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教養と知識

●教養って何?

 近代以前は学問に志す人なんか稀であった。数少ない人たちが向学心に基づいて勉強したのだから、学問によって自分自身の人格を陶冶したことは言うまでもない。だから江戸時代には学者として名を残した人は、人格的にも立派であったのである。

 江戸時代までなら、「教養」という言葉は、「学問によって高められた品位」ということを意味したのである。日本の学問は儒教から派生していったことを絶対に忘れてはならない。「国学」も「蘭学」も儒教の影響を受けて誕生してきた学問なのであって、儒教以外の学問をすることで人徳を高めていったのである。

 しかし、近代化以降、学問は変化してしまった。日本は欧米列強に追いつこうとしたために、学問によって人格を陶冶していくという遠回りをしなくなってしまった。学問によって即物的な物を求めてしまったのである。学問が持つ或る部分だけに惹かれてしまったのである。

 日本は運の悪いことに、明治維新という大事な時期に福沢諭吉という軽薄な学者が出してしまった。このバカ学者は『学問のすすめ』を書き、これをベストセラーにしてしまったのである。しかも彼は慶応義塾大学を作り、学生たちを育てたものだから、「学問の歪み」が決定的なものになってしまったのである。

 だから近代以降、教養という言葉は、「先進国の知識人として最低限持つべき知識」程度に成り下がってしまったのである。このため知識があれば他人を見下し、知識があってもその奥にある何かを究明しようとはしなくなってしまった。それゆえ「傲慢で薄っぺらい知識人たち」が大量発生してしまったのである。

●知識過剰による専門バカ

 知識があれば立派なのかといえば決してそうではない。というか絶対にそうではない。知識を大量に持ってしまったためにダメになってしまった人々を我々は大学の構内に於いて確実に見ることができる。よりによってダメになった人物は大学教授を名乗っているのだから厄介なのである。

 大学教授こそ、福沢諭吉によって擦り替えられた教養の犠牲者なのである。学者は自分の専攻分野で働くためには大量の知識を持たなければならない。しかし人間は大量の知識を持ってしまうと、脳味噌が爛れてしまう危険性を常に持っているのだ。人間の脳にはそういう危険性があるのだから、充分に配慮しながら研究をしていかなければならないのに、教養の本来の意味が解っていないと、なんの配慮もしなくなってしまうのだ。

 世間の人たちは学者であっても、人格に問題のある人物を「専門バカ」と罵っている。世間の人たちは学者ほど知識を持っていないが、知識過剰になってしまうと専門バカになってしまい、なんの役にも立たないどころか、使えば有害になることを充分に理解しているのである。

 知識というものは使い方を誤れば非常に危険なことになってしまうのである。どんな学問の知識であっても、それを悪用すれば殺人を引き起こし、その殺人を正当化するために使用できてしまうものなのである。学問にはそういう危険性があるからこそ、知識の追求ばかりしていては非常に危険なのである。

 近代国家は大量の知識を使用することになるから、専門バカでも仕事はあるのだ。しかしその代償は激しく、大学から「本物の学問」が消え、学者たちは「徳なき名誉」「知恵なき理性」「幸福なき快楽」だけを持つ存在に堕落していくのである。学問は大学の外で消滅したのではなく、大学の中で消滅したのである。

●大学教授に高徳を求めてはならない

 大学教授に高徳を求めてはならない。大学教授が高徳を持つことは有り得ないのだ。学生たちは大学教授たちの中に人格的に優れた人物がいるだろうなどと間違った考えを抱いてはならない。大学教授たちの中に人格的に優れた人物はいないのだ。

 学問というのは人格的に優れた人物から教わった方が早くに上達するし、早くに一人前になることができる。しかし近代以降の大学はそういうようにはなっていないのであって、知識過剰のために碌でもない人物が大学教授になっている場合が殆どなのである。

 大学に進学したのなら、大学はそういうものだと割り切るべきであって、せっせと勉強していけばいいのだ。学生が向学心を持ち、地道に知識を吸収していけば、いずれ大学l教授の真贋が自分でも解って来るから、後は優れた学術論文を作って、バカな学者たちを追い抜いていけばいいだけのことなのである。

 若い時は体力があるのだから、大学教授の講義を受けて勉強するだけでなく、大学の図書館に籠って勉強することは勿論のこと、本屋で本を買い漁ったり、大学の外に出て様々な人たちと会うことが必要なのである。学生の時に動き回れば動き回るほど、その後の人生で大いに役立つことになるのだ。

 どんな学問であっても10年間勉強し続ければ必ずトップレベルに立つことができる。最初に接した時は高度に見えた学問でも、勉強しまくればそんなに難しいことはないのだ。大事なことは勉強し続けることであって、やめることなく継続し続けていれば、トップレベルに躍り出てしまうものなのである。

●大学教育への解毒剤

 学生だからといって、大学の勉強ばかりしていてはならない。知識を過剰に摂取してしまえば、脳が爛れることも有り得るのであって、自分だって勉強のし過ぎて、教壇の上に立っている人物と同じように「徳のない人物」になってしまうかもしれないのだ。

 大学で勉強しながら、自分の人格を陶冶するために「宗教書」や「自己啓発書」を読むことは絶対に必要なことなのである。これらの書物だけが大学教育の解毒剤になりうるのであって、逆に言えばこれらの書物を読まなければ知識過剰のために人徳が猛スピードで消滅して行くことになるのだ。

 宗教書は「宗教家」が書くものだし、自己啓発書は「成功者」が書くものだ。学者が書いてこないということでは共通項があるのだ。大学から道徳が消滅してしまった近代に於いては、こういう形で道徳を学んでいくしかないのだ。大学の勉強だけをしていればいいというのではないのだ。

 恐ろしいことに、一流の大学であればあるほど、そこの大学教授たちは宗教書や自己啓発書をバカにしてくるのだ。大学では宗教書も自己啓発書も禁書扱いなのである。専門バカになっている大学教授は宗教書や自己啓発書の価値が全く解らないのだ。

 だから学生が宗教書や自己啓発書を読んでいることが大学教授にバレれば、非常に危険なことになってしまう。宗教書や自己啓発書を読む時は大学教授に知られないように読むべきなのであって、大学教授の知らない所で自分の人格を陶冶していかなければならないのである。

●人生経験と知恵

 知識が豊富だからといって、幸せになるとは限らない。それどころか知らなくていい知識を知ってしまったがために不幸になることもあるのだ。確かに自分の知らない知識を知ることは楽しい。しかしそういう楽しさは所詮「ニュース」と変わらないようなレベルなのであって、いずれ詰まらなくなってしまうものなのである。

 大学教授たちがいつも顰めっ面をしているのは、自分の人生を本当に楽しんでいないからなのである。過剰な知識のためにどうでもいいことを考え、それなのに考えた所で何かしらの発見をしなければ、その思考は全て無駄になってしまうのである。

 人間は知識を持とうが持つまいが、「人生経験」と「知恵」を持たねばならないのである。人間としてすべき人生経験はきちんとしておく。知識に振り回されず、その奥にある知恵という物を見つけて行く。そういうことがこの世で生きるためには必要なのである。

 幸福という物は偶然に起こることも有り得るが、人生を楽しみたいのなら幸福を必然的に引き起こして行くことが必要なのである。そのためには「知的幸福」という考えを持つべきであって、頭を良く使って、偽物の幸福に騙されることなく、本物の幸福を追求していくべきなのである。

 見せかけの名誉を追い求めるのではなく、人がどう評価しようが地道に徳を積み、理性を使って知識から知恵を見抜き、人生を楽しみながら本物の幸福を実現していくのである。知的幸福という考えを持っている者だからこそ、この世に於いて人類が本当に必要とする物を生み出して行くことができるのである。

 知的幸福を突き詰めていけば、最終的には「至福の境地」に辿り着いてしまう。至福とは人間が幸福を作ったのではなく、神が幸福を作ったと解った瞬間に発生するこの上もない幸せのことを言う。結局、至福の境地に辿り着いた人は必ず後世に残るような偉業を成し遂げるから、その幸福は末永く続くことになるのである。

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