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2014年8月

如何にしてイエスは神となりしか?

●イエスの宗教活動はたった3年

 イエスの宗教活動はたった3年であると言われている。その間に、12使徒たちと数千人の信者たちを獲得した。新興宗教としては成功した部類なのだが、なんせ急成長してしまったために、教団の組織が出来上がらない前に宗教弾圧を受け、死刑を食らうことになった。

 12使徒たちはどう考えても普通の人たちであり、イエスが逮捕されると全員が裏切った。数千人の信者たちも雲散霧消してしまった。ただイエスの愛人だと思われる「マグダラのマリア」が最後まで付き従い、イエスの復活を目にすることになる。

 イエスは30代前半で死んでしまったのだが、30代前半の男性が3年間宗教活動した所で、どれほどのことができたであろうと疑問に思ってしまう。30代前半なら男としてまだまだ未熟だし、それに時間が余りにも少ないので、使徒たちや信者たちに伝えられたことは限られてしまうのだ。

 イエスがやったことは、ユダヤ教の618ある律法に、新たな律法を付け加えたことである。その新たな律法は、

「心を尽くして神を愛すること」

「自分を愛するように隣人を愛すること」

のたった2つである。

 なんでこの新しい律法に支持者たちが出て来たのかといえば、当時のユダヤ教は律法学者たちがいて、律法をただ単に形式的に守らせることに躍起になっていたからだ。律法とはそういうものなのだが、イエスは律法を形式的に守るのではなく、神への愛と隣人への愛がなければ無意味だと指摘したのである。

 だからイエスは律法を廃止するという考えは全くなかった。一見、律法に違反する行為をやっているのだが、それは「律法には愛がなければならない」と言っているだけで、それゆえイエスは「律法を完成させるためにやってきた」と主張しているのである。

●エビオン派の主張

 イエスの死後、キリスト教徒たちを取り纏めたのは、イエスの弟である「ヤコブ」と、「マグダラのマリア」のコンビで、この2人を中心に信者たちは終結した。基本的に信者たちは全員が全員、ユダヤ教から改宗してきた人々であって、異教徒たちはいなかった。

 この集団は「エビオン派」と呼ばれるのだが、「エビオン」とは「貧しき人々」という意味で、イエスは生存中、貧しい人たちに宣教していたので、この名称と実体はピタリと一致する。キリスト教はユダヤ教徒たちの上層部から生まれた物ではなく、下層階級から生まれた物なのである。

 エビオン派の主張はユダヤ教の律法を遵守し、イエスを救世主として崇めるものであった。だからエビオン派は「ユダヤ教のイエス派」というべきもので、宗教的にはまだキリスト教はユダヤ教から離脱していない。しかしユダヤ教徒たちの殆どはイエスを救世主とは認めていないので、エビオン派は非常に危険な立場にあったのである。

 このためエビオン派は元々貧しかっただけでなく、イエスを見習って自ら進んで貧しい生活を行った。となるとその余剰が教団の方に流れ、教団自体は裕福になった。それでエビオン派は教団勢力を拡大していったのである。しかしこうなってくると、ユダヤ教徒たちが危険視し始めるのは必至だった。

 それで西暦62年、ヤコブはユダヤ教の大祭司に殺されてしまう。ユダヤ教の大祭司は信者たちを引き連れて殺害を実行したみたいなので、恐らくリンチによって殺されたのであろう。エビオン派はヤコブを失うと急速に失速して行く。

 『新約聖書』の『使徒言行録』では、イエスの死後、一番弟子のペテロが教団を率いていたとしているのだが、これは実に怪しい。エビオン派を率いていたのはヤコブであって、ヤコブの死と共にエビオン派の衰退が始まる以上、ペテロがエビオン派を率いていたとは考えにくい。

●ペテロ派の主張

 ペテロは一番弟子でありながら2度も裏切ってしまったために、イエスの死後、キリスト教徒たちの中で地位が失墜してしまった。それでペテロは異邦人への伝道を開始して、ユダヤ教徒以外の者たちを教団の中に引き入れてしまった。

 しかしこれによって新たな問題が生じ、多神教から改宗してきた者たちはユダヤ教の批判を行い始め、キリスト教会は深刻な対立を抱えることになってしまった。キリスト教会の主流派は「イエスはユダヤ教を改革した」と思っていたので、ユダヤ教から離れる気はまるでなかったのである。 

 そこで西暦32年にユダヤ教を批判していた急先鋒のステファノがキリスト教徒たちから虐殺され、ユダヤ教を批判していた者たちは都落ちして異教徒たちが多く住む場所に移り住んで、そこでキリスト教を伝道していった。この流れの中からパウロが出て来る。当然にパウロは「律法から信仰へ」という主張をしてくることになる。

 この虐殺で12使徒の誰かが都落ちしたらしく、その人物がパレスチナで伝道を遣り始めたらしい。この集団は広範囲に亘って伝道しなければならなかったので、『原始福音書』なる物を作ったらしい。この書物指向こそがキリスト教を大きく変えて行くことになる。

 ペテロ派は12使徒派と急進派とパレスチナ派と広範囲に亘るので、パウロ派の主張を1つに纏めるのは難しいのだが、ペテロ派は異教徒たちに伝道を遣り始めたので、イエスに神性を見出すようになっていったことだけは確かである。

 ユダヤ教の律法を定めたのがユダヤの神ヤハウェなら、新たな律法を制定したイエスも神であるということになる。勿論、ユダヤ教徒だったペテロはそんなことを考えなかっただろうが、異教徒たちに伝道をしていけば、こういう考えに至ってしまうのは当然の結果だった。

●対ローマ戦争の敗北

 キリスト教にとって最大の転機となったのは西暦66年から70年に行われた対ローマ戦争の敗北だった。キリスト教の主流派だったエビオン派は西暦52年に最高指導者のヤコブが虐殺されていたので、纏まりを欠いた状態で戦争に突入することになった。

 エビオン派の一部は戦争が始まる前にエルサレムから避難し始めたらしく、ペテロ派もシリアやエジプトへと退避したらしい。こういうことはユダヤ教徒たちから見れば裏切り以外の何物でもなく、それでキリスト教徒たちを激しく非難した。

 しかし戦争自体はユダヤ教徒たちの大敗北に終わったので、それでキリスト教徒たちはユダヤ教徒たちキリスト教に従わないから敗北したのだと断罪し始めた。もうこうなってくると、キリスト教徒たちはユダヤ教から離脱しなければならず、脱ユダヤ教は一気に加速されたのである。

 となると、キリスト教イエス派というべきエビオン派は圧倒的に不利になってしまった。寧ろユダヤ教を批判していたペテロ派の方が圧倒的に有利になってしまったのである。パウロは西暦61年に死んでいたのだが、このパウロの「律法から信仰へ」という主張が一躍脚光を浴びることになった。

 しかもペテロ派は書物指向を持っていたので、パウロはじゃんじゃん書簡を書きまくった。これはキリスト教の宣伝の役割を果たしたであろうから、それでパウロが評価され始めると、パウロの書簡が重要な物に成り始めるのである。

●なぜエビオン派は敗北したのか?

 エビオン派は教団組織をしっかりと持ったまま都落ちしたのだが、教団の主導権をあっという間に喪失してしまった。エビオン派は最高指導者のヤコブの死後、最高指導者に恵まれなかったのか、とにかく組織として纏まって行動することができなくなった。ペテロ派は三つもの派閥からなっていたが、パウロ派によって統合されると、一気に勢力が拡大し、教団の主導権を取ってしまった。

 民主主義に毒されてしまうと、パウロ派は異教徒たちを改宗させていったので、数の上では勝っているから、それで勝利したと思ってしまう。しかしキリスト教会は民主主義とは無縁の組織だったのであり、パウロ派の数が多かったからといって、どうにかなるものではないのだ。 

 問題は教義にあったのである。

 エビオン派はイエスを愛の律法を定めた救世主としながらも、それではなぜイエスは処刑されなければならなかったのか、その解答に「苦悩するイエス」という物を用意していた。確かにイエスは愛を解いたが、信者たちと共に苦悩する者でもあるとしたのである。

 これはエビオン派の主張を理解できれば簡単に理解できる。イエスは貧しい人たちに愛を説いたのであって、貧しい人たちが苦しんでいても、その同じ立場に立って苦悩してくれるのである。だからエビオン派の人たちはイエスと同様に貧しい生活を意図的に送り続けたのである。

 この「苦悩するイエス」を徹底的に批判したのがパウロだった。パウロはイエスの死を贖罪死と考えていたので、イエスに苦悩されては堪ったものではないのである。イエスは人類の原罪と引き換えに死んでくれたからこそ、キリスト教徒たちは救済されると考えたのである。

 このパウロの主張はイエスの真意をまるで解っていない意見なのだが、イエスが救世主であると考える以上、エビオン派のように信者たちと平等な立場にいるイエスより、信者たちから隔絶された所にいて欲しい。そうなってくると、エビオン派の主張はイエスの真意に沿っていても、最早説得力を持たなくなってしまったのである。

 それとこれは飽くまでも仮説なのだが、「マグダラのマリア」の離脱もエビオン派に大打撃を与えたのではないだろうか? 「マグダラのマリア」はイエスの死後、フランスに遁れて、その地でイエスの子供「サラ」を産んだと伝承されている。しかし当時の状況を考えると、「マグダラのマリア」がフランスに行ったのは、エビオン派の都落ちの時ではないだろうか?

 となると「サラは一体誰の子?」ということになる。

 もしも「マグダラのマリア」がイエスの死後、ヤコブと付き合うようになり、それでサラを産んだとしたのなら、エビオン派は最初から致命的な欠陥を抱えていたとも言える。「マグダラのマリア」がエビオン派の都落ちの際にシリアに行かず、フランスに遁れたというのも、教団内部で激しい権力闘争があったと見た方が妥当なのではないか?

●マルキオン派の主張

 キリスト教会はパウロ派によって主導権を握られるようになったが、パウロ派の主張が通り始めると、その考えをもっと進めたマルキオン派が登場してきた、マルキオン派はユダヤ教の神とキリスト教の神は違うのであって、こうなってくると「イエスは神だ」ということになる。

 勿論、実際のイエスは人間である。だからイエスは肉体的には人間であるかもしれないが、その中身は純然たる神性を有していると考えた。パウロ派にはイエスに神性を見出すというユダヤ教にはない特徴があるのだが、かといってマルキオン派の主張を認める訳にはいかなかった。

 イエスはユダヤ教の預言の中から生まれてきたのであって、彼が突如として出て来たのではない。ユダヤ教の長い歴史があればこそ出て来た人物なのである。だからユダヤ教とキリスト教がまるで違う宗教になってしまうのは拙いのである。

 厄介なことに、マルキオン派はシリアやトルコ辺りで強力に広がっていったということであり、ということは嘗てパウロ派だった人たちがマルキオン派になったということなのである。イエスとパウロを同等に看做すのは、マルキオン派の特徴だった。

 マルキオン派がキリスト教会の主導権を取っていればキリスト教の歴史は随分と変わっていただろうが、マルキオン派は主導権を取るまで勢力を拡大できなかた。マルキオンが生きた自体は古代ローマ帝国に於いて五賢帝の時代だったので、ローマ市民たちは繁栄を謳歌していたのであり、キリスト教徒たちも教義を先鋭化する必要性はなかったからであった。

●グノーシス派の主張

 マルキオン派はグノーシス派という新たな宗派を産み出すことになる。グノーシス派はマルオキオン派の教えでは飽き足らなかった人たちが遣り始めたと思うのだが、グノーシス派は現存するキリスト教文献の中で最も古い物を持っているので、かなり古くからあった宗派であったとも考えることができる。

 恐らく、キリスト教の初期の段階でエイジプトに行った連中がグノーシス派に加わったのではないだろうか? というのはグノーシス派は魔術的な要素をふんだんに持っているので、これは魔術が発展していたエジプト抜きでは考えらないことだからだ。

 グノーシス派は秘密儀式によって「秘密の知識」を持ちさえすれば、人間は神と一体化できると考えていた時点で、他の宗派とは決定的に異なる。他の宗派はどれも神と人間を分離しているのだが、グノーシス派は神と人間が直結できるとしたのである。

 これはイスエ自身の主張に非常に近く、イエス自身、神と直結したからこそ、ああいう宣教活動をやったのであり、グノーシス派の人々はイエスにそれができたのなら、自分たちだってできると考えたのである。となると、グノーシス派の人たち自身が救世主になって行ってしまうのである。

 グノーシス派は五賢帝の統治の成功によって人々が豊かになり、カラカラ帝によって全州自由民にローマ市民権が付与されたことと深い関係がある。世俗に於いてローマ市民権が全ての人たちに付与されたのなら、キリスト教だって信者たちが救世主になったっておかしくはないのである。

 パウロ派の人たちにしてみれば、グノーシス派はマルキオン派以上に腹立たしい物であった。なぜならグノーシス派では「聖職者のいない教団」を作ってしまうことになり、それでは既に聖職者たちを要していたキリスト教会にとっては困るからであった。このためパウロ派はグノーシス派を徹底的に叩き続けたのである。

●キリスト教徒への弾圧と対抗策

 キリスト教会内部の権力闘争はなかなか決着が着かなかった。そうこうしている内に、古代ローマ帝国は西暦250年からキリスト教徒たちへの弾圧を始めた。理由はゲルマン民族の侵入してきたからであって、国内の引き締め策としてキリスト教徒たちを弾圧していった。

 パウロ派はこの宗教弾圧を最大限利用した。

①階位制

 まずは位階制を導入し、司教に権力を集中させた。宗教弾圧を乗り切るためには司教に権力を集中させた方がいいから、こういうことをやらない宗派は自滅して行くことになる。グノーシス派は政府から宗教弾圧を受けるだけではなく、キリスト教会からも追い出されてしまい、それで存続していくことができなくなってしまったのである。

②信条の制定

 教団組織がしっかりと整えば、今度は信条の制定である。信条を制定してしまえば、他の宗派は全滅ということになる。使徒信条の原型となった古ローマ信条は宗教弾圧と同時に出来た物で、これによって他の宗派は存続できなくなってしまった。

③正典の編集

 トドメは正典の編集であって、教団がキリスト教の正典を定めてしまえば、他の宗派が何を唱えたとしても、そんな教えは正典にはないと言えるので、それで他の宗派たちを確実に死滅させることができるようになるのである。宗教弾圧が開始された当時、キリスト教の文献の半分以上はグノーシス派の物であったことをわすれてはならない。

 キリスト教は古代ローマ帝国から宗教弾圧を受けたことを宣伝しまくっているのだが、古代ローマ帝国がキリスト教徒たちに宗教弾圧をやったのは高が60年程度であって、しかもパウロ派はこの宗教弾圧を利用して他の宗派を全て叩き潰して、教団組織をしっかりと固めてしまったのである。

 西暦313年には古代ローマ帝国はキリスト教を公認しているし、西暦380年にはキリスト教を国教にしている。それほどキリスト教は宗教弾圧を利用して成長してきたということなのである。しかもこれによって古代ローマ帝国が永続化できたのではなく、15年後には帝国は東西に分裂してしまい、古代ローマの繁栄に終止符が打たれてしまったのである。

●三位一体論の論争の果てに

 キリスト教が古代ローマ帝国から公認されると、教義を整えて行く必要性に迫られた。そこでイエスをどう捉えるかが問題になった。どの宗派もイエスが救世主であると認めた。しかしイエスが本当に人間だったのかということに対して議論が錯綜したのである。

 パウロ派は異教徒たちを改宗させていったので、イエスに神性を見出す萌芽があった。しかしマルオキオン派のようにイエスをヤハウェとは違う神だと考えることはできなかった。飽くまでもキリスト教はユダヤ教から生まれてきた宗教であるという考えを捨てなかったのである。

 かといってグノーシス派のように神と人間が直結することによって、キリスト教徒たち自身が救世主になることも認めることができなかった。もしも信者たちが救世主になってしまえば、イエスがユダヤ教をひっくり返したように、今度はキリスト教だってひっくり返されてしまうからだ。

 そこで「イエスは人間であるが、同時に神でもある」という結論に辿り着いた。これならマルキオン派を排除できると同時に、グノーシス派も排除できるのである。これは飽くまでも政治的な産物であって、イスエは神になることによってキリスト教徒たちの内ゲバに終止符を打ったのである。

 これによって「神は1つ」であるが、神は「父」「子」「聖霊」と3つのペルソナを持つということになってしまった。これが三位一体論であって、キリスト教は一神教のくせして、多神教的な要素を持つ宗教に変質してしまったのである。それだけイエスをどう位置付けるかで揉めたということなのである。

●もしもイエスが再臨してきたら?

 三位一体論はキリスト教にとっては非常に重要な教義で、これを認めない宗派はキリスト教の宗派だとは認めてくれない。それほどまでにこの三位一体論は重要なのであって、最早、イエスを神の座から引き摺り下ろすことはできなくなってしまった。

 しかしもしもイエスが再臨してきたらどうするであろう。恐らくキリスト教徒たちを全員殺すことになると思う。なぜならイエスはユダヤ教徒だったのであり、自分が神の座に登ることなど全く考えていなかったのであり、人間が神になるという考えは神への冒涜以外何物でもないからだ。

 イエスが神であるなら、イエスは絶命する前に「我が神、我が神、どうして私を見捨てたのですか?」と言ったのだが、イエスは一体誰に向かって言ったというのだ? イエスは自分に向けて言ったとでもいうのか? 冷静に考えれば、やはり自分とは別人格のヤハウェに向かって言ったと考えるのが妥当であろう。

 それだけでなくパウロも異教徒たちが「滅び去る人間」を崇拝していることを批判しているのだが、それなのに肝腎のキリスト教徒たちが滅び去った人間であるイエスを崇拝しても良いというのか? 異教徒たちの偶像崇拝を否定する意見を言うなら、キリスト教徒たちだって偶像崇拝を否定しなければならないのである。

 当たり前のことだがイエスは人間である。人間だからこそ、当時のユダヤ教徒たちが形式的に律法を遵守することに躍起になって、神を愛することや隣人たちを愛することをしなくなってしまったことを悩んだである。それで愛を説いたにすぎない。

 イエスは別に神ではない。イエスを神だと考えてしまうと、イエスの真意が解らなくなってしまうのである。確かにキリスト教徒たちはイエスを崇拝している。しかしイエスを神だとしてしまうと、キリスト教の教会の内部に様々な迷妄が蔓延ることになってしまうのである。

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城南海の歌声にも笑顔にも惚れました。

●城南海って本当に歌が巧い

 テレビ東京の『カラオケ★バトル』が、我が家では大いに盛り上がっている。番組では歌の巧さを競っているのだが、我が家はカラオケの点数を当てることを競っている。予想した点数が当たれば大歓声で、予想して点数が外れれば「なんで~?」とブーイングになる。

 番組制作者たちが予想だにしない見方をしているのだが、この見方をするためには番組を冷静になって見なければならない。好き嫌いの感情が入ってしまうと、冷静に見ることができず、点数の予想が外れてしまうのである。しかしこの番組を見ていて、1人だけ好きになってしまった女性歌手が出て来てしまった。

 それが「城南海」であり、最初、その歌声を聞いた時、「歌が本当に巧い!」と感嘆してしまったし、それに顔が俺の好みで、特にその笑顔が実に素敵である。このため城南海が出て来ると、点数予想が大いに狂ってしまい、彼女が高得点を叩き出すと、我が家では大歓声が起こる羽目になる。

 城南海と書いて、「きずきみなみ」と読む。城南海は1989年12月26日に鹿児島県奄美大島で生まれで、14歳の時に奄美大島を離れ徳之島に行き、その後、15歳の時に鹿児島市に移り住んだ。17歳の時に路上で歌っている際にポニーキャニオンミュージックにスカウトされ、19歳の時に歌手デビューを果たしている。

 これだけ歌が巧いのだから売れて当然だと思うのだが、ポニーキャニオンミュージックの戦略が実に下手で、なかなか売れていない。鹿児島県民はその歴史から必ず福岡と大阪と東京に人脈があるので、福岡と大阪と東京で集中的に営業をしかけなければならないのである。それをやっていないのだから、苦戦が続くのは当然である。

  誰カノタメニ|ワスレナグサ

●その名の如く、南の海に縁がある

 城南海の名前に運命鑑定を施してみると、実に凄い結果が出て来た。城南海はその名の如く、南の海に縁がある。東京に出て来たからといって、余りにも都会的になってしまうとダメになる。現在、「奄美大島観光大使」と「徳之島観光大使」をやっているのだが、こういうことをやることが大事なのである。

 「南」という漢字は楽器に深い縁がある。しかも「海」という漢字は広く深く暗いという意味で、このため音域に幅があるということになる。ということは歌手になるべくして生まれてきたような名前であるのだ。ただ単に歌を歌うのではなく、楽器を持ちながら歌う方がより良いことになる。

 音相は「みなみ」なので、「美しい波」という意味になる。このため歌声が非常に美しいのである。メロディーラインが明確になっている歌の方がより才能を発揮し易いことになる。サビの部分でインパクトがある歌だと大ヒットする可能性を持っている。

 名の画数は「18画」なので、芸能界で活躍し易い。芸能界では次から次へと仕事をこなして行った方がいいので、18画のようにせわしなく働かざるを得ない画数の方がいいのである。ただ危険なのは、バラエティー番組に出過ぎてしまい、お笑い芸人に勘違いされてしまい、それでCDが全く売れなくなってしまうので要注意だ。

 問題は陰陽バランスで、「オール陽」になっているので、これだと当たっている時はいいが、落ち目になるととことん落ちて行くことになる。「城南海」の「城」は通常、「きずき」とは読めないので、

「きずき南海」

にすると、陰陽バランスが取れる。但し総画が32画になるので、ヒットするまで時間がかかる。そこで、

「きづき南海」

にすると、総画29画になり、早くにヒットすることになる。恐らく城南海本人は「ず」と「づ」の発音の区別がつくだろうが、「きづき」で行った方がいいと思う。

●天中殺でデビュー

 城南海で最大の問題は天中殺で歌手デビューしてしまったことである。城南海は高校を卒業してから歌手デビューしたのだろうが、これが完全に裏目に出た。17歳でスカウトされている以上、高校在学中に歌手デビューしておけば天中殺を回避することができたのである。

 天中殺で歌手デビューした場合、歌手としてなかなか成功しないし、歌手として成功してもその成功はいずれ帳消しになる。幸い、天中殺のド真ん中ではないので、それほど強烈な不幸が襲ってこないが、もしも天中殺のド真ん中で歌手デビューしてしまうと、宇多田ヒカルのように自分の成功と引き換えに、母親の自殺という痛い代償を支払うことになってしまうのである。

 天中殺の災厄を防ぐためには、終生、歌手の仕事をするのではなく、歌手の仕事は歌手デビュー⁰してから10年間と割り切り、歌手デビューして10年後には引退してしまえばいい。その間にヒット曲を連発させていけば、歌手としては思い残すことはない筈だ。

 歌手の仕事を死ぬまでやったとしても、ヒット曲が出て来るのは若い時に集中しているものだ。これはどの歌手も変わらない。だったら若い時に死ぬ気で働きまくり、自分が出せるであろうヒット曲の大半を出しまくり、それで引退してしまえば、その後の人生は他のことに使え、普通の歌手たちよりも遥かに実りの多い人生を送ることになるのである。

 天中殺で歌手デビューした場合、どうやったとしても歌手としては根付かない。歌手でそこそこ売れて、バラエティータレントになるという手もあるが、歌がここまで巧くてバラエティータレントでは才能の無駄遣いというべきものである。

●島唄を活かしてヒット曲を出して欲しい

 歌の巧い歌手にとって最大の落とし穴は、

「歌が巧いことばかりに囚われて、ヒット曲を出すために努力するということを忘れてしまうこと」

なのである。歌手の場合、大ヒット曲がないと、どうでもいい雑事に追われ、いずれは疲れ切ってしまい引退ということになってしまうのである。

 城南海は歌手デビューしてもう5年になるのだが、仕事内容に問題はあり過ぎる。国内では大して売れてもいないのに、韓国ドラマの仕事を請け負ったりしているのは大いに疑問である。ポニーキャニオンミュージックの戦略の悪さが、ヒット曲を出せないという結果を産み出してしまっているのである。

 ヒットを狙うのなら、明るい歌で、アップテンポの歌がいい。島唄をやっていたからといってのんびりとした歌ばかりでは、どうも味が出て来ないのだ。売れるためには島唄を活かしつつも、ポップス的な要素を思う存分取り入れていった方がいいのだ。

 もう1つの遣り方としては、過去のヒット曲をカバーし、それで再びヒットを飛ばすという遣り方だ。ただ単にカバーするのではなく、島唄でアレンジして城南海の歌にしてしまえば、そのヒット曲の思わぬ魅力が出て来ることになるのだ。これは絶対に売れると思うので、是非ともやって欲しいものだ。

 城南海にとって歌手としての時間は限られている。歌手デビューしてから10年も経てば、思わぬ不幸が続出して来ることになる。それまでに歌手としてやるべきことは全部やってしまい、それで引退というのが最善の方法なのである。逆にこうやって時間を区切れば、時間がエネルギーに変わり、そのエネルギーを使って大ブレイクしていくことができるのである。

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TOSHIの洗脳騒動について

●大成功の裏側での悲劇

 「X JAPAN」の大ファンとしては、平成26年8月22日にTBSの『金スマ』で放送されたTOSHIの洗脳騒動を食い入るように見てしまった。「X JAPAN」の大成功の裏側であんな悲劇があっただなんて、多少その情報を知っていたにはせよ、俺の想像を遥かに超えてしまった。

 「X JAPAN」はメジャーデビュー以降、快進撃を続け、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったのだが、リーダーのYOSHIKIは一度も減速しなかったので、ありとあらゆる場所に歪みが出て来てしまった。まずはTAIJIの脱退であり、このTAIJIの脱退にTOSHIが恐怖し始めたのである。

 そのTOSHIは長兄にマネジメント会社を任せたのだが、この長兄はTPSHIを裏切り、会社の金を使って夜遊びに熱中してしまった。しかも母親が自宅にXのファンたちを呼び入れて、TOSHIの許可なく写真やビデオを見せていたりした。このことがTOSHIを人間不信に陥らせてしまったのである。

 そんな時にTOSHIはグラビアアイドルの守谷香と出会い、4年間の交際を経て結婚するのだが、この守谷香が洗脳セミナー団体を主宰していたMASAYAと繋がりがあり、TOSHIを洗脳地獄に追い込んで行くことになる。TOSHIはMASAYAの指示で「X JAPAN」を脱退してしまった。

 TOSHIが「X JAPAN」を脱退しなければHIDEは自殺しなかったし、「X JAPAN」も解散しなくて済んだので、この洗脳はTOSHI個人の問題で済む問題ではないのだ。MASAYAはTOSHIや「X JAPAN」やそのファンたちに甚大な損害を与えてしまったのである。

●人間には誰にだってコンプレックスがある!

 人間には誰にだってコンプレックスがあるのだが、TOSHIの場合、それは「顎」だった。普通の男性たちよりも遥かに大きな顎なのだが、この顎の大きさがTOSHIの心をどれほど傷つけたか計り知れない。このコンプレックスがあればこそ、YOSHIKIとバンドを組んでコンプレックスを解消しようとしたのである。

 実を言うと、顎の長い人は吉相で、晩年運が良いとされる。しかもTOSHIのように歌手の場合、自分の歌声が大きな顎によって良い響きと成って聞こえるのである。通常の歌手はそんなに顎が大きくはないので、それで太ることによって二重顎にし、そうやって補完しているのである。歌の巧い歌手はデブが多いのだが、それは飽くまでも次善の策でしかないのだ。

 TOSHIは周囲の人たちを気にしてしまう性格なのだが、この性格も大きな顎と深い関係がある。自分の顔が異様な形をしているために、どうしても他人の目を気にしてしまい、自分の意見を言うより、相手の意見を聞いてしまうということをやってしまうのである。

 MASAYAは洗脳セミナーで、このTOSHIの顎とその性格を物の見事に突き、それでTOSHIを洗脳させてしまった。MASAYAの洗脳テクニックは実に低レベルな物なのだが、TOSHIのように深刻なコンプレックスを抱えた者だと簡単に引っかかってしまうのである。

 人間には必ずコンプレックスがあるから、長所を伸ばすことでそれを解消していくしかない。TOSHIの場合は歌なのであって、その歌声を使うことで成長して、コンプレックスを解消して行けば良かったのである。しかしコンプレックス自体を見つめてしまい、それを解消しようとすると、どうやっても解消できず、泥沼化してしまうことになってしまうのである。

●洗脳セミナーであって、洗脳宗教団体ではない

 MASAYAがやっていたのは「洗脳セミナー」である。このMASAYAという人物が一体何をしたいのか良く解らない。典型的なバブルの申し子であり、世間を舐めているとしか思えない。多分、人々を洗脳して、奴隷的な労働を強い、それによって自分だけが豊かな生活を送るというものであろう。

 今回、TOSHIの洗脳騒動のことをインターネットで調べたのだが、MASAYAがやっていた洗脳セミナー団体を洗脳宗教団体と言っていた人たちがいたのだが、これは完全に間違いである。洗脳宗教団体は統一教会のように、信者たちを洗脳してお金を巻き上げ、その後、信者たちを凄まじい伝道に向かわせるものなのである。MASAYAはそういうことをやっていない。

 洗脳について説明しておくと、この洗脳なる物を産んだのは実は「ソ連」なのである。社会主義革命によって人民に社会主義を洗脳する必要性が生じ、それで洗脳し始めたのである。日本は第二次世界大戦に敗北すると、中国やソ連に降伏した将兵がこの洗脳の餌食になり、戦後、日本に於いて社会主義者として活躍し、日本は左翼化して大いに苦しむことになった。

 洗脳と似た言葉に「マインドコントロール」があるのだが、これはアメリカ合衆国の「CIA」が開発した物で、諜報活動の特別工作に於いて、工作員にマインドコントロールを仕掛け、それで破壊活動を行わそうとしたものなのである。よく洗脳とマインドコントロールの違いを議論することになるのだが、マインドコントロールは相手をコントロールし続けなければならないという所に特徴がある。

 CIAが産み出したマインドコントロールはアメリカり軍に於いても兵士たちに使用され、それが民間に流出してセミナー会社がセミナーにマインドコントロールを使い始めた。それが日本にも及んできて、MASAYAはこの流れにいる人物なのである。

 TOSHIがMASAYAから受けた物は実はマインドコントロールなのであって、だからMASAYAはTOSHIのことをコントロールし続けたのである。そしてこのコントロールはMASAYAから離れれば解除できるから、それでTOSHIは脱走して、やっとマインドコントロールを解除できたのである。

●「天中殺のデビュー」と「YOSHIKIとの相性の悪さ」

 TOSHIにとってみれば、MASAYAによって12億円以上のお金を巻き上げられ、「X JAPAN]の解散によってHIDEを自殺に追い込むという、悪夢としか言いようのない出来事に遭遇してしまった。MASAYAに出会わなければ、TOSHIはもっと活躍できていたし、巨万の富だって得ることができた筈なのである。

 ではなんでTOSHIがMASAYAに出会ってしまったのかといえば、TOSHIが天中殺でデビューしたからこそ、成功したとしても全てを失う運命にあったからなのである。TOSHIがMASAYAから奪われたのは、「X JAPAN]の成功によって得た全額であるということを忘れてはならない。まさに出会うべくして出会った「とんでもない相手」だったのである。

 またTOSHIとYOSHIKIの関係がいいように見えて、実は非常に悪い関係なのである。確かにYOSHIKIの音楽的才能によってTOSHIの歌声は活かされているのだが、YOSHIKIとTOSHIはTOSHIの全てをチャラにしてしまう関係なのである。

 大体、洗脳騒動にしても、YOSHIKIの無理な拡大路線がTOSHIを洗脳セミナーへと追いやったのである。YOSHIKIは海外進出など狙わずに、守成に転じていたら、TOSHIがあそこまでストレスを抱え込むことはなかったのであって、洗脳騒動自体が発生しなかったのである。

 TOSHIは「人間はいつでもやり直せる」と言っていたが、それは確かにその通りである。しかしTOSHIがYOSHIKIと一緒に仕事をした場合、或る程度の距離を確保しておかないと、また同じようなことが起こってしまう。YOSHIKIのペースで走っていたら、TOSHIはいずれバテてしまうのである。

●「勝ちっ放しってのは絶対に有り得ないよね」

 俺は番組を見ていてつくづく、

「勝ちっ放しってのは絶対に有り得ないよね」

と独り言のように言いまくってしまった。「X JAPAN」の大成功は本当に凄かった。しかし大成功したはいいが、それに対する対策を全く取っていなかったから、TOSHIの洗脳騒動が起こってしまったのである。どんな人間も勝ち続けることは絶対にない。勝率は低いものなのであって、勝ったら勝ったで、その勝利をどう守っていくかなのである。

①宗教心を大切にすること

 TOSHIが洗脳騒動で警察に逮捕されることもなく、MASAYAに殺されることもなかったのは、TOSHIには多少なりとも宗教心があったからであろう。MASAYAがやっていたことは犯罪行為に相当する物も多々あったので、刑事事件に発展する可能性もあったのである。

 人生、如何に成功しようが失敗しようが、神の前で謙虚になり、不動心を持って、人々を喜ばせるようにしなければならない。そういう敬虔な宗教心があれば、確実に成功して行くことができるし、成功すればその成功を守っていくことができるものなのである。

②慈善活動を行うこと

 成功は必ず歪みを生じさせるから、慈善活動を行うことによってその歪みを消していくことが必要になる。成功したのに慈善活動をしていないと、或る日突然にとんでもない悲劇が発生してしまうものなのである。TOSHIは洗脳セミナー団体から離れた後、全国の学校にピアノなどをプレゼントするようになった。これは実に素晴らしいことで、こういうことをやることが大事なのである。

③家族を大事にすること

 人間がこの世で生きていれば、家族という物が非常に大事になってくる。大体、TOSHIの洗脳騒動にしても、母親への悪口があのような悲劇を招いたのである。母親は自分を産んでくれたのだから、如何なることがあっても母親に対して悪口を言ってはならない。TOSHIの母親にも問題があったが、それは親子で話し合いの場を設ければ解決できたことなのである。

 因みにTOSHIの元妻の守谷香は現在、消息不明である。一体、守谷香の愛はなんであったのであろう。TOSHIにここまで酷いことをやれば、もう二度とTOSHIの前に出られないだけでなく、世間に於いて生きて行くことすらできなくなってしまうというのに。

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若者だからこそ正論が解らない ~昔の自分になんてアドバイスすればいいのだろう~

●落ち零れだからこそ自己啓発書が大事

 「落ち零れは落ち零れで有り続ける」。

 これは人生の中で非常に重要なことなので絶対に覚えていて欲しい。学校の勉強ができなくて落ち零れた場合、社会に出ても落ち零れてしまう可能性は非常に高いのだ。学校というのは教育的に最善の機関ではない。学校自体、大量の問題を抱えている。それでも学校でいい成績を取れない人というのは、社会に出てもいい成績を収めてこないのである。

  なぜ学校で落ち零れてしまった人が社会に出ても落ち零れてしまうのかというと、「ルール」という物を全く尊重しないからだ。社会にはルールがあるのであって、そのルールに従って生きていれば成功できるが、ルールに背けば絶対に成功などしない。

 落ち零れに限って、「俺ってバカだからさ~」ということを口癖にするのだが、ルールを理解するにバカも悧巧もない。ルールは誰であっても理解することができる。しかし学校で勉強できなかったために、頭の良し悪しでしか物事を見ることができないという、非常に間違った考え方を持ってしまっているのである。

 今回紹介するのはこの本!

 松浦弥太郎著『もし僕がいま25歳なら、こんな50のやりたいことがある。』(講談社)

  もし僕がいま25歳なら、こんな50のやりたいことがある。[松浦弥太郎]

 題名からしてバカそうな題名なのだが、松浦弥太郎は高校を中退して、英語もできないままアメリカ合衆国に渡り、現地で低給のアルバイトをこなしながら生活し、そんな中、現地で価値のある古雑誌を買い集め、それを日本に持っていって売るということビジネスを遣り始め、これが成功した人物である。これが「カウブックスス」で、その後、作家業をもこなし、現在では『暮らしの手帖』の編集長である。

 俺は松浦弥太郎を彼が作家業を遣り始めた時から知っていたのだが、「これぞ!}という本がなかった。全部が全部、イマイチなのである。その理由は解っている。彼が高校中退で、大学を卒業していないからだ。学校で落ち零れてしまったのを長々と引き摺っているために、真実に達するような書物を書けないのである。

 この本は実に奇妙な本で、49歳の自分が25歳の自分に向けた書いた本である。普通、この手の本は若者たちに向けて若者たちのために書くのだが、彼はそういうことをしないのである。だから俺はこの本を彼の「自省の書」として読んだ。

●世の中の仕組みはこんな物

 まず松浦弥太郎は若者たちがよく言う「自分は所詮〈社会の歯車〉だ」という考えを否定する。社会に出るということは社会の歯車になることなのであって、それを拒絶している限り社会に於いて何かすることができない。とにかく最初は小さな歯車になり、その後、最高の歯車になっていけと教える。

 世の中というものは3つの原理原則から成り立っている。

①「世の中の多くの人たちは、いつも誰かを探しています」

 どんな職業でも人材不足なのである。優秀な人材がいたら、何がなんでも引っこ抜きたい。雇用は何も入社試験を受けて正規のルートで入るということだけではない。スカウトの方が中心なのである。だから至る所にチャンスは転がっているのであって、そのチャンスを掴めば人生に成功することが可能になってくるのである。

②「人はいつも自分を助けてくれる物を探しています」

 人は何にお金や時間を使うかというと、自分を助けてくれる物を探して、それにお金や時間を使う。このことを知っていると、なぜあの商品は売れ、なぜあの商品は売れないかがはっきりと解って来る。商品価値を決めるのは飽くまでもお客様であって、その商品を作った自分ではないのだ。

③「収入とは人に与えた感動の質量に比例するものです」

 若い時は収入が少ないものである。いずれは収入を多くして行きたい筈。ではどうやれば収入を多くすることができるのかといえば、それは自分の商品やサービスを通じて、人に与えた感動の質量によって決まることになる。だから漠然と労働していてはダメなのである。どんなに重労働しても、お客様に感動を与えることができなければ、薄給になるのは当然のことなのである。

 この本の不思議な所は、この大事なことが「前書き」に書かれていることなのであって、もうこれで充分と言えるくらいで、前書きの後に書かれている50のことはどれも正論であり、3つの原理原則が解りさえすれば、簡単に理解できるものである。

●25歳の松浦弥太郎は実に嫌な奴

  松浦弥太郎が述べている50のことはどれも正しい。言われてみれば当たり前のことである。しかしその50のことから見える25歳の松浦弥太郎は実に嫌な奴なのである。もしもこういう男性がいたら、俺は必ず殴りまくって凹凹にしている。なぜだか「男気」という物をまるで感じないのだ。

 例えば「賭博から学ぶ」という話が実に気に食わない。

 松浦弥太郎は博打をやらないし、推奨もしない。しかし若い時に賭博師と仲良くなり、「1137のセオリー」という物を教えて貰い、それに感心したという。「1137のセオリー」とは、最初に千円賭けて負けたら次にもう千円賭け、それでも負けたら今度は千円ではなく、3千円賭けるというもの。こうすれば勝ちさえすれば千円の儲けとなる。3回目の賭けに千円賭けて勝ったとしても、マイナス千円なので、これではトータルで勝ちにならないのだ。

 もしも3千円を賭けた時に負けたのなら、次はどうすべきかというと、4回目には7千円を賭けるというのである。これで勝ちさえすれば2千円の儲けとなる。負け続けても4回目に7千円を賭けることができるかが、プロと素人の分かれ目なのである。

 なんで俺がこの話を聞いて気に食わないのかといえば、このセオリーを頭で解ったとしても、松浦弥太郎は実際にはこのセロリ―を使って賭博をやったことがないからだ。自分が実際にやって確かめてもいないのに、賭博師からそう言われたから鵜呑みにしてしまう。その甘さが許せないのである。

 そのくせ商売をやっているので、「利益5%の法則」を知っている。「利益5%の法則」とは商売をするなら利益5%を目標にすれば確実にお金が増えて行くというものである。例えば10万円を元手に商売を始めた場合、5千円の利益を出すことを目標にする。こういうことをしないで行き成り10万円や20万円を稼ごうとするから大失敗してしまうのである。

 この「利益5%の法則」を解っているのなら、賭博師の理論など否定しなければならない。賭博師の理論は飽くまでも理論であって、法則ではないのだ。利益5%の法則は法則だからこそ、この法則を使用すれば誰でも成功できるのであって、賭博師の小賢しい理屈など吹き飛ばして行くものなのである。

●松浦弥太郎の人生の分岐点

 松浦弥太郎は核心を突いた意見を述べていない。彼が挙げた50のことはどれも素晴らしいことである。しかしなんでこんなことになってしまったのかといえば、彼が「或る秘密」を隠しているからだ。それは恐らく25歳の時に起こったであろう出来事だから、25歳の自分に贈る本を書いたのである。

 それはアメリカ合衆国滞在中に自分の嘘が発覚してしまったことだ。当時、彼はアメリカ合衆国で日本人たち同士で住んでいたのだが、その時、松浦弥太郎は散々嘘を言いまくったらしい。例えば「自分は金持ちの息子だ」とか言ったりして、自分をいいようにいいように見せようとしていたのである。

 しかし松浦弥太郎自身、嘘をつき続けていく内に自分の嘘に耐えられなくなり、それである時、「自分は嘘をついていた」とみんなに告白したのである。ところがみんなは怒るどころか、思わぬことを言い出したのである。

「みんな知っていたよ」

 この一言はズキンと来たに違いない。嘘を言って自分を誤魔化していたのに、周りの人たちはみんなその嘘を知っていたのである。

 この日以降、松浦弥太郎は変わったのである。

 変わったからこそ、今の松浦弥太郎がいる。

 だからこの本には最も大事なことが述べられていない。松浦弥太郎が25歳の自分に最も言わねばならないことは、

「嘘をつくな。嘘をついてもその場を誤魔化すことができるが、いずれはその嘘はバレるよ」

ということであろう。

 松浦弥太郎は、昔は嘘をついて誤魔化し、今は綺麗事を言って誤魔化している。

 松浦弥太郎の本が全部イマイチなのも、全てこれに起因するのかもしれない。「俺は落ち零れでさ~」という人に限って、凄まじい学歴コンプレックスがあるので、どうしても何かを誤魔化そうとする。そういうことは、学歴のある人が見れば確実に見破って来るので、俺みたいのが出てくれば秒殺されてしまうのである。

●もしも俺が25歳の若者にアドバイスするなら

 確かに男性にとって25歳というのは人生が大きく変わる時だ。俺も25歳の時に人生が大きく変わった。だからといってあの時の自分に何かアドバイスすることはない。25歳の時に確実に成功できることを知っていたのなら、俺は大きく変われなかったからだ。

 だから俺は25歳の自分になんかアドバイスはしない。しかし今の10代や20代の若者にならアドバイスをしてもいい。老婆心を働かせて50個言っても若者たちは聞きはしないので、俺は3つに絞る。どんなバカでも3つの事ぐらいは聞けるだろう。

①とにかく色んなことに悩め

②悩んでばかりいないで行動しろ

③目標を設定して成功するまで失敗し続けろ

 この3つである。若い時は悩むものなのであって、若い時は色んなことを悩んでおいた方がいい。若い時に悩んでおかないと思考力など絶対に身に付かないのだ。矛盾するようだけど、悩んでなかりいないで行動することも大切である。行動してしまえば解決できる問題だって多々あるものなんどえある。

 それと若い時には失敗をしまくっておいた方がいい。若い時に失敗して「失敗の免疫」をつけておかないと、年を取ってから失敗すると、もう二度と立ち直れなくなるからだ。若い時の失敗は謝罪さえすれば許して貰えるし、そのくせ失敗するとその分だけ成功に近づき、失敗した人ほど成功者になるものなのである。

 松浦弥太郎が言っていることはどれも正論である。しかし若者だからこそ正論が解らないのだ。例えば最初の「社会の歯車」の話も、確かにその通りなのだが、じゃあ若者たちが素直に社会の歯車になってしまったら、社会にはなんの変化も起こらなくなってしまうのである。

 若者なら10代や20代の時はヤンチャをしていい。特に男性なら積極的にそれをすべきである。男性は30歳になってやっと自立するのであって、10代や20代の時に素直に社会の歯車になってしまったのなら、その後の人生は大体予想がついてしまい、生きる気力なんて起こる訳がないのだ。

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イギリスのブルーリボン外交

●勲章と外交

 政府が国民を統治して行くに当たって信賞必罰は絶対に必要である。善事をなした者には褒美を与えて、悪事をした者は処罰する。こういうことをするからこそ、国民は自然と善事をするし、悪事をしないようになる。そしてそういう国家は国民が大した努力をしなくてもちゃんと発展していく。

 勲章は国家元首が個人の功績や業績を表彰するために与える栄典の内の1つである。国民が国家元首から勲章を貰うということは、国家元首から認められたことであり、財産に替えることのない栄誉を手にしたことになる。だから勲章を貰うことは非常に嬉しいのである。

 基本的に勲章は国内向けの物である。しかしイギリス王室は勲章を外国人にも与え、勲章を外交に利用するということを思いついた。この勲章外交は想像以上に効果があり、イギリスが覇権を握っていた頃は世界が穏やかだったのは、この勲章外交によって不要な戦争を回避していたからである。

 2つの世界大戦によって覇権はアメリカ合衆国へ移動したが、アメリカ合衆国はその圧倒的な軍事力を頼りにしてしまい、イギリスから勲章外交など学ばなかった。このためアメリカ合衆国の覇権では常に戦争が付き纏い、平和になることがないのである。

 今回紹介する本はこの本!

 君塚直隆著『女王陛下のブルーリボン ~ガーター勲章とイギリス外交~」(NTT出版)

  女王陛下のブルーリボン

 著者は立教大学文学部卒で上智大学の大学院卒なので、文章がイマイチ。立教大学や上智大学だとこの程度になってしまう。資料が第一級なのに、それを巧く読み砕いていない。無駄な文章が多いので、スラスラと読んで行くことができない。

 また題名が間違っている。読めば解るが、イギリスの女王たちだけがガーター勲章の歴史を作ったのではなく、他の男王たちもそれに加わったのである。題名は『イギリス王室のブルーリボン』でいいのではないか? 題名と内容が違っているようでは良書として認めることができない。

●イギリス史の誤解

 ガーター勲章は1348年に制定された物で、フランスとの百年戦争を戦うためにガーター騎士団を創設にしたことに始まる。ガーター勲章はこのガーター騎士団の勲章で、まずは騎士団員たちに与えられ、そして王族にも与えられていった。

 ガーター勲章は制定しから半世紀後に既に外国の君主に与えられるようになった。とはいってもこの勲章の価値は低く、それほど注目されなかった。ガーター勲章の価値が一気に跳ね上がるのは、イギリスがナポレオン戦争に勝利してからのことであって、これ以降、ガーター勲章は外交の道具として非常に重要な意味を持つようになってくるのだ。

 実を言うと、イギリス人自身すらイギリス史に対して誤解している。このため外国人はイギリス人以上にイギリス史を誤解している。イギリスはアルマダの海戦でスペインを打ち破るのが、すぐさま覇権を獲得したのではない。覇権を獲得したのは実はオランダなのである。

 このオランダをイギリスは叩いて行くのだが、英蘭戦争では圧倒的な勝利をなかなか得ることができず、英蘭戦争はなんと3回に亘って行われ、やっと勝利することができた。しかもその間に、イギリスは国内でピューリタン革命が発生したり、名誉革命が起こったりと、内政的には混乱が続いた。

 イギリスが近代的な政治体制を整えてからは、フランスとの戦いに明け暮れるようになった。当時のイギリスとフランスは国力が拮抗しており、北アメリカ大陸で半世紀以上に亘って戦争することになったのである。イギリスはこの長い戦いに勝利するのだが、戦費を賄うために植民地で重税を課したら反乱が起こり、それでアメリカ合衆国が独立してしまったのである。

 この独立戦争がフランスの飛び火し、フランス革命が勃発し、革命の大混乱を制するためにナポレオンが帝政を開始し、それで瞬く間にヨーロッパ大陸を征服してしまった。ナポレオンはロシア遠征で失敗すると落ち目になり、イギリスがワーテルローの戦いで打ち破ると、エルバ島へと追放され、ヨーロッパの動乱は終結した。

 イギリスが覇権を完全に獲得したのは、ナポレオン戦争に勝利してからなのであって、このことを解っていないと、なぜ世界各国の君主たちがガーター勲章を欲しがったのか、その理由が解らなくなってしまうのだ。

●ガーター勲章による友好国の確保

 ガーター勲章は外国人には国家元首にしか贈与しないので、ガーター勲章を貰った外国の君主はイギリスに対して友好的になる。しかもイギリスから最高勲章を授与されれば、こちら側も最高勲章を授与しなければならず、それはイギリスも友好的になることを意味し、それでイギルスとその外国は友好関係を確立してしまうのである。

 このガーター勲章の威力は凄い。別に戦争や外交を用いなくても、ガーター勲章を送りさえすれば、イギリスは友好国を確保できるのであって、その分、余計な戦争を回避することができ、国力の充実を図ることができるのである。幾ら覇権国家といっても、戦争ばかりやっていては国力が疲弊してしまうので、いずれは国家が滅亡してしまうことになるのである。

 イギリスにとって最大の敵はロシアなのだが、ロシアは陸軍が強いために、陸戦に持ち込まれるとイギリスとしてはつらい。負ける可能性が出て来るので、もしも戦争でロシアに負けた場合、それを引き金に帝国全体が崩壊してしまうということもありえる。

 イギリスの覇権が長く続き、しかも大繁栄することができたのは、イギリスがロシアとの直接対決をできる限り控えたからなのである。戦争を全くしなかったのではない。戦争は確かにした。しかしそれを最小限度に抑えたからこそ、イギリスは莫大な利益を手にしたのである。

 勿論、ガーター勲章だけで覇権を維持するのは不可能である。イギリスは日英同盟があってこそロシアに対する包囲網が完成したのに、イギリスは第一次世界大戦後にこの日英同盟を解消してしまうのである。それが第二次世界大戦で日本を敵にすることになってしまい、それで覇権国家から転がり落ち、植民地の殆どを手放すことになってしまったのである。

●ガーター勲章の恐怖

 このガーター勲章はいいこと尽くめではない。ガーター勲章は別名「専制君主殺しのガーター勲章」と言われるほど、ガーター勲章を貰った専制君主たちを死に追いやっているのだ。イギリスは立憲君主制の国なので、ガーター勲章を貰った外国の君主も自国を立憲君主制に変えないとバランスが取れないのである。

 ロシア帝国も、ドイツ帝国も、オルマントルコ帝国も、エチオピア帝国も、全て革命が発生して滅亡してしまった。大日本帝国の天皇もガーター勲章を貰っているのだが、天皇制が打倒されなかったのは天皇が専制君主ではなかったからである。未だに戦前の憲法体制を天皇主権だと勘違いしている人たちがいるのだが、その間違った考えだとガーター勲章の恐怖を理解することはできないのである。

 日本には「官位打ち」という言葉があるが、成り上がり者に大量の官位を与えてしまい、それで滅亡に追いやるという遣り方がある。イギリスには官位打ちの言葉がないので、なんでガーター勲章を貰った国で革命が発生してしまったのか解らないだろうが、身分不相応な勲章を貰うと、バランスが取れなくなり、それで滅亡してしまうのである。

 イギリスは専制君主の国家を滅亡させるためにガーター勲章を贈ったわけではない。相手は自滅してしまっただけのことなのである。だからイギリスにしてみれば、戦争をせずに敵を滅ぼすことができたので、ここでも莫大な利益を手にしたのである。

 古代では専制君主制の方が良かったのだが、近代以降は専制君主制は最早時代遅れなのであって、立憲君主制の国家の方が発展していくことになる。世界は二度の世界大戦と冷戦を経て、もう専制君主制の国家は全て消滅してしまった。早くに政治体制を変更することができなかった国家は革命の餌食に遭って国内では大量虐殺が発生してしまったのである。

●王室外交と平和の確立

 立憲君主制の国家に於いて君主こそが国家元首である。国家元首はその国の中で至高の地位にあるのであって、君主だからこそ物事が良く見えているのである。国家の独立を保つためには「戦争のための戦争」を否定し、「平和のための戦争」だけを肯定し、しかも出来るだけ戦争をしなくて済むようにさせる。こういうことを実現していくためには、首相や外交官たちによる外交だけでは不充分なのである。

 近代以降、国家はもしも戦争に負ければ必ず革命が発生し、君主制は打倒されている。しかも一度倒れてしまった君主制は二度と復活しない傾向にある。これはフランスでもドイツでもロシアでもそうだった。ということは、戦争に負けた場合、尤も悲惨な目に遭うのは君主だということになる。

 国家という物は戦争に関して矛盾した物を持っている。戦争をしない方が利益になる。それでいながら戦争する時は絶対に勝利しなければならない。だから平時に於いて富国強兵に励み、戦時になれば確実に敵国を殲滅する。そういうことをやらないと国家の独立を保てないのである。

 こういった意味で、王室外交は平和の確立に非常に効果的である。君主が外国に訪問すれば、それだけ外交関係が強化され、戦争をする確率が一気に下がるのである。首相や外交官が訪問すれば、何かしらの外交的成果を獲得しなければならず、もしもできない場合は外交関係が悪化してしまい、最終的には戦争になってしまうのである。

 君主が平和を願うのは、何も君主が平和主義者だからではない。戦争なれば国家はギャンブルを行わねばならず、戦争に負けることだってありえるのである。だから不要な戦争はしない方がいいのであって、本当にしなければならない戦争だけをやるべきなのである。

●君主は政治的に無能であってはならない

 立憲君主制では君主は政治権力を行使しないが、だからといって君主は政治的に無能であってはならない・。近代国家では、立法権は国会に、行政権では内閣に、司法権は最高裁判所に与えられるのだが、かといってこれらの機関がいつなんどき機能不全に陥るか解らないのだ。

 戦前の日本は大正デモクラシ-によって帝国議会も内閣も滅茶苦茶になり、それで軍部が政治に乗り出してきてしまい、それを昭和天皇が1人で立ち向かう羽目になったのである。政府が機能不全に陥れば戦争に勝てるわけがないし、戦争に負ければ負けたで天皇制を打倒しようとする連中が大量発生してしまうのである。

 イギリスではこういうことが起きぬよう、女王は毎週火曜日の夕方6時半からバッキンガム宮殿で首相と会談し、必要に応じては首相や閣僚を女王の執務室に呼び付けたりする。しかもイギリスには枢密院という物があって、400名もの枢密顧問官たちが話し合って、女王に政治的な助言をするようになっている。

 日本ではこういうことをやっているかといえば、そうではない。首相だからこそ、国政上重要なことは定期的に天皇と会って自ら奏上すべきなのに、そういうことをしないのだ。戦前の日本では枢密院が存在したが、連合軍の占領中に廃止されてしまい、これでは天皇は政治的な助言を受けることができなくなってしまった。

 立憲君主制の国家の場合、外交は君主と首相の連合によって行えば、恐らく成功率が非常に高い物となるのである。共和国の場合、これができないから、大統領単独による外交となってしまうが、これでは失敗率の方が高くなってしまうのであり、だから戦争をやりまくることになってしまうのである。

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養子を取った後に赤ちゃんができた場合はどうするのか?

●不妊症の夫婦が最後に取る選択肢:「養子縁組」

 不妊治療を受け続けたが失敗し続けてしまい、最終的に不妊治療を辞めて、「養子縁組」を選択することがある。養子縁組こそ不妊症の夫婦の最後の選択肢なのであって、この選択肢を取るに当たって夫婦で長い時間をかけて話し合った方がいい。

 というのは、養子を貰った場合、「この子は気に入らない」といって返す訳には行かないのだ。養子縁組をしたのなら、その子が結婚するまで面倒を見続けなければならない。妻が先走って養子縁組をしたのなら、夫はそのことが原因で離婚を選択するということもありえる。

 大体、不妊治療に失敗して養子縁組を決断するのは妻が四十代後半であろう。夫が同い年か年上なら、養子縁組をするということは、夫は定年退職まで養育費と学費を負担し続けなければならないということなのである。高収入なら別に問題はないだろうが、収入が低ければこれは重大な問題となり得る。

 妻としては自分が赤ちゃんを産めなかった以上、妻としては失格という落ち目があるので、どうして養子縁組を急ぎたい。しかし夫の方はそうでなないのだ。「子供ができないなら夫婦2人でもいいではないか?」とのんびりと構えてしまうのである。だから話し合いの場を持つことが重要なのであって、きちんと話し合った上で養子縁組をすべきなのである。

 養子縁組をして、他人の子ではあっても初めて赤ちゃんを抱くことができれば、妻は母性本能を大いに満たすことができるので、幸福の質量は最大化してくる。そんな幸せな日々を過ごしていると、或る日、体の不調を感じてしまい、調べてみると妊娠していたという事態が発生してしまうことがある。

 そう、養子を取った後に赤ちゃんが出来てしまうというのは、実は多々あるものなのである。

●なんでこんな現象が起こるのか?

 なんでこんな不可解な現象が起こるのかといえば、それは「不妊症ストレスからの解放」によって、体が妊娠可能な体になってしまったからなのである。不妊治療のためにストレスがかかりすぎ、それが養子を取って育児をしている中で完全に消滅してしまい、それで妊娠ということになってしまったのである。

 第二の理由は「赤ちゃんの匂い」であって、赤ちゃんの匂いが母性本能を刺激するので、それで体を妊娠可能な体に変えてしまったからなのである。今まで夫婦2人でいたためにそういう匂いに接しなかったのであり、養子縁組で赤ちゃんの匂いを嗅げるようになれば、家の中に赤ちゃんの匂いが充満して、それで妊娠できるようになってしまったのである。

 第三の理由は「神様からの試練」である。神様はその夫婦が養子を取るに際して、本当に養子をちゃんと育てる気があるのか、それを試すために妻を妊娠させてしまったのである。事実、養子縁組をした後に妊娠した既婚女性は、「どうして妊娠したのかさっぱり解らない」という感想を述べて来るものだ。

 だから養子縁組をするに当たって夫婦で話し合うべきなのである。養子縁組をしたのなら、絶対にその子を家の跡取りにすると決めておかないと、後で妻が妊娠して赤ちゃんを産んでしまった場合、途端に問題が発生してしまうのである。

 親としては実の子を跡取りにしたい。しかし既に養子がいて、その子を家の跡取りとして用意してある。如何なる親であろうと葛藤が生ずるのは当然であって、安易に決断してしまうと、その後、とんでもない事態が起こってしまったりするのである。

●養子を跡取にし、実子を家の外に出す

 養子縁組をした後に実子ができてしまった場合、約束通りに養子を跡取りにして、実子は家の外に出すべきである。これをやらないと家が潰れてしまうのだ。養子はこの家の跡取りとして夫婦の所にやってきたのであって、実の子ができたからといってその約束を破ってはならないのだ。

 豊臣秀吉はまさにこれをやってしまったからこそ豊臣家を滅ぼしてしまったのである。足利義政も同様で、養子と実子をどうするかを巡って応仁の乱を起こしてしまい、それで室町幕府は衰退の一途を辿り最終的には滅亡してしまったのである。

 養子にはなんの血縁もないが、実子には血縁があるということは充分に解っている。だが落ち度があったのは早くに子供を産むことのできなかった夫婦の方にあるのであって、なんの落ち度もない養子の方に一方的な不利益を与えてはならないのである。

 だからこれは「神様からの試練」だと捉えた方がいいのであって、実子に跡を継がせたいという気持ちを抑えて、養子に家を継がせてあげなければならないのである。自分たち夫婦の感情を優先すれば実子を跡取りにしてしまうのは当然のことなのであって、それゆえその感情を抑えることが必要になってくるのである。

 家の中に養子と実子がいれば後継者争いになるのは必至だから、それで実子を家の外に出してしまい、養子を跡取りとすること明確にしなければならない。跡取りは2人も要らないのであって、それを放置しておけば、殺人事件だって起こってくるものなのである。

●血統を繋げなげたいのなら

 とは言っても、実子がいる以上、血統を繋げたいと思うのは当然である。養子にはなんの血の繋がりがない以上、養子の方だって自分の立場は悪いのである。そこで養子と実子を政略結婚させてしまえば、どうにかして血統は繋がるし、養子の地位だって強化されることになるのだ。

 実子が女子の場合、その娘と養子を結婚させてしまえばいい。子供の頃から知っているので結婚を躊躇ってしまうものだが、事情を話せば理解してくれることであろう。但し相性が悪い場合には結婚させないことだ。娘がダメなら孫の代で処理してしまえばいい。

 実子が男子の場合、その息子を他家に出して、その実子が産んだ子と養子が産んだ子とを結婚させるようにすればいい。実子は養子に出されているので、初代運があり、それでかなりの財産を築き上げることが可能になる。ということはかなりの財産を持って自分の子供を実家に送り込めるのである。

 結婚には相性が大事に成って来るので、無理矢理に結婚させないことだ。相性が悪ければどう勧めた所でもダメなのである。自分の子供たちや孫たちを結婚する際には占い師に一度相談した上で結婚を勧めていった方がいいのだ。

 養子が実子と結婚した後、養子を蔑ろにするのは絶対にやめた方がいい。それは非常に危険である。養子は自分の立場を強化するために実子と結婚したのであって、結婚後に自分の立場が不利になったと解れば、実力行為に打って出る可能性も出て来るのである。跡取りは養子なのであって、跡取りである以上、それなりの敬意を払わなければならない。

●どんな家でも家運が尽きることはある

 どんな家でも家運が尽きることはある。家長が悪事を働いていれば家運がなくなっていくのは当然のことだし、家長が子供たちに充分な教育をしないと、子供たちが巧く育ってこない。仕事ばかりしていると、後で必ず高い代償を支払うことになってしまうのである。

 日本人の家族の場合、「3代目」「5代目」「7代目」「15代目」がなぜだか絶家に成り易い。全部、奇数で起こっている所を見ると、日本は父系家族制ではあっても、夫のパワーが弱く、妻のパワーが強すぎるのである。夫婦の力の不均衡が、奇数の時期に絶家が起こるという現象を作り出してしまっているのである。

 だから家系図を作り、家系図を見ながら、自分たちの家系がどのような運命のダイナミズムを持っているのか知るべきなのである。例えば初代は創業者だから走りまくってもいいが、二代目は守成に徹して家を整えばならず、そういうことをせずに二代目も走りまくってしまうと、三代目で絶家ということになってしまうのである。

 夫婦がどんなに愛し合ったとしても、家運が尽きた時はどうしようもない。家運が尽きれば子供なんて生まれるわけがない。そこで養子縁組をしたのである。養子が来たということは他家からパワーの注入を得た訳だから、それで新たに子供が出来てしまったりする。

 家系図がありさえすれば、大局的に物事を見ることができるから、養子縁組の後に実子が出来ても、この実子は養子が来たからこそできた子だと謙虚になれるのだが、家系図がないとそういうことが解らないので、それで実子の方を溺愛し、養子を追い出すようなことをしてしまうのである。

 そして養子を追い出せば、その家は絶えてしまうのである。

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母親と甘え

●既に平安時代に懊悩していた

 日本は弥生時代から父系家族制へと移行していき、平安時代の摂関政治に於いて父系家族への移行が急速に進行した。鎌倉時代に入ると父系家族制に基づいて社会が動いて行くことになる。尤も日本の父系家族制は母系家族制的要素を色濃く残し、中国や韓国の父系家族制とはまるで違うものだから注意が必要となる。

 平安時代になぜ女性たちの文学活動が盛んになるのかといえば、摂関政治では宮廷女官たちの存在を必要とし、そこに優秀な女性たちが集まって、それで文化の花が開いという理由がある。もう1つの理由は結婚制度が変化していったことで、女性たちが懊悩し始めたことなのである。

 清少納言にしても、紫式部にしても、この手の懊悩があればこそ、『枕草子』や『源氏物語』を書いた。だから平安時代の女性文学作品をただ単に文学作品として読むのは非常に危険なのである。このことが解っていないと、なぜ平安時代には女性たちが文学作品を残したのに、鎌倉時代になると女性たちは文学に関心を持たなくなってしまうのかも解らなくなってしまうのである。

 公家の女性と武家の女性とでは身分が違うから、その生活には決定的な違いが存在する。公家の女性は結婚して子供を産みさえすれば、もうやることはない。だから文学で遊ぶだけの閑があった。しかし武家の女性は結婚して妊娠出産育児をするだけでなく、他にも大量の仕事があった。しかも夫が出征すれば自宅を守る重大な責任が生じたのであり、文学で遊んでいる閑などなかったのである。

 フェミニズムに洗脳されてしまえば、鎌倉時代以降は女性の地位が下がったということになってしまう。しかし実際はまるで逆で、女性たちの地位は上がったのである。平安時代では確かに女性たちが文学作品を作ったが、貴族の女性たちは人口の1%もいないのである。それに対して武家の女性たちは人口の5%程度は占めるほどの多さだったのである。

 平安時代では貴族たちが豪華な生活をするために、庶民たちは貧乏のドン底にいた。それを武家たちは打倒したのであって、鎌倉時代は平安時代よりも遥かに豊かな時代になったのである。貴族たちは豪華な生活をすることができなくなったが、それによって武家たちも庶民たちも生活が大いに向上したのである。

●母親には甘える場所がない

 平安時代の女性たちが懊悩し、現代の女性たちも懊悩している。なぜ女性たちは懊悩しているのかといえば、父系家族制への移行によって、

「母親には甘える場所がなくなってしまったから」

ということなのである。母系家族制では女性は自分の母親に甘えることができた。しかし父系家族制ではそうやって甘える場所がなくなってしまったのである。

 父系家族では夫は妻に甘え、子供たちは母親に甘えて来る。となると母親には甘える場所がないのであって、当然にストレスを溜め込んで来ることになる。そのくせ父系家族は女性の地位を向上させたから、今更、母系家族に戻すようなバカなことはしたくない。だからあれこれ悩み続けることになってしまったのである。

 母系家族では女性は常に母親に甘えることができるので、自立しなくてもいい。それに対して父系家族では女性は家を追い出されるので、どうしても自立しなければならない。女性が自立しなければたとえ結婚しても、その結婚を維持することができない。

 多くの女性たちは女性の地位が向上すれば、それだけ責任が重くなるという当たり前のことが解っていない。自立していないからこそ、そういう甘ちゃんな考えを持ってしまうのだが、確かに母系家族では女性が家長かもしれないが、家長以外の女性たちの地位は非常に低いのであって、父系家族の女性たちの方が地位は高いのである。

 今まで多くの女性学者たちが父系家族制を批判してきた。中には近代的な核家族制は終焉したなどと言ってきたりする人もいる。しかし実際はどう批判されようようが父系家族制はびくともしていない。男性であれ、女性であれ、もう二度と母系家族制には戻りたくはないのであって、父系家族制に何かしらの問題があったとしても、これを維持していくしかないと思っているのである。

●なぜ浄土教? 

 結婚制度の変化の中で出て来たのが鎌倉仏教であり、特に浄土教は大ヒットした。それまでの仏教は僧侶たちのための宗教だったのであり、それが世俗の人たちの所まで届いた所に浄土教の革新があった。ではなんでそこまで浄土教が庶民の心を捉えたのかということになる。

 浄土教は仏教から生まれてきたかもしれないが、仏教の正統な教義からすれば異端であり、阿弥陀如来を本尊としている以上、仏教の宗派としては認められないものなのである。こんなことは少し仏教のことを調べれば解ることなのに、なぜだか浄土教が放置され続けて来たのである。 

 なぜこれほどまでに浄土教が日本に浸透してしまったのかというと、それは浄土教が持つ「絶対平等」にその理由がある。仏教はキリスト教よりも平等色が強く、しかも仏教から生まれた浄土教はより平等色が強くなり、平等は絶対性を有するまでになった。

 親鸞の悪人正機説は当時に於いても現代に於いても誤解されているのだが、悪人だけが救われるのではなく、善人だって悪人だって救われるということであり、阿弥陀如来の絶対性の前には善人も悪人もなくなってしまうということなのである。悪人正機説は阿弥陀如来の誓願がなんであるかが解ればちゃんと理解できるのだが、善悪に拘っているとそれが解らなくなってしまうのである。

 浄土教では絶対平等なのだが、女性たちは浄土教を信仰することで、家庭内のストレスを全て発散させることができた。だから女性たちは浄土教を熱心に信仰するようになったのである。自分たちが最下層にいたから絶対平等に惹かれたのではなく、自分たちが既に特権階級の仲間入りを果たしていたからこそ、逆に絶対平等に惹かれたのである。

●なぜ復古神道?

 日本に於ける浄土教の流行は織田信長による宗教弾圧によってどうにか終止符を打つことができた。織田信長は政教分離を推し進めたのであって、政治に手を出して来る浄土教系の宗教団体を絶対に許さなかったのである。この政策は豊臣秀吉にも徳川家康にも継承され、しっかりと日本に根付くことになる。

 江戸時代では檀家制度が導入され、檀家料のために仏教寺院は経営が安定し、信者たちにも仏教が深く浸透していった。しかしその反面、知識人たちを中心に堕落した仏教への批判が始まり、国学者たちが国学の研究をすることによって、復古神道を確立していった。

 復古神道は非常に有名なのだが、正統派の神道ではない。正統派の神道は祭祀が中心なのであって、『古事記』を研究したりはしないのである。それに大体、日本の正史は『日本書紀』なのであって、『古事記』は重要視されていなかったのである。

 復古神道の謎は本居宣長がどこの宗派に属してたかを調べれば解る。彼は浄土宗の門徒なのであって、浄土宗の阿弥陀如来を天照大御神に摩り替えたのである。神道の教学では天照大御神を最高神としているのだが、復古神道の教学ほどに天照大御神を重要視していないのである。

 復古神道は江戸時代後期に大流行して、倒幕の1つの原動力になった。照大御神は女神である以上、女性たちの支持を非常に受け易かったのである。阿弥陀如来は所詮男性なので、女性たちにしてみれば出来ることなら同性の女性の方がいいということになる。

●巫女とイデオローグ

 崇拝対象が女神なら、いっそのこと教祖も女性であった方が望ましくなる。天理教は教祖の中山みきが女性であったために大ヒットしたのである。尤も中山みきの教えは神の啓示が中心なので、それを中山みきの死後、天理教の最高宗教指導者になった飯振伊蔵が教義を整えていった。

 天理教は今までの宗教とは比べ物にならないほど革新的であった。仏教が伝来して以降の日本の宗教は全て男性が宗祖になることで成立してきたのだが、天理教は女性の巫女と男性のイデオローグの2人の存在が必要だと示したのである。巫女による「神の啓示の提示」と、イデオローグによる「教義の確立」がないと新興宗教団体は宗教活動を成功させることができないということになった。

 神道系では大本教が天理教に続き、出口ナオと出口王仁三郎のコンビで虚勢を拡大したし、仏教系では霊友会の小谷喜美と小谷角太郎のコンビ、立正佼成会の長沼妙佼と庭野日敬のコンビと、神道や仏教を構わず、女性の巫女と男性のイデオローグの2人がいれば新興宗教団体を起こせるし、巨大勢力へと拡大していくことができるようになったのである。

 創価学会は基本的に日蓮正宗の信者組織なので、そもそも巫女という者が存在しない。だから常に男性が最高宗教指導者になってしまうのだが、そうなると教団は内外で問題を起こし、当然に世間の人々は警戒し、事あるごとに批判をすることになってしまう。

 オウム真理教もまた巫女が存在しない新興宗教団体で、石井久子のように有能な女性がいたにも罹らず、巫女の存在を認めない教団であったので、男女2人で教団を作り上げて行くことをしなかった。それであのような暴走を引き起こし、最終的には破綻してしまったのである。

●結婚制度の変化に対する宗教の課題

 日本は近代化によって父系家族制度が強化されこそすれ、弱体化した訳ではない。日本が近代化に当たって手本としたイギリスやドイツやフランスは日本とは比べ物にならないくらいに父系族制度が進んでいたので、その法律を取り入れるということは父系家族制度がよりいっそう強化されたということなった。

 我々がすべきことは父系家族の価値を再確認するしかないのであって、それは当然に母親たちに甘えられる場所を喪失させてしまうことになる。確かに女性たちの地位は向上したのに、それはそれで息苦しいのである。だから家族制度だけで全ての事を賄ってはならないのである。

「母親たちが甘えられる場所をどう確保するか?」

という問題は、結局、宗教団体が解決していくしかない。宗教団体に於いて母親たちに甘えられる場所があるなら、その宗教団体は発展し、信者たちの家族に何か問題があったとしても、それを解決するだけの能力を持ってしまうことになる。

 父系家族制度に何か問題があるからといって、男女平等に基づく「男女両系家族」なる物を妄想しても全くの無意味である。男女平等の夫婦など絶対に有り得ないのであって、結婚する以上、男女のどちらかが家長にならねばならないのである。

 清少納言にしても紫式部にしても、最終的には宗教に走った。しかし当時の宗教はまだ宗教自体が家族制度の変化に対応しきれていなかったから、解決策をきちんと提示することができなかったが、天理教以降の近代的な宗教なら、その変化に対応できているのであって、だから宗教による補完を受けているのなら、母親たちは懊悩することがなくなったのである。

 しかしこのことが解らない母親たちは大量に存在していることもまた事実である。宗教抜きで家族が成立すると思っているのだが、そのような間違った考えは誰がどうやっても最終的には破綻してしまうのである。父系家族制度ではどうしても母親たちに甘える場所がないのであって、それは宗教がない限り絶対に解決できない問題であるのだ。

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宮崎賢太郎著『カクレキシリタンの実像』 ~隠れキリシタンは実は普通の日本人たちだった~

●嘘は更なる嘘を呼ぶ

 学問は理性だけで成り立つものではない。理性と共に倫理が必要なのであって、その中でも「知的正直」という倫理が最も大事に成って来る。学問に対して嘘をつかない。常に正直で有り続ける。これは当たり前であると思えるかもしれないが、実際の学問の世界では平気で嘘を言う人たちが存在するのである。

 例えば「隠れキリシタン」の話なども嘘の塊のような話である。江戸時代の日本に隠れキリシタンがいた。その隠れキリシタンたちは明治維新後、キリスト教が解禁になってカトリックに改宗したのだが、自分たちの信仰している宗教とは違うと言って、カトリックをやめてしまった。

 これが歴史的事実である。

 とするなら、隠れキリシタンたちはキリスト教徒ではなかったということになる。

 しかし日本のキリスト教徒たちにとってこのことは受け入れ難く、隠れキリシタンたちはキリスト教徒だったということにしてくれないと、自分たちの信仰を維持することに貢献してくれない。自分たちがキリスト教を信仰するに当たって、信仰を貫き通したと手本になる人たちが必要なのである。

 そこで隠れキリシタンのことに関しては嘘を言いまくり、嘘は更なる嘘を呼んで、歴史的事実とは全く異なる状態になってしまった。隠れキリシタンのことに関しては、嘘出鱈目の本ばかりであり、作者が現地に行って調査もせず、ただ過去の文献を調べて書いた物だから、基本的に全部同じである。

 今回紹介する本はこの本!

 宮崎賢太郎著『カクレキリシタンの実像』(吉川弘文館)

 カクレキリシタンの実像[宮崎賢太郎]

 著者は隠れキリスタンの末裔で、現在、カトリックの信者である。東京大学卒なので文章は巧い。キリスト教徒ゆえに神道や仏教の理解は間違えているのだが、それでも真実に迫っている。しかし現在は長崎純心大学の教授なので実に勿体ない。これだけ真実に迫れる本を書くことができるのなら、もっと有名になってもいいからだ。学者だからこそ、どうでもいいような大学に居てはならないのである。

●なぜ戦国時代にキリスト教は広まったのか?

 戦国時代にキリスト教が伝来すると、キリスト教は急速に広まって、大体、日本の人口の3%ぐらいの人たちが信仰したのではないかと言われている。現在の日本のキリスト教徒たちは日本の人口の1%しか占めていないから、如何にローマカトリック教会による宣教が大成功したかが解る。

①政治的理由

 なんで神仏習合を行っていた日本人がそう易々と改宗してしまったのかというと、それは政治的理由が大きい。日本にキリスト教を伝えた修道会は宣教だけをやっていたのではなく、同時に貿易をも営んでいたのであって、その貿易が巨万の富を生んでいたのである。

 戦国大名たちにしてみれば貿易によってその巨万の富を得て、軍事費に充てたいので、それで改宗したのである。しかも改宗すれば家臣や領民たちにも強制的に改宗させたので、それで一気に改宗者数が増えたということなのである。

②仏教の新派だと勘違いされていた

 もう1つの理由は、当時のキリスト教はキリスト教だとは思われておらず、仏教の新しい宗派だと思われていたという理由がある。翻訳に当たって「デウス」を「大日如来」、パtラダイスを「極楽」、「キリスト教の教え」を「キリシタン仏法」とし、これで日本人たちは仏教だと思うので、それで大した抵抗なくキリスト教を信じてしまったのである。

 日本のキリスト教徒たちが当時のキリシタンたちを美化したい気持ちは解らなくもないが、当時のキリシタンたちは誰も聖書を読んでいなかったのである。一応、簡単な教義書が翻訳されたが、その出版部数は200部から2000部程度なのである。これでは殆どのキリシタンたちがキリスト教のことを何も知らなかったと考える方が妥当ということになってしまうのである。

③布教区

 ローマカトリック教会は布教区を設置して宣教したのも成功した理由の1つである。「豊後区」「下区」「都区」の三つに分けて宣教したのだが、この布教区で解ることは、西日本に限定して宣教したということなのである。日本は西日本と東日本では同じ日本人でも文化が違うので、西日本に限定したことは実に優れた判断であった。事実、キリシタンは東日本には殆どいないのである。

 三つの布教区の内、最も重点を置いたのは豊後区であり、キリシタン大名の大友宗麟が領内の神社仏閣を全て破壊して、キリスト教を徹底的に広めた。ローマカトリック教会は西ヨーロッパから長駆して宣教しに来ているのだから、こうやって戦力の集中を図りながら宣教しないと、絶対に成功することはできないのである。

●実際には隠れキリシタンはどうだったのか?

 豊臣秀吉はキリシタンたちに寛大であったが、長崎がローマカトリック教会の領地になっているのを見て態度を変え、キリスト教を禁止する方向に転換した。日本では織田信長の登場によって政教分離が進んでいたので、宗教団体が領地を持つというのは絶対に認めることができなかったなのである。

 江戸幕府が成立すると、キリスト教への禁止が徹底され、ローマカトリック教会は日本から全面的に撤退することになった。これによって日本にはキリスト教の聖職者たちがいなくなってしまい、それで隠れキリシタンなる者たちが発生したのである。

 キリスト教の聖職者たちがいれば、宗教活動はその聖職者たちによって指導されることになる。しかし聖職者たちがいなくなってしまえば、キリシタンたち自身が宗教組織を作らねばならない。それが逆にしっかりと隠れキリシタンたちを根付かせてしまったのである。

 だから隠れキリシタンたちの宗教組織と集落の政治的組織はセットである。このため宗門改めで隠れキリシタンたちが摘発されると、必ず集落ごとに摘発されてしまい、個人で摘発されることはなかった。江戸幕府の禁教令が隠れキリシタンを産んでしまったと考える方が解り易いのだ。

 では隠れキリシタンたちは一体何を信仰していたのかというと、「仏教の仏様」と「神道の神様」、そして「キリスト教の隠れ神様」の三つだった。ということは、神仏習合プラスキリスト教だったのであり、だからこそ隠れキリシタンたちは自分たちの信仰を維持し続けたのである。

 隠れキリシタンであることは危険が伴う。だったら棄教すればいいのだが、それをしなかったのは、「先祖の祟りが怖かったから」なのである。祟りである。キリスト教の専門用語ではなく神道の専門用語が出て来たのであり、ここでも隠れキリシタンたちをキリスト教徒だと考えるのには無理があるのだ。

 近代化が進むと、隠れキリシタンのような信仰形態は重たい負担なので、隠れキリシタンをやめる者たちが続出した。隠れキリシタンをやめた後にどうなかったというと、仏教に改宗するのが8割で、神道に改宗するのが2割で、キリスト教徒になるのは1%もいないのである。ここでも隠れキリシタンはキリスト教徒ではないということが解るものだ。

●なぜ日本でキリスト教は広まらなかったのか?

 隠れキリシタンのことを研究することは、ただ単に隠れキリシタンの実態を解明するだけでなく、「なぜ日本でキリスト教が広まらなかったのか?」を考えるに絶好の材料となる。

①キリスト教を頭で理解してしまい、心にまで落ちてこなかった

 俺から言わせて貰うと、日本のキリスト教徒たちはキリスト教を頭で理解してしまい、心にまで落ちて来なかったということなのである。特にプロテスタントの牧師たちに多いのだが、聖書を熟読しているがために、何かあれば聖書の文言を取り出して説教するので、これではなんの説得力も持たないのである。

 戦国時代では戦争で勝つか死ぬかの状況にあったのであり、キリシタン大名たちは戦争に勝つためにはキリスト教に改宗するという大きな動機があった。隠れキリシタンたちも禁教令によってキリスト教が禁止されたが、自分たちが宗教組織を作ることで集落を統制していたので、おいそれと棄教する訳にはいかない事情があった。

 神道系や仏教系の新興宗教団体は信者たちの心をしっかりと捉える何かをやったからこそ、キリスト教系の宗教団体よりも遥かに大きくなっていったのである。しかし日本のキリスト教徒たちはそれを直視せず、「日本人は無宗教だ」と全く勘違いなことを言い出して、それで自分たちの失敗を認めようとしないのである。

②先祖祭祀を完全に無視してしまった

 隠れキリシタンたちがやっていたことは基本的には先祖祭祀である。神道も仏教も先祖祭祀をしているからこそ、信者たちを確保し続けることができているのであって、キリスト教のように先祖祭祀をしないと、キリスト教を広めるのにはかなり問題があるということなのである。

 世間では「キリスト教に改宗すると3代で家が絶える」と言われるが、まさにその通りであって、先祖祭祀を何もしていないのだから、隠れキリシタンが言うように先祖の祟りで家が絶えてしまうのである。キリスト教自体は家を絶やすことで勢力を拡大してきたのだが、信者たちにしてみればそれは困るのである。

③宗教混淆を理解しなかった

 日本は神仏習合の国で、宗教混淆をやっている。宗教混淆の世界では、自分たちの宗教が絶対に正しいと思っても、それを口に出したりしてはならない。大事なことは争うことではなく、他の宗教をどう取り込んで行くかなのである。仏教は神道を巧く取り込むことで、日本での土着化に成功したのである。

 日本のキリスト教徒たちは宗教混淆を絶対に認めないのだが、その頑なな態度が信者数1%止まりにしてしまっているのである。確かに日本でも宗教混淆を認めない宗教団体はあった。浄土真宗や創価学会やオウム真理教などは宗教混淆をやらなかったが、これらの宗教団体は全部が全部、社会問題を引き起こした宗教団体であるのだ。

 宗教混淆に関しては、隠れキリシタンたちは遥かに悧巧だった。キリスト教を巧く取り込み、日本の土着化に成功させていたのである。だからキリスト教だって宗教混淆をやれば必ず日本に於いても広まるのである。勿論、これは教義上重大な問題を発生させる。しかし日本でもキリスト教の信者が人口の1%という現状がある以上、このまま放置しておけば信者数が徐々に減少して行ってしまい、最終的には消滅してしまうものなのである。

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「お前は誰じゃ~!」

●異変続出

 今年の2月、姉が結婚することになったので、その彼氏と会うことになった。俺が長編小説の執筆に忙しかったので行きたくなかったのだが、父親が既に死去しているので、父親の代わりとして、母親と一緒に行くことになった。そして高級ホテルの和食レストランで会った。

 その際、姉と彼氏は30分以上も遅刻してきた。俺は「こういう時に遅刻するバカが一体どこにいる!」と怒ったのだが、姉は遅刻の常習犯なので、こういう人は大事な時にも遅刻するんだねと諦めた。会食自体は料理が美味しかったこともあってか、巧く進んだ。

 しかし、会食後、母親は彼氏の言動に疑問を思った。

 結婚の報告なのに、その彼氏は「お嬢さんを下さい」とは言わなかったのである。確かに結婚するならそれを言わなければならないのだが、俺は「緊張でもしていたんじゃないの~」と言って気楽に構えていた。結婚する相手が誰であれ、行かず後家の姉を貰ってくれるのならそれでいいのである。

 だが暫くして俺もこの姉の彼氏に疑問を持つようになった。それは父親の三回忌法要の時で、姉の彼氏が姉と共に来ると言い出したので、「まだ結婚していないのだから、それは困る」と断ったのだが、それでも「来る」と言ってきたのである。三回忌法要では親戚たちが来るので、彼氏程度の者をその場に呼ぶことはできないのである。

 しかしどうしても来たいというので許可を与え、こちらはそれに対応した準備を行っていたのだが、三回忌法要の直前になってドタキャンしてきたのである。なんでも伯父が死んだという理由なのだが、こんなに偶然良く人が死ぬかと、俺はこの時点でこの彼氏に「コイツは怪しいぞ」と疑問を持つようになった。

●全て嘘

 姉は彼氏の母親と会うべく交渉していたのだが、彼氏の母親の方は何かしらの理由を付けて断ってきた。姉の母親と姉の彼氏が会った以上、姉が彼氏の母親と会わない限り結婚の話は進まないのだが、この停滞がなんと6ヵ月間も続いたのである。

 そうこうしている内に、姉の彼氏の就職先が嘘だということが判明し、年齢も嘘だということが解った。当初は鉛筆のトンボに就職しているとのことだったが、倉庫業の会社に勤めているらしく、年齢は俺よりも年下と言っていたのに、俺の姉よりも年上だったのである。

 こうなると、離婚したという話も嘘の可能性が出て来た。姉の彼氏はバツイチで若い時に結婚し、妻がパチンコ中毒に罹って離婚したとのことだったが、就職先とか年齢といった重要な情報に関して嘘をついている以上、これも嘘であることが濃厚になってきたのである。

 姉と彼氏は結婚するに先立って、マンションを購入したり、家具を購入したりしたのだが、彼氏は契約が締結された後に再度赴いてなんと全てキャンセルしてしまったのである。悪質極まりないとはまさにこのことなのだが、「もうこれでは結婚する気はないと言っているようなものではないか」と俺はそう判断した。

 それなのに姉の方はまだ惚れており、母親から「この結婚は絶対に認められない。早くに別れなさい」と言われても、まだ別れないのである。

「これほどにまでバカだとは思わなかった」

と母親は嘆いたが、行かず後家の女性ってのは恋愛や結婚に関しては物凄くバカな女性ということがやっと解ったのである。

●呪術で別れさせる?

 姉の彼氏は毎回残業しているので、恐らく午後九時頃に終わる職業ということになる。年齢的にはもう会社内で重要な役職に就ける年齢なのだが、俺が見る限り、重要な役職には就ける能力を持っていない。とするなら出世コースから外れ、閑のある状態にあるのか?

 厄介なのは、何かしらの事件か事故を起こし、運転免許書が剥奪されていることである。但しこれも嘘かもしれない。姉が彼氏の運転免許書を知ってしまえば、警察に問い合わせて彼氏の情報を収集することができてしまうからだ。とはいっても本当にもしも何かしらの事件や事故を起こしていた場合、犯罪目的で姉に近づいたということになる。

 そのため母親は「あの男は保険金殺人目当てで近づいた」と言い始め、陀羅尼経を読経して離別の念を送り込み、それで別れさせることを開始した。俺は「陀羅尼経ってそういう経典だったの?」と大笑いしてしまったが、母親としては真剣そのものである。

 俺は姉の彼氏には妻子がいるのではないかと思っている。その妻子とは別居状態にあり、それで姉に結婚をチラつかせてセックスをしているだけではないかと思った。嘘つき男だから妻が呆れてしまうのは当然であり、そのくせ嘘をつくことを改めることができず、他の女性にも嘘を貫き通すことができるのだろうと思っているのであろう。

 俺は姉が何を言って来ようが、如何なる理由があってもこの結婚を認めることはない。姉の彼氏にはもう信用が一切ないのであって、何を言って来ても信用することができない。もしも姉が結婚を強行するなら、その時は実家と絶縁した上でやって欲しい。結婚後、何が起ころうと、こっちは知ったことではない。

●碌な死に方はしない

 男性という者は、若い時はどうしても嘘をついてしまう。成長と共に嘘をつける能力をも持ってしまうので、それで嘘をついて人を騙してしまうのである。しかしそういうことをやれば人間関係が破壊されてしまうので、「嘘は悪いことだ」といずれ解り、嘘をつかなくなるようになる。

 多分、姉の彼氏は「嘘は悪いことだ」ということが理解できずに大人になってしまったのであろう。実際の年齢が本当はどうなのか良く解らないのだが、四十歳後半であることは確かである。四十歳後半になっても「嘘は悪いことだ」と解っていないのだから、本当に情けないと思ってしまった。

 姉の彼氏がどう弁明しようが、お前が付いた嘘のために信用は完全に破壊されてしまったのである。この信用はもう二度と回復されない。それどころか、もしも他の場所で姉の彼氏の友人知人に会ったら、俺は「アイツに騙されて酷い目に遭ったよ」と言うことだろう。

 姉の彼氏がやっていることは、自分の信用を破壊しながら何かしらの利益を得ているだけであって、いずれは自分の信用は一切なくなり、誰からも相手にされなくなってしまうのである。そうなれば碌な死に方はしない筈だ。なんでそんな簡単なことが解らないのであろう。

 姉とその彼氏はいずれ別れるだろうと思うが、行かず後家というのは本当に碌でもないことをやってくれる。俺はつくづく「女性は絶対に若い内に結婚すべし」と思うようになってしまった。若い時に結婚してくれれば、こんなバカげた事件のために労力や資金や時間を奪われることはなかったのである。

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またもや落選!(涙)

●自信作なのに,またもや落選!

 新人賞を取るべく小説を書きまくり、それを出版社に投稿しているのだが、今回もまた落選という結果になってしまった。今回の作品は自信作であったので、これが落選となるとかなりショックである。余りのショックのために7月と8月の間は小説制作を一時的にやめることにした。

 これまでの成績は、

「5戦5敗」

である。持ち込み原稿が1つあるので、新人賞は4連続敗戦である。何が悲惨かと言えば、第一次選考すら突破しないのである。これでは新人賞を取ることよりも、第一次選考を突破することを最優先課題としなければならなくなってしまった。

 新人賞に挑戦してみて解ったことは、出版社によって新人賞の能力の差がかなりあるということである。新人賞受賞作品がダメな出版社には新人発掘能力はないと見ていい。事実、俺はその出版社が出している小説を買っていない。

 出版社が文学専門誌を発行し続けながら新人賞をやるというのは、かなりの負担になるわけであって、編集部にそれなりの人員がいないと処理できないのである。人手がいないからといって、下読み委員たちに丸投げしているようでは、優れた作品が来たとしても、必ずしも編集部の方に届けられるとは限らないのだ。

 要は自分と出版社の相性、それにその編集部が勤続疲労を起こしていないか、そういうことを考慮しないと新人賞を取るのは難しい。作家たちの中にはどこの出版社にも巧く対応して活躍し続けている人がいるものだが、俺はそういう作家が苦手で、自分と相性の良い出版社から集中的に作品を出している作家の方が好きなのである。だったら自分もそうした方がいいということになる。

●小説の書き方を変える

 第一次選考すら突破できない原因として、

「俺の小説の書き方は古風なのではないか?」

という物があった。新人賞では作家志望の者たちが常時切磋琢磨しているので、当然に小説の書き方は日進月歩している。俺は司馬遼太郎の小説の書き方を手本にしながら、独自の書き方を確立して行ったのだが、これだと「古い」ということになってしまったのである。

 そこで小説の書き方に関する本を読みまくり、新型の書き方を身に着けて行った。この手のことは本当に些細なことなので、「こういう書き方は拙い」「こういう書き方にした方がいい」ということを1つ1つ習得していかないとならないのである。

 それと下読み委員たちはどうも感嘆符を嫌うようで、感嘆符が多い小説は落選する確率が高くなっているということも解った。俺としては感嘆符が多い方が、小説にリズムが出て来て面白いと思うのだが、下読み委員たちはそうとは考えていないのである。

 ライトノベルの方では感嘆符は大量に出て来るし、絵文字だって大量に出て来る。だから若者たちに人気があるのだが、まともな小説ともなれば、そういうダメらしいのである。こういうカチンコチンの考えが出版不況の原因の1つであると思ってしまうのだが、新人賞を狙う以上、これに従うしかないのだ。

 新人賞で気をつけるべきは、小説の書き方に拘る余りに、大して内容のない物が新人賞を取ってしまうことだ。確かにその受賞者は小説をきちんと書けているのだから作家としての能力はあるのだろう。しかし処女作がそんなに詰まらない作品なら、作家としてやっていけるのかは実に怪しいものなのである。小説の書き方に拘り過ぎるのは新人賞それ自体を無意味にしてしまうほど危険なことなのである。

●小説専用の筆名を用意

 小説は普通の本とは書き方が違う。小説はとにかく自分が「面白い!」と思って書かない限り、書き上げることはできないのである。しかし普通の本は別に面白いと思わなくても書けてしまうのである。となると、他の物とはまるで書き方が違う以上、もう1つ別の筆名を持った方がいいと考えた。

 小説専用の筆名を持たないと、俺はどうも「毒のある小説」を書いてしまうのである。これを「面白い」と思ってくれる下読み委員がいればいいのだが、今の所「全敗」なので、毒のある小説ではダメだということなのである。だから小説専用の筆名を持って、毒のある小説ではない物を書いて行くことにする。

 因みに、

「新しい筆名はタマティーを感じさせる物は何もありません」

 運命鑑定をやっている以上、小説家として相応しく、大ブレイクしてしまうような名前を考えるのは簡単だろうと思われてしまうのだが、実際はそうではなく、自分のこととなるとなかなか巧い筆名を作り出せないのである。自分では「こういう筆名がいい」と思っても、実際に使ってみるとなんかダメで、他の筆名を考え出さなければならなくなってしまうのである。

 このブログで「タマティー」を名乗っている以上、どうしても名に「タマ」と読む漢字を入れたいのだが、どうもしっくりこなかったので、「タマ」から離れることにした。するといい筆名が見つかったので、その筆名を使うことにする。今は夏休み中で小説制作はしていないのだが、夏休みが終わればその筆名で小説制作に取り掛かるつもりである。

 小説専用の筆名がどのような作品を作り出すのかまだ解らないのだが、運命鑑定上では「お洒落な小説」ということになっている。このためか、古くなった服を捨てたりしている。お洒落な小説を書く以上、自分がお洒落にならないと書くことができないから、どうしてもそういう変化が起こってしまうのであろう。

●新人賞に傾向と対策は必要なのか?

  「新人賞に傾向と対策は必要なのか?」という疑問が存在するが、俺は「必要ない」と思っている。大事なことは新人賞に値する作品を作り上げることであり、できればその新人賞受賞作品がヒットしてベストセラーになればいいと思っている。

 過去の新人賞受賞作品を見れば、大体、この新人賞はこの程度の物を欲しがっているのだなということが解るから、後はせっせと書いていけばいいのである。しかしこの遣り方だと、どうしても新人賞が取れないのである。傾向と対策をやった方がいいのではないかと思ってしまったりするのである。

 募集要項では「革新的な小説を待っています」と言いながら、こっちが本当に革新的な小説を出せば第一次選考で落選させられてしまうのである。そういう作品は下読み委員たちが評価してくれないから第一次選考で落選し、その上に上がって行けないのである。

 どの新人賞受賞作品を見ても、俺が驚倒されてしまうような作品という物はない。どれも俺に言わせれば「内容がイマイチだな~」と思うものばかりなのである。それが新人賞を取って来るのだから、出版社は別に新しい小説など求めてはいないということなのである。

 夏休みが終わり次第、新しい筆名で確実に新人賞を突破できるような作品を作ることにする。傾向と対策は必要ではないが、ただ下読み委員たちへの対策はしておいた方がいいのかもしれない。出版社の考えていることと、下読み委員たちが考えていることは明らかに違っているのだから、これに対して対策を立てておかないとどうにもならないのである。

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なぜ真面目な人ほど病気になるのか?

●いい人に限って早死にする

 人間が真面目であることはいいことに決まっている。大体、真面目に仕事をしていない人をどうやったとしても評価することはできない。しかし真面目でありさえすればそれでいいのかといえばそうではない。真面目で居続けてしまうと、病気になってしまうものなのである。

 例えば不妊症の場合、これに罹る女性たちは大抵真面目な女性たちだ。不真面目に生きて来た女性は不妊症などには罹らない。よりによって小中高大学と真面目に勉強して来て、就職して仕事をすれば真面目に働いてきた女性ほど不妊症に罹ってしまうものだ。

 これが男性になるともっと恐ろしく、真面目な男性ほど早死にしている。結婚すれば妻とだけセックスをし、酒もタバコもやらないし、賭博にも手を出さない。一見、理想的な男性に見えるのだが、こういう男性に限ってこれからという時になんらかの病気を発症し、それで死亡してしまうのである。

 なんで真面目な人たちがこうも悲惨な目に遭わなければならないのかといえば、真面目でいると「自律神経の異常」が発生してしまい、常にストレスがかかりっ放しの状態になってしまうからなのである。これでは体がおかしくなるのは当然であって、これが長年積み重なってしまうと、或る日突然、深刻な病気が発生してしまうのである。

 自律神経は日中「交感神経」にシフトし、夜間は『副交感神経」にシフトする。だから日中は真面目になっていてもいいが、夜間になればリラックスしなければならないのである。こうするからこそ体はバランスを取れるのであって、これをやらないと体がバランスを崩してしまうのである。

●マッサージとストレッチ

 真面目な人というのは、大抵「体が硬い」。常に緊張した状態でいるので、体が強張っているのである。だから血流が悪くなってしまい、体内の老廃物と毒素を回収しきれないのである。それでその老廃物と毒素を餌に病原菌が繁殖して、それで病気になってしまうのである。

 自分が真面目ゆえになんらかの病気に罹っているというのなら、とにかく自分の体をマッサージしてみることだ。特に手足をマッサージした方がいい。というのは真面目な人は手足の筋肉が強張っており、カチンコチンなのである。脹脛など女性なら弾力性があって当たり前なのだが、真面目な女性に限ってその弾力性がないのである。

 寝る前にマッサージをすると、気持ち良くなって熟睡できるし、しかも血流が良くなって老廃物や毒素を睡眠中に回収できるので、それで病気が徐々に治っていってしまうのである。自分でマッサージをやるのは無料なのであって、無料で病気を治すことができてしまうのである。

 マッサージと共にストレッチもお勧めである。真面目な人は体が硬くなっている。硬いからこそ血流が悪くなってしまうのである。だからストレッチをやって体を柔らかくしていけば、血流が良くなって、様々な病気が自然消滅していくことになるのである。

 それこそラジオ体操を真面目にやると、確実に体は柔らかくなっていく。ラジオ体操では関節を良く動かすので、それで体は柔らかさを取り戻すのである。最初は硬くても毎日やっていれば必ず柔らかくなっていくので、時間をかけて体を柔らかくしていくことだ。

●キスとハグとセックス

 真面目な人は生活の中で緊張を解く物を全く入れていない。例えばキスやハグやセックスといった物はそれをやれば必ず緊張を解いてしまう。だからどんどんやればいいのだが、なぜだかこれらのことをやらないのである。これでは体がカチンコチンになってしまうのは当然のことなのである。 

 夫婦だからこそキスの習慣は絶対に維持したい。どんなに愛し合っていたとしても、キスをしなければ、その後、全くキスをしなくなってしまうからだ。夫たる者、自分の妻が想像以上のペースで老化していくものだということを絶対に忘れてはならない。毎日キスをしていれば、そういう老化も愛おしくなってくるものだが、キスを暫くしないで、久しぶりにキスをしようとすると、相手の老化が気になってしまい、もう二度とキスをしなくなってしまうのである。

 ハグはキス以上にリラックスさせる。人間は何かに抱きつくとリラックスできるようになっている。夫婦であるなら、夫が妻を抱っこして、会話するなんてことをやった方がいい。これをやると妻は大喜びするし、なんでも話してくれて、当分の間、ご機嫌となる。

 セックスはリラックスをさせるには究極の物なのだが、これは夫に充分な性愛術がないと妻をリラックスさせることができない。セックスが下手糞だと、逆に妻が緊張してしまい、そういうセックスではいずれ拒絶されることになってしまうからだ。性愛術を必死になって学んで、確実にオルガズムに行けるようにするというのは結婚に於いて大事なことなのである。

 キスとハグとセックスには1つの共通項がある。それは「やらなくなればやらなくなる」ということだ。だからこれを習慣化し、いつでもできるようにしておくべきなのである。恋愛至上主義に取りつかれて、自分の感情に任せていると、その感情はいずれ消えてしまうものなのである。夫婦愛を維持する習慣があればこそ、恋愛から夫婦愛へとレベルアップを図ることができるのである。

●生活にルーズな物を残しておく

 料理というのはかなり頭を使うもので、これをやると誰もがリラックスすることができる。しかし真面目な人が料理をやると本来はリラックスできるものでも激しい緊張感を与えるものになってしまう。完璧な料理を求めれば、誰だって緊張してしまうのは当たり前のことなのである。

 料理では必ず失敗が起こるものなのであって、その失敗があればこそ、次の料理が更に美味しくなるのである。料理を作り終わった後に、「あ~、これ失敗したな~」と思っても、「次回からはもっと巧くやろう」と気持ちを切り替えて、いつまでも後悔し続けないことだ。

 冗談を言うこともリラックスするためには必要なことなのである。食事中の会話で1つも笑い声が出て来ないのなら、その会話の仕方は絶対に改善した方がいい。冗談を何1つ言っていないのだから、これでは緊張しっ放しになってしまうのである。

 通常、人間はご飯を食べればリラックスする。だから何か面白いことを言って来る筈なのである。それなのに面白いことを何も言えないというのは非常に危険ということなのである。こういう人は決まってテレビの視聴時間が長い。自分で面白いことを言う習慣が出来ていないから、それでいざ食事になっても面白いことを言えないのである。

 生活がリラックスできるようになっていれば、真面目になるのは仕事の時だけということになる。こういうメリハリが付くからこそ、人間は健康な状態で暮らして行くことができるのである。いつも真面目ばかりでは、どこかで息が詰まってしまうものなのである。

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命の大切さを教える教育はなぜ失敗するのか?

●なぜ学校による命の大切さを教える教育は失敗するのか?

 長崎県で或る女子高校生が猟奇的な殺人事件を起こした。長崎県では10年前にも似たような殺人事件があり、学校では「命の大切さ」を教える教育を生徒たちに施してきたというのにまたもや起こってしまった。今回の事件で学校の教師たちはあれこれ言っているが、要は「教育に失敗した」のである。

 学校で命の大切さを教える教育をしたとしても、必ず失敗することになる。何かをただ単に肯定しても、それを肯定したことにはならないからだ。肯定は否定をぶつけるからこそ、肯定の意味が解り、それで肯定が維持されるということになる。

 別に長崎県の学校の教師たちが失敗しただけでなく、実は全国各地の学校で命の大切さを教える教育は失敗し続けてきたのである。例えば命の大切さを教えるために学校で動物を飼ったりすると、なぜだか動物を殺す奴が出て来る。よりによって、飼育係の生徒であったり、その担当の教師だったりする。

 人間というのは肯定しようとすると、いずれは否定したくなるものなのである。

 だから学校の教師たちが生徒たちに学校の授業で命の大切さを教えれば教えるほど、その当の生徒たちは真面目に命は大切さな物だとは受け止めず、逆に今回の女子高校生のように「人を殺したくて堪らない」という危険なことを思い始め、そして実行に移してしまうのである。

 刑法というのは個人責任が原則になっているから、刑事事件としては女子高校生がこの犯罪の責任を負うものである。しかし教育的には長崎県の教育が余りにも異常だったからなのであり、長崎県の教育委員会が命の大切さを見直さないと、また10年後に似たような凶悪事件を生徒たちが引き起こしてしまうことになるのだ。

●そもそも10代は荒れるものだと考えよ

 日本では占領中に師範学校が廃止されたために、学校の教師たちは教育のエキスパートではない。このため教育のことを良く理解していないのに学校の教師になってしまっている。だから平気で間違ったことをやってしまうのである。

 そもそも10代という時期は荒れるものなのである。男子生徒だろうが、女子生徒だろうが、荒れる者は必ず荒れて来る。性ホルモンの分泌によって、今までは大人しかった者でも、凶暴といっていいくらいに荒れてしまうのである。そのくせ或る時期になるとピタリと凶行が収まり、逆に性格のいい人になったりする。

 人間の10代は荒れるようになっているのだから、荒れるのが異常なのではなく、荒れるのが正常なのである。逆に荒れて来ない生徒の方が物凄く危険で、確かに刑事事件など引き起こして来ないが、その者のエネルギーは内面に向かってしまい、得体の知れない物を作り出してしまう可能性が出て来てしまうのである。

 昔から日本でやってきたことは、10代の多感な時期には、男子は男子で集めてしまい、女子は女子で集めてしまい、自分の心身がおかしくことを別に特殊だと思わせないようにさせたのである。若衆組や娘組などはそういうものなのであって、こういう物がないと10代の子たちの異常を制御できなくなってしまうのである。

 学校でやった方がいいものは、とにかくクラス替えをしないということだ。中学や高校の時はクラス替えをしない方がしっかりと友情が出来上がって、生徒の誰かが異常になっても、他の生徒たちがサポートすることが可能になるからだ。ただこの遣り方の欠点としては、成績がそんなに上がらなくなってしまうということことがある。

●「生命の尊厳」という考えは宗教の産物である

 「生命の尊厳」という考え方は宗教の産物である。だから本来は宗教家が教えるべきものなのである。神道の場合、神道家たちは生まれながらにして神の子だから、生命の尊厳を持っているということになる。仏教の場合、人間は仏性を持っているから、生命の尊厳を持っているということになる。

 神道であれ、仏教であれ、世俗の価値観を認めず、自分たちの宗教から導き出したからこそ、説得力を持つのである。しかし学校の教師たちはせいぜい憲法からということにしかならず、それではなんの説得力も持たないのである。幾ら憲法を強調しても、憲法など改正されてしまったら変わってしまうからだ。

 神道も仏教も生命の尊厳を無条件で認めているのではない。人間は生命の尊厳があるからこそ、共同体の中で生き、共同体のために尽くすことを求めるのである。もしも人間が共同体意識をなくしてしまえば、必ず利己的に走って来るから、その時は、個人として滅亡してしまうし、共同体だって滅亡してしまうのである。

 今回の事件も、犯罪者の父親は自分の再婚を理由に、娘にマンションを与えて一人暮らしをさせていた。職業は弁護士だから、それだけ裕福だったのだろうが、宗教的には非常に問題のある行動である。しかも娘は高校に入ってからすぐに登校拒否をし出したので、これでは完全に孤立化していたということなのである。

 人間は群生動物だから、如何なる時でも自分1人で生活するようなことがあってはならない。家族と暮らしていれば、自分の間違った考えを訂正して貰える機会もあろうが、一人で暮らしていれば自分が間違った考えを持った時、それをより間違った方向に持って行ってしまい、最後には平気で殺人を犯してしまったりするのである。

●宗教抜きの教育は狂気を産み出す 

 戦後の憲法は政教分離を定めたが、このために公立学校から宗教教育が消えてしまった。だから学校の教師たちは自分たちの限界が解らず、「これは宗教家の仕事だ」という認識を全く持てないのである。全てのことを自分たちだけでやろうとしているから、「80対20の法則」を使えば、その効果はゼロということになるのだ。

 ただ忘れてならないのは、日本は戦前も宗教教育をやっていないのだ。日本は織田信長による安土宗論で政教分離が確立されたので、信仰に関しては個人レベルに留めるものであるという認識を持つようになった。このため近代化以降、日本政府は公立学校では宗教教育をやらないというスタンスを常に取ってきたのである。

 その代わり修身の教育を用意した。しかしこの修身は連合軍の占領中に廃止されてしまい、それで日本の学校は道徳がない状態になってしまった。日本の学校には致命的な欠陥が存在しているということが解っていないと、なんでいつもの如く学校で猟奇的な殺人事件が発生して来るのか、その理由が解らなくなってしまうのである。

 「宗教抜きの教育は狂気を産み出す」ということが解っていないと、どう教育改革を行ってもダメなのである。政教分離は確かに大事なことである。しかし政教分離を徹底させてしまえば、学校だって機能しなくなってしまうのである。宗教抜きで生きられるほど、人間はそんなに強い動物ではないのだ。

 戦後の学校教師たちは今の憲法体制のことを自慢するのだが、俺に言わしてみれば、「戦前の学校ではこんな猟奇的な殺人事件は起こったことがなかったよ」ということなのである。自分たちが異常な憲法体制の中で生きていることに気付かないと、迷妄は更なる迷妄を産んでしまうのである。

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上橋菜穂子著『物語ること、生きること』 ~自分の人生を語ることの難しさ~

●母親に贈ったのだが・・・

 平成26年7月18日のNHKの『特報首都圏』で作家の上橋菜穂子のことが紹介されていた。俺がこの番組を見ていると母親も見始めて、

「この人は凄い人だね~」

と甚く感心した。そんなに上橋菜穂子に関心があるならと、一週間後に俺は母親に上橋菜穂子著『物語ること、生きること』(講談社)をプレゼントした。

    物語ること、生きること[上橋菜穂子]

 この本は頁数が200頁にも満たない薄い本なので、母親でも読めるだろうと思って俺はあげたのである。しかし母親はこの本を読むことにギブアップしてしまい、この本を俺に突き返して来た。

「なんで?」

と俺が訊くと、

「字が小さくて読めない」

とのことであった。そこでこの本を調べてみると、確かに字が小さく、文字の肉厚が薄すぎるので、老眼でない俺でも読みにくいのである。となれば老眼になっている母親としては読むに耐えない本ということになってしまうのである。

「新聞ですら字が大きくなっているのに、本で字が小さくのは本当に困る」

と母親は嘆いていたが、本当にその通りなのである。

 俺はこの本が講談社の本なので安心してプレゼントしたのだが、なんで老眼の人には読めず、老眼でない俺でも読みにくい本になってしまったのか、その原因を調べてみた。すると、この本の定価が1000円ということが気になってしまった。

 通常、ハードカバーなら1500円というのが相場である。どんなに安くても1200円である。しかしこの本の編集を担当した「長岡香織」と「川崎萌美」が、この本を子供向けにすることを意識し、それで定価を1000円に引き下げたのではないか? 定価の引き下げは印刷費を圧迫し、それで印刷所の方は紙質こそ下げなかったが、インク代をケチってこの有様になってしまったのではないか?

 この本は児童書ではない。子供も読むかもしれないが、大人達だって読むのである。それなのに子供向けであることを意識してしまったために、大人達が読めない、または読みにくい本にしてしまった。そして大人達が読めない本は子供達だって読めない物なのである。

 確かにこの本は講談社の「面白くて為になる」という出版理念を表面的には満たしているのが、読者たちのことを完全に無視しており、これは講談社の本としては完全にアウトである。実に怪しからん本なのである。

●口述筆記の遣り方

 更に問題となるのが、この本の内容である。この本は口述筆記で書かれた物なのだが、本としては内容がイマイチなのである。上橋菜穂子の自叙伝ということになるのだから、こんなに薄っぺらい本では著者が可哀想である。自叙伝が薄っぺらいということは、上橋菜穂子は薄っぺらい人生を生きて来たということになるのである。

 口述筆記をどうやればいいのかというのは、書評家の「谷沢永一」によって完全に解明された。それは「12時間ぶっ通しで口述する」という遣り方である。例えば午前9時から口述を開始すると、午後9時まで口述し続けるのである。これだけ口述したからこそ、1冊の本としての内容になるのである。

 この本は上橋菜穂子に「瀧晴巳」が1回3時間それを4回に亘ってインタビューした物を纏めたのである。だから合計12時間となり、時間的には口述筆記の条件を表面的には満たしている。しかし女性が語っている以上、女性は話の量が多いくせには内容が少ないので、12時間の倍、24時間ぐらいは必要だったのではないか?

 しかもインタビューした回数が4回というのが気になる。4回のインタビュー⁰では「死の結界」が張られてしまい、エネルギーが内側に向かってしまうのである。それでこの本はパワーを感じられないのである。せめてもう1回インタビューしておけば、「死の結界」を脱することができるので、それでパワーを感じられる本にすることができたと思うのである。

 この本を読めば解ると思うが、メリハリがまるでなっていないのである。上橋菜穂子の人生では、とにかく作家になったことが「人生の転機」になったのだから、まずはそこに重点を置くべきである。もう1つは、上橋菜穂子は純粋の作家ではなく文化人類学者であり、大学で教授をやっているのだから、その当たりのこともきちんと書くべきなのである。この2つのことが出来ていないというのなら、自叙伝としては失格である。

●処女作の謎

 俺は深大寺ゆきねこさんから上橋菜穂子の『守り人シリーズ』の存在を教えられたのだが、ついいつもくせで先に彼女の処女作を読んでしまった。処女作はその作家の運命を決める物なので、処女作を読めばその作家の大体の事が解るのである。

 上橋菜穂子の処女作は『精霊の木』(偕成社)なのだが、この処女作は余りにも下手糞で、駄作以外の何物でもない。それなのに、上橋菜穂子はその後、『守り人シリーズ』を書き、大ヒットを飛ばした。これは余りにも変なのである。通常、こんなことは絶対に有り得ないからだ。

 しかしこの本を読んでみると、その理由が解った。上橋菜穂子は『精霊の木』を書き上げた際、四百字詰め原稿用紙で五百四十枚になっていたのだが、それを偕成社の担当者がその原稿の手直しを要求し、四百枚にまで削減したというのである。

 だから『精霊の木』がどうにもならないほど駄作になってしまったのである。

 小説という物は、作者が書き上げた時点で完成している。それを編集者が弄ってはならないのである。指摘していいのはせいぜい誤字脱字とか、文法上の間違いくらいで、それ以上のことをやってはならないのである。それなのにバカな編集者に限って原稿を弄り回すのである。

 そのくせ、その後、『守り人シリーズ』がこの偕成社から出版されるのだから、まさに「運命の皮肉」である。偕成社は『守り人シリーズ』で大儲けをしたのだが、その罪滅ぼしとして『精霊の木』を最初の原稿の形で復元して欲しいものだ。

●「小説家になるには?」

 上橋菜穂子の許にはファン達の中から、

「小説家になるにはどうすればいいんですか?」

と質問が寄せられてきたりする。職業の内、小説家ほどどうやってなればいいのか解らないものはない。因みに上橋菜穂子は最初から小説家になりたかったのではなく、漫画家になりたかった夢見る少女であった。

 小説家になるためには、「とにかく本を大量に読む」しかない。小説家は読書家たちの中から出て来るのであって、本を読んでもない人から出て来ることはない。巻末に「上橋菜穂子が読んだ本」としてブックリストが載っているのだが、上橋菜穂子は実に多くの本を読んでいる。

 特徴的なのは中高生になっても児童文学作品を多く読んでいたことだ。児童文学は普通、小学校を卒業してしまうと読まなくなってしまうものだが、上橋菜穂子はそうではなかったのである。上橋菜穂子は私立の香蘭女学校に行ったので、そこでの教育環境が良かったのでろう。

「良い読者は良い作家になるが、悪い読者は作家になれないし、なったとしても悪い作家にしかならない」

 これは絶対に覚えておいて欲しい。ただ無闇に乱読しているような読書家は作家向きの人間ではない。若い時の読解力は自分が思っている以上に低いものなので、じっくりと本を読んでいかないと、その本の良し悪しが解らないのである。読解力を向上させていくためには、自分が好きな作家に夢中のなることが一番だと思う。

 読書をしまくった上ですべきことは、「小説家になりたいと思うなら、とにかく書きまくりなさい」ということなのである。若者たちの中には自分に何か夢があるのに、それに向かって走り出すことがない者たちが多々いるものだ。出来ない理由を探し出すことに躍起になって、夢の実現を何1つしようとしないのである。

 上橋菜穂子は高校2年生の時に既に初めての小説を書いていた。しかも香蘭女学校では文学の教師に優れた人物がいて、自分の小説を見て貰った上で、

「描写を生々しく描くことを心掛けなさい」

というアドバイスを頂いたというのだ。ここで香蘭女学校の優れた教育環境が役に立ったのである。

●「名作はどのようにして生まれるか?」

 それ以外にもファン達から

「名作はどのようにして生まれるのですか?」

と質問が寄せられて来たりするのだが、この質問に答えるのは実に難しい。上橋菜穂子自身、全ての作品が名作ではないからだ。上橋菜穂子の作品の内、名作と言えるのは『守り人リーズ』だけだからだ。

 上橋菜穂子はこの本の中であれこれ答えているのだが、考えが纏まっていないので、俺が代わりに説明することにする。

「名作には必ず≪小説遺伝子≫という物が存在する」

ということなのである。小説遺伝子を得てしまえば、その後はスラスラと最後まで書いて行くことができるのである。

 作家たちには2種類のタイプがいて、神懸かり状態になって書く人と、人工的に書く人がいる。この内、神懸かり状態になって書く人は比較的、小説遺伝子を得易い。『守り人シリーズ』ではオバサンが幼い男の子を守るシーンが浮かび、それを元にあの長大な作品を書き続っていったのである。

 しかし『獣の奏者』では神懸かりになって書いておらず、人工的に書いている。そのため小説遺伝子が得られず、それで第一巻と第二巻は巧く書けたのだが、第三巻と第四巻ではパワーダウンしてしまったのである。人工的に書く場合、ダミーの小説遺伝子を人工的に作り出さなければならないのだが、それをちゃんとしていないと、化けの皮が剥がれてしまうのである。

 はっきりと言ってしまえば、

「名作が生まれるのは運である」

ということなのである。プロの小説家であっても、必ずしも名作を産み出せるとは限らない。一流の作家で勝率は最大で3割であろう。だから質の高い作品を出来るだけ多く書いた作家の方が名作を産み出す可能性が高くなるのである。

●上橋菜穂子さん、遣り直し

 俺がこの本を読んでつくづく思ったのは、

「これはいい子ちゃんの自叙伝である」

ということである。この本には上橋菜穂子のいい部分しか書かれておらず、彼女の悪い部分は何1つ書かれていないのである。こんな自叙伝、読んで面白い訳がない。これでは「私は無傷で生きてきました」と言っているようなもので、そんな人間、この世には存在しないのである。

「父親との関係は書いているけど、母親との関係は? 母親との関係は巧く行かなかったんじゃないの?」

 上橋菜穂子は運命星上、父親と縁があり、父親から支援を受けるのだが、その反面、母親とは相性が悪く、どうしてもぶつかってしまう相手であるのだ。それなのに思春期になってからの母親との関係のことが何も書かれていない。

「友情はどうしたの? 恋愛はどうしたの?」

と俺の方が聞きたくなる。香蘭女学校は女子校なので、女性同士の友情は濃厚な物になる筈だ。事実、大学生の時に千枚もの長編小説を書いた時に、それを見せたのは、自分の弟と親友の2人だけである。普通、作家志望の人は身内の者にも、親友にも、自分の作品を見せないものである。ということは、その親友は本当に親友を呼べるべき友人だったということなのである。だったら、そのエピソードを書けばいいのである。

 恋愛のことが全く書かれていないのも不気味である。これでは「私は恋愛もせずに文化人類学の勉強をしてきました」と言っているようなもので、そんなバカな学生はいないものなのである。上橋菜穂子の性格はのんびり屋さんだから、これと交際するとなるとせっかちな男性である。当然に相手の男性に振り回されることになる。

「上橋菜穂子さん、遣り直せ。これは自叙伝として成立していない」

 この本は上橋菜穂子本人が自叙伝を書こうとしたのではなく、講談社の方から依頼があって嫌々ながら作った物である。依頼を受けて巧く行くこともあるけど、依頼を受けて巧くいかないこともある。今回は失敗したということなのである。

 もしも自叙伝を書こうとするのなら、口述筆記ではなく、ちゃんと自分で原稿を書いていった方が考えは纏まるし、出来のいい自叙伝が出来上がるものである。自叙伝はそのまま信用することはできないが、その作者が自分の人生をどう感じたかを理解するには最高の資料なのである。

 自分の人生をちゃんと語れない者が、子供達に何か大事な事を教えるのは、絶対に不可能なことなのである。

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