おまけ 『魔女の宅急便』を他の作品と比較してみた
●『赤毛のアン』との比較
文学好きの人なら『魔女の宅急便』を読めば、「『赤毛のアン』と似ているな」と思うことだろう。それもその筈、両者は内容が違えども、第一巻で完結しているのは双方一緒なのである。第一巻で完結しているのに、その第一巻で人気が爆発してしまい、その後、続編を書き、シリーズ化されたのである。
第一巻の内容を比べてみると、『赤毛のアン』の方に軍配が上がる。孤児上がりのアンが養父母に引き取られ、最初はお喋りで自分を誤魔化すことしかしていないアンが養父母や友人たちとの人間関係の中で成長して行くからだ。特にアンはちゃんと親友を作っているのであり、その親友との友情がきちんと構築された上で初恋をするようになるからだ。
一方、『魔女の宅急便』は主人公のキキが魔女の血を引くとはいえ、両親にも、郷土の人々にも愛され、更には修行先の町でも人々から愛されるという非常に恵まれた環境に居るのだ。キキは第一巻では親友を作らず、初恋もしていない。飽くまでも魔女として自立しなければならないから、魔女の宅急便事業の方がメインになっているのだ。
しかしその後の両者の命運は全く分かれる。
『赤毛のアン』の第二巻以降は全て駄作なのである。第一巻で現れたアンの良さが全て消えてしまっているのである。なぜこんなことになってしまったのかというと、作者のルーシー・モントゴメリは書き方を変えたのである。第一巻は新聞記者として仕事をしながら夜に書いていたのだが、第二巻以降は結婚して牧師の妻となり、家族が起きて来る前の早朝に書くようになったからだ。小説は早朝に書いてはならないものなのである。
しかもモンゴメリの結婚生活は不幸で、牧師の夫が鬱病を発症し、終生その鬱病が治らなかったのだ。更にはモンゴメリ自身が牧師の妻なのに無神論者になっていき、牧師の妻として教会活動に従事しているのに、その裏ではキリスト教を捨てていたのである。こういう状況下では出来のいい小説など書ける訳がないのだ。
『魔女の宅急便』は第二巻以降、キキ自身が徐々に魔女として成長して行き、その成長過程が物凄く巧く書かれているのだ。これは作者の角野栄子が童話作家として充分なキャリアを積み、脂の乗り切った状態で少女文学を書くようになったからなのである。これが一発屋のモンゴメリと、キャリアを積んだ角野栄子の決定的な違いなのである。
●『ハリー・ポッター』との比較
魔法が出て来るというのでは『ハリー・ポッター』と同じである。但し『ハリー・ポッター』は主人公が男の子であるので、「男の子は魔法を使ってはならないだろう」とつい突っ込みを入れたくなってしまう。魔法は女の子だからこそ使えるべき物で、男の子なら実力で勝負して行くいかないのである。
しかし実際にドルイド教が存在したイギリスでは今でも魔女たちが活動していて、魔法使いというのは必ずしも魔女たちだけではないというのが一般的な認識なのである。魔法使いの男性版でである「魔男」というものもきちんと存在しているのである。この歴史的背景の違いが魔男を主人公にした少年文学を作っても大ヒットしてしまった理由であろう。
『ハリー・ポッター』は主人公の少年が自分の両親を殺害した魔男に復讐を働くというとんでもない物語なのである。これは男の子なら誰でも経験する冒険旅行が入っているからこそ、子供達が熱狂したのである。しかしハリー・ポッターは魔男なのに自然崇拝がまるでないのである。これでは魔男として失格なのである。キキは魔女だからこそ、必ず自然崇拝をやっているし、しかも巻ごとに春夏秋冬がきちんと綴られているのである。、
両者とも映画化されたことでは一緒なのだが、『ハリー・ポッター』の方が世界的大ヒットになってしまった。その最大の理由は作者のJ・K・ローリングが離婚によって切羽詰まった状況で書いた本だからなのである。子育てをしながら、昼は仕事をし、夜はファミレスで小説を書いたからこそ、出来のいい作品が出来上がったのである。
離婚というのは人生の転換期なのである。そこで普通の人たちは自分の人生を転換せず、離婚して清々したと思うからこそ、人生のドツボに嵌って行くのである。そうではなく、離婚を機に、小説家へと一気にシフトを切れば、大成功を収めることも有り得るのである。或る意味、『ハリー・ポッター』は特殊な作品であり、作者の離婚を考慮しないと、「なんであんな本が売れるんだ?」と間違った疑問を抱いてしまうことになるのだ。
●作者の角野栄子は非常に丁寧に書いている
俺自身が、『魔女の宅急便』を読んで思ったのは、「文章が非常に巧い」ということなのである。無駄な言葉や文章がないし、論旨が明解になっているのだ。文章が踊っているためにまるでキキや他の登場人物たちが実際に生きているかのような錯覚を受けてしまうのである。
普通、女性の小説家が小説を書いた場合、女性であるがゆえに無駄な言葉や文章をふんだんに入れて来るものなのである。このため頁数は多くても、内容は非常に薄いということになってしまうのである。なんで角野栄子だけ他の女性作家たちと違うのかといえば、彼女が童話作家上がりだからなのである。童話は言葉数が少ないために、言葉を慎重に選んで書かなければならない。この経験が少女文学を書いた時に思う存分活かされたのである。
『魔女の宅急便』シリーズはその発行した年を調べて行くと、その出来の良さの理由が解って来る。
第一巻 1985年
第二巻 1993年
第三巻 2000年
第四巻 2004年
第五巻 2007年
第六巻 2009年
角野栄子はしっかり間隔を空けて作品を書いたということなのである。普通、『魔女の宅急便』レベルの小説を書くなら、1日で四百字詰め原稿用紙10枚書けるから、大体30日で書き上げてしまうものなのである。それに推敲を加えても、2ヵ月で出来上がるものなのである。それなのにシリーズが完結するまでに24年の歳月を費やしているのだから、作品を1つ1つ丁寧に書いて行ったし、推敲にも充分な時間をかけたのであろう。
遅筆では駄作しか書けないものだし、推敲のし過ぎは作品を駄目にしてしまうものなのである。
角野栄子自身、遅筆ではないであろう。彼女自身、大量の作品を作り上げているからだ。要は自分の頭の中で物語が巧く発酵するまで充分に時間を取り、その後、物語が出来次第、一気に書き上げて行くべきなのである。そして書き上げた作品に対して推敲をする時間を充分に取っていないと、自分が満足行く作品にはならないのである。
イギリスやアメリカでは小説家たちが頭の中で物語を発酵させずに書く傾向があり、しかも推敲は10回以上するのが当たり前で、中には20回以上推敲する者もいるのだ。こうなると、最初書いた物の出来が悪い物だし、推敲のし過ぎで後から余りにも多くの文章を付け加えてしまうのである。イギリスやアメリカの小説を読むと「間延びしているな」と感想を持ってしまうのだが、これは書き方に致命的な問題があるからなのである。
後、もう1つ上げるべきことは「挿絵の良さ」なのである。挿絵を見ているだけでキキの成長が良く解るようになっているのだ。挿絵の出来不出来で少女文学の評価も違ってくるので、挿絵を書く作家の実力とか相性とかも大事なことになってくるのである。挿絵を書いた作家は3人居るので、それぞれ画風が違うので、それを見比べてみるのも面白いかもしれない。
●福音館書店という落とし穴
『魔女の宅急便』の最大のミスが「ケケに対する設定ミス」であろう。ケケを同い年の魔女としなかったために、キキが親友を作ることができず、その後のキキの恋もまともな恋愛にならなくなってしまったのである。なぜこんなことが起こったのかというと、『魔女の宅急便』は福音館書店で出版されてしまったからであろう。
福音館書店では奥書に編集者の名前を出していないのだ。
ということは、福音館書店は編集者の価値を全く評価していないということなのだ。
これでは編集者が作品を編集できても、物語設定の問題点を指摘することができなくなってしまうのである。『魔女の宅急便』を読んでおかしいと思うのは、第一巻と第二巻が同じトーンで書かれているのに、第三巻以降トーンが違っているのである。内部事情は良く解らないが、編集者が代わったか、編集者が病気になったかしたのであろう。
第三巻の構想の段階で角野栄子が「ケケというもう1人の魔女を出そうと思うの」と言って来たのなら、「じゃ、年下の魔女ではおかしいんじゃないの?」と反論できる編集者が居たのなら、あのような設定ミスはしなかったのである。明らかにケケのキャラはおかしいのである。
もしもケケがお同い年の魔女で、キキとケケが親友になれたのなら、その後、「とんぼ」以外の男性が出現して来て、キキは恋愛をすることができたのである。となれば第四巻で「キキの恋」と銘打っていながら、「キキ」と「とんぼ」の関係が盛り上がって行かないということは免れたのである。
キキがきちんと恋愛をしたのなら、第五巻と第六巻の間が飛んでしまうようなことがなくなり、「キキが結婚するまで」「結婚から出産まで」「キキの育児」「保育園」「幼稚園」「小学校」と、少なくとも後6冊は作れたのである。それに「ケケ別伝」を作ってしまえば、合計13巻ものシリーズを作れた筈なのである。
角野栄子の才能を高く評価していたのは、f福音館書店ではなく、実は講談社の方なのである。講談社は『魔女の宅急便』に対して野間児童文芸賞を贈っているのだ。もしも角野栄子が講談社で『魔女の宅急便』を出していたのなら、角野栄子に「講談社マジック」が働き、福音館書店がやったようなミスをせず、非常に出来のいい作品にすることができただろうと思う。実に惜しいことをした。
●もう1つの鍵を持っていないと
『魔女の宅急便』は女子小学生が読めば魔法が出て来る御伽話にしか見えないであろう。女子中学生が『魔女の宅急便』を読めばキキが魔女の宅急便をしながら悩み傷つき成長していく姿に感動することであろう。しかし女子高校生になると『魔女の宅急便』が読めなくなる。なぜならキキには親友がいないし、キキはちゃんとした恋愛をしていないからだ。
だが女性が結婚してしまうと、この『魔女の宅急便』は読めるのである。角野栄子の愛情が全ての場所に鏤められているから、読んでいて非常に楽しいのである。特に第六巻は母子の関係が物凄くリアルに書かれており、母親であるなら感動してしまうことだろう。こういうことは独身の女性作家ではできず、作家自体が結婚して育児をしてこないと書けないものなのである。
『魔女の宅急便』は『赤毛のアン』ほど名作ではない。『ハリー・ポッター』ほど売れた訳ではない。しかし読者にそれなりの読解力があれば幾らでも楽しむことができる傑作なのである。逆に言えば『赤毛のアン』も『ハリー・ポッター』も自己完結しているのだ。ところが『魔女の宅急便』はそうではないのだ。
自分がもう1つ鍵を持っていれば、幾らでも楽しむことができる本なのである。
自分が青春時代にきちんと親友を作っていれば、ケケの設定ミスに気付けることだろう。キキとケケの遣り取りは年上と年下の関係では有り得ないからだ。明らかに年齢が同じでないと起こらないことだからだ。自分が一度でもまともな恋愛をしたことがあるなら、「キキの恋は恋愛になっていない!」ということに気付くことだろう。とんぼは冒険旅行を成功させていないから、キキの心の中にある「偽りの上位自我」を破壊できないのだ。
『魔女の宅急便』は映画化されてしまったから、『魔女の宅急便』といえば映画のことを喋って来る人たちが圧倒的に多い。しかし映画よりも遥かに原作の方が面白いのだ。その面白さは自分の精神レベルが高ければ高いほど面白いと思えるものなのである。それだけ角野栄子の仕事の出来が良かったということなのである。
女の子が『魔女の宅急便』を読んで、「自分も魔女になりたい!」と言い出して来るのなら、それはお角違いなのである。増してや「ヤマト運輸に入社したい!」と言い出してもお角違いなのである。キキは魔女として自立して行ったのであり、まずはそこを学ぶべきなのである。フェミニストたちのようの「女性の自立!」を叫んで、女性たちは自立できるのではないのだ。矢張り女の子が自立していくためには我武者羅になって突き進み、悪戦苦闘しまくるしかないのである。
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