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余りにも不思議な処女作

●付き添いが閑だったからこそ

 うちの父親が足の付け根の痛みを訴え出して病院に行ったら、国立がんセンターに回されてしまった。それ以降、両親は一緒に国立がんセンターに行っていたのだが、母親も用事がある時があるので、その時は俺に付き添いの役が回ってくることになるのだ。

 俺は父親が国立がんセンターに行くのは反対していた。なぜなら国立がんセンターに行っても癌が治らないからだ。しかも今回のリンパ腺癌は父親が歩かなかったことにその誘因があるのであって、歩きまくっていれば治る程度のものなのである。

 とはいっても俺の立場上、父親の要請を断ることができないので、仕方なく父親と一緒に国立がんセンターに行くことになった。国立がんセンターは診察を受けるまで1時間以上かかり、診察する前に検査があり、診察しても長々と話すことになる。

 その間、付き添い人は閑なのである。

 考えていることといえば、昼食のことしかないのだ。そのくせ国立がんセンターの食堂の食事は不味い。ランチを食っても不味い。ラーメンを食っても不味い。俺は「食堂で頼むべき物がないならカレーライスを頼め」と言うルールを持っている。カレーライスならどの食堂も美味しいからだ。しかし国立がんセンターの食堂のカレーライスは不味いのだ。

 こうなると国立がんセンターにいる間、読書をするか、空想に耽るしかなくなる。この状況下で小説のアイデアが浮かび、そのアイデアを紙に書きまくっていったのである。しかもその小説に必要な参考文献がいとも簡単に図書館で見つかり、あれよあれよという間に草稿が出来上がってしまったのである。

 小説を書き始めたのは、平成24年2月28日からで、執筆を終了したのは6月30日である。この間、神憑り状態で書いたと言っても過言ではない。今まで小説を書いた経験がないのに、小説の言葉が頭の中に幾らでも浮かんでくるのである。

●推敲は在宅治療の時期とピタリと重なる

 小説の執筆が終了して1ヶ月間ほど冷却期間を置いたのだが、この間の7月に国立がんセンターが父親との約束に反して抗癌剤を使用していることが判明したので、父親は国立がんセンターでの治療を拒否するようになったのである。

 これ以降、在宅治療が始まるのであるが、ということは俺が推敲をやっていた時期にピタリと重なるのだ。推敲は1ヶ月に1回行い、8月から12月の間に5回も推敲をやった。これだけ丹念に推敲したお蔭で小説の出来は格段に良くなったのである。

 俺が推敲をやっている間、父親は俺の助言を殆ど聞かなくなってしまった。このため病状は徐々に悪化していき、最終的には寝たきり状態になってしまうのである。小説の出来が良くなるとは裏腹に、父親の病状は悪くなっていったのである。

 その理由は至って簡単で、父親は家族に命じて何かをやらせるばっかりで、自分で動こうとしないのである。俺自身、推敲をしている最中に父親に呼び出され、どうでもいいような雑用を処理しなければならなかったのである。

 小説の中で最後まで「ここは変えた方がいいかな~」と思う箇所が1つあったのである。気にはなっていたのだが、なかなか変える決断ができなかった。変えなくても別にそれはそれで成立するからだ。しかし5回目の推敲の際、勇気を出して変えることにした。これをやりおえた後、俺は

「この作品はこれで完成だな」

と思うようになった。

●推敲が終わって遠出したくなくなった

 俺は推敲が終わってから、遠出をしたくなくなった。それまでは結構飛び歩いていたのだが、推敲が終わってからなぜだかどこにも行きたくなくなったのである。気づいてみれば早々と帰宅しているし、いつも父親の傍にいたのでる。

 父親が家族全員を集めて遺言を言ったのはその時期なのである。遺言の際、父親から

「お前はこれからどうする?」

と訊かれたので、俺ははっきりと

「作家になる!」

と答えた。もう小説が完成していたから、作家になることにはなんの疑念もなかった。

 父親が遺言をした時、まだま起き上がれたのだが、遺言をしてからは起き上がれなくなり、完全に寝たきり状態になってしまった。電動ベッドのために寝たら自分で起き上がることをしないので、急速に筋肉が萎えていったのである。

 そんな折、父親は

「宝籤が当たった夢を見た」

と言い出したので、俺が宝籤を買いに行く羽目になった。俺自身、宝籤には興味がなかったが、状況が状況だけに真面目になって買いに行ったのである。後で解ったことなのだが、俺が宝籤を買った宝籤売り場は毎年1億円以上の物が当たっている場所なのである。

 父親が自分のすべきことを全てやり終えると、それ以降、血便が出るようになったのである。血便が出るようになってから、喋るのもひと苦労で、父親の言うことをなかなか聞き取ることができなくなってしまった。

●死の一週間前から俺自身、唇や喉の不調を訴える

 父親が死ぬ1週間前から俺は体調不良を訴えるようになった。恐らく父親の放つ死臭が俺の体調を狂わしたのである。最初は唇に異常が発生し、次に喉を痛めてしまった。最初は「風邪かな?」と思ったが、そうではなさそうなのである。

 そして父親が死ぬ3日前には俺が寝込んでしまった。俺は寝込むことなど滅多にないので、俺自身、不思議で仕様がなかった。俺が寝込んでしまったので、いつもなら雑用を命じてくる父親も何も言わなくなってしまった。

 父親が死ぬ2日前に看護師たちがお風呂を作ってくれて、そこで父親を入浴させた。父親は体を洗って貰って非常にご機嫌で、その日は真夜中に起きることなく、朝まで熟睡してくれたのである。いつも真夜中に呼び起こされる者としては、これは非常に有難いことなのである。

 しかし父親が死ぬ前日に血尿を出してしまい、そこで町医者が感染症を防止するために抗生物質を投与したのがいけなかった。突然に体調が悪化してしまい、呆気なく死んでしまったのである。俺は父親が冗談で呼吸を止めていると思ったくらいに急な出来事であったのである。

 父親が死んだ日は全然眠れなかったのだが、それは足の裏が異様に温かくなってしまったからなのである。とてもではないが、寝れる状態ではないのである。この不思議な現象は父親の遺体を葬儀屋に運び込んだ日にも起こり、この時も全然眠ることができなかったのである。

●よりによって誕生日にお葬式

 父親が死んだ翌日は友引で、そのために葬式が延びてしまった。それでどうなったかというと、よりによって俺の誕生日に告別式が行なわれたのである。告別式をやって、火葬場で遺体を焼いて、夜には「ハッピーバースデー・トー・ユー♪」なんて出来るか!?

 しかも誕生日プレゼントは「骨壷」!

 父親の遺灰入りですよ。

 誕生日プレゼントに骨壷を貰ってどうする!? 骨壷を受け取って、

「いい仕事してますね~。古伊万里ですな」

なんて言えないしな。大体、骨壷って、他に使い道がない。幾ら形が丁度いいからって、ペニスケースに使えないし。

 さすがに葬式が終わって誕生日祝いはできなかったので、その翌日に誕生日祝いをやった。俺の人生の中でこれほど盛り上がらなかった誕生日祝いもない。ケーキですら陰膳をし、線香の臭いはするし、時折鐘が鳴るからね。「チーン!」って。

 俺はお通夜の日ですら小説を書いていたのだが、さすがに告別式の日には何も書けなかった。用事が詰まっているということもあるし、書く気力がなかったということもある。松本清張ですら、自分の父親の告別式の時だけは小説を書かなかったらしい。これはそうならざるをえないのである。

 遺族たちにしてみれば、葬式が終わればそれで終わりではない。役所に行って様々な書類を提出しなければなないし、遺産の整理もしなければならない。告別式の当日は何も書けなくても、その翌日になれば新たな小説を完成させるべく、毎日書いていかなければならないのだ。

●死んでから気づいたこと

 父親が死んでから気づいたことがある。

 それは父親が死んでから47日後に、俺は講談社に原稿提出をすることになったのである。ということは、死んだ日を入れると48日。病状悪化を入れると49日なのである。四十九日というのは、死んだ者がこの世に留まれる期間なのである。

 この事実を知った時、

「どひゃ~!」

と叫んでしまった。

 末期に於いて父親の病状はすぐに死ぬほどのものではなかった。はっきりと言ってしまえば、町医者が投与した抗生物質が効き過ぎてしまい、それで発熱し、呼吸困難で死んでしまったのである。遺族にしてみれば、介護をしていたというのに、本当に突如急死してしまったのである。

 なんでまだまだ生きることができた父親が死んでしまったのかというと、それは俺の処女作が完成し、その処女作を自分が死んでもこの世に留まれる範囲内で見届け、それからあの世に行こうとしたからではないか?

 考えてみてれば、小説を書く気はなかった俺が、父親の付き添いで国立がんセンターに行き、閑だからということで小説のアイデアが浮かび、国立がんセンターで治療を受けている間に執筆し、在宅治療をしている間に推敲をしたのである。

 そしてその処女作が完成すると同時に死んでしまったのである。

「う~、なんとも壮絶!」

 これを悪く言えば、父親の命を犠牲しにして処女作を生み出したと言えるかもしない。これを良く言えば、父親が俺だけに残してくれた「文学的な遺産」と言えるかもしれない。

●この世での役目を終えた父

 俺の父親の死は、普通の癌患者たちの死とは違うのである。俺の父親は癌治療のエキスパートなのに癌で死んでしまったのである。しかも息子の俺がリンパ腺癌を治す方法を教えていたのに、リンパ腺癌で死んでしまったのである。

 父親が死んだ後、導師さんが

「お父さんはこの世でも役目を終えられた」

と言ったのだが、まさにその通りで、父親はこの世での役目を終えてしまったからこそ、もっと長生きできたのに死んでしまったのである。会社員としては経理部長として会社を再建させ、私生活で結婚して子供たちを生み育て、老後は癌研究に従事したのである。

 そして最後に「息子の俺を作家にするという役目」を果たしたのである。

 だから寿命が尽きてしまったのである。

 父親の人生は100点満点ではない。会社員としては取締役にまで出世するべきだったし、私生活では息子の意見をもっと聞くべきだったし、癌研究でもサプリメントや癌ワクチンだけで治すのではなく、運動や断食という方法もあることに気づかなったのである。

 それゆえリンパ腺癌を発症してからは、体に激痛が走ったのである。1年にも満たなかったけど、人生の末期に激痛が走ったということは、自分がやるべきことをきちんとやっていないからこそ、そういうことになってしまったのである。

 父親が死んだ当日、うちの姉がバスに乗っている時に父親は幽霊の姿になって目の前に現れ、

「来世は医学博士になる」

と言ったそうなのである。心霊現象ゆえに科学的には立証できないが、うちの姉には霊能力があるので、その意見を信じるしかあるまい。まあ、考えてみれば、来世に於いて医学博士になるために、老後は医学の勉強をしたとも言えるのである。

●運命の処女作

 来年、平成25年は俺の人生に於いて最大のギャンブルを仕掛けなければならない。既に処女作は出来上がっているのである。これをどう出版に漕ぎつけ、ベストセラーに持っていくかのである。これは或る意味、俺の父親に対する「弔い合戦」のようなものなのであって、絶対に負けるわけにはいかないのだ。

 この処女作は俺が人為的に書いた物ではないのである。神憑り常態で書いた物なのである。しかも俺の父親が死んでくれたことで、父親の霊的支援をも受け続けることになるのである。幾らプロの作家たちであっても、これには絶対に太刀打ちできないのである。

 現時点で俺の手持ちの作品は、この「運命の処女作」と、処女作を書く過程で生まれた児童文学の作品が2作品と、現在執筆中の作品で未完成ではあるが既に半分出来上がっている物とがある。運命の処女作をメインと置きつつも、児童文学で売り込むという方法もあるし、未完成の作品を大急ぎで完成させて、予備戦力を用意しなければならないのだ。

 自分で言うのもなんだが、俺が書いた作品は「面白くて為になる作品」である。その作品を書いた自分が読んで笑って涙を流しているという代物なのである。お金を払ってでも読む価値はあると思う。読書家の俺が言うのもなんだが、せめて定価以上の価値はある本を出して欲しいと思うよ。

 俺の「運命の処女作」は飽くまでも家族的な理由で生まれた物だけど、これを俺の家族だけに仕舞っておくのではなく、全国の人々に読んで貰いたい。俺としてはベストセラー間違いなしだと思うし、後世に残る文学作品になっていると思うからである。

 どうやら平成25年は大忙しである。

 皆さん、お楽しみに!

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コメント

タマティーさん。こんにちは(^_^)
昨日も色々と相談、アドバイスして頂きありがとうございました。
今年は、色々とお忙しいと思いますのでお身体に気を付けて下さい(^-^)
ブログも楽しみにしていますね(^^)今年の活躍にも…(^^)/
今年も宜しくお願いします(^o^)

投稿: ぽんちゃん | 2013年1月 1日 (火) 13時31分

ぽんちゃん、只今、タマティーは喪に服しているので、なんと言えばいいのやら。

喪中ゆえに年末年始の行事ができないために、現在、原稿を印刷して、それをチェックしています。
調べれば調べるほど、些細なミスがあって、その度にその箇所を印刷し直しています。

今年中にこの作品は出版されると思うので、楽しみにしていて下さい。
自分でもこの作品を読んで笑っているくらいですから。

投稿: タマティー | 2013年1月 2日 (水) 08時03分

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