お勧めできないけど、面白い本:『努力しないで作家になる方法』
●書評はワースト、でも本人の作品としてはベスト作品
今月号の『本の雑誌』を何気なく読んでいたら、ワースト作品に上げられていたのが鯨統一郎著『努力しないで作家になる方法』(光文社)である。まあ、その本を読まなくても解るが、作家になるためには努力が必要なのであって、努力なしに作家になれるわけがないのである。
でも、この題名が気になってしまったので、本屋でこの本を買わずに、図書館でこの本を借りてきました。
そしたら案の定でした。
鯨統一郎本人は作家になるために壮絶な努力をしまくっているのである。題名と内容が余りにも違いすぎるのであって、『本の雑誌』がワースト作品に挙げたのも良く解る。これは「文学的な詐欺罪」に当たるものなのであって、公正取引法に抵触する作品なのである。
しかしこの本は意外と出来がいいのだ。この本を読んだ後に鯨統一郎の本をパラパラと読んだのだが、恐らく鯨統一郎の作品の中でこの本がベスト作品なのである。本人が作家になるrために努力しまくった姿がよく描かれているし、それ以上に、妻「陽子」の内助の功は泣かせるのだ。
今時、こんな出来のいい妻はいないって!
さてトラブルの原因となった題名だが、鯨統一郎本人は作家の名作を書き写す作業が「努力」だと思い込んでいるのであって、彼はその努力をしないだけであって、アイデアをノートに書いたり、物語構成を考えまくったり、推敲に力を入れたりと、そういう「努力」はしているのである。
もしも俺がこの本の編集者なら、題名を変更して、ズバリ
『極貧アマチュア作家物語』
とすることであろう。この題名なら、題名と内容に乖離がなくなり、読者からの苦情がなくなるのだ。
これはこういう誤解を招く題名をつけた鯨統一郎本人も悪いが、それを見過ごした編集者も悪いのである。
しかも表紙が余りにも酷すぎる。表紙には一応、本の話に関連したイラストが描かれているのだが、これでは余りにもインパクトがなさすぎるのだ。題名が酷いと、それに引き摺られて表紙も駄目になってしまうという、最悪のパターンに陥ってるのだ。
●どうやら実話は違うらしい
この本は鯨統一郎本人が作家になるまでの物語である、だとするなら自叙伝として書けばいいのである。しかし鯨統一郎は自叙伝をすべき物をなぜかフィクションにしてしまうのである。そのため名前も鯨統一郎ではなく、「伊留香総一郎」になっているのだ。
余りにも異常な書き方をしているので、読了後、本人の過去を調べてみた。
すると鯨統一郎は作家になる前にコンサルタント業務をしていたらしく、それほど貧乏ではなかったのではないかという疑いが出て来たのだ。鯨統一郎本人は本名も生年月日も公表していないので、詳しいことはよく解らないのだが、ただはっきりと言えることは、この本に書かれていような悲惨な生活は送っていないかもしれないということなのだ。
そうなると
「これはちょっと酷すぎるんじゃない?」
ということになってしまうのだ。
通常、自叙伝を書く時は、必ずしも事実と一致しなくていいのだ。著者本人の勘違いがあっていいし、脚色があっていいのだ。それなのに自叙伝がなんで小説扱いされないのかといえば、それは飽くまでもノンフィクションだからだ。
自叙伝とすべき物を小説のようにフィクションにしてしまうのはいかがなものかと思ってしまうのだ。
日本には「私小説」という特殊なジャンルがあるのだが、これは自分の実体験を元に小説として組み立てているだけのことであって、人生のヒトコマを小説にしただけなのである。もしもそれを人生全体にまで広げてしまったら、「ちょっと待てよ!」と突っ込みを入れたくなるのだ。
『本の雑誌』は記事を書く人たちもその読者たちも、熱心な読者家たちだから、その辺の分別はしっかりとしているのである。普通の人たちよりも沢山の本を読んできているから、「この本はなんかおかしいぞ」とすぐに識別できるのである。
この本を読んでみれば解ることだが、この本の出来は良いのである。一流の作家が書くような非常に良い出来なのではなく、そこそこ良いのである。だから「これはおかしいぞ!」と思ってしまうのだ。本来なら優秀作品にノミネートされるべき本なのである。それが一転してワースト本なのである。これは作者の不誠実な人格に起因するものであって、『本の雑誌』は至極最もな判定を下しているのである。
●なんで失敗し続けたのか?
鯨統一郎本人は作家になるまでに相当失敗し続けたらしいのだが、この本を読むとその理由がよく解る。
①個人全集を読んでいない
鯨統一郎は小説の中でも著名な作家たちの名作を乱読しまくったのであるが、このために自分の好きな作家の本を徹底的に読むということしてないのだ。恐らく小説家になるための王道は「自分が好きな作家の全集を読むこと」だと思う。全集を一度でもいいか読むと、読解力も執筆能力も格段に向上するものなのである。
②時間の使い方が余りにも下手
鯨統一郎が作家になっていない以前の人生で、つくづく言いたくなるのが、「時間の使い方が余りにも下手」ということなのである。麻雀はするし、スポーツ観戦はするし、とにかく作家になるために全力投球をしていないのだ。これでは成功する筈がないのだ。
③そもそも推理小説作家向きではない
きついようかもしれないが、そもそも鯨統一郎本人が推理小説家向きではないということなのである。推理小説家というのはどれも論理的思考能力が突出している人たちである。ところが鯨統一郎はそんなに高くないのである。彼の作品はどの作品でもそうだが、主人公の独り善がりになってしまっているのである。
④処女作のレベルの低さ
小説家というのは大抵が処女作で決まる。処女作のレベルが高くないと話にならないのだ。鯨統一郎は『邪馬台国はどこですか?』でデビューするのだが、この本は奇想天外なアイデアは評価するけど、余りも小説としては酷すぎると言わざるえないのだ。
⑤丁寧に執筆する習慣を持っていない
鯨統一郎はデビューすると今までの蓄積があったのか、小説を大量生産していくのだが、この大量生産が問題なのである。こういう書き方をする人ってのは、デビューする前に丁寧に執筆する習慣を持たなかった人たちが圧倒的に多いのだ。このためにどの作品もレベルが低くなってしまい、しかもどの作品も似たような物になってしまうのである。
●投稿マニアたちの落とし穴
俺自身、文芸誌に小説を投稿したりするという経験がないのだが、この本を読んで初めて文芸誌に屯する投稿マニアたちの異常な実態を知ってしまい、それが意外と新鮮な驚きであった。投稿マニアたちは一生懸命になって小説を書いてはいるんだろうけど、投稿マニア特有の落とし穴に嵌ってしまったことに気づいていないのである。
それは
「投稿を繰り返すと、執筆の技術だけが向上していき、作家として肝腎な物が抜け落ちてしまう」
ということなのである。
確かに投稿を繰り返せば、本人が小説を書いているわけだから執筆の技術が上がり、更にはプロの作家から選評を戴ければその問題点を知ることができる。しかしこういうことを繰り返すと、執筆の技術だけが上がり、小説としての面白さが消えてしまうのである。
技術から名作が生まれるのではなく、名作から技術が生まれるのである。
優れたプロの小説家というのは、文芸誌に投稿を繰り返して伸し上がってくることなんてしないのである。もしも文芸誌に投稿したら、一発合格なのである。なんでそんな奇妙な現象が起こるのか? それは投稿マニアたちには解らない思わぬ理由が存在するからなのである。
戦後の文豪といえば「松本清張」と「司馬遼太郎」の2人を挙げることができる。
松本清張の場合、『週刊朝日』の懸賞小説に応募して一発合格なのである。なんで松本清張は懸賞小説に応募したのか? それは賞金目当てなのである。彼は小説家になろうとしたわけではなかったのである。金銭欲こそが彼を突き動かしたのである。
司馬遼太郎の場合、友人の勧めで懸賞小説に応募し、たった2晩で書き上げた『ペルシャの幻術師』が行き成り、講談倶楽部賞を受賞してしまったのである。その後、友人たちと同人誌を作り、そこで趣味で小説を書いていたのである。趣味で書いている内に、周囲から「この人の作品は面白いぞ」と評価され、それであれよあれよという内にプロの作家になってしまったのである。
投稿マニアたちには金銭欲がないのである。趣味で小説を書くということがないのである。ただ単に「当選したい!」という欲望だけが膨れ上がっていってしまうのである。はっきりと言わせて戴くが、そういう人が書いた小説はつまらないものなのである。
俺としては『努力しないで作家になる方法』は意外と楽しめた。確かに『本の雑誌』が言うように、題名に問題はあるが、そのマイナス点を引いても、出来は良い物だと思う。但し、この本は本屋で買うよりも、図書館で借りることをお勧めする。
まあ、俺なら鯨統一郎を推理小説家としてではなく、歴史作家とか自己啓発作家とかで使った方がいい本を書くのではないかと思う。
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コメント
タマティーさんこんにちわ
いつも楽しく読んでいます。
ひとつお聞きしたいです。
私はブログで出世に関して
「○○するには××した方がよい!」みたいな
記事を書いたのですが、コメント欄に
「偉そう。」「上から目線」と書かれてしまいました。
タマティーさんの文章は、読んでいて、
「こうするべし」と書いてあっても、嫌な気分にならないのですが
私のは何が悪かったのか…。
どうやったら読み手に不快感を与えず、アドバイスが
できるのでしょうか…。
投稿: mako | 2012年9月25日 (火) 13時02分
makoさん、ブログをやっているのなら、バカな人たちのコメントは気にしないことですよ。
100人、人がいれば、その内の1人か2人は確実にバカですよ。
だから、そんなコメントは気にしないことです。
その一方で「口のきき方」は注意した方がいいですよ。
自分が大事なことを言っているのに、その表現方法がわるいために、相手の反感を買ってしまうんです。
女性であるなら、俺みたいに「こうするべし!」と男らしく言うのではなく、「こいうふうにした方がいいんじゃない?」というような女らしさが出て来るようにした方がいいですよ。
「梅ちゃん先生」はそれが巧いんですよ。
だから人気があるんだと思います。
是非とも参考にした方がいいですね。
投稿: タマティー | 2012年9月26日 (水) 07時15分
タマティーさん
アドバイスしていただき、ありがとうございました!
たしかに強い口調でした。今度から実践してみます☆
投稿: mako | 2012年9月27日 (木) 12時58分