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2014年7月

『源氏物語』の後に出て来た凄い作品

●『源氏物語』の呪縛

 平安時代の文学は『源氏物語』で最高到達点に達し、平安時代が終わると女性作家が書く文学作品が消滅してしまう。鎌倉時代以降、日本は父系家族制へと移行したために、女性は家長の妻として重要な地位と権限が与えられるようになり、文学を作っている閑がなくなってしまったのである。

 『源氏物語』では母系家族制から父系家族制への移行で女性たちが戸惑い悩むのであるが、その不安が現実的な物になり、女性たちは変わらなければならなくなった。北条政子の登場はまさにそれを象徴する出来事なのであって、夫が死んだ場合、妻は亡き夫に変わって武士たちを率いねばならず、となれば政治や戦争に対して詳しくならなければならないということなのである。

 武家の時代は封建制度を採用するのだが、この封建制度は平和を産み出しはするが、戦争をも産み出す。領地を獲得した武士たちはそこで繁殖していくから、当然にいずれは人口が飽和状態になる。それで新たな食い扶持を得るために戦争を引き起こして来るのである。

 こうなってくると、女性たちに求められるのは、とにかく子供を大量に生むことなのであって、男子は戦争に備え、女子は政略結婚の道具として戦争を回避する道具として使用していく。もうこうなってしまうと、『源氏物語』で展開されるようなお話では女性たちになんの説得力もなくなってしまったのである。

 女性作家たちが出て来ないということが、当時の女性たちは不幸だったということはできない。当時の女性たちは文学作品を必要としないほど、リアルな世界の中で生きていたということなのである。平安時代とは比較にならないほどの地位の向上が、女性たちの文学離れを引き起こしたのである。

●井原西鶴著『好色一代男』

 江戸時代では儒教の力を借りて父系家族制が理論的に強化されるのだが、その時期に『源氏物語』をひっくり返す文学作品が登場した。それが井原西鶴の『好色一代男」である。『源氏物語』の主題は「密通」なのであが、『好色一代男』の主題は「好色」である。

 光源氏は母親をなくしたために、自分の母親に愛されなかったというコンプレックスが様々な女性たちに手を出すということになるのだが、世之介は生まれつきスケベで、それで様々な女性たちに手を出すということになる。このバカらしさがこの小説の魅力であると言っていい。

 因みに、世之介は女性ばかりに手を出したのではなく、男性にも手を出した。世之介は男色家だったのであって、この点が『源氏物語』とは決定的に違う。平安時代も末期になると男色が流行し始めるのだが、『好色一代男』は男色の流行以後でないと絶対に出て来ない作品なのである。

 世之介が生涯にやった人数は、女性が3742人で、男性が725人である。要はよく男性たちにありがちなやった数に走ったのであって、このため『好色一代男』には恋愛らしい話は1つも出て来ない。まさに好色を貫いたのであって、女性読者たちの共感を得られることは絶対にない。

 光源氏もセックスをやりまくっているのだが、世之介ほどここまでセックスをやりまくった主人公は存在しない。文学というのは、架空の物語世界だからこそ、現実世界では許されないことでも許されてしまうのであって、『源氏物語』が密通を描き、『好色一代男』では好色を描いただけのことなのである。

 『源氏物語』を読んで、「平安時代の貴族たちはこういう生活をしていたんだな~」と思うことはバカのやることであって、『好色一代男』を読んで、「江戸時代の男女はこういう生活をしていたんだな~」と思うこともバカのやることなのである。『好色一代男』は官能小説であると同時に、各遊郭の宣伝本と考えた方がいい。真面目に受け取ると、本当にバカを見ることになってしまう。

●尾崎紅葉著『金色夜叉』

 日本は明治維新によって近代化が始まると、欧米の影響を受けて更に父系家族制が強化された。夫婦同姓が法制化されたのは明治になってからなのであって、これによって父系家族制は新たな段階に突入した。女性の地位と権利がより強化されたということになのである。

 夫婦別姓だと、女性は所詮「借り腹」なのであって、子供を産むことができないのなら嫁ぎ先を去らねばならなかった。しかし夫婦同姓だと、女性は嫁いでしまえばその家族の一員になるのであって、妻として強力な権限を持つようになったのである。となれば、女性たちがより良い男性を求めて結婚しようとするようになる。

 そうなると男性たちは持てる男性と持てない男性と明確に分かれてしまうのである。

 この結婚制度の変動期に尾崎紅葉は『金色夜叉』を書いた。『金色夜叉』は『好色一代男』以上に『源氏物語』を意識して書いた。尾崎紅葉はどこをどう意識したのかというと、光源氏のように持てる男性を主人公にしたのではなく、間貫一のように持てない男を主人公にしたのである。

 日本文学は『源氏物語』の圧倒的影響力を受けているので、主人公は皆持てるのである。しかしこれは盲点なのであって、それをひっくり返せば持てない主人公を産み出すことができるのであって、だから『金色夜叉』は革命的な文学作品なのである。

 ところが悲しいことに、この『金色夜叉』は文学者たちに理解して貰えない作品であるのだ。尾崎紅葉が早死にしてしまったり、『金色夜叉』が未完成だったりといった理由があるのだが、俺に言わせれば、「文学者たち自身が女性に持てないために、この小説は生々しくて読めないのだ」ということなのである。

●古典をどうパクるか?

 古典を読み、それを研究して行くことは確かに大事なことである。しかし人間は古典に押し潰される危険性を持っていることを絶対に忘れてはならない。紫式部の『源氏物語』は日本文学史に於いて最高の古典なのであるが、それと同時にこの『源氏物語』は『源氏物語』バカを大量に産み出していることもまた事実なのである。

 古典を乗り越えて行くためには「パクリ」という物をやらねばならない。パクるからこそ分解されていくのであって、パクることによって新たな文学作品を産み出すと共に、その古典に対して新たな評価だって見えて来るということなのである。

 パクれないということはその古典をちゃんと理解していないということだ。例えば日本の少女漫画ではなぜだか主人公の女性は男性たちから持てている。『源氏物語』の光源氏が女性たちから持てていたことの裏返しを少女漫画ではやっているのである。

 しかし実際の少女たちは男性たちから持てないことを嘆いているものなのである。だったら男性たちから持てない少女の話でも少女漫画にすればいい物をそういうことができないのである。尾崎紅葉はその男性バージョンをやったのである。だから名作を作り上げることができたのである。

 作家にしてみれば、自分の作品を作りたいという気持ちがはやってしまうものだ。だがそれでは独り善がりの貧弱な作品しか作れない。作家だからこそ古典を愛読して、その上でより素晴らしい作品を作り上げていかなければならないのである。

 そういった意味で文学というのは「創造の産物」であると同時に、「相続の産物」であるということなのである。

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タマティー注目の碌でもない演歌歌手「紅晴美」

●福島県が産んだ史上最悪の演歌歌手「紅晴美」

 最近、演歌専門チャンネルという物があることを知り、少しばかり見入ってしまった。全ての番組が演歌物だから、演歌のことを好きな奴しか絶対に見ない。このため番組の質が普通の番組よりもかなり高く、演歌になんの興味もない俺でも充分に楽しめた。

 俺はその番組に「夏川りみ」がたまたま出ていたからこそ、その番組を見ていたのだが、その番組になぜだか俺が全く知らない演歌歌手が出ていた。その演歌歌手の名は「紅晴美」。見た目はブス。体型はチビデブ。しかしキャラは強烈であって、俺は久々に、

「この演歌歌手は絶対に売れる!」

とすぐに思ってしまった。

 俺には演歌に対して理論があって、女性の演歌歌手で出来のいい歌手は、「とにかくブスでなければならない」と思っている。それにいい歌声を出すためには「寸胴」の方がいいのであって、案の定、紅晴美は歌は巧いのだ。そしてブスでチビデブなら性格が強烈になるものだから、それゆえ他人よりも1つ抜きん出ることができるようになるのである。

 紅晴美の凄い所は歌手でありながら、シンガーソングライターでもあるということだ。要は自分で自分の歌を作ってしまう。演歌歌手も売れた後は自分の曲を作ったりするが、最初から自分の曲を作ってしまう人物は考えてみればいないものなのである。

 紅晴美は福島県いわき市出身ということなのであるが、まさに福島県が産んだ史上最悪の演歌歌手である。なぜ史上最悪かは彼女の姿を見てみればいい。今の演歌界に足りない物は、紅晴美が持つ「毒々しさ」なのである。みんな「いい人」ばかりだから、演歌に変化を齎すことができないのである。

●非難囂々の紅晴美

 実を言うと、この紅晴美は既に非難囂々である。ニッポン放送で番組を持っていたのだが、リスナーの方々から、

「紅晴美はニッポン放送から出て行け!」

とクレームが殺到したというのだ。こういうクレームをぶつけたくなる気持ちは実に解る。なぜなら「晴美」という名の女性はとにかく出しゃばるので、それを嫌がる人は徹底的に嫌がってしまうのである。

 ブスの人が全然解っていないことに、「自分はブスなんだ」という自覚であろう。女性の場合、美人の女性なら言っていいことでも、ブスの女性なら許されないことがある。親しくもないのに慣れ慣れしく話せば、美人の女性なら「なんて気さくな人なんだろう」と思われ、ブスな女性なら「うざいんだよ」と思われてしまうのである。

 紅晴美はまさにこれであって、ブスだからこそわきまえなければならないのに、相手を喜ばせようとあれこれ喋ってしまうのである。人生の経験値が足りないと言ってしまえばそれまでなのだが、革新的な人ほど叩かれるものだから、これをどう乗り切っていくかなのである。

 こういう場合、圧倒的な歌唱力があれば、その非難を全て吹き飛ばすことが可能なのだが、そこまで歌は巧くないのである。歌手デビューが遅かったので、場慣れしていないからマイクの持ち方もまだまだと言った所で、雑音が入ってしまうような持ち方をしているのである。

 ただ紅晴美には「伸び代」があると考えることもできるので、既存の演歌歌手たちのようにもう完全に出来上がってしまい、今後どうやったとしても発展していく可能性がない人たちよりも断然にいい状況にあると言ってもいいのである。

●芸名が悪すぎる

 しかし紅晴美は芸名が悪すぎる。紅晴美自体、名前の響きは良いものなのだが、なんせ画数を調べて行くと、どう解釈したとしてもダメなのである。

「紅晴美」 総画は30画

なので、これだと一時的に売れるかもしれないが、その人気を持続できない。しかも陰陽が「陽陰陽」なので、これだと挟みになってしまい、パワーを思う存分発揮できないのである。

 だから歌唱力が充分にあり、シンガーソングライターでもある紅晴美になかなか人気が出ないし、ブレイクもしないのである。そこで俺が紅晴美のために芸名の改名案を考えた。「紅晴美」は名前の響きがいいので、これを残しつつ、多少手を入れる程度にした。

①紅デブ晴美

 そのまんまではないかと思うが、この芸名は強烈であり、一度聞いたら絶対に忘れることはない。しかもこの芸名の総画は「38画」で、芸術性を高めることができることができるのである。紅晴美がなんで非難を受けてしまうのかといえば、芸術性がまるでないからなのである。

②紅野晴美

 紅野晴美はこれを音読してみれば解ることだが、こちらの方が言い易い。特にステージ上では「紅晴美」よりも「紅野晴美」の方が聴衆の頭に入り易い。しかも総画が「41画」だから、エネルギッシュになって攻めて行くlことができる。演歌の世界は小さな世界なので、エネルギッシュに動いている奴がいれば目立つものなのである。

③紅丸晴美

 紅丸晴美は総画が「33画」になって、パワーは最大化し、非常に飛躍し易い芸名となる。33画は女性だと強すぎる名前になってしまうのだが、紅晴美は苦労人といえば苦労人なので、これを制御できるだけの精神力は持ち合わせていると思う。

●デブだからこそファッショナブルに

 紅晴美に対してもう1つ頂けないのが、ファッションセンスの悪さである。個人的には今のレベルのファッションでも別に構わないと思っている。しかし紅晴美がブレイクしていくためには、これではダメなのである。もう少し派手にならないとヒット曲を生み出せないのである。

 デブはどう転んでもデブである。

 デブはそのまま姿で居ることは許されないのである。

 これはダイエットをしろと言っているのではない。デブだからこそファッションを奇抜にして、それで目立つようにしなければならないのである。考えてみれば、芸能界で売れているデブはみんなファッショナブルなのである。

 ただデブだからこそ、みんながそれに気付かないだけなのである。デブが着るがゆえに、全然綺麗に見えないのだが、実は高級ブランド品だったり、一流のファッションデザイナーが作った物だったりする。当然にお金はかかる。しかしその投資はデブが生き残っていくためには絶対に必要な出費なのである。

 世間の人々、特に中年女性たちというのは実に卑劣で、デブな女性歌手がド派手な衣装を着て歌っているのに、それを見て「似合わね~」と言ってストレスを発散させているのである。「天童よしみ」はまさにそういう役割を果たして人気を得続けているのである。

 俺は紅晴美の「性格の良さ」「喋りの巧さ」「抜群のデブ具合」を買っている。こういう物が揃えば、本来なら人々に愛されるような人物になる筈である。ところが実際にはなぜだか彼女の体からは毒々しさが出ているのである。この「毒の力」を使ってブレイクしていき、演歌界に変革を引き起こして欲しいものだ。

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「農民たちの農地破壊」と」「日本の崩壊」

●日本の農業は危機に瀕している

 昭和憲法体制下に於いて、日本国民は経済的繁栄を実現したが、その経済的繁栄の土台は既に完全に切り崩されている。日本の農業はアメリカ合衆国の陰謀と謀略によって完全に破壊されてしまい、日本の農民たちはよりによって日本の国土を破壊する農業をやりまくっているのだ。

 日本は島国なので大陸のように最初から豊かな土壌がある訳ではない。日本の農民たちは農業を始めるに当たってまずは「土作り」から始めなければならない。その際、必要になってくるのが「堆肥」や「人糞」であって、堆肥や人糞を農地に撒き、土壌のミネラル分を多くするからこそ、農地として使えるようになる。

 ところが日本は連合軍に占領された時に、この日本の農業の基本が破壊されてしまった。堆肥ではなく化学肥料、人糞の使用の禁止、このため土壌が病的になり、そのために害虫が大量発生する可能性があるので、それで農薬を使用するということになってしまった。 

 それでどうなったかといえば、栄養価の激減した農作物を大量に作り、それを平気で市場に流通させているのである。化学肥料と農薬の使用は農業のコストを決定的に高めてしまうから、それで幾ら働いても経営が苦しいのである。挙句の果てには息子が農業を放棄してしまい、耕作放棄地が激増してしまったのである。

 アメリカ合衆国は日本を占領中に農地解放を行い、日本の農民の耕作地を零細にしてしまった。そして60年以上経ってから今度はTPPで農業の自由化を求めて、この競争力を欠いた日本の農民たちを失業に追い込もうとしているのである。

 日本の農業が壊滅すれば、日本の食料は全てアメリカ合衆国に握られてしまい、その時になれば最早「国家の独立」など全くありえなくなってしまう。もしも日本政府がアメリカ合衆国政府のやっていることに反対意見を言えば、アメリカ合衆国政府は日本に対して食料品の輸出を止めることができる。もうそうなったら、完全にアメリカ合衆国の言いなりになってしまうのである。

●病気の蔓延

 現在、日本の市場には見た目だけは立派な農作物が流通しているが、日本の農作物の栄養価は本来の農作物に比べて圧倒的に低い。特にビタミンやミネラルが決定的に欠如しているのであって、それでそれを食べた人たちが病気になってしまうのである。

 子供が罹るアトピー性皮膚炎など、栄養価の高い農作物を食べていれば絶対に起こることはない。しかし栄養価の低い農作物を食べていれば、アトピーが出て来てしまうのである。アトピーは病院に行って治る物ではない。食事を変えていかないと絶対に治らないものなのである。

 女性が罹る子宮内膜症とか子宮筋腫もビタミンやミネラルの不足から来るもので、ビタミンやミネラルが足りないために、月経血が巧く排出されず、それで子宮が異常を起こしているだけなのである。これを放置しておけば子宮癌になる。たったそれだけのことである。

 癌や白血病が日本で蔓延しているのも、栄養価の低い農作物を食べて続けて結果なのである。人間の体は40歳以降、徐々に酸化していくものなのだが、ビタミンやミネラルが不足していればこのスピードが猛スピードになってしまい、それで癌や白血病を発症ということになってしまうのである。

 病気にならないために色々な健康法を説くことは結構なことである。しかしなんで日本の食料品が余りにも異常に成り過ぎていることを指摘しないのだ。栄養価の充分足りている食品を食べているのなら絶対に病気になることはない。栄養価が不足している食品を食べているからこそ病気になってしまうのである。

●間違った料理法

 日本の食料品は土壌の貧しい場所から収穫された以上、元々栄養素が少ない。だったらその栄養素を大事に食べればいいものを、間違った料理法を行って、その栄養素を切り捨ててしまっているのである。栄養素を切り捨てて、あっさりした味を求める愚行ということをやっているのである。

 まずは「灰汁抜き」である。灰汁抜きなんて必要ない。というか、灰汁だって栄養素が入っているのである。灰汁抜きをしないと雑味が出て来てしまう。しかしそれがその料理の本来の味なのであって、雑味を抜いてしまう料理法の方がおかしいのである。

 「下茹で」も不要な料理法である。肉や野菜を柔らかくするために下茹でをするのだが、これによって確かに肉も野菜も柔らかくなる。だがそれによって栄養素が失われてしまうのであって、出来上がった料理は栄養素が非常に少ない物になってしまうのである。

 こういう料理はあっさりとした料理を作り出すのだが、この手の料理は嘗て京都の公家たちが非常に好んだ物で、日本人本来の料理法ではない。どの田舎料理も味は濃いし、食材が持つ栄養素を出来る限り壊さないで取り入れることができるようにしていた。

 ただ日本の首都が長らく京都にあったために、武家たちは政治を行うために公家たちと交渉する必要性が出て来て、それで高級料理として京都風の料理が広まっていったにすぎないのである。この高級料理を武家たちが食ってどうなったかといえば、全員、腑抜けになってしまったのである。

 もう1つ指摘しておくべきことは。日本は中国と隣接しているために、中華料理の影響を受けることがあるということなのである。中華料理は世界の料理法の中で最も高温で調理するという非常に狂ったことをやっているのだが、これを日本人が真似をすると、ただでさえ栄養素の少ない食材を更に栄養素を少なくしてしまい、それで病気になってしまうのである。

 中華料理は「料理の王様」である。これに適う料理法は世界のどこを探してもない。ただこの中華料理はやはり中国大陸という地味の豊かな場所で産まれた物なのであって、それを日本に持って来ることはどうしては無理があるのである。日本の食材と中国の食材では中身がまるで違うのである。

●輸入食材には用心しろ

 日本は食料自給率が低いために、それで外国から輸入するということになるのだが、これが安全ではないのである。まずアメリカ合衆国の食料品は遺伝子組み換えが進み、非常に危険なことになっている。遺伝子組み換えの食品はそもそもが栄養素に欠ける物なのであり、しかも遺伝子が異常であるために脳疾患や心臓疾患や癌や白血病といった、死に至る病を発症させてくるのである。

 遺伝子組み換え食品はそもそもロックフェラー財団が人類を奴隷化するためにために作り出した物で、これを食べてしまえば確実に奴隷に成り下がって行くことになる。品種改良と遺伝子組み換えはまるで違うということが解っていないと、闇の支配者たちの餌食になってしまうのである。

 アメリカ合衆国の物がダメなら西ヨーロッパの物が安全かといえば、そうではない。西ヨーロッパは長らく世界の中心であったために、非常に強烈な人種差別や宗教差別を仕掛けて来ることになる。日本人のように黄色人種で宗教も異なるとなると、奴らは平気で悪事を働いて来るのである。

 例えばフランスやイタリアのワインは自国でなら安全な物が売られているのに、日本に輸出する物には「亜硫酸塩」が大量に入っている。これは防腐剤としての役割を果たすのだが、この亜硫酸塩を摂取し続けていると、確実に白血病になってしまう。

 フランス料理やイタリア料理には断然ワインが合うようになっている。しかし日本でフランスやイタリアのワインを飲むと、これが全く合わないのである。それどころかそのワインを飲んでいると頭痛になり、食事どころではなくなってしまうのである。

●場当たり的な日本の農政

 日本は食品の安全を確保するためにも食料自給率を上げていかなければならないのだが、このこともアメリカ合衆国の妨害によって非常に困難な物になっている。まずアメリカ合衆国は日本を占領中に於いて農地解放をやったのだが、これによって日本の農家の耕作面積が非常に小さな物になってしまった。

 日本の農家は零細になってしまったからこそ、農協を作ったのだが、この農協は農業の現場を知らないものだから、化学肥料や農薬を使った農業を推奨し始めたのである。日本のような狭い国土で化学肥料や農薬を使うことは非常に危険なのに、そんなのお構いなしでやってしまったのである。

 それでどうなかったのかといえば、まず農薬を使っている農家の人たちに健康被害を出て来た。海では赤潮や青潮が起こり、魚が全滅するという事態が起こった。そして何よりも日本の農家が使った食料品は栄養素が非常に少ない物になってしまったのである。

 日本政府は日本の農業が永続できるように何か手を打てば良かったのだが、やっていることはいつも場当たり的で、なんの解決策にもなっていない。日本政府がやったことといえば補助金を垂れ流すぐらいのことで、農家は補助金を貰えば貰うほど競争力を低下させていったのである。

 アメリカ合衆国は日本の農業が競争力を失ったのを見計らってTPPを仕掛けてきて、日本の農業を壊滅に追い込むということをやろうとしているのである。日本の農業が壊滅すれば、食料品は主にアメリカ産の物に頼ることになるのだが、そうなれば日本では不可解な病気が大量発生することになるであろう。事実、アメリカ合衆国国内では既にそういう状態になっているのである。

●日本の環境は農民たちにとって過酷

 日本国民は「日本の環境は農民たちにとって過酷である」という共通認識を持っておかなければならない。日本は島国であるために、大きな河川という物が存在しない。大きな河川があればその河川が豊かな土壌を運び込んでくれるのだが、島国ではそれが有り得ないということなのである。

 それに付け加えて「降水量の多さ」が土壌から確実にミネラル分を奪って行く。ただでさえ土壌が弱いのに、更に雨が追い打ちをかけるのだから、日本で取れる農産物は栄養価が低くなってしまうのである。西ヨーロッパでは雨が大して降らないものだから、土壌からミネラル分が流出せず、だからこそ栄養価の高い農産物が出来上がって来るのである。

 トドメは高温多湿である。高温多湿だと様々な植物が繁殖することができるから、一見、日本の環境は豊かな物のように思える。しかし小さな島国に必要以上の食物を育てようとすればそれだけコストが高くなってしまい、食料品が高値になってしまうのである。

 日本の農民たちはこの過酷な環境の中でせっせと農業を遣り続けきたのである。日本の農民たちが学ばねばならなぬことは先祖たちの遺産の中にあるのであって、日本の外にある訳ではないのだ。日本の農民がアメリカ合衆国から教わることは何1つ存在しない。寧ろアメリカ合衆国でやっているような自然の法則に反した農業は反面教師としてしか役に立たないのである。

 日本の農民たちは土作りから始めなければならない。こんなことアメリカ合衆国の農民たちは絶対にしない。土それ自体が違うのだから、農法だって異なるのである。この当たり前のことが解っていないと、日本の大地に於いて取り返しのつかない失敗をしでかしてしまうことになるのである。

●日本国民の食料は日本国民が調達するしかない

 日本国民の食料は日本国民が調達するしかない。食の安全は国民全員が意識するからこそ確保されるのであって、決して偶然によって確保されないのだ。日本政府は国家戦略を持って食料を確保していかないと、いざ戦争になった時に国内で餓死者を発生させてしまうことになるのだ。

①農地を土壌豊かな物にしていく

 日本の農民たちは長い年月をかけて土壌豊かな農地を作っていくしかない。そのためには化学飼料と農薬の使用禁止を法制化すべきであって、堆肥と人糞によって土壌を豊かにしていかなければならないのである。人糞を使うことはギョウチュウの発生率を高めてしまうので、このギョウチュウをどう対処していくかが課題となる。

②休耕田を必ず確保する

 日本には水田があるために、休耕という考えがなくなってしまった。畑だって連作していれば畑が傷むのであって、せめて4年に1度くらいは休耕してしまった方がいいのである。休耕すれば畑には雑草が生えまくることになるから、家畜でも放っておけばいい。農業だけをやろうとすると、逆に農地を破壊してしまうことになるのである。

③ゴルフ場に於いて除草剤を散布することを禁止する

 ゴルフ場には除草剤の散布を禁止させなければならない。除草剤の悪影響は水田を直撃するのであって、日本のような狭い国土に於いては絶対に使用してはならないものなのである。ゴルフ場は雑草が邪魔なら、人間を使って手入れすべきなのであって、除草剤を使って誤魔化すべきではないのである。

④自給率100%以上を目指す

 日本は現在食料自給率が40%程度だと言われているのだが、これはカロリーベースの計算なのであって、実際は70%程度だと言われている。先進国は自給率100%を目指そうとすれば必ずできるものなのである。日本だってやろうとすればできるものなのである。

 かといって食料自給率を高めることは自給自足を目指すのではない。輸入すべき物は輸入する。しかし輸出できる物は輸出することで、貿易相手国に対してしっかりとした関係を築けるようにするのである。貿易相手国は日本の食料を輸出していることを外交上のカードとして使って来る可能性があることを絶対に忘れてはならない。

⑤外国に於いて農地や牧場や漁場を確保する

 日本は外国に於いて農地や牧場や漁場を確保することも必要になってくる。外国に日本人を植民させ、そこで食料生産を成功させ、その食料を日本に輸出されるのである。これは新手の植民地なのであって、新型の植民地があるからこそ、日本の食料の安全保障は確保されるのである。

※参考文献

弓田亨著『破滅の淵の裸の王様』(文芸社)

弓田亨著『失われし食と日本人の尊厳』(イル・プルー・シュル・ラ・セーヌ企画)

弓田亨著『ごはんとおかずのルネサンス』(イル・プルー・シュル・ラ・セーヌ企画)

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猛暑の夏なのに「夏の冷え」

●猛暑なのに体が冷えている

 夏は暑いに決まっている。暑いのだから涼しくしようとする。これはこれで間違いではない。しかしそうやって涼しくばかりいると、体が冷えてしまい、冷え症を発症したりしてしまうのである。こうなってくると、長く寝たのに疲れが取れないという現象が出て来る。

 人間の体は気温が高ければ汗を流して自然と体温が上がり過ぎないようになっている。だから夏はとにかく汗を流すようにすべきであって、汗が出ないようなことをするのは好ましいことではない。夏に汗をかかないと、後でとんでもない自体を招いてしまうのである。

 夏に避暑地に行くというのはあんまりお勧めできない。なぜなら避暑地に行って汗をかかなければ、汗をかく機会が激減してしまうからなのである。確かに避暑地に行けば涼しく過ごせる。しかしそれで健康になった人というのは余りいないものなのである。

 家に子供がいる場合、「子供たちは暑がりである」ということを絶対に忘れないことだ。子供たちの意見を採用し続けてしまうと、とんでもない事態を引き起こしてしまうのである。子供たちは暑がりであると同時に「子供たちは寒がりである」。要は脂肪が少ないために、気温の寒暖の差に弱いだけなのである。

 夏はどんなに猛暑であっても、外に出て体を動かして汗を流せばそれで涼しくなる。夏の涼しさはそれで充分なのであって、それ以上何かをすると体は芯から冷えてしまい、それで疲労感を感じたり、風邪をひいたりするのである。夏を健康に過ごすためには汗が必要なのである。

●クーラーはできる限り使用しない

 暑い夏であっても確実に体を冷やしてしまう物に「クーラー」がある。クーラーは確かに便利な物である。猛暑の中で仕事をするのは不可能だが、クーラーがありさえすれば涼しいので仕事をするのが可能に成るのである。日本のように猛暑で苦しめられる国に於いてはクーラーの威力は絶大だと言っていい。

 しかしクーラーは欠点が存在しているのであって、それは体を思いっきり冷やしてしまうということだ。特に発汗を止めてしまうので、本来なら汗をかかねばならない時期に全く汗をかかなくなるということになってしまうのである。こうなると汗腺が弱くなり、それで余計に汗をかかなくなってしまうのである。

 気をつけるべきは夫で、仕事場でクーラーをつけて涼しく過ごしていたために、自宅でもクーラーを要求するようになるということなのである。夫がクーラ-を要求すれば子供たちはそれに賛成するから、それでクーラーをつけるということになってしまうのである。

 厄介なことに、都会は風通しが悪いために、特にマンションなどに住むとどうしてもクーラーをつけた方がいいという家が存在している。こうなるとその家では夏の間クーラーを付けっ放しになってしまい、夏なのに寝汗をかくことすらしなくなってしまうのである。

 それでどうなるのかといえば、妻は冷え症に悩まされ、子供たちは夏風邪、挙句の果てには夫がなんらかの病気を発症して入院ということになってしまうのである。夏だからこそ汗をかかねばならないのだが、一旦ク-ラーに慣れてしまうと、それが全く出来なくなってしまうのである。

●厚着をする

 夏は暑いものだから薄着をしてしまう。確かにこの格好だと涼しい。しかしその格好は考えものである。というのは薄着だとどうしても体を冷やしてしまい、それで老廃物や毒素が溜まって行き、夏なのに体がどうも疲れるということになってしまうのである。

 夏は薄着をしてもいいが、太腿を剥き出しにすることは絶対にやめることだ。ここに布が当てられているかいないかで体温はまるで違い、布があれば体温は上昇、布がないのなら体温は低下ということになってしまうのである。だから女性がミニスカートや短パンを穿くことは自爆行為なのである。

 もう1つは肩を剥き出しにしてはならないということだ。首の付け根には体温を調整するツボがあって、ここに布を当てると体を温かく保つことができるのである。男性なら上半身裸なのになぜだか首にタオルをかけている人がいるものだが、あれは体を涼ませながら下手に体温を落とさせない工夫を施しているのである。

 夏は暑いかもしれないが、長袖長ズボンでいると、体温を高く保つことができるので、それで汗をかけるし、血行を良くすることができるので、冷え症になることがなくなるのである。女性は冷え症で悩む人たちが多いのだが、服装事態が冷え症を引き起こす格好になっていることに気付くべきなのである。

 寝巻を厚着にすると、体の疲れの取れ具合が全然違う。睡眠中に寝汗をしっかりとかけるし、起床後はすぐに排便が可能になってくる。それだけ睡眠中に体内の老廃物と毒素を回収したということなのである。夏の間は睡眠時間が減少する傾向にあるのだが、そのため短い睡眠時間の中で体の修復をしていないと、体に疲れが溜まってしまい、激しい疲労感に襲われることになってしまうのである。

●温かい飲み物

 夏は暑いからといって冷たい飲み物ばかり飲んでいると体を内臓から冷やしてしまい、冷え症になってしまう。冷たい飲み物は涼しく感じるのだが体には悪いのであって、この冷たい飲み物を飲む習慣を出来るだけなくして行った方がいい。

 まずは麦茶を冷蔵庫で冷やして、その冷たい麦茶を飲むとことからやめて見よう。麦茶は朝の段階で作っておき、そのままにしておく。冷やしていないのだから「ぬるい麦茶」となるのだが、この麦茶こそが体にいい飲み物となるのである。

 午前中に充分に水分補給をしておくと、午後の最も気温が高くなる時期には水分補給をする必要性がなくなる。この時間帯は汗を流しておいた方がいいのだ。そして夕方頃になってまた喉が渇くようになるから、それでまた麦茶を作り、「ぬるい麦茶」を飲ませればいいのである。

 冷たいビールを飲むという習慣も再考した方がいい。冷たいビールを飲み続けると胃癌や食道癌になってしまうので、この飲み方は健康的ではないどころか危険すぎる飲み方なのである。特にスーパードライを飲むのをやめる。スーパードライはこれに特化して作られたビールだから、これを飲んでいる限り危険な飲み方をし続けてしまうことになるのである。

 常温で美味しく飲めるビールは「黒ビール」しかない。雑味をちゃんと残しているからこそ、常温で飲んでも美味しく感じるのである。黒ビールは普通のビールよりも値段が高いし、発泡酒に比べればもっと高くなる。しかしビールを健康的な形で飲めるので、多少は高い値段であっても、充分にペイするものなのである。

●疲れの取れ方が全然違う

 暑い夏でも体を温める努力をしていると何が違うのかといえば、「夏なのに全く疲れない」ということになる。ということは「夏バテ」しないということなのである。夏の疲れや夏バテは夏の暑さのために汗を流してしまい、それによって体内の栄養素が流れ出てしまうと説明されてきた。しかしこれは正しい考え方ではない。

 実際は夏が暑いからといって涼しくしてしまうからこそ、体が冷え切ってしまい、それで体内に老廃物と毒素が溜まり、それが夏の疲労を生み出し、最終的にはバテさせてしまうのである。だから暑い夏を涼しくさせなければ夏でも元気でいられるのである。

 夏は気温が高いのだから、本来は体が良く動く季節である。だから夏の時期は体を動かしまくった方がいいのである。家族旅行をして体を動かしていれば、家の中でクーラーをかけ、冷たい飲み物を飲む生活がバカらしく思えて来る筈だ。

 日本の場合、夏の暑さは梅雨明けしてから秋分の日までの約2ヵ月間しかない。しかも午前中は意外と涼しいので、早起きして早朝から動き回るようにすべきなのである。確かに午後からは暑いから、その時はその暑さをやりすごせばいいのである。

 夏の間に体を温め、ウンコをどっさりと出しておくと、冷え症になることはまずなくなる。夏に体を冷やしてしまうからこそ冷え症になってしまうのであって、とにかく夏の過ごし方を変えていった方がいい。夏は冷え症を治せる絶好のチャンスだと言っても過言ではないのだ。

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紫式部は出家したのか?

●出家願望と出家遁世は違う

 紫式部が出家願望を持っていたことは、『源氏物語』からも『紫式部日記』からも解る。では紫式部が実際に出家遁世したかどうかになると、それを示す証拠は何1つ残されていない。それで紫式部が出家したのか否かが議論になる。

 結論から言うと、

「紫式部は出家していない」

ということになる。

 まず紫式部は出家している閑がなかった。宮廷女官の仕事を長くやってしまったので、それで出家する機会を逃してしまったのである。中宮彰子にしてみれば、紫式部は最も有名な女性知識人なので、その彼女の出家を許す訳がないのである。

 もう1つの理由は、紫式部は浄土信仰に走っており、自分が浄土に往生できる決心ができなかったということなのである。源信の登場によって浄土教は流行し始めるのだが、世俗のことに執着してしまう紫式部はどうしてもその執着を断ち切ることができなかったのである。

 現在でもそうだが、出家というものはかなり覚悟のいることなのである。中途半端な気持ちで出家することはない。出家する覚悟を決めたからこそ出家するのであって、『源氏物語』で浮舟が出家したからといって、紫式部本人が出家したとは限らないのである。

 もしも紫式部が出家していたのなら、寺院での出家生活のことを詳しく知ることができた筈なのであって、それなのに『源氏物語』では寺院での出家生活のことが詳しく書かれていない。どう読んだとしても寺院を外から見ている人が書いた程度のことしか書いていないのである。

●実は出家がブームだった!

 紫式部の出家願望は何も個人的なものではない。実を言うと。紫式部が生きていた時代は出家がブームだったのである。だから多くの人たちが出家したいと言い出し、その中で出家する者たちが続出していたのである。この時代背景が解らないと、紫式部の出家願望を個人レベルの物として捉えてしまうという大失敗をしてしまうのである。

 円融天皇の御世に藤原氏による政界独占は完了し、そのことに対して藤原氏以外の貴族たちは激しい不満を持つようになった。それが花山天皇の御世で爆発して、天皇自身が積極的に政治を行うことで藤原氏の権力増大に牽制を加えた。しかしその花山天皇が藤原氏の陰謀と謀略によって譲位してしまい、それが藤原氏以外の貴族たちを大いに失望させてしまったのである。

 それで一条天皇の御世になると出家する貴族たちが大量発生し始めたのである。出家しなかった貴族たちも政治に対する関心を失い、それで在家の身でありながら出家に憧れたり、歌道に精進したりと、これが一条天皇の御世に於ける文化向上の要因の1つとなったのである。

 しかも藤原道長によって摂関政治が完成してしまうと、今度は藤原道長自体が出家願望を持つようになり、本当に出家してしまうのである。藤原道長は政権獲得のために一条天皇を暗殺し、その子供たちをも殺して行くことになるのだが、その罪の重さが彼を苦しめていたのである。

 紫式部も中宮彰子の宮廷女官になることで、藤原氏による摂関政治の完成を目指す勢力に入っていた。中宮彰子は藤原定子を排除することで中宮の座を得たのだが、それは中宮彰子にとっても、彼女の宮廷女官たちにしても、罪の意識を感じさせていたのである。

●なぜ紫式部は出家願望を持つようになったのか?

①死の影

 紫式部がどうしてそこまで激しく出家願望を持つようになったのかといえば、それは死の影に怯えながら生きて来たからである。母親が死に、姉が死に、兄が死に、そして夫が疫病で死んで行った。紫式部がこの世を「憂き世」と思っても仕様がない現実がそこにはあったのである。

 身内の者が余り死んでいない人が『源氏物語』の研究をやってしまうと、紫式部の考えがまるで解らなくなってしまう。光源氏がなぜ死んだ母親のことを思慕するのかも、マザコン程度の解釈しかしてこないのである。これでは紫式部の心に肉薄することはできないのである。

②宮廷女官

 宮廷女官は貴族の女性たちにとって花形の仕事なのであるが、この職業は苦悩を少なからず発生させた。というのは、宮廷女官は自分が仕えた皇族や后妃に対して忠誠を誓わねばならず、自分たちの皇族や后妃が出世していけばいいのだが、そうではない場合は皇族や后妃もろとも全滅ということになってしまうのである。

 それに宮廷女官は女性しかなることができないので、それで女同士の嫉妬や、女性同士で足の引っ張り合いをするということが起こってしまうのである。紫式部は平安時代の女性には珍しく同性の友達に短歌を贈ったりしているのだが、これもこういうことをしないと宮廷女官をやっていくことができなかった証であるとも言えるのである。

③性格的な理由

 紫式部が根暗な性格だったということも出家願望を強くする要因の1つとなった。紫式部は読書が好きで、琴を弾くのも好きだった。みんなでわいわいがやがやするより、1人で何かをすることを好んだ女性なのである。こういうことを突き詰めていけば、出家して、静かな人生を1人で送りたいと思うのは当然のことなのである。

 紫式部は仕事が忙しかったからかもしれないが、再婚を拒絶していたということも出家願望を強めた。紫式部のような根暗な女性は、根明の男性に惹かれるものである。事実、藤原宣孝はこの手の男性で、女性たちには持てていたのである。しかし紫式部はそれに嫉妬してしまい、どうも夫婦の仲は余り良くなかったみたいなのである。

④母系家族制から父系家族制への移行

 日本では弥生時代から平安時代にかけて母系家族制から父系家族制へと変わって行くのだが、摂関政治が始まると、父系家族制的要素が非常に強まるということになった。これによって今まで牧歌的な生き方をしていた女性たちが、「自分とは何か?」「女性はどう生きるべきか?」を模索し始めたのである。

 紫式部の生きていた時代に、『蜻蛉日記』『枕草子』『和泉式部日記』など続々と名作が出て来るのはそのためで、女性たちは結婚制度の変化に対して悩み始めていたのである。紫式部もその内の1人なのであって、母子家庭を営んでいた紫式部にしてみれば、父系家族制への移行は反対であったのである。

●もしも紫式部が出家したのなら証拠が残っている筈

 紫式部の出家願望が必然性を持っていたのだが、では紫式部が本当に出家したのかといえばそうではない。もしも紫式部が出家したのなら出家した証拠が残っているのだが、それが全くないのである。仏教寺院にしてみれば紫式部を出家したことは絶好の宣伝材料になるので、それをしないというのは絶対に有り得ないのである。

 この当時、清少納言も和泉式部も出家願望を持ち、出家はしなかったものの、寺の前で庵を作って住んだという伝承が残っている。清少納言や和泉式部ですらそういう扱いを受けるのである。紫式部が出家したのなら、必ず伝承を残す筈なのである。

 紫式部が出家願望を持っていたのは事実であろう。しかし中宮彰子に長らく仕えたので出家する閑がなかった。紫式部は『源氏物語』を執筆するにも、自分の娘を育てて行くにも、働かなければならなかったのであって、それらのことを放棄してまで出家するということは有り得ないのである。

 この世には「出家したい」「出家したい」と言いながら、結局、出家しないという人がいるものだ。紫式部もその内の1人だったということになる。ということは、「紫式部は出家する決心が付かなかった」。出家する決心がつかなかったからこそ、出家しなかったである。

 ではなぜ出家する決心がつかなかったのかといえば、紫式部は作家であることに執着していたし、宮廷女官であることに執着していたのである。しかもこれらの物を全部捨てて、自分が浄土に往生できるのか、そのことに於いて確信が持てなかったのである。

●法然と親鸞が引き起こした宗教革命

 紫式部が生きた時代は、仏教界でも変化が起こっていた時期であった。平安時代は天台宗こそが仏教界の頂点に立っていたのだが、天台宗の内部で、「天台宗の教義では悟りを開くことができないのではないか?」という疑問が起こり始めたのである。天台宗では悟りを開けないからこそ浄土教に走ったのが「源信」であり、これ以降、浄土教は徐々に流行し始めるのである。

 しかし源信は飽くまでも天台宗の教義に則って『往生要集』を書いたのであって、浄土教が根本にあったのではないのである。『往生要集』は浄土教系の経典からの寄せ集めになっているのだが、これが源信の不安の現れなのであって、源信ですら自分が本当に浄土に行けるのか確信を持てなかったのである。

 浄土教の環境が大きく変わったのが末法思想の流行である。末法思想によって釈迦の教えが消滅すると考えたからこそ、阿弥陀如来の教えがクローズアップされてきたのである。この変化に巧く乗じたのが法然であり、親鸞であったのである。

 法然は専修念仏を唱え、専ら阿弥陀如来の誓いを信じ、「南無阿弥陀仏」と唱えれば、死後、平等に往生できると説いた。仏教は「帰依」するものなのだが、浄土教では「信仰」が根本に置かれるようになったのである。親鸞はこの教義を更に徹底させ、絶対他力を唱え、阿弥陀如来が救済してくれたからこそ、その感謝のために念仏を唱えると説いたのである。これによって自力救済の道は消滅し、ひたすら信仰し、ひたすら念仏を唱えることになるのである。

 法然と親鸞は宗教革命を起こしたのであって、浄土教は確かに仏教から生まれたかもしれないが、浄土教というのは仏教とはまるで違う物なのである。信仰によって自分は浄土に往生できると確信を持てたからこそ、救われない人々を惹きつけ、浄土宗にしても浄土真宗にしても教団が大発展して行くことになるのである。

 もしも紫式部が出家したというのなら、紫式部は法然や親鸞たちが辿り着いた宗教的境地に既に辿り着いていたということになる。そんなことは絶対に有り得ない。浄土教が成熟するまでには長い時間を要したのであり、それをすっ飛ばして紫式部が辿り着くということは絶対に有り得ないのである。

●宗教が解らないからこそ妄説が罷り通る

 増田繁夫は『評伝 紫式部』の中で、「紫式部は出家していない」と学術的に論証した。これは当然なのであって、『源氏物語』を見ても、『紫式部日記』を見ても、また日本の仏教史を見ても、紫式部は出家願望を持っていても、出家することはないということが解るものなのである。

 それなのに、瀬戸内寂聴は「紫式部は出家したからこそ宇治十帖を書いた」と妄説を唱え、彼女が『源氏物語』の現代語訳を出したために、この間違った学説を信じる女性たちが大量に出現してきてしまったのである。よくもまあ、こんな嘘をつけるかと思うが、彼女は天台宗の尼僧でもあるから、非常に厄介なのである。

 天台宗の尼僧だからといって、仏教のことを正しく理解しているとは限らない。仏教自体、様々な宗派があり、天台宗はその内の一派に過ぎないのである。しかも浄土教は仏教から生まれてきたが、仏教とは根本から考え方が違うので、天台宗の尼僧だからこそ、浄土教のことがまるで解らないのである。

 紫式部は法華経至上主義から浄土信仰への過渡期に生きた。当時の仏教が揺れ動いていたように、紫式部の心だって揺れ動いていたのである。そして浄土教は現代でも存在しているので、我々の方がなかなか歴史の事実が解りにくいということになってしまうのである。

 浄土教は仏教が産み出したかもしれないが、阿弥陀如来の教えを中心に据えている時点で、最早、仏教ではなくなっているのだ。だから法然だって親鸞だって浄土教に辿り着くまで散々悩み、信仰を持てば宗教弾圧を受け、流刑の目に遭ってしまったのである。この宗教革命が起こる前に、宮廷女官の紫式部が出家したと考えるのは絶対に無理があるのである。

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紫式部と源氏物語

●「紫式部ってどういう人?」

 紫式部の『源氏物語』は日本文学を代表する文学作品だから、日本国民であるならこれを必ず読むべきであり、『源氏物語』の知識を教養として持っておかなければならない。『源氏物語』が解っていないと、その後に出て来る日本文学の作品の価値を理解することができなくなってしまうからだ。

 しかし紫式部や源氏物語は教養になっているがゆえに、子供が大きくなってくると、とんでもない質問をし始めることになる。

「紫式部ってどういう人?」

「『源氏物語』ってどんな内容?」

 こんな質問を受けて、正確に答えることのできる親などこの世にはいない。こういう質問は「してはならない質問」なのである。紫式部や『源氏物語』は余りにも有名だから、手短に説明することは不可能なのである。

 教養になってしまうと、思わぬ落とし穴が存在することになる。それはみんなが知っていると思い込んでしまって、実はみんなが何も知らなかったという現象が出て来てしまうことなのである。この「教養の陥穽」があるからこそ、紫式部は日本人女性の中で最も有名なのに、『源氏物語』は日本文学史の中で最も有名な作品なのに、そのことを正しく知る者たちが非常に少ないということになってしまったのである。

 今回紹介するのはこの本!

 増田繁夫著『評伝 紫式部 ー世俗執着と出家願望ー』(和泉書院)

  評伝紫式部[増田繁夫]

 増田繁夫は昭和10年に兵庫県に生まれた。国立の京都大学文学部卒業。東京大学卒ではないので、文章が実に読みにくい。しかも甲南大学や梅花女子大学や大阪市立大学や武庫川女子大学といったどうでもいいような大学で教鞭を取ったので、文学者として優れた経歴があるとは言えない。

 だが、『源氏物語』の研究に対しては生涯を捧げたと言ってもいいほどなので、それで今回、その功労を評価して合格点を与えたという程度の物である。研究を真摯にやってきたことは認めるが、その突っ込みの仕方が実に甘い。それだけでなく結論自体が間違っている。手厳しいようかもしれないが、紫式部のような超有名人の研究する時は余程覚悟を決めてやらないと、真実に辿り着くことはできないのである。

●紫式部の生い立ち

 紫式部は藤原為時の娘として生まれた。母親は藤原為信の娘である。兄に惟規、弟に惟通と定暹、それに姉が1人いた。この姉は長徳元年に死亡した。紫式部の生年は正確には不明なのだが、貞元元年(九七七)ではないかと増田繁夫は推定する。

 紫式部は子供の頃から利発で、父親が兄の惟規に漢籍を教えていたが、紫式部は兄よりも早くに暗記してしまい、「この娘が男の子であったならな~」と嘆いたと言われている。この兄とは3歳違いだったらしく、それで兄と遊びながら勉強していったのである。

 紫式部はどうも文学少女だったらしく、物語文学の作品を読み耽ったらしい。それだけでなく若い女性たちと物語文学を創作し合い、それを見せ合うという遊び方をしていた。これが後年、『源氏物語』の創作に活かされることになるのだが、紫式部の友達は誰も後世に残るような文学作品を作らなかった。

 紫式部の母親は若くして死んだらしく、父親の為時は後妻を娶り、娘をもう1人儲けている。藤原為時が越前守に任命された時に、この後妻が一緒に行ったらしい形跡がない。それよりも為時はしっかり者の紫式部を連れて行っているので、父親と娘の関係がどのようなものであったかがこれで解る。しかし赴任した越前では兄の惟規が死んでしまった。

 帰京すると紫式部は藤原宣孝と結婚し、娘の賢子を産んだ。この藤原宣孝は女性に優しくモテたらしいのだが、紫式部は藤原宣孝に他に女がいることを疑い、夫婦仲は余り良くなかった。この藤原宣孝は疫病の流行で死んでしまった。その後、紫式部は『源氏物語』を書き始め、その名声に着目した藤原道長ら娘の中宮彰子の宮廷女官に抜擢した。

●これを『源氏物語』に当て嵌めてみると?

 紫式部の人生で絶対に忘れてはならないのは、「父親と娘の関係」である。父親の為時は紫式部を可愛がったろうし、姉と兄が死ぬことでその寵愛は益々強まっていったのである。しかも母親が若くして死んでいるので、父親の為時と娘の紫式部は非常に親密な関係にあった。

 紫式部はファザコンといえばそうなるのだが、この「ファザコン」こそ『源氏物語』を解く鍵となる。

 『源氏物語』に於いて「紫の上」は紫式部のことであろう。となると「光源氏」は藤原為時ということになる。光源氏は少女であった紫の上を引き取って、自分好みの女性に育てていこうとするのだが、その中に恋愛も夫婦愛もない。あるのは親子愛だけなのである。

 「女三の宮」は藤原為時の後妻のことであろう。後妻はなぜだか不明ということになっている。物語の中で「女三の宮」が「光源氏」と結婚したのに、「柏木」と不倫して「薫」を生むことになるのだが、となると後妻は不倫して、誰かの子を産んだ可能性が出て来る。

 となると、定暹は前妻の子とされていたのだが、この定暹が怪しくなってくる。惟規と惟通は通字を使っているので、同腹の子であろう。しかし定暹は本名が伝わっていない。しかも出家後は消息が不明になってしまうのである。もしかしたら定暹は藤原為時の子ではなく、後妻が不義密通して生まれた不義の子であるかもしれないのだ。

 この仮説を補強するのが、紫式部は後妻が産んだ妹に対して和歌を贈っていないということだ。紫式部は死んだ姉には和歌を贈っているのだが、なぜだか妹には和歌を贈っていないのである。このことも紫式部と後妻の関係が良くなかったことを物語っている。

 紫式部は父親のことを愛していたが、成長するにつれて大人達のドロドロの愛欲劇を見せられることによって、少女である紫式部は死んでいったことであろう。紫式部は大人にならざるを得なかった。だから物語の中で紫の上が死ねば、光源氏も死ななければならなかった。光源氏は紫式部が作り出したもう1人の父親だったからだ。

●なぜ女性たちは『源氏物語』に熱狂するのか?

 『源氏物語』では光源氏が様々な女性たちに手を出すので、そのことに囚われてしまうと、この物語を根本から勘違いしてしまうことになる。『源氏物語』に於いて重要な物は「光源氏」と「紫の上」の関係なのであって、それが「女三の宮」によって崩されてしまう所なのである。

 なぜ女性たちが『源氏物語』に熱狂するのかといえば、これは女性の通過儀礼に関することを扱った物語だからだ。女性というのは少女の頃は父親のことが大好きで父親の言動になんの疑問も持たない。しかし自分が成長してくれば、父親に反抗することになり、父親の許を離れて行く。

 そして自分が他の男性と恋をし、セックスをしてしまえば、父親だって生身の男性であることに気付き、それに懊悩してしまうのである。自分が自立していくに当たって少女である自分は死なねばならない。それと同時に、自分が頭の中で描いていた父親像も死ななければならない。

 だから、女性が「紫の上」に感情移入できてしまえば、女性であるならどうしても熱狂してしまうのである。これは女性なら誰でも通過していかなければならないことだからだ。『源氏物語』に中毒性の物があるということは、既に平安時代に於いても解っていて、『更級日記』の作者である藤原孝標の娘はこれに熱中してしまっているのである。

 女性は自立していく過程で自分の頭の中にある父親像を破壊していかないと自立することは不可能なのである。自立することができなければ、様々な妄想を思い描いてしまう。現代ならハリウッドの映画やジャーニズや宝塚歌劇団が女性たちが好む妄想を提供してくれる。

 しかしそんな妄想を幾ら見たとしても自分が自立していくのは益々不可能になるのであって、最終的には自立することができないまま、この世で生きて行かなければならなくなるのである。自立を妨害する物は常に自分の心の中にあるから、その妨害する物を壊す際には激しい痛みが伴う。だがそれをやらないと自立していくことは不可能になってしまうのである。

●宇治十帖は書く必要性のない物

 『源氏物語』は光源氏が主人公でありながら、実は「紫の上」こそが本当の主人公である。だから「紫の上」が死んだ時点で、この物語は終わらなければならない。「紫の上」に子供がいれば話は別だが、「紫の上」に子供がいない以上、これ以上物語を書くのは無意味なのである。

 古来、「宇治十帖は本当に紫式部が書いたのか?」という議論が存在するのだが、これは読めばすぐに理解できる話なのである。宇治十帖は必要性のない物であって、宇治十帖からは話がガラリと変わってしまうのである。決定的な証拠は文体が違うのであって、紫式部は息をつく閑を与えないほどに重厚に書いて来るのだが、宇治十帖からはそれが全くなくなってしまうのである。

 宇治十帖は紫式部以外の誰かが書いたとしか言えない。しかもそれをやったのは1人ではなく、かなりの人数がやったと見るべきである。恐らく、『源氏物語』に人気が出て来てしまい、その続編を読みたいと思った連中が紫式部の許可なく書いてしまったのであろう。

 もしも宇治十帖を紫式部が書いたというのなら、紫式部はなんらかの脳疾患を発症して書いたということになる。当時の食事から考えてみると、植物性脂肪や動物性蛋白質が決定的に少ないので、頭脳労働をやっていた紫式部は脳疾患を発症する危険性は常にあったのである。

 与謝野晶子は「宇治十帖は紫式部の娘の賢子が書いたものだ」と主張したが、あながちその仮説は間違っていない。しかし瀬戸内寂聴はこの仮説を無視して、「紫式部は出家した後に宇治十帖を書いた」と主張した。この意見は完全に間違っている。

 紫式部は40歳頃に死んだらしいので、出家した後に宇治十帖を書く閑などなかった筈だからだ。紫式部は宮廷女官として勤めていて、在職中に死亡したか、退職後すぐになくなったか、そのどちらかと考えられているので、出家して僧になり、宇治十帖を書く時間などなかったのである。

●そして誰も『源氏物語』を乗り越えることができなかった

 紫式部は夫の死後、『源氏物語』の執筆を開始し、その文名を藤原道長に買われて宮廷女官になった。作家の仕事と宮廷女官の仕事の2つをやりながら、賢子を育てあげたのである。彼女の生き方は現代の我々が見ても立派だと評価できる生き方であろう。

 それなのに『評伝 紫式部』を書いた増田繁夫は「紫式部は敢えて言うなら常識の人であった」と結論づけてしまうのである。「なんでここまで紫式部のことを研究しながら、そういう結論が出て来るの?」と反論してしまいたくなる。宮廷女官の仕事は非常に忙しい物で、その仕事をやりながら物語を作るというのは普通の人では到底できないことなのである。宮廷女官は多数いたのに、物語を書いたのは紫式部だけなのである。

 紫式部がどんなに凄い人であったかは、『源氏物語』が登場して以降、これを超える作品が出て来なかったことでも解る。物語文学は『源氏物語』以降も書かれるのだが、平安時代が終わるとピタリと物語文学が消えてしまうのである。みんなが『源氏物語』に挑戦したのだが、誰もそれを乗り越えることが出来なかったのである。

 『源氏物語』の負の遺産は現代でも生き続けていて、『源氏物語』のために女性作家たちの大量死が発生してしまったのである。女性作家たちは大量に存在しているのに、誰も紫式部を乗り越えることができないのである。紫式部は当時に於いても突出した才能を持っていたし、その才能は現代に於いて充分通じるものなのである。

 紫式部は貴族階級の中でも藤原氏という名門に生まれた。しかし母親や姉や兄に先立たれ、結婚も夫が死んで、生活それ自体は不幸だった。だがその状況下の中で必死に働いたからこそ、『源氏物語』を作り、宮廷女官の仕事をしっかりと勤め上げたのである。現代女性は自分の不幸を社会のせいにしてしまうものだが、少しは紫式部のことを見習って欲しいものである。

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恐怖の児童相談所

●実は児童虐待の数が減少している

 児童虐待と経済力というのは密接な関係にある。貧乏だと児童虐待が多く発生し、裕福だと児童虐待が減少して行く。しかも現在の日本のようにデフレ不況によって、経済発展はなかなかしないが、確実に生活の質が高くなるような豊かさを享受するようになると、児童虐待は思いっきり減少していくことになる。

 しかし児童虐待はゼロにはならない。児童虐待をする親というのは必ず存在するものなのである。親自身が児童虐待を受けて育てば、その親は我が子に児童虐待をしてしまうものなのである。これが「虐待の連鎖」であって、この虐待の連鎖を断ち切らない限り、児童虐待をゼロにすることはできない。

 だから経済が質量ともに豊かになってくれば、児童虐待の発生件数は最小の数値になる筈である。事実、統計を取ってみるとその通りになる。ところがマスコミは異常の行動に出て、児童虐待のニュースをトップニュースで出したり、連日の如く児童虐待のニュースを流していたりするのである。

 一体、どこのどいつがこんなあくどいことをやっているのかと思えば、NHKであり、テレビ朝日であり、朝日新聞であったりするのだ。偏向報道の常習犯が児童虐待のニュースに関しても偏向報道をやりまくっているのである。児童虐待の発生件数が減少しているのは統計は見ればすぐに解ることになのに、この連中は平気で嘘をついてくるのである。

 児童虐待のニュースに関しては、その背後に大掛かりな組織が存在していると見るべきである。児童虐待の発生件数が減少しているのに、恰も児童虐待が増えていると思わせるような報道の仕方は、まともなジャーナリストなら絶対にやらないからだ。大掛かりな組織に命令を受けたからこそ、敢えて嘘の報道を流して来るのである。

●そもそもが不要だった児童相談所

 今、日本政府は1千兆円もの借金を抱えているのだが、この借金返済のためにすべきことはとにかくリストラを断行し、政府の規模を小さくして行くことである。となれば児童相談所のように児童虐待防止になんの効果も発揮していない機関は潰されて当然ということになる。

 そもそも児童虐待は国家権力によって防止することはできない。これは児童福祉法によって児童相談所を設置して良く解った筈だ。というか、児童相談所が家族に介入したために、余計に問題を悪化させてしまった事例の方が圧倒的に多いのである。

 児童福祉法は日本政府が児童虐待を防止するために作った法律だったのだが、この法律は欠陥だらけであり、児童虐待を防止するという本来の目的を全く果たさなかった。悪法以外の何物でもないのであって、悪法である以上、すぐさま廃止してしまった方がいいのである。

 児童虐待で殺人事件が起こった場合、これは警察が処理すべきことなのである。わざわざ児童相談所なる機関など設けなくても良かったのである。そして家族へのケアは宗教団体が行うべきなのであって、日本政府は宗教団体を巧く使って児童虐待を防止する措置を講じていけば良かったのである。

 それなのに日本政府は昭和憲法の政教分離の規定を拡大解釈し、完全なる政教分離を目指し、宗教団体との関係を断ってしまった。これでは宗教団体の力を使えないのだ。国家権力が家族の中に介入することは非常に危険である以上、宗教団体が家族を守る形で児童虐待の問題を解決していくようにさせるのは、政府であるなら当然にすべきことであるにも拘わらずにである。

●児童相談所はどういう組織か?

 児童相談所はどういう組織かといえば、基本的には国が児童福祉法によって作った国の機関である。しかし形式的には地方自治体が資金を出して運営している。そのくせ政府は児童相談所を統制しておらず、殆どノータッチの状態にある。

 市町村の長がまともな人間であるなら、絶対に児童相談所なる物は設置しない。児童虐待というのは歴とした刑事事件なのであって、もしも児童虐待を扱うなら警察しかないからだ。警察とは別に組織を設けることは税金の無駄遣い以外の何物でもないのである。

 市町村に於いて児童相談所は有能な者たちが行く所ではなく、出世コースから外れた者がいく所なのである。市町村の役所の中で無能な者と言えば、共産党員かそのシンパになっている者たちだから、だから児童相談所が共産党員たちの溜まり場になってしまい、この機関を悪用してくることになるのである。

 組織というのは常にリストラを要する。組織を存続させていけば必ず不要な機関が産み出されて来るので、それをリストラによって廃止していかないと、その不要な機関が悪事を働くようになり、組織本体に対して甚大な損害を与えてしまうことになってしまうのである。

 政府も市町村も財政は逼迫している。大量の赤字を抱え込んでいるのであって、だったら児童相談所のような無駄な機関はとっとと廃止すべきなのである。児童相談所は政府が児童福祉法によって作った機関である以上、政府は児童福祉法を廃止しないと赤字の垂れ流し状態になってしまい、延々と赤字財政を遣り続けてしまうことになるのである。

●児童相談所の権力は事実上無制限

 児童相談所の権力は事実上無制限になっている。児童福祉法の規定によって、児童相談所のやっていることに警察も検察も介入できないことになっている。こんなバカなことはないと思うのだが、児童福祉法がそうなっている以上、児童相談所は警察や検察の介入なしに権力を行使することができるようになっているのである。

 児童相談所は本来不要な機関ゆえに、何もしなければ予算を削られて行くことになる。しかしそれでは児童相談所の方が困るので、それで予算を獲得するために児童虐待事件を捏造し、児童に対して一時的保護を行い、隔離してしまうのである。

 これだけ危険な組織を厚生労働省が統制してくれれば良いのだが、厚生労働省は児童相談所が自分たちの管轄下にあるのに、厚生労働省は児童相談所を統括していないのだ。これは制度的欠陥なのであって、自分たちで統制できないのなら児童相談所なる機関を作ってはならないのである。

 児童相談所には強力な味方がいて、それは裁判所である。児童相談所の権力乱用に対して裁判所は常に児童相談所の味方をしている。裁判所もまた、共産党員やそのシンパたちが多い機関なので、裏で手を組んで共産革命を実現しようと躍起になっているのである。

 他の権力によって掣肘されない権力はいつでも暴走して来る。事実、児童相談所はやりたい放題に権力を行使して、国民に対して暴虐を働いている。これは児童福祉法を作った厚生労働省が圧倒的に悪いのであって、厚生労働省は一刻も早く児童福祉法を廃止して行くべきなのである。

●児童相談所による拉致と虐待と虐殺

①一時的保護という拉致

 児童相談所が一体何をやっているのかといえば、まずは「一時的保護」と称して子供を拉致することから全ては始まる。児童福祉法が規定する虐待認定は実に曖昧で、要は児童相談所が「これは児童虐待である」と認定すれば虐待認定になってしまうのである。これでは政府が子供を拉致していると批判されても仕様がないのである。

②薬漬け

 子供は児童相談所に拉致されると、所内で薬漬けにされてしまう。この薬物は麻薬とほぼ同じ成分が入っているので、それで子供たちは感情を喪失していく。当然、拉致された子供は自宅に帰りたいと泣き叫ぶことになるのだが、そうなると大量の薬物を投入して、人格を完全に破壊してしまうのである。

③暴行

 児童相談所では職員の言うことを聞かない子供たちは当然に出て来る。そういう子供たちに職員は暴行することで黙らさせる。女の子がいれば当然に強姦ということをやる。児童相談所はまさにやりたい放題なのだが、警察も検察も関与できないので、児童相談所の悪事が明るみに出ないようになっているのだ。

④精神病院送り

 児童相談所と精神科医はグルである。児童相談所にとって都合の悪い子供は精神病院送りにしてしまい、精神病院では薬物中毒にさせた上で死亡させ、「死亡退院」という形で闇に葬ってしまう。これは歴とした殺人なのだが、医者が関わっているために巧く隠蔽することができてしまうのである。

 児童相談所は児童虐待を解決しようなどとはしておらず、「家族破壊」を行うことを目的としている。これは児童相談所の実態を見ればすぐに解ることなのであって、だから児童相談所が児童虐待事件に関与しても児童虐待は全くなくならないのである。

●被害者たちは確実に泣き寝入り

 児童相談所に自分の子供を拉致されてしまった両親は、児童相談所から児童虐待をやっていると認定されてしまったので、両親は子供を取り返せないようになっている。こんなバカなことがあるかと思ってしまうのだが、児童福祉法ではそうなっているので、児童相談所に我が子を拉致されたのなら、子供は当分の間、帰ってこないと思った方がいい。

 児童相談所に子供を拉致された親たちは裁判所に訴えることになるのだが、裁判でも勝訴することはない。裁判所は常に児童相談所の味方をするので、事件をちゃんと審査することなく、児童相談所が「この親は児童虐待をやっている」と言えば、それをそのまま信じてしまうのである。

 児童相談所による一時的保護が長く続けば続くほど、子供は人格を完全に破壊されてしまうことになる。成長期に麻薬を投与され続けるのだから、脳の発達に支障が出て来るのは当然のことなのである。児童相談所はその子供の将来を滅茶苦茶にしても知らんぷりであって、絶対に責任を取ることはないのである。

 児童相談所の犯罪に対しては、児童相談所が非常に危険な機関であるということが解っている弁護士に頼んで、日本政府に対して国家賠償請求をして行くしかない。児童相談所は国民権を侵害している以上、これを争っていけば最終的には勝てる筈である。

 しかし言っておくが、人権派弁護士と呼ばれる人たちはこの事件に関与することは絶対にない。人権派弁護士は全員が社会主義者たちなのであって、児童相談所のように家族破壊をやってくれる機関は大歓迎なのである。くれぐれも弁護士選びを間違えないことだ。

●児童福祉法は違憲以外の何物でもない

 児童福祉法は違憲以外の何物でもない。警察や検察が関与できず、しかも裁判所が常に味方するようになっている機関など、無制限の権力を得ているから、もしも権力を乱用しようとすれば幾らでも行うことができるのである。確かに児童虐待というのは問題である。しかしそのために権力が暴走して来るような機関を設けるべきではないのだ。

 児童福祉法を作ったのは厚生労働省の役人たちなのだろうが、この法律は悪法なのであって、こんな狂った法律を作ったからこそ、我が子を児童相談所に拉致されてしまう親たちが続出してしまったのである。政府が国会の法案を提出できてしまう今の制度そのものが問題なのであって、三権分立をしっかりと確立するためには、政府が国会に法案を提出することを禁止しなければならない。

 児童相談所は絶対に潰すべきである。児童相談所を放置しておくと遣りたい放題に拉致を実行してきて、ありとあらゆる家族が破壊されてしまうことになる。児童相談所の恐ろしさはそれを止める機関が存在しないということであり、このようなバカげた機関を絶対に存続させてはならないのである。

 「個人の尊厳」と「家族の絶対的重要性」は常にセットなのである。人間は家族なくして存在するものではない。「子供の人権」という考えが非常に危険なのは、子供の人権を強調する余りに、確実に家族破壊を実行してくるからなのである。如何なる時代に於いても子供は家族の中で育てられるべきであって、家族の中で育つからこそ、真っ当な人間に育って行くのである。

 親が児童虐待しているからといって、児童相談所がその子供を拉致していい訳がない。確かに児童虐待は犯罪であるが、拉致はそれ以上の犯罪である。いずれは児童相談所は潰れることになるだろうが、その際、児童相談所の犯罪が明るみになれば、全ての国民がこの児童相談所のやったことに驚愕することであろう。それほど児童相談所は酷い事をやっているのである。

※参考文献

 内海聡著『児童相談所の怖い話』(三五館)

  児童相談所の怖い話[内海聡]

※筆者からのお願い

 もしも児童相談所に我が子を拉致されてしまったというのなら、松島弘さんがやっている「児相被害者連絡会」に連絡して、助けを乞うて欲しい。この手の事件は裁判に訴えないと解決していくことができないので、筆者に相談を寄せられても解決することはできない。児童相談所は強大な権力を持っているので、時間をかけて追いつめて行くしかない。

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スポーツ政策の必要性

●野球は既に日本のスポーツ界にとって癌である

 スポーツをやるのは個々人の自由なのだが、政府はそれを放置せず、スポーツに関して法整備を行い、法の支配の下でスポーツをやるようにしていかなければならない。それと同時にスポーツ政策を持って、より合理的にスポーツを振興させていかなければならないのである。

 どの国も持てるエネルギーは限られている。だから全てのスポーツを振興させようとすれば全てのスポーツがダメになってしまう。自分たちの国に合ったスポーツを選択して、そこにエネルギーを集中させていくようにするからこそ、スポーツは健全な形で発展していくのである。

 日本のスポーツ界にとって野球は既に癌である。日本のスポーツが全体的に弱いのは野球に選手たちを大量に取られてしまうからなのであって、野球に対して多少の制限を加えていかないと、他のスポーツが発展していかないという高い代償を支払ってしまうことになるのである。

 日本人が冷静になって受け止めなければならない事実は、「野球が盛んな国はアメリカ合衆国とその衛星国だけである」ということである。つまり日本人が野球を好んでやっている限り、日本はアメリカ合衆国の衛星国であり続けるということなのである。

 確かに野球は戦後日本のプロスポーツを牽引し、その功績は多大な物があるのだが、その分、日本のスポーツに対して損害をも与えてしまったのである。国民の多くが野球をやり、野球に夢中になれば、日本のスポーツは思いっきり偏ってしまい、健全な発展をすることができなくなってしまうのである。

●サッカーとアメフト

 サッカーは野球の対抗馬として登場してきたので、サッカーと野球が緊張関係を持つことは実に大事なことである。野球が繁栄し過ぎてしまったために日本のスポーツ界に様々な問題を発生させているからといって、野球が潰れてしまっては意味がないのだ。成功した野球を維持しながら、野球を牽制できるスポーツを振興させていかなければならないのである。

 日本でサッカーを振興させるためには、アメフトを叩き潰さなければならない。アメフトはサッカーから派生してきたスポーツだが、サッカーよりも多くの人員を取ってしまうのである。日本でサッカーもアメフトも振興させるというのは、人口の少ない日本に於いては絶対に無理なのである。

 しかもアメフトは費用がかかりすぎる。防具を揃えるだけでも大金を要してしまうものなのであって、これはやはり覇権国家であるアメリカ合衆国だからこそできることなのであって、日本のようにデフレ不況が続く国でやるべきスポーツではないのだ。

 アメフトは防具を付けているにも拘わらず、スポーツ事故が最も多い非常に危険なスポーツでもある。怪我をする場所が頸椎とかになってしまうので、それで生涯に亘る障害を負ってしまうことになるのである。アメフトはスポーツとしては無理がありすぎるスポーツなのである。

 日本でアメフトを行うことは禁止すべきである。この禁令によってアメフトが持っていたエネルギーを全てサッカーに投入できるので、それで日本のサッカーが発展していくことになるのである。それとこの禁令によってアメリカ合衆国と距離を置くことができ、日本は独自の外交を進めて行くことができるということなのである。アメフトのファンは基本的にアメリカ贔屓になってしまうということを絶対に忘れるべきではない。

●バレーボールとバスケットボール

 バレーボールとバスケットボールは共にアメリカ合衆国生まれのスポーツであり、ボールを使った室内競技であるために、このスポーツは思いっきり被ることになる。しかも長身の選手を使って行くために、この2つのスポーツを同時振興させれば、日本では人材の欠乏に悩まされることになるのだ。

 日本はバレーボールを得意としているので、バレーボールに特化していくべきなのである。バレーボールなら世界で通用するレベルに達しているのである。しかし日本のバスケットボールはレベルが低く、世界に通用しないし、バスケットボールを存続させればバレーボールに悪影響が出て来てしまうのである。

 アメリカ合衆国はプロスポーツとしてのバスケットボールが発達しているので、日本人がどう努力してもバスケットボールでは勝てない物になっている。プロ化はそのスポーツを大いに発展させることになるのだが、もう日本が追いつくレベルの話ではなくなっているのだ。

 それにバスケットボールというのは黒人たちがやりだしたスポーツなので、この競技を冷静に分析すると実にバカらしいスポーツになっていることが解る。バスケットボールでは、ボールの占有率が51%を超えると、確実に勝ってしまう超単純な構造になっているのである。

 国際的に人気のあるサッカーとバレーボールというのは、ボールの占有率が高ければ勝てるというものではない。確かに占有率が高ければ優位に立つことができる。しかし相手方は防御に徹すれば攻撃を凌ぐことができ、攻め疲れた所を狙って反撃すれば勝ってしまうのである。だから人々は熱狂するのである。

●マラソンと駅伝

 マラソンと駅伝も競技的には被るスポーツである。日本はマラソンも駅伝も盛んな国なのだが、駅伝が盛んになってしまったために日本のマラソンが振るわなくなってしまったという痛い事実が存在しているのである。駅伝自体にマラソン選手を脅かす物が備わっているのである。

 マラソン選手が伸びて来るのは大体、大学を卒業してからである。大学生の頃までは1万メートル走をやらして、大学卒業後にマラソン選手に転向させるというのがベストな育て方であると言われている。しかし駅伝での距離は20キロになっているので、これでは長すぎるのである。

 駅伝は各選手の走行距離を10キロに制限すべきなのである。大学生の時に10キロ以上走っていると、逆に大学卒業後に伸びなくなってしまうからだ。今の駅伝は確かに人気があるかもしれないが、そのために将来有望なマラソン選手たちを潰してしまっているのである。

 確率論的に言えば、マラソンより駅伝の方が勝ち易い。駅伝はチーム競技であるために、優秀な選手たちを集め、巧くチームワークを作ることができたのなら、上位に食い込むことは可能である。しかしマラソンは個人競技なので、どんなに練習しても、競技会当日の体調が悪ければ負けてしまうのである。

 駅伝自体がダメなのではなく、駅伝は選手の走行距離が長すぎるという欠点があるだけなのである。駅伝によってマラソンを妨害しないためにも、ルールを変更して、駅伝もマラソンも発展していくことができるような環境を整えて行くべきなのである。

●限られた人口の中で合理的な選択

 日本の人口は限られている。恐らく日本の人口は1億2千万人で停滞することであろう。その限られた人口の中で全てのスポーツに手を出せば、全てのスポーツが破綻してしまうものなのである。人口はもうこれ以上増えないと解っているのだから、合理的な選択をすることで勝てるスポーツだけ確実に勝って行くようにすべきなのである。

 この合理的判断をして行く上で、とにかくアメリカ合衆国の物真似をすることだけは非常に危険だということを理解すべきである。アメリカ合衆国は覇権国家として世界中の富を集めるし、人口も未だ増加中である。日本のようにデフレ不況が続き、人口も増加が止まった国が手本とすべきではないのである。

 確かに戦後、野球が大ブームになり、日本のプロスポーツを牽引していった。しかしそのために他のスポーツの発展を阻害させたことを絶対に忘れてはならないのである。野球自体、国際的にはマイナーなスポーツなので、野球に執着すればするほど、日本のスポーツのレベルは低下して行くことになるのである。

 日本人が勝てるスポーツで、日本で人気が出る可能性があり、しかも出来るだけスポーツ事故が起こらず、そのスポーツをやっている選手の健康と寿命を保てるスポーツなら大いに振興させて行くべきなのである。サッカーはこれらの条件を満たしたからこそ、発展していったのである。

 報道界にはマスコミが存在しているために、どうしてもスポーツの情報は大きな競技にのみ注目が行ってしまいがちだ。しかしこれではダメなのである。各競技団体はしっかりと戦略を持って自分たちの競技を振興させていかないと、自分たちの競技を生き残らせることすら困難になってしまうのである。

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アメリカンドリームなんて嘘っぱち

●社会的流動性

 社会というのは固定してしまうより、流動して行く方が発展していく。固定すれば確かに社会は安定するかもしれないが、どの場所でも「純粋劣化」という物が起こり、無能化して行ってしまうのである。しかし社会が流動していけばそれを防ぐことができ、有能な者たちを至る所に送り込んで行くことができるのである。

 統計には社会的流動性という指標があるのだが、この社会的流動性は「同じ民族であるなら社会的流動性は高くなる」という傾向がある。これは考えてみれば当たり前のことで、同じ民族ならまず結婚を通じて女性たちが階級を上昇させていくのである。

 次に男性たちがビジネスを成功させて成り上がって行くことになる。富裕層は相続で富裕者になれるのは20%程度で、残りの80%は成り上がりの者たちによって占められるのである。同じ民族なら人種差別など存在しないから、莫大な資産を持っているのならすんなりと受け入れられるのである。

 しかし多民族国家になってしまうと、社会的流動性は低くなってしまう。どうしても国内に支配民族が出来上がってしまい、その支配民族が被支配民族を支配するという格好になってしまうのである。大体、支配民族に属する女性たちは異民族と結婚をすることがなく、それで結婚による階級変動が起こらないのである。

 その国の何かを分析して行く際、まずは結婚に着目して行くべきなのである。結婚がどのように行われているかを見れば、その国の大半は解ってしまうのである。その国の女性たちの人種差別意識が強ければ、社会的流動性は低くなるし、逆に人種差別意識が弱ければ、社会的流動性は高くなる。たったそれだけのことなのである。

●アメリカ合衆国では1%の超富裕層が99%の富を支配する

 アメリカ合衆国には「アメリカンドリーム」があると言われているが、これは嘘っぱちである。多民族国家の場合、どうしても支配民族が誕生してしまい、その支配民族が被支配民族を支配していかなければならないのである。アメリカ合衆国の場合、白人でアングロサクソンでプロテスタントの通称「WASP」が支配民族になっているのであって、これは建国以来何も変わっていないのである。

 しかもアメリカ合衆国はウィルソン大統領の時に国際銀行家の支配下に入り、これ以降、国際銀行家たちの言い成りの国家に成り下がってしまった。これが「超富裕層」と呼ばれる人たちなのだが、この超富裕層は人口の1%しかいないのに、アメリカ合衆国の99%の富を所有しているのである。

 超富裕層は基本的にユダヤ教徒たちである。WASPとは民族が違うのだが、ユダヤ教徒たちはフリーメーソンを作り、そこに異教徒たちを収容することによって、自分たちにとって都合のいいように使うのである。このことはフリーメーソンでも上層部に行かないと解らないので、殆どのフリーメーソンたちは自分が何をやっているかすらも知らないのである。

 アメリカ合衆国では嘗ては奴隷だった黒人たちは貧乏なものだが、最近では白人たちも貧乏になっている。アメリカ合衆国では物価が安いためにこの貧困さが目立たないのdが、貧困層に落ちた場合、高い教育を受けることができないので、それで階級が固定されてしまうということになってしまうのである。

 現在、アメリカ合衆国は覇権国家であって、アメリカ合衆国は最早無敵の存在である。だから国内の矛盾があっても、それを爆発させずに済んでいるのである。しかしこれが長続きする訳がない。所得の格差どころではなく、富が偏り過ぎてしまい、いずれはアメリカ合衆国そのものが崩壊してしまうことになるのである。

●日本は学歴社会

 日本は明治維新以降、学歴によって人材を抜擢していくシステムを構築していった。学歴さえあれば出身は問わないのであって、だからこそ国民の全てが勉強熱心になったのである。当然に社会的流動性は非常に高い物になる。学歴さえあれば首相にまで伸し上がっていくことができるのである。

 日本は学歴社会にしたからこそ、優秀な人材を調達することができ、国家を大いに発展させ、国民の生活を豊かにしていくことができたのである。当然に高学歴で成功した者は自分の子供たちにも高学歴を与えようとするので、それで高学歴を持った人たちは拡大再生産されていき、国民の民度は確実に上昇していったのである。

 しかしこれはこれで問題なのである。学歴社会では富裕層の力を巧く活かしきれていないのである。経済が資本主義になった場合、富裕層を拡充させていくことが最も大事なことになる。高学歴の人たちは学歴で人を判断してしまい、その人が所有する富の量を見ようとしないのだ。それどころか相続税を課して平等化しようと躍起になってしまうのである。

 大学教育を如何に充実させたとしても、「大学を出たバカ」が出て来る。バカはバカなのであって、高等教育を受けてもバカは治らないものなのである。バカな人たちは大学で社会主義やフェミニズムに洗脳されてしまうものだが、この洗脳に罹ると生涯に亘って洗脳が抜けなくなり、社会に対して害悪しか垂れ流さないのである。

 日本の大学で気を付けるべきことは、東京大学では軍事学を研究していないし教育もしていないので、東京大学の卒業生たちは軍事学に対して無知であり、エリートとしての条件を満たしていないということなのである。エリートになるということは軍事学の教育を受け、軍事訓練を受けて、下士官になる資格を持っているということなのだが、東京大学卒の人たちは日本の最高学府を出たというのに、国際的にはエリートの条件を満たしていないのである。

●ジャパニーズドリームを唱える人はまともな学歴を持っていない人

 アメリカ合衆国にはそもそもアメリカンドリームという物はないのだが、ないからこそアメリカ合衆国ではアメリカンドリームが盛んに宣伝され続けている。日本には学歴社会がしっかりと存在しているが、存在しているからこそこれを敢えて宣伝することがないのである。

 このことが解っていないと、アメリカ合衆国にはアメリカンドリームがあるのだから、日本にもジャパニーズドリームが必要だと言い出すバカな連中が出て来てしまうのである。日本で出世したいのなら高学歴を取得すれば簡単に出世して行くことができるのに、それすら解っていないのである。

 日本では誰がなんと言おうと「東京大学卒」は最強のブランドである。他の大学は東京大学卒ほど価値を持たないが、それでも高卒よりはマシなのである。だからもしも大卒の学歴が欲しければ、夜間大学や放送大学に行けばいいのであって、仕事をしながら勉強し、学士の称号を持ってしまえばいいのである。

 そのことを理解しないでジャパニーズドリームを唱える人はまともな学歴を持っていない人であると思われても仕方がない。学歴社会は学歴差別を引き起こし、それによる弊害が起こることは充分承知している。だがもしも学歴社会を廃止してしまった場合、その後に出て来る社会は恐らく学歴社会よりも酷い社会であるということは予想が付いているのである。

 デフレ不況が続く日本は低成長しか起こらない。急成長など当分の間、起こらないのである。その日本が日本に最も相応しい遣り方を取らず、アメリカ式の遣り方を取ろうとすれば、日本が滅亡してしまうのは当然のことなのである。アメリカ合衆国は現在覇権国家なのだから、様々な所で輝くのは当然であって、それに魅了されて日本がアメリカ合衆国の物真似など絶対にしてはならないのである。

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河童の謎

●河伯族の渡来

 河童は日本で最も有名な妖怪であるが、河童は本当に妖怪であったわけではない。河童は実在した人たちなのであって、日本に於いて様々な歴史を積み重ねながら妖怪へと発展して行ったのである。この河童の謎を解明していくと、日本の知られざる部分を発見することができるのである。

 中国に於いて三国志の時代に「呉」が存在したのだが、この呉は「西晋」に滅ぼされることになる。それでその地を追われた人たちが日本列島を目指して亡命してきたのである。これが「河伯族」で、熊本県球磨川付近に上陸した。(因みに、現在、ここに河童渡来の碑が立っている)

 この河伯族は川辺に住んだ。古代日本に於いて川辺には人が住まない。護岸工事など何もされていないので、洪水が起これば一発で全滅ということになりかねないからだ。しかも日本の河川はそんなに大きくないので、河伯族は日本の様々な河川に進出していき、瞬く間に全国に広がってしまった。

 本来なら、この河伯族は日本に帰化していい筈だったのだが、なかなか帰化することができなかった。それは河伯族が祭神を持たなかったことに原因がある。河伯族が渡来してきた頃は、既に大和朝廷の勢力が全国に広がった時代なので、氏族たちは祭神を祀って神社を作って、そこで宗教活動を営んでいたのである。しかし河伯族が崇拝していたのは「水神」であって、これでは神道の神々の中に入ることができなかったのである。

 神道はアニミズムという物を否定している。神道で神様になれるのは、天神地祇であって、天神は「宇宙の主宰者」、地祇とは「氏神」や「英霊」や「御霊」のことであって、自然界に存在する神様ではないのだ。だから河伯族が水神を持ち出しても、神道の中に入って行くことはできないのである。

 とはいえ、河伯族は日本各地に広がった以上、日本人の名前の中にしっかりと入り込んでいる。名前に「河」「川」「江」が入っていると、先祖が河伯族であった可能性がある。

 河野 河本 河内

 川辺 川野 川崎 川上 川本 川下

 江頭 江崎 江本

 この内、「河」がつく苗字は中国の晋州河氏の出で、名門といえば名門なのである。このため「河」がつく苗字の中からは時折出世者を輩出している。

●河童人形起源説

 河伯族に大きな変化が起こったのは室町時代であった。応仁の乱によって全国で戦争が起こり始めると、河伯族もこれに参戦して戦った。そうなれば戦死者を大量に出してしまうので、それで戦死者たちの霊を弔うために人形を川に流した。

 この人形を川に流して霊を弔うというのは神道の鎮魂の遣り方なのだが、これがなんと河童の起源になったのである。これが所謂「河童人形起源説」である。なんとも摩訶不可解な学説なのだが、ここから河童の歴史が始まるのである。

 九州北部には水神を祀った神社が多々存在していた。水神では神道に於いて正式な神社と看做されないために、祭神を合祀して体裁を整えていたのだが、この水神を祀った神社たちが大体的にこの人形を流すということをやり始めたのである。

 簡単に言えば戦国時代に川に人形を流すのがブームになったということなのだが、これは戦争によって戦死者が発生したということ、九州北部は河川が多いために溺死する子供が多かったということ、それにキリスト教伝来によってキリスト教徒たちによって神社仏閣が破壊されたので、神道に於いては正統派の神社よりも、水神を祀るマイナーな神社が台頭したこと、そういうことが絡み合ってヒットしたということなのである。

 しかし水神では日本人に受け入れられないので、それで水神から妖怪である「河童」へと変化していった。河童とは神様から転落した妖怪だからこそ、多くの人たちに愛される妖怪へと発展を遂げていったのである。祭神を持てなかった河伯族がここに至ってとんでもない物を産み出してしまったのである。

●民間信仰としての河童

①尻子玉を抜く

 人間のお尻の中には「尻子玉」なる物があって、これを河童に引き抜かれると死んでしまうと信じられていた。尻子玉というのが良く解らないのだが、要は「下痢」や「食中毒」を河童にせいにしたのである。衛生が悪かった近代以前に於いて、下痢や食中毒で死んでしまう人は多々いたのであって、それを河童のせいにすることでその死の悲しみを和らげたのであろう。

②溺死

 溺死も河童のせいにされた。溺死は今も昔も結構多く存在する。人間は火を見て恐れるが、水を見て恐れる者は誰もいないから、それで火事で死ぬ人は少ないのに、水難事故で死ぬ者は多いのである。神社仏閣には「河童の手」や「河童の詫び証文」が残されているのだが、「河童の手」は河童から手を取り上げてこれ以上水難事故死を出さないようにし、河童の詫び証文も河童に謝罪させることでその死の悲しみを緩和させたのであろう。

③悪戯

 河童たちは農民たちに悪戯をして困らせていた。河童は農民たちからは排除されていたために、河童は農民たちに悪戯をすることでどうにか入り込もうとしていたのであろう。農民たちが河童たちを差別するからこそ、その差別をなんとかしたかったのである。

④夜這いをして孕ませる

 河童たちには夜這いの習慣があり、時には農民の娘を孕ませたことがあった。夜這いは日本人の習慣なので、河童たちも日本人の範疇に入る人たちであったということなのである。しかし宗教的に微妙に違う所があり、日本人になることができなかったのである。

⑤若者や美女に化ける

 河童たちは漁業を中心として生きていたために魚が主食で、意外と美男美女が多かった。人間は穀物を摂取し過ぎてしまうと、体が醜悪になって行く。人間の体は穀物に対応しきれていないので、穀物を大量摂取してしまうと、美しさが消滅して行ってしまうのである。現在でも苗字に「川」がつく人には美人が多い。穀物を食い始めた時期が遅かったために、顔や体を美しく保つことができているのである。

 河童たちにはなぜだか年老いた河童がいない。河童の寿命は短かったと考えるべきであろう。動物性蛋白質を多くすると美しくなれるのだが、その反面、寿命が短くなるという弊害が出て来る。それで長寿の河童が存在しないということになってしまうのである。

⑥仏教が苦手

 河童たちは仏教が苦手である。河童たちは漁業を営んでいるために殺生をせざるをえない。しかし仏教には殺生戒があるので、河童たちは仏教を受け入れることができなかったのである。日本では神仏習合という選択が取られるので、仏教に帰依しないとなれば排除されるしかなかったのである。

 中国でも南北朝時代の頃には仏教が流行するのだが、仏教に帰依しなかった者たちが中国を去って日本にやってきたということになる。日本史では仏教に帰依した者たちの渡来を主に記述するために、河童たちのように仏教を拒否した人たちの渡来は記述されなかったのである。

⑦お酒やキュウリや相撲が好き

 河童はお酒やキュウリや相撲が好きなのだが、これらはお供え物であり、神事であるということなのである。河童自体が実は神様扱いされていたということなのである。キュウリはお盆に於いて先祖の霊を運ぶ馬として使用されるので、それで河童は馬を引き摺りこんで死なせるという話が出て来たのである。

⑧人間に恩返しをする

 河童は人間に恩返しをするのだが、基本的には河童たちは人間に薬を与え、それによって病気を治していった。ということは、河童たちは農民たちよりも高度な医学を持っていたということなのであり、農民たちの医学の方がレベルは低かったということなのである。

 河童が与えた薬は主に「膏薬」と「胃腸薬」である。漁業をやっているために擦り傷が絶えなかっただろうから、それで膏薬を発達させたのである。破傷風で死ぬことも有り得るのだから、擦り傷を治す必要性はあったのである。河童たちは水辺に棲んだのだが、水が汚い以上、下痢や食中毒になるのは当然なのであって、それで胃腸薬を発達させたのであろう

⑨河童は農業をやらない

 河童は農業をやらない。河童たちは基本的に漁民なので、まずは漁業で生計を立てたのであろう。次いで商工業に進出して行ったと見るべきである。河童の話が商工業が活発になった室町時代になって一気に広まったのは、そういうことなのである。

●河童とはなんであったのか?

 河童の歴史は差別と受容の歴史である。河童たちは宗教上の理由で日本人たちか差別されざるを得なかった。河童たちの宗教は神道とは微妙に違うし、河童たちは仏教を拒絶している。これれでは神仏習合の国では適応できないのである。

 しかし河童たちが商工業に進出していくと庶民たちもこれを受容せざるを得なくなる。宗教が違ったとしても経済で交流することになるのだから、下手に差別をぶつけることができなくなるのだ。河童たちを受容するということは、日本人の中に仏教を拒絶する人たちが存在し始めるようになったということなのである。

 江戸時代には復古神道が起こるのだが、復古神道の中でも平田篤胤は仏教を拒絶した。この思想は爆発的に広まるのだが、もしかしたら先祖が河童であった商工業者たちがこれに飛びついたのかもしれない。元々仏教を拒絶していた以上、仏教を拒絶した思想が出て来ればそれに飛びついてもおかしくはないからだ。

 河童は民間信仰の集合体でもある。河童たちの話は実話半分妄想半分なのであって、日本人の民間信仰を知るには持って来いの材料なのである。河童たちは悪さをする存在であると同時に、何かしらの利益を齎してくれる存在なのである、それと巧く付き合いながら同化していったのである。

  河童がいた方がいいいのか、いない方がいいのかといえば、断然にいた方がいい。なぜなら「川には河童がいて殺されることもある」と子供たちに教えれば、子供たちは河童に恐怖して、水遊びをするにしても慎重になってやるようになるからだ。それは水難事故で子供たちが死ななくなるということなのである。

 しかし親が科学至上主義に取りつかれて、「河童など迷信である」と子供たちに言ってしまえば、子供たちは水を恐れることがなくなるから、それで水難事故で死亡してしまうことになるのである。夏になると水難事故のニュースが流れる度に、「やはり川には河童がいた方がいい」と俺は思ってしまうのである。

※参考文献

 国立歴史民俗博物館+常光徹『河童とはなにか』(岩田書院)

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下戸専用ビールの必要性

●下戸にとって夏は地獄の季節

 下戸にとって夏は地獄の季節である。暑いためにビールを飲むことになるのだが、下戸の俺はビールを1杯飲んだだけで顔が真っ赤になってしまうので、もうダメなのである。かといって自分だけがビールを飲まない訳には行かないので、結局、お酒が出て来る場には出席しないということになる。

 だから俺にしてみればビアガーデンなどは無間地獄のようなもので、その場所に3分も居続けることは不可能なのである。確かに夏の厚さのために疲労している。だったら早く帰宅すればいいのであって、わざわざ仕事の帰りに更に疲労することはないのである。

 居酒屋だろうがバーだろうが、そういうお店を経営するのは飲んべいだろうから、下戸の人たちの気持ちというものを全く理解していないのである。この世にはお酒の飲めない人がいる。飲めたとしても少ししか飲めない人がいる。そういう人たちのことを配慮してくれればいいのに、配慮は全くしないのである。

 俺に言わしてみれば、お酒を出す店のお酒に対する考えが実に変なのである。お酒はアルコール度数が高くなれば肝臓に負担をかけるので、できることならアルコール度数の少ないお酒を出せばいい。そうすればお酒も食事も美味しく飲み食いすることができるのである。

 しかし実際にやっていることはその逆で、アルコール度数の高いお酒を敢えて出して来るので、質の低い料理を出し、結局、自分のお店のレベルを上げることができなくなってしまっているのである。お酒や食事を味わったりするのではなく、お酒に酔うためにお店を作っているのだから、これで変な事件や事故が起こらない訳がないのだ。

●日本のビールはアルコール度数が高すぎ

 大体、日本のビールはアルコール度数が高すぎである。日本のビールのアルコール度数は「5%」が標準である。昔はもっと低かったような気がするのだが、アサヒのスーパードライがヒットして以降、アルコール度数は5%が標準になってしまった。

 なんでアルコール度数が5%になっているのかといえば、それはビールの長期保存が効くからなのである。ビールというのは長く保存できない。というか長く保存すればするほど味は低下していく。だからアルコール度数を下げて、敢えて長期保存できないようにさせた方がビールは美味くなるのである。

 アメリカ合衆国のビールも「5%」が標準である。アサヒはアメリカ合衆国のビールを参考にして、スーパードライを作った可能性がある。アメリカ合衆国のビールはアルコール度数が高いために、美味しいビールというのが1つもない。有名なバドワイザーに至っては、屑米を使ってビールを作るという邪道なことをやりまくっているのである。

 イギリスやドイツのビールのアルコール度数は大概「3.6%」である。この3.6%というのが、ビールの味を最も美味しく引き出せるアルコール度数らしいのである。こんなビールでは、当然、長期保存は効かない。だからドイツではビール祭りがあって、みんなで大量にビールを飲むのである。

 俺がこの話を家庭でしていたら、俺の母親が、

「アルコール度数100%のビールってのはないのかね?」

と訊いてきた。

「それは麦焼酎だろう」

と俺は笑って答えた。麦焼酎は蒸留酒なので、醸造酒なら10%台のビールは作れると思う。しかしビールはアルコール度数が高ければいいってもんじゃない。アルコール度数が低い方が美味しいのである。

●味のないビール

 アサヒのスーパードライは確かに旨いが、美味しいのは1杯目だけで、2杯目以降は美味しくなくなる。これはビール特有の現象なのではなく、スーパードライがそのように作っているからなのである。本物のビールは何杯飲んでも美味しくなるようにできているのである。

 特にスーパードライで気になるのは、ビールの苦味がないということなのである。この苦味こそ疲労を除去する作用を発揮するので、それで体の疲れているオジサンたちが飲むことになるのである。それなのにその苦味がないのだから、それで過労死というのが発生してきてしまったのである。

 日本のビールもアメリカ合衆国のビールも、味のないビールとしては同じである。アルコール度数が高いために、どうしてもビールの味を犠牲にしてしまうのである。ビールの味が巧く引き出されるのは、3%台なのであって、とにかくアルコール度数を落とさない限り、ビールの味を高めることはできないのである。

 ビールの味を追求するなら、黒ビールの方がいい。黒ビールの方が栄養価は高いので、それでビールの味が最大化されることになるのである。黒ビールが普及している地域ではアル中というのが出て来ない。お酒を味わって飲んでいるので、お酒に飲まれてしまうことがないのである。

 ビールは長期保存が効かないのだから、ビールは大きなビール製造会社が作るよりも、小さなビール製造会社が作った方がいい。だから「地ビール」が売れるのである。自分たちが住む都市に地ビールを持たせるということは、都市を健全に発展させて行くためには絶対に欠かせないことなのである。

●下戸専用ビールとは?

 しかし下戸の俺にしてみれば、アルコール度数が3%台でもきついのである。アルコール度数はもっと下げてくれた方がいいのである。そこで下戸には「下戸専用ビール」を用意して貰い、下戸であってもビールを楽しく飲めるようにして貰いたいのである。

 下戸専用ビールの条件とは、

①アルコール度数1%

②苦味のある物

③黒ビールであること

④「下戸専用」と表記し、飲んべいには飲用を禁止すること。

の4条件を全て揃えた物である。アルコール度数が1%なら長期保存は絶対に無理だから、それゆえビールが出来たら飲むというようにしてしまえばいいのである。

 「下戸専用」の表記は実に大事で、普通にビールを飲む人が下戸専用ビールを飲んでケチをつけられたら堪ったものではないのだ。普通のビールが飲めないからこそ敢えて下戸専用ビールを飲んでいるのであって、普通の人たちは飲むのを禁止すべきなのである。

 下戸専用ビールは下戸たちにだけ利益があるのではなく、普通の人たちにも利益が発生して来る。下戸専用ビールは長期保存が効かないために、普通のビールが長期保存しようとする動きに対して牽制を加えることができるのである。

 日本人にとってビールは近代以降飲み始めた飲み物だから、「本物のビールはこういう物なんだ」というのが解っていない。酒税の関係で発泡酒が登場してきたのだけれども、ああいうビールもどきのお酒を飲んでいると、ビールの味すら解らなくなってしまうものなのである。本物のビールを維持することは、日本人の健康のためにも必要なことなのである。

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直木賞物語

●嘗て大衆文学は本当にゴミレベルだった

 江戸時代後期、日本の文学は瀧澤馬琴の『南総里見八犬伝』という名作を生み出した反面、物凄く堕落してしまい、その負の遺産がそっくりそのまま近代以降に引き継がれてしまった。明治維新をやっても、文学の世界でなかなか近代的な小説が出て来なかったのはそのためなのである。

 純文学の方は日本の文学の伝統を引き続きつつ、シェイクスピアやロシア文学の影響を受けて近代化していくことに成功したが、大衆文学の方は或る意味捨てておかれた。状況が変わり出したのは講談社が講談を載せた雑誌『講談倶楽部』を創刊した辺りからであって、これによって大衆文学は一気に花開いたのである。

 しかしこの講談に基づく大衆文学は実にレベルの低い物であった。そもそも講談は講談として成立しているのであって、それを小説化するのには無理がある。しかも大衆文学を好んだのは低学歴の人々であって、彼等はまともな文学ではなく、娯楽として大衆文学を楽しんでいたのである。

 大衆文学に於いて圧倒的人気を得たのが、男性作家は「菊池寛」であり、女性作家「吉屋信子」であった。2人は断トツの人気であり、今で言う億万長者になっていたのである。ただ菊池寛や吉屋信子の小説を現代の我々が読むと、本当にゴミレベルの物なのであって、戦前の日本国民の民度の低さを思いっきり思い知らされることになる。

 菊池寛自身、大衆文学で大儲けしたが、この大衆文学のレベルの低さを痛感しており、そのため私財を投げうって直木賞を創設したのである。直木賞があればこそ大衆文学は徐々にではあるが向上していったのであり、この文学的功績は非常に大きい物があったのである。

 今回紹介する本はこの本!

 川口則弘著『直木賞物語』(パジリコ)

  直木賞物語 

 文藝春秋特別編集『芥川賞・直木賞150回全記録」(文藝春秋)

  芥川賞・直木賞全記録

●直木賞とは?

①大衆文学

 直木賞は大衆文学の作品に与えられることになる。大衆文学とはエンタメ系小説のことであって、文学作品の中でも通俗性の強い作品のことである。但し直木賞は大衆文学の作品に対して文学性を要求するのであって、ただ単に通俗性のある作品ではダメなのである。

②中堅作家に与えられるもの

 直木賞も芥川賞と同じく、当初は新人作家や新進作家に与えるものであったが、直木賞は歴史を積み重ねて行く間に、新人作家や新進作家ではなくなって、中堅作家に与えられる賞になってしまった。大体、作家デビューして10年以内を目安にすべきであって、余り早く取り過ぎてもダメだし、余り遅くにとってもダメなのである。

③リアリズムのある作品

 直木賞は大衆文学の中でもリアリズムのある作品に与えられることになる。このためSF小説には与えられない。ライトノベルにも与えられない。嘗て推理小説の作品が直木賞受賞するために大いに揉めたのは、推理小説はリアリズム的な表現をやりながら、作家本人が殺人事件を犯したことがないというリアリズムの欠如があったからなのである。

 直木賞は30代で貰うのがベストである。40代で貰うのはそれに次ぐ。20代では早すぎる。50歳以降では遅すぎる。直木賞が有難いのは、芥川賞のように作家デビューしてすぐに与えられるのではなく、作家デビューして暫く経った後に受賞するので、それで再加速でき、作家の生存確率を思いっきり引き上げてくれるのである。

 文学のことを余り解っていない人たちは「芥川賞と直木賞はどう違うんですか?」と訊いて来るものだが、俺は「直木賞受賞作家は文章が巧い作家だよ」と答えている。事実、そうだからだ。直木賞を受賞後にも活躍している作家はどれも文章が巧いものなのである。

●直木賞を変えた作家は誰?

 直木賞は作品ではなく作家に与えられる傾向が非常に強い。この作家はこれまでに実績があり、この程度の直木賞候補作品を書いてきたのだから、直木賞を受賞させてもいいだろうということで直木賞を受賞させてしまうのである。このため直木賞受賞作品で出来のいい物は非常に少ない。

 芥川賞と直木賞は同時に発表されるものだが、芥川賞受賞作品の方がベストセラーに成り易いのは、芥川賞の方は作品で選んでいるからなのである。旋風は常に芥川賞の方から起こっているのであり、決して直木賞からではないのだ。

 その直木賞も出版不況の中で質が上昇していった。一体誰が上昇させたのかというと、髙村薫の『マークスの山』から直木賞受賞作品は質が一気に向上した。これ以前の作品はみな大したことはない。この作品には動機という点で致命的な欠陥が存在するのだが、それでも推理小説の持つリアリズムが直木賞に変化を引き起こしたのである。

 この流れに続いて宮部みゆきの『理由』も東野圭吾の『容疑者Xの献身』も直木賞を受賞し、質の向上に貢献した。これら全員が全員、推理小説作家なのである。推理小説家は殺人事件をやったことがないにも拘わらず推理小説を書くので、どうしてもリアリズムを装いながらリアリズムが欠如するということを仕出かしてしまうのだが、この中途半端なリアリズムが直木賞を変えて行ったのである。

 芥川賞の場合、石原慎太郎や村上龍や金原ひとみや綿矢りさというスター作家が出て来て芥川賞を大ブレイクさせてしまったのだが、直木賞の方にはこういうスター作家がいないのである。中堅作家に受賞させるために衝撃力が不足してしまうのかもしれないが、質の高い作品が直木賞を受賞するようになっている以上、大ブレイクすれば日本文学史にその名を残すような作品になる筈なのである。

●通俗性と文学性の戦い

 直木賞の歴史は「通俗性」と「文学性」の戦いの歴史であった。大衆文学という物は通俗性を持っているが文学性を持っていない。しかし大衆文学のレベルを引き上げるために直木賞を設けた以上、文学性のある大衆文学に直木賞を受賞しようとしてきたのである。

 ところが実際にやってみるとこれが難しく、大衆文学に文学性を強調すると、読者離れが起こってしまい、読者たちが面白いとは思わない作品が直木賞を受賞してしまうのである。こういうことをやれば直木賞の価値がどんどん低下して行くのは当然である。

 かといって、文学性はないが、通俗性のある大衆文学作品に直木賞を与えてしまえば、直木賞の存在価値自体を失ってしまうのである。直木賞では世間に於いてベストセラーになっていた作品に対して敢えて受賞させたなかったこともあるが、これはこのことを端的に表しているのである。

 更に問題を悪化させたのは、選考委員に適切な人材が選ばれていなかったことであった。例えば国民的作家である「松本清張」と「司馬遼太郎」は直木賞に選ばれたが、この2人がいた時期は優れた作品に直木賞を与えていないのである。ベストセラー作家であっても、鑑識眼があるかは別なのであって、鑑識眼のある作家を揃えていかなければならないのだ。

 最も酷いのは「井上ひさし」で、彼は選考委員としての能力を何も持っていない。放送作家上がりの人は、どうしても「面白ければいいだろ~」と考えてしまうので、直木賞に於いて通俗性と文学性の矛盾が激しくなっていることを何も解っていないのである。

 この点、「五木寛之」と「渡辺淳一」は選考委員として非常に高い能力を持っていた、通俗性と文学性の矛盾はその矛盾を克服してしまうよりも、通俗性を持ちつつも、文学性を加味して行くという遣り方を行っていかなければならないのである。

●直木賞の対抗勢力「本屋大賞」の登場

 直木賞は作品ではなく、作家に与えられると言われている。選考委員たちは「この作家はこれだけの経歴があり、この程度の作品が書けるのだから、直木賞を与えてもいいだろう」として直木賞を与えてくるのだが、こうなると直木賞受賞作品はそんなにレベルの高い物ではなくなってしまう。

 それで文学ファンたちから激しい不満が生じ、それが「本屋大賞」を生み出してしまったのである。本屋大賞は書店の店員たちが選んでいるので、ベスト10の中に入れば、大衆文学作品としては実に楽しめるものである。このため直木賞に対して強力な対抗勢力になってしまったのである。

 しかし本屋大賞を貰っても作家として生き残っていけるかは難しい。ベストセラーになったからといって、作家として生き残れる訳ではない。直木賞にはまだまだ価値があり、直木賞受賞作家は文章が巧い以上、小説を地道に書いて行けば確実に生き残ることができるのである。

 直木賞と本屋大賞の戦いは長らく続くと思う。出版不況ゆえにスター作家を生み出していかないと、書店は存続して行くことができないからだ。今までの直木賞のように、別に大した作品ではない物に直木賞を与えて行くようなことは、今後、絶対にすべきではないのだ。

 直木賞は髙村薫以降レベルが上がったのだから、髙村薫以前に直木賞を受賞をした作家たちは選考委員を辞めるべきであろう。作品の良し悪しを見抜く力がない以上、いつまでも選考委員に居られては困るのである。それに直木賞候補作品を5つにするのではなく、本屋大賞に対抗して10作品とかしてより多くの作家たちを直木賞に巻き込めるようにしていかなければならない。そういう地道な改革が直木賞の価値を高めて行くことになるのである。

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芥川賞物語

●小説と文学賞

 小説という物は売れてナンボの物である。売れる小説というのは読者たちが「この小説は面白い」というからこそ買うのであって、そういう面白い小説はどんどん売れていくべきなのである。売れない小説は詰まらないから、そういう小説は売れなくていいのであり、それを書いた作者は廃業して行くべきなのである。

 しかし小説は売れれば良い訳じゃない。小説を売るために思いっきり低俗化させてしまえば、確かにその小説は売れたかもしれないが、その小説のために文学は堕落して行ってしまうからだ。そこで小説に対して文学賞を与えて、「この小説は文学的に高い価値がありますよ」という箔付けをするのである。

 「文学賞など不必要だ!」という意見は非常に危険である。この手の意見は勲章不要論と同じく、何も解っていない人たちが述べて来る意見であって、人間というのは自分が思っている以上に愚劣な動物であるということが解っていないのだ。

 文学という物は、古代ギリシャがそうであったように民主主義によって滅ぼされる危険性を常に持っている。確かに娯楽としての文学という物は存在する。しかし一般大衆が良いという物に対して、貴族主義的精神に基づいて断固拒否し、真善美を指し示していかければならないのである。

 文学市場には小説家同士が新たな作品を出すことで切磋琢磨する競争と、文学賞授与によって文学を高尚化させ低俗化を叩きのめす闘争というものがあって、この競争と闘争によって文学の質量を高めて行っているのである。だから我々はベストセラーを尊重しつつも、文学賞も尊重していかなければならないのである。

 今回紹介する本はこれ!

川口則弘著『芥川賞物語』(バジリコ)

  芥川賞物語[川口則弘]

文藝春秋特別編集『芥川賞・直木賞150回全記録」(文藝春秋)

  芥川賞・直木賞全記録

 この本とムックを読めば、芥川賞の全貌を掴めると思う。芥川賞は最初から巧く行ったのではなく、紆余曲折を経ながら純文学の文学賞としては最高の価値を持つに至ったのである。

●芥川賞とは?

①純文学

 芥川賞は純文学の小説に対して与えられる。純文学とは文学性の高い小説のことであって、通俗性の少ない小説のことである。純文学では近代人の苦悩が綴られることになる。封建制度から解放された近代人は自由であるかもしれないが、その自由は飽くまでも法の支配の下での自由なのであって、自律と他律の両方がなければ機能しないのである。

 純文学で代表的な形態が「私小説」ということになるのだが、私小説だと作者の苦悩を描き易いからなのである。勘違いしてはならないのは、「私小説=純文学」と思ってしまうことで、私小説であっても純文学でない物は存在する。別に私小説でなくても純文学の作品を書いて行くことは可能である。

②短編小説か中編小説

 芥川賞は短編小説か中編小説の作品に与えられる。短編小説とは四百字詰め原稿用紙で100枚以下の小説を言い、中編小説とは100枚以上300枚以内の小説を言う。長編小説ではないことだけは確かなのであって、芥川賞を取るためにはそんなに長い話は要らないのである。

 芥川賞の内規では250枚以下という規定があるのだが、過去の受賞作品にはこの枚数を超える物が存在している。しかし300枚を超える作品は1つもない。だから短編小説か中編小説なのであって、短い話の中でどれだけレベルを高くしていくかが問題になるのである。

③新人作家か新進作家

 芥川賞は新人作家か新進作家に与えられる。純文学は通俗性が少ないためになかなか売れない。だから純文学の作品を作れる小説家に対して早目に文学賞を与えてしまい、その生存確率を高めようとするのである。だから芥川賞は作家デビュー直後か作家デビュー後数年以内に貰わないと意味がないのである。

 芥川賞は20代で貰うのがベストである。若くして貰える可能性がある文学賞なのである。長編小説は30代にならないと書けないが、短編小説や中編小説なら20代でも書けるのである。しかし芥川賞を若い時に受賞してしまうと、芥川賞が重荷となって、その後、小説が書けなくなり、廃業ということになってしまうこともあるので、その点は要注意である。

●芥川賞をブレイクさせた作家たち

 芥川賞は最初から巧く行った文学賞ではなかった。芥川賞をどう運営していけばいいのか、選考委員たちも解らなかったので、試行錯誤を繰り返した。ただ文藝春秋社が事実上運営しているために、作家たちの間では注目されるようになった文学賞に過ぎなかった。

 それが石原慎太郎の登場によって、芥川賞はブレイクしたのである。石原慎太郎はかなり衝撃的な内容を含む『太陽の季節』で芥川賞を受賞しただけでなく、そのルックルが抜群であったために、若い女性たちの圧倒的な人気を得たのである。

 芥川賞はもう1度ブレイクし、村上龍が『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞を受賞すると、これが100万部を超えるベストセラーになった。この作品の内容は非常に堕落的なものなのだが、文語から口語へという日本の小説の流れに於いて、一応、これが最高到達点に達した。

 芥川賞は更にブレイクし、金原ひとみが『蛇にピアス』で、綿矢りさが『蹴りたい背中』で芥川賞を受賞して、これまた100万部を超えるベストセラーになった。これらの作品は大した物ではないのだが、20代や10代の女性でも芥川賞が取れてしまうことが衝撃的だったのである。

 芥川賞は20代の新人作家が出て来るとブレイクする可能性がある。純文学は通俗性を排する物なので、若い時の純粋さを保っている時の方がレベルの高い作品を作れる可能性があるということなのである。尤も技術的には未熟なので、批判は多々あろうが、新しい文学作品は常に若者たちによって作られる物であるということだけは事実なのである。

●なぜ国民は芥川賞に期待するのか?

 日本文学振興会には芥川賞と直木賞の二大文学賞があるのだが、国民は芥川賞の方に期待を寄せている。事実、日本文学界に激変を齎して来たのは常に芥川賞受賞者の方であって、直木賞受賞者の方は実に地味な存在であるのだ。

 なんでこんな違いが生じてしまったのかというと、「日本国民は芥川龍之介の名前と実績を知っているから」という理由が大きい。直木賞の直木三十五は誰も名前を知らないし、その実績はそれ以上に知らないからだ。名前の価値が芥川賞と直木賞を分けてしまうのである。

 もう1つは純文学と大衆文学の違いであろう。純文学は文学性を追求し、通俗性を排しているがゆえに、その時代だけ読める物ではなく、時間が経過しても読める代物なのである。これに対して大衆文学になってしまうと、通俗性があるゆえに、その小説が出版された時期に於いては読めるのだが、時間が経過してしまうと読めなくなってしまうのである。

 トドメは「芥川賞受賞作家の方が新しい文学を作ってくれる可能性があるから」という理由がある。事実、石原慎太郎の登場によって純文学は明らかに変わった。これに対して直木賞の方はこういうスター作家を生み出しはしなかったのである。

 出版不況になろうが、芥川賞の価値は変わらない。それどころか益々価値は上昇している。デフレによって人々の好みが拡散していくと、なかなかベストセラーが出なくなってしまうのだが、こういう状況下で芥川賞受賞作品が出て来ると、一気にベストセラーになってしまうものなのである。芥川賞は注目されるだけの価値はある文学賞なのである。

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