどうしても老後を考えさせる現象が起こっている。それは納税の際の社会保険料の高さであり、そしてそうやって社会保険料を納めても政府がそのお金を汚職に使い切ってしまっているということがニュースで流れて来るからだ。

 老後を公的年金で暮らそうなんて絶対に思わない方がいい。

①国家財政が既に破綻している

 現在、日本は先進国の中で最悪の財政状況であり、当然に公的年金に回す資金はもう底をついているのだ。それを政府は増税で乗り切ろうとしているから、益々公的年金が危険になってしまうのだ。必要なのは大規模はリストラなのであって、国家公務員を半減させるようなリストラをしない限り、国家財政は破綻してしまうのである。

②80歳までなら誰でも働けるだけの体力はある

 それと公的年金を創設した時期と、現在の日本国民の状況は余りにも変わり過ぎているということだ。昔は還暦を迎えれば、どの老人たちもヨボヨボであったのだが、現在では還暦を迎えても充分体力があるのであって、年金を貰って老後の生活を送るに値しなくなってしまったのだ。食生活の向上が退職年齢を押し上げているのであり、80歳まで働くべきなのである。80歳以下の老人たちがゲートボールをやったり、海外旅行に行く体力があるなら、仕事をすべき。なのである。

③医学の進歩

 トドメは医学の進歩なのである。この医学の進歩を舐めてはならない。普通なら死ぬ筈の老人たちが医学の進歩のために生き残ってしまうということなのである。このため平均寿命は確実に上がるのだ。いずれ平均寿命が90歳以上になることであろう。それなのに60代で定年では老後の時間が無駄なのである。そんな大量の老人たちに公的年金を宛がっていれば、確実に国家財政は破綻してしまうものなのである。

 国民年金に対しては民営化し、政府の管理下から離れない限り、誰がどうやっても巧く解決できないのである。但し国民年金は国民の生活の最低限を保障するために、民営化しても国民に対して強制的に加入させるようにし、その一方で最低限の生活が送れるだけの少ない年金にすべきなのである。そうしないとこの国民年金の意味がなくなってしまうのだ。

●厚生年金は会社が潰れれば消滅する

 会社勤めをしている人たちにとって恐ろしいのは、厚生年金は会社が潰れてしまえば消滅するということだ。デフレ経済では会社の淘汰が行われるものなのであって、余程優秀な経営をしていない限り、会社が生き残って行くことはできないのだ。幾ら手厚い厚生年金があったとしても、会社が倒産すればオジャンなのだ。

 デフレ経済ではどの業界も3大企業に集約されて行く。経済というのはそういうものであって、群雄割拠している時期は過渡期でしかないのだ。強い企業が弱い企業を叩き潰していってくれない限り、経済の合理化は進んで行かないものなのである。合併などで企業同士が統合してくれればまだ増しだが、不渡りを出して倒産したのなら、どの企業だって手を出してこないものなのだ。

 より悪質なのは、企業の資金繰りが巧く行かなくなれば、厚生年金の資金に手をつける企業が続出してくるということだ。やってはいけないことなのだが、どこの銀行も資金を貸してくれなくなれば、企業だって禁じ手を犯して行くしかないのだ。日本銀行が資金供給量を抑える政策が、こういう末端の所で経済犯罪を生み出してしまうのである。

 会社員の中で会社の悪口を言っている人たちがいるものだが、そういうことをやめた方がいいのだ。というのは、会社員にとって会社が倒産してしまえば、厚生年金が貰えず、国民年金しか貰えなくなるのである。その危険性が解っているなら、悪口など言っていないので、せっせと働き、会社を発展させていくしかないのである。

 国民が厚生年金の破綻に対して政府が何かしら有効な政策を取ってくれることを望んでも、恐らく政府は手を出してこない。これを遣り始めたら莫大な公的資金を投入しなければならなくなるので、どの政治家たちも及び腰になってしまうのである。厚生年金を素人たちが運営している現在の状況が異常なのであって、一刻も早く保険のプロたちに仕事を任せるようにすべきなのである。

●公的年金は最低限の生活保障でしかない

 公的年金で老後の生活を送ろうと思うな。公的年金は最低限の生活保障でしかないのだ。幾ら公的年金を貰っても最低限の生活しか送れないのであって、自分たち夫婦が老後に突入する前にしっかりと貯金し、資産運用をしておかないと、悲惨極まりない生活になってしまうものなのである。

 公的年金の恐ろしさはその汚職発生率の高さにある。

 社会保険料は事実上の税金であって、幾ら国民が納めても政治家や官僚たちはそのお金を使いきってしまうものなのである。公的年金を考える時、政治家や官僚たちの汚職を考慮しないからこそ、公的年金は破綻してしまうのである。政治家たちが公的年金を破綻させたのに、その政治家たちによって公的年金を再興させようというのは、そもそも無理があるのだ。

 もしも公的年金を政府の機関で運用するなら、公的年金に関する法律を国民投票にかけ、その公的年金を動かす機関の長を国民が選挙すべきなのである。公的年金に関することは政党が政争の具にすべきではなく、政党から切り離して運用できるようにさせるべきなのである。

 夫婦にとってみれば、社会保険料を充分に払っているのだから、老後は政府からしっかりと保障して貰わなければならないと思ってしまうものだ。しかしそういう考えは絶対にやめた方がいい。公的年金のシステム自体が間違っているのである。このシステムを変えて行かない限り、自分たちが納めた社会保険料を効果的に使ってくれないのである。

 政治家や官僚たちの汚職を目にした時、それに対して怒りを爆発させてしまうものだ。だが、それは無駄な怒りなのであるということを一刻も早く気付くべきなのである。それよりも自分たちがせっせと貯金して行き、その貯金を効果的に資産運用していけば、豊かに老後を暮らせる資金がたっぷりとあることになるのだ。

●だから老後のための資産運用を若い内から行っておく

 夫婦で貯金しようとする時、貯金が好きな人であるならいいのだが、貯金がそれほど好きでない人は貯金に対して真剣にならないものだ。ところが老後のために貯金しようとなると、貯金に大義名分が立ち、貯金に対して真剣になることができるのである。必死になって貯金していけば3年でかなりの金額になるので、その貯金額を目にすれば貯金の凄さに気付くものなのである。

 貯金ができれば、それを資産運用に使って行き、資産運用益を発生させ、それを生活費に使って行くのではなく再投資していくべきなのである。そうやって再投資していけば資産が雪達磨式で膨れ上がって行き、気付いた頃には莫大な資産を形成しているものなのである。

 老後のための資産運用は若い内からやっておくことだ。早くからやればそれだけ有利に進めて行くことができるものなのである。最初は微々たるものであって、時間の経過と共に大きくなっていくものなのであって、自分達夫婦が老後を迎えるまでに充分な資金を確保できるようになるものなのである。

 大事なことは目標を掲げることなのである。

 生活費の他に老後の資金を溜め込んで行くのは確かにきづい。しかし目標があればそれを溜め込んで行くことができるのである。もしも目標がなければそのお金を遊びに使い切ってしまうものなのであって、あっという間に消えてしまうものなのである。遊び呆けている夫婦が豊かな老後を送ることなんてできる訳がないのだ。

 公的年金がどうのこうという議論は無駄なのである。それに頼る人たちは老後の準備を個人レベルでやってこなかった人たちなのである。老後のことなど個々の夫婦がやっていくべきものであって、政府に頼らず、自分達でやってしまった方が早いし、確実にできるものなのである。

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社会保険料こそ貧困の元凶

●社会保障制度が充実して来ると貧困問題は深刻化してくる

 貧乏というのは決して罪深いものでもないし、恥ずかしいものでもない。人間は貧困の中で鍛えられ、貧乏だからこそ家計を整え、如何に貧しくとも地道に貯金していこうとするのである。個々人が自力で貧乏を克服する必要性はあっても、社会から貧困を撲滅するような企ては全く必要がないのだ。

 ところが国民が間違った宗教を信仰したり、狂ったイデオロギーに洗脳されてしまうと、政府は国民の世論に押されて社会保障制度を構築し始め、しかもその社会保障制度を充実させてくることになるのだ。当然にその社会保障制度を維持するためには膨大な資金が必要となるので、国民に重税を課すことで手厚い福祉を行ってくるのである。、

 社会保障制度の一体何が悪いのか?

 それは政府に社会保障制度があるために、国民が政府に頼ろうとするからなのである。社会保障制度によって幾ばしかのお金を貰うことができるが、そのために国民の自助努力が融解してしまい、貧乏人たちが貧困を克服して、豊かになろうとする気概がなくなってしまうのである。

 今は貧乏であっても、何をしなくても政府からお金が貰えるために、自分の家計が火の車だということに気づけなくなってしまうのである。社会保障制度というのは国民に対する「経済的麻薬」のようなものであって、この経済的麻薬を注入すると国民の誰もが狂っていくことになるのだ。

 だからこそ社会保障制度のために国民の貧困が固定化し、より一層貧困が悪化しているのに、国民は誰もこの社会保障制度をやめろと言わず、それどころか「もっと手厚い福祉を!」とより間違った方向へと突っ走ってしまうのである。社会保障制度は一旦確立されてしまうと、時間の経過ととも肥大して行く機能を持っており、気付いた時には確実に国家財政は破綻し、経済も不況の連続になってしまうのである。

●なぜ社会保障制度が貧困を引き起こすのか?

 そもそも社会保障制度は国内の貧困を撲滅しようという目的で作られたものである。しかし、結果的には国民の貧困を強化するという逆の効果を発揮してしまったのだ。善意で作った物が最悪の結果を引き起こしているのである。なんで社会保障制度が貧困を引き起こしてしまうのか?

 それは社会保険料が「定額」だからなのである。

 社会保障制度は国民に対して社会保険料という形でその経費を負担させることになる。「国民年金」「国民健康保険」「介護保険」とどれも定額の料金を請求し、個々の保険料は少なくても、3つ合わせれば結構な金額になるものなのである。このため貧乏人に限って家計に占める社会保険料の割合が高くなってしまうのである。

 「80対20の法則」を使うと、税金が収入の10%なら理想的で、税金が収入20%までなら国民は耐えることができる。しかし税金が収入の30%を超えると税金の負担に耐えられなくなってしまうのである。所得税に消費税、それに社会保険料を加えれば、貧乏人であっても収入の30%を軽く超えてしまい、このために貧乏人たちの生活は貧乏に固定され、しかもよりその貧乏が悪化していくことになるのだ。

 若者たちの間で国民年金の保険料を支払っていない者たちが大量にいることが社会問題化としているが、若者たちのように収入が少ない人たちならそうやって国民年金の保険料の支払いを拒否するのは当たり前のことなのである。もしも払ってしまえば、生活が成り立たなくなるほど貧しくなってしまうからだ。

 貧乏から伸し上がろうとする時、社会保険料を取られてしまってはなかなか這い上がれないのである。社会保険料は定額のために、所得税のように必要経費を増やして納税金額を少なくさせるという芸当を使うことができないのだ。だから家族資本がなかなか貯まらず、貧困を克服して行くことができないのだ。

●社会保険料に対する対策

 家計の安全を保障するためには税金と社会保険料は別個であるという考え方を捨てることだ。社会保険料は税金なのであって、本来の税金と一緒に計算しないと、家計に対してどれほど負担になっているのか正確なことが解らなくなってしまうのだ。税金を抑える努力が必要なと同時に、社会保険料も抑える努力が必要なのである。

 まず抑えたくても抑えられないのが国民健康保険の保険料だ。国民健康保険の確立に医者たちが加わったために、この保険料を滞納するととんでもない事態に襲われてしまうのだ。国民健康保険の保険料だけはきちんと支払っておいた方がいい。実際に育児をしているなら、どうしても子供に病気が発生するために、国民健康保険に加入しないという選択肢は取れないのだ。

 一方、国民年金の方は制度自体に欠陥が多々あるために、巧く回避することができるのである。特に夫婦が10代や20代で結婚したのなら、国民年金の保険料は治めるべきではないのだ。この時期はどうやったとしても収入が少ない時期なので、生活の充実に重点を置き、家計が安泰になってから国民年金の保険料を納めればいいのだ。

 夫婦にとって最も恐ろしいのが「介護保険料」なのである。というのは介護保険料を支払う時期は、その夫婦の収入が最も増える時期なので、この時期に介護保険料を取られてしまうと、資産形成のスピードが非常に遅れてしまうことになるのだ。下手をすると夫の定年退職の時期までに充分な資産を貯め込むことができないという悲劇に見舞われてしまうのである。

 男性の収入は30代後半から40代前半にかけて急激に上昇していくことになるので、この時期に思いっきりアクセルを踏み込んで資産を増やして行かないと、その後ではどうにもならないのである。若い時にブレーキをかけてしまうのが国民年金だし、収入が増え始めた時にブレーキをかけてしまうのが介護保険なのである。

●社会保障制度の解体こそ国民が求めなければならない

 社会保障の充実を唱える政治家はみんな金持ちばかりなのである。貧乏人から這い上がってきた政治家なら、貧乏の苦しさを知っていると同時に、貧乏の有難味も知っているから、貧困を撲滅しようなどという発想は持たないものなのである。お金持ちとして生まれ育ち、貧乏の苦しみを知らないからこそ、「貧困の撲滅」という禁じ手を行使してきてしまうのである。

 その政治家がお金持ちだからといって、経済のことをきちんと理解している訳ではない。経済は様々な要因が絡み合うものなのであって、お金持ちだからといって経済のことは解らないし、貧乏人だからといって経済のことが解るものではないのだ。我々が知りうることは、自分の貧乏は自助努力で克服するのが最も効果的であるということだけなのである。

 社会保障制度というのは、馬鹿な金持ちたちが唱えて、馬鹿な貧乏人たちが引っ掛かるという類の物なのである。社会保障のために国民から税金を徴収しようが、社会保険料を徴収しようが、その資金は政治家と官僚の汚職に消えて行くものなのである。社会保障制度を運用する政府に資金を食い潰す妖怪たちがいることを綺麗さっぱりに忘れているのだ。

 嘗て社会主義が全盛の頃、企業の国有化を行えば、バラ色の未来が待っていると盛んに宣伝されたものだ。しかし実際に企業を国有化してしまえば、国営企業は余りにも非効率的な経営を行い、商品の品質もサービスの品質も急激に低下していったのである。社会主義の本家であるソ連ですら、企業の国有化は駄目なんだと気付くまで70年以上もの歳月を費やしたのである。

 社会保障制度も社会主義の産物であるということを決して忘れるべきではないのだ。企業の国有化が駄目なように、政府による社会保障の国有化も誰がどうやっても駄目なのである。現に社会保障制度のために国家財政は破綻し、経済だって不況の連続になっているのである。それなのに政治家たちは社会保障制度を更に続行させようとし、消費税の税率を上げてまで社会保障制度を守り続けようとしているのである。

 国民を貧乏から救い出したいのなら、社会保障制度の解体こそ求めなければならないのだ。わざわざ政府が保険事業に手を出さなくても、政府がやっている保険事業を民営化してしまい、民間企業という形でやらせればいいのである。そうすれば非効率的な経営をやめて、生産性の高い経営を遣り始め、国民の資金がきちんと使われるようになるのだ。

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復活! 超マイナー流行語大賞!!

●あの伝説の企画が帰って来た!

 遂に、遂に、あの伝説の企画が帰って来た~!

 「超マイナー流行語大賞」!

 全国では全く流行していないのだが、我が家だけに流行した言葉を表彰するとんでもない企画なのだ。結構、我が家では新しい言葉が生産され、その度に笑いを取っているのだ。但し、その超マイナーを知ると世間から顰蹙を買うのは必至なのだ。マスコミでは報道規制やら人権やらなんやかんやでブレーキを利かしているのだが、我が家ではそういうのが全くないからね。

 例えば「アラフォー」なる流行語がその年の流行語大賞を取った時、我が家で超マイナー流行語大賞を取ったのは「あらそこ~」だもんね。多分、女性ならメイクラブをした時に言う言葉なんだけど、なぜだか世間的には伏せられる言葉だもんね。「人権!」「人権!」と騒いでいると、何も見えなくなっちゃうもんだよ。

 今年は東日本大震災が起こり、我が家も被災してしまったために、これに関連する流行語が大量に入賞してしまった。我が家にとってこの大震災は貴重な思い出になったし、様々な教訓を生んだからね。まあ、そういうことを踏まえた上で、超マイナー流行語大賞を見て欲しい。

 それではスタート!

●超マイナー流行語大賞ベスト10!

第10位

 「シコシコJAPAN」

 今年の流行語大賞では「なでしこジャパン」なのだが、超マイナー流行語大賞で第10位に入ったのは「シコシコJAPAN」! なんじゃこれは? とは思わないように。この名前は俺が日本の男子サッカーチームの監督になった時に使う名称なのだ。女子のサッカーチームが世界一になったのに、男子のサッカーチームが世界一になるどころか、ヘボサッカーをしているのにはどうも我慢がならない。

 そこで俺が監督になってワールドカップで優勝させてやる!

 「シコ」というのは古語で「強い」という意味。それを2つ繋げると「強い強い」という言葉になり、それでチーム名は「強い強い日本」という意味になるのだ。今年、長谷部誠の本『心を整える。』っていう本を読んだんだけど、丁寧に書いていい本だと思うのだけれど、「時には飲酒をすること」が書かれていてビックリしてしまった。サッカーは2時間近く走りまくるので、アルコールは禁物なのだ。お酒は肝臓に負担を強いてしまうために、サッカー選手なら絶対に飲むべき物ではないのだ。

 なんで長谷部誠ほどの優れたサッカー選手が時には飲酒してしまうのかというと、それは矢張り結婚していないから。結婚して自分の奥さんから食事など管理をして貰わない限り、日本の男子サッカーチームは世界一になれないって! 「シコシコJAPAN」ではレギュラーメンバーになりたいのなら、結婚は義務。子供もじゃんじゃん作らなければならない。そうやって私生活でもタフな奴がサッカー選手としても強いと看做し、そのメンバーたちでワールドカップに臨んで行くのである。

第9位

 「自宅難民」

 東日本大震災では「帰宅難民」が東京に溢れたのだが、うちの家族では全員が無事に帰宅できた。しかしガスが使えなくなったので、その日はガスなしの生活をする羽目に。ガスがないだけで本当に不便したよ。だが翌日、母親が温かい物を食べたいと言い出し、仕方なくセブンイレブンで生まれて初めて「おでん」を買った。

 それなのに店員が「こんな時に朝からおでんですか?」だって。あのだな~、うちにだって複雑な事情があるんだよ。そこでおでんを買う訳を話すと、店員が「ガスはリセットボタンを押すと再開しますよ」って教えてくたんだ。自宅に大急ぎで帰ると、ガスのリセットボタンを押し、ガスの供給が再開! 滅茶苦茶大喜びですよ。

 あのセブンイレブンの店員には感謝感謝です!

 うちの地区の周囲ではガスだけでなく、電気も水道も止まった地区が大量に発生して、これに遭遇した人たちに言わせると、「水道も電気もガスもないと、家はたんなる箱だよ」とのこと。震災時に帰宅できても、「自宅難民」になる恐れがあるという訳だ。水の備蓄とか、ガスコンロの常備とか、そういうことを普段からやっておいた方がいいね。

第8位

 「疑惑の赤十字」

 今回の東日本大震災で、最も悪しき行為をやったのが、日本赤十字社である。数千億円の義援金を集めたのに、その分配が滞っているのだ。俺は常々この日本赤十字社が非常に疑惑の多い組織であると発言して来た。あれだけ大きな組織になって、汚職が出ない訳がないのだ。組織がきちんとなっていないために、汚職があってもそれを摘発できないのだ。

 だから今回の大震災でも国民から集めた義援金をまともに配分できなかったのだ。一体、あの巨額の義援金はどうなったんだろう? 国民の善意を踏み躙らないで欲しいよ。俺はこの疑惑の赤十字を見て、つくづくきちんと全国規模で慈善活動ができる財団法人を設立しなければならないと思ったね。

第7位

 「原発爆破」

 原発っていうのは大震災に見舞われても爆発はしない。今回は大震災の後に大津波が襲ったからこそ、現地ではテンヤワンヤの大騒ぎになってしまったのだ。しかも原発の現地では大混乱になっているのに、なぜだか菅直人首相がヘリコプターで訪れ、それが原発の水素爆発に繋がったのである。

 後から計算してみると、菅直人首相が原発に来なければ、水素爆発を起こらなかったという検証結果が出ているのだ。原発事故で放射性物質が大量に撒き散らされたからこそ、今回の大震災は日本史上最大の損害を出してしまったのである。大震災や大津波は自然相手だから、そんなに恐ろしいものではないのだ。そこに原発爆破という人災が加わると、どう仕様もなくなってしまうのである。

第6位

 「会議津波」

 東日本大震災では岩手県や宮城県や福島県、青森県、茨城県、千葉県に大津波が押し寄せ、大損害を出してしまったのだが、大津波が来なかった首相官邸には襲いかかってきたのが、「会議津波」なのである。震災後、菅直人首相はなんと20もの新しい会議を設立し、会議のために時間を浪費し、復旧復興作業を大いに遅らせたのだ。

 ところが恐ろしいのがテレビ朝日や朝日新聞はこの会議津波を支持。このため菅直人首相の辞職が大いに遅れたのだ。平時でも20以上の会議をこなせないって。こういう場合、国防会議に全権を集中させ、そこで震災復旧や震災復興を処理すべきなのである。菅直人は市民運動家として行政を批判することはできても、いざ自分が政治家として行政をする側に回った時、なんの知識も技術も経験値もなかったということなのである。

 ほんとにね、「大震災の被害は会議の中で起こっているんじゃないんだ! 現場で起こってんだ!」と言ってやりたかったですよ。

第5位

 「バカ遍路」

 菅直人首相のために東日本大震災で被害を受けた人々は大迷惑を被ったというのに、この菅直人は首相を辞任した後、なんとお遍路さんに出かけたのである。バカも休み休み言え! こう言う時は被災者たちの所を回って、何かしらの慈善活動でもすべきであろう。お遍路に行ったって意味がないって!

 こういうお遍路さんを「バカ遍路」という。真言宗もバカ遍路をする人を拒否するような断固たる態度を取るべきだよ。自分の悪政によって被災者たちが損害を受け続けたのに、それに対してなんの罪の意識もなく、いけしゃあしゃあとお遍路に行けるその精神が解らないよ。1人が個人的に悪事を働いてもそんなに害はないのだ。しかし首相が悪事を働けば国民全員が被害を被ってしまうのだ。

第4位

 「警察官は非常時には役立たず、消防隊員は非常時には勇敢になる」

 「警察官の犯罪作り」

 第4位は警察関連の流行語でダブル受賞。原発事故でつくづく思ったのは、警察官は非常時には役に立たないけれど、消防隊員は非常時には勇敢になるということ! 消防隊員が注水作業に成功したことで、今回の原発事故を終息させる突破口を開いたからね。それに対して警察官は現地に行きながら結局撤退だもん。これじゃ話にならないよ。

 しかも千葉県警では大震災後に一体何をやっていたのかいうと、「ネズミ捕り」だよ。町の中を走っている自動車やら自転車やらをとっ捕まえて、犯罪者作りに精を出していたんだ。大震災で千葉県でも被害が出たというのに、そういうことをやっている場合ではないだろうが! 俺自身もこのネズミ捕りに捕まってしまい、非常に激怒してしまった。警察官の人員が多過ぎるから、冤罪をを作り出すことを平気でやってしまうんだ。、千葉県警にリストラを実施して、警察官の人員を大いに削減すべきだよ。

●トップ3に行く前に三賞発表!

技能賞

 「キクタクブリザード」

 今年はNHKの大河ドラマが面白くなかったので、大河ドラマを見なかった。それで民放のドラマを見るようになったのだが、その中でもTBSの『南極大陸』は珠玉ですよ。大量の資金を投入し、脚本をしっかりと作ってあるし、キャストも一流の人材が投入されているので、見応えがあったね。

 しかし吹いて来ました。キムタクブリザードが!

 木村拓哉が主演するドラマって、最初は視聴率が高いのに、徐々に視聴率が低下していくパターンが非常に多い。この現象を我が家では「キムタクブリザード」と読んでいる。今回、『南極大陸』を見て、その理由が解ったね。木村拓哉は役作りをしないので、木村拓哉のドラマに出て来るヒロインの出来不出来こそが、視聴率を左右するのだと。

 そう考えると綾瀬はるかの演技力はイマイチだから、どうしてもドラマの面白みが欠けてしまい、このドラマを見るのをやめて行く人たちが続出したのだと思う。綾瀬はるか本人はシリアスな役を得意とするんだけど、彼女はズッコケの役の方がいいんじゃないかな? 美人なんだけど、とぼけた所があって、それで笑いを取る。そういう役に当たれば大ヒットすると思うね。

敢闘賞

 「愛菜ちゃんブーム到来!」

 今年の大河ドラマは俺が見ないだけでなく、「テレビの番犬」と化しているうちの母親まで見なくなってしまった。大河ドラマは相当詰まらなかったんじゃないかな? それで母親のドラマ需要を満たすものがなくなってしまい、それを埋めてくれたのが『マルモの掟』! 俺は真剣に見なかったけど、芦田愛菜ちゃんの演技が光っていたので、これはヒットするんじゃないかなと思っていたら、案の定、ヒットしてくれました。

 その後、我が家では愛菜ちゃんブームが到来。芦田愛菜ちゃんが出る番組は全て見るという状態になってしまったのだ。顔はそんなに可愛くないんだけど、声が物凄くいいし、リアクションが面白いので、結構笑えるのだ。考えてみれば、あそこまでサービス精神が旺盛な子役って、今までいなかったんじゃないかな?

殊勲賞

 「妊婦アンジェラ」

 年を取って「嫌だな~」と思うことは「共感できる歌がなくなってしまった」ということだ。ヒット曲で共感できる歌が全くなくなってしまった。曲そのものに違和感があるし、歌詞の内容も「そうじゃねぇだろ~」と突っ込んでしまったりするのだ。その中でアンジェラ・アキだけは別格で、俺が共感できる歌を作ってくれているのだ。

 そのアンジェラ・アキが今年妊娠! 結婚したのなら早目に妊娠してしまった方がいいからね。しかし妊娠しながらプロモーション活動をするってのは如何なものか? しかも妊婦なのに紅白歌合戦に出場するので、胎児は生まれる前から紅白歌合戦に出場するということになる。凄いんだか、迷惑なんだか。まあ、安産で産んでほしいね。

●いよいよトップ3の発表です!

第3位

 「マルモりダンスバトル」

 『マルモの掟』のエンディングで「マルモリ」の歌が流れ、芦田愛菜ちゃんがダンスを披露するのだけど、俺が母親に「このダンスできる?」と言ったら、母親がこのダンスをし始め、「アンタもできるの?」と言われたので、俺もやる羽目に。これを切っ掛けに我が家ではマルモリダンスバトルが勃発!

 一体、夜中に何をやってんだか・・・。

 このマルモリダンスをやってつくづく思うのは、このダンスは結構しんどいってこと。それにこのダンスは芦田愛菜ちゃんのように6歳の女の子がやるからこそ可愛いのであって、大人がやっても可愛くないってこと。マルモリダンスが終わった後に息切れしている姿はなんとも情けない。

第2位

 「打撲労働」

 今年大震災の被害を受けた1ヵ月後に転倒事故を起こしてしまい、思いっきり打撲してしまった。こけた時は顎を強打し、顎の骨が折れたのではないかと思ったぐらいなのだが、その後、顎は擦り傷程度ということが解った。しかし右手が打撲してしまい、激痛がなんと1ヵ月に亘って起こり続けたのだ。

 この打撲状態でも仕事をしなければならず、「打撲労働」という流行語が生まれたのだ。打撲していても、見た目は健康だし、包帯も巻いていないので、周囲の人たちは誰も同情してくれないのだ。そのため仕事で右手に激痛が走った時は、「痛い!」って叫ぶようにした。そうすると周囲の人たちも同情してくれるようになり、俺の仕事を手伝ってくれたりするようになった。病人らしくない負傷者ってのは、意外と損をするものだということが解ったね。

第1位

 「グロッキーはぐまろ」

 今年は天中殺ではないかと思うほど不幸が続いたのだが、冷静に考えてみると、新年早々、はぐまろさんから滅茶苦茶グロッキーなコメントが来たのが不幸を呼び寄せたんじゃないかな? あのだな、幾ら不妊症とはいえ、新年ぐらい明るく行こうよ。そんなネガティブな心じゃ、赤ちゃんは来ないって!

 そんで俺がはぐまろさんに名付けたのが「グロッキーはぐまろ」。非常に出来のいい名前だと思うね。この名前なら女子プロレスラーになっても通用するね。下手に明るくしようと思わず、自分の性格の腹黒さを認識して生きていた方が、まともな生き方ができると思うよ。ただ、それを他人にぶつけるなって。特に俺にぶつけるな。

 今年は「グロッキーはぐまろ」さんの厄払いを散々したので、来年には赤ちゃんを産んでほしいね。赤ちゃんを産んだ暁には八丁味噌を1トンほど俺にプレゼントしてほしいよ。何も失わず妊娠しようとするからこそ妊娠できないのであって、「グロッキーはぐまろ」さんの厄払いをした俺に何かしらの献上品を贈るべきだね。

 八丁味噌が1トンもあれば、味噌汁は飲み放題だし、味噌煮込みうどんも食べ放題だもんね。

 ジュルル!

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自己決定権のパラドックス 投資編

●投資のプロが教えない「見守り」の大切さ

 「自己決定権のパラドックス」の凄さは投資の謎を解明してくれることだ。投資の仕方を勉強する場合、どうしてもテクニック重視になってしまう。ではそのテクニックを駆使して投資に成功するのかといえば決してそうではない。テクニックがある余りに投資の禁じ手を平気で犯してしまうのだ。その点、「自己決定権のパラドックス」は投資の禁じ手が一体なんなのかを教えてくれるのだ。

 まず投資に成功した投資家たちは必ず「見切り千両」という言葉を使って来るものだ。投資では損切りをしない限り絶対に成功しないのだ。しかし「見切り千両」以上の重要なのは、実は「見守り千両」という言葉であろう。投資に成功した投資家たちは見守ったからこそ成功して行ったといえるのだ。

 株価が乱高下する、地価が乱高下する、債権の金利が変動する、そういった状況を見守り、株券も不動産も債権も売らなかったからこそ、大金持ちへと伸し上がって行ったのである。市場に敏感に反応して儲けることができるかもしれないが、そうやって市場の変化に反応するのは逆に危険でもあるのだ。それよりも資産を保有して動かさない方が莫大な利益を得てしまうものなのである。

 ねんでこんなことが起こるのか?

 「自己決定権のパラドックス」の第一法則から言うと動かない方が選択肢をより多く持てるからだ。資産を売るのもいいし、売らないということもできる。それに下手に決断しないで市場の変化を見ている方が市場の変化を充分に把握することができ、その後に動いた方が圧倒的有利な状態で物事が推移して行くことになるのだ。

 大体、幾ら現在に変動が起こっても、重要な株券や、重要な不動産や、重要な債権はその価値が増えるけど、下がるということは余りないものなのだ。例えばエネルギー関連の株券なら、エネルギーは常に消費されるので、必ず高額の配当があるものなのである。不動産なら東京の銀座近辺のように昔から重要な土地は昔も今も地価が高いし、今後も地価が上がって行くものなのである。債権にしても国債のような物に投資しておけば、国家が財政破綻でもしない限り、きちんと利子を得られるものなのである。

●重要な投資先はごく僅か

 投資は全ての投資先が重要なのではない。「自己決定権のパラドックス」の第二法則から言うと重要な投資先はごく僅かなのである。重要な投資先に対してきちんとした決定を下しておけば、全体として必ず利益が上がるようになるのだ。全ての投資先を重要だと思ってしまうからこそ、一生懸命やっているのに損害が発生して来るのである。

 「見切り千両」も「自己決定権のパラドックス」の第二法則を理解していれば、一体どこなのか的確に見つけ出すことができる。見切るのは全部ではないのだ。投資先のごく僅かなのであって、損害が余りにも激しい投資先はそこを見切ってしまい、投資を引き揚げた方が、その投資に関しては損害が出ても、全体としては利益になるものなのである。

 見切り千両は非常に難しい決定だからこそ、投資に成功した投資家たちはこの難局を乗り切った話をするのである。それを真に受けて、常に見切り千両を行うべきではないのだ。投資家の人生の中でも見切り千両を決定するのはごく限られた回数しかない筈なのである。その時に絶対に間違った決断を下してはならないのである。

 ではどうやって重要な投資先を見つけ出したり、不要な投資先を切り捨てる決定を下していくのかというと、それは「直感」で決めるのである。「理屈」ではないのだ。自分の直感が正しい決定を見つけ出し、理屈はそれを後付けすればいいのだ。しかし理屈で本当に正しい決定を導き出すことはできないのである。

 投資に関して投資の勉強をすることは確かに大事なことだ。知っていれば勝率が上がるからだ。しかし勉強だけしていればいいのではない。直感を磨くということもそれ以上に大事なのである。直感を磨いていると、或る日突然に閃いて、「これは大儲けできるぞ!」と瞬時に解るようになるものなのである。

●予期せざることが起こるからこそチャンスが生まれる

 投資をしていれば幾らでも自分の予期せざることが起こって来る。例えば「政府の悪政」「外国の内政干渉」「国家同士の戦争」「天変地異」など、自分の想定外の現象が起こり、それによって自分の投資も大打撃を受けてしまったりする。しかしそれ自体が不幸なのではなく、それをどうやって処理するかで自分の幸不幸は決まるのである。

 例えば今回の東日本大震災でも震災直後は首都でもパニック状態に陥ったが、それでも「今は大震災と大津波で悲惨な状態だが、必ず震災特需が出て来るので、建設関連の会社に投資しよう!」と巧く切り替えができた者はその後に大儲けすることができたのである。震災特需は震災直後から起こるのではなく、徐々に起こり始め、震災から2年後にはどの建設会社もウハウハの状態になるものなのである。

 原発事故が起こり、大量の放射性物質が吹き飛び、原発の周辺を汚染してしまったのだが、そこの住民は自分の土地に拘るのではなく、その土地を捨てて引っ越してしまうというのも素晴らしい決断なのである。特に若い夫婦では子供がいるので、子供を病気にさせないためにも、土地を捨てるという決断をした方がいいのである。

 その一方で原発事故のために暴落した土地を買い取るという非常にあこぎな遣り方も、それはそれで素晴らしいのだ。幾ら除染作業をした所で居住することはできないので、そこを廃棄物処理場にしてしまうとか、幾らでも汚染された土地の使い方があるものなのである。こういう行動を取れば世間から非難されるだろうが、こういう遣り方をするからこそ、土地を売却する者もそれを買った者も双方が利益を手にすることができるのである。

 不測の事態が起こった時に一番危険な遣り方は政府に頼ろうとすることなのである。政府に頼っても問題は解決されないのだ。それどころか政府という非常に遅い決断をしてくる組織に頼ると、状況が余計に悪化していき、益々損害が激しくなってくるのだ。政府になど期待せず、自分の責任で動いてしまった方がいいのである。

●断食と早起き、それに黙想

 投資をする際、動かぬ時に動かず、動く時は直感を使って動き、不測の事態が起こった時に最善の決定を下すためには、そのままでは駄目なのである。ありきたりの生活を送っていれば、動かなくていい時に動いてしまい、動く時に理屈を捏ねてしまい、不測の事態が起こった時に最悪の決定を下してしまうものなのである。

①断食

 まずお勧めするのは「断食」をすることだ。断食をすると内臓を休ませることができるので疲労が除去され、内臓を使わないために脳にエネルギーが行き、非常に頭の回転が良くなるのだ。成功している投資家の多くが断食を経験しているので、投資で成功したいのなら断食をした方がいいのである。

②早起き

 もう1つは「早起き」することだ。大体、投資家で朝寝坊という者はいないものだ。朝は集中力が高い時間帯なので、どの投資家も早起きして、投資に関する情報を収集して、最善の決断を下して来るのである。朝寝坊している者は集中力の高い時間帯を逃しているので、どうしてもやってはならない決断を下してしまうことになるのだ。

③瞑想

 トドメが「瞑想」である。1日数分でいいから瞑想して自分の心を落ちつけるべきなのである。成功している投資家たちの多くは禅寺で座禅を体験しているのである。投資で成功したいのなら、一度でもいいから禅寺で座禅を体験した方がいい。座禅の遣り方をマスターしてしまえば、自宅でも本格的な座禅ができるものなのである。

 投資で成功する場合、普通の人たちではできないことをやって成功してくるのではないのだ。普通の人たちでもできることを普通にやったからこそ成功したのである。断食にしても、早起きにしても、瞑想にしても、普通の人たちでもできる筈だ。普通だからこそ多くの人たちはその普通のことの大切さが解らないのである。だからそれを解った者が成功していくことができるのである。

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自己決定権のパラドックス ビジネス編

●膠着状態では先に動いたら負け

 「自己決定権のパラドックス」が解っていると、最近の女性たちがやっている生き方は、実は人生で大損しているということが解って来るのだ。特に「強い女」を演じるような生き方は「自己決定権のパラドックス」から言うと、強い女を演じたために、それに拘束されてしまい、無数の選択肢をなくしてしまうことになってしまうのだ。

 自分から先に動かない。

 膠着状態では先に動いたら負けなのである。自分がどのような生き方をするのかというのは、自分が仕事をしながら自然に出来上がって来るのであって、それを自分が意図的に決めていいのではないのだ。大事なことは安易に決断してしまうのではなく、選択肢を多く持てる優位な立場に立つことなのである。

①結婚退職はすべきではない

 女性たちが多くやってしまう失敗が「結婚退職」である。結婚すればゴールだと思っているので、結婚が決まれば退職してしまうのだ。これは「自己決定権のパラドックス」の第一法則に反してしまうのだ。結婚したのなら結婚しても退職せず、少なくとも出産してから退職するようにすることだ。少なくとも会社が自分の退職を勧告して来ない限り動くべきではないのだ。

②出産退職を幸運に変えろ

 もしも会社から勧告を受けて出産退職をしたのなら、そこで下手に会社の決定に文句を言うべきではないのだ。優秀な社員だったら既婚女性が出産しても退職させる訳がないのだ。社員として生き残るためには能力が大いに不足していたのであって、だからこそ退職させるようになってしまったのだ。、だからそこで騒ぎ出してり、恨みを抱いても意味がないのだ。

③育児失業中のキャリアップ

 育児失業中は育児だけをしているのではなく、勉強をすることだ。1日30分でもいいから勉強し続けておけば、1年経てば相当な実力をつけることが可能になるのだ。育児中に何かしらの国家資格を取るというのもいい。そうやって育児失業中にキャリアアップしておくと、育児終了後の再就職が非常に有利になるのである。

●自分が決断すべきことは非常に少ない

 実を言うと、職場では自分が決定すべきことは少ないのだ。自分があれもこれもやっていたら、いい仕事ができる訳がないのだ。いい仕事をするために集中することが大事なのであって、不要な仕事は切り捨てていくべきなのである。「集中力」こそ仕事の要なのである。これが解れば確実に出来のいい仕事ができるようになるのだ。

①何事も上司の許可を取る

 自分の仕事に集中するためには、何事も上司の許可を取ることだ。これをやらない女性社員たちが非常に多いのだ。だから出世させてくれないし、退職させられてしまうのである。仕事の基本は「報告」「連絡」「相談」なのであって、これが出来ない限りまともな評価を下せないのだ。

②上司から委任されたこと自由にやらせて頂く

 何事も上司に報告すると、上司から委任されるものが出て来る。その仕事に関しては自由にやってしまい、そこで手柄を建てるようにすることだ。集中力はここでこそ発揮すべきであって、自分の仕事に特化しているのに、他の仕事にあっちゃこっちゃ手を出さないことだ。

③ビジネスでは女の直感を大事にする

 ビジネスでは理性的に動くのは当たり前だが、理性的に動くのは男性たちが既に遣っているのだ。ビジネスでは理性以上に女の直感が大事なのである。女の直感こそがビジネスチャンスを切り開くことになるのだ。仕事をやっていて「ピン!」と来たものはそれをすぐさま仕事で試してみることだ。

 付け加えておくと、仕事で常に集中する必要性はない。1日の内、創造性のある仕事ができるのは最大で3時間程度なのである。だからその3時間を大切にし、その間は徹底的に集中して行くべきなのである。集中力の高い時間帯は午前中なのであって、この午前中に重要な仕事を全てしまい、昼食の時間になるまで全てやり終えてしまうことだ。

●不測の事態を幸運に変える

 仕事では不測の事態が起こるものだ。不測の事態が起こった時、それに怒りをぶつけるのではなく、その不測の事態を巧く利用して、いい結果になるように仕向ければいいのだ。自分が全てを決めれば良いのだと思い込んでいると、不測の事態が起こった時に非常に硬直化してしまい、呆気なく自分のビジネスが崩壊して行くことになるのだ。

①相性の悪い上司こそ教えられることが多い

 女性社員たちの多くが問題にしてくるのは、自分と相性の悪い上司に対する苦情だ。しかしこういう苦情は自分の出世を止めてしまう非常に危険な行為なのだ。相性の悪い上司では確かにいい仕事ができないが、この上司にいい意味でも悪い意味でも鍛えられるというのもまた事実なのだ。次の人事異動が起こればその上司とは別れることができるので、その間まで我慢すべきなのである。

②お客様のクレームは大歓迎

 仕事をしていればお客様からクレームが寄せられることがある。このクレームを拒絶してはならないのだ。お客様のクレームがあるからこそ、今の仕事に改善を施すことができ、商品やサービスを向上させて行くことができるのである。お客様のクレームを大歓迎し、お客様の所に飛んで行くぐらいのことをした方がいいのだ。

③政府とのトラブルは会社を鍛える

 会社にとって政府とのトラブルは非常に危険なのである。マスコミで騒がれると会社が倒産してしまう確率が高いのである。政府とトラブルを抱えたのなら、先手先手でトラブルを解消して行くべきなのである。政府とのトラブルを解消させてしまえば、会社の実力が上がって行くことになるのだ。

 会社に不測の事態が起こった時、社内の意見がナガティブに走る時があり、そこで自分がポジティブな意見を言うことには勇気がいる。しかし不測の事態をどんなに嘆いても会社は窮地に陥って行くだけなので、ここで自分が踏んばり、発言すべき時に発言しておけば、不測の事態を解消させた時、自分の手柄になってしまうものなのである。

●自分のための五ヵ年計画

 ビジネスの現場では自分が決定できることは非常に少ない。社内での様々な因縁が絡み合い、それにお客様たちとの因縁が絡み合うことになるのだ。このため自分が一体どういう目標に向かって進んでいるか解らないと、時間はアッという間に過ぎ去ってしまい、結局、会社から使い捨ての運命にあってしまうのだ。

 そこで自分のために「五ヵ年計画」を立て、その五ヵ年計画に従って仕事を進めて行くようにすることだ。なぜ五年かというと、人間の集中力は5年が限界なのであって、五年という期間が非常にいい期間なのである。1年や2年では短すぎるし、10年では長すぎるのである。

 会社では就職してから10年以内に仕事の基本を身につけなければならない。できることなら就職してから5年以内に仕事の基本を学んでしまい、次の5年ではその仕事の基本を活かして、ベレルの高い仕事をするようにすることだ。こうすると就職後10年を過ぎると役つきになるので、そこから一気に飛躍して行くことができるのである。

 女性は結婚で仕事が変わることの方が多いものだ。そのため結婚したのなら、とにかく生き方を変え、自分の結婚を守りながら仕事をするようにすることだ。この変化をきちんとつけていないと、仕事のために結婚生活が破壊されてしまうことになるのだ。独身時代にやっていた生き方を結婚後でも取ることはできないのだ。

 女性として幸せな人生を送りたいのなら、一部の女性たちが唱える過激な意見を採用しないことだ。仕事でも成功し、結婚でも成功している既婚女性たちは騒がしくないのだ。静かなる女性たちであるのだ。だからそういう正しい生き方ほどテレビにも雑誌にも取り上げられることはないのだ。それゆえ自分が正しい生き方を取らない限り、自分が一生懸命やっている筈なのに、自分の仕事も結婚も破綻させてしまうことになるのだ。

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