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白紙の落書き

●紙にはなんでも書ける

 世の中には本が大量に出回っているからといって全部を読む必要性はない。価値のある本はごく一握りなのであって、本の中には本当は白紙なのにただ落書きされている物が多々あるものなのである。その落書きを消してしまえば白紙に戻ってしまうのに、人々はそれを見抜けないのだ。

 こういうのを「白紙の落書き」という。

 人間が持てる時間は限られているのである。その限られた時間の中で読書をするなら、不要な本は読まないようにするべきなのである。自分にとって必要な本だけを読むからこそ、どんなに忙しくてもきちんと読書でき、その読書によって何らかの利益を得ることができるのである。

 「紙にはなんでも書ける」というロシアの諺がある。本当にその通りなのである。紙に文字が書かれていたって、その本に価値があるとは限らないのだ。インチキ本だって存在するものなのである。インチキ本は1冊や2冊とかいう程度ではないのだ。無数に存在しているものなのである。

 幾ら読書家であったとしても、「活字中毒」に罹って手当たり次第に本を読んで行くというのは危険なことなのである。通常、きちんと知的生活を送っていれば新聞など余り読まなくなるものだし、低俗な雑誌も読まなくなる。本にしても低質から高質へと変わって行くものなのである。

 「白紙の落書き」を見抜けないようなら、無学文盲の人の方がマシである。読書をしたために、下手に知識が過剰になっているからこそ騙されているだけなのである。学問は確かに大事だが、学問をしたからといって賢くなるわけではないのだ。「学問をしたバカ」になってしまうことだって有り得るのだ。

●宗教心の有無

 俺が様々な本を読んで来てつくづく思うのは、「この本は本当に素晴らしいと思える本を書いた著者には必ず何かしらの宗教心がある」ということなのである。宗教心のある人は如何なる宗教でもちゃんとしたことを言っているのだ。逆に言えば無宗教の人はどう言い繕ったとしてもちゃんとしたことを言っていないのだ。

 大体、宗教と学問は密接な関係を持っている。古代ギリシャで学問が盛んになったのは、古代ギリシャの宗教があったればこそなのである。中世のイスラムでも学問が非常に盛んになったが、それはイスラム教があったればこそなのである。西ヨーロッパのルネッサンスもイスラム教の影響があえばこそ起こった文化運動だったのである。

 日本でも文化が発展し出すのは江戸時代に儒教が御用学問になってからであって、儒教に反応して国学が起こり、その国学が復古神道へと変化し、幕末には復古神道の国学者たちが暗躍することで倒幕が起こるという有り得ない現象が起こったのである。近代日本の文化レベルが高いのは江戸時代の蓄積があればこそなのである。

 人間に宗教心があれば、必ず自分を絶対視しなくなる。神に絶対服従することで自分が謙虚になるから、自分を相対化させることができ、それによって自分の発展が可能になるのである。自分が発展するからこそ、学問も発展していくことになるのである。

 これに対してもしも人間に宗教心がない場合、自分を絶対視し出すので、自分を絶対化してしまい、自分の発展がなくなってしまうのである。自分が発展しないから、都合のいい情報を集めて、それによって自分を取り繕うのである。これでは学問の発展が起こらなくなるのだ。

●経験論

 宗教心に次いで重要になってくるのが「哲学」である。「若い時に哲学を学んだか?」「若い時に哲学を学ばなかったか?」で作家の運命は大きく違ってくるようになるのだ。「哲学は神学の侍女」と言われるものだが、このことは現代でも全く変わっていないのである。

 哲学には「経験論」と「合理論」というものが存在する。経験論とは認識に於いて感覚的経験を重視する考え方であって、合理論とは認識に於いて理性を重視し、感覚的経験を不要とする考え方である。これは全く正反対の考え方なので、どちらかの考え方に立てば、もう一方の考え方は廃棄されることになるいのだ。

 もしもその作家に宗教心があるなら、必ず経験論に立脚する筈である。神の絶対性の前には人間は無力化する。人間に理性があったとしても、その理性はなんの役にも立たないのだ。人間は無力ゆえに地道に経験を積んで行き、この世に対する知識を獲得していかなければならないのである。

 厄介なのは、人間というものは若い時には合理論の方に惹かれてしまうという現象が起こることなのである。若者というのは人生経験も足りなければ知恵も足りない。だから合理論のように理性を剥き出しにして書いた本があるなら、それに飛びついてしまうのである。

 若いのだから世界のあちこちを歩き回り、地道に経験を蓄積していけばいいものを、そういうことをせず、何かのイデオロギーに洗脳されてしまい、そのイデオロギーによって世界を見ようとしてしまうのである。大抵、イデオロギーに洗脳されるのは若い時なのであって、絶対に年を取ってからではないのだ。

●知的正直

 作家と雖も法の支配で活動しているものなのである。具体的には著作権法があればこそ、作家は自分の著作権が守られ、収入を得ることができるのである。作家はただ単に法令を遵守すればいいというものではない。作家には絶対に持たなければならない職業倫理が存在するのだ。

 それは「知的正直」である。作家に知的正直という職業倫理があれば決して嘘をつかくなる。嘘をついていないからこそ、その本は価値を急上昇させることができるのである。読者よりも作者の方がその本に関しての情報量は多く持っているものだ。だからといって作者が読者を欺いているようでは、その作家の本は価値がないと言っていいのだ。

 知的正直という職業倫理は放置しておいて生まれて来るものではない。人間は多少の知識を得れば、必ず人を騙すことに使い出すものだから、知的正直という職業倫理を持つことができないのである。だから宗教心が大事なのである。神様が常にあなたを見ているのだから、嘘をついてはならないとするからこそ、その作家は嘘をつかなくなるものなのである。

 知的正直とは言ってみれば「誤魔化さない」ということなのである。作家が作家としてレベルアップしていくためには、とにかく誤魔化さないことが肝要なのである。自分を誤魔化さないで物事を突き詰めていけば、必ず然るべき所に到達するものなのである。そこに辿り着いたからこそ、その作家が書いた本は価値を有することになるのである。

 ビジネスマンが紛い物を作って売ったのなら、それが発覚すれば社会問題になってしまうものだ。それなのに作家たちが紛い物の本を作って売ったのんら、なんで社会問題化しないのが、俺には不思議で堪らないのだ。「言論の自由」があるからといって、なんでも言っていいものではないのだ。嘘が出回るようになってしまえば、言論の自由自体が破壊されてしまうことになるのだ。

●調べていけば嘘が解る 

 作家が嘘をつくことはなぜいけないかといえば、それは読者たちを騙すことになるからだ。それだけでなく「嘘は新たな嘘を呼ぶ」ものなのであって、一度でも嘘をついてしまえば、嘘を大量生産していかなければならなくなるのだ。しかし嘘は所詮「嘘」なのであって、いつかはバレるものなのである。

 例えば「従軍慰安婦」なんてものは歴史の中で一度も存在したことがないものなのである。如何なる軍隊も、医師や看護婦を従軍させても、売春婦を従軍させることなどないのだ。その理由は簡単に従軍させる必要がないからなのである。

 従軍慰安婦なる異常な言葉は旧日本社会党の女性党員が九州でビラを撒いたのが始まりなのである。その後、社会主義者の学者たちが従軍慰安婦を取り上げて本を執筆し、それが出回ることによってあたかも従軍慰安婦が存在したかのように思われているだけなのである。

 恐ろしいことに、自民党政権ではこの従軍慰安婦に対してきちんと学術調査もせずに、中国や韓国との外交が揉めることを恐れて謝罪してしまい、賠償金まで支払ってしまったのである。当の日本政府が認めたものだから、国際社会も日本軍は第二次世界大戦に於いて従軍慰安婦を持っていたと認識してしまったのである。

 従軍慰安婦というのは嘘である。実際に存在していたのは売春婦たちであり、戦場売春婦というべき女性たちが売春を行っていたにすぎないのだ。彼女たちは戦時中に儲けただけではなく、戦後半世紀も経ってから日本政府から賠償金を貰えるという、とんでもない大儲けをしてしまったのである。

 従軍慰安婦なんてものは存在したことがなかったのだから、まともな知識人であるならこの従軍慰安婦の存在を否定して来る。しかしそうやってまともな意見を出しても、今度は国際連合がそのような発言は従軍慰安婦たちへの差別に繋がると勧告して来るのである。本当に狂った事態になってしまったのである。まさに「洗脳は新たなる洗脳を引き起こす」のである。

●とにかく本を買う。そして沢山読む

 世の中には新聞やテレビといってマスコミが報道しているから、「この情報は正しいことである」と思ってしまうバカたちが大量に存在しているものだ。新聞やテレビだからこそ嘘をつくことも有り得るのだ。しかも新聞やテレビはマスコミだから一旦嘘をつけばその嘘のスケールが遥かに大きくなるものなのである。

 人間は小さな嘘を見破ることができるのに、大きな嘘となると見破ることが困難になってしまう間抜けな動物なのである。世の中には自分の想像を絶するとんでもない悪党が存在することを決して忘れないことだ。その大掛かりな嘘によってその悪党たちが莫大な利益を得ているものなのである。

 だから、とにかく本を買う。そして沢山本を読むことだ。本というものは自分が自腹を切って買わないと、本の真贋が解らないのだ。自分がお金を出して買ったのに、その本がインチキ本であるなら、大いに悔しがるものだ。そして次からはインチキ本を買わないようにし、出来るだけ良い本を買おうとするようになるものなのである。

 本は買ったとしても読まなければ意味がない。読書をすれば何かしらの知識を得るから、更にまた新たなる本を読み、自分をレベルアップさせていくのである。一度でも読書の楽しみを覚えたのなら、読書量というのは増え続けていくものなのである。

 本を買わずに、図書館を利用するというのは感心できない。というかそういう読書の仕方は非常に危険なのである。図書館でなら無料で本を借りることができるので、そうなると本の真贋が解らなくなってしまうのである。下らない本を大量に読んでいては、優れた読書家だとは言えないのだ。優れた読書家というのは、必ずと言っていいほど「本の目利き」でもある人なのだ。

●読書の質を上げて行く

 読書の質を上げていくためには、「白紙の落書き」の類の本を読まないようにすることだ。その手の本は幾ら読んでも無意味なのだ。内容が何もない本は悪書よりも酷い結果を引き起こしてしまうのである。「白紙の落書き」を読むくらいなら、悪書を読んだ方がまだマシなのである。

 どのジャンルにもトップレベルがあるのだから、早い段階でそのトップレベルにある本に手を出すべきなのである、自分の知的レベルが低ければ、その手の本を読むのはしんどい。しかしそうやってしんどい思いをするからこそ、早くにそのジャンルでトップレベルに到達してしまい、その後の展開が物凄く楽になるのだ。

 トドメは愛読書を繰り返し読むようにすることだ。愛読書は今の自分の最もフィットしたものなのであって、愛読書を読むと脳が大いに刺激されることになるのだ。そして愛読書を丹念に読んでいると、段々と本の良し悪しが解って来るようになるのだ。

 読書好きが高じて「本の虫」になってしまい、本を大量に読んで行っても、大成しない人たちが大勢出て来るのは、読書の質を上げるという作業を怠っているからなのである。「白紙の落書き」を見破れないようではダメなのである。トップレベルにある本はどれかと解らなければダメなのである。愛読書を持っていないようではダメなのである。

 読書の質を上げないからこそ大量の本を読む羽目になり、それなのに読書による利益が非常に少ないのだ。読書の質を上げてしまえば、自分が読むべき本は限られて来る。そしてそういう本は価値ある物ばかりだから、読書をすればするほど利益が出て来るのである。

●人生は短し。だから良書だけを読むべし

 自分の人生というものは無制限ではないのだ。生ある者は必ず死ぬことになるものなのである。人間の死亡率というのは100%なのであって、このことに関しては今も昔も変わることがないのだ。人間は死ぬと解っているからこそ時間を大事にするようになるのだ。

 人生は短いのだから良書だけを読むようにすることだ。悪書を読んでいる閑などないのだ。良書を読めばそれだけ成長していくことができるから、より良い人生を実現できるものなのである。人間の体は食べた物によって作られると同じように、人間の知能は読んだ本によって作られるものなのである。

 ジャンクフードばかり食べていたら病気になるのは当たり前のことだ。それと同じように悪書を読んでいれば心の病気になることは当たり前のことなのである。悪書よりももっと酷いのは「白紙の落書き」だから、こういう物を普段から読んでいれば、自分の人生が台無しになるのは当然のことなのである。

 人間の人生はお金があれば幸福を買えてしまうこともまた事実なのである。勿論、全部の幸福を買うことはできない。しかし自分が欲する幸福の大半をお金で買えてしまうのである。だから人間はお金を手にした時、そのお金をどう使うかで自分の幸福が決まってしまうものなのである。

 或る者は自動車を買うこともあるだろうし、家を買ったりすることもあるだろう。或る者は服を買うこともあるだろうし、金銀財宝を買うこともあるだろう。それによって幸福になれるのなら、それを買うべきなのである。ただ忘れてはならないのは、良書を買ってその良書を読まないと、自分の幸福の獲得の仕方や維持の仕方が解らなくなってしまうということなのである。

 本当のお金持ちたちは実に良く本を読んでいるものだ。しかも本物の読書家たちが「これは良書だ」と判断した本をきちんと持っているのである。お金の使い方が解っている人はちゃんとした買い物をしているものなのである。幾らお金を持っていても、「白紙の落書き」の類の本を買っていれば、貧乏になっていくのは当たり前のことなのである。

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コメント

最近、夏特有の湿気が凄くて気分もジメジメしています><
タマティー様は湿気対策は何かされていますか?
ips細胞、最近興味があります。娘の火傷した皮膚を綺麗に治せる日が来るかもしれない・・・と少しですが期待しています。
ただ、癌化する恐れも懸念されているということで、やはりips細胞での一般化治療は夢で終わってしまうのでしょうかね・・・。今後の未来は予測不可能ですが、遺伝子細胞を用いて治療する日が来るとは夢のようで、到底考えにくいなぁと思ってしまいます・・・。
タマティー様はどう思われますか?

投稿: ひろこ | 2013年7月 5日 (金) 07時46分

あの~、ひろこさん、考えずすぎ!

俺、このブログのコメントで様々な人たちからコメントを受けているけど、「ips細胞」なる用語を使って来たのは、ひろこさんが初めてです。

ips細胞って、現代医学では治せない病気に対して使うもんであって、火傷程度のことでは使いませんよ。

それに娘さんの火傷の跡も、大きくなれば小さくなるだろうし、そんなに目立つものではないですよ。

そんなことよりも外に出て、一緒に遊ぶ!
そして家事をきちんとこなす!
そういうことをやっていましょうよ。
雑念が多いと、また変な事故を起こしますよ。

投稿: タマティー | 2013年7月 5日 (金) 17時38分

こんばんは。
アドバイス通り、「海苔」「ヒジキ」「高野豆腐」「レバー」「ナッツ」を食べて息子の貧血予防をしています。

また相談させてください。
昨日で九ヶ月になった息子の人見知りがありません。いつ始まるのでしょうか?おまけに後追いらしい後追いもありません。
機嫌悪くなったら抱っこして爆笑させて遊んだら、1人で遊んでくれます。

それから、幼児向けの人形劇や手遊びの催し物へ行ってきたのですが
1時間ほとんどお座りして観ていました。
途中飽きてお茶を飲んだり隣の子供に話しかけてニコニコしていましたが…。
ママ友に、お利口さんで偉いね、と言われたのですが
周りの子は泣いたりハイハイや歩いてどこかへ行ってしまう様子をみていると、
これは貧血の影響でだるくて動きたくないのかなと不安になってしまいました。
劇の休憩中にテープで出来た天の川をくぐるスペースがあったので連れていくと、少し動いてじーっとテープを観察していました。

ズリバイ出来るようになったのに、家の中でも面白いものを見つけると熱心に調べてたいして動きません。
目的の物まで移動して、到着したら5分でも10分でも眺めたりひっくり返したりしています。
色白だし、顔色も悪いような悪くないような…
散歩が好きなので抱っこで散歩するんですが、そのせいで運動時間が減っているんでしょうか。

来週保健所である育児相談へ相談しようか迷っているのですが、
タマティー様のご意見をお聞かせください。

投稿: ひつじ | 2013年7月 5日 (金) 19時51分

ひつじさん、病気でもなんでもないので、安心しましょう。

育児をする際は、とにかく他の赤ちゃんと比較しないことですよ。
比較し始めたら、どうやっても不幸になりますよ。

乳幼児には積極的な乳幼児と、消極的な乳幼児の2種類があります。
積極的な子は本当に積極的でなんでも果敢に取り組んで行きます。
しかし消極的な子は本当に消極的で、あんまり動かないし、1人遊びが好きです。

通常、第一子が積極的になるんだけど、ひつじさんの所みたいに、第一子が消極的だと、第二子が積極的になります。

赤ちゃんにはそれぞれ個性が既に存在しているから、それを母親がきちんと受け入れることですよ。

投稿: タマティー | 2013年7月 6日 (土) 06時48分

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