なぜ殷王朝は滅んだのか?
●全ての文明はシュメールから始まった
全ての文明はシュメールから始まった。シュメール人たちは「巫女」「神職者」「長老」による宗教組織を始めて作り出したので、その宗教組織を使って文明を作り上げ、それを全世界へと普及させていった。中国文明のメソポタミア文明の支流に過ぎず、最初はシュメールの神々を祀っていた。
しかし中国はメソポタミアに比べると寒く、黄河も長江も度々氾濫したので、なかなか文明レベルにまで達しなかった。中国に於いて最初の王朝である「夏王朝」はシュメール人たちが文明を作り出してから、大体800年後に成立した。
夏王朝は小さな国家だったが、建国して400年後に黄河の洛陽周辺に起こった殷王朝に滅ぼされた。殷王朝は夏王朝よりも遥かに優れた政治体制を持っていたのであり、それで夏王朝を滅ぼすことができた。殷王朝は黄河流域に領土を拡大して、中国文明の基礎を築いた。
今回紹介する本はこの本!
陳捷著『甲骨文字と商代の信仰』(京都大学学術出版会)
この作者の「陳捷」は中国人で、日本の京都大学大学院環境学研究科の博士課程を修了した人である。この本自体、博士号論文と、その他の学術論文を集めた物で、普通の人は読む必要性がないのだが、陳捷本人の才能を評価し、今後、活躍して欲しいと期待して、俺のブログに取り上げた。
日本の国立大学では東京大学が一番で、京都大学は二番なのだが、その学力の格差は恐るべき物があって、東京大学の方が断トツの一位なのである。京都大学出身者はどうしても学力が低いし、それに文章も巧くない。だが、二番手だからこそ東京大学ではできない研究ができるのであって、陳捷はそれが出来た人なのである。
●殷王朝は神権政治をやったからこそ成功した
殷王朝は「神権政治」を行っていた。殷王は司祭長として、巫祝長として、そして政治指導者として君臨していた。夏王朝がどのような政治体制を取っていたのか解らないが、殷王朝は夏王朝よりも国王に権力が集中しており、専制君主制だったらこそ、夏王朝を倒すことができたのである。
殷王朝は亀の甲羅に甲骨文字を書いて未来を占うということをやっていた。この占い自体、古代中国では様々な箇所で行われていたのだが、殷王朝はそれをより発展させ、国政にその未来予測を利用しまくっていた。この未来予測こそ殷王朝を大繁栄に導いたのである。
というのは、黄河は洪水が発生し易い。そのくせ中国大陸は定期的に旱魃がやってくる。だから天候がどうなるのか予測することができれば、事前に対策を打つことができ、被害を最小限度に抑えることができるのである。占いは必ずしも当たらなくてもいい。外れたとしても、別にそれで損害が出る訳ではないのだから。
現代の感覚なら、「占いを政治に使うだなんて」と思ってしまうが、現代の政治だって未来予測をしながら政治をやっているのである。基本的な構造は殷王朝のそれと全く変わらない。占いを担当した巫師たちは、当然に霊能力のある者たちであったろうから、自然現象の変化を事前に感じ取ることができたのであり、それゆえに当たる確率が高かったのである。
殷王朝は占いだけに頼ったのではない。殷王が占いをする時は、10人の巫師たちによる口頭での神意の判断を必要としたのである。ということは、殷王と10人の巫師たちが委員会を作っていたということであり、それこそが「殷王朝の最高政治指導部」であったのである。
殷王を「中国共産党総書記」、巫師たちを「中央政治局常務委員」、殷王と巫師たちの委員会を「中央政治局常務委員会会議」と置き替えて考えれば、中国共産党は殷王朝とそっくりなことをやっているのである。だから中国を支配し続けることができているのである。専制君主だからといって、本当に1人で政治をやっていたら、国家という物は呆気ないほど簡単に崩壊してしまうものなのである。
●滅亡の原因は、実は偶然だった
殷王朝は領土拡大をし過ぎたために、19代国王の盤庚の時に殷墟の地に遷都する。遷都によって世襲貴族たちの権力が弱まったのか、22代国王の「武丁」の時には懲役刑を食らって版城に従事していた「傅説」を宰相に抜擢して行政を担当させたりした。
この武丁は息子の「祖庚」に王位を譲ったのだが、この祖庚を気に入らず、祖庚の弟の「祖甲」に王位を譲らせた。能力主義の武丁にしてみれば、祖庚では実力不足と見、祖甲の方に実力があると見たのであろう。しかしこれは政治的に重大なミスであった。
というのは、祖甲は国王になるよう育てられていなかったので、それで占いの遣り方を習得していなかったのである。国政レベルの占いをやるためには長い間に亘って教育を受けなければならず、幾ら国王として統治能力があるからといって、占いの遣り方をすぐに身に付ける訳には行かないのである。
そこで祖甲は占いのことを卜占機関に任してしまった。しかもこの国王の在位期間は33年もの長きに亘ったのであって、殷王朝に於いて占いの重要度は急速に低下して行ったのである。それだけ領土の拡大と宰相制度の確立によって世俗的権力は増大していたのであり、最早、殷王が占いによって未来予測しなくても政治はできるようになっていたのである。
しかしこのような政治改革は神権政治を前提とする殷王朝にとっては非常に危険だった。殷王は政治指導者であるかもしれないが、同時に司祭長であり巫祝長なのであって、この部分を蔑ろにしてしまっては、貴族も庶民たちも殷王への尊敬の念が消え去ってしまうのである。そして30代国王の「紂王」の時に革命が発生し、殷王朝は周王朝に取って代わられてしまうのである。
●周王朝はどのようにして革命に成功したのか?
周王朝は殷王朝の中でも辺境の地で勃興してきたので、文化レベルは最初から高くなかった。このため殷王朝が占いを軽視して滅亡したことを知っていたのに、その占いを再び元の地位に戻すことはしなかった。周王朝はそもそも国政レベルの占いをやれるだけの能力を持っていなかったのである。
周王朝は占いによって統治するのではなく、政治体制を部族連合体から封建体制へと変えることで統治した。この体制なら、周王が諸侯たちに封土を与え、諸侯たちはそのお返しとして軍役と貢納を負担したのである。これなら占いがなくても統治できる。
最大の問題となったのは周王の理論的正当性で、周王は革命によって王位を簒奪し、しかも占いによって神意を探ることができないので、ではなぜ周王が国王なのか、その説明がつかないのである。そこで周王は「殷王には徳がなく、自分には徳があった」と言い出し、神権政治から徳治政治に転換を図ったのである。
こうなると、神の意思に適うためには、国王が占いによって神意を探ることではなく、国王自身が徳を積むことだということになる。それでは「徳」とはなんぞやといえば、徳とは「まっすぐな心で人生を歩むこと」を言う。国王がまっすぐな心で人生を歩むからこそ善政は実現され、革命が発生しなくなるのである。
勘違いしてはならないのは、周王朝でも祭祀は行われていたし、占いだって行われていた。しかし国政レベルに於いて祭祀や占いは最早重要ではなくなったのであり。祭祀や占いを担当する者たちが国王に何か具申して、それによって国王の意思が変更されることはなくなったのである。
周王朝は文明の中国化を完全に成し遂げたといっていい。周王朝の宗教にはシュメール人たちの影響は何1つ存在しない。周王朝は宗教こそ否定しなかったが、政治権力は完全に世俗化してしまった。国王は専制君主であり、その地位は徳があるからこそ維持できるのであり、徳がなくなれば易姓革命によって滅ぼされなければならないのである。
だから中国は易姓革命を繰り返し、王朝が誕生すれば繁栄し、繁栄の後には衰退が始まり、そして窮乏の中で革命が発生して王朝が打倒される。そういうことを延々と繰り返してきたのである。なんともバカらしいが、中国人たちの政治的運命は周王朝が出来た時に決定してしまったのである。
●歴史は良く調べてみないと解らない
殷の紂王といえば、暴虐政治をやった代表的な君主ということになり、中国に於いてはいつの時代に於いても知識人たちのこの共通認識は全く変わらなかった。しかし紂王の悪政だけが殷王朝滅亡の原因ではない。確かに紂王は悪政をやったが、それ以前の国王たちが国王としてはやってはならないことをやりまくっていたからこそ、悪政をやったにすぎないのである。
殷王朝滅亡の最大の原因となったのは、武丁が祖庚に王位を譲ったがそれを気に入らず、祖甲に王位を譲らせてしまい、それで占いの地位が急激に低下し、それで貴族も庶民たちも国王のことを敬うことをしなくなってしまったからなのである。
武丁のやった政治改革は殷王朝が貧しくなってからやったのではなく、殷王朝が遷都によって大繁栄をしていた時にやったことを忘れてはならない。充分な経済力があるのだから、多少の自然災害があってもなんとかやりきれたことであろう。だから占いを軽視する風潮があり、それで国政レベルに於いて占いの地位が急低下していったのである。
政治という物は、現実的な問題を巧く処理すればいいという物だけではない。未来に何が起こるかを予測し、その対策を事前に打っておくということをしなければならないのである。それができなければ本当に政治をやったとは言えないのである。
確かに亀の甲羅に甲骨文字を書いて占うということはもうしていない。しかし占いは形を変えて現代に於いても存在しているのであって、政府としてはそれをどういう形で持ち、その未来予測機関が出してきた未来予測に対してどう対策を打っていくかなのである。
平時に於いて何もせず、戦争や自然災害が発生してから、慌てて対策を打つというようでは、政治家としては失格なのである。そういう政治家は政治家としては無能なのであって、その無能のために国民が犠牲者にならなければならなくなるのである。政治家がどのようなことを言ったとしても、国民の生命を守り切ることのできない政府という物は潰れて当然なのである。
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