« 「死の十字架」について | トップページ | 女の会話術と男の交渉術 »

修道女だからこそ言えること:『置かれた場所で割きなさい』

●置かれた場所で咲く

 宗教家が本を書き、その本が信者たちの間だけで売れるのではなく、教団外にまで売れた場合、その本は「当たり」である可能性が非常に強い.。出版界に於いて「宗教書」というのは売れるジャンルでもあるのだ。

 今回紹介するのは、この本。

 渡辺和子著『置かれた場所で咲きなさい』(幻冬舎)

 置かれた場所で咲きなさい

 この題名は著者の渡辺和子修道女が若くしてノートルダム清心女子大学の学長に就任した時、仕事で悩むことが多かったのだが、その際、或る宣教師から手渡された英語の詩から取ったものなのである。この題名の意味が解れば、この手の本は大体内容が解ることになる。

 その詩というのは、

「神が植えた場所で咲きなさい。

 咲くということは仕方ないと諦めることではありません。

 それは自分が笑顔で幸せに生き、

 周囲の人々をも幸せにすることによって、

 神があなたをここに植えなさったのは間違いなkったと証明することなのです。」

というものであり、真に良い詩であるのだ。この著者はこの詩を、「置かれた場所で自分らしく生きていれば、必ず見守って下さる方がいるという安心感が波立つ心を鎮めてくれる」という意味で捉えて、その後の人生に大いに役に立てたというのである。

 一見、美談に思えるが、「ちょっと待て!」と言いたくなってしまう。英語の詩では「神」が主語であるのに、この本の題名は「自分」が主語になっているのである。彼女の詩の解釈もまず自分があって、その後に神が来るのである。

 この著者はキリスト教徒でありながら、「神中心」で生きてはおらず、「自己中心」で生きているのである。自己中心で生きているのを信仰を使って正当化しているだけなのである。なんでこの間違った信仰が批判されないのかというと、日本のキリスト教徒たちにはこの手の「信仰による自己義認説」に立つ者たちが非常に多いからなのである。

●くれない族からの卒業

 この本を読んでみれば解ることだが、著者の苦悩は信仰によって解決していないのだ。だから著者の身に次から次へと問題が起こってくるのである。特にノートルダム清心女子大学の学長であった時に学生の中から自殺者が出てしまうのが、これは聞き捨て出来ない問題なのである。カトリックでは自殺を厳しく禁止しているので、カトリック系の大学でそれが出たというのは、大学の経営そのものが間違っていたということになるからだ。

 それなのにこの著者の意見には或る程度の説得力がある。それは自分が置かれた場所で自分らしく生きて行くというのは、「くれない族」からの卒業を可能にするからなのである。相手の行動に期待するのではなく、自分が行動するからこそ、人間関係のトラブルが大いに減少していくのである。

 人間関係でのトラブルを激増させるのは、自分が相手に期待するからなのである。「挨拶してくれない」に始まり、「頼んだことをやってくれない」「行き成り用事を持ってくる」とか、他人に頼って生きていれば、悩みの種は尽きないのだ。

 夫婦関係なら、夫は妻に対して「あれをやってくれない」と言い、妻は夫に対して「これをやってくれない」と言い、それで不満を溜め込み、或る日突然に怒りを爆発させてしまうのである。確かに相手の側に落ち度はある。しかしそれ以上に悪いのは、他人に頼って生きている「あなたの方」なのである。

 カトリックは聖書の記述とは違って「信仰義成説」を取るのだが、カトリックの信者たちは「信仰による自己義認説」を取る者たちが非常に多い。「教団の教義」と「信者たちの実態」の乖離は大いなる問題ではあるのだが、カトリックの信者たちは信仰を使って自分の心を平安にしていると思えば、間違った信仰もそれなりに役に立っているということが解るのである。

●修道士や修道女の凄さ

 それにしてもカトリックの修道士や修道女というのは凄いものである。結婚せず、清貧で暮らし、宗教活動に献身してくるのである。修道会にしてみれば人件費など殆どかかっていないに等しいものだから、利潤をそっくりそのまま再投資に回すことができ、それによって修道会が益々発展していくことになるのである。

 この著者が修道女になる切っ掛けを作ったのは、恐らく「2・26事件」で自分の父親が殺されたことであろう。彼女の父親は渡辺錠太郎陸軍中将であり、軍備の充実を図りながら、戦争を回避するという、戦前の帝国陸軍では主流派の武官だったのである。だからこそ教育総監にまで伸し上がっているのだ。

 ところが社会主義に洗脳されてしまった若手の「赤い将校たち」はこれが気に入らず、大日本帝国が戦争することで戦時体制を敷き、それを利用して社会主義へと移行させようとしたのである。それゆえ渡辺錠太郎陸軍中将は狙い撃ちされるかのようにして「2・26事件」で射殺されてしまうのである。

 学校の日本史で「2・26事件」を習った筈だが、この「2・26事件」で父親が殺され、その女性は長じて修道女になり、ノートルダム清心女子大学の学長にまで出世したということまでは書かれていない。歴史は様々な因果を絡みながら動いて行くものだが、授業で「はあ、そうですか~」と気の抜けた覚え方をしていると、大事なことを何も学べなくなってしまうものなのである。

 文部科学省が検定した教科書が恐ろしいのは、渡辺錠太郎陸軍中将は統制派の人物だと書かれていることなのである。統制派の人物に東条英機もいるわけだから、渡辺錠太郎陸軍中将も戦争を推進した人物ではないかと思われてしまうのである。

 当時の帝国陸軍で起こっていた派閥争いは、要は社会主義に洗脳されてしまった赤い将校たちと、社会主義には洗脳されなかった将校たちとの戦いだったのである。だからこそ「2・26事件」で父親を殺された渡辺和子は反共を掲げていたカトリックの信者になり、修道女になるのである。

●人間は我執の激しい動物

 この本には名言が鏤められているのだが、その殆どは自己啓発書から取ったものであり、多少改変した程度のものである。言わば「剽窃」をやっているのである。だからスラスラと読めてしまうし、名言の出所を知らない人たちが読めば感動してしまうのである。

 それ以上に問題なのは、著者自身が深い苦悩を抱いているわけではないということなのである。人間の思考というものはその人が持つ苦悩の深さに比例するものなのである。父親が殺されたという苦悩はあったが、それを上回るような深い苦悩がないからこそ、ズドンとくるような言葉を言えないのである。 

 では、これが悪いことなのか?

 そうではないのだ。

 この本に書かれている言葉は真っ当なものではあっても、俺に言わせれば「偽善」なのである。しかし普通の人たちが偽善を言えば厳しく批判されなければならない。だが修道女が偽善を言ってくれるからこそ、その偽善は役に立つことになるのだ。

 世俗の人間たちというのは欲望まみれなものなのである。その状態を放置していいわけがないのだ。誰かがその欲望熱を冷ましてあげる必要性があるのだ。修道女はこの役をやったからこそ、西ヨーロッパでしっかりと定着したのである。

 考えてみれば、日本に於いてこういう仕事は仏教の僧侶たちの役割だったのである。しかし僧侶たちが戒律を守らなくなったからこそ、世間の人々はその意見を聞かなくなってしまったのである。戒律を守らず、肉食妻帯している僧侶ではこの役目を担うことはできないのである。

 自我への執着を解き放つことに関しては仏教の方がその理論も実践もきちんと整備されているのである。人間は我執の激しい動物であることなど古今東西変わらないのだ。それなのに仏教の僧侶が書いた本が売れず、修道女が書いた本が売れるというのは、それだけ仏教が凋落しているということなのである。

Portrait.Of.Pirates ワンピース STRONG EDITION トニートニー・チョッパーVer.2 Toy Portrait.Of.Pirates ワンピース STRONG EDITION トニートニー・チョッパーVer.2 

販売元:メガハウス
発売日:2010/08/25

Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« 「死の十字架」について | トップページ | 女の会話術と男の交渉術 »

おすすめサイト」カテゴリの記事

キャリア」カテゴリの記事

妊娠 妊婦 子育て 育児」カテゴリの記事

子育て」カテゴリの記事

学問・資格」カテゴリの記事

家計」カテゴリの記事

心と体」カテゴリの記事

恋愛」カテゴリの記事

教育」カテゴリの記事

文化・芸術」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

結婚」カテゴリの記事

育児」カテゴリの記事

趣味」カテゴリの記事

コメント

タマティー様

毎日興味深く拝読しています
ありがとうごさいます
二歳児の母で専業主婦のねこと申します
二人目の子供が欲しいところですが、なかなかできません

毎日育児でクタクタです

今日は、脱原発のウソと犯罪を図書館で借りてきました
素人で専門的なことはわかりませんが、しっくりきます
今日の本も読んでみますね
読書が息抜きです
また紹介宜しくお願いします

投稿: ねこ | 2012年7月21日 (土) 23時08分

タマティー様、ご無沙汰しております。

今日、この本を買いました。まだ途中までしか読んでいませんが、とても勇気付けられます。

同業他社への転職話が進行中ですが、特に今の会社を辞めたいわけではなく、本当は会社員を辞めて、資格を取って自営業をしたいと悩んでいる主人にも読んでもらいたいぐらいです。(しかし、主人はこういうジャンルの本は嫌いですcoldsweats01)
急に悩み事が増えた我が家ですが、この本を読んで明るくいこうと思いましたup
良い本を紹介してくださり、ありがとうございます。

投稿: ジプシー | 2012年7月23日 (月) 16時11分

タマティーさんこんにちはhappy01

夫が本屋でこの本をたまたま見つけたそうで、買って帰ってきたのでびっくりしました。

置かれている環境は平和で平凡で幸せですが、私にしかできないことがあればなぁ、とか、それを生かしてお小遣いでも稼げればなぁなんて煩悩が渦巻いたりします(笑)


今置かれた場所で咲いている、という実感がえられたら。。と思い私もこの本を読み進めています。

投稿: 美貴 | 2012年10月 1日 (月) 15時40分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/496414/46346975

この記事へのトラックバック一覧です: 修道女だからこそ言えること:『置かれた場所で割きなさい』:

« 「死の十字架」について | トップページ | 女の会話術と男の交渉術 »