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ポルポト 正気で凶器の大量虐殺

●カンボジアの悲劇

 東南アジアというのは非常に豊かな地域である。豊かだからこそ、東南アジアでは人口が密集しているのである。これを可能にしているのはなんと言ってもその温かい気候で、米作りが三期作もでき、果物や野菜だって大量に取れてしまうのである。

 本来なら東南アジアに強国が出現してくる筈である。事実、古代に於いては強国が出現してきた、しかし東南アジアに仏教が普及すると、途端に国民も国家も弱くなってしまい、最終的にはイギリスやフランスの植民地になってしまったのである。カンボジアもその1つで、フランスの植民地になって、徹底的に搾取されまくったのである。

 カンボジアがフランスの植民地支配から脱することができたのは、日本が大東亜戦争に於いてフランス軍を駆逐してしまったからなのである。これによってカンボジアは独立を回復した。ところが日本が戦争に負けてしまい、再度フランスの植民地に転落し、1953年にフランス連合の枠組みの中で独立を回復した。

 それなのにカンボジア王国はシアヌーク国王による失政が続き、国内に反政府気運が高まり、それによって社会主義者たちが勢力を拡大していく。そこにヴェトナム戦争が勃発し、カンボジア王国はこの戦争に巻き込まれ、アメリカ軍の支援を受けたロンノル将軍がクーデターを起こし、王政を廃止して、クメール共和国を建国する。

 しかし中国はアメリカに対抗すべく、カンボジア国内のカンボジア共産党を支援しただけではなく、シアヌークまで亡命者として受け入れ、カンボジアは内戦状態になってしまう。そして1975年にポルポト率いるカンボジア共産党がカンボジア全土を支配し、民主カンボジアを建国した。

 今回紹介するのはこの本!

『ポルポト ~ある悪夢の歴史~』(白水社)

 作:フィリップ・ショート

 訳:山形浩生

●運よく出世、運よく革命

 ポルポトはカンボジアの中流の農民の出身である。従姉妹は国王の側室になって、王室とは繋がりがあった。カンボジア人としては非常に恵まれた家に育ったのだが、フランス革命やロシア革命でもそうだが、裕福で王室と繋がりがあった人ほど革命側に寝返っているのである。

 ポルポトは学校の勉強が余りできず、成績が悪かった。それなのに従姉妹が国王の側室になっているために奨学金を貰うことができ、そのお金でフランスに留学した。この留学の最中に社会主義者になった。しかし社会主義の文献を読んでも頭が悪いために良く理解できず、社会主義者たちの間でも遊離していた。

 カンボジアに帰国すると私立学校で教師として働きながら民主党の活動に加わる。その後、クメール・イサクラ連合に加わり、そしてカンボジア共産党へと流れて行った。カンボジア共産党では秘密主義によって党が運営されていたので、なかなか出世することができなかった。

 ところがカンボジア共産党の上層部の連中が政府の弾圧によって殺されて行くと、ポルポトはどんどん出世していき、最終的には書記長にまで伸し上がってしまったのである。しかもロンノル将軍のクーデターは国王を慕う農民たちをカンボジア共産党の支持者に変えてしまい、それで内戦を勝ち抜いて者気主義革命を実現してしまったのである。

 カンボジアの情勢はフランスが介入したり、アメリカが介入したり、中国が介入したりと複雑怪奇極まるものだが、ポルポトはカンボジア共産党をしっかりと掌握し、アメリカがヴェトナム戦争で敗戦すると、その機会を巧く掴んでカンボジア全土を征服してしまったのである。

●ポルポトの政治思想

 ポルポトは如何なる政治思想を持っていたのかというと、カンボジア共産党を率いたから社会主義ということになるのだが、そう簡単に断言することができない。というのは、ポルポトはそれほど頭が良くなく、それに彼自身、著作物を執筆して自分の政治思想を深めて行くということをしなかったからだ。

①仏教

 ポルポトはカンボジア人である以上、仏教の思想がその基盤にあると見ていい。ポルポトのカンボジア共産党の運営の仕方はまさに仏僧の遣り方とそっくりだからだ。自分で責任を負わず、集団で決定したことにする。仏教では個の徹底破壊が行われるのだが、仏教と社会主義は結び付き易いのである。

②ルソー主義

 ポルポトはフランスに行く前にルソーの『人間不平等起源論』や『社会契約論』を読んでいるのだが、ルソーの主張を完全に理解することはできなかったとしても、その文明嫌悪の思想はしっかりと受け取っており、革命を起こした時に文明を破壊しまくっているということでも、このルソー主義の影響が強かったことが解る。

③スターリン主義

 頭の悪いポルポトにとってはマルクスやレーニンの本は難しかったらしい。その代わりスターリンの『ボルシェビキ党の歴史』には興味を示し、スターリンは正しい指導力を強調し、「党は日和見的な要素を取り除いてlこそ強くなる」と主張していた。

 これこそスターリンがソ連で独裁政治をやれた理由であるのだが、ポルポトはこれをしっかりと学んでいる。ポルポトがカンボジア共産党書記長になると、混迷にあったカンボジア情勢に於いて、全く日和見的な行動を取らず、社会主義革命に向かって突き進んで行っているのである。

③無政府主義

 実を言うと。ポルポトは社会主義者でありながら、無政府主義の影響をも受けている。ポルポトの愛読書はピョートル・クロポトキンの『大革命』であるのだ、この本の中でブルジョア階級出身の知識人と農民とが手を汲んだからこそフランス革命は成し遂げられたと書かれており、農民が殆どのカンボジアではまさにピッタリの思想であったのである。

⑤毛沢東主義

 正統な社会主義理論では、ブルジョア革命を経てプロレタリア革命へと移行するのだが、カンボジアではブルジョア階級が発達していないので、ブルジョア革命を期待できない。この問題は中国でも同じで、だから毛沢東は『新民主主義論』を書いて、反帝国主義・反封建主義の「民主主義革命」を行い、その後、「社会主義革命」を起こせばいいと主張したのである。

 ポルポトはこの毛沢東主義をそのまま受け入れている。カンボジアの現実を踏まえて社会主義革命を行って行くというのは、まさにポルポトがやり続けたことだからだ。カンボジア共産党が日本共産党みたいにイデオロギー闘争が起こらなかったのは、徹底して現実主義を貫いたからなのである。

 こうして見て来ると、ポルポトの政治思想は社会主義者であるといっても、マルクス・レーニン主義の正統派から外れていることだけは事実である。仏教とルソー主義とスターリン主義と無政府主義と毛沢東主義を組み合わせると、とんでみない政治思想が出来上がってしまったということなのである。

●結果的に大量虐殺?

 著者のフィリップ・ショートは、「ポルポトは大量虐殺を目指して大量虐殺をやったのではなく、社会主義社会の実現を本気で目指そうとしたら、国民に対して大量虐殺を強いてしまった」と結論づけている。俺はこの見解には反対である。そんなこと絶対に有り得ないからだ。

 社会主義というのは私有財産制を廃止してしまうがために、国民は経済的に無防備になり、それで確実に政府による大量虐殺の餌食になってしまうのである。「私有財産なくして自由なし」というのは絶対に忘れてならない考えなのである。

 ポルポトはカンボジアの首相に就任すると、国民を革命前にカンボジア共産党を支持した者たちを「基幹民」とし、それ以外の者たちを「新人民」とし、基幹民には充分な配給を行ったが、新人民には碌な配給をしなかったのである。これでは新人民たちが飢えるのは当然のことなのである。

 しかも知識人たちを強制収容所に収容し、そこで思想改造を行った。強制収容所では基本的に虐殺が行われていたのであって、この強制収容所から出てこれたのは非常にごく僅かな人たちだけであったのである。強制収容所で大量虐殺が行われているのに、大量虐殺を意図しなかったということは絶対に有り得ない。

 しかしポルポトが本気で社会主義革命をやろうとしたのは事実である。「通貨の廃止」「私有財産の募集」「都市の破壊」ということをやり、国民全員が労働に従事すれば、誰もが豊かになれる理想郷を作ると信じ、それを本気になって実行したのである。

 その結果、カンボジアでは100万から200万人が死んでしまった。カンボジアの人口が700万人から800万人なので、人口の20%前後の人々が大量虐殺されたということなのである。80対20の法則を使うと、その効果は80%になり、それでカンボジアは長らく世界最貧国に転落し続けてしまったのである。

 因みにこの犠牲者たちの数には餓死者は含まれていない。生産共同体の設立によって米の収穫量が激減し、カンボジアでは飢饉が発生し、餓死者の大量に出たのである。人肉食の横行したぐらいだから、飢饉は本当に深刻だったのである。

●読後感想

 俺は今まで色々な本を読んできたが、読書で頭痛になったのはこの本が初めてである。カンボジアの複雑な事情を踏まえつつ、ポルポトのこれまた謎めいた動きを追っていくと、頭の中がこんがらがって頭痛を発症してしまった。それでもなんとか読み終えたので、やっと安堵することができた。

 最近、縦書きの本がつらくなってしまった。横書きの方が読み易いから、頁数の多い本は横書きにして貰いたいものだ。この本は本文が長いだけでなく、注と出所も大量に掲載されているので、縦書きの本だと非常に読みにくいのだ。横書きにした方がこの本はもっと売れたのではないだろうか?

 それにしてもポルポトの悪夢は決して他人事ではない。日本でも日本共産党が存在し、日本国民に対して大量虐殺の準備を着々と進めているのである。カンボジア共産党だって革命を起こすまでそんな残虐なことをしていなかったのだ。しかし革命が発生した途端に本性を剥き出しにしてカンボジア人たちに襲いかかって大量虐殺を働いたのである。

 俺がこのほんを読んでつくづく思ったのは、

「日本はカンボジアに手を出してはならない」

ということであった。日本は大東亜戦争でたまたまカンボジアを解放してしまったが、ポルポトの悪行の後始末も日本がやってしまったのである。こういうことをして日本が何か利益を得たわけではなく、日本だって大損害を被ってしまったのである。

 東南アジアは基本的に華僑たちの支配下にあるのであって、カンボジアだっていずれは経済的には華僑の支配下に入ってしまうのである。確かに日本とカンボジアが貿易することは必要だが、絶対に深入りしない方がいい。カンボジアを取り巻く環境は余りにも複雑すぎているからだ。

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