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児童文学と子供達 ~子供達の目は意外と確かなもの~

●子供達の活字離れ?

 マスコミでは定期的に「活字離れ」を取り上げ、最近の若者達が如何に本を読まなくなったかを嘆く。これに阿諛追従して知識人まで「活字離れ」を論じ、「活字離れ」に関する本まで出版してくるのだ。俺はこの「活字離れ」の意見を聞く度に、「本当にそうなのか?」という疑問を持ってしまうのだ。

 確かに最近の子供達が本を読むには相応しくない環境になってしまっている。例えばテレビがあるし、テレビゲームがあるし、携帯電話だってある。電車に乗れば本を読まずに漫画雑誌を読んでいるのをみれば、「活字離れ」は本当ではないかと思ってしまう。

 しかし敢えてそういう人たちに質問したい。

「あなたは子供達が1人も来ないような本屋を見たことがありますか?」

「あなたは子供達が1人もいないような図書館を見たことがありますか?」

 俺はどこの本屋に行っても、必ず子供達の姿を見つける。俺はどこの図書館に行っても、必ず子供達の姿を見つける。本を読む子供達は必ずいるのであって、絶対にいなくなってはないのだ。「活字離れ」というのは机上の空論であって、真実ではないのだ。

 昔の子供達でも遊び呆けている子供達は沢山いた。というか、そういう子供達の方が圧倒的に多かったのである。いつも野球ばかりやっていって、家に帰っても絶対に本なんか読みはしない。たとえ読んだとしても漫画雑誌程度なのであり、それ以上の物には進まないのだ。

 それに比べれば最近の子供達の環境は恵まれているのだ。昔みたいに遊びといえば必ず野球だったというのではないし、昔みたいに漫画雑誌が全盛ではないのだ。子供達を取り巻く環境は確実に読書し易いようになっているのだ。

 子供達は活字離れなど引き起こしていない!

 これこそが真実なのである。

●児童文学のランキング

 子供達に好きな児童文学を聞くと、恐るべき結果が出て来る。それは児童文学のランキングは長らく変わっていないということなのである。俺が子供の頃も、現在の子供達も、自分が実際に読んでみて面白いといえる本は全く同じなのである。

 女の子たちの間では、なんといっても『赤毛のアン』が一番人気だ。二番人気が『不思議の国のアリス』だ。女の子向けの児童文学でもこの二作品だけは別格なのである。この二作品は子供が読んでも面白いし、大人が読んでも面白いのだ。

 男の子たちの間では、なんといっても『トムソーヤの冒険』が断トツの人気なのである。子供の頃に読書を開始した男の子たちの中でこの本を読まなかった者はまずいないであろう。男の子は将来「冒険旅行」に出かけることになるので、子供の内に冒険物を読んで想像力を膨らませるのである。

 子供達は毎年入れ替わっているものだ。大人向けの文学のように、読者達の大半が一定であるというのではないのだ。児童文学は「子供達による選別」を毎年受けているのであって、その選別によって生き残った児童文学は本当に面白いものなのである。

 『赤毛のアン』にしても無条件で賞賛しているのではないのだ。『赤毛のアン』が面白いのは1巻だけであり、その後の巻は面白くない。『不思議の国のアリス』は面白くても、その続編の『鏡の国のアリス』は面白くない。『赤毛のアン』シリーズを取り上げたり、『鏡の国のアリス』を取り上げるの者は決まって大人達であるのだ。

 これは『トムソ-ヤの冒険』も同じで、その続編の『ハックルベリーフィンの冒険』jは本当に続編と言えるのかいうくらいに内容が違っているのである。大人であるなら『ハックルベリーフィンの冒険』を楽しめるかもしれないが、子供達ではそうはいかないのだ。

●偏るからこそ問題になる

 子供達はみんないい子なのではない。子供達は脳が未発達だし、知識量も技術量も足りない。だからこそ出来の悪い奴等が出て来る。その割合は少ないのではなく多いのだ。子供達の自主性を重んじすぎて、勝手気儘なことなどさせてはならないのだ。

 もしも子供が漫画だけを読んでいれば、それは必ず問題になるし、その弊害は非常に大きい。脳それ自体が成長期なのに、その時期に漫画ばかり読んでいたら、脳を健全に成長させていくことができないからだ。子供の時に児童文学に全く触れなかった者は、大人になっても文学には触れないし、たとえ触れたとしてもきちんと理解することはできないであろう。

 逆に子供の時に漫画など一切読まずに児童文学だけを読んでいるなら、それも必ず問題になるし、その弊害は非常に大きいのだ。児童文学というのは、全て虚構の世界の中のお話なのである。それだけを楽しいと思ってしまえば、現実世界に対応出来なくなるのは、目に見えているからだ。

 もう1つ気をつけるべきことは、大人が読む小説を子供の時に読むなということなのである。大人が太宰治の小説を読むのは良くても、小学生が太宰治の小説を読むのは悪いことなのだ。子供が好む物と大人が好む物は違って当たり前なのであって、その違いを無視するような子供は大人になった時に精神が狂ってしまうものなのである。

 「活字離れ」というのは問題ではないのだ。偏るからこそ問題になるのである。事実、凶悪犯罪を引き起こす人たちは子供の頃から漫画ばっかし読んでいた奴等が殆どである。精神病院に入院してしまう人たちも子供の頃に児童文学ばかり読んでいた人たちが多いものなのである。

●大人たちの誤解による子供たちへの批判

 新聞は読んでも真実を見ない大人達から見れば、日本の子供達が活字だけの本を読まずに、漫画雑誌や漫画本を読んでいることに危惧するものだ。しかし子供達にとって漫画は飽くまでも娯楽なのだ。学校で勉強している以上、学校以外の場所では息抜きをしたいものなのである。

 実を言えば日本の漫画は大いに善戦しているのである。俺が子供の頃は『北斗の拳』がはやったが、この漫画は大人になって読んでみても面白いのだ。『ドランゴンボール』にしても一度読み始めたら止まらない楽しさがあるのだ。現在大流行中の『ワンピース』にしても、物語構成やセリフの質の高さは賞賛こそすれ、それを否定しなければならない理由などどこにも見つからないのだ。

 無知な大人に限って、子供達に「本を読め!」と言うが、子供達の間で児童文学トップスリーには日本人の作家が書いた物は含まれていないのである。「活字離れ」の問題よりも、こちらの問題の方が遥かに深刻なのである。日本には児童文学作家が沢山いるのに、子供達による選別に耐えられる作家は一人もいないのである。

 なぜ日本の児童文学作家が質の高い児童文学を書けないのかといえば、それはマスコミの意見を鵜呑みにしているからなのである。子供達は活字離れなど引き起こしていないのに、マスコミの報道によって活字離れしたと思い込んでいるから、出来るだけ漢字を少なくして、内容も易しい物にしてしまうのだ。子供達にしてみれば、そんな児童文学は詰まらないに決まっているのだ。

 時代は変わっていくものだが、子供達はそんなに変わらないものなのである。女の子たちは「お姫様物」が好きだし、男の子たちは「冒険物」が好きなのである。そこをきちんと満たしてあげればいいのである。そしてその上で質の高い内容に仕立てあげればいいのである。

 子供達の目は意外と確かなのである。それに対して大人達の目は意外とおかしいのだ。子供だからこそ真実を直視することができるけど、大人だからこそ理屈を捏ねて真実を見ようとしないのだ。

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コメント

タマティー様こんにちは。
とうとう41週になりましたが依然何も変わらず出てくる気配がありません。。。
赤ちゃんが大きいそうなので、予定日を過ぎているし推定4000g付近になったらお腹を切るそうです。
普通分娩したいと伝えてあるので、体を動かすようにしているのですがやはり降りて来ないので困っています。。。
この場合は帝王切開になっても仕方ないのでしょうか><

投稿: ひろこ | 2012年5月 8日 (火) 09時23分

 ひろこさん、忘れてました!
 
 必殺の「妊婦の山登り」!

 助産婦たち曰く、「臨月になっても陣痛がこなければ、妊婦を山登りさせよ」とのことです。
 要は運動量が足らんのじゃ!

 というか、今週じゃねぇ~の?
 満月の時期はすぎちゃったけど。昔から言うように妊娠は「10月10日」なら、まさに今週がその時期ですよ。
 今週中に、夫婦で山登りするか、妊婦仲間で山登りしたらどうですか?

投稿: タマティー | 2012年5月 8日 (火) 17時53分

ひろこさま

横からすみません。
昨年12月に出産したものです。
私の場合、階段上り下りが結構効きました。
駅でひたすら階段上ったり下りたりしていました(笑)

投稿: レゴマン | 2012年5月 8日 (火) 20時29分

ひろこ 様
タマティ−様、コメント欄をお借りします。
私も横からすみません。
私は予定日が5月1日で、出産は5月11日でした。
3年前の話ですが、ひろこさんと状況が似ているので、少しはお役に立てるかなと思い、体験談を書かせて頂きます。
私もまったく生まれる気配がなく、11日の診察日を迎えてしまいました。
午前中のNSTでは陣痛の傾向はみられず、陣痛促進剤の点滴をしてみることになりました。
しかし、病室へ移動したら軽い痛みが始まり、1分おきの陣痛の中で昼食をとり、陣痛室へ移動した45分後には出産していまいました。(合計2時間弱で、赤ちゃんは3500g超です。)
結局、促進剤は使用せずにすみました。
このことから感じたのは、赤ちゃんは自分のタイミングで生まれてくるということです。
予定日を大幅に超過すると周囲がうるさいですし、焦るお気持ちは良くわかります。(姑には、医師に頼んで早く生ませてもらえと言われました…。)
でも、赤ちゃんを信じて待ってみる価値はあると思います。
待ち続けた分、陣痛を喜びをもって受け入れられますし、対面できた時の感動は大きいです。
知り合いには、予定日の14日後に出産した人や1ヶ月後に出産した人もいます。お子さんは、お腹の中が気持ち良かったと話してくれたそうです。きっと、ひろこさんの赤ちゃんも居心地が良いのでしょうね♪「もうすぐ会えるね。嬉しいよ」等の語りかけも効果的だと思います。
素敵なお産になりますようにお祈り致します。
長文失礼しました。

投稿: saya | 2012年5月10日 (木) 00時04分

レゴマン様、体験談を聞かせて頂いて嬉しく思っています。
駅での階段上り下りが効果あったそうなので、私も歩くだけではなくて階段上り下りに今日から挑戦しようと思います。
貴重な体験をお話くださり、ありがとうございます。

投稿: ひろこ | 2012年5月10日 (木) 10時05分

タマティー様アドバイスをありがとうございます。
山登り是非挑戦したいです。
現在友達に妊婦さんが居ないので、主人に話してみて一緒に行ってくれるか聞いてみたいと思います。

投稿: ひろこ | 2012年5月10日 (木) 10時11分

saya様、貴重な体験談をお聞かせくださりありがとうございます。
予定日を過ぎてから産んでおられる方は、私が思っていたよりも多くいらっしゃるのですね。
赤ちゃんのタイミングで生まれて来る事を信じて、体を動かすようにしていながら待っていたいなと思いました。


待っていた分、私も対面できた時の感動を味わえるといいなと思います。
色々話かけて待っています♪
嬉しいお言葉を沢山ありがとうございます。

投稿: ひろこ | 2012年5月10日 (木) 10時24分

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